国際中立連盟に対して、プラントから会談の申し入れが舞い込んだのはC.E暦70年3月10日のことである。これに対して中立連盟は会談の申し入れを受諾。
プラント側との会談を行うことを即日に取り決めた。この決定は加盟国の間で決められたことで、これを最大限に生かして停戦合意へに結ぶ機会だと見ていた。
傷は早い内に直さねば化膿して悪化するのと同様、この戦争も早い段階で歯止めを掛けねばならない。民間人にまで被害が及ぶ前に解決したいところである。
  中立連盟とプラントの緊急会談の報は地球連合側にも届いていた。危惧していた通り、地球連合加盟国らは反発の声を上げ非難した。

「何が中立連盟であるか。そのような会談は破棄すべきだ!」
「大人しく静観していけばいいものを、やはり中立とは名ばかりではないか」

ユーラシア連邦、東アジア共和国は強く反発した一方で、大西洋連邦は穏やかではあるが非難の声を上げずにはいられない。

「会談を中断せよとは言わないが、もしもプラントに肩を持つようであれば、こちらも相応の措置を取らざるをえない」

大西洋連邦大統領チェスター・アーヴィングは、記者会見の場でそのように発言したくらいである。相応の措置とは、即ち経済と武力の両方からの圧力であろう。
中立連盟は国として中立を保つ一方で、国内企業においては国際上の貿易を行っている。無論それは軍事利益ではなく商業利益に限るもの。
  いかな中立連盟とはいえ、貿易国から経済的に締め出されては痛手を被らないとは言い難い。国内企業は悲鳴を上げること必須だ。
だが、実は連合側も同様であり、寧ろ彼らの方が手痛いダメージを被る可能性もあった。
また武力制裁にしても相応の損害を覚悟しておかねばならない。総合戦力で遥かに勝る地球連合軍とはいえ性能差では日本がトップに出ているのだ。
さらに、中立連盟軍もとい連盟軍全体では、軍事における質と量の充実化を進めている。その為、地球連合軍総司令部では、この連盟軍の動きを注視し続けており、自分らも戦力向上の為の努力を続けているのだ。
  中でもMSの開発は急務とされ、その速度は飛躍的に上昇していると言える。それは連合軍上層部にも浸透しつつあった。
現に幹部による会議でもMSの早期開発による戦力拡充を主張する者が見られたくらいである。

「我が方もMSを採用し、軍事力を整えねばならなん!」

連合軍の中でも取り分け大西洋連邦は例のG計画を正式に推し進め、いち早い完成を目指していたのだ。
  対するユーラシア連邦は、当初においてMSの開発には目を向けられなかった。しかし、日本に対する敗北がそれを移転させ、皮肉にもMS開発へと誘っていた。
それに彼らにはアフリカのビクトリア攻防戦で得た有力なサンプル―――ジン及びジンオーカーの存在があったのだ。
ユーラシア連邦上層部は軍部の発言を受け入れ、MS開発計画を推進を決定した。それは、大西洋連邦のG計画に対抗する形でX計画と称される国家プロジェクトだ。
  このようにして、日本の勝利が思わぬ加速を掛け始めている。大国らは互いに、開発に後れを取るまいと必死でMSの開発に着手しているのである。
MS開発がプラントへの対抗意識であると共に、実は同じ同盟国である大西洋連邦、ユーラシア連邦、東アジア共和国らを互いに牽制する意味合いがある。
しかもその対抗意識が、実は日本にも向けられていると言っても過言ではないのだ。そう、これらMSが、中立連盟にも降りかかる可能性を否定することは出来ない。
  中立連盟にしてもMSに対抗するための手段として歩行戦車―――または多脚戦車の開発が進められているが、これはあくまでも地上の運用に限定される。
また空と宇宙空間におては、コスモゼロ、コスモファルコン、コスモタイガーUら戦闘機に任せておけばよいという意見が、日本軍の中では多かった。

「MSが強力とはいえ、我が方の戦闘機に勝るとは考えにくい」
「そのMSを開発するよりも、まずはこれら戦闘機を他の連盟国にも導入させ、防備を固めさせた方が良いと思うのだが?」

日本軍の高官の多くは自軍の戦闘機を信じているのだ。これに対して防空隊総司令の土方は、慢心は禁物である、と注意を即している。
とはいえ性能を検査している分析課からは、MSとの戦闘は5分以上に持ち込めると判定している。後はパイロットの技量とチームワークが要であると言うのだ。
  自軍機を他国にも普及させるのは、早期の軍備増強と防衛体制の確立にも繋がるのだが、〈コスモゼロ〉といった戦闘機は、日本もとい元国連の主力戦闘機。
自国で生産するには技術は勿論の事、価格の面にも大きく影響してくる。これを過去の地球に当てはめて言うなれば、次のようなものである。
アメリカ軍が1949年頃のジェット戦闘機〈F−86(セイバー)〉から約50年もすっ飛ばして、2000年頃の〈F−35(ライトニング)〉を造ろうというものだ。
  無論、その様な事を言ってしまったら宇宙戦闘艦も同じ事なのだが、生憎と連盟国に宇宙戦闘艦は2隻のみ。後はメビウスが大半なのは前述した通りである。
それに宇宙軍の艦艇は大半が旧式に分類されている。既存艦で年代的に新しいのは長門型弩級宇宙戦艦と赤城型宇宙空母のみであり、現在は試作艦を建造配備中だ。
以前に沖田が話した通り、日本宇宙軍は戦闘艦艇の廉価版(とは言いつつもこの世界では強力だが)とも言うべき代物で、連盟宇宙軍の戦力を整えようとしている。
  これでも十分な処置である―――と言いたいところだが、現在の日本軍が鹵獲して改造中の連合軍艦船の存在も忘れられてはいなかった。
そこでアガメムノン級宇宙空母やマゼラン級弩級宇宙戦艦と言った各種艦艇を徹底調査し、日本軍の技術を最初から導入した改良型の宇宙戦闘艦建造案を立案。
価格的には連合軍で使用する各艦艇よりも2割程度跳ね上がってしまうが、中に乗る兵士達の生存率を高められることを考えれば安いものだろう。
尤も決定事項という訳ではなく、日本宇宙軍の戦闘艦艇を導入させるか、或は地球連合軍の戦闘艦の改良艦を導入させるかのどちらかになる。

「或は既存の兵器を改良してもらった方が、遥かに安上がりではないかね。そう、確か‥‥‥メビウスという宇宙戦闘機があっただろう」

  メビウスは、MSが登場するまでは宇宙軍の主力機動兵器だった。それが一転して力不足を指摘され、多くのパイロット達も乗るのを躊躇うほどである。
此奴に乗るくらいなら軍を辞めてやる、と言う兵士も居るくらいなのだから笑い話ではない。連合軍もこの代替機を用意することが困難であると認めている。
  そこで考え出されたのは、上記の日本軍高官が言った、戦闘機技術を導入してメビウスを改良しMSに対抗しうるものにしよう、というものであった。
因みにメビウスには前期生産型、またはプロトタイプとも言える機種が存在している。それが〈メビウス・ゼロ〉と呼ばれる代物。
ただしこの機体は生産数が極端に少なく、連合軍もとい大西洋連邦の機体ゆえに、オーブ連合首長国等の他国には全く配備されていない。
  というのも、メビウス・ゼロと呼ばれるMAは、パイロットの高度な空間認識能力が求められる機体だからである。
武装された4つの独立武装ポッドを、同時に遠隔操作して敵を攻撃しなければならない。それがどれ程にして大変なことであろうか。
日常の車を運転して周りに気を配る―――という比ではない。

「メビウスはオーブ連合首長国が有している。生産ラインも有していることだから、後は我らの技術陣が出来る限りの改良を加えてやればよいのではないか」
「改良されたメビウス1機でMSに対抗できるかは不明だが、コスト面でもこちらの方が安価なのは確かだろう」
「そうだな。一時凌ぎにはなるであろう。後はコスモファルコン等の戦闘機を配備させると同時に、この改良型の配備も考えた方がよさそうだ」

  MS対策には、艦載機を当てることで解決を図ろうという方針があったが、その一方で宇宙海兵隊や地上軍、そして新たに海軍海兵隊からも強く推進されている新型の1人乗り機動兵器の案件もあったのだ。

「それと、我が軍では歩行戦闘車の開発が進んでいるが、いずれにせよ連盟国にも共通運用されるのは確定している」
「MSに対抗しえるとは聞いているが、大丈夫なのかね」
「それだけではないだろう。宇宙海兵隊と地上軍‥‥‥いや、海軍海兵隊でもあったが、98式に代わる新機動兵器の開発にも不安はある」

艦載機で十分ではないかとの意見も少なくなく、この新型機動兵器の開発に難色を示す部分は未だに多い。
それでも開発の中止を強く押し通さなかったのは、よしんば開発に成功すれば、より強力な兵器として日本軍のみならず連盟国軍そのものののパワーアップを図れる―――という目論見がったからに他ならなかった。
とはいえ、現在、研究開発の真っただ中にある新機動兵器開発における完成の話は、まだ先の話であり、当分は艦載機や歩行戦闘車の共通運用が課題であった。
これが日本軍中央司令部の見解である―――あくまで日本軍の見解だ。中立連盟軍の中には、不安を持つ軍関係者は少ない、とは決して言い切れないのである。
  特にMSを強く推しているのが、盟友とされるオーブ連合首長国だった。日本との共同歩調を取っているだけに、この表明には意外性を隠し切れない。
とはいえウズミ・ナラ・アスハ本人のものではない。彼と同じ五大氏族の1人であるコトー・サハクの養子 ロンド・ミナ・サハクの発言だった。

「日本の艦載機はMAよりも性能が良いことは認めます。しかし、MSに対しての実証性が無い以上、開発は無用と決めつけるのは如何なものでしょう?」

プラントからの会談打診が入る前に行われていた、オーブ連合首長国の国会内部においてそう発言していたミナ。
コーディネイターの生まれであり、190cmの長身に長い黒髪と端正な顔立ちをした女性だ。彼女はサハク家の養子であるが、まだ正式な当主ではない。
当主ではないものの、軍事的な地位では上位に位置するサハク家にあって、彼女の発言力も並ならぬものがあった。
  因みに彼女には瓜2つの弟―――ロンド・ギナ・サハクがいる。この2人は、サハク家当主のコトーがオーブ連合首長国の政治体制に危機感を覚えた結果だ。
つまり、血筋による政治維持の体制は、やがて国に危機を及ぼすと判断した。そこで実力を有する優秀な人材を欲して、この姉弟が生まれたのである。
確かに2人は頭脳にしても体力にしても並ならぬものだ。そして、現体制に強い不信感を募らせており、中立維持を貫こうとするウズミを痛烈に批判している。
綺麗ごとで国が纏まるか、国が成り立つか、時代や世界の流れに対応していかねばならない、と2人は同じ思想を持っているのである。

「実証されもしていない兵器を優先的に配備することが、どのような結末を迎えると思いですか。ここは我が方もMSの共同開発を成すべきです」
「わかっておる。だから日本に対して、MS共同開発を打診したのだ‥‥‥やんわりと拒否されたがね」

  そう言う閣僚の表情は、何処か苦々しげである。ただし、その脈が全くなかったという訳ではなく、日本側の反応からして可能性は残されているという事だ。
別の閣僚が口を開く。

「仕方あるまい。MSの開発には多大な時間を要するのだ。日本側としてもいち早い連盟軍の国防力の強化を図る為に、例の戦闘機を各国へ配備すること、並びに生産ラインの許可を出しているのだ。それに、メビウスの改良にも手を貸してくれる事を約束している」
「それにだ。MSに対抗しうる地上兵器として、歩行戦闘車が我が技術陣の参入もあって順調に進んでいる。完成すれば、これも連盟国の主力として配備される」
「また君は誤解しているかもしれんが、日本はMSを無視してはいない。その歩行戦闘車はもそうだが、新たに1人の用の機動兵器を検討中なのだ」

氏族のメンバーが反論するものの、サハクは容赦なく再反論する。

「結局、それは日本がMS開発に懐疑的という事でしょう。それが如何なる機動兵器であるかは存じませんが、MSに対抗する為にはMSが必須なのです。それが日本の指導者達の頭では理解できておりません。それでは、いざという時の対応が出来かねます。首長は考えが甘いですわ」
「君、如何な五大氏族の家系とはいえ、少しは弁えたらどうかね!」

彼女の辛辣な批判に、他の氏族が怒りを露わにした。
  それで臆するような彼女ではなく、他の批判を冷徹な視線と目に見えぬ防波堤によって打ち砕いてしまった。

「より積極的にMS開発計画に携わるべきですわ。先日にも地球連合からの技術提携の打診がありましたが、それを蹴とばしてしまったではありませんか」
「地球連合はプラントと戦争をしているのだ。そこに我がオーブが介入してどうする? 君はオーブを戦乱に巻き込もうというのかね」
「戦乱を恐れて生き抜けていけると思いですか? それは結構ですが、国が滅びてしまっては元も子もありませんわ」

地球連合軍からのMS共同開発の打診は、以前からあったものだ。オーブの技術力と地球連合の技術力を合わせれば、相応のMSができる筈だ。
敢えて日本に打診しなかったのは先日の核攻撃の影響がある。強く非難していたのは日本で、その国が容易にMS開発に共同してくれるとは考えにくかったのだ。
そこで地球連合軍上層部は、一方のオーブ連合首長国に共同開発を秘密裏に求めたのである。公になれば厄介な事になるのは明白であるからだ。
  だが、ミナにとって公になろうがなるまいが、大したことではなかった。要はMS開発の技術を吸収できれば良いのだ。
後は自国においてMSを独自生産して防衛力を高める。さらに貪欲なのは、日本の軍事技術さえも吸い付くし、オーブ連合首長国を強化しようというものだった。
このような目的を持っていた彼女だったが、あろうことかウズミは断った。独自の中立による維持を建前に蹴り飛ばしたのである。
日本との軍事技術提携をしておきながらよく言えたものだ、と彼女は嘲笑したと同時にウズミを心奥底で罵った。

「兎も角、今は日本との技術提携で十分だ。歩行戦闘車の開発も順調に進み、量産体制に漕ぎ着ける段階に来ているのだ」
「それに段階というものがあるだろう。今は、戦力を整える事に専念すべきだ」

  この決定に不満を強く抱いたのがミナだ。先の主張のように、MSを開発し早々に量産しなくては国防力に期待は持てない―――と不服を申し立てた。

「我がオーブは、日本からの技術援助を受けている。これ以上の高望みは、かえって傲慢と捉えられるだろう。ここはいったん抑えるべきだ」

完全なる量産体制に持っていけなくてどうするのか。閉幕となった閣議を後にしたミナは改めてウズミを無能者と擦り付ける。
日本も地球連合も所詮は美味い出汁に過ぎないのだ。これを吸い付くし、やがてはオーブ連合首長国を世界の中心に据えることを高い目標としている。
  そうだ、いずれ中立連盟なる組織もオーブ連合首長国の道具に過ぎなくなるだろう。日本も例外ではない。かの国は強大かもしれないが無敵ではないのだ。
先日に日本宇宙軍の中古駆逐艦を買い付けたのをきっかけに、自分らオーブ連合首長国も強大な宇宙軍を作り上げるべきである。
地球連合と日本の技術を吸い付くし、それをオーブ連合首長国にフィードバックさせることで世界最強の軍を作り上げるのだ。
  とはいえ、今はまだ当主でもない。コトーを通じて色々と便宜を図ってもらっているが、いずれは世代交代するのである。
さらにはウズミを座から蹴落とし、他の政敵も蹴落とし、自分らが正統なる指導者として君臨するのだ。
その道筋を立てつつも地球連合からの技術提携の件は捨て置けない。

「私も保険を掛けさせてもらわ」

  ひとまずは秘密裏に事を進めねばならない。幸いなことに国営企業モルゲンレーテ社はサハク家とのパイプがある。そして地球連合もとい大西洋連邦に対して協力するにも、一番に食いつきそうな相手を選ばねばならない。
該当者は数いれども影響力を考えた場合は独りしかいなかった。

「ムルタ・アズラエルに高く売りつけようかしらね」

自室において端末機を弄り、アズラエルのデータを表示すると誰知らぬ不気味な笑みを浮かべるのであった。





  各国のMS開発競争という意外な進展を見せる世の中の動きに、注意深くかつ興味深く見ている人間も多くいる。

「何処も彼処も、MS作りに精を出されるとは思いませんでしたね」

国防産業理事ムルタ・アズラエルは、報告書に目を通しながら皮肉を混ぜて呟いていた。宇宙の化け物に対抗する為にMSを開発しているのは確かなことだ。
しかし、それを加速させた張本人が日本だ。彼らがユーラシア連邦と東アジア共和国を叩きのめしたばかりに、MS開発が最重要課題になっている。
特に地球連合内部では自国で開発したMSを主力にしようという狙いを持っている。そうすることで自国の発言力や影響力を伸ばそうと言うものだ。
  大西洋連邦にしても国内企業の総力を挙げてG計画を推し進めている。アズラエルも国防産業理事として大いに関与しているのだが、当初はMSを開発するよりも日本の戦闘機を輸入して独自生産できるようにした方が遥かに良いのではないか、と疑惑を持っていたものである。
だが保険は掛けておくに越したことは無い。ハイリスク・ハイリターンは望むところではないうえに、万が一のことを考えなければならなかった。

『理事長、連合軍参謀本部のサザーランド大佐からお電話です』
「わかりました。こちらに繋いでください」

  地球連合軍とのパイプ役を果たしているサザーランド大佐からの連絡に、アズラエルはいつもの事だと言わんばかりの表情で応じた。

『お忙しいところ失礼いたします、アズラエル理事』
「構いませんよ、サザーランド大佐。例の件ですよね」
『はい。我々のG計画の進捗状況ですが、理事の全面的な支援により、予定よりも10%ほど早く進んでおります』
「ビジネスはスピードが命ですからね。まあ、正確さと成果もきちんと出してくれればよいのですが」

G計画によるMSと搭載母艦は、当初予定では来年のC.E暦71年5月中旬にロールアウトする手筈であった。
そこへ、大西洋連邦の企業勢力が全面的なバックアップが功を奏し、新たな参入者も加わった結果として、今年度の12月中旬頃になるとの見通しだった。
  その参入者がオーブ連合首長国のロンド・ミナ・サハクであったのだ。彼女は秘密裏にモルゲンレーテ社を通じてアズラエルに接触を図った。
彼女は、オーブの技術を提供する代わりに大西洋連邦の技術を入手するよう取り付けた。同時にオーブ連合首長国に対する不可侵条約等も取り付けたのである。
また彼女は、独断によって日本軍の技術も一部ながら提供したのである。その中にはショックカノン等が含まれており、アズラエルとしては相当な収穫だった。
  しかし、ミナも決してお人好しではない。自分だけが都合の良いように、やはりと言うべきか日本軍の技術はワンランク落とした代物であったのだ。
これまでは正式な形で日本側から輸入できた技術はと言えば、慣性制御技術と旧型フェーザー砲を受け取ったにすぎなかった。
  それがミナの独断交渉によって、ショックカノンの他に機関技術、電磁防壁技術が流出してしまったのだが、それだけではない。
メビウスの改良型に関する資料も流されており、これは大いに役立つ。MSに対抗するにはやや力不足にしても、これは時間を左程に要しない。

『改良型のメビウスにしても、全く違う機種を扱うよりはましでしょう。パイロットを新たに育成する手間が省けるというものです』
「同感ですね。MS就役までには、何とか繋ぎにはなるでしょう」

それに改良型メビウスは民間企業にも売りつけることができるだろう。もっとも日本側も同じ事を考えているとなると、そう簡単にはいくまいが。
とはいえ流れ得た技術がやや古くとも、この世界にとって先端技術以外の何物でもない。特に機関技術の導入はエネルギー兵器への供給に大いに役立つ。
ただし例の新型機関までの情報は入手できておらず、もしもこれを知れば喉から手が出るほどに欲したことであろう。
  ミナの独断による技術提携は、大西洋連邦―――敷いては、地球連合を大いに強化せしめることに成るだろう。MS開発にも加速がかけられる。
これでコーディネイターに対して有力な力が手に入った。後はMSのプロトタイプの完成を急がせるとともに量産体制への移行を即すことにある。
宇宙軍においても各戦闘艦艇の改修、改装作業を急がせる。そしてMS運用母艦の建造も同時進行で進み、ミナの技術提携もあって順調に進んでいる。

(あの女の腹の内は読めているが、如何せん、蹴り飛ばすこともできない。まぁ、慣性制御と光学兵器以外の収穫があった訳ですから、大目に見るべきでしょうねぇ)

  秘密裏にコンタクトを取ってきたミナに対して、アズラエルは苦笑せざるを得なかった。この女性は、オーブ連合首長国きっての野心家であるのは明白だ。
その秘密裏なコンタクトが何よりの証拠である。強大な軍事力と科学力を持つ日本との技術提携をしているのに、彼女はウズミを出し抜いてきた。
情報によれば、日本はMSの開発にあまり熱心ではないようだ。そこで大西洋連邦の共同開発に手を出したのであろう。
しかも日本の技術を一部とはいえ手土産として持ち出してきている。その代わりにこちらの技術をオーブ側へと流し込むのは当然と言えた。
  これらの行動からして、ミナはオーブ連合首長国の現状に満足している訳がないのが伺えた。つまり、オーブ連合首長国で世界を支配する気でもいるのだろう。
とはいえ、日本がその横暴を黙って見ているとは思えない。まだ把握していないだけだろうが、中立連盟の中に彼女のような野心家は危険極まるに違いない。

『例のオーブからの協力者ですが、今後、如何なさるおつもりです?』
「あぁ、あのサハク家の女性ですね。構いません、今は放っておきましょう」
『‥‥‥よろしいのですか』
「何も焦ることはりませんよサザーランド大佐。彼女の野心に気づけないほど、僕も愚かではありません。それに彼女の野心は、皮肉にも日本が邪魔するでしょう」

成程、とサザーランドは頷いた。ウズミ他首脳部の大半は、日本との関係を良好に保ちたいと考えている。それだけにミナの行動は、その関係に溝を作りかねない。
下手をすれば追放されることもあるだろう。

「どの道、苦境に立たされるのはオーブであって、我々ではありません。彼らが反旗を翻したとしても、盟友であらせられる日本と周辺諸国が許しはしない‥‥‥」

  皮肉の笑みを浮かべながら彼は滅びゆくオーブ連合首長国を想像した。オーブ連合首長国が勝手に決起して、勝手に鎮圧される方が遥かに好都合だ。
好都合であるのだが、ビジネスマンとしての彼は、オーブ軍事企業モルゲンレーテを手放すのは惜しいとも思う。漁夫の利を得たいところだが、難しい。
であるならば、ここはミナから搾り取るだけ搾り取っておこう。次いで、日本の技術も新たに取得できれば有り難いものだ。

『それと、先日に発表された会談の件ですが』
「聞いてますよ。それで、宇宙の化け物は何を望んでいるんでしょうかねぇ」

  わざとらしい言い回しだった。大凡の見当はついている。中立連盟を動かすのは容易ではないが、出来るとすれば、それは中立連合にとっても無視しえぬ内容だ。
無論、先のミナの一件もあり得ない訳ではないが、可能性は極度に低い。ならば何か―――答えは幾つかあるが、容易に出てくるものばかり。
  つまり、民間人への被害と中立国への主権侵害、そして核兵器。これらを持ち出された場合、中立連盟としては黙っている訳がない。
特にプラントの被ばく事件で強い反論を上げた日本と中立国達だ。次に核攻撃をしたら、おそらくは軍事行動に出てくるだろう。
そうなっては厄介どころの話ではない。プラントへの対応でも苦慮している時に、中立連盟までが参加してきたら敗北は濃厚になる。

「まぁ、差し詰めは核兵器の使用を厳禁してほしい、と言うものでしょうか?」
『でしょうな。日本は過去においても核を落とされた国ですから、その要件を承諾せずにはおられんでしょう』
「非核三原則っていう、あれですね。いやはや、そんなばかげた宣言を、この世界に来た日本は律儀に守っているとは」

  核は使わなければ意味がない、とは口には出さない。それはサザーランドに配慮したわけでもなく、寧ろ画面越しにいる彼も核使用は推進しているくらいだ。
所謂、暗黙の了解のようなものだろうが、アズラエルや強硬派にとって核兵器はお飾な代物ではない。使わずして抑止力という世迷言を信じてはいなかった。

「それで、G計画の所在はバレてはいませんよね?」
『はい』

  G計画は地球上で進行していなかった。宇宙の連合が管理しているコロニーで当初は計画が進められていたのだ。それが途中で計画を変更された。
ミナの協力をもってして現場をオーブ連合首長国管理下のコロニー、ヘリオポーズへと移したのである。研究員や製造途中だった部品は、改めて分割輸送された。
露顕されぬように、巧みに騙し騙しでヘリオポーズへと運び込まれていったのだ。
  よもや中立宣言を掲げるコロニーの中で密やかに兵器開発しているとは考えまい。勿論、あの女が余計なことを口にしなければであるが。

「ばれてしまったら‥‥‥まぁ、オーブは非難の的になるのは明白ですね。我々にしたらどうでも良いことですが」
『ですが、G計画の所在地が露見した場合、プラントは中立国のコロニーであろうと軍事行動に出るでしょう』
「当然ですね。中立に反した時点で、他国に攻められようと文句は言えませんし‥‥‥。とはいえ、開発中に襲われたのでは冗談にもなりませんね」
『そこは情報部が徹底して統制しております。現場の人間も限定された者を採用しております故、開発が完了するまでは持たせます』
「いいでしょう。それと、MSに乗るパイロットの方はどうです?」

MSが完成しても、それに乗る人間が居なければ意味はない。しかし、MSは完成してパイロットを乗せたからと言って、それで安心ではないのだ。
何せMSと言う代物は高度な機械の塊である。操作する側がしっかりとノウハウを身に付けなければ、本領を発揮する事は到底不可能。
  しかもナチュラルが操作する場合、ナチュラルに合わせたMSの管理システムが必要となる。システムと人間、双方を揃えなければならない。

『テストパイロット5名を選定しております。訓練課程をクリアした者ばかりですが、実際に乗るまでは何とも‥‥‥』

それはそうだ。自動車シミュレーターだけで訓練した人間が、本場の自動車に乗って最初から完璧に運転出るわけがないのと同意である。
彼らパイロットが乗る予定のMSは、G計画に準えて現在造られている試作型が5機存在する。それぞれを〈ストライク〉〈イージス〉〈バスター〉〈デュエル〉〈ブリッツ〉と呼んでいる。
これらは各機種によって様々な思考を張り巡らされており、これら機体の性能の結果を通じて量産型へと反映させるのだ。

『それとMS母艦の艦長も内定が決まり、その他随員を選定中です』
「そうですか。確かその艦の名は決まったのでしたね‥‥‥何と言いましたか?」
『〈アークエンジェル〉です』

  キリスト教に登場する天使階級の1つ―――大天使とされており、〈アークエンジェル〉とは大天使を英語にした場合の読み方になる。
天使階級に関しては、イスラム教、ユダヤ教にも記してあり、差異があるが、連合軍はキリスト教における天名を採用しているようであった。
そもそも天使階級とは、キリスト教においては上位三隊『父』、中位三隊『子』、下位三隊『聖霊』の3つからなっている。
そして〈アークエンジェル〉こと大天使は、下位三隊『聖霊』に位置する地位だ。
  アズラエルは苦笑した。大天使が他の聖霊を従え、宇宙の化け物に鉄槌を下すのかと思うと愉快にも思える。
鉄槌を下すであろう〈アークエンジェル〉の戦闘艦としての機能は、通常の戦艦よりも強力であることは計画書からも解っている。

「全長420mにも上る巨大な母艦ですが、従来の計画に対して、先の技術を盛り込んでますね。どうです、性能的には」
『日本軍の技術が流れてきたのは、幸いというべきでしょう。お蔭で攻撃と防御は勿論のこと、機関技術が向上したのも大きな成果です』

日本軍の技術が流れ込む前の計画書では、〈アークエンジェル〉には次のようなスペックが備われる予定であった。

MS搭載母艦〈アークエンジェル〉
・全長:420m
・兵装―――
  ・陽電子破城砲×2門
  ・225cm連装ゴットフリート×2基4門
  ・110cm単装リニアカノン×2門
  ・大型ミサイル発射管×24門
  ・小型ミサイル発射管×16門
  ・75mmガトリング砲×16機
・搭載:MS×6機
・装甲:ラミネート装甲

単艦としての戦闘能力はネルソン級宇宙戦艦を凌駕していると言っても過言ではない。
  まして、ここに日本軍の技術が流れ込むのだ。技術を組み込んだ結果として、〈アークエンジェル〉はさらに性能を向上させていると言える。
旧型とはいえ十分な出力を有する機関部によって、加速性能や各兵装へのエネルギー供給率が向上できる。
ゴットフリートは、フェーザー砲の技術を応用された事によって威力を向上させた。が、エネルギー変換は簡単なものではなく、従来よりはやや向上した程度。
それこそ日本軍の正式採用するフェーザー砲には、まだ及ばないのが現状である。
  陽電子破城砲ことローエングリンも、ショックカノンの技術導入によって威力が向上した。エネルギー充填の短縮にも成功している。
また電磁防壁の導入により、エネルギー兵器に対する防御性能も向上。ネックは実弾兵器にたいする防御は以前のままであるという事だ。

「盛りだくさんな戦闘艦ですが、流石にコストは馬鹿にできませんねぇ」
『はい。日本軍の技術を平常利用するためには、それなりの改善と発展が必要です』
「仕方ないですね。まぁ、オーバーテクノロジーを簡単に解析できると思うほど、僕も楽観的ではありません」
『〈アークエンジェル〉の具合を見ながら、2番艦も着手します。それと、既存艦からの発展型の計画も承認を得ました』
「全艦艇をMS搭載型に出来るようにすれば、奴らを圧倒できる‥‥‥ともかくは、MSの開発を急がねばなりませんね」

それまでは従来の兵器で対抗せねばならないのだが、どの道、物量では地球連合が圧倒しているのは明白である。
プラントの狂的な進軍は、一度崩れてしまえば立て直すのは不可能になるだろう。先日のアフリカ大陸での反撃で勢いづけばいいのだが、実はアズラエル自身、MSの配備が完璧となるまでは押し戻すことは難しいと考えてもいる。

「MSによる実戦データ、早く得たいですね。忌々しい砂時計の化け物どもに、躾けをしなければなりませんから‥‥‥」

アズラエルの言葉に、サザーランドは頷いた。言っても解らない連中は、徹底して叩きのめし、どちらが主でどちらが従を教え込まなければならないのである。






  中立連盟とプラントによる会談は、C.E暦70年3月12日に日本首都東京の議会上にて行われると決定した。
地球連合諸国は猛反発を繰り返しており、プラントへの介入であると叫んでいる。藤堂を始めとした連盟諸国の代表者達は、そのような反論をものともしない。
常に中立であることを強調し、今回の会談においてもプラントに対する肩入れではなく、全人類に関わる内容である事を述べた。
  とはいえ、日本国内にて藤堂らの決定を賛同する者ばかりがいるわけではなかった。プラントとの会談は断るべきだと主張する一派も少なくない。

「中立としての立場を変えてはならない、プラントとの会談は断るべきだ!」
「我が国に戦火を呼び入れてはならん、即刻追い返すべきだ!」
「会談反対、戦争反対!」

真昼間から首都の街道にて、会談反対派の国民一団がプラカードを掲げて行進を行う。飛び火されることを恐れているのは明白であった。
それだけ反対するのにも他に理由が存在する。かつて日本のいた地球は、火星の反乱によって隕石攻撃を受けるなど、かなりの損害を被った事がある。
元はと言えば国連の一部管理者の責任から発生した戦争だが、それでも民間人をも巻き込んでしまった事自体は決して許されぬものだ。
  火星軍が降伏した後、火星の移住者は強制的に地球へ移されている。だが、この戦争が原因でマーズノイドは軽蔑され、蔑まされていった。
憎きマーズノイド等と虐待される事件も少なくなかった。日本国内でも例外ではなく、その度に警察機関が割り込んで治めようと躍起になっていた。
政府関係者もマーズノイドに対して虐待等の行為を厳禁とし、務めて平和的に交流するように常々に促したものである。
もし社会秩序が維持しえなくなり虐待が日常的となれば、それは国家の崩壊を意味する事でもあった。戦後十数年経過する今でもマーズノイドを軽蔑する人間はいる。
そしてマーズノイド側でも、アースノイドからの圧力に不満を募らせているのだ。
  反発の声を上げる反対派をモニター越しに見やり、不機嫌になる男が1人いる。

「ふん、何も分かっておらん」

執務室で不機嫌を具現化した様な表情を作っているのは、軍務局長の芹沢宙将であった。その不機嫌な芹沢を、何食わぬ顔で見ているもう1人の男。
中肉中背の体躯に、黒い髪と薄目をしている顔。その表情からは微笑みという言葉とは似合わない、何処か見下しているような皮肉の笑みがある。

「それにしても珍しいですね。閣下が今回の会談を反対なさらないとは」

  小馬鹿にした様な物言いが、芹沢の癪に障る。彼は情報本部に所属する伊東真也(いとう しんや)二等宙尉。年齢は28歳。
芹沢直轄の部下でもあり、その情報収集能力は目に留まるものがある。能力は能力であるとして、彼は伊東を直轄として使っていた。

「これは人類全体の問題だ。それくらいは、貴官も理解しておろう」
「はい。勿論です。もしも日本の真上にでもアレ使われたら、大変ですからねぇ」
「大変で済むものか。大国は自分の力に自惚れ、日本を小国と見下す‥‥‥それに狂信者集団だ。まったく、やっておれん」
「ブルーコスモスでしたか、確か。あいつらが核兵器を使ったのでしたね。今後もやりかねないでしょう」

だからこそ会談を受け入れたのではないか。口にこそ出さないが、目線で分かっておると言わんばかりの威圧を掛ける。
  伊東は、そんな威圧などものともしない。平然として口を開いた。

「会談を開くのは良いとして、プラントに対する火星移住の件はどうなさるおつもりで?」
「儂は受け入れんがな。大半は支援に同意しておるのだから、致し方あるまい。下手に妨害をすれば、ややこしくなる」
「お人よしですねぇ、我らが長官殿は」

文官出身者である藤堂に対して、伊東の個人的評価は高いとは言えない。何故、こうも他人に対して、優しく手を差し伸ばす必要があるのだろうか。
日本の軍事的優位は既に証明されているのだ。他国など無視して、自分らの事を考えればよいものではないか、と伊東は思う。
そうやって甘やかしていると、いずれ反抗的な態度に出てくるに決まっている。特にプラントの選民思想は危険すぎると、危機感を募らせていた。
  いっそのこと連合とやらと結託して、プラントを滅ぼしてやってもいい。科学力、戦力を双方で補えば、プラントは簡単に滅び去るだろう。
だが地球連合の不統一ぶりや、ブルーコスモスといった異常集団が蔓延していることを考えると、日本にどのような仕打ちをしてくるか。

「会談のことなど、貴官が気にすることではない。情報を集め、儂のところへ報告すればよいのだ」
「心得ております」
「で、新しい情報はあったのか?」

  せっかちな人だな。内心で不満を述べつつも、表情には出さない。それに、この男は無理難題を突き付けるのが珍しくないのだ。

「各地に派遣した諜報員、並びに国内から幾つかあります」

諜報員は連合国側各地に派遣されている。さらに同じ連盟である加盟国らも例外ではなく、諜報員は世界に散らばり情報を集めているのだ。
これは芹沢の進言により実現したものである。彼らは研究者に紛れて、業者に紛れて、或は住民に紛れて、各地での情報収集に勤しんでいる。
当初においては、あまり賛同できるものではなかったものの、芹沢は議会上で強く推した。何せその当時は異国の地同様の状態だったのだ。
  また、国際中立連盟を設立させた時期において、芹沢は諜報員を最大限に活用する為に、中立連盟各国において諜報員の活動拠点を設けるよう進言していた。
この提案には、さしもの藤堂らは反発を示した。そういった行為は、連盟国に悪い印象を与えかねず、日本に対する信用の低下にも繋がりかねないからだ。
だが芹沢は、巧妙な言い回しによって藤堂らをうまく説き伏せる事に成功した。中立連盟を監視するのではなく、地球連合またはプラント支持国を監視する為だと。
諜報員は常に発見されるのではないかという恐怖感と、隣り合わせで生活していかねばならない。そして、その為には安全な拠点が必要である。
そこで中立連盟各国に、活動拠点を密かに儲けさせてもらおうというのだ。
  藤堂は、これを中立加盟国に対して、密かに活動拠点を設けてもらうように頼んだ。どの代表も顔をしかめたのは当然と言えよう。
しかし、得た情報は加盟国に対しても平等に行き渡るようにする、情報ネットワークの構築を公表したこともあって、辛うじて賛同してもらえたものだった。
それに情報は、戦争において重要な意味を持つものだ。これを蔑ろにすることは、即ち兵站を軽視するのと同等であろう。これは過去から変わらぬ事だ。

「まずはアフリカ方面へ派遣している者からです。近々、地球連合がアフリカ共同体への侵攻を開始する、と」
「予想はしておったがな。我らが介入する余地はないが‥‥‥実行日を知っておくことに越した事はない」
「はい。しかしながら、そこまでは掴みかねているようです。恐らくは4月下旬頃にはなるでしょう」

アフリカ大陸における、地球連合圏を確立すべく躍起になっているのが目に浮かぶ。早いところ、悩みの種を潰したいようである。
  だが芹沢は、このアフリカ大陸を二分している勢力―――アフリカ共同体と、南アフリカ統一機構の小競り合いは、そうも簡単に終結しえるとは思えない。
その理由は簡単だ。プラントが黙って手を拱いているとは考えにくいからだ。地球上の活動拠点を失うことは今後の地球攻略に大きな支障をきたすのは目に見える。

「こちらに被害が飛ばなければいい。で、次は?」
「南アメリカに派遣していた者から、地球連合内部における奇妙な情報が入りました」

地球連合軍が極秘で開発しているという、今一つの信ぴょう性に欠けた情報だった。
  信ぴょう性に欠けるとはいえ、その様な情報が入るということは、無視できぬ問題だということは、芹沢の脳裏に判別しがたい靄を掛けた。

「噂話から得た為、確信性は全く期待できませんね。一説には、我が軍の軍事兵器を模範しようとしているとか、あるいはプラントのMSに似た兵器を開発中だとか」
「伊東二尉、噂は確信性はないが、否定できる要素もない筈だ。白か黒かをはっきりつけるまでは、蔑ろにするなよ」
「心得ています」

馬鹿にしないでもらいたいな。情報部としてのプライドがある身として、彼はばれない程度に眉をひそめた。
  この時点で彼らは明確には知り得ていない。この新兵器開発に、オーブ連合首長国の一部が関わっていることを。
同時に、日本が供与した軍事技術が、大西洋連邦に流れていることもだ。そして何よりも、ウズミ本人がそれを察知しえていないのである。

「で、連盟各国においてはどうだ」
「目だったものありません。オーブにしても、我が国との国防強化に勤しんでいる事は確実ですな」
「オーブと言えば、確か地球連合から技術提携を求められていたが‥‥‥その後は?」
「いえ、手を組んだような様子は見受けられないようです。あのアスハ首長としても、連盟との関係を強調する方向を崩しておりませんからね」

伊東の言う通り、ウズミはそうであろう。ただし別の氏族はそうだとも言えず、公式の議会記録から得た情報で気になる人物に注視している。

「指導者としてはそうだろうな。だが、例の女はどうだ」
「ロンド・ミナ・サハク‥‥‥ですか。議会では何かと武装化を強く主張しているようで、その技術提携においては賛成派でしたね」
「そのサハクという女を、どう見る」
「サハク家の養子で、成績優秀、才色兼備―――そんな声があるようですが、強硬的な姿勢があり、兵器の開発、製造に携わるようですが‥‥‥何とも言えません」
「要するに、注意しておくべきだな」

公式記録や肩書を見る限り、サハクという人物はかなりの逸材らしいことは分かるのだが、彼女が果たして大人しく引き下がるだろうか。
いや、ウズミの方針を無視するようでは、議会や氏族間の立場は危うい。
  だが、監視の目を掻い潜り、大西洋連邦と手を握っていることを知れば、連盟は大いに慌てたであろうか。
この事実が公になれば、国際中立連盟の立場をも崩すであろう。地球連合とプラントから攻撃を受ける可能性も否定できない。
  その様な事とはつゆ知らず、芹沢は話を切り替えて国内情勢について尋ねた。

「相も変わらず、会談への反対デモが活発的なことを除けば、問題はないかと」
「本当にそうかな? 楽観視しては困るぞ」
「勿論です。反対デモの一方で、マーズノイドらが動き出す可能性もありますし」
「マーズノイドか‥‥‥今回の会談では、火星圏にコーディネイターの首都を建設する事も、盛り込まれている」
「成程、それを聞いたら、さぞかし自分らにも権利を与えてほしいと言うかも知れませんねぇ」

プラントと地球連合との調和を目指そうとしている日本だったが、早期終戦を考えるばかりに自国内部における問題を蔑ろにしていた。
戦争の火種が飛び込むことを恐れるのは勿論、マーズコロニーらの問題があったのである。プラントに火星圏の居住を援助するとなれば、彼らも黙ってはいないだろう。
  だが日本に移住しているマーズノイド全てが、火星圏に対する居住に対して異議を唱えている訳ではない。騒ぎたてているのは全体の約2割にしか満たないのだ。
それに火星へ移住するにしても、もはや自分らの知る火星ではない。この時代の火星であり、まだまだ開拓の序盤であった。
騒いですぐに移住できるわけでもなく、寧ろ今の生活の方が安心できる―――そう思うマーズノイドも多かったのだ。
  逆に火星圏への移住に固執する一派はと言えば、地球圏に住み込んでからの差別行為に悩まされ、あるいは本気で火星に対して固執している人々が大半であった。
火星に新たな夢と希望を抱く彼らは、プラントに火星居住権が与えられたと知れば激昂し、強い抗議行動に出るやもしれない。
何故プラントにはそれが叶えられて自分らにはないのか。そうやって不満を述べるに違いない。そこから怒りを高ぶらせていき、果ては暴挙に出られたら困る。
このような自体をも考慮し、火星にはプラント以外の都市の建設も考えられている。何せ月を1つとっても、プラント国民が住むにはかなりの面積だ。

「常に目を光らせろ。何か起こったら始末におえん」
「了解しました。今後も注意して監視します」

いつも通りの掴みどころのない笑みを浮かべ、伊東は踵を返して芹沢の執務室を去っていったのである。




――――あとがき――――

大分時間が空いてしまいました。待ってくださった方々には御迷惑をおかけします。
戦闘描写以外の日常を書くのに、頭をひねっていましたが、なかなか思いつかず……。
議会やら兵器開発やらの話が殆どで、もっと日常的なものが必要だと自覚はしてます。
とはいえ、このままでは中編よりも長編扱いになりそうな予感―――。

話は変わりますが、宇宙戦艦ヤマト2199の新作映画情報が発表され、10月と12月に、総集編と新作編が劇場公開されますね。
星巡る方舟……ガトランティスを指す一方で、星に立ち寄っていくヤマト自身を指しているとも思えて興味深いです。とても楽しみしています。

それと話が少しさかのぼりますが……宇宙戦艦ヤマトのタラン役を演じられていた矢田耕司氏が亡くなられてしまいました。
ゲーム版でもタラン役を務めており、デスラーを支え続けたようにヤマト作品を支え続けた貴重なお方です。
その人がPS2版特典コメントでこんなコミカルな発言をしていたのがなつかしいです。

『どうも、タラン役をやった矢田耕司です。ゲームをやってみて、どうデスラー? え、何、タラン? あれだけやって物タラン!? もう知らんデスラー!!』

ご冥福をお祈り申し上げます。



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