C.E暦70年6月6日。ポイントL4宙域に充満していた緊張という名の可燃性ガスが、暴発という火によって点火されたことで混迷極まる事態へと陥っている。
中立コロニー群レグノルは四部五裂となって、同じ宙域に住まう同胞でありながら砲火を交えていた。誰が始めたかは分からぬが、そんな事を気にする余裕はない。
コロニー防衛隊もまた各支持母体のコローに身を寄せあい、意見の食い違う防衛隊を罵り、自らの正当性を主張して止まなかった。
  だが、一度点いた火は収まる事はなく、その暴発による内紛はコロニーそのものにも被害を与えつつあった。彼ら防衛隊が、無暗やたらに放った流れ弾が恐るべき凶器となってコロニーの外壁に着弾してしまい、そのコロニー外壁に罅を入れてしまう事態となっていたのだ。

「止めんか、これ以上の戦闘はコロニーに深刻な被害をもたらすぞ!」

  防衛隊総司令官アデーズが懸命に呼びかけるが、それで混乱が収まればどれだけ楽な事であろうか。アデーズは拳を強く握り絞め、肩を僅かに震わせていた。
もはや統制の利かない防衛隊の惨状に血の気が引く思いだったが、それ以上に不味い事態が、彼の耳に嫌がおうに入って来た。
レーダー担当のオペレーターが、新たに捉えた幾つもの反応を見て驚き、そして声を上げる。

「司令、大変です!」
「どうした!?」

今頃、落ち着いて報告を聞いていられる訳もなく、アデーズは怒鳴り気味にオペレーターに聞き返した。
  だがオペレーターが口で説明するよりも、聞いた方が早いとして、急ぎ通信回線をオープンにして艦内へと流した。

『こちら、地球連合宇宙軍第16艦隊司令官 劉張龍(リォウ・チャンロン)少将である』
「地球軍!」

地球連合軍の介入は予期していたこそすれ、速すぎる到着に苦虫を噛み潰したような表情を作るアデーズ。恐らくは、地球軍もまたこれを予期していたのであろう。
いつでも出撃できるような構えを取っておき、いざ内乱が起きたのを見計らって出しゃばって来たのだ。
彼らが出てきた事は、当然のことだが他の防衛隊諸兵にも知るところであり、この通信を無視して戦闘を続けるという選択を放棄していった。
何せ地球連合軍の艦隊は、砲艦程度しか持たぬ防衛隊と違って空母や戦艦を含む主力艦隊なのだ。真面にやり合えば壊滅させられることは疑いようがなかった。
  乱戦の舞台に堂々と足を踏み入れて来たのは、資源衛星こと新星を拠点としていた地球連合宇宙軍第16艦隊だ。元の所属は東アジア共和国である。
その第16艦隊司令官 劉張龍少将は、旗艦 改アガメムノン級〈浙江(セッコウ)の指揮官席でマイクを手に当宙域へ注意を喚起していた。

「この宙域は中立宙域である。直ちに戦闘を止め、当宙域の全ての艦艇は即座に武装を解除せよ。従わぬ場合は、秩序回復の為に撃沈も止む無しとする」

等と大層に正当性を塗りたくった演説で、その場を収めさせようとする。だが本音は全く違い、この機に乗じてレグノル政府を支配下に置くことだった。
事実上の占領と変わらず、少しでもプラントの活動範囲を狭めようという魂胆であり、実際のとことはレグノルなど眼中には無かったのだ。
また、このポイントL4宙域を狙ってくるというプラントの行動を、機先を制しておくという意味合いも兼ねていたのである。
  劉少将の警告を受けて、先ほどまでの動乱ぶりが嘘のように静まり返っていく。その様子に、警告した彼自身は軽蔑の目で見ていた。

「ふん、身内の脚を引っ張り合うだけで、勇敢にも反論する者がおらんか。所詮、中立の名を借りた弱小者にすぎん‥‥‥我らにすり寄る連中もな」

真面な統制も執れないレグノルの防衛隊と、自身の独立を維持する為に地球連合を支持をしていた第3管区の面々に対して、散々な評価を下す劉少将。
自分の立場を自分で護ろうともせずに、強者の手助けを借りて中立を護ろうとは笑止千万! それに、自分らの介入は何も第3管区の要請に応じた訳ではないのだ。
  通信士からレグノル側からの通信が入ったとの報告を受ける。

「閣下。レグノル防衛隊責任者より入電です」
「‥‥‥聞こう」

面倒ではあるが、一応の体裁は見繕ってやらねばなるまい―――どうせ無意味なことになるだろうが。

『レグノル防衛隊司令官のルフェンシス・アデーズ准将です』
「劉長龍少将だ」

  通信画面に出てきたのはアデーズであった。一応の形式的な挨拶はしているが、その彼の表情には悲痛や羞恥、後悔といった感情が入り混じっていた。
それもそうであろう。本来ならば混乱した部隊を制止して秩序を整えるのは彼の役目であるのだ。それが叶わず、地球連合軍の威圧でようやく静まったのである。
普通なら恥に塗れて真面に通信も出来まいが、それでも一応の体裁を整えているのは見事というべきか。劉からすれば無能者としてレッテルを張っていたが。

『ここは中立宙域です。直ちに転進して頂きたい』
「ほぅ! 我が軍に立ち去れと言うのかね、貴官は」

劉はあからさまな態度と表情で驚きを演じたが、そのあからさまな態度はアデーズのプライドに罅を入れるのに十分なものだった。
  それでも全力で自制心を押さえつけて、僅かに声を震わせながらもレグノルの立場を示して辞退を促した。

『‥‥‥そうです。中立を掲げる以上は、いかなる勢力の介入は認められません。この度の騒ぎは、こちらで治めます故、立ち去られていただきたい』
「誠に残念だが、それは出来ない相談だ」
『何故‥‥‥』
「何故? この現状が目に入らぬ訳ではあるまい。この現状そのものが理由だ。混乱は治まるどころか拡大している‥‥‥それだけではない、市民にまで被害が及んでいるのだ。それを最小限度に抑える為に、我らは出動したのだ」
『我らの手に余る事態であれば、政府から正式に通達を致します。ですが、まだ政府からの要請は出ておりません』

そうやって弁を垂れていれば、こちらが引き下がるとでも思っているのだろうか。劉は微塵も揺れ動くことはなく、寧ろアデーズこそ大きく揺らぐこととなる。

「待ってられんな。我が地球連合軍は、レグノル政府や防衛隊に鎮圧能力無と判断したのだ。速やかに武装を解除したまえ」

それ以外の事は受け入れぬ、と言わんばかりの態度を取る劉を見て、アデーズもまたそれ以上の反論は無意味だと悟らざるを得なかった。
  結局のところ、レグノル防衛隊は何処の所属、何処の国を支持しているにしろ関係なく一斉に武装解除を命令され、レグノルは形だけの中立コロニーと化すのか。
今頃は地球連合支持派も面食らっているに違いない。自分達が支持していた地球連合軍に武装解除を言い渡されたのだから。
その地球連合支持派だった第3管区は、実のところ地球連合へ正式な救援要請は出しておらず、レグノル政府から脱退して地球連合を支持する意思表示だけだった。
だから地球連合軍は、出動の大義名分として第3管区の支援行動ではなく、このL4宙域の治安維持を目的としていたのである。
  反論の余地も無い、と口は開けど言葉が出てこないアデーズの姿を見る価値も無い、と通信士官に強制的に通信を切らせた直後の事―――。

「閣下、各種レーダーにノイズが発生。索敵機能、大幅に低下!」
「Nジャマーが散布されているようです」
「‥‥‥もう来たか、コーディネイターめ」

索敵範囲が大幅に低下したのを知って、だからとて劉は驚きはしなかった。寧ろ、この事態は予想出来て当然のものなのだ。

「奴らが来るぞ‥‥‥全艦戦闘配置。索敵機能を、熱源索敵並びに光学索敵に切り替えろ」
「了解。全艦戦闘配置」
「索敵モード、通常から熱源、光学モードに切り替え」

  ザフトの出撃は地球連合軍でも察知していた。そして、陽動作戦の一環であることも知っていたのだが、陽動部隊であろうザフトの一部隊に手抜かりはない。
それで地球連合軍を出し抜いているつもりなのだろうが、ザフトの目論見は潰えることとなる―――と、劉は軍上層部と同じくらいに自信を持っていた。
L4宙域にて紛争を呼び込み、その救援を名目に陽動部隊を派遣する。その傍らで、本命たる主力がプトレマイオス基地を襲うという手順を逆手に取るのだ。
肝心なのは、この第16艦隊もまた全力でザフトを迎撃する必要性がある事で、相手に計画通り事が運んでいるように見せかけねばならない。
とはいえ劉自身が負けてしまったら、それはそれで敗者としての不名誉が経歴に刻まれてしまう。それは避けたい。

「戦略的に勝っても、私個人が負けたなどというのは、到底耐えかねん。何としても奴らを食い止めてやる」

  そう呟くと、彼は再びマイクと手に取り、今度は全艦隊への直接回線で呼びかけた。

「全将兵に告げる。艦隊司令官の劉張龍だ。諸君、この戦闘‥‥‥いや、この戦争で英雄として名を馳せたいなら、生きて英雄の名を掴め‥‥‥いいな!」
『『是阿(シーア)!!』』

司令官の激励に、全将兵が声を上げて応える。
  彼ら第16艦隊将兵の意気込みを知ってか知らぬは分からぬが、それに応えんばかりにザフトの放ったMS隊が、第16艦隊の防宙圏へと侵入を果たした。

『観測室より艦橋。敵MSらしき物体を6機捕捉。方角11時20分、伏角12度、距離600を切りました』
「熱源にも捕捉。MSの可能性大! さらに後方に艦影らしき熱源探知、数3!」

Nジャマーが存在する以上、電波による観測や索敵は不可能である。よって、1000qにも満たないアナログ的な光学索敵や、熱源索敵に頼る他ないのだ。
それでも無いよりはマシの程度で、此れさえなければ本当に単なる浮かぶ鉄の箱になりかねなかった。
  探知で来た規模はMS6機だというが、これでもMA30機前後は相手取る事が可能である。油断はまったくもって出来ない。
幸いなことに、劉はこの事を予期していた為、予めにMA隊を射出して艦隊防宙に回していたのだ。これで迅速な対応が可能であった。
  それに、こちらには拠点となる新星がある。補給等に関してはこちらに理があることから、まず不利に陥る事はない筈だ。
一方でザフト側と言えば、この宙域へと脚を進めているもののポイントL5宙域からは遠い宙域に位置する事から、そうそう簡単に補給が出来ない筈である。
つまりは無理に勝とうとしなくとも、ザフトの部隊にそれなりの損害を与えつつ時間を長引けさせれば、被害を抑える為に部隊を退くであろう。
だがそれは、負けないことに徹する代わりに自軍の被害も最小限度に抑えねばならない努力を求められる。勝とうとすれば大きな損害を生み出すだろう。
  因みに劉はブルーコスモス思想には染まってはいないが、コーディネイターのことは快く思ってはいなかった。
それは、第6艦隊司令官ムーア少将と同じである―――同じであるが、暴将と名高きムーアと違って、軍人としての知性と理性は水準以上を有していた。

「敵MS6機、我が艦隊の防宙圏に侵入!」
「MA第2中隊、第3中隊、迎撃に当たります」
「良いか、焦るなよ。出過ぎれば奴らの餌食だ。予定通り、艦隊の防宙圏を利用しながら戦え」

先行してきたMS6機は、恐らく様子見として送り込んできたのだろう。全力で出してこないところを見ると、やはり陽動であることが窺い知れようものだ。
なるべく長引かせようという意図は、ザフトも同じなのだろうか。生憎と、そんなことは相手自身が知る事であって、劉の知るところではない。
  第16艦隊のMA隊とザフトのMS隊が、小手調べと言わんばかりに戦闘を始める。ドッグ・ファイトで宇宙空間を縦横無尽に飛び回る両軍の機体。
メビウスUがレールガンを放つが、ジンが高い機動性を持って回避してしまう。撃たれた報復にと重突撃銃キャットゥスをばら撒くジンの攻撃に、メビウスは錐揉みしながら回避に専念するものの叶わずに被弾し小さな光球と化す。
初期型メビウスに比べれば損耗率は低めだが、それでも1機、また1機とジンの餌食にされるメビウスUの姿に、地球連合軍将兵も焦りを見せ始める。
そもそもメビウスUは、確かに初期型と比べれば機動力と加速力を向上させる事に成功した機体だが、酷な言い方すれば一時凌ぎな機体なのだ。
MSが連合軍で配備されるまでの間は、主力として活躍してもらわねばならないものだが。
 司令官劉少将は忍耐強く、艦隊将兵達に対して組織的に乱れた行動をしないよう注意を促していった。司令官の肝の据わった対応は、全艦隊将兵にも影響を与える。
ジンも無傷とは言えず、ジン1機がメビウスUの決死の攻撃で被弾し戦闘不能となる。そこへ付け込み別のメビウスUが背後から襲い掛かった。

「いい気になるなよ、化け物!」

そう言ってリニアカノンを発射し、被弾したジンの背中を撃ち抜く。背部の装甲を撃ち抜かれたジンは、そのまま爆発四散してパイロットと運命を共にする。
初期型メビウスでのMSに対する戦力比は、1:5程とされていた。それが、この実戦におけるデータでは、1:3の戦力に縮めることが出来ている。
これでも大幅な改良の成功と言っても良いだろ。だがMS隊もまた、圧倒的戦力差がありながら長時間に渡る一進一退の攻防を繰り広げていた。
  第一波の攻撃が停滞するや否や、ザフトは新たな部隊を投入して戦線の突破を図ろうとする。第16艦隊が応じてMA隊を繰り出し、戦線維持に努めた。
陽動だけに無用な損害は出したくはない―――そんな腹の内が見え透いた戦闘はしかし、第三者の横槍によって苛烈さを増すこととなる。
動きを捉えたのは索敵士官だった。

「閣下、8時方向より、レグノル艦隊の一部が突出!」
「何んだと、レグノルが今さら何を‥‥‥」

レグノル防衛隊の一部――ザフト支持派が動き出したのだ。因みに第16艦隊は、コロニー群レグノルのど真ん中を横断する形で侵入していた。
その為にレグノル防衛隊は、半ば第16艦隊によって分断されるような形で分散していたのだが、第16艦隊の左翼側に取り残されていたプラント派と連合派、連盟派の艦隊の内で、プラント派が第16艦隊の左側面へと攻撃を仕掛けて来たのだ。
規模で言えば19隻程度で、MAも26機と半端な戦力でしかなかった。
  それでも、横端で指を加えて見ているであろうと思われた一団が、祖国愛だか使命だかに燃え上がって乱入してきたのは予想していなかったとはいえ、正直に言えば可能性として限りなく低く見積もっていた節はあったのだ。

「我が祖国を護れ、力強い同胞が来ている今こそ勝機だ!」

プラント支持派の士官が艦内無線で激励した。
  だが刺激されたからと言って統率された艦隊運用とは言えず、寧ろある程度の塊になっている程度のものだった。攻撃も確かに小さくは無いが効果は薄い。
側面を突くという構図は間違っていないこそすれ、軍隊としての教育と訓練をより強く受けている地球連合軍からすれば、嘲笑う程度のレベルでしかないのだ。
確かに嘲笑う程度なのだが、正面にザフトが展開している時点では目障りこの上なかった。

「目の前の敵は見えても、己自身は見えてないか」

  親指と人差し指を擦り合わせつつ、プラント派レグノル防衛隊を一瞥する。劉少将は一息吐いてから、この小艦隊の行く末に結末を与えることにした。

「MA隊は引き続き、ザフトに対応せよ。全艦、正面ザフトを警戒しつつ、8時方向から迫る愚か者に主砲斉射。本当の砲撃戦とは何かを教育してやるのだ」

陣形を崩さぬまま、第16艦隊は左舷側から突進してくるレグノル防衛隊の先頭集団に各砲門を合わせていく。
  ただし、全砲門を向けてしまうと正面のザフトから無防備となる為、主砲や副砲数基は正面を睨めつけたままとなる。
それでも側方へ向けられた砲門数は大小含め60門以上となり、たかだか20隻未満のレグノル防衛隊からすれば脅威そのものであろう。
その脅威がビームという形で具現化し、真っ向から突っ込んでくるレグノル防衛隊の先頭集団へと突き立てられた。
地球連合軍も元は大艦巨砲主義の傾向が強い軍隊であるだけあって、その砲戦は日本軍に迫るかと言わん勢いと正確さで狙い撃ったのだ。
  文字通り、先端を奔っていたバラクーダ級砲艦1隻が、第16艦隊のビームの集中砲火を受けて木っ端微塵に吹き飛ぶ。それはあっという間である。
続いてイングリス級護衛艦が、艦体をめった刺しにされて砕け散った。レグノル防衛隊からすれば、まさに光の壁がぶつかって来たように思えた事だろう。
立て続けに撃沈していく僚艦を見てやや進行速度を落としたこそすれ、それでもレグノル防衛隊は突進を止めずにミサイルや魚雷をばら撒いて来た。
  勇気による産物なのか、それとも冷静な判断力を失って自棄を起こしているだけなのか―――恐らくは後者の方であろうが、この突撃は劉少将も意外だった。

「下手に勇気付けられただけかと思ったが‥‥‥全く面倒なことだ」

不快な感情をふんだんに混ぜ込んだ表情を作り、レグノル防衛隊の排除に時間を掛けさせる訳にはいかないとして、下げていたMA隊の一部を差し向けた。
  その一瞬の事だった。

「提督、新たな敵MS隊急速接近、数6!」
「―――ッ! 奴らを通すな、MA隊は全力で奴らを抑えろ!」

防宙能力が低下した瞬間を見計らって、ザフトは残りのMSを出撃させて一気にパワーバランスを突き崩そうと目論んでいたのだ。
  巧みな読みを成功させたのが、新星攻略部隊司令官/ノルト隊隊長 ギュンツァー・ノルトだった。年齢は28歳とかなり若い白服の隊長である。
軍帽と白服を着用する青年司令官だが、年齢による不相応さが相まってかノルトが制服を着こなすのではなく、逆に制服に身体をくるめられているようだった。
また垢の抜けきらない学生風なノルトは身体が五体満足ではなく、MSの模擬戦闘訓練での事故で右脚を潰してしまい、義足での生活を余儀なくされていた。
この時代の義手義足は、生身の人間とそん色ないほどの動きが出来る為、日常生活でもほぼ支障はないものである。
  それでもMSパイロットとしての道を本人は断念しており、というのも己にはMSのパイロットの素質は無いのだ―――と強く思い込んでいた節があった。
となるとザフトにおいて後方勤務やオペレーター勤務か、という選択になるのだが、ここでノルトの一環とした冷静な判断力と指揮力が上官の目に留まった。
ノルトは決して独創的なコーディネイターではないこそすれ、常に基本に忠実に、そして冷静な指揮能力も相まって高評価を得ていたのである。

「基本に忠実で独創性には欠けるきらいがあるが、堅実で隙の無い戦い方をする」

というのが、ザフト訓練生時代に受けた評価であった。因みに彼を評価したのは、かつて教官をしていたドズル・ザファリだった。
  そして今回の作戦『オペレーション:ロンギヌス』において、陽動という役目を背負った新星攻略部隊の指揮官としてノルトに白羽の矢が立ったのである。
ただし同じ白服組の面々からは「あんな訓練を出たての様な坊やで大丈夫か」等と、半分は本気で心配し、半分は嫌味として不満を口にされた。
これにノルトは反論せず、寧ろ自身の年齢とは不相応だ、と自ら思っている部分もあるので沈黙を保っていたのである。
だが任された以上は任務を遂行せねばならないのは、ザフトへ入隊した時から分かり切っている事だ。ノルトは、ただただ、義務感を背負って出撃したのであった。

「隊長、敵の防衛戦が崩れました」
「そのまま敵艦隊内部に潜り込み、ダメージを与える」

  新星攻略部隊旗艦 改ナスカ級〈ディオティマ〉の艦橋において、ノルトは戦況モニターを眺めやりながら淡々と指示を与えていた。
奇策を用いる様な事は、ノルトの性格からして無いものではあったが、地球連合軍第16艦隊がレグノル防衛隊へ注意力を向けた瞬間を正確に捉えていたのだ。
その絶好のタイミングを彼は逃さなかった。こうした時期を読み取れるか否かによって、戦場の勝敗がひっくり返ることも少なくないものである。

「レグノル防衛隊が、躍起になっているようですな」

  〈ディオティマ〉艦長 シミオン・カルデナスがポツリと漏らす。年齢は48歳。黒服に身を包み、如何にもプロ意識の高そうな面持ちである。
実際にプロ意識は大そう高いもので、自身がザフトである以上にコーディネイターとしての自信と覇気に満ち溢れていた。
艦艇指揮官としては、その自意識に見合う程度の力量を兼ね備えており、プロ意識が高いもののノルトに対しては上官としての経緯を払っている。

「それも一時的なものかな。他のレグノル防衛隊が黙っているとは思えないから」

顎に指を当てて状況を推察するノルトに、カルデナス艦長も頷いて同意の意を見せた。
  そしてノルトの予想は、望まぬものではあったが現実のものとなる。地球連合支持派のレグノル防衛隊が、ここぞとばかりにノルト隊へと向かって来たのだ。
プラント支持派よりも少ない10隻程度の艦隊ではあったが、油断すると3隻しかいないノルト隊では、痛撃を被りかねない危険性がある。
だがザフトもまた、地球連合軍と同様の日本軍事技術の導入を進めたばかりだった。このノルト隊の艦艇群は、その中でも最優先で改装を受けた艦艇だ。
着手したばかり故にザフト全艦艇には行き渡ってはおらず、このノルト隊を含め、未だに4個部隊12隻あまりにしか成し得られてはいなかった。
  そのノルト隊の戦力は、次のようなものだ。戦闘艦は改装型ナスカ級高速戦闘艦1隻、改装型ローラシア級護衛艦2隻、合計3隻
改修を受けたこれら戦闘艦は、地球連合軍が施したものと同程度の性能を有しており、フェーザー砲、電磁防壁、核融合炉機関、慣性制御を備えていた。
国防委員の中には、ナチュラルの技術を導入する事に嫌悪感を覚える者も少なくなかったが、事実として高性能な事は間違いがないのだ。
また我を張ってザフトの兵士達が無駄死にでもしてしまったら、国防委員会の立ち位置は悪くなってしまう。
そういった政治的な―――というより、自分らの進退を気にした呈もあるが、ザフトは地球連合軍と同じように改修を迅速に進めたのである。
  ノルト隊のMSは18機。その内、ジンが17機とほぼ大半を占めていたが、残る1機のみジンとは全く違う機体だった。
ザフトの主力MSジンに代わる次世代型MSとして、新たに開発されたZGMF-515〈シグー〉である。
まだ量産段階には至っていない機体で、ジンよりも運動性能をより向上させた一種の試験体とも言えるものだ。故に配備数は絶対的に少ない存在だった。
各部隊の隊長機として配備され、そこから順次シグーへとシフトする予定であった(・・・)
  過去形で語る理由は、中立連盟の日本軍が有する軍事技術、または技術的な向上を見せる地球連合軍の存在にあり、シグーの量産に難色を示す者も少なくない。
はたして、現行のままで量産して良いものであろうかと、開発局の中においても見直すべきだとの意見も出てきているのだ。
無論、こういったMSの性能の劣勢はシグーだけに非ず、主力として配備中のジン、地球上で稼働を始めたばかりの陸海空それぞれのMSも同様だった。
取りあえずのところは、現行のままでも地球連合軍と対峙できる為、さほど問題となっている訳ではない。
  だが、確実に、MSもまた改良と向上が求められている。ましてザフトのMSの持ち味とは、地球連合軍の兵器を上回る性能で数の劣勢を補うことにあるのだ。
ここに来て地球連合軍が、ザフトと同列に並ぶか、或は上回る軍事技術力を持ってしまえば、ザフトに勝ち目などありはしないのである。
  量産すべきか、量産を見送るべきかと、と登場早々に難局に立ち会わされたシグーだったが、中に乗るパイロットにとっては割と問題ではないようだが。

「シグーは十分にいい機体だ。これでナチュラルと渡り合えれば十分だ」

その様に発言する者もいたが、上層部としてはMSもまた改良や改修する方向へ傾いている。
  もっともMSの改修・改装とは言えども、艦艇に導入された技術をそのままMSへ導入できる訳ではない。当たり前ではあるが、あくまで艦船として技術だからだ。
MSという小さな機動兵器に反映させる為には、艦船に培われる技術をMS用に小型化せねばならない。これまた非常に難しく、悩ましい問題だった。
それに機動戦が持ち味のMSに、あれやこれやと武器や新技術を盛り込んでしまえば、それだけ利点を殺してしまう事になり本末転倒も良いところだ。
  かといって夢も希望もない、という訳ではない。地球連合軍と同様に、機関技術とフェーザー砲の技術力を応用したMS用ビームライフルやビームシールドの開発に着手しており、これらが完成すればMSも大幅な戦力向上に繋がる筈だとしている。
結局、地球連合と何ら変わらぬものなのだ。考えることは同じであり、後は完成が早いか遅いかの差である―――が、残念ながらこれら技術開発の進捗スピードに関しては、地球連合軍側に利があったと言わざるを得なかった。

「敵レグノル艦隊、右舷より接近中」
「レグノルのMAは、直掩のMS隊に任せる。我が艦隊はレグノル艦隊を迎え撃つ」
「了解。全艦右舷回頭、敵艦隊に艦首を合わせ」

  右舷側から迫る連合派レグノル防衛隊に対し、直掩として残されたジン4機がメビウスの対応を任され、艦隊に対しては艦砲で迎え撃つことを命じる。
カルデナス艦長も復唱し、〈ディオティマ〉の艦首をレグノル防衛隊へ向けさせ、他艦もそれに倣って艦首を回頭させた。

「先頭の艦から、順次沈めていけば良い。諸君なら容易い筈だ」

極まっとうな指示が全艦に伝達されたが、何ら奇をてらった訳でもない命令は確実に実行され、レグノル防衛隊に砲身が狙い定められた。
その間にレグノル防衛隊からの散発的な砲撃が行われるものの、全てが狙いの甘いものでしかなく、回避行動をとるまでも無かった。
  ノルトは、司令官席で砲撃の準備が整うのを待ち続けたが、それも数分もしない内に準備完了の報告が入る。

「照準固定、砲撃準備よろし」
「〈プロタゴラス〉〈ヒッピアス〉、砲撃準備完了」
「撃て」

僚艦2隻の準備が整うや否や、間髪入れずにノルトは砲撃命令を下した。
  因みに改装を受けた改ナスカ級は、主兵装であった120p高エネルギー収束火線砲(トリスタンMX.46)×2門から、46p単装トリスタンMX.47×2基2門へと換装を果たしている。
改ローラシア級もまた、主兵装だった937oトリスタンMX.46×2基4門から、330oトリスタンMX.47×2基4門へと換装されていた。
その他、簡易ながらも電磁防壁を備えた上に核融合炉機関も載せており、慣性制御をも備えている。故に、以前の艦と比べれば別の戦闘艦のようであった。
  これら新ビーム兵装トリスタンと旧来の実弾兵装レールガンが、真っ向から突入してくるレグノル防衛隊の先頭の艦を滅多打ちにする。
先頭を行くバラクーダ級砲艦が業火に包まれると、コントロールを失ってコースを大きく逸脱していった。続く2番目の艦も同様の運命を辿っていく。
それでも、ビームと実弾の弾幕を勇敢にも掻い潜ろうとしたレグノル防衛隊だったが、的確に狙いを定めたノルト隊の砲火は、それを見逃さなかった。
司令官ノルトの性格が、そのまま部隊に反映されたかのような的確な砲撃は、レグノル防衛隊の士気を著しく削いだのは確かである。
事実、十数隻あった連合支持派レグノル防衛隊は、8隻にまで撃ち減らされた挙句に突進を止めたのだ。中途半端な感情の代償に、今更ながら後悔したようだった。

「敵艦隊、進撃を停止。後退を始めた模様」
「直掩隊、敵MAの3割を撃墜。こちらに被害なし」
「どうします、司令。追撃を掛けますか?」

  カルデナス艦長から追撃の有無を問われるノルトだったが、ここで追撃に移るほどの熱意を滾らせてはおらず、頭を左右に振って否定を現す。
それを見たカルデナスは、やや不満気に再確認を取った。

「よろしいのですか」
「彼らに戦う気力がないなら、放っておいて構わない。正面には連合軍の艦隊がいる以上、寧ろ後退してくれた方が有り難いからね」
「了解しました」

目的はレグノル防衛隊の殲滅ではない。陽動部隊として、長らくこの宙域へ注目を集めることがノルトに与えられた、優先すべき第一の目標なのである。
よしんば資源衛星“新星”を奪取し、レグノルをザフト活動拠点の一つとして確保することが第二目標とされているが、何とも欲張った目標だと苦笑せざるをえない。
古来より“二兎追う者は一兎をも得ず”と言うではないか。しかも、ノルト自身が諺通りに何も成し得られぬ、という可能性があるのだ。
ノルト自身は、失敗しようが構わないと思っている。それ程に出世欲に溺れている訳でもないからだ。
  かといって、失敗の影響で妻に迷惑を掛けたくはない。彼の妻をコルネリアと言い、外見的にあまりパッとしないノルトを陰ながら支える健気な女性だ。
加えて彼女だけではなく、ノルトの指揮下にある将兵達にも迷惑を掛けたくはない。出来る限り、彼らを生かして返してやりたいと思う反面、彼らにまで敗北や失敗の責任を被せたくはない、という気持ちがノルトの中にはあったのだ。
となると、結果的に作戦を成功させねばならない―――という回答が、頭脳の中で吐き出される他ないのである。

「時間稼ぎなら、やりようは幾らでもある。今やるべきことは、本隊が作戦を遂行できるよう、出来る限り長引かせることだからね」
「ですが‥‥‥長引かせるともなれば、余計な介入を与えるやもしれません」
「艦長の危惧するところは承知している。我々に与えられた任務は、非常に欲張りで、絡まった糸のように面倒極まりない」

  詰まる所、彼らは中立連盟軍こと日本軍の介入を危惧していたのだ。非戦闘員にまで戦火を及ぼさぬ事を掲げる彼らが、この現状をいつまでも見過ごす訳がない。
この戦場宙域は中立コロニー群のあるところで、既にレグノル防衛隊の内紛によって幾つかのコロニーに、亀裂が入るなどの被害が生じているのだ。
加えて自分らの戦闘が、コロニーへの被害を拡大させてしまっては、嫌がおうにも連盟軍に「来てください」と言っているような物であろう。

「レグノル政府だけの問題で介入されるならまだしも、我々が戦闘中に介入されてはどうしようもありません」
「ふむ‥‥‥」

しばし考え込むノルト。彼の中にある選択肢には、連盟軍と相争うつもりは毛頭なかった。もしかすれば、上層部にはMSの有効性を連盟軍相手に、実力を証明したがっている輩も多いことだろうが、そのような任務は含まれてはいないのだ。
そんなことで余計な犠牲を出したくはないのが、ノルトの本心だった。
  片や前方の戦況は、地球連合軍第16艦隊がノルト隊MS部隊の攻撃を受けるという、半ば受動的な立場に置かれつつある。
かといってノルト隊が優勢とは言い難く、第16艦隊も頑なに防御戦を展開してMS隊を退けていたのだ。

「敵艦隊、巡洋艦1、護衛艦2撃沈を確認。戦艦1大破。MA5撃墜」
「我が方のMS、損失1」
「レグノル艦隊、地球軍の攻撃を受けて再度後退の模様」
「‥‥‥案外、粘りますな。ナチュラルは」
「ザファリ司令や、ユン・ロー司令が言っていた通り、一筋縄ではいかないということさ」

隙を見てMS隊を投入してからというもの、中々に決定的なダメージが与えられないことに、ノルトも戦法を変えざるを得ないと認める。
まして、プラント支持派レグノル防衛隊が、第16艦隊の報復を受けて2隻がデブリへと成り果ててしまい、それによって戦意を削がれて引き下がっているのだ。
となれば第16艦隊が、ノルト隊へ攻撃を集中してくるのは時間の問題である。
  MS隊があってこそ、ノルト隊は如何にか戦力は拮抗していると言えたが、地球連合軍の艦船が以前より性能を上げたことから、必ずしも優位とは言えない。
現状でMS隊による艦隊攻撃に固執していては、第16艦隊を擦り減らす代わりに自分らも擦り減らされてしまいかねなかった。

「MS隊に帰投命令を出せ」
「了解」
「全艦、主砲並びにミサイル斉射用意。ミサイルは、敵艦隊のいるポイントで炸裂するようセット。並びにアンチビーム爆雷の射出用意」

一時的に後退させるにしても、MS隊も端に後退させるだけでは被害を余計に生み出してしまう。しかも乱戦に持ち込んだ状態からの後退ともなれば尚更だ。
後退中にMA隊や第16艦隊の追撃を受けて、戦力を削がれてしまうだろう。そうさせぬ為にも、艦隊による援護は欠かせないものであった。
  ノルト隊のMS部隊が後退信号を受信すると、地球連合軍に決定的な打撃を与えられなかったことへの悔しさを滲ませながら、ノルトの指示に従い後退する。
全機が一斉に放射状へ離脱すると、弧を描くようにノルト隊へと帰投するコースを取った。やや時間の掛かる帰投の仕方だが、これにも理由あってのことだ。
  これを見た劉少将は、チャンスと見て艦隊に追撃命令を出そうとした。

「敵MS、後退を始めた模様」
「こちらもMA隊を下げる。艦隊は陣形を整えつつ、後退するMS隊に砲撃を浴びせよ。出来る限り、敵の戦力を削ぎ落すのだ」

MSの無いザフトの艦隊など恐れるに足らない。我らの得意分野である砲撃戦で、ザフト如きに後れを取る道理などありはしないのだ。
  そう信じていた刹那―――。

「斉射三連、撃て!」

はノルトであり、

「何ッ!?」

は劉少将であった。
  第16艦隊が、隊列を整えつつ後退するMS隊へ注意が向いていたのを狙い、ノルト隊が絶妙なタイミングでの直接攻撃を仕掛けて来たのである。
これに対して、虚を突かれたような唐突な前進と攻撃に劉少将の対応が遅れた。MSに気を取られ、前方のノルト隊に対する警戒が疎かになった為だ。
もしもこの時、劉少将がMSに目もくれずしてノルト隊へ向かって全兵力を叩き付けていたのであれば、戦局は一挙に地球連合軍に傾いたであろう。
何せノルト隊の艦艇は改装型とは言え3隻しかおらず、片やこの時点における第16艦隊は、戦闘継続可能な艦艇を28隻も残していたのだ。
純粋な砲撃戦、しかも改装済みのものともなれば、戦力差は目を瞑る以前に歴然である。
  だが、砲撃照準がMS隊へ向いていたのが仇となり、目前のノルト隊への砲撃には再修正を余儀なくされる。その時間は、ノルトにとって願ってもないものだ。
3隻から放たれたビーム6発、レールガン4発、その他ミサイル十数発の集中攻撃が3回に渡って繰り返されると、第16艦隊先頭に降り注ぐ。
巡洋艦〈マクデブルク〉に、その災難が降りかかった。防御装備として備えた電磁防壁は、明かな容量オーバーな攻撃を受けた結果、主を護ることを放棄したのだ。
ビームが次々と艦体各所に突き刺さり、或は装甲を抉り取り、レールガンが艦体内部へ潜り込んで艦内を地獄に塗り替える。
  ノルトの徹底した集中砲撃もまた奇策でも何でもなく、ただ当たり前の対応をしたまでだった。守りが強固なら集中すればいい―――かのアンドロポフと同様だ。
地球連合軍第13艦隊司令官アンドロポフ少将が、日本艦隊相手に取った苦肉の戦術だった。これによって、日本艦艇の電磁防壁を穿った実績があるのだ。
一瞬の隙を突いた集中攻撃は、短くも確実なダメージを第16艦隊に与えた。この攻撃により、先頭に配置していた巡洋艦戦隊に著しい損害を生む結果となる。

「第31巡洋艦戦隊、1隻撃沈、1隻大破。損害なお拡大中!」
「急ぎ巡洋艦戦隊を下げつつ、2個戦艦戦隊を前に出せ! 奴らが望んで艦隊戦をするというのなら、望み通りにしてやるのだ」
「戦艦戦隊、前に出ます」

  半分の戦闘力をも失った巡洋艦戦隊が後退すると、代わりに戦艦戦隊が前に躍り出る。装甲の厚い戦艦を壁としつつ、強力な砲火で粉微塵にせんとした。
そして、戦艦戦隊が前に出て得意の砲撃戦でビームを40発以上撃ち放った。Nジャマーの影響があれど、この一撃で1隻は軽く沈めることも出来る筈だ。
劉少将の思惑通りにビームがノルト隊を飲み込もうとした。

「我が方のビーム、敵艦隊目前で拡散!」
「‥‥‥アンチビーム粒子か。小癪な真似を」

対ビーム用として地球連合軍、ザフトの双方で開発が進められたのが、このアンチビーム粒子だった。特殊な粒子をばら撒き、ビームを攪乱・拡散させるものだ。
ただし、永続的な効果が得られる訳ではなく、ビームを拡散・拡散させる度に粒子が消失してしまうのだ。しかも自軍のビームでさえも減退させる。
故に使いどころが難しく、誤って自軍の攻撃をも殺してしまいかねない。
  だが、ノルトはタイミングを見計らって使用したのである。

「アンチビーム粒子は無限ではない。集中砲火で粒子を吹き飛ばせ。ミサイルも奴らのいる宙域にピンポイントで飛ばして攻撃だ!」

強引にもアンチビーム粒子を、ビームとミサイルによる集中砲火で吹き飛ばしてしまおうとするが、それよりも早く新たな動きが捉えられた。

『CICより艦橋、ザフト艦転進』
「粒子濃度、続けて上昇。再度、アンチビーム粒子を放射した模様です」
「ふん、手際が良いじゃないか‥‥‥ザフトにしてはな」

負け惜しみであったが、この手際の良い後退戦は目を見張るものがあった。
  ノルトはMS隊の後退を援護する為に急速前進して攻撃を行い、今度は自身が後退する為にアンチビーム爆雷でビーム攻撃を阻み、その隙に後退したのだ。
軍事教本に載せても良いような、手本にしたくなる様な手腕だった。

「提督、追撃なさいますか」
「いや、よそう。ここで追撃を掛ければ、この拠点が空になる」

それだけではない。もしザフトに別の余剰兵力があった場合、ノルト隊の追撃に釣られた隙をついて、彼らの本拠地新星を攻撃してくるやもしれない、と思ったのだ。
艦隊戦で手玉に取られた挙句に新星までをも失うとあっては、劉少将のプライドは砕け、キャリアは無に帰する。せめて、この新星を守備しなくてはならない。
更に中立コロニー群レグノルの武装解除を進める必要もあった。ここで「さよなら」という訳にはいかないのだ―――建前上は。
  作戦上では、コロニー群の確保は二の次というものである為、劉としては別にレグノルの鎮圧に全力を傾ける必要性は、上層部からは求められてはいなかった。
第1目標は陽動と新星の守備であり、次にザフトの撃滅とあり、中立地帯の武装解除は後回しにされている。地球連合としては放置しておきたいのだ。
敢えて今回の戦闘で打って出たのも、ザフトに別宙域での拠点を作らせない為だった。

「損傷の酷い艦は、新星への帰投を許可する。残る艦は艦列を整えろ。それと、レグノルの連中は‥‥‥」

  劉少将が言いかけた時、レグノル防衛隊の現状はさらに悪化の一途を辿っていたことを知る。

「レグノル艦隊、戦闘治まりません」
「各コロニーへの被害が広がりつつあります」
「‥‥‥あの馬鹿どもが」

第15艦隊とノルト隊の戦闘に、介入しようとして失敗した各支持派のレグノル防衛隊は、今度は再度の仲間内同士での戦闘にのめり込んでしまっていたのだ。
ザフト支持派が無駄な勇敢を浪費して返り討ちに逢い、地球連合支持派が無益な使命感を果たそうとして無下に突き放された。
それをチャンスと見た他の支持派が、漁夫の利を得ようと無力感に打ちひしがれていた元同胞の背後を強襲し、その宙域を混迷へと誘ったのである。
さらに不味いこととして、戦局を打開するべく別の物を標的として定めてしまった。
  つまり、異なる支持派のコロニーを攻撃する事で、相手を無理にでも従わせようというものだ。彼らの思考が、祖国の命運を掛けた一大事であることから飽和状態に達しており、なりふり構ってはいられなかった故である。
打開する為の名案ならぬ愚策を選ぶが、この時点で各コロニーには被害が広がっていた。各防衛隊の流れ弾やコントロール不能となった艦艇が、コロニーの外壁に激突するなどして亀裂が入ってしまい、多くの住民が亀裂に吸い出されるという大惨事を招いている。
加えてレグノル防衛隊は、不幸な運命を辿る住民の人数を自らの手で増やそうというのだ。本末転倒もここに極まれり、と言わざるを得なかった。
  これも予想できたことであり、寧ろこういった事態になってくれた方が、陽動のし甲斐があるというものである。
無論、劉からすれば、混乱一つ治めることが出来ないレグノル防衛隊の指揮官を、「低能め」と罵りたくもなるものだ。

「プトレマイオス基地へ緊急通信、増援部隊の要請だ」
「ハッ!」
「それと、提督。レグノルの艦隊は如何致します。収拾を付けさせる為に、威嚇射撃を行いますか?」
「そうだな。自棄になってこちらへ向かわれても困る。それに、陽動とは言え形だけでも見繕っておかんと、格好がつかんだろうからな」

そう言うなり、第15艦隊は無我夢中で暴れるレグノル防衛隊らに、冷や水を頭から思い切り掛けてやるように、ビームを浴びせかけた。
突然襲ってきたビームに驚愕したレグノル防衛隊の各艦は、興奮冷め止まぬ中にあって、自らの仕出かしたことの罪の重さを認識させられることとなる。
彼らの目前に広がるのは、互いの攻撃で酷く損傷したコロニー群。前面崩壊に至ってはいないものの、外壁が破られ吸い出される人々も嫌がおうに見えた。
  アデーズ准将にしても顔面が蒼白となり、これほどまでにして被害を抑えきれなかったことに、己の無力さを突きつけられている。

「レグノルは終わりだ。私も終わりだ‥‥‥終わりだ‥‥‥終わりなんだ」
「し、司令官‥‥‥」

指揮官席で譫言の様に、呟き繰り返しているアデーズの姿を目の当たりにした副官は言葉も出ず、この事態にどう対応すれば良いのかすら聞けなかった。
  レグノル防衛隊は、仲間内での争いで半数にまで減っていた。さらには、60基あったコロニー群の内で連合派とプラント派、そして連盟派を謡っていた3管区30基の被害は大きなもので、亀裂等が入り生命維持に多大な支障をきたしたコロニーが5基、総称しながらも辛うじて生命維持が可能なコロニーが7基にも上ったのだ。
さらには、吸い出されるなどして犠牲になった民間人の数も甚大なもので、14万4825人もの尊い命が失われたのである。
これでも被害は小さく抑えられた方で、戦渦に巻き込まれる前に各管区の代表が避難シェルターへの移動を済ませていた故だった。
もしも戦闘が勃発するまでに避難が終わっていなければ、250万人もの犠牲者が出た可能性があっただろう―――どっちにしろ、この戦果による被害は中立コロニーとしては最悪の結果であり、これを抑えきることのできなかったレグノル政府や防衛隊の対応は、各国から非難を浴びることとなるが。
  後日、このL4宙域内における紛争問題に関連した、些細な事件が生じた。ルフェンシス・アデーズ准将が、遺書を残して拳銃による自決を行ったのである。
部隊を纏めることが出来ず紛争を許し、尚且つ多くのコロニーに損害を出してしまった責任が、彼の頭上に重々しく圧し掛かっていた。
自分の未熟さゆえに数万以上の死者を出した罪悪感と、周囲のメディアや遺族からの痛烈な批判や罵倒という圧力に、彼の神経と精神は完全に砕けた。

「命を絶つ他に、償える手段はない」

罪人として処罰されるのは分かり切っていた事で、1人で罪を償えるものではない。ならば命を絶つという選択肢しかないのではないか。
数日で精神的疲労により老け込み、精気を失った彼は、その様な考えに至らずを得ず、結果として官舎の自室で拳銃自決を行ったのであった。
  同時に指導者だったアンバッサー・コヴェンス議長も、混乱を防ぐことが出来なかった政治家として、無能の烙印を押された挙句、政界から転落した。
政治家としての人生を断たれたコヴェンスは、ほぼ自棄になってアルコールに傾倒し、そして命をも絶った。これは自殺ではなく事故死とされてはいるが、周囲の目から見れば、ほぼ自殺にしか見えなかったのだ。
彼は極度のストレスからアルコールに依存し、寝る時には睡眠薬を服用していたのだが、その服用量が余りにも過剰だったことが原因だとされる。
服用を誤った―――というよりも故意にやった、という方が自然と納得できようものだった。それだけ彼も叩かれたのだから当然だ、と周囲は見たのだ。
  呆然とするレグノル防衛隊や政府を他所に、劉は次なる舞台の役者を迎えるべく追加の通信を用意させていた。その役者は1時間も経たずして現れた。

『観測室より艦橋。接近する艦影を多数補足しました』
『CICより艦橋。熱源索敵に捉えました。数6』
「来たな」

何が来たのかは分かっている。彼らしかいない。

「所属不明艦よりレーザー通信」
「開け」
『こ‥‥‥ら‥‥‥盟軍‥‥‥所属』

最初は雑音が入るが、次第にクリアになると、鮮明な肉声が艦橋内に響き渡った。

『繰り返す。こちら、中立連盟軍日本宇宙軍所属、第2軌道防衛艦隊司令の古海鉄尾(ふるみ てつお)二等宙佐。救援信号を受諾し急行した。当宙域における戦災者の救助活動を目的としている』
「日本艦隊に告ぐ。地球連合軍所属、第15艦隊司令官劉張龍少将だ。当艦隊は秩序回復の為、当宙域にて活動を行っていたものである」

交信を掛けて来たのは、地球圏一帯を見回っていた空間防衛総隊所属の第2軌道防衛艦隊であった。12隻中半数の6隻が、レグノル連盟派の通信を受けて来たのだ。
掛け付けて来た名目は無論のこと救助活動だったが、本来であれば被害がここまで大きくなる前に、もっと早い段階で駆けつけることが出来た筈だった。
それがNジャマーが散布されていた影響で、レグノル側からの救援信号を受信しにくかったことが到着の遅れの原因でもある。
  劉少将は、こうして日本軍が駆け付けてくることを見越して、伝える内容を決めていた。

「しかし、ザフトの襲撃を受けて交戦状態へと突入している。今なお、ザフトは攻勢の姿勢を緩めてはいない故、当艦隊ではザフトとレグノルの治安維持の双方を完遂することは難しく、甚だ遺憾ではあるが、ここは貴艦隊にレグノルの治安並びに民間人救助を依頼したい―――以上である」

大した詭弁だと、劉自身は思った。自分らが治安維持を持ち出しつつ、いざザフトとの戦闘に入ってからは、面倒な治安維持と救助活動を日本軍に任せるのだ。
厄介ごとを押し付けたのだが、事実、彼にしても両方を成し得られる自信はなかった。下手をすれば全滅の憂き目さえあり得るのだから。
  一方、その厄介ごとを押し付けられた側である日本軍第2軌道防衛艦隊は、相手司令官の申し出に驚いていた。

「依頼‥‥‥だと?」

第2軌道防衛艦隊司令 古海鉄尾二等宙佐も、その突拍子にも思える発言に驚き、そして相手の意図を何となくだが察することが出来た。

「あの司令官‥‥‥劉張龍と言ったか。もとより、我々に救助活動全般を押し付ける腹でいたのか!」

どんちゃん騒ぎをしておいて後片付けを丸投げするとは、良い度胸をしているではないか。古海二佐は、ふつふつと沸き上がる怒りの感情を辛うじて抑え込む。
こんな事で怒りを爆発させても、それは無駄な徒労にしかならないことを理解しており、今は一刻も早いレグノルの民間人救出に取り組むべきであった。
  そのポイントL4宙域におけるコロニー群の惨状は、あの『血のバレンタイン事件』を上回る規模だと知ると、直ぐに増援の必要性有と見た。

「我々だけでは手に負えん。超空間通信で増援要請するしかあるまい」

たった6隻しかいない第2軌道防衛艦隊の半数では、到底対応が間に合わない。残る6隻を動員しても、駆逐艦と砲艇、宙雷艇では救出能力はたかが知れていた。
輸送艦や補給艦、支援艦からなる後方支援専門部隊の第1・第2支援艦隊を動員し、全力でレグノルの市民を救助しなければない。
  また、連盟軍の一翼として慣熟訓練中である、オーブ連合首長国や赤道連合、スカンジナビア王国、汎ムスリム会議らの艦隊にも動員してもらう必要背があった。
彼ら連盟軍各艦隊は、南部大公社と揚羽財閥が一丸となり行った造船計画によって、巡洋艦1隻、砲艇2隻、宙雷艇2隻が新たに配備されている。
よって、巡洋艦1、駆逐艦4、砲艇6、宙雷艇6の合計17隻が、各国の宇宙艦隊として機能している状態にあった。
まだ戦艦は無論、空母を配備するには、まだ2〜3ヶ月は要するもので、まして、それを運用できるように軍事訓練を行わねばならないのだ。

「地球連合軍艦隊、転進していきます」
「‥‥‥放っておけ。あんな連中」

頼りにするだけ無駄だとして、自らは救助活動に専念すべきだと気持ちを切り替えた。
  何せ、地球連合軍とザフトによる戦闘は未だに継続しているのだ。現時点においてはザフト側が一時後退したに過ぎないことからも、再攻勢の可能性は十分ある。
もしも救助活動中に、この宙域内で戦闘を始められたら被害は広がり、下手をすると連盟軍も戦闘に交わる可能性も否定できなかった。
そうなると余計に収拾が付けられなくなってしまう。せめてこのコロニー群のある宙域内での戦闘を回避してもらいたいものであった。
  しかし、この戦闘はほんの幕開けに過ぎない。L4宙域における一戦を皮切りにして、地球でも地中海一帯の覇権を巡る戦闘が始まっていた。
そして日本が予想もしえない事態が、刻一刻と迫りつつあった。




〜〜〜あとがき〜〜〜
第3惑星人でございます。前回から長らく時間が空きましたが、ようやく『オペレーション・ロンギヌス』の序章を書き終えることが出来ました。
無論、序章なので、しばし続く訳ですが‥‥‥辻褄合わせに頭を悩ませている上に、中々に執筆が進まない状況にあります。
ヤマト2202とか、新アニメ版銀英伝などでモチベーションを上げようとはしていますが、これがなかなか‥‥‥。

※新キャラ説明
劉張龍 ‥‥‥ 『空母いぶき』劉長龍より
ギュンツァー・ノルト ‥‥‥ 『七都市物語』ギュンター・ノルト将軍より
シミオン・カルデナス ‥‥‥ 『七都市物語』カルデナス(とある少年兵の父の名前)より
古海鉄尾 ‥‥‥ なし



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