跳躍試験も無事成功
   意気揚々と基地に帰還すると
   ハイネセンから准将宛に直通通信が来ていました
   相手は統合作戦本部長さんみたいです
  
  
   悪いと思いましたが
   ちょっと覗いちゃいました
   この人がシトレ元帥!
   確かに威風堂々とした戦略家に見えます
   とても60代に見えません
  
  
   准将が来ました
   マクスウェル少将と一緒です
   挨拶もそこそこに切り出された内容に
   私は驚きました
  
  
   確かに待っていたことだけど
   なんか急激すぎない?
   本当に大丈夫なのかなぁ……
   
  
   ──ホシノ・ルリ──
  
  
  
  
  
  
  
  
  
   
 闇が深くなる夜明けの前に
  
  
   
機動戦艦ナデシコ×銀河英雄伝説
     
  
  
  
  
  
  
  
  
   
 第五章(前編)
  
   
    『旗艦ナデシコ/第14艦隊誕生!』
  
  
  
  
  
  
  
   
T
  
  
  
   
  「ほっ……えええっ!?」
  
  
   ミスマル・ユリカの驚愕の叫びが狭い戦略通信室の中でこだました。そのやや後方では、ハイネセンからの超光速通信に立ち会ったマクスウェル少将がのけぞった状態で耳を塞いでいる。通信スクリーンの向こうには2人の反応を冷静な眼差しで眺めている黒人の元帥が映っていた。
  
   驚愕が過ぎ去ったわけではないが、ユリカは戸惑い半分、驚き半分でもう一度その要請の内容を統合作戦本部長に問い直した。
  
   「わ、私を艦隊司令官にですか?」
  
   「そうだ」
  
   とクールな表情を微塵も変えずにシドニー・シトレ元帥は瞬時に断言した。いっそ今のユリカの状態に突っ込みの一つでも加えてくれれば彼女も「てへっ」などと気分転換が出来るのだが、地球連合宇宙軍のお偉いさん(ミスマル・コウイチロウ)とは違い、シトレの姿勢は一分のおふざけもありえないほど隙がない。妙齢の美人准将は整理できない状態のまま、しばらく口をポカーンと開けていた。
  
  
   
  ──宇宙暦796年標準暦8月1日、標準時14時20分──
  
  
   ユリカは基地に帰還早々、首都星ハイネセンからの直通通信を受けてマクスウェルと戦略通信室に赴き、大いに絶句することになった。ハイネセンからの通信が統合作戦本部長シドニー・シトレ元帥からであることはもちろん、挨拶もそこそこに切り出された要請に脳細胞が沸騰してしまったのである。
  
   「貴官には暫定的に設立される第14艦隊の司令官に就任してもらいたい」
  
   「えっ?」
  
   とつぶやいたまま10秒間くらい固まってから派手に声を上げたのだ。
  
   「もう一度言おう、貴官に第14艦隊の司令官に就任してもらいたい」
  
   シトレは、ずばり斜め45度の角度からユリカの瞳をまっすぐに見つめたまま理解させるように再び明確に繰り返した。立ち会っている基地司令官もポカーンと口を開けた状態で意表を突いた要請に目を丸くしている。
  
   「……私に艦隊司令官になれとおっしゃいますか?」
  
   ユリカは、意識がようやく巡ってきたのか唐突に声を上げるが、シトレ元帥は生真面目な表情で頷いただけである。同盟軍制服組ナンバーワンの男は黒色の瞳を最年少美人准将に注ぐ。
  
   「驚くのは当然だが、これは洒落ではない」
  
   ボケるのが不能な口調と、シリアス且つ威風堂々とした姿が通信画面の向こうからでもユリカに格の違いを見せ付ける。美人准将はおもわず背筋を正し、「わたし、違う意味でこの人苦手かも」などと思いつつ、疑問を口にした。
  
   「しゃれではないとおっしゃりますが、本来、艦隊司令官は中将をもって充てるのではありませんか? 私は准将でしかありませんが」
  
   似たような質問を数ヶ月前に聞いたな、とシトレは思いつつ薄く笑った。
  
   「その通りだ、ミスマル准将。貴官がYESと言えば一階級昇進してもらう」
  
   「えっ? 少将にですか……」
  
   「そうだ。イゼルローン攻略の時のヤン提督と同じように君には少将に昇進してもらう。艦艇数は7500隻、将兵85万人のおよそ半個艦隊を率い、今回の出兵に参加してもらいたい」
  
   
  「な、な……7500隻! は、85万人ですか!」
  
  
   示された数字の強大さにユリカは思わずクラッときてしまう。正規艦隊の定数から考えればぜんぜん少ないのだが、ほとんど単艦での作戦行動が多く、地球連合宇宙軍の主な会戦でも蚊帳の外だったため、部隊を組織的に率いた経験も大部隊に属したこともほとんどと言っていいほどない。ハーミット・パープル基地にて3隻の駆逐艦を統率することになってはいるが、艦隊運用に必要な経験値はようやく蓄積されてきた状態である。仮に要請を受けたとすれば艦艇数で1900倍、人員で1070倍もの数字に達し、突然膨れ上がる部下の多さにさすがのユリカも不安を覚えなくもない。
  
   「ヤン・ウェンリーもアスターテまでは艦隊を指揮したことはなかった。それに比べて貴官は数が少ないとはいえ、しっかり部下を持っている。自信をもってよいのではないかね?」
  
   言うのは簡単だが、ユリカはヤンと比べると絶対的に実戦での経験が不足している。広大な銀河を舞台に長い間組織の中で戦ってきたヤンとは違うのだ。
  
   何よりも、功績も立てていないのに昇進などしていいのだろうか?
  
   「うむ。その代わり貴官が今回の出兵でなんらかの武勲なりを挙げても基本的に昇進はないと思ってくれ」
  
   「はぁ……」
  
   「国防委員長も君には期待しているようだからな」
  
   シトレの奇襲はごくさりげなかったが、聞き流すことの出来ない爆弾発言である。ユリカとマクスウェルの表情が瞬時にこわばった。
  
   「元帥閣下、いまの発言は一体どういう意味でしょうか? 国防委員長が知っていると……」
  
   マクスウェルが、さすがに看過できないとばかりに黒いぼうぼうひげの下から不安を口にする。ユリカは通信画面を直視したままシトレの言葉を待った。
  
   シトレは、爛々と輝く瞳を白い制服姿の美女に向ける。
  
   「今朝のことだ。国防委員長から私のオフィスに直通通信があってな、貴官を第14艦隊の司令官に推薦してきたのだよ」
  
   「国防委員長自らですか……」
  
   「そうだ。トリューニヒトは貴官たちとナデシコの事を知っていたのだよ」
  
   ユリかもこれにはマジ顔にならざるを得ない。
  
   「知っていた? 一体、どこまで知っているのでしょうか」
  
   「その点に関してだが、やりとりした限りでは貴官たちの本当の身上までは知りえていないように感じられた。それに今のところ派手に宣伝する気もないようだ」
  
   それはありがたい、とでも思うべきなのだろうか?
  
   「では、国防委員長が私を推薦した意図とはなんなのでしょうか?」
  
   ユリカはまじめに尋ねる。要請を受ける受けないは別として、トリューニヒトのたくらみを知りえずして活動が出来るはずがない。今後の行動や情勢を左右するだけに、さすがに無関心でいられるわけではない。なんか最近わたしってシリアスだなぁ……
  
   「そうだな。これはあくまでも私見だが……」
  
   シトレは両手を組みなおし、彼の考えを話し始めた。
  
  
  
 
 
 
 
 
   
U
  
  
   対帝国の強硬派にして国防委員長ヨブ・トリューニヒトがシトレの執務室に直通通信を送ってきたのは標準時で9時50分だった。短い形式上のやり取りの後、口元を吊り上げた41歳の少壮な男の発言は衝撃的だった。
  
   「ミスマル・ユリカくんを第14艦隊の司令官に推薦したいのだがね」
  
   シトレは、わずかに片眉をゆがめただけで動揺を押さえ込んだが、沈黙してしまったことが逆に効果的だったとトリューニヒトに悟られてしまう。
  
   トリューニヒトは余韻を楽しむように余裕に満ちた顔でシトレを眺め、さらに先手を打った。
  
   「君の秘蔵っ子らしいが、こんな美人で優秀な人材とナデシコだっけ? いつの間に相転移エンジンなどという、とんでもないテクノロジーの艦を秘密裏に完成させたんだね?」
  
   シトレはすぐに答えない。いや、答えられない。短い時間の中でめまぐるしく思考を回転させてトリューニヒトの意図を察しようと懸命だった。
  
   しかし、さらに機先を制したのはトリューニヒトだった。
  
   「まあ、国防委員長たる私にこの事を黙っていたのは大目に見ようじゃないか。軍独自の開発では文民統制を疑われかねないが、事後承諾という手もあることだしね」
  
   実に寛大だ、などとはシトレは微塵も思わなかった。「よくもぬけぬけと!」と逆にトリューニヒトの演出に吐き気をもよおすが、理由があるとはいえ、巧言令色家の先制攻撃は痛いところだった。実際に隠し事をしているからなおのことである。
  
   やや守勢に回ってしまったのは意表を突かれただけに仕方のないことだが、シトレとしては事が事だけに慎重にならざるを得ない。
  
   かといってずっと沈黙しているわけにもいかなかった。
  
   「国防委員長閣下はよくナデシコのことを知りえましたな。どの方面からの情報ですかな?」
  
   シトレは、今さらとぼけても仕方がないのであっさり肯定した。逆に否定すると状況の悪化を招くと十分承知していたからでもある。認めることで国防委員長から情報を引き出すのも狙いだった。
  
   その国防委員長は、通信画面の向こうで乾いた笑いで応じていた。
  
   「4月にサイオキシン麻薬の摘発があったろ? あのとき、見たことのない船が活躍したと聞いてね。私なりに調べていたんだよ」
  
   「なるほど、ご炯眼恐れ入ります」
  
   などと世辞を述べたシトレだったが、トリューニヒトの言うことが嘘だということを元帥はすぐに見抜いた。なぜなら、密売組織摘発に表立って行動していたのはエル・ファシル管区警備隊であり、ナデシコはウリバタケが実験的に用いた「迷彩フィールド」によって皆無と言っていいほど人目に触れていないのである。
  
   ナデシコは、今まで複数の問題を解決しているが、その行動は隠密に徹している。ただ完全に隠蔽するのは不可能であり、軍部に届いたナデシコに関する情報はA級ランクの機密事項とし、関わった人物にはナデシコの重要性を説いて緘口令を敷いている。
  
   今、直接ナデシコの「真実」を知る者は3名しか存在しない。シトレ、ウランフ、チェンのみである。マクスウェルがその手前にあり、後は彼らの編入処理のためにあえて表面上の秘密を打ち明けた統合作戦本部次長兼総参謀長ドワイト・グリーンヒル大将、シトレの次席副官でナデシコの編入処理に直接あたったアレックス・キャゼルヌ少将を含め6名でしかない。いずれも信頼に足りる人物だった。
  
   そして、ナデシコの存在をさりげなく嗅ぎ回っている人物が2名存在する。ヤン・ウェンリーとダスティー・アッテンボローだ。当然ながらトリューニヒト嫌いな二人が、まだよくわかってもいないナデシコの情報を漏らすわけがないし、現実ありえない。
  
   また、ウランフの話だと「うまく引っかかってくれた」そうである。
  
   せっかくアスターテでナデシコと接触したのだから、今後のためにも裏的な意味で下地を敷いておく必要があると考え、イゼルローン攻略の前にヤンにあえてナデシコに関する質問をし、最近ウランフとチェンに一芝居打ってもらったのはそのためだった。
  
   ヤンが「ナデシコの真実」の一端を解明したのであればなおの事だ。歴史家志望だった青年提督が歴史の裏に隠された事実に興味を持たないわけがない。
  
   「こういうことには熱心だな……」
  
   いささか意地悪な手段ながら、ヤン・ウェンリーとミスマル・ユリカ(ナデシコ)を繋げる試みとナデシコ側の歴史とシトレ側の歴史のつながりを解明する一つの手段でもある。それは水面下で着々と進みつつあった。
  
  
   そこにトリューニヒトのまさかの一撃である。シトレは情報の出所を正確に推察したが、限りなく灰色であるだけで「彼」がリークしたという確固たる証拠はなかった。トリューニヒトが嘘をついているとしても、それを確かめる術がシトレにはないのだ。
  
   問題は今後の対応だ。トリューニヒトの出方によっては、シトレは今ここで軍人生命の全てをかけなければならない。
  
   「国防委員長閣下、黙っていたことは深く謝罪させていただきます。ですが、ようやく完成をみた“ナデシコ計画”は帝国との対決を有利に進めるうえでも切り札となるものです。今回の出兵に際し、ご命令とあればナデシコを旗艦として据えますが、公式的とはいささか問題があると懸念するのですが?」
  
   もちろん『ナデシコ計画』はでっち上げだ。でっち上げだった。
  
   トリューニヒトは頷いていた。
  
   「ああ、元帥の言うとおりだね。その点に関しては私も同感だよ。切り札だから公式に発表してしまうのはまずいね。第14艦隊とナデシコの旗艦参加および人事は非公式で進めてもらって結構だよ」
  
   「賢明なご判断、恐れ入りますな」
  
   もちろん、シトレは本心から言ったわけではない。どういった計算があるのかわからないが、トリューニヒトは今のところ宣伝するつもりはないようだった。だが、ナデシコを旗艦に据えたいという意思は曲げないらしい。
  
   「今回の出兵は歴史上にない大規模なものだ。私は出兵が無謀と考えて反対したが、かといって手を抜くこともできない。戦力の充実を図るためにも軍部から案のあった第14艦隊の設立を決定したのもそのためだし、即応能力に優れた人材を司令官にしたいというのは本心なのだよ。ミスマル・ユリカくんと戦艦ナデシコはまさにうってつけなのだよ。こういう事態の時こそ切り札とは生きてくるものだと思うがね。
   どうだろう元帥、元帥が承知してくれれば政軍の意見が一致した理想的な文民統制が内外に示せるのではないかね?」
  
   シトレにとってもトリューニヒトの提案は実は損ではなかった。いずれはナデシコを正規軍に戦力として組み込みたいと考えていた彼の計画に沿ったものなのだ。それを実現するために障害となるのが国防委員長だったのである。大いに懸念材料は残るものの、国防委員長からシトレの思い描くまさかの提案をしてきたのだ。
  
   「おそらく、国防委員長の狙いは三つあるな……」
  
   シトレは、トリューニヒトの意図をほぼ正確に洞察した上で、今後の同盟の為にもこの機会は逃してはいけないと腹をくくった。
  
   「わかりました国防委員長閣下。そういうことなら私も賛同させていただきます。ですが、彼女が承知するとはかぎりませんぞ。その辺りを重々承知していただきたいのですが」
  
   「そうかね。ミスマル准将にとっても悪い話ではないから断るとは思えないが、その辺りは元帥の手腕を信頼しているよ」
  
   「ありがたいことですな」
  
   「ふむ。では多少、詳細を詰めようじゃないか」
  
   シトレは頷き、話を進める。双方の思惑が絡み合った視線の先に映る未来はまだ不透明ながら、元帥には一つの確信があった。ヤン・ウェンリーとミスマル・ユリカ。二人が同盟の未来を共に背負う未来である。彼の決断はその瞬間をいやおうなく呼び込むようであった。
  
  
  
 
 
 
 
   
V
  
  
   シトレから一連のやり取りを聞いたユリカとマクスウェルは深刻そうに考えていた。もちろん、ヨブ・トリューニヒトの介入についてである。
  
  「それにしても」
  
   とユリカが思うのは、本当のところはどうやって国防委員長がユリカたちとナデシコの存在を知りえたかである。シトレが打ち明けた人物達は直接的であれ間接的であれ、ユリカもその為人をある程度知っていたので、彼等でないことくらいはすぐに理解できていた。最も可能性があるのはユリカたちが思い至らない第三者の仕業であるが、これはすぐに特定するというのが難しい。
  
   「ふむ、ユリカくんは時々灯台下暗しになるようだな」
  
   ユリカは怪訝な顔をした。
  
   「と、おっしゃいますと?」
  
   「他でもない、ナデシコのクルーが国防委員長にリークした可能性が高いのだよ」
  
   「えっ!?」
  
   ユリカの動揺はもっともであるが、誰かと言われると彼女には思い当たる人物が浮かばない。
  
   「わからんかね、アカツキ・ナガレくんだよ。証拠はないが、根拠はある」
  
   まさか、というようにユリカの表情が強張った。シトレはシリアスな顔のままである。
  
   「アカツキくんは今年に入ってからハイネセンに長期滞在しているね。君たちに起こった事態の謎を解こうと情報をいろいろ集めている、そういうことだろう?」
  
   ユリカの視線が泳いだ。秘密裏に進めていたはずの情報集めがシトレには知られていたのだ。
  
   「ええと……ご存知だったのですか?」
  
   「もちろんだ。マクスウェル少将の意向だけで可能だと思うかね」
  
   ユリカが基地司令官のほうを振り向くと、巨漢の少将は小さく手で「スマン」と謝罪している。別にユリカは怒るわけでもなく、むしろ納得したくらいだ。今更だが、いち基地司令官でしかないマクスウェルがアカツキたちを簡単にハイネセンに赴かせることが出来るはずがない。少将はしっかりとシトレに伝え、極秘に了承を得ていたのであろう。
  
   シトレの声がユリカをハッとさせた。
  
   「アカツキくんは実に慎重に行動していたようだが、同盟軍の情報部をなめてもらっては困る。とはいえ、4分6分というところだがな。彼はできるな」
  
   「どういったやり取りがあったというのですか?」
  
   「詳しい内容までは明らかではないが、アカツキくんがトリューニヒト委員長と接触したのは確かだ。今回の国防委員長からの推薦に関しても何らかの彼の意図が働いていると私は読んでいる。憶測にすぎんがな」
  
   実のところは買い被りなのだが、さすがにシトレもわからない。
  
   「申し訳ありません。ナデシコを預かる身としてアカツキさんの提案に乗り、彼をハイネセンに行かせたのは私の意思です。この場をお借りして深くお詫びいたします」
  
   ユリカは深々と頭を下げたが、通信画面の向こうの元帥は首を横に振っていた。
  
   「いや、君が謝ることではない。アカツキくんのしたことは彼自身の独断だろうし、その意図まで把握することは出来ず、我々も彼の行動を掣肘するようなことはしなかったからね。今回、結果的に彼の行動は私が望んでいた計画の一つを早期に実現に導いてくれたわけだから逆に感謝しているくらいだ」
  
   「計画……ですか?」
  
   「もちろん、君たちを正規軍に編入するということだよ。まさか君をいきなり艦隊司令官に迎え入れることが叶うとは想像していなかったがね」
  
   シトレは笑い、ユリカも笑ったが、前者の笑いが愉快気であるのに比べると後者のそれは儀礼的で疑問を含んだ笑いだった。トリューニヒトの意図するところはわかったものの、なぜ危険を冒してシトレ元帥は承諾したのだろうか?
  
   その疑問をユリカはひるまずにシトレにぶつけた。
  
   「簡単なことなのだよミスマル准将。ヤン・ウェンリー同様、貴官のような信頼に足りる人材に地位を築いてもらいためと、貴官たちを本格的に巻き込むのは長い間ためらっていたが、そうも言っていられなくなったのだ」
  
   「とおっしゃいますと?」
  
   シトレの表情が翳ったようにユリカには思えた。
  
   「うむ、それは私がこの出兵が成功して失敗しても今の地位を追われることが確実だからなのだよ」
  
   「えっ?」
  
   理由は明瞭だった。出兵が成功すれば宇宙艦隊司令長官たるロボスに席を譲って勇退。失敗した場合は引責辞任というわけだ。いずれにしてもシトレの運命は決まっていた。
  
   ユリカの表情も翳った。通信越しとはいえ直接顔を合わせたのは今日が初めてだが、シトレがどれだけナデシコとユリカたちに尽力してくれたかよく知っていたからだ。
  
   「そんな顔をしないでほしい。私としては貴官らの面倒を途中で投げ出すことになって申し訳ない気持ちでいっぱいだ。それに経過はどうであれ、貴官らをより戦闘に巻き込むことになるからな。本来なら本末転倒な要請ではあるが、貴官たちがあえて命を掛けて変化を望むと言うならば、またとない機会と捉えたわけだ。そこでだ」
  
   「はい?」
  
   ユリカは意味がわからず首を捻った。マクスウェルは気づいたようにぽんと手を叩く。
  
   「あらためて聞こう。貴官に第14艦隊司令官に就任してもらいたいが、返答は可か否か」
  
   空白はほんの一瞬だった。
  
   「そのお話、お受けいたします」
  
   ユリカの即答に、シトレはやや意表を突かれたように口元を緩めた。
  
   「いいのかね、他の乗員の意思統一をはからなくても?」
  
   ユリカは、まっすぐにシトレの目を見つめて断言した。
  
   「はい、乗員全員の覚悟はすでに決まっています。私たちは私たちの意思で戦う事を決めたのです」
  
   ユリカの澱みのない決断に、シトレは深い感銘を受けたかのように2度頷いた。
  
   「そうか、そうだったな。貴官たちは今までそうして己の運命を切り開いてきたのだったな。失礼なことを聞いてすまなかった、許してほしい」
  
   「い、いえ、えらそうに覚悟なんて言いましたが、そんな上等なものじゃないんです。地球で戦っていたときもそうでしたが、私を含めて皆さん素直というか不器用というか、黙って成り行きに従っていればいいものを、ついついおせっかいを焼きたくなる人ばかりなんです。だから帝国と同盟のことも他人事には思えなくなった……ただそれだけなんです」
  
   ユリカは照れて頭をかく。さらに偉そうで自分らしくないことを口走ってしまったと反省しているようにも見えるが、その偽りのない自然で屈託のない姿勢に元帥は大いにユリカへの信頼を深めるに至った。戦後、自分は確実にこの席にはいないだろう。だがヤン・ウェンリー同様、未来を託す人材を同盟の礎とすることは出来るのだ。彼らがたとえ世界を違えた人間であろうとも、その実現をより確実にするために自分は残りの任期を使って彼らのために全力を傾けるだろう。
  
   シトレに一筋のに光明が差し込んだ。
  
   「ユリカくん、貴官と戦艦ナデシコの乗員たちの決断に敬意を表させてもらおう。また、本日中に辞令を発するものとする」
  
   「はい!」
  
   「うむ。では今後についてもう少し話をしよう。いくつか重要な提案もあることだしな」
  
   「?」
  
   ユリカは、その内容に少なからざる驚くことになった。
  
  
   ──15分後──
  
   話を終え、戦略通信室を退出したユリカを思わぬ人物が待ち構えていたのだった。
  
  
  
  
 
 
 
 
 
 
   
W
  
    
  
   30分後、第10会議室に緊急召集されたクルーから当然と思えるどよめきが一斉に噴出した。まさかの事態に隣人と落ちつかな気に会話を交わす者も多い。艦橋人員の主なメンバーもさすがに平静でいられるわけがなく、緊張感に満ちた表情をしている者がほとんどだった。そんな中で最前列に座るホシノ・ルリだけが日常の装いの眼差しでユリカを見ていた。
  
   一時の喧騒が過ぎ去ると、ルリの隣に座るアキトが勢いよく尋ねた。
  
   「ユリカはなんて答えたんだ?」
  
   
  「もっちろんOKしました。 ブイ!」
  
  
   じゃねーよ!! とばかりに困惑するアキトたちの反応にユリカは意外そうな顔で「?マーク」を頭上に10個ほど浮かべている。
  
   「あれ? みなさん賛成ですよね。意思統一もされているし」
  
   微妙に違う気配である。シトレが見ていたら片手で頭くらいは抱えたかもしれない。クルーの大半がなにやら考え込んでいる。
  
   そんな状態の中、静かに成り行きを見守っていたプロスペクターが黄色い縁取りの眼鏡を指先で整えがら発言した。
  
   「まあ、基地の規模が縮小されることが決定されていますし、ナデシコが正規軍に編入されることは当然想定していましたが、まさかナデシコが旗艦として独立した艦隊を率いるとは予想外でした。会長は何をやったんだか……」
  
   ほぼ全員がプロスペクターの発言内容に同意して頷いた。
  
   なぜなら、最も可能性のある想定はナデシコと縁深い第10艦隊に編入だった。ウランフには非常にお世話になったし、ナデシコクルー全員が一番信頼しているからである。当然シトレは知っていたはずだ。ウランフも快く引き受けてくれたに違いない。
  
   それがアカツキの工作で二段階くらい飛び越えて「ユリカは艦隊司令官、ナデシコは旗艦」である。大いにあきれつつも、
  
   
「国防委員長も無謀な」
  
   などと胸中をよぎったクルーも存在したが、そうなると全員の関心ごとはまさにトリューニヒトの意図にあった。必ず何かしらの打算があるに違いないと誰もが勘ぐるのだ。
  
   「それについて、シトレ元帥はこうおっしゃっていました」
  
   つまり、まず一つはユリカたちの実力を測ること。もう一つはナデシコの存在を隠していたシトレ(軍部)に貸しを作ることで、軍の内外に対する影響力をさらに強化しようと計算しているのではないかということである。極めて動機は単純ながら正攻法であるために成功しやすいのも事実だ。
  
   しかし、シトレがあえてもう一つの意図を明言しなかったように、ナデシコ内でも卓越した戦略眼を有するプロスペクターはワンランク上の洞察をしていた。それはナデシコとミスマル・ユリカが「帝国領侵攻作戦」でどういった活躍をするのかで変化するため、彼もまた発言を控えている。
  
   ユリカは続けた。
  
   「えーと、今から言うことはシトレ元帥の受け売りなんですが、私たちが活躍しようとしまいが国防委員長には悪影響がないみたいなんです」
  
   第14艦隊(ユリカ)が武勲を立てればトリューニヒト個人は評議会議長の席と彼女を推薦した炯眼を内外に示し名声も手にいれる。第14艦隊(ユリカ)が敗北しても、もともと出兵に反対しているトリューニヒトには痛手ではない。戦死したユリカたちを派手に弔って国民の戦意高揚と自分の政治宣伝に利用すればいいだけのことである。
  
   「なんつーか、それだとトリューニヒトの野郎の一人勝ちじゃん」
  
   不快そうにリョーコが口をとがらせるが、白衣をまとう金髪美女が「そうともかぎらないわ」と言って意見を述べた。
  
   「確かに損な役回りに思えるけど、私たちにはいつものことよ。それにシトレ元帥がおっしゃったように、私たちにとっては環境を変える大いなるチャンスなのよ。シトレ元帥の後釜が理解力があるとは限らないし、マクスウェル少将には申し訳ないけれど、この先基地にいても今の状態では先には進めないわ。演算ユニットのこともあるし、トリューニヒトの介入で困難は付きまとうかもしれないけど、今回の遠征で何らかの功績を立てれば公式的にナデシコは動くことも出来るし、軍内部で地位も強化されるのよ。私たちは国防委員長の意図を理解したうえで、それを利用すればいいのよ」
  
   ユリカは苦しそうな顔をした。
  
   「利用ですか……」
  
   「あら、准将、きれい事で取繕っても仕方のないことでしょう? あなただってシトレ元帥からトリューニヒト氏の意図を聞いて、それを利用しない手はないと考えたんじゃないの?」
  
   「そ、そんな……私はただ帝国との戦争を一日でも早く終わらせることが私たちにとって最善の道だと考えて今回のお話はその機会到来だと踏んだんです」
  
   ややふてくされ気味にユリカは反論する。純粋に戦争を早期に終わらせたいと願っているのに、イネスに心中を疑われたのはかなり心外だった。
  
   張り詰めた空気が会議室に充満するかに思えたが、その場を収めたのはテンカワ・アキトだった。
  
   「人それぞれ思うことはあるよ。いいことも悪いことも考えるのが人だもん。けれど、俺はユリカが損得勘定や私欲で戦争するなんて決して思わないよ。俺は、ユリカはユリカらしくの決断を尊重するよ」
  
   ユリカの表情がパッと明るくなった。
  
   「
ありがとう、アキト! アキトはいつでもユリカの味方だね。やっぱり私とアキトはお互いに深い絆で結ばれていること間違いなし! ユリカ、とってもとっても嬉しい!!」
  
   ユリカは大喜びしてアキトに抱きつく。青年の顔が美人准将の胸の谷間に沈んだ。
  
   「○×△□!! 」
  
   とりあえず解放してやらないと出血死か窒息死を免れない状態で、褐色の長い髪をなびかせた美女が迫力のある眼差しをユリカに向けて立ち上がった。
  
   「ミスマル准将!」
  
   「は、はい……ミナトさん?」
  
   ユリカはおもわず怯んでしまう。ハルカ・ミナトの迫力は眼差しだけでなく、その秀麗な顔全体に及んでいたからだった。普段のほんわかとした雰囲気からも遠く逸脱していた。ユリカはごくりとつばを飲み込む。
  
   「准将、本当にいいのね? 後悔しない? 今度こそ後戻りできないのよ。でも今ならシトレ元帥に断ることができるわ」
  
   ミナトの態度は一切のあいまいでとぼけた返答をゆるさない厳しさで構成されていた。褐色の瞳とブルーグリーンの瞳がぶつかったまま二瞬の時が過ぎ去った。
  
   ユリカは、失神寸前のアキトを胸の谷間から解放し、まっすぐに優秀な操舵士の目を見て断言した。
  
   「後悔しません。アスターテではっきりわかりました。逃げることは私たちではないと。私は自分の出来ることを精一杯果したいだけです」
  
   ミナトは、ユリカの気迫に満ちた決意に「ふう」と息を吐き出し、降参するように肩をすくめた。
  
   「確かに聞かせてもらったわ、准将のゆるぎない決意をね。そういうことなら私も迷わないわ。准将に従うだけよ」
  
   ミナトの表明を起爆にして各所から一斉にユリカを支持する声が上がった。
  
   「おう! ナデシコとエステは俺に任せておけ」
  
   「ユリカ、僕はユリカの決断を尊重するよ」
  
   「意思統一が成し遂げられ、実にすばらしいことですな」
  
   「ええ、まさに」
  
   「よし! いっちょエステで暴れてやるぜ」
  
   「ひゅー、ひゅー、准将かっこいい!!」
  
   「決断……ケツダン……尻断……二つに割れてる……なんつって! うふふふふ……」
  
   「准将、ご活躍期待しております」
  
   「私も通信士としてしっかり責務を果します」
  
   「みんなお人好しよねぇ」
  
   「厨房は任せておきな」
  
   「しょうがないから付き合ってあげる」
  
   とこんな感じでごちゃごちゃである。ユリかはよく聞き取れなかったようだが、みんながユリカの決意と決断を支持してくれことを感じ、何よりもみんなの声がとても心強かった。
  
   「ユリカ……」
  
   アキトがティッシュを鼻に詰めた状態でユリカに尋ねた。
  
   「それで、これからどうするの?」
  
   「うん、けっこう大変かも。作戦会議に出席しなくちゃいけないから、少なくとも10日にはハイネセンに到着していないとダメなのよねぇ……」
  
   「えっ? 10日だって! じゃあ、今日を含めてもあさってまでに準備を整えて出発しなくちゃだめじゃん」
  
   「うん、だから大変なんだぁ……」
  
   「いや、そんな呑気に構えている時間はないと思うけど」
  
   アキトの言うとおりだ。アスターテからハイネセンまでは強行しても7日は予定しておかなければならない。ユリカが決断してしまった以上、同盟軍のお偉いさん方が集まるであろう作戦会議に遅刻などあっていいわけがない。それこそシトレに迷惑を掛けてしまう。今からでも準備を開始して余裕を持たせるなら明日にでも出発する必要がある。
  
   「ええと、よろしいでしょうか?」
  
   と手を挙げたのはプロスペクターだった。服装は黄色っぽいシャツに赤いベスト、紫色のタンクトップと彼相応だ。ナデシコにあって唯一「軍人」ではなく「軍属」の身分を貫いている。相変わらず謎めいた後見人タイプの男であり、基地の将兵たちにも「何者なの?」と評された。
  
   ただし能力面では完全な信頼を得ていた。
  
   「はい、どうしましたかプロスペクターさん?」
  
   「ええ、気になることが複数あるのですが、まず今回の出兵に際して編成される第14艦隊ですが、その主任務はなんでしょうか?」
  
   プロスペクター以外の視線もユリカに集中する。ユリカは答えた。
  
   「もともと軍部からも提案されていたそうですが、正規軍の支援のためだそうです。主な任務は帝国の圧制から解放した有人惑星周辺に点在する帝国軍の軍事基地や施設の調査と情報の取得だそうです。場合によってはイゼルローンを経由して派遣される輸送船団の護衛とかもあるようですが、中心は先に述べたとおりですね」
  
   「ほほう、なるほど。地味ですが重要ですな」
  
   「ええ。一つの星系を解放した場合、基本的に一個艦隊の司令官さんが解放政策にあたるそうですから、少しでもその負担を軽減するために第14艦隊は設立されたと聞きます。支援目的の任務内容はナデシコの持つ情報処理能力がもってこいだそうです」
  
   「なるほど、解放ですか……」
  
   ユリカは、プロスペクターの含みが理解できた。
  
   「まあ、解放というのは実際どうかと思いますが、言葉を飾らないなら占領後というところでしょうね」
  
   「我々は遊撃部隊となりえますかな?」
  
   「うーん、どうでしょうか? 基本的に私たちの出番は帝国の星系を解放しないと発生
  しませんから、最前線に立つことはないと思います」
  
   部隊編成も別段強力ではない。第2艦隊の残存兵力に新規兵力を加えた混成部隊だった。ただし、艦艇の構成は攻守にバランスがとれた編成になるらしい。
  
   「では編成作業は准将が行われるのですかな?」
  
   
まっさかぁ! とユリカは無責任とも能天気とも思える声を上げて答えた。
  
   「副艦隊司令官さんがすでに内定しているので、その方が編成作業を進めてくれるそうです。私がハイネセンに到着してからだと全然間に合わないし」
  
   「なるほど、副艦隊司令官さんですか。なんとも現実味がありますなぁ……組織的に当然といえば当然ですが、どんな方なんでしょうか?」
  
   ユリカは、プロスペクターの問いに困ったようにこめかみに指をあてて首を捻った。
  
   「それがですねー、シトレ元帥は教えてくれないんですよ。楽しみにしているんだなと意地悪するんです。プンプン」
  
   「じゃあ、俺たちが知ってる人ってことじゃないのかな?」
  
   「わかんない」
  
   とユリカはアキトに答え、不意にとある重大な伝達事項を思い出して手を叩く。
  
   「そうだ、みんなに伝えないといけないことがあるんだった」
  
   「?」
  
   3分後、クルー全員はユリカから伝えられたシトレの示した提案に驚くことになるが、その余韻が冷めないうちにさらに表情を一変させる。
  
   フクベ・ジンがナデシコを退艦すると表明したのだった。
  
  
  
  
 
 
 
 
 
 
   
X
  
  
   戦略通信室から退出したユリカを待っていたのは、元地球連合宇宙軍中将フクベ・ジンだった。宇宙軍中将の制服をきっちり着こなした77歳の老提督は深々と被ったつば付きの軍帽から白い眉毛に覆われた目をのぞかせ、ユリカの前に粛然として立っていた。
  
   「ミスマル准将、シトレ元帥からの話はどうだったかね?」
  
   意外な質問にユリカは少し驚いた。
  
   「提督はなぜそのことをご存知なのですか?」
  
   「なに、ちょっと理由があってな、マクスウェル少将から教えてもらったのだよ」
  
   「教えてもらった?」
  
   フクベは頷き、やや腰をかがめた状態からまっすぐに背筋を伸ばした。
  
   「准将、シトレ元帥の要請に何と答えたかね? 非常に大切なことなのだ。今ここで私に教えてほしい」
  
   「承諾しました」
  
   ユリカは何のためらいもなく伝える。フクベは一瞬の空白を経てナデシコを統べる若すぎる准将に決意を口にした。
  
   「では、私はここでナデシコから降ろさせてもらおう」
  
   「えっ!?」
  
   ユリカは耳を疑った。そして老提督の真意を図りかねたように問い返す。フクベは察したかのように短く笑った。
  
   「なに、そんなに疑問に思うことでもあるまい。言ったとおりだよ」
  
   「ですが、これからもっと困難な戦いが待っています。提督の助言が私には必要です」
  
   「いいや」
  
   フクベは首を横に振る。
  
   「以前も言ったが、君は私の助力など必要とせず充分戦い抜いてきたではないかね。木星蜥蜴との戦争もこちらでの任務も己を信じてやり遂げてきたではないかね。私が教える点も口を挟む点もあるとは思えん。今度は君が提督になるのだよ」
  
   「そんなことはありません。提督のご経験と見識は今後も私たちを導くために必要です。どうかお考え直しください……」
  
   フクベは右手を軽く挙げてユリカの言葉を遮った。
  
   「言い方が悪かったようだ。私は君たちに必要とされていないなどと思ってはない。私自身が君たちを必要としなくなったのだよ」
  
   「提督……」
  
   「私は悔いの残る戦いをしてしまい、責任を取らされる形で中将の職を辞した。心残りのままネルガルに指揮官としてスカウトされ、君らと一緒に火星を目指し、そして私は死ぬつもりだった。
   それがこうして生きながらえ、再び君たちと違う時代で戦うことになったが、そろそろ私も本当の意味で引退をしたいのだよ」
  
   ユリカは食い下がった。
  
   「ですが、引退したいとおっしゃられても一体その後いかがなさるおつもりですか? 私たちの最後の故郷はナデシコしかないのですよ」
  
   「心配しなくてもいい。私はマクスウェル少将とシトレ元帥の取り計らいで特別に年金がもらえることになった。大佐相当の年金だが、私一人なら充分だ。住まいもエル・ファシルにほぼ決まっている。残りの人生を遠い未来の中ですごすのも悪くないと考えている。老人にはその権利があるはずだ」
  
   「以前から考えていらしたのですか?」
  
   「そうだ。私自身に決着をつけるためにマクスウェル少将にお願いしていた」
  
   ユリカがマクスウェルを見ると、巨漢の基地司令官はフクベの決断に敬意を表すべきだと黒い瞳で訴えている。
  
   ユリカが言うべき言葉を失っていると、フクベが明確な声で促した。
  
   「ミスマル准将、ナデシコの現責任者として君の許可が必要なのだ。私の退艦を許可してくれんかね」
  
   二度ユリカの拳が震えたが、決意の揺らぎそうにないフクベの目を見て彼女は決断した。
  
   「フクベ提督、退艦を許可いたします。そして長い間本当におつかれさまでした。ナデシコ乗員一同を代表し、今までのご助力を心から御礼申し上げます」
  
   ユリカが無駄のない動作で敬礼すると、老提督は緩やかだが力強く返礼した。
  
   「ありがとう。准将、君に感謝する」
  
  
 
 
 
   
◆◆
  
  
   
 「……ということだ。私はナデシコを降りる」
  
  
   フクベの低い声が静まり返った会議室にささやかに反響する。ゴート・ホーリーでさえ何と切り出すべきか迷い、老提督の方を向いたまま、ただ沈黙している。フクベのほぼ正面の席に座るアキトは残念そうな視線を投げかけていたが、やはり言うべき言葉が見つからないのか口を閉ざしていた。
  
   「提督、ご決断は変わりませんか?」
  
   ようやく発言したのはプロスペクターだった。ユリカとはまた違う意味でフクベの老練さと人柄を評価していただけに、彼の突然の決意に困惑していた。火星でフクベが戦死したと思われたとき内心はおだやかではいられず、導き手を失ったナデシコの行く末に一抹の不安を覚えたこともあった。
  
   そのフクベと再び赴いた火星で再会し、老提督の無事を喜んで部屋で語り合ったこともあったが、まさか2度目の別れが待っていようとはかなり予想外だった。
  
   「提督……」
  
   もう一度お考え直しください、とプロスペクターは言いかけて肩で小さく息をした。フクベの固い意思で構成された両目がギロリと彼をにらみ、発言を封じてしまったのである。
  
   「提督、おつかれさまでした!」
  
   突然、声を上げて深く頭を下げたのはアキトだった。その姿にかつてフクベを憎んだ時の感情はない。
  
   とはいえ、当時はフクベが火星でナデシコを脱出させるために身を犠牲にしてみんなを守ったことに感謝していても『コロニーの件から逃げただけだ』という疑念はしばらく残った。火星でフクベと再会しても、内心ではすぐにわだかまりを完全には消すことが出来ないでいた。どうにか理解したのはハーミットパープル基地に滞在中のことだった。長い葛藤の中でマクスウェルやウランフの言葉を思い出して自分を見つめ直せたからこそ、フクベのあの時の苦渋の決断を許せる気になったのだった。
  
   その青年に倣うようにナデシコクルーが一斉に起立し、フクベの決断を尊重するように次々に敬意を表した。老提督は敬礼したまま218名の顔を一人一人見つめ、決して忘れまいと今一度記憶に留めているようだった。
  
   しばらくして、ユリカの一言が会議の終わりを告げた。
  
   「さあ、みなさん。さっそく準備にとりかかりましょう」
  
  
   
 ──宇宙暦796年標準暦8月1日、16時06分──
  
  
   統合作戦本部より正式な辞令がユリカとナデシコに発せられる。ナデシコクルーはそれぞれに決意を新たにし、忙しく出発準備に励むのだった。
  
  
  
  
 
 
 
 
 
   
Y
  
  
   テンカワ・アキトが荷物をまとめて部屋を出たとき、彼の視線の先には10ヶ月あまりを過ごした部屋に向って敬礼するエステバリスパイロット4人娘が通路に横一列に並んでいた。
  
   「みんな……」
  
   アキトが声を掛けると4人は一斉に振り向いて笑顔を作り、またたくましくなった青年の傍に歩み寄った。
  
   リョーコがアキトの肩を叩いた。
  
   「テンカワも今からか?」
  
   「うん。あんまり荷物は持ち込んでないはずだったんだけど、生活が長くなるとなんやかんや発生するみたいで……ご覧のとおりさ」
  
   アキトの装いは相変わらず夜逃げするように多い。ラピス・ラズリの服、料理の書籍がたくさんあるようだった。頭をかく青年の傍らでは小さなリュックを背負った少女が彼の制服の脇部分を掴み、見上げるように大人たちのやり取りを静かに聞いている。
  
   「ところで、みんなでなぜ敬礼を?」
  
   「うん? まあ、10ヶ月も世話になった部屋に感謝を込めたってやつだな」
  
   「そうか、そうだよね。結局、4人一緒に過ごしたんだよね。この一室で」
  
   「そうそう、リョーコちゃんたら途中から寂しいとか言い出してナデシコと同じようにみんなで一つの部屋で共同生活しようって、イズミちゃんや私に泣きついてきたんだよ」
  
   即座にリョーコが抗議の声を上げる。
  
   「ばかやろう! なに嘘っぱちなこと言ってんだ。それはヒカル、おまえのことだろ。夜眠れないとか、部屋が広すぎるとか言って人の部屋で漫画描いたり、立体TV観たりしていたじゃねえか」
  
   「えー、憶えてないよー」
  
   このやろう、と言ってリョーコはヒカルの頭を叩こうとしたが見事にかわされる。安全圏に離脱した
「貴重なめがねっ娘」はニンマリ笑って小柄な身体をひるがえした。
  
   「じゃあ、わたし先にナデシコに行ってるね。リョーコちゃん、バイバイー」
  
   「くそっ、まちやがれヒカル!」
  
   逃げるように遠ざかるヒカルをリョーコが勢いよく追いかける。その後をイズミが「疲れるわね」などとまともな感想を漏らし、さぶい駄洒落を連発しながら走り出していた。
  
   「やれやれ……」
  
   いつもの通りだな、とアキトはあきれつつも安心していた。みんながこの10ヶ月の間になんらかの成長を遂げたが、その本質は変わらないままだった。変わらないからこその日常であり、変わらないからこそみんながみんなでいられるのだろう。そこに彼らの居場所があると教えてくれているようにである。
  
   だからこそ、ナデシコメンバーは経験したことのない作戦に挑むことになっても恐れずに前に向って歩みだすことができるのだろう。
  
   「テンカワさん……」
  
   アキトは不意の声に驚き、傍らに優雅にたたずずむロングストレートヘアーの美人パイロットに振り向いた。
  
   「えっ? イツキさん、どうしたの……」
  
   イツキ・カザマはくすくす笑い、アキトの前に現れている通信ウインドウを指差した。
  
   「さっきから少将が呼んでいますよ。出発準備が整ったから早く来てくれっておっしゃってます」
  
   アキトが通信スクリーンを覗き込むと、そこには両腕を組んでイラっとしているユリカの姿が映っていた。
  
   「ちょっと、ちょっとアキトったら早くしないと置いていっちゃうぞ。マクスウェル少将やフクベ提督が見送りに来て下さっているんだから待たせちゃ悪いよ」
  
   「ごめん、すぐに行くよ。もう少し待ってて……」
  
   シュンとするアキトにユリカは慌ててフォローした。
  
   「ごめんねアキト。アキトはラピスちゃんの面倒とか大変なんだよね。あと10分くらいあるからまっすぐに1番ドックまで来てね」
  
   「うん、まっすぐ行くよ。待ってて」
  
   ユリカの頷きと共に通信ウインドウは消え、アキトはラピスの手を繋ぎ、イツキと一緒にエレベーターに向って歩き出した。
  
   「あのう、テンカワさん」
  
   隣に並んで歩くイツキがこそっと声を掛けてきた。
  
   「んっ?」
  
   「ああ、いえ、ぜひ聞きたい事があるのですが……」
  
   「えっ、何かな?」
  
   「テンカワさんはどうして戦うことを選んだんですか? 戦争を嫌っていらしたのに……」
  
   イツキの真剣すぎる眼差しがアキトのそれと重なる。青年は手を繋ぐラピスに優しい視線を落として問いに答えた。
  
   「アスターテが分岐だったと思うけど、自分に嘘がつけなくなったからかな。戦う相手も目的も違うかもしれないけど、この世界の人達も俺たちと同じ気持ちと覚悟で戦っているって強烈に感じたんだ。少し前からこの世界で起こっていることが他人事に思えなくなっていたし、ラップ少佐やウランフ提督の生き様に心を打たれたしね。俺に出来ることはあるはずだってね……」
  
   恥ずかしそうに笑いながらアキトは続けた。
  
   「目を背けるのは簡単だと思う。でもそれは同時に現実を否定することにもなるんだ。ユリカの言う通りだよ、逃げることは私たちじゃないって。ここで逃げたら今まで戦ってきたこと全てがムダになると思ったんだ」
  
   「立派です。テンカワさん」
  
   「えっ? そうかな、何かまとまってない気がするけど」
  
   イツキは長い艶のある黒髪を揺らし首を横に振った。
  
   「いえ、過去のことも今のことも受け止めて私たちの歴史とつながっていないかもしれない遠い未来の人たちのことまで思いやれるなんて、私にはとても無理です。テンカワさんって優しいんですね。みなさんが好きになるはずです」
  
   アキトは、霞むように微笑むイツキに頬を赤くして視線を外し、なんとなく妙な雰囲気になっているので話題を変えようとした。
  
   「ええと、イツキさんはどうして戦うの?」
  
   とっさだが尋ね返してもいい内容だった。イツキ自身、待っていたかのようにアキトと視線を交わし、そして言葉をつむいだ。
  
   「軍人だから……と言ったらずるいですよね」
  
   「はぁ…」
  
   3人はエレベーターに乗り込む。アキトがボタンを押し、イツキは後ろの壁によりかかるようにして精悍さを増した青年の横顔に視線を注いだ。
  
   「私は皆さんとの今を守りたいんです。とても楽しいナデシコでの生活を続けて行きたいんです。みなさんが戦うというなら私は皆さんを守るために戦おうと決めたんです。ちょっと自己中心的な理由ですよね……」
  
   「そんなことはないよ」
  
   アキトはきっぱりと言った。
  
   「イツキさん、きっと理由は同盟を守るとか同情したとか、そうじゃない人も多いと思うんだ。けれどもナデシコの意思統一が出来ているのはイツキさんと同じように身近な何かを守りたいという強い気持ちがあるからだと思う。決して理由は一つじゃないし、一つであるはずがないと思うよ。だから、イツキさんは自分の気持ちを信じて戦えばいいんじゃないかな」
  
  
   扉が開いた。なぜかその先がまばゆく見えたのは決して錯覚じゃないとイツキ・カザマは思う。自分の居場所を守りたい……それでいいじゃないかとアキトは言ってくれたのだ。人それぞれの理由で前に進めればいい。ささやかな理由でもがんばれるならそれでいいじゃないかと……
  
   イツキの決意もより強固になった瞬間だった。
  
   アキトがまぶしい笑顔でイツキに振り向いた。
  
   「さあ、行こうよ」
  
  
  
 
 
 
 
 
   
Z
  
  
   アキト、ラピス、イツキが第1ドックの搭乗用デッキにやってくると、そこにはマクスウェルとフクベを含む司令部の面々と、ユリカ率いるナデシコの主要メンバーと新たに加わる1名が顔をそろえていた。
  
   「アキトアキト、早く早く。イツキさんも急いでお願いします」
  
   ユリカに急かされ、3人は足早に列に加わると荷物を下ろしてマクスウェルたちに敬礼した。ラピス・ラズリもアキトの隣でかわいく真似をしている。巨漢の基地司令官はその愛らしい姿に微笑み、正面のユリカにやさしい目を向けた。
  
   「長いようで短い間だったが貴官たち特務部隊と一緒に任務に励めて本当によかった。今回の出兵は過去に前例のない大規模なものだが、同盟の明日を担う優秀な貴官たちならきっと活躍できるだろう。勝利と無事を心から願っているよ」
  
   本来ならもっと違う別れの挨拶があっただろう。ただ、マクスウェルはユリカたちの事情を踏まえて送りだすわけにはいかなかった。若干、心残りな気がしたが、ユリカたちにその真摯な気持ちはしっかり届いていた。
  
   「ありがとうございます。私たちにとっても基地での生活は楽しいものでした。多くのことを学び大きく成長することもできました。今回の作戦で旗艦として第14艦隊を率いることになりますが、ここで学んだことを生かし、恥じることのないよう任務を全うしたいと思います」
  
   ユリカはマクスウェルに手を差し伸べ、固く握手を交わした。この10ヶ月間、大きなトラブルもなく任務に没頭できたのはマクスウェルの理解と協力のおかげだった。もちろんそうでなければナデシコとエステバリスの強化も実現できなかっただろう。ウランフがユリカたちの命を救い、その先を照らし出した導き手ならば、マクスウェルはユリカたちの居場所を確立し、存在意義を見出させてくれた大切な恩人だった。
  
   「マクスウェル少将、必ず再会しましょう」
  
   「もちろんだとも。貴官たちが勝利を手土産に私の新しい任地に訪問してくれることを心待ちにしているよ」
  
   ユリカたちがハイネセンに旅立つように、マクスウェルも2週間以内を目処に新しい任務地に赴任することになっていた。バーラト星系に近いケリム星系の軍事工廠の責任者だった。これにともないハーミット・パープル基地の人員も縮小され、通信機能と偵察能力を残し規模は1000人程度になる。
  
   「壮健でいてくれ、ミスマル少将」
  
   マクスウェルは、数ヵ月後に友人のバウンス・ゴールド少将と共にある計画に関わることになる。その計画が本当の意味で同盟の切り札になっていく。
  
   「それではマクスウェル少将、これで失礼します」
  
   ユリカは歩を進め、見送るフクベの前で敬礼をしてから搭乗口に向ってきびすを返す。その後を同じように敬礼しながらナデシコの主なメンバーが次々に続いていった。
  
   そんな中、マクスウェルは唯一同盟軍服に身を包む若い元部下が敬礼しながら通り過ぎる際に肩を強めに叩いて激励した。
  
   
「頼むぞ、タカスギ少尉」
  
   「まかせてください、閣下」
  
   やや痛覚を我慢するようにキザに返礼した若者は、大きめの旅行用バックを片手にナデシコメンバーを追いかけるように搭乗口に向って軽やかに駆け出した。
  
   「おーい、テンカワ。これから当分の間よろしく頼むぜ」
  
   陽気な掛け声とともに不意に腕を首に巻かれたにもかかわらず、アキトは実に楽しそうに微笑み返した。
  
   「こっちこそよろしく。まさかサブロウタがナデシコに乗船することになるとは思わなかったよ」
  
   「そうか? 俺はIFSなしのエステバリスのテストパイロットに選ばれた時点でこんな予感はあったぜ。たかが一ヶ月くらいでデーターが取れるわけがないからな」
  
   少尉はにひひと笑った。
  
   タカスギ・サブロウタ少尉は、アキトが基地で出会ったスパルタニアンのパイロットだった。アキトより2歳年上で背が高く、精悍と言ってよい顔立ちをしたなかなかの男前だった。やや長めに伸ばした黒髪をオールバックにしているが、前の部分は茶色のメッシュが入っており、額にかかる髪の毛も茶色に染め上げられていた。サブロウタとは、アキトがスパルタニアンのシミュレーションルームを尋ねたときに知り合いになったのだが、そのきっかけはお互いの名前が古めかしくて珍しいということで親近感が芽生えて意気投合したのが始まりだった。アキトの空戦技術の教官もサブロウタである。
  
   しばらく前から同盟側からテストパイロットを人選する件はシトレが中心になり、ユリカとマクスウェルの間で話合いが行われていたが、テスト機となった量産型エステバリスのIFSシステムの交換と調整がやや難航し、正式にタカスギ少尉に辞令が下されたのは一ヶ月ちょっと前のことだった。
  
   サブロウタは、他の士官とのトラブルで基地に1年前から勤務していたものの、初陣で3機のワルキューレを撃墜し、これまでの戦績は16機。腕は確かなため白羽の矢が立つのは必然だった。事実、周囲が驚くほどの早さでエステバリスを自分のものにしつつあったのだ。リョーコも認めたくらいである。そんな感じだからメンバーとの交流も深い。また、マクスウェルが見るところ、彼はなんとなくユリカたちの秘密を察しているようだった。
  
   「ま、これで俺にもいろいろな意味でツキが回ってきたって感じだな」
  
   「というと?」
  
   「前線に赴くから武勲は挙げられるし、新兵器のロボットに乗れるわ、ナデシコは独身の美人が多いし、飯は美味い。誰だってラッキーだと思うだろ?」
  
   「はぁ、まあ……」
  
   サブロウタは自分が死ぬなど全く考えてもいないようだ。いい事ずくめの転属を充分満喫してやるという顔である。
  
   「とりあえず今日の昼飯はお前の新作の薄塩同盟ラーメンを楽しみにしているぜ」
  
   「まかせてよ。でもみんなで歓迎会するみたいだからラーメンはどうかなぁ」
  
   「いいんじゃね? たしか食堂でやんだろ。主役は俺だしな」
  
   軽いノリとは裏腹に真剣な瞳が印象的だった。
  
   「そうだね、要望に沿うよ」
  
   「よしっ!」
  
   サブロウタは勢いよくアキトの背中を叩き、前を歩くリョーコに声を掛けた。
  
   「リョーコちゃん、これからもよろしく。またシミュレーションで熱く語り合おうよ」
  
   誤解されそうな発言にショートカットのパイロットは怒りを込めて振り返った。
  
   「声がデカイ! ナデシコに入ってから言え、バカ!」
  
   「そんなに頬を紅くしなくてもいいじゃん。知らない仲でもないし」
  
   「じょ、上等だ! シミュレーションでその減らず口を叩きのめしてやるから覚悟しろよ」
  
   拳を握り締めて怒鳴るリョーコにサブロウタは白い歯を覗かせて笑い、さっとアキトの後ろに隠れる。盾にされた青年は小さくため息をつきつつ、新しい何かが始まる予感に心を躍らせ、搭乗口で基地に別れを告げてナデシコに乗船したのだった。
  
  
  
  
   
 「少将、全艦、発進準備整っています」
  
  
   艦長に就任したアオイ・ジュンが艦橋に入ってきたユリカに報告する。中佐の階級章を襟に付けたかつての地球連合宇宙軍の少尉はキリリとした敬礼をして司令官の着座をまった。
  
   ユリカは、ジュンに礼を述べつつ、人間工学に基づいて設計された真新しい指揮官用シートに優美な肢体を沈め、ルリが表示した艦隊データーを確かめて歯切れよく命じた。
  
   
  「戦艦ナデシコ、発進してください」
  
  
   
    ──宇宙暦786年、帝国暦486年標準暦8月3日、10時30分──
  
  
   戦艦ナデシコは3隻の駆逐艦を従え、首都星ハイネセンに向けて宇宙の大海に漕ぎ出した。
  
   ユリカたちの眼前に広がる恒久の世界はどこも美しく星々で装飾され、現実の困難さを忘れさせるように、その門出を華やかに祝福しているようでもあった。
  
 
  「ルリちゃん、座標設定お願い。目標、バーラト星系!」
 
  
  
 
 
 
 
  ……TO BE CONTINUED
  
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   あとがき
  
   涼です。複線とか張り巡らしたり、違う方向にシフトしたりしましたが、これが作者の答えです。ユリカには半個艦隊の司令官になってもらいました。戦力はおよそ半分ですが、大局に変化を与えることの出来る戦力だと思います。ナデシコクルーが望んでいたことですしね。
  
   上記は「今までで一番の勢いかな?」
  
   と思ったりします(汗) 何の背後経過なしで艦隊司令官になるのはまずいと思ったので、アカツキに工作してもらい、トリューニヒト氏のお力を借りました。
  
   これでどうアムリッツアが変わるのか……
  
  
   次回は、いよいよユリカたちがハイネセンに降り立ちます。ナデシコクルーを待ち受ける出会いや再会、衝撃は何なのか、お待ちいただければ幸いです。
  
   今回の話についてのご意見とご感想もぜひお聞かせください。WEB拍手だけだと読者さまの意向とかわからないものでして。
  
   
   2009年4月5日 ──涼──
  
  
  (以下、修正履歴)
 
  新章突入にあたり、文中の追記および修正を行いました。
  末尾に超短編連載@を掲載
   
  2009年9月20日──涼──  
  
   微妙に修正を加えました(汗
   2009年11月15日
 
 
  たぶん最終修正。末尾のIF短編を削除。すっきりさせました。
  アキトとイツキの挿絵も削除。
 
  2011年 6月21日──涼──
  
  
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  ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎メッセージ返信コーナー◎◎◎◎◎◎◎◎
  
   前回のメッセージの返信です。今回もよろしくお願いします。
  以下、返信です。
  
   ◆◆2009年3月25日
  
   ◇◇21時03分
  
   
面白かったです!
  
  >>>ありがとうございます。その一言が次回の執筆の糧になります。今回の話にもメッセージや感想をいただければと思います。
  
  ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎メッセージ返信コーナー◎◎◎◎◎◎◎◎
  
   
  
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