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■229 / 親記事)  『黒と金と水色と』第1話@
□投稿者/ 昭和 -(2005/11/17(Thu) 00:31:58)
    2005/11/17(Thu) 00:34:36 編集(投稿者)

    第1話「御門兄妹と水色の姉妹」その@




    「ほら兄さん、見えてきましたよ」
    「ああ」

    艶やかな長い黒髪を持つ少女が、進行方向を指差す。
    並んで歩くのは、少女よりも10センチほど背の高い、同じく黒髪の少年が頷く。

    2人の行く先には、周囲を覆う木々の合間から、大規模な人造物が見える。
    町の城壁だ。

    魔物の襲撃から町を守るために、高い城壁で囲むのが普通である。

    「ふぅ。やっと着いたか」
    「良かった。日暮れ前に着くことが出来ましたね」

    さっぱりとしていそうな性格の少年と、非常に物腰の丁寧な少女。
    名前を、御門勇磨、環という。2人は双子の兄妹だ。

    遙か東方にある大陸の出身なのだが、とある事情があり、自由気ままな旅生活を送っている。
    今も次の街を求めて歩いていたところで、西に傾いていく太陽と戦っていたところだ。

    「今度の町はどんなところかな?」
    「何か、仕事にありつければいいのですが」
    「しなくちゃダメっぽい?」
    「ぽいも何も、そろそろ路銀が底を尽きそうです」
    「ダメか…」

    特に目的地を定めず、行き着いた町で仕事を探し、懐を暖めたらまた旅に出る。
    2人がそんな生活を送るようになってから、はや2年が経過しようとしていた。

    「しゃーない。今夜は宿を取って、明日の朝1番で、ギルドに行ってみよう」
    「はい」

    ハンターギルド。
    魔物関連の依頼が集まる場所で、ハンターは依頼を達成したときの褒賞金で生活している。

    もちろん、勇磨と環も、現役のハンターである。

    「割の良い仕事があるといいな」
    「そう上手くはいかないでしょうが、あったらいいですね」

    などと会話しつつ、2人は次なる町、ノーフルに到着した。





    「ようこそノーフルへ」
    「身分証をお願いします」
    「はい」

    城門で、衛兵に止められる。
    勇磨と環は、それぞれ懐からハンター認定証を取り出し、衛兵に渡す。

    これは2人が武器を携行しているための仕儀であり、義務なのだ。
    町側としては、武器を持った怪しい人物に入られては困るので、当たり前のこと。
    2人とも腰に刀を差しているので、衛兵に呼び止められたというわけだ。

    2人が取り出したハンター認定証は、各人の略歴とハンターランクが記載され、全国共通の身分証となってくれる。
    無論、ハンターであるという証明であり、コレがなければ、ハンター協会公認の依頼は受けられない。
    たまに認定証を持たない、モグリのハンターが存在するが、持っていたほうが良いのは当たり前だろう。

    「東方出身の御門勇磨さま、御門環さま。…確認いたしました。どうぞ」
    「ご苦労様です」

    無事、街の中へと入る。
    日の入り間近だというのに、町の活気はかなりのものがある。

    「随分にぎやかだな」
    「田舎の街だと思いましたけど、なかなか良い街じゃないですか」
    「そうだな。じゃあ早速、宿探しといこう」

    実に2週間ぶりの人里だ。
    やっとまともな寝床にありつけると、はりきって探したのだが…





    「なんで満室なのよ!?」
    「参りましたね…」

    数件の宿を回ったのだが、どこも満室だったのだ。
    かくして2人はとぼとぼと、街の中心である広場に戻り、力なくベンチに腰掛けていた。

    「マジかよ…。やっと、柔らかい布団で寝られると思ったのに」
    「運が悪かったと思って、諦めるしかありませんね。どうします?」
    「どうするかなぁ…」

    勇磨は未練たらたら。
    逆に、環のほうはすっぱりと諦めて、次にどうするかを尋ねる。

    考えていると

    「やめてくださいっ!」

    という、女性の悲鳴が聞こえてきた。

    「…ん?」
    「あちらのようですね」

    2人が目を向けると、そこでは

    「なー、いいじゃんかよー」
    「少しくらいならいいだろ」
    「よくない! 離してっ!」

    数人の柄の悪い男たちが、買いもの袋を提げた、自分たちと同年代くらいの女性を取り囲み、
    強引な態度で迫っていた。典型的な光景である。

    「やれやれ。どこにもいるもんだなぁ」
    「感心している場合ではありません」

    ため息をつく勇磨の横で、表情を険しくしてすっと立ち上がる環。
    その足はすぐさま彼らのもとに向かい、勇磨もあとを追う。

    「ちっ。下手に出ていれば付け上がりやがって」
    「身体でわからせる必要があるか?」
    「い、いや…」

    女性があくまで拒否するので、ついに痺れを切らせた男たち。
    悪い人相をさらに歪ませながら、さらに包囲網を狭めていく。

    「そこまでです」

    「…あん?」

    そこへ割って入る環。
    素早く女性の前に立ち、男たちを睨みつける。

    「なんだおまえは?」
    「彼女は明らかに嫌がっています。そこまでにしておくんですね」
    「なにぃ…?」

    生意気な物言いに、ムッとなる男たちだったが…
    よく見てみれば、このしゃしゃり出てきた正義の味方気取りの女、まだ子供だが良い女じゃないか。
    それも、見た目は細身でお嬢様風。充分、組み敷けると思ったようだ。

    足元から舐めるようにして環を見、下衆な笑みを浮かべる。
    それがわかった環はコメカミをひくつかせるが、まだ、理性があった。

    「早々に立ち去りなさい」

    厳しい口調で言う。
    だが、男たちは肩をすくめて

    「これだからかわいい子猫ちゃんは」
    「なんなら一緒に来るかい?」
    「天国を見せてやるぜぇお嬢ちゃん。ギャハハハハ!」

    「……」

    ピキッと、環の顔にさらに青筋が入る。
    いよいよ我慢の限界か。

    「いい加減にしておきな」
    「ぉ…」

    ちょうどそのとき、何者かによって、男の1人の喉下に刀が突きつけられた。
    言うまでも無く、勇磨である。

    「女性を誘うときは、もう少し上手くやるもんだ」
    「あ、ぅ…」

    刀を突きつけられているので、男は文字通り手が出ない。
    恐怖に身体が震えている。

    (大馬鹿はこれだから…)

    その光景に小さく嘆息する勇磨。
    自分より弱者には大いに強気であるくせに、立場が逆になると、途端に脆くなる。

    「そのへんを勉強しなおして、出直して来い」

    「お、覚えてろよ〜!」

    ヤツラは、お決まりのセリフを残して逃げていった。





    「まったく…」

    勇磨は刀を納めつつ、大げさにため息をついてみせる。

    「もっと気の利いたことを言えないもんかね? おもしろくもなんともない」
    「ああいう連中に期待するほうが酷というものでしょう」
    「まあ、そうだな」

    環も歩み寄って、一緒にため息。
    どこの町にも居るものだ。

    「ああところで、今夜の寝床はどうしよう?」
    「そうでしたね。宿が空いていない以上、野宿ですか?」
    「冗談じゃない。街中に居るというのに、何が悲しくて野宿せねばならんのだ」
    「宿が空いていないからですよ」

    いきなり話し合いを始める2人。
    そんな彼らに話しかける人物が居る。

    「あ、あの!」

    「…はい?」
    「ああ、さっきの」

    勇磨と環によって、助けられた女性だ。

    年の頃は2人と同じくらい。
    背は、環と同じか少し低いくらいで、背中まである水色の髪の毛が特徴的だ。
    充分、美形の範疇に入る。

    「どうしました?」
    「早く帰ったほうがいいよ。暗くなるし、またあんな連中に絡まれたらいけない」
    「その…」

    まったく気にかけていない2人に対し、彼女は少し怯んだが、
    それでも言わなきゃいけないと、口に出す。

    「ありがとうございました。助けてもらって」
    「ま、当然のことだよ」
    「貴女も災難でしたね。ああいうのは多いんですか?」
    「あ、うん…。最近、ゴロツキが増えて…」
    「それはいけませんね。当局は何をしているんです?」
    「それならなおさらだ。早く帰ったほうがいいよ」
    「あ、その…」

    勇磨などはしきりに早く帰るよう促すのだが、彼女はその場から動こうとしない。
    少しモジモジすると、こう切り出した。

    「私、エルリス=ハーネットといいます。何か、お礼でも…と、思うんだけど…」
    「お礼? いいよそんな」
    「恩賞目当てで助けたわけではありませんから」

    エルリスと名乗った彼女は、定番の提案をした。
    勇磨と環も心得たもので、こちらも定番の答えを返す。

    「でも……話を聞いてたら、あなたたち、宿の当てがないとか…」
    「そうなんだよ。どこも満室でさあ、やっと町に辿り着いたっていうのに」
    「だったらうちに来てください!」
    「へ?」

    これには、勇磨も環も目を丸くした。
    どういうことなのだろう?

    「あのね。うちは小さいけど、あなたたちを泊めるくらいのスペースはあるし。
     助けてくれたお礼に、ご馳走するから!」

    エルリスはそう言って、提げている袋を持ち上げた。
    買い物帰りだったのか、わかる範囲では野菜の類が見える。

    「ええと…」

    困った勇磨は、環に目を向ける。
    振られた環も困ったが、仕方ありませんね、と頷いた。

    「いいんですか?」
    「うん、是非!」
    「わかりました。ご厄介になります」
    「OK!」

    女性…いや、少女か。
    エルリスは満面の笑みを浮かべると、2人を引っ張っていった。

    「さあ、こっちよ!」

引用返信/返信

▽[全レス46件(ResNo.42-46 表示)]
■544 / ResNo.42)   『黒と金と水色と』第19話@
□投稿者/ 昭和 -(2006/12/02(Sat) 01:08:16)
    黒と金と水色と 第19話「最深部へ@」






    砕け散り、無数の塊となった氷が、空中を乱舞して。
    キラキラと光が反射して、見ようによっては、幻想的な光景だとも取れるだろう。
    大本が、凶悪なドラゴンだったことを除けば、だが。

    氷は次々と床へと落ちて音を立てるが、そこで生じた欠片は、
    召喚されたものが消え去るときのように、または、
    水蒸気へ戻っていったのか、痕跡を認めることは出来なくなった。

    「………」

    その様子を、微動だにせず見守っていたエルリス。

    「お、お姉ちゃん…?」
    「ふむ…」
    「え?」

    再び、おそるおそる声をかけるセリス。
    しかし、エルリスはひとつ、一人心地に頷いただけで、彼女には応えない。

    「そろそろ限界か…」
    「な、何を言ってるの?」
    「………」

    自らの手を見つめながら、独り言なのか、ぼそりと呟いて。
    セリスの再度の呼びかけにもまた応えず、直立不動の体勢のまま。

    「………」
    「わあっお姉ちゃん!?」

    次の瞬間には、まるで、糸を切られた操り人形の如く。
    突然に全身から力が抜けたような感じで、その場に崩れ落ちてしまった。

    大慌てでセリスが駆け寄り、助け起こすも。

    「お姉ちゃん? お姉ちゃんってば!」
    「……」

    完全に気を失っており、やはり応えない。

    「しっかりしてよ!」
    「気絶しているだけですね。心配には及びません」

    セリスの次に駆けつけたメディアが容態を診て、こうは言うが。
    続けて集まってきた面子は、それぞれ複雑な表情を浮かべている。

    「とりあえずドラゴンは倒せて、エルリスも大丈夫そうだが…」
    「先ほどの魔力と、変貌振りは…」
    「実に興味深いわね」

    勇磨、環、ユナの3人。
    顔を見合わせながら、意見を交わした。

    「あの魔力の波動は、エルリスさんのものではありませんでした。
     また、兄さんを一喝したときの、あの口調」
    「普段のエルリスなら、あんな言い方はしないしな。呼び捨てだったし」
    「あれは……おそらく……」
    「精霊”そのもの”」
    「……」

    ユナの言葉に、一瞬だけ言葉に詰まり。

    「そうでしょ?」
    「……ええ、たぶん」

    迷いながらも、環は頷いた。

    エルリスの中に眠る、氷の精霊。
    その精霊が力を貸しているおかげで、彼女は氷の魔法ならば、一般レベル以上のものを
    使えるわけだが、今回は…

    眠っていたはずの精霊が目を覚まし、意識と肉体まで、自分のものとして扱ったのだろうか。

    「そんなことがありえるのか?」
    「わかりません。ですが、そう考えると、説明はつきます」
    「む〜ん」

    波動の違う、強大な魔力を発揮したことも。
    口調や雰囲気が変わったことも、エルリスの人格から、
    精霊本人の人格に入れ替わったとすれば、一応、説明は出来る。

    「まあ、精霊が人間に憑いていること自体、前代未聞のことよ。
     完全に否定することは出来ないし、その逆もまた然りね」
    「うーん…」

    ユナの言うことがもっともだろうか。
    唸る勇磨である。

    「…ぅ……ん…?」
    「お姉ちゃん!」

    そのうち、エルリスが意識を取り戻したようだ。

    「あれ……私……?」
    「よかった気が付いて! わかる? セリスだよ!」
    「セリス……? っ!!」
    「わっ」

    エルリスは、寝ぼけているかのように、トロンとした目でセリスを見ていたが、
    あることを思い出して、急にガバッと飛び起きた。

    「あなた大丈夫なの? 怪我はっ? そうよ、ドラゴンは…!」
    「だ、大丈夫。わたしは怪我もしてないし、ドラゴンも、勇磨さんが倒したから」
    「そう…」

    オロオロとセリスの身体を確かめて、本人からも異常が無いことを聞かされ、
    ようやく安心したのか、ホッと息をついて弛緩する。

    そして、勇磨へと視線を向けると

    「勇磨君が助けてくれたのね。ありがとう」
    「あ、いや…うん。無事でよかった」

    感謝の言葉を述べたのだ。
    予想外のことで、勇磨は少し戸惑ったが、すぐに取り繕う。

    この様子だと、自分がやったことも、覚えていないのだろう。
    精霊に取って代わられているうちの記憶は、残らないのだろうか。

    「エルリスも怪我は無い? 何か異常は?」
    「え? …うん、無いみたいだわ。大丈夫よ」
    「そっか」

    どういう仕組みなのか、まるでわからないが。
    悪影響は無いようだ。

    「よっと」
    「お姉ちゃん、立っても平気なの?」
    「平気。って、何をそんなに心配してるのよ」
    「う、ううん。平気ならいいんだけど」

    すっくと立ち上がった姉に、セリスはハラハラしながら付き添おうとする。
    もちろん不審がられて、慌てて、身体を支えようと出していた手を引っ込めた。

    「本当に大丈夫そうですね」
    「まあ、それならそれでよし」

    セリスと談笑している様子を見て、周りもひと安心。

    「ここから先が重要なときだ。とりあえずは、秘密にしておくか」
    「それがいいでしょうね」
    「ふぅ、やれやれだわ」

    無駄に不安がらせることもない。

    とりあえず、エルリスに憑依している氷の精霊に害意敵意は無いようだし、
    味方として扱っても問題はあるまい。

    御門兄妹とユナの協議によって、先ほどの出来事は、
    エルリス自身には伝えないことに決めた。

    「さてそれじゃ、先へ進みましょ」
    「OK」

    ワイバーンを倒して、障害は無くなった。
    いざ進もう。





    ワイバーンと遭遇したホールを抜け、扉を開けて奥へと進む。

    そこにあったのは、中央が吹き抜けとなった螺旋階段。
    円筒状の空間が、ずっと下へと続いているようである。

    「ほえ〜高い…」
    「どれぐらいあるのかしら……光が届いてないわ」

    おそるおそる下を覗き込む水色姉妹。
    あまりの高さに怖気づいてしまい、立ったままでは見られなかった。
    四つん這いになっての行動である。

    ちなみに、覗き込んでも、底を見ることは出来ない。
    暗闇に消えているのみだ。

    「封印図書館の面目躍如か」
    「まだまだこんなものではないのかもしれませんよ」

    ふーむと唸る御門兄妹も、驚きを隠せない。
    まだまだ触りに過ぎないという予感も、その思いを助長させている。

    「ま、先に進みましょ」

    一方で、さしたる感慨も無さそうなユナ。
    そう言って、またもやさっさと下りて行ってしまう。

    「お姉ちゃん、行こう」
    「ええ」
    「……」

    続けて、水色姉妹がお互いに頷き合って下り始め。
    無言のままメディアが追随する。

    「私たちも行きましょう」
    「ああ」

    必然的に、御門兄妹が最後方となる。

    一般に、敵陣やダンジョンへ突入する場合、先頭を実力者にすることはもちろんだが、
    隊列の後方にも、それなりの力を持つ人物を配置することが鉄則とされる。

    突然のバックアタックや、退路を断たれることなどを避けるためだ。
    だから、自分から買って出ようとした役割だったが、自然に出来上がった。

    兄妹にとっては、一石二鳥だったと言える。

    「……環」
    「はい」

    前を行くメディアたちからは、付かず離れずの距離を置いて。
    勇磨は、彼女たちには聞こえないような小声で、環に話しかける。
    環も、意図を察して身体を寄せ、囁くように応じた。

    「警戒しておいたほうがいいかもしれん」
    「…はい」

    一石二鳥のもう一方、この会話をするためだった。
    すなわち、他人に聞かれてはまずい話。

    「氷の精霊の力…。とはいえ、エルリスさんは無意識であって、
     あの様子からして見ても、制御し切れているというわけではないようですが…」
    「急に出張られてくると、厄介なことになるかもな」
    「はい」

    頷く環の視線は厳しく、前を行くエルリスを捉えている。

    私たちの目的・・・・・・のためには…」
    「そうだな」

    聞かれたくないだけに、穏やかではない話のようだが…
    彼らの目的とは、いったいなんなのだろう?

    そもそも、2人はなぜ、旅をしているのか?

    「まあ、そう心配することも無いだろう。
     あれが全力だとも思えないが、もう少し割り増したとしても、
     何とかなるレベルだ」
    「はい。”そのとき”に”そうなった”としても、支障は無いと思います」

    引き続いて交わされる、兄妹の密談。
    注意を払っているおかげで、前を行く人間に聞かれている気配は無い。

    「頭の片隅に残しておく、ということでいいでしょうね」
    「おう」

    共に頷いて、共にエルリスを見る。

    螺旋階段だから、視界の片隅から受ける視線に気付いたのだろう。
    エルリスに「…?」とばかりに振り返られてしまうが、笑ってごまかした。

    人が2人並んで歩いても余裕があるくらい、幅2メートルほどの階段。
    10分ほど下り続けたとき、変化は起こった。



    ガコッ! ゴガンッ!!



    「っ!?」

    突然、頭上から襲ってきた大音。
    それも、なにやら嫌な予感のする音だった。

    「な、なに…?」
    「何か、大きなものが落っこちたような音だったけど…?」

    大きな不安、恐怖に駆られて、見上げたその先には。

    ――ガッガッガッガッガッ!!

    「!!」

    衝撃。
    直径2メートルはあろうかという大岩が、自分たちがつい先ほど通ってきたところを、
    こちらに向かって駆け下りてきているではないか!

    断続的なこの音は、その大岩が、階段の段差を通る際に生じているもの。
    吹き抜け側に手すりなどは無いから、そのまま落っこちてくれればいいのだが…
    大岩は小刻みに壁へと衝突を繰り返しながらも、器用に階段をトレースして、
    正確に階段を下りて来ているのだ。

    このままでは、たちまちのうちにあの大岩に追いつかれ、轢かれてしまう。

    「わ〜お。これはまたお約束な」
    「そ、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ勇磨君!」
    「に、逃げろ〜っ!」

    始まる追いかけっこ。
    追うのは大岩。逃げるは、封印図書館攻略を目指すご一行。

    だが、岩が転がってくるスピードのほうが、断然速い。

    「追いつかれる!」
    「もっと速く走って!」
    「無理よ!」
    「これが限界……わあっ危なぁっ!?」

    最後方の御門兄妹は、すぐ前を行く水色姉妹に促すが、
    彼女たちはいっぱいいっぱいのようだった。
    セリスなどは、今にも足を踏み外し、転んでしまいそうである。

    階段だから、かなりのスピードが出ているため、無理もない。

    さらに前のユナや、姉妹を追い抜いていったメディアは、まだ余裕があるのか、
    水色姉妹との距離は開いて行く一方。

    「あっ!?」
    「セリスッ!」

    ついに、セリスが転んでしまった。
    ズルッと滑って、したたかに腰を打ちつけてしまう。

    「いたた…」
    「大丈夫!?」
    「うん、なんとか。…痛ッ!」
    「セリス!?」

    すぐにエルリスが戻って助け起こそうとしたが、セリスの顔は苦痛に歪んだ。
    どうやら足に怪我をしてしまったらしい。
    おまけに、腰を打ったショックで、満足に立ち上がることすら厳しい情勢。

    「う、動けない…」
    「そんなっ! …はっ!?」

    当然、すぐ後ろにいた御門兄妹も足止めを受ける。
    エルリスがそんな2人の背後に見たのは、今まさに迫りくる、大岩の姿だった。

    (もう逃げられない!)

    咄嗟にそう感じて、エルリスは思わず、セリスを庇うようにして覆いかぶさる。

    「やれやれ。環」
    「仕方ありませんね」

    彼女たちの後ろで、真っ先に大岩の脅威を受けるはずの御門兄妹。
    ひとつ息をついて肩をすくめると、逃げるどころか、振り向いて大岩と向き合う。

    あのような岩の直撃を受けては、ましてや、このスピードでは、
    ひとたまりもないのだが…

    「「はあっ!!」」



    ドォンッ!!



    2人は気合一閃。
    彼らから風圧が生じるのと同時に、周囲には、黄金の輝きが溢れた。

    同時に…



    ドガァァアンッ!!



    砕け散る大岩。
    パラパラと破片が落ちてくる中。

    「…ふぅ」
    「除去完了です」

    ホッと息をつく御門兄妹。
    それから、溢れかえっていた黄金の輝きは、急速に収まっていった。


引用返信/返信
■551 / ResNo.43)  『黒と金と水色と』第19話A
□投稿者/ 昭和 -(2007/01/06(Sat) 11:42:16)
    黒と金と水色と 第19話「最深部へA」






    迫ってきていた大岩の姿は綺麗サッパリ消え去る。
    周囲には、サラサラの砂状と化した元大岩の破片が舞い、
    やがて周りに落ちて行く。

    それを見届けるかのようにして、黄金の輝きが消える。
    元の姿形に戻った御門兄妹は、微笑を浮かべて振り向いた。

    「もう大丈夫だよ」
    「えっ? あ……うん、ありがと……」
    「ほえー…」

    対する水色姉妹の反応は、共に呆然としたものだった。

    彼らが黄金化するのを見るのは、何もこれが初めてというわけではないが、
    改めて見てみると、ものすごいものだということを再認識する。

    あんな大岩を、一瞬で粉々にしてしまうとは。

    「い、今、何をしたの?」
    「霊力…魔力のようなものです。それを瞬間的に放出しまして、
     あの大岩にぶつけ、粉砕した次第です」
    「そ、そうなの」

    環から説明を聞いても、すぐには理解できない。
    それだけすごかった。

    「久しぶりに見たわね」
    「助かりました」

    と、健脚に物を言わせて、かなり先まで下りて行っていたユナとメディアが、
    そう口を開きつつ上がってきた。

    「相変わらずのすごいパワーだわね。正面から当たったら、私でもどうだか」
    「またまたご謙遜を」
    「謙遜じゃないわよ。正直な感想」

    ユナが「脱帽だ」とばかりに言ってくるが、苦笑する勇磨。
    とてもじゃないが、信じられるものではない。

    「何を仰いますやら」

    それは環も同感のようで、ジトッと睨みつける。

    「仮に、1番うしろにいたのが貴女だったとしても、
     同じように回避していたはずでしょう」
    「まあね」

    頷くユナ。
    しかし…、と補足を入れる。

    「でも、魔力だと、一瞬のうちに練られる量には限界がある。私でもね。
     だから、あなたたちみたいな爆発的なパワーは出ないのよ。
     破壊に成功したとしても、あそこまで木っ端微塵には出来ないわ。さすがよ」
    「それはどうも」

    無詠唱魔法というものもあり、もちろんユナも使いこなせるが、
    それなりに威力のあるものを使おうとすると、どうしても詠唱が必要になってくる。
    魔法、魔力の弱点と言ってもいいだろう。

    その点、御門兄妹の霊力というものは、一瞬でピークに近いパワーを取り出せる。
    あの黄金化が良い例だろう。

    ユナが御門兄妹を認めているのも、こういった面があるためだ。
    他人を滅多に褒めない彼女が、素直に感心しているということも、特筆物である。

    「しかし罠があったとは、いえ、むしろあって当然なんですが、
     ここで来るとは思いませんでしたね。油断でした」
    「本当に」

    メディアがこう言うと、全員がうんうんと頷いた。

    「まだ回避可能な罠だったから良かったけど、即死モノの罠なんかがあるかもしれない。
     というより、あるのが自然。もっと慎重に進まざるを得ないわね」
    「ええ…」
    「心臓に悪いよ〜…」

    特に、こういう非常事態に免疫の無い水色姉妹。
    ユナの言葉に、げんなりと息を吐き出すのだった。

    「っていうかユナさん!」
    「なによ?」

    ぐったりしていたセリスが、唐突に声を張り上げた。
    そしてユナを睨みつける。

    「自分たちだけさっさと逃げちゃって〜! 薄情者〜!」
    「あのね…」

    ふぅ、と今度はユナが息を吐き出す。

    「この程度の階段を下りるだけで、私に付いてこられないほうが悪い。
     体力面での強化、怠ってるわね?」
    「うっ」
    「エルリス。あなたもよ」
    「あ、あはは……ごめんなさい」

    確かに、ユナに付いていけなかったのは、根本的な体力の差だ。
    彼女と修行した際に、魔法だけではなく、体力も併せて鍛えなければダメだと
    言われていたのにもかかわらず、疎かにしていたこともまた事実。

    激昂していたセリスは言葉に詰まって勢いを失い、
    エルリスも、申し訳なさそうに苦笑するしかない。

    「メディアも、意外と足が速かったなあ」
    「まあ、エルフですから、私」
    「そんなものか」

    ユナに付いていっていたメディア。
    勇磨から指摘されて、照れくさそうに笑って見せる。

    人間とエルフでは、魔力だけでなく、体力にも違いがあるのだろうか。

    「う〜、事実なんだけど……なんか納得いかなーいっ!」
    「セリス。修行してなかったのは私たちなんだから…」
    「それでもだよ〜っ!」
    「あはは…」

    どうしたものか、と苦笑していたエルリスは、はたと気付く。

    「そういえば、セリスあなた」
    「え?」
    「ケガ、してたんじゃないの?」
    「へっ? ……あっ!」

    階段を踏み外し、盛大に転んでいたはず。
    直後は動けないほどの痛みがあったみたいだが、もういいのだろうか。

    「そ、そうだった! イタタっ、思い出したら痛くなってきたー!」
    「セ、セリス! 大丈夫!?」

    …忘れていただけだったようだ。
    言われて気付かされると、すぐに悶絶し始める。

    「ははは」
    「まったく…」

    苦笑するしかない勇磨。
    脱力してため息をつくしかない環。

    「環、治してやれよ」
    「仕方ありませんね…。セリスさん、見せてください」
    「あっ環さん。…んっきゃあ! 触らないで痛いー!」
    「触らないと見られないでしょう!」

    ヒーリングしようと、患部に触れようとするも。
    かすかに触れた瞬間、セリスは飛び上がって痛みを訴えた。

    治療するために見せて欲しい環と、痛いところに触れられたくないセリス。
    壮絶ないたちごっこの始まりだった。

    「セリス…」
    「本当に、あの子はどうにかならないものかしら…」
    「まあいいではないですか。楽しくて♪」

    恥ずかしすぎて、顔を覆ってしまうエルリス。
    ユナはそっぽを向いてしまう。
    メディアが1人楽しそうに笑っているが、それでいいのだろうか…





    延々と続く螺旋階段。
    いい加減、嫌になってきた。

    「どこまで続いてるの、この階段…」
    「う〜、帰りに登るの大変そうだなぁ」

    水色姉妹から愚痴が零れる。
    それもそのはずで、もう1時間近く、階段を下り続けているのだ。

    いったい、どれぐらいの深さまで降りて行くのだろう?
    いったい、この先はどうなっているのだろう?

    大いなる不安は渦巻く中、終わりは唐突にやってきた。

    「あっ」

    真っ先に声を上げたのは、やはりセリスだ。

    「階段が終わってる!」

    照明は魔科学によって、今いる付近のみを照らす仕組みになっているようだ。
    だから、先に行けば行くほど暗くなっており、判別するのは困難を極めたが。

    あとひと巻きくらい降りて行くと、そこで階段は終わり、
    平坦な床が広がっているように見える。
    その先は暗闇の中だが、それなりのスペースがあるのだろうか。

    「とりあえず、一息つけるか」
    「そうですね。行きましょう」

    止めていた足を再び動かし、螺旋階段の最後の部分を下りて行く。
    階段なので、さすがに少しは疲労が来ているが、
    終わりが見えているということで、その足取りは総じて軽い。

    程なく、階段を下り切った。
    螺旋階段最下層に照明が灯る。

    そこで見たものは…

    「扉がいっぱい!」

    悲鳴に近い、セリスの叫び。

    螺旋階段が納まっていた形状そのままの、円形のスペース。
    階段を下り切った先からの壁面には、2mくらいの間隔を置いて、
    扉が何ヶ所も設置してあるのだ。

    「ひい、ふう、みい………全部で15ヶ所」

    即座に数えた環がこう報告。
    扉の数は、実に15を数えた。

    「迂闊に近づかない開けない! 何が出てくるかわからないわ」
    「う、うん」

    ともすれば先走った行動に出かねない誰かさんに向けて、ユナが一喝。
    なぜか頷いたセリス。(自覚があるらしい)

    他のものは一切、何も存在しない…いや、ひとつだけあった。
    スペースの中央に、剣を斜めに持つ兵士の像が、寂しげにひとつだけ置かれている。

    「………」

    こんなところにオブジェ?
    周囲を観察しだしたユナは、そのように疑問に感じたが、それ以上のことはわからない。

    視線を、複数ある扉へと移した。

    「………」

    扉の数々を、それぞれジッと注視して行く。
    そして、こう呟いた。

    「どうやら、魔力的なトラップは無いようね」
    「そのようですね」

    メディアも同意する。

    「あと考えられる可能性としては、物理トラップですが」
    「そればっかりは、開けてみないとわからないわね。…ん?」

    ここで、ユナは何かに気付いた。
    ひとつ首を傾げ、慎重に、1番近くにある扉へ歩み寄って行く。

    「どうしました?」
    「何かが…」

    目の前に立ってみて、”何か”を見つめる。

    扉の中ほど、ちょうど目線くらいの高さ。
    長方形をした、周囲とは明らかに違った一角があった。

    「これは……プレートの跡だわ」
    「プレート?」
    「よく、部屋の前なんかに『〜室』とか書かれてるものが貼ってあるでしょ?
     それじゃないかと思うんだけど……あっちにもあるわね。あっちにも」

    よくよく確かめてみると、隣の扉にも、そのまた向こうの扉にも、
    同じようなものがあることがわかった。

    「…ダメですね。どれも煤けていて、読めません」

    しかし、いずれもが変色してしまい。
    あるいは、貼ってあったプレートは取り払われてしまったのか、
    表示されていた内容を窺い知ることは出来ない。

    「ということは、何か? この扉の先にはそれぞれなんらかの部屋があって、
     どんな部屋かを案内していたというわけか?」
    「たぶん、兄さんの仰るとおりでしょう」
    「ふーむ」
    「今となっては、悔やまれますね」
    「まあ、何十年、何百年と、管理する人間なんかいなかったんでしょうし、
     当然と言えば当然だわね」

    どんなに小さいものでもいいから、何か手がかりが欲しい一行にとっては、
    かなり残念なことであった。
    こんなところで、封印図書館の洗礼を浴びることになるとは。

    要するに、扉の向こう側に何があるかは、実際に扉を開けて、
    向こう側に入ってみるまではわからないということ。

    「さあて…」

    不敵に微笑んだユナが、皆を見回しながら、尋ねたこと。

    「どこから行く?」
    「……」

    即答する声は、上がらなかった。


引用返信/返信
■552 / ResNo.44)  『黒と金と水色と』第19話B
□投稿者/ 昭和 -(2007/01/13(Sat) 18:25:14)
    黒と金と水色と 第19話「最深部へB」






    「どこから行く?」

    とのユナからの問いに、答えられるものは皆無。
    しばらく、その場を沈黙が支配したのち。

    「順番……に、行くしかないんじゃないか?」

    と勇磨が発言。

    「そう、ね、それしか…」
    「うん。わたしは勇磨さんに賛成〜」
    「1番シンプルですが、無難でもあります」

    ポツポツと、賛成意見も出始める。
    エルリス、セリス、メディアは賛意を表した。

    最終的には、ユナも環も同意して、とりあえず、1番左、
    1番階段に近い扉から開けてみることにした。

    だが、トラップが無いとも、開けた瞬間に何か異常事態に見舞われないとも限らない。
    扉を開けるには、慎重に慎重を要する。

    「よし。扉を開ける役は、俺が引き受ける」

    唯一の男だしね、と名乗り出る勇磨。
    反対意見は出ない。

    「それではこうしましょう」

    それを受けて、メディアがこんなことを申し出る。

    「他の皆さんは、ここの中央部分にお集まりいただいて。
     万が一のときのために、私が魔力・衝撃緩衝の結界を張ります。
     これで、よほどのことが無い限り、私たちは安全です」

    「…俺は?」
    「がんばってください♪」
    「はいはい…」

    それだと、中央に集まっている女性陣は安全だが、
    ドアを開く係の勇磨は、モロに影響を被ることになる。

    しかし、自分が名乗り出たことであるし。
    他に方法が無いのだから、誰かがやらねばならない。
    罠があったときでも、それなりに回避できる自信もある。

    勇磨はメディアに笑顔で見送られ、最初に開ける扉へと歩み寄って行き。
    一方では、メディアが結界を展開させる。

    結界の展開を確認し、勇磨も、扉を開けるポジションへとついた。

    「…いいな? 開けるぞ」
    「兄さん、お気をつけて」
    「ああ。じゃあ……さーん、にーい、いーちっ、ゼロッ!」

    カウント0になった瞬間、勇磨はノブに手をかけて回し、思い切り押した。
    結界の中にいるとはいえ、女性陣も身体を強張らせる。

    …が。

    「あ、あれ?」
    「…は?」

    扉が開かない。開いていない。閉まったまま。
    目を丸くする一行。

    「お、おかしいな? あれー?」

    勇磨はガチャガチャとノブを弄ってみるが、開く気配は無い。

    偽物の扉なのか? はたまた、鍵でもかかっているのか?
    そんな懸念が、一行に広まりつつあるときだった。

    「もしかして、それも『引き扉』なのでは?」
    「………」

    メディアの冷静な一言。

    どこかで聞き覚えがあるような気がする。
    しかも、ごく最近のことだ。

    「……あ、あはは」

    指摘を受けた勇磨は、笑ってごまかす。

    「あ、さ〜って、押してもダメなら引いてみろ〜♪」

    「…兄さん。またですか」
    「い、一見しただけじゃわからないわよね? ねっ?」
    「勇磨さん…。わたしでもそんなボケ、2度もしないよ…」
    「やれやれ…」
    「ふふふ。いいんですよ勇磨。そんな、わざと場を和まそうとしてくれなくても♪」

    つまり、『押す』一辺倒だったと。
    封印図書館の入口扉のときの再来だと。

    あまりの単純思考に、環はビシッと青筋を立て。
    必死にフォローを試みるエルリスと、呆れを通り越し、げんなりしているセリス。
    肩をすくめるユナ。
    やはり1人だけ、メディアは面白そうに笑っていた。

    「で、では気を改めまして…」
    「緊張感が台無しですよ…」
    「う、うるさいな。開けるぞっ!」

    今度こそとノブを回す。
    ガチャッ、と音がして、扉は手前側へと開いた。

    手に汗握る一瞬。
    …だが、何も起こらなかった。

    「……セーフ?」
    「いいえ、まだわかりません。トラップは忘れた頃に――」

    「あ〜っ、なんだこりゃっ!」

    「――!?」

    安心しかけるエルリスに、環が油断大敵とたしなめようとするも。
    それを遮るように、勇磨の大声が轟いた。

    「兄さん?」
    「これ見てみろよ!」
    「え?」

    勇磨が憤慨しながら示した先は、扉が開いた、その先。
    一同の視線が集中して…

    「ええ〜っ!?」

    誰のものか、やはり大声が上がった。

    「壁じゃない!」

    それは当然。
    なにせ、扉が開いたその先は、壁。

    通路も、空間も、何も無い。
    周りと同じ、ただの壁だったのだから。





    「どうなってんだこりゃ!」

    うが〜、と勇磨が吠えている。

    その原因は、扉を開けた先が壁だったこと。
    それも、ヤケになった勇磨が次々と開けていった扉の先が、ことごとく壁だったことによる。

    「なにこれ?」
    「行き止まり…ってこと?」
    「そんなはず…」

    女性陣も、最初は勇磨の行動にポカ〜ンとしていたが、
    すべての扉が開け放たれた結果に、改めてポカ〜ンとしている。

    「これまで、分岐や他の扉などは無かったと思いましたが…。
     ここで行き止まりなはずがないのですが…」
    「確かにそうね」

    う〜むと考え込んだ環の言葉に、ユナが同意した。

    ここまでは一本道だった。
    もしかしたら、隠し扉や隠し通路などの仕掛けがあった可能性も否定できないが、
    あれほどの規模の螺旋階段の先が行き止まりなど、考えられない事態である。

    ここまで来て行き止まり。
    もしや、これが正規ルートではないのか?
    他に隠し通路があるのか?

    「………」

    目を細めて、周囲を観察するユナ。
    彼女の目に留まるものは、何かあるのだろうか。

    「…とにかく」

    コホンと咳払いをし、結論を述べる。

    「調べるわよ。何か仕掛けがあるのかもしれないわ」
    「わかったわ」

    総出で、周囲をくまなく調べてみる。
    壁、床、扉…

    しかし、新たな発見はもたらされない。
    なにせ何も無いのだ。

    壁は普通の、何の変哲も無い壁だし、床も、なんら変わったところは無い。
    開けた扉も、もう1度調べてみたが、ただの木製の扉なのだ。

    他に、何かあるとすれば…

    「その剣士像」

    中央に鎮座している、剣を持った像。
    この場には似つかわしくないと思われる像が、怪しいということになってくる。

    ユナの発言で、自然と、像の周りに全員が集まった。

    像は、高さが2mほど。材質は石だろうか。
    鎧兜姿の剣士像で、右手に持った、斜めに突き出る剣が特徴的。

    「一見は、ただの彫像のように見えますが…」
    「何か仕掛けがあるのかなぁ? うーん?」

    唸りながら、像をぺたぺたと触って行くセリス。
    下から上まで観察し、前後左右360度、あらゆる角度から見てみるが。

    「う〜ん、なんにもないよ〜?」

    やはり、目新しい発見は無かった。
    しかしそれでも、セリスは像を回りながら、観察を続ける。

    そんなとき。

    「…わっ!?」

    像だけを見ていたため、足元が疎かになっていた。
    敷き詰められているレンガのちょっとした段差に躓き、転びそうになってしまう。

    「わわっ」
    「セリス!」

    体勢を崩しかけたセリスは、思わず手を伸ばし、像を掴む。

    ――ゴゴ…

    「…え?」
    「!!」

    転ぶまいと、像に手をかけた瞬間。
    なんと、低い音を立てて、像が動いたのだ。

    正確に言うと、場所がずれたわけではなく、像そのものが回転したのである。

    「今……動いた、よね?」
    「動いたわね…。回転したの…?」

    事実を確かめる間も無く。

    バンッバンッバンッバンッ!!

    「…!!」

    開け放ったままにしておいた扉が、次々と音を立て、勝手に閉まって行く。
    頭上は吹き抜けになっているので音が反響し、不気味なほどの余韻を残した。

    「これは間違いないわ」

    ふむ、と頷いたユナ。
    行き止まりの扉と、なんらかの関係があることは、もはや疑いようが無かった。

    「像を回して、扉のほうへ向けてみて」

    現状、像は、扉とは目を合わしていない。
    持っている剣が階段を指している状況だ。

    像ごと回転させて、扉と正対させてみよう。

    「よしわかった。ふぬっ」

    ――ゴ、ゴ、ゴ…

    勇磨が像を持って、力任せに回転させる。
    かなり重いのか、発せられる音は、やはり重低音である。

    「とりあえず、最初の扉へ合わせてみて」
    「うい」

    剣が扉を指すよう、向かい合わせるまで回す。
    すると…

    ピカッ!

    「あっ」

    剣の切っ先が発光。
    その光は瞬く間に強くなっていって、ビィっと一直線に伸びていった。
    もちろん、扉に向けてである。

    ギュゥゥゥウンッ…!!

    「な、なに? 何の音?」
    「何かが動いているような…」

    光線が扉に達した直後から、何かの機械音が響き渡る。
    何かが高速回転しているような音が、数秒間は続いて。

    やがて、それは徐々に静かになっていった。

    「………」

    一行は、その後もしばらく、様子を窺い。
    何も起こっていないことを確認する。

    …いや、それは間違いだ。
    確かに、”何か”は起こったのだから。

    「勇磨。もう1回、扉を開けてみてくれる?」
    「おし…」

    像からの光が当たっている扉を、再び開けてみる。
    今度こそ、開けた先には、壁以外の何かが見えることを期待して。

    「開けるぞ…。それっ!」

    一気に開ける。
    固唾を飲む瞬間。

    「部屋だ!」

    薄暗くて確かなことは言えないが、扉の先に、何らかのスペースがある。
    期待は、その通りになった。





    第20話に続く


引用返信/返信
■553 / ResNo.45)  『黒と金と水色と』第20話@
□投稿者/ 昭和 -(2007/02/03(Sat) 14:51:37)
    黒と金と水色と 第20話「時の眠る園@」






    「部屋だ!」

    向こう側を覗き込んだ勇磨が、叫び声を上げた。
    暗がりでよくは見えないが、確かに空間が存在するという。

    「え、本当!?」
    「やったぁ!」

    その声に反応し、続けて飛び込もうとする水色姉妹だが。

    「待ちなさい」
    「え?」

    ユナに止められた。

    「何か罠があるかもしれないわ。あなたたちは、安全が確認できるまで、
     こっちで待ってなさい」

    「う〜」
    「でもまあ、ユナの言うとおりね…」

    言うこと至極ごもっとも。

    もしなんらかのトラップがあった場合、自分たちでは、対処に困るであろう。
    下手をすると、取り返しのつかない事態にだって陥るかもしれない。

    セリスは残念そうに唸っているが、従うしかなさそうだ。

    「では私も、こちら側で待たせていただきます」
    「そうね、そうしなさい」

    メディアもそう申し出た。

    魔力の高いエルフ、しかもその女王だけあって、結界術や防護魔法には長けているようだが、
    直接戦闘においては、その実力は未知数である。
    先ほどの戦いでは、自ら後方に下がったくらいだから、攻撃力には自信がないのか。

    そういった事情を考慮し、ユナは頷いた。

    「それじゃ、私と勇磨、環で、様子を見てくる。
     そんなに時間はかからないと思うけど、ここでおとなしく待ってるのよ。いいわね」
    「うん」
    「いってらっしゃい」

    編成された威力偵察部隊。
    偵察とは名ばかりの主力部隊であるが、適任であろう。

    3人は、水色姉妹とメディアに見送られ、依然暗闇の中の、奥へと足を踏み入れる。
    扉を超え、暗闇の中へと入った瞬間だった。

    ぐにゃり

    「…!」

    一瞬だったが、妙な違和感に支配される。
    それも束の間のことで、気づいてみると

    「これは…」
    「へぇ…」

    ごく普通の空間にいたのである。

    地下とは思えないほどの明るさに照らし出された室内は、まるで、
    地上の図書館だと見間違うほどの様相。
    所狭しと並べられた背の高い本棚に、ぎっしりと本が詰まっている。

    しかも、だ。

    「とても、数百年はくだらない歳月を経ているとは、思えません…」

    勇磨とユナが感嘆の声を漏らしたのに続いて、環が呟いた言葉。

    そう。目の前に広がっている光景は、今まさに、きちんと管理の行き届いている、
    清潔な図書館の一室そのものだった。
    ゴミなどは一切見当たらないし、埃が溜まっている様子もまったく見受けられない。

    まるで、この地下空間が封鎖されたその瞬間から、微塵も時間が経過していない。
    当時そのままの風景が、ここだけ時間が止まってしまったかのように、
    そのまま取り残されたような印象を受ける。

    「なるほど………封印図書館、こういう意味だったのね」

    ふむ、と頷きつつ、ユナが言う。

    とても不可思議な現象だが、これが現実である以上、信じざるを得ず。
    ”封印”された図書館という意味が、所蔵した危険物を外に出さないためという意味のほかに、
    もうひとつ、別な意図があったということを理解した。

    ますます、言い得て妙な表現である。

    「とにかく、まず安全性を確かめないとな。
     うーん、魔物もいないし、特にコレといって、危険な感じは――うっ!?」

    そう言って、周りを注意深く見回しながら、勇磨がさらに奥へと歩を進める。
    ところが、彼の声は、途中で不自然に掻き消えてしまった。

    そして、上がる叫び。

    「勇磨!」
    「兄さん!」

    慌てて駆けつけるユナと環。

    「どうしたの?」
    「何か出ましたか!?」
    「…これだ」

    幸い、数メートルほどの距離だったため、ほんの一瞬で辿り着く。
    勇磨が固まりつつ視線を向けているのは、1番手前側にあった本棚と、
    そのひとつ向こう側にある本棚との間の通路。

    そこを示されて、同じように視線を向けた、ユナと環が見たもの。

    「「…!!」」

    2人とも、勇磨と同じように固まってしまった。
    そして、戦慄した。

    「どうしたの!?」
    「大丈夫!?」
    「2人とも、危ないわ!」

    外にも、勇磨の声が聞こえたのだろう。
    水色姉妹が、メディアの制止を振り切って、こちら側へと入ってきた。

    「来るな!!」

    「…!」

    そんな彼女たちに向けて、勇磨から怒声が放たれた。

    エルリスとセリスは、ビクッと身体を震わせる。
    初めて聞いた、本気での、否定の声。

    「君たちは……来ちゃいけない」

    一転して、勇磨の声は弱々しい、細々したものへと変わった。

    「ど、どういうこと…?」
    「そこに、何があるの…?」

    混乱状況の水色姉妹は、必死に事態を理解しようと試みるものの、無駄な努力である。
    本棚の間を覗き込んでいるという情報以外、何もわからないのだから。

    しかし、ただひとつ理解できるのは、只事ではないであろうことだ。
    それがわかるからこそ、2人は、その場から一歩も動けない。

    「…あなた方には、刺激が強すぎます」

    「………」
    「………」

    遅れて届いてきた環の声によって、それは増長された。

    「……」

    姉妹の後ろで話を聞いていたメディアも、無言だったが

    「メ、メディアさん!」
    「ダメだよ!」

    今度は逆に、エルリスセリスの声を無視し、スタスタと勇磨たちのもとへ歩み寄って行く。
    ものの数秒で辿り着いた彼女は、勇磨たちと同様、本棚の間を覗き込む。

    「……確かに」

    そして、メディアはこう呟いた。

    「エルリスとセリスは、見ないほうがいいわ」

    「………」
    「………」

    エルフである彼女をもってして、こう言わしめる光景とは…

    本棚と本棚の間の、幅1メートル、奥行きは5メートルほどの空間。
    その中ほどの地点にして、”それ”は起こっていた。

    まず目に飛び込んでくるのは、禍々しいばかりの『赤』。
    床の絨毯や、本棚、本を始めとして、天井にまで、激しく飛び散ったかのように付着する”それ”。
    絵の具や食紅といった雰囲気ではない。それはまさしく、”血液”である。

    それも、時間が経って乾いたというものではない。
    つい先ほど、流出したような生々しさを持つ、『鮮血』だった。

    その証拠として、血の海の中に倒れこんでいる、数人の遺体。
    いずれもが、見るのもためらわれるような痛々しい傷跡を残し、中には、
    身体の線が変わるくらいに抉られ、臓器が露出してしまっている者もいる。

    これだけの、血の飛び散りようだ。
    その凄まじさは、おわかりいただけると思う。

    「おそらく…」

    無言が貫かれる最中、メディアの声だけが響く。

    「どうやって入ってきたのかはわからないけれど、先客がいたということかしら。
     そして、これもどういう原理だかわからないけど、ここは、この部屋だけは、
     本来の時間の流れからは切り離されているようね」

    この凄惨な遺体群は、自分たちよりも先に入った、おそらくは盗賊。
    所蔵されているという一品を求めて忍び込み、仕掛けを見抜いたまでは良かったが、
    時間が流れないというこの部屋で、何者かに襲われ、惨殺された、と。

    何者かに襲われ・・・・・・・

    「…!」

    メディアがそこまで言ったとき、ほぼ全員が、その事実に気づいた。

    「脱出だ!」

    何が出てくるかわからない。
    少なくとも、ここには、彼らを殺した何かがいる。

    急いで部屋から出ようとするが。

    「あっ!」
    「し、閉まってる!」

    出入り口に1番近い位置にいた水色姉妹から、悲鳴が上がった。
    なんと、そこにあったはずの通路が、どこからか現れた壁によって、塞がれてしまっていたのだ。

    「閉じ込め……られた?」


引用返信/返信
■555 / ResNo.46)   『黒と金と水色と』第20話A
□投稿者/ 昭和 -(2007/03/03(Sat) 15:09:22)
    黒と金と水色と 第20話「時の眠る園A」






    「閉じ込め……られた?」

    「チィッ」

    誰のものか、舌打ちが上がる。
    部屋全体がトラップだったとは、完全な見落としである。

    「グゲゲゲ…」

    「!!」

    追い討ちをかける、”何者か”の不気味な声だ。
    全員が即座に、戦闘態勢へと映る。

    その直後。
    ヤツは、ゆっくりと姿を現した。

    「グッフフフ…」

    「…!」

    本棚を通り越して。
    皆が驚いたのは、その巨体よりも、本棚を通過・・してきたことによる。

    「な……通り越してきた!?」
    「でも、幻影……というわけでもなさそうね」

    「グッフフフ……その通り」

    「喋った!?」

    そこには確かに本棚があるのに、ヤツは奥から真っ直ぐ、その巨体を進めてきた。
    だがしかし、幻というわけではない。ヤツの肉体は、確かにそこに在る。

    さらには、こちらの言葉を理解して、自ら言葉を話した。
    知能の高いモンスターには初めて出くわしたセリスなどは、これにも仰天している。

    「またしても侵入者か…。人間には身の程知らずが多いものだな。
     まあ、オレ様にとって見れば、エサが来てくれてありがたいが。グッフフフ…」

    背丈は、天井につきそうなほど高い。
    横幅もでかい。ずんぐりむっくりした体型。
    そのわりに手足は細く、その先端には、鋭い鍵爪が存在していた。

    間違いなく、この部屋の”主”である。

    「ふん、なんだかわからないけど、やろうってんなら相手になってあげるわ」

    一瞥したユナが、素早く詠唱を終える。

    インフェルノ!!

    鬼火!!

    続けて環も妖術を展開。先制攻撃を仕掛けた。
    2つの巨大な火焔がヤツへと迫る。

    「グッフフフ…」

    ところが、ヤツは身じろぎひとつしない。
    正面から喰らう気のようだ。

    「避けない気?」
    「といっても、あの図体では、避けるにも避けられないでしょうが」

    横幅がありすぎる。
    本棚を通過できる特技があるにせよ、実体がある以上、直撃は避けられない。
    命中を確信した。

    が、しかし…

    「グッフフフ、こいつはありがたい」

    ヤツは、平然と構えたまま、余裕の表情で

    「いきなりご馳走してくれるっていうのか? では遠慮なく…」

    大口を開けた!

    「グオアー!」

    「な、なに!?」
    「炎を……食べた!?」

    ぱっくりと開けた口で、迫ってきた炎を、文字通り飲み込んでしまった。
    しかも、美味しそうに咀嚼までしているではないか。

    「…ふぅ。こいつは美味い」

    食べきってしまったヤツは、満足そうな表情を浮かべる。

    「ものすごく上質な魔力だ…。そっちのは少し違うようだが、変わっていて美味い。
     ほれ、もっとご馳走してくれぬのか? グッフフフ…」

    「魔力を、エネルギーを、食べるというのですか…」
    「く、なんて規格外なヤツ!」

    さすがに驚いて、呆然と呟く環。
    苛立ちげに叫ぶユナ。

    種類を問わず、エネルギーの類を、口から吸収する。
    ユナが言ったとおり、前代未聞の、とんでもない能力だった。

    「魔法や霊波攻撃の類は通用しないようです」
    「悔しいけど、私の出る幕は無いわね…」

    ユナの攻撃は、魔法がメイン。
    しかも、なまじ魔力が多く威力も高いだけに、ヤツにとっては、格好の獲物というだけだ。

    「任せるわ」

    本当に悔しそうに、ユナは後方に下がった。

    「とはいえ、任されたとはいっても…」
    「どうしたもんかねえ」

    前衛に留まる御門兄妹は困惑顔。

    ヤツを倒すには、それなりにエネルギーのチャージをしなければ不十分だと思われるが、
    その溜めたエネルギーを喰われてしまってはたまらない。

    「なんだ、来ないのか。では、こちらから行くぞ!」
    「…!」
    「ガァッ!!」

    再び大口を開けるヤツ。
    刹那、口の中が光り輝いて…

    閃光が瞬いた。

    それは一瞬にして室内を照らし出し、勇磨たちをも飲み込む。
    …かと思われた。

    「お任せを」
    「メディア!?」

    瞬時に前へと躍り出たメディア。
    驚く皆を尻目に、素早く術式を完成させる。

    『護』

    「ぬっ?」

    お得意の結界術を展開。
    危ういところで難を逃れた。

    「助かった」
    「いえ」

    勇磨から礼を言われると、メディアは再び後方へ下がる。
    その早業に苦笑しつつ、勇磨は前を見据えた。

    「…フン、まあよいわ。先ほど食ったエネルギーは膨大。
     これなら何発でも撃てるばかりか、向こう何十年は暮らせるぞ。グッフフフ」

    「ああそうかい」
    「…兄さん?」

    前では、ヤツが得意そうにほざいているが、それは気にしないとばかり、
    勇磨は颯爽と抜刀した。

    「何か手でも?」
    「手、ってほどでもないけどな」

    良い作戦を思いついたのかと環が尋ねるが、勇磨は苦笑を返すだけ。

    「ご武運を」
    「おう」

    だが、兄の実力には、全幅の信頼を寄せている環である。
    時にはどうしようもないバカをやることもあるにはあるが、基本的にそれは変わらない。
    微笑を浮かべて送り出した。

    「ちょっ、環! いいの!?」
    「そうだよ! みんなでかかったほうが…!」

    1人で前に出て行く勇磨の姿に、水色姉妹が声を荒げるものの。

    「大丈夫ですよ」

    環は一笑に付す。

    「兄さんはバカでは……時にはバカもやりますけど、大丈夫です」
    「なら、いいんだけど…」

    バカではないと言いかけて、数々の奇行馬鹿行を思い出し、コホンと訂正。
    何はともあれ、今は勇磨を信じるしかない。

    「…ほう? 1人で来るのか」
    「おまえを倒すくらい、俺1人で充分だよってね」
    「随分な自信だな」

    1人で向かってくる勇磨に、ヤツは小馬鹿にしたような声をかける。
    しかも、返ってきた返事が返事だから、ぐふふと笑って。

    「その自信、オレ様が叩き潰してやるわ!」

    両手の鎌を振り下ろす。

    「遅いね」

    それを、ひらりとかわした勇磨は。

    「はああっ!!」

    空中で霊力を解放。
    青白いオーラが、手にしている刀へと伝わって行く。

    「御門流奥義、迅雷ッ!!

    電撃を纏った一撃。
    バリバリと音を立てながら、ヤツへと炸裂させる。

    しかし…

    「グッフフフ……おお、ご馳走してくれるのか」

    やはり、ヤツはダメージを受けない。
    そればかりか、受け止めた腕先の鎌から、技のエネルギーを吸収している。

    「美味い……美味いぞ。これほどの美味は初めてだ!」
    「そうかよ」

    勇磨も顔色ひとつ変えず、技を継続させる。

    「貴様の力、残らず喰らい尽くしてくれるわ!」
    「出来るものならな」
    「なに?」

    このままではヤツの言うとおり、力をすべて吸い尽くされておしまいだろう。
    が、勇磨はニヤリと笑みを見せて。

    「ハアアッ!!」

    ドンッ!!

    さらに力を解放。
    黄金のオーラが荒れ狂った。

    「ご馳走してやるから、食えるものなら食ってみな!」
    「んむ…?」
    「食い切れるんならなっ!!」


    ドォンッ!!


    「んぐっ…!?」

    黄金の輝きが光度を増す。
    もう直視していられないくらいだ。

    やがて、ヤツの表情に変化が出た。
    相変わらず、エネルギーの吸収を続けているようだが、次第に苦しそうな顔になっていき。

    「ゴァァァァ……ッ!」

    刹那、ヤツの肉体が限りなく膨らんだ。
    次の瞬間には――


    パァァアンッ!!


    風船が破れたかのごとく、弾け飛ぶ。
    そこにはもう、ヤツの姿は見る影もない。

    「なるほど…」
    「考えたわね」

    「え…」
    「な、何が起こったの?」

    頷いている環とユナの横で、水色姉妹は首を傾げている。

    「ヤツの、食べられる許容量を超えたんですよ。
     空気を入れすぎた風船が、破裂してしまうのと同じことです」
    「あ…」
    「兄さんの、類稀なるパワーが成せる技。さすがは兄さん。
     あそこまでの瞬間的な最大値は、私には出せません」
    「決めるときは決めるわね、さすがに。
     やろうと思えば可能だけど、通用しなかったときのリスクを考えるとねえ。
     あれほどの思い切りの良さは、私には無いわ」

    環から説明を受けて、ようやく納得できた。
    ユナからもお褒めの言葉が出るあたり、見事な策だったのだろう。

    徐々に輝きを失っていく勇磨の背中を見ながら、改めて、彼の強さを実感した。




    第21話へ続く


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■320 / 親記事)  第一部「騎士の忠義・流れ者の意地」・序章
□投稿者/ 鍼法 -(2006/07/23(Sun) 18:14:06)
    2006/07/23(Sun) 18:18:49 編集(投稿者)
    2006/07/23(Sun) 18:18:38 編集(投稿者)



    「……暑い」

     カッ!といった擬音が似合うほどに強烈な日光、整備された街道に人は居ない。いや、むしろ動物が見当たらない。まぁ、ここまで強い日光ならば、動物もどこかに避難しているのだろう。

    「……暑い、死ぬ」
    「五月蝿い。黙って歩け」

     そんな殺人的な日光に照らされた街道を徒歩で歩く二人組がいた。
     片方は、小柄で細身ながら革鎧に包まれた筋骨隆々の体躯を、精悍な顔つきで飾っている。美青年と聞かれれば戸惑うことは間違いないだろうが『いい男』と聞かれればだれもが首を縦に振るだろう。その表情がだらしなく緩められていなければ、だ。
     対するもう片方は――なんというのだろう、不気味だ。
     上半身裸でも汗が噴出しそうなほどに暑いというのに長身を頭までをすっぽりと覆う古ぼけたローブに身をつつんでいるのだから、見ているこちらが暑苦しい。唯一ローブから覗いているのは双眸と靴くらいなのだから。

    「なぁ、やっぱり宿場から共用の馬車使った方が良かったんじゃねえの?」
    「使う金があるか?」

     ……沈黙。

    「無い」
    「そうだ。お前が宿場町の賭場ですべて金をスッたことを忘れたか?」

     言葉に詰まる。そうだ、一攫千金などと夢物語を語った挙句に有り金の殆ど――残りも宿金を払うのに消えていった――を町のチンピラに奪われてしまったのだ。

    「はっはっは……この神様の責め苦って俺のせい?」
    「貴様以外に責任があるのなら、誰でもいいから原因を連れて来い。俺がこの場でソイツを解体してやる」
    「……許して」
    「許して金が入ってくるならば、親の仇でも許そう」

     がっくりとうなだれる。
     その時だった。
     鼻腔に微かな――本当に微かだが、かぎなれた臭いが流れる。
     血の臭い。

    「オイッ!」
    「何だ?」
    「血の臭いだ!街道の先から!」

     聞くのが早いか、ローブを纏った男は走り出していた。







    ――運がねぇな、畜生

     思えば、冤罪で騎士の身分を剥奪されてから五年間、幸運と言う言葉から程遠い人生を歩んできた。代々続く騎士の家系である実家を追われて、剣の腕を生かして傭兵をやろうにも、いけ好かない領主が裏から手を回して傭兵ギルドに登録も出来ない。非合法の仕事をしようにも元宮廷騎士ということで裏家業の奴等からも信頼されない。
     とどめに――野党の襲撃で天に召される寸前と来た。

    「運がねぇよ、畜生、クソッタレ」

     思わず言葉が洩れるほどだ。
     呟きながらも、手斧を振り回す野党の首を剣で斬りとばす。いや、首と一緒に剣までポッキリ逝きやがった。これだから大量生産の安物は嫌いなんだよ。
     背後を見てみる。護衛を依頼されていた商人のキャラバンは全滅だ。これで生き残ってもおまんまの食い下げ。とことん運がねぇよ、畜生畜生畜生。

    「あ〜あ、畜生……なんでこんなに運って奴がねぇんだよ」

     剣が折れたことで安心したのだろう、恐怖に引きつりかけていた野党の顔が喜悦に染まっている。その喜悦には嗜虐的なものも含まれているようだ。良くてなぶり殺し、悪かったら足から刻んで家畜の餌といったところか。

    ――あ〜あ……本当に運がねぇよ

     もう、諦めて降参しようか。そう思った瞬間――

    「あれ?」

     場違いなほどに間抜けな声を上げて、先頭にいた野党が倒れる。
     その背中には、数本のスローイングダガーが突き刺さっていた

    「なんだ!」
    「落ち着け!」

     突然の襲撃に慌てる野党。だが、長剣を携えた髭面の男の一喝で静まる。恐らくは髭面が頭領なのだろう。

    「街道のど真ん中に隠れる場所なんて殆どねぇ!円陣組んで警戒しろ!」

     ああ、コイツのせいだったのか。
     別に自信過剰になるわけではないが、宮廷騎士を勤めていた自分がそんなに弱いとは思っていない。少なくとも、ただの野党に遅れを取る積りなんて無かった。なのに、負けた。あまりにも組織的な攻撃で。

    ――……元兵士かなんかか?

     キャラバンの馬車に寄りかかる形でへたり込む。出血しすぎたのか、思考が鈍い。
     だが、鈍かった思考も次の一瞬で覚醒した。
     遠方から光る『何か』が飛来して、髭面の額を貫いたのだ。

    「んなぁ!」

     間抜けな叫び声を上げる野党。だが、声を上げたものも次の瞬間に額を貫かれる。

    ――魔弓……しかも狙撃に特化してやがる……

     短時間に二人を殺されたことで、野党の円陣が乱れる。無理も無い、戦場でも姿の見える凄腕よりも、姿の見えない狙撃兵の方が精神的にはダメージとなるのだから。
     そして、浮き足立った野党を完全に崩すには十分なものが飛び込んできた。
     自分の身長ほどもある大剣を担いだ男が走りこんできたのだ。
     とっさに剣を構えるが、そんなもの関係ないと言うが如く振るわれる大剣。それは剣ごと野党の首を切り飛ばした。

    「に、逃げるぞ!」

     誰かが叫ぶが、次の瞬間には同じ声が断末魔を上げる。
     パニックになった挙句、頭を抱え込んだ男は大剣に切り飛ばされ、乱入してきた剣士に挑もうとした男は背後から光に貫かれる。
     壊走を始めるのに時間は掛からなかった。

    「逃げんな!俺の収入源!」

     その叫びを背中に受けて、野党は一目散に逃げる。当初は三十人近くいた野党も確認できるだけで3,4人に減ってしまっている。

    「……大丈夫か?」

     剣を背中にしょった鞘にしまいながら、男が話しかける。

    「危なかったな……キャラバンの護衛か?」
    「……そんなところだ」

     出血で喋るのも億劫になってきたが、とりあえず返す。

    「大変だったな……お前一人で10人以上斬ったみたいだな。大した腕だ」
    「そいつはどうも」

     気の抜けた返事だ。自分自身でそう思うが、変えられそうにない。力が出ないのだ。

    ――ヤバイ、眠くなってきた
    「大丈夫か?俺の名前はノークウィス。お前は?」
    ――namae?ナマエ?なまえ?ああ、名前か……俺の名前は――
    「俺の名前は……ヴェルドレッド、だ」

     そこで、俺の意識は一度途切れた。







    あとがき

    こんにちは、あるいはこんばんは鍼法です
    先月、この企画掲示板を拝見して小説を書こうと一念発起して書き上げた次第にございます。
    一応はプロローグ、序章に当たる部分となります。キャラクターのプロフィールや武器、その他のことを企画掲示板に後日書き込むので、そちらも参照しながら呼んでいただけると非常に嬉しいです。
    次も呼んでいただけたら嬉しい次第でございます。では、失礼します。

引用返信/返信

▽[全レス9件(ResNo.5-9 表示)]
■379 / ResNo.5)  第一部・『騎士の忠義・流れ者の意地』・第5話
□投稿者/ 鍼法 -(2006/10/08(Sun) 11:04:09)

            『パラディナ5』



    「アルベルム、援護!」

     大剣を構えながら、叫ぶノークウィス。
     それだけで、アルベルムはもっていた黒塗りの弓――稀代の魔道武具匠『トリスタン』の最高傑作『万物を射抜く者トリスタン』を構える。
     矢を持たない右手が弓を引ききる動作。それと同時に、右手に光で形どられた矢が顕れる。そして――放つ。

    「うっとおしいんだよっ!」

     言いながら、杖を空中に掲げる少年。
     それから反瞬遅れて、アルベルムが放った【矢】が殺到する。連射される矢の数は実に二十発以上。全てが人間の急所を狙っている。
     だが、一発も少年には届かない。全てがあと数センチといったところで押しとめられている。

    「うっとおしいのはテメェだ!」

     叫びながら、大剣を振り下ろすノークウィス。だが、大剣が少年を捉えることは無かった。走るというよりも滑るような移動で、大剣の攻撃範囲を軽々と離脱している。

    「ははっ!コッチだよ!」

     左手を掲げる。手には順逆回転しながら明滅する二重の魔方陣。

    「雷槌よ!我命の元、剣となりて、眼前の敵に思い知らせろ!」
    ――ライトニング・ブレイド――

     高らかに叫ぶ少年。左手の延長線上に、紫電を纏った剣が顕れる。
     振り下ろすと言うよりも、突く。突くというよりも伸びるといった方がいい動作で、ノークウィスに襲い掛かる紫電。だが、ノークウィスは横へ転がって回避。
     続く追い討ち。剣の動作で言うならば袈裟斬りの機動を描く紫電。だが、ノークウィスに届く前に魔弓から放たれた矢が少年に殺到。干渉結界が無効化するが、非随意的なものなのだろう、紫電が霧散する。紫電に回していた魔力を干渉結界が奪い取ったのだ。
     それを見たアルベルムは目を細める。そして――

    「ノークウィス!」

     叫ぶ。
     叫びの意図は理解しかねたが、とりあえずは作戦か何かと思ったのだろう、出血で動けないヴェルドレッドを抱えて、アルベルムが陣取っているT字路付近まで走ってきた。

    「何だ?」
    「あの子供の装備……分かったか?」
    「あ?ああ……術者と関係無しに各種結界を張るってことは『無意たる護り手イージス』を持ってるんだろ?」
    「それが分かっているなら、話は早い」

     薄く笑う。人ならば、薄気味悪い笑みと例えるだろうか。

    「壊せ」
    「……は?」

     言っている意味が分かりません。といった表情のノークウィス。

    「壊せって……どうやってだ?相手は干渉結界張ってんだぞ!?」
    「お前の全力の一撃なら何とかなるだろう?あれが張る結界は術者のものに比べたら、弱い」
    「簡単に言ってくれるな……」

     言いながら、通路の奥を見る。打つ手が無いから逃げたと思っているのか、気軽な足取りで、悠々と距離を詰めているのが分かる。
    ――油断しているのだ。

    「……分かった。全力で援護しろよ」

     呟き、柄を握る手に力を込める。
     これ以上の会話は不要と考えたのか。手信号とアイ・コンタクトでタイミングを計り始めた。
     十秒後に出る。その合図に頷くアルベルム。
     そして十秒後――駆け出す。

    「やっと出てきましたか?ぼくちゃん、マチクタビレチャッタヨ」

     ゲラゲラと笑いながら杖を突き出す少年。今度は四重の魔方陣。いかにも準備万端といった風情だ。

    「死ねよ……踊り狂ってさぁ!」

     吐き出されたのは五つの火球。放物線を描きながら、ノークウィスへと迫る。
     一発目、そのまま直進してくる。避けるまでも無いといった感じで剣を振るノークウィス。簡単に断ち切れた。
     二発目、ややカーブしながら迫って来る。これも避ける必要はない。アルベルムの矢が撃ち落した。
     三発目、二発目の軌道をなぞるように迫る。だが、これもアルベルムが迎撃。
     四発目、二発目と三発目の軌道とは真逆の軌道を描く。だが、カーブが大きすぎる。ノークウィスを捉えきれずに地面に着弾。
     最後の五発目。一度上空に上がっての落下軌道。だが、これもノークウィスを捉えきれない。

    「あたらねぇんだよっ!」

     最上段からの唐竹割り。ノークウィスの胸程度の身長しかない少年ならば、直撃すれば確実に死ぬという勢い。
     だが、少年を切り倒すのにあと数十センチという地点で大剣が火花を散らす。物理干渉結界と大剣の破壊力が拮抗する。
     額に血管を浮かべるほどに力むノークウィス。同じように、少年も歯を食いしばっている。お互い、全力を出しているのだ。気を抜いた方が、負ける。

    「っ、らぁぁぁぁぁっ!」

     雄たけび。
     ノークウィスの大剣が、結界を突破。少年の頭に迫る。
     だが、少年は地面を滑るような――魔術による移動で回避。胸の辺りを少し切り裂いただけだ。
     すかさず、アルベルムが矢を放つ。少年は嘲笑。干渉結界を超えることが出来ない魔弓など怖くない。
     反撃してやろう。左手を突き出す少年。だが――

    「あれ……ボクの左手は?」

     突き出すはずの左手が無かった。アルベルムの放った矢がゴッソリと抉り取っていったのだ。

    「な……んで?」

     呆然とした表情で、左手の断面を見る少年。だが、みるみるうちに表情が青ざめ、脂汗を噴出し始める。

    「おいクソガキ」

     意地の悪い笑みを浮かべて、ノークウィスが胸を指さす。
     指差した方向を見て、少年は視線をずらし――固まった。先ほどまであったものが無い。そう、各種干渉結界を這っていた『無意たる護り手イージス』が無いのだ。

    「お探し物はこれか?」

     言って、今度は足元を指さす。
     その先には、赤いマナ・クリスタルを埋め込んだペンダントが落ちていた。

    「あ、ああ……っ!」

     駆け寄って取ろうとする。だが、駆け寄るよりもノークウィスが踏み壊す方が格段に速かった。

    「あ……」

     一瞬呆然とし、逃げた。
     背中を見せて走り出す少年。だが、アルベルムは見逃すほどお人よしではなかった。
     矢を放つ。心臓を貫くはずだったが、少し外れた。致命傷ではあるが、即死はしない。
     少年は走りを止めない。裏路地のさらに裏路地へと入ったところへ逃げ込み――悲鳴を上げた。





    「ち、畜生……あいつら…コロシテヤル」

     左腕の断面から夥しい血を垂れ流して、少年は走っていた。
     傭兵達はすぐに自分を殺したりはしないだろう。心臓を少しずれた矢は即死とはいかないが、致命傷には間違いない。急いで追う必要性はないのだ。じきに――死ぬ。

    「くそっ!クソッ!」

     叫びながら、目当てのものを探す。この依頼を受けたとき、身分も姿も明かさなかった男が残して言った『最新型の魔道兵器』だ。それさせ使えば、あんな蛆のような傭兵二人など、問題にならない。
     ほどなくして、目当て物を見つけた。胸に抱えるくらいの箱だ。

    「これで殺してやるからな……」

     憎悪に滴る声を上げて、箱を開けにかかる。
     箱は――開いた。そして同時に、少年の体を無数の靄が覆う。

    「な、何だよ!」

     なけなしの生命力を削ってもがく。だが、靄は晴れるどころか、少年の体を覆っていく。

    「い、痛い!」

     悲鳴を上げた。
     痛い熱い苦しい……それしか感想など思い浮かばない。いっそのこと殺してくれた方が幾分か楽だ。そう思えるほどの苦痛と――自分の体が変質していく、奇妙な快感が体中を駆け巡っていく。

    「い、いやだ!助けてよ!」

     悲鳴を上げる。誰も助けてくれない。当たり前だ。とっくのとうに残っていた部下は逃げてしまったのだから。

    「何でボクが!助けて!助けてよ!パパァ!ママァ!」

     そこまで叫んで――少年の意識は消滅した。





    「オイオイ……冗談ってのは笑えることだけにしてくれよ」

     少年の悲鳴を聞いて、裏路地に駆け込んできたノークウィスの第一声だった。
     そこにいたのは少年では――人間ではなかった。
     爬虫類の羽、悪臭を放つ灰色の体毛、山羊の角――極めつけは胸板に生えている少年の顔だ。少年の顔は正気を保っていない。目の焦点は合わず、涎と鼻水と涙を垂れ流して、ゲラゲラと笑っている。とてもではないが、正視できない。

    「たすぅけぇてぇ……たすぅけぇてぇ」

     助けて……ゲラゲラと笑いながら少年の顔はそれしか言っていない。 ――狂っている。
     目を背けたくなるような情景だが、アルベルムとノークウィスの行動は早かった。

    「閃光よ!増え、分かれ、驟雨となりて、我が眼前の者に襲い掛かれ」

     詠唱。
     空中に浮かんだ三重の魔方陣は魔弓『万物を貫く者トリスタン』のマナ・クリスタルへと吸い込まれて、発光する。
     次に放った矢は、散弾だった。
     一本の弓が四本に四本が十六本に十六が六十四にと別れていく。矢は百本を軽く越える大群となって、少年だったものに――魔物に襲い掛かる。
     体中に矢が刺さり、のた打ち回る魔物。だが、どれも致命傷にはならない。
     すかさず、ノークウィスの一撃。右腕を切り飛ばす。だが、致命傷にはならない。
     咆哮を上げる魔物。背中の羽を広げて、大きく羽ばたく。
     地面に吹き荒れる風。ノークウィスの身長よりも大きく、体重も一回り以上は重いであろう魔物の体が空中へと浮かぶ。
     飛べるのか。小さく舌打ちしながら、アルベルムが魔弓を構える。羽に穴を開けてさえしまえば、飛べなくなる。
     だが、アルベルムが矢を放つ半瞬前に魔物は高速で移動を開始。ノークウィスへと飛び掛る。

    「ぉぉぉおおぉっ!」

     雄たけびを上げて、大剣を横薙ぎに振るノークウィス。風を唸らせながら、大剣は魔物を切り――とばせなかった。
     魔物の振るった腕が、大剣を弾き飛ばしたのだ。

    「ぐぅ……っ!」

     うめき声を上げるノークウィス。すかさず、魔物は空中で一回転。回し蹴りに近い軌道の蹴りをノークウィスの顔面に叩き付ける。
     きりもみしながら吹き飛ばされるノークウィス。追撃しようとするが、アルベルムの攻撃で妨害。アルベルムが妨害している間に、ノークウィスは立ち上がる。
     血の混じった唾を地面に吐き捨てながら、大剣を構えるノークウィス。
     魔物は空を縦横無尽に飛びまわりながら、アルベルムの攻撃をよけてはいるが、命中するのは時間の問題だろう。あれだけの質量を持ったものが空中を長時間飛べるわけがないのだから。
     事実、魔物のわき腹をアルベルムの矢が貫いた。
     苦悶の雄たけびを上げる魔物。反撃してくる。そう思ってノークウィス達は身構えるが――反撃はなかった。
     戦っても勝てないと思ったのか、魔物は空中で方向転換し、飛び立った。方角は――南だ。

    「オイオイオイ!」

     叫ぶ。あの方角はマズイ。あの方角には――

    「ノークウィス、ヴェルドレッドを!」

     アルベルムが走り出す。あの方角には――
     あの方角には、エルリス達がいる酒場があるはずだ――






     いきなり屋根を破壊して入ってきた魔物で、酒場の中は騒然となった。
     避難していた市民を酒場の奥に追いやりながら自警団は剣を抜き――魔物を取り囲んで切ろうとする。そこまではいつも進入してくる魔物の倒し方と同じだ。だが、この魔物は違った。
     その背中に生えた羽を一回転させて、取り囲んだ自警団員達を全員吹き飛ばしたのだ。

    「ぐううっ!」「う、腕、が……」「い、痛い……痛い…」

     口々に苦痛の呻きをあげる自警団員。そんな自警団員には一瞥もくれずに、魔物はセリスへと近づく。
     セリスを背中にかばって、エルリスは護身用の剣を抜く。ノークウィス達に比べるのも馬鹿馬鹿しい実力ではあるが、それでも剣は使える。
     気合声一発。剣を袈裟切りに振り下ろすエルリス。剣は一直線に魔物へと吸い込まれるが、皮膚を浅く裂くだけだった。
     鬱陶しいといった言葉が似合うような動作で、腕を振るう魔物。
     悲鳴を上げる暇もなく、エルリスは壁まで吹き飛ばされる。

    「っ!いやぁぁぁぁぁぁぁっっ!」

     呆然と吹き飛ばされるエルリスを見ていたセリスが金切り声を上げる。近づいてきた魔物に片腕をつかまれて、持ち上げられたのだ。
     魔物の表情には間違いない――嗜虐が浮かんでいた。どうしてやろうか?足から食らおうか?かわいらしい顔からか?それとも――楽しむか?それを決めるのは自分自身なのだ。そう、魔物の顔は語っていた。

    「……ぃゃ」

     恐怖にすくんだ体からはそんな小さな声しか出なかった。

    「ぃや……いや……いや……」

     少しずつ声が大きくなっていく。そして、セリスの周りを魔力が込められた風が渦巻いていく。

    「いや……嫌っ!」

     その叫びとともに、強大な魔力の塊が魔物の顔面を打ち据えた。
     痛みにひるみ、魔物はセリスを手放す。
     地面に落ちると同時に、セリスは一心不乱に逃げる。少しでも離れたい。近くにいれば、必ず、自分は目も当てられないほどの嗜虐を受けることになる。
     だが、魔物の目には嗜虐などという光は宿っていない。怒りと――それに伴う殺意だけだった。
     腕を振り上げ、セリスを叩き潰そうとする魔物。アルベルムが酒場の入り口に入ってきたのは、その時だった。
     間に合うか。アルベルムは魔弓を構える。
     だが魔物は腕を振り上げた姿勢のまま動こうとしない。それどころか、瘧のように震え始めた。何かに恐怖しているのだ。そして、アルベルムは何に恐怖しているのかを、すぐに理解した。

    「――セリスに触れるな」

     エルリスに恐怖しているのだ。だが、本当にエルリスなのだろうか。声も、姿かたちもエルリスだ。だが、何かが決定的に違う。

    「貴様、魔物ではないな?」

     口調も違う。圧倒的な威圧感をまとっている。

    「まぁ、いい」

      パチンと指を一度鳴らす。それだけで勝負はついた。

    「貴様は、死ね」








    〜あとがき〜
     こんにちは、あるいはこんばんは。鍼法です。ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
    ……長かった。おそらく、戦闘シーンだけでは最長かもしれません。当初はサクサク倒しちまいましょうと考えたのですが、どうしても『私の君』を出したかったというのがありまして……
    とりあえず、パラディナ編はあと二話、長くても三話で完結です。次はどのような町へどのように進んでいくのかは、また別のあとがきにて……では、失礼します。

引用返信/返信
■429 / ResNo.6)  「騎士の忠義・流れ者の意地」 ・設定
□投稿者/ 鍼法 -(2006/10/12(Thu) 01:40:15)
    2006/12/13(Wed) 22:05:12 編集(投稿者)
    2006/12/13(Wed) 22:05:08 編集(投稿者)
    2006/11/03(Fri) 23:58:21 編集(投稿者)

    設定

    国家に関する設定(大陸暦という年号はこの小説独自のものとしてつけました。ノークウィス達がパラディナに立ち寄ったのは、大陸暦700年という設定です)

    エインフェリア王国
    最高権力者:ディシール・ネレム・フェルト女王
    王国の起源は大陸暦207年(古代魔法王朝崩壊を0年とする)群雄割拠の状態の中、中堅諸侯であったフェルト家、メルフィート家、フィーネル家が同盟を結び『エンフェリア統一同盟』と名乗ったのが起源とされている。大陸中央部の諸侯を従えて国家を形成したのは、大陸暦231年。
    現在ではフェルト家、メルフィート家、フィーネル家の三大公家が政治派閥化。王国の覇権を手中に収めようと、政争を繰り広げている。

    〜都市〜
    交通中継都市『パラディナ』
    ノーフルと王都デルトファーネルを結ぶ大型街道沿いに存在する宿場町のひとつ。主な収入源は旅人達の観光費や、都市間の商品流通の中間都市としての役割を持つ、典型的な宿場町。治安は比較的良い。大陸暦700年に『パラディナの惨劇』と呼ばれる盗賊事件が発生し、多数の死傷者を出した。人口は1500人前後。

    流通都市『リセリア』
    複数の街道が終結するいわば『分岐点』に存在する中型都市。鉄道こそ通っていないが、国営の共用馬車や貸馬などの交通が集中しているため、物資や各地の工芸品が集まる一種の『るつぼ』と化している。王国西部に存在する流通都市では最大の大きさを誇る一方で、流通都市にありがちの治安悪化や麻薬等の違法物の氾濫に頭を悩まされている。フェルト家の直接統治都市のひとつ。(流通都市の多くが三大公家の直接統治となっている。これは、流通を握る事で通常貴族とは一線を画す存在であるという事を内外に示すとともに巨大な財力を握るためでもある)人口は一万前後。

    竜族相互不干渉区
    場所:大陸北部
    最高権力者:蒼龍・ライギス
    起源は不明。大陸暦348年に王国をはじめとする人間の国と相互不干渉を明文化して以来、人間の政権に積極的に口出しなどはしていない(中には人間に協力している竜もいるが、極稀であることは間違いない)竜族内も派閥が形成されており、勢力争いを繰り広げているようだが、確認されているのは漆黒龍・ヴァアルが率いる人族徹底抗戦派と蒼龍・ライギスが率いる融和派の二つ。『龍』という呼称は1000年以上生きている竜に与えられる竜族独自の称号(これについては異説がある。竜の王族に与えられるのではないか等)である。


    〜七将〜

    アルヴィムが抱える近衛兵七人を指す言葉。七人が七人とも大陸屈指の術者や戦士で構成されており、一人一人が魔族の男爵階級と闘えるとも言われている。

    イーディス・エル・メイアレ
    年齢:26
    性別:女
    使用武器:魔道杖【真理を描く者バイアルン】
    七将第七位の魔術師で、アルヴィムの護衛役。若干16歳にして宮廷魔術師として宮廷に仕え、24歳のときにアルヴィムの近衛兵として七将の一人として抜擢される(前の第七位は引退)補助魔法に関しては七将でも随一といわれている。ただし、直接攻撃系統では並以上であり、決して戦闘向きとはいえない。そのため、七将では実力最下位である第七位。

    ノブカツ・タケダ
    年齢:38
    性別:男
    使用武器:八部刀
    七将筆頭にして、王国内で【武神】の名をほしいままにする剣士。名前のとおり東方諸国出身である。七将ではもっとも古株であり、アルヴィムが20歳のころから(七百年の時点で43歳)仕えているらしい。普段は帝国国境付近で国境軍の指揮を行っている。噂ではあるが、たった一人で子爵級魔族を退けた事があるらしい。既婚者で、16になる子供がいる。

    エリファス・レヴィアンド
    年齢:31
    性別:男
    使用武器:魔道剣【強壮なる者アスモデウス】魔道短剣【悪辣なる者フェンレス】
    七将第三位にして、【剣聖】の異名を持つ剣士。フェルト派有力諸侯の一つレヴィアンド家次男で、フェルト家が統治する鉱山都市【イーヴィーデル】の治安部隊長でもある。剣の腕だけを問題にするならば、筆頭であるノブカツにも決して劣らない。さまざまな武勇伝を有している事でも有名で、立った一人で帝国軍一個大隊を壊滅させたというものもある(ただし、帝国との戦争はここ五十年ないので、タダの噂とも言われている)

    魔法技術

    魔道兵器
    魔道兵器は大まかに分けて二つの種類がある。ひとつは古代魔法王朝が存在していた時代に作られた宝剣・魔剣。もうひとつは魔法の付加技術が確立された後に開発された兵器に分けられる。前者は数が圧倒的に少ないが、使いこなすことができれば一人で一軍を相手にできると言われるほどに強力。後者は前者に比べて数は多いが、使いこなしても前者ほどの威力は発揮できない。

    魔道兵器匠
    多くは学術都市に住んでおり、独自の工房を構えている。この職業に就いている者は少なく(特殊な才能を必要とするため)学術都市でも尊敬のまなざしで見られる。古代魔法王朝を代表する魔道兵器匠はアルヴル・アルハザード。彼の作品は強力なものも多く、その傍流といわれているダーレス作の『悪食なる者ツァトゥグア』は400年近くたった今でも生産されている傑作である。
    アルハザードの作品は非常に癖があり、数少ない現存品で扱える物はもっと少ない。一説では、魔族出身とも。
    大陸暦を代表する魔道兵器匠は……
    トリスタン(代表作『万物を射抜く者トリスタン』)
    聖人ゲールギス(代表作『平穏の監視者ラグエル』・『正義の守護者メタトロン』)
    村井正信(代表作『迦楼羅』)等

引用返信/返信
■474 / ResNo.7)   第一部・『騎士の忠義・流れ者の意地』・第6話
□投稿者/ 鍼法 -(2006/11/04(Sat) 00:25:13)


              『パラディナ〜リセリア』




    「……これは、また……驚いたね」

     水鏡に映し出された光景を呆然と見ていたアルヴィムが、最初に放った言葉だった。
     数十秒前まで酒場を睥睨していた魔物は、無事な箇所を見分けるほうが難しいというような状態で、地面に倒れている。

    「イーディス君、彼女が使った魔術、再現できるかね?」
    「……不可能ではないと思いますが」

     気味の悪いものを見た。といった表情で固まっているイーディスの言葉。
    「原理自体は簡単です。単に空気中の水分を結晶化して刃のようにして飛ばしただけですから……ですが、詠唱もなしに構成式を組むとなると、現象構成系魔法熟練者の中で単一特化型の魔術師で無い限りは……」
    「ふむ……では、構成補助の魔道兵装を使用すれば、どうかね?」
    「私では……」

     不可解だ。そんな表情を浮かべて、アルヴィムは俯く。
     イーディスは王国屈指の魔術師。こと補助魔法の類においては歴代王宮魔術師の中では最高であろう。そのイーディスですら再現が不可能な魔法となると……

    「古代魔法王朝には、精霊魔法を自在に操ることのできる【精霊魔術師】というものが存在したと聞いた事があるが――」

     その類なのかな?アルヴィムは視線で問いかける。
     だが、イーディスは首を縦に振らなかった。

    「本当に存在していたとしても、今の魔法技術では再現は不可能なはずです」
    「町を滅ぼすだけの魔力を持つ妹と、現在の魔法技術では再現不可能な高度魔術を軽々と扱ってみせる姉、か……だが、不可解だね」

     言って、アルヴィムは手元においてあったグラスを手でもてあそぶ。

    「スタッドテイン卿は少々乱暴なところこそあるが、政治の腕に関しては超一流だ。だというのに、自らの政治生命を冒してまであのような盗賊まがいの傭兵を送り込む必要があるとは思えない」
    「彼女達に撃退されるとわかっていながら、ですか?」
    「それもちがうね。おそらく、卿は何かを調べたかったんじゃないのかな?たとえば、姉妹の何かを」

     愉快そうに目を細めるアルヴィム。

    「彼女達は自らの何かに気付いていないんじゃないのかな?それに、あの魔術行使のタイミングはどうにも解せないね」
    「解せない……ですか?」
    「なぜ、妹が襲われる寸前になってから、攻撃をかけたのかな?最初から使えるのなら剣なんて使う必要も無い」
    「言われてみれば、そうですね。出し惜しみにしてもタイミングが悪すぎます」

     一歩間違えれば妹は死んでいたのですから。続けるイーディスの言葉にうなずくアルヴィム。

    「少し、監視してみようか……」
    「分かりました。すぐに手配します」

     言うのが早いか、イーディスは執務室から出て行く。
     足早に部屋を出て行くイーディスを横目にしながら、アルヴィムは何も映さなくなった水鏡を見つめていたが、唐突に――喉を震わせて笑う。
    「さてさて……退屈で眠たげな遊戯が断然と面白くなってくるね、スタッドテイン卿? あの不可解な盗賊が彼女の何を覗くためだったのか、せいぜい観察させてもらおうかな?時は近い。もう、我々には悠長に構える時間すら与えられていないのだからね」

     どこか虚ろで――それでいて圧倒的な存在感を持った笑声は薄暗い執務室に響き渡った。







     時が経つというのは早い。
     すでに、盗賊の襲撃から一週間が経っていた。一時的に混乱していた共用馬車も運行を再開して、現在ではパラディナで事件が起こっていたということすら、馬車の中では話題にすらならない。例外である――

    「それにしても、あの盗賊はなんだったんだろうな?」
    「俺に聞くなよ。つーか、ヴェルドレッド端によれ端に」
    「これ以上は無理だ」
    「狭いんだよ。よれ」
    「無理だ。お前が寄れ」

     事件解決の要となった人物を除いては、だ。

    「二人とも落ち着いてください。周りの人に迷惑ですよ」

     どこか不機嫌そうに窓の外を見やる二人に苦笑しながら、エルリスが言う。
     あの時のことを――エルリスが魔物を倒したということを、本人は覚えていなかった。魔物を氷の刃で膾切りにしたかと思えば、そのまま床に倒れ付してしまったのだ。
     気がついたときには、全くといっていいほど魔物にはなった魔術についての記憶が無かった。スッポリときれいに抜け落ちてしまっていたと断言してもいい。

    「少しは静かにしろ」

     車内の端で黙々と短剣を磨いていたアルベルムが呟く。人が五人も乗れば狭くなる車内だ。今、車内は巡回商人を含めて七人の人間が乗っている。そんな中で、大の男二人が言い争えばうるさいと感じるのも無理は無い。
     正論なので反論できなかったのだろう。黙り込むヴェルドレッドとノークウィス。その姿が滑稽だったのか、セリスが小さく笑う。

    「そういえば、ノークウィスさんは次の中継都市に着いたらどうするんですか?」
    「あ? 俺たちか?」

     話を振られたノークウィスはエルリスを一瞥すると、ばつが悪そうに頭をかく。考えてはいないといったところだろう。隣にいるヴェルドレッドも同じような動作だ。

    「あ〜……とりあえずはリセリアにいる馴染みの情報屋から新しい情報を仕入れるかな。それから、王都方面かノーフル方面かどっちかに進むってところか」
    「俺も同じようなもんだよ」

     情報収集は酒場でだけどね。と続けるヴェルドレッド。

    「じゃぁ、今のところ依頼は入っていないんですね?」

     どこか期待の光を帯びたエルリスの表情。それを見て、何を言いたいのかを察したのだろうか、ノークウィスは眉をしかめる。表情が、「タダ働きはしないぞ」と語っていた。

    「お、お金はあります。パラディナでお礼をたくさんもらいましたし」
    「……なら、良いけどな」
    「話は聞こうか」

     短剣の手入れが終わったのか、アルベルムがエルリスに視線を向ける。

    「その……セリスの魔力を制御する方法を一緒に探してほしいんです」
    「その『悪食なる者ツァトゥグア』では駄目なのか?」

     首を振るエルリス。これだけでは無理という事なのだろう。

    「普段は大丈夫みたいなんですけど、何かの弾みで暴走してしまう事があるんです。今までは、暴走が小規模なうちに止まってくれていたんですけど……」

     これからもそうとは限らない。続けるエルリスを尻目にノークウィスはアルベルムに視線を向ける。
     どうするかという視線に対して、アルベルムも決めかねるという視線で返す。はっきりいえば、エルリスたちの台所事情で自分達の給料をどこまで払いきれるかも分からないし、第一そんな方法があるのかどうかも分からない。あの指輪は相当なものだ。少なくとも、現在流通している魔道兵装の中では随一の封印作用があると考えていい。それを超えるものがあるのかどうかすら、怪しいのだ。

    「……おれは構わないけど」

     話を隣で聞いていたヴェルドレッドが言う。

    「本当ですか!」
    「べ、別に次の予定が決まってるわけじゃ無いし」

     飛びつかんばかりの勢いで迫るエルリスに少々気おされながらも、ヴェルドレッドが返す。
     その姿を見ながら、ノークウィスとアルベルムは軽く嘆息した。正直でお人よしというのはよくいるが、傭兵をしている奴は始めてみた。傭兵は生き汚くなくては続いていかない商売だ。お人よしで正義感溢れる奴から死んでいくのはこの世界では常識といってもいい。

    「……ま、俺達も予定が決まってないからな。リセリアの情報屋から情報を仕入れてみてから決めるとするか」

     場合によっては協力する。そう言えばいいのだが、ひねくれているのか素直でないのか。

    「ありがとうございます!」

     勢いよく頭を下げるエルリスに苦笑しながら、ふと窓の外を見やる。
     すでに、流通都市として栄えるリセリアが見え始めていた。









    〜あとがき〜

    こんばんはあるいはこんにちは。鍼法です。
    アルヴィムがエルリスの『私の君』に興味を持つ話と次の舞台リセリアに向かう話となりました。話の流れ上、少々シーンを省いてしまった事をお許しください。
    次の話の舞台であるリセリアですが、何事も無く終わります(断言)ここはあくまで情報収集のための舞台というだけですので。
    ここまで読んでいただきありがとうございました。次のあとがきで会う事ができれば、幸いでございます。では、失礼します。

引用返信/返信
■550 / ResNo.8)  第一部・『騎士の忠義・流れ者の意地』・第7話
□投稿者/ 鍼法 -(2006/12/28(Thu) 07:40:04)


                  『リセリア』






    「うわぁ……」

     人でごったがえすリセリアを見て、エルリスが感嘆の呟きをもらす。

    「こういう町に来るのは初めてなのか?」

     訝しげにアルベルムが尋ねる。旅をする以上、このような中継都市は必ず通るはずだ。

    「いえ……何度かはあるんですけど、セリスのことで頭がいっぱいだったんで」

     協力者ができて、多少――町並みを観察する程度は――余裕ができたのだろう。

    「あ、そう」

     信頼されているのがうれしいのか、恥ずかしいのかは分からないが、顔を背けて頬をかくヴェルドレッド。

    「じゃ、俺達は情報屋にあってくるから、食料の買出し頼む」
    「分かった」

     言いながら、ノークウィスは必要な食料や薬品を書いた紙をヴェルドレッドに渡す。中を見てみると、干し肉や乾燥穀物を中心とした日持ちのする内容だ。ヴェルドレッドが買うものとはずいぶんと違う。どちらかというと、日持ちはしないが味のいい生の食料を大目に買うのだ。

    「待ち合わせは場所は中央広場の旅籠『旅人亭』で。日没までに部屋に集合だ」






     情報屋というのは敵が多い。優秀な情報屋ほど、理性やら勢力やらのしがらみに関係なく情報を売るからだ。当然、敵は増える。
     そして、優秀な情報屋ほど、ガードも固く用心深い。
     目の前にいる鎧姿の存在――ガーナード・プランテェルもそんな情報屋の一人だ。

    『おやおや……久しぶりだね。でこぼこ二人組み』
    「そういうお前こそ元気そうじゃないか。毎日毎日鎧姿じゃ蒸れるだろ? 少しは鎧を脱いで見たらどうだ?」

     鎧の中から響く笑声。

    『相変わらず皮肉がうまいよ、ノークウィス。三ヶ月前の港町は楽しかったか?』
    「ああ、暗殺者に囲まれるのはそりゃ楽しくて、嬉しい思い出だよ。つーかやっぱりテメェが情報売ったのか」
    『俺の信条は知ってるだろ?』
    「『求めるものには拒まず』だったか?」
    『そのとおりだ』
    「ところで本体はどうした? 今日も魂を鎧に貼り付けてお散歩か?」
    『ああ、人形の本体か……今頃リゾートで楽しくやってるんじゃないのかな?』

     鎧――『心持つ人形ガーナード』――から響く声。
     魔力によって、支持された行動をとる人形で応対する。これが、情報屋プランテェルの考え出した護身術だった。プランテェルの情報で死に掛けたとしても、プランテェルの店には人形しかいない。本人は転々と居住区を変えているので、全く分からない。何せ、この店を作ったときには、すでに店主はこの人形だったのだから、馴染みのノークウィス達ですら、プランテェルの素顔を知らないのだ。

    「もしお前の本体をどっかで見つけたら、丁重にお礼をしてやるよ。そりゃもう、血の涙を流すくらいの勢いでな」
    『それは嬉しいね。ところで、何しに来たんだ? まさかちょっと寄ったなんてことじゃないよな?』
    「調べてもらいたい事がある」
    『銀貨四枚これ以上は――』
    「まけないって言うんだろ?」

     ぼやきながら、財布の中から銀貨四枚を放り投げるノークウィス。簡単に投げているが、多少の贅沢を含めて、成人男性が二月暮らす事のできる大金だ。

    「調べてほしいのは、ここ三ヶ月の物流。特に、貴族が表ざたにしたくない賄賂の類だ。その中に、パラディナ付近のロクデナシどもにまかれたやつがある。それがダレのだか分かったら、そいつの発信源も調べてほしい」
    『分かった……ちょいと情報量多いから、調べるのに時間がかかるな。明日の朝、もう一度来て見ろ』

     言いながら、プランテェルは奥の棚に並べられた紙とマナ・クリスタルの山へと消えていった。プランテェルは純度の低いマナ・クリスタルを記憶媒体として利用していると聞いた事があるが、実際はどうなのか分からない。本人曰く『企業秘密』らしいのだ。

    「じゃ、頼んだぞ。明日の朝結果受け取りに来るから」

     言いながら、店を出る。
     太陽は沈みかけている。






    「アルヴィム様、エリファス様からの書状が届いています」

     数枚の書類を抱えたイーディスの言葉に、アルヴィムは振り向く。数日間、寝る間もないような執務を行っているというのに、その表情からは疲れを読み取る事は出来なかった。
     それまで処理していた書類を脇において、受け取った書状を開くと、アルヴィムは軽く目を通す。

    「……海燕が見つかったそうだよ」
    「そうですか」

     書類を分類しながら返事をする。
     海燕というものが、いったいどういうものなのかは知らされていない。アルヴィムの喋り方と名前から推測すると、東方諸国の剣である事と強力な力を備えているということしか分からない。
     内容を知らされていない物品について話題に出す理由は分からなかったが、アルヴィムの言う事に何の意味もないものがあるわけがないと判断し、一応記憶にとどめておく。

    「そういえばイーディス君、ハーネット姉妹について何か分かったかい?」

     首を横に振るイーディス。だが、仕方がないともいえる。町が滅んでいるのだから、彼女達の出生について知る人物などほとんど残っていないのだろう。

    「それと、もう一つ」
    「何かな?」
    「スタッドテイン卿が会談を求めています」






    『結論から言わせてもらう。この話からは手を引け』

     翌日、情報屋に入るなりの一言だった。

    「どういう意味だ? 何で手を引かなきゃならない」
    『相手が悪すぎる。はっきり言わせてもらうが、相手にしたら最後王国どころか大陸に居場所がなくなるぞ』
    「誰が相手だ? そんな真似できるのは王族かそれに近い……」

     そこまで言って、気がついた。もしかしたら、エルリスを狙っていたのは他ならないこの国を支配している者達――上級貴族や王族なのではないか。
     もしそうだとしたら、開発されたばかりの魔杖を使っていた野党のことも説明がつく。

    「冗談で言ってんなら、今すぐ叩き壊すぞ」
    『冗談で言うことじゃないよ。はっきりと言わせてもらうが、危険を通り越して、無謀だ』
    「無謀ね……」

     無謀。二文字を口の中で転がしながら、思う。無謀、不可能、理不尽……そんな代名詞がついた戦場は何度も体験している。別段、珍しい話でもない。そしてなにより――

    「傭兵はよ……信用が第一なんだよ」
    『あ?』
    「仕事をえり好みするのも、請けた仕事を投げ捨てるのも許されてねぇ。なによりも、依頼主を裏切るのは傭兵として最低だ」
    『……』
    「請けた仕事は地べた這い蹲ってでも、完遂するのが俺の――傭兵としての意地なんでね」
    『死んでもしらねぇからな』

     言いながら、プランテェルは数枚の紙を放り投げる。
     空中で受け取って、中身に目を通す。二枚目まで見た時点でノークウィスの表情が変わった。

    「ジャンクション・J・スタッドテイン……本当にこいつが、なのか?」
    『俺の調べた限りは、な。魔道兵器の他国流通を一手に取り仕切るスタッドテイン卿っていえば、そこいらの子供でも名前を知っているぜ』
    「オイオイオイ……何の冗談からこんな名前が出てくるんだよ。スタッドテイン卿っていえば、三大公家メルフィート家直系の家柄だぞ!? 何で片田舎の野党に武器なんか横流しして悪さをするんだよ!」
    『俺の知ったことじゃないね』

     肩をすくめるプランテェル。

    『ただ一言いえるのは、スタッドテイン卿はそこいらの貴族よりもずっとタチが悪いってことだよ』
    「くっそ……相手が悪いを通り越して、最悪じゃねぇか」

     ぼやきながら後頭部をポリポリとかくノークウィス。
     それを十秒ほど続けていただろうか、ため息を吐くと出口へときびすを返した。

    『本当に仕事を請けるのか?』

     背後からの声には、振り返らなかった。

    「やるしかねぇだろ」

     ただ、呟くだけだった。







    「久しぶりですな。スタッドテイン卿」
    「アルヴィム様もご壮健でなによりです」

     執務室に入ってきた男がアルヴィムを見るなり、こう言い放った。
     まだ年齢自体は老境に差し掛かる前といったところだろう。品のよい貴族服を身にまとって、白髪の比率がかなり多くなった髪を撫で付けてある。目じりには深いしわが刻まれて入るが、その瞳は炯炯とした光をたたえていた。
     男――ジャンクション・J・スタッドテインを見て、アルヴィムも微笑を浮かべながら軽く会釈をしながら、いすを勧める。

    「今日はいったいどのような用事で来たのですかな?」
    「ほう、どのような用事とは……アルヴィム様も存外、とぼけるのが下手ですな」
    「ハーネット姉妹のことですか」

     微笑を浮かべるスタッドテイン。その通りだということだろうか。

    「それにしても、なぜに卿はあの姉妹に刺客などを差し向けるのですかな?」
    「《ラザローン事変》……聞き覚えがありましょう?」

     アルヴィムの眉が跳ね上がる。
     ラザローンの災厄、八年前の国境都市ラザローン消滅前後に発生した魔物の異常発生を指す言葉だ。大陸各地で発生した災厄の死亡者は総数で数千万とも数億とも言われる。特に被害が大きかったヴィルフダリア共和国にいたっては、国としての機能が破綻しかけたというのだから、その凄まじさが伺えよう。

    「聞き覚えがあるも何も……あれは私たちにとっては忘れられない事件でしょう。『防城卿』の異名を授かったのも、あの事件では?」
    「恥ずかしい名前ですな」

     ジャンクション・J・スタッドテイン――通称『防城卿』。八年前の災厄において、流通都市の一つであったジェイスファンドを――スタッドテイン家の居城がある町を災厄から目立った死傷者なく守り抜いた名将として送られた名だ。当時、同程度の居城を持つ有力諸侯の八割が壊滅したというのだから、それがどれほど困難で稀有なことだったのかが、うかがい知れよう。

    「それが、どうして今回のことと関連があるのですかな?」
    「あの災厄がどうして起こったか……知らないわけではありますまい」

     スタッドテインの目がかすかに怒りに染まった。

    「忘れられないですな。先王の愚行なかでも最高の愚行ですよ」
    「ならばわかるはずだ!」

     執務机をたたく。

    「あの制御に失敗した精霊魔法が起こした消滅と、その後の《壁》の消滅を!」










    〜あとがき〜

    こんにちは、あるいはこんばんは。鍼法です。
    少しずつスタッドテイン卿が何を恐れ、何のために行動しているかがわかってきた第七話でございます。ヴェルドレッドと姉妹の会話が皆無な状況にちょっとびっくりしてしまった今日この頃。
    さて、第一部も中盤戦に突入です。もう逃げられないと覚悟を決めた傭兵とスタッドテインの目的意識を知ったアルヴィムはどう動くのか、楽しみにしていただけたら、至極幸いです。では、失礼します。

引用返信/返信
■554 / ResNo.9)   第一部・『騎士の忠義・流れ者の意地』・第8話
□投稿者/ 鍼法 -(2007/02/18(Sun) 18:34:18)
    2007/02/18(Sun) 19:35:43 編集(投稿者)
    2007/02/18(Sun) 18:35:00 編集(投稿者)

                   『終章』





    (――私は許しはしない。アレは人の手には余る力だ。あんなものを持つものがいれば、必ず禍根を残す。だからこそ……)

     スタッドテインがはき捨てた言葉を脳裏に浮かべながら、アルヴィムは果実酒の注がれたグラスを指でもてあそぶ。その表情は普段通り優雅な微笑を浮かべていたが、どこかが普段とは変質していた。

    「アルヴィム様……ご采配を」

     アルヴィムの背後に控えるイーディスの声。

    「イーディス君、人が思案に埋もれているときは、静かに見守るものだよ」

     微苦笑を浮かべて、アルヴィムが呟き、果実酒を一息に飲み干した。

    「まぁ、いい……『どんな手を使ってでも、禍根を根絶やしにしてみせる』か……愚直だね。スタッドテイン卿」

     グラスを静かに置く。うつむいていた顔が上がったとき、そこに張り付いていたのは、亀裂のような笑みだった。

    「第六位をよびたまえ。イーディス君」
    「承知しました」

     ゆっくりと部屋を出て行くイーディスを背後に気配で感じながら、アルヴィムはさらに笑みを深くする。

    「ならば、スタッドテイン卿。私も本気で、仮借なく、自分の行動に移させてもうよ。卿が容赦をしないように、私もどこまでも苛烈で、容赦のない方法で、自分の目的を果たして見せようじゃないか。姉妹の力なしに、第二の災厄は乗り越えることができないということは、分かりきっているのだから」

     くぐもった笑いを部屋に響かせるアルヴィム。
     どこかで、大きな動物の遠吠えが聞こえた。







    「先輩! ヴェルドレッド先輩!」

     エルリス達と必要な食料などの買出しが終わって、町をフラフラと歩いていた。そんな時だった。
     背後からの声に振り向くヴェルドレッド。
     そこにいたのは、白銀の鎧を身に着けた騎士だった。隊証はリセリアのものだ。

    「あー……」

     顔に見覚えがあるのだが、思い出せない。

    「僕ですよ! ほら、王宮騎士団第七戦隊で先輩の部隊にいた新米の」
    「あ、ああ……リヴィアンか」

     そこまで言われて、誰のことだか思い出すヴェルドレッド。
     まだ、ヴェルドレッドが騎士だったときに指揮していた部隊の新米だ。臆病だが、剣術と視野の広さをかっていた覚えがある。

    「王宮騎士がこんなところで何をやっているんだ? 王都警備と反王宮勢力の退治が仕事だろう?」
    「あのあと地方の騎士団に左遷させられたんです。お前は勇敢じゃないからって」

     苦笑交じりに言い放つリヴィアン。
     騎士は勇敢であることも求められる。王宮騎士団団長エルムアインなどは部下に『命を惜しむな名こそ惜しめ』と激を飛ばすほどだ。

    「それだけで左遷か」
    「それだけでも、上から見れば大事なことなんですよ。そういう先輩は何をしているんですか?」
    「傭兵の真似事をやっていてな。今は依頼主と一緒にここに買出しに来たところだ」

     言いながら、肩をすくめるヴェルドレッド。

    「そうですか……」

     言いながら肩を落とすリヴィアン。

    「どうかしたのか?」
    「実は、ここ最近魔物の出現が多くなってきているんです」
    「魔物がか?」

     うなずくリヴィアン。

    「月に1,2件だった遭遇事件が今年に入ってから少しずつ増加を始めていて……」

     今、仕官を募っているところなんです。続けるリヴィアンの言葉にヴェルドレッドは眉をしかめる。別段、魔物の出現数増加は珍しいことではない。五年に一回程度だが、魔物が出やすい年というのは必ず存在するのだから。
     だが、リヴィアンの仕草にはそれ以外の何かが含まれていた。

    「街道での遭遇件数が増加しているのか」
    「はい。それも少人数のパーティーや行商人を狙って」

     小さな声で呟いたつもりだったのだが、リヴィアンには聞こえたようだ。疲れたようにため息を吐いて首を左右に振る。

    「まるで、魔物が意識を統一して人間に攻撃を仕掛けているみたいです」
    「そんなわけないだろうが」

     鼻で笑うヴェルドレッド。

    「魔物は群れで行動することはあっても、軍事的な行動をとることはないはずだ」
    「そうなんですが……」

     不安なのだろう。
     その表情を見て、肩をすくめるヴェルドレッド。昔から、こうなのだ。慎重というよりも、臆病や神経質の部類にはいるほど、リヴィアンは物事をネガティブに捉える。大抵のものなら、笑い飛ばすほどのものでも。

    「まぁ、仕方がないか」

    ――災厄からまだ十年もたってないからな……

     後半を声に出さずにおくヴェルドレッド。確かに、リヴィアンは気にしすぎではあるが、今でも実戦指揮官をしていたら、多少は気にするだろう。現在第一線で活動する騎士の多くが、ラザローン事変に何らかの関わりを持っているのだから。ヴェルドレッドも、騎士見習いとして、魔物に襲われた町の防衛についていた。

    「……まぁ、僕の考えすぎだと思うんですけど」

     苦笑しながら言うリヴィアン。

    「リヴィアン! 何時までほっつき歩く気だ!」

     とおりの向こうから聞こえてくる叫び声に、リヴィアンはばつが悪そうに振り返る。
     視線の先に居るのは、同じ白銀の鎧を着込んだ数人の騎士だ。おそらくは同僚だろう。

    「すみません。僕、仕事があるんで」
    「さっさと戻ってやれ」

     先ほどの話からすれば、騎士団は相当な仕事を抱えているのだろう。こんなところで長話をしている暇は無いはずだ。
     会釈をすると、リヴィアンは走っていった。

    「……俺も戻るか」

     言いながら、待ち合わせ場所の旅籠へと向かう。ノークウィスたちがどのような情報を持って帰ってくるかは分からないが、どの道王都に向かうのであろうことは予測できる。王都ならば制御法について何か分かるかもしれないからだ。
     乗りかかった船だ。乗っていってやろうじゃないか。そんなことを考え、ヴェルドレッドは足を速めた。
     日は沈み始めている。早く戻らなければ、待ち合わせに遅れてしまう。

       騎士の忠義流れ者の意地―了―  次章 剣士の思い竜の思いへ







    あとがき

    こんにちは、あるいはこんばんは。鍼法です。ここまで読んでいただき、ありがとう御座いました。

    今回の話は少々短いです。というのも、こちらの身勝手極まりない理由なのですが……三部作ではなく、複数の章で物語を構成することにしました。第一章『騎士の忠義流れ者の意地』は序章であり、物語の中核――背骨に位置する物語の序章だと思っていただけると、ありがたいです。第二章は、時間軸は同じですがスタート地点が王国南端の都市エンヴァスとなります。主人公は……お楽しみということで。

    第一章をここまで読んでいただき、ありがとう御座いました。では、失礼します。

引用返信/返信

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■549 / 親記事)  交錯(改正版) 第一話
□投稿者/ ジョニー -(2006/12/09(Sat) 22:42:57)
    2006/12/10(Sun) 18:45:05 編集(投稿者)

     学園都市……その入り口に立つアンバランスな二人組みが居た。

     一人は二十代半ばの金髪蒼瞳の男性。大小様々な傷が存在するが一目で上級品とわかる胸鎧と背負われた見慣れぬ造りをした柄が特徴的な片手半剣バスタードソードから一目で戦士である事が窺える。
     男の名をリオン=レイオスという。エインフェリア王国にて騎士の名家と謳われたレイオス家の者である。
     レイオスは数多くの優秀な騎士を輩出した名家であり、代々王都の護りを任されて時には近衛騎士になった者さえいる代々の王の信頼も厚い由緒正しい家であった。しかし、現在はリオンの祖父の代に当時の王の不評を買い辺境に飛ばされた落ち目の名家である。

     もう一人は十代前半の白髪蒼瞳の少女。観賞用ではなく実用の為のものとわかるメイド服と金属製の首輪に自然と目がいく、なんというか特徴的な少女である。
     少女の名はメア=シブリュート。同行者であるリオンでさえ名前以外の事を殆ど知らない謎に包まれた少女である。尚、よくても14歳程にしか見えないが本人は二十代だと主張している。

    「ハァ……漸く入れたな」

     リオンが疲れたように溜息をつく、その理由は学園都市に入る為のゲートで相当審査に時間が掛かった為である。

    「……………」

     その原因たるメアはなんら気にした様子も無く、無感情に目の前に広がる人々の営みを眺めていた。
     そうゲート通過に時間が掛かったのはメアに原因がある。リオンにはキチンとした身分が在る、レイオスでありハンターでもある。レイオス家の証明にはやや面倒があったが鎧に刻まれた紋章とその紋章と同じ形状のペンダントで証明された。
     レイオス家には過去の王に直々に授けられた紋章が在る。狼と剣を象ったそれは王都の王家の番犬の騎士という意味が込められている。辺境に左遷させられた今となっては皮肉な紋章でもある。
     もちろん、これが偽物という可能性はあるが通常確立は低い。王直々に授けられた紋章を偽るというという事は実質王国への重罪に当たる。そのような命知らずは殆どいないし、居たとしても銀製の紋章のペンダントなど作る者はいないだろう。単純に材料費にしても加工費にしても高く付くし、そのような事細かな細工を作ろうとすれば職人から王国に報告がいくのが普通だ。
     よって本物と判断されて簡単に通る事ができた。が、メアには提示できる身分も身分証明もなく門前払いを喰らいかけた。
     しかし、そこを何とかリオンが説得した。最終的にはリオンの御付の従者という身分でゲートを通過する事が出来たのである。無論、そこに落ち着くまでかなりの口論があったのは言うまでもない。

    「此処にお前の事を知ってる奴がいるといいな?」

     軽く頭を振って気を取り直して言う。
     そうリオン達は…正確にはリオンはメアの事を調べる為に旅をしていた。

    「………別に、どうでもいい」

     だが、気を使ったリオンのその言葉はメアの心底興味無しという台詞によって撃沈した。
     リオンはメアに気付かれぬように大きく溜息をついた。そして、何故こうなったんだとメアと出会った時の出来事に思いを馳せていた。








       交錯
          第一話








     学園都市に程近い王国領内のとある森の中。
     リオンは目の前に広がる光景に眉を顰めた、血の臭いが鼻に付く。

     横転し破壊された馬車、馬の姿は逃げ出したのか見当たらない。
     そして引き裂かれ原型を留めていない人間…だったもの。
     明らかに人間業ではない惨状。十中八九魔物に襲われたのだろう。それにどうやら襲撃されてから余り時間は経っていないようだ。

     軽く周囲に視線を走らせる。魔物が近くにいないかどうか、そして生存者がいるかどうかの確認である。

    「―――ぅ…っ」

     風に乗って、微かに聞こえる呻き声。

    「!? 無事か!!」

     まさか本当に生存者がいるとは思わず、声のする方に走り寄ると物陰になっていたところに男がうつ伏せに倒れていた。
     如何にもただの旅人いう服装の男の傍に寄ると誰かが自分の傍に来たのが分かったのだろう。己の血に濡れた顔をゆるゆると上げる。

    「………かの…を……ゴホォ…頼、む………」

     言い終わらぬうちに男は事切れて、自分の血で出来た水溜りに再び顔をつけた。

    「……クッ」

     ギリッと強く奥歯を噛み締める。間に合わなかった、もしも自分がもっと早く此処に辿り着き彼を見つけていれば助けられたかも知れないという思いがリオンの胸に満ちていた。
     そして勢い良く立ち上がると念入りに周囲を見回す。彼は「彼女を頼む」と言った、つまり他に生存者がいる可能性がある。

    「居た!」

     倒れた馬車の影に隠れた13〜4歳程の白髪の少女が力なく座り込んでいた。
     ぼろぼろになった囚人服とも病院着とも取れる見慣れぬ服を着て金属製の首輪と手枷を嵌めた、焦点の合わぬ瞳を漂わせている少女がそこにいた。
     少女の格好に些か疑問を抱いたが、恐らくこの少女が彼のいっていた『彼女』だろうと傍に駆け寄る。

    「おい、大丈夫か?」

     少女の肩を揺すりながら問いかけるがまったく反応が無い。
     おそらく目の前で起きただろう惨状に茫然自失となっているのだろうとリオンは思った。
     その時、

    「グオォォォォォオォォォ!!」

     明らかに人のそれとは異なる叫び声が響き渡る。

    「ッ!」

     近い、そう思い舌打ちしながらリオンは背中の剣―イクシード―を抜き放つ。
     リオンが剣を構えるのにあわせたかの如く、二体の人型の魔物が木々の間から姿を現した。

    「オーガっ!?」

     叫びにも似た声をあげる。
     食人鬼オーガ、魔物としては割りとポキュラーな方ではあるがそれは弱い故ではない、遭遇率はそこそこ在る癖に危険度は高い。その為にその名は広く知られている。
     無論人に倒せぬ相手ではない、特に知性に乏しい為に罠にかけるのは楽である。が、このような遭遇戦では脅威としか言いようがない。
     凶暴で残忍、食人鬼の名が示す通り…人肉を好む怪力を誇る怪物である。

     この馬車を襲ったのはこいつらか、とリオンはあたりを付ける。
     そして考えを巡らせる。


     少女を護りながらオーガ二体を倒す事が出来るか?
     No―――あるいは一人だけなら何とかなったかも知れないが、彼女を護りながらオーガ二体を相手する技量は自分にはない。

     少女を連れて逃げられるか?
     No―――とてもじゃないがこの状態の彼女を連れて逃げられはしないだろう。


     そこまで思考を巡らせてリオンは苦笑する。ならば、方法は一つしかない。
     まだオーガの攻撃範囲に入るまで少し余裕があると確認した上でリオンは少女に向き直る。

    「いいか……俺が時間を稼ぐ、そのうちに逃げるんだ」

     ゆっくりと言い聞かせるように少女に言うが、未だ少女の瞳は焦点が合わず彷徨っている。
     その有様に悲しげに顔を歪ませるが、リオンは剣を逆手に持ち替えて少しでも逃げやすくなるようにと少女の両手を拘束している手枷に剣を突き立てた。
     その瞬間である。

    『魔法接触、解呪ディスペル開始』

     頭に聞き慣れたイクシードの音声が響く。そしてエーテルが大量に消費されて酷い頭痛に襲われる。

    「なっ……一体…ッ」

     何時もよりも酷い、余りの頭痛に盛大に顔を歪める。
     気を抜いた一瞬のうちに、解放されて行き場を失った魔力が無秩序な力となって吹き荒れる。
     それに押されて二歩、リオンが後ろに下がると魔力の渦は収まった。
     オーガ達もその魔力に警戒したのか一定の距離を保ったまま近づいてくる気配は無い。

     そして、土埃が収まった渦の中心地にはあの少女が立ち上がっていた。
     その腕に嵌められた手枷はまるで煙のように消えていき、ゆっくりと開かれた蒼い瞳は先程までの焦点のあわない瞳と違い何処までも澄んでいたが意思の光はまるで感じられなかった。

    「解呪確認、これより貴方をマスター代理として認めます」

     少女の口から紡がれた抑制の無いまるで聞き慣れたイクシードの音声のような機械的な言葉。
     その意味をリオンが問い質す前に少女がオーガ達に視線を向ける。

    「魔物を確認、マスター代理への脅威と認識。これより排除します」

     まるで少女の口を使って、他の誰かが喋っているかのような錯覚に陥る程にその言葉には意思というものが感じられなかった。

    「―――!? ちょっと待っ」

    『魔法感知、範囲外』

     数秒の後、その言葉の意味を理解したリオンが逃げろと言おうとするがイクシードの音声により止められた。
     そのイクシードの音声の意味に困惑気味の思考を一瞬巡らせる。

    「――我が主に仇為す敵に大地の裁きを与えん―――――」

     その間に少女のぼろぼろになった服から覗く肌に刻まれた刺繍らしきものが淡く輝くのがリオンには見えた。
     そして―――

    「――――アースランス」

     突如としてオーガの足元の地面が隆起して巨大な土と石の槍と化して次々とオーガ二体を襲った。
     人には発する事の出来ない耳障りな悲鳴をあげて、オーガ達が串刺しにされていく。

     一体は胴体と頭部を貫かれて絶命し、もう一体は脇腹を抉られて悶えている。

    「っ!? 今だぁ!」

     そこで我に返ったリオンがイクシードを両手に構えなおして素早く、いまだ生きているオーガの懐に飛び込み剣を一閃する。
     銀線が走り、一瞬送れて袈裟に切り裂かれたオーガが勢いよく血を噴出して仰向けに倒れた。
     完全にオーガが死んだ事を確認して、少女の方に振り返ったリオンが見たものは………

     ふらぁと受身も取らずに倒れていく少女の姿だった。

















     <あとがき?>

     えー、改正版?です。
     二人の出会いが大幅に変更されました……まぁ後の展開はそれ程大きくは変わらない予定です。
     尚、改正前の方がいい!という意見が多ければこっちではなく改正前の方を…続けるかも、しれません(ぉ

     では、えー……次回も頑張りますです。
引用返信/返信



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■525 / 親記事)  傭兵の
□投稿者/ ロボットもファンタジーも愛する者 -(2006/11/19(Sun) 15:56:30)
    暗闇の中で閃く剣閃、幾多幾重にも打ち合う刃と刃、怒号の様に響く音。
    夜に支配された闇の中で一人の青年と手に剣を持った魔物が斬りあっていた。
    青年が魔物の振るう剣を受け止め、魔物は青年が突き出した刃を避ける。
    一進一退の攻防の中、魔物は盾を構えた左腕で殴りつける様に薙ぐ。
    されど青年の方もまた、魔物が突き出した盾に蹴りを当てて攻撃を無効化。
    ……戦いは振り出しに戻り、膠着状態が続いていたが、終わりを告げる。
    魔物が意を決して剣を振り上げ、青年に斬りかかると、青年もまた魔物に対し
    て手にした大剣を逆袈裟の形で刀身を跳ね上げ、魔物を斬り飛ばそうとする。

    「……てこずらせやがって。」

    結果は――青年の一撃の勝利。
    青年の大剣の一撃の方が速かったらしく、剣を手にしていた魔物は斜めに斬ら
    れており、両断された魔物はずるりと崩れ落ち、生命活動を停止した。
    魔物の撃破を確認した青年は剣を振るって血糊を飛ばし、清められた聖水を刀身
    に振りかけて浄化し、その後で大剣を背中に差して――ふぅ、と溜息を吐いた。
    剣の腕にはそれなりの自信があったが、まだまだ精進が足りないと確信。
    更なる精進と練磨が必要である、と今回の依頼で戦った魔物を見てそう思う。
    しかも今回は『運良く勝てた』と内心で感じており、次回同じ様な魔物と戦えば
    結果は解らないし、地面で転がっているのは自分かもしれない。
    そうなりたくないし、そうならない為には自己の研鑽と練磨が必要である。
    青年はそう感じていた。

    「まだまだ俺も修行が足らん。……精進しないとな。」

    一言告げた後、青年・クレイル=ウィンチェスターは歩き出した。



    ハンターのお仕事
    第零話「傭兵な兄、魔法戦士な妹」



    市街地から遠く離れたこの場所、人気の無い草原で木剣を構えたクレイル。
    そして長く真っ直ぐな木の棒を構えた少女が対峙し、互いに隙を見つけようと必
    死に目をこらし、意識を集中させ、互いに互いを見つめ――少女が動き出す。
    小柄な体格を生かし、深く、そして低く踏み込んだ後、強く棒を突き出した。
    突き刺さればただではすまない付を青年は軽く捌き、お返しにと切り返しを見舞
    い、少女に向けて木剣を振り下ろした。

    「――っ!」

    強烈な振り下ろしを受け止め、棒と言う特性を生かして剣を払った後、距離を取
    り、一息ついてもう一度攻撃を仕掛けようとして…防御に回るしかなかった。
    クレイルが少女に肉薄し、手にした剣で連撃を見舞い、少女は手にした棒を必死
    に動かして剣撃を弾き、受け止め、捌き、何とか距離を取って体勢を整えようと
    するのだが、クレイルは許さずに追撃を加え、剣撃を加え続け、最後に――蹴り
    で少女手にした棒を払うと、がら空きになった脳天に――ハリセンを振り下ろし
    た。

    「――あぅ……。」

    「以前より攻撃が鋭くなったが――まだまだだな。」

    「うぅ、兄さんが強すぎるの……痛っ。」

    「反論するヒマがあるなら俺を追い抜いてみろ。」

    「うー……。」

    不貞腐れたかのような表情を浮かべ、ハリセンで叩かれた頭を撫でつつ兄を睨む
    のだが、問題の兄はドコ吹く風、と言った表情で妹の視線をさらりと受け流し、
    ハリセンをどこかに仕舞い込んだ後、手を妹の頭の上に置き、優しく撫でてやる。

    「……でも、何で私を叩く時はハリセンなの?」

    「お前、真面目に木剣で頭を殴られたいか?」

    「殴られたくないけど……ハリセンも嫌。
     何か悲しくなるから……。」

    「悲しくなりたくなければ強くなれ。」

    そう言ってペシペシと妹の頭を再び取り出したハリセンで軽く叩いていると、不貞
    腐れた少女はそっぽを向き、ついでに頭を叩いていたハリセンを手で払った。
    その瞬間に兄に対して棒の先を突き出すのだが――不意打ちの突きはあっさりと回
    避されてしまい、返す刀で少女の頭には今一度ハリセンが振り下ろされる。
    草原にとても良い音が響き渡った……。



    *自宅

    朝の訓練(もといシゴきとも言う)が終わった後、二人は根城にしているボロッちい
    一軒家へと戻り、軽く朝食を取り(なお、食事は妹が担当している。)、それぞれの
    用意、クレイルは装備を整えて傭兵ギルドへと赴き、目ぼしい依頼が無いかどうかの
    確認を行い、妹は市内の魔法学校へと行く準備をしていた。
    妹――ファリルは白を基調とした制服を身に纏い、手にはカバンを、そして――杖。
    淡く輝く白銀の杖を持ち、玄関へと向かい……。

    「さて、忘れ物は無いか、ファリル?」

    「兄さんこそ……忘れ物、特に傭兵ギルドの認定証は?」

    「確認した。問題ない。」

    「うん……こっちも問題ない。」

    忘れ物がない事を確認した後、互いに互いの顔を見て―――

    『『行って来ます』』

    そして、二人の一日が始まる―――。











    <言い訳とも懺悔とも>
     初めまして、そうでない方はお久しぶりです。ロボットもファンタジーも愛する者です。
    HNが長すぎるので『ロボファン』と略して頂いて結構です。……それ以外も問題はありま
    せんが……。
    さて、SSと言う物は初めてであり、幾分見難かったり、おかしい所があると思います。
    キャラはキャラでまんま兄、クレイルはダンテ、妹は――某・魔法少女アニメに出てくる
    金髪ツインテールの素直クール系美少女がモデルとなっている等、どこから取って来た様な
    捻りの無いキャラ達ですが、これから頑張って動かし、SSを終わらせたいと思います。
    SSを打つ者として未熟ですが精進していきたいと思いますので、どうかよろしくお願い
    致します。
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▽[全レス7件(ResNo.3-7 表示)]
■534 / ResNo.3)  ハンターのお仕事第二話
□投稿者/ ロボットもファンタジーも愛する者 -(2006/11/22(Wed) 12:12:12)
    ―――アルシオール市街地


    「兄さん、道具類とか常備薬、買わなくて良いの?」

    「常備薬はまだあるが――そうだな、仕事用の道具は在庫が厳しいな。
     ファルミアさんの店に買いに行くか。」

    「うん、そうした方が良いよ。」


    手に大きな荷物、食料から仕事用攻撃アイテム、様々な物が詰まった紙袋を手に兄妹は歩く。
    クレイルは何時もの標準顔、仏頂面で無愛想な表情で攻撃アイテムが詰まった紙袋を持つ。
    ファリルは兄の横顔を見ながら微笑み、笑顔で食料の詰め込まれた紙袋を持って歩く。
    右と左の温度が明らかに違うが、これが『何時もの』光景であり、変わる事は無い。
    そして、今度は仕事用のアイテム――攻撃用ではなく、回復用のアイテムを買い足しに行く
    ためにファルミアの店、普通の一般家庭で使う常備薬から傭兵御用達の回復アイテムまで幅
    広く扱う店に赴く。
    ――しばし歩いた後、目的の店には辿り着くのだが、中から話し声が聞こえて来たので、取
    り込み中かと思い、出直そうかと考えるのだが、速めに用を終わらせて帰れば良いか、と考
    えて中に入った。


    「こんにちわ。」

    「お邪魔する。」

    「あら、今日はお客さんが多いわね。いらっしゃい、二人とも。」


    にこり、と何時もと変わらない笑みを浮かべてクレイルとファリルを迎えるファルミア。
    そして二人はファルミアに挨拶した後、必要な物を探そうとして――顔なじみの人物。
    更に見慣れないし、見慣れない服装をした初見の人物。
    エルリスと見慣れない服装の男を発見し、ファリルはエルリスの友人だろうと思う。
    だがクレイルは少々警戒し、もしも、本当に『もしも』と言う時に備えて背中に背負った
    大剣、もしくは腰のガンホルダーに収まっている二挺の大型拳銃を何時でも引き抜ける体
    勢に移行した。


    「ファルミアさん、こちらは?」

    「ああ、その子は空腹 勇って言うの。エルリスの所で居候する事になったの。」

    「ファルミアさんや、紹介して貰えるのは有難いのですが、一文字思いっきり間違えてます。」

    「あら、ごめんなさい。でも、あながち間違いでは無いでしょう?」

    「ひ、否定出来ねぇぇぇぇぇ!!」


    ……とりあえず害意は無さそうだ、とクレイルは判断して半・戦闘態勢を解き、目的の物を探す。
    回復用のポーションを10個、メディテーション(毒消し)を同じく10個、そして武器浄化用の聖水
    を10個買い、後は携帯食料(スティックタイプ、リンゴ・桃・蜜柑の三つの味)を大量に買い物籠
    に放り込み、ふと――ファリルの方を見てみると、少し声は小さい物の、勇と話をしていた。
    どうやら悪い人間では無さそうだ、と認識を今一度改めつつ、買い物籠に放り込んだ品物をカウ
    ンターに持って行き、清算を済ませる。


    「……面白い子でしょう?」

    「まぁ、悪い人間では無さそうですが――」

    「大丈夫よ。あの子は悪い子じゃないわ、目と雰囲気で解るもの。」

    「何か強力な説得力がありますね、ファルミアさんが言うと。」

    「そりゃあね、長年お店の店主をやってるもの。人を見る目は鍛えられてるわ。」


    大振りの身振り手振りを交えた話をする勇、それを見て聞き、笑い、微笑むエルリスとファリル。
    そんな三人の様子を見てクレイルは完全に警戒態勢を解き、カウンター近くの椅子に座り、出さ
    れたお茶をズズズ、と飲みながら会話と三人の成り行きを見守っていた。


    「クレイル君、そのお茶――私が飲む筈だったんだけど?」

    「ぶっ!?す、済みません……。」

    「……まぁ、良いわ。今回は許してあげる。」

    「申し訳ない……気が緩んでしまって……。」


    ズズズ、とお茶を飲み干してティーカップを机の上に置いた後、クレイルは申し訳無さそうに眼を
    伏せ、対してファルミアはニコニコと終始笑顔を絶やさずに異世界の話に花を咲かせる三人。
    そして三人を見て仏頂面から少々軟化した表情になったクレイルを見続けていた――が、次の
    瞬間この場に居た全員の顔が驚愕の表情で固定される事になった。
    いきなり、地震にも匹敵しそうな地響きがしたかと思えば表から聞こえてくる悲鳴や怒号。
    ……何か『良くない事』が起こっているのだと全員は認識し、クレイルは表情を引き締めて装備を
    確認し、勇も話を中断し、そして両手の拳を握りこみ――仮にこの店に魔物が侵入してきた場合
    は自分がぶちのめすと心に誓い、身構えた。


    「……兄さん。」

    「解っている。十中八九、魔物の襲撃だな。規模からして中型から大型にかけてのサイズ。
     それに取り巻きが――かなり居る。……ファリル、解っていると思うが出てくるなよ?
     弱い魔物なら守ってやれん事は無いが、相手や能力が未知数でお前を連れて戦える程
     俺は強くない。」

    「うん、解ってる。……気をつけてね」


    背負った大剣の柄に手を掛けながらドアの開き、外に飛び出すと同時に店の周囲に群る魔物。
    狼の様な風貌の小型魔物、集団戦を得意とする者達との交戦に入り、クレイルは舌打ちすると
    共に背中に背負った得物、竜の頭を模した柄、竜の翼を模したガードを持った大剣を引き抜い
    て構えた。
    瞬間、一匹の魔物が咆哮ながら飛び掛ってくるがコレを一閃、返す刀で脚に噛み付こうとして
    きた二匹目を斬り飛ばし、体勢を崩したのを見計らって顎を開き、鋭い牙を見せながら襲い掛
    かってきた魔物を左腰のガンホルスターに収めた白銀の大型拳銃『クローム』を咄嗟に抜き放
    ち、発砲。頭を吹っ飛ばした。
    ……一分も経たない内に三匹の魔物を仕留めたクレイルは体勢と剣を構え、襲撃に備える。
    自分の後ろには妹や顔なじみが居る店があり、その人達をこの様な奴らの餌にする訳にはいか
    ない、そんな決意の元でクレイルは店のドアの前に立ちはだかり、剣を構えていた。
    ――だが


    (チィ……数が多いな……少しの集団ならば俺一人でもどうにか出来るが―――)


    そう、敵の数が圧倒的に多すぎるのだ。
    クレイル一人に対して敵は集団、10や20では無い位の数が集まってきている。
    ……門の警備兵は何を見ていたんだ、と悪態をつきながらもどう切り抜けるか、この防衛戦を勝
    つための算段を頭の中で立てようとした所、クレイルは咄嗟に剣を振るい、飛び掛って来た魔物
    を両断する。
    どうやら敵は思考する暇すら与えてくれない様であり、クレイルはとりあえず戦いに集中する事
    にする。余計な事を考えていたら――自分がやられる、と判断したからだ。
    思考を完全戦闘モードに切り替えた後、一匹一匹飛び掛ってはクレイルを倒せないと判断したの
    かは解らないが、三匹同時に多方向から魔物達は襲い掛かった。それぞれ違う方法で―。
    一匹は右から飛び掛り、一匹は左から脚に喰らい付こうと走りこみ、三匹目は真正面から喉を噛
    み千切ろうと喉元目掛けて飛び掛った。
    避け切れない、クレイルはそう思い――致命傷になるであろう真正面の魔物を斬ろうと大剣を振
    り上げた所、いきなり着ているコートの襟首を何者かに引っ張られ、後方に強制的に下げられた
    かと思えば……。そこに見慣れない服を着た男、先ほどファリルとエルリスと話していた男が三
    匹を前に背中を向け、脚を振りぬく――俗に言う、回し蹴りの体勢に入っていた。


    「ドラゴンキックで――星になれぃッ!!」


    何だそのネーミングは、と突っ込みを入れた所でクレイルは信じられない物を見た。
    彼が放った回し蹴りをモロに受けた三匹の魔物は文字通りに『吹っ飛んだ』のだ。見事に。
    情けない叫び声を上げながら彼方に吹っ飛んでいく魔物、蹴りを放った脚を元に戻し、構える男。


    「余計な世話だったかもしれませんが――助太刀させて頂いた。」

    「いや……助かった。済まない。」

    「なに、ファリル嬢からも頼まれたのでね。『兄を助けて』と。」

    「……おせっかいだな、アイツも。」

    「良いではありませんか、それだけ愛されてるって事だわな――!」


    男――勇が飛び掛って来た魔物に強烈な鉄拳、光り輝く右手の拳をぶち込んで殴り飛ばす。
    クレイルは同様に大剣を一閃させ、一匹斬り倒した後、素早く拳銃を抜いてもう一匹を撃ち抜く。


    「――俺はクレイル、クレイル=ウィンチェスター。
     クレイルと呼んで構わんし、そんな畏まった態度を取らないでくれ。」

    「了解。……俺は先ほどファルミアさんからも紹介されたが、空原 勇。
     勇、と呼んでくれて構わんよ。」


    二人は一瞬だけ互いの顔を見てニヤリ、と不敵な笑みを浮かべた後、手を強く叩き合った。




    ハンターのお仕事
    第二話「必然の偶然・2 〜運命の邂逅〜」




    店の入り口を守りながらクレイルが剣を振るい、銃を撃ち、そして勇が鉄拳で敵を吹っ飛ばす。
    逢ったばかりの二人なのに、そのコンビネーションは何故か取れており、互いが互いの穴を埋め
    て隙と言う隙を補い、次々に敵を打ち倒して数を減らしていく。
    クレイルは剣を絶え間なく振るい、銀の閃光が閃く度に闇の獣が一匹、また一匹と数を減らす。
    勇は腕を振り回し、脚を振るい、拳で敵を殴り倒し、蹴りで敵を蹴り飛ばし、吹き飛ばす。
    しばしの間、二人が暴れた後――店の前の敵は一掃され、残った最後の一匹はと言うと―。


    「ううぅぅおぉぉぉぉぉおぉぉおぉぉぉりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!!!!」


    哀れにも素敵パワー全開発動中の勇に後ろ足を捕まれ、全力で振り回され、そのまま彼方に
    放り投げられ、その存在は空の星になってしまった。……何故だろう、一瞬だけ星の様な物
    が強く輝いた。
    そんな様子を見ていたクレイルは一瞬、汗を流すが…気にしない、気にしたら負けだと言う
    事を本能が語りかけてくるので意地でも気にしない事にした。


    「ふぃぃぃ……ここらの敵は一掃したな。」

    「そうだな。残るは地響きの元、親玉だが……」

    「探すと拙くないか?ここが手薄になるし、そこを襲われたら――」

    「その問題が付き纏う――が、どうやら相手から来てくれた様だ。」


    直後、店の前の広場に一匹の大きな魔物、どうやって巨体を支えているのか解らない細い両足。
    そして両足に不釣り合いなほど大きな両腕を持った魔物、俗称・大地喰いと称されるB級魔物。
    『アースイーター』が現れ、殺意の篭った目をギラつかせながらクレイルと勇を睨む。
    クレイルは無言で剣を構えて再び戦闘態勢に移行、勇も一瞬だけ口笛を吹いた後で構えを取る。


    「何、この激しく危険そうな御方は?」

    「アースイーターとか言うB級……結構な大物に当る魔物だ。
     何でこんな所に出て来るのかは不明だが、出てきた以上、始末するしかなかろう?」

    「ごもっともで」


    戦闘開始の合図はアースイーターの咆哮。
    クレイルは大剣を背中に収め、代わりに両手に白銀と漆黒の大型拳銃を構えて速射を行った。
    勇は援護射撃を受けつつ敵に突っ込み、アースイーターの懐に潜り光輝く拳の乱打を浴びせる。
    殴る、殴る、殴る、殴る、とにかくひたすらに敵を殴り続け、一頻りボコった後、右腕を引く。
    そして裂帛の気合と咆哮と共に一際強く輝く拳をアースイーターに叩きこんだ!


    「くたばれや!!」


    ドゴォンッ!!と言うありえない音が響いたかと思えば、アースイーターは―吹き飛ばなかった。
    しかし、轍を刻みながらも数m後ろに下がっている時点で勇の一撃がどれほどの物だったかを物
    語っているが、今回は――敵の方が強靭なタフネスを持っていたのだろう。
    勇は敵を倒せなかった事に舌打ちしつつ、敵の攻撃が来る事を悟り(※喧嘩の経験)、防御しな
    がら後ろに下がると、自分が居た場所をアースイーターの腕が通り過ぎ、横殴りの風を感じた。
    ……あれを喰らったらたまらん、と冷や汗を流しながら勇は素早く後方に下がり、クレイルと合
    流し、アースイーターを如何にして倒すかの算段を相談する。


    「ちぃ、素敵パワーを以ってしても倒せんか――難儀な奴だ。」

    「異様なまでの防御力を持っているが――魔法に対しての耐性が弱い。
     ……言っとくが俺は魔法等使えないぞ。」

    「無い物ねだりは見苦しい……か。地道に二人で撹乱しながら戦うか?」

    「それが今一番の最善策だな。」

    「オーライ、それじゃあ行きますか。化物退治に。」

    「こいつを倒せば街から御礼金が降りる。
     ――飯がグレードアップする事を楽しみに化物と踊り狂う……か。」


    振り下ろされたアースイーターの豪腕を飛び退く事で避け、クレイルは素早く銃を収め、代わりに
    大剣を引き抜きながら肉薄し、そのまま一閃、異常な防御力のためか、深手は与えれなかった物
    のダメージを負わせる事に成功し、更に剣を逆袈裟の形で振り抜いて再び切り裂く。
    勇は勇で振り下ろされたアースイーターの腕の上を走り抜け、そのまま頭上付近に到達すると脳
    天目掛けて光の纏った脚の『踵』、つまる所『踵落とし』を叩き込んで―この化物を怯ませた。
    化物が怯んだのを良い事に勇はニヤリ、と不敵かつ素敵な笑顔を浮かべ化物の頭を踏みまくる。
    ……コイツは怖い物が無いのか、とクレイルは心の中で突っ込みながら剣を振るい続けた。


    「うっるぁあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


    どぎゃっ!!と一際強くアースイーターの頭を踏みつけ、そして蹴飛ばした後で飛びのく勇。


    「おおおおおおぁあぁぁぁぁぁぁッッッッ!!!」


    大剣の柄を両手で握りこみ、渾身の力を込めて振り下ろし、胸部を切り裂くクレイル。

    普通の魔物であればこれだけの、しかも一人は生粋の戦士、一人は素敵パワーの加護を受け
    た者であり、その二者による猛攻を受ければ絶命しかねないのだが、このアースイーターは
    耐え切っていた。
    大地、と言う名前を冠しているだけあって防御力は凄まじく、多少の攻撃ではビクともしない。
    ……ダメージは与えている様だが、敵の命に関わる様な致命傷を与えれないのが現状である。


    「ちぃ……このままじゃジリ貧だな……」

    「どうしたモンかねぇ……剣も拳もダメ。魔法は使えないから無――」


    直後、アースイーターに向かって光の剣と氷の矢、明らかな魔法攻撃が降り注ぎ、ここで初めて
    アースイーターの『ダメージによる咆哮』が木霊し、魔法を放った人物が二人の下に駆けつける。


    「!!、ファリルッ!!エルリスも……何を考えているッ!!」

    「援護、必要なんでしょう?」

    「だからと言って――何で出てきたんだ!?」

    「だ、だって兄さん達が苦戦してたから――私達に出来る事は無いかって……」

    「ふむ――ならば、先ほどの通り、魔法援護を頼みたい。
     ……って、何で俺は既にこっちの世界に馴染んでるの!?訳解んねぇ!?」

    「訳解らんのはお前だ!!勝手に話を進めて勝手に混乱するな!!」


    最早、場の雰囲気は滅茶苦茶であり、戦場である事を忘れている節すら見受けられる。
    二人を説得しようにも強烈な横槍のお陰で流されてしまい、しかもクレイルが律儀にも突っ込む
    モンだから更に加速的に雰囲気は流されてしまい、今の何とも言えない状況に至っている。


    「まぁ、纏めるなら――二人の申し出は受けるべきだぞ?」

    「勝手に話を纏めるな!?話を進めるな!!完結させるな!!」

    「……す、凄い。クレイルさんがやり込められるの初めて見た……。」

    「兄さんが口喧嘩で負けてる……。」

    「お前らはお前らで早くファルミアさんの店に行け!!」

    「そう怒るな。カルシウムが足りてないぞ?」

    「誰の性でそうなってるか理解して――どぉあっ!?」


    ズドォォォンッ!!と今まで無視された怒りか、魔法攻撃によるダメージの怒りかは不明。
    しかし、アースイーターは完全に怒りを顕にして拳と腕を振り回して四人に襲い掛かって来た。
    咄嗟に勇はエルリスを抱えて飛びのき、同時にクレイルはファリルを抱えて飛びのく。
    ……どうやら、二人もアースイーターの標的に認定されてしまったらしく、追加二名にも殺意
    の篭った眼が向けられていた。


    「……だぁッ!!もう良いッ!!俺と勇が前衛で引き付けるから、二人は魔法援護!!
     これが譲歩だからな!!」

    「素直に魔法援護してくれと頼めば早いのに。」

    「お前、絶対後で殴る!!マジで殴るからな!!」

    「はっはっは。逃げも隠れもするし嘘もつく男だ。逃げ足は速いぞ?」

    「最悪だお前!!」


    ギャーギャー騒ぎながらアースイーターに向かって行く二人――。


    「……あんなに生き生きしてる兄さん、初めて見ました。」

    「そうだね。何だか、勇さんと一緒に居ると『水を得た魚』って言うのかな?
     そんな雰囲気を感じない?」


    エルリスに微笑まれながらそう聞かれ、ファリルは微笑みながら『はい』と答えた。
    ……そして、ファリルは確信する。如何に敵が強かろうとも、今の自分達に『敵は無い』と
    言う事を、そして絶対に勝てると言う事を――。


    「エルリス、ファリル!!援護を頼む!!」

    「ほら、何だかんだで結局は援護を頼んでるじゃないか。」

    「お前は黙ってろ!!」

    「あーあ、怒られちった。嗚呼、俺の硝子細工の様に繊細な心は深く傷ついたよ。」

    「良いから黙れ!?」


    二人は顔を見合わせて微笑んだ後、凸凹コンビを援護する為に魔法の詠唱に入った――。








     
    <後半のグダグダっぷりに泣きつつ後書き>
     ……はい、今回のお話ですが、サブタイトルをつけるなら『空原 勇、大暴走』です。
    前半はマダマダ真面目なキャラだったのですが、後半になればなるほどネタキャラとして
    の頭角を現しだし、仕舞いには主人公すら手玉に取る破天荒っぷりを発揮しています。
    ……ええ、彼はこれからクレイルと共に凸凹コンビとして共に戦って貰おうと思ってます。
    そして、クールなイメージがぶっ壊れたクレイル、主人公の癖に動かしにくいキャラです
    が勇が絡むと彼に負けず劣らずのネタキャラと化してしまいます。

    次回は――4人……いえ『5人』での初めてのボス戦を描きたいと思います。
    まぁ、恐らく五人目が誰であるか、予想が付いていると思われますが…それでは、失礼します。
引用返信/返信
■536 / ResNo.4)  作者自身が暴走した三話
□投稿者/ ロボットもファンタジーも愛する者 -(2006/11/24(Fri) 16:22:56)
    ハンターのお仕事
    第三話「必然の偶然・3 〜漆黒の翼〜」



    「サンダーソード!」

    「アイシクルボルト!」


    ファリルが掲げた白銀の杖『クラウストルム』の周囲に無数の光の剣が生み出される。
    同様にエルリスの手に浮かぶ魔方陣からは氷の矢が生成され、放たれるのを待っていた。
    ファリルが白銀の杖を振るい、エルリスが手を押し出した瞬間、力を持った言葉で作られ
    たそれ等は前方で暴れているアースイーターへと迫り、光の剣と氷の矢は突き刺さる。
    光の剣は突き刺さった瞬間に紫電を放ちながら爆裂、氷の矢は燐光を放って砕け散った。
    防御力が高いアースイーターはクレイルが述べたとおり、魔法攻撃に弱い。
    そしてそんな者が魔法で攻撃されると――たまったモンでは無い。
    アースイーターは咆哮をあげ、魔法を放った二人を抹殺せんと脚を踏み出した瞬間――。


    「まぁ、そう慌てなさんなって、お客さん。」

    「茶も菓子も無いが――打撃と斬撃をくれてやる。」


    瞬時に勇とクレイルが迫り、二人で容赦の無い斬撃と拳による一撃をぶち込んだ。
    魔法攻撃に加えて破壊力満天の拳に剣の打撃を喰らったアースイーターはよろめいた。
    勝機見出したり、と感じた二人――クレイルは一呼吸して剣を構え、勇は右腕を引く。
    アースイーターは体勢を立て直すと同時に二人に向かって右腕を凪いだ。


    「……トドメ決めて、ファリル嬢に格好良い所、見せてやれよ?」

    「!、お前!」


    勇はそのままアースイーターの振るわれた右腕に全力の拳を撃ち、吹き飛ばす。
    だが、アースイーターの強烈な腕力を迎撃した勇もまた、衝撃によって倒れてしまう。
    ――クレイルは勇に目線を送り、勇は上を向いた親指を突き出し『行け』と合図する。
    大剣の柄を両手で握りこみ、裂帛の気合全開の咆哮を上げ、クレイルは走った。
    対するアースイーターは自分を抹殺せんと向かってくる敵を倒すために左腕を薙ぐ。
    薙ぎ払う様、叩き付ける様に振るわれた左腕を体を捻る事で回避し、そして回転する
    様に両手で持っている大剣を振るい、アースイーターを――『両断した』
    胴体を横一文字に切り裂かれ、二分割された敵は断末魔の悲鳴を上げ、鮮血を――
    『一滴も出さず、その姿形も、影も消えた』のだった。


    「なっ!?」

    「……ジーザス。化け物が綺麗さっぱり消えちまったよ。」


    よっこらせ、と言った感じで立ち上がり、スーツについた埃をハタき落としながら勇
    は呟き、クレイルは大剣を手にしたまま『信じられない』と言う表情で硬直する。
    ――魔物・アースイーターを倒したのは良い、だがその死に方が余りにも『不自然』
    しかも街中にこんな中級レベルの魔物が突然現れる事自体が既に不自然であり、本来
    ならば門番達が食い止めたり、町中に避難勧告なりを出したりする筈なのに……。
    このアースイーター、そして先程の魔物の集団は突如として町に現れた。
    クレイルは頭を振るい、気分を落ち着かせた所でそれらの事を考えた結果、一つの答
    えに辿り着き、再び剣を構え、何時でも戦闘に移れるようにした。


    「どーしたよ?敵は―――」

    「召喚師(サモナー)だ。」

    「は?」

    「近くに召喚師が潜んでいる。……アースイーターを呼び寄せた敵だ。」

    「………」


    クレイルの一言を聞いた勇も拳を握り、背広のボタンを外し、ネクタイも緩める。
    こんな馬鹿な事を仕出かした奴が他に居るならば引きずり出してボコる。殴る。
    そう言う意思を込めた表情で敵を発見次第、素敵パワーで夜空に星に変えるべく
    構えを取っていた。


    「に、兄さん……さっきの敵は……兄さんが消し去ったの……?」

    「違う。残念だが魔物を綺麗さっぱり消し去れる力は持っていない。
     …アースイーターは倒したが、この付近にアースイーターを呼び出した敵。
     高等レベルの召喚師が潜んでいる筈だ。」

    「え……それじゃ!」

    「ああ、まだ戦いは終わってな―――エルリス!頭を下げろ!!」

    「へ―――きゃああッッ!?」


    エルリスに叫び、おっかなびっくり頭を押さえてしゃがみ込んだ瞬間にクレイルは
    素早く引き抜いたオブシダンを発砲し、視線の先にある建物の影に銃弾を撃ち込む。
    兄の様子を見て固まるファリル、涙目になりながら銃撃が終わるのを待つエルリス。
    オブシダンのマガジンカートリッジに収められた計12発の弾丸を撃ちつくす。
    そして、12発目の空薬莢が地面に落ちた時、『敵』の姿が現れた。

    白い外套に身を包み、両手の指全てに指輪をはめた貴族風の男。

    だが、放つ雰囲気は『人』では無く、限りなく魔に近い。

    その様な得体の知れない魔術師風の男が建物の影から現れ、クレイル達に拍手を。
    『良く気がついた』と言わんばかりに拍手を送り、それを見た全員は身構える。
    クレイルは剣を、勇は拳を、ファリルは杖を、エルリスは魔方陣を展開した。
    ……目の前の男が何かした瞬間に即座に攻撃に移れる様に、と。


    「いや、素晴らしい。気配を絶つ魔法を使用したのに気づくとは。」

    「……何者だ?何故、この街に魔物を放った?」

    「申し訳無いが仕事の守秘義務に引っかかるので答える事は出来ない。
     ……ただ、そうだな。気配を消した私に気づいた褒美に一つだけ。
     一つだけキーワードを喋ろう。メモするなり何なりすると良い。」


    そう言って男は一言呟いた。


    「『天使』―――かつて、魔科学の粋を集めて作られた人造兵器がここに居る。
     そんな事を言われたので調査の為、炙り出しの意味を込めて魔物を放った。
     ……おや、いかんいかん。どうも私は喋り出すと余計な事まで喋ってしまうな。」

    「天使――だと?」

    「そう、白き翼を携え、暴力的な魔力を以って如何なる物を排除する破壊の権化。
     古より伝えられる最強の人造兵器、コードネーム『セラフィム』」

    「馬鹿馬鹿しい……そんな夢物語が実在してたまるか。」

    「――――ところが、存在しているんだよ。君の『目の前に』」


    クレイルはその一言を聞いて目を見開くと―ニコニコした白装束の召喚師が居る。
    ……確かに、アースイーターや魔物達を突然、前触れも無く街中に召喚出来る程の
    魔力を持っているのも、目の前の男が言う『天使』であるならば理解できる。
    だが、目の前の男は伝承で伝えられる天使の様に白い翼は持っていない。
    なにより―――


    「アホかぁぁぁ!!!お前が天使等認めん!!天使って言うのは可愛い女の子
     じゃないと名乗る事を許されん!!野郎の天使等要らん!邪魔!不要!!
     天使を名乗って良いのはこう言う子の事を言うんだ!!覚えとけ!!」


    ……見事に話の腰、そして張り詰めた空気を勇が台無しに、そしてぶっ壊した。


    「……いきなり話の腰を折って、私の存在を否定しないで欲しいが?」

    「うっさいわ!お前は何も解ってない!天使ってのはここに居るエルリス嬢。
     そしてファリル嬢が名乗って初めて納得されるし、この二人こそ白い翼は
     良く似合う!!アンタは美形だが、野郎って時点で論外だ!」

    「……ファリル、エルリス、頼むからあの馬鹿を止めてくれ。」

    「ご、ごめんなさい。多分、無理……。」

    「うん……兄さん、私も止めれそうに無―――」


    論点がずれまくった低次元、低レベルの会話(?)を行っている最中、ファリルは
    自らを『天使』と名乗った男を見た瞬間、体は至って正常の筈――なのに、急に
    体が『ドクンッ』と脈打った様に全身が反応し、そして息苦しくなるのを感じた。
    全身から湧き出る冷や汗、急に力が抜けかけている脚、倒れかける体を杖で支えて
    必死にその場に立っているファリル、そんなファリルを見たエルリスは慌てて彼女
    の下へと向かい、体を支えた。


    「……おやおや、無駄足かと思ったら収穫があったか。
     中々どうして運が良い。」

    「――であるからしてお前は認めって、人の話を聞いて――うおぉぁおあッッ!?」


    冷や汗を流しているファリルを見た男は目の前で訳の解らん事をホザいている勇を
    魔法か何かでふっ飛ばした後、彼には眼もくれずにエルリスに体を支えてもらって
    いるファリルの所に向かおうと一歩、脚を踏み出した瞬間に――銀光が閃いた。
    男は咄嗟に身を引き、両手に防御用魔方陣を展開し、迫り来る斬撃―――。
    クレイルの攻撃を捌き、避け、受け止め、何とか無効化にしているが、その表情に
    余裕は無く、徐々に苛立っているかのような表情に変化していった。


    「……お前、ファリルに何をした?」


    クレイルは一言だけ男に聞こえる声で問い、そして大剣を高速で振るう。


    「別に。……私に反応したのは彼女の方で、私には非は無いが?」


    魔方陣で巧みに斬撃を受け止め、受け流しながら立ち回る男。

    クレイルの真っ向からの唐竹割り、一刀両断の一撃を耐え切った後、体勢を立て直す
    べく後方に下がり、今までのお返しに、と言わんばかりに両手に魔力を集中し始めた。
    魔法に疎い者でも『洒落にならない威力』の魔法が組み立てられているのだろう、彼の
    両手の中には膨大な、そして暴力的な魔力が収束され、紫電を撒き散らしている。


    「っ!……エルリス、ファリルを連れて離れられるか?」

    「え……で、でも!勇さんとクレイルさんを置いては―――」

    「良い!早く行け!!こいつは――ヤバイ!!勝てるかどうか解らん!!」


    大威力の魔法を撃たせまい、と男に向かって急速接近、そのまま大剣を振り下ろす。
    クレイルの強烈な一撃は並みのモンスターであれば一撃で両断する威力を秘める。
    しかし、その一撃は男の前に展開された――防御障壁によって阻まれ、攻撃は通ら
    ない。
    徐々に魔法が組み上げられ、濃密な魔力の塊となっていく中、クレイルは焦燥感を
    感じつつ、咆哮を上げながら男の身を守る防御障壁を破壊しようとしていた。
    そして――クレイルがもう一度、防御障壁に大剣を叩きつけようとした瞬間!


    「―――おんどりゃあああああああああああああ!!!!!」


    大爆音を撒き散らしながら吹っ飛んでいた勇が戦線復帰し、障壁に拳を叩き込んだ。
    すると――勇の鉄拳を受けた障壁にヒビが入り、入ったヒビは葉脈の如く広がる。
    ヒビの入った障壁を見たクレイルはすかさず大剣を叩きつけ、障壁をブチ壊した。


    「ッ!!ば、馬鹿な!!」


    驚愕する男の下に向かう二つの影、絶対的な殺意が込められた大剣を振るわんとする
    クレイルが、『ぶちのめす!』と言わんばかりに青筋をこめかみに貼り付けている勇
    が鉄拳を構え、そして二人同時にそれぞれの必殺の一撃を叩き込んだ。
    勇の一撃が収束された魔力ごと男を貫き、クレイルが放った斬撃は手痛いダメージを
    負わせ、空に男の血液が飛び散る。


    「ぐぅぅぅぅッッ!!!貴様等、調子に――」

    「乗ってんのは!」

    「お前の方だ!!」


    直後、勇とクレイルの二人による乱撃の暴風雨が降り注いだ。
    クレイルの大剣が上下左右斜めから襲い掛かり、真正面からは勇の拳が撃ちこまれる。
    二人の容赦ない攻撃が浴びせられている男は次々に手傷を負わされ、防御をする事すら
    許されない状況であり、その体からは徐々に鮮血が流れ出てきていた。


    「……駄目」

    「……ファリルちゃん!」

    「兄さん……勇さん……殺されてしまう……。」

    「え……ど、どう言う事?
     遠目でも解るけど……二人の方が有利じゃない?」


    遠くから二人を見守っていたエルリスはファリルの言っている事が理解できなかった。
    確かに敵も一流の力を持っているのだろう、しかし今攻め手に回っているのは二人。
    敵に傷を負わせているにも関わらず、ファリルは二人が『殺される』と言った。
    ……何故なのだろう、と思うよりも早くファリルがエルリスの手から離れ、よろめき
    ながら二人の下へと歩いて行こうとするのを見て、止めようと思ったが――


    (……えっ!?)


    一瞬、ファリルの背中に三対、計六枚の『漆黒の翼』が眼に見えた。
    もう一度眼をこすり、眼を凝らしてファリルの背中を見てみるが――翼は見えない。
    そして、エルリスは――ただ、呆然と杖に体を預けて歩くファリルを見ていた……。




    「……クレイル、あいつ……何で倒れねぇんだよ……ええい、畜生が……」

    「無駄口叩く暇があるなら……攻撃の手を緩めるな……魔法、使われるぞ…!」


    直後、二人を衝撃と熱風、爆風が襲い、吹き飛ばされた。
    クレイルは受身を取り、素早く立ち上がって大剣を構えなおす。
    勇は受身を取れずに地面へと叩きつけられたが、直ぐに起き上がった。
    ……だが、二人の状態は結構、というよりもかなり酷い状態である。
    ダメージ自体は大した事は無さそうだが、連戦、そして激しい動きを続けた事に
    よる疲労の蓄積が凄まじく、既に二人は肩で息をしている状況だった。
    対する男の方はと言うと――そんな彼らを嘲笑うかのように、傷ついた自分に
    回復魔法を瞬時に唱え、今まで負った傷を『全て』癒し、万全の状態へと戻る。


    「……ま、マジかよ……やっこさん、回復しやがったぞ……!」

    「ち……どうする?」

    「逃がしてくれそうにも無さそうだからな……命乞いしてみ―――」


    二人で相談していた所、勇が再び吹き飛ばされ、更に追撃として放ったのだろう。
    禍々しい黒く輝く魔力の刃が幾重にも倒れている勇に向けて放たれた。
    咄嗟にクレイルは銃撃で魔力の刃を撃ち落そうとするが、それよりも早く男がかざ
    した掌から魔力の塊が発射され、反応する事も出来ずに直撃してしまい、勇と同じ
    く吹っ飛び、地面に突っ伏してしまった。


    「遊びはここまでにしておこう。私も殴られ、斬られて怒っているのでね。
     ……しかし、生身の人間でここまで戦った事に敬意を評し、苦しまずに逝く
     事を許そう。」


    最早立ち上がる気力すらない二人に向けて魔法を放ち、その存在を抹消せんとする
    男は二人を一瞬で屠れるだけの威力を持った魔力を収束し、全身血まみれの二人に
    向かってその手に携えた完全な破壊、圧倒的な暴力を開放しようとしていた。
    ――そして男がクレイルと勇を始末しようとしている所をファリルは発見する。
    声にならない叫びを上げ、杖を放り、必死で走るファリル。
    そのファリルの叫びに耳を傾ける事も無く、眼をくれる事も無く、男は暴力を解放
    し、閃光が二人に迫った。



    ―――自分では二人を助ける事は出来ないのか?

    ―――自分は無力なのか?

    ―――助けたい

    ―――優しくて知り合って間もない人間の為に自分を省みずに助けに行った勇を

    ―――冷たい場所で一人ぼっちだった私を助けてくれた大好きな兄さんを



    『想い』が体中を支配した瞬間、光が周囲に溢れた―――



    「……?……なっ!!?」


    自分と勇を消し去れるだけの破壊の暴力が押し寄せてこない事にクレイルは疑問を
    感じ、眼を開くと――其処には三対の漆黒の翼を携えた……ファリルの姿があった。
    片手で圧倒的な魔力を易々と受け止めれるだけの防御魔法陣を展開し、もう片手に
    癒しの魔力を収束していた。
    ……何が起こっているんだ、と頭の中で思うが思考が付いていかない。
    それだけ、目の前で起こっている事が常識の範疇外であり、しかも何故妹が――。
    ファリルがあの様な翼を背に、そして強烈な攻撃魔法を受け止め切れているのか。


    「……く、くくく……『セラフィム』じゃなく、『ルシファー』だったとは!!
     ひゃははははッ!!!傑作だ!!!最強の人造兵器がこんな小娘だったなんて!!」

    「――――」

    「こうなれば、力ずくでもお前を連れて帰る!!そうすれば私も『あの方』に
     認められ、爵位を与えられるかもしれない!!」

    「――――」


    男は嬉々として、狂気に塗れた笑顔を浮かべながらファリル――『ルシファー』と
    呼んだ存在に次々と様々な攻撃魔法を放ち、投げかけ、死なない程度に痛めつけよ
    うとしていたのだが、その全てはルシファーが展開した魔方陣に阻まれる。


    「―――クラウストルム、モード・EXcaliburで起動。
     我が手元に帰還せよ……!」


    ファリルは左手に収束した癒しの魔力を広域に放射し、気絶している勇とクレイル
    を癒した後、その手に――ファリルが放った白銀の杖『クラウストルム』が飛来し
    て来て、左手に収まると……事もあろうに杖は変形を始めたのだ。
    淡く輝く蒼銀の輝きと共に槍の様な先端が展開し、展開した場所から短いブレード
    状の物が出てきたかと思えば、直後に蒼銀色の透明な刀身が生成された!


    「なっ!?何だよ……何だよソレはぁぁぁぁぁッッッ!!!」

    「―――我が唯一にして絶対の兵装……吾ら天使と同じく、魔科学の粋を集めて
     産み落とされたこの世ならざる武器『魔道兵器』の最終ナンバー。
     それが我が手にある『聖魔の十字架(クラウストルム)』だ。」


    優雅にふわり、と漆黒の翼をなびかせ、両手で蒼銀の刀身を展開しているクラウス
    トルムを構えたルシファーは先程とは一転して恐怖の形相を浮かべながら魔法を闇
    雲に乱射している男の元へと飛翔し、クレイルを軽く超える速度で大剣を振るう。
    蒼銀色の剣閃が閃き、漆黒の翼が舞い、黒き羽が散る中でルシファーは男を斬り続
    ける。……まるで、大切な人を傷つけられたのを激昂している様に。


    「―――大切な者達を傷つけた事、後悔しろ!」


    斬ッ!!と男を上空に向かって切り上げた後、ルシファーは叫ぶ!


    「魔道砲回路接続、ガイドレール展開、エネルギー収束バレルオープン。
     マナ充填率120%、各機関異常無し、周囲への影響――無し!」


    大剣の様な形状を取っていたクラウストルムは大砲へと姿を代え、その砲口に
    魔力が、男が放った圧倒的暴力を『軽く凌駕する程の』魔力が集中し始めた。
    周囲に風が巻き起こり、砲口から凄まじいスパークが荒れ狂い、周囲のブロック
    を破壊して行く。


    「―――バニシングレイ、発射!!!」


    直後、大爆音と共に大地が激しく振動した。
    クラウストルムから放たれた閃光は男を苦も無く消し飛ばし、強烈な破壊の閃光は
    そのまま大気へと霧散し、何事も無かったかのように――消えうせた。
    敵が消えた事を認識したルシファーはクラウストルムを通常の杖の形態に戻した。
    そしてそのまま地面に突っ伏しているクレイルの元へと向かうと……。


    「……ファリル……なのか?」

    「――ファリル、と言うのか。この体の持ち主の名前は。」

    「!」

    「警戒しなくても良い。……この子の大切な人達を傷つけよう何て思わない。」


    ルシファーは優しく微笑み、クレイルを抱き起こし、ついでに大剣も彼に手渡した。


    「……ファリルは?」

    「今は意識共々眠っている。だから――我が出てきた。
     ……純粋で心地よい想いだったな、この体――いや、ファリルの想いは。」

    「?」


    訝しげな表情を浮かべるクレイルに向かって子悪魔っぽい、可愛らしい笑顔を浮かべ
    るとそのまま思いっきり抱きつき、思いっきりうろたえるクレイルの顔を引っつかみ
    引き寄せると……。


    「んぐぅっ!?」


    そのまま――12歳(?)な女の子にキスされました。まる。


    「……ぷぁ……って、な、なななな………!!!?」

    「……これから先、この子に色々な災厄が訪れるだろう。
     だから――この子を守ってやって欲しい。」

    「そ、それはどう言う事だよ……。」

    「……我の口からは言えない。悟れ、にぶちん。」


    ぼかちん、とクレイルの頭を殴った後、再び抱きつくルシファー。
    そのまま頭を胸に押し付け、眼を閉じると――背中の黒い翼が透け始めてきた。
    クレイルは透け始めた翼を見て、ルシファーに何か起きたのではないか、と思って
    眼を向けると―――。


    「疲れたから眠るぞ。……では、またな。幸せ者。」

    「こ、こら!勝手に寝るな!!おい、ファリルはどうなるんだよ!?」

    「……すぅ……すぅ……。」

    「だぁッ!!くそ……今日は散々な日だな、畜生が。」


    兄の胸の中で心地よさそうに寝息を立てているファリルを見たクレイルは苦笑し
    ながら、彼女の金色の髪を梳くようにして撫でてやりながら――抱きしめた。













    <何だこのグダグダっぷりは!?等と思いつつ後書き>
     ファリル天使化は前々から使おうと思ってましたが、出す時を思いっきり
    間違えた様な気がしますし、何か文章に纏まりが無い様な気もします。
    さて、今回新たに増えた――と言うか、目覚めた『ルシファー』様について
    は後々に語って行こうと思っています。ここで言うとネタばれですので。
    尚、彼女の性格は――ファリルが控えめとするならば、ルシファー様はイケ
    イケな感じであり、押しが強く、でも甲斐甲斐しく尽くすタイプです。(マテ

    さて、次回ですが……事後処理と、出せなかった五人目に出て貰います。
    それでは、次回の後書きで―――




    <おまけ>

    「―――大切な者達を傷つけた事、後悔しろ!」


    斬ッ!!と男を上空に向かって切り上げた後、ルシファーは叫ぶ!


    「ディス・レヴ、オーバードライブ!!」


    大剣の様な形状を取っていたクラウストルムは大砲へと姿を代え、その砲口に
    魔力が、男が放った圧倒的暴力を『軽く凌駕する程の』魔力が集中し始めた。
    周囲に風が巻き起こり、砲口から凄まじいスパークが荒れ狂い、周囲のブロック
    を破壊して行く。


    「―――回れ、インフィニティ・シリンダー!!」


    砲口にチャージされたエネルギーの周囲に魔方陣が展開され、そして――。
    ルシファーに重なる様に青い長髪の男、不敵な笑みを浮かべた男の姿が重なる。


    「テトラクテュス・グラマトン―――!」


    魔方陣が一際強く輝き、砲口のエネルギーが解放の時を今か、今かと待っていた。
    男の魂と融合し、長い金髪は蒼に変わり、その瞳に虚空を宿したルシファーは
    トリガーを引いた!!


    「アイン・ソフ・オウル!デッド・エンド・シュート!!!!」



    ……すみません、こんな頭の悪いネタが浮かんだので(何
引用返信/返信
■543 / ResNo.5)  第四話です。
□投稿者/ ロボットもファンタジーも愛する者 -(2006/11/27(Mon) 17:34:27)
    両親は科学者だったが研究だけでなく、私の事も愛してくれた。
    家に帰らない事は少なくなかったが、帰って来た時は優しく、そして
    甘えさせてくれた――優しく、暖かかった私の大切な両親。
    平和で優しくて暖かい毎日が続くと、変わらないと思っていた。
    ……なのに、そんな私の日常は壊されてしまった。
    ある日、家に全身鎧と武器で武装した兵士達が押し寄せ、両親達に
    何かの研究――魔科学だとか、兵器が等と言った事で協力しろ。
    二階に居た私にも聞こえる位の声が聞こえ、そして静寂が支配する。
    だが、次の瞬間に怒号が轟き、男性と女性の悲鳴―――。

    父さんと、母さんの――悲鳴。

    聞きたくなかった、父さんと母さんの悲鳴が聞こえて来た。
    ……怖かった。助けに行きたかった、けど……動けなかった。
    魔法が少々出来る程度の私が出て行った所で何も出来ない。
    だから私はクローゼットの中に、両親が誕生日にくれた杖。
    『クラウストルム』と呼ばれた杖を抱えて、ひたすらジッと
    していた。……悪夢が早く去ってくれる事を祈りながら。

    だが、悪夢は終わらない。

    全身鎧の集団はこの家、様々な思い出が詰まったこの家に火を放つ。
    放たれた火は紅蓮の炎となり、瞬く間に燃え広がり、火の海になる。
    私は紅蓮の火から身を守るため、自分自身に防御魔法を掛けてジッと
    ただひたすらジッとこのクローゼット、母がもしもの時に備えて緊急
    の避難場所に使える様に、と結界魔法を張ってくれたこの中で耐える。

    それから数時間経った後、火の手が収まった頃を見計らって私は外に出る。
    ……そして、私の心は真っ黒い絶望で塗りつぶされ、何も考えられなくなる。
    私が住んでいた家、時に母や父に怒られながらも平和な時を刻んでいた場所。
    様々な思い出が詰まったこの場所は――焼け野原になっていた。
    私は真っ黒になった家に腰を下ろし、そのまま泣いた。
    月の光も無い淀んだ漆黒の空、まさに私の気分その物を表しているだろう。
    とにかく私は狂った様に泣きじゃくり、父さんと母さんを呼び続けた。
    ……父さんと母さんが帰ってくるなら何も要らない。お金も、綺麗な服も。
    だから、だから神様――父さんと母さんを返して、と泣き叫ぶ。

    でも、神様は私の願いを聞き入れてはくれませんでした。

    更に追い討ちを掛けるように夜空は雨を、冷たい雨を嘲笑う様に降らせます。
    すすで汚れた服に雨水が染み込み、私の体温を奪っていくが――構わない。
    このまま死んで、父さんと母さんが居る場所に連れて行かれるなら……。
    そんな思考に支配されかけた時、雨にぬれた私に何か、暖かいロングコートが
    被せられ、疑問に思った私はコートの中から顔を出し、誰が自分にコートを被
    せてくれたのだろうかと見てみると……。


    「心配しなくても良い。俺は敵じゃないし、危害を加えるつもりは無い。
     ……この街に偶然立ち寄っただけのハンターだよ、俺は。」


    口調自体はぶっきらぼうで、少し高圧的な感じはしないまでも無いけど……。
    純粋に私を気遣う暖かさを持ち、その表情も私を落ち着かせようと優しい表情
    で――自分が濡れる事も構わずに、私にコートを被せてくれた男の人が居まし
    た。


    「……何があったのかは察しが付く。
     今は泣いても良い、心が悲しみで押し潰されない様に――泣くと良い。」

    「あ……あああああああああああああああッッッッッッ!!!!!!!」


    神様は私の願いを聞き入れてくれませんでしたけど、代わりに一つだけ掛け替
    えの無い物、お金も、服も、何もかもを失った私を優しく受け入れてくれた人。
    ぶっきらぼうだけど優しくて、そして強くて、私に手を差し伸べてくれた男性。
    純粋に私の事を心配してくれて、一緒に来るかと言ってくれた……兄。
    『クレイル=ウィンチェスター』と名乗った男性と出会わせてくれました。





    ハンターのお仕事
    第四話「必然の偶然・4 〜青い空の下で〜」




    「……嫌な……夢……だったな……。」


    ファリルは気が付き、そして寝かされているベッドの横にあるサイドボード。
    いつも自分が寝る前に読んでいた本等を置く為に購入し、設置してあるソレの
    上に置かれた書置き、少しクセのある――クレイルの文字の書置きを発見して
    手に取り、見てみる。

    『街の修理に駆り出される。恐らく広場に居ると思われる。』

    等と偉い短絡的に事実だけ記載された書置きを見たファリルは苦笑し、起き上
    がると、兄が着替えさせてくれたのだろう寝巻きを……兄が着替えさせて?
    そう考えると体中が熱くなるのを感じるし、恐らく顔も真っ赤だろう事が自分
    でも理解できる。……止めよう、深く考えるのは。
    ファリルは頭を振り、考えるのを止めて――ふと、服の中の自分の胸を見る。


    「………はぁぁぁ………。」


    深くため息を付いた後、ベッド脇に立てかけられていたクラウストルムを手に
    ファリルは兄が居るだろう場所へと向かう。……天気は快晴、真っ青な青空が
    広がっていた。



    ――――広場

    先日の魔物襲撃事件にて街の被害の方は――大して被害は出てなかった物の
    やはり見過ごせない損傷などもあるので、町中の人間が木材・石材を持ち出
    しては加工し、誰の店、公共の物、何でも構わずに手当たり次第に修復作業
    を行って、元の姿に戻そうと頑張っていた。
    ……そして、その中に例の二人、凸凹コンビの姿も当然の如く見られる。
    勇はバカ力を駆使して材木や重たい石材をあちこちに運び、クレイルは大剣
    で木材を寸法通りに切り出し、大小様々な材木を切り出している。


    「……勇、こっちの材木を武器屋の前に持ってってくれ。」

    「あいさー。キリキリ働きますさね。」


    クレイルが切り出した材木を丈夫な麻袋に放り込み、長い材木は抱え上げる。
    結構な重さがあるはずなのだが、当の本人は別に気にする訳も無く、平気で
    抱え上げ、そのまま鼻歌交じりに歩き、目的地へと進んでいく。
    ……先日のダメージが全く残っていないのだろうか、等と思ってみるクレイ
    ルだが、恐らく彼にダメージは残っていないだろう事を悟り、ため息をつき
    ながら自分は大剣を振り下ろし、材木を両断し続ける。


    「おう、クレイル。こっちは運び終わったぞ。」

    「む、そうか。……少し待て、こっちももう直ぐ斬り終わる。」

    「早くしてくれ。……時間があると見なされたら、エルリス嬢に連れ戻される。」

    「……な、何かあったのか?」


    初めて見る勇の苦虫を潰したような、そして滝の様な幅広の涙を流している。
    そんな『異様な』表情を見たクレイルは汗を流しつつ、一応何があったのかを
    聞いてみる事にした。……どうせロクな事ではないだろう、とは口に出さない。
    クレイルがそう言った瞬間、勇は眼を『キュピーン』と光らせ、愚痴る相手が
    出来たと内心で喜び、クレイルが口を開こうとした瞬間に溜まった鬱憤を開放。
    全台出玉大解放!と言わんばかりにマシンガントークを開始した。


    「エルリス嬢ともう一人、双子の妹のセリス嬢とこの世界の言葉について勉強
     してるんだが、教育がメタクソなスパルタでね、ちと参ってるんだわ。
     有難い、確かに有難いが、出される課題を終わらせないと飯のグレードが落
     ちるとか言う激しすぎる程に厳しいオマケ付きでね。」

    「そ、そうか。頑張って―――」

    「こっちは十二分頑張っとるわ!でもなぁ、缶詰でビシバシ叩きこまれれば
     入るモンも入らん!!覚えとるモンも弾みで抜け落ちる!!それで課題が
     出来なければ飯のグレードはがた落ち!昨日はご飯一杯に漬物だったわ!
     ……解るか?解るか!解るくぁッ!!俺のこの気持ちがぁぁぁぁぁ!!」

    「だぁぁぁぁッッ!!解った!解ったから寄るな!暑苦しい!!」

    「解るか!解るんだったらどうにかしてくれ!!俺の食糧事情を解消してく
     れるよな、頼れる相棒、敬愛すべき心の友よ!!」

    「俺に出来る問題じゃねぇだろ!!お前でどうにかしろ、ってか
     何だよ、相棒だの、心の友だのと……俺が何時、そんな風になった!?」

    「何を言う、この間の戦いで互いに背中を預け、死線を越えた仲じゃないか。
     ……そうかそうか、言葉に出すのが照れるからそうやって照れ隠しを?
     ええい、このツンデレめ。」

    「誰がツンデレだ!?」


    ギャーギャーと何やら漫才の様な『何か』が始まり、街の人達は二人に注目。
    下手な漫才師やコメディアンよりも余程面白い二人の言い争いを見て笑う。
    最早、街の住人にとって彼ら二人の漫才的やり取りは名物と化してしまった。
    今では彼らのやりとりを見て『今日も一日が始まったな』等と言う人物まで
    出てくる始末であり、彼ら二人、凸凹コンビは人知れず愛されているのだ。
    二人がいい感じで漫才(?)を繰り広げていた頃、人ごみを掻き分ける人物
    が一人、エルリスと同じく――水色の淡い髪を持った少女が居た。
    人ごみを掻き分け、二人の所に辿り着き、勇が驚愕の表情と共に逃げ出そう
    とした瞬間、少女が振り上げた伝家の宝刀、ハリセンが振り下ろされた。


    「……んふふ〜、ボクと姉さんの愛の詰まった授業を抜け出すなんてね。
     ボランティア活動だから許してあげたけど、何を漫才してるのかな?」

    「くおぉぉぉ、こ、これはクレイルが――」

    「ちょ、ちょっと待て!?何で俺も入ってんだよ!!」


    ずばしっ!ハリセンが再び振り下ろされ、とても清清しい音が響き渡る。
    ……今、こうして勇をハリセンで叩いている少女は『セリス=ハーネット』
    勇の下宿先であるエルリスの家に住み、そして彼女の双子の妹でもある。


    「言い訳しないっ!……ほら、速く手を動かすか家に帰るか選ぶっ!
     はやくどっちか選ばないと、今日の晩御飯はカップ麺にするからね!!」

    「うおおおおッッッ!!?ま、マジすかぁぁぁぁッッ!?」

    「……つきあってられん。」

    「嗚呼、心の友よ!!俺を見捨てるなっ!?」

    「だから、誰が心の友だッ!?」


    結局、本日の勇の晩御飯のグレードは今まで以上にキリキリ働く事を条件で
    守られ、シャカシャカ動き回り、街中の修復作業に多大に貢献したとか…。
    そうやって勇が晩御飯のグレードを落とさない為に奔走している時、クレイ
    ルは変わらず材木を寸法通りに切り出し、黙々と木材を作り続ける。
    ……修理作業に貢献している事には変わりない、地味なだけで。
    そして手元にある材木を一通り切り終えた後、山積みになった材木に腰掛け
    て持参した水筒の蓋を開け、中の冷たい水を一気に喉に流し込む。


    「……もう、ビックリしたよ。学校から帰って来てみれば、街中大騒ぎ。
     へんな獣は居るわ、すっごい魔力が放たれたのを感じるわで……。」

    「こっちは大変だったぞ。街中の人間は避難してたのは良いが……。
     こう言う時に限ってハンターギルドに登録された傭兵が役立たずだ。
     お陰で俺と勇の二人でアースイーターと、それを呼んだ召喚師と戦う
     羽目になったんだ。」

    「へぇぇぇ……凄いね。」

    「そう言えばセリス、お前は?」

    「ボクは町の人の避難を手伝ってたよ?
     ……あ、ひょっとして何もしてないって思ってるでしょ!?」

    「だ、誰がそんな事言った!?」

    「顔に書いてある!!」


    ずびし、とむくれた――されど可愛らしい表情で指差しながら怒るセリス。
    それにムキになって反論するクレイルだが、反論はおろか意見すら聞いて貰
    えずに脳天にハリセンを振り下ろされ、スパーンと綺麗な音が響き渡る。
    理不尽を感じながらも抵抗はしない、抵抗したら余計にハリセンで殴られる
    事が容易に想像できるから。


    「……あ、兄さんに……セリスさん。」

    「お、ファリルちゃんじゃん。やっほー。」

    「……おはよう。」

    「ど、どうしたの?兄さん、凄く不機嫌そうだけど……。」

    「んふふー、あのね、ファリルちゃんがかまってくれないから―いたぁっ!?
     く、クレイル!?今、ボクに向かって材木投げつけたでしょ!?」

    「黙れアーパー娘が。……妹に変な事を吹き込むな。穢れる。」


    ギャーギャーと喚き散らすセリス。半ばキレ気味の対応を取るクレイル。
    二人を見ながらオロオロしつつ、どこか楽しそうなファリル……。


    「おーおー、何時もの如く楽しくやってんなぁ、兄弟。」

    「誰が兄弟だ!?お前の頭は腐敗してるのか!?」

    「甘いな。腐敗を通り越して発酵して――そして熟成されている。」


    そこに一仕事終えてきた勇が現れ、早速と言わんばかりに場をかき回す。


    「……成る程、だから物覚えも悪いんだね?」

    「違うな。エルリス嬢の教え方は丁寧で解りやすいが――セリス嬢!
     あんたの教え方はスパルタ過ぎてこっちの脳みそが追っつかんとです!」

    「えー。」

    「えー、じゃない!何ですか、課題出来なければ飯のグレードが落ちるって!
     酷すぎる!家庭内暴力、ドメスティックバイオレンス、パワーハラスメント!
     ……なぁ、ファリル嬢!ファリル嬢からも何か言ってやってくれ!!」

    「え……えと……頑張ってくださいね、勇さん。」

    「うおっしゃああああ!!ファリル嬢のはにかんだ可愛い笑顔でやる気倍増!!」

    「ちょ、ちょっと!!ボクの時と対応が全っっっっ然、違うんだけど!!!」


    勇がボケればクレイルが、セリスが突っ込み、そして更に勇がボケ倒す。


    「………はぁぁぁ……面倒な連中だな。全く……。」

    「でも、兄さん……顔は笑ってる。」

    「呆れてるんだよ。」

    「ふふっ……そういう事にしておく。」

    「ぐむ……。」


    ……私は大切な物を幾つも失ったけど――その代わり、掛け替えの無い物も得た。
    皆でドタバタと楽しく騒ぎ、たまに喧嘩もするかもしれないけど、仲直りして
    そして絆を深めて行く。……そんな掛け替えの無い、本当に掛け替えの無い人達。
    私の大切な宝物……。


    「みんなーーーーーー!ご飯出来たから食べよーーーーーーっ!」


    エプロン姿でお玉を片手に皆を呼ぶエルリスの姿を見て、その場に居た全員は腰を
    持ち上げ、食事会場となる……エルリスの家へと向かう。


    「……うん。私は……大丈夫。まだまだ歩ける。」


    そう自分に言い聞かせる様に呟き、前で飽きもせずにギャーギャー騒いでいる皆の
    所へと走っていった……。










    <ファリルがフェイトになって悩みつつ後書き>
     さて、戦闘後の事後処理とインターミッション、そしてファリルの過去。
    何やら詰め込みすぎな感じで、再びいい感じでグダグダっぷりを発揮しています。
    一応、これで私のSSのメインキャラが全員出揃いました。女性過多ですが。
    次回からは――本格的にハンターお仕事に入る勇、そしてクレイルのお話を書こう
    と思っています。それでは、失礼致します。

引用返信/返信
■545 / ResNo.6)  少々暴走している5話
□投稿者/ ロボットもファンタジーも愛する者 -(2006/12/02(Sat) 20:15:47)
    机の上には金属製の――機械仕掛けの魔法の杖が転がっている。
    しかも、杖の先端部分では無くて丸い、何の変哲も無い『柄』
    の部分だけであり、心臓部分となるコアクリスタルの部分はと
    言うと……何故か勇が持っており、広げた説明書を解読しなが
    ら散乱しているパーツを拾っては組み上げて行く。


    「……ねぇ、ボクの杖……まだ出来ないの?」

    「待ちたまへ。俺好みの魔法の杖に仕立ててやるから。」

    「それボクのなんだけどっ!?」


    魔科学の解析が進み、魔力の込められた魔法の杖を量産出来る
    様にと、魔科学を応用して生み出された『ユニットスタッフ』
    と言う――俗な言い方をすれば、プラモデル感覚でホイホイと
    ユニットを継ぎ足して、継ぎ足して行く事で強化改造を行える
    事が可能と言う荒唐無稽、無茶無謀を実現させた杖。
    そしてセリスもこの武器を使っていたのだが、杖の改造が面倒
    と言う理由で『素』のままで使っていたが、この間の一件もあ
    り、杖の改造を行う事に決めて――こう言う事が好きそうな勇
    に話を持ちかけたのは良かったのだが……。


    「何と、そんな素敵な物が――良し、この俺が誠心誠意を
     込めてセリス嬢専用の強力な杖を造ろうではないか!」


    と、この様にのたまい、爛々気分でパーツをどっちゃり買い込
    んで机の上に広げ、鼻歌を歌いながらウキウキ気分で改造して
    いる。
    ……普段、馬鹿ばっかりやってるけど、こうやってニコニコし
    ながら楽しそうに杖を作っている様子を見て、セリスは表情を
    綻ばせ、無意識の内に微笑んでいる。
    そして――偶然にもその様子を見たエルリスが眼を光らせた。
    無論だがセリスはその事に気づいていない。


    「……勇。何、その杖って言うかバズーカ砲みたいなの?」

    「セリス嬢専用杖。その名も『ジャイアントバズ』だ!」

    「既に杖じゃないよ!!」

    「む、ならばHTBキャノンにでもするか?」

    「だから杖じゃないってば!!杖にしてよ!!」

    「む、むぅぅぅ……」


    勇はシュンとなりながら杖をバラし、再びアレコレいじりながら
    パーツを組み立て始め、普通のパーツから珍妙なパーツまで様々
    な物を次から次へと組み込んで行き、今度は杖?っぽい物にはな
    っているが、杖と言うよりはハンマーと言った風貌だろうか。


    「…今度のは前に比べればマトモだけど……ハンマーじゃない。」

    「ご名答。魔法の増幅装置をコテコテくっつけたらそうなった。
     名付けて『魔法のゴルディオンクラッシャー』!」

    「だぁかぁらぁ!!杖にしてってば!!!」

    「うぐ……ま、またダメか……」

    「お願いだからさぁ、真面目に作ってよ……。」

    「ぐむ……す、済まぬ。改造が楽しいモンで……。」


    再びシュンとなりながら――どこか泣きそうなセリスを見て猛省。
    すぅ、と深呼吸した後で眼を見開き、くわ、とセリスを見つめる。
    何事かと身体を強張らせたセリスを見つめた後、勇が机の上に散
    らばるパーツを引っ掴み、高速でパーツを組み立てていく。


    「魔法が使えることは大前提だが詠唱中に敵に懐に潜られた事を
     考えて自衛用もしくは魔力切れや魔法が使えない状況での攻撃
     手段確保の意味を考えるとこの短剣型デバイスを組み込んで手
     段を確保すると共に軟体系モンスターとの戦闘も考慮してパル
     チザンユニットがあったからそれを組み込んで―――」

    「……ゆ、勇?」

    「しかし近接攻撃の手段ばかり考慮するとセリス嬢の魔力を生か
     した魔法攻撃が出来なくなるので本末転倒だが攻撃モジュール
     の数をこれだけに留めれば良いだろうから後は魔法攻撃用に魔
     力増強アンプや魔法を刻み込んだクリスタルの設置を行ってつ
     いでに瞬間的に魔力ブーストを可能にする為にサブクリスタル
     も組み込んで―――」


    眼の色が変わり、ブツブツと呪文の様に言葉を紡ぎながらパーツ
    を拾い上げては『真面目に』コアクリスタル部分に接続、次から
    次へとがちゃこがちゃことくっつけ、機能性と実用性を重視した
    物を造り上げて行く。
    そして勇が手を動かすのを止めた時、彼の手の中には十字架が。
    先端部には幅広で刀身の長い『パルチザン』と言う槍、斬る事に
    も突く事にも優れた能力を持ったソレの形状をしたユニット。
    左右には短剣と呼ぶには短いが、先端部のパルチザンユニットの
    補助として考えれば申し分ない長さの『ダガーユニット』を。
    本体部分にはコアクリスタルの周囲に魔法力増強アンプを意味す
    る緑色のクリスタルが四つはめ込まれ、更にコアクリスタルの下
    部にはめ込まれた紅いクリスタルは略式でも発動できる様にと予
    めに魔法式が刻み込まれた物がはめ込まれ、咄嗟に魔法を放つ事
    も可能となっている。


    「わぁ……綺麗で格好良いね。」

    「少々、遊びすぎた様なのでね。私の本気を出させて頂いた。」

    「……勇、口調が変わってるよ?」

    「おお、こりゃいかん。……どーも俺は真面目モードやシリアス
     になると口調がガラリと変わってしまう癖があってねぇ。
     ……言っとくが、二重人格でも精神分裂症でも無いぞ。」

    「そうなの?……まぁ、良いや。
     ね、ね、勇。この杖の名前、なんて言うの?」


    眼を輝かせているセリスに言い寄られた勇は一瞬考えて……。


    「ディス・アストラナガン。」

    「ヤだよ、そんな名前。」


    あっさり否定されてしまった。


    「―――エターナクロイツ。」

    「……えたーな……くろいつ?」

    「訳すと永遠の十字架。こんな感じでどーよ?」

    「……ん、合格!今日からボクの杖はエターナクロイツ!」


    子供の様に喜びながらユニットスタッフ・エターナクロイツを抱きし
    めているセリスを見た後、ふざけた物を作りすぎた侘びとして勇は余
    っているパーツをかき集め、がちゃこがちゃことくっつけ始める。


    「勇……なに作ってるの?」

    「魔法力増強装置と魔法威力増強アンプが残っているからこれをこうし
     てくっつけて更に其処に追加アタッチメントをくっつける事で本体と
     連結させる事を可能そこに魔法力貯蓄クリスタルを設けて――」

    「……トランスしてる……。」

    「――うむ、完成。」


    ぽい、とあちら側に意識をやっている勇はその手の中にある物。
    エターナクロイツ用の追加パーツ、勇曰く『砲撃補助パーツ』と言う
    物騒極まりないそれを受け取り、セリスは訝しげな表情と共に接続。
    ……十字架型のエターナクロイツにソレが付けられた瞬間、雰囲気は
    一転し、何か――十字架型のランチャーの様になってしまった。


    「……何コレ?」

    「セリス嬢の高すぎる魔法力を生かす為の追加改造パーツ。
     横に伸びてるグリップは左手で保持する為で、パーツ本体は殆どが
     魔力増強、威力増強クリスタルで固められた物で構成。
     大威力の魔法をブッ放せば……並のモンスター位、一撃で消し飛ばせる
     程の威力にまで跳ね上げる事が可能。……脳内カタログスペックだと。」

    「ふーん。……これをくっつければ威力の高い魔法が更に強まるの?」

    「だと思う。テストして無いから何とも言えんがね。」




    ―――草原


    勇の『テストしてないから解らない』発言に触発されたセリスは勇を連れて
    町外れにある草原、何時もファリルとクレイルが鍛錬を行っている場所に来
    て――セリスは勇お手製『魔法力増強素敵アンプ(勇命名)』を取り外して
    『素』の状態にしてヒュン、と軽く振ってみる。


    「使い慣れてるって感じだな。」

    「そりゃそうだよ。ボクだよ?ファリルちゃんに棒術を仕込んだの。」

    「……後でファリル嬢に棒術の参考書でも持っていくか。」

    「ちょっと!?それってどう言う意味だよ!!」


    ムキー、と怒りながら勇は苦笑してセリスが離れ、エターナクロイツを構えた。
    そしてその瞬間に勇はセリスの意図を読み取り、背広のボタンを開け、拳を構え
    て……セリスの攻撃に備える。


    「成る程。限りなく実戦に近い形でエターナクロイツの性能を見極めると?」

    「そうだよ。ただ魔法撃って、はい終わり――って訳には行かないでしょ?」

    「同感。その意見には好感が持てる。」


    ザッ、と勇が一歩踏み出して蹴りを突き出した瞬間にセリスは刃のついた先端で
    勇の蹴りを払おうとして――青ざめた表情の勇が咄嗟に脚を引っ込め、冷や汗を
    流しながらセリスに反論しようと口を開きかけた瞬間、セリスは笑顔で魔法を。
    光の矢を無数に撃ち出して攻撃を仕掛ける。


    「ぬおおおおッッ!?あんた鬼ですかぁぁぁッッ!?」

    「だって、実戦だよ?」

    「だからってねぇ!?普通、ギラギラ光る刃で俺の脚を切り裂こうとするか!?
     殺傷能力のある魔法を撃ってくるか!?あんた俺を殺す気ですくぁっ!?」

    「大丈夫だよ。勇ってコレぐらいじゃ死なないでしょ?」

    「いや、死ぬ死なない以前に僕の心配をしてっ!?」


    涙目で反論している中でも突き出され、なぎ払われるエターナクロイツを回避する。
    しかし、距離は取れない。取った瞬間に魔法攻撃が飛んでくるし、このお嬢様は
    無邪気な可愛らしい笑顔で『態々、速射性の高い魔法を選んで』撃って来る。
    その事を理解している勇は至近距離で攻撃を回避し、何とかエターナクロイツの柄
    を掴もうと必死になるが、セリスはソレを許さない。


    「――っ」

    「やりにくそうだね?……でも、これが実戦なの。特に、使い手って言うのかな?
     そう言う人達との戦いだね。」

    「……セリス嬢、何が言いたい?」

    「つまり、君は戦士として未熟って事。」


    がこんっ!とエターナクロイツが弾かれ、勇の眼が思いっきり鋭くなった。
    見れば勇の表情は冷ややかな、そして確実に腸が煮えくり返っている感じが見受けら
    れ、対するセリスもまた緊張した表情、まるで――戦いに行くかの様な表情で勇を見る。


    「……セリス嬢。」

    「構わないよ。ボクの顔面、思いっきり殴りたいって感じだもの。
     ……うん。その両手の不思議パワーに酔ってる君に負けるつもり無いから。」

    「――――」


    勇は背広を脱ぎ捨て、身軽になり、同時にネクタイも放り投げて完全戦闘思考で起動。
    目の前の少女、自分が作ったエターナクロイツを握り、冷ややかな表情を向ける少女に
    向かって行くと、迷わず彼女の顔面に、理性のある大人が取る行動ではない行動を起こ
    し、綺麗で整った顔に拳を――めりこませる前に目先2cm前をエターナクロイツに装
    着したパルチザンユニットの切っ先が通り過ぎた。


    「―――ちっ」

    「本能だけで行動する魔物なら今の君でも――大抵は倒せると思うよ?
     でもね、ハンター家業をやるんだったら当然、人と戦う事だってあるの。」

    「―――ふっ!」


    再び跳躍し、素敵パワー全開の勇に対して容赦ない魔法攻撃を浴びせかけるセリス。
    速射性重視の魔法だが威力が全く無い訳ではなく、それどころか威力は彼女の含有する
    魔力によって底上げされており、弱い魔物ならば一撃で屠れる威力を秘めている。
    ……勇はそんな弾幕をかいくぐり、強引に突破すると右腕を振り上げて――振り下ろす
    前にセリスの得物によって捌かれて、勇自身が取り付けた石突部分で突き上げられる。
    右腕に突き刺すような痛みを感じるが――我慢、咄嗟に杖の柄を掴んで引き寄せ――。


    「甘いね、魔法は何も杖から出すって物じゃないよ?」


    突き出された掌から魔法が、衝撃波が炸裂して勇は吹っ飛ばされた。


    「ごっは……!」

    「……うん。魔法の威力も増強されてるけど、簡単に人を殺せるって程じゃないし。
     杖の重さも悪くない。槍としても使える。……問題ないね。」

    「……ぐっ……!」


    ヒュンヒュンともう二度程軽くエターナクロイツを振った後、手で目元を多い、仰向け
    で倒れている勇を見て――セリスは近づき、しゃがみこむが勇は起き上がろうともせず
    に倒れたままで……良く見れば嗚咽の様な物が聞えてくる。


    「……くっ……そ……畜生……が!」

    「……ボクに負けたの、悔しいよね?」

    「………!」


    口を開けばセリスを罵倒してしまう、と勇は悟り、そして敗者は何も言う権利は無い。
    その事を理解していたから勇は何か言いたくなる感情に必死に耐えて、セリスの言葉に
    耳を傾け、どんな事を言われようとも受け入れるつもりでいた。


    「でもね、このままだと勇、遅かれ早かれ壁に当ると思うんだ。
     ……うん、勇はね弱くないよ。でもね、力に頼り切った戦いしてるの。」

    「…………」

    「クレイルとかから聞いた話から推測して、ドンピシャだったね。」


    何をする訳でもなく、悔しさで泣いている勇を馬鹿にする訳でもない。
    ただ、ただ勇に優しく話しかけ、頭を撫でながら言い聞かせていた。


    「……ただ力を使うんじゃなくて、技術とか覚えたら勇はもっと強くなるよ。
     うん、それは絶対だと思う。」

    「……セリス嬢に……負けた分際で……!」

    「誰だって負けた事位あるよ。喧嘩でも何でもね。
     ボクだって学校の武術授業で男子に負けた時、凄く馬鹿にされたよ。
     ……悔しかったからボクは棒術とか槍術とか自分で覚えて、物にしてね。
     それで、ボクを散々馬鹿にした男子全員ボコボコにしてやったよ。」

    「………」

    「負ける事なんて悪くないよ。問題はその後。
     ……そうだね、もしも勇が今まで以上に強くなりたいなら
     ボクで良ければ付き合うからさ、一緒に頑張ろう。ね?」


    目元を覆っている手を剥がし、涙で腫れている勇の眼を覗き込む翠と蒼の瞳。
    その瞳に覗き込まれた時、勇は自分を振り返って―自分が力に酔っている事を悟る。
    素敵パワーに身を任せて大暴れして、偶然にもそれが良い方向に傾いただけだった。
    ……セリスの様に、本物の技術を身につけた者と戦えば直ぐに地金を晒す様な剣。
    それがへし折られた事は……ある意味、幸運なのだろう。
    自己を見つめなおす事が出来たのだから。


    「……そうだな。今回、己が技量の程を確認できたのは幸運に思う。」

    「うん。自分の悪い所を素直に認める所は良い事だよ。」

    「でだ、セリス嬢。俺が素敵パワーを使いこなせる時が来たら、再戦願いたい。」

    「解った、楽しみに待ってるよ。……それと」


    くるり、とセリスは勇に向き直り、とびっきりの笑顔でこう言った。


    「エターナクロイツを造ってくれて有難う。
     この杖、大事にするからね!」


    ……まぁ、この笑顔を見れただけでも良しとしよう。
    勇はセリスの無垢な笑顔を見て顔を赤らめると同時に――強くなる、と心に決めた。





    <さて、妙なフラグが立ちそうだと冷や汗を流す後書き>
     何だか妙ちきりんな話になりそうですが、如何でしょうか皆様?(マテ
    今回は勇がぶち当たる始めての壁、力を手にした物がぶち当たるだろう敵。
    『それ以上の強さを持った者との邂逅』を描いて見ました―が、何かセリス嬢が
    真面目に強くなりすぎてる気がしないまでも無く、少々反省しております。
    次回は――クレイルとファリルの話でも、等と思っています。



    <オマケ>

    「やぁ、皆様。ご機嫌麗しくて恐悦至極、空腹 勇、もとい空原 勇でございます。
     さてさて、今回のお話で出てきたユニットスタッフについて説明しましょう。
     まず、この武器の特徴は――


    1.コアクリスタル部分と柄(長さが選べる。)があるだけでも良い
    2.別売りパーツをくっつける事で強化改造が可能。
    3.パーツのつけ方次第では訳の解らん姿になる事もある


     とまぁ、こんな感じですね。ざっと説明するなれば。
     なので魔法の杖、と言うよりもプラモを作って改造してる様なモンと思えば良い
     でしょう。……値段がメタクソ高い、超高級なプラモですがね、考えれば。
     そして、この杖にくっつけられるパーツについて説明しましょう。


    1.物理攻撃ユニット
     はい、そのまんま――剣だの槍だのとか言った武器をモジュール化した物です。
     これをユニットスタッフに接続取り付けを行う事により、近接攻撃や魔法が使え
     ない状況でも攻撃手段に困る事はありません。

    2.魔法力、魔法威力増強ユニット
     ルーンを刻んだり、上記効果のあるクリスタル等を埋め込んだ物をモジュール化。
     労せず魔法威力や魔法力を高める事が出来るため、人気商品となっています。

    3.魔法珠
     呪文を刻み込む事で魔法発動までの時間を極端に減らす事が出来るパーツですな。
     これも結構な人気があって品薄なので、入手に時間が掛かりますな。

    4.その他
     フォアグリップだとかスコープとか、つける必要があるのか解らない物ですねぇ。
     私のような好事家でも無い限り、付けることはまず皆無ですな。


     これらをコテコテくっつけて造る。組み合わせは無限大!!
     剣の形だろうが、槍だろうが、斧だろうが何でもござれ!!!
     それがこのユニットスタッフなのですよ!」

引用返信/返信
■548 / ResNo.7)  大暴走六話
□投稿者/ ロボットもファンタジーも愛する者 -(2006/12/05(Tue) 11:47:22)
    手に白銀の輝きを放つ細身の戦斧を握るのはファリル。
    その前には十字架を模した槍の如し杖を構えたセリス。
    二人は一切動かず、そして僅かな隙を探そうと精神を
    集中させて――先にファリルが行動を起し、跳躍。
    セリスに迫ると手にした白銀の戦斧、クラウストルム
    が変化したソレを袈裟斬りの形で振りぬいた。
    銀の閃光、切断の力を十二分秘めたその一撃をセリス
    はエターナ・クロイツで打ち払い、カウンターで石突
    を突き出すが――ファリルは身を捻って回避する。


    「……お宅の妹さん、本当に12歳?」

    「学校では一番強いと通知表にはあったな。」


    セリスの突きを避けたファリルは捻った身体を戻しな
    がら遠心力を利用し、殴りつける様な形で戦斧の刃を
    叩きつけ、怯ませるなり吹き飛ばそうとする。
    横一閃に振るわれたクラウストルムの刃に対し、エタ
    ーナ・クロイツの刃を突き出して止めると、下に払う。
    『きゃっ!』と言う悲鳴と共に体勢を崩したファリル
    に対し、発動時間の短い魔法を放とうとするが――
    出来ない、ファリルが無理な体勢だがクラウストルム
    を咄嗟に突き出して詠唱を妨害、互いに体勢を整える
    ために一旦距離を取る。


    「何で俺の周りには人外魔境が揃うかねぇ。」

    「そのトップを突っ走るお前が何を言う。」

    「馬鹿言え。俺は人外魔境じゃない。超越者だ。」

    「脳の醗酵具合がな。」


    ファリルは左手を振るい、自身の周囲に四本の魔力剣。
    サンダーソードと言う魔法を展開し、セリス目掛けて
    発射した。……一斉にではなく、時間を置いて。
    一本目――エターナ・クロイツで弾かれる。
    二本目――セリスが回避行動を行って無効化。
    三本目――何とか回避できたが、体勢を崩した。
    四本目――迫ってきた最後の一本に魔法を当てて相殺。


    「いやー、凄い動きだわな。」

    「魔導師に全然見えん。」


    体勢を立て直したセリスは――攻撃に出た。
    上下左右からエターナ・クロイツの刃を突き出す。
    だがファリルはそれに応戦して戦斧で迎え撃つ。
    白銀の閃光と金色の閃光がぶつあり合い、火花が散った。


    「ところで俺等は何してるんだ?」

    「気にするな。俺は気にしない。」


    目の前で得物をガンガンぶつけて戦う魔法戦士二人を見て
    勇とクレイルは湯飲みに注がれた温い緑茶を飲んだ。





    ハンターのお仕事
    第六話「散財は人間に備わる必要悪です」





    ―――数分後


    「ん〜……細身の戦斧になったのは良いけど、ファリルちゃん
     の今の腕力だと、その――変化したっぽいクラウストルムに
     振られちゃうんだよね。」

    「……理解――してます。」

    「うん。でも、太刀筋自体は鋭いし、ポールウェポンの戦い方
     の基本も出来てるから、後は得物に振られない筋力をつけれ
     ば振られずに、クラウストルムを振り切れるね。」


    模擬戦――と呼ぶには激しすぎる戦いが終わった後、セリスは
    今現在のファリルの問題点を指摘し、得物に振られない腕力を
    身に付けることを言い渡した。
    ファリルの方もセリスの助言、苦言を真摯に受け止めて心に刻
    み込み、今後の対応を頭の中で組み立て、自己鍛錬方法を作り
    上げる。


    「後はそうだね。ファリルちゃん、高速の近接攻撃型だから…。
     勇、街の防具屋に行ってファリルちゃんの装備、見繕って!」

    「あいきた。」

    「ただし、変な装備とか買ってきたらシバくからね。」

    「うわ、俺って信用無ぇなぁ。あーあ、俺のガラス細工の――」

    「勇はそんな繊細な心を持ってないから安心して。」


    セリスの問答無用の集中砲火を食らった勇は腹いせに近くに落ち
    ていた棒切れを拾ってセリスに投げつけ、そして棒切れが直撃し
    たセリスはブチ切れてエターナ・クロイツを振り回し、魔法をド
    カドカ撃ちながら勇を追い回す。
    逃げ回る勇、キレて追い回すセリス、オロオロするファリル。
    三者三様の対応を見たクレイルはお茶を飲みながら一言。


    「平和な連中だ。」


    ズズズ、とお茶を飲み干した瞬間に勇がセリスの魔法で吹っ飛んだ。


    *・*・*


    ドタバタの騒動が収まった後、一向は防具屋へと出向き――
    何と言うか、ファリルにとっかえひっかえ防具やら服を着せ替える。
    この作業には何故かエルリスも同行し、セリスと一緒にアレコレ言い
    ながら服を着せて――防具を選ぶ、と言う名目で遊んでいた。


    「姉さん、こっちの服もファリルちゃんに似合うと思わない?」

    「えー……私、こっちだと思うな。フリルとかレースがついてるし。」

    「あー……確かに。クレイル、こう言う服好きそうだもんね。
     ほら、メイド服とか――いたぁっ!?く、クレイル!?
     マネキン投げつけるなんてどう言う了見なんだよっ!!」

    「気にするな。俺は気にしない。」

    「ボクが気にするのッ!!」


    ……そんな喧騒の中、ファリルはセリスの言葉を反芻して…防具屋な
    のに何故か飾られ、しかもガラス張りのショーケースに封印されてい
    るメイド服をじ〜っと見つめ、脳内で極彩色の妄想を膨らませ、顔を
    真っ赤にする。
    きっと彼女の頭の中では大好きな兄に『あーんな事』『こーんな事』
    をされつつも、優しく扱ってくれる事を想像しているのだろう。


    「――高機動近接格闘型魔法戦士のコンセプトで行くなればやはり
     防御力を少々落とす事になるが機動性と運動性を重視して動き易
     くそれでいて最低限度の防御力を両立させた装備になるから基本
     的には金属性防具の多様を避けて皮革や布で作られた防具で纏め
     るしかないしファリル嬢の体力腕力等も考慮して―――」


    三者三様で騒いでいる中、勇はトランスしつつファリルに似合う。
    それでいて機能性と防御力を両立出来る様な防具を選んでいく。
    どうせ資金はクレイル持ちだと言う事もあり、遠慮なく高額だが
    性能や防御力の高い物を『徹底的に』買い物籠に放り込む。
    ……一通りの防具を籠に放り込んだ後、トランス状態の勇は妄想
    モード全開中のファリルに歩み寄り、肩に手を置く。


    「わひゃっ!?」

    「ぬぉっ!?」


    いきなり『ビクッ!』と体をこわばらせ、素っ頓狂な声を上げた
    ファリルに勇も驚き、トランスモードは強制解除、通常モードに
    移行すると――咳払いして、彼女に買い物籠を手渡した。


    「あ……あの、これは……?」

    「ファリル嬢に似合う様な、それでいて防御力と機動性を考えて
     防具を選んでみた。一度着てみて――何か問題、不具合がある
     なら言ってくれ。選び直すから。」

    「え――でも、折角選んでくれたのに――」

    「気にするでない。俺も十分楽しんでるし……
     あっちで騒ぐ水色姉妹、妹そっちのけで防具見ている兄が
     何もしないから俺位は真面目にお仕事をしよう思うてね。」

    「あ――ありがとうございます。」


    微笑みながら試着室に入っていくファリルを見た勇はマジマジと
    ロングコートを眺めているクレイルに蹴りを一発叩き込み、不機
    嫌モードまっしぐらで振り向いたクレイルの目先に指を突き出す。
    何か勇が放つ雰囲気に呑まれたクレイルは訝しげな表情を浮かべ
    て、困惑しながら言葉を発した。


    「な、なんだよ……」

    「このお馬鹿!こう言う時ぐらい、お前がファリル嬢の物を
     選ばなくてどーするよ!?ファリル嬢もお前に選んで欲しい
     ってオーラを出してたの解――る訳無いよなぁ。」

    「???」

    「スマン、俺が悪かった。様はお前がファリル嬢の防具を
     選んでやるべきだって訳?OK?どぅーゆーあんだーすたん?」


    『ゴゴゴゴゴゴゴゴ』やら『ドドドドドドドド』と言う謎の効果音
    を背後に浮かべる勇の雰囲気に圧倒されたクレイルは頷き、ファリ
    ルに似合う防具を選び始め――そして『良し』と呟き、頑丈そうな
    鎧に手をかけた瞬間、後ろで監督していた勇のハリセンが閃く。


    「……お前……」

    「アホか己は!!ファリル嬢がプレートメイルなぞ着れるかぁ!」

    「いや、しかし防御力を補うという観点では――」

    「鎧の重さでファリル嬢が潰れるわ!」

    「――む。」


    言われてみればそうか、等とホザいたクレイルの脳天に素敵パワー
    を宿らせたハリセンを振り下ろし、素晴らしい音が店内に響いた。


    ―――数十分後


    セリスとエルリスの籠の中にはファリルの防具ではなく――服。
    それも極大量に放り込まれており、クレイルは二人に反論するも
    女性二人のマシンガントークの前に屈してしまい、渋々ながら極
    大量の服を買う羽目になってしまった。……しかも、値段が高い。
    勇に珍しく助けを求めようとしたが、彼は既にいない。
    代わりにクレイルの近くにメッセージカードが刺さっていた。

    『まだ見ぬ何処かへ旅立ってくる by夢追い人』

    等と描かれたそれを問答無用で握りつぶし、ゴミ箱に投げ捨てる。
    肝心なときに役に立たない奴だ、等と思っていた所で――
    開かずの間と化していた試着室のカーテンが開き、防具を身に付け
    たファリルが出てきた。

    ――両手にはミスリル銀のグローブ

    ――所々鎧の様なパーツがつけられたジャケットにスカートを身に付け

    ――最後に柔らかくたなびくマントをつけた少女。

    例えるならば戦乙女、とでも言おうか?
    顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしながらファリルは出てきた。


    「―――ふふふ、やはり俺の選定眼に狂いなし。
     『俺様のインサイトに見抜けない物は無い!』ってか?」


    何時の間に帰って来やがった、夢追い人。


    「……ど、どうかな……兄さん?」


    もじもじしながら上目遣いで兄に、クレイルに感想を聞くファリル。
    ……この手の感想が一番困る、と思い周囲に助けを求めるが……。

    『俺より強い奴に会いに行く by勇』

    『本当の自分を探しに行く  byセリス』

    『夕飯の支度の為に戻る   byエルリス』

    そんなカードが刺さっており、本人達は既にトンズラかましている。
    ……あいつら今度会ったら殴ってやる。しこたま殴ってやる。
    クレイルは心の中で決定し、不安げに見上げるファリルの頭に手を
    置くと――柄でもないが、と思いながら感想を口にした。


    「――似合っているし、可愛いぞ」

    「――!!、兄さんッッ!!」

    「うおぁあぁぁッッ!?」


    満面の笑顔を浮かべたファリルに抱きつかれ、思い切り後ろに倒れか
    けるが何とか踏み止まり、ファリルを抱きとめるクレイル。
    店内に居た客や店員が彼ら二人に笑顔を向けると共に『何故か』拍手
    を送られ、クレイルは困惑し、ファリルは構わずに甘えている。

    ――そんな状況を遠眼で見つめる三つの視線……。


    「うんうん、これで一歩前進かな?」

    「でも、セリス……おせっかいも焼きすぎると逆効果だよ?」

    「解ってる解ってる♪ボクはそんな愚を冒すと思う?」

    「間違いなくやりそ――嘘ですごめんなさい。」


    幸せそうに兄の胸で甘えているファリルを見て満足したのか、水色と黒
    は笑顔で帰宅した―――。






    <早くも給料を使い切りそうでヒヤヒヤしている後書き>
     今回のテーマはファリルとクレイルですが、仲が一向に進展しないので
    強制的に一歩進んだ関係にしてみました。……ネタが暴走しているのは
    スルーの方向でお願いします。
    さて、ファリルのクラウストルムが進化した理由は次回で語ろうと思います。
    ……そこ、バル○ィッシュ・ア○ルトとか言うな、フェイ○とか言うな(ぁ
    そんなこんなでもう六話、SSを投稿し始め、皆様からご感想を頂いて
    充実しています。
    作者が暴走したSSですが、これからもよろしくお願いします。



    <おまけ>
    友人『……バルディッシュ?』

    私『言うな。』

    友人『ハマったんだな?』

    私『………』

    友人『まぁね、フェ○トは『守ってあげたいオーラ』出してるし
       大人しいし、おっとりだし、少し気弱だし、でも高機動格闘系。
       得物は巨大な剣に変形するし、振り回す。
       ……完全にお前のツボを突きまくってるよな?』

    私『あ、あんたって人はぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!』


    ―――力が無いのが悔しかった……(謎
引用返信/返信

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■533 / 親記事)  交錯
□投稿者/ ジョニー -(2006/11/21(Tue) 22:02:50)
     地獄、言葉にするのは簡単だが実際にどんなものかと問われれば答えるのは難しいもの。
     しかし、地獄絵図を実際に現せと言われたのならば、それは比較的楽に見せる事が出来るだろう。
     戦争、病、飢饉……この世に地獄絵図を現す事の出来るものは溢れかえっている。
     その中でも、もっとも地獄絵図をこの世に描ける存在がある。

     それは―――人間だ。

     地獄絵図を描く為の材料としても、地獄絵図を描く作者としても人間以上に優れた存在はそうそういないだろう。


     そこも嘗て、地獄絵図を描いていた。
     地獄絵図の中では穏やかな方であろうが、しかしながら一般的に見て地獄絵図には違いなかろう。


     身体を脳を切り刻む実験、実戦といっても過言ではない訓練……それらには常に死の危険が潜んでいた。
     実際に数多くの命が消えた。そして消えた命を補充する為に送られてくる不運な生贄達。


     彼女はその中でも生き延びた。
     己は古き記憶とその身に刻むべき時を代償に、仲間といえる生贄達を訓練で殺していきながら。
     得たものは押し付けられた力のみ。失ったものは余りに多く、得たものは少なく……それでも彼女は命を失う事はなかった。
     この世にヒトによって作られた地獄絵図を、彼女は生き延びた。















     肩に触れるぐらいの長さで切られた新雪の様に無垢に白い髪、天に広がる青空の様に澄んだ蒼い瞳。
     まるで人形のような容姿をした14歳程であろうその少女は、首輪にメイド服という少々保護者に様々な疑惑が掛けられそうな服装で街を歩いていた。
     ふと、その足が歩みを止めて不意に周囲を見回す。すると、注意深く見ていないとわからないぐらいに、ほんの僅かに表情が歪む。

    「迂闊……」

     近くに寄らなければ聞こえないぐらいの小さな声でポツリと呟く。その声には隠し切れぬ程の己への苛立ちが隠されていた。
     それは己の未熟、不甲斐無さ、不注意、油断…様々なものを嘆く声だった。
     暫し後、彼女は周囲に気付かれぬ程の小さく溜息を付くと、ポケットに手を入れた。

     そして、ゆっくりと抜き出された指先に二つに折られた紙が摘まれていた。
     彼女はその紙を油断なく開き、中を見て…呟く。

    「道に迷った…………」






       交錯
          プロローグ




     彼女、メア・シブリュートは結局その後迷い続けて、エルリスと名乗る女性に助けられた。
     この街に住んでおきながら迷うとは少々情けないが、ずっと住んでいた訳ではないし、あの辺りは立ち寄った事がないし、普段お屋敷から余り出ない所為だろうと自己弁護もとい自己完結していた。
     ともあれ、頼まれたお遣いは完了したので後は屋敷に帰るのみ。

     そのはずだったのだが………

    「一体、なに……?」

     小さく首を傾げて呟く。
     目の前の路地に人だかり、なにやら喚き声なども聞こえてくる。

    「おや、メアちゃんじゃないか」

     不意に掛けられた声に反応して振り向くと見知った恰幅のいい中年女性がいた。
     確かメアのような住み込みのメイドとは違う、通いの仕事人の一人だったはず。
     そう思い出すと同時にメアはペコリと頭を下げて挨拶する。

    「お遣いの帰りかい? 偉いねぇ」

     目を細めて微笑みながら言うおばちゃん。外見と違い二十代前半だと何度か指摘したことがあるが未だに信じてもらえていない。

    「……これ、は?」

     とりあえず複雑な気分になる言葉はスルーして、目の前の人だかりを見ていう。
     するとおばちゃんはしかめっ面になる。

    「喧嘩らしいわねぇ、まったく…天下往来で昼まっから……お陰で通れやしない。誰か止めてくれないかねぇ」

     喧嘩、つまりこの人だかりは野次馬ということだろう。
     今のところ誰も止める気配はない。いや、既に誰かが衛兵かなにかを呼びにいっているとは思うが道を通れないのは迷惑だ。
     この道を避けるとなると屋敷への道のりはかなりの遠回りになる。ただでさえ道に迷って余計に時間を喰ったのにこれ以上のロスは可能な限り避けたい。

    「止めれば、いいの」

     自分で導き出したその答えに納得してメアは一つ頷くと制止する中年女性を無視して人だかりの中に潜り込んで行く。


     人だかりを抜けると、そこには背中に剣を背負った旅人風の男と如何にもなガラの悪そうな男が4名いた。
     どうやら、この5人が喧嘩をしているらしい。
     旅人風の男がなにやら弁解しながら攻撃をよけ、ガラの悪い男達が頭の悪い言葉を吐きながら殴りかかっている。
     喧嘩というより一方的にイチャもんを付けているようだ。何もせずとも恐らく旅人風の男が勝つだろうがその男は一切手を出してない。オマケに人だかりが邪魔で逃げる事もできない状態らしい。

     一通りの現状認識を済ませた後、メアは己の意識を己が内に沈める。
     己が内で使えそうな魔法をリストアップしていく、即座に半数以上を却下する。
     あそこで覚えさせられた魔法は大半がこの場で使うには威力が大きすぎる。あそこの目的上、それは当然の事とも言えるが。

     僅か数秒でこの場を止めるのに使えそうな魔法が数個脳内で該当した。
     そのうち、一つを選択。他は万が一があり得るが、これならば恐らく大丈夫だろうと思うものだ。
     それでも念のために、威力を絞るに絞る。普通なら役に立たなくなるぐらいに。


     小さく呪文を詠唱する。しかし、それを人だかりの騒音に紛れて誰も気付かない。
     メアは己の脳に刻まれた呪文が展開してメイド服に隠された皮膚に刻まれた魔方陣が淡く輝くのを感じた。
     押し付けられた力、望まぬ力……そして、この場でも不要な力はメアの意思に反して発現する。

     旅人風の男が、ぎょっした表情で此方を見た。
     微かに驚く、身なりからして…というより背中の剣からして剣士かと思ったが魔法の発現に気づいたらしい。もっとも、もう遅い。

    「――――」

     メアの口から呪文の最後が紡がれる。
     同時に5人の頭上から大量の水が降り注ぎ、5人纏めて押しつぶす。


     一瞬の沈黙の後、辺りは蜂の巣を突いたような大騒ぎになる。

    「任務、完了?」

     その騒ぎに、少々やりすぎたかと思いながらもメアは呟き、誰に尋ねるでもなく首を傾げた。












      あとがき、というか言い訳?

    えー、どうも初めましてジョニーです。
    さて、とりあえず初カキコとなるわけですが…ごめんなさい。
    自分の文才の無さを改めて痛感しました。
    台詞少ないわ、文は短いわ………
    次回は何時書けるかわかりませんが、どうか宜しくお願いいたします。
引用返信/返信

▽[全レス3件(ResNo.1-3 表示)]
■535 / ResNo.1)  交錯 0.5話
□投稿者/ ジョニー -(2006/11/23(Thu) 22:20:35)
    2006/11/23(Thu) 23:48:31 編集(投稿者)

     そこでの生活は酷く貧しかった。
     名ばかりの孤児院。居るのは私腹を肥やす大人と奴隷の如く働かせられている子供。
     朝から晩まで働かされて、ご飯は不味く少なかった。
     虐待こそはなかったが厳しい仕事と環境故に死んでしまった子供もいた。
     それでも大人は子供を酷使し続けた。そこの大人にとって子供など金を得る為の道具でしかなかったのだから。

     だから、ボクは……あの時出会ったヒトに付いて行った。
     あの場所を飛び出して、ボクの知るなによりも強く、ボクの知る誰よりも凛としたそのヒトに憧れて付いて行った。

     ボクはあそこから逃げ出したんだ………いや、違う。
     だって、ボクはあの時…確かにあの子と約束した。
     既に町を離れたあのヒトに追いつけるかは小さな子供だったボクにとって賭けだった。
     丁度風邪を引いていたあの子を連れて行くのは無理だったから、だから―――


     必ず     って、約束したから――――――――
















    「……夢?」

     それは酷く懐かしい夢だった。
     果たせなかった約束、今でももしやと思い続ける約束。
     夢にまで見るとは未練だな。と、彼は苦笑しつつベッドから身体を起こす。

    (待て、ベッド……?)

     確かにベッドだ。しかも、柔らかく暖かい……正直自分には縁がないだろう高級品だということが手触りでもわかる。
     パッと目に入る部屋にも見覚えはない。オマケにやはり何処か高級感が漂っている。

    「………起きた?」

     不意に声がかけられ、勢いよくそちらを振り向き……固まった。
     そこに居たのは少女だった。ドアの前に佇むその少女は何処か人形めいた印象を受けが、この際それはいい…問題はその少女の外見だった。
     雪のように白く流れる髪に青空のように澄んだガラス球のような瞳。表面に紋様の刻まれた金属製の首輪、本格的で観賞用ではなくまさに実用の為のものとわかるメイド服。
     そう、首輪にメイド服だ……そんな格好をした可憐な14歳程の少女。正直、一瞬アッチ系の想像が頭に過ぎったがすぐさま打ち消す。

    「え、ぁ………」

     彼がなんと答えたらいいのか迷っている間に少女…メアは返事こそないが彼が起きたと確認して一つ頷きドアを開けて部屋を出て行く。
     バタンというドアが閉まる音に我に返るが、時既に遅し……何の説明もないままに置き去りにされたと気づく。

    「い、一体何なんだ……え、えぇ〜と」

     一人取り残された彼は状況把握の為に必死に記憶を探り出した。






       交錯
          プロローグU





     今日は、そう……ちょっとした野党退治の依頼を受けたのが始まりだ。
     規模は極めて小さく、依頼の報酬も結構よかったので喜び勇んで野党の襲撃場所に向かった……まではよかった。


     ところがその場所についた途端に奇襲を受けた。
     念の為に剣こそは抜いていたが、付いたばかりで張り込みでもするかと考えていたところに襲撃である。
     おそらく自分達を退治する依頼があることを知っていたのだろう。そして返り討ちにするべく待ち伏せしたと、そんなところだろう。
     そして完全に不意を付いた奇襲が成立する。本来ならば、それで彼の生死は既に決定されていたはずだが………

    ≪魔法感知。複数同時襲撃、消去キャンセル不能。抵抗レジスト開始≫

     頭に聞きなれた音声が響く、同時に僅かな頭痛と共にエーテルが相当量消費される。

    「いきなり、かぁ!」

     正面から無数の氷の矢が迫る。咄嗟に両手に握りこんだ…刀身に文字のようなものが刻み込まれたバスタードソードを振るい数本の矢を切り払う。
     が、すべての矢を切り払える訳がなく。幾つかの矢が男の身体を襲う。
     しかし、その内の2本は彼が纏うブレストアーマーに弾かれる。そして残りの矢も彼に幾つのかの掠り傷を負わせるに留まる。
     本来ならば突き刺さるはずの矢もあったが、僅かに喰い込むだけですぐに抜け落ちて力なく地面に落ちる。

     すぐさま、氷の矢が飛んできた方向を見る。
     そこにいるのは5人の男達。今魔法を放ったと思われる奴が3人にブロードソードを持った奴と木こりなどが使うような伐採用の斧を持つ奴が1人ずつ。
     人数は聞いた話と同じだが、明らかに実戦レベルの魔法を使う奴が3人もいるなど聞いていない。
     そんな奴が3人もいるなら、あの報酬では少々安すぎる。
     敵に向かって走りながら騙されたかと思い、小さく舌打ちする。

    「イクシード、接続アクセス!」

    接続アクセス確認。術式検索――≫

     魔法使い3人が下がり、前衛2人が迎え撃つ陣形になったのを認識した瞬間に叫ぶ。
     刀身に刻まれた文字が淡く輝くと同時に頭痛が走る。脳内に幾つもの情報が飛び交うがそれを一つ一つ認識する事は出来ない。ただ、漠然と自分の脳内を探られているという今でも慣れぬ違和感だけが感じられる。

    ≪――術式選択。構成開始≫

     脳が探られる違和感が消えると次は脳内に在る情報の一つが引き出されると共にエーテルが大量に持っていかれる。
     剣が謡うように詠うように唄うようにキィィーンと音を放つ。それは確かに謳っているのだ、剣が呪文を詠唱しているのだ。

     魔法使い達が呪文を詠唱しているが遅い。
     既に此方の術は完成して、剣がイカズチを纏い解き放たれるのを今か今かと待っている。

    (……イカズチ?)

     ふと疑問に思って剣を見る。強力だろう事が見てわかる程、剣がバチバチいっている。

    「げぇっ!?」

     不意に悲鳴染みた声を上げる。持って行かれたエーテル量からかなり強力な術が選択・構成されたのはなんとなくわかっていた。
     しかし、思っていたよりも極悪な術がそこにあることに驚いた。

     これを解き放つかどうか一瞬迷う。
     だが、迷う暇はなくなった。無数の炎の塊が自分目掛けて飛んできたのが見えたからだ。

    「えぇい! 死ぬなよ!」

     炎に向かって剣を大きく一閃する。
     瞬間、


    ドゴォォォォォォォン


     雷音が鳴り響く。
     剣から解き放たれたイカズチは無数の炎の塊をいとも容易く消し飛ばし、直線上にいた5人の男を襲った。

     土ぼこりが収まった後、目の前には感電して倒れている5人が居た。
     どうやら炎を目標にしたのが幸いしたらしく、直撃はしなかったようだ。
     それでも身体が麻痺する程には影響を受けたらしい。

    「んぁー………結果オーライ、か?」

     ロープ確か持ってきてたよな? とか片隅で考えつつピクピクと痙攣している男達を眺めて現実逃避気味に呟いた。




     その後、男達を引き渡して報酬を受け取って街をぶらついていた。
     正直、強力な魔法行使でエーテルを大量に消費したのでさっさと適当に宿を取って休みたい気分だったはず。
     それが何の因果かガラの悪い男達に絡まれた。
     多分、精神的な疲れから肩がぶつかったりしたのだろう。

     それで何故か大事になって、何とか説得しようと思っていたところに。

    ≪魔法感知。消去キャンセル――エーテル不足≫

    (んげぇ!?)

     その音声に、声にならない悲鳴を上げて咄嗟に魔法を感知した方向を振り向く。
     そして、そこにいた白い髪のメイド服の少女と目が合った。

    抵抗レジスト開始≫

    (開……じゃ…ね………よ)

     頭上に現れた大量の水に気づく暇もなく、更にエーテルを搾り取られて気が遠くなるのを感じたのが……記憶にある最後だった。












    「……あぁ」

     そこまで思い出してポンと手を叩く。
     さっきの奇怪な服装の少女はあの時の少女に間違いない。
     つまり、ぶっ倒れた自分をわざわざ運んで来て介抱してくれたということだろう。
     自分の剣―イクシードもすぐ傍に立て掛けてある事からまず間違いないだろう。

    「後で礼言わなきゃな、いや…アレはあの子の所為だから別にいいのか?」

     そんな事で悩んでいるうちに再びドアが開いた。












      ◆あとがき?

     思ったよりは早く投稿できました。
     せ、戦闘シーン難しい…ので、戦闘シーンになってない戦闘シーンになりました。
     話進んでないし……男の名前出しそびれたし。
     ま、まぁそこら辺は次回に回しましょう……
     という訳で、あとがきというか言い訳でした。
引用返信/返信
■537 / ResNo.2)  交錯 第1話
□投稿者/ ジョニー -(2006/11/25(Sat) 21:26:46)
    2006/11/25(Sat) 23:10:04 編集(投稿者)
    2006/11/25(Sat) 22:18:31 編集(投稿者)

     此処に出会いは成った。
     それが意味にするものは何か、それはまだ誰にも分からない。

     過去を悔いる者と過去を失った者。
     未来あすに希望を望む者と未来あすに何の希望も抱かぬ者。
     両者の差は大きく、されど両者にどれだけの差があろうか。
     かくして二人は出会う、それは運命か必然か…はたまた唯の偶然か。

     それは世界にとって小さな出来事、歴史にも語られる事はない、小さな出会い。 
     ただ、その出会いが彼と彼女にとって大きな意味を持つという事は確かだった………
















     「おや、起きましたか」

     扉が開き、報告受けたから来ただろうに少々白々しい言葉と共に入ってきたのは金髪に眼鏡が特徴的な男性だった。
     知的で如何にも貴族です、という服装をしている。恐らくはこの家の主だと思い至り、姿勢を正す。

    「あぁ、そのままでいいですよ」

     彼が姿勢を正すのを見て、男性は気にしないでいいですとばかりにそういった。
     とはいえ、そうもいかないので失礼でない程度に姿勢を正す。

    「この度はうちのメイドがとんだご無礼を……」

     あぁ、やはり彼女は此処の者かと思う。
     同時にこいつがあんな格好をさせているのか? と別種の警戒を強める。

    「あぁ、キミと共にいた者達は余罪が出てきたので憲兵隊に引渡したよ」

     その警戒を勘違いしたのか、男は安心しなさいとばかりにそういった。
     勘違いしているのは、まぁ都合がいいのでそのまま勘違いさせておく。

    (貴方の性癖を疑いましたとは口が裂けても言えんし)

    「正直、キミも憲兵隊に突き出してもよかったのですが」

     バレると危険な事を考えていると、正直ちょっと洒落にならないことを言われてた。
     別に法を犯したわけではないので問題がないといえばないのだが、それでもわざわざ捕まるのは勘弁したい。

    「キミが身に着けていた紋章に覚えがあったのでね、失礼ながら名前を聞いていいかな?」

     そういって男性はベッドの傍に置かれたブレストアーマーを見ながらいう。
     より正確にいうならば鎧に刻まれた狼とつるぎを象った紋章を見ながら。

     そこで彼は、あぁ…と一つ納得する。
     確かに貴族なら知っていても別におかしくはない。逆に知らなくてもおかしくはないが、たまたま前者だったということだろう。

    「私の名前はリオン、リオン・レイオス……おそらくはご想像の通り、レイオス家の者です」






       交錯
          第1話「ハジマリは」






    「あぁ、やはりあの没落騎士の………」

    「え、えぇ…そのレイオスです……」

     名乗った途端の第一声がそれか……
     というか没落とかハッキリ言うな、そのレイオス家の者の前で………

    (それに没落はしてないぞ…没落は、ただ単に王都から辺境に飛ばされただけで……ん? それって没落に入るのか?)


     レイオス家。
     数多くの優秀な騎士を輩出した名家であり、代々王都の護りを任されて時には近衛になった者さえいる代々の王の信頼も厚い由緒正しい家であった。
     そう、あった……過去形である。なんでも祖父の代に当時の王の不評を買ったらしく辺境に飛ばされて久しい。むしろ、一家纏めて辺境行きなので王都追放といえるかもしれない。
     それでも今でも位は剥奪されていないし騎士も出している。それに過去の王に直々に授けられたという家紋も返還を求められていない。
     その辺は不幸中の幸いのというべきかなんというか。
     ついでにいうと紋章の狼は番犬で剣は騎士で王国を王都を王を護る為の騎士という意味から来ているらしい。辺境に飛ばされた今となっては少々皮肉な意味合いである。


    「いや、あの名家も今となっては落ちたものですな。跡取りがこのようなところで」

     まことに遺憾です。と、ワザとなのか素なのか少々判別に困る仕草で首を振る男。

    「い、いえ…自分は跡取りではありませんゆえ」

    (そうだ、俺は跡取りじゃない……その権利もないしな)

     リオンの内心のその言葉に気付くはずもなく、男は一人で納得したように頷く。

    「まぁ、レイオス家なら問題ないでしょう……入りなさい」

    「……?」

     そこで何故レイオスの名が出るのかよく分からずに疑問に思っていると、あの子が入ってきた。

    「今日からこの子の事を頼みます」

    ハァ!?

     唐突に、脈絡もなくそんな事をいわれて驚きの声を上げる。
     失礼といえば失礼だが、この場合多分誰も責めはしないだろう。

    「実はこの子は皿を割るのを初めて色々と問題は起こすわ……正直頭を痛めていたのですよ。そして今日のあの騒ぎ、幾ら温厚な私でもいい加減…我慢の限界でして」

     眉間を指で抑えて青筋が浮かんでいる。
     それは我慢の限界だろうが、話が繋がっていない。

    「それでもあの子は色々問題がありまして………ただ追い出すというわけにいかないのですよ。それに引き取り手も見つかりませんでしたし」

    (あ、なんか嫌な予感が……)

    「しかし、没落したといえ…あの名家であったレイオス家の者なら問題ないでしょう。ですから、彼女の事を頼みます」

    「え、いや……俺は確かにレイオス家だけど引き取るって! そんな権限――」

     既に敬語を使う余裕もなくして素で喋るリオン。

    「それでは上には私の方から伝えておきますので」

     そんなリオンを無視して、にっこりと微笑み男が部屋から出て行く。

    「ちょっ!?」

     慌てて追おうとリオンがベッドから飛び出る。
     が、ドアの前にはあの子が立っている。

    「あ、ちょっと…退いてくれるかな?」

     引きつり気味でお願いをするが、それを聞いていないように少女はリオンを見上げて…言った。

    「クビになった……」

    「い、いや……それは俺の所為じゃないし」

     むしろ、自業自得だろう。という言葉はすんでで飲み込む。

    「クビになった……」

    「いや、だから………」

    「クビになった…クビになった…クビに――」

    「わ、わかった! わかったから!」

     エンドレスに続きそうな予感がしたので慌てて遮る。

    「よろしく、ご主人様……」

    「ご、ご主人様はやめて貰えるかな……リオンでいい」

     嵌められたと内心叫びながら、引きつり気味にいう。

    「わかった、リオン」

    (こ、今度は呼び捨てか……)

     なんとなく、この子の問題の一つがわかったような気がして冷や汗を流す。
     そこでふと少女の顔をじっくりと見て気付いた事があった。

    (似てる……けど、そんな訳ないか…髪の色も年齢も違うし)

    「………?」

     じっくりと観察されて小首を傾げる。

    「あ、いや……そういえば名前は?」

     誤魔化すように聞いて、実際名前を聞いてなかった事にも気付く。
     そして、それぐらい紹介していけよ、おっさん。と内心毒づく。

    「メア…メア・シブリュート」

    (やっぱり違うか……)

     その名を聞いて、分かっていたはずなのに落胆を覚えている自分に気付いて苦笑する。

    「メアか……俺はリオン・レイオスだ。まぁ、よろしく頼む」

    「……よろしく」

     握手の為にリオンが差し出した手をスルーして、メアが頭を下げる。
     リオンが引きつったが、此処に出会いは成ったのであった。



























    オマケ


    「ところで…その首輪は外してくれないか」

     さすがにさっきまで自分があの男に思ってた事を自分が思われるのは嫌なのでリオンがいう。
     が、しかし……

    「……外せない」

    「はっ?」

     メアの一言に間の抜けた声を出してしまう。

    「鍵がないから、外せない」

    「い、いや…鍵ぐらい作れば」

    「魔科学の品で、複製は困難」

     技術の無駄使いだろう! と、声高に叫びたくなったが必死に抑える。

    「じゃ、じゃあ…せめてメイド服を」

    「これと同じ服しか、持ってない」

    (な、なんなんだよ…それは)

     なら、買えば……と思ったがすぐに思い直す。
     金がない。いや、あるにはあるが一人旅が二人旅になるのだ。必要経費は単純計算で二倍だ。
     そうなったら無駄遣いはできない。これは無駄遣いではない気もするが出費は出来るだけ抑えたい。

     そんなこんなでリオンは男が今までのメアの給料(手切れ金?)を持ってくるまでずっと頭を抱えて悩んでいたとか。














     ◆あとがき?

     早めに上げようと頑張りました、実際頑張った。
     が、しかし……こ、今回は今までより更に短いような………
     内容も薄いし、反省……
     次回はもうちょっとマシになるよう頑張ります。
引用返信/返信
■547 / ResNo.3)  交錯 第2話
□投稿者/ ジョニー -(2006/12/03(Sun) 21:09:10)
    2006/12/04(Mon) 20:37:05 編集(投稿者)

     方や魔法を刻む剣を持つ者。
     方や魔法を身に刻まれた者。

     魔剣と呼ばれる剣を持つ者と兵器として作り変えられた者。
     力を自ら手に取った者と力を押し付けられた者。

     それらは似て非なるもの。
     しかし、それは惹かれあうようにして出会った。

     互いがそうと知らぬままに………

















    「さて……あの子、メアについての説明は以上です」

     メアの元雇い主である貴族の男の言葉をリオンは信じがたい思いで聞いていた。
     この男は部屋に戻ってくるなりリオンと二人で話がしたいとメアに退室を促した。
     リオンも言いたい事などがあったのでそれを受け入れたが、男の語りだした事はリオンの想像を超えていた。


     メアは、とある貴族が秘匿していた実験施設の生き残りであるという。
     その施設でどのような事がなされていたかは男も詳しくは知らないらしい、ただかなりの非人道的な実験や訓練が施されていて王国の部隊がその施設に踏み入った時には100名近い実験体のうち生き残りはメアを含めて僅か4名だったいう事からその非道さが窺える。
     その生き残りであるメアは増幅された強力な魔法を行使する強化魔法兵、人間兵器としての実験台にさせられていたらしくメアの身体にはその為の魔方陣が刻まれているという。
     そして保護された4名はそれぞれ信用できる者達に引き取られたらしい。そのような施設の存在そのものが問題であるし、なによりその施設を運営していた貴族が王宮とも繋がりが深い人物だった為にその事を世間に知られぬ為に施設の事を含めて隠蔽されたという事のようだ。
     もちろん、メアも当初はこの男ではなく違い人物…王宮の信頼も厚い人物に預けられたらしいが4人の中でも飛び抜けてメアが常識などに疎かった為にその人物の手に負えずに他の者に預けられた。
     それが何度か続いてこの男の下にメアが預けられて、やはり手に負えずにレオンに預ける事となったと……そういうことだそうだ。
     尚、メアのズレた言動の原因は多感な時期をそのような施設で過ごした為らしい。


    「それは、本当の……事なんですか?」

     知らず知らずのうちに乾いたリオンの口からそんな言葉が零れた。
     
    「はい、我が家名と我らの王に誓って」

     王への忠誠を後ろに持っていくな、と危うく突っ込みかけたのを踏みとどまる。
     別に王都に住んでいるわけでもなく王宮と繋がりが深いわけでもなく、主に忠誠を誓う騎士でもないんでもない貴族なら家名優先の方が多いだろうと思い直したからだ、この辺長旅の経験でもある。
     それにこの男は王国の貴族であるが何故かこの学園都市に屋敷を構えているし。

    「ともあれ、彼女の重要性についてはわかって頂けたと思います」

    「えぇ……」

     そこは素直に頷く。
     下手をすれば反乱の火種になりかねない問題の生き証人。それは確かに王宮にとっては手元に置いておくには不都合があるし、さりとて手放すわけにもいかない存在だろう。
     メア達が秘密裏に消されなかったのは運がいい。もちろん、隠蔽したといえ問題が問題だった故にそういうルートには知られていた為に下手に消すわけにもいかなかったのかもしれないが。

    「結構です……では、くれぐれもお願い致します」

     








       交錯
          第2話「モトメルは(前編)」








     所変わって、現在リオンとメアは現在学園都市の中心である学園…の待合室にいた。



     事の起こりはリオンがメアの事を調べようとした事だが、何せ王宮に隠蔽された問題であるから簡単に調べられるとも思えない。
     よって、単刀直入に聞いたのだが……その殆どが――

    「……知らない」

    「……分から、ない」

     との答えしか返ってこなかった。
     まぁ嘘ではなさそうだった為に諦めて、せめてと思い施設の場所を聞いたがそれも知らないという。

     よって、自力で調べるしかなくなった訳だが……当てが無い。
     王都デルトファーネルに行けば何らかの情報は得られるだろう。しかし、レイオスを名乗る者としてリオンは王都には入れない。
     今のレイオスにとって王都は鬼門であり入る事が出来ない。仮に入れても家に多大な迷惑をかけることが目に見えている為にその選択肢は除外せざる得ない。

     次点で魔法関係の実験施設だったのだから、この学園の上層部なら何かしら知っているのではと……思ったのだがコネがない。
     しかし、そこでリオンは学園にいるはずのある人物を思い出してその人物を頼る為に来たのだ。
     相変わらず首輪にメイド服のメアを引き連れて歩くリオンへの周りの人達の視線は酷く痛かったが………必死に気にしないようにした。

     ともあれ受付でその人物と会いたいという旨を伝えて、身分提示を求められたがレイオスの名と鎧の紋章で納得してもらい、本当に会えるという保障はないが一応その事は伝えるという事になった。
     ちなみにその間は待合室で待たされる事になったが、かれこれもう三十分以上待たされている。



    「なんだレイオスって、貴方の事だったの」

     もうどれ位経っただろうか、今日のところは出直すかとリオンが考えていたら不意にそのような声がかけられた。
     その何処となく落胆の色の混じった声のした方を向くと……そこには赤い髪と赤い瞳が印象的な少女が居た。

    「久しぶりに会って、なんだは無いだろう……ユナちゃん」

    「ちゃん付けで呼ばないで」

     苦笑気味に言うリオンにキッパリと告げる少女。
     ユナ・アレイヤ……15歳にして炎系統の魔法を全て習得した天才少女。

     リオンとユナの言葉から二人は面識があるようだが、普通この二人が知り合いだとは思わないだろう。
     なにせ単なる冒険者…ハンターと天才少女である。普通二人を結びつける事の方が難しい。
     だが、実はレイオス家とアレイヤ家は交流があった為に二人は互いを知っていた。

    「……まぁ、ともかく久しぶり…あの時以来……かな」

    「………そうね」

     僅かに言葉を濁らせるリオンにユナ。
     実の所、レイオスとアレイヤの交流は途絶えて久しい…そうユナの両親が事故でなくなって以来、両家の交流は殆ど行われなくなっていた。
     リオンとユナもその葬儀以降、今まで会うことは無かった。

    「それで、いきなりなんなの? それに会わない間に随分趣味も悪くなったようで」

     ユナの視線の先には……メアがいた。
     当然、此処でも首輪にメイド服だ。

    「アレは俺の趣味じゃない! いや、そうじゃなくて……今日会いに来たのは彼女についてだ」

     慌てて弁解して、変な方向に話が行く前に本題に入る。
     決してリオンは逃げたわけではない……多分。

    「彼女の……?」

     少々怪訝な顔でさっきから一言も喋っていないメアを見つめるユナ。
     その言葉にリオンは頷き、重々しく口を開く。

    「この子はメア・シブリュートというんだが………実は―――」

     そこからリオンはつい先ほど、あの貴族に聞いた話をユナに語りだした。




    「――なの?」


    「多分―――」


    「―――ということは――」


    「――でも――――」



     何時の間にやら途中から少々話が変わって二人して施設の事についてあれこれ意見交換などを始め出していた。
     それぞれ施設について思う点があったのだろう。それが本当かどうか、そして何故というところまでに話は及んだ。
     まぁ、情報不足過ぎるので推測に推測を重ねているが………


    「……くぁ」

     ちなみにそんな話している二人を尻目に興味無しとばかりにメアは小さく欠伸をしていた。
     局地的に平和な光景だった。



























    <オマケ>


    「推測ばかり語っていてもキリが無いわね」

    「いや、そんな今更……」

     ちなみにアレからかれこれ三十分以上話し合っていた。確かに今更である。

    「ともかく、手っ取り早く証明するには……貴女、脱ぎなさい」

    ブッ!?

    「……?」

     突然のユナの爆弾発言に噴出すリオン、意味が分からず小首をかしげるメア。

    「本当に身体に魔方陣が刻まれているかどうか、確認がてらに検査してあげる」

    「……わかった」

     とりあえず魔方陣を見せればいいと納得したメアが頷き、そのメイド服に手をかけて唐突に脱ぎだした。

    「ま、まてぇーー!?」

     リオンが驚愕と制止の叫びを上げ、二人がリオンの方を向いた…その時――


    バタン!! 


     ――ドアが閉まる音が部屋に響き渡る。
     相当な早業である。ユナがぽかんとしている事からその相当さが理解できる…かも?
     叫んでから椅子から立ち上がり扉を開け放ち部屋を飛び出して扉を閉める。以上の一連の動作は僅か数秒の間に行われた。

    「………とりあえず、脱いでくれる?」

    「……………」

     僅かな空白の後に何もなかったユナの言葉に、こくりとメアは頷いたのであった。














     ◆あとがき?

     こ、今回は難産でした。
     詰まるは詰まる……とりあえず遅くなって申し訳ありませんでした。
     オマケにやっぱり短い、今からこの調子でちょっと不安なジョニーです。
引用返信/返信

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