夜、月が高く上る頃、俺はまた海岸に出ていた。

彼女はいつもこの場所にいる、とはいっても人に見つかりたくないのだろう、気配を察するとすっと消えるのだが。

もっとも、最近は俺がここに来るのも慣れたらしく向こうから声をかけてくることが多い。



「あっテンカワさん、いらっしゃい」

「ああ」



ファリエルは俺に挨拶をした後、また空に視線を戻す。

そうして微笑みながら言葉をつむぐ。



「お月様、今日は見事に半分ですよ?」

「確かにな……」



今日は半月、満月でも新月でもない、特別ではないし、普通でもない。

少しだけ特別に見える月、まあ、太陽の光を反射する角度の問題に過ぎないが。



「しかし、不思議なものだ」

「なんですか?」

「俺のいた世界と同じ月、いや少し大きいかもしれないな。しかし、同じように見える」

「そうなんですか?」

「ああ、ここは異世界だというのに、月を見て星を眺めることが出来る。

 知っているか? 俺達の世界では、あの星にさえ人が住んでいるんだ」

「本当ですか!?」

「ああ」

「そんな世界なら一度行ってみたいですね」

「まあ、俺自身帰れるかどうか分からないんだが」

「あっ……ごめんなさい」

「いや、気にしないでくれ。別に未練があるわけじゃない」



そういってファリエルに微笑むと、ファリエルは何か辛そうに俺を見返してきた。

やはり罪悪感があるのか、俺はあまり気にしていないのだがな。

まあいい、それよりも当初の目的を果たすとするか。



「ファリエルありがとう」

「え?」

「砲撃に晒されたハサハを庇ってくれただろう?

 正直間に合わないと思っていた、本当に感謝している」

「い、いいえっ!? そんなの、たいしたことじゃないですよ! 仲間を守るのは当然のことですって!

 それに、ほらっ? 昼間の私って、頑丈なだけが取り柄でしょ?」



えらく動揺しているな、実は褒められなれていないのか?

まあ、幽霊でいた時間が長いのだろう……仕方ないか。

俺は月に視線を戻してファリエルの動揺が収まるのを待つ。



「昼の間はあの鎧の外に出られないんだろう? 鎧が傷つくのはまずいんじゃないか?」

「あ……」

「結局はお前の意思が強かったという事だろう」

「おっ、おだてたって、何にも出ませんよ! 本当ですよ!?」



少し待ってから言ったにも係らず、顔を真っ赤にして抗議するファリエル。

まあ、感謝していることだけ伝わればいい、しかし、幽霊が顔を真っ赤にするなんてどういう理屈なんだか。

思わず笑いがこぼれる。



「はははっ」

「ななっ、なんで笑うんですか!? もぉ……っ」



必死に抗議するファリエルが更に可笑しく、すねて帰ってしまうまで笑い続けた。

もっとも、翌日のご機嫌伺いは結構大変だったことを追記しておく。






Summon Night 3
the Milky Way




第八章 「臆病であるという事」第一節



最近、私は剣について考えています。

帝国軍が欲しがる理由、私が何度も力を使ったこと。

アキトさんを何故召喚してしまったのか、そして剣を抜くたびアキトさんが体調を崩す理由。

いくつもの謎がこの剣にあります。


私は一つ一つ再検証して見ることにしました。


まず、帝国軍が狙う理由は簡単です。

戦争での劣勢を巻き返す新兵器、この剣をそういう目的で使用するつもりです。


私が何度も力を使った、その事はもう起こってしまったことですが、その事による影響。

私を含め周りの人々はこの剣で戦えば戦況を覆せると思っています。

しかし、そうなれば力を過信してしまうかもしれないですし、不安はつきません。


アキトさん召喚については剣の声とは関係ない感じでした。

何かがあってこのイレギュラーな事態が起こったと考えられます。

でも、それはいったいどういうイレギュラーなのでしょう?


そして、この剣を抜くたびアキトさんが疲弊します。

多分アキトさんの体内に蓄えられている力を使うからという事でしょう。

当然使い続ければアキトさんがどうなるか……。


どれを取ってみても解決の糸口すらありません。

でも、このままずるずると行くのもまずい気がします。



「何か……方法はないでしょうか……」




もっと根本的な所から考え直した方がいいかも。

契約……そう、あの時はどうだったんでしたっけ。



ならば我を手にせよ・・・・・・

生き延びたくば我を継承するのだ・・・・・・



生き延びる……。



さあ、手を伸ばして掴み取れ!!



「あの時、私は確かに自分の意思で掴み取った……」



生き延びるために、あの子とした約束をまもるために。

あの時の私はほかの事なんて考えられなかったですし、欲しいものが提示された以上迷うことなんて考えられませんでした。



「この剣を……」



なんとなく右手を見ます。

その気になればいつでも抜剣することが出来る、でも……。

私はこの剣を抜くことが怖くなっているのが自分でもわかります。



「でも……」



どうして私だったんでしょう?

あの場にいた、他の誰でもなく、どうして私のところに……。



それは、お前が『適格者』だったからだ・・・・・・


「!?」


我が力の源は、精神

精神の強さを具現して刃となすのが、我が力なり……


「精神の強さ……」


強き心と、強き想い

このふたつを備えぬ者、我を用いる資格なし


「待ってください! 変ですよ……あの船には、カイルやアズリアたちだって乗ってたんですよ?

 精神も、想いも、私なんかよりずっと強いは……」


だが、それだけでは『継承』には至れぬ


「え?」


完全なる「継承」を果たして、初めて我は本来の姿となる

波長、輝き、カタチ、全てを満たす可能性を持つもの・・・・・・

ゆえに『適格者』なり・・・・・・


「適格者……」


継承せよ・・・・・・全てを・・・・・・


「あ……っ!?」



突然私の意思とは関係なく抜剣された碧の賢帝。

その力が私の中に急激に流れ込んでくるのが分かる……。

ううん、それだけじゃない……これは!?


ひとつに・・・・・



うあああぁぁぁぁぁっ!?

私の中に何かが入り込んでくる……。

そんな事、私には分からない、お願い……。

やめて、入ってこないで……!!


手遅れに・・・・・・なる・・・・・・



「アティさん!?」



ッ!?
 
私はその声で現実に引き戻されました。

何かに自分を変えられて行くような感触、とてもではないですが我慢できるものではありません。

でも、何か重要なことであったのではないかという不安もあります。

私はそれらの感情が複雑に絡み合っていてまともに視界にはいるものが何なのか理解できませんでした。

でも、少しづつ視界を取り戻し、目の前にいるのが誰か、ようやくわかりました。



「はぁ、はぁ……っ」

「大丈夫ですか?」

「あ、はい……もう、平気ですから」

「さっき、貴方が握っていた緑色の剣……あれが、みんなの言う「碧の賢帝」ですか?」

「ああ、そっか……イスラさんにはまだきちんと事象を説明してなかったっけ」



別に剣のことは秘密にしているわけでもないですし、イスラさんに話すのはやぶさかではないのですが、

ものすごく興味のある目で見られるとどう話していいのか迷っちゃいます。

でも、このまま話さないのも問題だと思いますし話すことにしました。



「なるほど、そういう理由で……」

「この剣のおかげで、私はあの嵐から生き延びることが出来たんです。

 今までの戦いでも何度も……でも……」

「不安、なんですね? 自分の手にした力がとてつもないものだと知ってしまって……」



イスラさんは私の中の不安を言い当てました。

確かに、それも大きな懸念です。

他にも幾つかあるのですが。



「部外者みたいなボクが差し出がましいこと言えた義理はないかもしれません……。

 でも、さっきの貴方の苦しみようは、とても普通じゃなかった!」

「……」

「その原因が剣ならば、貴方は、それをいますぐ手放すべきだと思う。

 貴方にとって、きっとよくないことが起きる。僕には、そんな気がするんです……」


イスラさん……心配してくれてるんですね。

会ってあまり時間のたっていない私を心配してくれるのは嬉しいです。

でも、剣を手放す方法なんて私には分かりませんし、それに、アキトさんの事もあります。

あまり迂闊な事をすればアキトさんの命に係るかもしれない以上そんな軽々しいことはできません。



「心配してくれてありがとうございます。でも、私はまだへこたれたわけじゃありません」

「えっ?」

「私を支えてくれる人達がこんなにいるんですもん、ちょっとくらいで落ち込んでいられません」

「……貴方は強いんですね」

「唯の開き直りですけど、無いよりはマシですよね」



そういってイスラさんに笑いかけます。

私は結局問題を先送りにしているだけかもしれないです。

でも……。

適格者……このことだけは早めに調べた方がいいのかもしれないと考えます。














「ねぇ、私は何のために呼ばれましたの?」

「それは俺も聞きたいな」

「え? 忘れたんですか? 授業ですよ。ここの所少し停滞気味でしたし」

「青空学校はいっていると思うが?」

「何言ってるんですか、それはあくまでこの島の子達に一般教養を教えるためにはじめたものです。召喚術の授業は別ですよ?」

「あっ……」

「なるほど」



今日私の部屋にはアキトさんとベルフラウがいます。

先ほどから言っていますが、ここの所召喚術の授業が停滞気味なので続きをしたいと思っていたんです。

まあ、忘れられるというのも分からなくはないんです。

最近いろんな事件が重なってなかなか時間が取れなかったですし。

人は印象の薄いことから忘れていくといいますしね。

でも負けません!

ベルフラウちゃんは帝国の軍学校に入らねばならない身、それにアキトさんだって目標があるようですし。

出来るだけ時間をとってやっていきたいと思います。



「で、今日の授業は何ですの?」



ベルフラウは気を取り直すと私に授業内容を確認してきました。

そうですねー、久しぶりの召喚術の授業ですし、ちょっと変わった事をしますか。

私は以前クノンに頼んで作ってもらった画板や画用紙といったものを部屋から掘り出し、二人の前に置きます。



「これは、画板に画用紙か、絵でも描くのか?」

「はい、その通りです」

「絵って……それが、入試となんの関係があるんですの?

 まさか……試験にそういう問題があるなんてことは?」

「あははは、まさか? そんなことないですよ」



ああ、確かにベルフラウちゃんを軍学校に入れることを第一にするなら試験科目を重点的にするべきかもしれませんね。

でも、今回はそういうものではないんです。



「それなら、なんでそんな事を?」

「絵を描くことは召喚術の訓練になるのよ」

「召喚術の???」

「ほう……イメージ能力を養うという事か」

「はい、単純に召喚するといっても相手もいるわけですし、相手をより明確に想像できると相手も答えやすいという事です」

「つまり、精神力の節約になるという事ですの?」

「その通りです!」



二人とも物覚えがいいので助かります。



「相手を明確に想像できれば素早く召喚できる上に無駄な魔力を消費しないですむという得点があるわけです」

「なるほど……」

「というわけで、今回は私の肖像画をかいてもらいましょうか。できるだけ正確に、見たままを描いてね」

「わかりましたわ」

「ああ」

「終わったら声をかけてね? それまでじっとしてますから……」



正直自分の肖像画なんて照れますけど、この場には後はオニビくらいしかいないですしね。

私は椅子に座って天井の方を見ながら待つことにしました。








「なかなか難しいな……」

「あら、貴方も不得意なものがあったんですのね。何でもできると思ってましたわ」

「いや、俺は元々不器用な方だ、まあ死に物狂いで覚えたことは多いから最近は器用にも見えるだろうが」

「そうなんですの」

「ああ、ケンカだってほんの5・6年前まではむしろ弱い方だったしな」

「ええっ? あ……っありえませんわ」



暫くして緊張が解けてきたのかアキトさんとベルフラウが話をはじめたみたいです。

手を休めているふうじゃないけど……一応注意しておいた方がいいですよね。



「ほらほら、話している暇があったらその分手を動かしてください」

「……ああ」

「あ、すみません」



それからまた無言でカリカリとやり始めた二人。

うんうん、気合が入ってますね。

そうして、私はまた天井の方を見ます。

でも、カリカリしか聞こえてこないこの場所はちょっとまずいかもしれないなーと考え始めました。

眠気が少し襲ってきたみたいです。

でも、先生が寝るわけには行きませんよね。



「ふぁ……(ぶんぶん)」



いけない、あくびなんて……。



でも、私……。



ここ数日まともに寝てない……。








「あ!?」



目を覚ました時、いつの間にかもうお昼になっていました。

日差しのきつさと、恥ずかしながらお腹のすき具合でよく分かります。



「よく寝ていたな」

「えっ……あの、いやじっとしてないといけなかったから」



我ながら言い訳にもなってないなーと思いつつ、でも教師としてこの場で威厳を失うのはどうかとか考えていました。

本当はこの時点でどうしようもなかったんですけど(汗)



「それで、あの……絵の方はどうなりましたか?」

「ああ」

「できたわよ」



二人とも完成しているみたいです。

わざわざ待っていてくれたんですね、嬉しいです。

でも、絵そのものの採点には手を抜くつもりはありません。

まずはアキトさんの方から見てみましょうか。



「……抽象画?」

「いや、一応肖像画のつもりだが……」



アキトさんの絵はいわゆるピンポイントな絵です。

特徴を上手く捉えてはいますが、今回は芸術ではなくて写実の絵なのであまり褒められたものではありません。

でも、アキトさんが料理や武道といった経験則と感覚に頼ったものが得意であることとあわせれば分からなくもないです。

つまり、アキトさんは感覚で物事を捉える人間であるという事でしょう。



「うーん、悪くは無いんですけど……」

「イメージするのは得意な方だと思うんだが、描き慣れてないから絵の再現性が低いんだ」

「あ、そうなんですか」

「ああ」



まあ、言われて見ればこういうピンポイントな絵を描くにはそれなりの記憶力やイメージ能力が必要ですね。

絵が上手くないことは聞きましたから、割と成功なのかもしれません。

応用が利くかどうかは本人次第ですが。



「次は私の作品ですわね」

「……どれどれ? な……っ!?」



その絵は上手かったです……。

ベルフラウがこんな才能があるなんて……。

でも、でもでもでもでも……!!

なんでっ!?



「どうかしら? 私としては結構な力作なんですけど?

 特に苦労したのは半開きの口の部分よね、微妙な加減がすっごく難しくって……。

 でも、ヨダレとかはばっちり再現したわよ」

「あ……う……」

「よく描けてるでしょ? 「居眠り」の肖像画♪」

「あ、あれは!? ついウトウトしちゃってただけでっ、その……」

「見たままを描けって行ったのは先生よ?」



あ……あう、ここのところあんまり寝てなかったから眠気が払えなかったんですよ。

それに、この授業私やること殆ど無いんですもん!

だから、そんな挑発的な目で見ないでください!?



「まあ、自業自得だな」

「だからって……ヨダレまで描くなんてひどすぎです……」

「ふーん……だったら第三者に似てるかどうかみてもらいましょうか?」

「ええーっ!?」

「ゲンジ先生に見せたらどんな顔して怒ってくれるかなあ〜♪」

「ま、待って!? 待ってってば!? それだけは、ちょっと待ってえぇ〜っ!?」



私は大慌てでベルフラウを追いかけていきました。

だって、よだれをたらして寝こけているあの絵。

ものすごい上手いんですもん(汗)



「ビービビ……」

「ははは、まあそれもいいんじゃないか」



遠くでオニビと会話になっていない会話をするアキトさんの声を聞いたような気もしますが……。

正直ゲンジさんに見られると今日一日くらいは説教で消えそうなんで構ってられません。

最終的に風雷の郷近くまで追いかけっこをする羽目になりました。

ベルフラウも結構体力がついてきたんだなと嫌な方向で思い知る私でした(汗)















「アキトさん……アルディラさんに連れて行かれた時の事を憶えていますか?」

「ああ、一応はな」

「あの施設は召喚術の実験場だったと聞いています」

「そうだな」



授業の後、俺はアティに呼び出された。

聞きたい事があると言っていたが、やはりかなり気にしているようだな。

剣の事か……。

それはそれでありがたい、北辰がこの世界に……あの時殺したはずの……。

その事はあの二人には黙っておくように言ってあるがいずれはばれるだろう。

だが、今の彼女にそんな心配をかけたくない。

ただでさえ、剣の事で不安が増しているようなのだから。



「あの場で俺が知ったことは、アルディラの恋人だった男、ハイネルの復活を望んでいるという事。

 そしてミスミはリクトの遺言を守っている事くらいか」

「そういうことじゃないです。

 アキトさんがあの場で復活の生贄にされそうになったという事は、

 あそこは召喚のためだけの場ではないという事じゃないですか?」

「俺にはなんとも言えないが可能性はあるな」

「私、あの喚起の門とこの剣には関係があるんじゃないかと思っているんです」

「それは……」



確かに、十分にありうる。

召喚の実験施設に、召喚術の能力を強化するための剣、そしてここへの漂流など条件が整いすぎている感がある。

もしそうだとすれば、アティがこの島に来たこと自体何かの意図の下である可能性が出てくる。



「否定できないな」

「なら、やっぱりいずれは行かねばならないですね……」

「何を急いでいる?」

「え?」



アティは俺にそのことを言われて初めて気付いたかのように言う。



「あ……そう、ですよね……なんでこんなに……」

「やはり不安になっているのだろう、色々あったからな」

「そうですね……でもそんなに気にしているつもりはなかったんですけど……」

「今日は早めに休んだらどうだ? 授業中のこともあるしな」

「あう……もう、そのことは忘れてください!」



赤くなるアティを笑って見送り、しかし、何かあったのだろうと踏む。


今の状況で彼女が落ち込むのはまずい。


帝国軍のこともそうだが、喚起の門に関しても落ち着いて当たらねば彼女が傷つく事になるのは容易に予想できる事だった……。








あとがき


やばい、やばいですよー

ストックがきれかけてきた(汗)

来週は頑張ってストックためないと……。

いつも思うんですが、ストック10本以上とかって言う人は凄いですよね。

私今回がストックを用意する初めてのケースでして、結構頑張っているつもりなんですが。

下手したら毎週日曜日は来週までになったりするかも(汗)

頑張るつもりではいるのですが……。







押して頂けると作者の励みになりますm(__)m

<<前話 目次 次話>>

作家さんへの感想は掲示板のほうへ♪

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.