機動戦艦ナデシコ 逆行のミナト


第四話 熱血世界に『ときめき』


「では艦内を案内しましょうか。ついてきてください」
あまり重要でない施設から案内していくプロスさんについていく私達。
「ねえ、プロスさん」
「なんでしょうか?」
私は今気づいたように未来の記憶から指摘する。
「プロスさんって格闘技か何かの経験ってあるの?」
「なぜ、そう思うんですか?」
質問に答えず質問を返すプロスさんに対し、あごに指を当て小首をかしげて理由を話す。
「ん〜。歩き方かな〜。身体の重心の移動のさせ方が経験者のそれと同じなのよね〜。それも……熟練者の」
「おやおや……。確かにたしなみ程度はありますがそこまでは買いかぶりすぎというものですよ」
気づかれても動揺をおくびにも見せず、あっさりと躱わすプロスさん。
「そうかな〜?」
「そうですよ」
「そうかな〜?」
「そうですよ」
「そうかな〜?」
「そうですよ」
「そうかな〜?」
「そうですよ」
ここら辺で折れとかないと話が進まなくなりそうだからお終いにしましょ。
「……ま、そういうことにしておきましょう。なら齧りついでにアキト君を鍛えてあげたら。プロスさん?」
「おや、どうしてですか?」
まあ、IFS仕様の人型機動兵器を操るためとは言えないのでごまかしますか。
「ん〜。勘、かな〜?必要になりそうなのよね〜。それに強い男ってもてるわよ〜アキト君?」
「そこで俺に振るんスか!?」
苦笑して返すプロスさん。
「ま、いいでしょう。折を見て教えましょう。それで良いですか?」
「……そうですね。覚えておいて損はなさそうだし。暇があったらってことで」
そんなやり取りをしながら向かう先……
格納庫へ着いた時、それはすでに起きていたのだった。

「レッツゴー!ゲキ・ガンガー!飛べぇ!スペースガンガー!トドメは必殺ぅ!ゲキガンブレェェド!!」
私たちが格納庫へ入るとそこではマゼンタピンクのロボット、『エステバリス』が踊っていた。
「こぉらぁー!アンタ!何なんだよ!?パイロットは三日後に乗艦だろうが!」
ハンドマイクで怒鳴るウリピー。
いや、気持ちは分かるけど。
「だっははははは!いやー、本物のロボットに乗れるって聞かされたらも〜、一足先に来ちまいました。いやん、馬鹿ン、あドッカーン!」
「何だ何だ!?何の真似だ!?」
私は前回はここにいなかったけど、こんな遣り取りで怪我したのね、彼……。
そろそろ致命的な何かをやりそうだったので慌ててウリピーの元に走る。
「よろしい!諸君だけにお見せしよう!このガイ様の超スーパーウルトラグレェト必殺技!人呼んでぇ!」
「いい加減にしなさい、ヤマダ君!!」
ミナトがウリバタケの持つハンドマイクを奪い取って叫ぶ。
「ちっがーう!ヤマダ・ジロウは仮の名前!魂の名前はダイゴウジ・ガイだ!」
「うるさい!人の話を聞かない人間には嫌な方の名前で十分よ!グダグダ言ってないでとっととそのロボットから降りなさい!」
「うるさいとは何だ!俺の熱血を馬鹿にする気か!」
「ナデシコに乗る予定のパイロットで男で他人の話を聞かなくて訳も無く『熱血』とか叫んでみんなに迷惑をかける『疫病神』ヤマダ・ジロウってのが来るって 話だったけど、それは貴方なんでしょう!?
これは彼が来ることを知っていたので事前にルリルリに調べてもらっておいた結果だった。
前回はほとんど交流が無い状態で死んでしまったからあまり気にしてなかったけど、あまりに酷かったわ……。
この問題ありありの性格が彼を軍が放出した理由でしょうけど、唯一の特技が超近距離戦でのドッグファイトのみという、確かに手足のあるロボットにはうって つけの人材かもしれないけどデメリットのほうが目立つ人材だった……。
「誰が『疫病神』だ!」
案の定、こちらを怒鳴ってくる。
しかしここで引いたらアキト君やルリルリに危険が及ぶのだから引くわけにも行かない!
「整備の終わってないロボットで遊んで出航前で忙しい整備班に迷惑かけるなんて最低よ!それでも本当に軍から来たパイロットなの!?『疫病神』なんて呼ば れたって当然じゃない!!そんな人には嫌な方の名前で死ぬまで呼び続けてあげるから覚悟しなさいヤマダ君!」
「ヤマダ・ジロウは仮の名前!魂の名前はダイゴウジ・ガイだって言っているだろ!」
私は怒鳴り返してくるヤマダ君に一歩も引かず叱り飛ばす。
「他人の話を聞かない人には嫌な名前で一生呼び続けるって言ったでしょ!止めないんなら戦闘中に『操艦ミス』で体当たりされても知らないからね!操舵士を 舐めるんじゃないわよ!」
青筋立てて親指を下に向けて首をかき切るジェスチャーをする。
「わ、判った。降りる、降りるから……」
ミナトの剣幕に負けたヤマダ・ジロウ。この時彼らの力関係は決定したのだった。


ようやく降りてきたヤマダ君。
「いや〜、すっげぇなあ〜!ロボットだぜ〜!手があって足があって思った通りに動くなんてさ〜。もう最っ高!あんたもそう思うだろ博士!」
機嫌のいいヤマダ・ジロウに無言で大型レンチやスパナなどを振り上げる整備班。
「だれが『博士』だ!?余計な仕事増やしやがって!」
直後整備班に袋叩きにされるヤマダ。自業自得である。
「アキト君はあんな大人にならないようにね」
「は、はぁ」
駄目な大人の見本その一に指を指して忠告するミナトにあきれた返事しか返せないアキト。
「まったく……。ところでプロスペクターさんよ、そっちの美人と可愛いお嬢ちゃんとIFSつけた坊主は誰なんだい?」
袋叩きの輪から抜けてきたウリバタケ・セイヤが聞いてくる。
「ああ、ウリバタケさん。この三人は操舵手とオペレーターとコックです。こちらが操舵手のハルカ・ミナトさん。こちらがオペレーターのホシノ・ルリさん。 こちらがコックのテンカワ・アキトさんです。テンカワさんがIFSをつけているのは火星出身だからなので、パイロットではありませんよ」
「そうかい。俺が整備班長のウリバタケ・セイヤだ。ナデシコもその他機械も俺が面倒見てやるぜ」
「よろしく、ウリバタケさん。私がハルカ・ミナト。こっちがルリルリね」
「……ホシノ・ルリです」
「テンカワ・アキトです、よろしくッス!」
四者四様の自己紹介をする四人。
「ミナトさんにテンカワにルリルリね。これからよろしくな」
なにげに『ルリルリ』といっているのが流石ね、ウリピー。
「ああ、ウリバタケさん、彼女達が例の緊急起動システムの発案者なんですよ」
「へぇ、そうかい。なかなかいいとこに目をつけたな。おかげで改造屋の血が騒いだぜ。早速最新艦を改造できるとはねぇ〜」
メガネがキラリと光る。さすがマッドエンジニアね。改造しないと落ち着かないみたい。
「余計な仕事増やしたみたいでごめんなさい」
「いいってことよ。自分達の艦の不備を解消するのが俺達の仕事だ。そういう意味では気づかなかったところの指摘は助かるってもんよ」
自分の仕事に誇りを持っている男っていうのはやっぱりいい表情をしているわね〜。
ウリピーの奥さんのオリエさんもそんなところに惚れたのかしら?
「実はもう一つお願いがあったりして……。忙しいのに悪いかな〜って思ってたんだけど」
いい笑顔で笑うウリピーにこっちも笑顔でお願いする。
「おう、なんだい?」
「実は〜、ブリッジの入り口に電気銃(テイザー)を付けて欲しいのよ〜」
「なんでまた?」
当然、ウリピーは疑問だらけの顔になるが、ホントの理由はいえないので用意しておいたでっち上げの理由を話す。
「ほら〜、この艦って機密の塊じゃない。よその企業がテロリストやハイジャックに見せかけてブリッジを占拠してこの艦を奪取、何てことも考えられるじゃな い」
「確かにな……。でもなんで入り口なんだ?」
場所を指定した理由を聞いてくるウリピー。
これはオモイカネとも相談して決めたことだから、それなりに計算されている結果だけど。
「入り口なら基本的に人がいないから誤動作しても危険は少ないし、機材も置いてないから電気銃が目標にうまく当たらなくてもブリッジの機材に大きなダメー ジは無いと思うし、『破壊』ではなくて『占拠』なら入り口付近で銃を構えて退路を確保してから威嚇、っていうのが基本だと思うし」
「ふんふん」
私の説明に頷きながら聞き入るウリピー。
「ブリッジに出入りするためには必ず入り口を通るはずだからその瞬間に打ち込めば取り押さえられるはずだし、一人取り押さえれば、その人を助けようと近づ いてきた人をさらに取り押さえられるでしょ?そうすれば芋づる式に取り押さえられるし、そうじゃなくてもブリッジを遮蔽する時間が稼げるかなって。『破 壊』じゃあ防ぎようがないからせめて『占拠』の時は対処できるようにってね。照準はオモイカネに一任してナデシコの認識票をつけていない人を狙うようにす ればいいし、万が一誤射しても電気銃なら怪我もしないと思うし」
「なるほどな……。よし判った。材料は積んであるもので何とかなるはずだから後はプロスの旦那の胸一つって訳だ」
ウリピーに顔を向けられたプロスさんは苦笑する。
「ま、いいでしょう。材料費が掛からなければ多少は良しとしましょうか」
と、あっさり許可を出すプロスさん。もしかして懸念事項だったのかな?
「でもそんな『芋づる式』に敵を取り押さえる方法なんてことよく知ってましたね……。なんだかえげつない方法ですけど」
アキト君が微妙に顔を引きつらせながら尋ねてくる。
「酷いな〜。まあこれは昔従軍カメラマンやってた人が知り合いにいて、その人がいた部隊がスナイパーに襲われた際に起きた結果ってやつなんだけどね。一人 やられて助けに行こうとするとまた一人やられて……って感じで結局そのやられた人たちを助けられなかった、って言ってたのを思い出したのよ」
その時のプロスさんの顔は、私をナデシコの操舵手ではなくSSにスカウトしなおそうか?と考えているようだった。
「ま、他にも不満点はあるんだけど……、今からじゃ間に合わないから二番艦以降に期待するしかないし」
「何が不満なんだい?やれるならすぐ改造するぜ」
「そうですね。ハルカさんの指摘はもっともなところが多いですから参考になると思います」
乗艦当初から色々なアイデアや、さっきまでの契約からロボットの件まで何かとミスや欠点をフォローしてきたミナトの意見はプロスたちでも無視できなくなっ ていた。
「ん〜、実はね〜……、この艦、戦艦のわりに武装が少なすぎるのよ。単発の強力な砲やミサイルはあるけど、対空砲火になるものがないから接近されたらおし まい、って感じで。しかも相転移エンジンは真空をより低位の真空に相転移することで出力をたたき出すエンジンだから大気圏じゃその性能の全力を出せない。 だから大気圏内じゃグラビティブラストも一発打つたびにチャージが必要になる。この間を防御するための戦闘力が移動距離に制限のある機動兵器のみ。機動兵 器を抜かれたら後は応戦できずにやられるだけ」
「む……。あんたもそれに気づいたか」
渋い顔になるウリバタケ。
『男の浪漫』型の彼であるが、プロである以上グラビティブラストなどに気を取られて小型対空砲火を忘れていたわけではないが、素人であるはずのミナトから 指摘があったことに驚いたらしい。
「そうなると敵から離れて砲撃戦ってことになるんだけど、そうするとエステバリスって言ったっけ?あのロボット型の機動兵器のエネルギー供給がうまくいか なくなる。母艦から離れられる距離に限りがある艦載機なんて役に立たないでしょう?砲撃戦を挑む時は機動兵器を有効に使えない、機動兵器戦を挑むときは接 近戦の苦手な艦で接近戦を挑まなければならなくなる。どう見ても矛盾しているのよ」
「耳が痛いですな〜。しかしそのためのディストーションフィールドなのですが?」
耳が痛いといいながらにこやかに笑ったままのプロス。
「無敵の楯っていうわけじゃないでしょ。木星蜥蜴の艦隊にも搭載されていたみたいだけど、大質量の攻撃にはかなり減衰する」
「確かに」
ウリピーも同意する。
「理論上、空間を断絶しないエネルギーの放射方向を合わせることで形成する単位相のフィールドによるシールドなら位相方向を調節すればシールドを張ったま まレーザーなんかで攻撃も出来るけど実体弾は打ち出せないしレーザー程度じゃ木星蜥蜴の戦艦には効かないし、おまけに理論のみで実証されていないし。ディ ストーションフィールドは空間歪曲による断絶型のシールドだから実体弾もレーザーも止めるけど攻撃はこちらからも出来ない」
「ふむふむ」
頷くウリピー。
「ピンポイントでフィールドに射出口を開けられるのならともかくそれが出来ない以上どんなに強力なフィールドでも攻撃するためにはフィールドを解かなけれ ばならない、って言うんじゃあ大勢でタコ殴りされたらお手上げでしょ?そして絶対数では木星蜥蜴の艦のほうが圧倒的に多い」
「返す言葉もありませんな……」
プロスさんは負けを認めたようにため息をつく。
「だけど今からじゃどうやっても艤装は間に合わないじゃない。だから二番艦以降に期待するしかないっていったの。現状だったら戦艦というより長距離砲撃 艦って感じだもの。あるいは強行偵察艦ってところかしら?足の速さと正面突破能力は凄まじいから」
「むう……」
思い当たることがあるのか黙ってしまうウリピー。
「試作の戦艦だから仕方ないかも知れないけど、その辺考えて運用・航行させないと危険かなって思ったわけ。操舵するのは私だから、色々この艦のことを調べ た結果からの推測なんだけどね」
「すでに二番艦のコスモスは建造開始されていますから、今のお話を反映させることが出来るのは三番艦カキツバタ以降ですな。前線用ドック艦である二番艦と 違って、カキツバタやシャクヤクは形状の差はあってもナデシコと同系艦になりますから有効なアイデアになるでしょう。すぐに本社に連絡してきます」
そう言ってプロスさんは席を立つ。
その背中を見送りながら、私達は会話を続けていた。
私達の視界の片隅にはズタボロになった人間のようなものが打ち捨てられていたが、あえて気づこうとする者はいなかった……。


十五分後、プロスさんは戻ってきた。
「いやぁお手柄ですなハルカさん。会長がじきじきにお礼を言いたいと言っておりました」
「お礼ねぇ〜。じゃあ言葉じゃなくてモノでもらいたいわね」
「はっはっは。伝えておきましょう。で、なにが良いですか?」
本当は決まっているんだけど、今ルリルリやウリピーたちのいる前で言うわけにはいかないから、あごに人差し指を当てて考える振りをする。
「ん〜、まだ決まってないからとりあえず地球に帰ってきてからにするわ」
「なんだよ、『地球に帰ってきてから』って。この艦は地球圏で戦うんだろ?」
「えっ、ああ、そうね」
やばいやばい……。
てへ、と舌を出してごまかすミナト。
「でも何でそんなこと気づかなかった訳?」
「設計が火星支局の天才科学者、イネス・フレサンジュ博士の設計でしたからなぁ。設計の人間も見落としは無いだろう、と思ったそうで」
「思った……って、自分達で検証してないわけ!?」
私はそれを聞いて呆れてしまう。いくらなんでもそれでも設計畑の人間のやることか!?
「そのようで。会長もカンカンでしたよ。これで設計局の責任者が何人か首を切られますな」
未来の記憶でイネスさんが『ナデシコに乗る気は無い』って言ってたの判る気がするわ……。
「その代わり、三番艦カキツバタ以降は再設計だそうです。当分家には帰れないでしょうな」
「自業自得よ」
「そうですね」
私とルリルリの冷たい発言に誰も否定できない。
「ウリバタケさん、ナデシコに後付で対空火器を取り付けることは出来ますかな?」
とりあえず現状の不備を回避する方向に話を持っていこうとするプロスさん。
「難しいな。予算を無視しても時間が足りん。取り付けはともかく制御系を何とかするのに時間が掛かると思う」
「難しいですか」
笑顔のまま困った雰囲気を出すプロスさん。
「ああ。ただでさえ出港予定が近いのに、そんなことをしたら恐らく出港が一ヶ月は伸びちまう」
「そんなに?」
アキト君もびっくりして聞き返す。
「考えても見ろ。後付けってことは元々着ける予定の無いところにつけるんだから強度からなにから計算しなおさなきゃならん。しかもレーザーのエネルギーラ インにしても、機関砲の弾帯を置く場所にしても、そういった動線を確保しなきゃならん以上砲塔の大きさや出力の計算も必要だ。射撃管制を自動制御にすると してもソフトの調整も必要になる。初期段階から考えられていりゃあ、もう少し楽だったんだが」
「それはちょっと……」
プロスさんもこのままではスキャパレリプロジェクトの進行に問題が出るからなんとしてもスケジュールの遅れは避けたいようだ。
「被弾に関してはここに来てから考えたのがあるから少しはましになるかもしれんが、すぐには無理だ。やっぱりどうしようもな……」

ズゥンッ!

「うぉっ!?」
ウリバタケの台詞の途中で突然揺れるハンガーデッキ。
響く爆音と警報。
木星蜥蜴の奇襲が始まった。
「……襲撃?」
ルリルリの緊張感の無い一言が格納庫にいた全員の気を引き締めた。

警報を聞いて一番に動き出したのはヤマダジロウだった。
袋叩きに遭ったはずなのにすばやく立ち上がり、エステバリスに乗り込むヤマダ。
「ちょっと!どうする気よ!」
「とりあえず上に出てみる!迎撃にせよ、囮にせよ出なきゃ話にならん!」
意外なところで漢を見せるヤマダ君。
「あんた操舵士だって言ってたな!兎に角あんた達は急いでナデシコを発進させられるようにしてくれ!戦力は少しでも多いほうがいい!」
ヤマダ君の以外にまともな一面を見た私たちは一瞬あっけにとられたがすぐに反応する。
「分かったわ!ルリルリ、アキト君!行くわよ!」
「はい!」
「そうですな」
ルリルリとプロスさんの返事しか聞こえなかったことを不審に思って見てみると……
アキト君はそこにうずくまっていた。
「イヤだイヤだイヤだ……。こんな穴倉で死ぬのはイヤだ……」
『戦闘怖い病』が発症しているアキト君がそこにいた。
頬に平手を叩きつける。
「しっかりしなさい!男の子でしょ!?さっきルリルリの力になるって言ったのは嘘なの!?」
「お、俺は……」
打たれた頬を押さえて床に座り込むアキト君。
「怖い目にあって戦いがイヤなのは分かるけど、『守る』って一度決めたことをほっぽりだして逃げ出したら、もう何をやっても守れないわよ!」
「守れ……ない?」
「そうよ!守りたかったら、何か守りたいものがあったら!怖くても前に進みなさい!後ろを向いたって未来から来る何かから守りたいものを守れるわけじゃな いわ!」
「俺は……守り……たい」
アキト君の目が正気を取り戻していく。
「俺は自分のなりたいものを、夢を……守りたい……。それにルリちゃんの力になるって約束したばかりだった……んですよね……」
「思い出した?」
「……はい!急ぎましょう!俺のせいで遅れちゃってるし、ルリちゃんは俺が背負って走ります!その方が早く移動できるでしょう!」
「じゃあ行くわよアキト君!」
「はい!」
ルリルリの承諾なしに決定しちゃったけど、ま、仕方ないでしょう。
ルリルリもおんぶされることは初めてだろうし、いい経験ね。
そして私たちは走り出した。


「急ぎましょう、皆さん!」
先導するように先頭を走るプロスさんに連れられて私たちはブリッジに向かっていた。
「ウリピー!ヤマダ君の準備のほうは!?」
走りながらコミュニケで状況を確認する。
「ミナトさんかい!?今IFSの設定を終えたところだ!すぐに各部の点検も終わる!おいヤマダ!「ダイゴウジガイだ!」どっちでもいい!武器はワイヤード フィストとナイフしか内蔵されていない!ラピッドライフルを持っていけ!」
「判った!外へ出るにはどうしたらいい!?」
緊迫した会話を聞きながらブリッジへ到着した私たちは、キイキイ喚く副提督を抑えているゴートと一人でおろおろしていたメグちゃんに声をかけて各自のコン ソールの前に座る。
「お待たせ!すぐに発進シークエンスに移りましょう!ルリルリ、いいわね!?」
「了解です。プロスさんとミナトさんと私のコードを同時入力します」
「いいわよ!」
「こちらも了解です」
三人が唱和する。
「「「三人寄れば文殊の知恵!」」」
<コード確認。これより緊急起動シークエンスに入ります>
オモイカネから承認の返答ウィンドウが返される。
「補助エンジン始動確認。続いて相転移エンジン始動」
「艦内の制御も良好ですな」
「その他まとめてオールOK〜!」
<OK>とか<よくできました>のウィンドウが乱舞するブリッジにパワーがみなぎるのが分かる。
「いつでもいけます!」
「作戦はどうするね?」
「普通は艦長が立案するのですが……」
その時ようやく艦長が到着。
後ろで何か「ぶいっ!」とか言う声が聞こえた気がするけど無視ね。
「ユリカ……、誰も聞いてないみたい……」
ジュン君の声が聞こえるけど誰も気にしてないわね。声も小さいし。

「遅刻の理由は後でじっくり聞くとして。艦長、今は木星蜥蜴です。どう対処しますか?」
「そうですね……」
「地下から対空砲火を浴びせればいいのよ!」
うるさいキノコがいた。
「それって非人道的じゃない?」
「そうですよ。まだ上に兵隊さんだっているんでしょう?」
「ど、どうせ全滅してるわよ!」
クルーに反対されて腰が引けるキノコ。
「艦長の意見は?」
フクベ提督の一言でみんなの視線が艦長へ向く。
「そうですね……」

結局、以前の通り囮作戦展開。
ただし、今回はアキト君じゃなくヤマダ君が出て、しかも作戦を決める前に出撃してしまったため、別の意味で大変だった。
「囮ならヤマダさんが出てます」
「え?」
「正面に出します」
そこにはヤマダ君のエステがワイヤードフィストでバッタを殴りつけているシーンが映っていた。
「じゃ、じゃああのパイロットの人……、え〜とヤマダさんだっけ?に囮役をお願いしましょう!」
「発進可能まであと四分です」
ルリちゃんのカウントダウンを聞きながら、私たちは発進の準備を続け、艦長はヤマダ君に作戦を伝えるべくコミュニケをつなぐ。
「ヤマダさん!これから作戦を……」
「うおっ!?何っ!?ぐおおおおおおおお!?」
戦闘中のエステバリスのコクピット正面に艦長がコミュニケの画面を開いたものだから、前が見えなくなったヤマダ君が被弾してしまったのだ。
しかも被弾と同時に転倒してしまいコクピット内がシェイクされる。
「だ、大丈夫ですか!?ひ、酷い怪我じゃないですか!?」
ちなみにこの怪我は整備員に袋叩きにされたときのものである(笑)。
袋叩きで血まみれのまま戦うガイを見て、勘違いするユリカ。
「ふっ……、このくらいカスリ傷ですよナナコさん……。俺の熱血はこんなことで挫けたりはしません」
「ヤマダさん、そんなに傷だらけになって私のために戦ってくれるなんて……。そうか!ヤマダさんが私の王子様なんだね!ありがとう!私のためにがんばって くれて!ナデシコと私たちの命、貴方に預けます!」
ちなみにこの時アキトは一段下のミナトの隣にいたので艦長に気づかれることはなかった。くわばらくわばら……。
「『ナナコさん』って誰ですか?」
「さあ……」
私たちの会話を余所に、妄想世界に入り込んだ艦長に代わってゴートが通信に出る。
「艦長が役に立たないようなので私が作戦を説明する。あと三分間逃げ回って囮になってくれ。脱出のタイミングはこちらから指示する」
「了解した!よ〜し、俺に任せな!」
その叫びに答えるかのようにエステバリスは加速していった。

「ドック内注水完了。ゲート開きます」
「エンジン、いいわよ」
ルリルリと私の声が響く。
「ナデシコ発進です!」
「ナデシコ発進します!」
艦長の命令を復唱してナデシコを発進させるルリルリ。

海中を進みだすナデシコ。
間に合うかな〜?

「あと十五秒!?間に合うのか!?」
さすがに焦りだすヤマダ。
「ヤマダさん『ダイゴウジガイだ!』どっちでもいいです、指示するポイントに向かって飛んでください!」
メグミの声に反応して海に向かって飛ぶヤマダ。
「海面だぞ!?」
「大丈夫です!」
自信たっぷりのユリカの声を聞いて一か八かで飛ぶヤマダ。
海に落ちると思ったその時、足場が現れる。
「ヤマダ『ダイゴウジガイだ!』さん、着艦しました。ナデシコ離水します」
メグミの状況報告。みごとにヤマダの発言を無視。
「敵残存兵器ほとんどが有効射程内に入っています」
ルリの状況報告。
「目標、敵まとめてぜ〜んぶ!撃てー!」
放たれたグラビティブラストが虫型兵器をつぶしていく。
「すっげ〜」
ミナトの席の隣でその威力を目の当たりにしたアキトはヒーローでも見るような目で目の前の光景を見つめていた。


夕日に照らされるナデシコ艦内は初勝利に沸いていた。
「戦況を報告せよ」
提督の指示が飛ぶ。
「バッタ・ジョロとも残存ゼロ。地上軍の被害は甚大だが戦死者数はゼロ」
ルリルリの報告は驚くものだった。
以前は戦死者が五人いたのに今回はゼロになったのだ。
「そんな……偶然よ!偶然だわ!」
キノコは現実逃避中。
「認めざるを得まい。よくやった艦長」
「さすがは逸材」
フクベ提督とプロスさんは頷いている。
「ヤマダさん!すごいすごい、さっすが〜!」
「はーっはっはぁ!見たかこのダイゴウジガイさまの実力を!」
「やっぱりヤマダさんが私の王子様なんだね!」
「はーっはっはっはっはっはっはっはっは!」

艦長とヤマダ君の会話を聞いて、アキト君の危機が少し減ったことを確信した私がいた。
……これからが大変なんだから気は抜けないわね。
そう心の中で呟いて……。



あとがき

ども、喜竹夏道です。
何とか戦闘シーン入れようと頑張ってみたんですけど上手くいかなかったんで大幅に端折りました。
兎に角これでユリカの王子様=アキトの図式を外してみました。
以降はユリカに追いかけられるヤマダ君の描写が……あまり出てこないと思います(笑)。
基本的に私はアキト×ユリカ以外なんで、ユリカが幸せになるとしてもあまり描写をしないと思います。

次回サブタイトルは
第五話 ルリちゃん『後悔日誌』
の予定です。



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