時空管理局(A・B)による、第一回目の文化交流会は成功に終わった。それを受けて地球防衛軍(E・D・F)第一特務艦隊は、管理局側の望むクール期間の短縮を了承。
数日内には合同会議を再開する旨を伝えた。その知らせを受け取った管理局は少しの安心感に満たされた。これで第二関門は突破したと言うところだろうか。
第一関門は防衛軍へ文化交流会を提案し、参加してもらう事だった。この二つの関門を突破した先にあるのは、第二回目となるであろう合同会議だ。
  これはもう、失敗は許されるものではない。特に極秘計画(シークレット・プロジェクト)に関わっているはやて等は、その様な気持ちで一杯であった。

「これで会議がお流れになったら、ウチらの苦労は水の泡や。それだけやない、協力してくれたリンディ提督やレティ提督、それにすずかちゃんとアリサちゃんの行為も無駄になる」
「うん……けど後の事は、会議に出席する母さん達と、マルセフ提督達に任せるしかないからね」

はやての不安に、フェイトは待つしかないと言って落ち着かせた。傍にいるシャリオ、ティアナ、リィンフォースUらは、何を言えばよいのか言葉が見つからずに黙ったままだ。
  彼女らは現在、時空管理局 第二方面拠点――通称、第二拠点の一室に居た。次元航行部隊は先日の会戦で総司令部となる本局を失っており、それにとって代わる臨時司令部として第二拠点へと司令部を移設して来たのである。
司令部の移設と共に、彼女らも此処へと移って来たのだ。この第二拠点は本局程の巨大さは無く設備も劣るものの、人口建造物としてはかなりものだ。
  拠点だけに司令部としての機能は勿論の事、本局同様に艦船の停泊ドックや建造ドックを備え、生活に関わる局員の居住区間や医療設備等も完備されている。
元々は本局に所属していた彼女らは、陥落後にミッドチルダに身を置くべきかと考えた。しかし、はやてがプロジェクトを遂行する都合上、ミッドチルダ地上ではなく、建造ドックをも備えた拠点の方が作業を進めやすいとして、第二拠点へ移ったのである。
  そのミッドチルダと言えば、都市機能の回復、市民生活の維持に大わらわである。地上部隊の各施設復旧を始めとして、巻き込まれた市民の救護や支援……。
これらで生じた撤去作業および復興作業は勿論の事なのだが、管理局では重要な問題を抱えていた。それは管理局員――武装局員ならびに非武装局員を総じての人としての問題。
それが、メンタリティである。以前からの敗北により、局員達の士気は低下の一方を辿ってはいた。
  だが、今回は極め付けだ。ミッドチルダ地上部隊としては初の、殺傷を結果とした大規模戦闘。容赦ないSUSの電撃戦によって、魔導師と非魔導師達を殺戮していく光景。
肉体をいとも簡単に蒸発させるエネルギー兵器によって、命を散らせていく局員達をまざまざと見せつけられ、精神的に異常をきたしてしまっているのだ。
なお、艦隊乗組員としても同じような事はあるだろう。しかし、艦という区切られた空間内では、他者の死体を見る事は限られてくる。悪くすれば、見る事なく艦ごと吹き飛ぶ。
  対して地上部隊は、自分の目で、死に追いやられる同僚の姿が否応に見えてしまったのだ。生き残った局員は、これが尾を引いているのだ。
血しぶきを上げて叫び死んだ者、身体の一部を吹き飛ばされて即死した者や苦しみ悶える者……これら地獄絵図が、生き残った局員達へのトラウマとなる。
戦闘時はアドレナリンの効果で興奮状態にあったものの、それが収まった今では、戦闘に参加した局員達への士気を著しく下げており、次の戦闘では大きな障害となってしまう。

「そういえば、なのはさん達は……」

  不安げな表情で声を出したのはティアナだった。なのはといえば、ミッドチルダ上空で教え子やヴォルケンリッターと共に奮戦し、幸いにも何とか生き残った。
が、彼女への不安要素が完全に無い、とは言えない。他の局員達同様に、彼女自身にも精神的ダメージを受けていた。それでも重篤というべきではない。
なのはを精神的に滅入らせている理由は、教え子達と同僚の死だ。戦闘機との近接格闘戦(ドッグ・ファイト)で教え子を失った精神的ダメージは、戦闘後にとてつもない尾を引かせている。
  そんな彼女に、はやて、フェイトらは何とか(なだ)めようと声をかけていた。その時の事を、今でも二人は覚えている。
教官として、上官として心折れぬように立ち振る舞いをしてきたのだろうが、いざ二人を前にした途端に思いきり号泣しだしたのだ。
幾ら不屈のエースとはいえ、やはり人間の子である。気やすめな言葉を掛けては、さらに精神的溝を掘り下げてしまうだろう。そう察して、ただ、ただ、抱きしめるしかなかった。

「以前と比べて、大分顔色は良くなってるよ。心の整理も付いてきてるみたい」

通信機で会話をしたというフェイトが、そのように答えた。暗い表情をしていたらしいのだが、その通信では大分精神的溝が浅くなった様で、余裕のある笑みをしていた。
  ここではやては思う。管理局の局員達は多く犠牲者を前にして、これほどまでの精神的ダメージを追っている。しかしだ、防衛軍はこれ以上の精神的苦痛を味わった筈だ。
ガミラス艦隊には歯が立たなかった地球の艦隊は、ただの一隻を残して壊滅している。多くの宇宙戦士を失った苦しみだけではない、遊星爆弾により失われた市民も大勢いる。
その市民の中には、その残酷極まる光景によって精神的に立ち直れなくなる事も少なくはない。このような犠牲者を前にした防衛軍もまた、心いたたまれなくなった。

「これからも、こういった事は、何べんもあるんやろうな」
「はやてさん……」

  腕を組みながら呟くはやてに、シャーリーは何も言えない。戦場とは理不尽なものだ。良い人間だから生き残る、強い奴だから生き残れる……そんな御託も保障にならない。
いきなり死が迎えに来るのだ。今回の戦闘を通して、はやては、目の当たりにした。いや、実際に目の当たりにしたのはミッドチルダで戦っていた、なのはではないだろうか。
彼女は実際に教え子の最期を目の当たりにしている。傷つき血塗られた身体を懸命に支え、生き延びさせようとしても無駄に終わっていたが。
  誰も死なせたくはない、この思いは誰しもが持つ事だ。この場にいる彼女達も同様、仲間を失いたくはない。そのためにも、まずは現実と向き合わなければ!
SUSに対抗するために行っているプロジェクト、これを速やかに進めるのだ。そして、それに伴い第六戦術教導団の編成とメンバーの招集もやっておかねばならない。

「話が変わりますが、次回の会議で防衛軍にどう対応するんでしょうか……」

  そう言ったのはティアナだ。会議のクール期間が短縮されてとはいえ、その会議をどう纏めるのかが大問題だ。管理局上層部を震撼させたあの条件、資源惑星譲与という難題。
何しろ、あの条件が残されいるのだ。ティアナのみならずシャーリーも、防衛軍の条件にはしかめた表情をしてしまう。それはさすがに強引ではないだろうかと。
  だがそれに対して答えたのは、はやてである。

「あぁ、それな。最終的には譲与する方向になるらしいで」
「本当なの、はやて?」
「うん」

フェイトの疑問に頷くはやてだが、ただし、と付け加えた。惑星譲与はあくまでも、この対SUS戦が終結するまで。決着が付き、安全が確認されたら返還するというのである。
それを聞いたフェイトも、妥当な対応だろうと納得した。問題は、どの惑星を譲与させると言う事だけだが、これに関してはかなり危険の伴う話だ。

「どういうことです?」
「あぁ……実はな」

彼女の口から出た、管理局側のとった手段。それは傍からすれば、譲与させるにはとんでもない惑星であり、彼女らにも不安感を増大させるに十分な内容だった。





  せっせと都市の復興や戦力再編に努めている管理局であるが、地球防衛軍も例外ではない。彼等もまた、傷ついた戦力の回復に貴重な時間を費やしているのだ。
〈トレーダー〉の内部ドックでは、徐々に修理を終えていく地球艦艇があった。特に損傷が酷かった〈イェロギオフ・アヴェロフ〉と〈ヘルゴラント〉も順調に修理が進んだ。
撤去された砲塔を新しい物へと取り換え、レーダー等の機器類も新調されている。完全な状態ではないとはいえ、九割がたの修理は完了している様子だった。
その他に損傷が酷かった装甲巡洋艦〈ファランクス〉に関しては、やや事情が違っている。

「……駄目か」
「はい。完全にお釈迦になってますよ、これは」

  その〈ファランクス〉の機関室にて、一際深刻そうな表情していたのはレーグだった。そしてもう一人は機関室に配属されている機関班の一人だ。
作業中だったのだろう、顔や服は所々黒く汚れている。彼等の目の前にあるソレは、〈ファランクス〉の心臓たる波動エンジン。三基ある内の一基であった。
それは見るも無残に壊れている。エネルギー伝道管は引き千切られるように寸断され、エンジン内部から暴発したかの如く、所々に穴が見えている。

「だが、良くもまぁこれで済んだものだ」
「本当ですよ。下手すれば、〈ファランクス〉は跡形もなく消えていましたからね」

  波動エンジンは高出力を叩き出すエンジンであるが、一度暴走してしまうと手が付けられなくなってしまう危険な代物だ。ただし、暴走するなどという事は殆どない。
あるとすれば、それは戦闘によるダメージで制御不能に陥った時だ。実例として、ここへ迷い込む原因となった戦艦〈ティオネ〉等の暴走が挙げられる。
下手をすれば辺り一面を巻き込んで消滅してもおかしくはなかった。今回もそういった大惨事に繋がらなかったために、レーグもスタッカートも安堵していた。
その様な大惨事にならなかっただけ、波動エンジン一基が完全に壊れただけで済んで本当に良かったものだ。

「どうします、副長。〈トレーダー〉から新品を調達すべきかと思いますが……」
「そうだな……しかしそうなると、また面倒になるがな」

  面倒とはどういう事か? 波動エンジンは既に、艦内へと設置されているものである。完全に壊れ、新しいエンジンと交換するとなれば、それを艦外へ出さねばならない。
波動エンジン丸ごと取り出せるようなハッチなど用意されている訳もない。ならばどうするか……それは、機関部のある区画を中心に、一度艦体を分断させるしかない。
  つまりは真っ二つにするのだ。そうでもしないと、壊れたエンジンを取り外せもしない。誠に面倒な事ではあるが、珍しい事でもないのも事実。
防衛軍の艦船は、時折行う艦の整備点検における部品交換を考慮しているのだ。それを可能としているのは、ブロック工法――しいてはモジュール式という建造技術方法である。
取り換えたい部分だけを切り離し、別のパーツを取り付ける。これならば時間も大幅に短縮が可能なのだ。

「いちいち細かい所まで分解して運ぶよりも、大分楽ですよ。ですが、そうとなると艦長にもお伝えしないと……」
「あぁ、そうだな。それは私から伝えておく。それと、修理ドックのスケジュールも調べておかねばな」

  そう言うなり彼は機関室を後にした。向かう先はスタッカートの居る艦長室だ。到着早々、彼女はデスクの前で書類を眺めつつ、のほほんと紅茶を飲んでいた。
相も変わらずマイペースな方だ。心内でそう思いつつも、彼は機関室における現状を報告して新しい波動エンジンの導入を報告した。

「……という事ですので、我が艦の波動エンジンを交換したく思います」
「そう、分かったわ。私からもマルセフ司令へ報告するから、その分の報告書類もお願いするわね」
「ハ!」

反対する事も無く、すんなりと交換を認めたスタッカートだったが、すぐ後になって言葉を継ぎ足した。

「ただ、今は工場生産ラインが一杯一杯だから、実行するには今しばらく時間が必要みたいなの」
「……無理もありません。最近になってようやく、エトス艦隊らにも手を回せるようになりましたから」

  エンジン交換が遅れる理由に、彼の言ったような他国艦隊の修理作業があった。地球艦隊は損傷度の深い艦艇が殆どなくなったのだが、今度はエトスらが待っていたのだ。
今までは地球艦艇を中心に補強修理作業を行っていたが、それをエトスらへシフトした故に工場の生産ラインも彼らへの供給が殆どとなり始めていた。
彼等の艦隊への修理作業が終わるまでには、少なくとも一ヶ月以上は掛かる。何せ戦闘で消耗したとはいえ、合計して地球艦隊の三倍以上の艦艇が存在しているのだ。

「気長に待ちたいところだけど、この状況では難しいわね。SUSが絶対に攻めてこないとも言えないし……」
「そうですな。しかし、奴らも馬鹿ではありますまい。この広大な空間と世界を維持するために、むやみな戦闘を起こす事も無いでしょう」
「ふふっ……それくらいの思考は出来るでしょうね。ところで、少佐」

  スタッカートは突然、話を切り替えて来た。それはレーグが親しくなり始めている女性局員――マリエルの事についてだった。

「どう? あちらの作業も進んでいるのかしら」
「私も深い内容まで聞いてはおりません。しかし、SUSに対抗するための計画は、何とか進めているようです」
「そう……。波動エンジンの開発に着手しているのかしら?」
「はい。我々が以前に渡した設計図を元に、管理局の技術陣が開発しているとのことです」

最初にこの世界へ迷い込んだ時に行った会議で、地球防衛軍は管理局との交渉で波動エンジンの設計図を渡す手段を講じていた。空間転移装置や行動権等の対価として。
一応、設計図は渡されてはいた。しかし、自らの法律に板挟みになったがために、設計図の使用に躊躇いを生じさせてしまったのだ。それが最近になってようやく使用され始めた。
主にマリエルを筆頭とした第二技術部が中心となっており、時折レーグの助言を聞き入れつつも開発に全力を注いでいた。そして、期待される新型艦の開発。
  これに関してはレーグの持つ技術知識と、マリエルの技術知識を用いて検討されている。まだまだ検討する内容は残されているものの、大まかなコンセプトは見えていると言う。

「……少佐は、管理局のみで波動エンジンは製造可能だと思える?」
「可能性は……残念ながら低いと見えます」

設計図さえあれば、管理局でも波動エンジンの製造は可能だと考えられる。そう思う者も多い。だが、技術分野のプロであるレーグからすれば、そうも思えなかった。

「かつての防衛軍は、イスカンダルからの設計図を基にして波動エンジンを作られたとお聞きしております。ですが、当時の防衛軍艦艇の性能と管理局の次元航行艦の性能を比較した場合を考えますと……」

  二〇年も前になる防衛軍艦艇の性能を、レーグは目を通したことがある。当時はガミラスの駆逐艦クラスにさえ遠く及ばなかった防衛軍技術が、波動エンジンを製造した。
これからするに、管理局でも完璧でなくとも、コピー製品は作れるのではないか? それを否定した理由は、やはり管理局と防衛軍の艦船に対する建造目的の違いが挙げられる。
これは完全にレーグの想像にすぎないが、二〇年前の防衛軍艦隊と今の次元航行部隊が交戦したとして、やはり防衛軍側の方が勝率が高いというらしい。
  波動エンジンを用いていない艦船にすら、次元航行艦は不利なのだ。ただし反応消滅砲(アルカンシェル)を使われたら話は別だろう。

「ふむ……なるべく、あちらが自力で開発してもらいたいのだけれど……あなたの助けが必要になるでしょうね」

苦笑しながらも、彼女は心の内で考えた。本当にふとした事であるのだが、今の〈ファランクス〉は波動エンジン一基が完全に破壊されている。もしかしたら……。

(案外、使えるかもしれないわね)

生き抜こうと懸命に行動する若き局員達に、僅かでも後押しできるのなら悪い気はしない。そう思いつつも、レーグと作業内容の確認を続けるのであった。





「艦長、本艦の修理状況はどうか?」
「ハイ。地球軍の援助もありまして、六割方は完了しております」

  ここはエトス艦隊旗艦〈リーガル〉艦橋。そこには居るのはガーウィックと艦長ウェルナー大佐の二人で、艦と自軍の修理状況の確認をしている最中であった。
防衛軍の〈トレーダー〉ドック内に係留状態にある〈リーガル〉は防衛軍の支援もあって、ほぼ修理を終えようとしている。他のエトス戦艦も順調に作業を進めていた。

「我が艦隊の補修・修理作業は、どれくらいで終わりそうかね?」
「フリーデ艦隊とベルデル艦隊の修理状況を考慮しますと、我が艦隊の完全復帰は遅くとも八日後になるかと……」
「そうか。地球艦隊の支援があるとはいえ、それくらいが妥当か」
「そのようです。ですが、地球艦隊の貯蔵庫も無限ではありますまい。早いところ、管理局との会議を成功してもらないと……」

彼等にも防衛軍の在庫状況がどの程度で有るのか、という報告は受けている。やはり数を減らしたとはいえ三個艦隊もの数を補修・修理するのは、予想外だったに違いない。
しかしそんな三ヶ国の艦隊の中で割かし、補強材の消耗率が小さかったのはエトス艦隊であった。彼らは他の二国と比べても兵力消耗率は小さく、資材の消費率も小さかった。
普通ならば数の多い彼等こそが消耗率が激しい筈だった。それが無いのは、エトス艦の誇る防御性能にある。地球戦艦にも並ぶ強固な装甲により、被害を最小限に抑えてたのだ。
  対するフリーデ、ベルデルの両艦隊は消費率が激しいものだった。特に一〇〇隻を切る手前までにきたベルデル艦隊は、全艦艇が損傷している状況にある。
艦載機の補充も手掛けなければならなかったのだが、生憎と予備のパイロット達はいない。あくまで修理用に用いられる艦載機の資材だけが回されている。

「まぁ、我々としては、修理の場と資材や物資を回してもらえるだけ有り難い事だ」
「その代り、これからの戦いでは期待以上に動かなければなりませんがね」
「なんだ、艦長。不服かね?」
「その様な事はありません。寧ろ期待された以上、結果を出さねば武人として矜持(きょうじ)に関わります」

苦笑しながらもウェルナーはそう答えた。ガーウィックも同様であり、これからまた戦うであろうSUSを相手にするのならば、相手にとって不足無し、である。
戦えとあらば戦う、それが軍人だ。そしてエトス星は優秀な敵味方に敬意を払い、または恩義を忘れぬ。今回も防衛軍の対応に感謝すなければならない。

「……とはいえ、本国も思い切られましたな」

  ウェルナーが言うのは、つい先日に行われた本国との回線通信の事だった。ここへ来てからずっと連絡の取れていなかった、エトス星本国。
通信で行われた内容は、何を置いてもまずは生存していたという報告だ。その次に、自分らがいまどのような状況下にあるか。これらを順次伝えたのだ。
  その次に話されたのは今後の行動についてである。現在、ガーウィックを含めたズイーデルとゴルックの立場は極めて危ういものである。
前までは自らの独断で防衛軍と管理局の元へ向かい共同戦線と張ろうと決めていた。だが本国と連絡が取れる状態にある今、やはり国からの指示に従わねばならない。
聞いた話では天の川銀河のSUSは完全に駆逐され、勢力図も再びバラバラとなりつつある。恐怖によるものとはいえ、平和が保たれてきた大ウルップ星間国家連合が瓦解したということは、各国家も再び独立した筈である。
  そうなれば、各国家は自軍の戦力配備に力を注ぎ、外部勢力との戦争に備えなければならないとの考えに捕らわれ始める。ガーウィックもそれを危惧していた。
だが、それは杞憂に終わった。通信越しにこの様な事を言われたのだ。

『ガーウィック提督。貴官及び指揮下の艦隊は今後、地球連邦艦隊の指揮下に入る事を命ずる』

これには度胆を抜かれた気分だった。本国は相当に思い切った判断に出た様だ。本国へ帰還するように、とでも命令を受けるのではないかと冷や冷やしていたのだが……。
これに引き続きフリーデとベルデルも同様の判断を下していた。いったいどの様な風の吹き回しであろうか。この判断をしたあたり、原因は先日のボラー連邦の件が絡んでいた。
  ボラー連邦の侵攻軍に対して迎撃に出たのは、地球連邦の防衛軍艦隊。そして、友好的態度を示してくれていたアマール国の宇宙防衛隊、さらにエトス国の艦隊だ。
三ヶ国による二度目の連合艦隊が結成され、アルデバラン星域で苦戦するものの大逆転で勝利した。重要なのは勝利そのものにあるが、もっと重要なのは手を組んだ事にある。
大ウルップ星間国家連合が結成される前の面々は、今まで自国の繁栄にのみ集中し、他国に侵略されまいと孤軍奮闘していた。そこに現れたのがSUSだ。
  これで平和が確立されたとはいえ、それは鎖に繋がれて飼い殺しにされる姿でしかなかった。役立たずであったり、少しでも反抗的態度をとれば瞬く間に制裁が降り注ぐ。
恐怖の中にある平和に皆が絶望した。だが、今回の防衛軍を中心とした戦いはどうだろうか? アマールとエトスは自ら進んで地球に手を貸したのだ。
抑圧や威圧された命令で参加したのではない、独自の判断で参加した二ヶ国を見た多くの国家が態度を変化させ始めた。さらに止めとなったのは、参加国であるエトス言葉だ。

「我がエトスとアマールは誰かに示唆されて加わるのではない。誰しもが願う平和を守るために、自らの意思で加わったのだ。地球はSUSとは違う。他者を虐げているのではない、手を差し伸べているのだ。彼等と共に、今また本当の平和を得ようではないか!」

  エトス国は連合国の中でも屈指の国家だった。その武士道精神による潔い態度に不快感を示す国家は殆ど居ない――無論、SUSを除いてだが。
各国の指導者たちは、このエトス国の後押しもあって次第に動きを見せていた。その中にはフリーデ、ベルデルの指導者も含まれている。
そしてタイミングが良いと言うべきか、次元空間へ迷い込んだ艦隊が地球艦隊と共にいる。さらには憎きSUSの攻勢にさらされているという状況下だ。
これを聞いたときは、すぐに呼び戻そうかと心を揺さぶられた。だが、そのSUS艦隊に対して、地球艦隊と管理局という組織の艦隊とも組んで撃退した事実を前に、決心した。
  エトス国が言ったように、自分らの事だけでなく他者の平和をも護るチャンスではないか? そしてこの判断は、他国に対するある種の平和活動のアピールにも繋がる。
上手くいけば銀河内で巨大な連合国家が形成できるかもしれない。あの大国たるガルマン・ガミラス帝国、ボラー連邦とも渡り合う事だって不可能じゃないのだ!
と、決断したまでは良かった。次なる問題は、次元空間内部における指揮系統だった。地球、エトス、フリーデ、ベルデルの四ヶ国を、誰が指揮統一するか。
これの候補として名が挙がったのが……。





「よもや、私とはな……」

  〈シヴァ〉艦長のマルセフその人である。盛大なため息を吐きつつ、彼もまた資料に目を通していた。自分が指名された時、マルセフはかなり動揺を示した。
それもそうだろう。何しろ突然、連合艦隊の総司令となれ、というお達しが来たのだ。しかも、伝えた人物が司令長官の山南元帥だ。断ろうにも断れない。
いっそのこと、古代の方がよほどに適任なのではないか。ましてや、彼は第一特務艦隊という正式な増援艦隊の司令として、ここへ派遣されてきているのだ。
  対する自分は敗軍の将。あまり縁起がよくないだろうし、何よりも兵士達の士気に影響するのではないだろうか……。マルセフはその様な事を、山南に伝えてみた。
だが通信越しにいる彼は、のらりくらりと返事を返す。

『その心配はいらん。周りの者達は貴官を信頼しておるし、第二次移民船団の時は奇襲を受けながらも民間人を離脱させようと奮闘下ではないか? 全員とはいかなかっただろうが、実際には三〇〇〇万人近くの生き残りがいたのだ』

古傷を蒸し返す訳はない。山南は艦隊司令官として指揮をした事があるからわかるが、大艦隊による奇襲攻撃を退けると言うのは並大抵の事ではないのだ。
移民船を逃さねばならないという事、敵艦隊を退けなければならないという事、この二つの状況下において判断を要求される。平凡な指揮官なら、押し潰されてしまうだろう。
  マルセフを推薦する理由として、それの他にも理由はある。それはSUSとの戦闘経験が多いという事だ。古代はSUSと二回に渡り戦闘を行ったが、マルセフは三回。
次に管理局との連携が欠かせないとして、幾らか事情を知るマルセフの方が指示しやすいだろうと言う見解だった。事実、彼は次元航行部隊と連係して戦っている。

『それにだ、古代はまだカッとなる節があるのでな……。腕が良く信望されている貴官が上に立ってくれた方が、助かる』

要は抑え役になってくれ、と言いたいのだろう。少し回りくどい感じもしたが、今にして思えば図に当たっていた。例の合同会議での出来事がある。
  三七歳となっても、未だに若気の至りが抜けないようでな、と山南は苦笑していた。仕方ないのか、という残念そうな気持ちを、表情には出さなかった。
とは言うものの、自分ら防衛軍と管理局も合わせた五ヶ国連合艦隊――厳密に言えば、一つは国家ではなく組織も混ざるが、これらを指揮統一せねばならないのだ。
だが何もマルセフ一人で指揮する訳ではない。彼の周りには信頼出来る部下や戦友達が多くいる。さらに、エトス艦隊のガーウィック等も、彼を推薦してくれているのだ。
  さらにこんなことまで言われる始末……。

「マルセフ提督であれば、我らに異論はない。提督の手腕は、一度ならず二度も拝見したが、十分な手腕を持っている。貴官に我らの命を預けようではないか」

ズイーデルとゴルックも同様な事を言った。彼等もまたマルセフの戦いぶりは目にしている。それに、彼等は口々にこの様な事を口にしたのだ。
総司令など自分らが出来る器ではないし、自分らの事で手一杯である。この上は、マルセフを最大限にサポートし、全力を尽くす事にしよう。
  そして総司令候補の一人であった古代にも……。

「自分にはまだまだ、足りない所が多いのです。ここは、マルセフ司令に指揮権を委ねたく思います」

何処を向いても自分を見る眼ばかり……日本では、この様な事を四面楚歌(しめんそか)と言うのだろうか。此処に至って、マルセフは総司令の任を受ける事になったのだ。

「これ程の大艦隊を指揮するとは思いもしませんでしたよ……ましてや、前例がない」
『全くない、という事でもないのでしょう? 現に古代提督がアマール艦隊とエトス艦隊を指揮されていますし……それにアルデバラン星域でも、同じようにジェーコフ提督が指揮を執られていたではありませんか』

  しかめた表情で言葉を漏らすマルセフに声を掛けたのは、通信機越しで話すリンディだった。こうして回線を開いているのは、今後に開かれるであろう会議の調整のためだ。
リンディが何故、古代やジェーコフの件を知っているかと言えば、それは防衛軍が見せた記録映像が元である。管理局の面々がその映像を見た時もまた、唖然としていたが……。

「それは確かにそうですが、今回は規模違いますよ、ハラオウン提督。我が艦隊のみならず、エトス、フリーデ、ベルデルの三個艦隊……合計して四八〇隻強の大艦隊です」

  それだけではない。戦場における指揮権は大方、地球防衛軍に規するものだ。つまり、管理局の次元航行部隊も彼の指揮下に置けれる事を意味している。
となれば指揮する艦船はさらに増大する。管理局に残されている艦隊兵力は、全体で凡そ八九〇余隻。それらを加えれば、それこそ一三三〇隻にも昇るであろう大規模艦隊だ。
過去においてこれ程の艦隊を指揮した地球人はいない。だがあくまで仮定の話である。残る五つの拠点から、兵力を根こそぎ掻き集めてまで艦隊を形成する事はまずないだろう。
  ましてや、既に八〇隻づつを徴集されているのだ。再び集めようものなら、二〇隻づつが限度ではないかと見ている。
となれば、実際に動員できる次元航行艦の規模は、四〇〇隻余り。とはいえ目安でしかない上、決戦ともなると出し惜しみしている場合ではないのだ。

「それはそうと、ハラオウン提督も艦隊を指揮されるのですか?」
『いえ、私はあくまで全体の動きを把握する事に徹する事になるでしょう。直接の指示は、オズヴェルト提督やクロノ達が行います』

それに艦隊の指揮等、まともにしたことはありません。とも付け加えた。彼女はかつて〈アースラ〉を指揮していてはいたが、それは単艦でのことである。
複数の艦船を纏めて指揮した経験は皆無に等しい。その点、息子であるクロノはJ・S事件の終盤にて、僅かばかりながらも艦隊指揮を経験していた。
マルセフはそんな彼の手腕に期待を寄せている。本局攻防戦ではいなかったが、今度の戦いでは彼も参加する事になるであろう。その時の成長ぶりが楽しみでもあった。

「……と、話が逸れましたな。次に行われる会議は、以上でよろしいですね?」
『はい。こちらも至急準備に取り掛かります』

思わぬ話で脱線した二人だが、ようやく第二回目の会議の設定を終える。SUSの侵攻する前に、早々と会議を行い条件を飲み込むこと。やるべきことはそれだ。
この後、第二回目の合同会議が催される事となる。それは周りの不安とは裏腹に、スムーズに事が運んだ会議であったが、防衛軍は管理局の提案して来た案に唖然としたのである。



〜〜あとがき〜〜
どうも、第三惑星人です!
最近、一層に寒くなった気がしますが、皆さんも体にはくれぐれも気を付けましょう……。
さて今回は三つの視点で話を進めてみました……と、他に書く事が浮かばない(汗)

私事になりますが、つい先日、友人と共に映画『連合艦隊司令長官 山本五十六』を見てきました。
主演、役所公司さん演ずる山本五十六は、中々にいい味を出していたなぁ、と見入っていましたね。
他にも柄本明さん、伊武雅刀さん、阿部寛さん、等、有名な方も大勢出られておりました。
艦隊のシーンは良い出来でしたね。ただ、航空機に関してはやはり違和感が拭えませんが、仕方ないと思いました。
この作品を見ていて考えさせられたのは、『常に世界に目を向けなければならない』ということでしょうか?

『目と、耳と、そして心を開いて周りを広く見る』(←かなりうろ覚えですが)この言葉が、印象に残っております。

温厚な人柄と言われた山本五十六を、役所公司さんが見事に演じております。
そして、米国との開戦に反対しつつも世論や陸軍に押され、皮肉にも太平洋戦争の火ぶたを切る事になってしまった彼の心情もまた、心に染みわたりました。

余談ですが、この映画に出てくる食事系のシーンも、見ていて食欲をそそりましたね(オイ)
さらに、饅頭にかき氷、砂糖を乗せた『水饅頭』、お汁粉、干し芋、等々、和菓子系もまた美味しそうに見てましたw

戦争で多大な死者を出した太平洋戦争……今の若い世代では忘れ去られつつあるでのは、という一種の危機感を覚えました。
山本五十六が戦争でどの様な道を歩んできたのか、または、当時の国内(特に新聞等のメディア)はどういったものなのかを再現してくれているので、見て損は無いかと思います。
ただし、あくまで山本五十六の歩んできた人生を描いている作品なので、戦闘シーンは結構簡略化されています。

……と、宣伝がましくなってしまいました(汗)
それでは皆さん、次回をお待ちください!


〜拍手リンク〜

[一一四]投稿日:二〇一二年〇一月一三日一八:三一:五七 斎藤 晃
なのは世界の地球の未来がヤマト世界
絶望的な未来があるとわかったら誰しも嘆きたくなるわな・・・

>>書き込みありがとうございます!
そうですね、確かにマルセフ達の世界が、はやて達の世界であったならば、絶望に駆られるでしょうね。
しかしあくまで仮説の一つですので、絶対ではないです。



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