『サモンナイト2』二次小説

メルギトスシンドローム









第14話 「はじめの一歩」


























「ねえ、夕月さん」

二人分の砂を踏みしめる音と寄せては帰る波の音だけが聞こえてくる静かな砂浜で、あたしは自分でつけたその名前を呼ぶ。

いつもあたしの側で控えているこの寡黙な少女と話をしてみることにしたのだ。

彼女はあたしの呼びかけに'はい'と短く答えて話を聞く体勢に入った。

今思えば、あたしはこの少女のことについてほとんど何も知らない。

もちろんあたしが召喚してしまった記憶喪失の女の子だってことは知ってる。

そういうことではないのだ。あたしは知っていたはずだ。

お互いの事情を話し合うのも大事だけど、どういう性格なのかとか、どういう考えを持ってるのかとか、そういうことを語り合ってお互いの人間性を理解するこ とも大切なんだ。

特に彼女はあたしのせいで異世界に呼ばれて記憶までなくしたのだ。

そのことについて彼女がどう思っているのか、どうしていつもあたしの傍にいてくれるのか、ちゃんと訊いておかなくちゃならない。

「夕月さんは、もともとサプレスにいたんですよね?」

「……確かなことは言えませんが、状況から判断するとそういうことになります」

記憶がないからか、彼女の返答は歯切れが悪い。

しかし彼女は霊属性のサモナイト石によって呼び出された。

その召喚石は今もあたしが持っている。

この石によって召喚されたということは、あたしの召喚属性が霊属性ということであり、彼女はサプレスの住人であるということ。

召喚の儀式とかキーアイテムをすっ飛ばしての召喚、専門知識のないあたしにはそれがどういうことかはわからない。

とにかく召喚に関しては全くの素人のあたしでは彼女を送還してあげることはできない。

送還できたとしても、記憶をなくしてしまった彼女がサプレスでやっていけるのかどうかはわからない。

あたしは彼女に対して責任を取らなくちゃいけない。

だから彼女がどうして欲しいのか、あたしに何を期待しているのかを知っておかなくちゃいけないんだ。

「サプレスに帰れるとしたら、帰りたいですか?」

「…いいえ」

「それは記憶がないからですか?」

「…わかりません」

質問をするたびに、彼女の表情は少しずつ沈んでいく。

やはり記憶をなくしていることは彼女にとって重荷となっているようだ。

当然だろう。彼女は自分自身のことでさえ正確には把握していないのだ。

それがどれほど不安なことなのか、あたしには想像することしかできない。

「夕月さん。あなたは私にどうして欲しいですか?」

「……どう、とは?」

「あなたをリィンバウムに呼び出してしまったのも、記憶をなくさせてしまったのも、全部私の責任です」

「………」

「責任は取ります。だから教えてください。私はどうすればいいですか?私にできることだったらなんでもしますから、遠慮せずに言ってください」

彼女がサプレスに帰りたいと言うのなら、あたしは召喚術を習って彼女を送還しよう。

彼女が記憶を取り戻したいと言うのなら、あたしは一生かけてでも彼女が全てを思い出すように支えていかなければならない。

彼女がそのどちらも望まず、ただあたしを憎むというのなら、あたしは彼女の気が済むまで受け止めてあげるのだ。

ところが、彼女はあたしの予想外の願いを口にしたのだった。

「私をあなたの護衛獣にしてください」

意味がわからなかった。冗談かと思った。

しかし彼女の釣り目がちな瞳から冗談の色は伺えなかった。

彼女は本気だ。本気で召喚士でもないあたしの護衛獣になりたいと言っているのだ。少なくともあたしにはそう感じられた。

「ど…どういう意味ですか?私は別に守ってもらう必要なんか……」

「自分でもよくわかりません。でも、私は奈菜の傍にいなければならない」

彼女の言葉をあたしは他に頼れる人がいないからだと取った。

でも、それならわざわざ護衛獣だなんて言い方をすることはないだろう。

あたしは責任を取ると言っているのだから、遠慮せずに頼ってくれていいのに。

「わかりました。できる限りあなたのお世話はあたしがやります。帰る方法や、記憶の件についても、できる限り手を打ってみます。それでいいですか?」

「……はい」

彼女はなんだか不満そうな表情をしていたが、とりあえず納得したのか肯定の返事をくれた。

ならば今度はあたしのことを彼女に話す番だ。

あたしはもう一度覚悟を決めた。

今まであたしはこちらの世界で自分のことについて語ったことはなかった。

元の世界でのあたしとリィンバウムでのあたしは切り離されていたと言ってもいい。

この世界で自分は異世界の人間だと宣言することは、二つの自分を一つにする行為だ。

一度口にしてしまえば、あたしはこの世界にとってイレギュラーな存在となる。

それはとても怖いことだけど、いつまでも隠し通すことはできない。

だいたいあたしだけなんでも知ってるみたいな立場でいるのは卑怯で失礼なことだ。

少なくともあたしの身近にいる人たちには、あたしのことを知っておいてもらいたい。

「夕月さん、今度はあたしのことを話してもいいですか?」

「はい」

彼女なら記憶を失っているし、この世界の人間じゃないからあたしの正体を知っても他の人ほどは驚かないだろう。

彼女に話した後はパッフェルさんとユエルにも聞いてもらわなくちゃいけない。

もしかしたら'なに馬鹿なこと言ってるんだ'と笑われてしまうかもしれない。

というか、普通は信じないだろう、こんな話。あたし自身だって未だに信じられない。

ひょっとして自分は元々リィンバウムの人間で、名も無き世界から来たと思い込んでるだけなんじゃないかと考えたこともある。

でもそんなわけはない。今までの16年間の人生が夢や幻だったなんて笑えない冗談だ。

少なくともそれはあたしにとって真実だから、彼女たちにはあたしの真実を知っておいてもらいたい。

その結果、この世界にあたしの居場所がなくなったとしても、もうあたしは自分を偽り続けることはできそうにないから。






































その後、一時間も経った頃には、あたしはパッフェルさん・ユエル・夕月にあたしの知っていることを大まかにだが語り終えていた。

あたしが話している間、皆黙ってあたしの言葉を聞いていた。

喋っている間何度も途中で投げ出したくなったが、なんとか最後まで話し終えることができた。

体中から冷や汗や脂汗が噴出し、息も上がってしまっている。まるで激しい運動の直後のようだ。

パッフェルさんはまじめな表情でなにやら考え込んでおり、ユエルは話についてこれなかったのかしきりに他の者の顔色を伺っている。

一足先に話を聞いた夕月は'そうですか'と言ったきりいつものように寡黙にあたしの傍に立っている。

「お話はわかりました」

今まで沈黙していたパッフェルさんが口を開く。

このメンバーの中で一番ことの重大さがわかっているのは彼女だろう。

彼女の次の言葉であたしの運命は大きく左右される。

今のあたしは裁判官の判決を受ける被告人にも等しい心境だ。

「ナナさん」

「は……はい……」

「ようやく本当のことを話してくれましたね」

「え……?」

パッフェルさんの顔にはいつもの営業スマイルとは違う、慈愛に満ちた微笑が浮かんでいた。

あたしは期待をこめて声を震わせながら問いかける。

「信じて……くれるんですか……?」

「もちろんです」

あたしは飛び上がって喜びたいのをぐっと堪えて、念のためもう一度確認する。

「本当ですか?こんな馬鹿みたいな話を?」

「嘘だったんですか?」

「いえ!少なくとも自分では真実だと思っています!」

「なら信じますよ」

信じて欲しかったのは山々だが、疑い深いあたしはこうもあっさり信じられてしまうと逆に不安になってしまう。

それに信じてくれたからといって、あたしを受け入れてくれるかどうかは別問題だ。

「どうして信じられるんですか?自分で言うのもなんですけど、かなり荒唐無稽な話だと思うんですけど……」

「私の知り合いには不思議な人が多いですからね〜。そういう人がいてもおかしくはないかと」

不思議な人……ってメイメイさんやエクスのことだろうか。

あたしはあの人たちと同じくらい不思議人だってこと?

納得いくようないかないような……

「ふふ♪ナナさんが不思議な人だってことは初めて会った時からわかってましたから♪」

「そ…そうなんですか?」

「はい♪」

……あたしそんなに不審な行動してただろうか。パッフェルさんの勘が鋭すぎるだけか?

「あの〜…」

あたしが自分の行動を振り返っていると、横合いから戸惑いがちな声をかけられた。

話の途中からしきりに頭をひねっていたユエルだ。

「結局どういうことなの?ユエルわかんなかったんだけど…」

やはりユエルは理解していなかったらしい。

そんなユエルにいつもの調子に戻ったパッフェルさんがニコニコ笑顔で教えてやる。

「つまりナナさんはこの世界の人じゃなかったってことですよ」

「そんなことは知ってるよぅ。匂いが違うもん」

そういえばそうだった。ユエルはあたしがリィンバウムの人間ではないことを知っているんだった。

「そうじゃなくて、その後の悪魔がどうとかっていうのはなんのことだったの?」

「そこら辺は私もなんとなくしかわからなかったんですけど、要はナナさんはこの世界の行く末を知っているってことですよね?」

「えと……そんな感じです」

「?つまりナナはまじないとか占いができるってこと?」

まじないや占い。それらを得意とするのはメイトルパではヤッファをはじめとするトラ型の亜人フバースだ。

あとメイメイさんも得意だろう。というかあの人は大抵なんでも知っているのだろう。

しかしあたしの場合はそういうのとは違う。そんな特殊能力とは生まれてこのかた縁がない。

「…そういう特技があるわけじゃないんだけど、とにかくこれから起こることを知ってるの」

「ふ〜ん?じゃあ、明日のお天気がどうなるかわかる?」

「いや、そんな細かいところまではわからないんだけど……」

「そうなの?じゃあ、どんなことならわかるの?」

「えと、例えば、マグナさんたちがこの町を出る予定の日、海賊が町に大砲を撃ち込んで大変なことになるの」

「マグナさんたちが町を出る日?それって明日じゃないですか?」

「え?そうなんですか?」

それは初耳だ。お見舞いに来てくれたのが昨日だったのだが、もうファナンを出てしまうのか。

「さっき偶然お会いしたときに聞いたんですよ。私たちの出発も明日の予定ですし、向かう方向も同じだそうなのでご一緒しませんかとお誘いしたんですけ ど……」

「したんですけど?」

「断られてしまいました。なんだか巻き込みたくないからとか仰ってましたけど」

なるほど。彼らは黒の旅団に襲われたときのことを考慮して同行を断ったのだろう。

できれば同行してもらってスルゼン砦に滞在してもらいたいところなんだけど……

「ナナさん」

「はい?」

パッフェルさんが急にまじめな声になってあたしの名前を呼ぶ。

その真剣な表情にあたしも緊張して次の言葉を待つ。

「今まで隠していた秘密を私たちに明かしてくれたということは、未来を変えるつもりがあると受け取らせてもらってよろしいですか?」

「……はい」

パッフェルさんの言葉はまさに核心だった。

シナリオに介入したい。しかしあたし一人でできることは高が知れている。

だから誰かに相談しようと思い立ったのだし、こうして信頼できる人たちに秘密を明かしたのだ。

「では、誰にとって都合の良い方向に修正したいのですか?」

その言葉には棘があるような気がした。

誰かにとって都合のいいように捻じ曲げられた未来は他の誰かにとっては不都合な世界かもしれない。

あたし個人の感傷で好き勝手にシナリオを改変していくことは自分勝手極まりない行いだろう。

しかしあたしは物語の大きな流れにまで干渉するつもりはない。

悲惨な死に方をするはずの人たちをできるだけ多く救いたいだけなのだ。

自分勝手で自己中心的で、自分の身が一番かわいいあたしだけど、そんなあたしでも誰かを救うことができるのなら、黙って見ているなんて耐えられない。

「私はただ、一人でも多くの人が死ななくて済むようにしたいだけです。誰かに利益や不利益を与えたいのが目的じゃありません」

口にしながら、偽善的な言葉だと自分でもひしひしと感じている。

でも、死ななくてもいい人が死なずに済むのならそれに越したことはないと思うから。

誰かの役に立ちたいと思うこの気持ちは嘘じゃないはずだから。

「自分の行いにきちんと責任をもてますか?自分の予想していた結果と違っていても納得できますか?」

「………」

正直それは覚悟していると断言できない。

あたしの行動如何によって人の人生どころか、それこそ世界の運命すら歪められかねないのだ。

そのことを知らない人からすれば、どんな結末でも自分たちの選択・行動の積み重ねの結果だと思えるかもしれない。

しかし本来のシナリオを知っているあたしにとっては運命が歪められた原因は自分だと認める他ない。

本来死ぬはずではない人が死んだならあたしのせいだ。

本来滅ぶはずではない世界が滅んだならあたしのせいだ。

そんな大きな責任を背負いきれると断言できるほど、あたしは強くない。

だからこそ今まで物語に干渉しないようにしてきたのだ。

「覚悟は……できません」

「………」

「でも……見て見ぬ振りをするのも嫌なんです!」

そう、それもシナリオを知っているあたしを苦しめている原因だ。

つまり死ぬとわかっている人が死んでいくのを見殺しにすることに対する罪悪感に耐え切れないということだ。

本来死ぬはずの人が死ねば罪悪感を覚え、本来死ぬはずのない人が死んでも罪悪感を覚える。

この世の生き死には全てあたしのせいだなどと言うつもりはないが、それに近い感覚はある。

罪悪感はあたしがシナリオを改変しようがしまいがあたしを苦しめる。

唯一罪悪感から逃れる方法は誰も死なない方向にシナリオを改変すること。

そんな大それたこと、あたし一人でできるはずもない。現にレルムの村では何もできずに村人たちを見殺しにしてしまった。

もうあんなことは繰り返したくはないのだ。目の前で人が傷ついていくのを見続けるのはもうたくさんだ。

「お願いします!パッフェルさん、ユエル、夕月さん、私に力を貸してください!私一人ではなにもできないんです!」

あたしは勢いに任せて限界まで腰を曲げて深々と頭を下げた。

あたしは必死すぎて頭の中が真っ白になっていた。

死ぬはずの人を助けたいなどと言っておきながら、本当はあたし自身を助けて欲しかったのかもしれない。

ただただ必死に頭を下げるあたしに慌てたようにパッフェルさんが駆け寄る。

「ちょ、ちょっとナナさん、顔を上げてください」

優しい言葉をかけてくれるパッフェルさんに思わず縋り付いて泣き出してしまいたい衝動に駆られたが、ポケットにしまってあるエクスに貰ったハンカチを思い 出し、涙を堪えてへたり込みそうになる両足を叱咤する。

「お願いします!力を貸してください!お願いします!お願いします!」

「わかりました!わかりましたから、落ち着いてください。私は協力しないなんて言ってないでしょう?」

その言葉を聞いた瞬間、内側からあたしを責め立てる何かは消え去り、両足に力が入らなくなって床にぺたんと腰をついてしまった。

「わわっ?!大丈夫ですか!?」

「本当ですか?」

「え?」

「協力してもらえるんですか?」

「…もちろんですよ♪」

あたしの眼からは堪えていた涙が堰を切ったように溢れ出した。

頭のどこかで'今日はよく泣く日だな'などとどうでもいいことを考える。

「ナナ!ユエルも!よくわからないけどユエルも手伝うよ!だから泣かないで?ね?」

「私は奈菜の言うことに従います」

ユエルと夕月もあたしを支持してくれる。

パッフェルさんに抱き寄せられ、あたしはパッフェルさんの胸で子供のように泣きじゃくった。

肩の荷が全部降りたわけじゃないけど、一緒に背負ってくれる仲間ができた。

今までも仲間だと持っていた人たちが、今日、改めて本当の仲間になった。

今まで心を閉じていたのはあたし。

心を開いたら、彼女たちは優しく受け入れてくれた。

自分の世界に閉じこもって押す潰されそうになっていた心が一気に開放されて広い世界に広がった感じ。

一人ではなにもできなかったけれど、仲間がいればなんでもやれる気がする。

あたしは一人じゃない。

なんて素晴らしいんだろう。あたしは一人じゃない。一人じゃないんだ―――















第14話 「はじめの一歩」 おわり
第15話 「干渉」 につづく




感想

えーっと、ナナさんがパッフェルさん達を味方に加えてみんなの命を守る事に決めたんで すね。

素晴らしい決心だと思います。

この先は戦いが激化していきますから、出来れば皆幸せになれるように出来ると良いですね♪


ん〜それは難しいんじゃないかな?

なんでですか?

何でも何も、彼女は爆弾を抱えているし、良心とは別の心も持っていると思うしね。

そんな穿った見方をしなくても、大体次回は海賊編ですし、何も起りませんよ!

まあ、そうだろうけど、今回の伏線がやっぱりねぇ…

物語上仕方ない事だと思うけど、主人公最強主義でないかぎりその辺りを突破するのは難しい。

ワンパターン作家のくせに、何を偉そうに。

浮気者さんはその辺りも心得ていますよ。

まあ、私がワンパターンなのは認めるけどね(汗)

この先はかなり物語をしっかり組まなくてはいけないとは思うよ。

頑張ってもらいたい所だね。



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