どうしてこうなった!?

 内心で(うめ)きつつも、彼は演説を始めた。

 「親愛なる兵士諸君!」

 殺風景な基地格納庫が同盟国家元首ヨブ・トリューニヒトの独壇場と化そうとしていた。
彼は装甲車両を壇上代わりに支持を表明する将兵たちに向かって響きのよい声を上げる。

 「諸君、同盟有史以来、我々は極めて困難な局面に立たされている。すなわち軍事クーデターという内部的脅威によって民主共和制の存続と自由意志が貶められようとしているのだ。我々は偉大なる国家の創始者アーレ・ハイネセンの精神を守るために総力を挙げて立ち上がらねばならない」

 トリューニヒトが一旦言葉を切ると、集った将兵たちの間から歓声があがる。壮年の国家元首はその声に右手を挙げて応えつつ、演説を続行した。

 「賢明なる兵士諸君、勇敢なる兵士諸君ならば分かるはずだ。救国軍事会議と称する不遜不当な集団の掲げる主義主張がルドルフ・フォン・ゴールデンバウムの亡霊そのものであると。私は自由意志を守護する国家の代表として、彼らの行う横暴を黙って見ているわけにはいかない。ルドルフを復活させるなど言語道断である」

 集う将兵たちの視線は常に迷彩服姿の元首に向けられている。

 (どうしてこうなった?)

 という否定の意思を持ちながらも、トリューニヒトは歓声に応じ、聴衆の前では決して本心を(さら)すことなく拳を振り上げて熱弁した。

 「諸君、一部の心無い市民は、私を扇動政治家と誹謗し、私が安全な後方で若者を戦地に送り込んでいると批難するのだ。

 ──しかし、誤解のないように言えば、私が帝国への遠征に断固として反対したように、国家元首として有事に決して背を向けるものではない! 

 あらためて諸君たちに約束しよう。ヨブ・トリューニヒトは共和制と同盟市民を愛する愛国心にあふれた一人の人間であると!」


 決まった、とばかりにトリューニヒトは全身で歓声を受け止めた。自己の演説に酔いしれたのか、彼の熱弁はやまない。

 「──であるからこそ、私は故国の危機に敢然と立ち向かうために迫り来る救国軍事会議の執拗な追跡に命を賭して戦い、反撃の狼煙を上げるために今日まで屈辱にまみれようとも準備を粛々と重ねてきたのだ」

 トリューニヒトが演説に力を入れれば入れるだけ、聴衆する将兵たちの士気がみるみるうちに上がっていくようだった。彼の声は聴衆する人々の愛国心を強く刺激し、よほど熱くさせるらしい。「こういうのは本当に天才だわ」と拝聴する一人である美人キャリアウーマンは思う。

 「そして、私が愛してやまない愛国心にあふれた諸君らと自由と共和制を奪還する英雄的作戦に参加できることを至上の喜びとしたい。

 ──勇敢なる兵士諸君! 今こそ本当の勇気と忠誠心が試される時だ。私、ヨブ・トリューニヒトと共に首都を解放し、家族や友人、恋人たちを恐怖から救出し、民主共和制と自由意思を取り戻そう!」


 トリューニヒトの演説はクライマックスに向かおうとしていた。

 「いざ戦わん、いざ救わん。我々が自由惑星同盟の強固なる歴史の一ページとなるために!」

 トリューニヒトの右手が高々と天井に向かって伸びると、照明の光が彼に集中したように思われた。これを見た将兵たちはそれまで以上に熱狂し、トリューニヒトコールが盛大に沸き起こった。

 国家元首は、鳴り止まない拍手とシュプレヒコールに酔いしれるようにガッツポーズを何度も繰り返したが、ふと内壁に貼られていた自分のポスターに目を止めて少し冷静になり、次に冷や汗をかいた。

 (どうしてこうなった? このままだと私は戦場に出て死んでしまうかもしれない!)

 それは、まさに計算違いと自業自得の結果。

 その始まりは数週間前までに遡るのだった。






闇が深くなる夜明けの前に

機動戦艦ナデシコ×銀河英雄伝説



第十三章(前・同盟編)

『そして地上では』

 
 
 
 
 
 T

 ──宇宙暦797年、標準歴4月15日──

 ハイネセンポリスから遠く離れた非公式のエステバリス製造工場には、救国軍事会議の拘束を免れた自由惑星同盟における3名の要人が潜伏していた。一人は国家元首ヨブ・トリューニヒト。また一人は第一艦隊司令官ウランフ大将。さらに一人は軍需産業界No,1たるエリオル社の若き社長アカツキ・ナガレである。

 基地到着後、数日後に開かれた会議の席上では「しばらくは静観する」という意見の一致をみたものの、最初から潜伏を決め込むつもりでいたトリューニヒトと違い、アカツキやウランフ提督は無駄な日々を過ごす気など毛頭なかった。

 「アカツキくん、例のはどうだ?」

 「ええ、なんとか明日までには改造にこぎつけられそうです」

 「一機だけでも何とかなりそうで助かるな」

 「いえ、たった一機だけでだけで申し訳ありません」

 地下に潜伏し、ハイネセン解放を目指す彼らにとっての課題といえば、首都の状況や拘束された要人たちの安否などが不明であることだった。

 「ガツンとやりたいところですが、こればかりはですねぇ……」

 「そうだな……」

 救国軍事会議の戦力が不鮮明な状態で反攻作戦を始めれば、どういった不確定要素に見舞われるか知れたものではない。最低限、行動に移せるだけの情報を入手しなければ首都奪還は困難になり、ヘタをすれば泥沼の市街戦に発展する危険性をはらんでいる。それでは元も子もない。

 彼らは、いくつかの情報収集方法を検討したものの、どれも隠密性と確実性に欠けるものばかりだった。人員を割いての偵察は距離がありすぎて却下になり、エステバリスを動かすには派手すぎるために当然却下になっていた。

 そんな悩める二人に工場責任者と秘書を兼任するエリナ・キンジョウ・ウォンが提案したのが、エステバリスの演習用として用意されていた無人兵器であるバッタを偵察用に改造して投入することだった。

 この「バッタ」というのはユリカたちが戦った「木星蜥蜴(もくせいとかげ)」と称された勢力が地球などに送り込んだ読んで字の如くの昆虫に似せた小型の機動兵器の一つであり、全高はエステバリスよりも小さく、その大きさゆえに機動性と侵入性に優れていた。

 「でも一機だけでしょ? それとも量産できるのかい?」

 社長らしからぬアカツキの問いに、つり目の美人秘書は怖い顔で「できません」とぴしゃりと言った。

 「だいたいバッタやジョロを製造するラインと資材がありません。本社やその関連する企業がクーデターで押さえられてしまいましたからね」

 そう、演習用に持ち込んでいた20機のうち、たまたま動作不良で1機だけ残っていたのだ。不幸中の幸いとはまさにこのことだった。

 最終的にエリナの提案は承認され、動作不良箇所を修理し、カメラアイを偵察用に換装することにした。

 しかし、エリナが指摘したようにバッタ用のストックがあるわけではないので、エステバリス用を加工して取り付けねばならず若干の時間を必要とした。その換装作業の終了が16日中であった。

 ウランフは、独創性の欠片(かけら)もない談話室でコーヒーをすすりながら奇妙な運命の只中にある若者に問うた。

 「その一機だが、まだ決めてないようだな」

 「ええ、まぁ……」

 と歯切れの悪い返事をしたアカツキは、コーヒーカップを片手にそのまま考え込んでしまった。それもそのはず、たった一機のバッタ型偵察機をどう運用するか、彼は決めかねていたのだ。

 「情報を収集するべき場所は複数ですからねぇ……」

 語尾はため息混じりになってしまう。通常ならば即首都偵察に投入されるが、彼は機械としての「バッタ」の限界と厳戒態勢にある中で見つかりやすいという懸念、もし破壊されれば手の内がなくなるというジレンマに悩んでいた。

 実のところ、知る必要があるのは首都の情勢だけではない。彼らが奪還へと立ち上がるには地上の機動戦力と兵員が必要だった。

 エステバリスは強力な戦力には違いない。ただ以前、エリナがトリューニヒトに説明したように破壊することと制圧することは別物である。単純に救国軍事会議側の戦力を削げばいいわけではない。アカツキたちの目標は点を繋げていくハイネセンポリス奪還・解放であるのだ。これは、特に内部の武装蜂起によってさらに評価を落としかねない軍部にとっては高度な政治戦略につながる失地回復の機会でもある。

 エステバリスをゲリラ的に活用して会議側の戦力を削ぎ落としていくという戦術も有効といえばそうであるが、そもそも相手が簡単に挑発に乗ってくるとは限らない。会議側の地上部隊を郊外に誘い出す必要があるが、グリーンヒル大将に通じるかどうかは甚だ疑問だ。首都でゲリラ戦を展開できるはずもない。向こうが引きこもってしまえばそれまでなのである。

 いずれにせよ、エステバリスの戦力だけでは制圧には至らず、地上戦力の確保が急務となるが、そのためには第二の都市であるテルヌーゼン市や周辺に点在する各部隊の動向を見極める必要があった。彼らが敵か味方か、救国軍事会議側でないことを確認しなければ、のこのこ交渉に赴いて即逮捕というマヌケな事態になりかねない。

 (人員を割いて念入りに調査したいところだけど、さすがに工場員には無理だしなぁ……)

 アカツキのSPたちはその専門家たりえるが、もっとも頼りになる主任は大怪我を負っていて不可能。実際に動けるのは3名といったところ。青年的に、SPたちはトリューニヒトの監視に置いておきたいのだった。

 「アカツキくん、まだ時間はある。そう焦る必要はない」

 ウランフは、思い悩むエリオル社の若い社長を気遣った。浅黒い肌をした騎馬民族の末裔は同盟、帝国に勇将の名を轟かせるも、その勇猛で視野の広い実戦指揮能力も兵士たちが存在しなければ半減してしまう。特に退院した当日を狙われた彼にとって、軍部の動向もあまり分からないまま、ほとんど着の身着のままま脱出したのならば尚更だった。

 その状態で放り出されたウランフも、情報を集めることは判断を下す上でも必要不可欠であると強く認識していた。

 とはいえ、高級軍人であるウランフが決定を下さないのは、彼もアカツキと同様にとある不安材料によって決断できないジレンマにあるからだった、

 すなわち、第二の都市であるテルヌーゼン市も救国軍事会議の管理下──掌中にあるのでは? という疑惑(・・)からだった。まぜなら、その方面から軍部のヘリが連日やってくるからである。

 そうなると、両都市の(おおむ)ね中間に位置する工場は挟撃されていることになる。ヘタをすると周辺の部隊も会議側かもしれないのだ。

 たった一機の無人偵察機の使いどころに迷ってしまう原因がそこにあった。

 「提督、ちょっと頭を冷やしてきますよ」
 
   アカツキはそう前置きしてからウランフに激励のお礼を言うと、気分転換を兼ねてエステバリスの格納庫へと歩を進め、途中、トリューニヒトに呼び止められて思いがけない事実を耳打ちされた。

 「救国軍事会議の中に私が派遣したスパイ(・・・)がいるんだがね」





 
 U
 
 「閣下、トリューニヒトらの搜索の件ですが、今だに所在はつかめておりません。たいへん申し訳ございません」

 エベンス大佐は厳しい顔つきで報告し、グリーンヒル大将に深々と謝罪した。3名の要人を拘束し損ねてから間もなく数日が経過しているが、周辺の地形はもとより範囲が広大であるために捜索そのものは難航していた。

 「仕方がない。詰を誤ったのは私の責任だ。それに大規模に部隊を派遣できるわけでもないからな。貴官のせいではない」

 「はっ、恐れ入ります。連日、テルヌーゼンから偵察機を飛ばしていますが、やはり空からでは限界があるようでして」

 アカツキたちの疑惑は当たっていた。テルヌーゼンも救国軍事会議の管理下にあったのだ。彼らが知らないのも当然で、首都でクーデターが発生した数時間後、市では緊急の会議が召集され、その決定によって管区司令部が市内に警戒態勢を敷くに至ったが、その部隊がクーデター側に加担していたのだ。ハイネセンポリスのような軍事演習は予定されていなかったため、決起には首都のクーデターそのものを利用して部隊を動かしたのだった。

 虚を突かれたとはまさにこのことだった。

 もちろん、ヤンでさえ知りえないことだ。おそらく、首都のクーデターが強調されたため、ほとんどの同盟市民は気付いてすらいないだろう。

 ではなぜ、グリーンヒル大将がテルヌーゼンまで制圧したのかといえば、それは純戦略的に念を入れた結果であるとしか言えない。テルヌーゼンを中心とした軍事組織が首都攻略に間違っても動かないよう、関連して点在する部隊を牽制するためにも必要だったのである。

 後顧の憂いを断つことには成功した。が、その戦力は決して潤沢とは言えなかった。

 グリーンヒル大将は、トリューニヒトらが広大な山間部のどこかに潜んでいることを予想してはいたが、前者の理由により地上部隊を大規模に投入した掃討戦のような方法は採用できなかったのである。

 このあたり、グリーンヒル大将にとっても大いなる悩みどころであっただろう。

 しかし、もしこの時点で無理にでも戦力を割いて徹底的な捜索を敢行すれば、逆に戦力の整っていないアカツキたちを拘束または殺害することも可能だったかもしれない。

 残念ながらグリーンヒル大将は全能ではない。彼にとってエステバリスが早々に国内で量産されていたことは想定外だったのだ。その戦力が不明であることも彼の決断を掣肘していた。

 そして、まともに挑んでいけないことを壮年の謀将は知っていた。

 「エベンス大佐、必要以上に戦力を動員することはない。当面はヘリを飛ばすことで常に彼らを牽制すればよい。それよりも周辺に散らばる部隊の説得をすすめるのだ」

 「はっ!」

 エベンス大佐が敬礼して会議室を後にすると、一人佇むグリーンヒル大将は静かに思案を巡らせる。逃げられてしまたことを今更悔やんでいる時間はない。大事なのは今後だ。不手際があったものの、計画は順調に推移している。

 当面の大きな山場は駐留艦隊との決戦だ。第11艦隊と第二の叛乱蜂起、イゼルローン要塞に仕掛けた作戦が功を奏すれば、あのヤン・ウェンリーでさえ簡単に攻略することは厳しだろう。あとはルグランジュ中将の手腕に期待するしかないが……

 グリーンヒル大将は、そこで険しい顔になった。最初の不手際が心に引っかかる。それが後々に響くような不快感である。

 (トリューニヒトは問題ではない。あの男一人では何もできまい。やはり行動するのはアカツキ・ナガレとウランフ提督か……)

 一筋のほころびが大きな破綻を招くか否かは、それを図る側の「人」による。その点で論じれば青年社長と勇将は最悪に繋がるの組み合わせとなるだろう。

 特にアカツキ・ナガレというタイムトラベラーには注意を払うべきだった。

 (やはり念には念を入れるべきか……)

 計画の失敗は許されない。故国の衰退を食い止めるためには何が何でもクーデターを成功させ、国家を立て直さねばならないのだ。

 (アカツキくん、私は君にもミスマル提督、ヤン・ウェンリーにも負けるわけにはいかないのだ)

 グリーンヒル大将は決意を新たにし、エベンス大佐宛にTV電話を繋げたのだった。
 
 

 
 ◆◆◆

 男は、かつてそこそこの名声と地位を同盟軍内部で築いていた。だが、今や帝国軍元帥ラインハルト・フォン・ローエングラム候の「手先」となって故郷を内戦へと追い込んでいた。

 真昼間だというのに深い酒気を漂わせ、統合作戦本部内をフラフラと歩くその男──アーサー・リンチを目にした救国軍事会議に参加する兵士たちの表情には、明らかな軽蔑の彩色が施されていた。

 しかし、リンチは意に介さない。すでに彼は多くのものを失っているからだった。今更名誉挽回など望んではいなかった。

 (ふふん、どいつもこいつも自分こそ正義であり、国家を救うんだと浮かれているんだろうぜ……)

 もちろんそうではない。ローエングラム候という若すぎる帝国軍元帥の手の掌で踊らされている結果にすぎないのだ。

 その事実を唯一知る男こそ、人生の全てを屈辱で汚されたアーサー・リンチなのである。いつか真実が(おおやけ)になった時、俺を汚物でも見るかのような連中は失望と失意、罪悪感に顔を歪めて大地に這いつくばるだろう。

 リンチは薄笑いを浮かべたまま、左手にウイスキーボトル、右手で壁に手を添えながら廊下を進んでいた。

 (そろそろ例の件について探りを入れるとしようか……)

 それは、ローエングラム候からの重大な命令の一つだった。戦艦ナデシコとその乗員たちについての詳しい情報の入手である。それが成功したあかつきには帝国軍中将の地位をくれてやると言われていた。

 (ふん、本気になんぞしていないがな……)

 リンチは、自嘲を込めて笑った。「所詮は空手形だ」、と遠い昔日の栄光さえ懐かしむことができないくらい辱められた身なのだ。クーデターは成功し、これで帝国に戻ることができれば少将の地位は確実だろう。同盟を裏切った自分が敵側の提督として故国を滅ぼすというのも今の自分には一興かもしれない。

 (フフフ……我ながら悟ったか……)

 しかし、リンチは帝国に戻ろうなどと当初から考えてもいなかった。ただ自分を信じて疑わない連中に恥をかかせてやりたい。そう、徹底的な恥を!

 リンチは、現在は閉鎖されている第1艦隊司令部オフィスに向かっていた。統合作戦本部長室こそが最も適正だったかもしれないが、入口は常に2名の衛兵によって塞がれ、うかつに近づくことはできなかった。

 または情報編纂(へんさん)室という選択があったかもしないが、彼は無意識的に叶うことのなかった正規艦隊司令官オフィスを目指していた。

 リンチが、おぼつかない足どりで重力エレベーターに通じる角を曲がったとき、その先には2名の同盟軍人が立っていた。彼は反射的に身を隠して様子を伺った。一人は下士官だったが、慌てたようなもう一人は救国軍事会議の主要メンバーであるベイ大佐だった。

 そのベイ大佐は下士官に何か紙片のようなものを渡すと、急いでリンチとは逆の方向に踵を返し、下士官は到着したエレベーターの中に姿を消した。

 (アイツは何を渡した?)

 それは判然としなかったものの、リンチは直感的に胡散(うさん)臭さを嗅ぎつけていた。

 (こんな離れたエレベーターの場所で何をこそこそやっているんだか……)

 アーサー・リンチの楽しみが一つ増えた瞬間であった。
 





 
  V
 
 非公式のエステバリス地下製造工場の第7非常用ゲートの出口付近では、複数の人物たちが何やら会話を重ねていた。

 「アカツキくん、君もなかなか大胆だな」

 「いえいえ、まぁ、自分で確かめないと気が済まないという貧乏性らしいですよ」

 「君もとことんナデシコの一員ということだよ」

 「はぁ、いつの間にか朱に染められてしまったという認識はありますねぇ……」

 見送りに来たウランフと会話を交わす青年社長の格好は高級なビジネススーツでもなければ私服でもない。なんと同盟軍地上部隊が採用している戦闘用の迷彩服だった。ロン毛は後ろの方で束ね、その背中にはかなり大きめの迷彩色のリュックが背負われていた。

 さらに青年の背後に視線を転じれば、目立たない配色のされた二台の軍用オフロードバイクがアカツキと同じ装いをした細身で背丈のある男に何やら念入りにチエックを受けていた。

 「アカツキくん、健闘を祈る。だが無理はするんじゃないぞ」

 「ありがとうござます。無茶をする気は毛頭ありませんのでご心配なく」

 青年がウランフ提督と握手を交わした直後、ゲートの奥から舞台俳優を彷彿とさせる端正な顔立ちをした白いYシャツに茶色のスラックス姿の壮年の男が現れた。アカツキはウランフから離れるように歩を進めた。

 「アカツキくん、本当に行くんだね?」

 トリューニヒトの開口一番だった。アカツキは内心で苦笑を禁じえない。ちょっと声のトーンを落として言う。

 「もちろん行きますよ。そのきっかけをくれたのは議長、あなたじゃないですか」

 「まぁ、図らずもそうだがね……」

 3日前、アカツキはトリューニヒトから思いがけない情報提供を受け、ハイネセンポリス潜入を決意するに至っていた。

 ただし、国家元首と関わりのある地球教と直接コンタクトを取るのではなく、首都の各所に密かに派遣しているエージェントたちと合流し、より確実な情報を直接得ようというのだった。得体の知れな地球教を頼ることは後々問題になる。

 アカツキは、さらにトリューニヒトから首都潜入経路の詳しい情報も入手し、ウランフ提督と話し合いの末、最も確実にかつ直接現状を認識できる「潜入」という方法を決断したのだった。人員を割けない状況ではあったが、自分が行くとなれば話は別。そして、救国軍事会議に対しては意表を突くことができる。

 「議長、しばらくは大人しくしていて結構ですが、あまりワガママを言うとうちの秘書が後ろからブスッ≠ニするかもしれませんよ」

 「はははは、アカツキくん、なかなかキツいジョークだね」

 その秘書が会話に割り込む形でアカツキの前に立った。

 「社長、どうぞお気を付けて」

 エリナらしい型通りの挨拶だった。アカツキは内心で残念に思ってしまう。

 「テルヌーゼン方面の情報収集についてはエリナくんに一任するよ。ウランフ提督と協力してあのバッタを有効活用してほしい」

 「お任せ下さい」

 というキャリアウーマンの声は明らかに気合が入っていた。エリナ・キンジョウ・ウォンというつり目の美人にはまだ色恋沙汰は遠いようだ、と内心で肩をすくめた。

 「さて、そろそろ時間だな」

 アカツキは踵を返し、防風と夜間走行を兼ねた通信機付きゴーグルを装着すると、同行するSPの一人に出発を告げて軍用オフロードバイクにまたがった。水素バッテリーを動力とするためか、その起動音は極めておとなしい。しかも走行しながらの一定の充電も可能なため、途中の燃料補給の心配もいらなかった。

 (宇宙ではみんな頑張っているだろうから、僕も汚名返上のためにはそれなりの行動をしなくちゃね)

 トリューニヒトが示した基地から最も近い地下道の入口まではおよそ700キロ。ハイウェイを利用できない事情があるため行程は3日。さらにその入口からハイネセンポリスの郊外までは550キロあまり。首都予定潜入日は予備日を含め4月24日〜26日といったところだ。

 後はアカツキの手腕次第になるだろう。

 (艦隊が先か、僕らが先か……)

 ゲートが開いた。軍用バイク2台は静かな駆動音とともにテールランプの残像だけを残し、星が夜空を埋め尽くす闇夜の中に消えていった。


 ──宇宙暦797年、標準歴4月19日、標準時23時──

 ハイネセンポリスを巡る地上の駆け引きは、この瞬間から始まった。
 
 


 
 ……TO BE CONTINUED
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 あとがき

 なんとか年内に、まず前編出せました(汗

 12章で駐留艦隊を中心とした物語が先行しましたが、この前編──地上編では時系列が戻ってハイネセンでの物語です。ただ、内容を読んでいただけるとわかるように、次の舞台への導入のような構成となっています。
 
 ──ので、文章量や内容はそれほど厚くありませんm(_ _)m

 後編は、前編と同じように、次の舞台へと移行する「帝国の導入編」となると思います。なんとか年内にうpしたいと考えています。


2012年11日30月 ──涼──
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



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