運命。
私は、そのことを信じたことはありませんでした。
生まれた瞬間から既に定められている、万物の巡りあわせ。
例えば運命の赤い糸、等というものはまことしやかに語られていることではありますが。
私は好意を抱く異性、素敵だと思う異性は私自身の意志で決定しているのだと確信しています。
もしそれが既に定められている事柄だというのなら、私にとってこれほど屈辱なことも
ありません。

それに、もし運命などというものを認めてしまえば、私の両親が、事故で、この世を去って
しまったことも「運命」だということになります。
私は、そんなことを認めるわけにはいきません。いや、認めたくありませんわ。
ですから私は生まれてからずっと、とりわけ両親が他界してからは、運命など余計に
信じなくなっていました。

全てを決めるは私の意志。
信じることのできるのは、私自身が持っていたこの『力』と、私が信じた仲間のみ。
運命などというものは、自身で物事を決めることのできない弱者の言い訳、くだらない妄想
としか考えていませんでした。

でも、私は今、「運命」というものを感じていますの。
だって、そうでなければ、私の在籍する教室にこれほど私をゆさぶる殿方が二人もいたことの
説明がつきませんから。
そう、男など取るに足らないと思っていた私の醜い考えを、瞬く間に打ち払った二人の殿方。
この二人と出会えたことを、「運命」と言わずに何と言うのでしょうか?

私の心に深く刻みこまれている二人の殿方。
一人は強い意志を持った瞳を、それでいてとても優しい光をその瞳に宿した殿方。
世界で初めての男のIS操縦者として世界から注目される存在である彼は、私の当初の予想に反して
他者に媚びることのない、力強い眼差しを持っていました。
私は知らずその瞳に、圧倒され、魅了されていたのかもしれません。

そして、もう一人の殿方。
彼は私に、大切なことを教えてくれた。
「力」の意味を、教えてくれた。
私の蒼い瞳とは正反対の、太陽の如き灼熱の炎を宿す、紅蓮の瞳を持っていて。
また一人目の彼とは質の異なる、とても強い意志をその瞳に宿していましたわ。


だけど、その瞳にはそれ以外にも、全く別の光が宿っていて。
それはどこまでもどこまでも、深い闇に満ちていて。
どこまでもどこまでも、痛ましくて。
そして、どこまでもどこまでも、尽きることのない悲しみをたたえた光でしたわ。


その光を見ていたからこそ。
そして、彼が傷だらけになりながらも私の忌み嫌う「運命」を歩んでいる姿を見たからこそ。
私は彼に、惹かれていったのかもしれません。
彼のことしか、考えられなくなったのかもしれませんわね。

これは、私がその二人の殿方と初めて出逢った時のお話です。
私がまだ粗暴で分からず屋だったころのお話ですから、見苦しいところは勘弁してくださいね。
































IS学園。
IS操縦者を育成することを目的とした、世界で唯一の教育機関。
その運営は原則としてIS学園が所在する、この日本という国が行うことに
なってるらしいけど、IS学園を日本だけの都合の良いように運営することは
禁止されているらしい。
IS学園で得られた研究の成果や技術は、何とかっていう協定の参加国には
残らず公開する義務があるらしい。
まあこれだけ強力な兵器に関する研究成果や技術を一国に独占させたら
どうなるか、想像に難くないから妥当な判断ってとこなんだろう。
それにそういう規則があるお蔭で、「男のIS操縦者の生体の研究」って大義名分で
この学園に入学した俺に、各国は強く物言いができないわけだし。

とにもかくにもこの世界において重要な拠点であるIS学園に入学することになった
この俺、シン・アスカは。
俺に割り当てられた1年1組の自分の席に座って、モヤモヤと思案中だった。

と言っても、何か高尚なことを考えていたわけじゃないんだ。
それは今現在の俺の態度、表情を見てもらえば分かる。
今の俺の態度を一言の擬音で表すとしたら、


ブッスゥ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


というのが適切だろう。
ハッキリ言う。
俺はふてくされていた。
机に頬杖をついて、思いっきりしかめっ面をしていた。

見ろよ、周りの女子たちを。
この教室に在籍するもう一人の男子、織斑一夏さんを見るために集まっていた
女子たちが、俺を見てすっかり怯えてしまっている。
今彼女らに視線を向けたらより怯えてしまいそうだったので、ずっと黒板を
凝視していたけど。流石にそろそろ飽きてきた。
なのでチラッと彼女たちに視線を向けると、「ビクゥッ!!」という音が
聞こえてきて、皆一斉に散らばっていく。
その様子に溜息をつきながら、俺は再び黒板を見つめた。

何で俺がこんなにふてくされているかって?
もちろん理由はある。
て言っても、入学初日からモテモテの一夏さんに嫉妬したとか、そういう
下卑た理由じゃない。
俺はさっきからずっと反芻していた今朝の出来事を、特大の溜息混じりに、
再び思い返していた。




             ・





             ・




     
             ・





             ・




時間は今朝、俺が正門の前にいた時まで遡る。
俺は大きく息を吸い込んで。
ゆっくりと深呼吸をして。
学園生活の第一歩を力強く踏み出した、ところで……。
誰かに呼び止められた。
脳まで響きそうなほどの大声で呼び止められたので、思わず体が硬直してしまう。


「ちょっと君、待ちなさいぃ!!」

「!…………はい?俺が何か?」


俺は訳も分からずその人に聞き返す。
その人、というのは正門の脇の詰所にいた50歳くらいの警備員さん(女)。
痩身の体躯は浅黒く、というか黒人そのものの黒さで。
ドギツイ色の口紅を塗りたくり、黒縁の眼鏡をかけて。
そして何故か、こんもりと盛り上がったアフロの天辺に、ちょこんと
警備帽をのっけている。人間、だよな…………?

彼女は詰所から大声で叫んだ後、詰所からこちらへ砂煙を巻き上げながら
走ってくる。……何だ、一体?
ゼィゼィ言いながら俺の前にやってきた警備員さんは、息を整えつつ、
ギラリと俺を睨みつけてくる。


「『俺が何か?』じゃないわよぉ!何を勝手にIS学園に入ろうとしてるの!?
 ここが部外者立ち入り禁止ってことくらい知っているでしょう!?」

「は!?ち、ちょっと待って下さい!俺は…………」


『俺は今日からここに通うことになったんです』という前に、それを遮って
勝手に話を進める警備員さん。
人の話くらいちゃんと聞こうぜ……。以前のことを考えると、俺も偉そうには
言えないんだけどさ。


「最近多いのよぉ、女の子目当てにIS学園に忍び込もうとする輩が!
 だがね!アンタのように堂々と正門から忍び込もうとした奴は初めてよ!
 どこの学校の生徒!?すぐに警察に突き出してやるわ!この変質者!!」

「へっ………………!!?」


変質者!?
今俺のことを変質者って言ったか!!?
ボルテージが上がってきて言葉が粗暴になってきた警備員さん(女?)に、
俺は反射的に睨み返していた。

勘違いも甚だしい!
俺のどこを見たら変質者に見えるってんだよ!!
しかも他の生徒が行きかう正門前で、そんな大声で変質者呼ばわりとか……!

と、そこでハッとして周りに視線を向ける。
まず目に飛び込んできたのは、正門をくぐろうとする女子たちの目。
彼女らの視線はまるで警察に連行されていく痴漢の現行犯を見るように冷たく、
また侮蔑の感情がたっぷりと込められていた。
それが四方八方から、まるで俺を包み込むように送られているのだ。
そしてボソボソと聞こえてくる声。
それらは声を潜めてはいるものの、俺に聞こえるような絶妙のボリュームで
呟かれている。その内容の一例を挙げると…………。


「また変質者が忍び込もうとしてたのね。これで何回目かしら?」

「信じられないよね、不法侵入しようとするなんて。さっさと警察に
 突き出されちゃえばいいのよ」

「男ってやっぱり不潔。結局こんな最低なことしかできないのよね」

「頬の傷、カッコいいと思ってるのかしらwwwwww。ダッサwwwwwwwww」


っておい!
頬の傷は関係ないだろう!?
くっそぉ………、早くも心が折れそうだ。
しかし、俺には今現在ここ以外に行き場がないわけだし、このままおめおめと
警察にしょっぴかれるわけにはいかない。
何より変質者なんて不名誉な称号を貰ったままっていうのは、絶対嫌だ。
その誤解だけは、何が何でも解いておかなければ。


「話を聞けよ!俺は今日からこの学園に通うことになったんだ!俺もこの学園の
 生徒なんだよ!何も聞いてないのかよ!?」

「はぁ!?冗談も休み休み言いな!男でISを扱えるのは織斑先生の弟さんだけなんだよ!
 そんなことも知らないのかぃ!?一般常識だよ!
 しかも何だぃ!一丁前にIS学園の生徒のコスプレなんかしてさ!そんな変装で
 騙せるとでも思ったのかぃ!?言っておくけど全然似合ってないんだからね!」

「コスっ…………!!?」


コス……プレ!?
この世界での新しい生活の第一歩だと、下ろしたばかりの制服を無駄なく
着こなしてきたってのに。
言うに事欠いて、コスプレだと!?

だいたい何だ!?
さっきから口汚く怒鳴りやがって!
それでも世界的な重要機関であるIS学園の警備員かよ!?
……いや、怒るな!
ここで俺まで我を忘れてしまったら、収拾がつかなくなってしまう!
冷静に、冷静になるんだ!
Be、Cool……。Be、Cool……………!


「……とにかく、俺はもうこの学園の生徒なんだ。嘘だと思うんなら、織斑……千冬さんか
 山田さんに確認してみてくれよ」


俺はやんわりと言ったつもりだったんだけど。
そこで警備員さんはピタッと静止し……、次の瞬間にはその顔を完熟トマトのように
真っ赤にしていた。
ど、どうして?
なんでこんな反応を………!?


「こ、この悪ガキ!よくも馴れ馴れしく織斑先生の名前を呼んだな!?ハッ!さてはアンタ………
 最初から織斑先生目当てでIS学園に忍び込もうとしてたんだね!?そうなんだね!!?
 い、いやらしいガキだよ!女生徒ならともかく、織斑先生を狙うとは、とんだ色ガキだね!!」

「ちょっ!?」


ちょっと待て!
どうしてそういう結論になるんだ!?
俺はただ、この学園には織斑さんとその弟さんがいるはずだから、区別するために名前を
呼んだだけなのに!
頭のネジが飛んでるんじゃないのか、このオバさん!?

と、またしてもハッとして周りに視線を走らせる。
方々から俺に向けられる冷たい視線。
しかしそれらにはさっきまでと違い、侮蔑以外の強烈な感情が込められている。
それは、明確な殺意。
そして、またしても聞こえてくるヒソヒソ話。
その一例を挙げると…………。


「あの男、千冬様目当てで忍び込もうとしていたの!?」

「な、何たる不敬!千冬様に、私の千冬様にそんなゲスな感情を向けるなんて、
 あの男、万死に値するわ!!」

「ちょっと、いえ……。か、かなりカッコいいからって!千冬様には到底釣り合わないわ!」

「頬に傷があるからって、調子に乗ってるんじゃないかしらwwwwwwwwwwwwww?
 キッモwwwwwwwwwwwwwwwww」


だからっ!頬の傷は関係ないだろう!?
俺の周りから無数のどす黒い感情が向けられる。
そのプレッシャーを感じながら、俺は頭をぐしゃぐしゃと掻きむしってどうするか考える。

いつまでもこんな馬鹿騒ぎに付き合ってはいられない。
さっさとこのイカれたオバさんに電話をさせて、俺の身の潔白を証明するしかない。
そのためには多少強引に攻めるしかないよな。
俺は心の中で深呼吸をすると、目の前で唾を飛ばしながら喚き続けているオバさんの肩を
ガシッと掴んだ。

「な、何をするのさこの変質者!ハッ!ま、まさかアンタ、私を犯そうとしているの!?
 そうなんだね!!?い、いやらしい雄だねアンタは!!誰か助けておくれ犯される〜〜〜!!!」

違うわ!
何を有り得ない勘違いをしている!
……まあ、いい。
そんなこと言うのは後だ。
コホンと一つ咳払いをして、スッとオバさんを見据える。


「アンタの話はもう十分だ。とりあえず、織斑さんに電話してくれ。
 それで、俺がこの学園の生徒だって分かるはずだ」

「な、何だって!?何を偉そうに、この変質者が………」


まだそんなことを言っているオバさんを、ギロッと鋭く睨みつける。
オバさんはグッと息を呑んで、ほんの少し俺から後ずさる。

「な、何だい急にそんな怖い顔して………。わ、分かったよ。アンタのこと聞いてやるよ。
 じ、じゃあ一緒に詰所に来な!」

俺は身を縮こませたオバさんと一緒に、脇にある詰所まで歩いていく。
その際未だヒソヒソと俺の陰口を言い続ける女子たちを、一睨みで黙らせる。
全く、他愛もない。
俺は小気味よく思いながら彼女らを一瞥して、オバさんと一緒に詰所に入る。

オバさんは「無駄だと思うけどねぇ……」と呟きながら、黒い電話(と思しきもの)を
ジーゴロジーゴロと操作している。
……見たことないな。あれ、本当に電話機か?
そうこう思っている内に電話が繋がり、オバさんは電話の向こうの相手と何やら話をしていて、
突然その声が、一オクターブほど高くなった。

「あ、どーも織斑先生!……ええ、ええ、そうなんですよぉ!いきなりIS学園の制服を
 着た変質者が『俺はここの生徒だ』なんて言ってきてですねぇ!」

ガシッ!そこでオバさんの肩を掴む。

「何だい?」

何だい?じゃない。
何だ今の説明は。
変質者とか言って説明するなんて、それじゃ織斑さんは俺のことだって分からないじゃないか。


「俺の名前はシン・アスカだ。シン・アスカが来ていると伝えてくれ」

「……変質者でいいのにねぇ。あ、すいませんねぇ。いやね、シン・アスカとかいう悪ガキが
 自分はここの生徒だとか言ってましてねぇ………」


全く……。
変質者でいいわけないだろ。
このオバさん、最初から俺のことをまともに報告するつもりなかったな?
そうしてオバさんはしばらく電話の向こうの織斑さんと話していたが、突然その気持ち悪い
愛想笑いがぐにゃりと歪んだ。

「……は?この悪ガキを入れろ?ちょ、ちょっと織斑先生何を言ってるんです!?…………は!!?
 お、織斑先生今何て言いました!!!?」

さっきから驚愕に目を見開いていたオバさんは、次の瞬間目をクワッと大きく開けて、
怪鳥の如き奇声を上げていた。




「ふ、二人目ぇ〜〜〜!!!!?このガキがぁ〜〜〜〜〜〜!!!!???」




う、うるさいな。耳の鼓膜が破れちまうよ。
ゼイゼイ言いながらもオバさんは尚も電話口に向かって、つばを飛ばし続ける。


「い、いやでも私はそんなこと一言もっ!!……え?前もって文書で伝えておいた?
 ……あ、あぁ〜〜〜。確かそんな紙切れ渡された記憶が……。……え?
 その文書はどうしたかって?た、確か古い電話帳と一緒に捨ててしまったような………。
 ……え?機密文書を家に持って帰るな?そして捨てるな?い、いや!そもそも
 そんな大事なことを文書で伝えること自体に問題があるんであって決して私のせいでは……!
 ……え?言い訳するな?見苦しい?い、いやその……!あのですね!え〜っとぉ……!」


……こりゃ、しばらく終わりそうにないな。
俺は電話の向こうの織斑さんに必死に言い訳するオバさんを置いて、詰所を出て正門へ向かう。
そこにはさっきまで俺の陰口をたたいていた女子たちが、呆然としながら俺を見つめていた。
さっきのオバさんの大音響が、ここまで届いていたらしい
皆一様に信じられない、という感じで俺を見ている。

……そんな目で見るなよ。
居心地悪いじゃないか。
まあ、この学園の一般生徒にも俺の存在は秘匿されているだろうし、二人目がいたなんて
信じられないのも無理ないけどさ。
俺は彼女らのどこか探るような視線をなるべく気にしないようにしながら、ようやっと
正門をくぐり抜けたのだった。



















「ふ、二人目………?」

「嘘だと思うんなら、織斑さんか山田さんに聞いてみてくれよ」

意表を突かれたように固まって動かない女子にウンザリしながらそう答えて、
彼女の返事を待たずに歩き出した。

……これでもう七人目だ。
正門を抜けて教室を捜す間も、気の強そうな女子や上級生が俺を呼び止めてきた。
俺が二人目だと知ったのは正門にいた十数人の生徒だけで、校内の大多数の生徒は
俺について何も知らないだろうから仕方ないとは思うが……。
それでも、何度も何度も疑いの眼差しで見つめられるのは、気分の良いものじゃない。
最初はわりと丁寧に説明していたけど、さっきの女子にはぶっきらぼうな対応を
してしまった。
それを心の中で反省はするものの、しかし俺は未だブスッとしたままで校内を
うろついていた。

……一年一組ってどこだっけ。
この学園って、無駄に広いからすぐ迷子になってしまいそうだったので、注意していたのに。
本当なら正門を抜けてすぐに案内の看板を見るつもりだったんだけど。
その後すぐに別の女子に呼び止められて、不審者扱いされて。
さんざん疑り深い目で睨まれて気が立っていたから、その女子に説明し終わった後は
案内も見ずにズンズンと学園内に入ってしまって。
変にうろついたせいで、どこがどこだか分からなくなってしまった。

ここらへんには学園の地図が貼ってある掲示板もないし。
誰かに質問しようとしても、さっきは逆にそれで「何で男がここにいるの!?」と
問い詰められてしまった。
そしてアテもなくうろついていたら不審者扱いされる始末。
どうしろっていうんだ。

俺は途方に暮れてしまい、近くのベンチに腰かけて肩を落とす。
全く、どうして入学初日に、しかもまだ教室に入ってすらいないのに、こんなに
疲れなくちゃならないんだ?
ハァッと大きなため息を吐いたその時、俯いていた俺の頭上から、鋭い声がかけられた。


「ちょっと、あなた!」

「………俺に、何か用か?」


うんざりしながらそう答え、顔を上げる。
この、俺を責めるような、どこか警戒しているような声。
さっきから何度も何度も聞いてきたから、今回もまた同じ手合いだろう。
案の定俺に家をかけてきた女子は警戒心たっぷりの眼光をその蒼い瞳に宿し、
俺を睨みつけている。
地毛と思わしきロングの金髪を悠然となびかせて、俺の前に仁王立ちしている。
彼女は極限までつり上がった瞳で俺を射抜き、右手の人差し指をビシィ!っと
突きつけてきた。
……初対面なのに、失礼な女だな。


「あなた!ここがIS学園と知っててここにいますの!?
 ここはIS操縦者を育成するために世界中から選りすぐりのエリートが集まる
 場所なんですのよ!?そんな所に、何故あなたのような男がいますの!?」

「……男のIS操縦者だっているだろう?」

「そんな男、たとえISを操縦できるとしても、私たち女と比べたら、下等もいい
 所ですわ!そもそもISも扱えない不審者が私に口ごたえするなんて、生意気が
 過ぎますわよ!」


………何で初対面でここまで言われなくちゃならないんだよ。
男という存在、全否定だもんな。
正直、今すぐ怒鳴り返してやりたいが、そんなことをしても話は進まない。
さっきから何度も体験してきたことだ。
なので、なるべくやんわりと俺のことを説明することにする。


「俺は不審者じゃない。今日からこの学園に入学することになったんだ。
 ちゃんと、ここの制服も来てるだろう?」

「……はぁ?何を言っていますの?このIS学園は、IS操縦者しか………」

「だから、俺もISを扱えるんだ。だからこの学園に入学したんだよ」


彼女は俺の言葉にポカンと口を開け、固まってしまった。
しかしすぐに復活し、いきなり笑い始めた。
そしてその笑いの中に侮蔑の感情が込められているのを、俺は確かに感じていた。

「あ、あなた。いくら何でも冗談が過ぎますわよ。男でISを扱えるのは
 この世でただ一人、織斑一夏とかいう男だけですわよ?
 いくらIS学園に侵入したことを咎められるのが嫌だからって。
 滑稽、あまりに滑稽ですわ!」

ケラケラと笑うその女を、俺は意外なことに冷静に見つめていた。
確かに、この世界の常識と今の俺の状況を総合して考えると、IS学園に不法侵入した
男が、その咎を追及されて、言い訳がましく冗談を言ったようにしか取られないかも
しれない。
この女がそう思うのも無理はない。
だけど、このままその妄想を事実にされるわけにはいかない。
ここはこの台詞で、さっさと切り上げてしまった方がいいだろう。


「嘘だと思うんなら、織斑千冬さんか山田さんに聞いてみてくれよ。
 そうしたら俺の言ってることが事実だって、分かるはずだから」

「……本気で言ってますの?しかもIS学園の教師の名前まで知っているなんて。
 なかなか興味深い不審者ですわね。……いいですわ。無駄だとは思いますが、
 どちらかの教師を捕まえて聞いてきてあげましょう。
 しかし、もしあなたの言っていることが嘘だったら………」


彼女は一転、冷たい光を瞳に宿し、うっすらと微笑を浮かべながら
俺を見下ろした。


「私のIS、『ブルー・ティアーズ』の奏でる円舞曲(ワルツ)で踊ってもらいますわ。
 嘘つき不審者の末路としては、お似合いですものね」


そう吐き捨てると、俺にここで待つように言って、颯爽と行ってしまった。
その後姿、歩く姿はさっきまでのイザコザを忘れるくらい様になっていて。
俺は思わず見とれてしまう。
たぶん、どこか良いところの出身なんだろうけど……。
そんなことに思考を割いていた自分に呆れ、溜息をついてしまう。
今考えるべきは、そんなことじゃない。

「……まいったなぁ……」

あの女は、ここで待ってろって言った。
しかし今の時間は……八時十五分。
確か今日の予定では八時半から最初のHRが始まるはずだ。
ここで余計な時間を喰いたくはないんだが……。

しかも、あの女がもし帰ってこなかったら?
放置されたままここにずっといなくてはならない。
もちろんそうなったらさっさとここを立ち去らせてもらうが……、再びあの女に
見つかった時のことを考えると……。
あの女の目、本気だった。
本気で俺をISでいたぶってやると、そう考えていた。

……全く、とんだ女と関わり合いになったもんだ。
また特大の溜息を吐いて、ボ〜ッとすること三分。
あの女が帰ってきた。
ようやっとか……と、ゆっくり顔を上げると、その女の他にもう一人、誰かが一緒に
やってくる。
俺は頭に「?」マークを浮かべていると、女の透き通るような声が聞こえてくる。


「先生、こっちですわ」


……教師を呼んできやがったあの女。
何だよ、聞きに行くとか言っておきながら、俺が逃げられないように援軍をってか?
やってくれるじゃないか。
女は俺の姿を確認すると、連れを置いて早足でこちらにやってくる。

「よく逃げずに待ってましたわね。そこだけは褒めてあげますわ」

ありがとうよ。
だが、彼女にはどうしても一言言っておきたいことがある。


「……俺のこと聞いてくるんじゃなかったのかよ?何で教師を連れてきてるんだ?」

「……よく考えたら、あなたの名前を聞いていませんでしたわ」


…………………………。
バツが悪そうにそっぽを向く女を見ながら、俺は「ああ……」と呟いた。
なるほど。
名前が分からないと俺が不審者かどうかなんて聞けないよな。
だからわざわざ教師を連れてきたのか。
それは、まあ………。
教えなかった俺が悪かったよな。


「……ごめん」

「あ、謝らなくても結構ですわ!大した手間でもありませんし!
 ……とりあえず、あなたのことを確認しましょうか?まあ、無駄でしょうけど」


……何だ。
照れるとけっこう可愛いんだな。
初対面であの態度だったから「何だよこの女」とか思ってたけど。
普通に良い奴なのかもな。
と、置いてきぼりにされていた連れの女性が、小走りにやって来た。
だけどその女性は、俺のよく知っている人で………。


「お、オルコットさ〜〜ん。ちょ、速い!速いですよぉ〜〜」

「!山田さん!」

「あ、アスカ君!やっぱりアスカ君でしたか!すいません、何か朝から面倒なことに
 なってたみたいで………」


顔をパアッと輝かせた山田さんが、息を整えつつ謝ってくる。
別に山田さんのせいじゃないから怒ってないんだけど。
あんまり申し訳なさそうにしているので、こっちも恐縮してしまう。
と、「オルコット」とか呼ばれた女が、困惑したような声を上げる。


「あ、あの山田先生?何でこの男とそんな親しげなんですの?もしかして、山田先生の
 ご親戚とか?それとも………」

「あ、皆さんにはまだ伝えていませんし、知りませんよね。彼はシン・アスカ君。
 今日からこの学園に通うことになった、『二人目』です」

「っ!!!………………信じられませんわ……………………」


山田さんの言葉によほど驚いたのか、さっきまでのツンとした態度が消え失せ、呆然と
しながら俺を見つめるオルコット(仮称)。
だからさっきからそう言ってるだろうに。

でも、この態度が普通なのだろう。
織斑さんの話だと、ISが開発されてからの十年、男でISを扱えたのは一夏さんが出てくる
までは一人もいなかったっていうし。
やっぱり『二人目』っていうのは、この世界では大事件なんだよな。
病室で織斑さんが語ってくれたことが急に現実味を帯びてきたみたいで、俺は軽く
身震いした。
……やっぱり、五反田家での住み込みをやめて正解だったんだよな………。
と、山田さんがいきなり大声を上げた。
?どうしたんだ一体?


「って、もうこんな時間!?朝のHRが始まっちゃいますよ!私は一旦職員室に
 行かないと!アスカ君とオルコットさんも早く教室に入って下さいね」

「ちょ、ちょっと待ってください!俺、自分の教室がどこにあるのか分からなくて……!」

「だったらオルコットさんに案内してもらって下さい!確かアスカ君と同じ教室の
 でしたから!それじゃあ!」


そう早口で捲し立てるように言うと、凄まじい速さで走りだし、あっという間に見えなく
なってしまった。
……山田さん、あんなに速く動けたんだな。
そして残された俺とオルコット(以後、これで統一)。
この気まずい沈黙、どうすればいいんだ…………。
俺がそんなことを思っていると、オルコットは深く息を吐き出して、俺に向き直る。


「……一応確認しておきますけど、あなた何組ですの?」

「……一年、一組だけど」

「私と同じ、ですわね。……仕方ありませんわね。未だ信じられませんが、他ならぬ
 教師がそう言うのですから、あなたがこの学園の生徒であることは本当のこと、なの
 ですわよね。……行きますわよ。このセシリア・オルコットが案内して差し上げるん
 ですから、光栄に思うのですわね」


そう言ってステステと歩き出すオルコットの後ろを、慌ててついていく。
どうやら教室に連れて行ってくれるらしい。
時間もまだ余裕があるし、どうやら助かったみたいだ。
俺はホッと胸を撫で下ろしながら、前を歩くオルコットの、艶やかな金髪を見つめるのだった。




             ・





             ・




     
             ・





             ・




……回想終わり。
笑っちまうだろ?
呆れるほどのグダグダだ。

それにやっと教室に着いても、当然のことながら居心地の悪さは変わらなかった。
オルコットに続いて俺が教室に入ると、それまで女生徒たちの声で騒がしいくらいだった教室が。
一瞬で静寂に包まれた。
皆最初は呆然としていて、次第にその目に警戒するような、訝しげな色が浮かんでくる。

……確かに俺のことは予想外かもしれないが、何もそんな目で見なくてもいいだろう。
この教室で唯一の男、多分この人が例の織斑一夏さんだろう。
彼が目を輝かせて、まるで救世主でも見るように俺を見てくれていたのが、たった一つの救いだった。
俺は注がれる視線をなるべく気にしないようにしながら、自分の席に向かった。
やれやれ、これで一息つけると思ったところで、また問題が。


「ちょっ、あなた私の隣の席なんですの!?」


つまり、そういうことだった。
さっきからオルコットが睨むような、探るような視線を俺に向けてくる。
実に居心地が悪い。そろそろやめてほしい。
というわけで、今朝の騒ぎに教室の居心地の悪さ。
加えてオルコットの視線も相まって、俺の気分は下降の一途を辿っていた。

確かにこの学園の生徒である彼女たちからすると、俺の存在は違和感以外の何物でも
ないんだろうけどさ。
『世界で唯一ISを扱える男子』である一夏さんは、事前にその存在を全世界に公表されていたから
こそ、彼女たちは一夏さんを好奇の眼差しで見れるんであって。
世界から秘匿された存在である俺は、彼女たちからすれば「不審者」以外の
何者でもないわけで。
それは分かってるんだが、正直、早くもうんざりだ。
そんなことを考えながらげんなりしていると、扉がガラッと開き、ほんわかした声が
聞こえてくる。


「全員揃ってますねー。それじゃあSHR始めますよー」


いつもよりも若干引き締まった表情で現れた山田さんは、スラスラと自己紹介をする。
その一生懸命な姿に、思わず心の中で「頑張れ!山田さん!」とエールを送る。

「それではみなさん、一年間よろしくお願いしますね」

ふんわり柔らかな笑顔を向けてくる山田さん。
その微笑みに俺のイライラも若干ながら消えていく。
普通あんな笑顔で挨拶されたら、相手は無条件で「はーい」とでも元気な返事を
するんだろうにさ。しかしこの教室の生徒は………。


「「「「「「………………………………………」」」」」」


無言。
誰も全く反応しない。
チラッと横目で周りを窺ってみる。
すると俺をチラ見していた複数の女子がビクゥッ!として、すぐに視線を逸らした。
他の女子も俺が視線を向けると、顔を伏せて目を合わせないようにしてきた。
…………もしかして教室の雰囲気が最悪なのって、俺が原因なのか?
だとしたら何て理不尽な。
被害者は、間違いなく俺の方だってのに。


「じゃ、じゃあ自己紹介をお願いします。えっと、出席番号順で」


半分涙目の山田さんが可哀想だが、それが気にならないくらい、俺は呆然としていた。
……………え?自己紹介?
……ヤバい、何も考えていない。

ザフトのアカデミーに入った時も確か自己紹介をした気がするが。
あの時の俺は精神的にどん底だったから、まともな自己紹介をした覚えがない。
まいったなぁ……………。

そう思っている内に自己紹介が始まり、順番はあっという間に一夏さんまで回る。
山田さんに急かされながら、たどたどしく自己紹介する一夏さん。
……かなり焦ってるな。
まあこれだけの女子から「もっと色々話せ」と無言のプレッシャーをかけられたら
こうなるか。
……沈黙数瞬。
汗をダラダラと流す一夏さんの次の台詞は………。


「以上です」


ズッコケる女子数名。
かくいう俺も机に突っ伏した。
まあ、そう言ってしまう気持ちは分かるが、まるでギャグのようだったので思わず力が抜けてしまった。
……やるな、一夏さん。
突っ伏したまま彼の天然のユーモアセンスに賞賛を送っていると、いきなりズパァン!!
という教室に響き渡るくらいの軽快な音がする。
な、何だよこの音は!?
慌てて顔を起こすと、頭を押さえて悶絶する一夏さんと。その傍らで出席簿を構えているのは……、 


「誰が三国志の英雄か、馬鹿者」


この約一か月の間に見慣れた、俺の大恩人である織斑千冬さんだった。
相変わらずの厳しい目で一夏さんを睨んでいるが。
いつもの彼女と違い、その目に優しい光が宿っていることに気づく。
まるで慈愛に満ちた聖母のようなそれは、しかし普通では分からないくらいに小さく、
だけど確かにその瞳の中で爛々と輝いていた。

普段の彼女からは想像もできないくらいのその優しい光を、一夏さんも同じくらい優しい
光を持って受け止めている。
そんな二人を見ながら、俺は妙に得心していた。

……姉弟なんだもんな。
互いを慈しんで、当然だよな。

二人の暖かい無言の会話を見ながら、俺はふとマユのことを思い出していた。
マユが生きていた時は全く気にしていなかったけど。
俺もマユが生きていた時は、あんな優しい光を、優しい心を持っていたのかな?
いつかマユと花畑で遊んだ時も、あんな優しい目でマユを見れていたのかな?
今の俺の心はもう、純粋とは言えないくらいにドス黒くなっちゃったけど。
こんな俺でも昔は……、妹を、マユを慈しむ心を持てていたのかな? 

もう二度と戻らないあの頃の自分に思いを馳せながら、俺は千冬さんと一夏さんの
やり取りをボンヤリと見つめていた。
と、そこで彼女は俺の視線に気づいたらしく、こちらに振り向く。
彼女の瞳は、またいつものような厳しいだけのそれには戻らず、未だ優しい光をたたえていた。
……何だ?俺にもあんな目を向けてくれるのか?
俺に向けられるその視線に若干違和感を感じていると、織斑さんは少し意地悪そうに
微笑みかけた。


「今朝は大変だったみたいだな、アスカ」


ああ、大変だったさ。
変質者・不審者呼ばわりされたし、女子からは殺意を込めた視線を頂戴するし。
オルコットからは未だ無言の圧力をかけられているし………。
だからこそ、そのことを思い出し、またブスッとしながら答える。

「笑い事じゃないですよ、織斑さん………」

彼女はフテくされた俺を見て苦笑する。
……やっぱり柔らかい表情だ。
彼女、俺に対してもあんな表情できるんだな……。


「すまんすまん。連絡が上手く伝達できていなかったのは、こちらのミスだ。
 それと、ここでは先生と呼べ」

「分かりましたよ、織斑先生…………」


尚もフテくされながらそう答える。
そして織斑、先生はまた柔らかく苦笑する。
そんな俺と織斑先生のやり取りを、周りの女子たちは織斑先生への黄色い歓声を
止めて、一夏さんも驚いた様子で見ていた。
と、女子の一人がおずおずと手を挙げる。
俺と織斑先生を交互に見つつ、恐る恐る口を開く。


「あ、あの〜、千冬様?千冬様は彼と知り合いなんですか?ていうか、彼は一体……?」

「織斑先生と呼べ、全く………。薄々分かっているだろう?アスカは今日からこの学園の
 一員となる、『二人目』だ。世間一般には、まだ公になっていない。
 今頃他のクラスでも、アスカのことについて説明しているはずだ」


ザワッ。
一瞬静寂に包まれた教室は、瞬間どよめきとざわめきに支配される。
皆の驚愕の眼差しが、一斉に俺に向けられる。


「あ、あの………。てことは、当然ISも…………?」

「もちろん、扱える。アスカがISを起動し、それを操るのを私と山田君で確認済みだ」


教室内の混乱は最高潮に達する。
ある女子は呆然としながら、ある女子は驚愕に目を見開いて、ある女子は好奇心をたっぷり視線に
含ませて、俺を見つめてきた。

………………………?
何だ?
皆、俺がISを扱えるということをすんなりと信じたみたいだ。
さっきまで半信半疑っぽかったオルコットでさえ、「……本当に、本当のことだったんですのね」
と、今までの曖昧だった表情を、確信に満ちたそれに変えている。
山田さんに言われた時より、はっきりと俺のことを信じたみたいだ。
何故?
織斑先生が言ったからか?
そうとしか考えられないけど、織斑先生の言葉にはそれほどの力があるのか………?

と、そこでパンッパンッ!と手を叩く音が聞こえてくる。
織斑先生だ。
彼女が収拾のつかない場の雰囲気を、一気に引き締める。

「そこまでだ!……アスカのことを知りたいのなら、この後の自己紹介で聞け、いいな。
 …よし、次の自己紹介は誰だ?」

……凄いな。
まだ皆困惑してるみたいだけど、とりあえず混乱は収まった。
織斑先生の鬼も黙らせる眼力のおかげか?

などと考えていると、さっそく自己紹介の続きが始まった。
だが自己紹介をする女子たちは、さっきの一夏さん以上にたどたどしく。
自分の自己紹介なのに、全く集中できていない。
その理由は、明らかだった。

チラッ。
チラッ。
自己紹介中の女子は、せわしなく視線を動かしている……俺に向かって。
二人目である俺のことが気になって仕方がない、そんな雰囲気だった。
………そんなチラチラ見るなよ。
見世物じゃないんだからさ、俺は。
俺のことを気にせずに自己紹介をしている女子は、たった二人。
一人は今俺の横で息巻いてご高説を述べている、オルコット。


「私はセシリア・オルコット!イギリスの代表候補生ですわっ!」


という高らかな名乗りから始まって、かれこれ五分くらいずっと自分の自慢話を
くっちゃべっている。
流石に周りも飽きてきたらしく、欠伸をしている女子もいる。
先生たちまでもがそろそろ鬱陶しくなってきたらしく。
一言でオルコットを黙らせ、席に座らせた。
オルコットは「まだまだ話すことがありましたのに……」と口を尖らせているが、
周りは露骨にホッとしていた。

だけど俺は、自分のことを誇らしげに話すオルコットに、むしろ好感を抱いていた。
話している内容はともかく、自分のことを話すオルコットの目は、光輝いていた。
そして全身から振り撒かれる自信に満ちたオーラ。
それはまさしく今の自分に誇りを持っているからこそ出せるものだ。
俺は彼女のそんな力強い姿を見ながら、「やっぱりこいつ、良い奴なんだろうな」って思った。
だって男に悪感情を持ってるだけの尊大な女に、あんな輝きに満ちた目はできないだろうし。
そんなこと言うと恥ずかしいから、もちろん口に出しはしないけどさ。
オルコットに対して好意的な感情を持つことができた、初めての瞬間だった。

そしてもう一人、俺のことを気にも止めず、自己紹介をしていた女子がいる。
彼女は既に自己紹介を終え、凛として佇んでいる。


(篠ノ之、箒…………)


ほんの少しだけ淡い黒髪のポニーテールで、織斑先生ほどではないが、
つり上がった切れ目が特徴の、厳かな雰囲気を持つ美少女だった。
それはいい。それはいいんだが…………。

実は俺は、既に彼女のことを知っている。
何故知っているのかというと………今はまだ、言いたくない。
俺にとっても篠ノ之にとってもトラウマなその事件は、多分俺たちが墓の中まで
持っていくだろう。
なので、今はまだ話さない。
もし話すような場面になったら、その時に話すとしよう。

と、ふと思考の海からポコッと顔を出すと、自己紹介も既に終わりに近づいていた。
出席番号順で始まった自己紹介は、既に最後の一人に突入していた。
…………………あれ?俺の番は?
頭に「?」を浮かべ首を傾げていると、山田さんののほほんとした声が聞こえてくる。


「皆自己紹介が終わったみたいですね。では最後にアスカ君。お願いします」

「………………………え?」


あれ?おかしくないか?
俺の出席番号はもっと前のはず。
何で俺が一番最後なんだ?


「あの、何で俺が最後なんですか?俺の番はもっと前………」

「あ、それはですね。皆アスカ君の自己紹介をじっくり聞きたいから、一番最後に
 しようって決めて。アスカ君も了解してくれたじゃないですか」


山田さんがしれっとそんなことをのたまう。
俺が?
悪いがそんなこと了解した覚えがない。
それに俺が最後だなんて、聞いた覚えもない。
何かの間違いだと口を開くが、織斑先生にそれを遮られる。

「お前のことが皆気になっていたみたいでな。自己紹介の最中だってのに、メモを
 回して、お前が最後になるように上手く順番を飛ばしていた。アイコンタクトも
 使って示し合わせていたしな。
 そして、お前はそれに反論しなかった。というか、気づかなかった。
 当の本人から何の反論も出ないのだから、それは了解したも同義だろう」

無茶苦茶な論理だ。
大体気づけるかそんな示し合せ。
しかも何だその一致団結っぷりは。
今日初めて顔を合わせたばかりとは思えない連携ぶりに、唖然とする他ない。

とにかく俺がトリを務めなくちゃいけないのは確定しているらしく、皆何かを
期待するような視線を向けてくる。
もう何を言ってもこの雰囲気からは逃れられないことを悟り、俺は溜息を一つついて
立ち上がった。

しかし、困った。
俺は未だどう自己紹介するか考えていなかった。
ここで下手なことを言えば、俺の評価は一気に奈落の底まで真っ逆さまだ。
かといって普通の自己紹介では、さっきの一夏さんの二の舞になってしまう、
どうしたものか………。

………う〜ん。
ここは、やはり俺のことを印象付けることを念頭に置いた方がいいのか?
何せここ以外に行き場のない俺は、三年ほどこの学園にいなくてはならない。
それなのに初っ端からクラスメイトに悪い印象を持たれると、不味い。
でも、ただ綺麗な言葉を並べるような自己紹介は、自分向きではない気がするし……。
やはり、俺の言葉で、俺という存在を強く印象付けることが肝要だと思う。

それに、せっかくの自己紹介という場なんだし、もう一つくらい何かテーマを
つけられないだろうか?
俺の目的といえば、元の世界に帰ること。
となれば、俺はこの世界のこと、ひいては異世界のことについてもよく知らなければ
いけないと考える。
だったら、自己紹介でそこの所もアピールするというのはどうだろう?
もちろん俺が本物の異世界人だということは伏せるとして、だ。

うん、それがいい。
それらを総合して俺の自己紹介文を考えるとすると………………。

………………よし、これだ。
俺は自分の中で完成した自己紹介文にほくそ笑む。
これなら、いいんじゃないか?
俺の目的についても知ってもらえる完璧な自己紹介だ。

だが一応、自分の中でもう一度反復をしておく。
もし誤字・脱字があったら、遠慮なく指摘してくれ。
心の中で深呼吸をして………反復する。



(俺は、シン・アスカです。ただ、一つだけ言っておくことがあります。
 俺は、ただの人間には興味はありません。この中に、異世界、または異世界人に
 興味を持っている人。あるいはそれらについて既に何か知っていたり、
 独自の考えを持っている人。今知らなくても、それについて研究中の
 マッド・サイエンティストでもいいです。今列挙したそれらに該当する人が
 いたら、俺のところに来てくれ。以上!)



…………………………………………。
反復し終えた瞬間に、全身に帯びていた熱が急速に冷めていくのが分かる。
………うん、まあ、ないな。
冷静に考えると、こんなことを自己紹介で口走ったりしたら、皆から白い目で
見られるのは明白。
明日から誰にも話しかけられず、ボッチになることが確定してしまう。
それは、気まずい。この案は却下だ。
先ほどまで完璧だと思い込んでいた案を、微塵の躊躇もなく心のクズ籠に突っ込んだ。

……やっぱり、一夏さんみたいな普通の自己紹介にするか。
わざわざ俺の目的を皆に知ってもらう必要って、よく考えたらないしな。
俺一人の問題なんだ。
誰かを巻き込む必要なんか、これっぽっちもないしな。
まずは、無難な自己紹介でこの場を切り抜けるとしよう。
打算的な考えは、一切排除しよう。
それが、一番いい。
コホンと咳払いすると、期待の眼差しを向ける彼女たちを見回して、語る。


「俺は、シン・アスカです。16歳です。俺のことで驚いている人もいるとは
 思うけど、気にしないでください。所詮、ただの男なんで。
 皆も、遠慮なく俺と接してくれると、嬉しいです」


きゃあ〜〜〜〜〜〜〜〜、と黄色い歓声が沸き起こる。
な、何だよこの反応は。
普通に自己紹介しただけなのに。
皆は嬉々として、俺のことについて語り合っている。
その一例を挙げると………。


「え〜〜〜〜〜!アスカ君って話してみると普通の男の子なんだ!
 あたし緊張して損しちゃったぁ」

「一夏クンの落ち着いた雰囲気とはちょっと違う、熱い雰囲気がワイルドだし!
 何か魅了されちゃいそぉ〜〜〜!」

「顔も一夏クンに負けないくらいカッコいいし!あの頬の傷も何かカッコいい!
 ISを扱える男子二人と同じクラスなんて、あたしツイてるぅ〜〜!!」

「あの、アスカお兄様って呼んでいいですか!?」


おい、誰だ最後の台詞は。
あまりの豹変に俺はタジタジになってしまう。
こんなに褒めちぎられたことがないので、何とも気恥ずかしい。
頬が熱い。顔を伏せてしまう。

そんな俺を見て、また黄色い歓声が沸き起こる。
ど、どうすりゃいいんだこの状況……。
俺がワタワタしていると、彼女たちはまるでマシンガンのように質問を飛ばしてくる。

やれどこ出身だとか。
やれ何人家族だとか。
やれ恋人はいるのかとか。
やれ趣味は何なんだとか。

……出身地は当然ながら答えられない。
家族のことも、できるなら語りたくない。
恋人は、ルナがいるが……いや、恋人って言えるのかな?
彼女は俺の大切な人だけど、ルナは、やっぱり今もアスランのことが………。
俺は慌てて首を振る。
そんなことを考えちゃ駄目だ。
ルナにとっても失礼極まりないし、それに………。
恋人とは違うけど、その言葉を聞くと、どうしてもステラのことを思い出してしまうし。
やはり、この質問も却下、だな。

だったら、無難な趣味のことを答えておくのが一番か。
彼女たちのボルテージは、俺がこのまま自己紹介を終えるのを許してはくれなさそうだし。
この質問に答えて、俺の自己紹介を終わらせてもらうとしよう。


「えっと、じゃあ趣味は……………」


そこで彼女たちのボルテージは最高潮に達する。
俺は何とか自分の趣味を言おうとして……ハッとする。
俺の趣味って…………何だっけ?

そういえば、ザフトのアカデミーに入ってから訓練漬けの毎日だったし。
自室に戻っても、自分の訓練成績を見ながら反復練習したり。
マユの携帯をずっと眺めていたり。
考えてみれば、まともな趣味なんて、俺は全く持ち合わせていなかった。

父さんたちが死んでしまう前に何か趣味を持っていたか考えるが。
全く、思い出せなかった。
鮮明に覚えているのは、父さん達と過ごした日常の一幕。
マユとの花畑での思い出。
そして、あの、惨劇の一部始終。
廃墟と化したオーブを彷徨った時の、あのどうしようもない絶望感。
思い出せるのは、それだけだった。

俺は愕然としながらも、しかしこの状況をどうするか考える。
趣味は、とまで言ってしまったからには、言わなくてはならないだろう。
しかし、どうしよう。
全く、思い浮かばない。
そうして、混乱しきった俺の頭に、たった一つ、趣味、らしきものが思い浮かんだ。

こ、これだ!
今はこれに、縋るしかない!
俺はそのたった一つの希望に全てを託す。
ええい、ままよ!
ここまで来たら、後はぶちまけるのみだ!!



「え、えっと…………な、ナイフ戦?い、一位取ったことあるんですよ、俺」



………場の空気が凍った。
周りの反応はというと、
「え?ナイフ戦?何、それ……」。
「な、何か危なそうな趣味、だよね………?」
「あ、アスカ君って、ナイフマニアだったの………?」
等々。

………い、いかぁぁぁぁぁぁん!!
し、失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した
失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した
失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した
失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した

ま、不味い。非常に不味い。
このままではせっかく上向き傾向だった俺の評価が、一気に急降下してしまう!
汗がダラダラ流れてくる。喉がカラカラに乾いてくる。
どうする、どうすれば…………!!?

一夏さんも、さっきこんな心境だったのかな?
だとしたら、こんなに辛いこともないな。
………そうだ、一夏さんだ。
彼が、窮地に陥った俺に、光明を見出させてくれた!
俺は心の中で一夏さんに感謝を述べて、すぐさま汚名を返上しにかかる。


「と、いうのは冗談で……………」


皆の目が点になる。
皆一様に「は?」と声に出さずに言っている。
ここが、最後のチャンスだ。
ここで、全てをひっくり返す!
俺は呼吸を整えて、一度目を伏せて。
背すじを伸ばして、言い放った。



「読書です」



ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ。
クラスの全員がズッコケた。
山田さんまでもがズッコケ、織斑先生も頭痛を我慢するように頭を
手で押さえている。

俺のクラスメイトとのファースト・コンタクトは。
学園生活最初のイベントは。
良い印象も悪い印象も残せないという、実に残念な結果に終わったのだった。



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