黒と水色

第13話 「黒と”金”と水色と」












暗い洞窟内をさまようこと、どれくらいだろうか。

「…あ」
「明るい……出口よ!」

ようやくにして、前方に明るい光を発見。

「はー、やっと出られる」
「長かったわ…」

ホッと息をつく勇磨とエルリス。

これで一安心。
土中に閉じ込められたのではないかという懸念も、一気に吹き飛んだ。

「早く出ましょ」
「そうだな」

エルリスの足に配慮しつつ、小走りに出口へ。

「まぶし…」

待ち望んだ外の世界へと復帰。
降り注ぐ強烈な陽光に、思わず手をかざした。

「ふー。じゃ、光っている必要は無いということで」
「え? あ…」
「ふぅ~っ」

勇磨がそう言うと、彼を覆っていた黄金の輝きは失われ。
髪と瞳の色も、元の黒色へと戻った。

「はぁ~。凄く疲れるんだよね、これ」
「そ、そうなんだ」

少し憔悴して大きな息を漏らす勇磨。
それほどの消耗を要するものなのだろうか。

「さて。それじゃ、みんなと合流しますか」
「ええ。だけど、方向はわかるの?」
「………」
「わからないのね?」
「スイマセン」

途端に言葉に詰まり、ついには頭を下げる勇磨。
今度はエルリスがため息をついた。

勇磨は旅をしている間、金銭だけではなく、方向や行き先なども環に頼りきっていた。
地図など見ないし、自分が今どこへ向かっているのか、どの方角へ進んでいるかなど、
気に留めすらしなかった。

なので、方向感覚などまるでゼロ。

「あのさ、私、思うんだけど」
「ああ! 何かわかるんなら言ってくれ!」
「そ、そんなすがられるように見られても…」

だから、勇磨は必死であり。
エルリスは少し引いた。

「落とし穴に落ちてあの洞窟に出たわけだから、あの要塞は、上のほうにあるんじゃないの?」
「そうか、なるほどっ。エルリス頭いいなっ」
「そ、それほどでも」

戸惑うエルリス。
これくらい、すぐに思いつくものではなかろうか。

「上…」

さっそく振り返って、視線を上へとずらしていく。

「……わお」
「……」

思わず漏れる勇磨の声。
エルリスは無言。

それもそのはずだった。

「……山?」
「岩山…よね」

自分たちが出てきた、洞窟の穴がぽっかりと開く岩肌。
それが延々と、おそらく数百メートルはありそうな、断崖絶壁。

直接、上へと向かうのは、不可能である。

「回り道をするしかないか」
「そうね。落とされた分、登らないといけないし…」

続けて周囲を確かめてみると、ここは窪地のようで。
どうにか登っていけそうな地形ではあったが、非常に骨が折れそうだった。

おまけに、エルリスは怪我をして歩けない。

「その、がんばってね勇磨君」
「あいよ。俺のせいで怪我させちゃったんだし、責任を持ってお運びしないとね」
「ええ、よろしく」
「はいはい」
「ふふふ」





首領・カンダタを倒した命たち。

そのことを子分たちに大々的に伝えると、子分たちは観念したようで。
潔く全員が降伏した。

彼らを拘束して、あとは、王都のハンター協会へ連絡しなければ。
壊滅させたらさせたで、このまま放置しておくというわけにはいかない。
となると、問題はその連絡役。

「誰が行く?」

ということである。

当然、あらかじめの連絡などしていない。
そもそも最初は、カンダタ団そのものを潰す予定など無かったのだ。

「わたしは、お姉ちゃんが心配だし…」
「そうですね、兄さんのこともありますから、ここはやはり」
「私ね? わかったわ」

適任は命だろう。
ここまでの道案内をしたのも彼女だ。もっとも早く往復できるだろう。

「じゃあ行ってくるから、数日、我慢して」
「はい」
「なるべく早く帰ってきてね~」

捕獲したカンダタ団の面倒と、勇磨とエルリスの捜索を頼んで。
命は王都へと引き返していった。

往復には、早くても数日。
1週間くらいは見たほうがいいだろうか。

幸い、カンダタ団が築いた城塞の中で、水と食糧、寝床には事欠かない。

「カンダタ団は壊滅しました。残る問題は…」
「うん…。お姉ちゃんと勇磨さんだよね」

カンダタ団を監視しつつ、残った2人はそう呟く。

「大丈夫かな……怪我してないかな?」
「まったく……いつも余計な心配をかけさせるんですから、兄さんは」
「わたし、捜しに行ってくる!」
「まあお待ちなさい」

飛び出していこうとするセリスを、環は押し留めた。
何か良案があるらしい。

「闇雲に捜しても、単に労力を使うだけですよ」
「そうかもしれないけど、行かなきゃ!」
「話は最後までお聞きなさい。実を言いますとね。私には、探知能力があります」
「へ? たんち、のうりょく?」
「はい。本来は、魔物などの捜索探査に使うのですが、ちょっとした人捜しなどにも応用できます。
 もちろん、よく知っている人物の気配しかわかりませんが、その点、兄さんなら問題はありません」

環が持つ”探知能力”。

本来は彼女が言ったとおり、魔物の気配なら明らかなため、魔物の探索に使われる。
それを応用することによって、よく知る人物の居場所もわかるのだ。

「じゃ、じゃあ、早くそれを使って…!」
「とっくにやってますよ。ですが…」
「え?」
「引っかからないんですよね、なぜか」
「そ、それって?」

そんな力があるのなら、早く使ってくれとセリスは頼むが。
環は既に探索のレーダーを広げていたらしい。

しかし、そのレーダー網でも、兄の気配が見つからないという。

「確たることは言えませんが、落とし穴に落ちたので、地下にいることは確実です。
 おそらくは地下深くにいるので、分厚い地殻に阻まれて探知できない、ということかと」
「そっか…」

がっくりとセリスは落胆した。
今すぐにでも、姉たちの居場所がわかるかと思ったのだが。

「まあしかし、悲観することはありません。
 要は、兄さんたちが地下から出てくればいいわけです」
「へ?」
「兄さんのことですから、いくら奥深い地下であっても、すぐに脱出してきますよ。
 地下から出さえすれば、私の探知網に引っかかります」
「えっと?」
「ですから、少し様子を見ましょう」
「う、うん」

セリスは完全に理解できたわけではなさそうだったが、とりあえず頷いた。
捕らえたカンダタ団の面々が逃げ出さないよう監視しつつ、そのときを待つことにする。

(環さんは、やっぱりすごいなあ)

今さらながら、セリスはそんなことを思った。

セリスが見つめる環は、前方5メートル。
城塞中庭の中央にある小岩に腰掛け、深く瞑想状態に入っている。

地下から出てきたときにはすぐにでも感知できるよう、集中しているのだと思われる。

(お兄さんと離れ離れになっちゃったのに、すごく落ち着いてる…。
 それだけ、勇磨さんのことを信じて、疑わないってことかぁ)

環は最初から、兄たちのことは大丈夫、と断言していた。
勇磨への揺ぎ無い信頼感の成せる技だろう。

一方、自分はどうだろうか?

(わたしはダメだな…。あたふたしちゃって、お姉ちゃんがどうなってるかわからないってだけで、
 胸が張り裂けそうで、苦しいよ……ダメだよ……)

同じ双子なのに、どうしてこうも違うのか。

やさしく、時には厳しい、自慢の姉。
闘っているときは忘れていたが、改めて思い返してみると、不安に押し潰されそうになる。

(や、やっぱり、直接捜しに行ったほうが早いんじゃ…)

徐々に我慢が出来なくなってくるセリス。
そんな風に考えるようになって。

「環さんっ!」

やはり捜しに行こうと、立ち上がったときだった。

「…捉えた」
「えっ?」

セリスとほぼ同時に環も立ち上がり、そんなことを呟いた。
そして、彼女の鋭い視線がセリスを貫く。

「迎えに行ってきます。セリスさんはここから動かないように。いいですね!」
「……あ、うん、わかった…」

驚いたセリスが、そのように返答できたときには。
すでに、環の姿は掻き消えていた。





道なき道を行く勇磨。
彼に抱き上げられているエルリスは、申し訳なさそうにしつつも、ラクチンだと思っていた。

「こ、こっちでいのか?」
「うん、たぶん…」

進んでいる方向は、エルリスの推測による。
勇磨はまったく当てにならないので、それならば、と自分がやるしかない。

が、見当が付いていないわけではない。

(することなかったし、進んでいる方向くらいは…)

洞窟内をさまよっている間も、エルリスは脳内でマッピングをしていた。
少しでも役に立ちたいと、そう願った結果だ。

それに基づいて、洞窟を出た今も、正しいと思われる方向へと勇磨を導く。

「ああっもう、草が邪魔だな」

周囲に生い茂る、人の背丈ほどもある草。
勇磨はうっとおしげに呟きながら、刀を使い、邪魔な草を刈っていく。

これでいくぶんかは、見通しが良くなった。

「はーひー。それにしても、暑いなこのへんは…」
「そうね…」

王都よりも南にある分、温暖な気候のようで。
いや、温暖を通り越し、湿気もあるので非常に蒸し暑い。

「ジッとしているだけでも汗が出るわ。それに、勇磨君とくっついてる…か……ら?」
「あ?」

唐突に思い出した事実。
思わず視線の合う両者。

「……」
「……」

お互い真っ赤になって、顔を背ける。
歩みも停止。

ドキドキ…!
2人とも、自分の心臓の高鳴りが聞こえてくるような。

いや、これは、相手のものなのか…?

「………」
「………」

そのまま、立ち止まっていることしばし。

「なーにをしていらっしゃるんですかねぇお二人とも」

「「ッ!!?」」

かけられた声に、2人は、それはもう驚いた。

「説明を求めます」

「た、環…」

いつのまにやら、環がそこに立っていた。
表情は穏やかなのだが、よく見ると、コメカミがピクピク動いている。

いや、さらによくよく見てみると、環からはうっすらと、瘴気のようなものが…?

「いや、な? これは、その、あのっ……エルリスが足に怪我しちゃって、動けないから…!」
「そ、そう、そういうこと! え、や、ええと……た、他意は無いから!」

「…ふーん?」

あたふたしながら説明する2人を、環は冷たい笑みで見届けて。

「とにかく、城に戻りましょう。お互い詳しいことは、のちほど」
「…はいー」
「あ、エルリスさんの怪我はいま治しますから、道中はご自分の足で歩かれてくださいねっ!(怒)」
「う、うん…」





2人は、城塞へと戻ってきた。

「お姉ちゃーん!」

真っ先にセリスが出迎える。
姉へと飛びついた。

「うわーん心配したよー!」
「ごめんね。でも、大丈夫よ」
「無事で良かったー!」
「よしよし。大丈夫だから、泣かないの」

号泣するセリスをやさしく抱きとめて、赤子をあやすかのようになだめる。
姉妹の麗しい光景。

「さて兄さん」
「…ぅ」

めでたしめでたし、ではない。
再び、環の鋭い視線が、勇磨に突き刺さる。

「こちらで起こったことも説明しますから、そちらのことも、<FONT SIZE= +2>詳しく</FONT>教えていただきますよ」
「…はい」

そんなに強調せんでも、と思いながら、勇磨はこれまでの経緯を話して聞かせる。
もちろん、”あのこと”も含めて。

「…え」

それを聞いた環は、表情を強張らせた。

「エルリスさんに…?」
「ああ。どうしようもない状況で、そうするしかなくて、さ」
「そうですか…」

チラリと様子を窺う。
まだ、セリスがエルリスに抱きついたまま。

「となると、このまま有耶無耶にも出来ませんね」
「ああ。もう1度、セリスを含めて、説明するほかは無いな。あはは」
「やれやれ…」

ほぉ、とため息の環。
一旦は伏せた視線を上げ、キッと勇磨を睨みつける。

「笑い事ですか(怒)」
「すいません」

とにかく、秘密が秘密でなくなったことは確かなので。
こうなった以上は、セリスにも話す必要があるだろう。





「お話があります」

セリスが落ち着いたところで、そう声をかけた環。

他の、カンダタ団の者たちに聞こえないよう、移動する。
城門を少し出たところで、御門兄妹の歩みは止まった。

必然的に、あとについてきた水色姉妹も静止する。

(”あの話”だ…)

無論、セリスは首を傾げていたが、エルリスは直感した。
おそらくは同じことを言われるのだろうが、まだ何か秘密があるのだろうかと、ドキドキしている。

「さてエルリスさん」
「は、はい」

思わず敬語になってしまった。

「兄さんから……聞きましたね?」
「うん……聞いたわ」

おそるおそると。
だが、しっかりと頷いた。

「あなたたちのこと……。あなたたちの、秘密」
「そうですか」

「え? え? なに? 秘密って何?」

騒ぎ始めるセリス。

「わたしだけ除け者? ずるいずるい~っ!」
「セ、セリス…」

「今、あなたにもお話します」
「君が言ったとおり、エルリスだけに話しておくのも、不公平だからね」

それならいいやと、けろっと笑みを浮かべるセリス。
現金な妹に苦笑しつつ、エルリスは表情を引き締めた。

「話というのは…」
「こういうこと、だよっ!」


ドンッ!!


「…!」
「うわっ」

前置きも何も無かった。
勇磨と環は、いきなり”その姿”になって見せたのだ。

そのことに驚きはしたが、わかっていたため、すぐに落ち着くエルリス。
反対に、まったく事情のわからないセリスは、目を丸くしていた。

「な、なに…? どうなっちゃったの…?」

「驚かせてすみません」

黄金のオーラを纏いつつ。
長い髪も、瞳も、同様の金色へと変貌させた環が、軽く頭を下げる。

「これが、私たちの正体、です」
「結果的に隠していたことになる。それは謝るよ」

「な、なんなの……どういうことなの…?」

同じように黄金化した勇磨も、ぺこっと頭を下げ。
セリスは現実を理解できていないのか、目をしばたたかせるだけだった。

「セリス。目を背けないで、きちんと理解しなさい」
「お姉ちゃん…?」

そんな状態のセリスへ、エルリスが落ち着いた声をかける。

「今、勇磨君と環が言ったでしょ? これが、2人の”真の姿”なのよ」
「真の姿って…」

「ご説明申し上げます」

勇磨がエルリスに話したことと、ほぼ同じ内容が、環の口から再び語られた。
妖狐のこと。そして、2人がその妖狐の血を引いていること。

「そ、そうなんだ」
「黙ってきたことについては謝りますが、理由に付いては、お察しいただけると助かります」
「あ……そ、そうだよね」

これに関しては、セリスもすぐに理解したようだ。
自分たち姉妹と同じなのだから。

「どうですか?」
「どうって……あ」

訊いたところで、環の髪と瞳が元に戻った。
勇磨も同じ。

「真実を聞いて、どうお思いになりましたか?」
「いわば、魔物たちの同類だ。俺たちのこと、怖くなった?」

「………」

そう問われたセリス。
放心状態なのか、しばらくボケ~ッとしていたが

「そ、そそ、そんなことない、そんなことないよっ!」

やがて、首をブンブン振りながら、否定する。

「そんなこと言ったら、わたしたちのほうこそ、恐ろしい存在だよ…。
 勇磨さんと環さんは理由があるけど、わたしたちは、理由も無いのに…
 純粋な人間なのに、こんな力があるんだもん…」

「セリス…」
「セリスさん」

言いながら、セリスは俯いてしまった。
彼女の心情も察して余りある。

「うん、そうよね」
「お姉ちゃん…」

エルリスは、セリスの肩をそっと抱いて、笑顔を向けた。
それでこそ我が妹、とでも言いたげに。

「何があろうと、勇磨君は勇磨君。環は環。そうよね?」
「そうだよ! 何も変わらないよ!」
「それに、あなたたちが私たちの恩人であることにも変わりが無い。気にしないで」
「うん!」

「ありがとう」
「……」

再度、勇磨は言葉を伴わせつつ、環は無言のまま頭を下げる。
先ほどと違うのは、下げられた角度が、より深くなったということだ。

「勇磨君、環。私たちからもお礼を言うわ。
 勇気を出して、秘密を打ち明けてくれてありがとう」
「なに。俺たちも君たちの秘密を聞いているからね」
「言わば、お互い様。私たちのほうは、少し遅れてしまいましたけどね」
「あ、そうよね」
「秘密を共有する仲! なんだかすごくいい響きだよ~!」

お互いに、お互いの秘密を打ち明け、知り得る仲。
セリスが言ったとおり、お互いにとって、心地の良い言葉の響きとなった。

「至らない姉妹だけど、これからも、よろしく」
「こちらこそ」

改めて握手を交わして。
お互いの顔は、すごく晴れ晴れとしていた。






第14話へ続く





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