狼姫<ROKI>
射手


遥か彼方、撮りさえも飛ぶことのない超高度の雷雲の中、デジタル暗号化された通信が二機の戦闘機に入っていた。

『コンントロールよりディアボロI、応答せよ』
「こちらディアボロI、感度良好だ。何事だ?」
『冬木市警察より災害派遣要請。ただちに哨戒任務を中断し、急行されたし』

その急な任務に仰木一等空尉はヘッドホンがされている我が耳を疑った。
ヘリの類ならまだわかるが、今空を飛び回っているF15-Jを呼び戻す程の災害とはいったい……。

「コントロール。指令内容を明確にしろ。何がどうなってる?」
『……あー。いいか、笑うなよ。先方は……怪獣が出た、と言っている』

無線機の向こうから、亜音速で飛んでいることを忘れさせる冴え捲ったジョークが流れ込んできた。

「そいつは傑作だ。俺も空自に入隊した甲斐がある」
『ともかく正式な要請なんだ。ディアボロI、未遠川河口付近の状況を観察し、報告せよ』
「……冗談だよな?」
『ディアボロI、復唱せよ』

管制官の苛立った声に、彼もまたこのみょうちくりんな出来事に振り回されている被害者であることを知る。
思わず溜息をつきたくなるが、此処は素直に従うべきだろう。

「ディアボロI了解。本気はこれより未遠川河口の偵察にあたる。通信終了(オーバー)

何が悲しくてこんな特撮みたいな台詞の応酬をしているのか。そして、これら全てがレコーダーに記録されているかと思うと、本気で頭を抱えたくなる。

「……ディアボロU、聞いての通りだ。進路反転、引き返すぞ」
『了解。しかし……いいんですかね?』

随伴機であるディアボロUを駆る小林三等空尉も、この有り得ない命令に首をかしげているらしい。
尤も、彼らへの唯一の慰めと言えば、冬木市の上空へのルートは帰投空路上にあるということだろう。
この一機で百億を越えるジェット機の燃料だけでもバカにならないので、少しでも早く帰れるだけマシだろう。

『もし本当に怪獣がいたら、交戦許可って下りるんですかね?』
「これが怪獣映画なら、俺たちきっとヤラレ役だぜ。『光の巨人』が出てくるまでの咬ませ犬だ」
『笑えませんよ、それ』

この時、二人の隊員は知る由さえなかった。
巨人は巨人でも、待ち受けているのは『光の巨人』ではなく『闇の魔獣』であることに。
そして、それを倒すのに必要なのは、決して同じ巨躯ではないという事を。





*****

その頃、今まさに戦闘機が近づきつつある当の未遠川では。

『『『ヒヒィィィィィン!!』』』

三匹の駿馬が氷の足場を蹴り、主人を背に乗せて巨大な敵に立ち向かっている。
紅い馬の名は響赫、主人の名は紅蓮騎士・狼姫こと聖輪廻。
黒い馬の名は叢雲、主人の名は暗黒騎士・鬼狼こと聖雷火。
紫の馬の名は紫電、主人の名は紫電騎士・狼功ことデューク・ブレイブ。

「「「雄々―――――ッ!!」」」

愛馬の驚異的な跳躍によって地上から数十メートルの位置まで押し上げられ、それぞれの得物を闇の巨人へと突き立てんとする三人の騎士。

『――――――――――ッ!!』

巨人―――ヘカトンケイルはその阿修羅の如き猛々しい腕を以てして、騎士たちを撃墜しようとする。
だが、巨人の腕と腕の合間を縫うようにして跳ぶ三人と三匹は、見事に迎撃をかいくぐりヘカトンケイルの胴体へと辿り着き、得物を叩き付ける。

しかし、

――ガギィィィィィン!!――

ヘカトンケイルの表皮はまるで鋼鉄のように硬く、騎士たちの剣さえも弾いてしまった。

三人はそのまま重力に従って地上へと落下していき、元いた河原へと舞い戻ってしまう。
そして、地上へと着地したと同時に鎧と魔導馬は魔界へと返還された―――

「ったく、硬いにも程があるぜ」
「全くだわ。とても99秒で片づけられる相手じゃないわね」

―――ロキとロックの鎧と、響赫と紫電は。

「私やセイバー、それにライダーがもう暫く時間を稼ぎます。皆さんはその間に策を練ってください」

未だ鬼狼と叢雲は現界していた。
暗黒騎士は鎧の制限時間を過ぎた先にある心滅獣身を越えて覚醒した者。
よって、通常の魔戒騎士とは違い、鎧の装着時間に制限がないのだ。

「叢雲ッ」
『ヒヒィィィン!』

ギロは再び愛馬と共に地を蹴り、巨人に立ち向かっていく。
輪廻は姉の姿を目に焼き付けつつ、頭を回転させて手段を一考する。

勝つためには敵を確実に切り裂ける強力な武器がいる。これに関しては如何にかなるだろう。
問題は時間だ。現世における鎧の限界時間を解消する方法がなくては話にならない。
魔界でならいくらでも変身していられるのに、と輪廻は心の中で思った。

(―――って、待てよ。心の……中……)

騎士が魔導馬を得るには100体のホラーを斬り、そして内なる魔界にて試練を突破する必要がある。
そこからインスピレーションを得た輪廻は、

「キャスター」
「―――」

従僕を呼びつけた。
彼が持ち得る唯一を貸して貰うために。





*****

「何ともはや、鬱陶しい眺めよ」

河川にて繰り広げられる騎士たちと英霊の闘いを、アーチャーは上空から詰まらなさ気に見ていた。
地上500メートルで彼がそのような余裕でいられるのは、ひとえに彼が『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』より取り出した宝具にある。
生前はこの世の富を全て得た彼の蔵には宝具の原型が全て収まっている。その中の一つこそが、今ギルガメッシュが乗っている黄金の舟。
古代インドの二大叙事詩にて『ヴィマーナ』という名で伝説となっている飛行船である。

「いかに雑種とはいえ、少しは名を馳せた猛者であろうに……それが揃いも揃ってあのような木偶の坊の始末に明け暮れるとは、嘆かわしいにも程がある。そうは思わんか時臣?」

問いを投げられたのは、英雄王に舟の同乗を認められし彼のマスターにして英雄王の臣下。
遠坂時臣という男の心は、未だかつてないほどの焦燥に満ち溢れていた。

魔術という者は神秘の力であり、神秘は人目に触れれば触れるだけ神秘ではなくなり、力を失っていく。
だからこそ魔術は全て秘匿されるべし、と言われているのだ。
遠坂家は日本有数の歪みを抱えるこの土地の管理を魔術教会より託されし名門であり、その現当主たる時臣にとって、ホラーたちの蛮行は聖杯戦争のみならず、魔術師たち全てに喧嘩を売る所業に等しかった。

「王よ、あの巨獣は御身の庭を荒らす害獣にございます。どうか手ずからの誅戮を!」
「そんな物は庭師の仕事だ。それとも時臣、よもや貴様は(オレ)の宝具を庭師の鋤も同然と愚弄したいのか?」
「滅相もありません!しかし、御覧の通り他の者どもでは手に余る有様です」

確かに、ライダーの戦車の稲妻、セイバーの聖剣の斬撃、暗黒騎士の剣戟。
どれもこれもがヘカトンケイルへの致命傷を与えるには至っていない。
勿論、彼らの攻撃が手緩いわけではない。だが、ヘカトンケイルはレライハが発生させた大量の邪気を吸い上げることで自らの能力を高め、攻撃を受ける直前に身体を硬化させている。
魔戒剣さえもまともに通らない相手にこれでは足止めをして陸地にあげないようにするのがやっとである。

「真の英雄たる威光を知らしめる好機です。どうか、ご英断を!」

英雄王は少々忌々しげに眼を眇めると、頬杖をついていた右手を一振りすることで四挺の宝剣宝槍を出現させた。
光り輝く原初の宝具たちは一直線にヘカトンケイルへと突っ込んでいき、かの巨人に山を砕く一撃を四連続で浴びせた。

他の討伐メンバーたちはどうにか巻き添えを免れたが、驚くべきところはそこではない。

ヘカトンケイルはその六本の腕を用いて強引に宝具を受け止めたのだ。
そして、四つの宝具を四つの腕にて投擲し、持ち主へと暴力的な手段で返還しようとする。

「―――チッ」

ギルガメッシュは舌打ちをしながら右手を軽く振るい、自らに降り注ごうとする武器たちを蔵の中へと回収した。

「引き揚げるぞ、時臣。もはや、あの筋肉達磨は観るに堪えん」
「そんな……英雄王、どうかお待ちを!」
「時臣、貴様への義理立てと思い、宝剣宝槍を四つ放ったが、これ以上穢れた手汗に触れさせることは耐え難い。(オレ)の寛容を甘く見るでない」
「あの怪物を倒しうる英雄は、御身しかあらせられませぬ!」

こうなったら最早、意地と必死さだけが時臣を動かしていた。
忠義の心得さえも忘れさせるほどに。

「あれほどの頑丈さを持つ以上、奴は強大なる一撃のもとに消し飛ばす以外に無い。それが叶うとすれば英雄王、御身の『乖離剣』をおいて他には―――」
「痴れ者がッ!」

その慎みのない言葉がギルガメッシュの怒りに火を着けた。

「我が至宝たる『エア』をここで抜けと?弁えよ時臣!王に向けてその妄言、刎頸にも値するぞ!」
「…………」

すぐさま謝罪の礼をとる時臣だが、内心では焦燥の念が蹂躙していた。
万全の準備、数々の作戦、これら全てが裏目に出ていくという事態に時臣は歯噛みしていた。
残り二つの内、一つの令呪を使えばギルガメッシュに命令できるが、それだと英雄王との決裂は確実なものとなる。
第一、それでは追加令呪を授かろうとも、時臣からすれば振出どころか遊戯を始める前から出直すような形になってしまう。

――ビュゥゥゥウゥゥゥン!!――

「くそぅ……」

挙句の果て河川上空に接近してくる二つの機影に気づいたとき、時臣はさらなる魔術の漏洩を危惧して爪が皮膚に食い込むまで拳を握った。





*****

同じころ、仰木と小林は自分の視界を疑った。
まず河川は濃霧が蔓延していて詳細なことはわからないが、明らかに巨大な人型が動き回る様子と、地上から約500メートルにて浮かぶ謎の光があった。

『コントロールよりディアボロI。状況を報告されたし』
「報告は、いや、その―――」

どんな言葉で形容すればいい?
どんな報告を述べあげればいい?

特撮の防衛隊のような自由度がない現実の空自の一隊員では、このシチュエーションを言い表すことさえできない。

『もう少し高度を下げて接近してみます』
「ま――小林、待て!」

戦闘機の片割れがゆるりとした旋回をしながら降下していくのに対し、もう片方は反射的に相方にストップをかけた。
しかし、

「戻ってこい!ディアボロII!」
『もっと間近からの視認なら、あれが何なのか―――』

時すでに遅し。
F15Jは人型の姿をくっきり確認できる程までの位置にいた。
それは即ち、

――ガシッ!――

巨人の餌食になることを意味していた。

『―――――――ッッ』

阿修羅のような顔と胴体にある髑髏顔が同時に唸りを上げる。
空腹の真っ只中で漸く食事にありつける、とでも言うかのように歓喜している。

巨大な手に掴まれた戦闘機はどれだけジェットを吹かそうとも意味はなく、一向に魔の手から逃れられる気配がない。
胴体の髑髏は口を開けた。それを見た小林は、その口が地獄へと続く門ではないかと錯覚した。

しかし、

「叢雲ッ!」
『ヒヒィィィン!!』

闇から救う者は、闇に堕ちた者だった。

その瞬間の事を小林は決して忘れはしないだろう。
二本角を生やした漆黒の馬に跨った狼の顔をした黒い騎士が、身の丈を越える程の大剣―――無間地獄剣(ムゲンジゴクケン)を振り上げ、巨人の手を切り裂いたのだ。

『――――――――――ッッ!?』

ヘカトンケイルは突然のことに驚愕したが、小林は感動に浸っている場合ではないことを思い出してすぐさまターボフォンエンジンを吹かした。
かなり深いところにまで抉られた手では戦闘機の勢いは止めきれず、遂に獲物は大空へと逃げてしまった。

「小林、大丈夫か!?」
『は、はい……どうにか……』

仰木はすぐさま小林に無事を確認する。
少々怯えているようだが、肉体的には何の問題もないらしい。

そうして仰木も漸く、この川で起きていることの異常性に気が付いてきた。

河を占拠する巨人、それと戦う黒い騎士。
さらには、騎士の仲間なのか何か二つの物体も巨人に刃向っている様子だ。

『コントロールよりディアボロI、ディアボロII。何があった?何が起こったんだ?』

司令部より再び報告の催促が飛んでくる。
しかし、二人にはもう口から言葉が出なかった。

それは決してあの騎士たちの事を口外してはならないという殊勝なものではなかった。

――ズシッ!――

自分たちの機体に、先程の暗黒騎士と、それとは別の黒い騎士が機体に取りついていたのだから。
次の瞬間、騎士たちはガラスを殴って割り、操縦席内部にある緊急脱出用のスイッチを押し、二人の尉官は強制的に愛機から放り出された。





*****

「あれは……」

時臣はヴィマーナから黒い二人の騎士の所業を見下ろしていた。
バーサーカーの『騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)』によって戦闘機は蜘蛛の巣状の魔力に蹂躙され、宝具と化していく。
そこまではいい。例えチタンの装甲が暗黒に堕ちようと、それは当然の事であり、彼の特殊能力は既知の物だ。
しかし、

「―――魔戒封印術式、解禁―――」

そのマスターさえもが、F15Jを漆黒に染め上げているのは、もはや異常としか言いようがない。
彼女の鎧のマントの下から伸びた真っ黒な何か……それは鋭い爪牙となり、チタンの装甲に食い込むと同時に機体を己が色に塗りつぶし、そして支配していた。

これこそ吸血鬼・聖雷火のみが持つ特殊能力。
普段こそはヴァナルが仕込んだ魔戒封印術式によって抑え込まれている異形の力。
雷火自身が必要と思い、それを宣言さえすれば即座に発動する魔性の怪物としての姿。
それは、自らの肉体を思うが儘に変異させ、他の物質と融合し思うがままに操作するという物。

この能力にかかれば、例え故障した機械であろうと性能以上の成果を発揮させ、更には破壊されていようが問題なく稼働させられるようになる。
結果としてギロとバーサーカーは、空から優位にヘカトンケイルを攻める手段を得たことになる。

「ほう、あの狂犬どもか。中々面白い真似をする」

ギルガメッシュはその様子を目にして、少々ながら愉快そうに声を弾ませた。
だが一方で、時臣の表情は引き締まったモノを感じさせていた。

この混乱の真っ只中で、遠坂時臣ただ一人にのみ向けられた、殺気の籠った魔力を感じ取ったのだ。
時臣はすぐさま魔力と殺気の出所を追った。すると、そこには雑居ビルの屋上で時臣だけに鋭すぎる眼光を飛ばす一人の青年の姿があった。

「王よ。私は地上にて彼奴の相手を」
「良かろう。遊んでやるがよい」

ギルガメッシュも状況を読み取ったのか、ヴィマーナを移動させ、雑居ビルのちょうど真上にて停止させた。

「それでは、ご武運を」

それだけ言い残し、時臣は手に大粒のルビーが嵌った杖型の礼装を手に、舟から軽やかに飛び降りた。





*****

I am the bone of my sword(体は剣で出来ている)

河原にてキャスターが言い放った呪文の一節目。
それは彼の主人により解放を命じられた大禁呪への道筋。

Steel is my body,and fire is my blood(血潮は鉄で、心は硝子)

自分という個を皮肉ながらに表した一節。

I have created over a thousand blades(幾たびの戦場を越えて不敗)

ただただ、信じた道を突き進んでいった馬鹿野郎の詩。

Unknown to death.(ただの一度も敗走はなく)Nor known to life.(ただの一度も理解されない)

理想のままに走りぬいたその先には、

Have withstood pain to create many weapons(彼の者は常に独り剣の丘で勝利に酔う)

裏切りによる死と、それでもという僅かな希望。

Yet,those hands will never hold anything(故に、その生涯に意味はなく)

しかし、そのさらに先にあったのは、

So as I play, unlimited blade works(その体は、きっと剣で出来ていた)

絶望であると語られた。

こうして、彼が自分自身を紛い物と揶揄する生涯が如実に示された。

次の瞬間、



世界は瞬く間に在り方を変えていた。



「―――凄い」

その光景を眼前にした輪廻は、今あるこの世界に目を見張り、そして圧倒されそうになった。
空には巨大な歯車が幾つも浮かんでゆるりと回っていき、地には寂れた荒野に突き刺された無数の―――

魔術使い(キャスター)のクラスは伊達じゃない、というわけか』

―――剣……剣ッ……剣ッ!……剣、剣ッ、剣ッ!

只管なまでに抜身の刀剣たちが墓標のように鎮座している。
ごく一般的な西洋の剣もあれば日本刀のようなものまで、ありとあらゆる種類の刀剣がそこに収まっていた。
この世界の主の人生と、それに裏打ちされた心を忠実に再現したかのように哀しい風景が広がっている。

「まさか、キャスターの宝具まで固有結界とはな」
『…………ッ!』

魔戒騎士として、魔導具として、数多くの修羅場を掻い潜って来たデュークとルビネさえも、その常軌を逸した奇蹟の前に驚愕した。

―――固有結界(リアリティ・マーブル)
術者の心象風景を具現化し世界を侵食して発動する大禁呪。魔術師たちにとっての到達点の一つとさえ言われている大技である。
もっとも本来ならば悪魔や精霊が扱うはずの秘術であるため、人間の術者が使えば抑止力の影響によって魔力を大幅に費やす結果となり、実力が確かな者でも数時間程度しか維持できない。

その秘術の名は『無限の剣製(アンリミテッド・ブレイド・ワークス)』。
錬鉄の英雄が宿す唯一の力にして彼の魔術の源泉たるモノ。キャスターが得意とする解析、強化、投影もこの固有結界の劣化版が流れてきたモノにすぎない。

「……これは、中々に……」
『…………』

そして、固有結界はキャスターと輪廻、デュークとルビネ、ギロとバーサーカーは勿論の事、あのヘカトンケイルを内部に取り込んでいた。
傍からすれば、複数の人物と一個の巨人が突如として消失したように見えた事だろう。

「……流石ね。きっちりと招く者とそうでない者を分けている」
「当然だ。如何に共闘中と言えど、易々と奥の手を見せてやる程オレは御人好しではない」

しかも術が発動する際に、輪廻たち魔戒騎士とヘカトンケイルのみを結界に呼び込んでいる。
アイルシフィールを初めとする余人らを一切紛らせることなく、だ。

「それにしても、私は本当に相性最高のサーヴァントを引き当てたわ」

輪廻は歓喜しながら日本刀型の魔界剣を抜刀する。
以前にも述べたとおり、ソウルメタルの鎧は現世では99.9秒しか纏えないという弱点がある。
しかしそれは現世における法則であり、その法則に囚われない魔界でなら制限は取り払われる。

そして、心象風景を具現化した固有結界はある意味、真魔界へと連なるとされる内なる魔界といえる代物なのだ。

「コイツの陰我、私達で切り裂くわよっ!」

魂を乗せた切っ先が彼女の頭上で舞い円を描き、創られた門からは全身を包み込む鎧が召喚された。
それだけではない。鎧と共に魔導馬までもが同時に召喚され、気高い鳴き声を上げている。

今ここに断罪剣の煌めきと共に、紅蓮騎士・狼姫と魔導馬・響赫が再び獣の雄たけびを上げた。

「んじゃ、俺もいっちょヤルか!」

デュークも魔戒銃剣の刃を振るって門を描き、鎧と共に馬を呼び出す。
そうして紫電騎士・狼功と魔導馬・紫電が剣だけの世界で今一度降臨した。

「行くわよ皆。ここは一丁、派手にやるわよ!」

ロキが手にした断罪剣の切っ先が巨人を指し示す。
愛馬と愛機に乗ったそれぞれの主従は、悲哀の世界にて音を奏でる。





*****

現実世界。
未遠川の河原に近辺にあるさして高くもない雑居ビルの屋上、そこに間桐雁夜はいた。
そして、彼が招きよせた純潔の魔術師が、彼の眼前に舞い降りてくる。

地上から500メートルもの高さから落ちてきたというのに、簡単な質量操作と気流操作による二重呪法によって軽やかに着地した。
衣服どころか髪にさえ一切の乱れはなく、その様子はまさに優雅であった。
以前の雁夜なら目の前の遠坂時臣に正当化した理不尽な怒りと憎しみを燃やしたであろうが、今の雁夜は違った。
決して殺すために呼び出したわけではない。父親としての目を覚まさせるために呼び出したのだ。

「……変わり果てたな、間桐雁夜」

そんな雁夜の変化などつゆ知らず、時臣は失望に満ちた目で雁夜を見据えていた。

「何があったかは知らんが、まさか外道の象徴たる生きたままの使い魔になるとは……その君の醜態だけで間桐家の零落ぶりが窺える」

きつめの口調で時臣は雁夜を罵倒した。
だが雁夜にはそんなことなどどうでもよかった。

「時臣。一つ質問がある。……お前、桜を養子に出して本当に良かったと思うか?」
「それは、いま君がこの場で気にかけるべきことか?」
「いいから答えろ。俺……あの子には大事な事なんだ」
「―――問われるまでもない。愛娘の未来に幸あれと願ったまでの事」

予想された言葉。予測された答え。

「―――魔術の一子相伝、とかいうやつか」
「そうだ。凛は五大元素を、桜は虚数属性を持って生まれた。これ程の逸材の片割れを凡俗に落とすことなど私には出来ない。故に、ご老公からの誘いは天啓にも思えたよ」
「だからと言って、なぜ臓研の……マキリの魔術をきちんと調べようと思わなかった?いくら魔術が隠されるモノだからって、自分の娘を預ける奴のことを調べないでどうするんだよ?」

殺意や憎悪は消えていた。
だが代わりに芽生えていたのは、ちっぽけな一般論に縛られた元人間として、この男の無自覚な傲慢さを打ち砕かねば気が済まない静かな怒り。

「仮にも後継者としての待遇で引き取られたのだ。悪いようにされないのは当然だろう」

おめでたいことに、時臣は自分の価値観でマキリの闇を推し量っていたらしい。
煌びやかな宝石魔術の陰に隠れる、陰鬱とした蟲使いの魔術の恐ろしさを、悍ましさを、彼は何も知らずにいたのだ。

「じゃあ仮に桜がうまい具合に後継者になったとして、遠坂を継いだ凛ちゃんと争う結果になったらどうする?まさか、それも栄光への道とか言うんじゃないだろうな?」
「今君が言った通りだ。もし凛が勝利したのなら正統な意味で遠坂の家名に栄光が降り注ぎ、桜が勝利したのだとしてもその血筋が光を呼ぶことだろう」

魔術師とはこういう生き物だ。
そして遠坂時臣とは、骨の髄まで貴族的な魔術師なのだ。

「…………そうか。わかったよ」

一しきり話を聞いて、雁夜は溜息を吐き出すような声を出す。

「それを聞いて俺も漸く覚悟を決められた」

全身の魔術回路が励起する。
刻まれた魔術刻印が起動する。
全身に異様な感触が沸き起こり、それが雁夜の意識を冴えさせる。

「時臣。お前を一発本気で殴って、あの子たちの父親だっていう自覚を思い出させてやる」

懐から取り出した魔導筆の穂先を宿敵に向けながら、使い魔カリヤはちっぽけな戦いを始める。

しかし、

――バンバンッ!――

「「ッッ―――!?」」

そこへ一人の乱入者が姿を現した。
そこにいたのは、両手に大口径の回転式拳銃を持った異様な出で立ちの人物。

『猟の神は夜を照らし、昼は涼しく陰らす。荒き獣のあとを追いて、襲い掛かる勇ましさ』

上級ホラーが一角こと『レライハ』が、狩人の合唱を歌いながら―――『魔弾の射手』の異名に違わぬ様で二つの銃口を雁夜と時臣に向けていた。





*****

その頃、現実空間では冷酷無比な己となるべくスイッチを切り替えた魔術師殺しが、その凶弾に倒れる者を狙い定めていた。
その手にはスナイパーライフルと無線機が握られている。

「舞弥。そちらはどうなっている?」
『はい。マダム、ウェイバー・ベルベット、ランサーの三名は河原に。アーチャーは上空、遠坂時臣はその直下にあるビルの屋上にて間桐雁夜と対峙。ですが……』

無線機の向こう側で舞弥が言葉を曇らせる。

「どうした?」
『両者が戦いの直前に、ホラーが出現し二人を襲っています』
「……そうか」

ならば都合がいい。
注意と関心をホラーたちが一身に受けてくれれば、こちらの狩猟がスムーズに捗るという物だ。
そのためにも、

「それで、ロード・エルメロイの方はどうだ?」
『少し遠い物の、未遠川を見渡せる程の位置と高さのあるビルの屋上にいる模様。婚約者の姿もあります』

ならば話は早い。
この状況なら隙をついて刺客からヤれるかもしれない。

「すぐに場所を教えてくれ。僕はそっちに行くから、舞弥は引き続き監視を頼む」
『わかりました』

そうしてターゲットの居場所を聞き出し、通信を終えて切嗣は目的地へと歩き出す。
全ては60億の人類のための、必要な対価と割り切って。





*****

「響赫!」
『ヒヒィィィン!!』

――ズン……ッ!!――

主人の呼びかけに二本の前足による蹄音を鳴らす魔導馬。
周囲に突風が押し寄せる程力強い勢いが鳴り響くと、それに乗った魔導力が断罪剣に伝わっていく。
刀身は巨大化していき、担い手の背丈を超す程の大きさへと進化していく。
―――『断罪退魔剣』の刃が一瞬、ヘカトンケイルの巨躯を睨むように煌めくと、ロキは両足で愛馬の腹を小突き、仲間と共に剣を振るう。

『――――――――――ッッ!!』

無論、ヘカトンケイルも六本の腕でそれを迎撃しようとする。
だが、

――ドガァァァアァァァン!!――

『ッッ!?』

突然、巨人の背中に途轍もない衝撃が爆炎と爆音と共に轟いた。
上空を見渡してみると、そこにはF15Jを手中に収めたギロとバーサーカーが空を自在に舞っている。
恐らく機体に搭載されているミサイルを何発か発射したのだろう。
通常ならば何の神秘もない只の兵器にすぎないが、今やバーサーカーの宝具と化した物や吸血鬼の一部となっている物である。
ランク的にはD相当の神秘が込められている。従ってホラーにも破壊的効果を発揮するのだ。

「ハアアアアアアアッッ!!」

ロキは素早く剣を振り上げた。
ソウルメタルは使用者の心の有り様によって重さを変える金属。
振り上げる際などには極限まで軽量化し、そして振り下ろす際には―――

――ブンッ!――

――ザンッ!――

『―――――――――オォ―――――ッッ!!』

極限まで重くすることで最大の一太刀を可能にする。
断罪退魔剣の一撃は見事に一本の腕を斬り落とし、ヘカトンケイルはヘドロのようにドス黒い血を撒き散らしながらのた打ち回っている。

「(よしッ)―――ヴァルン、姉さんとデュークに繋いで」
『承知』

魔導輪や魔導具にはとある機能がある。
それは魔導輪や魔導具間による通信機能だ。
回線はすぐに繋がり、輪廻はヴァルンを通して、バジル=雷火に、ルビネ=デュークへと話しかける。

「二人とも、よく聞いて」

作戦内容は至極単純なものだった。





*****

言峰綺礼は今、未遠川近辺に忍び込んでいた。
無論、アサシンを完璧に失って教会に保護されている状態である為、不必要な外出は監督役の父から厳重に禁じられている。
にも関わらず何故、彼が目を盗んでここまでやってきたのか。

ワケは簡単だ。
答えが欲しいのだ。

未だ、綺礼の手には二画の礼呪があった。
サーヴァントを失えば、またマスターも令呪を失う。
だが、アサシンが消滅して一旦令呪は大聖杯に回収された物の、すぐさま綺礼の手元に返還されたのだ。

その場に居合わせたギルガメッシュはこう言っていた。

娯楽や”愉悦”とは即ち魂の喜びやカタチを示すもの。
そして、令呪を敢て返す程の期待を背負わされた綺礼には、必ず聖杯を手にするだけの理由があるのだ。

その真実を知りたかった。
聖杯が誰の手に渡ろうと関係ないが、己が内に空いた穴を塞ぐ方法さえわかればそれでいい。
結果として、綺礼は令呪の件を師である時臣や父である璃正にも報告せず、今ここにいる。

全ては彼に問うために。
衛宮切嗣が得た答えを識る為に。





*****

雑居ビルの屋上。

「ホラー……」
『うむ。如何にも俺様は上級ホラーの一角”魔弾の射手”ことレライハだ』

雁夜の呟きにレライハが余裕たっぷりの雰囲気で自己を肯定した。

「何故だ……何故ホラーが我々の元に……!?」

一方で時臣は狼狽していた。
魔術師と魔術使いの決闘が始まらんとしたところへ、このような招かれざる者が飛び入り参加してきたのだから。

『何故って、別に理由はない。俺様は俺様の気分に従って適当にここへきた。只それだけだ』

などと、とぼけた答えが返ってきた。

『あー、暇潰しっていうのが一番しっくりくるな』

訂正―――とぼけるなんて生易しいものではなかった。
目の前の魔物は、ただ退屈を紛らわせるために、時間を潰す為だけに二つの命を弄ぼうとしている。

「……ふざけんなよ……」
『ん?』

無意識にその言葉が出てきていた。
雁夜自身でも気づかなかった心が怒りとなって露わになる。

「ふざけんなよって、言ったんだよ」

出来るだけ感情を抑えてはいたが、その奥に潜む怒りは如実に滲み出ている。

「俺はともかく、この魔術バカを殺すだと?そんなことされちゃ迷惑なんだよ」
『おいおい、お前は立場上そいつと戦わなければならないだろうが?というか、俺様がいなけりゃ今頃やりあってたろ』
「あぁ、そうだ。俺は絶対に時臣を殴るって決めた……決めたんだよ。だって、こいつを生きたまま、五体満足で黙らせなきゃ―――」

雁夜は教えられた。己が主人に。あの騎士たる誇りと守りし者の決意に満ちた吸血鬼に。

”死は何も生まない、というのは詭弁です。……だって、涙が出ちゃうじゃないですか”

そう彼女は言った。
闇に浸って変わり果てた金色の瞳を潤ませながら。

「―――葵さん達が……幸せに、笑顔になれなくなっちまうだろ……!」

あの昼下がりの公園で母娘三人が至福の表情でいられたのは、決して彼女たちだけでつくった幸福ではないからだ。
大変遺憾ながらも、時臣がいなければ凛も桜も存在していなかった。葵も母親としての幸せを知ることもなかった。
だから―――だから―――

「テメェみたいな人でなしに、コイツは殺させない……!」
「……雁夜……」

時臣は初めて見た。
今まで凡愚と思っていた男の素顔を。
本当に守るべき者を知り、その為に身命を賭す真の意味を教えられた男の心を。

『―――へぇ。面白い。そんな動機で俺様に立ち向かう輩は初めてだ』

レライハは目の色を少しだけ変えて雁夜の姿を見据えた。
手に持った二丁の大型回転式拳銃を構えながら。

『なら来るがいい。俺の魔弾が勝つか、お前の信義が勝つか……いっちょ、やってみるか?』

挑発するような口調でレライハが言葉を紡いでいく。

「時臣。お前との決着は後回しだ。―――生きて葵さんや凛ちゃん、桜ちゃんの笑顔を見たかったら、必死になって生き抜け!」
「ッ―――君に言われなくとも、そうさせてもらう!」

間桐雁夜と遠坂時臣。
水と油とでもいうべき二人が、今この時だけ肩を並べた。
大切な―――守るべき者のために。





*****

『過激な作戦ですね』
『確かにド派手だな、こりゃ』

魔導輪を通して姉と同胞の声が聞こえてくる。

「ここは固有結界よ。過激でド派手なくらいが丁度いいわ」

ロキは全てを肯定するかのような表情で言い切った。

『……まあ良いでしょう。損をするのは私達ではありませんし』
『まぁな。こんな特撮みてぇなこと、誰も信じはしないしな』

と、二人は大して反論することなく賛成してくれた。

「―――という訳よ。キャスター、頼むわね」
「承知した。だが無理はするな、少々危険なプランのようだからな」
「構わないわ」

愛馬に跨り、巨大な剣を肩に担ぐ紅蓮の女騎士。
顔や体格は鎧に覆われているとはいえ、とても女とは思えない程にその雄姿は様になっている。

「行くぞ!」

再び響赫は地を蹴って跳躍する。

『―――――ッ!!』

ヘカトンケイルは自分の腕を斬り落とした騎士を返り討ちにすべく、残った腕を全て振り下ろしていく。
拳にしろ張り手にしろ掌底にしろ、まともに当たれば鎧も愛馬も即刻魔界に送還されてしまうだろう。
にも関わらず、ロキと響赫はその紅い煌めきと共に巨人の懐へ潜るべく、真正面から飛び込んでいく。

このままでは確実に五本の腕の餌食になる。
しかし、

――ズガンズガンズガンズガンズガンズガンッッ!!!!――

一度聞いた爆音が再び聞こえてきた。

『――――――――!!?』

ヘカトンケイルの腕がもう一本、爆炎と共に爆ぜた。
理由は単純。ギロとバーサーカーが残った全弾(ミサイル)を全て余すところなく発射したのだ。
仮初のDランクとはいえ宝具による攻撃を何発も同時に、しかも一か所に集中放火されたことにより、腕は見事に弾け飛んだ。

おまけに、

「バーサーカー!」
「■■■■■■■…………!!」

ギロとバーサーカーは突然、F15Jから飛び降りた。
しかも、二機がヘカトンケイルに衝突する直前に。

――ズヴァァァァァアアアァァァァァン!!――

『〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!』

張り巡らせた魔力が切れる直前、これまたDランク宝具とそれに匹敵する神秘が込められた戦闘機らは、ミサイル同様にヘカトンケイルの腕一本目がけて突撃し、爆散していった。
これで残る腕は三本。
しかしヘカトンケイルもそこは超大型ホラーとしてのタフさがあったのだろうか。
痛みなど忘れたかのようにすぐに姿勢を立て直して、残った三本の腕でロキを捻りつぶそうとする。

―――だが、

「そんじゃ行きますか、キャスター」
「無論だ」

二人の青年がそれを許さない。

「とっておきのギミック、初公開にして初使用だ」

ロックは二振りの狼銃剣を構えると、剣の形態であるそれらの柄尻のプラグをぶつけ合うようにして連結させた。
双方の刃の角度が若干曲がり、切っ先から切っ先へと魔力製の弦が張られる。この弓のような形態こそ『双弩狼銃剣(ソウドロウジュウケン)』―――神官ヴァナルによって与えられた新たな刃である。
しかも、ロックは魔導火の火種を取り出し、得物……弓矢で番えるように構えて見せた。
そうすると、火種からは一気に魔導火が最大火力で噴き出していき、矢の形を成していく。

これでロックの準備は完了。

I am the bone of my sword(我が骨子は捻じれ狂う)

次はキャスターは呪文を詠唱し、黒い洋弓と一本の剣を投影した。
剣の名は『偽・螺旋剣(カラドボルグII)』―――キャスターが本当のカラドボルグに自分なりの改良を加えた、刀身がドリル状になっている宝具の名だ。

二人の弓の番い手は、狙いを定める。
それぞれ、巨人の腕を一本ずつだ。

「……喰らえ―――燃え尽きろ!」
(カラド)―――螺旋剣(ボルグ)……!」

――ビュン!――

それは一瞬の事だった。
橙色の炎の矢と、輝きながら走る剣という名の矢。
その二条はまっすぐに、ブレることもなく、ヘカトンケイルの残った三本の腕の内、二本へと命中した。
結果、

――ドゥヴァァァァァアアアァァァァァン!!――

『〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!』

またしても腕はもがれ、ヘカトンケイルの腕はとうとう、最期の一本きりとなった。
そして、その腕はロキに拳を叩き付けようと猛スピードで向かって行く。
尤も、ここまでくれば最早それは意味を為さない攻撃だ。

なぜなら、

「無に還れェッ!」

――斬ッ!――

最期の一本さえ、断罪退魔剣によって斬り飛ばされ―――

そして―――



――ズバッッ!!――




『ヴォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』




顔面を真っ二つにされ、無残な断末魔をお供にするように、ヘカトンケイルの巨体はあまりにも多くドス黒い何かになって崩れていった。

それと同時に、異界が解れていった。
歯車だらけの空は、雲のかかった夜空に、荒廃した地平線は何時もの街並みに、剣にまみれた荒野は先程までの川に。
異界が崩れ、外界へと帰ってきた。

勝利の喜びを味わう間さえなく。





*****

衛宮切嗣は、助手の久宇舞弥が探し当てたケイネス・エルメロイ・アーチボルトとその許嫁の所在であるビルの屋上―――を遠方から見通せる別のビルの屋上にいた。
手にしているのは長距離にいる相手を一発で仕留める為の近代兵器、スナイパーライフル。口には頭を冷静にさせるための煙草が銜えられている。

「…………」

銃身に取り付けられたサーモグラフィ機能が付け足された望遠スコープ。
そこから見渡す世界には、夜故に青や黒で染まり果てた風景や建物、そして見事に赤や黄色で反応する魔術師(マスター)が映り込んでいる。
切嗣が使用しているワルサーWA2000の有効射程範囲は約1000m。切嗣とケイネスの距離はおよそ800m。十分に有効射程距離内である。

決して狙いを外さぬよう照準をしっかり合わせ、ビル風なども計算に入れて誤差を修正する。
弾丸の装填は既に完了している、あとはタイミングを待つのみ。確実に敵の心臓や頭を打ちぬける隙の瞬間を待つ。

心の中で自然とカウントが表示され、徐々にゼロへと近づいていく。
勝手にダウンしていくカウントが残り5秒になると、無意識に指が引き金にかかる。

5―――4―――3―――2―――1―――0



――ビュビュビュビュビュン!!――




カウント終了と同時に弾丸が発射された。
だが、真っ直ぐ放たれた弾丸が目標に到達する直前、何かがビルを通り過ぎた。
ビルに突然、斜めの線が出来ていた。ビルが、斜めにずり落ちて、崩れていった。

(ッ―――なんだ、あれは……!?)

切り裂かれたのは、切嗣がいたビルではなく、ケイネスたちがいたビルの方だ。
弾丸は標的を見失ってあらぬ方向へと飛んで行ってしまい、肝心要のケイネスに命中することはなかった。
ホテルを発破解体しても生き残った魔術師が今更あの程度で死ぬはずがない。

つまり、切嗣の奇襲は、失敗したのだ。

(クソ……一体何者が……?)

心の中で悪態をつきながら、切嗣はそう思うしかなかった。
そして、自分の懐に収まっている三十発足らずの礼装の内、一発が無くなっていることなど、この時に気付くことなど不可能であった。





*****

「くッ……一体何が起こった!?」
「いきなりどうして……?」

そのころ、ケイネスとソラウはどうにか生きていた。
というか、傷ひとつすらなかった。
当然だ。彼らはケイネスがとっさに呟いた呪文によって発動した礼装で守られたのだから。

Fervor(沸き立て)mei(我が) sanguis(血潮)

ケイネスの最大の魔術礼装の名は「月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)」。
自らの魔力を通すことで自由自在に形を変える水銀型の魔術礼装で、固めれば盾となり、薄くすれば刃となる。
風と水の二重属性を併せ持ち、その二つに共通する流体操作を利用して編み出されたロード・エルメロイの傑作である。

今回は主人たちの下方に回り、落下の衝撃を和らげるクッションの役目を果たしてくれたらしい。

――カシャ……カシャ……カシャ――

その時、積みあがった瓦礫と舞い上がった煙の中から、鎧を着こんだまま歩く音が聞こえてくる。

「――何者だ?」

ケイネスが音から方向を割り出し、そこにいるであろう者に問いかける。
それと同時にケイネスは勘付いた。自分にこのような無礼を働いたのはこいつだと。
砂塵は徐々に落ち着いていき、不敬者の姿が見えてくる。

猛禽の如き兜、ボロついた背中のマント、両の籠手から伸びる魔力の刃、銀灰色の鎧。
最早言うまでもないが、それでも言おう。

彼の名は孤高のホラー剣士―――フォーカス。





*****

未遠川の河原。
キャスターの宝具とも言える固有結界『無限の剣製(アンリミテッド・ブレイド・ワークス)』が解除され、魔戒騎士らは何時もの世界に戻ると同時に鎧を魔界に送還していた。

「――――――」

輪廻は長い黒髪を風で靡かせつつ、魔戒剣を黒鞘に納めた。
傍らには紅い外套の魔術使いが控え、静かに佇んでいる。

「輪廻……」

その様子を、セイバーは何とも言えない表情で見つめていた。
それは、アイリスフィールも、ウェイバーも、ランサーも同じであった。

「やりましたね、輪廻―――」

そこへ、妖艶さと楚々さを兼ね備えた女の声が聞こえてきた。

「―――と、言いたいところですが、まだまだ夜は長いみたいです」

鎧を解除し黒マント姿になった雷火が、残念そうに言った。

「まったく、ここにいると商売繁盛すぎて仕方ねぇ。ちったぁ休みをくれよ、休みを」

温軸鎧を解き、コート姿のデュークはため息交じりに不平不満をもらした。
理由は実に単純。なぜなら―――



『――――――――――!!』
『〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!』
『ヴォオオオオオオオオ!!』
『ヴァアアアアアアアア!!』
『グウウウウウウウウウ!!』



何十体もの素体ホラーたちが、黒い姿をさらし、黒い翼を羽ばたかせながら現れた。
ヘカトンケイルの召喚によって垂れ流された大量の邪気というエレメントは、本命のみならず、このような余り者たちさえ招きよせていたらしい。
ただでさえ暗い空は、ホラーたちが飛び交うせいでさらに黒くなる。夜空特有のロマンと神秘ある黒ではなく、禍々しく悍ましい黒が上空に広がっていく。

「全く、数だけは凄いな、数だけは」

思わず男口調でホラー達を嘲る輪廻。

「キャスター。もう一仕事だ」
「心得た」

固有結界発動に引き続きの連戦。
本来なら避けたいところだが、輪廻から流れる潤沢な魔力の恩恵により、どうにか通常運転程度なら適いそうである。

「セイバー、お願い!」
「はい。この程度の雑魚なら、片手で百は潰せます」

騎士王と貴婦人も、気を引き締めて第二ラウンドに臨む。

「おい、ライダー……」
「案ずるな、坊主。空を飛ぶ蚊蜻蛉どもは余の獲物だ」

不安そうな見習い魔術師とは裏腹に、征服王は意気揚々とした面持ちだ。
そして、

「ならばこの俺も、主からの命を執行すべく、全身全霊で―――ッ、なに……!?」

どういうわけか、ランサーだけは最後で様子を崩した。

「どうしたのディルムッド?」

輪廻がそう問うと、

「我が主が……危機に瀕している。恐らく魔獣の仕業だ」
「なら、早く行くことだな。こっちはこっちでどうにかするから」
「…………忝い」

ディルムッドは軽く頭を下げ、霊体化しようとする。
が、

『そうそう。お前一人が抜けようと、吾輩らは全然大丈夫』
「こらバジル!」
「…………」

どこぞのソウルメタル製な蛇の所為でいろいろと台無しになったが。
しかし、

――ズギュンズギュンズギュン!!――

「お喋りは後でいい。今はこいつらを掃除しまくる時だ」

魔戒銃から弾丸を発砲し、ホラーたちを次々と四散させていくデュークの言葉によってどうにか空気が持ち直された。

眠れない夜は、まだまだ続く。





*****

そして、

「もうすぐだ……もうすぐ、あの男と対面できる」

一人のカソック姿の青年が、ビルとビルの隙間―――裏路地を歩いていた。

”今こそが問うべき最大の好機”

そう思わざるを得なかった。
今、聖堂教会は父を含めて巨大なホラーを初め、素体ホラー達に関する隠蔽工作や各種方面への応対を総出に行っている。
さらには師でさえも状況の確認のために外出中。
となれば、アサシンを失った彼が自由に動けるチャンスは今しかない。

誰にも見つからず、誰にも咎められず、自分を見つけ出せる。
彼と会えばきっと解る。彼に聞けばきっと解る。彼の言葉が、解答が、そのまま自分の物となる。
そう信じて歩いていく。無自覚に早まっていく歩調のことなど気にせずに。

衛宮切嗣と言峰綺礼。
相反する天敵同士が、遂に会い見える時がやってこようとしていた。




次回予告

ヴァルン
『片や誇りを、片や意地を。
 歩む道は違えど、目指すべき場所を同じくする時……。
 次回”不屈”―――それは諦めを踏破した者に与えられる』



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