くっ、有り得ない!
私は一夏と再会し、再びその絆を取り戻すべく、IS学園に来たのだ!
なのに何故、奴とばかり関わりを持ってしまう!?
運命の悪戯など私は信じないが、こればっかりは信じる他ない!

大体最初の出会いからして、有り得ないのだ!
あまつさえ私の…………をごにょごにょしおってからに……!
ああ、思い出すだけで顔から火が出そうになる!
まさか一夏以外の男に、ごにょごにょを見られることになるなんて……!

しかし最初の出会いが最悪だったので、奴に悪印象しか持っていなかったが、
この学園に正式に入学して、奴の言動を目の当たりにして。
私の奴への印象は、徐々に変わっていった。

オルコットとの言い争いの時など、特に驚いた。
顔を真っ赤にして息巻いて怒鳴るオルコットとは対照的に、奴は感情を
宿さない能面のような表情で、ただ虚ろに言葉を紡ぐばかりだった。
奴の心中は計り知れなかったが、その奴の表情は、何故か胸に鋭く
突き刺さった。
多分、それは教室内にいた全ての人間が、そうだったのだろうな。

そして食事を終えて部屋に戻ってきて、ベッドでうなされ続ける奴を
見て、何故か放っておけなくなってしまった。
全く、一時間以上も酷くうなされおって。
しかもそれを悟られないようにしおって。
言っておくが、バレバレだったぞ?
それに一夏と違って、要所要所で誠実な言葉を言いおって!
あ、あんなタイミングでそんなことを言われたら相手が一夏でなくても、
その……ええいっ!!

……こほん。
とりあえず、私が何を言っているかわからないとは思うが、それは
これからの物語を見てくれればわかる。
私、篠ノ之箒と。
『紅蓮の戦鬼』シン・アスカとの、始まりの物語を。






























「それではこの時間は実践で使用する各種装備の特性について、説明する」


オルコットが復活する兆しを見せることなく三時間目のチャイムが
鳴り、俺は未だ呆然として動かないオルコットを席に座らせ、
自分も席に座る。
と、そこで織斑先生が山田さんを連れ立って教室に入ってきた。
山田さんは教室の端に控え、織斑先生が壇上に立つ。

三時間目は彼女の担当か………。
昼寝とかしないように気を付けないと。
彼女の場合、チョークなんて生易しいものは飛んでこない。
インドラの矢も真っ青の、出席簿の一撃が振り下ろされてしまうだろう。
俺はパンパンと両頬を叩き、一層気合を入れて授業に臨む。
と、織斑先生はふと何かを思い出したように口を開く。


「ああ、その前に再来週行われる『クラス対抗戦』に出る代表者を
 決めないといけないな」


……クラス対抗戦?代表者?何のことだ?
と、織斑先生がつらつらと説明してくれる。
クラス対抗戦は入学時点での各クラスの実力推移を測るもの。
そしてクラス代表者っていうのは、対抗戦だけでなく生徒会の開く会議や
委員会への出席もしなくてはいけない、委員長のような役割らしい。
そして、代表者は一度決まると一年間変更できない。

……何て面倒臭そうなんだ。
そんなのに立候補する奴がいるとしたら、よっぽどの目立ちたがりか
生来の委員長気質の奴か、あとはエリート意識の塊みたいな奴か………。

とりあえず、俺はごめんだな。
色々調べなきゃいけないこともあるし、そんなことやってる暇は、
これっぽっちも………。


「ちなみに、自薦他薦は問わんからな。他薦された者に拒否権はないから、
 そのつもりで」


くっ………、何故かは知らないが、先に逃げ道を塞がれた気分だ!
それにしても織斑先生、やっぱり鋭いな。
まるで俺の思考を先読みしているかのようだぜ。
だが、それでも俺にはいささかの影響もないがな。
何故なら……………。


「はいっ。織斑くんを推薦します!」

「私もそれが良いと思いますー」

「お、俺!?」


ガタッと席から立ち上がり、愕然とする一夏。
ふははは、予想通り!
『世界で唯一ISを扱える男子』として注目されている一夏は、
その落ち着いた物腰と抜群のルックスで、たちまち全ての女子を
虜にしていた(恐らく天然で)。
だからこそ俺は今こんなに落ち着いていられるんだ。

同じ男でも大人な雰囲気の一夏とガサツで子供っぽい雰囲気の
俺しかいなければ………。
どちらを選ぶかなんて子供でも分かることだ、そうだろう?
一夏を犠牲にするのは気が引けるが、ここは心を鬼にして
一夏に代表者になってもら………。


「はいっ!私はアスカ君がいいと思いますっ!」


ほう、一夏に対抗馬が出てくるとは驚きだ。
しかしその『アスカ君』とやらも災難じゃないか。
一票しか入らずに一夏と大差をつけられて惨敗するなんざ、
屈辱もいいところ………。


「私もアスカ君がいいと思うなー」


おいおい吃驚だぜ。
『アスカ君』とやらにもう一票入ったぞ。
その『アスカ君』とやらには、一夏に対抗できるくらいの
魅力があるっていうのか?
しかし、もうここまでだろう。
その『アスカ君』とやらにどんな魅力があるのかは知らないが、
もうこれ以上票が入るはずが………。


「あ、アスカお兄様が、いいと思います………(照)」


お兄様!?今お兄様って言ったか!!?
今のって俺の自己紹介の時に「アスカお兄様って呼んでいいですか!?」
なんて冗談みたいなことを言ってきた奴と同一人物だろう!

くっ、自分を誤魔化し続けるのも限界だ!
何故だ!?何故俺なんかに票を入れる女子がいるんだ!?
同じ男なら、一夏の方が圧倒的に魅力的だろうに!!
そこから、教室内で怒涛のせめぎ合いが始まった。



「一夏くんだよ!一夏くんが代表者になるべきよ!アスカ君も
 悪くないけど、ここはワイルドさよりも誠実さを取るべきよ!」

「いいえ!アスカ君の熱いリーダーシップで、このクラスを引っ張って
 いってもらうべきよ!今の時代、草食系男子よりも肉食系男子の方が
 いいのよ!!」

「やっぱり織斑くんの方がいいよ!アスカ君も捨てがたいけど、織斑くんの
 大人みたいな落ち着きの方がかっこいいし!」

「それアンタの100%主観じゃん!じゃああたしはアスカ君の方がいい!
 子供っぽい雰囲気のはずなのに憂いを帯びた瞳!
 あたし、それだけで堕とされちゃいそうなんだから!!」

「字が違うわよ字が!!「堕とす」じゃなくて「落とす」でしょうが!!
 じゃあ私は一夏くん!彼にもうメロメロなんだから、私!!」

「いいえっ!アスカ君よ!アスカ君が一番なのよ!!彼の細いのに逞しい腕で
 抱きしめられたいわ!メロメロ度だって負けてないわよ!!」

「一夏くんよ!」

「アスカ君だって!」

「織斑くん一択!!」

「アスカ君でファイナルアンサー!!」

「織斑くんだって、何度言えば分かるのよ!!?」

「あ、あの私……!一目見た時から、本気で、アスカお兄様のことが………(真剣)!」



ガタガタガタガタガタガタガタガタガタ………………………。
俺も一夏も、目の前で繰り広げられる泥沼の言い争いを目の当たりにして、
ただ震えることしかできない。
こ、怖ぇ……!
何でクラス代表者を決めるだけで、こんな口汚い口論になっちまうんだよ……!
違うぞ?
シン・アスカって男は、アンタらが思ってるような男じゃないぞ?
一夏と違って、情けないの代名詞みたいな男なんだぞ?

と、とにかくこの事態を収拾してもらわないと、話が進まない!
織斑先生、織斑先生早く!
この馬鹿騒ぎを丸く収めることができるのは、あなたしかいない!
あなたの鬼も裸足で逃げ出す、必殺の眼力で!!

スッコーン。チョークを投げつけられた。
い、痛ぁ………!
な、何故!?
俺は今、何も言ってないのに!
ただ懇願の視線を、送っただけなのに!!


「何か失礼なことを考えていただろうアスカ。生憎私には手に取るように分かるぞ?
 とにかく、馬鹿共落ち着け!このままでは埒があかないから、織斑かアスカの
 どちらが代表者になるか、多数決で決めるぞ。異論がある者はいるか?」


ある。俺がある。
織斑先生の鋭すぎる勘に戦々恐々としていたが、ここは動かなければ不味い!
このまま多数決なんて実施されれば、俺が代表者になってしまう可能性がある。
相手が一夏であることを考えればその可能性は限りなく低いが………。
さっきの皆の言い争いを考えると、万が一ということもある。
これは決して、自意識過剰で言ってるんじゃない。
それほど、さっきの女子たちの言い争いは凄かった。

とにかく、俺はそんな時間をとられてしまう役職になんか就きたくない。
何としても、多数決なんて方法は阻止しないと!
意を決して反論しようとしたところで。
何と俺の横から思いがけない援護射撃が入った。


「あります!言われるまでもなく、異論ありまくりですわ!!」


勢いよく挙手したのは、オルコットだ。
おぉ、何てタイミングのいい!
どういう異論があるのかは知らないが、これで多数決を別の方法に持っていければ……!


「そのような選出、認められるはずもありません!男がクラス代表だなんて、恥さらしも
 いいところですわ!!いいですか!?クラス代表は実力トップの者が就くべき役職!
 その役職に相応しいのはこの私、イギリス代表候補生セシリア・オルコットですわ!!」


あ、あれ?
どうやらオルコットの不満は代表選出の方法ではなく、そもそもの人選であったらしい。
しかしそれに不満があったのだとしても、まさかここまで言われるとは思わなかったので、
思わず呆然としてしまった。

オルコットの罵倒はまだ続き、ついにはこの日本という国で暮らすこと自体が
耐え難い苦痛だとまで言ってきた。
……ちょっと口が過ぎないか?
俺はこの国の出身じゃないから別に何とも思わないが、そうじゃない奴にとっては
今の言葉は………。
そして、そんな俺の予感は的中した。


「イギリスだって大したお国自慢ないだろ。世界一まずい料理で何年覇者だよ」


一夏!?
そうか、一夏はこの国の出身だったっけ。
だとしたら今の言葉に我慢できないのも分かる。
分かるが……、このタイミングでその言葉は不味い。
見ろ、オルコットが顔を真っ赤にして、怒りに体を震わせている。
……これはもう、収拾つかないか。


「決闘ですわ!!」


……あ、決闘なんだ。
収拾つかないとは思ったけど、まさかそんな方法で白黒つけようとするとは、
血気盛んな奴め。
そして一夏もその決闘に乗ってきた。
まあこの状況じゃあ引くに引けないだろうけど。
……だけど決闘ってことは、やっぱりISバトルか?
………そんなことでISを使うのか。
二度目のISバトルでの俺の茶番劇のことを考えると、俺も好き勝手は言えないけど、
それにしたってなぁ………。
と、その時一夏がおもむろに口を開いた。


「ハンデはどのくらいつける?」

「あら、早速お願いかしら?」

「いや、俺がどのくらいハンデをつけたらいいかって話だ」


一夏のその言葉を聞いて、辺りが一瞬静寂に包まれ、次の瞬間には爆笑の渦が
教室内を席巻する。

……これは?
確かにオルコットは代表候補生らしいし、今の一夏より高い能力を持っていることは、
想像に難くない。
一夏の無謀な発言に失笑したというのなら分かる。
しかし、この笑いは何か違う。
オルコットをはじめ、篠ノ之ともう一人を除いた全ての女子が、あからさまな嘲笑を
浮かべていた。
一夏も「しまった」というような表情を浮かべているし、どうしてこんな………?

俺はオルコットとは反対の右隣の女子(『アスカお兄様』の、あの女子だ)に、
さり気なく聞いてみる。
彼女も篠ノ之と同じく、嘲笑を浮かべていなかったので聞きやすかった。


「なあ、何で他の皆は、一夏の言葉にあんなに笑ってるんだ?」

「あ、アスカお兄様!?え、何でって……。多分、織斑君の言ったことが、
 あまりに非常識だったことが原因かと……(焦)」


非常識?
一夏が言った、ハンデ云々のくだりがか?
意味が分からない、どうしてそれが、あそこまでの嘲笑を引き起こす?
彼女は俺の表情を見てどう思ったのか、自分からつらつらと説明してくれる。


「……お兄様、理由が分からないんですか?……今、男性の立場は
 圧倒的に弱いです。男性はISを全く使えないのに対して、女性は
 潜在的に全員ISを使えますから。
 仮に男女差別で戦争が起こったとしても、男性陣営は三時間で制圧
 されてしまうと言われています。
 男性の腕力は児戯、女性のISこそ正義、なんて言われている時代ですから。
 織斑君は男性ですし、男性が女性に譲歩しようとしたあの台詞は、
 皆にはとにかく滑稽に映ったんでしょうね。
 ……私は、そういう考え方好きじゃないんですけど……(悲)」


……ああ、なるほど。
確かにそんなこと聞いたことがある。
ISという超兵器が現れてから、女性の地位は飛躍的に向上した。
何故なら従来の兵器を遥かに上回るそれを扱えるのは、女性しかいないから。
そしてISが国防力の要になってからは、各国もこぞって女性優遇制度を導入した。
……行き過ぎと呼べるくらいに。
こうしてこの世界では女尊男卑が当たり前になりました、と……。

つまり女性はその大多数が、程度の違いはあれど、男を見下しているってことになる。
そしてIS学園では、その傾向が顕著なんだろう。
まあ、当然かもしれないな。
だってこの学園は、『男性より優位であることの象徴』であるISの操縦者を
育成するための、エリートが集う場所なんだから。

だけど逆にそんな場所だからこそ、そこに集うエリート達は女尊男卑なんて関係なく、
ISという超兵器を人々の役に立てるためにここに来てるんだと思ってたけど。
……どうやら、それは20%くらい当たっていて、80%くらい間違っていたみたいだ。

この教室の女子達は、ISを人々の役に立てたいと思っているのかもしれないけど。
しかしそもそも自分達が扱っているISという兵器を、『エリートであることの象徴』
『男より優位であることの証』として見ている節がある。
IS学園に入学する前からISについて勉強してた奴が大多数らしいけど。
この教室にいる女子達は、ISの『万能の超兵器』としての側面しか見ていないらしい。

……この学園に来てから、気にはなってた。
ここはISという強大な力を扱うために、必要な訓練・勉強を行う場所のはずなのに。
そこに在籍する女子達には、ことごとく緊張感が欠けていた。
まるで普通の学校生活を楽しんでいるように見えた。

それは別にいいんだけど、少なくともザフトのアカデミーでは、皆少なからず
モビルスーツという強大な力に関わることに対して、覚悟を持っていた。
俺の世界は酷い戦争状態だったから、そういう緊張感があったのかもしれないけど。
モビルスーツだってISだって、敵を撃滅するための兵器であることに疑いはないんだ。
それなのに、この教室の女子達は………。

さっきの一夏の言葉だけで、この高笑い。
彼女らのこの笑いの理由の根底は、きっとこうだろう。
『ISを扱えるというだけで、男風情が何を偉そうに。身の程を弁えろ』。
彼女らの心にあるのは結局、ISを扱えることでの、男への優越感だ。
つまり、強大な力を扱うことへの、責任感と覚悟が決定的に欠けていた。

確かに俺も捕虜であるステラを敵に返したとき、デュランダル議長に無罪放免に
してもらって増長したことがあった。
だけどそれはあくまで、上官であるアスランへの反発心からだった。
俺みたいな人間でも、今までに一度だって、力を扱えることに優越感を
持ったことはなかった。
戦争を終わらせるための、弱い人々を守るための力としか見ていなかった。


「ふふっ、男が女より強いだなんて、日本の男子はジョークセンスがあるのね」


先ほどまでとは違い、気持ちよく笑っているオルコットを見て。
可笑しそうに笑い続ける女子達を見て、その時の俺がどう思ったのか、
よく思い出せない。
だけど、俺の口からは知らず、言葉が漏れ出していたんだ。


「………………………くだらない」

「!………何ですって?」


満面の嘲笑を浮かべていたオルコットが、俺の呟きにいち早く反応した。
まあ、隣同士だからな。
聞こえないはずがないよな。
他の女子達も笑うのを止めて、俺とオルコットを見ている。
そして俺に向けるその視線に非難めいたものが混じっていることに
俺は既に気付いていた。


「さっきからずっと黙っていると思ったら、いきなり『くだらない』ですって?
 聞き捨てなりませんわね。くだらないことを言っているのは、そこの
 織斑一夏ですわ。まああなたも同じISを扱える男なのですし?
 言い返したい気持ちも分かりますけど。それはあまりにも滑稽ですわよ?」


オルコットは未だ嘲笑の笑みを崩さない。
今の俺の言葉を、男のプライドを守るための苦し紛れだと思ってるんだろうけど。
生憎俺が言いたかったのは、そんなことじゃない。
……どうしたんだろう。
頭の回転は止まってしまっているようなのに、口からはスラスラと言葉が出てくる。
何か、意識はあるのに無意識に話しているかのようだ。
何とも、不思議な感じだった。
俺は横目だけでオルコットを見据え、続きの言葉を口にする。


「俺はISを扱えるというだけで高笑いしている、今のお前をくだらないって
 言ったんだオルコット」

「は……?なん、ですって…………!?」


オルコットの嘲笑がようやく崩れ、変わりに怒髪天を突くかのような怒りが
噴き出してくる。
どうやら本気で怒ったらしい。
だけど、不思議だ。
今の俺にはその怒りも、全く怖くない。
心が、麻痺してしまっているみたいだ。


「そもそもオルコット。どうしてお前はISっていう兵器を扱えることに、そんなに
 優越を感じる?これは従来の戦車や戦闘機と同じ類の兵器だってのに……」

「……あなた、本気で言ってますの?ISは今までの歴史を見ても例を見ない、
 全く質の違う機体なんですのよ?その戦闘能力は言うまでもなく、それに加えて
 『絶対防御』により操縦者には命の危険もありませんし、ハイパーセンサーや
 シールドバリアーのことも考えると、そのスペックはまさに次世代!
 いえ、さらにその先をいっていますわ!!
 今は各国の思惑から『スポーツ』へと落ち着きましたが……。これは人類が新たな
 ステップを踏み出した証!次代の希望の象徴なのですわ!!
 それを扱えるエリートであることに誇りを持つことに、何の問題が……!」

「だけど、人を傷つけることのできる兵器だ」


オルコットのご高説が、ピタリと止まる。
さっきまで俺の暴言に反感を持ち、ざわざわしていた周りの女子も、静まり返った。
皆が皆目を見開いて俺を見ているが。
その中で一夏と織斑先生だけが、真剣な眼差しで俺を見つめていた。


「ISのブレードを薙げば、五人くらいの人間なら瞬く間に両断できる。
 ビームを撃ち込めば、何人もの人間が一瞬で消し飛ぶ。それがISの力だ。
 だとしたら従来の兵器とISに、結局のところどんな違いがあるっていうんだ?」

「な…………な…………………………」


オルコットは口をパクパクさせるだけで、何も言わない。
周りも同様だった。
しかし、こんなことを言っている俺は、今どんな表情をしてるんだろう。
これは、俺自身が今も自分に問い続けていることだった。
議長がレクイエムを修復して連合のアルザッヘルを撃った時。
レイを除く他の皆がその行いを非難していたけど。
俺は、自分がデスティニーで敵を撃つこととレクイエムで敵を撃つことに
違いを見出せなかった。
デスティニーとレクイエムに、結局どんな違いがあるか分からなかった。
例え俺がどんな想いを抱いて戦っていようが、結局モビルスーツで
戦うことは、誰かを傷つけることに他ならないのだから。
あの時はヴィーノが何か言っていたが、確かその言葉では納得できなかった気がする。

今だってそうだ。
ISは確かにそのハイスペックを見る限り、次代の希望と捉えることも可能だ。
だけど、それが兵器である以上、結局敵を撃滅する力であることに変わりはない。
俺もサイレント・ゼフィルスとの戦いでは街を守るためにその力を振るったが。
山田さんとの戦いでは、普通に山田さんを傷つけた。
であれば、モビルスーツで戦っていた時とISで戦っていた時で一体何が違うのか。
それも、まだ答えが出ない、俺の弱さの一つだった。

でも、とりあえず今の話を考えると。
俺の今の言葉はISの一側面だけを捉えた見方とも言える。
当然、オルコットからも反論が飛ぶ。


「っ……あ、あなたの見方は一方的ですわ!ISは元々宇宙空間での活動を想定して 
 作られたんですのよ!今は宇宙進出こそ一向に進んでいませんが、今後はあらゆる
 分野でのISの活用も検討されていますわ!兵器としてばかりではありませんのよ、
 ISの価値は!」


確かに、その通りなんだろう。
あれだけのスペックを誇るマルチフォームスーツ・IS。
その利用価値は未だ未知数だろう。
活用しようと思ったら、いくらでも活用できるだろうさ。
だけど各国はISを国防力の要として位置づけているし。
このIS学園は優秀なIS操縦者を育成する機関だ。
そしてそのIS操縦者は国家の防衛力、軍事力として認識されているはず。
事実目の前のオルコットは国家代表操縦者の候補生なのだから。
それにそもそもISにはブレードだのビームライフルだの、物々しい武器が
多数搭載されているんだ。

ISを『スポーツ』として落ち着かせているとはとんだお笑い種だが、
俺からすればそれらの事実がある以上、ISを「兵器」として認識せざる終えない。


「第一!たとえISが人を傷つける兵器としての側面が強いのだとしても!
 私はISで人を傷つけるような真似はしませんわ!
 それは、ここに通っている生徒全員に言えることですわよ!
 私たちはそんな過ちはしない!!『力』は、それを使う者次第なんですわよ!」


それも、確かにその通りだ。
『力』は、それを使う者次第。
どんな強力な兵器だって、正しく使えば、人を傷つける以外のことができる
のかもしれない。
だけれども………。


「ISっていう強大な『力』を扱っているのは、結局人間なんだ。
 人間は、完璧な存在じゃない。
 自分は絶対に人を傷つけることはない、そんなことは100%有り得ないだなんて、
 誰にも言い切ることはできない。
 故意ではないにせよ、事故という形で人を傷つけることだって、十分あるんだ。
 だからこそ、それを使う人間は知らないといけないんだ。
 『力』を使うことへの責任を。……その意味を」

「っ……で、ではあなたは知っていますの!?ISという強力な『力』を
 扱うことへの責任を!その重さを!……その、意味を!!」


……俺だって、『力』について全て完璧に語れるわけじゃない。
そんな資格は、俺にはない。
でも、少なくとも……。


「……少なくとも、今のお前よりかは知ってるぞ、オルコット」

「!!…………言いましたわね……………」


瞬間凄まじい闘気を放ちだしたオルコットは、一夏に向き直る。
一夏はオルコットのプレッシャーに若干怯みながらも、
真正面からそれを受け止めた。


「織斑一夏。あなたとの勝負は無期延期ですわ。先に片付けなければいけない
 問題ができましたので」


それだけ言い終えると、一夏に向けていたそのプレッシャーを三割り増しにして、
俺にぶつけてくる。
そして怒りの炎をその瞳に宿し、俺を睨みつけてくる。
……今の俺には、それすらどこ吹く風だったのだが。


「決闘ですわ、シン・アスカ!!代表候補生である私にそこまで言ったのです!
 私と戦って、見せてもらおうではありませんか!あなたの『力』を!
 私はそれを上回る『力』で、叩き伏せてあげますわ!
 私の方が『力』について深く理解していることを、思い知らせてあげますわ!!」


ビシィ!!と指を突きつけて俺を見据えるオルコット。
俺は彼女の宣戦布告を、ただ黙って受け止めた。
……ここまできてしまった以上、もう後戻りできないしな。


「……どうやら、話はまとまったみたいだな。勝負は一週間後の月曜。
 放課後、第三アリーナで行うからな。
 アスカとオルコットは、それぞれ準備しておけ。
 それでは、授業を始める」


そうして三時間目の授業が始まった。
その頃には俺も頭の働きが回復しており、自分が言ってしまった言葉の数々を
思い出し、頭を抱えて猛省することになったのだった。

































「………ここか、1025室」


一日目の授業が終わり、さてこれからどうしたものかと一息ついた所に、
山田さんがやって来て俺が寝泊りする部屋の鍵を渡してくれた。
俺の当面の生活必需品も織斑先生が手配しておいてくれたらしいし、
至れり尽くせりで悪いくらいだ。
それにしても………。

俺は三時間目の自分の失態を思い出して、また頭を抱えた。
……何であんなこと言っちまったんだ、俺は……。
一夏とオルコットの勝負なんて、俺には何の関係もない。
放っておけばよかったのに………。

何故かオルコットが嘲笑する理由を聞いて、そこから頭がよく回らなく
なってしまった。
いつの間にか、あんな事を口走っていた。
結局、やらなくてもいいISバトルをすることになってしまったし……。
本当に、何をやってるんだか………。

この戦いはクラス代表を決定する勝負ということになってしまっている
みたいだし、俺は正直勝ちたくない。
しかし、今のオルコットに負けるというのは、俺はごめんだ。
それだけは、どうしても我慢できない。

だったら勝負自体をうやむやにできないかとも考えたけど。
今から謝っても、オルコットの激昂ぶりを見る限り、許してはくれなさそうだ。
『オルコットに謝って、仲直りしちゃえ』作戦も、実行することなく
心のクズ籠に消え去った。
はぁ………、もうやるしかないよな……。

大きな溜息一つ。
俺はドアに山田さんから渡された鍵を差し込み、中に入った。
やれやれ、これでやっと俺をストーキングしていた女子達の目から逃れられる。
部屋の前までついてきやがって、あいつら………。
中に入って、部屋の中を見回して、呟く。


「へぇ……、これは良い部屋だな」


結構広いし、高そうなベッドが二つもある。
ミネルバの俺の部屋よりも快適に生活できそうだ。
………って、あれ?
ベッドが二つ?
ここって、相部屋だったのか?
そんなこと、俺は一言も聞いてないけど。

と、その時部屋の奥の方から声が聞こえてくる。
それは、山田さんから事前に聞いていた備え付けのシャワールームからだった。
しかし、ドア越しに曇っているとはいえ、この声、聞き覚えが…………。


「誰かいるのか?……ああ、同室になった者か。これから一年よろしく頼むぞ」


次第にはっきりしてくるその声を聞いて、冷や汗がドッと噴き出してくる。
視界が一気にぐにゃあ、と歪んでくる。
何だよ、何だよこの展開は………。
仮に本当に俺の部屋が相部屋だったとしても。
まさか、まさかその相手が「こいつ」だなんて………。
これが、俺の「運命」なのか……?
だとしたら、ちょっとハード過ぎるぜデスティニー………。


「こんな格好ですまないな。先にシャワーを使わせてもらった。
 私は篠ノ之、箒……………………………………」


案の定シャワールームから出てきたのは、今の俺の天敵、篠ノ之だった。
髪はポニーテールじゃなく、しっとりと濡れたロング。
そして内に秘めた凄まじいグラマースタイルを、バスタオル一枚で隠している。
なんか、色々とギリギリだった。

正直、凄く男を欲情させる姿だった。
白い柔肌を伝う水玉が、キラリと光る。
もし俺が性に積極的な男なら、「とー」とか言って襲い掛かって、
「ガハハ、グッドだー」などと大笑いしながら篠ノ之を犯すのだろうが……。
生憎俺はどこからか聞こえてくる死神の足音を聞く方に、意識を集中
させている。


「あ…………………あす、か…………………………?」

「あ、ああ………………うん」


震える口から何とか紡ぎだしたであろうその言葉に、俺も何とか答える。
と、次の瞬間には現実を理解したのか篠ノ之の顔が真っ赤に染まり、
まるで親の敵でも見るかのように、俺を睨みつけてくる。
ギリッと歯軋りする音が聞こえたかと思うと、篠ノ之は壁に立てかけてあった
木刀を手に取り、こちらに向かってくる。
一気に加速し、突き出された木刀が、俺の眼前に迫る。


「ちょっ………、くっそぉぉぉぉ!!!」


俺はその突きを何とかかわし、床を転がりながら、篠ノ之の後ろに回りこむ。
片膝をついたままの状態だったが、篠ノ之の追撃は早く、立ち上がる暇さえ
与えてくれない。


「えっ!?……このっ………アスカぁ!!」


突きをかわされたのがよっぽど意外だったらしいが、即座にくるりと一回転し、
こちらに向かって突進してくる。
その構えは上段からの打ち下ろしか!!

俺は持っていた学生鞄を放り投げ、両手を広げるように構える。
篠ノ之が大きく振りかぶり、勢いよく振り下ろしたそれを、俺は真剣白刃取り
でもって受け止めた。


「えぇっ!!?そ、そんな………!くっ……ぐぐぐっ………!」

「グギギギギギッ………!」


で、出来たっ!
オーブ侵攻戦の時フリーダムが見せたあの神業が、俺にも出来たぞ!
追い詰められた状況だからか、いつもより集中力が上がっていたおかげだ!
しかし、未だ篠ノ之は諦めない。
少しずつ体重をかけて、圧力を増してくる。
そして俺もそれに合わせて、全身に力を入れてそれに耐える。
まさに、互いに一歩も引かない真剣勝負だった。


「くっ……何故………お前が………ここに、いるぅ…………アスカぁ………!」

「説明……する前に………木刀を打ち込んできた、くせに……よく言う……!」


一瞬でも力を抜けば、俺は唐竹割りにされてしまう。
一方篠ノ之の方も、少しでも力を緩めれば俺にはねのけられてしまうため、
これまた力を抜けない。
どちらが先に限界に達するかの我慢比べ。
互いの意地を賭けた長期戦になるかと思われたが………。
決着は、意外と早く訪れることになった。
……最悪の形で。

俺たちは、失念していたんだ。
この切羽詰まった状況のせいで、全然周りが見えていなかったんだ。
……篠ノ之は今、バスタオル一枚の姿だということを。
そして、こんなに激しく動き回ったら、それがどうなってしまうかと
いうことを………。





ハラァ…………リィ…………………。





篠ノ之の肉体を守っていた布っ切れはあっという間に剥がれ落ち、
その裸体が余すところなく俺の目に飛び込んでくる。
マシュマロとも肉まんとも形容できる二つの山脈。
程よくくびれた腰。
無駄な肉が1gもついていない、引き締まった腹。
そして、その…………えっと………………下の方も。


「え?……あれ?……あ……あ、いや……な………な………あ………」

「お、おぉ………あ、あぁ〜………………」


篠ノ之は顔を真っ赤にして硬直。
俺も目の前に広がる桃源郷の存在感に、圧倒されるばかり。
……い、いや!何を呆けているシン・アスカ!
ここで思考停止なんてしては駄目だ!
見ろよ篠ノ之の姿を!
口をパクパクさせて、涙目になってるじゃないか!

今篠ノ之は自分の裸を好きでもない男に見られて、辛い思いをしている!
ここは何か絶妙なフォローを入れて、彼女の心の負担を少しでも
減らしてやらないと……!
幸い篠ノ之はショックで全身の力を緩めている。
俺も普通に言葉を発するくらいの余裕を取り戻している!
ここで気の利いた一言を言えば、篠ノ之も機嫌を直して、普通に
話を聞いてくれるはず!
決して、それだけが目的ってわけじゃない!
ないったらない!!


「え、えっと……その………篠ノ之?」

「……な、何だ…………?」


縋るような視線を、俺に向けてくる篠ノ之。
……これは、相当弱ってるな。
よし、俺のフォローで裸体であることの羞恥心なんて、
消し飛ばしてやるぜ!




「き、綺麗な体じゃないか。その……上も下も、毛一本もなくつるつるだし……」

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」




バシーンビシーンベシーン。
結論。俺は女の子を慰めることには、そんなに長けてはいないようだ。
振り下ろされる木刀を見つめながら、俺はそんなことを考えていた。





























「……で、今に至るというわけか。いきなり私たち二人を呼び出すから
 何事かと思えば………」

「な、何の説明もなしに男と同衾なんて、納得できるはずがないでしょう!
 せめてどういうことなのか、説明して下さい!」


事の顛末を聞いた織斑先生は、大きな溜息一つ。
山田さんは荒縄で縛られ、頭にたんこぶの塔を築き上げぐったりと
俯く俺の傍で、アワアワしている。

……あの後木刀で滅多打ちにされた俺は、篠ノ之がどこからか
取り出した荒縄で縛り上げられ、正座を強いられた。
その間に篠ノ之は担任の織斑先生と山田さんを呼んできて、
彼女らに事情を聞いている。
今は、そういう場面だ。

……確かに裸を見てしまったのは悪かったけど、事故なんだし。
それにあれは篠ノ之にも十分責任がある。
それなのに何で俺だけがこんな目に遭わないといけないんだ。
そんなことを考えながらブスッとする俺を置き去りにして、
篠ノ之は尚も織斑先生に食って掛かっている。


「……落ち着け篠ノ之。アスカのことを伝え忘れたのは私のミスだ。
 アスカも、篠ノ之のことを伝え忘れてしまって、すまなかった。
 実はアスカを巡る様々な問題の対応に追われていて、アスカと
 織斑の個室を用意できなくてな。
 少しの間、二人には女子との相部屋で過ごしてもらうことになったのだ。
 一週間後には個室を用意できるから、それまで我慢してくれ」


いやいや、そういう大事なことは、さっさと言っておいてくれよ!
いくら俺の問題のせいで忙しかったっていってもなぁ。
寝耳に水とは、まさにこのことだ。
おかげで俺は、篠ノ之からいらぬ折檻を受ける羽目になってしまったのだし。

……って、あれ?
俺と…………一夏?
一夏も、俺と同じように女子と一週間、相部屋で過ごさないと
いけないんだっけ………。
篠ノ之もそのことに気付いたらしい。
妙に焦ったように、織斑先生に詰め寄る。


「ち、ちょっと待って下さい!い、一夏も女子と同衾を……!?
 だ、誰と!?一体誰となんですか、織斑先生っ!!」

「……ああ、お前にとっては一大事だったな篠ノ之。織斑と
 一緒の部屋になったのは、オルコットだ」


お、オルコットぉ!?
おいおい、本当かよ。
一夏は今日、オルコットとやり合ったばかりだぞ。
俺の介入でオルコットの一夏への怒りは、若干収まっただろうけど。
それでもわだかまりは、いくらかあるはずだ。
一夏………強く生きろよ。

しかし、よく考えればわざわざ俺と一夏を別々の部屋にする
意味はあったのか?
そういうことなら………。


「それならわざわざ一夏とアスカを別々にする必要はないでは
 ありませんか!
 二人を一緒の部屋にすれば余計な混乱も起きませんし!
 そ、それが駄目なら私が一夏と相部屋になっても…………」


……最後の一言が少し気になるが、確かに篠ノ之の言うことは正しい。
わざわざ俺や一夏を女子との相部屋にしなくても、俺と一夏を一緒の
部屋にすればいい話だ。
そのまま俺と一夏を相部屋にしたままにすれば、新たな個室を用意する
手間も省ける。
まさに一石二鳥だってのに。

しかし織斑先生はしぶい顔をしながら、俺を見つめる。
……何だ、織斑先生のこの視線は?
この「何でお前がその理由を分からんのだ、馬鹿者」とでも
言いたげな、その視線は。
織斑先生は小さく息を吐いて、俺たち二人を見つめた。


「アスカと織斑を一緒の部屋にするわけにはいかん。……アスカの
 体の傷がバレるからな」

「………!」

「あ…………………」


織斑先生の言葉に俺は目を見開き、篠ノ之は「そうだった」と
言わんばかりに呆けていた。
いや、体の傷のことは忘れていなかったが、まさか織斑先生が
そのことを考慮して相部屋の人選をしていたとは思わなかった。
何ていうか、本当にありがたいんだけど………。
どうして織斑先生が俺にそこまでしてくれるのか、本当に
分からなかった。
今まで何回もそのことについては考えたが、俺を気にかけたって
彼女は何も得しないのに………。


「そういうわけで、アスカはお前としか同室にできんのだ篠ノ之。
 何といったって、お前とアスカは『互いの裸を見せ合った仲』
 なのだからな」

「「ブッ!!!」」


俺と篠ノ之は同時に噴いた。
お、織斑先生何てことを………!
その意地悪そうな顔が、今は憎い………!

しかし、この流れだと語らないわけにはいかないよな。
今まで秘密にしていた、俺と篠ノ之のファーストコンタクトの物語を。
そう、確かに俺と篠ノ之は互いの体を見せ合った仲だ。
といっても、別に卑猥な意味ではない。
断じて、ない。
あれは、事故だった。
事故、だったんだ…………。

あれは、三日前のこと。
山田さんとの実戦試験が終わり、汗をかいてしまった俺に、山田さんが
風呂を勧めてくれたんだ…………。






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「IS学園には大浴場があります。結構広いんですよ。
 本当なら男の子は使えない、というかこの学園には女性しか
 いないんですが。
 今はまだ春休み中ですし、夕方ですから生徒もまだ来ません。
 なので大浴場を使っても大丈夫だと思います。
 アスカ君も今日は疲れたでしょうし、ゆっくりと大きな湯船に
 浸かって、思いっきり羽を伸ばしちゃってください」


IS学園の廊下を二人で歩きながら、俺と山田さんは大浴場に向かっていた。
ちなみに、織斑さんは用事があってここにはいない。
俺と山田さんの実戦データをまとめて、文書を作成しないといけないらしい。
本当、毎度毎度手間かけさせて悪いな………。

そうこうしているうちに、大浴場とやらに着いた。
ふぅん、入り口からして雰囲気が出てるじゃないか………。
これは楽しめるかもな。


「じゃあ、私も片付けなくちゃいけない仕事があるので戻ります。
 アスカ君は入浴が終わったら、ちゃんと病室に戻ってくださいね。
 これ、バスタオルと入浴道具一式です。
 浴場には体を洗うスポンジとかありますけど、普段は女子が
 使っているので、アスカ君は絶対使わないように。
 使い終わったら、私に返してくださいね。その入浴道具一式も
 バスタオルも、私の私物なので。
 ……あ、べ、別にいかがわしい事に使うつもりはありませんのでっ!
 ご心配なくっ!」


……いかがわしい事って。
とにかく、つまり山田さんは最初から俺との戦いが終わった後、
風呂を勧めてくれるつもりだったんだな。
でないと入浴道具一式なんて、用意できるはずないし。
……本当、良い人だな。
とりあえず疲れたことは本当なんだし、ここは好意に甘えておくとしよう。


「本当、ありがとうございます、山田さん。じゃあお言葉に甘えて、
 ひとっ風呂浴びさせてもらいます」


山田さんとその場で別れて、俺は脱衣所に入り服を脱ぐ。
ちなみに俺の今の服装は、蘭さんがパジャマ用にと渡してくれた、
長袖のTシャツと長ズボンだ。
流石にあのピチピチスーツで学園内を歩くことはできない。
確実に変人扱いされてしまう。

しかし、風呂か。
入院生活序盤の頃は、包帯が取れるまで入れなかったし。
包帯が取れたら取れたで、お湯で体を拭くことしかできなかった。
考えてみれば、この世界に来てからまともな風呂に入ること自体が、
初めてかもしれない。
そう思うと若干心が浮き立つのも仕方のないことだ、そうだろう?

……この世界に来てから約一ヶ月。
その間に、随分色々なことがあった。
それらの出来事に翻弄されて、正直俺には本当の意味で心が休まる時は、
なかったのかもしれない。
ここでなみなみとお湯が張られた湯船に飛び込んで、体と一緒に
心の洗濯をしてしまうのもいいかもしれない。

心機一転、リフレッシュだ!
心がグチャグチャのままじゃ、何をするにも、何を考えるにも
後ろ向きな思考しかできない!
今はこの簡易リゾートを、マンマンに満喫しようじゃないか!
そう意気込んで、俺はタオルでエクスカリバーを隠し、浴場への扉を
勢いよく開いた。
そしてその先に俺が見たものは、広い大浴場、ではなく。
一糸纏わぬ、この世に降臨した、天女の姿だった。

湯に濡れてしっとりとした、長い黒髪。
多分俺と同年代なんだろうけど、ルナとは比べ物にならないくらいの、
圧倒的な質量を誇る肉体。
凄いな………。
髪の毛以外、上も下もつるっつるだ。
少し切れ目でキツそうだけど、間違いなく美少女に分類できる容姿。
まさに、完璧。
十代男性の百人に聞いたら、間違いなく百人が「これは良いものだっ!」と
太鼓判を押すであろう、理想の女の子がそこにいた。

あまりに突然だったってこともあるけど、俺はその女の子の姿に、不覚にも
目を奪われてしまっていた。
と、俺と同じように固まって動かなかったその女の子は、突如その端正な
美顔を真っ赤に染めて、両手で体を隠し、大声で叫んだ。


「き………きゃああああああああああああああああああ!!!?????」

「え……あっ!ご、ごめん!すぐ出てい……!?」


俺は慌ててすぐさま出ていこうと、彼女に背を向けた、ところで……。
後頭部を凄まじい衝撃が襲った。
がっ…………んなっ………!!?

手で後頭部を押さえつつ振り向く。
と、そこには体にバスタオルを巻き、手に木刀を持った鬼が立っていた。
いや、その放たれるプレッシャーはもはや、悪魔と表現してもおかしくないくらいだ。
っていうか、さっきまで顔を真っ赤にして叫んでいた女の子が、こうも
禍々しく変わるのか!?
何だよこのメタモルフォーゼぶりは!?

だが、俺はこの時そんなことを考えている場合じゃなかった。
すぐに、逃げるべきだったんだ…………。


「こ、この、この、この、このののののののののの………………」

「ち、ちょっ、待っ…………!!」


俺は何とか彼女を宥めようとするが、俺が口を開くほど、彼女の放つプレッシャーの
重みが増している気がする。
まあ、覗き魔が必死に弁解したって、受け入れられるはずもない。
彼女はゆらりと木刀を振り上げ、鬼のような形相で声高に叫んだ。



「恥を知れっ!!変質者がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」



バシーンビシーンベシーン。
連続で脳天を打ち据えられながら、俺は大きな風呂での束の間の休息が
できなかったことを悔やみながら、心中でさめざめと泣いたのだった。






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……思い出したら気分が悪くなってきた。
その後俺はどこから持ってきたのか分からない荒縄で縛られ、
警察に連行されそうになった。
ちなみに、その時の俺の服装は、腰にバスタオルを巻いただけの状態。
篠ノ之の奴、いくら裸を見られたからって、あそこまでするか?
危うく俺は半裸の性犯罪者として、社会的にご臨終するところだった。
まさに、悪魔の所業だ。

『俺の人生終了のお知らせ』という言葉が頭の中を席巻する中、
怒り心頭の篠ノ之は、俺をずるずると扉へと引きずっていき………。
扉を開けたところで、織斑先生と山田さんに鉢合わせしたわけだ。

全く、あの時ほど彼女たちに感謝したことはなかった。
二人が女神に見えて、彼女らの後ろから後光が差し込んでいるように
見えたくらいだ。
まあ、その後の話を聞いて、その後光は瞬く間に消え去ってしまったわけだが。

そもそも何故まだ春休み中なのに新入生である篠ノ之が大浴場に
いたのかというと……。
どうやら織斑先生が一枚噛んでいたらしい。

昔から織斑先生と面識があったらしい篠ノ之は、入学前に学園の剣道場を
一目見ておきたいと頼んだらしい。
そして織斑先生は在学生の練習がない時間に剣道場を使うことと、
その後在学生がほとんど利用しない夕方に大浴場を使う許可を出したらしい。
そしてその約束は二人の間でのみ交わされ、他の誰も知らなかった。
当然、山田さんも。
荒縄を解きながら、山田さんが涙目で謝ってきていたのが、何とも
心苦しかった。

とにかく、二人が説明してくれたおかげで、俺の容疑は晴れた。
篠ノ之の怒りも治まっていき、ようやく俺の傷だらけの体を見て
驚いていた。
……どれだけ怒ってたんだよ。
まあ、やりすぎたと反省したらしく、体の傷のことも黙っていてくれたし、
俺も事故とはいえ、裸を見たのは悪かった。
結局この件は、俺たち二人の間で「他言無用」ということになったのだった。
……もちろん、暗黙の了解で。

……はあ、もうこの件に関してこれ以上触れるのは止めよう。
傷口を自ら抉っているようなものだ。
とりあえずは、現状どうするか考えなくては。

織斑先生と山田さんは、俺の荒縄を解くと、二人ともさっさと出て行ってしまった。
そして、残された俺と篠ノ之。
俺はとりあえず剣道着を纏って落ち着いた篠ノ之と、ベッドに向かい合いながら
座っていた。
……沈黙が重い。
これほど重い沈黙を感じたのは、この世界に来てから初めてではないだろうか。
と、今まで目を伏せて黙っていた篠ノ之が、重々しく口を開いた。


「……男女七歳にして同衾せずとは言うが、今回は事情が事情だ。
 一週間の期限付きというし、諦めて受け入れるしかなかろう。
 ……アスカ、言っておくが少しでもおかしな真似をすれば……
 殺すからな?」

「……フン。わざわざ言われなくても、するかよそんなこと。とりあえずは
 共同生活をする上での線引きはした方がいいな。
 何か失敗するたびに木刀を振り回されたんじゃ、俺の身がもたない」

「き、貴様が日頃注意すれば、済む話だろうがっ!……しかし、確かに
 共同生活をする上での線引きは必要だな。
 まずは、そうだな………………」


約三十分ほど色々話し合った結果、シャワールームの使用時間、同衾している
ことが周りにバレないように、帰る時間帯をずらす等の取り決めを交わし、
部屋の奥の篠ノ之のベッドと、手前の俺のベッドの間は大きな布で隔てることになった。
まあこれくらい厳密に決めておけば、そうそう木刀での強襲を受けることは
ないだろう。
とりあえずは、これでゆっくりくつろげるってことだな。
俺は用意された生活用品の中から、入浴道具一式を取り出し、
シャワールームに向かう。


「じゃあ俺もシャワーを使わせてもらうぞ。その後俺はすぐに寝るから。
 電気はつけたままでいい。俺は明るくても寝れる人間なんだ」

「?…お前、食事はどうするのだ?」

「いらない。今日は色々あって疲れたから。お前は食事に行ってこいよ。
 一夏に、大胆アプローチを仕掛けて来い」


顔を真っ赤にした篠ノ之が何か言おうとする前に、シャワールームの
扉を閉める。

……やっぱりな。
一夏とオルコットが同じ部屋だって聞いた時の慌てぶりを見て、
もしやと思っていたけど。
篠ノ之の奴、やっぱり一夏のことが………。
六年ぶりに再会したって聞いたけど、もしかしてその間ずっと一夏のことを
好きだったのかな、篠ノ之の奴。
だとしたら随分純情というか、なかなか大した奴だと思った。

……まあいいさ。
俺はさっさとシャワーを浴びて、寝てしまうとしよう。
……正直、寝るのはあんまり好きじゃない。
ちょっとした理由があるからなんだけど、本当は一晩中でも
起きていたいくらいなんだ。
だけど人間である以上、どこかで寝ないと体がもたない。
まったく、ままならないもんだな…………。

俺は憂鬱になりそうな気分を紛らわすために、火傷しそうなくらい
熱いシャワーを、ボロボロの体に浴びせたのだった。




























……また、この夢か。
もう何回見たか分からない。
俺の大切な人たちが、次々と死んでいく。
その光景が、まるで映画のワンシーンのように、鮮明に映し出されては
消えていく。
まるで写真をライターの火で炙るように、じわじわと燃えて、消えていく。

そして俺はそれを見ながら、ただもがいている。
何とかして皆を助けようと、触れられそうなのに決して触れられないような
場所から、必死こいて手を伸ばす。
どうやったって、届かないのに。

……そういえば、最近同じ場面だけをよく見る。
それは、ステラと出会ってからの想い出。
海に落ちたステラを助けた時のこと。
医務室のベッドに手足を縛られ、もがき苦しむステラを看病した時のこと。
ネオ・ロアノークにステラを返した時のこと。
デストロイの残骸の傍らで、死に逝くステラを看取った時のこと。
……静かな山の中の湖に、ステラを沈めた時のこと。
その一連の想い出を、エンドレスに繰り返して見ている。

……ああ、もう最後の場面になった。
ステラを湖に沈める場面なんだけど、実はここだけが、俺の記憶と
ちょっと違うんだ。

ステラを湖に沈めた後、インパルスの手の上でうずくまる俺の背を、
誰かがそっと押して……ほら、押された。
そうして湖に沈んでいくと、薄暗い底の方から、誰かがゆっくりと
浮かんでくるんだ。
それは…………ああ、ステラ。
また、逢えたね。

ステラは俺がレイたちを失ったときに現れてくれた時のような、
ただ全てを包み込むような優しさを湛えた笑顔を、俺に向けてきて。
そして俺の前までやってくると、その小さな口を開けて、何かを言おうとして
………そこでいつも目が覚めるんだ。
まあ、今日は別の理由で目が覚めたんだけどさ。




「…………ぃ。……………おい………………!………おい、大丈夫か、アスカ!?」

「…………………え?」



重いまぶたをゆっくり開けると、目の前に篠ノ之の顔が大映しになる。
………気のせいか、そのキツそうな表情が、心配そうに歪んでいるように見える。
どうしたんだ、一体………?

俺はゆっくりと視線を支給品の時計に向ける。
時間は、午後九時。
……何だ、まだ寝入ってから二時間しか経ってないじゃないか。


「……布を隔てた互いのベッド周辺には立ち入り禁止じゃなかったか?
 何をいきなりルール違反してるんだよ」

「馬鹿かお前は!?私が食事から戻ってきてからの一時間、ずっとうなされていた
 くせに、何を言っている!?」


……ああ、やっぱりか。
これが、俺が夜寝たくない理由だった。
この世界に来てから、俺は一日も欠かさず、あの悪夢を見るようになった。
入院してた時も、何度蘭さんに心配されたことか………。
今までは三日に一回くらい。
多くても二日に一回だったんだけどな。
レイたちが死ぬのを目の当たりにしてから、ずっとこうだ。

今回は二時間で悪夢から覚めたけど。
酷い時は一時間で目が覚めたこともある。
しかもその後何故かすぐに眠くなって、寝てしまう。
また夢を見る、その繰り返し。
多い時は、一晩で五回くらい同じ悪夢を見たこともある。

もう慣れた………とは、強がりでも言えないかな。
正直、かなりキツい。
でも、そんなことは篠ノ之は知らなくていいことだ。


「今日のオルコットの敵意が怖かったからかな?夢の中でまであいつに
 怒鳴られちまったよ。多分、そのせいだと思うぜ?
 だけど、俺のこと心配してくれたのか……お前が。
 ものすごく、意外だな」

「あ、あれだけ酷くうなされていれば、誰だって心配するわ!
 それにその程度の理由であそこまでうなされるものか。
 ……まあ、お前がいいなら、それでいい。……ほら」


篠ノ之はそう言ってペットボトルを差し出してくる。
中身は、ミネラルウォーターだった。
正直、喉がカラカラだったので、凄くありがたい。
三分の一ほどしか残っていなかったそれを、俺は一気に飲み干した。


「しかし、さっきのうなされ方は尋常ではなかったぞ。
 お前がいいならそれでいい、とは言ったが………。
 医務室で眠剤でも貰った方がいいのではないか?」

「いいよ、そんなこと。毎日のことなんだし、今さら睡眠薬や安定剤で
 治るものかよ」

「なっ、毎日だと!?」


いっけね!
思わず口を滑らしてしまった!
何たる不覚だ!
しかし篠ノ之は俺の事情など、一切知らないんだ。
俺がしらばっくれてしまえば、それでこの話は終わりだ。


「あれだけうなされてたのを、毎日だと……?お前、一体………」

「……何でもないよ。篠ノ之には、何の関係もないことだ。
 多分これから毎晩今みたいなことがあると思うけど、無視してくれていい。
 性能の良い耳栓でもして寝てくれれば、助かる」


篠ノ之は黙って俺の言葉を聞いていたが、少し不機嫌そうに鼻を鳴らすと、
そのまま踵を返してしまう。
……ちょっと素っ気無い言い方だったかな。
せっかく心配して起こしてくれたのに。
……そうだな。篠ノ之に、一言だけ言っておかないとな。
俺は篠ノ之を呼び止めると、その後姿に語りかけた。


「起こしてくれて、サンキューな。それとミネラルウォーター、旨かったぜ。
 ありがとう」


篠ノ之の表情は見えなかったけど、微かに息を呑む音が聞こえてくる。
そして一目で分かるくらいにワタワタしながら、こちらを振り向くことなく
一方的に喋りだす。
……何故?


「わ、わざわざ礼など言わなくていい!当然のことをしたまでなの
 だからな!ミネラルウォーターだって、そんなに高いものでは…………」


そこまでくっちゃべって、篠ノ之は言葉を切ってしまう。
おい、何をブツブツ言ってるんだ?
口の中でモゴモゴしてるだけじゃ、こっちは聞こえないじゃないか。
しかし俺の無言の抗議など、篠ノ之に聞こえるはずもない。
と、それまでブツブツ呟いていた篠ノ之が、突然こちらを振り向いた。


「ミネラル、ウォーター……。確かあれは、私の飲みかけ………。
 飲みかけ…………間接、キス………………!
 ……アスカ。おい、アスカ!ミネラルウォーターを飲むな!
 返せ!すぐ返せ!!一口も飲むことなく、すぐ返せっ!!」

「……いきなり何を言い出すんだよ。そんなこと、無理だ。
 お前だって俺ががぶ飲みするところ、見てただろう?
 もう一滴も残ってないよ」


いきなりトチ狂い出した篠ノ之に、空のペットボトルを突き出し、
飲み口を持ってプラプラと振ってみせる。
それを見た篠ノ之は顔を真っ赤にしてプルプルと震えだし、傍らに
立てかけてあった木刀を、さっと掴んだ。
その動作があまりにも自然すぎて、俺は篠ノ之が木刀を振りかぶるまで、
全く反応できなかった。


「……………………ほぇ?」

「〜〜〜〜〜〜!〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」


バシーンビシーンベシーン。
俺はこの時ほど、理不尽という言葉を思い浮かべた時はなかった。































翌日、俺と篠ノ之は部屋を出る時間をずらし、別々に部屋を出る。
軽く朝食を済まし、少し早めに教室に入ろうとする。
と、俺の前を歩いていた篠ノ之が、扉を開けたところで固まって
動かなくなってしまった。

………?
何だ、いきなり止まりやがって。
そんな所で突っ立ってると、他の奴らが迷惑するだろう。
そう言おうと横から篠ノ之の顔を覗き込むが、その目は驚愕に
見開かれ、口は空気を欲しているかのように、パクパクしている。

何だ?何をそんなに驚いてるんだ、篠ノ之の奴?
俺も篠ノ之の後ろからひょこっと顔を出して教室を窺う。
すると、何故こんなに篠ノ之が驚いているのか、すぐに分かった。



「まあ、一夏さんたら。うふふふ…………」

「ははは………………」



………………………………………………。
………………ハッ、一瞬意識が飛んでいた。
あれ?俺はまた違う世界に来てしまったのか?
そうとしか思えないような光景が、目の前で繰り広げ
られていた。

え?有り得ないだろ?
だって一夏とオルコットは、昨日あんなに険悪だったのに。
何でこんなに仲良さそうに話してるんだよ?
俺も篠ノ之も、無意識の内に二人の前にツカツカと
歩み寄っていた。
俺を見るオルコットの視線が痛い。


「……あら?あなたは……シン・アスカ……!」

「よう、シン。箒も、どうしたんだよ二人して。俺たちに何か用か?」


どうした、とはこちらの台詞だ。
どうなってんだ、お前ら二人の仲睦まじさは。


「どうしたも何も………。何でお前ら二人とも、そんなに
 仲良さげに話してるんだよ?だって、昨日はあんなに………」

「……昨日は、昨日ですわ。私、一夏さんと一週間だけ同室に
 なりましたのよ。そして昨晩、一夏さんとじっくりお話して、 
 分かったのですわ。一夏さんはあなたのようなお猿さんや
 世の中に蔓延る男共とは全く違う、素晴らしい男性であると!」


何ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ……………!?
た、たった一晩でオルコットと和解しただとぉ………!?
な、何なんだよそのコミュ力は!?
しかもあまつさえ…………。


「ああ、セシリアは普通に良い奴だったぜ。昨日のことは、
 俺も要反省だな」


名前で呼び合ってるし!
お、恐ろしい……。恐ろしい奴だ織斑一夏!
たった一晩であのオルコットを篭絡するなんて!
お前こそ、超高校級の女たらしだ!!

しかし俺はこの状況に驚くだけで済んでいるが、一人それでは
済まなさそうな奴を、俺は知っている。
それは言うまでもなく、篠ノ之だ。
さっきから黙っているのでどうしたのかと思ったら、口をキツく
結び手をギュッと握り締め、何かに耐えるようにプルプルと
震えている。
う、うわぁ………。
篠ノ之の奴、今にも爆発寸前だな。
俺がその様子を見守っていると、一夏も篠ノ之の異変を敏感に
感じ取ったらしく、心配そうに声をかけた。
へぇ………、人のちょっとした変化にも機敏に反応するな、一夏。
結構目聡いじゃないか。


「……なあ、箒。どうかしたのか?さっきから様子がおかしいぞ。
 何か、あったのか?」

「い、一夏っ………!」


パアッと、とたんに太陽のような満面の笑みを浮かべる篠ノ之。
へぇ、かわいいじゃないか。
これが女の子が意中の男にのみ向けるっていう笑顔なのか……?
ルナだって、こんな笑顔を俺に向けてくれたことはない。
笑いかけてくれはしたけれど、いつもどこか辛そうだったから。

とにかく、これでようやっと篠ノ之は想い人に意識を向けて
もらえたわけだけど、ここでとんでもない横槍が。
それはもう、言うまでもなく………。


「一夏さん!HRまでまだ時間もありますし、私の専用機をご覧に
 なりませんこと?アリーナでならば展開できますし、見せて
 差し上げますわ!さあ、行きますわよ!さあ、さあ、さあ!!」

「ちょっ、待てってセシリア!腕を引っ張るなって、おい!」


オルコットは一夏の腕を掴むと、ノリノリで連れ去ってしまった。
……本当に、仲が良くなったな。
セシリアの表情を見る限り、まだ恋愛感情には発展してない
みたいだけど。
それでも親しい友人くらいには一夏のことを思ってるみたいだな。
………たった一晩で?
やっぱり恐ろしいな、一夏の奴………。

まあ、今はそのことはいいさ。
それよりも問題なのは……………。



「………一夏ぁ…………」



涙目でしょぼんとしている篠ノ之の方か。
まあ、自分の想い人が目の前で他の女に掻っ攫われていったんだし、
仕方ないといえば仕方ない。
しかし、これはこれで可愛いのだが、何と言うか、その姿は
なかなかに痛ましかった。
……ここは、あまり効果がないことに定評のある俺のフォローを
入れてみるか?


「……篠ノ之。一夏は別にお前よりオルコットを優先したわけ
 じゃないと思うぞ。オルコットのあまりの強引さに、
 翻弄されてるだけで………」

「わ、分かっているっ!お前にわざわざ言われるまでもないっ
 ………ぐすっ」


やはり、効果なし。
……やめよっかな、女の子を励ましたりするの。
しかし俺の心だけは伝わったようで、鼻をすすりながら、小さく
「ありがとう」と言ってきた。

そうして小さくしゃくる篠ノ之の傍についていてやること数分。
突如篠ノ之から言い知れぬプレッシャーが放たれ始めた。
う、うぉ!?何だよいきなり!?
何でか篠ノ之の後ろに、炎が燃え盛っているのが見えるぞ!?
と、篠ノ之が小さくボソッと呟いた。


「…………………………て」

「うぃ!?な、何だよ………」


怯む俺を、篠ノ之の鋭い眼光が射抜く。
くっ、何だよこのプレッシャーは!?
篠ノ之の奴、一体どこからこんな気迫を………!?
この俺を怯ませるほどのプレッシャー。
その正体はすぐに明らかになった。
その正体とは………!


「勝て!勝てと言っている!一週間後の奴との試合、完膚なき
 までに奴を叩きのめせ!!そうしたら一夏も奴の色香に
 惑わされたことを後悔するだろう!!!」


………嫉妬でした。
こ、怖ぇ………!
篠ノ之の奴、目の色が変わってやがる!
気のせいか、その瞳の奥にまで燃え盛る炎が見えるぞ!?

ガシッ。篠ノ之に腕を掴まれた。
お、おい!何だよ!何で俺を捕まえる!?
身をよじって逃げようとするが、篠ノ之の剛力招来が
それを許さない。
何だよこの力は!?
スネークバイトか!?
握力何キロあるんだよ!?

ギロッ!
未だ逃れようとする俺の動きを、仁王の眼光でもって止めてくる
篠ノ之。
そしてその桃色の唇を震わせ、うっそりとしたどす黒い言葉を
紡ぎ出す。


「まだHRまで時間がある。早めに部屋を出て正解だったな。
 剣道場に行くぞ。この一週間でお前を鍛え上げ、あの女に
 負けないようにしてやる!来いっ、アスカ!!」

「な、何だと!?俺はそんなことに付き合っている時間は
 ないんだ!放せよ篠ノ之!」

「ええぃっ!情けないことを言うなアスカ!
 男ならば、女の剣を受け止めるだけの覚悟を見せてみろ!
 さあ往くぞアスカ!さあ!さあ、さあ、さあ!!」

「くっ、何て力……!?うお、うお、うおおおおおおおおお!!?」


抵抗も空しく、俺は剣道場に引きずられていく。
そしてオルコットとの決闘までの一週間。
毎日放課後三時間、みっちり稽古を付けられる羽目になったのだった。
そしてその一週間の中で、少しは篠ノ之と仲良くなれた、気がした。









そして、次回。
前回の最後で言ったことが嘘になってしまったが。
やっと、俺とオルコットとの。
クラス代表決定戦が始まる…………!!!



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