狼姫<ROKI>
硝煙


冬木教会の地下にある聖堂。
宝石魔術による通信機が置かれたこの部屋には綺礼が一人で佇んでいた。
いや、携帯電話を耳に当てて立っていた。

「――神明二丁目、そう、海浜倉庫街だ。損壊は広範囲で甚大。……ああ、それでいい。都市ゲリラの線で処理しよう。Dプランに沿って、あとは現場の判断で頼む」

聖堂教会の監督役を努める者には、サーヴァントによる戦闘で発生するありとあらゆる異常事態の隠蔽が任されている。
街中に配置されたスタッフらに命令を下して、倉庫街の一件を永遠に解決することのない架空の事件として扱うようだ。
警察や自治体への根回しも万全な以上、下手に情報が漏洩することはまずもって有り得ないと断言できる。

だが、今回の聖杯戦争はほとほと化け物どもが揃ったものだと言わざるを得ない。
物量を誇る綺礼のアサシン群体。
伝説の聖剣の担い手たる騎士王。
神話の時代を駆けた悲恋の槍兵。
世界で最も多くの領地を略奪した征服王。
全ての宝具の原典を手中にした英雄王。

形式的なものはさておき、実質的な初戦でいきなりこれだけのサーヴァントらの素性が判明した。
だが、懸念すべき材料が二つある。

一つ目は手にした物を全て宝具に変える漆黒のバーサーカー。
これの能力は狂戦士の実力も相まってアーチャーの天敵といえよう。

しかし、魔術師らにとって最も興味を引いたのはキャスターを率いた魔戒騎士だ。
キャスターの真名はバーサーカー同様、未だ見当さえ立っていない。
にも関わらず、綺礼や他のマスターらの関心はキャスターより女騎士に向いていることだろう。

綺礼とて魔戒騎士のことはそれなりに知っているつもりだ。
現役の代行者をやっていた頃、綺礼は本物のホラーと遭遇したことがあった。
当然、聖堂教会にとってホラーは吸血鬼と同じように教義と相容れない闇の魔物だ。
浄化の属性を宿した「黒鍵」という直剣型の投擲武器を何本も打ち込んだが、あいにく陰我によって変容したホラーには効果が薄かった。
下手に近接戦に持ち込めば、ホラーの返り血を浴びてとんでもない体質(・・・・・・・・)になる事も噂で聞いていた為、絶体絶命だった。

しかし、そこへ現れたのが指令を受けて現れた魔戒騎士。
代行者の業を以てしても撃滅できなかったホラーを、一振りの魔戒剣にて見事に切り裂いて見せた姿を、綺礼は今でもよく覚えている。

魔戒騎士も聖堂教会も、目的は魔性を倒すことにある。ならば共に戦えるのでは?と考えた者もいたが、それは甘すぎる見通しであった。
魔戒騎士は”守りし者”であることを最大の矜持としている。それはつまり、少しでも多くの人間をホラーから救うことを意味する。
だが聖堂教会の代行者は、怪物を倒すためなら目的を選ぶことは少ない。例えば、とある村に複数のグールが発生した際そのグールは勿論、村人全員を殺すこともある。

それ故、魔戒騎士と代行者は決定的な部分で受け入れあうことができない。
互いに自分の信じ続けた何かを折られないように――貫き続けたいがために……。

「――恐れながら、綺礼様」

そんな時、背後から女の声が聞こえてきた。
白い髑髏の仮面と黒装束を纏い、紫色の長髪を後ろで纏め上げた女アサシンだ。

「教会の外で気になるものを見つけましたので、ご報告を」

女アサシンが差し出してきたのは一匹の蝙蝠の亡骸。
手に取ってみると、まだ僅かな温もりがあるがわかる。

「――使い魔か」
「はい。結界の外ではありましたが、明らかにこの教会を監視する目的で放たれたものかと」

この冬木教会は、聖杯戦争における公式的な唯一の中立地帯だ。
マスターが余計な介入を行えば、何かしらのペナルティを負わされてしまう。
にも関わらず間諜を送り込むなど……。

だが、その疑問は蝙蝠の腹部に括り付けられている物が導いてくれた。
それはワイヤレスのCCDピンホールカメラだった。

基本的に機械技術を敬遠する真っ当な魔術師が、真っ当な魔術の代表である使い魔にこんなものを追加するなど考えづらい。
尤も綺礼の中には、この手の小細工をやりそうな外道の魔術使いの情報があった。

師匠である時臣――正統な魔術師が最も忌み嫌う戦術をとるフリーランスのヒットマン。
その名が、衛宮切嗣であったことを綺礼は強烈に記憶していた。
空虚な自分の最奥にある何かの伝手となるやもしれない、この混沌とした男のことを。





*****

冬木市の外れにある一本の公道。主に車で街から出入りする為に造られたこの道路は、右へ左へと曲がり、思いのほか山道めいている。
だが、そんな曲がりくねった道を全速力で爆走する一台の高級車があった。
メルセデス・ベンツ300SLクーペという名の白銀に輝く時価1000万円以上ともされる伝説のスポーツカーは、時速100qを超えた速度で駆けている。
そして、その駆り手はうら若き貴婦人である。

「ね?ね?けっこうスピード出るもんでしょう?コレ」

満面の笑みでステアリングを過激に操るアイリスフィールに、助手席のセイバーは顔を半ば引き攣らせて苦笑した。

「お、思いのほか……達者な、運転……ですね」
「でしょ?こう見えても猛特訓したのよ」

などといいつつ、ハンドルを切る手もギアを動かす手も実に荒々しく、メルセデスが曲がるたびに車内にも何度か揺れが生じる。

「切嗣がアインツベルンの城に持ち込んでくれたオモチャの中でも、私はこれが一番のお気に入りなの。お城じゃ中庭をグルグル回るだけだったから、こんなに広いところを走るのは最高よ。もう最高!」
「オモチャ……ですか……」

人力で走る自転車の類なら異を唱えはしない。
だがコレは高性能なエンジンを搭載した自動車だ。使い方を誤れば事故が発生し、死傷者を出しかねない装置を、断じて玩具と呼んではならない。

おまけにアイリスフィールの運転は荒っぽいだけでなく、信号や交差点、道路標識の類さえも半ば無視するようなものであり、人通りが極端に少ない夜中とはいえ、よくぞこの国道線まで事故もなく走れたものだ。
ついでに、道路の車線さえも反対側を走っていたなど、下手を踏めば自殺行為が列挙するありさまである。
尤も、生まれてこの方外出というものをしたことがないアイリスフィールに運転免許だの交通安全などを説いても手遅れなのだが。

「……この地にあるアインツベルンの領地というのは、まだ先なのですか?」
「自動車で小一時間ぐらい、と聞いてるわ。近づけばそれだけ解るんだけど――」

セイバーとしてはこのデンジャラスドライブは早く終わることが今一番の望みだった。
もしここで対向車や歩行者が現れた場合のことを考えると、思わずスプラッタな光景が脳裏をよぎって背筋を寒くする。

「……専門の運転手を雇っても良かったのでは?」
「駄目よそんなの。つまんな――もとい、危険ですもの。いったん冬木市に入った以上は、何時何処でほかのマスターに襲われても不思議じゃないわ。巻き添えを出すのはセイバーも嫌でしょう?」
「それは、そうですが……」

魔術の秘匿や堅気の人間を巻き込むことを、アイリスフィールのドライブと天秤にかけてしまっていたセイバーだが、その下らぬ考えは次の瞬間に綺麗サッパリ吹き飛んだ。

「止まって!」
「え?」

突然の警告にアイリスフィールが戸惑うと、セイバーは運転席に乗り出して無理やりブレーキを踏んだ。
猛スピードから急ブレーキがかかり、嫌な音を立てながらメルセデスが停止する。

Aランクの『直感』というスキルを備えたセイバーは、この先にいる異形の気配を逸早く察知して、車が止まると同時にドアを開けて外へ出た。

「セイバー?」
「此処から出ないでください!」

車から降りると同時に鋼の鎧を纏った戦装束となり、姫君に二度目の警告を出したセイバーは、見えない剣を片手に車の前に飛び出した。
ヘッドライトが照らすのは僅か数メートル先だが、ヤツは真っ直ぐに人工的な光の中へと躍り出た。

『シァァアアアアア!!』
「っ!」

現れたのは、まるで赤い枯れ木のような姿をした魔物だった。
もしこの場に魔戒騎士や魔戒法師がいたなら、この化け物のことをこう呼んだだろう。

”メルギス”――と。

「――ダアアアアア!」

セイバーは赤い魔物に堂々と真正面から斬りかかって行った。
依然として呪いの所為で全力は出せないが、相手はホラーだ。そんな事情など鑑みてくれる筈がない。
メルギスはセイバーの太刀筋を避けると、彼女の側面に回って蹴りをお見舞いしてきた。

それによって少しばかり仰け反ってしまうセイバーだが、すぐに体勢を立て直して今一度刃をメルギスに向けて振り回した。

――斬っ――

『ギィィィ……!?』

脇腹を切られ、叫び声を散らすメルギス。傷口からは真っ黒な生血が滴り落ちている。
メルギスは報復だと言わんばかりに、両腕から電撃弾を発射してくる。

「フッ、ハッ……!」

しかし、セイバーはその攻撃を巧みに躱すと、一気にメルギスの懐へと飛び込み。

「――ハァッ!!」

二つの影が重なり、また二つに別れた。
そうして、

『―――――――!?』

此の世の者ならざる断末魔を上げて、メルギスは爆散して消滅した。
通常、ホラーを浄化できるのは魔戒騎士や魔戒法師のみだが、ホラーもまた神秘の存在。
ならば、より強大な神秘の結晶であるサーヴァントの力を以てすれば倒せるのもまた道理。
幸いなことに飛び散った地はセイバーの素肌にかかることもなく、ことは無事に終了した。

「……セイバー。今の……」

アイリスフィールは車から一旦降りて、セイバーに何かを言おうとしても言葉が詰まってしまう。

「恐らく、聖の言っていたホラーでしょう」

セイバーは戦装束からダークスーツ姿となり、地面を穢しては消えていったホラーの血を眺めた。

「今斬ったモノは大したことはありませんでしたが、もし……」

言葉を詰まらせたのは従者も同じだった。
その先の言葉にはいくつかの可能性があったが、いずれも今度の展開において大きなマイナスだろう。
そうとなれば、やはり最優先すべきは……。

「兎にも角にも、まずはランサーね……」
「はい。幸い、あのランサーは高潔な騎士です。逃げも隠れもしないでしょう。彼もまた、私との決着を望んでいる」

そうして、姫君と騎士王はメルセデスへと乗り込み、再び発進した。
次の戦いに備えるために。





*****

龍洞の奥深くにある大聖杯の地。
此処を拠点とし、誰よりも攻められ難いポジションを確保しているキャスター陣営は――

「うん、暖まるわねぇ♪」

――シチューを食べていた。
輪廻は自分の従者に造らせておいたそれをスプーンで口の中へと運び、冷えた身体が内側から温まるのを感じた。
無論、味も最高であり、顔も笑みで一杯になる。

「そうか。喜んでもらえたのは幸いだな」

と、作り主であるキャスターもまた、どことなく満足げに頷いている。
本来ならば殺伐としているべき聖杯戦争の中枢という重要ポイントで呑気にシチューというのはシュールな気もする。

「いやぁ、あんたが家事やってくれるなら、当分ここで暮らすのも悪くないわね」
「そうか。ではこの荒屋が気に入る位には生き残りたいモノだな」

口元を吊り上げ、皮肉を述べあげるキャスター。
そこへ、

『マスター』

ヴァルンが口を動かした。
この状況で喋るということは、何か大事な要件があるのだろう。

『ゲートの気配だ』
「え……?」

輪廻は驚いた。
自分が先程倒したエルズ(そして所知れずに斬られたメルギス)に続くホラーが一夜に何体も現れるなど、そうそうあることではない。
ここが魔術師の街で、陰我が溢れている、というだけの理由では納得できない。
第一この地には七体の英霊が召喚されているのだ。そのような危険地帯へと姿をやたら晒したがるホラーなどいまい。

(……誰かが、裏で手を……?)

このような状況になると、自分が管轄外である冬木に派遣されてきた意図もどことなく読めてきた。

「で、どんなホラーかしらね?」
『それが妙なのだ。ゲートの気配は幾つも……普通と比べて多すぎる』

ゲートならば昼間、輪廻があらかた浄化しておいた筈だが、一日と経たない間に大量のゲートができている。
どういうことなのか、調べておく必要がありそうだ。

「……ヴァルン。ゲートはどこ?」
「新都の方面だ。詳しい場所は追々説明する」
「わかったわ」

輪廻は相槌を打つと、さっさと皿に盛られたシチューを猛スピードで平らげた。
ご馳走様、と言った直後、魔戒剣を執り、戦場へと赴いていった。





*****

冬木ハイアットホテル客室最上階。
地上32階から見下ろすその眺めは、この冬木の中でも隋一を誇る。
最高の設備とサーボスを誇るこのホテルの最上階を、フロア丸ごとで貸切にした男がいた。

その名はケイネス・エルメロイ・アーチボルト。
九代続くエルメロイ家の後継者であり、時計塔の魔術講師にして、ロードの称号を得た本物の貴族である。
そんな彼の――エルメロイ家の資産を以てすればホテルの一フロアを纏めて貸し切るなど造作もないことだ。

ただし、ケイネスは宿に戻ってからというもの、不機嫌な表情ばかりを浮かべている。
その理由の中に、輪廻が述べあげた説教もあるだろうが、もう一つの理由はこのホテルそのものだ。

さっきも言った通り、ケイネスは魔術師のエリートであり本物の貴族だ。
故に、本物の富豪がいかな生活をしているかについて熟知している。
だがこのホテルはただ単に一般人がよく想像していそうなイメージをそのまま投影しただけで、歴史も文化もない。
ただ広いだけの部屋、華美な装飾、高価なだけの物品。どれもこれも偽物じみていた良い気分になれない。

ケイネスは生まれたその時から神から愛されたような人生を歩み続けた男だ。
歴史も誇りも実力もある名家の長男として生まれ、これといった努力や目標がなくとも課題をこなす天才ぶり。
これまでのケイネスの人生には挫折など一度たりともなく、何時も自分の思い通りに事が運んで行ったと述べても過言ではない。
だからケイネス自身は己が背負う天才性については”当然”だと判じて誇りには思っていない。彼が誇りに思うのは名家の魔術師としての矜持だ。
無論、挫折を味わうことなく甘ったるい人生を送れば、如何な人物とて傲慢になるのは必然といえよう。

気晴らしにとリモコンでテレビをつけると、ニュース番組が映し出され、あの倉庫街で起こったことが聖堂教会のシナリオ通りに報道されていた。
見事に怪奇の匂いを消しきった聖堂教会の手腕に、ケイネスは内心で珍しく褒めておくことにした。
ケイネスはリモコンでテレビの電源を消すと、

「ランサー、出てこい」
「はッ、お側に」

槍兵を呼びつけた。
ランサーはすぐさま実体化して主に応える。

「今宵はなぜセイバーを仕留め切れなかった?一度ならず二度までも。更にこの私の令呪を一つ削いでも尚、だ」

ケイネスは見るからに高級そうな椅子に座りつつ、騎士の礼に基づいて傅くランサーに追求した。

「セイバーとの競い合いはそんなにも楽しかったか?」
「そのようなことは」

いや、これは追求というよりも、尋問と表現した方が正しいのかもしれない。

「騎士の誇りにかけて、セイバーの頸は必ずお約束いたします」
「改めて誓われるまでもない!」

ランサーの言葉をケイネスは真っ向から跳ね飛ばすように怒鳴った。
どうやら今宵の初戦の結果がいたく不満だったようだ。いや、さらに輪廻が説教をくれた分、不機嫌さは増しているだろう。

「当然であろう!貴様は私に聖杯を齎すと契約したのだ。それがたかだかセイバー1人に必勝を誓うだと?一体なにをはき違えている?」
「はき違えているのは貴方ではなくて?ロード・エルメロイ」

ランサーを責め立てるケイネスに冷水なような声をかける一人の女が奥の部屋から歩み寄ってきた。

「……ソラウ……」

ショートカットの赤髪をしたその女は、まるで女帝のように冷たい威圧感を纏っていた。
名前はソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ。
ケイネスの恩師たる降霊科のソフィアリ学部長の息女だ。
彼女はケイネスの人生をより完璧に仕上げてくれる特別な存在――つまりは許嫁だ。
ソラウの家計はアーチボルト家に匹敵する家柄だ。ともなれば、家族内で魔術のことを秘匿するのはほぼ不可能。
ソフィアリ家の魔術刻印はソラウの実兄が受け継いでいるが、ソラウ自身にも魔術の英才教育が施されている。

そんな常人の領域を越えた優れた魔術回路もつ彼女とケイネスが一緒になれば、間違いなく次世代を担うサラブレッドが誕生するだろう。
そのような関係もあって、ケイネスはソラウに強くモノを言うことができない。

否、

「ランサーはよくやったわ。間違いは貴方の状況判断じゃなくて?」
「セイバーは取り分け強力なサーヴァントだ。あの場で確実に倒せる好機を見逃せなかった」

先に惚れた奴が負け、とも言えるのだが。

「治癒不可能の傷を負わせたんですもの。捨て置いたところで、何時でも倒せたでしょう。そこまでセイバーを危険視したのなら、どうして貴方はセイバーのマスターを放っておいたの?」

今度はケイネスが責め立てられる番となった。
先程の威勢はどこへいったのか、彼の表情には悲しい色が浮かんでいる。

「情けないったらありゃしないわ」

ここまで言われてもケイネスが無言な以上、誰が上で誰が下かがわかる。
既にきょうさ――もとい、尻に敷かれる関係が出来上がっている。

「ケイネス……貴方は他のマスターと比べてどんなアドバンテージを持っているか、忘れたわけじゃないでしょう?サーヴァントとマスターの契約システムに独自のアレンジを加えて、変則的な物に変えた」

そのあたりは流石は降霊科随一の天才児といえよう。
なにせ、

「貴方が令呪を宿し、私がもう一人のマスターとして魔力の供給をする」

このようなやり方は、マキリといえど考えもしなかっただろう。

「だが、序盤の内は慎重に……」
「気持ちは分からなくもないわよ。なにしろ、この戦いにはあの魔戒騎士が出しゃばってるんだから」

ソラウも魔戒騎士については最低限の知識を持っていた。
ただし、代行者でも倒しきれない魔物を切り裂く戦闘のプロフェッショナル、程度の認識であったが。

「でもね、ケイネス。貴方が慎重にと言ってるのに、ランサーにだけ結果を急がせるのは酷でしょ?」
「そこまでにして頂きたい」

そこへ、ランサーがソラウの攻撃に横槍を入れてきた。

「それより先は、我が主への侮辱だ。騎士として見過ごせません」
「いえ、そんなつもりじゃ……。ごめんなさい、言い過ぎたわ」

ランサーの言葉を聞くや否や、ソラウは掌を返したように態度を変え、ケイネスに謝った。
だが、ケイネスの関心はソラウの謝罪より、ランサーの泣き黒子にあった。

ランサー…………ディルムッドには『愛の黒子』という特殊スキルがあり、ディルムッドの魔貌を見た女は彼に熱を上げてしまうというものだ。
当然、高潔な武人であるランサーにとって、これは邪魔くさい呪いでしかないのだ。
決して高ランクとはいえないスキルなので、ある程度の対魔力が十分に無効化できるはずなのだが。

「…………」

ケイネスには、その黒子があるランサーの顔がソラウを変えたのではないかと思えてきた。

次の瞬間、

――ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ!!――

「なに?なにごと?」

突如として鳴り響く非常ベルの音に、ソラウが戸惑っていると、室内に備え付けてある固定電話に一本の電話がかかってきた。
ケイネスは立ち上がってその電話の受話器を取った。

「…………あぁ、わかった」

向こうからの短絡的な説明を受け、一言返して受話器を置いた。

「下の階で火事だ。まあ、間違いなく放火だろうがな」
「放火?よりによって今夜?」
「人払いの計らいだよ」
「じゃあ、襲撃?」

ケイネスは一気に得意げな表情となっていく。
雰囲気にも振る舞いにもいつもの自信が漲り出していく。

「セイバー陣営は早急に槍の呪いを解消したいところだろう。――ランサー、下の階にて迎え撃て。無碍に追い払ったりはするなよ」
「承知しました」

ここからようやく魔術師らしい戦いができると思うと、ケイネスの興奮は昂ぶっていく。

「お客人には、ケイネス・エルメロイの魔術工房をたっぷり堪能してもらおうじゃないか」

魔術師の工房には、その魔術師が得た全ての魔術が蓄積されている。
そして、その役割とは……。

「フロア一つ借り切っての完璧な工房だ」

一見、自分の陣地を作っているだけのようにも思えるが、

「結界は二十四層。魔力炉は三基。猟犬代わりの悪霊や魍魎が数十体。無数のトラップ。廊下の一部には異界化させている空間もある」

このように、外部からの侵入者を確実に殺し尽くすことが最大の目的。

「お互い存分に秘術を尽くしての競い合いができようというものだ。私が情けないという指摘、すぐにでも撤回してもらうよ」
「ええ。期待してるわよ」

余裕と歓喜に満ちた様子で、ケイネスは氷で冷えたシャンパンをグラスにつぎ、それをゆっくりと舌に流し込んでいった。





*****

放火によるボヤが発生したハイアットホテルでは、一度お客を外へと避難させ、ホテルマンたちが宿帳を頼りに顧客の避難確認を行っていた。
ただし、その中でも絶対に確認しておかねばならない人物がいた。
高所のワンフロアを丸ごと貸切にした謎の富豪・アーチボルト氏である。
彼が何の目的でこのホテルのフロアを貸切にしたのかは全くもって謎だが、それでもこの状況下において絶対に大事があってはならない超VIPであることに間違いはない。

「アーチボルト様がいらっしゃいますか?ケイネス・エルメロイ・アーチボルト様はいらっしゃいますでしょうか?」

従業員も無意識に声に熱を入れてケイネスを呼んだ。
何しろボヤ騒ぎ程度ならまだいいが、フロア一つを貸し切るほどの人物がなにかあればホテルの信用度もガタ落ちだから。

「はい、私です」

と、返答の声が聞こえてきた。

「ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは、私です」

そこにいたのは、よれたコートを来た日本人の男だ。
タチの悪い悪戯かと思い、問いただそうとすると、

「妻のソラウ共々、避難しました。ご安心を」

男は何事もないかのように平然とした口調でウソを言い続ける。
その男の言葉に、従業員は――

「――そうですか。あぁ、はい、わかりました」

無意識のうちに、自分でも気づかないうちに、目の前の日本人が顧客だと思い込んでいた。
避難者リストにチェックをいれた従業員は、そのまま他の顧客のチェックをいれるべく足を進めていった。

ケイネスを騙った男はそれを見ると、懐からケータイを取り出して、誰かと二言返事も同然の応答をした。

「準備完了だ。そちらは?」
『異常なしです。いつでもどうぞ』

従業員に暗示をかけた切嗣は、助手の舞弥と連絡をとる。
そして、ポケットの中から煙草を取り出しつつ、ケータイのボタンを押していき、架空名義で登録したポケベルへと繋いだ。
そのポケベルは着信と同時に回路を通じて、C4プラスチック爆弾の起爆信管に接続されている。

つまり、


――ドガァァァァァアアアァァァァァン!!――


高層ホテルを支える鉄筋コンクリートの類を公立よく正確に爆破するということだ。
結果として、

「ホテルが、ホテルが崩れる!?」

テロ事件ばりの絶叫があちこちで起きた。
切嗣と舞弥が行ったのは爆破解体(デモリッション)といい、建物の要所となる柱を少量の爆薬で破壊することにより、建物は自重によって崩壊する。
周囲にも影響をあまり及ぼすことのないテクニックだ。

だが、事情を知らぬ避難者たちが恐慌状態で逃げ惑う中、切嗣と舞弥は平然と連絡を取る。

「舞弥、そっちは?」
『最後まで三十二階に動きはありませんでした。標的はホテルの外に出ていません』

となれば、ロード・エルメロイは無造作に積まれた瓦礫の中で息絶えたと考えるべきだろう。
いかに高度な工房を築こうと、それが地上から天高く離れた場所にあるなら、土台を崩してしまえばいい。
ケイネスは伝統ある魔術師の代表のようなものだ。なればこそ、近代技術を用いた建造物破壊方法など知る由もなかったのだろう。

切嗣はケイネスらの死を半ば断定していると、ふと視界の隅に一人の少女が泣きじゃくっているのを見た。
母親に宥められてはいるが、これだけの惨事を目の当たりにしているせいか、泣きやむ気配がない。
だが切嗣は仕方ない犠牲の一つとして納得する。これから彼が聖杯を用いて救済する人類は約60億人だ。それら多くの為なら、100人余りの少ない者達は見捨てる以外にない。
これまでがそうだったように。





*****

久宇舞弥は、名もなき鉄骨の櫓――完成途上の冬木センタービル三十八階にいた。
未だに鉄筋コンクリートが剥き出しの状態であるこの複合高層ビジネスビルのこの場所は、地上の光も天上の光も届きにくい虚空の闇が覆っている。
舞弥が暗視装置付のAUG突撃銃を持っているのは、もしケイネスが外に出てきた場合、確実に狙撃して殺すためだったが、どうやら無駄足に終わったらしい。

携帯電話で切嗣と連絡をとり、そのことを報告した。
既に長居は無用と判じて、銃器と弾倉をケースの中に収納して肩に背負ったとき、彼女は直感で危険を察知した。
切嗣と共に何度となく傭兵として戦場を練り歩いた経験がなす勘が、今自分に襲い掛かる脅威に気づいたのだ。

「察しがいいな、女」

渋い男の声が聞こえてきた。鉄筋に隠れている舞弥には後ろ姿は見えないが、それでも危険な相手ということはわかる。
舞弥は周囲に警戒しつつ、腰のホルスターから9o口径のグロック拳銃を抜き放つ。

「――フン、それに覚悟もいい、か」

姿を見せない男は、彼女を小馬鹿にしたような声を出す。

「それにしても、建物ごと爆破するとは……魔術師とは到底思えん。いや、魔術師の裏をかくことに長けているということか」

高所から爆破の惨状を眺める男。
舞弥はこの男の素性に心当たりがあった。

「言峰、綺礼……」
「ほう。君とは初対面の筈だが。それとも私を知るだけの理由があったのか。ならば君の素性にも予想がつく」

思わず漏らした一言で、この代行者は舞弥の所属陣営に当たりをつけた。
自分の不覚さに舞弥は舌打ちする。

「私にばかり喋らせるな、女。返答は一つでいい」

綺礼は、あるものを懐から取り出し、

「オマエの代わりにここに来るはずだった男は――衛宮切嗣はどこにいる?」

放り投げてきた。
それは、腹にカメラを括り付けられた蝙蝠の使い魔。
次の瞬間、

「――――!」

舞弥が柱の陰から飛び出し、拳銃の引き金に指をかけて発砲する。
だが綺礼は巧みに弾丸を避けた挙句、僧衣から取り出して投擲した黒鍵により、舞弥の手元にある拳銃を弾き飛ばした。
舞弥はすぐさま近くの柱の陰に隠れて、できる限り姿を晒さないようにする。

「中々悪くない動きだ。相当に仕込まれているようだ」

綺礼は両手の指に三本ずつ黒鍵をはさみ、魔力を籠めて刃を半実体化させる。
舞弥は今の短い攻防で飛び道具を失い、手の甲に傷を負った。だが綺礼には何の損失もない状況だ。

しかし、そこへ――

――カラン――
――ブシュウゥゥゥ……!――

何処からともなく一本の発煙筒が投げ込まれ、周囲一帯を煙幕で包み込んだ。
舞弥は綺礼の目が晦まされている間に、逃げ道たるビルの吹き抜け口へと飛び込んだ。
直後に綺礼は黒鍵を振るい、辺り一面に充満する権幕を払いのけたが、すでに舞弥の姿はなかった。
代わりにあったのは、使い捨てタイプの発煙筒だけ。

「……あの女が投げた物ではないか」

綺礼は発煙筒を拾うと、舞弥が逃げたと思われる吹き抜けを一瞥する。

「……まぁいい。あの女を助ける存在がいるというだけで、今夜のところは収穫だ」

綺礼にとって今宵の行動は完全に単独かつ独断によるものだ。
なにしろ今の彼は敗北者として教会に身柄を保護されているのだ。
形骸とはいえ、そのような男が平然と街中を出歩くなど不自然極まりない。

故に、今この行動はできる限り他の陣営にバレてはならないものだ。
しかし、そんなモノはあくまで人間の――1個人の勝手な事情に過ぎない。
それらを知らぬ者からすれば、綺礼がどうなろうと知ったことではないはずだ。

そう、例えば――

『『『キシャアァァァ……!』』』

闇の魔獣がその最たる例であろう。

「ッ――ホラー!?」

綺礼は無意識に黒鍵の刀身により魔力を籠めていた。
鋭い二本角に蝙蝠のような翼、岩肌のようにゴツゴツした黒い身体。
俗に言う素体ホラーと呼ばれし下級の魔物が三体いる。

綺礼は一瞬、この程度なら勝機があると踏んだ。
当然のことだが、ホラーと出くわした代行者は綺礼だけではない。
かつて同僚がホラーと対峙した際、そのホラーはまだ肉体も陰我も得ていなかったため、黒鍵でも浄化可能という事例があったのだ。

「アサシン」
「はっ」
「お側におります」

僕であるアサシンを二体ほど実体化させ、三体三のフェアな戦況を作る。
宝具『妄想幻像(ザバーニーヤ)』によって内包人格に応じて約80人に分裂し、能力が著しく低下しているものの、それでも彼らが神秘の塊である事実は変わらない。
陰我を得たホラーならそれこそ総がかりになる必要があるが、向こうは未成熟なホラーだ。不完全なアサシンでも勝ち目はある。

そこからはあっという間だった。
綺礼は洗練された動きで六本の黒鍵を投擲し、一体の素体ホラーを串刺しにして消滅させた。
当然、距離が離れていたので返り血を浴びることもなかった。

一方でアサシンはというと、仮にも生前は幾多もの暗殺をこなしてきた影の教団のトップ(その内包人格)である。
素体ホラーたちの動きは実にすばしっこいが、決して洗練されたものではない。アサシンからすれば神経と体力任せの動きだ。
そこで彼らは簡易な罠を張ることにした。
わざと相手に隙を見せるような動きをして誘き寄せ、一人ずつに一匹ずつが追ってくるようにし、何十回も同じコースを描くように動き回り、そして何の前触れもなく動きを変えた。
一気に横へと軌道を反らして進んでいくと、そこにはアサシンとアサシンが正面から激突するような構図となっている。
だが、彼らは衝突の直前に身体を横に曲げると、毒蜘蛛同士の共食いは見事に回避された。

尤も、

――ガゴッ……!――

素体ホラーにそのような繊細かつ絶妙な動きはできず、頭と頭をぶつけた音が響いた。
あとは簡単。二匹の魔獣が怯んだ隙に投擲用の短剣ダークをありったけ奴らを見るも無残な串刺し刑にした。
代行者&暗殺者VS素体ホラーは、たった3分程度でお開きとなった。

「――ふぅ」

綺礼も流石に気疲れしたのか、黒鍵の刃への魔力供給をやめ、息を少し吐いて気を休める。
だがこの時、黒鍵の刀身を消した点だけは、拙かったとしか言い様がない。

戯け(カヤセ)

薄ぐら闇の中から、聞いたことさえない言語が聞こえてきた。
そして、その直後――

――斬ッ!ザシュ!――

「ぐぅおぁ!?」
「ギガァァッ!?」

二体のアサシンの身体が、鈍く光り刃によって刺し貫かれている。
心臓を潰された二体のアサシンは消滅し、その影となって見えなかった敵の姿が顕となる。

銀灰色の鎧、猛禽を模した兜、三日月を模した両肩、背中のボロついたマント。
そこにいたのは、ソロモン72柱の騎士と同じ由来の名を冠する孤高のホラー剣士ことフォーカス。

朽ちよ(スキバケヲ)代行者(ガリソルチャ)

両手の籠手から伸びる妖しげな刀身こと魔装刃にはアサシンの血が滴っている。
刀刃から放たれる殺気は尋常ではなく、このホラーが本気で自分を殺そうとしていることを、綺礼は否が応でも感じ取れた。

「くッ……!」

此処にきて陰我を得た完全なホラーが出現したことにより、綺礼の命運は半ば必死の状況と化している。
これほどのホラーともなれば黒鍵による浄化は見込めまい。なによりフォーカスの戦闘者としての腕前は綺礼の上を行く。

『せめてもの慈悲だ。一撃で逝かせる』

フォーカスは構え、利き足を蹴って勢いよく綺礼の頸を狙った。
しかし――!

――ガギン!――

『ン……!?』

魔装刃は間一髪のところで塞き止められた。
無論、それをやったのは綺礼ではなく、第三者によるものだ。

「また会ったわね、フォーカス」

いつの間にか綺礼とフォーカスの間に立ち、魔双刃を受け止めているのは一振りの長剣――断罪剣を手にしている狼の兜を被った女騎士。

『……ロキ……』

予想外の乱入者に、フォーカスは後退して矛を収めた。

「ホラーの気配がやたら多いと思ったら、あんたが招きよせていたとはね」

紅蓮騎士は魔戒剣の切っ先をフォーカスに向けて言い放った。

「それ以前に何かしらねこの状況は?」
『お前が知る必要はない』
「そうはいかないのよ。言峰は敗北者であるにも関わらず此処にいる。そして敗北者に固執している上級ホラー。……見逃せるわけないでしょ』

ロキの言うことは実に正論だ。
だが、フォーカスがわざわざ素体ホラーを連れてまで現れたということは、何かあると見るべきだ。

『…………その男の陰我は、我らホラーにとっても害悪となる』
「え……?」

ホラーであるフォーカスが、言峰の陰我を害悪として扱う。
初めてのことだ。ホラーが陰我に対して警戒心を抱くなど。

『まあ、何れお前も理解できるだろう。その男の、心の影をな』

それだけ言い残すと、フォーカスは闇の中へと姿を消していった。

「フォーカス!待ちなさい!」

ロキは呼びかけたが、その行為に意味はなかった。
フォーカスが完全に撤退してしまったことを確信したロキは、仕方なく鎧を解除した。
そして、代わりにとばかりに綺礼のほうへと顔を向けた。

「言峰。あんたが何で負けた振りしてるのかは解るけど、此処に来る意味までは解らないわね」

その言葉に綺礼はギョっとした。
時臣と璃正と自分がグルになって立てた偽装戦端。
それをこの女は早々と茶番劇であることを見抜いていたのだ。
いや、キャスターがアサシンを打ち抜いた時点で、この事には対して耐性はついている筈なのだが。

「…………」

下手に喋れば、間違いなくこの紅蓮騎士は様々な情報に感づくことだろう。
それだけは察されるわけにはいかない。特に自分が衛宮切嗣との邂逅を望んでいることは。

「――――」
「……はぁ……訊いても無駄そうね」

輪廻は渋々魔戒剣を鞘に納めた。

「言峰。私はこれで帰らせてもらうけど、一つ忠告よ」

輪廻は綺礼に背を向けてから一言だけ述べあげた。

「ストーカーを差し向けたら……どうなるか理解できるでしょ?」

それは一種の交換条件と言えた。
輪廻は自分の居場所が知られない代わりに、綺礼の独断専行を誰にも話さない。
綺礼は自分たちの不正が知られない代わりに、輪廻の拠点を探らない。

輪廻は綺礼が如何な答えを返すかも聞かずに、一人で黙々と闇世の中へと走り去ってしまった。
その場に残された綺礼は自分の胸板に手を置いて考えていた。

「私に……邪悪な陰我が……?」





*****

其の頃、南の番犬所。
市井の人間では決して入ることの叶わず、魔を戒める者だけが入ることを許される異界の聖域。

「すぅ……はぁ……」

此処の担当神官が狐面越しに煙管を口に突っ込み、煙を吸って吐いている。
この神官の名は『ヴァナル』といい、紅蓮騎士・狼姫に聖杯戦争の参加を命ずる黒の指令書を渡した男である。

「さて、向こうも今頃は異変が芽吹いた筈……」

ヴァナルはその辺を適当に歩き回りながら、煙管に入った煙草が燃え尽きるまで紫煙を曇らせる。

「いや、そうでなくては、狼姫を送り出した意味がない」

ヴァナルの顔は狐の面と白いローブで隠されて表情が読めないが、今の冬木で起こっている異常事態には予測がついたいたようだ。
否、そうでなくては輪廻の令呪のことも調べなかったろうし、わざわざ黒の指令書まで使って冬木に向かわせはしなかっただろう。

「ふむ。そろそろ聖堂教会も動くであろう。此方からも手を打つとしよう」

煙管を手に取って口から出すと、ヴァナルは早速仕事に取り掛かることにした。
新たな指令書を書く為に、まずは紙と筆を用意することから始めた。。





*****

日の出頃の冬木教会・地下聖堂。
そこで綺礼はホラーたちの動きが余りにも活発すぎることを、通信機を介して時臣に報告していた。
無論、アサシンたちに命じて探らせた、という触れ込みつきで。

『それは本当かね?綺礼よ』
「はい。アサシンの調べによると、倉庫街での一戦のみならず、山林の国道、ハイアットホテルの周辺などで、ホラー達の存在が確認されました」

傍には父である璃正も付き添っており、あまりに異常なことに彼も狼狽の色を隠しきれないでいる。

『……妙だな。幾らこの土地が歪みを抱えていようと、一夜でこれだけのホラーが出てくるなど……』

時臣もそれなりに歴史のある魔術師の後継者にして当主。
ホラーについては一般人以上に知り得ている。
ホラーがどうやって現れるのか、どうやって活動するかという二つについては。

「原因は未だ不明ですが、この街には邪気が満ちているようです。そうでなければ、ホラーが大量に出現することはあり得ません」
『しかし、その陰我あるゲートが異常発生する理由そのものは我々魔術師や代行者では畑違いだ』

そう。古来よりホラーを倒してきたのは魔戒騎士と魔戒法師。
神代の頃から闇の魔獣と鬩ぎ合ってきた彼らなら、この状況を解決できるかもしれない。
だが、今その手段に頼るということは、キャスター陣営に対して恩義を作るということであり、今後の聖杯戦争を進める上で彼女らが有利になる可能性が十分にある。

「これは放任できんでしょう、時臣くん」

璃正はそんな固まった空気を解きほぐすために、とある案を出した。

「確かにホラーを確実に始末できるのは知識も経験もある魔戒騎士。とはいえ、ホラーもまた神秘。私の監督役としての権限で若干のルール変更を行えば、あるいは……」
「ですが、サーヴァントを導入するにしても、私のアサシンを表だって動かすわけにはいきません」

綺礼は璃正がホラー退治をサーヴァントにも課そうとしているのに気づくと、少しくぐもった言葉を吐いてしまう。

「そこでだ。一時的に尋常な聖杯戦争を保留にして、ホラー共の駆逐に専念する。参加者たちがそれに応じるだけの報酬を用意してな。彼らとて、無粋な邪魔者によって聖杯戦争が破綻する結末は望まんでしょう」
『成程。ゲームの趣向を変えて狐狩りを競い合う、というわけですか。しかし、異変の解決の報奨によるアドバンテージが齎す結果が、後々になって我々に跳ね返り障害となる恐れも……』
「確かに、これだけではキャスター陣営に出し抜かれてしまう。出来る限り彼女らには多くの情報を得てもらい、その情報を基に異変の原因を消去する役目を果たすのは、やはりアーチャーでなければなりますまい」
『――成程。当然ですな』

アサシン達の卓越し眼力を使えば情報収集など至極簡単なことだろう。
しかし、綺礼から言わせれば、女騎士に余計な茶々を入れればトンデモない竹箆返しが待っているので考え直せ、という意見もある。
だが、この場では最も位の低い自分が、しかも私情で出歩いた際に魔戒騎士と出くわしたなどとは到底言えないことだ。

『――ときに綺礼。聞けば昨夜の君は冬木教会の敷地を出て行動を起こしたそうだが?』

この追及を受けるのは覚悟の上だった。

「申し訳ありません。危険は承知の上で下が、小うるさい間諜に目をつけられたので、やむを得ず……」
『間諜?教会にいる君にか?』
「ご心配なく。曲者の口は封じました。抜かりはありません」

とはいえ、時臣は厳しい声でさらに問いただした。

『なぜサーヴァントを使わなかった?』
「それには及ばない些事と思いまして」
『……確かに君ほどの手練れの代行者ともなれば、己の手練を頼みとするのも解るがね、些か軽率すぎたのではないかね?』
「はい。今後は慎みます」

真っ赤なウソである。
まだ綺礼は目的を達成していない。
それどころか、中途半端に解答の欠片を投げ込まれて、空虚の最奥にあるモノを追い求める感情が強くなっている。
衛宮切嗣と刃を交える為ならば、綺礼は自らが何度となく戦場へと赴くことを自覚していた。
例え、どれだけの欺瞞の上に行く道であろうとも。

そうして僅かな沈黙を置き、時臣との通信は終了した。





*****

そして、『龍洞』の奥深くにある『大聖堂』の間。
つまりキャスター陣営の拠点では――――

「ん〜……ん〜……ん〜……」

聖輪廻は布団を被って眠っていた。
今日は三回も鎧を纏って剣を振るった所為か疲れが溜まっていたらしく、すぐに夢の世界へと旅立った。
指にはまっているヴァルンの一つ目を閉じており、主人の眠りの妨げとならないよう沈黙を守っている。

そしてキャスターは、

(…………)

霊体の状態で一人黙々と輪廻の姿を見ていた。
見れば見る程、生前自分が出逢った女たちとよく似ていると思う、などとらしくない感傷に一瞬だけ浸ってしまった。
自分は何をしているのか?
今の自分にとって、過去の自分は最悪の怨敵だ。従って、かつての思い出を回想した上にその面影を目の前の女に重ねるなど。

無駄なことを考えるのはもう止そう。
この時代に呼ばれた以上、最大の目的は果たせない。
だが、別の目的を見つけることはできた。

色褪せた記憶の果てにあった理想論の正義。
その大本である愚かな男の幼稚な理想の先には只の破滅しかないことを、見せつけてやらねばならない。
赤い外套の魔術使いは、そうして己が心の内にちっぽけな復讐劇を思い描いた。












ヴァルン
「人は闇を恐れ、光を希望の象徴として崇拝した。
 太陽の輝しい熱さと、月の美しき儚さに幻想を求めて。
 次回”月光”――マスターよ、同業者がご来訪のようだぞ」


いきなりですが、伏線だらけの話です。



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