IS〜インフィニット・ストラトス〜
自由の戦士と永遠の歌姫

第六十六話
「人を好きになる事」



 弾に殴り飛ばされ、床に座り込みながら涙を流した一夏、そんな彼に近づく者がいた。
 やっと泣き止んだ蘭が、一夏に歩み寄り、目線を合わせる様にしゃがみ込んで一夏の顔を覗き込む。

「蘭・・・」
「一夏さん、ごめんなさい」
「え・・・っ!」

 パン! と乾いた音が響いた。蘭が一夏の頬を引っ叩いた音だ。

「私を振った事、今までの事、これで許します。だから、一夏さんは一夏さんで、頑張ってください」
「蘭・・・」
「好きな人がいるんですよね? 私を振ったんですから、絶対にその人を振り向かせてください」
「・・・ああ」

 やっと立ち上がった一夏は、改めて蘭に頷き返すと、弾の方を向く。

「弾も、ごめん。色々と迷惑を掛けて・・・それと、サンキュウな」
「へん! 妹を泣かせたんだからな、お前はお前で確りと変われよ! それと、ちゃんと告白したら連絡寄越せ」
「勿論だ」

 一夏と弾は拳をぶつけ合い、お互いにニッと笑った。
 そんな二人の様子にキラもラクスも箒も、それに蘭や厳、蓮も安心した様に笑い、キラ達四人は五反田食堂を後にする。
 学園に帰る途中、一夏はキラを呼び止め、全員その場で足を止めると、一夏の方を振り向いた。

「キラにも、礼を言うよ。サンキュウな・・・キラのお蔭で俺が蘭を、箒を傷つけていた事に気付けた」
「そう・・・それで、一夏の中で答えは出た?」
「ああ、だから・・・箒、明日・・・昼休みに屋上へ来てくれ。ラウラと鈴も連れて」
「・・・わかった」

 恐らく、明日の昼休みに、一夏は決めるのだろう。タッグマッチのパートナーを、そして・・・自身の内に芽生えた恋心に対する決意を。

「一夏さん、今・・・凄く良いお顔ですわ」
「うん、凄く力強い瞳をしてる」
「そ、そうか? それなら・・・嬉しいかな」

 成長した証だ。一人の女の子の告白を受け、それを断る事で泣かせてしまったが、一夏の中で何かが大きく成長したのだろう。

「さ、早く帰ろう。もう随分と暗くなったからね」
「はい」
「だな」
「うむ」

 こうして、波乱の休日は終わりを迎えた。
 学園に帰った後、一夏は翌日の放課後にラウラや鈴音たちを呼んで答えを出すと宣言して、同時にその時にタッグマッチのパートナーも決めると言っていた。その時の一夏の瞳は、確固たる決意を固めた漢の瞳だったのは、言うまでも無い。


 翌日の放課後、一夏は箒と鈴音、ラウラを屋上に呼び出した。理由は勿論、昨夜の事とタッグマッチのパートナーの事、そして・・・一夏の気持ち。

「それで一夏、決めたんでしょうね?」

 鈴音の問いに、一夏は無言で頷いた。つまりは肯定、三人に緊張が走る中、一夏は先ず昨夜の五反田食堂での事を鈴音とラウラに話す。
 二人は黙って聞いていたが、蘭を振ったという所で喰い付いてきた。一夏の好きな人、それが誰なのか、もしかしたら自分なのかもしれない。そんな淡い期待を抱きながら、続きを促した。

「俺は、今からパートナーになって欲しい奴の名前を言う・・・それが、俺の好きな人だ。だから、告白も込めて、言おうと思う…だけど、その前に聞かせて欲しいんだ。三人の、気持ち・・・もし、もしも俺に向けているのなら、聞かせて欲しい」

 一夏の言葉、それはもし、彼女たちが一夏の事が好きなのだとしたら、教えて欲しいという事、自分から伝えたいとは思う。だけど、一夏はあえて言って欲しいと思ったのだ。残酷かもしれないけど、もし三人とも一夏の事が好きだとしたら、その中から一人を選ぶ。それはつまり、他の二人を選ばないという事。
 だから、せめて失恋してしまう前に、気持ちを伝える時間も無く一夏の気持ちを伝えない為にもと思って、先に言って欲しかったのだ。

「わ、私は・・・一夏、私は一夏の事が、好き・・・だ・・・ずっと、幼い頃から、一夏の事を想って来た」
「あ、あたしも一夏、アンタの事が好き・・・箒より後に出会ったあたしだけど、でも箒に負けないぐらい、一夏の事が好きよ」
「私もだ。二人に負けないくらい一夏の事が好きだ・・・お前を嫁にする、その決意は今も変わらない」

 三人とも、顔を真っ赤にしながらも、自分の気持ちを一夏に伝えた。だから一夏も、その三人の想いに敬意を表し、自分の偽らざる気持ちを、素直に伝える。

「俺は・・・・・・」

 タッグマッチのパートナーとして、これからの人生を共に歩むパートナーとして、一夏が漸く気付いた思い人、それは・・・唯一人。

「箒、俺は・・・お前が好きだ・・・だから、俺の、パートナーになってくれ」

 篠ノ之箒、一夏の幼馴染・・・そして、やっと気付く事が出来た一夏の心を占める唯一人の女の子だ。

「っ! わ、私を・・・一夏の、パートナーに・・・? ほ、本当に、私を・・・?」
「ああ、俺は箒が好きだ。ずっと気付かなかった・・・だけどキラのお蔭で、俺は自分の気持ちに漸く気付く事が出来たんだ。俺は、箒を愛してる」

 真っ直ぐ、箒の目を見つめて、自分の気持ちを伝えた。嘘偽り無い一夏の本当の気持ち、誰も否定する事は許されない、大切な気持ちだ。

「・・・・・・そっか、箒を、選んだかぁ」
「・・・私は、一夏に選ばれなかったのだな・・・」
「・・・鈴、ラウラ・・・ありがとう。こんな俺なんかを好きになってくれて・・・・・・それと」
「ストップ」

 ごめん、そう言おうとした所で鈴音が止めた。

「ごめんなんて言わないで、あたしやラウラの為を思ってくれているのなら・・・お願い、謝らないでちょうだい」
「ああ、そうだ。謝れば一夏、お前は私と鈴を侮辱している事になる・・・だから、その先は言うな」
「・・・わかった」

 何となく、一夏も理解出来た。だから、ごめんという言葉を引っ込め、改めてお礼を言う。こんな自分を、好きになってくれた事、想ってくれた事を。

「辛気臭い顔すんじゃないわよ一夏、箒、確かにあたしもラウラも失恋したわけだけど、別にあたし達が親友である事に変わりは無いじゃいの」
「私も鈴も、二人の友だ。それは変わるつもりも無いし、拒否も許さんぞ?」
「鈴・・・ラウラ・・・ああ、そうだ。俺達はどんな形になっても、友達だ」
「うむ・・・その通りだ。私も、二人の友達だ」

 例え、鈴音とラウラが一夏にふられても、これまで築いてきた友情は変わらない。共に戦ってきた記憶や、絆は不変のものなのだから。

「あ〜あ・・・しゃあない。セシリアでもパートナーにしてきますかね、あたしは」
「む、私もセシリアを狙っていたのだがな・・・」
「ほほう? なら、どっちが先にセシリアをパートナーにするか、競争しようじゃないの」
「望む所だ!!」

 鈴音とラウラは、一夏と箒に目もくれず、振り返る事無く屋上を出て行った。ただ、箒には二人が振り返る際に涙を流していた事に気付き、心の中で謝罪と礼を捧げる。

「さてと、それで箒・・・改めて、俺のパートナーになってくれますか? そして、俺と付き合ってくれますか?」
「・・・勿論だ。ずっと、この日を待ち侘びていたのだから」

 二人はお互いに見つめ合い、やがて二人の影は一つになる。白と紅が一つになり、騎士が咲かせる椿の花は・・・静かに花弁を開かせるのだった。



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