Release 0シルフェニアRiverside Hole

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■14 / inTopicNo.1)  捜し、求めるもの
  
□投稿者/ ルーン -(2004/11/06(Sat) 23:57:59)
     パチパチ……
     火にくべた小枝がはじける音がする。
     空はもう夕闇に染まり、仕事をして外出していた人も家路に着く時刻である。
     そんな時刻に、まだ少女といって差し支えない年頃の少女が、ただ一人で森の開けた場所にいた。
     こんな時刻に、少女がこんな所に居る所を見れば、旅人か……それとも人には言えない事情の持ち主か。
     だがどちらにしろ、まだ幼い少女が一人で居ていい場所でも時刻でもない。
     近隣に都市が在るとは言え、旅人や商隊を狙う盗賊が何時現れても不思議ではないのだ。
     ただその少女には、そんな事を恐れている節は見当たらなかった。

     そんな少女は、歳の頃は十五六歳、真紅の髪に真紅の瞳を持つ美少女とも言っても過言ではない容姿だった。
     少女の名を『ユナ・アレイヤ』と言った。
     ある特定の人たちには、畏怖と羨望でもって名前を呼ばれる。
     曰く、15歳にして炎系統の全ての魔法を習得した天才少女。
     曰く、炎に愛された少女などなど、彼女を取り巻く評価は様々である。
     本来ならば魔法学園を卒業後は、王宮に仕官するのが当然であり、又、学園の者達も事実そう思っていた。
     だが彼女は、王宮からの仕官の話を謝絶し、故郷に帰った。
     だが故郷にいざ帰ってみれば、一つの問題が発生していた。
     その為にユナは、旅に出ることを決心したのである。

     パチパチ……
     「火は……嫌い……」
     焚き火の炎をじっと見つめていたユナが、突然ポツリと漏らした。
     「だって、私のお母さんとお父さんを殺したから……。でも……、炎は好き。だって、義兄ちゃんとの絆の証だから」
     相反したことを口にしながら、ユナは此処ではない何処かを見つめている様子だった。

     そんな時である。
     ガサガサ―――
     木々が擦れる音と共に、十数人の見るからに盗賊と言った格好をしている男たちがユナの前に姿を現したのは。
     「お、本当に女の一人旅じゃねぇか」
     盗賊の頭目らしき人物が傍らにいた手下にそう言った。
     「へへへ、だから言ったでしょう? 女で一人旅をしている絶好の得物がいるって」
     どうやら、この手下がユナを見かけて仲間達に報告したらしい。
     「ああ、しかもかなりの上玉だな。こりゃあ、売ればかなりの儲けになるな。お手柄だぜ」
     頭目の褒め言葉に手下は、低頭することで応えた。
     「ですがお頭、売っちまう前に、まずは俺達で楽しみませんか?」
     別の手下が、ユナを見ながら進言した。
     「あん? そうだな……売値は下がっちまうが、そん位の役得はあってもいいかもな」
     頭目はユナの全身を舐めるように見回すと、ゴクリと唾を飲み込みながら言った。
     まだ多少幼さは残るが、ユナは間違いなく美少女であり、体付きもそう悪くなかった。その為、盗賊達の欲情を掻き立てるには十分だった。
     その言葉を聞いた手下たちは、顔満面に喜色の表情を浮かべると、卑猥な笑い声を口々に上げた。
     そして盗賊達は、ユナに恐怖を与えるかのように、態とゆっくりと近づいてきた。
     そんな状況にも関わらず、ユナは依然として焚き火の炎を眺めていた。
     そんなユナの様子を盗賊達は、自分達に恐怖してまともに動けないのか、それとも現実を拒否していると都合のいいように解釈した。
     じりじりとユナに近づいた盗賊の一人が、もう我慢が出来ないとでも言うように、ユナに向かって飛び掛った。

     そして、それが起こった。
     ユナに飛び掛った盗賊が、突然何もない空中で弾かれたかと思った瞬間に、炎に包まれたのだ。
     炎に包まれた盗賊は、微かに焦げ臭い匂いを放ちながらも、ピクピクと動いている辺り、どうやらかろうじて生きてはいるらしい。
     「な、何だ!? 今のは!?」
     異常な事態を目撃した盗賊達は、突然な事に動揺をし始めた。
     「うろたえるなッ! バカが一人犠牲になっただけだ!!」
     流石は頭目と言ったところであろうか。たったそれだけの言葉で、仲間の動揺を押さえ込んでしまった。
     「そうか……てめぇ、魔法使いだな? ちっ、どおりで女が一人で旅なんかしているはずだ」
     目の前の異常な出来事を魔法によるものと即座に推測した頭目は、忌々しそうに口にした。
     その頭目の言葉によって新たに手下達に動揺が走るが、たったひと睨みしただけでそれも押さえ込んでしまった。
     「だがよ、聞いた事があるぜ? 魔法使いが使う魔法はよぉ、呪文を詠唱しなくちゃならねぇ。でもって、あんたがさっきから俺達の方も向かないのは、呪文の詠唱をしているからじゃねぇのか? ってことわだ、俺達が周りを取り囲んで、一斉に襲い掛かれば対処しきれねぇよな」
     ゛くっくっく"と最後に嘲りの笑みを浮かべる頭目。
     そんな頭目の余裕の態度を見て取ってか、手下達も再び喜色の笑みを浮かべながら、ユナを囲む為に散った。

     今度は一斉に飛び掛る為に、頭目の合図を待ちながら慎重に摺り足でユナへとにじり寄って行く。
     頭目はさっと手を挙げ、そして挙げた手を振り下ろした。
     頭目の合図に、手下達は一斉にユナへと襲い掛かった。
     そして頭目はこの先に起こる未来図を予測してか、口を嫌らしく歪めた。
     ユナにしてみれば、絶望的な全方位からの一斉攻撃に対抗手段はないかと思われた。
     事実、ユナの顔には緊張と恐怖の色が浮かんでいた。

     しかし―――

     どがぁぁぁぁ……ん

     耳を覆いたくなるような爆音が辺りに響いた。
     ユナへと襲い掛かった盗賊達は、またもや空中で壁が在るかのごとく阻まれ、その身に炎を纏いながら吹き飛ばされた。
     それは木に登り、木の上からユナを狙おうとしていた盗賊も例外ではなかった。
     ユナへと襲い掛かった全ての盗賊が吹き飛ばされ、焦げ臭い匂いを放ちながら、ピクピクと細かい痙攣を繰り返した。
     「な……に……?」
     あまりな出来事に唖然とした声を出すしかない頭目。
     盗賊達で五体満足で残っているのは、ユナへと襲い掛からなかった頭目ただ一人だけだった。
     そんな頭目へと、視線を向ける者がいた。
     ユナである。
     しかしユナの表情には、先程まで浮かんでいた緊張や恐怖の色はなかった。
    ただただ、冷ややかな視線だった。
     「教えてあげる」
     「何・・・・・・?」
     突然のユナの声に、訳が分からずに戸惑いの声を上げる。
     「何故、こんな結果になったか分からないのでしょう? だから教えてあげるって言ったの」
     いっそう晴れやかと言っても過言ではない顔をしながら、数歩頭目の方へと近づく。
     「答えは簡単なのよね。私が立っている爪先の地面をよく見てみなさい」
     その声に釣られるよにして、盗賊の頭目はユナの爪先がある地面を注意ぶかく探った。
     すると―――
     「何だ……それは……?」
     ユナが爪先で指し示した地面の先には、何やら文字らしきものが描かれていた。
     文字を目で追ってみれば、焚き火を中心として、半径2.5mの円形状にびっしりと書き込まれていた。
     「これはね、魔方陣って言うの。魔法には大きく分けて二種類の使い方があるの。一つ目は貴方が言ったとおりの、呪文を詠唱して発動するタイプの魔法。もう一つが、魔方陣によって発動する魔法。どちらも一長一短の特徴があるけどね。こういう野営時には効力が持続して、自動的に展開する魔法陣型の魔法が便利だけどね」
     まるで教師が生徒に教えるような態度で話すユナ。
     「なっ!」
     自分が知らなかった魔法の事実に、思わず驚きの声を上げる。
     それも無理はない。
     所詮は魔法を聞き齧った程度の素人と、炎限定とは言え、魔法を極めたエキスパートとの差である。
     「で、何で態々こんな事を一々説明してあげるかと言うと・・・・・・」
     そう言ってユナは、両方の手に炎を宿らせた。
     「これから死んで逝く、貴方達への冥土の土産ってやつね」
     ニッコリと笑いながら事も無げに簡単に言い放ったが、これは事実上の死刑宣告であった。
     ユナが笑顔で言って来た事も重なり、事態が上手く飲み込めなかった頭目だったが、漸くユナが言った言葉を理解したのか、その顔が紛れもない恐怖で歪んだ。
     「まっ・・・・・・」
     慌てて命乞いをしようとしたのも既に遅く、ユナが放った炎の魔法は、頭目と虫の息の手下達を無常にも飲み込んだ。
     「命乞いなんて無様だよ。貴方達は私を襲ったんだから、殺される覚悟ぐらいしておきなさいよね」
     消し炭の一欠けらも残さずに燃え尽きた盗賊達に、同情の一欠けらも見せないで言い切った。
     ユナはふと星が輝く夜空を見上げた。
     「義兄ちゃん、義兄ちゃんは今どこにいるの?」
     先程、盗賊達を無慈に焼き殺したユナの表情とは違い、その瞳は儚く憂いを帯びた瞳だった。

     ユナの義兄は、ユナの魔法学院の入学費や授業料、生活費などその他もろもろを稼ぐ為に、大都市へと出稼ぎに赴いたのだ。
     無事ユナが学院を卒業した事もあって、出稼ぎ先から生まれ故郷へと帰郷しようとした義兄が、一つのハプニングを起こしたのだ。
     故郷に行商へ来るはずの商隊に乗せて貰わずに、徒歩で帰ると言い出したのだ。
     何でも、景色を眺めながらのんびり歩いて帰りたいと言うのが理由らしかった。
     商隊の方も、直線距離で20kmと比較的近くだった為に、特に止めなかったらしい。
     義兄は剣の腕は確かだ。
     その為に、帰郷の途中で盗賊等に襲われて殺されたとはユナは微塵も思っていなかった。
     それなのに何を心配する必要があるかと言えば、ユナの義兄は方向音痴なのだ。
     それも、生まれてからずっと暮らしてきた筈の故郷で道に迷うほどの。
     ちなみに出稼ぎ先は、住み込みであった為に迷う事は殆どなかったらしい。
     そして帰郷してその事を知ったユナは、その日の内に今度は義兄探しの旅に出る羽目になり、現在の状況にいたったのである。
     「義兄ちゃん……」
     寂しさが混ざった声音でポツリとそう漏らすと、ユナは明日に備えて寝袋へと潜り込んだ。




     その頃の義兄はと言えば―――

     空さえも見えないほど木々が生い茂った森の中、一人の男がポツンと立っていた。
     「此処は……一体何処だ……?」
     義妹の心配の通り、確りと道に迷っていた。



     現在の義兄の位置―――
     故郷から直線距離で96km
     果たして義兄は、無事自力で帰郷できるのか!?



     ―――続く……のか?
引用返信/返信 削除キー/
■25 / inTopicNo.2)  捜し、求めるもの 第二幕 前編
□投稿者/ ルーン -(2004/11/08(Mon) 18:54:53)
    2004/11/08(Mon) 18:58:45 編集(投稿者)

     地方都市『ミルス』
     『ミルス』は地方都市にしては大きい方で、王都への交通路の拠点として発展してきた経緯がある。
     人口はおよそ12万人程ではあるが、王都へ行商へ行く商人たちが多く立ち寄る為に、人口密度は遥かに多く感じられた。

     商隊が多く立ち寄ると言う事は、町にとっては大いに潤う事になる。
     商隊が運んできた荷は勿論、各地の情報に商隊を護衛する傭兵が町に落とすお金。
     だが一方で、多く商隊が立ち寄ると言う事は、それによって問題も多く生じていた。
     まずは傭兵同士のいざこざ。傭兵には血の気の多い者も少なくない為に、些細な事でいざこざが起こるのだ。
     荷を運んできた商隊を狙う、山賊や盗賊などと言ったやからまでも『ミルス』の近隣に出没する事になった。
     これは、町が潤うに比例するようにして、近隣の秩序が乱れてきたことを示唆する。
     もちろん、これを黙って見ているだけでは、『ミルス』そのものに商隊が立ち寄らなくなる。
     そうなれば町の死活問題に繋がる為に、『ミルス』は町の運営資金から独自に傭兵団を雇って、山賊や盗賊を討伐していった。
     しかし、山族や盗賊もこれに対して武装を強化した。
     こうして、町の秩序を守る物と町の秩序を乱す者のイタチゴッコが始まったのだった。

     しかし最近になって、これに少し変化が起き始めていた。
     幾つものグループに別れていた山賊や盗賊達が手を組み、一つの大盗賊団を結成したのだ。
     盗賊団の名は『赤竜団』。『赤竜団』を結成してからは、盗賊達の手口なども大きく変わり始めた。
     今まではバラバラだった襲撃も纏まりが出て、また手口も巧妙になり、より凶暴性を増した。
     これによって徐々に、『ミルス』だけでは対処できなくなり始めていた。

     そんな折である。
     『赤竜団』の一員を捕らえて問い詰めたところ、驚愕の事実が判明した。
     その捕らえた盗賊が語るには、『赤竜団』の首領はあの『ユナ・アレイヤ』だと言うのだ。
     始めは町の役人も鼻で笑ったが、状況が一変する出来事が起きた。
     その噂の首領自らが、『ミルス』へと襲撃を仕掛けたのだ。
     そして確かにその首領は、町の人達が噂で聞いた通りの真紅の髪に真紅の瞳を持ち、そして強大な炎系魔法を行使した。
     幸いにも死者は出なかったものの、これによって傭兵団には多くの負傷者が出る事になり、最早町の秩序を守るだけで精一杯の活動しか執れなくなった。
     そんな『ミルス』へ対して『ユナ・アレイヤ』が要求した事は、主に四つの事だった。

     一つ目は、『ミルス』へ向かう商隊、または『ミルス』から出発する商隊に手を出さない代わりに、一ヶ月ごとに『赤竜団』へと上納金を渡すこと。
     二つ目は、『赤竜団』に対して手出しはしないこと。
     三つ目は、『赤竜団』の団員が無条件に『ミルス』への出入りを認めること。
     四つ目は、『赤竜団』の要請ややる事には逆らわないこと。
     期限は一週間以内に決めること。
     期限が過ぎれば、町を焼き尽くすとの一文が最後に書かれていた。

     当然の事だが、このような事は町としては呑める訳がない。
     これを呑めば、事実上『ミルス』が『赤竜団』の属国になるようなものだからだ。
     否、事実、属国そのものである。
     そこで町の責任者は、王都へと救援の要請を出す事に決めた。
     『赤竜団』の首領『ユナ・アレイヤ』討伐の人員の要請を―――

     そして今日は、『赤竜団』が決めた期限の最終日の前日。
     この頃には、町はシーンっと静まり返り、家々の扉は硬く閉ざされていた。

     そんな『ミルス』の城壁へと近づく二つの人影があった。
     二人とも頭からすっぽりと外套を被っている為に顔や性別は分からないが、体格から言って一人は中肉中背の男。
     もう一人が小柄な男と言った処であろうか。

     そんな二人に対して、城門を守っている二人の衛兵は緊張した面持ちで片方は槍を構え、もう一人は緊急を知らせる為の笛を口へと運んだ。
     「止まれ! 何者か!? 名前とこの町へ来た目的を言え!!」
     普段ならばこのような物言いは言わないのだが、今日が期限の日だけありピリピリしていたのか、高圧的な態度だった。しかし、そんな衛兵の態度に対して特に気分を害した様子もなく、背の高い方の男が一歩前に出て口を開いた。
     「そんなにピリピリしないで下さい。何も貴方方に害そうという訳ではないのですから」
     そんな事に対しても衛兵は過敏に反応し、槍を男へと突き出した。
     男はそんな衛兵の反応に軽く肩を竦めると、懐へと手を入れ、丸められた書状を衛兵に突き出すように見せた。
     そんな男の態度に訝しげな視線を向けながらも、突き出された書状へと目を向けた。
     「なっ!」
     衛兵は目を見開き、男へと顔を向けると、数歩飛び退くように後ずさり声を上擦らせた。
     「も、申し訳ありませんでした! まさか王都からの使者とは知らずに、とんだご無礼を働きました!!」
     その衛兵の言葉に、笛を口にしていた男も唖然と口を開けた。その拍子に笛が地面に落ちたが、気にする者は居なかった。
     そんな衛兵たちの態度に苦笑を漏らしながらも、外套の男は丁寧な物腰で衛兵へと話し掛けた。
     「いえ、お気になさらずに。貴方方の役目を考えれば当然の事です。それでは、町の責任者方の所まで案内を願えますか?」
     外套の男の言葉に頷くと、
     「かいもーん! 王都よりの使者の方方がいらしゃった! かいもーん!!」
     衛兵の言葉に、閉ざされていた城門が開かれていった。
     そして、王都より来訪した二人の外套の使者は、『ミルス』へと足を踏み入れた。

     豪華な部屋。けれども、決して悪趣味と言う訳ではなく、綺麗に纏められた部屋。
     それが『ミルス』の最高責任者『カリス・マーべリック』の執務室だった。
     今その執務室には、四人の人間がいた。
     一人は40代後半の品の良い服に見を包んだカリス。
     もう一人が、この『ミルス』の法と秩序を守る庸兵団団長『グレン・リックベル』だった。グレンは30代前半ぐらいで、傭兵らしく鎧と剣を身に着けたままだった。
     二人に共通する点は、疲れきっている雰囲気が漂っている事だろう。
     それも無理はない。今この二人の方には、『ミルス』の命運をかかっていたのだから。
     そして、残り二人の人影は、先程王都から来たと言う使者だった。
     仮にも『ミルス』の町の最高権力者の前だと言うのに、一人……背の小さい男は顔を覆ったフードを取りもしていなかった。
     一応、もう一人の中肉中背の男の方はフードは取っていた。
     だが、カリスとグランの両人は、そんな事を気にも止めていなかった。いや、正確には、気にする余裕もなかったのかもしれない。

     書状から目を上げたカリスは、傍らに控えていたグレンに読み終えた書状を渡した。
     グレンも書状に目を通すが、その顔が徐々に変わっていった。
     そして―――

     「何だ、これは!?」
     執務室を揺るがすほどの怒声が鳴り響いた。
     カリスはそれを予想していたのか、咎めもせずに王都から来た使者へと顔を向けた。
     「これは、一体どう云うことですかな?」
     丁寧な物言いだが、その言葉には不満の色が混ざっていた。
     見れば、怒声を上げたグレンも睨みつけるように二人を見ていた。
     「なに……とは? 全てはそこに書いてあるとおりですが」
     王都から来た使者―――『レオン・ディスカ』は口調が変わらぬまま聞き返した。
     「どうもこうありません。『赤竜団』の首領『ユナ・アレイヤ』は、偽者の為に救援は送れないと書かれてある」
     カリスは座っていた椅子に深く座りなおして、指を組んで疲れた口調で言った。
     「それが王都からの返事です。もっとも、今『ミルス』が危機に陥っているのも事実。ですから、私たち二人が派遣されたのですよ」
     レオンは相変わらずにこやかな表情を顔に浮かべながら答える。
     「たった二人で、一体何ができるんだ? 俺達庸兵団は、その王都が言う偽者の『ユナ・アレイヤ』に半壊させられたんだぞ? それなのに、お前さんたち二人に一体何ができるんだ?」
     グレンはバカにした態度も隠そうともせずに、レオン達に聞いてきた。
     グレンは自分の配下の庸兵団に、絶対の自信を持っていた。それがたった一人の魔法使いに半壊させられたのだ。
     なのに、首領の『ユナ・アレイヤ』が偽者と決め付けて、送ってきた人員はたったの二人。グレンにとっては、いや、カリスにとっても、相手を甘く見ているとしか取れなかったのだ。
     だがそんな二人の心情を見越してか、レオンはほんわかした態度を崩さなかった。
     「私達に何ができるかですか? ああ、こんな格好では説得力はありませんか。ですが安心してください。私はこれでも一応は、王国近衛騎士団の一員ですから」
     「な、なんですと!?」
     「なんだと!? お前がか!?」
     そして、そのレオンが告げた事は、二人に大きな衝撃を与えた。
     王国の近衛騎士団と言ったら、剣の腕は勿論、礼儀作法も完璧ではなくてはならない王国一のエリート集団。
     つまりは、近衛騎士団の一員になれると言う事は、紛れもなく王国でもトップクラスの剣の達人と言うことである。
     「まさか……そちらの方も……?」
     恐る恐ると言う感じでカリスは、レオンの隣に座っていた小柄な男に尋ねた。
     「いや、この人は近衛騎士団の一員ではありません。ですが―――」
     チラリと視線を送るレオン。
     自己紹介しろ……と言う事だろう。
     それに気付いたのか、小柄な男は懐から六方星を象ったペンダントを出して見せた。
     「それは……まさか!? 国立魔法学園主席卒業生の証、『六方星のペンダント』!? まさか、この目で実物を見れるとは……」
     「なぁ、カリス。そんなにそれは凄いのか? 確か、『六方星のペンダント』って言ったか?」
     いまいち分かっていないのか、グレンが渋面のままカリスに尋ねた。
     「凄いなんて話ではない! 『六方星のペンダント』は我が国最高峰の魔法学園を主席で卒業した証だ! 一年にたった一人にしか与えられない称号だぞ!? 分かり易く言えば、宮廷魔法使いクラスの魔法の実力者だ。いや、もしかしたら……」
     宮廷魔法使い本人と言おうとした所で、緊張の余りゴクリと唾を飲み込んだ。

     国立魔法学園は王国最高峰の魔法学園で、その卒業生には三種類のペンダントが贈られる。
     一つ目は、主席に贈られる『六方星のペンダント』。
     二つ目は、次席から十位にまで贈られる『正五方星のペンダント』。
     三つ目が、上記以外の卒業生に贈られる『逆五方星のペンダント』。

     そして今、目の前居る者が所持しているのは、『六方星のペンダント』。
     それはつまり、この国において、最高位クラスの魔法使いと言う証だ。と同時に、宮廷魔法使いの可能性が非常に高い。
     これまでの王国の歴史において、『六方星のペンダント』を所持している者は、極一部の者を除いて宮廷魔法使いになっているのだ。
     ここ数十年の間では、『ユナ・アレイヤ』のみである。

     そして、その小柄の男が口を開いた。
     「私の名は『レイヤ・アナユー』」
     口のマスクでくぐもっていたが、それは何処か女の声にも聞こえた。
引用返信/返信 削除キー/
■38 / inTopicNo.3)  捜し、求めるもの 第二幕 中編
□投稿者/ ルーン -(2004/11/10(Wed) 00:51:41)
    2004/11/11(Thu) 23:35:47 編集(投稿者)

     山岳にある砦。其処が『赤竜団』のアジトだった。
     見れば其処は、守るに易く、攻めるに難しい場所だった。
     外見は朽ちかけた砦なのだが、見れば所々に修復や補強を施した後が見受けられた。
     さらに砦の周りには、木でできた柵が囲っており、攻めづらさを増していた。
     そんな砦へと近づく幾つもの人影。
     その総数は37名。その中には、近衛騎士団レオンと『六方星のペンダント』の所持者レイヤ・アナユー、庸兵団団長グレンの姿もあった。
     彼らは戦える者達を引き連れて、『赤竜団』のアジトへと奇襲を仕掛けに来たのだ。
     だがしかし、不安の色も拭えなかった。
     此方の戦力が37名なのに対して、相手は未確認ながら、最低でも300名は確認されている。
     しかもその数を倒したとしても、町をたった一人で襲撃した『ユナ・アレイヤ』も控えて居る。
     いくら王宮からそいつが偽者だと言われても、彼女の力は嫌と言うほど自分達の身をもって体験したのだ。
     その恐怖心はそう簡単には拭える物ではなかった。
     よって、彼らの実際戦力としてあてにできる人数は、その数よりも少ないと言ってもいい。

     「おい、本気で正面から攻め込むつもりか?」
     小声でグレンは、こちらに背を向けて砦の様子を窺っているレオンへと尋ねた。
     「ええ、戦力差が結構ありますからね。戦い難い裏門などよりは、広い空間がある正面の方が、まだ私達の力を発揮できます」
     レオンは、周辺地理を詳しく調べた後に、正面からの突撃が一番適していると判断したのだ。 そしてそれはグレンらも納得したはずなのだが、いざ突撃となると、やはり少し怖気づいた様子だった。
     そしてそんな怖気づいている彼らに対して、レイヤが冷たく言い放った。
     「怖気づいたのか? それならば、居るだけ邪魔だから帰れ」
     「っ! なんだと!? 誰が怖気づくか!! 俺達は命を掛けて戦ってこその傭兵だぞ!? この程度で誰が怖気づくかよ!!」
     「ならばいい。後は冷静になって、何時も通りに戦え」
     そのレイヤの一言に、自分達が冷静さを失って、多少ならずとも恐怖に縛られていた事を自覚する傭兵達。
     「ちっ……、礼は言わないぜ」
     「何の事だ?」
     素直でない物言いのグレンに対して、レイヤもすっ呆けて返した。
     一同が程よくリラックスしたのを見計らって、レオンが口を開いた。
     「それにしても、何故こんな場所に砦が在ったのでしょうか?」
     「さあな。詳しい事は知らねぇが、何でも200年以上も前に建てられた物らしいぜ」
     「それでは、内部の事は誰も知らないのですか?」
     「ああ、そうなるな。けどよ、首領ってからには、天辺か一番奥に居るって相場が決まってるぜ?」
     ニヤリと笑って、レオンが最も知りたかったであろう事を言った。
     「確かに。それに、その辺の下っ端を捕まえて聞けば済むだろう」
     「そうですね……それでは皆さん、準備の方は宜しいですか?」
     レイヤの意見に納得したレオンは、最終確認の為にこの場に居る全員を見渡した。
     それに各々が頷くのを確認すると、静かにレイヤへと頷いて見せた。
     レイヤはレオンの合図に従って、懐から二丁の魔装銃を取り出した。
     右手に持つ銀色に鈍く光る魔装銃の名は、『デット・アライブ-01』。
     左手に持つ黒光りする魔装銃の名は、『デット・アライヴ-02』。
     名前から分かるとおり、同じ時期に制作された兄弟銃とも、姉妹銃とも呼べる魔装銃だった。
     それに目を見開いたのは傭兵達だった。
     魔装銃本体もそうだが、魔装銃が魔装銃と呼ばれる所以である、エレメントクリスタル
    ―――通称E・Cと呼ばれる物は、恐ろしく高価な物としても有名だった。
     それを魔装銃本体を二丁も持っている事もそうだが、魔装銃を二丁も持っているという事は、E・Cも複数所持していると見るべきである。
     傭兵たちは、それを驚愕の表情で見つめる物や、羨ましそうに、口から涎を垂らしている者まで居た。
     それに気が付いたグレンがギロリと睨みつけると、慌てて表情を取り繕ったが、相変わらず羨ましそうな視線だけは途切れなかった。
     そんな傭兵達の視線を感じていないのか無視しているのか、レイヤは魔装銃本体にE・Cをセットして、上空に向けて数発発砲した。
     魔装銃から発砲された弾丸は、照明弾。
     その名の通り、夜空に白く輝く複数の花を咲かせた。
     照明弾によって、暗く見づらかった砦の全容がはっきりと映し出された。
     レイヤは素早くマガジンを取り出し、別のマガジンへと換装する。

     魔装銃の最大の利点は、汎用性に優れている事だ。
     状況に合わせて適切な弾丸とE・Cをセットする事によって、多大な戦果を上げる事ができるのだ。
     もっともその為には、その状況に合わせる分の弾丸とE・Cが必要になるのが、欠点かもしれない。
     先述にも述べたが、魔装銃本体は勿論、弾丸やE・Cも非常に高価なので、それだけの数を所持できるのは、大金持ちか軍属の高官位である。

     レイヤは二丁の『デット・アライブ』を頑丈そうな城門と、城門に辿り着くまでに邪魔になりそうな柵に照準を合わせた。
     砦の外の異変に気が付いたのか、複数の盗賊が様子を探りに城壁から外の様子を窺う様が見られた。
     レイヤはそれらを取り合えず無視をし、セットしてあったE・Cを起動。
     そして、発砲。
     レイヤが換装したマガジンは炸裂弾。

     ドガァァァァァ……ン……

     炸裂弾は轟音を発しながら、紅蓮の炎を着弾点周辺に撒き散らした。
     通常の炸裂弾だけなら、ここまでの威力はない。
     威力を向上させているのは、先程セットした炎の属性を持つE・C。
     炸裂弾本来の威力と、E・Cによって付加された炎によって、威力が通常よりも数段UPしているのだ。

     ダンダンダンダン……

     そんな轟音に構わず、レイヤは次々と『デット・アライブ』のトリガーを引く。
     『デット・アライブ』のマガジンの弾がなくなる頃には、辺り周辺は様変わりしていた。
     炸裂弾によって一つ残らず吹き飛ばされたのか、行く手を遮っていた柵は一つも見当たらず、また頑丈で在ったであろう城門は大きくひしゃげ、力なく砦内部えと倒れ込んでいた。
     様子を見に来ていた盗賊達の姿が見えないのは、他のと一緒に吹き飛ばされたのか、それとも慌てて逃げたのかのどちらかだろう。
     そんな周辺の有様にもレイヤは関心を寄せずに、慣れた手つきで『デット・アライブ』のマガジンを変え、E・Cを外した。
     傭兵達が魔装銃の威力に顔の表情を強張らせてい内に、続々と砦の内部から盗賊達が姿を現せた。
     その数はざっと200名。
     「では、あの人達を手早く片付けて、さっさと偽者の『ユナ・アレイヤ』の姿を見に行きましょう」
     目の前の盗賊達の人数など目に入っていないかのような態度でレオンが言った。
     それにレイヤは微かに頷くだけで答え、傭兵達はまだ気の抜けた顔で返事を返した。

     流石と言うべきであろうか。戦闘に入った途端に表情を一変させ、傭兵達はまさしく獅子奮迅の活躍をしてのけた。
     その中でも特に目立って奮迅しているのは、やはりと言うべきか、庸兵団団長のグレンだった。
     グレンは両手にバスターソードを握り締め、それを片手剣を扱うかのごとく軽々と振り回してのけた。
     グレンの剣が振るわれる度に、盗賊達からは苦痛の悲鳴と共に、血飛沫が舞った。
     グレンに負けるものかと云う如く、傭兵達も剣を振るった。
     その力量差は歴然で、一方的に傭兵達が盗賊達を駆逐して行った。

     そして、獅子奮迅の活躍をするグレンの更に上を行くのが、当然の事ながら近衛騎士団の一員であるレオンだった。
     レオンの剣技は、グレンとは対照的だった。
     グレンの剣技が力による物だとしたら、レオンの剣技は優雅に舞い踊る舞いその物だろう。
     盗賊達は見えない何かに魅せられるかの様に、自分からレオンの舞の中に入り込み、切られていった。
     レオンは優雅に舞い、そして返り血を浴びる事無く、次々と盗賊達を血祭りに挙げて行った。

     だがしかし、もっとも残虐なのはレイヤだろう。
     レイヤの指がトリガーを引く度に、最低でも一人の盗賊が死んでいった。
     時には、重なり合ったニ三人を同時に打ち抜いていった。
     レイヤが持つ『デット・アライブ』は、厚さ十五cmのコンクリートを貫通できるほどの威力を誇っている。
     そんな銃を、レイヤはその小柄な体で、片手で二丁も操っている姿は、まさに異様とも言えた。
     そんな威力の銃に人間が撃ち抜かれたならば、当然ただでは済まない。
     弾丸が当たった場所はごっそりと持っていかれ、手に当たれば手を、足に当たれば足を簡単に吹き飛ばした。
     その余りの威力とスプラッタ劇に、恐怖心に駆られた者達が数名その場を逃げ出そうと するが、その者達は優先的に撃ち殺されていった。

     戦闘開始から僅か数十分で、外に居た盗賊達を全て片付けたレオン達は、数人の傭兵を外に残して、砦内部へと足を踏み入れた。

     「此処か?」
     グレンが砦内部でも、最も凝った作りをしている扉を前にして口を開いた。
     「中に居た奴から聞いた話ではそうだ」
     レイヤはそう言うが、その話を聞いた奴は最早この世の者ではない。
     「此処でこうしていても始まりません。取り敢えずは中に入って確かめましょう」
     レオンが言うと、その場に居た者達は一同に頷いた。
     現在この場に居るのは、レオンにレイヤ、グレンの部下の傭兵三人だけである。
     他の者たちは、砦内部に居る盗賊の残党狩りを開始していた。

     ぐっと扉に当てた手に力を込め、グレンは扉を開いた。
     キィィィ……と云う扉軋んだ音と共に、扉が開かれた。

     扉が開いた部屋の中は、意外に広々としていた。
     縦横共に十五mほどの広さを有し、天上までの高さも三mほどはある、ゆったりとした石造りの部屋だった。
     その部屋の丁度真ん中辺りにその女の姿は在った。
     年の頃は、どう見ても30代前半にしか見えなかった。が、美人かと言われれば、10人中7は美人と答えるだろう。
     その女の姿を見た途端に、部屋に入ってきた全員の動きが凍り付いたように止まった。
     それを見た女は、自分に恐怖したのだろうと勝手に思い込み、その口元に笑みを浮かべた。
     だがしかし、それは自分の思い過ごしだと云う事を直ぐに理解した。

     「あん? ……前は暗くてよく判らなかったが、明るい所でよく見てみれば年増じゃねぇか。確か『ユナ・フレイヤ』は、まだ二十代前だって聞いた事があるが……」
     「え? 俺が聞いたところでは、実は300歳を軽く越す婆だって聞きましたよ?」
     「嘘を言うな。俺が聞いた話だと、まともに見れないような醜悪な顔だって聞いたぜ?」
     「俺は、ゴリラも真っ青なゴッツイ大女だって聞いたが?」
     「いやいや、俺が聞いたところでは、口からは火は吐き、腕には鱗が生え、足は四つもあり、竜のような尻尾があるって話だったが……」
     首を捻りながらそう呟いたグレンに続くように、他の傭兵達も次々に好き勝手な事を言い始めた。
     噂には尾ひれ背びれが付く物である。付く物ではあるのだが……後者に行くほど、話の内容が悪くなるのは何故だろうか?
     しかも最後のは、最早人間でもなかった。
     レオンがふと見てみれば、好き勝手に言われた女の顔は赤く染まっていた。
     それが羞恥心から来る物なのか、または無視された事から来る怒りなのかは判断は出来なかった。
     更に自分の傍らを見てみれば、レイヤが蹲り、プルプルと小刻みに震えていた。
     ふむ、とレオンは一つ頷くと、そっと三mほどレイヤから離れた。
     そのレオンの不可思議な行動に気が付いた者は、誰一人居なかった。
     そして遂に怒りがが頂点に来たのか、女が怒鳴った。
     「いい加減におしッ! このユナ・アレイヤ様を此処までコケにしてくれたんだ! 楽に死ねると思うんじゃないよッ!?」
     そしてその身から溢れ出す膨大な魔力。
     その魔力に居竦まったのか、傭兵達の体がピシリと岩のように固まった。
     その様子を満足そうに見た女だったが、それでも平然として一人離れた場所に居る男と、蹲っている外套の小男の姿が目に入った。
     「ふん、それでいいんだよ。あんた達なんかが、このユナ・フレイヤ様に逆らおうって事事態が、どだい無謀を通り越して無茶な話なんだよ。それより気に入らないねぇ……。そっちの私の魔力に怯えて蹲っている小男は良いとして、そっちの一人離れた所に居るお前の態度が許せないね。お前も他の男ども同様に、素直に怯えて見せたらどうだい?」
     挑発的な物言いをする女。
     だが、女が言った『私の魔力に怯えて蹲っている小男』に反応した人物が居た。
     小男と呼ばれたレイヤである。レイヤは女の言葉にピクリと反応し、そのまま動きが止まった。
     「ふん、まぁいいわ。このユナ・アレイヤ様直々にあの世に送ってあげるわ」
     女がそう言って魔力を手に込め様とした時に、ユラリとレイヤが立ち上がった。
     それに気を取られたのか、女は魔力を込めるのを止め、怪訝な表情でレイヤを見た。怯えていた奴が今更何をする? と考えたのだ。
     だがそんな女を無視して、レイヤは何事かを繰り返し呟いていた。
     そんなレイヤを見て、次に女が言い放った言葉が引き金を引いた。
     「はん、私の魔力の強大さを前にして、恐怖の余り頭が可笑しくなっちまったのかい?」
     その瞬間に、何かかプツリと切れる音を確かにレイヤは耳にした。そしてレイヤは、その口を覆っていたマスクを毟り取る様に剥がし、
     「殺す、殺す殺す、絶対に殺す! 私を馬鹿にしたお前を殺す! 私の名前を語ったお前殺す! そして何よりも、お前の所為でお義兄ちゃんを探す時間を無駄にさせたのは許せないから殺す! 楽に死ねると思うなよ! この年増!!」
     先程女が放った魔力を上回る魔力を放った。その衝撃に外套が外れ、真紅の目と真紅の髪が露になった。
     そしてその余りの魔力の量と密度に、放たれた魔力は物理的衝撃波を伴い、近くに居たグレン達は吹き飛ばされた。
     それを事前に知っていて一人離れたであろうレオンは、グレン達の無事を確かめる為に、グレン達が吹き飛ばされた場所へと足を向けた。
     「なっ! なんだいこの魔力は!? こんなの……ま、まさか!?」
     何かに気が付いたのか、傲慢な態度を崩さなかった女が初めてうろたえた。

     「大丈夫ですか? グレンさんに皆さん」
     相変わらずのほんわか口調を崩さないまま、レオンは無事を尋ねた。
     「あ、ああ。しかしどうなってんだ? っていうか、あいつ女だったのか?」
     ヨロヨロと立ち上がるグレン達を確認しながら、レオンはやや呆れた口調で、
     「本当に気付いてなかったんですか? あの人の名前は『レイヤ・アナユー』ではありません。あの人の本当の名前は、『ユナ・アレイヤ』です。彼女こそが、本物の『ユナ・アレイヤ』なんですよ」
     もっとも、偽名のセンスはどうかと思いますがね。と言うレオンの言葉は聞こえなかった。
     何故ならばグレンは、いや、グレンの部下達もだが、自分達が先程口にしたユナの噂を思い出したからだ。
     それは即ち、本人が居る目の前で、本人の悪口を言った事に他ならない。
     その事実にグレンは、怒りに燃えるユナの姿を視界に納め一言、
     「俺ら……死んだかもな……」
     力なく呟いた。
引用返信/返信 削除キー/
■42 / inTopicNo.4)  捜し、求めるもの 第二幕 後編
□投稿者/ ルーン -(2004/11/11(Thu) 23:58:05)
    2004/11/13(Sat) 15:38:45 編集(投稿者)

     「ば、馬鹿な! 何故本物の『ユナ・アレイヤ』が此処に居る!?」
     混乱する女にユナは絶対零度の眼差しを向けて一言、
     「何故ですって!? お前の所為でしょうが!!」
     「ど、どういう……」
     女が言い切る前に、ユナは怒りを多大に含ませた声を上げた。
     「お前が私の名前を語って大それた事をするから、近衛騎士団が動いたんでしょうが! 三流なら兎も角、下手に一流だから手におえない。少しは私の事情も考えてよね!? 宿で気持ちよく寝ていた所を、いきなり来たレオンに叩き起こされるわ。国王命令だとか言って、強制的に私にお前の討伐を手伝えって言うし。おまけに何で私の居場所が分かったのかって聞けば、国王がくれた二丁の魔装銃には、元々盗難防止の為の発信機が付いてるって言うし。なにより最も許せないのが、お前程度の所為で、お義兄ちゃんを探す旅に支障が出たのが一番許せないわ!」
     明らかに蔑む言葉に、女が反射的に言い返した。
     「なによ小娘が! 例え本物の『ユナ・アレイヤ』だろうが、女の色気も無い小娘に其処まで言われるのは頭に来るね!」
     確かに女としての色気だったら、ユナよりも女の方が年が上だけあり、ユナでは勝てそうも無かった。
     女の言葉に怒りで身を震わせて、女の体を睨み付けていたユナは、ある一点で視線が止まった。
     その次の瞬間には、ユナの体からは怒りが消え去り、変わりに目が哀れみの目になっていた。
     「な、なんだい……?」
     そんなユナを不審に思い聞いてみれば、ユナは一言、
     「ぺチャパイ」
     ピキ……
     そんな音と共に、女の動きが止まった。
     そして顔の色が真っ青になり、続いて真っ赤になったかと思えば、怒声を上げた。
     「な、なんですって! この色気の欠片も無い小娘がぁぁぁーーー!!」
     そんな怒声にもユナの目からは哀れみの色は消えずに、また一言、
     「女としての色気は年を重ねれば増すもの。けど、あなたの胸が大きくなる可能性はもう絶望的ね。私の胸はまだ大きくなるだろうけどね」
     女はそのユナの言葉を聞くと、ガクリと膝を落とし、石畳に座り込んだ。
     確かにユナの言うとおり、ユナには将来があるが、女には最早絶望的な未来しかないであろう。
     そして、それが女にとって最大のコンプレックスだった。女の唯一と言っていい欠点……それが胸が小さい事だった。
     スレンダーと言えば聞こえはいいが、その胸はまるっきり成長していないんじゃない? と言いたくなるほど、どんなに凝視しても膨らみが確認できなかった。
     そんな女として打ち負かされた女に、ユナは容赦なく攻撃を仕掛けた。
     ユナは手に火球を生み出したかと思うと、女に向けて投げつけた。

     ドォォォ……ン……

     腹の底に響くような爆音が響き、勝負は付いたかと普通なら思うところだが、ユナは一寸も油断はしていなかった。
     火球が女に届く前に、壁のような物に当たって炸裂したのを見たからだ。
     そして、そんな事が起こる原因をユナには心当たりがあった。
     事実、煙が覆っている向こう側から笑い声が聞こえた。
     「おーほっほほほほ、流石はユナ・アレイヤと言ったところかしら? あんな短い間で、これほどの炎系魔法を繰り出すなんてね。でも、少し私を甘く見すぎね。……これでも喰らいなさい!」
     台詞が終わると共にユナへと襲い掛かって来たのは、先程ユナが投げた火球と同じ魔法だった。
     ユナはそれを横に跳躍する事で交わした。
     火球は先程までユナが居た地点を直撃し、また爆音を轟かせた。

     「どうしたのですか? 無防備な敵を貴方が一撃で決め損なうなんて……」
     すぅっとユナの横に移動して来たレオンが、不思議そうな顔で尋ねた。
     それにユナは少し緊張した面持ちで答えた。
     「少しアイツを甘く見ていたみたい。アイツ、確りと魔法陣を描いていたみたいね。しかもかなり強力な奴をね」
     そう言うユナの視線の先には、薄っすらと石畳が光り輝いていた。
     「破れますか?」
     レオンは現状を正確に把握する為に、冷静にユナに意見を求めた。
     ユナは室内に目を走らせ、続いて女が張った魔法陣を注意深く観察した。
     「現状では少しきついわね。魔法であったら、この砦を壊すぐらいの威力じゃないと無理だわ。かと言って、物理的な力だともっと無理ね。あの女、意外にマメなのか姑息なのか、魔法と物理両方にかなりの耐性を持っている魔方陣を描いてるわ。多分、かなり前から描いていたわね。アレだけの魔方陣だと、一時間やそこらだと描けないもの」
     「では、いつあの魔方陣の効果は消えるんですか?」
     「あの魔方陣の構成を見る限りでは、ざっと二三日は持つわね。それとも、あの女に魔方陣を消して貰う様に頼んでみる? 無駄でしょうけどね」
     「何か他に対処法はないんですか? 例えば、貴方の魔法であの魔方陣の効果を打ち消すとか……」
     「難しいわね。二流三流が描いた魔法陣なら兎も角、アイツが描いた魔法陣の構成はかなりのレベルだわ。そもそも魔法陣の特徴は、一度発動してしまえば、使用者の魔力を必要としないのよ。あの魔方陣を構成している文字の一部には、魔法陣自体が大気中からマナやエーテルを吸収して、魔法陣の維持に充てると云う物が必ず含まれているの。そして魔方陣を構成している文字が緻密で多ければ多いほど、その魔法陣自体の性能も上がるのよ。もっともその分、魔法陣を描く事自体に多大な時間が掛かるから、実戦向きじゃないの。逆に言えば、魔方陣を描く時間さえあれば、アレほど有能な魔法は他には無いわ」
     女が放つ魔法の爆音が響く中、二人は冷静にそんな会話をしていた。
     「ふむ、では打つ手は無しですか?」
     対して困ったふうにも見えない様子でレオンは言った。それにユナは首を振り、
     「言ったでしょう? 私なら砦ごとあの魔方陣も吹き飛ばせるわ。もっとも、そんな簡単には殺さないけどね。私を怒らせたんだから、楽に一撃では殺さないわ。じっくり、いたぶって殺してやるんだから」
     そのユナの台詞を聞いて、レオンが肩を竦ませた。
     表情には出さなかったが、内心では「これではどちらが悪者か分かりませんね」と思っていた。
     「それに魔法陣には、幾つか欠点があるのよ」
     「欠点……ですか?」
     先程まで考えていた事を表情と声には微塵も出さずに、レオンは聞き返した。
     「そうよ。魔方陣には三つの欠点があるの。一つ目はさっきも言ったけど、魔方陣を描く事に時間が掛かること。二つ目が、魔方陣を構成する文字が間違っていたりすると、期待通りの効果を発揮しないどころか、下手をすれば発動もしないこと。そして、私が狙うのは三つ目―――……よ」
     女が放った魔法による爆音で、微かにしか聞こえなかった三つ目……。
     だがしかし、そんな事が可能なのだろうか? そんなレオンの疑問を察したのか、
     「忘れたの? 私が国王から貰った二丁の魔装銃の特性を?」
     そしてレオンは思い出した。ユナが持つ、この世に二つしかない魔装銃の特性を。
     「では……」
     「ええ、後は任せて」
     二人は頷きあって、二手に分かれた。
     レオンは部屋の隅で本物の『ユナ・フレイヤ』に怯えているグレン達の元へ。
     ユナは、この戦いの決着を着ける為に。

     「決着つけるわよ! 年増のオバサンッ!!」
     ユナのその言葉に反応して、女が言い返す。
     「誰がオバサンよ?! この乳臭い小娘が!!」
     「誰が乳臭い小娘ですって?! このぺチャパイ!!」
     「んなっ!?!!」
     売り言葉に買い言葉。
     言い合いながらも、魔法を打ち合う様は流石と言うべきなのだろうが……いかんせん、緊張感が著しく欠けていた。
     「このっ! 本物のユナ・アレヤだからって調子に乗るんじゃないわよ! この魔法陣がある限りは、私の方が絶対有利なのは覆せないのは事実! 偽者が本物を超えられないと誰が決めた!? 私は今、お前を超えてやる!!」
     「はん、お前には無理よ。何故なら、お前は此処で死ぬんだからね」
     そう言ってユナは、手印を切りながら呪文を詠唱し始めた。
     「炎よ、その身を幾多の業火の剣と化し、我敵を射殺し、焼き滅ぼせ!」
     「なっ!? その呪文は!! くっ! 炎よ、我は願い奉る! その偉大なる力の元、我に仇名す全ての炎から守り賜え!」 
     ユナの詠唱を聞き、その呪文に心当たりがあるのか、慌てて防御呪文を詠唱する女。
     呪文の効果か、女の身から炎が溢れ出し、女の体を守る様に炎の衣となった。
     そして次の瞬間に、ユナの呪文も完成した。
     「汝には、如何なる距離も障害も無し!!」
     その瞬間、女の魔法陣内部に、二本の炎の剣が出現した。
     炎の剣は女に狙いを定めると、女を射殺そうと飛翔した。
     だが、女の体を守る炎をの衣は、そうはさせじと炎の剣に巻きついた。
     炎の剣と炎の衣。
     二つの炎の力は互角なのか、互いに一歩も譲らずに、空中で鬩ぎ合った。
     結果―――
     パキィィィ……ン……と云う澄んだ音と共に、二本の炎の剣と炎の衣は砕け散った。
     「流石は『ユナ・フレイヤ』ね。……まさか空間設定型魔法を使うなんて……でも、惜しかっわね。もし私が魔法陣に、対空間設定型魔法の文字を組み込まなかったら、数十本の炎の剣が私の周りを囲んで、刺し殺していたのにねぇ? 本当に残念だねぇ。いくらアンタでも、これ以上強力な空間設定型魔法は使えないだろう? これで、私の勝ちは決まったね」
     女が勝ち誇った口調で言った。

     通常は術者自身の手か、術者が手にしている武器の先端からでしか発動はしない。
     だがしかし、女が言った『空間設定型魔法』はその名の通り、術者が好きに魔法の発動場所を選べる魔法の事である。
     勿論、『空間設定型魔法』のも制限はあり、魔法具現化可能範囲は、最長でも術者の視界が届く範囲である。
     そして『空間設定型魔法』の中では、もっともユナが好んで使う魔法である。

     (ユナ・アレイヤに勝つには、通常の方法ではダメね。だとしたら……)
     女は一瞬の内に作戦を決め、実行に移した。
     「魔方陣内部に溜まったマナとエーテルを圧縮……。それをユナ・アレイヤに向けて解き放つ!!」
     女が圧縮したマナとエーテルは、圧縮から開放された勢いそのままに、ユナへと襲い掛かった。
     「くっ……」
     とは言っても、何も細工のされていない物である。それでけではユナを傷付ける事は出来ない。
     だがしかし、ユナの体勢を崩すには十分な衝撃波だった。ユナが体のバランスを崩し、石畳の上に膝を付いた。
     「我が放つは火竜の息! 炎よ、全てを焼き尽くす火炎の息吹となれ!!」
     これは、女が使える中では最強の炎系魔法だった。
     女が放った魔法は、まさしく火竜のブレスの如く、石畳を溶かしながらユナへと迫った。
     タイミング的に、回避は間に合わない。ユナは両腕を二丁の魔装銃へと伸ばし―――

     火炎がユナを飲み込む様を見届けた女は、高笑いを上げた。
     「あは、あはは、あはっはははははは!! 遂に、遂にユナ・アレイヤを殺したわ!! これで、これで私が最強の炎系魔法使いよ! 何が、何が僅か15歳で炎系魔法を極めた天才魔法使いよ。私の手に掛かれば、ただの乳臭い小娘じゃない!!」
     だが其処まで言ったところで、ピタリと女の哄笑がやみ、ユナが居た地点へと視線を向けた。
     まだ其処は、炎が渦巻いていた。
     「そうね、相手はあのユナ・アレイヤだったわね。念には念を入れて、止めを刺しておきましょう」
     女はそう言うと右手を天に掲げ、火球を作り出した。
     「これで本当にさよならね。バイバイ、小娘」
     女は掲げていた手を振り下ろす―――

     ボン……

     そんな軽い何かが破裂する音がして、そして―――

     「あ、あああ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!」
     女は喉から苦痛の声と、信じられぬ物を見る目つきで、己の二の腕の半ばから無くなっている右腕を見つめた。
     その右腕からは、噴水の様に血が溢れ出した。
     そして、女が作り出した火球は制御を失い、女自身を焼いた。
     「がぁぁぁ!!」
     女は苦痛の中、魔法を制御。何とか右腕を焼くだけで済んだ。
     そして幸いにも、傷口が焼けたお蔭で、右腕でからの出血は止まった。
     荒い息を吐き、女はユナが居た場所を睨んだ。何かあるとすれば、其処しか考えられなかったからだ。
     そしてその予想は当たり、炎の中から二丁の魔装銃を手にしたユナが姿を現した。
     ユナが着ている服は所々が焼け爛れていたが、ユナ自身には火傷の跡は見当たらなかった。
     「な、なぜ……」
     女は痛みから来る苦痛の所為で、それだけを言うのがやっとだった。
     「ああ、何も言わなくってもいいわ。何を聞きたいか分かってるから。私が無事な理由と、何故魔方陣が破られたのかでしょう?」
     ユナは銀色に鈍く光る魔装銃、『デット・アライブ-01』と黒光りする魔装銃、『デット・アライヴ-02』を女に見易いように前に出し、
     「この二丁の魔装銃は国王から貰った物なんだけどね。二丁とも、魔科学を研究中に精製できた希少金属で出来ているの。その希少金属の所為かどうかは知らないけど、この二丁の魔装銃にはある特性があるのよ」
     「……特、性……?」
     「そう、特性。『デット・アライヴ-02』……黒い方ね。それには、私が特定の魔力を流し込むと、魔力壁を作り出すの」
     そう言って、魔力を『デット・アライヴ-02』に流し込んだユナ。
     すると、確かに『デット・アライヴ-02』の銃口の前方には、魔力壁が現れた。
     「これは、私が流し込む魔力の量によって強度も大きさも変わるわ」
     そう言って、魔力壁の大きさや強度を変化させていく。
     「さっきの魔法はこれで防いだの。タイミング的に魔法で防いでも、無傷ではいられなかったからね」
     今度は『デット・アライブ-01』を魔方陣を構成している文字に銃口を合わせた。
     「こっちの『デット・アライブ-01』にも、特定の魔力を流せば、特定の弾丸かE・Cを使用すると―――」
     ―――発砲。
     すると、頑丈なはずの魔法陣の結界を突き破り、魔方陣を構成している文字を打ち抜いた。
     打ち抜かれた場所は、どれほどの威力が込められていたのか、大きな穴が出来た。
     そして、魔方陣を構成する文字が崩されると、あれほど強固だった結界が、嘘のように消え去った。
     「―――っ!!」
     それに顔を強張らせる女。そして女は理解した。これで、さっきは自分の腕を吹き飛ばしたのだと……
     「今使用しているのは、魔力弾。何故だかは知らないけど、私が魔力を込めると、通常の数倍も威力が上がるの。でなければ、あの結界を打ち抜くには辛かったでしょうね」
     「……なるほどね。そんな隠し玉があったなんてね……。もういいわ、殺しなさい」
     ユナに勝てない事を悟ったのか、諦めた様に全身の力を抜き、石畳に横たわった。
     「ええ、もちろん。最初からそのつもりよ」
     ユナは罪悪感も感じていない口調でいった。
     すると女は僅かに苦笑し、
     「じゃあね、乳臭い小娘」
     「ええ。じゃあね、ぺチャパイオバサン」
     そして二丁の魔装銃から放たれた弾丸は、女を打ち抜いた。
     「……そう言えば、名前聞くの忘れてたわ」
     そう言ってユナはポリポリと頭を掻きながら、出口へと向かった。
     すでに外で待っているであろう、レオンの元へと―――
     ユナが立ち去った後に部屋に残ったのは、性別さえ判断出来ないほどに壊された、一人の人間の遺体だけだった。


     街道沿い―――
     ユナとアレンは、『ミルス』から伸びる街道を歩いていた。
     事後処理をさっさと済ませた二人は、そうそうに『ミルス』を後にしたのだ。
     その主たる理由が、本物の『ユナ・アレイヤ』におっかなびっくりしながらも、遠巻きに観察する町の人達にユナが切れかけたのが原因だったのだが。
     「では、ご苦労様でした。これが今回の報酬です」
     そう言ってレオンが取り出したのは、お金が入った袋と、数個のE・Cが入った小箱である。
     ユナは宮廷魔法使い入りを謝絶した後も、謝絶した際に何故か国王に気に入られ、度々国王や国からの依頼を受けているのだ。
     「どうも。あ、後国王に、これ役に立ってるって言っておいて。私がお礼を言っていたって」
     謝絶した際に何故か非常に気に入られたユナは、二丁の魔装銃もその際に国王から贈られたものだった。
     ちなみにユナが貰った魔装銃は、他の魔装銃に比べて製造費が恐ろしく高かった。
     その為にコスト的にも考えても、今後作られる事は無いであろう。その為に、現存するのは現在ユナが持っている二丁だけである。
     ちなみに制作スローガンは、制作費は無視して、軽くて頑丈で扱い易くて、威力は抜群。ついでに女の子でも、片手撃ちができればなお結構……だったそうだ。
     結果は見ての通りで、二度と作ろうとは思わないほどお金が掛かったらしい。
     「分かりました。それでは、失礼します」
     そう言って丁寧にお辞儀をしたレオンは、王都へと帰って行った。
     ユナはユナで、義兄を探す旅に戻った。
     「もう、お義兄ちゃ〜ん!! 一体何処にいるの〜〜〜?!」
     夕暮れの空に、ユナの声が木霊した。



     その頃、義兄は薄暗い森の中―――

     「ん? 今、ユナの声が聞こえた様な気が……気のせいか。せいやっ!」
     右手に握っていた連接剣を振り回し、寄って来た魔物を数体切り飛ばした。
     今、義兄の前には、魔物、魔物、魔物。見渡す限りの魔物の群れ。
     その一番奥に、真祖のヴァンパイヤが控えていた。
     何故こんな所に真祖が? と思わずには居られないのだが、答えは簡単。
     義兄が、その真祖の縄張りに入り込んだからだ。正確には、道に迷っている内に、迷い込んだのだが。
     ちなみにこの吸血鬼君、真祖だと自分では言ってはいるが、実際は真っ赤な嘘である。
     ただ単に、覚醒遺伝子、あるいは先祖還りをした人物である。
     その為だろうか、力だけは限りなく真祖に近いヴァンパイアであった。

     そんなこんなで、今、義兄は大ピンチ中。
     「E・C起動! うぉぉぉおおおっ!! 全員纏めてくたばれぇぇぇえええ!!」
     体全体を捻り、遠心力を利用しての斬撃。義兄が使用したE・Cは風属性の物。
     連接剣が纏った風は、その斬撃をより鋭くし、触れる物全てを切り飛ばした。
     「でやぁぁぁ!!」
     一回転を終え、二回転目には、剣に纏った風を開放。
     刃と化した風は、義兄を中心として、伸びた剣が届かない所に居る敵を切り飛ばした。
     「俺は、俺はこんな所で死ねない! 俺は再びユナに笑顔を取り戻させるその日までは、死ねないんだぁぁぁっ!!」
     鬼神と化した義兄は、群がる魔物を蹴散らし始めた。
     それを見ていた真祖がポツリと漏らした。
     「奴は本当に人間か?!」
     チョッピリ、逃げ腰気味の真祖だった。


     現在の義兄の位置―――
     故郷から直線距離で137km
     果たして義兄は、無事自力で帰郷できるのか!?



     次回予告―――

     次回予告は俺っチ、マオ様がやるのだー!
     んー? 関係ないやつがいるってー?、何故かだってー? それは俺っチの魅力に取り付かれた奴が居るからだー!!
     ではー、いくぜぇー!
     次回、『捜し、求めるもの』
     嘗て義兄が迷い込んだ薄暗い森の中ー、ユナは新たな仲間を得るかもなー?
     予定は予定であって、未定なのだぁー!
     そこんところー、宜しく―!!
引用返信/返信 削除キー/
■48 / inTopicNo.5)  捜し、求めるもの 第三幕 その@
□投稿者/ ルーン -(2004/11/15(Mon) 22:58:32)
     「確か……こっちのはず何だけど……」
     ユナは地図とコンパスを片手に、周りを見渡した。
     「お義兄ちゃんが最後に目撃された場所か……」
     ユナは地図へと目を落とし、数日前のことを思い出した。



     「ああ、もう。今日もお義兄ちゃんの行方の手掛かりはなしかぁ」
     はぁ、とユナは溜息を一吐き。
     義兄を捜し求めて、どれ位の時が経ったであろうか。
     一ヶ月二ヶ月ですまないはずだ。
     ユナは、最近は時が流れるのを早く感じる。
     それも、義兄の身が大丈夫か分からない上に、行方の手掛かり一つ見つからない所為だろう。
     そんな現状に気持ちばかりが焦り、成果が一向に実に結ばない現実にも、ユナは少し参っていた。
     と、ユナは首を振り、弱気になっている自分を戒めた。
     「今日の聞き込みは、日も暮れてきたしここまでね。宿にでも戻ろう」
     そう言ってユナは、ここニ日ほど利用している宿へと足を向けた。

     ざわざわと五月蝿い店内。
     ユナが泊まっている宿は、二階が宿屋。一階が酒場兼食堂となっている。
     その為か、夕暮れ時ともなると酒を飲む為に、多くの客が店へと足を運ぶのだ。
     そんな店内は、客の注文取りに料理や酒を運ぶウエイトレスが、忙しそうに動き回っていた。
     ユナは店内を見渡し、カウンター前の席が空いているのを見付けると、席へと向かった。

     「マスター、ビーフシチューセット一つに、オレンジジュース頂戴」
     「おう、少し待ってな。カウンター席にビーフシチューセット一つに、オレンジジュース注文入ったぞー!」
     ユナにマスターと呼ばれた30歳後半ぐらいの男は、厨房に向かって叫んだ。
     「は〜い。カウンター席にビーフシチューセット一つに、オレンジジュースですね〜。少々お待ちくださ〜い」
     厨房から、元気が良い返事が返ってくる事、約五分。厨房からウエイトレスの一人が出てきて、
     「お待たせしました〜。ビーフシチューセットにオレンジジュースです。ごゆっくりどうぞ〜」
     にこやかに笑いながら、湯気を上げる料理をユナの前へと置いた。
     「ありがとう」
     ユナが礼を言うと、ウエイトレスはお辞儀をしてから、仕事へと戻っていった。



     「で、兄貴は見付かったのか?」
     マスターはユナが食事を終えた頃を見計らって尋ねた。
     ユナは情報収集の一環で、マスターにも義兄の事を聞いたのだ。
     その事を聞いたマスターは、ユナが滞在している期間、酒場と宿屋の目立つ所に義兄の写真を貼り付けて、情報収集の手助けすると申し出てくれたのだ。
     その申し出をユナはマスタ―に感謝し、快く受け入れた。
     「そうか、今日もダメだったか……。すまないな、こっちもダメだった」
     ユナが首を振るのを見て、マスターもまた力の無い声で答えた。
     ユナは、明日も情報が何も無かったのなら、明後日にはこの町を出て行こうと決めていた。
     そして、その事をマスターに言おうと口を開こうとした、まさにその時だった―――
     「あの―――……」
     「ん? この兄ちゃん、どっかで見た気がするな……。はて? 何処だったか……」
     突然ユナの隣の席に座っていた商人風の男が、カウンターの横の壁に貼ってあった義兄の写真を見てそう口にした。
     その言葉にユナは勢いよく振り向き、そして―――
     「何処!? いったい何処でお義兄ちゃんを見かけたの!? さっさと言いなさい! ほら、早く!!」
     男の服の襟首を掴み、グッと持ち上げて、前後に激しく揺さぶった。
     「ぐぇ、ちょ、ちょっと、ぐえ、くる、苦しい。くる、くる……しい……」
     襟を強く捕まれ、前後に激しく揺さぶられた男は、息が出来ないのか、顔を真っ赤にしながら苦しそうにうめいた。
     「なに? 何言ってるのか聞こえないわよ? ハッキリ喋りなさいよ!」
     更に強く男を揺さぶる。普段のユナならばこんな失態はしないのだろうが、やっと掴んだ義兄の手掛かりの為か、普段の冷静さは微塵も無かった。
     それに慌てたのがマスターだった。
     「ちょ、ちょっとユナちゃん! そんなに強く襟を掴んで揺さぶってたら、喋るに喋れないって!!」
     マスターのその言葉に、ハッと気がついて、ユナは男の襟を放した。
     急に襟を放された男は、ドスンっと床に尻餅を付いた。
     「ぜーは―、ぜーはー、し、死ぬかと思った……」
     床に尻餅を付いたまま息を整え、
     「な、なんなんだ、いきなり……」
     少しは落ち着いたのか、ユナを怨めしそうに見つめ、ゆっくりと椅子に腰を降ろした。
     「すみません。ずっと捜していた義兄の事を知っているみたいのでしたので、つい……」
     自分のやった事を自覚して、申し訳無さそうに男に謝った。
     「大丈夫か? まぁ、この娘にも悪気があった訳では無いんだ。ずっと捜していた義兄の情報をお前さんが持っているって知って、ついかっとなっちまただけなんだ。許してやってくれ」
     そう言ってマスターがフォローした。
     それを聞いた商人風の男は、
     「まぁ、そんな事情じゃ仕方がないな。でも、今度からは気を付けるんだよ、お嬢ちゃん」
     そう笑って許した。
     そんな男にユナは、もう一度頭を下げた。

     「っで、お義兄ちゃんのコトなんですけど……」
     先程の事もあってか、少し聞きづらそうに男に尋ねる。
     「ああ、そうだったな。ん〜、あれは確か……そうそう、思い出した! 霧の森に入って行くのを見かけたんだった!!」
     男はぽんっと手を叩いた。
     「霧の森……? それは何処にあるんですか?」
     聞いた事の無い地名に、ユナは首を傾げた。
     「この町から、ざっと三日ほど北に行った所だな。けど、行かない方が良いと思うぜ?」
     「何故ですか? 何か理由でもあるんですか?」
     ユナの問い掛けに男は、「ああ」と頷き、
     「あそこには、真祖のヴァンパイアが居るって言う噂なんだ。それだけじゃなく、魔物も多く生息している、危険地帯なんだよ」
     その危険地帯という言葉に、ユナはピクリと反応した。
     「そんな危険地帯なら、どうしてお義兄ちゃんが森に入って行くのを止めてくれなかったんですか!?」
     「とは言ってもだな、あそこは魔物が多く生息しているから、剣士とかには絶好の修行場なんだよ。もっともそれだけに、熟練者でも二の足を踏むんだけどな。それで何故止めなかったと聞かれれば、あの兄ちゃん、迷う素振りも見せずに森に入っていったからな……。そんな修行者の一人かと思ったんだが……」
     思わず怒鳴り声を出したユナに、男はすまなさそうに言った。
     「〜〜〜っ!!」
     それを聞いたユナは、思わず頭を抱え込んだ。
     迷う素振りも見せなかったのではなく、迷っていたからこそ、森に入っていったのだと理解していしまったから。
     「いえ、怒鳴ったりしてすみません。おじさんには関係のない事でした。全てお義兄ちゃんが悪いんですから……」
     「で、どうするんだい? ユナちゃん」
     頭を抱え込んだユナを不思議そうに見つめながら、マスターがユナに尋ねた。
     「そうですね……、明日の午前中にでも旅の準備を整えて、午後には出発します」
     「そうか……、気を付けろよ」
     「はい、マスター。おじさん、情報ありがとうございます」
     「いやいや、大して役に立てなくてすまなかったね。お嬢ちゃん」
     ペコリと頭を下げたユナに、男は慌てたように言った。
     「それじゃあ明日は早そうなので、この辺で失礼します」
     「ああ、お休み」
     二階の自分の部屋へと帰っていくユナに、マスターの声が届いた。

     そして翌日。午前中に準備を整えたユナは、予定通り午後には町を出て、物語は冒頭へと戻る。



     「あ、あれね、きっと。何かお義兄ちゃんの情報があればいいんだけど……」
     そう言ってユナは、森へと足を踏み入れた。
     ユナを見つめる、金色に輝く一対の目に見られながら。
     そしてそれにユナは、結局は気付く事はなかった。



     次回予告―――

     次回予告はまたまた俺っチ、マオ様がやるのだー!
     予定ではー、今回も三部作になるそうだー!
     今回からはー、短く刻みたいそうだー。
     どうなるかはー、俺っチには分からないがなー。
     ちなみに仲間が増えるのはー、次回だそうだー。
     前回のはー、見事に外れたなー。
     懲りずに今回もいくぜぇー!
     次回、『捜し、求めるもの』
     金色に光る双眸ー、そは巨躯なる狼かもなー?
     予定は予定であって、未定なのだぁー!
     そこんところー、宜しく―!!
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■61 / inTopicNo.6)  捜し、求めるもの 第三幕 そのA
□投稿者/ ルーン -(2004/11/20(Sat) 11:45:48)
     欝蒼とした森の中をユナはひたすら歩き続けた。
     呼吸をするたびに感じる木々の匂い。
     感じる草木の匂いは、今までに感じた事のない程濃い物だった。
     周囲は木々が生い茂り、光が射さなく薄暗い。
     薄暗い森の中は、普通ならば、唯それだけで人の恐怖心を煽る。
     だがそんな事は微塵も感じさせず、ユナは森の中を歩いていった。
     今ユナが居る場所は、森の中でも入り口付近。
     森は霧の森と呼ばれているが、霧が何時も立ち込めているのは、森の中心部分。
     噂の真祖の吸血鬼が居るとされている場所だけである。
     その森の中心部も、何故か先には進めない。何時の間にか、霧の外へと出てしまうのだ。
     それは吸血鬼による魔術とか何とか言われているが、原因はハッキリとは分かっていない。
     中には稀に霧の中を進める者も居たが、その大部分は二度と霧の外へとは帰ってこずにいる。
     また帰って来れた者も、『吸血鬼、真祖の吸血鬼が出た』としか語ろうとはしなかった。
     ユナが目指しているのは、そんな森の中心部分。噂の真祖の吸血鬼が居るとされている場所である。
     迷う事に関しては、最早神業的とも言って良い義兄である。ユナは義兄ならどうせ迷って、その噂の真祖の吸血鬼の住処まで迷ったに違いないと睨んだのである。
     ユナは脇にぶら下げている、二丁の魔装銃をそっと撫でた。
     今、『デット・アライブ-01』には魔力弾が。そして『デット・アライヴ-02』には、通常弾が装填されている。そしてE・Cは、二丁とも風のE・Cがセットされていた。
     何故風のE・Cかと言えば、周囲が木々に囲まれているからである。
     ユナと一番相性が良いE・Cは、勿論炎のE・Cなのだが、もし炎のE・Cをセットして使用したならば、森が火事になる危険性が非常に高い。
     その為に今のユナは、森に比較的被害を与えないE・Cと、魔法しか使用できない状態だった。
     最大の武器である炎系の魔法や弾丸、E・Cを使用できないのは確かに痛いが、それを補うだけの知識と武器をユナは持っていた。
     本来なら、魔装銃のどちらかには水のE・Cをセットしておきたかったのだが、それはもしもの時には、対吸血鬼戦の切り札的な存在になる為に温存しておきたかった。
     それは吸血鬼の弱点に、流れる水には弱いと言う事柄があるからだ。
     その他にも幾つかの弱点はあるのだが、今のユナには水と云う弱点が一番突き易かった。
     その為に、吸血鬼の根城に着くまでは、水のE・Cを温存いておく事に決めたのだ。

     ドォォォ……ン……
     『デット・アライヴ』独特の発射音が森に響いた。
     そして森の大地に倒れ伏す一体の魔獣。
     ユナは辺りに魔獣などの気配が無いのを確認すると、
     「ふぅ、本当に魔獣が多いわね、この森は」
     そう溜息を漏らしながら、ユナは素早く『デット・アライヴ-02』の残弾を確認した。
     残弾が心細いのか、ユナは肩に掛けていたバックの中から、箱に入っている通常弾を取り出し、弾倉へと装填した。
     もちろん腰のポーチや、ベルトや外套の内ポケットにもE・Cや様々な種類の弾丸が詰まった弾倉もあるのだが、それらは戦闘時や緊急時の時に素早く入れ替える為である。
     普段は、こうしてバックの中からE・Cや弾倉、それにバラの弾丸を取り出して補充している。
     弾丸を補充し終えた『デット・アライヴ-02』を、脇に吊るしてあるホルスターへと仕舞った。
     弾丸が入っている箱を素早くバックへと片付けて、肩に掛けるとユナは足早にその場を後にした。
     これは、先程撃ち殺した魔獣が流している血の匂いに惹きつけられて、集まってくる他の魔獣との遭遇する危険性を少なくする為だった。

     歩き疲れたユナは森の開けた場所が見付かると、簡単な魔法陣を描き、そこで休憩する事にした。
     水筒から水をコップへと注ぎ、バックの中から保存食を取り出し食べ始めた。
     火を使わないのは、万が一にも火事を起こさない為と、この場で野宿をする気も無かったので、火の後始末をする手間を省く為だった。
     簡素な食事は直ぐに終わり、ユナは食後の休憩をしていた。
     休憩といっても魔道書を読むなどして、自分を高める事に費やしていた。
     15歳と云う年齢で炎系魔法を極めたのは、ユナ自身の才能と暇な時間を有意義に過ごしてからである。
     学園を卒業した今も、それは変わりなかった。
     パラパラ……とユナが魔道書のページをめくる音だけが静かな森に鳴り響いていた。
     そんな時だった―――
     ザン……
     と云う何かが草木を踏む音に、ユナが音のした方へ目を向けてみると、其処には一体の白狼が佇んでいた。
     それも唯の白狼ではない。
     全長が3〜4mはあろうかと云う、巨大な体躯を持った白狼だった。
     その体は新雪の様な真っ白な毛に覆われ、その双眸は金色に輝いていた。
     その金色に輝く瞳もどこか知性を感じさせ、一見しただけで魔獣とは別格の物と感じさせた。
     それだけではなく、その白狼は何処か高貴ささえも感じさせた。

     「汝ハ何者ダ?」
     「はい?」
     突然口を開いたと思えば、人語を目の前の白狼が喋った為に、思わず間抜けな言葉が口を出た。
     そんなユナには構わずに、白狼は淡々とした口調で話し掛けてきた。
     「汝ノ身カラ、強大ナ魔力ヲ感ジル。汝ハ何者ダ?」
     その言葉にユナは首を傾げ、考える事数瞬。
     「あ〜、何で狼が喋れるかは一先ず置いといて、他人に聞く前にまずは自己紹介しなさいよ」
     「フム、中々面白イ娘ダ。我名ハ『アナベル・キリ・フォロス・スタッド』。誇リ高キ天狼族ガ最後ノ一頭ダ」
     「ちょっと待って! 今、天狼族って言った!?」
     目の前の白狼から、聞き捨てならない言葉を耳にしたユナは、思わず聞き返した。
     そんなユナの反応に、白狼は面白そうに顔を歪め、
     「ホウ、マダ年端モイカヌ人間ノ娘ガ、我等ノ事ヲ知ッテイヨウトハナ。然リ、我ハ天狼族ガ最後ノ一頭ナリ」
     「まさか……そんな……。でも、確かに人語を理解するなんて天狼族でもないと……」
     ユナは唖然と自らを天狼族と名乗った白狼を見据えた。

     天狼族―――
     それは、遥か古より存在していたとされる種族。
     その期限は、古代魔法文明が存在していた頃には、既に確認されている。
     一説には、人類が発祥する遥か以前からこの大地に生息していたとされる。
     その身は最も精霊に近い種と言われている。
     もっともここ数百年は、人前に現れる機会も殆どなく、幻の種族。
     或いは、既に絶滅した種族と言われていた。
     そして今、目の前に居る白狼の言葉を信じるならば、彼(彼女)こそが最後の一頭だと云う事になる。

     「ソレデ、我ハ名乗ッタノダカラ、次ハ汝ノ番デハナイノカ?」
     ユナの心情を知ってか知らずか、天狼は淡々とした口調を崩さないまま言ってきた。
     その天狼の言葉にユナは、はっとなり、
     「そ、そうね。私は『ユナ・アレイヤ』。見ての通りの人間族よ。貴方が言う魔力は、私が魔法使いだからかしらね」
     「ナルホドナ。汝ハ魔法使イカ。我ガ知ッテイル多クノ魔法使イタチノ中デモ、汝ハカナリノ魔力ヲ持ッテイル」
     「それで? どうして私の前に姿を現したの? 天狼族は、もう絶滅している物かと思っていたんだけど……」
     「我領域ニ、大イナル魔力ヲ持ツ者ガ近ヅイテクル気配を感ジタ。ソレヲ確カメニ来テ ミレバ、汝ダッタト云ウ訳ダ。汝コソ、何故我領域に近ヅイタ?」
     「私は、行方不明だったお義兄ちゃんがこの森に入って行くのを見かけた人が居たから、お義兄ちゃんの行方を知る手掛かりがあるかも知れないと思って入ったの。まさか最早伝説の存在と化した天狼族が存在して、その天狼族の領域だとは知らなかったわ」
     「兄ダト?」
     「そうよ。今から二週間くらい前なんだけど、貴方誰か見かけなかった?」
     「フム、確カニソノクライ前ニ、コノ森ノ中心。霧ノ森ヘト入ッテイク人間ヲ見カケタナ」
     天狼のその言葉に、ユナは”やっぱり”と一言呟いて、魔法陣を消すと森の奥へと足を向けた。
     「待テ。汝モ霧ノ森ヘト入ルツモリカ?」
     天狼に呼び止められたユナは振り向き、
     「そうだけど。もしかして邪魔する気?」
     邪魔をするならば容赦はしない。そう言葉の中に含ませていた。
     「イヤ、邪魔ハセヌ。唯、アノ霧ハ人ヲ惑ワス。霧ノ中心ヘトハ、汝デモ入レヌダロウ」
     その言葉にユナは眉を顰め、
     「だったら何故、お義兄ちゃんは入れたの?」
     それに天狼は首を振り、
     「分カラヌ。人間ノ中ニモ稀ニ、アノ霧ガ効カヌ者ガ存在スル。アノ霧ハ、人ノ方向感覚ヲ狂ワス働キガアルノダガナ」
     その天狼の言葉にユナはピーンときた。
     霧が方向感覚を狂わせて、もともと方向感覚が皆無だった義兄の方向感覚を正したのだろうと。
     とすれば、他に霧の中へと進めた人間も、恐らくは全員が方向音痴だったのだろう。そうユナは推測した。
     が、逆に言えば、方向感覚が確りしているユナには、霧を突破できない事を意味していた。
     「どうすればあの霧を突破できるの?」
     ユナはそれを解決できそうな人物。すなわち、天狼へと尋ねた。
     「人間ガ意識シテ突破スルノハ不可能ダ。モットモ、我ガ道案内スレバ話ハ別ダロウガナ」
     それはつまり、人間ならば突破は不可能だが、天狼ならば突破は可能ということになる。
     「貴方が霧の森の中心へ案内してくれるの?」
     「否。我ハ我ノ主ノ命令シカ受ケヌ。汝ガ我ノ主二ナリタイノナラバ、汝ガ我ノ主二相応シイカハ、我ト汝ガ戦ッテ決メル事ニナルガドウスル?」
     「つまり早い話が、貴方と戦って私が勝てば、私が貴方の主になって、霧の森の中心へと案内してくれると言う訳ね?」
     「ソウダ。ダガ、汝ガ我ニ負ケタ時ハ、汝ハ我ガ血肉トナッテモラウガ?」
     天狼が頷いたのを確認したユナは、ゆっくりと脇に吊るしてあるホルスターから二丁の 『デット・アライヴ』を手に取り、慎重に天狼との間合いをとった。
     「上等。それが義兄ちゃんの足取りを掴むのに必要な戦いならば、避けては通れないわね。いいわ、戦いましょう」
     ユナの言葉に天狼は天へと向かって一度吼え、そして戦いの幕は上がった。

     まず先手を打ったのはユナだった。
     身体強化の魔法を自身へと素早くかけた。
     そして『デット・アライヴ‐02』のトリガーを続けて三度引く。
     薄暗い静かな森に銃声が鳴り響いた。
     放たれた弾丸は、天狼へと向かって一直線に飛んでいく。
     しかし天狼も黙って突っ立っている訳ではない。
     天狼は飛んでくる弾丸が見えているかのように、僅かに体をずらすだけで避けた。
     「まさか、弾丸が見えてる?!」
     ユナは僅かに顔を顰めながらも、こちらに向かって突進してくる天狼に『デット・アライブ-01』で牽制する。
     天狼は足元に穿った弾痕を避けるようにユナへと向かって跳躍した。
     ユナは天狼の影を目で追いながら、銃口を天狼の影へと合わせて発砲。
     「ちっ!」
     放たれた弾丸が天狼に中らずに、木の枝をむなしくへし折ったのを見て、思わず舌打ちした。
     天狼はユナの背後へと音も無く着地し、ユナが振り向くよりも早くユナの脇を駆け抜けた。
     「つぅ!?」
     天狼がユナの脇を駆け抜けるの同時に、ユナは脇腹に激痛を感じ、苦痛の声を上げた。
     ユナが脇腹に手を当ててみれば、手はユナの血でベットリと染まっていた。
     だが幸いにも傷は浅いのか、出血自体はそう酷くは無かった。
     もしかしたら、天狼が手加減しただけかもしれないが。
     その時に天狼が声を発した。
     「ドウシタ? 汝ノ力ハソノ程度カ?」
     それをユナは挑発と受け取った。
     二丁の『デット・アライヴ』にセットしてあったE・Cを起動。
     ついでに『デット・アライブ-01』の特殊能力を発動して、弾丸の威力を高めた。
     狙いをこちらの様子を伺っている天狼に瞬時に合わせて発破。
     風を纏った弾丸は、周囲の木々を薙ぎ払いながら天狼へと突き進んだ。
     「ナニ!?」
     流石にこれは予想外だったのか、天狼の体が一瞬硬直した。
     だが硬直したのはホンの一瞬。グッと四肢に力を込めると、次の瞬間には天狼の体は天へと飛翔した。
     しかし弾丸は避けられても、風まではいかんともしがたかった。
     猛烈な風に煽られて、天狼は体勢を崩した。
     「もらった!!」
     体勢を崩した天狼へとユナは、『デット・アライヴ‐02』の残弾全てを叩き込んだ。
     だが次の瞬間、ユナは己の目を疑った。
     避けられるはずの無い体制だった天狼が、急激な方向転換をし、弾丸を避けたのだ。
     だが天狼はそれだけでは止まらずに、何も無い空中で加速。ユナへと上空から襲い掛かって来た。
     天狼の強靭な前足の爪が翻り、ユナへと死の鎌となって襲い掛かった。
     ユナはそれを無理矢理体を捻りながら、体を前へと投げ出すことで交わした。
     だが交わしきれなかったのか、背中から焼けるような痛みが走った。
     苦痛の悲鳴を唇を噛み締めて堪えながら、ゴロゴロと転がる。
     仰向けで体が止まると、何かが体を上から押さえ込んだ。
     苦痛で思わず閉じていた瞼を開くと、天狼の巨体が覆いかぶさるように自分の四肢の自由を奪っているのが見て取れた。
     「……コレデ終ワリカ?」
     天狼の声が聞こえてくるが、ユナは無視した。
     正確には、ユナは天狼の背後に見える木々を見ていた。
     「……っ! なるほどね。さっきの異常な方向転換や加速は、アレを利用したのね」
     ユナの視線の先には、へし折れた木の枝が数本見て取れた。
     ユナにはへし折った覚えの無い枝である。
     つまり天狼は、日の光も通さないほどに覆い茂った木々の枝を足場に利用したのだ。
     「ソウダ。ダガ、ソレガ分カッタカラト言ッテ、今ノ状況ハ覆セマイ。汝ハ我ガ血肉トナル」
     天狼はユナを捕食せんと、その口を大きく開けた。
     しかし、天狼の口が後少しでユナへと届きそうな時に、天狼は動きを止めた。
     ユナの目や顔には、これから殺されると言う恐怖が見て取れなかったからだ。
     「ナゼダ? 今カラ食イ殺サレヨウトスル時ニ、ナゼ汝ノ顔ニハ恐怖心ガ無イ?」
     不思議に思った天狼は、知らずの内にユナへと訪ねていた。
     「何故ですって? そんなの決まっているでしょう。まだ勝負は付いていないからよ!」
     「ナニ!?」
     苦痛を堪えた声と共に、ユナは行動を開始していた。
     ユナの両腕は、天狼の前足によって動きを封じ込められている。
     だが、手首は動いた。ユナにはそれだけ動ければ十分だった。
     ユナは『デット・アライブ-01』の銃口を天狼へではなく、地面へと向けた。
     そんなユナの行動を天狼が慰ぶかしげに見ていたが、特に何もしなかった。
     ユナがどうするかに興味を覚えたからだ。
     ユナは全身を強化していたのを、足へと集中させた。
     そしてE・Cを起動し、『デット・アライブ-01』の特殊能力を発動。
     その次の瞬間にはトリガーを引いていた。
     森に響く発砲音と共に、暴風が吹き荒れた。
     「つぅぅぅっ!!」
     ユナの口から漏れた苦痛の声は、暴風によって掻き消された。
     威力を高められた風のE・Cの力が地面へとぶつかり、行き場を無くした力が無秩序に荒れ狂ったのだ。
     風はユナの身を天狼ごと持ち上げた。
     これには天狼も流石に体勢を崩し、飛び跳ねるようにユナから離れた。
     そしてそれは、ユナが待ち望んだ瞬間だった。
     『デット・アライブ-01』を左手に持ち替え、天狼へと発砲した。
     流石の天狼も、着地の瞬間は交わしようが無かった。
     放たれた弾丸を腹部にまともに喰らい、その巨躯が吹き飛ばされた。
     ユナは荒れ狂う暴風の中、素早く体勢を整えて、吹き飛ばされた天狼へと走った。
     一足、二足、魔法で強化されたユナの足は、とんでもないスピードで天狼へと迫った。
     天狼は少しふら付きながらも、自力で立ち上がった。
     だが、立ち上がって天狼が目にしたのは、もう目の前へと迫っているユナの姿だった。
     ユナの右足が霞み、
     「飛べ、犬っころ!」
     次の瞬間には、天狼はユナの言ったとおりに飛んだ。
     ユナに蹴り飛ばされた天狼は、大人が両腕でやっと囲えるほどの太さの木にぶつかり、それをへし折った。
     蹴り飛ばされた天狼の勢いはそれだけでは収まらずに、二本目の木へと衝突。
     木にめり込むようにして、漸く止まる。
     天狼の体はズルリと力なく木から滑り落ち、大地へと横たわった。
     ユナは一歩一歩ゆっくりと天狼へと歩み寄り、『デット・アライブ-01』を天狼の腹部へと狙いを定めた。
     左手で『デット・アライブ-01』の照準を合わせたまま、
     「乙女の柔肌を傷つけた罪を思い知りなさい!」
     躊躇なく、数回発砲。
     「ガハッ!!」
     銃弾を近距離でまともに受けた天狼は、ビクンビクン、と力なく痙攣を繰り返した。
     天狼の柔軟な毛皮と強靭な筋肉を持ってしても、腹部にこれだけのダメージを受ければ、その衝撃全てを無効には出来なかった。
     痙攣する天狼を余所に、ユナも力なく地面へと座り込んでしまった。
     戦闘が終わった事で、忘れていた痛みが戻ったのだ。
     脇腹の傷に背中の傷。そして―――
     「良かった。どうやら骨は砕けてないみたい。これなら直に治せる」
     だら〜んと力なく垂れ下がっている、右腕の状態をチェックし終えたユナは、ホッとした口調だった。
     それでも、絶えず襲い掛かって来る痛みに、ユナの額からは脂汗がとめど無く流れていた。
     ユナの右腕は今、手首、肘、肩と全部の間接が脱臼していた。
     これは、肉体の強化もなしに、しかもあのように無茶な体勢から『デット・アライブ-01』を撃った事が原因だった。
     いくらユナでも、片手撃ちの『デット・アライブ』には無理がある。
     それを可能にしていたのが、射撃の時の体勢と肉体の強化だった。
     だが先程は、直に天狼へと攻撃する為に、肉体の強化は足だけだった。
     ようするにユナは、右腕一本を犠牲にするつもりで天狼に勝ちに行ったのだ。
     せめて体勢だけでも整っていれば、筋を痛めるだけで済んだだろう。
     現に肉体強化を施していない時に撃った左腕は、筋を痛めただけで、脱臼などはしていなかった。
     ユナは自力で外れた骨を嵌め直すと、自分に治癒魔法を施し始めた。

     「……ココハ……?」
     気を失っていた天狼が気が付いたのは、もう夕暮れ時だった。
     天狼は自分の体の状態をチェックしたが、何処も異常は見当たらなかった。
     これには天狼も首を捻った。
     自分は間違いなく、腹部に何らかのダメージを負っているはずだったからだ。
     いくら治癒能力が高い天狼でも、こんな短期間で完全に治る程度のダメージではなかったはずだった。
     だがその答えも直に分かった。
     「気が付いた? 感謝しなさいよ。貴方の怪我も態々治したんだから」
     焚き火の向うから、ユナの声が聞こえて来た。
     その声に天狼は辺りを見渡した。
     場所は先程ユナと出会った森の開けた場所だった。
     見ればユナは着替えたのか、服装が先程とは変わっており、二丁の『デット・アライブ』の整備をしていた。
     「何故ダ? 何故、我マデ治療シタ?」
     「何故って……、それは貴方が死んだり動けなかったら、霧の森の中心へ案内してくれる人がいなくなるじゃない。それに貴方に勝ったって事は、私は貴方の主になるんでしょう? それなのに見捨てて置けないでしょう」
     その言葉に天狼は目を瞬かせて、”クッククク”と口の中で笑った。
     「本当ニ面白イ娘ダ。娘ヨ、今一度聞コウ。汝、我主ニナルカ?」
     「ええ、ここまで苦労したんだから、もちろん」
     天狼は厳かな声で続けた。
     「デワ娘ヨ、今一度聞コウ。汝ノ名ハ?」
     「私の名は『ユナ・アレイヤ』」
     「承知シタ。汝、『ユナ・アレイヤ』を我、『アナベル・キリ・フォロス・スタッド』ノ主ト認メル。コレカラ宜シク頼ム、主ヨ」
     「ええ、でも、『アナベル・キリ・フォロス・スタッド』って長いわね。いちいち呼ぶのに不便だわ。省略して、『キリ』って呼んでいい?」
     「構ワン。主ガ呼ビヤスイヨウニ呼ベバ良イ」
     そのユナの言葉に、キリは特に気分を害した様子もなく告げた。
     「そっ。それじゃ改めて宜しくね、キリ」
     「承知。コチラコソ頼ム。主ヨ」
     そうして日は暮れ、森は夜の帳がおりた。



     次回予告―――

     次回予告はお馴染み俺っチ、マオ様がやるのだー!
     予定ではー、残すところは後一部だそうだー!
     全然短く刻めなかったなー、作者には学習能力がないのかー?
     まぁ予告どおりー、仲間は増えたなー。
     でも勝手にー、天狼なんて設定作っていいのかー?
     しかも天狼はー、刀の設定に在ったなー。
     でも、懲りずに今回もいくぜぇー!
     次回、『捜し、求めるもの』
     霧を抜ければ洋館ー、其処には真祖の吸血鬼が居るかもなー?
     予定は予定であって、未定なのだぁー!
     そこんところー、宜しく―!!
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■96 / inTopicNo.7)  捜し、求めるもの 第三幕 そのB
□投稿者/ ルーン -(2004/12/11(Sat) 01:38:49)
     深い、深い霧が森中に立ち込めていた。
     視界は悪く、3メートル先は最早真っ白で何も見えない。
     頼れるのは僅かな視界と、自分の傍らを歩く相棒のみ。
     相棒も視界の悪さは同じだが、相棒は鼻が利く。
     魔物、魔獣の類は、相棒の鼻からは決して逃れられない。
     よって―――

     ビュッ、ビューッ。
     風切り音と共に、地面に倒れる無数の魔物、あるいは魔獣。
     相棒は優秀な狩人だった。
     襲い掛かって来る魔物の数、方向を素早く察知し、それを私に伝える。
     私はそろに一片の疑いも持たずに、銃口を向けて発砲。
     あるいは呪文を唱え、放つ。
     マズルフラッシュが閃く度に、あるいは魔法が放たれる度に、確実に一つの命は失われる。
     命を奪う事に躊躇はしない。戸惑いもしない。
     そんな事を殺し合いの現場でして居たら、自分の命が奪われるから。
     だから、罪悪感や後悔を感じるのは、全てが終わってからすればいい。
     奪った命の罪は背負い、それを私が生涯その業を忘れなければいい。
     そう、私は思う。

     とても極最近組んだパーティーだとは思えないコンビネーションで、私たちは敵を殲滅していく。
     クェーーーッ!
     空から魔物の奇声が響いた。
     それと共に私に向かってくる殺気。
     どうやら私を狙っているらしい。
     でも無駄だ。
     そんな事を許すほど私は弱くはないし、何よりも私の相棒がそんな事は許さないからだ。
     軽い跳躍。それだけで相棒は宙へと舞った。
     相棒の真っ白な毛に覆われた右腕が唸った。
     それをまともに受けた魔物は吹き飛び、体が木に勢いよく激突し、その肉が爆ぜた。
     相棒はクルリと宙で回転し、軽やかに地面へと着地した。
     「ウォォォオオオン!!」
     相棒が天へと向かって吼えた。
     それに恐れをなしたのか、残っていた魔物たちも直に逃げ出して行った。
     それなら最初から吼えれば良いじゃないかと始めは思ったが、相棒―――天狼族最後の生き残りであり、私の従者であるキリ曰く、
     「アル程度此方ノ力ヲ示シテカラデハナクッテハ、効カヌ」だそうだ。
     要するに、相手に此方の実力を示した処で、脅かしをかけているのだそうだ。
     もっとも、自分の縄張りにいた魔物たちは、キリの姿を見ただけで逃げ出すらしい。
     キリの縄張りに生息していた魔物たちは、今襲ってきた魔物たちとは違い、キリの強さを熟知しているらしかった。



     「ねぇキリ、後どのくらいで吸血鬼が居るって言う屋敷に着くの?」
     既に数日間霧の森の中を歩いているにも拘らずに、一向に森を抜けられない事に少しイラツキを覚えた私は、隣を歩いているキリに訪ねた。
     今私の頭の中は、自分でも危険と認識できる考えが浮かんでいた。
     それはこの鬱陶しい霧の森を、私の魔法で吹き飛ばしてやろうかと云う考えだ。
     何せ森中に立ち込める霧の所為で視界が悪い上に、湿気が多くて鬱陶しい事この上ないからだ。
     そんな私の危険な考えを知ってか知らずか、キリは何時もの淡々とした口調で返してきた。
     「アト数時間程ダ。ソレデコノ霧ノ森ハ抜ケル」
     そのキリの言葉を聞いた私は、ほっと胸を撫で下ろした。
     もし後一日以上掛かるなんて言葉を聞いたら、私の心身の健康の為にも、この鬱陶しい霧の森を本当に吹き飛ばしただろう。
     その時は勿論、自然保護とか森林破壊とか言った物は無視する。それ以上に、私の心身の健康が重要だ。
     それに、ばれなければどんな犯罪も犯罪ではない。と昔の人は言っていた。
     昔の人はいい事を言うと思う。けど、あの宿屋のマスター達には、私がこの森に入っている事を知っている訳で、そうすると私の仕業とばれてしまう……。
     それは不味い。非常に悪い。私は賞金首にはなりたくないし、そもそも犯罪を犯すとしたら、完全犯罪をやるのが私の主義だ。
     実際、今まで幾つもの完全犯罪を成功させてきた。その私が、たかが森林破壊程度の犯罪で賞金首になるなど、目も当てられない。
     第一、賞金首になる事よりも、自然保護団体に目を付けられるのは、ある意味もっと性質が悪い。
     彼らのしつこさと言ったら、もしも賞金首ハンターになったら、あのしつこさで直にでも賞金首ハンターの上位ランクに入れるだろう。
     以前に何度か彼らの運動を見た事があるのだ。
     アレを自分で体験したいと思う輩は皆無だと思う。私自身も遠慮したいし……
     でも、そうすると私が今抱えるこのストレスはどうしよう? どうやってこのストレスを発散させよう? 
     決めた。吸血鬼にぶつけよう。そもそもこんな所に居を構えている吸血鬼が悪い。うん、私がそう決めた。
     私がそんな考えに没頭していたその時、キリが思い出したように切り出した。
     「ソウ言エバ、吸血鬼ノ事ニ関シテ話シテオク事ガアル」
     私はその言葉にキリの顔を見た。
     キリは不必要な事は言わない。そんなキリが切り出すのだから、今私たちが向かっている吸血鬼に対して、重要な事なのだろう。
     「今向カッテイル吸血鬼ハ、主ガ思ッテイル真祖ノ吸血鬼デハナイ。奴自身ハ真祖ノ吸血鬼ダトホザイテハイルガ、実際ハ先祖還リ、モシクハ帰先遺伝ト呼バレテイル現象ニヨッテ、力ガ限リナク真祖ノ吸血鬼ニ近イダケノ吸血鬼ノ末裔ダ。ダカラ、吸血鬼ノ弱点ガソノママ当テ嵌マルトハ限ラナイ。ソノ点ハ注意シテオイテモ損ハナイダロウ」
     そのキリの言葉に私は頷いた。
     唯でさえ、吸血鬼に関しては情報が少ない。その中でも比較的有名な弱点が幾つがあるが、本物の吸血鬼とは違い、先祖還りではその弱点も当て嵌まるか前例が無いだけ不明だった。
     キリの言葉を、頭の隅に留めて置く価値はあるだろう。そう私は判断した。
     天を見上げてみれば、僅かに木々の隙間から覗く空は、もう夕暮れだった。
     どうやら、吸血鬼とのご対面は夜になりそうだ。
     私はぺロリと唇を舐め、霧の森を抜ける為に足を踏み出した。



     霧の森を抜けてみれば、また森が続いていた。
     違う点といえば、霧が発生していない事だけだろう。
     微かに違和感を感じるが、雰囲気もキリと出会った森と似ている。
     当然であろう。そもそも同じ森なのだから。異常なのは、常時霧が発生している部分だけだ。
     そう、まるで森の中心部を守る様に、人の侵入を拒んでいる。
     キリの話では、森の中心部半径数キロに渡り、あの人を惑わす霧は発生しないのだそうだ。
     私はそれをまるで、ドーナツか台風の目みたいだと思った。
     日も落ち始め、周りは闇に閉ざされ始めている。
     吸血鬼が居るという屋敷に向かうにあたっては、通常なら最悪の時間帯だろう。
     吸血鬼は本来夜に行動し、また吸血鬼の最大の弱点である日光にも縁が無いのだから。
     だが私にとっては、夜でなくては困る。
     何故なら恐らく、いや、確実にここに迷い込んだであろうお義兄ちゃんの手掛かりを、その吸血鬼が握っている可能性があるからだ。
     話し合いにしろ、力ずくにしろ、吸血鬼に会う為には夜の方が確実だ。
     全く、私も十分トラブルメーカーだとは思うが、お義兄ちゃんは私以上のトラブルメーカーだと思う。
     流石に兄弟と言ったところだろうか。もっとも、いくらお義兄ちゃんと似ているのが嬉しいとは言っても、こんな所は似たくは無かった。
     まあ、方向音痴が似なかっただけマシかな……。
     と、お義兄ちゃんに対して失礼な事を考えた所で、溜息を吐いた。
     もしも、もしも吸血鬼がお義兄ちゃんを傷付けるような事をしていたのであれば―――
     この世の地獄を吸血鬼にプレゼントしようと思う。もちろん、受け取りの拒否は認めない。
     と、そこでふと気が付いてみれば、キリが立ち止まっていた。
     疑問に思ってキリの視線の先を追ってみれば―――私は目に飛び込んできた光景に硬直した。
     だが私はそれも当然だと思う。
     目の前にいくら考え事をしていたとは言え、気が付いてみれば巨大な屋敷が建っていたのだ。
     これを驚くなと言う方が無理がある。
     私の目に映る屋敷は、兎に角大きく、美しかった。
     白を基調とした外壁。赤い屋根。手入れの行き届いた綺麗な庭。
     そのどれもが、嘗て訪れた王城とまでは行かないまでも、大貴族並の荘厳さと威容さを誇る屋敷だった。
     「……何よ、これ……」
     思わず口に出た言葉。
     だがしかし、目に映る光景は明らかに異様だった。
     こんな巨大な屋敷を、少しぐらい考え事をしていたことぐらいで見落とすバカはいない。
     だが、現実に私はその屋敷を見落としていた。
     まるで、狸か狐に化かされた気分。それほどの異様さ。異常さ。
     視線を巡らし、今までに感じてきた事全てを思い出しながら思考を始める。
     考えろ、考えろ。
     私はこの森に入ってから何を見、何を感じた?
     普通の森と違った所で、思い出す事は主に三つ。
     天狼族最後の生き残りのキリ。
     人を惑わす、常に発生し続ける異常で異様な霧。
     そして―――霧の森を抜けた所で感じた微かな違和感。
     まて、違和感? 何故、唯の森で違和感を感じる?
     私は注意深く視線を辺りに巡らせた。
     そして感じたのは―――魔力。
     微かにだが魔力を感じる。
     屋敷全体から、いや、視界に納まる範囲全てから微かに魔力を感じる―――
     私がこの森に入ってから感じた違和感、その違和感の正体がこの魔力だったのか?
     私は素早く、そして正確に空間に蔓延する魔力から、発動されている魔法の種類を認識。
     そして解析する。
     結果―――
     在る物を無いと認識させる幻術。
     それが違和感の正体。だがしかし、術者は私の目をも誤魔化すほどの高度な幻術を作り出していたと言うのか?
     ありえない! 私は思わず否定する。
     森に入ってからと言えば、森の中心部分にあたる。
     キリの話では、霧が発生していない森の中心部分は、半径数キロにもなる。
     恐らく、その全てに魔力を行き渡らせ、これほど高度な幻術を常時発動させ続けている。
     そんな事は、今の魔道技術では不可能だ。
     そもそも、私は魔法使い。
     それも学園をトップで卒業し、炎系魔法を極めている程の使い手だ。
     その私に、違和感を感じさせる程度にしか認識させない幻術。
     信じられなかった。
     一般的に、魔法使い相手に幻術を仕掛ける場合は、相手よりも遥かに魔力が高いか、技術面で圧倒している必要がある。
     それは、魔法使いが対魔力が高い事に由縁している。
     対魔力が高いと言う事は、それだけで相手から放たれた魔法ダメージを軽減し、幻術などにも掛かり難くなる。
     対魔力は、魔力にあるていど比例している。
     つまりは、魔力が非常に高い私は、比例して対魔力も非常に高い。その為に、魔法での攻撃、幻術などにも高い耐性を持っている。
     その私に、違和感を感じる程度にしか認識させない。
     それも違和感を感じていたとは言え、目の前に突然このような屋敷が映らなければ、特に気にも止めない程度の違和感。
     それはつまり、この幻術を操っている者は、私よりも遥かに魔力が高いか、技術面で優れている事になる。
     私はその事実に戦慄を覚えた。私が魔法で戦慄を覚えるほどの相手。
     そんな相手は、嘗て見た王国の宮廷魔法使いの中にも、片手で数えられる程度しか居なかった。
     私が戦慄を覚えたのを感じたのか、キリが話し掛けてきた。
     「主ヨ、言ッテハイナカッタガ、コノ屋敷ト人ヲ惑ワス霧、ソシテ幻術ハ、主達ノ言ウ、古代魔法文明期ノ者達ノ手ニヨル物ダ。吸血鬼ノ仕業デハナイ」
     キリの話した内容によれば、あの人を遠ざける全ての技術は、古代魔法文明期の人達の仕業と云う事だ。
     あの霧もそうだが、この幻術の魔道技術も凄い。何よりも、遥か昔に建てられた屋敷が現存するのも凄い。
     何せ、古代魔法文明期の遺物は、現存数が極端に少ないからだ。
     これほどまでに完璧な形で稼動している、魔道システムに屋敷は、世界遺産並の指定を受けるだろう。
     もっとも、私には興味ないけど。
     私が興味あるのは、炎系魔法技術とお義兄ちゃんの事だけだし。
     そんな、世の学者や研究者連中が聞いたら、泣いて怒り出しそうな事を私は思った。
     けれども私は改めて、古代魔法文明期の魔道技術の高さを思い知らされた。
     だがしかし、つまりは何? 私は感じなくてもいい戦慄を、吸血鬼に感じたと言うわけ?
     そのアホらしさに無償に腹が立って、キリの後頭部を殴りつけた。
     そんな私にキリは、非難がましい視線を私に向けてくるが無視。
     そんな大事な事を言わなかったキリが悪い。
     私はズカズカと足音を立てながら、屋敷の玄関へと向かった。



     豪華で無駄にデカイ扉を前に、私は一度キリへと顔を向けた。
     「ねぇキリ、お願いがあるんだけど……」
     「ナンダ? 主ヨ」
     「うん。吸血鬼と戦闘になった場合、キリは手を出さないで欲しいの。アイツは、私の手で直接制裁を加えたいから」
     「……了解シタ。主ノ好キニスレデイイ」
     キリは私のお願いに少し不満の表情をしたが、結局は私の願いを聞き入れてくれた。
     これは私がキリの主であり、私の実力を信頼してくれているからだろう。
     そう思うと、少し嬉しかった。
     そして私は、吸血鬼が住まう屋敷の扉を開く為に、ドアノブへと手を掛けた。
     見た目に反して扉は意外に軽く、比較的簡単に開いた。
     そして、私の目に飛び込んできた物は―――



     次回予告―――

     次回予告はお馴染み俺っチ、マオ様がやるのだー!
     『予定ではー、残すところは後一部だそうだー!』
     とか前回の予告で言っていたなー、大嘘吐きの作者だなー。
     でも、懲りずに今回もいくぜぇー!
     次回、『捜し、求めるもの』
     いよいよー、吸血鬼とのご対面だー!
     繰り広げられる戦闘はー、結構凄いかもなー?
     その頃義兄はー、一体何してるー?
     予定は予定であって、未定なのだぁー!
     そこんところー、宜しく―!!
引用返信/返信 削除キー/
■182 / inTopicNo.8)  捜し、求めるもの 第三幕 そのC
□投稿者/ ルーン -(2005/04/11(Mon) 20:25:40)
     豪華で無駄にデカイ扉を前に、私は一度キリへと顔を向けた。
     「ねぇキリ、お願いがあるんだけど……」
     「ナンダ? 主ヨ」
     「うん。吸血鬼と戦闘になった場合、キリは手を出さないで欲しいの。アイツは、私の手で直接制裁を加えたいから」
     「……了解シタ。主ノ好キニスレバイイ」
     キリは私のお願いに少し不満の表情をしたが、結局は私の願いを聞き入れてくれた。
     これは私がキリの主であり、私の実力を信頼してくれているからだろう。
     そう思うと、少し嬉しかった。
     そして私は、吸血鬼が住まう屋敷の扉を開く為に、ドアノブへと手を掛けた。
     見た目に反して扉は意外に軽く、比較的簡単に開いた。
     そして、私の目に飛び込んできた物は―――



     屋敷の外見に勝るとも劣らない豪華な、けれども悪趣味でも成金趣味でもない、そんな内装と調度品の数々だった。
     玄関ホールは大理石で出来ていて、二階へと続く階段や手摺もおそらく大理石だろう。
     天上からぶら下がっているシャンデリアも芸術品と言っても差し支えない。
     床にはこれが決まりなのか、赤い絨毯が敷かれている。
     壁には風景画や抽象画が飾られ、廊下には台の上にツボが置かれている。
     おそらく、この絵一枚やツボ一つでも、捨て値で売っても、数年は暮らせる売値になるだろう。
     そんな風に屋敷の中を観察していたら、玄関ホールにある正面階段の上段に、何時の間にか一人の男が立っていた。
     年齢は二十代半ばほど。
     髪は何かで固めているのか、短髪をオールバック風に撫で付けている。
     そして服装―――これがバカらしくて、可笑しかった。
     いかにも御伽噺や絵本にでも出てきそうな、典型的な吸血鬼の格好をしていた。
     簡単に言えば、ほぼ黒尽くめの服装に、黒に裏地が赤のマントを着ていたのだ。
     こんな格好の吸血鬼など、私がまだ5〜6歳の頃に見た演劇に出てくる吸血鬼役の人以来だ。
     まさか素であんな格好をする奴が居るなんて……、バカじゃないの?
     もしかしたら、絶滅寸前の天然記念動物以上に稀な存在かもしれないわね……。
     それにしても、まさかこんな所でコスプレパーティーをしている訳でもないでしょうに。
     そうなると、こんな所に居るからには、奴が噂の先祖還りをした吸血鬼と言う事になるわね。
     そうすると……まさかアレ? アイツ、まずは形から入る口?
     稀に居るのよね〜。まずは形から入る奴。
     魔法使いになるにしても、どこでどう言った情報を得たのか勘違いしたのか、ローブに身を包んで、樫の木の杖をまずは揃える奴。
     何で魔法使いになるのにローブに樫の木の杖が必要なのかしら?
     ローブなんて動きづらいだけだし、樫の木の杖なんて何の役にも立たないじゃない。
     ん? そうでもないか。硬い樫の木の杖は十分武器になるし、呪文の詠唱をし易くなるって言う人も居るしね。
     要はアレね。呪文の詠唱時に集中力が増し、より魔法の威力が強くなるのね。
     けど……、何で態々顔に化粧までしているのかしら?
     ああ、間違いないわね。あいつは唯単に形から入る口の奴だわ。
     だって、昔見た役者さんと同じ服装に化粧まで一緒だもの。
     と其処まで観察して、感想を思い浮かべたところで、その話題の中心の吸血鬼がいきなり拍手をした。
     パン、パン、パン、パン。
     大理石の玄関ホールに響く拍手の音。
     奴は芝居がかった仕草で拍手をし、鷹揚な口調で私に話し掛けてきた。
     「ようこそお嬢さん、我屋敷へ。私はこの屋敷の主、ランス・ディストールと申します。職業はまあ、真祖の吸血鬼をやっております」
     優雅に一礼するランス。
     でも、私は思う。吸血鬼は種族であって、断じて職業ではない!
     第一、喋り方や仕草に至るまで、全てが芝居がかっている。
     よほど練習でもしたのだろうか? でもそんな事は、まあいい。
     私にとって重要な事は、この勘違い吸血鬼の仕草や格好ではなく、お義兄ちゃんの事を聞く事なのだから。
     「ふむ、隣に控えている狼はペットですかな? ご安心ください。とう屋敷は、ペットも可ですので」
     そのランスの言葉に、キリの巨躯がピクリと反応した。
     天狼族としての誇りを持っているキリにとって、ランスのあの”ペット”発言は怒りを覚える物だったらしい。
     もっとも、私の前とだけあって、勝手に攻撃はしないようだけれども……。
     私が事前に言っていた事も関係あるかもしれない。
     その代わり、視線で『アイツハ徹底的ニ痛メツケロ』って訴えかけてきてるけど。
     まあ、それも仕方がないか。キリ曰く、キリは私の従者であって、ペットではないもの。
     私にとってもキリは頼れる相棒であって、ペットでは断じてない。
     何だかこれ以上ランスと話していても、私達の怒りが増えるだけかもしれない。
     そう感じた私は、聞きたい事を単刀直入に聞いてみる事にした。
     「ねえ、ちょっと聞きたい事があるんだけど?」
     ランスは天上を見上げると、顔に手を当てて、嘆くフリをする。
     「ああ、なんと云う事だ。名前も名乗らずに、しかも不法侵入をしておきながらこの不遜な態度。嘆かわしい。最近の人間は、何処に礼節と言う物を忘れて行ってしまったのでしょうか? 普通ならそんな人物は、問答無用で叩き出されるものです。ですが、貴女は非常に運が良い。幸いにも私は寛大な心の持ち主ですので、許して差し上げましょう。それで、私に聞きたい事とは何かな? 可愛らしくも無礼なお嬢さん」
     本当に一々芝居がかった奴だ。まともに相手をしていたら夜が明ける。
     私は懐から大事に仕舞ってあったお義兄ちゃんの写真を取り出し、ランスの方へと突きつけた。
     「約二週間前ぐらいに、この写真に写っている男の人を見かけませんでしたか? 私のお義兄ちゃんなんです。多分この霧の森の中心部分まで迷い込んできたと思うのですが……」
     私が突き出した写真を興味なさ気に見るランス。
     だが、次の瞬間には食い入るように写真を見つめ、その顔が徐々に強張り出すと、顔も赤くなって行った。
     そんな様子を見た私は、きっとお義兄ちゃんがこの吸血鬼に何かしたのだろうと推測した。
     そしてそれは、ランスが次に発した言葉によって肯定された。
     「こ、この男は!? あの時の……あの時の男か!? おのれぇ〜、あの男の所為で、あの男の所為で、我配下の魔物たちは全滅した! よりにもよってあの男の妹だと〜? 今一度あの男に会ったら、血祭りにする予定だったが、予定変更だ! この女を惨たらしく殺してやる! そして、この女の首をあの男の眼前に突き出して、精神的にも肉体的にも苦しめて殺してくれるわ!!」
     自ら真祖の吸血鬼と名乗っているランスには、どうやら唯の人間であるお義兄ちゃんに恐怖心を覚えた事が、屈辱として心の中で燻っていたみたい。
     そこに現れたのが妹と名乗る私である。
     今、目の前のランスは、二つの感情に支配されているようだった。
     即ち、狂気、あるいは狂喜。
     二つのキョウキが入り混じりあい、ランスの顔は醜く歪んでいた。
     一方の私と言えば、顔を俯かせ、体を細かく震わせていた。
    キョウキに支配されているランスに恐れを抱いたのではない。
     私の心もまた、ある感情によって支配されていた。
     即ち、怒り。
     私の傍らに居たキリでさえ、怯ますほどの怒り。
     私らを殺すと言ったこと。
     けれども何よりも、そう、何よりも大切な、そして大好きなお義兄ちゃんを殺すと言った事に対する怒り。
     ユナ・アレイヤにとって、あの日から、運命のあの日から、最も私に近い人物で、私にとっては自分の命よりも大切な存在。
     そのお義兄ちゃんを殺すと宣言した吸血鬼を、私が許せるはずが無い。見逃すはずが無い。
     私は俯かせていた顔をそっと上げて、ランスを睨み付けた。
     その表情は、地獄の幽鬼さえも裸足で逃げ出すであろうほど、怒りに支配されていただろう。
     そして、ランスもまた、狂喜に支配された顔を私へと向けた。
     交じり合う怒りと狂喜。
     私は懐から素早く二丁の魔装銃を取り出し、その引き金を躊躇する事無く引いた。
     こうして、私とランスの怒りと狂喜の二種類の感情に支配された者達の戦闘の火蓋は切って落とされた。



     私が手にしている二丁の魔装銃。
     右手に握る『デット・アライブ-01』には、水撃弾と水のE・Cがセットされている。
     そして左手に握られている『デット・アライヴ-02』には、魔力弾とこちらも水のE・Cがセットされている。
     通常なら、どちらか片方の銃には通常弾を装弾させるのだが、相手は吸血鬼。
     本来吸血鬼には、魔力の篭っていない攻撃では決定打にはならない。
     その為に弱点の水で攻めるか、魔力の篭っている弾丸で攻撃するしかないのだ。
     例外と言えば、退魔の力を持つといわれている銀の弾丸ぐらいだろう。
     もっとも、私はそんな弾丸は持っていないので、意味が無いのだが……。

     結果、二丁の銃から発射された弾丸は、水撃の牙となってランスへと襲い掛かった。
     もちろん、『デット・アライブ-01』の威力を増幅させる特殊能力は使用している。
     戦闘では、切り札は最後に出す物だとか、最強の一撃は最初には出さない物だとかいろいろ言われているが、私はそうは思わない。
     何故なら、切り札や最強の一撃を最後の頼みの綱として放っても、万が一にも交わされたり防がれたりして、効かなかった場合はどうする?
     その時点で、その人物の命運は尽きた言えるではないか。
     だが、序盤や最初の一撃ならば、動揺はあるけれども、立て直す事も逃げ出すにしても都合がいい。
     もっとも、それらは人の考え方によって千差万別だし、その場の臨機応変だろうけども……。
     私の場合、今回は切り札とも言える一撃を最初の一撃に持ってきただけ。
     それは私が表面上はどうあれ、内面は冷静だと言う証でもある。
     戦闘で一番大切なことは何か?
     それは、仲間が居ればチームワークも大切だろうが、そのチームワークを生かす為にも絶対に必要な事が一つある。
     それは冷静さだ。
     どんな状況でも、どんな場面に出くわしても冷静さが求められる。
     敵の特性や攻撃方法などを見抜くためにも。
     怒りや憎しみなどの感情に囚われて、冷静さを失っては、普段出来る事も出来なくなるし、攻撃なども自然と粗く単調になってしまう。
     だから冷静さは必要なのだ。
     そして私は今、表面上はどうあれ、内面では多分、冷静だろう。
     冷静にと努めていても、人の感情はそう感嘆に割り切れる物ではないものだから。

     私が放った弾丸は、確かにランスへと中ったはずだ。
     ランスが居た階段はボロボロだし、弾丸が巻き起こした威力の余波によって、あのシャンデリアは無残にも砕け散り、
     その破片がキラキラと綺麗に輝きながら、宙を舞っていた。
     ならば何故だ? 何故あのランスと名乗った吸血鬼は、外傷が殆ど見受けられない。
     魔力防御値が、私が思ったよりも遥かに高かったのか?
     だがおかしい。いくら魔力防御値が高くても、吸血鬼にとって水は弱点のはずだ。
     人間に例えるならば、熱湯か濃硫酸をかけられる様なもの。
     少なくても火傷の痕か、皮膚が焼け爛れていなければおかしい。
     なのに、あの吸血鬼にはそれらしい物は見当たらない。
     衣服が濡れているので、直撃したには間違いない。
     ならば何故だ? 何故、あの程度ですんでいる? それとも何か、私の知らない秘術でも使って防いだのか?
     けど、そんな動作は見られなかった。
     それならば、吸血鬼特有の秘術かそれに類する何かか……、吸血鬼のことに関しては、謎が多いからそれは考えられる事象の一つだろう。
     ならば、私がする事は一つ。
     攻撃を防いだ方法を知る為に、情報を集めること。
     そしてそれは、これからの戦いによって明かしていかなくてはならない。
     其処まで考えた所で、私に向かってランスが放った衝撃波が襲い掛かってきた。
     私はそれを左にジャンプする事で交わし、牽制の射撃を放つと、奥の通路へと駆け込んでいった。

     私を追って通路に入ったランスは、私の後姿を確認すると、両手を上に挙げ、勢い良く振り下ろした。
     そして振り下ろされた腕からは、衝撃波が放たれ、通路を削りながら私に迫って来た!
     恐らく魔力による衝撃波なのだろう。そう推測しながら私は、二丁の魔装銃の引き金を引いた。
     ダンダン!!
     二丁の魔装銃から放たれた弾丸は、ランスが放った衝撃波にぶつかり、相殺した。
     だが次の瞬間、私は思わず声をあげ、目を見張った。
     「なっ!?」
     ランスは放った衝撃波が相殺されると見るや否や、もう次の瞬間には、次の衝撃波を放つ為に腕を振り下ろす動作に入っていた。
     「くっ!」
     ここでまた相殺してもいいのだが、こちらの銃の弾丸にもE・Cにも限度がある。
     一々相殺していては、弾切れやエネルギーがすぐに尽きてしまう。
     ランスの魔力切れを狙うのも手だが、ランスの魔力量がどれほど有るのかも分からないのでは、それは危険と言える手段だ。
     素早く周囲に視線を巡らせてみれば、ちょうど左前方に少し内側に開かれたドアを見つけた。
     私はその半開きのドアに体当たりをして押し開けながら、転がりこむように飛び込んだ。
     そしてちょうど私が飛び込んだ瞬間に、ランスが放った衝撃波が部屋の前を通り過ぎていった。
     衝撃波が廊下を削りながら遠ざかって行く音を聞きながら、私は素早く体勢を整えて、視線を部屋へと巡らせた。
     部屋に視線を向ける間も、二丁の魔装銃の銃口は油断無く、ついさっき私が飛び込んで来たドアへと向ける。
     「ちっ……失敗したかな?」
     部屋を一通り見渡した私の口から、思わずそんな言葉が漏れた。
     この部屋への出入り口は、庭へと面している窓を除けば、私が入って来たドアのみ。
     これは覚悟していたけれども、問題はこの部屋の広さにあった。
     せいぜいこの部屋の広さは、5〜6メートルの正方形程度。
     この程度の広さの部屋では、吸血鬼にとっては一足の間合いしか取れない。
     そしてそれは、銃による攻撃よりも、近距離からの格闘戦の方が有利と言う事になる。
     銃による攻撃を狙うなら、この部屋への唯一の出入り口である、ドアからの進入時に攻撃するしかない。
     一瞬でその結論に至った私は、ランスが部屋に侵入して来るタイミングを見逃すまいと、全神経をドアへと集中させた。
     ……チャリ
     ドアへと全神経を集中させていた私の耳に、そんな何かを踏みしめる音が聞こえて来た。
     「……いったいどこから?」
     不審に思った私が耳を済ませていると―――
     ……チャリ
     再び私の耳に、何かを踏みしめる音が聞こえて来た。
     銃口はドアへと向けたまま、音が聞こえて来た方に視線を向けてみると―――
     「……隣の部屋!? まさか!!」
     私がある一つの結論に至って、銃口を隣の部屋へと向けようとするが、それよりも一瞬早く、この部屋と隣の部屋を隔てている壁が吹き飛んだ!
     「痛っ!!」
     衝撃波と共に飛んでくる壁の破片。その幾つかが体に当たり、私の口から苦痛の声が漏れた。
     私は衝撃波によって部屋の反対側の壁まで飛ばされ、壁に叩き付けられた。
     「かはっ……」
     背中を壁に強く打ち付けられ、肺から息が漏れた。
     ジャリ……
     砂を踏みしめる足音。その足音のした方を、体のあっちこっちが痛むのを堪えながら、私は睨み付ける。
     そして壁が衝撃波によって崩され、立ち込める煙の中から、ランスが姿を現せた。
     ランスは血を流している私を見つけると、嬉しそうに口の端を吊り上げた。
     「おやおや、怪我をしたのですか? 大丈夫ですか? 辛いならば、今すぐ楽にしてあげますが?」
     私はそのランスの言葉に、ギリっと歯を噛み締める。
     迂闊だった。
     確かに部屋への出入り口は一箇所だけだったが、無ければ作れば良いだけの話である。
     ランスは莫迦丸出しの格好をしているが、どうやら本当の莫迦ではなかったらしい。
     私よりも遥かにこの屋敷に詳しいランスなのだ。
     私が飛び込んだ部屋が、どのような部屋なのかも当然熟知している筈である。
     そんなランスだからこそ、私が狙っていた事も予測の内の一つに在ったのだろう。
     私からしてみれば、奇襲を仕掛けるつもりが、逆に奇襲を仕掛けられたようなものだ。
     「では、覚悟はよろしいですか?」
     そう言うとランスは、私が身構えるよりも早く、私の目の前へと移動していた。
     とてもではないが、身を交わす時間は無い。そんな私に出来る事はただ一つ。
     魔力で身体機能をアップさせて、ランスの攻撃に耐える事のみ。
     「フンッ!」
     そして私が体中に魔力を巡らせた次の瞬間、ランスの拳が私のお腹へとめり込んでいた。
     「グウエエエエッ!!」
     その衝撃に、まだ消化されきっていなかった食べ物を吐いた。
     「ラッ!」
     二発目は右の脇腹に。
     「ガッ!」
     「ウオラッ!!」
     三発目は左の脇腹に。
     「ガハッ!!」
     内臓がやられたのか、私の口から血が飛び出るのが見て取れた。
     「ダッ!」
     止めのつもりか、ランスの攻撃は先ほどまでの攻撃とは違い、大振りになった。
     私はダメージの所為で震える足に鞭打ち、ランスの大振りの攻撃を交わすと、ランスの顔面へと向かって右腕を思いっきり振り抜いた。
     ゴツッ……という鈍い音がした。
     そして私の手には確かな手応え。
     私は息も次がせず、二丁の魔装銃をランスへと向け、引き金を引いた。
     私はランスがダメージを受けたかも確認せずに、部屋の入り口へと向かった。
     ドアの所まで辿り着いた私は、水煙がたつ中、ランスの姿を確認せずに爆炎の魔法を部屋に叩き込んだ。

     一歩歩くごとに、私の体の全身に鈍痛が走る。
     あの爆炎でランスがどうなったかは知らないが、直ぐに追って来ないのをみると、ある程度のダメージは加えたらしい。
     床に座り込んだ私は、治癒魔法をかけた。
     最も完治とはいかずに、ある程度のダメージは残った。
     内臓へのダメージや、骨折などの大怪我は、直ぐには治せないのだ。
     そして今は、治癒にかける時間もさほど無い。
     何せ何時ランスが追い付いて来るかも分からないのだから。
     だが一つだけ、直ぐに考えなければならない事があった。
     先ほどランスへと振るった右腕……
     その右腕が握っている『デット・アライブ-01』の銃身には、血の跡が染み付いていた。
     少なくとも私の物ではない。
     確かに私は全身傷だらけだったし、血も吐いたが、『デット・アライブ-01』の銃身には血は付かなかった筈である。
     となると……考えられるのはただ一つ。
     これがランスの血という事だ。
     冷静に考えなければ駄目!
     冷静に対処していれば、あの時の衝撃波やランスの攻撃にも、『デット・アライブ-02』の特殊能力を使う事を思い至った筈なのだから。
     今思い返せば莫迦らしいが、『デット・アライブ-02』の特殊能力である魔力壁を発動させれば、無傷とまではいかなくとも、此処までの傷を負わなくとも済んだはずなのだ。
     私は深呼吸を何度か繰り返し、息を落ち着かせ、高まった鼓動を落ち着かせた。その時―――
     「ガアァァァァァァッ!!」
     何かの叫び声が私の耳を打った。
     この憤怒に満ちた叫び声……間違いなくランスの物だろう。
     「グガアァァァァァァッ!!」
     更に近づいて来る叫び声。
     私は床から腰を上げ、しゃがみ込んで息を殺して待った。
     破壊音と共に叫び声も近づいて来る。
     ―――今だ!!
     タイミングを見計らった私は、廊下の曲がり角から身を躍らせ、二丁の魔装銃を構えた。
     ランスとの距離はざっと2メートル。
     ランスの全身を素早く観察する。
     ランスが着ていた服は所々焼き爛れていたが、特に目立った火傷の跡は見当たらない。
     しかし視線を顔へと向けてみれば、その額には、乾いた血がクッキリとこびり付いていた。
     それを目にした私は、残り少なくなっていたマガジンの残弾を全てランスへと叩き込んだ。
     弾丸の威力に押されて、ランスの体勢が崩れたのを見逃さずに、私はランスへ向かって跳躍し、着地と共に回し蹴りを叩き込んだ。
     相手の骨を折る鈍い感触を感じた私は、吹き飛んだランスには目もくれずに、その場を走って後にした。

     間違いない。
     先ほどの攻撃といい、『デット・アライブ-01』に付いていた血の跡といい、最早間違いなかった。
     私は空のマガジンを、先ほどまで使っていた魔力弾ではなく、”通常弾のマガジン”に変えながら確信していた。
     あの自称真祖の吸血鬼は、確かに真祖の吸血鬼と言ってい良いほどの魔力と耐魔力、再生能力やパワーなどを持ってはいたが、
     それ以上にやっかいだったのが、実は”人間としての特性”も持っていた事だ。
     人間には、水自体は何もダメージを与えられない。
     しかし、魔力弾や魔法による水の攻撃ともなれば、ダメージは受ける筈である。
     だが、吸血鬼事態は耐魔力は強い。
     だが本来吸血鬼は、水は弱点の一つのはずだ。
     しかしあの自称真祖の吸血鬼には、それらのダメージを受けた形跡は無かった。
     そして『デット・アライブ-01』で殴り付けた額にこそ血の跡は在ったが、傷自体は見当たらなかった。
     と言う事は、傷が再生したと見るべきである。
     つまりどう言う事かと言えば、あの自称真祖の吸血鬼は、吸血鬼としての能力を持ちながら、先祖還りの為か人間としての特性も持っている為に、本来吸血鬼の弱点である水が、弱点にならなかったのだ。
     簡単に言えば、”吸血鬼と人間の良い所取り”の反則吸血鬼だったのだ。
     もしかしたら、日光の光さえも弱点にならないのかもしれない。
     だがしかし、物理攻撃は効いている。それは先ほどの蹴りと『デット・アライブ-01』が証明している。
     問題は相手の再生能力の高さだ。
     だがそれも、連続して攻撃を叩き込めばいい。
     流石に一瞬にして再生と言う事は無い筈だ。
     もし一瞬で再生できれば、あの部屋から逃げた私を直ぐに追いかけて来た筈なのだから。
     だがしかし、普通に『デット・アライブ』を撃っても無駄だろう。
     私達魔法使いもそうだが、接近戦に備えての魔力による防御壁……と言うよりも、簡単に言えば物理防御壁を戦闘中には張るからだ。
     おそらく先ほどの一撃が入ったのは、相手が油断して物理防御壁を張っていなかったのだろう。

     ちなみに、魔力防御壁と言うのも勿論ある。
     こちらはその名の通り、魔法に対する防御壁である。
     魔力防御壁と物理防御壁とを一緒に張ったらどうなんだと言う意見も当然あるにはあったが、何故か両方を張ると防御力が半減する。
     原因は未だに不明で、魔力不足という意見や詠唱に問題があるのでは無いかと言う意見など様々である。
     現在の魔法研究家や魔法使いは、両方の防御壁を効率よく展開する為の詠唱や技術、理論等を研究している物も多い。
     かく言う私も、何故か『デット・アライブ-02』の特殊能力がその性質を持っていた為に、研究はしているのだが、ハッキリした原因は未だに不明。
     それでも研究を重ねる結果、『デット・アライブ-02』に使われている特殊金属が、何らかの影響を与えているのではないかと言う推察に至った。
     現在はそれを証明する為に、『デット・アライブ-02』に使われている特殊金属を解析中である。
     それが終了したら、今度は『デット・アライブ-01』の特殊能力を解析したいと思っている。

     思考が少しずれたが、勿論この物理防御壁とて完璧ではない。使う者の魔力によって防御力は上下するし、そしてこの物理防御壁を破る方法がいくつかあるからだ。
     まず一つ目は、その物理防御壁よりも強力な物理攻撃を加えるか、それに類ずるぐらいの手数で勝負するかだ。
     二つ目が、相手との力量差も関係するが、物理防御壁の解呪スペルを展開して相殺すること。
     そして三つ目が、解呪スペルを腕なり剣になり込めて、直接物理防御壁に叩き込むこと。
     私としては、三つ目が一番良い。
     攻撃しながら解呪できるし、一つ目よりも手間も力もいらないからだ。
     もっとも、三つ目にも欠点は在る。
     銃や弓などの使用者から高速で離れてしまう物には、解呪スペルを込められないのだ。
     だから三つ目を選択すると言うことは、必然的に接近戦になるという事である。
     だがしかし……私がいくら体を魔法で強化しようとも、吸血鬼としてのタフさに再生能力を持っている相手には、些か決定打に欠ける物がある。
     何か、何か私の攻撃力をアップさせられる武器でも在れば話は別なのだが……
     ナックルか手甲、剣でも何でも良い。それこそ硬い棒でも構わない。何か無いだろうか?
     そう思って周りを見渡すが、目に映るのは壷や絵画ばかりで、当然そんなに都合よく在る訳が無かった。
     「……ん? 硬い物?」
     適当な物が見つからなかった私は、しかしふと思いついた物が在った。
     「……在るじゃない。とても硬くて武器になりそうな物が……」
     そう言って私は口元に笑みを浮かべた。
     私の視線の先には、二丁の装飾銃が映っていた。
     情報と武器は揃った。後は私が有利に戦える筈の広い場所、私がこの屋敷で知る限り一番広い場所―――
     玄関ホールへと向かって駆け出した。



     階段を上り廊下を走り、また階段を下り廊下を走る。
     今私は、玄関ホールへと向かって走っている。
     方向感覚はお義兄ちゃんと違って自信はあるから大丈夫だろう。
     そうやって走っている内に、玄関ホールが見えてきた。
     私が走っきた通路を抜ければ、前方には先ほど私が入り込んだ通路。
     玄関の前には、キリが行儀良く座り込んでいた。
     こんな時になんだが、キリの忠誠心というか、義理堅さには感心する。
     私が一人で玄関ホールに戻って来たのを不審に思ったのか、キリは目であの吸血鬼はどうしたと尋ねてきた。
     私もそれに目で、これから決着をつけると答えた。
     キリもそれで納得したのか、特に他には尋ねてこなかった。
     出会ってから、まだ数日しか経っていないが、キリとは既にアイコンタクトで意思の疎通ができるまでになっていた。

     ゾクリ!
     キリとのアイコンタクトを終えた瞬間に、私の背筋に寒気が走った。
     と同時に、私が何かを考えるよりも速く、私の体は勝手に正面階段の方へと大きく跳びずさっていた。
     そして、つい先ほどまで私が居た場所を、今までで一番大きな衝撃波が襲った。
     直撃は避けた筈なのに、私の全身には衝撃波の威力によって、いくつもの切り傷などができた。
     痛みに顔を顰める時間も惜しい私は、右手で床を強く叩くと、衝撃波の威力も利用して、前転するような形で素早く体勢を整えた。
     そして視線を先ほど私が来た廊下に移してみれば、そこには先ほどよりも怒りに顔を歪めたランスが立っていた。
     私は両脇のホルスターから二丁の『デット・アライブ』を取り出すと、ゆっくりとランスへと向かって体を向けた。
     そんな私の態度に不信を持ったのか、ランスが私に向かって口を開いた。
     「何だ、もう鬼ごっこは終わりか? ならば私のこの爪で! この牙で! 貴様を引き裂いて、貴様の血を! 肉を! 全てを喰らってやろう!!」
     そう吼えるランスは、あの芝居がかった態度は見られなかった。
     これがランスの本当の姿なのか、それとも吸血鬼としての本能に目覚めたのかは、私には判断出来なかった。
     「……そうね。もう終わりにしましょうか。ここで貴方を殺してあげる」
     「何? 私を殺すだと? 先ほどまで私から逃げ回っていた奴の口にするような言葉ではないな」
     ランスはそう言って、私に向かって嘲笑を浮かべた。
     「ねえ、知っているかしら? 素人が人を殺すのに一番簡単な方法を?」
     「なんだと? ……」
     私の突然の質問にランスは、怪訝な表情をした。
     私はそんなランスに構わずに、言葉を続ける。
     「絞殺? 銃殺? 刺殺? それとも斬殺? 答えは全てNO! その全てに何らかの技量か力を必要とする! ならば何か!? 答えは簡単。それは撲殺! 何か硬いものか重たい物で思いっきり殴りつける。それだけで人は簡単に死ぬ! 撲殺こそが最も簡単で、時間もかからない殺し方……貴方もそうは思わない?」
     「それがどうしたと言うのだ!?」
     ランスの苛立った声を聞いて、私は続けた。
     「どうしたって? 大有りよ。これから私は、貴方を撲殺するんだから」
     そして私は、口元に歪んだ笑みを浮かべた。
     もしここで、私―――「ユナ・アレイヤ」と言う人物をよく知る者がこの笑みを見ていたら、その人物は一目散に脇目も振らずに逃げ出すことだろう。
     何故ならばこの歪んだ笑みは、私が本当に怒っていて、何か報復なりを考えた時の笑みなのだから。
     巻き込まれないように、逃げ出すのが常識となっている。
     「ふん、私を。この真祖の吸血鬼たる、この私を撲殺するだと? やれるものならやってみるがいい!!」
     その言葉に―――私の笑みは更に歪んだ……
     私はランスへと向かって走った。
     二丁の銃の引き金には指は掛かっていない。
     グリップを強く握り締めている。
     これから、この硬い二丁の『デット・アライブ』で撲殺するのだから。
     引き金を引くのは勝利を確実にする時。
    ランスはまた衝撃波を撃とうとするが、私は速度を緩めずに……それどころか、逆に走る速度を速めた。
     この私の行動は意外だったのか、ランスに戸惑いが生まれた。
     このまま衝撃波を撃っては、自分にも被害が出ると思ったからだろう。
     そしてランスは、私を迎え撃つために拳を握った。
     愚か……愚かなことだ。例え自分に被害が出ようとも、それは致命傷には程遠い怪我だっただろう。
     それを嫌った為に、ランスは勝機を逃した。
     あのまま衝撃波を撃っていれば、私の方がダメージは大きかった筈。
     悪ければ、その一撃だけで私は死んでいたかもしれないのだ。
     それなのに、ランスは撃たなかった。自分が傷つくのが嫌だったのだろう。
     だがしかし、戦いに置いて。特に生死を賭けた戦いに置いて、それは余りにも愚かな事だ。
     勝負には勝機と言う物がある。そしてランスにとって、先ほどの衝撃波を放つ事が勝機だった。
     ランスが勝機を逃したことで、逆に私に勝機が訪れた。
     戦いとは、この勝機をいかに掴み、相手の勝機を潰すかで決まる。
     肉薄してきた私に対して、ランスは右のストレートを放つ。
     私はランスの懐に潜り込む事でそれを交わすと、ランスの伸びきった右肘に向かって、下から掬い上げるように『デット・アライブ-01』を振るった。
     バキッ! と言う鈍い音と共に、ランスの右肘が本来とはありえない方に折れ曲がった。
     私は次に『デット・アライブ-02』を右脇腹に、振り上げたままの『デット・アライブ-01』を体の捻りも加えて、ランスの顎へと叩きつけた。
     そしてそこからはもう、簡単な流れ作業だった。
     二丁の『デット・アライブ』を次々にランス目掛けて叩き込んでいく。
     玄関ホールはただ、『デット・アライブ』がランスの骨を砕き、肉を潰す音と、ランスの口から漏れる苦痛の声しかしなかった。
     数十度目の打撃、そこでランスの足が崩れ落ちそうになるのを見た私は。ランスの右太ももに『デット・アライブ-01』を押し付けて引き金を引いた。
     元々の威力が、馬鹿げているとしか思えないほどの威力の『デット・アライブ』。
     それを銃口を押し付けられて発砲したのだ。例えタフな吸血鬼でも、これには一たまりも無かったのだろう。
     ランスの右足は、根元から粉々になって吹き飛んでいた。
     飛び散る骨や肉の破片、噴出す血を浴びながらも私は、淡々と作業をこなすが如く、『デット・アライブ』の引き金を三度引いた。
     それによってランスの両手足は吹き飛び、四肢を失ったランスの姿は、まるで達磨のようだった。
     最早ランスの無事な部分を探すのが難しいほどに、ランスは私の手によって破壊されていた。
     私は眉一つ動かす事無く、ランスを見下ろしていたが、懐から五個のE・Cを取り出した。
     取り出した五個のE・Cは、炎に水、雷、土、風の五種類。
     それをランスを中心に、私から見て炎のE・Cをランスの頭上に、土を右上に、雷を右下、水を左下、風を左上へと、五方星になるように置いた。
     「五行相生の理において、火は土を、土は金を、金は水を、水は木を、木は火に流れる! 五行相剋の理において、火は金を、金は木を、木は土を、土は水を、水は火を剋する! 五行の理に従い、今こそその力を開放せよ!」
     ユナがそう言葉を紡いだ瞬間、五個のE・Cは、パキーンと言う澄んだ音と共に砕け散った。
     しかし、砕け散った五つのE・Cから光が放たれた。
     赤、黄、青、茶、緑、五色の光は五方星の中心いるランスへと集まり、そして五色の色が混ざり合う。
     その瞬間、眩い光が玄関ホールを満たした。

     光が収まり少し経ってから、私はそっと目を開いた。
     そして目を開いた私の目に映ったのは、五個のE・Cが在った内側―――
     つまりは、先ほどまでランスが居た筈の場所が、ごっそりと消滅していた。
     深さは深いところで二メートルほど。半円形に穴が穿って在った。
     「主ヨ、先ホドノ光ハ何ダ?」
     何時の間にか、キリが私の傍らまで来ていた。
     そして私は、キリの疑問に答える為に口を開いた。
     「さっきのは、五個のE・Cを使った私の隠し玉。五種類のE・Cの力を解放する事によって、全てを消滅させる光を生み出す技。別に五種類のE・Cを使わなくても、五種類の魔法を同時に発動させれば同じ現象が起きるはずよ。もっとも、そんな事は無理でしょうけどね。人には得て不得手があるし、五種類を一つに混ぜ合わせるのはとんでもなく難しいもの。私にだってそんな事は不可能よ。今回のは、E・Cだから出来たよなもの。そのE・Cだって、高価だから経済的に見ても損ね。一回の使用で、確実に五個のE・Cが壊れるもの。それに、威力や範囲は、使用するE・Cの魔力量や品質によっても変わるし……。まったく、怒りに任せてじゃなければ、理性が止めるような技よ。それと、この技は私のオリジナルだから、他の人は知らない筈よ。もともとE・Cが余っていた時に、五属性の五行相生や五行相剋の実験をしている時に偶然開発した技術だもの」
     私は五個のE・Cを損失した事に、少しばかり後悔しながらも、心はスッキリしていたので、良しとした。
     「ソウカ……。デハ、コレカラ如何スルノダ?」
     そのキリの言葉に私は、
     「そうね……、今日は此処に泊まりましょう。流石にお風呂ぐらいあるでしょう」
     そう言って私は、ランスの血や骨や肉がこびり付いている自分の姿を見下ろした。

     ランスの床に飛び散った血や骨や肉を、私の魔法で焼き尽くしてから、私とキリは、今晩泊まる部屋と浴場を探す為に歩き出した。



     その頃、義兄は―――

     「ふぅ〜、極楽極楽♪ やっぱり温泉は気持ち良いな〜♪」
     白乳色の温泉に肩まで浸かりながら、気持ち良さそうな声をあげる義兄。
     その顔は、そんなに温泉が気持ちが良いのか、緩みまくっている。

     「ん〜、良いお湯だった。さてと、温泉からあがったらやっぱりこれだよな〜」
     そういって義兄はフルーツ牛乳を売店で買うと、腰に手をやり、一気に飲み始めた。
     「ごくごくごく、うんぐうんぐうんぐ……ぷはー、美味い!」
     まるで何かをやり遂げたような、満足そうな表情をしている義兄。
     「やっぱり、温泉とフルーツ牛乳の相性は抜群だね〜。温泉とフルーツ牛乳をこの国に 持ち込んでくれた、東方の方には感謝しなければね。
     ああ、それと、温泉掘りを援助してくださった、当時の国王にも感謝感謝♪」

     そして義兄は着替えを済ませると、温泉宿を出た。
     と、そこで何を思ったのか、くるりと180度向きを変えると、一度は出た宿に再び入り直した。
     「あれ? お客さん、何かお忘れ物ですか?」
     つい先ほど出た義兄が直ぐに戻ってきたので、受付嬢はそう思って尋ねた。
     「いや、そうじゃない。ちょっと聞きたい事があってね」
     「聞きたい事ですか?」
     そう言って受付嬢は、首を傾げた。
     「ああ、実は『フランペルッシェ』って、此処からどっちの方角にあるのか聞きたくてね」
     「『フランペルッシュ』ですか? それでしたら、この宿から北北東の方角に、だいたい直線距離で74qに行った所にありますね」
     受付嬢は、地図で確認しながら義兄に告げた。
     「そうか。ありがとう」
     義兄は礼を言って、再び温泉宿を後にした。

     「さてと、早く帰らないとユナに怒られるな」
     そう口に出しながら苦笑する義兄は、”南南西の方角”に向かって歩き出した。



     温泉宿―――

     義兄が温泉宿を去ってから二時間ほど経った頃、ふと片付け忘れた地図が目に入った受付嬢。
     地図を見た受付嬢は、ふと思う事があった。
     それは―――
     「って、ああああぁぁぁーーー!! しまったぁーーー!! さっきのお客さん、もしかして『フランペルッシュ』じゃなくて、『フランペルッシェ』って聞いたの?! もしそうだったら、全く逆方向の町を教えちゃったぁーーー!?」
     自分の聞き間違えに気が付いた受付嬢は、思いっきり大声を上げていた。
     突然の大声に周囲の客や、温泉宿の従業員が怪訝そうに受付嬢の方を振り返った。
     しかし、幸か不幸か、義兄は教えられた方角とは全くの逆方向に歩いていったので、 奇しくも正しい『フランペルッシェ』の方角へと歩いていったのだが、その事は無論、受付嬢が知る由は無かった。



     現在の義兄の位置―――
     故郷から直線距離で83km
     果たして義兄は、無事自力で帰郷できるのか!?



     次回予告―――

     次回予告はまたまた俺っチ、マオ様がやるのだー!
     ではー、いくぜぇー!
     次回、『捜し、求めるもの』
     主を失った屋敷ー、ユナは屋敷を探索するー。
     そして、温泉に入る為にー、再び旅立つー。
     そこで捜し求めていたー、義兄の手掛かりを得るかもなー?
     予定は予定であって、未定なのだぁー!
     そこんところー、宜しく―!!
引用返信/返信 削除キー/
■209 / inTopicNo.9)  捜し、求めるもの 第四幕
□投稿者/ ルーン -(2005/05/01(Sun) 22:07:27)
    2005/05/02(Mon) 22:41:47 編集(投稿者)
    2005/05/02(Mon) 22:40:44 編集(投稿者)

     「ここが、この屋敷の制御部ね」
     ユナがそう声に出したのは、他の部屋の扉と違う、鉛色をした頑丈そうな扉を見つけた時だった。
     そもそもユナが何故、屋敷の探索をしているのかと言えば、時は少し遡る―――



     「……う、ふわぁ〜」
     起き抜けで気の抜けた声を出しながら、ユナは上半身を起こし、体をほぐした。
     ベットの傍らでは、キリが蹲っている。
     昨夜ランスと戦闘を終えたユナは、キリを伴って風呂を探し入浴を済ませた後、数少ない変えの服に着替えていた。
     それと言うのも、屋敷に着くまでの戦闘や、ランスとの戦闘によって、今までユナが着ていた服には、ユナ自身の血や相手の返り血がこびり付いているうえに、幾多の激しい戦闘によって、服自体がボロボロになっていたからだ。
     風呂から上がったユナは、適当に部屋の扉を空けて、ベットの在ったこの部屋で一夜を過ごしたのである。
     ユナは疲れが完全には抜けきっていない体に鞭打ち、ベットから起き出すと、部屋に備え付けてあった洗面所へと向かうと、顔を洗った。
     そうして顔を洗い終える頃には、ユナの頭も完全に覚醒していた。
     「食事を終えたら、さっさとお義兄ちゃんを探しに戻るわよ」
     そう毛繕いをしていたキリに言うと、ユナは簡素な保存食をバックから取り出して、一人と一匹の簡素な朝食は始まった。
     だがしかし、一人と一匹の間には食事中には何も会話は無かった。
     それと言うのも、何も二人の間が仲が悪いと言うわけではない。
     ただ単に、二人とも食事中に会話をする意味を見出せなかっただけで、必要と在れば食事中にも会話はする。
     静かに食事が進み、
     「ふぅ〜。ご飯も食べた事だし、それじゃあ行きますか」
     そういって身繕いを終えたユナが立ち上がり部屋の外へ出ると、音も無く立ち上がったキリが無言でユナの後へと続いた。



     「……何これ? いったい何がどうなってるの?」
     唖然としたユナの声が玄関ホールに響いた。
     ユナの傍らに居るキリも、声には出してはいないが、その表情は驚愕に満ちていた。
     それと言うのも、昨日この場所で激しい戦闘を繰り広げた為に、玄関ホールは滅茶苦茶な状態だった。
     それが何故か、一晩経って再び玄関ホールに来てみれば、何故か奇麗になっていたのである。
     ただ奇麗になっていただけではない。
     ランスの放った衝撃波によって、粉々になった筈のシャンデリアは、何故か今はキラキラと傷一つ無い状態で、綺麗にユナの頭上で輝きを放っていた。
     それだけではなく、ユナが消滅させた床も何もかもが元通りになっており、まるで昨夜の戦闘が夢か幻だったかのように、玄関ホールには戦闘の痕跡がまるでなかった。
     仮に第三者に、この場所で昨夜激しい戦闘があったと言っても、誰も信じる者はいないだろう。
     それ程までに目の前の玄関ホールは、ユナが昨夜初めて目にした時と同じ奇麗な状態だった。
     暫く考え込んでいたユナだが、
     「お義兄ちゃんを探すのが一番重要だけど、魔法使いとしてはこの状況の原因を知りたいわね……」
     ユナもそうだが、総じて魔法使いと言うのは、科学者や考古学者と同じく、知的好奇心の固まりな者が多い。
     ただの古代遺跡としての屋敷なら、ユナも此処までは興味を持たなかった筈だが、一夜にしてあの戦闘跡が元通りになると言う、異常事態を目にしては、流石にユナの好奇心と興味を引かずにはいられなかった。
     そもそも、
     「まぁ、もしかしたら、お義兄ちゃんを探す便利なアイテムが在るかもしれないしね」
     と、何処までも義兄に関する行動を起こすユナだった。



     ユナが知る筈も無い事だが、故郷の人はそんなユナを見ては、極度のブラコン娘と思っているのは周知の事実であり、そんなユナが義兄に対して恋心を抱いているのも、それを感づきもしない義兄と自覚していないユナを除いては、公然の秘密であった。
     故郷の人曰く、「あの兄妹は頭は良いが、どこか抜けている天然系」と言うのが、二人に対する思いだった。



     まずユナは、昨夜行われた数箇所の戦闘箇所を、順次確認する事にした。
     これは、破壊された場所が修復されるのが、この玄関ホール一箇所だけなのか、それともこの屋敷全体に及ぶ現象なのかを確認するためである。
     ぐるりと昨日、ランスとの戦闘で通った廊下を歩いてみたが、結果は全て修復されていた。
     それも、床に散らばった壁などの破片も奇麗に片付けられており、調度品なども奇麗に修復されていた。
     コレには、流石のユナも頭を悩ませた。
     どんな職人だろうとも、たった一晩で、あの惨状を奇麗に片付けられるとは思えないからだ。
     と其処で、ユナはある一つの可能性に思い至った。
     「森の霧と言い、私を惑わすほどの幻術を常時発動させる機能があるなら、屋敷を復元する機能が在ってもおかしくないわね」
     其処まで考えたところでユナは、目を瞑り思考の海に潜った。
     時間にして5分も経ってはいないだろう。
     ユナは閉じていた瞼を開き、
     「やはり森充に満ちている魔力は、この屋敷を中心として、まるで蜘蛛の巣のように張り巡らされてる……。と言う事は、それらの機能を制御する装置か何かが、この屋敷に設置されている可能性が高いわね。それを見付ける事が、この不可思議な現象を解決する一番の近道ね」
     そう言ってユナは、この屋敷の制御部を探す為に、屋敷の一部屋一部屋を確認する為に歩き出した。
     そして物語は、冒頭の場面へと進む。



     「う〜ん……、扉はあるけれど、ドアノブも取っ手もないんじゃ、いったいどうやって開けるのかしら?」
     うむむ……。と唸り、考え込むユナだったが、扉がある横の壁に、何やら溝があるのを見つけた。
     「ん? 何かしらこの溝……」
     身を屈め、溝を覗き込む。
     「何かを入れるのかしら? そうするとこの形……手を入れるのかしらね」
     ユナが覗き込んだ溝には、確かに手形のような窪みがあり、高さも丁度手を入れやすい高さだった。
     「あからさまに怪しいわね。……罠、という可能性も捨てきれないけど……。ええい! 悩んんでいても仕方が無い。罠だったら罠で、それを噛み千切るのみ!! 女は度胸! 前進よ、前進!!」
     そう言ってユナは、キリが唖然とした表情を浮かべているのを尻目に、無造作に右手を溝へと差し込んだ。
     すると溝が一瞬光った。
     「何!? 何なの!?」
     溝から素早く手を引っ込めて、ユナは辺りを警戒した。
     キリも油断無く辺りを警戒している。
     一分、二分と警戒していたが、特に異変は起こらなかったので、ユナたちは警戒を解いた。
     そして、まるでユナたちが警戒を解くのを待っていたかのようなタイミングで、どこからともなく声が響いた。
     「……現在状況確認開始……状況確認終了。現在とう屋敷のマスターは不在。種族、人間。性別、女。魔力測定値、規定値クリア。貴方を仮のマスターと承認します。ようこそいらっしゃいました。私はこの屋敷を司る人工精霊クロノです。詳しい事は目の前の扉を開け、階段を下りた先にある制御ルームでどうぞ……」
     そう言うと、人工精霊クロノは沈黙した。
     「ドウスルノダ、主ヨ?」
     ユナに聞くキリだったが、ユナは不敵な表情を浮かべ、
     「さっきも言ったでしょう? 女は度胸! 前進よ、前進! それに、よく言うでしょう。虎穴に入らずんば虎子を得ずって」
     ユナは呆れた表情のキリを引き摺るように、地下への階段を下りて行く。



     「これは……凄いわね」
     自然とユナの口から零れた言葉。
     だからこそ、ユナの衝撃度が窺い知れる。
     ユナが今いる部屋は、玄関ルームなどと比べたら素っ気のない小さな部屋だったが、ある意味で玄関ルームとは比較にならないほどの衝撃をユナは受けていた。
     見れば椅子が一脚あり、その目の前には、森の様子に屋敷の庭に、屋敷の内部の様子が映っていた。
     今ユナが目にしているのは、モニターとそれを操作する制御パネルである。
     どういった仕組みかはユナには理解できなかったが、遠見の魔法か、監視の魔法に近い効果をもったアーティファクトと推測した。
     もっとも、「性能と精度が桁違い」と思ってはいる。
     「っで、来たけど私はどうすればいいの?」
     ユナは虚空に向かって、正確には、今もユナを監視しているであろう人工精霊クロノに質問を投げかけた。
     「ようこそいらっしゃいました。まずはその椅子へ腰をおかけください」
     クロノの声に敵意を特に感じなかったユナは、躊躇せずに椅子へと腰掛けた。
     「それで? 詳しく説明してくれるんでしょうね?」
     「Yes,まず私は、マスターの言う古代魔法文明期に作られた人工精霊クロノです」
     「ちょっとまって、さっきも言ってたけど、人工精霊って……古代魔法文明は、人工的に精霊を作る事に成功していたの!?」
     「Yes,もっとも、自然界に存在する精霊とは、多少存在の仕方などが違いますが」
     驚愕の声を上げるユナだが、それも無理は無かった。
     精霊というのは、基本的に自然界が生む、自然の意思とも呼ばれる存在である。
     もともと精霊という存在を確認できたのは、最も精霊に近い種族の一つであるエルフが、精霊魔法と言うのを行使しているからだ。
     未だに精霊という存在の発祥や生態などは、神秘のヴェールという多くの謎に包まれている。
     それなのに、古代魔法文は人工的に精霊を作ったという。
     それは最早、神の領域と言っても過言ではない。
     そして、現在までにユナが知る限りでは、人工精霊などは発見されていない。
     今ユナが目にしているのは、世界的大発見。その言葉が当てはまる発見だ。
     研究機関に報告したら、多額の報酬を貰えるか、口封じをされるだろう。
     だが今はそんな事を考えても仕方は無い。
     ユナは他に気になる事を聞いてみる事にした。
     「私を仮のマスターと呼んだけど、私の前のマスターはあの吸血鬼のこと?」
     ユナは、昨夜滅殺した吸血鬼の顔を思い浮かべながら聞いた。
     「情報検索開始……検索終了。いいえ、違います。私の以前のマスターは、マスターの言う古代魔法文期の人物です」
     「じゃあ、あの吸血鬼は何なの? なんでアイツはマスターじゃなかったの?」
     「情報を整理したところ、マスターの言う吸血鬼は、私の機能が凍結している間に、勝手に住み着いていた人物です。また、私のマスターになるには、設定されている条件をクリアしている必要があります」
     その言葉にユナは眉を顰める。
     「じゃあアイツは、ただの不法侵入者ってこと? 私も人の事言えないけど……。それに、マスターになる条件ってなに?」
     「マスターになる条件は、大きく三つです。
     一つ目は、私のマスターが不在かどうかです。不在と言うのは、この場合、死亡ということをさしています。
     二つ目が、種族が人間であるかどうかです。例の吸血鬼は、純粋な人間ではなかったので、私のマスターになる資格が無かったのです。
     最後に三つ目ですが、魔力の強さがある一定の既定以上あるかどうかです。その点は、マスターは余裕でクリアしています」
     「なるほどね……。それじゃあ、今私は仮のマスターなのよね? 完全なマスターになる為に必要なことと、なった時の利点と欠点は?」
     「私の真のマスターになるには、貴方の血を少し貰います」
     その言葉と共に、ユナの目の前にある制御パネルの一部スライドし、受け皿のような物がせりあがった。
     「そこに貴方の血を一滴垂らして貰えれば、契約は完了します。それと、私と契約した事による利点と欠点ですが、利点の方は、屋敷にある全ての品が貴方の物となります。欠点と言うのは特にありませんが、しいてあげるなら、年に数度この屋敷に来て貰う事ですかね。来て貰う理由としては、マスターとなった者の生存の確認と、体の健康チェックが目的です。以上です」
     クロノの言葉に考える素振りをしながら、考えを纏める為に口に出して言う。
     「そうすると、私はマスターになるだけで、古代魔法文期の遺産を貰える上に、セカンドハウスも手に入るわけだ。それに欠点らしい欠点はないわね。しいてあげれば、何度もこの屋敷に来なければならない手間があるから、遠くの地方にはいけないことか……」
     考え込むユナに、クロノは意外な事を言った。
     「いいえ、それほど手間は掛かりません。マスターになれば、転移機能が使えます」
     「転移機能?」
     「はい。転移機能とは、マスターが一瞬で私の場所に戻って来る為の装置と、マスターが行きたい場所に行ける機能です。ですが後者は、以前―――つまりは古代魔法文期とは地形や都市の位置が違っている為に、現在は完全には使用できません。使用できるのは、マスターが行った事のある場所だけになります」
     「……それは、便利なんだか不便だかわからないわね。でも……貴方と契約した方が得るものが多いか。わかったわ、契約しましょう」
     ユナはリュックの中から小型のナイフを取り出すと、右の人差し指を軽く切り、血を一滴受け皿へと垂らした。
     傷その物は小さかったので、治癒魔法によって直ぐに治った。
     「……遺伝子解析……解析終了。続いてマスター登録準備開始……準備終了。貴方のお名前をお聞かせ下さい」
     「ユナ・アレイヤよ」
     「マスター名、ユナ・アレイヤ……認識完了。最終段階へ移行、マスター登録開始……登録終了。ユナ・アレイヤをマスターと承認」
     ガシャ……
     制御パネルの一部が開き、中からペンダントが現れた。
     「これは?」
     「このペンダントは、この屋敷のマスターの証です。他にも、先ほど言ったこの屋敷への転移機能も付いています。合言葉を言えば発動します。合言葉は、「我、我が屋敷へ帰還す」です。範囲は、マスターが手に触れているものです。ですが、石や木々や地面などは例え触れていても転移はしません。その場合、安全装置が働きます」
     「なるほどね。流石に便利にできてるわ。で、他に何か注意する事とかってある?」
     「いいえ、他にはありません。ですが、マスター不在時には、私はどのような行動を起こせば宜しいのでしょうか?」
     ユナは暫く考え込んで、
     「貴方は不法侵入者がいた場合、追い返すこととかってできるの?」
     「Yes,屋敷の内部に、様々な装置が設置されているので、それは可能です」
     「そう……では、まずは注意、それから警告を発して。警告に従わない場合は、二三度威嚇して。それでも駄目なら殲滅を許可します」
     「了解。他には、森に張り巡らせている迷いの霧と、屋敷周辺に展開している幻術はどうしますか?」
     その言葉に一瞬驚きの表情を浮かべるユナだったが、
     「ああ、アレも此処で制御していたわね。そうね……余計な侵入者はごめんだから、そのまま展開しておいて」
     「了解。霧、幻術とも、展開を継続します。以上でしょうか?」
     「ええ、以上よ。私たちはこれから屋敷を出て旅に戻るから、クロノは屋敷の管理をお願いね」
     「了解。マスター、お気をつけて」
     「ありがとう。じゃあね」
     ユナは椅子から立ち上がると、制御ルームを出て行った。



     「意外なところで古代魔法文期の遺産を手にしたわね。ふぅ、ここのところ戦闘続きだったから流石に疲れたわ。確か此処から少し行った所に、温泉宿が在ったわね。温泉にでも入って疲れをとりましょう。キリ、次の目的地は温泉宿よ」
     森を出たユナは、温泉宿に向かって歩き出した。
     そこでユナは、義兄の行方の手掛かりを得るのだが、今はそんな事は知るはずもなかった。



     その頃、義兄は―――

     「ん、アレは盗賊か? まずい、早く助けないと!!」
     義兄の眼に飛び込んで来たのは、盗賊に襲われている幌馬車の一行。
     恐らく商人か、町への移住者か何かだろう。
     護衛の傭兵の数は確認出来るだけで5人。それに比べて、盗賊たちは20人近くいる。
     義兄は護衛の傭兵達が、数的に圧倒的に不利なのを見て取って、急いで駆け出した。
     「E・Cセット、起動! ハァーーーッ!!」
     義兄は連接剣を袈裟斬りに振るった。
     衝撃波がE・Cの風を纏い、刃となって盗賊の一人を切り裂く。
     突然の乱入者に盗賊たちは慌てふためき、指揮系統が混乱に陥った。
     逆に護衛の傭兵たちは、圧力が弱まったのを感じて、盗賊たちを押し返す。
     義兄の助力を得た傭兵たちは、一人、また一人と盗賊を切り倒す。
     盗賊たちは、自分達の優位が無くなったと感じたのか、バラバラに逃げ出した。
     義兄は戦いが終わったのを見て取ると、剣を鞘へと戻し、死傷者を確認するために、馬車へと向かって足を向けた。



     現在の義兄の位置―――
     故郷から直線距離で71km
     果たして義兄は、無事自力で帰郷できるのか!?



     次回予告―――

     次回予告はまたまた俺っチ、マオ様がやるのだー!
     前回作者が言っていた温泉はー、次回になりそうだなー。
     全く、ダメダメな作者だなー。
     唯一褒められるのはー、俺っチを出す事くらいかー?
     ではー、いくぜぇー!
     次回、『捜し、求めるもの』
     温泉宿でー、ユナは二人の姉妹にであうー。
     その姉妹はー、普通の姉妹じゃないかもなー?
     予定は予定であって、未定なのだぁー!
     そこんところー、宜しく―!!
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■219 / inTopicNo.10)  捜し、求めるもの 第五幕 前編
□投稿者/ ルーン -(2005/06/17(Fri) 21:51:24)
     「う〜ん、いったいどの宿に泊まろうかな〜。どうせなら、料理が美味しくて東方風の宿が良いな〜」
     旅館街をぶらぶらと歩き回りながら、ユナは泊まる宿を探していた。
     折角温泉が目当てで来たのだからと、ユナはどうせなら旅館も東方風の建物が良いと探し歩いているのだ。
     歩き回っている内に幾つか候補は見つけたのだが、なかなかこれだ! と気に入ったところが見つからなかった。
     そうこうしている内にいい加減疲れてきたので、諦めて妥協しようとしたその時―――
     「見つけた……」
     ポツリとユナが漏らした。
     ユナの視線の先には、これぞ東方風といいたげな木造の建物が在った。
     ユナは直感でこれ以上の宿はないと思い、
     「キリ、あの宿にするわ。行くわよ」
     ずっと傍らを歩き続けていた従者のキリに声をかけて、その宿へと足を向けた―――



     がらがらがら……
     「いらっしゃいませ〜」
     宿に入ったユナに、元気な声が掛けられた。
     声のしたほうを見れば、ここの従業員らしき女性がユナの方へ、小走りで向っていた。
     「お待たせしました。ようこそ風花へ。受付はこちらとなりますので、靴を脱いでこちらに履き替えてお上がりください」
     と其処まで言ったところで、仲居はキリに気がついたのか、一瞬その動きを止めた。
     「……えっと、少々お待ちください」
     顔を引き攣らせながらも、プロ根性なのか、何とか笑顔を浮かべて奥へと戻っていった。
     ”そう言えば東方の風習では、家に上がるときは靴を脱ぐんだっけ”などと考えていると、その手に布らしき物を持って、仲居が姿を現せた。
     「お待たせして、申し訳ありません。そちらの犬……ですか? そちらの方は、足を拭いてから上がってください」
     犬と言う言葉にキリは不満そうに鼻を鳴らし、ユナは苦笑を浮かべた。
     「この子は犬じゃなくて、一応狼よ」
     それを聞いた仲居は、何度も頭を下げたが、ユナは別に気にしていないと言って、キリの足を拭いて上がらせた。
     ユナ自身も靴を脱ぎ、スリッパに履き替えると、仲居の先導に従って後をついて行く。
     「ご宿泊ですか? それとも入浴のみですか?」
     カウンターに案内した仲居が宿帳片手にユナに尋ねてきた。
     「へ〜、入浴のみでもいいんだ。……でも折角だから、ゆっくり温泉に浸かりたいから、宿泊でお願い」
     「かしこ参りました〜、ご宿泊ですね。それとお部屋の方はいかが致しますか? そちらの方もいらっしゃいますと、相部屋ではなく個室か離れのどちらかになってしまいますが」
     「そうね……個室と離れの違いって何?」
     「そうですね〜……個室と離れの違いは、個室よりも離れの方が広いのと、最大の違いは離れには離れ専用の温泉が在る事でしょうか。それと、お値段の方が離れの方が非常にお高い事でしょうかね」
     「専用の温泉が在るの!? 高いってどのくらい……?」
     専用の温泉と聞いて、ユナは離れに興味を持ったのか、値段を尋ねる。
     そんなユナに仲居は眉を寄せ、「お高いでよ〜」っと言いながら、料金表をユナに見せた。
     一瞬眉を寄せた仲居を不審に思ったが、その料金表を見て納得した。
     とてもではないが、普通の二十歳未満の女の子には払えそうに無い金額だった。
     と言うか、一般家庭の人でも二の足を踏む値段だった。
     簡単に言えば、ゆうに四人家族の半月分の生活費に相当していた。
     だが幸いと言うべきか、ユナはあらゆる意味で普通ではないので、金銭的にも余裕があったので、専用の温泉に惹かれて離れを選んだ。
     「じゃあ、離れでお願いします」
     「え!? 離れですか!? ご宿泊金は前払いになりますが……」
     驚愕の表情を浮かべる仲居に、ユナは黙って宿泊費を差し出した。
     「ど、どうも……ではこちらにご記入をお願いします」
     今だ呆然としながらも、しっかり仕事をしている辺り、流石はプロだろう。
     「ではユナ・アレイヤ様、どうぞこちらへ。離れへとご案内させて頂きます」
     宿帳に名前を記入し終わったユナは、仲居の先導の後について、離れへと案内された。



     「どうぞ、こちらが離れになります。御用の祭は、カウンターか仲居に仰ってください。あとお食事の方は、時間になりましたら此方の方へと運ばせて頂きますので」
     深々とお辞儀をした仲居は、静かに戸を閉めると、自分の仕事へと帰って行った。
     「それにしても、広くて奇麗な部屋ね……。それに、この何だか不思議な匂い……これがレンの言っていた畳の匂いなのかしら?」
     学園での一番の親友であり、本人は否定していたが、東方贔屓な親友が語っていた東方の知識を思い返す。
     「そう言えば……一面畳だけの部屋を作るとか言っていたけど、結局作ったのかな? 今度遊びにでも行ってみようかな〜」
     学園を卒業してから、一度も会っていない事を思い出し、ふと親友の顔を見たくなったユナ。
     「あ! あと、東方の庭園もこちらと違った意味で、奇麗だとか言っていたわね。……そうね、温泉は取り敢えずは後回しにして、庭園を見てみますか」
     ユナは外の風景を遮っている障子を静かに開けた。
     そして―――
     目の前の風景に、思わず息を呑んだ。
     計算され尽くしたような、それでいて自然そのままの様に生い茂る木々の姿。
     アクセントにか岩も置かれているが、これも不自然な物ではなく、すんなりと受け入れられた。
     灯籠や池も不自然ではなく、そこに在る方が自然だと思わせる配置。
     そんな一種幻想的な庭に、ユナは目を見開き、息をするのも忘れて見入った。
     暫くして、「ほふぅー」と言う息を抜く音と共に、ユナは意識を取り戻した。
     「レンから聞いてはいたけど、まさかこれほどの物とはね……恐れ入ったわ」
     「確カニ、コレハ奇麗ダ。我カラ見テモ、不思議ト自然トノ調和ガ取レテイル。我ガ今マデ見テキタ人間ガ作ッタ庭園ノ中デモ、最モ美シイク自然ニ近イ物ヲ感ジル」
     キリの言葉にユナは一瞬驚いたような顔を見せたが、
     「そうね。確かレンが言っていたわ。東方の庭園は、こっちとは違って、自然との調和を目指して作られてるんですって。これを見れば、その話が本当の事だと納得できるわね」
     「ナルホドナ。ソレデ納得デキタ。我ガ今マデ見テキタ庭園ハ、人間ガ楽シム為ダケニ作ラレテイテ、自然トノ調和ナド無カッタカラナ」
     「以前レンが買った浮世絵もそうだけど、東方は独自の文化を築いていて、何か見ているこちらの心に何かを訴える感じがするのよね」
     そこまで言ったところで、ふと虚空を見上げるユナ。
     「そう言えば以前お義兄ちゃんが、『スシ〜、テンプラ〜、オンセン〜、ゲイシャガール』これが東方の基本だとか何とか言っていたような気が……」
     むむむと眉根をよせ、考え込む。
     「でも、スシ〜、テンプラ〜、オンセン〜は知ってるけど、最後のゲイシャガールはいったい何なのかしら? 前にレンに聞いた時には、レンは『あはははははっ、ゲイシャガールを基本って、ユナの義兄ちゃん最高だな!』とか言って何故か爆笑していたし。まあ、レンの爆笑なんて珍しい物が見れたのは良かったけど……」
     あのレンの反応からして、『ゲイシャガール』とはそんなに笑いを誘うものなのかと気になるユナだったが、誰かに聞くのも憚る為に、今まですっかり忘れていた。
     忘れていたのだが、一旦『ゲイシャガール』の事を思い出すと、非常に気になる。
     『ゲイシャガール』の事を仲居に聞こうか聞くまいか、腕を組み散々悩むユナ。
     と、その時―――
     「何、この魔力!?」
     声を荒げ、勢い良く顔を上げる。
     「コノ奇妙ナ魔力ニ、主モ気ガ付イタカ」
     「ええ、勿論よ。でも何かしら、この魔力……。人間の魔力のような気がするけど……そうじゃないような……」
     今まで感じた事の無い奇妙な魔力に、ユナは戸惑いを覚えた。
     それはどうやらキリも同じらしく、魔力の発生点であろう方角を険しい顔を向けている。
     「コノ感ジ……ダガ、ソンナ事ガアリ得ルノカ?」
     ポツリと漏らしたキリの声は、何やら考え込んでいるユナには聞こえず、
     「でも、それだけじゃない。……もう一つ、異常な魔力を感じるわ。でも、これって……」
     更なる異常な魔力を感じたユナは、唖然と漏らしたその声には、畏怖は滲んでいた。
     「(この異常な魔力……一つは唯の人間じゃないとしても、問題なのはもう一つの魔力の持ち主の方。この魔力の持ち主……間違いない、私よりも潜在的な魔力は圧倒的に上だわ)」
     ぶるりと体を震わせ、両の腕で体を抱きしめる。
     だがここで、一つの違和感を覚えた。
     「(でも変ね。何かしらこの違和感……まるで魔力を垂れ流してるみたい―――っ!! まさか!? もしかして魔力をコントロール出来ていない!? そんな……嘘でしょう?! こんな莫大な魔力をコントロール出来てないなんて!? これじゃあ、いつ暴走してもおかしくないじゃない!! もしかして本人は、この魔力に気付いていない? それとも、制御できないだけ? ……どちらにしても危険か。そうすると―――)」
     ある一つの可能性に思い至り、ユナは顔を強張らせた。
     こんな異常とも言える巨大な魔力が暴走したら、只では済まない。
     暴走した魔力の持ち主自身の命の危険は勿論、巻き込まれる周囲の被害は尋常ではないだろう。
     「ドウスル、主ヨ……」
     キリのその問い掛けに、ユナは数瞬考える素振りを見せたが、
     「確かめるわ。こんな異常な魔力、不確定要素以外の何モノでもないもの。本人は勿論の事、万が一にも暴走なんかされたら、周囲の被害が尋常じゃなくなるしね」
     どの様な人柄かは知らないが、どの道、この様な暴走の危険を孕んだ魔力の持ち主を放っては置けない。
     決意を秘めた目でキリを見据えると、ユナは離れを後にする。
     いったいどの様にして接触したものかと頭を悩ませながら、ユナはこの異常な魔力の持ち主達がいるであろう、風花のフロントへと向った。



     フロントが近づくにつれ、何か言い争いと言うか、悲痛な声が聞こえてきた。
     ユナは息を潜め、物陰からこっそりと声の主を窺う事にした。
     まず目に付いたのが、見覚えのある仲居。
     そして、同じ年頃の二人の少女の姿。
     「(……間違いない。あの異常な魔力の持ち主は、あの子達ね。直接見れば、あの違和感の正体もはっきりすると思ったんだけど……ダメね。直接見ても、普通の人間とは違う魔力だと言うのは分かるけど、何が違うのかが分からない。獣人や魔族の血を引いてる訳でも無さそうだし……。そうすると、私が知らないモノの血を引いてるのか、何かが憑いてるのか……。結局は、今の私では分からないか)」
     顔ははっきりとは見えないが、一人は水色に近い青い髪の女。
     もう一人は、緑と言うよりも、翠色の髪の女。
     年齢は後姿からでは判断しづらいが、二人の共通する雰囲気や仕種から、恐らくは姉妹ではないかとユナは判断した。
     さて……と、どうやってあの二人に接触したものかと、考え込むユナに、姉妹の声が聞こえてきた。

     「えぇー!! 本当に空き部屋が一つも無いの!?」
     「申し訳ありません。遂先ほど、満室になりまして……」
     悲痛な声をあげる客へと、申し訳無さそうに頭を下げる仲居。
     「るぅ〜。姉様、どうしよう? もう時間が時間だし、どこも満室っぽいよ?」
     「どうしようって……セリス、何暢気に言ってるの?! このままじゃ、折角温泉に浸かりに来たのに、野宿よ、野宿!!」
     「でも姉様、部屋が空いていないのなら、どうする事も出来ないよ?」
     「うっ、確かにそうだけど……。でも、何とかしようって気にならない?」
     セリスの現実的な答えに、一瞬言葉を詰まらせる姉。
     そんな姉を見かねてか、仲居が助け舟を出した。
     「それでは、他のお客様……女性客にですが、相部屋を頼んでみますか?」
     その仲居の言葉に姉妹は目を輝かせ、声を揃えて「お願いします」と頼んだ。

     「う〜ん、これぞ天の助けって奴かしら。兎も角、あの姉妹に接触する機会が巡って来た訳ね」
     物陰からこっそりと様子を窺っていたユナは、この偶然に興じる事にした。

     「仲居さん、騒がしいようですが、どうかしました?」
     ひょっこりと姿を現したユナとキリに驚きながらも、ユナ達が宿泊している場所と人数を思い出し、まずはユナに頼んでみる事にする仲居。
     「実はですね、こちらのお客様方が今晩泊まる所が無いと申されまして。ですが当館も生憎と満室でして……そこで出来ればアレイヤ様、この方々と相部屋……と言う事にはしては貰えないでしょうか?」
     ユナは事情を知っているにも拘らず、腕を組み、考える素振りを見せる。
     そんなユナに縋るような三組の視線が突き刺さり―――ユナは幾分か頬を引き攣らせた。
     「私は別に構いませんが……私はこの子と一緒ですが、そちらは大丈夫なの?」
     ちらりとキリに視線を向けるユナ。
     そんなユナの視線を追って、初めてキリの存在に気が付いたのか、ビクリと体を震わす姉妹。
     ユナは姉妹の反応から、怖がっているのかと思ったが、姉妹の反応はユナの想像を超えていた。
     突然セリスが目を輝かせ、
     「姉様、この子可愛い〜♪ この子の名前は何て言うの? 性別は? 雄? それとも雌? ねえねえ、触っても大丈夫?」
     いまにもキリに抱きつきそうな勢いで、ユナに矢継ぎ早に質問を浴びせる。
     そんな妹に態度に、姉はユナに恐縮なそうな顔を向けるが、キリに興味があるのは、ちらりちらりと視線をキリに送っている事から窺い知れた。
     「えっと、名前はキリって言うわ。性別は雄。噛み付いたりしないから、触っても大丈夫。ちなみに、犬じゃなくて狼だから」
     セリスの質問に答えながらも、ついでに狼だと付け加えて置く。
     「貴方キリって言うの? ボクはセリス。宜しく、キリ」
     セリスはキリの首に抱きつくと、頬をグリグリとキリに擦り付ける。
     キリはキリで、この行為は不快に感じなかったのか、特に嫌がる素振りも見せずに、大人しくしている。
     「すみません、何だかいろいろとご迷惑を掛けて。私はエルリス・ハーネットと言います。で、あっちのが双子の妹の『セリス・ハーネット!! 宜しく〜』……です」
     セリスの大声に、眉間をピクピクと痙攣させながらも、何とか笑顔のまま自己紹介を終えた。
     そんなエルリスに、姉妹でも兄妹でも、どっちかが苦労するんだな〜と考え深げに納得するユナ。
     「……っと、私はユナ。ユナ・アレイヤよ。こちらこそ宜しく。エルリス、セリス」
     そう返したユナの口元は、自然と微かに緩まっていた。
引用返信/返信 削除キー/
■220 / inTopicNo.11)  捜し、求めるもの 第五幕 中篇
□投稿者/ ルーン -(2005/07/20(Wed) 18:33:56)
     「うわ〜、広くて眺めもバッチリだよ、姉様!」
     部屋に着いた途端に、声を弾ませながら、ついでに体も弾ませるセリス。
     そんな妹に苦笑しながらも、確かに部屋は広いし、窓から見える風景も奇麗だと思うエルリス。
     一番後に部屋へと入って来たユナは、魔力の話をどう切り出したものかと迷いながならも、二人が落ち着くのを待つ事にした。
     ちなみにキリは、そんな主や姉妹の事には我関せずと、部屋に着くなり部屋の隅で丸くなっている。
     「こら、セリス! そんなに騒がないの!! ごめんねユナ、騒がしい妹で」
     本当に申し訳無さそうに謝るエルリスの姿に、ユナはこの姉妹が見た目通り悪い人物ではないと判断した。
     「別に気にしなくて良いわよ。幸い此処は離れだし、少し騒いだところで、隣に迷惑を掛けるって事も無いでしょうし」
     「そのことだけど、本当に良いの? 私たちはご飯代だけ良いなんて……」
     バツが悪そうに言うエルリスに、ふと気が付けば、セリスもバツが悪そうな顔でユナの顔を見ていた。
     宿帳に名前を明記したあとに、宿泊費のことを尋ねたエルリスは、ユナから部屋代は良いから、食事代のみで良いといわれていたのだ。
     ユナはそのことで、エルリスとセリスが引け目を感じているのを察する。
     どうしようかと考えを巡らしたユナは、二人に現実的問題を突きつける事にした。
     「そんなに言うなら、半分払う?」
     「うん。そうしてくれた方が私達も寛げるしね」
     そのエルリスの言葉に、ユナは意地悪な笑みを浮かべた。
     「でも……この離れって、半分でもこれだけの金額になるけど?」
     そう言ってユナは、紙にさらさらとこの離れ一泊分の半分の値段を書いて、エルリスに差し出した。
     ユナのその笑みに嫌な予感がしつつも、差し出された紙にこわごわと目を落とす。
     「……ふみゃっ!!」
     意味不明は言葉を残しつつ、パタリと倒れるエルリス。
     「ね、姉様!?」
     慌ててセリスが駆け寄り、エルリスの様子を診る。
     「……良かった〜。ただ気絶しているだけみたい。でも、気絶するほどの金額だったのかな?」
     止せば良いのに、好奇心旺盛なセリスは姉が気絶した原因の紙を拾い、目を通した。
     「……る、るぅ!?」
     驚きの声をあげ、やはり姉と同じく気絶するセリス。
     そんな二人をユナは、額に指を当てて、どうしたものかと考え込む。
     キリはそんな主を見て、自業自得だとも言いた気に、隠そうともせずに盛大な欠伸をした。
     「ギャン?!」
     そんなキリの態度が気に食わなかったのか、ユナの飛び蹴りが奇麗にキリの脇腹えと突き刺さり、キリは苦悶の声をあげた。



     「で、どうするの?」
     目が覚めた二人にユナが聞くと、二人は先ほどの金額を思い出してか顔色を悪くし、
     「うぅ、寛げなくても良いです」
     涙目の姉の言葉に、セリスも何度も頷く。
     どうやら心の問題よりも、お金という現実的問題の前に、双子の姉妹は敗北を喫したのだった。
     「そう。でも、別に寛いでも良いわよ。元々一人で支払う予定だったし」
     そんなユナの淡々とした物言いに、エルリスはふと疑問に思った事を口にした。
     「でもユナって、これほどのお金をぽんと出せるなんて、どこかの良い所のお嬢様だったりする?」
     「お嬢様って、私は別に良家の娘じゃないわよ。そりゃあ確かに、死んだ両親は生活するうえで困らないだけのお金は残してくれたけどね。今回使った分のお金はまた別よ。これは、私が自分で働いて稼いだお金だからね。誰に気兼ねする事無く、自由に使えるお金なの」
     ユナのその説明にエルリスは俯くと、小声で一言「ごめん」と謝った。
     いきなり謝られたユナは分けが分からずに、エルリスの妹のセリスの方を窺うが、セリスの方も居心地が悪そうにもじもじしていた。
     ますます分けが分からなくなり、混乱するユナだったが、自分が発した言葉を思い返してみる。
     あ、と何かに気が付いた顔をし、バツの悪い顔をした。
     二人の態度が急変した理由が、おそらくは自分が発した『両親の遺産』という言葉が原因だろうと、思い至ったからだ。
     どうしたものかと考え込むユナだったが、結局は重い空気を振り払うために、
     「ああ、別に気にすることないわ。もう五年以上も前の事だし、それに天涯孤独の身って分けでもないしね」
     ひらひらと手を振りながら、いたって軽い調子で言った。
     そのユナの気遣いに気が付いたのか、それともその軽い調子に騙されたのか、双子の姉妹は顔を上げた。
     「……そう? なら、いいんだけど……私達も両親を無くしているから、そう言う辛さは知ってるから」
     姉の言葉に両親のことを思い出したのか、セリスは寂しげな顔をする。
     「……そうなんだ、エルリスたちも両親を……。姉妹二人きりか……ますます私に似てるね。もっとも、私の場合はお義兄ちゃんだけどね」
     「お兄ちゃん? ユナにはお兄ちゃんがいるんだ〜」
     兄という言葉にセリスは反応し、きらきらと瞳を輝かせる。
     「そう、お義兄ちゃん。もっとも、今は何処で何をしているのやら……」
     「え? どういうこと?」
     「ちょ、ちょっとセリス!!」
     無邪気に尋ねるセリスに、エルリスが慌てて制止の声をあげる。
     「ああ、別に気にしなくてもいいわよ。ただ、ちょっと行方不明なだけだから」
     さらりと問題発言をするユナに、二人の動きが止まった。
     どれくらいそうしていたか、やっとの思いで再起動を果したエルリスが、震える声でユナに尋ねる。
     「ゆ、ユナ? そんなさらりと行方不明って……大事じゃないの!?」
     あたふたと他人事なのに慌てる二人に、ユナは顔を俯かせて暗い、暗い声で答える。
     「ふふ、ふふふふ、大丈夫よ。私のお義兄ちゃん強いから、絶対に生きてるわ。第一、お義兄ちゃんは超絶的な方向音痴なのよ。それなのに、それなのにお義兄ちゃんときたら……馬車で町まで帰らずに、徒歩で帰るなんて無謀にも言い出して……」
     ぷるぷると全身が細かく震えるユナ。
     そんなユナの様子に姉妹は数歩後ずさり、従順たる僕の筈のキリは部屋の隅まで退避していた。
     「結果はご覧の通り。見事に迷子になってくれちゃって、まあ!! うふふふふふ、見つけたらどうしてくれようかしら? 今度こそその身に自分が方向音痴だっていう自覚を刻み込むしかないわよね? ふふふ、楽しみに待ってねお義兄ちゃん。ふふ、うふふふふ、うふふふふふふふ……」
     顔を俯かせている為に、長い髪に隠れてユナの表情は見えなかったが、見えなくて良かったと姉妹は思った。
     おそらく今のユナの表情を見たら、一生もののトラウマになるだろう事は推測できた。
     それほど、今のユナの声と纏っている雰囲気は恐ろしいものだった。
     その一方で姉妹は、今だ見た事の無いユナの兄に対して、静かに黙祷を捧げていた。



     溜まっていた心のうちを漏らした事ですっきりしたのか、ユナは普段の落ち着きを取り戻していた。
     そんなユナにエルリスは恐る恐る声を掛ける。
     「ゆ、ユナ? もう大丈夫なの? っと言うか、話し掛けても大丈夫?」
     セリスは恐々といった様子で、姉の背に隠れながらユナの様子を窺う。
     ゆらりとユナがゆっくりと顔を上げ、姉妹の方を向いた。
     「……ええ、もう大丈夫。ごめんなさい。親友にも言われてたんだけど、どうも私ってお義兄ちゃんの事となると周りが見えなくなるみたいなのよね」
     そのユナの言葉に、姉妹はほっと胸を撫で下ろす。
     「まあ、私もセリスに何かあったら、いてもたってもいられなくなるから、ユナの気持ちも分かるわ」
     「うんうん。僕も姉様になにかあったら、平静じゃいられないよ。だから、ユナが気にする事無いよ!」
     その二人の励ましにユナは感謝を述べ、本題に入る事にした。
     「そう言えば、私も訊きたいことが在ったのよ」
     「訊きたいこと?」
     「僕たちに? 答えられる事だったら、答えるよ」
     「貴方たち、いったい何者?」
     この質問に姉妹は疑問符を顔に浮かべる。ユナの質問の意味が、いまいち分からなかったからだ。
     「何者って……どういう意味?」
     「姉様は姉様だし、僕は僕だよ?」
     怪訝そうに返答する姉妹に、ユナは質問の仕方が悪かったかと、顔を手で覆った。
     今度は慎重に言葉を選び口にしようとするが、結局は面倒くさくなって単刀直入に訊く事にした。
     「ごめん、言い方が悪かったわね。単刀直入に訊くわね。貴方たちの魔力、いったいなんなの? セリスの方は異常とまで言える莫大な魔力を感じるし。でもこれはまだ納得もできるし、理解もできる。問題はエルリスの方なのよ。何だか人間じゃない魔力を感じるのよね。魔族や獣人といった血が流れているとも思えないし、何よりも私が感じるには、人間に別の何かがとり憑いていると言うべきか……。それも少し違うかな……どちらかと言えば、エルリスと何かが融合しているって感じかな? ……兎も角、普通の人間じゃありえない魔力を感じるのよ。っで、もう一度訊くわね。貴女たちはいったい何者なの?」
     ユナの言葉の途中で身を硬くし、僅かにユナから身を遠ざける。
     姉妹の雰囲気は一変し、さきほどまでのどこか緩んだ雰囲気ではなく、顔を強張らせ、ユナの一挙一動を見逃すまいと警戒していた。
     「何故、それをユナが知ってるの?」
     言った覚えは無いと、エルリスは背後にセリスを庇いながら、固い口調でユナに問いただす。
     セリスは二人の様子におろおろとしながらも、厳しい目をユナに向けていた。
     そんな二人にユナは深い溜息を吐く。
     「あー、やっぱりこうなっちゃうか。まあ、二人の様子から気付いてないと思っていたけど、本当にそうだったとわね」
     天井を見上げ、やれやれと首を振る。
     そんな呆れたと言わんばかりのユナの態度に、どこからともなく奇麗な装飾を施された一本の剣を手にしていた。
     それを目にしたセリスは驚きに目を見開かせる。
     「ね、姉様!? いくらなんでも、エレメンタルブレードを持ち出すなんてやり過ぎだよ!!」
     慌てるセリスに、エルリスは目で黙っているようにと言うと、エレメンタルブレードの切っ先をユナへと向けた。
     「ユナ、私の質問に答えてないわよ? ユナは良い人だし、私もセリスもユナを好きだから、できる事なら貴女を傷付けたくない。だから、私の質問にちゃんと答えて!」
     辛そうに顔を歪め、剣の切っ先が細かく振るえているが、その目は真剣そのものだった。
     万が一、ユナが自分たちに仇名す存在だったら、容赦はしないとその目が語っていた。
     姉の決意に押されてか、セリスも手に魔力を集め、戦闘準備を整えていた。
     ユナはそんな二人の様子をどこか眩しそうに見つめる。
     「その前にこっちも質問というか、確認したい事があるんだけど……いいかしら?」
     僅かに身動きしたキリを手で制すと、エルリスの目を見据える。
     「なに? でも、答えたくない事なら答えないわよ」
     「ああ、そんなに身構えなくても大丈夫よ。簡単な事だから。いままで貴女たち姉妹の周囲の人間で、魔法使いと呼べる存在はいた? いえ、多分いたんだしょうけど、その魔法使いの実力は? 宮廷魔法使いに入れるほどの腕はあった? それだけ教えてくれれば、エルリスたちの疑問にも答えてあげるわ」
     エルリスはユナの質問の意味がいまいち掴めずに眉を潜めるが、素直に答える事にした。
     「魔法使いと呼ばれる人は確かにいたわ。その人に私もセリスも魔法の基礎知識を教わったの。でも、実力は宮廷魔法使いに入れるほどじゃないって本人が言ってた。でも、それがどうかした?」
     エルリスの言葉にユナはやっぱりと頷くと、二人に向って説明を始めた。
     「なら話は簡単ね。いままで二人の周囲に高位の魔法使いがいなかったんじゃ仕方が無いでしょうけど、高位の魔法使いは魔力に敏感なのよ。もちろん、低位の魔法使いも魔力は感じられるけど、高位の魔法使いほど詳細に感じられないの。せいぜい、魔力の有無と表面的に感じられる魔力の量だけ。私みたいに、内面の魔力量と魔力の詳細は感じられないの。もっとも、高位の魔法使いは自分の魔力を制御できるし、隠すことも上手いけどね。でも貴方たち二人は、全然魔力を隠そうとしていないでしょう? それだと私ぐらいの実力者となると、まず貴方たち双子の魔力に気付くのよ」
     姉妹はユナの説明に目を見開いた。
     つまりは、高位の魔法使いなら、隠してもいない自分たちの魔力の大きさと違和感に気付くということ。
     それは拙い。
     エルリスは舌打ちしたいのを我慢し、どうするべきかを考えようとした。
     だが、セリスがそれをぶち壊す。
     よりにもよって、敵か味方かもいまのところ判明していないユナへと、
     「それじゃあ魔力って隠せるものなんだ! それに、ユナの言葉からだと制御もできるってことだよね?! ねえ、僕に魔力の制御の仕方教えてよ! お願い!! あんな、あんな思いはもう二度としたくないんだ!!」
     哀願にも似た叫び。
     その叫びにエルリスは悲痛な顔をした。
     あの事件がセリスの心を酷く傷付けたことを知っているだけに、セリスへの忠告の声をだせずにいた。
     ユナはその悲痛の叫びから、過去においてセリスが魔力を暴走させた事を察した。
     「それはいいわよ。と言うか、もともと魔力を制御できてなかったら、制御させる方法を教えるために貴方達に接触したんだし」
     「それって話が上手すぎない? 何か裏があるとしか思えない……」
     喜ぶセリスを脇目に、未だに警戒心と解かないエルリス。
     そんなエルリスの姿に、ユナは感心した。
     「(どうやら、セリスは世間知らずみたいだけど、エルリスは自分たちの特異性を理解しているみたいね。でもそれだと、私の話も素直には信じてもらえないだろうし……。だとすれば……仕方ないわね)」
     ユナはすっとエルリスの耳元に口を近づけると、セリスに聞こえないように小さな声で囁いた。
     ユナの突然の接近に、ぎょっと一瞬体が硬直したエルリスは、ユナを突き放す事もできずにユナの囁きを訊かされた。
     「ねえ、あの様子からだとセリス―――過去に魔力を暴走させた事があるでしょう。私はそれを防ぎたいだけ。エルリスなら分かっているでしょうけど、セリスの魔力が暴走したら周囲の被害も甚大なものになるわ。また、それでセリスの心を傷付けてもいいの? それに、このまま魔力を隠さないでいたら、教会か協会に目をつけられるわよ。エルリスもあの二つの組織に目はつけられたくないでしょう?」
     その言葉に、エルリスの顔が引き攣って固まった。
     そんなエルリスを、セリスは不思議そうに眺めている。
     教会と協会。
     ある立場の者の間では、絶対に関わり合いたくない組織名。
     それが教会と協会。
     教会は魔に属する者や、異端なモノを抹殺する組織。
     協会は魔法の発展のためなら、何をしでかすか分からない組織。
     教会の方に目をつけられれば、まず間違いなくエルリスは抹殺されるか、その異端さを徹底的に調べ上げられる。
     それに、人道的などと言った言葉は無い。
     協会の方に目をつけられれば、エルリスとセリス、両名とも魔法の発展の名のもとに、徹底的に調べ上げられるだろう。
     こちらも人道や倫理などは期待できない。
     そんな二つの組織に目をつけられる。
     それは死刑宣告よりも性質が悪い。
     いや、既に目をつけられている可能性もある。
     ならば、それ以上の危険性を犯す訳にはいかない。
     思考は一瞬。決断も一瞬。
     幸い目の前のユナ・アレイヤという人物は、短い付き合いだが信じられると確信していた。
     「(だって、人見知りの激しいセリスが懐いているんだから。少なくとも、悪い人じゃない。それは私も分かってる)」
     先ほどまでの警戒が嘘のように、その顔に笑顔を浮かべるエルリス。
     エルリスにセリスも、自分たちの特異性は嫌と言うほど知っていたが為に、警戒した事に越した事はなかったからだ。
     エルリスはある程度相手を観察し、言葉を交える事で相手が信用できるかを判断する。
     逆にセリスは、直感で相手が信用できるかできないかを判断している。
     その辺りの違いが、さきほどまでの二人の態度の違いにも表れていた。
     エレメンタルブレードを何処えとも無く消し去り、改めてエルリスはユナへと向き直った。
     「それじゃあユナ、お願い……できる?」
     上目遣いで頼むエルリスに、ユナは黙って頷いてみせた。
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■221 / inTopicNo.12)  捜し、求めるもの 第五幕 後編
□投稿者/ ルーン -(2005/07/30(Sat) 15:21:40)
     「んー、やっぱり直ぐには無理か……」
     エルリスとセリスに、魔力の隠蔽と制御の仕方とコツを教えたユナだったが、そんな事が簡単にできるはずも無く、当然思ったような成果はあがらなかった。
     「やっぱり直ぐには無理よね……」
     初めての試みに疲れたのか、肩で息を切らせながらエルリスは力なく声に出していた。
     そんな姉の弱気の声を聞いて、セリスは明るい声を出す。
     「姉様、諦めたらダメだよ! 諦めたら其処で終わりなんだよ!? ボクは絶対に諦めないからね!!」
     セリスは立ち上がり、握った拳を天に掲げた。
     そんな微妙に熱血している実の双子の妹を目にして、頬を軽く引き攣らせながらも、再びやる気が湧いてくるのを感じたエルリスは、声に出さずにセリスに感謝した。
     そんな二人の様子を黙って見ていたユナは、ふと眉を顰める。
     「あれ?」
     不思議そうな声を出したかと思うと、セリスの体が突然グラリと揺らぎ倒れ込む。
     それをある程度予期していたユナは、倒れ込むセリスの体を優しく抱きとめた。
     「セリス!?」
     突然倒れ込んだセリスに、エルリスは慌てて駆け寄った。
     ユナは支えていた体をそっと床に横たえると、セリスの状態をチェックする。
     「……大丈夫。慣れない事をしたから、疲れが体にでただけ。少し休めば直ぐに良くなるわ」
     その言葉にほっと胸を撫で下ろしたエルリスは、セリスの顔を覗き込んだ。
     「無理しちゃダメじゃない、セリス。無理して体でも壊したら、元も子もないでしょう?」
     「うん、ごめんなさい姉様。ユナも体を支えてくれてありがとう」
     「別に気にしなくても良いわ。私も少し無理をさせすぎたし。……そうね。セリスが立てる様になったら、温泉にでも入りましょうか。この離れには、専用の露天風呂が在るしね」
     エルリスとセリスはその言葉にパアっと顔を輝かせた。
     そにな二人の様子にユナは、二人の魔力の隠蔽と制御をどうしようかと考え込んだ。



     「うわぁー、これが露天風呂!? 岩だよ岩! 姉様、岩のお風呂だよ!! 景色もバッチリだよ!!」
     歓声をあげるセリスに、エルリスも目を見張った。
     だが一方で、室内ではなく室外というお風呂に戸惑ってもいた。
     (うーん、最低限の塀はあるけど……)
     グルリと周囲を見渡し、遮るものが心もとない塀だけとあって、
     「これって、周囲から覗かれないかしら?」
     ポツリと不安を口にした。
     それを耳にしたユナが、安心させるために声をかける。
     「大丈夫よ。一応周囲の土地はここの宿の物みたいだし、あの塀にも魔科学が使われているみたいだしね。効果は塀の外側と内側の歪曲。内側からだと分からないでしょうけど、外側からこっちを覗こうとしても空間が歪曲している為に、こっちの風景は覗けない仕組みね。あと……どうやら侵入者防止用のトラップと、警報機も設置されているわね。これだけあったら、普通なら誰も覗こうとしないわよ」
     ユナの言葉にホッと胸を撫で下ろすエルリスだったが、ふと気になった事をユナに訊いてみる事にした。
     「キャハハハハ♪」
     「でも、覗こうとする人が普通じゃなかったら?」
     「それも大丈夫。キリに撃滅してもらうし、念入りに私も魔法で抹殺するから」
     「わぁ〜い♪」
     「……それは心強いわね。でもユナって、魔法だけじゃなく魔科学にも詳しいのね。私達とあまり年齢は変わらないのに凄いわ」
     ユナの物騒な物言いを奇麗に聞き流し、魔科学にも精通しているユナの博識さに、エルリスは感嘆の息を漏らした。
     「うーん。まあ、私も魔科学の結晶を持っているし、魔科学の基本は魔法と科学の融合だからね。どちらか片方にでも精通していれば、そこそこ魔科学にも通用するのよ。もっとも、私の場合は魔科学にも興味を持っていたから、ある程度の知識は学んだんだけどね」
     「アハハハハハ♪」
     「………………」
     「………………」
     「それいけ〜♪」
     楽しそうにはしゃぐセリスの声に、シリアスな雰囲気をぶち壊され、思わず黙り込む二人。
     ギン! とセリスを睨みつけ、しばらく黙るように言おうと、セリスの方へ振り向くエルリスだったが、ピシリと石像のように固まった。
     ギギギっと戸が軋むような音を立てながら、そっとユナの方を振り向いてみれば、ユナは驚きに目を見開いていた。
     その事から、どうやらアレは幻像ではないのだと、諦めにも似た境地で納得したエルリスは、スーッと大きく息を吹き込んだ。
     「セーリースー!! お風呂で泳いだらダメでしょうがぁー!!」
     「るぅ!?」
     ビックリしたセリスが、乗っていたキリの背中からずれ落ちて、温泉へとダイブした。
     エルリスはジャバジャバと温泉をかき分け、セリスの首根っこを引っ掴むと、説教するために温泉からあがらせる。
     エルリスの説教が聞こえる中、ユナとキリの間には嫌な沈黙が下りていた。
     「キリ?」
     ビクリ! ユナの静かな呼び声に、キリは尻尾を力なく垂らしながらも、ユナの下へと近づいた。
     気のせいか微妙に視線を逸らしつつ、主であるユナの顔色を窺っている。
     「まあ、貴方が誰を背に乗せて泳ごうと勝手だけど、温泉で泳いじゃダメでしょう!!」
     怒鳴り声と共に、腰と捻りの入った豪快なアッパーカットが、キリの顎を捉えた。



     「ふぅ〜、やっぱり温泉はお風呂と違って、また格別に気持ちが良いわ」
     「まったくね。温泉に入るのは初めてだけど、こんなに気持ちが良いものなんて……はぁー、幸せだわ」
     「うぅぅ……」
     「………………」
     気持ち良さそうに声を出すユナとエルリスとは対照的に、セリスは涙目でキリに寄りかかり、キリは器用にセリスを支えながらも、前足でぶたれた顎を抑えていた。
     「全く、どうしようもない奴らだなー」
     「あら、貴方もそう思う……? って、貴方誰よ!?」
     突然の第三者の声に、ユナは警戒態勢をとった。
     「待ってユナ! 大丈夫、彼女はマオ。まあ、一応? セリスの使い魔よ」
     「そうだぞー、俺っチの名前はマオって言うんだー。宜しくなー」
     ひょこりとエルリスの背から飛び出てきたのは、瞳の色が金色の子猫で、毛色がセリスの髪の色と同じ水色などといった、自然界ではありえない生物だった。
     「使い魔? 魔力も碌に制御できていないのに? いえ、それよりもこの感じは何処かで―――」
     「マサカ、人工精霊トハナ。モットモ、主ガ知ッテイルアノ人工精霊トハ、マタ違う雰囲気ヲ感ジルガナ」
     考え込むユナに、キリは目の前の使い魔の正体を口にした。
     「人工精霊? ……言われていれば確かにそんな感じだけど……キリの言うとおり、アノ人工精霊とはまた違った雰囲気よね」
     人工精霊などといった希少な存在を目にして、少し困惑気味な声を出した。
     そして、以前とある事情で人工精霊と接触する機会があったのだが、その時の人工精霊とはまた違った雰囲気を感じるのだ。
     あの時の人工精霊よりも遥かに人間くさく、また、非生物から生物状の形態をとっている事も、ユナの興味を惹く一因となった。
     更に詳しい事を聞こうと、ユナはエルリスの方へと振り向いた。
     「? 二人ともどうしたの? そんなぽか〜んとて」
     ユナが振り替えてみれば、エルリスにセリスは、ぽか〜んと口を大きく開けて、目を見開いてキリを凝視していた。
     「ゆ、ゆゆゆゆゆ、ユナ?! 喋った?! 今、狼が喋ったわよね?! いったいなんで!?」
     「うわ〜姉様、凄いね。キリって喋れるんだよ。頭良いんだね!」
     混乱するエルリスとは対照的に、セリスは瞳をランランと輝かせ、熱い視線をキリへと送っている。
     「ちょっとセリス! なんで貴方って子はこう―――ああ、もう! ユナ、どういう事か説明してくれるんでしょうね?!」
     今にもキリへと飛び掛らんばかりのセリスの首根っこを抑え、エルリスはユナへと詰め寄った。
     そのエルリスの様子に、ふと考え込む様子を見せたユナは、ポンッと手を打って、
     「ああ、そう言えば、キリが喋れるって話してなかったわね」
     そんな暢気な発言に、エルリスはずるりとすべった。
     「うう、セリスだけでも手一杯なのに、ユナもどこか天然が入ってるのね」
     天然を相手にする苦労さを、嫌と言うほど身に染みて理解しているエルリスは、さめざめと泣いた。



     「―――っと言う訳で、キリと私は一緒に旅をしているのよ。それとキリが精霊の気配に敏感なのは、天狼族っていう種族が、精霊に最も近い種族の一つと言われているから、その事が関係しているんでしょうね。ちなみに、他に精霊に近い種族と言われているのが、森の精霊とも呼ばれているエルフ族と、大地の精霊と呼ばれるドワーフ族が有名ね。
    ああ、一応言っておくけど、キリにもエルリスに融合しちゃってる精霊をどうこうできないわよ」
     その言葉にエルリスはがっくりと肩を落とすが、精霊の事もある程度聞けたのでよしとすることにした。
     「天狼族ね……そんな種族がいたなんて世界は広いわね」
     「こっちも驚いてるんだけどね。まさか二度も人工精霊にお目にかかれるなんてね」
     「二度!? ユナ貴方、他にも人工精霊に会ったことがあるの!?」
     「……ええ、うん。まあ……ね」
     驚くエルリスに、ユナは言葉を濁して返した。
     こちらを依然と見つめるエルリスの視線から逃れるために、ユナはセリスの方へと視線を向ける。
     ユナにつられてセリスへと視線を向けたエルリスは、知らず笑みを浮かべていた。
     セリスは温泉にプカプカと浮いているキリに張り付いて、遊んでいる最中だった。
     マオは何が楽しいのか、キリの顔をその小さな手でペチペチと笑いながら叩いている。
     キリはそんな二人に対して、されるがままにのんびりと温泉を満喫していたが、セリスはともかく、マオの方を迷惑そうに睨んでいた。
     そんな一人と二匹? の様子を和やかな気持ちで見守っていたユナとエルリスだったが、事件はそんな時に起こった。



     いい加減我慢の限界が来たのか、目の前をちょろちょをするマオへと、キリは唸り声を上げる。
     しかしマオはそんなキリの様子を気にした素振りもみせずに、キリへと纏わりついている。
     そして再びキリの顔の直ぐ前を通過したその時―――
     キリが大きく口を開け、パクリと閉じた。
     ユナにエルリス、そしてセリスは、目にした光景に声をなくす。
     キリはそんな三人にはお構い無しに、口の中のモノをモグモグと咀嚼すると、ゴクリと飲み込んだ。
     「………………」
     「………………」
     「………………」
     シーンと静まり返る露天風呂。
     そんな中、セリスはプルプルと体を震わせ、
     「あ、あ゙あ゙、あ゙あ゙あ゙あ゙―――ま、マオが、マオが食べられちゃった〜〜〜?!」
     大声をあげたセリスは、頭が混乱しながらもマオを助けようと、キリの顎へと手を掛けると何とか開かせようと両の腕へと力を込める。
     だがしかし、いくらセリスが両腕に力を込めてもキリの顎はびくともしない。
     そしてついにセリスは力尽き、ふにゃふにゃとその場に力なく腰をおろした。
     「ね、姉様……」
     自分一人では無理だと悟ったセリスは、援軍を求めるべく姉へと振り返った。
     だがそこでセリスが見たものは―――
     「ユナ、夕日が奇麗ね」
     「ええ、とても奇麗な夕日ね」
     そう言って、どこか空ろな瞳で西の空を見つめる二人。
     「姉様! ユナ! 今は夕日なんて見えないよッ?!」
     まだ茜色にもなっていない空を目にしながら、セリスは現実逃避をしている二人に怒鳴った。
     「セリス、そんなに騒いでどうしたの?」
     「そうよ。別にそんなに騒ぐような出来事も起こってないし」
     あくまで無かったことにする二人。
     そんな二人の態度に、セリスは拳をぎゅっと強く握り締める。
     「ねぇユナ、今晩のご飯なんだろうね?」
     「さあ? でも、普段は食べられない東方の料理を食べたいわね」
     「東方の? ああ、それは興味あるわね。でも、こっちで東方の料理って食べられるの?」
     その言葉にユナは首を捻り、
     「さあ? こっちでは手に入らない食材や調味料もあるでしょうしね。……どうなんだろう?」
     「それは夕食のお楽しみって事ね」
     「……姉様、ユナ? いくらボクでもそろそろ怒るよ?」
     我慢の限界なのか、満面の笑顔でドスの効いた声をだすセリス。
     そんなセリスに流石に身の危険を感じたのか、二人は黙って見詰め合った。
     「う〜ん、もう夕飯の話は終わりかー? 俺っチとしても気になるところだからー、もっと続けて欲しいぞー」
     「マオもやっぱりそう思うわよね?」
     「うんうん、こっちの料理か東方の料理がでるかは、やっぱり一番の関心ごとよね」
     エルリスとユナは、突然の第三者の声にも特に気にした様子も無く、夕食のことに華を咲かせていた。
     一方取り残される形となったセリスは、口をパクパクとさせて、割り込んできた声の主を凝視していた。
     「な、なんでマオがそこにいるのーーーー!?」
     セリスが指差す先には、今ごろは肉片となってキリの胃袋に納まっているはずのマオの姿だった。
     しかもマオの姿には傷一つ無く、それどころか汚れも微塵すらない。
     「なんだー、俺っチがいたら悪いのかー?」
     暢気にそう返してくるマオに、セリスは深呼吸を繰り返して息を整える。
     「だ、だって! マオってば、さっき食べらちゃったはずじゃなかったの!?」
     「なんだ、そんなことかー。俺っチは不死身なのさー」
     「え? でも……確かに不死身でもないと説明がつかないけど……。姉様、ユナ、これってどういうこと?」
     「どういうことって……どういうこと?」
     セリスに振られたエルリスは、頭を捻ってユナへと振った。
     そんな姉妹にユナは苦笑を漏らしながらも、丁寧に説明する事にする。
     「簡単な話よ。人工精霊は、魔力によって形付けられて存在しているモノなの。だから、主人と人工精霊自身の魔力が空っぽにでもならない限り、死ぬ事はないのよ」
     「へ〜、そうなんだ」
     「ボク、初めて知ったよ」
     感心する二人だが、ユナは冷たい視線をエルリスに向ける。
     「私は当然その事を知っていて、エルリスは現実逃避のふりをしているんだとばかり思っていたんだけどね……」
     「え? あ、あは、あははははは」
     セリスにも冷たい目を向けられたエルリスは、乾いた笑いしかだせなかった―――
     「あれ? でも姉様はその事を知らなかったのに、どうしてマオが復活した時に驚かなかったの?」
     「ああ、そう言えばそうね。どうして?」
     不思議そうに自分を見つめる二人に、エルリスはキョトンと、
     「え? だって、『憎まれっ子世に憚る』って言うでしょう?」
     そんな事を真顔で言うエルリスに、セリスとユナは、頬が引き攣るのを感じた。



     「っで、温泉から出た後はこれよ!!」
     ユナは手にした物体を天に掲げる。
     温泉から出た三人は、バスタオルを体に巻き付けるというだけの艶やかな姿だった。
     そんな姿のまま、ユナは胸を張って手にした物をずずっと二人に見せる。
     「牛乳……?」
     「ちっがーうっ!! フルーツ牛乳よ!! 温泉から出た後は、これを飲むのが決まりなのよ!!」
     ポツリと漏らしたセリスに素早く訂正を入れつつも、熱く語るユナ。
     「いい? 温泉から出たらフルーツ牛乳。百歩譲ってコーヒー牛乳か、普通の牛乳を飲むのが東方の決まりごとなのよ!!」
     「へ〜、それも知らなかったわ。ユナ、それっていったい誰から聞いたの?」
     「お義兄ちゃんよ!」
     問うエルリスに、即答するユナ。
     「ねえねえ、飲み方にももしかして決まりってあるの?」
     その問いにユナは重々しく頷くと、
     「もちろんよ。私がお手本を見せてあげるわ」
     セリスに向って実演してみせる。
     ユナは左手を腰に当て、右手に持ったフルーツ牛乳を飲み始めた。
     「うぐ、んぐ、ごくごく………………ぷはーっ!! く〜、やっぱり温泉上がりのフルーツ牛乳は最高ね!」
     上機嫌のユナの様子を見て、見よう見まねでエルリスとセリスも腰に片手を当てて、フルーツ牛乳を飲み始める。
     「ん、ごくごく、んぐんぐ………………ぷはーっ!!」
     フルーツ牛乳を飲み終えたエルリスとセリスは黙って見詰め合うと、満面の笑顔で互いに親指を突きたてた。
     どうやら二人とも、温泉上がりの一杯が気に入ったようである。



     「ふぅ〜。美味しかったね、姉様」
     「ええ、もうお腹一杯よ」
     「東方の料理もなかなか」
     三者三様で、夕飯の感想を漏らす。
     「あ〜、そうそう。忘れるところだったわ」
     ユナは自分の荷物をごそごそと漁り、二つの品物を取り出した。
     「ユナ、それは?」
     エルリスがユナが取り出した品物をまじまじと観察する。
     一つは腕輪だが、細かな彫金が施されており、全体的には上品な仕上がりの物だった。
     もう一つはペンダントだが、こちらは中央に淡く赤く輝く宝石が嵌め込まれている。
     「簡単に言えば、魔力を封印する腕輪と、魔力を隠蔽するペンダントよ」
     「あげるわ」と言って、腕輪をセリスに、ペンダントをエルリスに放ってよこす。
     「でも……高価な物じゃないの?」
     「ああ、大丈夫大丈夫。それ二つとも、私と親友の手作りだから。そんなにお金掛かってないのよ。第一作った目的が、少し興味があったから実物をマネて作っただけだし」
     気にするなと手をひらひら振るユナに、エルリスは気になった事を尋ねた。
     「マネてってなに? オリジナルが在るって言うこと?」
     「まあ、ね。イメージは悪いけど、腕輪の方は罪人用の手錠を参考にしたものよ。ペンダントの方は、遺跡などに使われている技術の応用よ」
     「ざ、罪人……」
     腕輪を貰ったセリスは、不穏な言葉に頬を引き攣らせる。
     「そっ。魔法使いが犯人の時には、魔法を封じなければダメでしょう? その時に使用するのが、封印の魔方陣を書き込んだ手錠なんだけど、それだと見た目もアレだから。私と親友とでデザインを変えて作ったのが、その腕輪という訳よ。っで、ペンダントの方は、古代魔法文明期の遺跡では、魔力を隠蔽したトラップなどが結構あるのよ。その魔力を隠蔽する技術を解析して作ったのが、そのペンダントなんだけど……考えてみれば私も親友も、魔力を隠蔽するマジックアイテムなんて必要ないのよね。だからそれは、私が持っていても意味が無いのよ。ああ、それと二つとも私と親友が調子に乗って作った物だから、一般に出回っている同じ効力を持つマジックアイテムよりも、無駄に性能は良いから。その辺の心配は無用よ」
     そう言って欠伸を噛み殺したユナは、布団へと潜り込んだ。
     「じゃ、お休み」
     「ありがとう、ユナ」
     「ユナ、ありがとう。これで自分で魔力を制御できるまで、少しは安心できる」
     ユナは二人の感謝の声を耳にしながら、眠りへと落ちていった。



     「それじゃ、此処でお別れだね」
     「ええ、そうね。っと、後これも渡しておくわ」
     ユナは懐から一枚の折りたたまれた紙を取り出すと、エルリスへと渡す。
     「ユナ、これは?」
     エルリスが紙を開いてみれば、そこには文字と模様がびっしりと書き込まれていた。
     「それは、魔方陣よ。その紙に書かれたとおりに地面にでも書けば、エルリスたちの魔力なら問題なく、効力は発揮されるから。ちなみに効力は、外部との魔力の隠蔽と封印。それに、賊などを自動的に排除してくれるわ。制御法なども、そこに書いてあるから、よく目を通してから使ってね」
     「へ〜、そんな便利な魔法もあるんだ。姉様、でもこれで、魔法陣の中なら気にする事無く魔力の制御や隠蔽の訓練ができるね」
     セリスのその言葉にはっとしてユナを見れば、ユナは黙って頷いた。
     「ふぅ、本当にユナには世話になりっぱなしね。本当にありがとう」
     「ユナ、また今度会ったら、いろいろ教えてね?」
     「別に良いわよ。私も貴方たちと出会えて楽しかったしね」
     「それじゃあユナ、これ以上話していても別れが長引くだけだし、私たちは行くわね。貴方と出会えて良かったわ。ユナ、キリも元気でね」
     「じゃあね〜、ユナにキリ。今度会ったらまた遊ぼうね〜」
     「ええ、それじゃあまたね、二人とも。……あと、マオもね」
     忘れるなと言わんばかりに目の前に現れたマオに、苦笑する。
     「おうー! またなー」
     マオはその小さな手を元気にふり、歩き出していた二人の後を追った。
     ユナはそんな三人を見送ると、踵を返して宿へと向った。



     「あれ? アレイヤ様、何かお忘れ物ですか?」
     突然戻ってきたユナに、仲居は困惑の眼差しを向ける。
     そんな仲居にユナは首を振り、
     「ちょっと訊きたい事があるの。この人だけど、ここに来なかった?」
     ユナは懐から義兄の写真を取り出すと、仲居に見せる。
     仲居は暫く考え込んでいたが、突然その顔が引き攣ると、ユナに深々と頭を下げた。
     「ご、ごめんなさい! 確かにその人は此処に来ました! っで、道を尋ねられので答えたんですけど、全く逆の『フランペルッシュ』の方角を教えちゃったんです〜〜〜」
     その言葉にユナはガシッと仲居の手を掴む。
     「ひっ!」
     何らかの報復が来ると思い、目を硬く閉じる仲居の耳に、予想を裏切る声が聞こえた。
     「ありがとう! ナイスよ! よく反対の方角を教えてくれたわ! これは少ないけれど御礼よ!!」
     感謝の言葉と共に、手に何かを握らせられる感触に、おそるおそるそっと目を開けた仲居は、目を見開いた。
     手の中には、とてもチップとは思えない金額のお金が握らせられていた。



     「キリ、お義兄ちゃんの事だから、逆方向の『フランペルッシェ』に向っているはずよ! 急ぐわよ!!」
     ユナはキリの背に跨り、声を張り上げた。
     キリもユナの気迫に押されてか、何時も以上のスピードで大地を疾走する。
     本来なら例の屋敷の転送装置を使ってもよいのだが、義兄が途中で万が一にも方向転換をした場合を想定して、足取りを追いながら追跡する事にしたのだ。
     「お義兄ちゃん、今度こそ捕まえるからねー!」



     その頃、義兄は―――

     「あーる晴れた〜日の下がり〜荷馬車に揺られ〜っと」
     盗賊から助けた荷馬車に乗せてもらい、一路故郷へと向う義兄。
     「ユナは元気かな〜。早くユナに会いたいな……」
     懐から出したユナの写真を、義兄は優しい目で見る。
     だがこの時義兄は知らなかった。
     その義妹が、自分を探して町を出ている事を―――



     現在の義兄の位置―――
     故郷から直線距離で27km
     果たして義兄は、無事自力で帰郷できるのか!?



     次回予告―――

     次回予告はまたまた俺っチ、マオ様がやるのだー!
     今回は、俺っチの魅力が全開だったなー。
     ではー、いくぜぇー!
     次回、『捜し、求めるもの』
     ユナは義兄の足取りを辿ってー、故郷に辿り着いたー。
     義兄は無事故郷に辿り着けたのかー?
     そしてユナはー、果して義兄との再会は適うのかー?
     予定は予定であって、未定なのだぁー!
     そこんところー、宜しく―!!
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■226 / inTopicNo.13)  捜し、求めるもの 第六幕
□投稿者/ ルーン -(2005/09/27(Tue) 21:30:48)
     「またですかー!!?」
     驚きというよりも、嘆きに近い声が青空に響いた。
     嘆きの声を上げた男が率いる商隊は、つい先日も盗賊に襲われたばかりだった。
     その時は偶然にも腕の立つ旅人が窮地を救ってくれたが、そんな都合の良いことが二度も起こるとは思えない。
     そう思って護衛の数を増やしたのだが―――
     それが大失敗だった。
     町で新たに雇った傭兵は、傭兵のフリをした盗賊だったのだ。
     その所為で、場はいっきいに商隊側の不利となってしまった。
     こんな事になるのならばと、今更に商隊長は後悔した。
     「こんな……こんな事になるなら、護衛費ケチらないでちゃんとギルドに依頼するんだったーーー!!」
     そう、この商隊長、護衛費を節約、もといケチるために正式なギルドを通さずに、酒場にいた傭兵を雇ったのだ。
     盗賊たちは盗賊で、護衛費をケチる商人を狙うために、酒場に傭兵のフリをして潜んでいたのだ。
     まあこの場合、護衛費をケチってわざわざ本物の盗賊を招きこんだ、商隊長の自業自得である。
     「へへっ、黙って荷物を置いてきな。そうすりゃあ、命ばかりは見逃してやるぜ?」
     いかにも私は盗賊です。と言っているような風貌の男が、血の付いたカタールに舌を這わせながら姿を現した。
     その男の容貌よりも、血の付いたカタールに商隊長はひっと息を呑んだ。
     「さあ、積荷を大人しく渡すのか渡さねえか……はっきりしろ!! って、ん? 手前のその面、どっかでみたような……」
     カタールをで肩を叩きながら、商隊長の顔をじろじろとみる。
     「い、いえ、そんなはずは……」
     言葉を濁し、救いを求める為にキョロキョロと視線をさ迷わせるが、不意打ちということもあって、こちらの戦力が既に全滅しているのを見て取った商隊長は、未だに此方の顔を覗き込んでいる盗賊へと目を向けた。
     「ああ、どこだったか……確かアレは……っ! 思い出した!! 手前は確かこの前、俺たちが襲った奴じゃねえか?!」
     その言葉にギョッとなって、しげしげと目の前の盗賊の顔を眺める。
     すると確かに商隊長自身にも覚えがるというか、忘れたくとも忘れられない、前回襲ってきた盗賊の首領の顔だった。
     何故今まで思い出せなかったのか不思議だったが、そんな事は今はどうでも良かった。
     心配なのは、前回見事に仕事に失敗した彼らが、失敗した相手に対して、大人しく荷物だけですますどうかである。
     へたをすれば前回の恨みの分も重なって、命をとられる危険性があることである。
     「―――ってことはだ、もしかしてあいつもいるのか?!」
     さっきまでの強気の態度とは一変し、首領は顔色を変え、キョロキョロと辺りを見渡す。
     しばらくそうしていたが、どうやら目的の人物がいないとしると、ホッと胸を撫で下ろし、再び強気な態度に出た。
     「どうやら、前回邪魔してくれた兄ちゃんはいねぇみてぇだな〜。……となるとだ」
     ニヤリと悪党そのままの嫌な笑みを浮かべ、首領は告げた。
     「前回の分の借りもキッチリ返してもらお〜か〜? もちろん、手前たちの命でなー!!」
     「ひ、ひえ〜!! お助けをー!! どうか命ばかりは、命ばかりはお助けをーーー!!」
     カタールを突きつける首領に、商隊長は恥も外聞もなく命乞いをする。
     (くくくくっ、これだよこれ! この相手が命乞いをする時の顔がたまんねぇーんだよ。だから盗賊家業は辞められねぇ!!)
     恍惚の瞬間に身をブルリと震わる。
     さて、どうやってこの獲物を虐めてやろうかと考える首領の耳に、部下の慌てたような声が聞こえてきた。
     一瞬不機嫌になるが、もしかしてまたあの男か!? と思い、嫌な未来予想図が頭の中に浮かんできた。
     頭に浮かんだ嫌な未来予想図を振り払うために、頭を二三度振ると、
     「どうした!? 何があった!?」
     虚勢を張るかのように大声を上げていた。
     「頭! それが、遠くの方から何かが近づいて来ているみたいですぜ! 土煙上げてるから、馬か何かと思いやすが……どうしやす?」
     「どっちの方角から近づいて来ている!?」
     首領の言葉に部下は、商隊が来た方角とは反対の方角を指差した。
     はて? と首領は内心首を傾げながら部下が指差した方角を見ると、確かに土煙がどんどんとこちらに近づいて来ている。
     獲物を狙うために幾つかの町に部下を忍ばせているが、あの方向にある町からは、あと数日は商隊は巡業には来ないはずだ。
     忍ばしている部下が見落としたとも考えられなくもないが、自分の部下は獲物を見逃すほど間抜けではないと腕は信用している。
     となると―――騎士団か!?
     一瞬そんな考えが浮かんだが、騎士団の動きは監視させているし、騎士団が盗賊の討伐に乗り出したならば、監視させている部下が知らせに来るはずだ。
     そうなると、ますますあの土煙の正体がわからない。
     だが何故だかわからないが、あの土煙を見ていると、体がむずむずしてくる。
     首筋もピリピリしているし、嫌な感じもプンプンする。
     自分のこの手の勘はよく当たるんだ。
     現にこの前も嫌な予感はしていたが、それを無視して略奪行為に走っていたら、あの男に手痛い目にあわされた。
     自分のこれまでの経験と勘を頼りに決めた答えは、
     「こりゃあ逃げた方が良いな」
     迅速な撤収だった。
     首領は指笛を鳴らし、撤収の合図を部下に送った。
     だがその判断も少し遅かった。
     突然空から大量の炎の槍が降ってきたからだ。
     その光景を呆然と見詰めながら、
     「ああ、やっぱな。俺のわりぃ勘は良く当たんだよ。……こんちくしょうが!!」
     首領が吐き捨てた言葉は、槍が着弾する轟音の中にかき消された。



     「風の如く走れ! 大地を駆ける疾風となりなさい、キリ! 全速力で走れーーー!!」
     ユナはキリに跨りながら吼える。
     義兄の足取りを追っていたユナは、とうとう義兄に関する有力情報を手にしていた。
     義兄は間違った情報とその生来の方向音痴が幸いし、確実に故郷へと向かっていたのだ。
     ユナはその義兄の目撃情報が、徐々に新しいものとなっているのをその肌で感じていた。
     そしていま、情報を集めながらも、故郷へ最速のスピードで向かっていた。
     今も魔法で視力を強化しつつ、義兄の姿がないかを捜している。
     そんな強化したユナの視界に、なにやら大勢の人間が争うさまが飛び込んできた。
     キリの走るスピードを落とさぬまま、ユナは目を凝らす。
     すると互いが争っているというよりも、片方の勢力がもう片方の勢力を、一方的に蹂躙しているだけだと見て取れた。
     その上圧されている方が商隊の護衛で、盗賊側が一方的に圧している様子に、ユナは苛立った声を出した。
     「ったくもう、なんでこんな時に盗賊なんかが出てるのよ!? いちいち盗賊如きなんかにかまってたら、お義兄ちゃんを見失っちゃうかもしれないじゃない!! かといって、見て見ぬ振りもできないし―――……」
     苛立ちにギリっと歯を噛み締め、幾つかのパターンを脳内で組み立てる。
     そしてだした答えは―――
     「―――えぇい、いちいち考えるのも面倒くさい。滅殺あるのみ!!」
     何と言うか、実にユナらしい答えだった。
     「炎の精霊よ、そのあらぶる炎を形となせ! 幾千幾万の盾を刺し貫く焔の槍と化せ! 汝、焔を持ちて刺し貫きしモノを灰燼とせよ!! 豪雨の如く焔の槍よ、我が敵へと降り注げ!!」
     数十の焔の槍が空に突如出現し、商隊と盗賊がいる地点へと降り注いぐ。
     天から降り注ぐ焔の槍は、次々と盗賊を刺し貫き、その身を灰燼とす。
     だが一方で何もない場所に着弾し、地面に大穴を開けたり、地面に着弾した時の爆風が、荷馬車を横転させていたりもする。
     盗賊、商隊、両陣営に被害を与えた焔の槍は、当事者たちには随分と長時間に感じられたが、実際のところは一分も掛からずに終わっていた。
     そして、無残にも無数の穴が開けられた大地に、ポツンと一人の男だけが立っていた。
     男は虚ろな瞳で辺りを見渡し、突如顔を手で覆うと、ゲラゲラと狂ったように笑い出した。
     「ハハハッ、笑えるぜ!! なんだこりゃ? 俺たちの方がまだ可愛げがある破壊活動つーんだ! 第一これじゃあ、助けるはずの商隊にまで被害が出てるじゃねぇか!? 
    ハッ! どこのどいつだか知らねぇが、とんだイカレヤローだ…………ブバッ?!」
     一度この惨状を作り上げた人物の顔を見ようと思った首領は、振り向いた瞬間、
     目の前に迫っていた何かに思いっきり顔を強打され、吹き飛んだ。
     「―――誰がイカレヤローですって? 私はイカレてないし、第一私はヤローでもなく女よ!! この盗賊風情が!! 余計な手間を掛けさすんじゃないわよ!!」
     ゲシゲシと、顔面に飛び蹴りを決めたユナは、倒れてピクピクと体を痙攣させている首領に、更に追い討ちのように何度も蹴りを入れる。
     そんな鬼か悪魔のような事をしつつ、義兄のことで頭が一杯なユナは、一切の容赦も情けも首領にかける素振りも見せず、文句を言いながら尚も首領を蹴り蹴り続ける。
     ユナのその行為は結局、首領が口から血の泡を吐き出すまで続いた。
     ユナはそれで気がすんだのか、キリに再び跨ると、他の事には一切わき目も振らずに、一陣の風となってその場を後にした。



     ユナがその場を後にし、静けさが漂う中、むくりと一つ人影が身を起こした。
     地面に倒れながら、横目で戦々恐々とユナの行為を一部始終見ていたその人物は、辺りを見渡すと深い溜息をついた。
     「―――……これは酷い……」
     死屍累々とはまさにこの事だろうと、妙に納得した。
     見渡す限り、商隊の人員も、盗賊たちも死んだように地面に転がっている。
     未だ消えていない炎が、チロチロと真っ赤な舌のように地面を舐めている。
     荷馬車が横転していて、積んであった木箱が辺りに散乱し、更に木箱に詰め込んであった商品までが飛び出していた。
     この分では、売り物として売れる無傷の商品が如何ほどあるか。と心配になってくる。
     そうでなくとも、盗賊たちの所為で被害が在ったと言うのにと、商隊長は頭が痛くなってきた。
     間違いなく今回は赤字だろう。
     だが、いったい誰が悪かったと言うのだろう。
     護衛費をケチった自分か。はたまた、襲ってきた盗賊か。それとも、止めを刺したあの女魔法使いか―――
     考えるだけ無駄だと思い直し、商隊長は被害の確認を急ぐと共に、無事な人員を探すことにした。
     その前にと、念の為に、首領の息があるかを確かめることにした。
     商隊長は辺りを見渡すと、手頃な木の棒を拾い両手でしっかりと握り締める。
     そしてジリジリと、恐る恐るすり足で地面にうつ伏せに倒れている首領に近づく。
     首領の近くまで近づいた商隊長は、ゴクリと息を呑むと、震える木の棒で首領の体を突っつく。
     二度、三度と突っついても何の反応も示さない首領に、商隊長の行動はどんどんとエスカレートしていった。
     木の棒を放り投げると、今度は爪先で小突き、それにも反応を示さないと、首領の体を何度も踏みつけた。
     「―――……はは、はははは、あーはっはははははっ!! ざまーみろ! 悪は滅びるのだよ!!」
     それみたかと、首領の背に片足を乗せたまま、勝ち誇った笑い声を上げる。
     グラリ。
     「ん? なんだ、地震……か?」
     突如足元が揺れバランスを崩した商隊長は、疑問の声を出すが、最後の方は掠れるような引き攣った声だった。
     顔を強張らせ、首領の背から足をどけた商隊長は、恐る恐る下を向いた。
     そして見たくも無い光景を目の辺りにし、耳を劈く悲鳴を上げていた。
     「ひえ〜〜〜!! お許しを〜〜〜!! ほんの、ほんの出来心だったんですよ〜〜〜。金目の物は全て差し上げますから、どうか、どうか命ばかりはお助けを〜〜〜!!」
     体を震わせ、地面に額を擦り付けながら命乞いをするそのさまは、さっきまでの不遜な態度は一体なんだったんだ? 
     と疑問も出るが、力の無い人間など所詮こんなもんである。
     だが必死に命乞いをする商隊長に対して、不気味にも起き上がった首領は沈黙を保ったままだった。
     その沈黙の態度がかえって恐ろしく感じて、商隊長はそっと首領の顔を盗み見た。
     商隊長はまた、あの獲物を見つけた肉食動物みたいな笑みを見るのかと思ったが、それに反して首領の表情は、心此処に在らずといった呆けた顔だった。
     不思議に思った商隊長だったが、首領が何か小さく声にしたのを耳にすると、その場を飛ぶように後ず去った。
     「―――………………」
     ブツブツと虚ろな瞳で、空に向かって何事かを呟く首領に、商隊長は何を言っているのか興味を引かれ、耳をそばだてた。
     「―――……もうやだ、ボク。お家に帰りたい。ママの料理が食べたいよ〜。ボク良い子になるから、盗賊なんかもう辞める! お家の家業継ぐのー!! お馬さんと牛さんと暮らすのー!! 怖いのもうヤダーッ!! 女の子怖いよ〜。炎怖いよ〜。うえ〜ん、ママ〜……―――」
     「………………」
     強面の首領の突然の幼児退行に、商隊長は毒気が抜かれたように、ぽか〜んと間抜けな顔をさらした。
     一方首領は周りのことなどお構いにしに、「ママ〜!」と叫びながら、何処かえと走り去っていってしまった。
     余りの出来事に茫然自失となっていた商隊長は、もう一度辺りを見渡し、死屍累々の惨状を確認する。
     そして難しい顔で、「一件落着……なのか?」と首を捻った。



     その頃、義兄は―――

     「おお、これぞ手前の故郷。『フランペルッシェ』よ、手前は帰ってきたー!!」
     グッと拳を握り締め、天に向かって突き出す。
     なにやら一人称が、『俺』から『手前』になっているが、たいした理由は無い。
     さ迷い辿り着いた先の温泉宿で、蓬莱の物語を読んだときの主人公の一人称が、『手前』だったのだが、その言い方が気に入ったので使っているのだ。
     天に拳を掲げたまま、帰郷できた感慨に浸っていた義兄だったが、突如神妙な顔つきになると、重々しく口を開いた。
     「しかし……手前の家はどっちだ? 数年も帰郷しないとすっかり町並みも変わるから、さっぱりわからん!」
     なにやら偉そうに胸をそらしていうが、実際のところは、義兄が出稼ぎに出た頃から余り変わっては無い。
     ようするに、義兄がは数年間も暮らした町でさえ、道に迷うことなく目的地に辿り着けないのだ。
     さて、どうしたものかと腕を組んで悩む。
     「ん? もしかしてレイヴァンか?」
     呼ばれて振り返った義兄は、そこに懐かしい顔があって、思わずその顔が綻んだ。
     「ソーマさん、お久しぶりです。でも、なんで領主の貴方が護衛の一人も付けずに、出歩いてるんですか?」
     頭を下げて挨拶をする義兄だったが、仮にも領主のソーマが、護衛を一人も付けずに町に出歩いている事に顔を顰めた。
     「そう言うな。護衛を付けての散策など、肩がこっていかん」
     ニヤリと笑うソーマに、最後に会った数年前から、生前の両親の親友だったこの領主が変わっていないことに、少し嬉しくなった。
     「そう言えばレイヴァン、ユナの事で大事な話があるんだが……―――」
     義妹の事と聞いて、真剣な顔つきになる義兄だったが、話を聞くうちにその顔はどんどんと強張っていく。
     そして最後には「ユナーーーー!!」と絶叫を上げ、ソーマの前からあっと言う間に姿を消していた。
     一人取り残されたソーマは、
     「……ふむ、兄妹仲良きことは良きことかな」
     などと、のほほんと言ってのけた。

     現在の義兄の位置―――
     故郷から直線距離で0km
     やったね☆ 義兄は無事に帰郷できたよ☆



     次回予告―――

     次回予告はまたまた俺っチ、マオ様がやるのだー!
     遂に義兄は帰郷を果たしたな〜。
     ではー、いくぜぇー!
     次回、『捜し、求めるもの』最終幕。(多分)
     ユナは義兄の後を追い、故郷に帰ってきた〜。
     果たして妹と義兄はー、巡り合う事ができるのか〜?
     予定は予定であって、未定なのだぁー!
     そこんところー、宜しく―!!
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