GEAR
第四話『竜動』

「・・・ミノタウロス・・・」
少女が、そう呟いた。


遺跡を探索する二人は、程なくして広い場所に出た。
今までの道程を考えるに、ここはこの建物の中心部にあたるだろう。
だが、今はそんなことを考えている余裕なのどなかった。
部屋の中心を凝視する鎧と少女の目の先には、身の丈がクロガネの3倍はあろうかという巨大な赤いクリーチャーだった。
牛頭人身のそれは、自らの縄張りに入ってきた侵入者を威嚇するかのように荒い鼻息を出し、肩を上下させている。
右手には巨大な大斧を持っており、巨躯と共に揺れる。

「・・・リーナ、あれはなんだ?」
呆然と怪物を見据え、少女に問う。
「・・・ミノタウロスっていうA級クリーチャーです」
少女もまた呆然とした声だったが、律儀に答えてくれるあたり、少女の人柄が分かるというもの。

二人が我に返ったのは、牛頭人身が雄叫びを上げ、こちらに猛突進してきたのが要因だ。
鎧から舌打ちの音が出る。咄嗟に少女を抱えると、右に跳躍。
刹那、二人が居た場所に大斧が激突する。爆音が響き、砂埃が舞った。

先ほど自分たちが立っていた場所を見て、リーナが絶望の声をもらした。
「入り口が・・・」
ミノタウロスの一撃で、入ってきた所が瓦礫に埋まってしまったのだ。出口はミノタウロスの向こう。
逃げることはできそうになかった。

「・・・やるしかないか。」
鎧がつぶやき、剣を抜いた。
「隠れていてくれ。」
ミノタウロスを見据えて、少女に言った。
だが、返ってきた言葉は、拒否の言だった。
「いやです。私だけ隠れるなんて、そんなことできません。一緒に戦います。」

クロガネは驚き、リーナを見た。少女は真剣な眼差しで鎧を見上げていた。
鎧はすぐに怪物へ目を戻し、言った。
「・・・分かった。だが、無茶はするな。」
リーナは顔がゆるみそうになったが、慌てて表情を引き締めた。
そして、同じように怪物を見据える。

「勝つ方法はあります。私が使える魔術の中で、一番攻撃力の高い魔術を使えば、倒せるはずです。
 ですが・・・発動に少し時間がかかって・・・」
「どれくらいだ。」
言葉を遮り、クロガネが問う。リーナは少し考えると答えをだした。
「・・・5分・・・いえ、3分あれば。」

「3分・・・。」
クロガネが反復する。
「無理・・・でしょうか?」
不安そうに訊ねるリーナ。クロガネは、一瞬、双眸の紅い光を消すと、また点灯させた。
「・・・いや、その180秒、命を賭して・・・食い止める!!」
鎧は吠えると、地面を蹴った。風が荒れる。

同時に、少女が両手を胸の前で向き合わせた。目をつむり、意識を集中させる。
今から行使する魔術・・・自らの内にあるマナでは足りない。
空気中に漂う数多のマナを吸収し、足りない分を補わなければならない。
少女の体を淡い銀色の光が、揺れる陽炎のように肢体を包んでいく。

黒い風となって疾走する漆黒の鎧に、牛頭人身の怪物は、地面にめり込んでいる大斧を振り上げることで応えた。
下方から迫ってくる戦斧を、クロガネは左に跳ぶことで避ける。
ミノタウロスはそれを読んでいたかのように、鎧の着地点目がけて武器を振り下ろした。
だが、大斧は二度目の地面との邂逅を果たしただけであった。

漆黒の鎧は、大斧と逆の場所、ミノタウロスの後ろに居た。
剣を構えると、跳躍。クリーチャーの背後を斬り上げる。
紫の液体が飛沫となり、ミノタウロスがうめき声を上げた。クリーチャーは振り向き際に斧を横に薙ぐ。
クロガネはそれを、ミノタウロスの背を蹴り、さらに空中へ跳ぶことで回避した。
地面に降り立つと、金属がぶつかり合う音がする。

漆黒の鎧は、その見た目とは想像もつかないほど身軽な動きをみせている。
「グォォォ!」
ミノタウロスが猛る。殺気のこもった視線を、怖じた様子もなく受け止めるクロガネ。
牛頭人身は得物を振りかざし、鎧目がけて叩き付けた。風を切る音、そして爆音。

が、またもその大斧は鎧をとらえることはなかった。
今度はミノタウロスの右へ回り込むと、同時に右足を斬りつけた。紫の飛沫が舞う。
怪物は最早痛みなど気にもとめず、武器を鎧へ向かわせる。
クロガネは、右から来る戦斧を跳躍することで難を逃れる。

瞬間、同じ方向から赤い壁が迫ってきた。
「っ!?」
咄嗟に右腕を曲げ、身構える。次に来たのはとてつもない衝撃だった。
ガツンと音が鳴り、ズドンと轟音が響いた。二回目の音は、クロガネが本当の壁に叩き付けられる音だ。

チカチカする視界で、牛頭人身を見る。斧を持っていない左手で吹き飛ばされたようだ。
牛の顔が歪んでいる。どうやら笑っているようだ。
急に牛の顔が半分無くなった。右を向き、もう一体の獲物を見ている。
リーナは未だ目をつむっている。その光は先ほどより濃い銀色の色。額から汗がにじんでいた。

少女に向かい歩き出す怪物。
「ま・・・て・・・・・・ぐっ。」
クロガネは、それを止めるため立ち上がろうとするが、体は軋み思うように動かなかった。

とうとう少女の目の前まで来た牛頭人身の化け物は、柔らかな身体を肉塊へ変えるべく凶斧を振りかざした。
だが、斧が少女へ振り下ろされることはなく、代わりに怪物の口から断末魔の悲鳴があふれ出した。
ミノタウロスの左目には、長剣が突き刺さっていた。忌々しげに剣を引き抜くと、鎧を睨んだ。

クロガネは、壁に背を預け、座っていた。
「・・・3分だ。」
呟く。

ミノタウロスの右から爆発的な銀光が発せられた。
牛頭人身は少女に、潰れていない方の目を向ける。
少女はクリーチャーを睨み、瑞々しい唇を動した。小さな口から流れるような声が漏れる。

「ファ・イアレフ・レアレイム 地獄の業火よ、我が敵を滅せ!」
向き合わせていた両手を思い切り突き出す。先にはミノタウロス。
「インフェルノッ!!」
突き出した両手から、灼熱の光線が打ち出される。
光は容易く怪物を穿つ、否、消滅させる。光は勢いを止めず後方の天井までも貫いた。

光がおさまると、残ったのは牛頭人身の足だけだった。腰から上は見事なほど無くなっている。
傷口は焼けただれ、紫の血が流れることはなかった。

その光景に、クロガネは呆然とするしかなかった。

・・・まさか、これほどとはな・・・。
驚嘆のため息をこぼし、少女を見た。
リーナは、息を荒くして、膝に手をついていた。が、それも長く保たず、少女はばたりと倒れた。
クロガネが慌てて立ち上がる。体が軋み、関節が悲鳴をあげるが、気にしていられなかった。
少女に駆け寄り、抱き上げる。

抱き上げたリーナの体は異常なほど熱かった。
「大丈夫か!?」
少女の顔は紅く染まり、酸素を求めるように口で呼吸をしている。
「だ、大丈夫・・・です・・・ちょっと疲れただけですから。」
そう言ってリーナは弱々しく微笑んだ。

「・・・あの魔術を使ったからなのか?」
クロガネの言葉に、少女は困ったように笑うだけで、答えることはなかった。
鎧は、沈黙を肯定と受け取った。
魔術の知識もなく、記憶すらないクロガネには、想像するしかなかったが、
あれほどの力を使い、何も代償がないとは考えにくい。

・・・俺が・・・もっと強かったら、こんなに苦しい思いをさせることはなかったのだろうか。
そう思うと、少女の微笑みで胸が苦しくなる。
「もう、大丈夫です。少し楽になりました。」
言うと、リーナは緩慢な動きでクロガネの腕から立ち上がった。
少女の気遣いで、さらに胸が締め付けられる。

・・・だが、俺に何が出来るんだ。知識もなく、記憶もない・・・俺に・・・。
クロガネは心の中で、自らの無力さを痛感した。

「・・・クロガネさん?」
立つことをせず、こちらをじっと見上げてくる鎧に、少女は身をよじった。
「あ、あの、私に何かついてますか?」
顔をさらに紅潮させ、目をそらす少女。

そこで鎧は我に返った。
「あ・・・あぁ、すまない。」
謝罪の言を口にすると、クロガネは立ち上がった。
その拍子に、鎧の節々から軋む音がし、鈍い痛みが走る。
「ぐ・・・」
クロガネがうめき声を出す。

リーナが急に駆け寄り、クロガネの体に触れた。
「リーナ?」
突然の行動に驚きの声を上げる鎧。
「少し、じっとしててくださいね。」
少女は、それだけ言うと、目を閉じ、口を開く。
そこから歌うような声が漏れた。

「ア・クアロ・ハイネロス 彼の者を痛み、瞬きに癒せ」
目を開く。
「ファーストエイド。」
リーナの言葉に続くように、右手から淡い光が発せられ、クロガネの体を包む。
光が消えていくにつれ、痛みが和らいでいく。完全に消えるころには、痛みはほとんどなかった。
魔術を使い、倒れたリーナの姿が頭を掠めた。
だが、少女は平然としていた。少し疲れているように見えたが、先ほどの疲労がまだ残っているだけのようだ。

「大丈夫・・・なのか?」
鎧がポツリとこぼした。少女はクロガネを見上げ、首を傾げていたが、その言葉の意図を察すると
「大丈夫ですよっ、さっきのは私の限界放出量を超える魔力を放ったので・・・
 あ、限界放出量っていうのは、一度に放てる魔力の量です。」
そう言うと、その場で跳ねて見せ、ほら大丈夫でしょう?と続けた。

「自分の内にあるマナを消費する分には、それほど疲れないんです。
 手で物を持つのと大差ないですし、空気中のマナを呼吸と同じように吸収して、すぐに充填されますから。」
リーナは深呼吸を繰り返し、頭を傾け、笑う。
「それなら良いが・・・あまり無茶をするな。」
鎧は言い、少女の頭に手を置いた。
目を見開く少女。軽く撫でるように手を動かすと、すぐに嬉しそうな表情になった。

・・・本当に小動物のようだ。
いつまでも触ってるわけにはいかないと思い、手を離す。
リーナは、あ、と声を出し、残念そうな顔をするが、クロガネはそれに気づかない。

「出口はあそこだけか・・・・・・ん?どうした?」
先に進める唯一の進路から目を離し、少女を見る。
頬を膨らませ、眉を寄せ合い、こちらを見上げていた。
「なんでもありませんっ!」
顔を背け、スタスタと歩き出す。
いきなり不機嫌になった少女に、護衛の鎧は困惑するしかなかった。










後書き
どうも、酒呑 童です。
読んでいただき、ありがとうございます。

さて、今回の見所はミノタウロス・・・ではありません。
頑張る女の子リーナと、朴念仁なクロガネです。
まぁ見所というほどのことでもありませぬが。楽しんでいただけたら幸いです。

色々と伏線ばかり張って全て回収できるか疑問がつきません。
まぁなんとかなりますよね。
でわ、今回はこの辺で。
第五話か、片方にて。





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