『サモンナイト2』二次小説

メルギトスシンドローム









第13話 「話せばわかる?」

























あたしは今、いわゆる銀砂の浜辺を歩いている。

にぎやかな港町の喧騒を離れ、心を落ち着かせる潮騒を耳にしながら真っ白な砂浜に足跡を残していく。

傍らには先日あたしが呼び出してしまって以来いつも黙って傍にいる少女・夕月を従え、あたしは物思いに耽っていた。

いつものように無益な想像・妄想に囚われているわけではない。

今後の身の振り方に関する極めて重要な議題だ。

ずばり、この世界のシナリオにあたしが関与すべきかどうか。

すでに十分首を突っ込んでる気がしないでもないが、少なくとも今まであたしは自分から積極的に物語に介入することはしてこなかった。

それはおそらくルヴァイドの説得に失敗したという初っ端の失敗を引きずっていたせいだろう。

あれ以来あたしは周りに流されてばかりいるような気がする。

流されやすいのは生来の気質なのでしょうがない部分もあるのだが、このまま流され続けていくと取り返しのつかないことにもなりかねない。

あたしがそう考え始めたのは、今朝方パッフェルさんに聞かされた話のせいだ。

今日の朝、パッフェルさんはあたしたちにこうおっしゃった。

「明日、スルゼン砦に出発しますから準備しておいてくださいね〜」

はあ?!と思った。なんでです?!と思わず訊いた。

するとパッフェルさんは不思議そうにこう返した。

「なんでって、もともとスルゼン砦にお仕事に行くはずだったからですよ。ファナンには緊急で仕方なく寄っただけです」

あたしはファナンが目的地だと思ってました。

だってファナンにもケーキ屋さんのバイトあるし。パッフェルさんだってユエルだってファナンで出没してたし。

でも確かにゲームではパッフェルさんはスルゼン砦にいた。

サモンナイト2での物語の舞台はゼラムとファナンが中心だし、ゼラムマップからファナンマップへ移行するとケーキ屋イベントもメイメイさんのお店もファナ ンへ移動する。

だからあたしたちもゼラムからファナンへ移るだけだと錯覚していた。

このままだとあたしたちはバイオハザードを実体験してしまうことになる。

パッフェルさんやユエル、夕月なら生き残れるかもしれないけど、戦闘能力皆無なあたしではゾンビの仲間入りもありうる。

普通に死ぬならまだしも(それも嫌だが)ゾンビになるなんて絶対嫌に決まっている。

というわけで、パッフェルさんがいくら行くと言ってもあたしはスルゼン砦には行かない。

誰が好き好んでそんなところに行くものか。あたしはまだ命が惜しい。

いくらなんでもあたしが断固として断ればパッフェルさんも無理にとは言わないだろう。

それはいいのだ。今あたしが考えているのはそのことではない。

問題はあたしが行こうが行くまいがスルゼン砦でたくさんの人が死ぬということだ。

実は正直に言うとあたしは今までそのことを意図的に考えないようにしていた感がある。

しかし今朝のこともあってさすがに考えないわけにはいかなくなったのだ。

だからこそ考える。この世界のシナリオにあたしが関与すべきかどうか。

下手に関与してマグナたちの成長を遅れさせたり悪魔たちの計画を早めたりしてしまうとリィンバウムが救われなくなってしまうかもしれない。

この世界がゲームの世界なのだとしたら異分子であるあたしになんらかの修正措置が取られるかもしれない。

そもそもあたしなんかが何かしたところで結果は何も変わらないかもしれない。

ルヴァイドの説得に失敗し、レルムの村殲滅を止められなかったときのことが思い起こされる。

やっぱり、あたしなんかが人の命を救おうなんておこがましいのかな。

マグナやユエルやパッフェルさんや、その他にもいろんな人たちに支えられてようやく生き延びているようなあたしなんかじゃ、誰かの助けにはなれないのか な。

思考が逸れて行ってしまうのも、悪い方に悪い方に考えがちなのもあたしの悪い癖だ。

ついでに言うならそこに考え事をしていると周りが見えなくなるという事項がプラスされる。

だから考え事をしているときに突然声をかけられてびっくりするなんてことは良くあることなのだ。

「お姉さん、どうかしたんですか?」

だからだから、この時あたしが突然かけられた声に驚いて動揺してしまったのも仕方がないことなのだ(言い訳)

「エクス!?」

だからって初対面のはずの彼の名前を大声で叫んでしまったのはさすがにまずかった。

叫んだあとに思わず自分の口を押さえるというマンガのような行動を取ってしまったのも恥ずかしい。

そんなあたしの様子を不思議そうに眺めながら、体は子供、頭脳は大人な蒼の派閥の総帥は疑問を口にした。

「確かに僕の名前はエクスですけれど、どうしてお姉さんは僕の名前を知っているんですか?」

「え!?…えと……それは……そのぅ……」

ごまかせ!ごまかせ、あたし!!

しかしいくら考えても良いごまかし文句が思いつかない。

突発的な事態に対応できないのもあたしの欠点なのだ。

そして『自分で駄目なら他の人に頼る』という悲しい習性が発動して唯一傍にいる味方の夕月に救いを求める視線を送る。

すると彼女は心得たと言いたげに黙って頷きを返す。

あたしが心の中で『あたし的好感度アップ!』とか叫んでいると、夕月はあたしとエクスの間に割って入っておもむろに例の棒を取り出す。

「って、ちょっと待ったぁ!!」

この人全然わかってないじゃん!

あわや夕月VSエクスというちょっと見てみたい気もするイベントバトルが発生かというところで慌てて止めに入る。

っていうか、さすがに蒼の派閥の総帥相手に冗談でも暴力沙汰起こしたらまずいでしょう……

すがり付いて夕月を止めたあたしが心配してちらりとエクスを見ると、総帥様は子供っぽい笑顔で笑っていらっしゃった。

「くすくす。お姉さんたち、面白いね」

面白い、ですか?夕月は結構本気だったと思うんですが……

「僕の名前のことはもういいや。それよりお姉さんたちの名前を教えてよ」

いいんですか?自分で言うのもなんだけど、かなりの不審人物だと思うんですけど……

とはいえ、総帥様が流してくださると仰るのなら、気が変わる前に話しに乗っておいた方がいいだろう。

「あ、あたしは奈菜といいます。彼女は夕月さんです」

「ナナお姉さんとユヅキお姉さんだね。もう知ってるみたいだけど、僕の名前はエクス。よろしくね」

「あ、はい。よろしくお願いします」

本当はあたしよりずっと年上なんだろうけど見た目は10歳くらいにしか見えないエクスにペコペコと頭を下げるあたし。

生来の低姿勢を発揮するあたしにエクスは苦笑いする。

「やだな、そんなに恐縮しないでよ。敬語とかも気にしなくていいのに」

「は、はい……いや、えと、うん」

相手が偉い人だと知っているので敬語を使うなと言われても逆に難しい。

エクスの正体を知っても普通に接してた主人公たちってやっぱ大物だなぁ。

「ところでお姉さん。さっきまでなんだか落ち込んでるみたいだったけど、どうかしたの?」

「え!?い、いえ、別になんでも……」

慌てて否定しようとして、ハタと気づいた。

目の前にいる彼ならこの世界のシナリオに介入するだけの力を持っているのではないだろうか?

もちろん今のままでは彼とて物語の流れに抗うこともできずに流されていくだけだろうが、もしあたしが物語の展開を先に教えてしまったら?

あたしの知る限り、蒼の派閥総帥エクス=プリマス=ドラウニーはこの聖王都において聖王や大臣たちの次くらいに偉い。

地位だけで言ったら領主や他の高官より下なのかもしれないけれど、召喚術が軍人の必須教養とされている帝国と違って聖王都における召喚士の力は絶大だ。

この国で召喚術を扱えるのは召喚士だけであり、召喚士=貴族という等式も成り立つ。

そんな特別階級の集まりである派閥の意向は聖王や大臣でも無視できないと聞く。

金の派閥と双璧を成す蒼の派閥の最高権力者であるエクスがやろうと思えば大概のことができてしまうのではないだろうか。

「お姉さん?」

黙り込んでしまったあたしを不審に思ったのかエクスが声をかけてくる。

しかしあたしはまだ考えがまとまっていない。どうしたらいいのかわからない。

だって、この先起こることを彼に告げたとしても、彼が信用してくれなければ何の意味もない。

そしてあたしの言ったことが本当になったなら、どうして知っていたのかと問い詰められるだろう。

あたし自信でさえ訳がわからないのに、本当のことを言ったところで信じてもらえる可能性は限りなく低いだろう。

本当なら、人の命が懸かっているんだから信じてもらえないとわかっていても言ったほうがいいのかもしれない。

しかし自分勝手なあたしはできるだけ自分に火の粉が降りかからないようにと考えてしまう。

あるいは、エクスが心底から信用できる相手なら全てを打ち明けてもあたしの安全を保障してもらえるのだろうけど、ゲームを何度もプレイしたあたしでも彼の 心の底、本性を把握しているわけではない。

主人公たちに対しては比較的理解のある対応を取ってくれていたが、あたしにも同じように接してくれるとは限らない。

目の前に立つあどけなさの残る少年にしか見えない彼は曲者ぞろいの召喚士たちを束ねるだけの力を持った実力者なのだ。

考え込んでいるあたしの様子を見やったエクスは、困りきったような表情で頬をかいている。

「お姉さんは僕には言えないような事で悩んでいるの?」

彼の問いに、あたしは答える言葉を持たない。

今あたしは言うべきか言わざるべきかの2択に思い悩んでいるのだ。

そしてエクスに事情を話すということはシナリオに関与するということであり、話さないということは関与しないということだ。

エクスに話す以外にも関与する方法はあるかもしれないが、もしかしたらこれは一世一代のチャンスかもしれない。

こんなふうにエクスと偶然(?)出会うなんてことは今後無いかもしれないのだ。

このチャンスを逃したなら、行動力と決断力に欠けるあたしでは物語を変えるなんてことはできやしない。

この場での決定が今後のあたしの運命を決めるのだ。

そんな重大な選択を決断力無しの優柔不断なあたしが即決できるわけもなく、どうしていいのかわからなくなってしまったあたしの目にはうっすらと涙すら浮か んでいる。

そのことを自覚して、己の不甲斐なさと情けなさにさらに涙があふれる。

突然泣き出したあたしに驚いたエクスは慌てて高級そうなハンカチを取り出してあたしに差し出す。

あたしはごめんなさいと謝ってからそれを受け取って涙をぬぐう。

一部始終を見ていた夕月はエクスを敵意のこもった目で見ているし、エクスは夕月の視線を居心地悪そうに受けながらもあたしのことを真剣に心配してくれてい る。

情けない。あたしはなんて情けないんだろう。

あたしは人に心配をかけることしかできない。

また涙が出てくる。止まらない。

誰かを救えるかもと思っても、自分の身かわいさにもう一歩を踏み出せない。

何かをしようとして、できなくて。どうにかしようとして、どうにもならなくて。結局誰かに迷惑をかける。

ごめんなさい。みんな、ごめんなさい。ごめんなさい。





































「落ち着いた?」

外見幼いエクスの前で子供のように泣き続けたあたしは、30分ほどしてようやく泣き止んだ。

優しい声でかけられたエクスの問いに頷きで返し、またごめんなさいと謝る。

「気にしなくていいよ。誰にでも泣きたいときはあるからね」

泣きたくても泣けないときもあるけど、とエクスは付け足した。

でも、あたしは泣きたくはなかった。

泣いても何も解決しない。泣くのは逃げだ。あたしはいつも逃げてばかりだ。

周りの人の好意に甘えて迷惑ばかりかけている。

「お姉さん、自分を責めるのはほどほどにしておいた方がいいよ」

エクスがあたしの心を見透かしたようなことを言う。

驚いて顔を上げたあたしにエクスはクスッと笑った。

「やっぱりそうだったんだ。なんとなくだったんだけど」

どうやら鎌をかけられたらしい。

彼は笑いを納めてどこか哀愁を感じさせる表情で続けた。

「自分を責めることは簡単だけどね、キリがないからどこまでも深みに嵌ってしまう。自分の世界だけで全てを完結させようとしても駄目なんだ。人間はなんで も1人でできるほど強くないからね」

彼の言葉には強い実感がこもっているのが感じられた。

あたしは思い出した。彼は自分の祖先が調律者(ロウラー)や融機人(ベイガー)にしてきた非道な行いに責任を感じているのだった。

「お姉さんがどんなに悩んでも答えが出ないことだって、他の人に話してみたらあっさり解決してしまうことって案外あるんだよ。1人で悩んでないで、誰かに 心の内を吐き出してみるといい。ちなみに僕はお姉さんのことを迷惑だなんて思ってないから」

彼はまだ真実をマグナたちに伝えていないはずだけど、誰か他の人に相談したのだろうか?

パッフェルさんとか、グラムス議長とか、エクスを理解してくれている人たちがいるのかな。

「ねえ、ユヅキお姉さん。ユヅキお姉さんはナナお姉さんのことを迷惑だと思ってる?」

「思っていない」

今まで黙って話を聞いていた夕月にエクスは問いかけ、夕月は迷うことなく返事を返す。

「他の人はどう?ナナお姉さんのことを迷惑に思ってる?」

「思っていないだろう」

「だってさ?」

そう言ってエクスはあたしににっこりと笑いかける。

あたしは夕月には迷惑がられているのではないかと思っていた。

彼女がこの世界に来ることになったのも、記憶を失ってしまったのもあたしが召喚したせいだろう。

なのに彼女は自ら護衛獣の役目を買って出て、いつもあたしの側にいてくれている。

パッフェルさんやユエルにだって、いつも迷惑をかけっぱなしだ。

「話をしてみないとわからないことってたくさんあるよ。ナナお姉さんには、話を聞いてくれる人がいるじゃない。僕には話せなくても、その人たちならきっと お姉さんの力になってくれるよ」

……そうなのかな。考えてみれば、あたし、この世界に来てから自分のことを話したことがほとんどない。

面倒なことになりそうだから。説明が難しいから。自分にも良くわからないから。

いつもいつも自分に言い訳をして問題を先送りにしてきた。

あたしは、もっと皆のことを信用していいのかもしれない。

あたしのことを皆に話してもいいのかな?あたしが知ってることを打ち明けてもいいのかな?

皆はあたしの話を聞いてくれる?笑わずに最後まで聞いて信じてくれる?

今まで黙っていたあたしのことを嫌いにならないでいてくれる?

「最初からなんでも話すのは難しいよ。少しずつ話せるようになっていけばいいんだよ」

エクスはそう言ってまた子供らしい笑顔を見せた。

「そろそろ戻らなくちゃ。バイバイ、お姉さんたち」

くるりと背を向けてあたしたちから遠ざかっていくエクス。

あたしは自分の手にまだハンカチが握られていることを思い出し、慌てて彼を呼び止めた。

「ま、待って!これ…!」

あたしの言葉にエクスは振り向く。

「いいんだよ。それはお姉さんにあげる」

「で、でも……!」

これ高そうなのに……

あたしの申し訳なさそうな様子にクスリと笑ったエクスは、いたずらっぽい笑みを浮かべた。

「じゃあ、今度会ったときに返してよ。また会えるよね?」

「う、うん。洗って返すから」

「うん。きっとだよ」

そう言ったエクスは楽しそうな様子で今度こそ去っていった。

あたしは手の中のハンカチをみつめる。

このとき、あたしはこの世界のシナリオに抗うことを決意した。

そのために必要なのは信頼できる仲間、いや、仲間を信頼する心だ。

強くなろう。肉体的には無理かもしれないけど、精神的に。

いつまでも人に迷惑をかけてばかりじゃいられない。

変わるんだ。そう、あたしは変わるんだ。

そしたらきっと、あたしは自分のことを好きになれるから―――















第13話 「話せばわかる?」 おわり
第14話 「はじめの一歩」 につづく




感想

なかなか感想が追いつかねェ!

ナナちゃんエクス君に会って躊躇うというお話ですね。

でも、この先を見るならエクス君とよしみを結べたのは大きいですねェ

ナナちゃんの心がどのように動いたのか気になる所です。

しかし、パッフェルさん一人なら兎も角、ナナちゃんも戦争の緊張下にある砦に連れて行こうとするなんて…(汗)

でも話としては盛り上がるでしょうね♪

ちょっと感想短くて申し訳ありませんが、次回も期待しております♪



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