Release 0シルフェニアRiverside Hole

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■186 / inTopicNo.1)  赤と白の前奏曲
  
□投稿者/ ルーン -(2005/04/17(Sun) 18:32:19)
     〜注意〜
     この話は、『捜し、求めるもの』のユナの学生編です。
     続きがあるかは、作者自身にも不明です。



     「ユナ・アレイヤ! ユナ・アレイヤ! 至急学園長室まで来なさい!!」
     今日一日の授業も終わり、魔法学園の寮の自室で、のんびりと読書をしていたユナの耳に、突然呼び出しの放送が飛び込んできた。
     ユナの容姿は、特徴的なのが赤い髪に赤い瞳。そして、まだ幼さの残る顔立ちだろう。
     それもその筈で、現在のユナの年齢は13歳である。
     だが13歳という年齢は、この学園都市の中では決して幼い方ではない。
     小さい方では、5〜6歳で入園するのも珍しくない。
     「なぁ、ユナ。何だか呼び出されているが、私が知らないところでまた何かやったのか?」
     そうユナに尋ねてきたのは、アルビノの為に雪のように白い肌と白い髪に、目が赤いのが特徴的なユナと同室の少女。
     名はレン・オニキス。
     喋り方は独特だが、レンもユナと同じ13歳の少女で、ユナとレンの二人が揃って歩けば、いろいろな意味で注目を集める存在だった。
     そんなレンは、学園の中でユナと親しい数少ない親友の一人でもある。
     そんなレンが不躾な態度でユナに接するのは、いつもの事である。
     ユナに対して、こんな不躾な態度を取れる人物は、学園の生徒は勿論、教職員を併せてもそうはいない。
     ユナが学園に入学してから3年ほど経つが、ユナの才能と性格は、良い意味でも悪い意味でも、学園内では有名だからだ。
     そしてユナは、そんな気心知れる数少ない親友の言葉に対して、
     「ん〜? 学園長に呼び出されるような事ねぇ……。禁呪が載っている禁書を勝手に呼んだことがばれたのかしら? それとも、立ち入り禁止区への無断侵入の件? それか、無断で持ち出したマジックアイテムを破壊したことかしら? それとも……」
     何やらブツブツと考え込むユナだったが、
     「う〜ん、一杯あり過ぎて分からないわ」
     あっけらかんと答えるユナだが、もしどれか一件でもばれたら、学園を追放されかねない程の違反には間違いない。
     そんなユナの言葉を聞いたレンは、
     「でもソレらは、痕跡すら残さないように万全の注意を払っただろう? 第一、学園内でもマジックアイテム紛失の件しかばれていない。そのマジックアイテムの件も、結局は私達が犯人だってばれてない。完全犯罪成立だ。第一、それだったら私も呼び出される筈だ」
     どうやらこのレンと言う少女も、ユナの犯罪の片棒を担いでいるようだ。
     「それもそうね。けどそうすると、本当に何の用かしら?」
     「さぁ? 行ってみれば分かるだろう」
     「それもそうね」
     本当に心当たりが無いのか、首を傾げていたユナだったが、レンの言葉に納得したのか椅子から立ち上がり、部屋のドアへと歩いていった。
     「じゃあ、行って来るわ」
     「行って来い。面白い土産話を期待しいる」
     と言ってレンは、部屋を出て行くユナに気楽に手を振って見せた。



     コッツ、コッツ、コッツ。
     石畳の廊下に、ユナの足音が静かに響いている。
     辺りはもう日が沈んでおり、廊下には魔科学の人工的な光が照らしている。
     「さて、いったい何の用なのかしらね」
     そう言ってユナは、重厚な木の扉の前で立ち止まった。
     重厚な扉に嵌め込まれているプレートには、「学園長室」と書かれていた。
     コンコン。
     ユナはノックをしてから、
     「ユナ・アレイヤ、呼び出しに従い、参りました」
     と、中に居るだろう学園長に声をかけた。
     「入りたまえ」
     「失礼します」
     返事が返ってきたのを確認したユナは、目の前の重厚な扉のドアノブに手を掛け、押し開いた。

     部屋に入ってまず目に飛び込んで来たのは、重厚な木で出来た机に、革張りの椅子に腰掛けている50代の男性。
     そして、その他にも二人の教職員の姿が在った。
     椅子に腰掛けているのは、この魔法学園の学長であるキース・ベロニカ。
     それとユナの学年の主任である、20代の男性教員デニス・アンダーソン。
     もう一人が、ユナの二つ上の学年主任である、30代の女性教員リンス・ファラン
     「(うーん、どの顔も怒ってるわね。本当に何の用かしら……)」
     三人の表情から、怒っている事は分かるが、何に対してなのか分からない為に、ユナは内心あれこれと考えていた。
     「学長、私をお呼びとの事でしたが、いったい何の御用でしょうか?」
     「うむ。よく来たな、ユナ・アレイヤ。さて、本日は何故君が此処に呼ばれたか分かるかね?」
     ユナは内心、「だから何の用だかと聞いてるんでしょうが!!」と思っていたが、
     「いいえ。私には、何故呼ばれたのか分かりません」
     そんな事はおくびにも出さずに聞き返した。
     それに反応したのが、リンスだった。
     「貴方、本当に分からないの? 貴方が昨晩何をしたか思い出してみなさい!」
     リンスの強い口調に、ユナは昨晩の自分の行動を思い返す。
     「(昨晩ね……。えぇっと、確か昨晩と言ったら……ん? もしかしてアレかしら。でも、アレはきちんと殲滅した筈だし……。流石に一晩で意識が戻るとは思えないけど……でも、アイツはゴキブリ並の生命力を持ってそうだし。確かアイツの親はバカ息子に相応しい、自尊心の塊のようなバカ親だったわね。とすると、やっぱりアノ件かしら……ね。でもアノ件なら、面倒事が起きないようにちゃんと手を打っておいた筈なんだけど……。うん、一応惚けてみよう)」
     「いえ。特に思い当たる件はありません」
     「貴方、本当にそう思っているの!」
     ユナの言葉に頬を引き攣らせるリンス。
     対してユナは、
     「はい」
     簡素にそう答えた。
     「貴方って人は! 昨晩、私の受け持つ学年の生徒の「クロス・ハーレン」に重症を負わせたでしょう!?」
     大声をあげるリンスだったが、ユナは内心やっぱりと思っていた。
     「ああ、確かにそんな事もありましたね。でもそれが、どうして私が呼び出される事になるんでしょうか?」
     そんなユナの言葉に、リンスは顔を真っ赤にして言い返そうとするが、キースがそれを手で制して、
     「ふぅ。君は簡単に言うがね、彼の家は伯爵家だ。その伯爵家のご子息を傷付けたとあっては、色々と問題が生じるのは当然だろう。それにハーレン伯爵家は、我が学園に多額の寄付をして下さっている。そのご子息を傷付けたともなれば、我々も何かしらの罰を君に与えなくてはならない」
     「(やれやれ。仮にも魔法学園の学長ともあろう人が、権力と金の力で膝を付いてどうするのよ)」
     内心呆れ果てたユナだが、
     「ですがあの決闘は、私と彼との間の問題です。父親が出て来たからと言って、私は謝る気は微塵もありません」
     存外に謝って来いと言っているキースに、きっぱりと拒絶の意をあらわにした。
     そんなユナの言葉に頭を抱えるキースだったが、
     「だがな、ユナ・アレイヤ。彼は、息子を半殺しと言うか……虫の息にした君を連れて来いと言っている。そうしなければ、今後一切我が学園に資金を寄付しないと言ってきているのだよ」
     「なぁ、アレイヤ。謝って来るぐらい良いじゃないか。それで、我が学園も救われる」
     初めて口を開いたデニスからの言葉に、
     「お言葉ですが、デニス学年主任教員。あの決闘の際に、私と彼との間で、後々面倒事が起こらない様にと念書を書いておきました。その念書の内容の一項目に、相手を殺しさえしなければ、どんな事になっても責任は問わないと言う項目もありますので、私に責はありません」
     そのユナの一言で、学園長室は静まり返った。
     念書を交わしていると言う事は、法的にも裁く事が出来ないからだ。
     それどころか、念書を交わしているのにも拘らずに、その内容を一方的に破棄すれば、貴族だろうが王族だろうが裁かれる可能性すらある。
     キースは声を掠れさせながら、
     「そ、それは本当かね?」
     「本当です。なんなら、今持って来ましょうか?」
     「う、うむ。そうしてくれ」
     「では」
     そう言って学園長室を出て行こうとしたユナだったが、扉の前でくるりとキースに振り返ると、
     「それと、レン・オニキスを連れて来て良いでしょうか? 彼女もあの時、見届け人として一緒にいましたし、それに念書にもサインをしていますから」
     「ふむ、レン・オニキスも一緒だったのかね? 宜しい。そう言う事なら、連れて来なさい」
     「ありがとうございます。では……」
     そして今度こそユナは、振り返らずに部屋を後にした。



     「それで、結局呼び出しの理由はなんだったんだ?」
     ユナが自分の部屋に帰ってきた早々に、レンが声を掛けてきた。
     「ああ、昨晩のあのバカ息子との決闘の事だって」
     「なるほど。あのバカ息子が父親に泣き付いたのか、それともバカ親父の方が、家名に泥を塗られたと騒ぎ立てているかのどちらかだな」
     「でしょうね。それで、念書を持って行く事になったわ。あと、レンも一緒に来て欲しいんだけど」
     「ふむ、私も見届け人としてあの場所にいたしな。それに、念書にも見届け人としてサインをしている事だし、別に構わんぞ」
     そのレンの言葉に、口元に微かな笑みを浮かべるたユナは、
     「ありがとう。では行きましょう」
     そう言ってレンを伴って部屋を出て行った。



     「これが先ほどお話致しました念書です」
     学園長室にレンを伴って戻ってきたユナは、そう言って一枚の紙をキースに手渡した。
     「うむ……」
     ユナから念書を受け取ったキースは、念書の内容を確認していく。
     一通り確認を終えたキースは、
     「なんだね、この念書は?」
     少し呆れた様にユナに聞いてきた。
     「何……とは?」
     キースの言いたい事は分かってはいるが、あえて聞き返すユナ。
     「この決闘に勝ったら、ユナ・アレイヤはクロス・ハーレンの恋人になると言うのだよ」
     その言葉を聞いたユナは、嫌そうに眉を顰めながら、
     「ご覧の通りです。あまりにもクロス・ハーレンが、自分と付き合え付き合えと煩かったので、私との決闘に万が一でも勝てたら、恋人になってあげると言っただけです。逆に私が勝ったら、もう私の前に姿を現さないという条件を加えてですが。結果は……まあ、今までの鬱憤も織り交ぜて虫の息にしましたが」
     「なるほど……ところで、念書はコレだけかね?」
     「いいえ。私が一枚に、クロスが一枚。そして、見届け人のレンが一枚の計三枚あります」
     「ふむ、レン・オニキス。君が持っている一枚も見せてくれんかね?」
     キースのその言葉にレンは怪訝な表情を浮かべ、
     「だが、内容はソレと同じだが?」
     「何、念の為と思ってくれたまえ」
     「……分かった。コレだ」
     ユナが頷くのを見たレンは、念書を懐から取り出し、学園長の机の上へと置いた。
     「ふむ、確かに同じ内容だな。サインもある。デニス学年主任教員、リンス学年主任教員、確認を」
     「これは、まぁ……」
     「これはこれは、確かにコレでは、謝りに行けとは言えませんね」
     「ふむ、困った事にな。デニス学年主任教員、リンス学年主任教員」
     そう言ってキースは二人の教員に目配らせをした。
     キースの目配らせを受けた二人は、
     「でもまぁ、その念書も……」
     「燃えて無くなってしまえば、意味もありませんわね」
     そう言って二人は、念書を炎の魔法で燃やしてしまった。
     だが、念書を燃やされたにも拘らず、ユナとレンには慌てた様子は見当たらなかった。
     唯二人の顔には、三人に対する軽蔑と嫌悪の表情が浮かんでいた。
     「さて、厄介な念書も無くなった事だし、伯爵に謝りに行って貰おうか」
     「まぁ、これも学園の為だ。すまんな」
     「貴方達はまだ子供だから、伯爵もきっと優しくして下さるわ」
     三人はユナとレンに対して、嫌らしく醜悪な顔で言う。
     そんな三人に対して、ユナとレンは冷笑を浮かべた。
     「何故私達が、伯爵なんかに謝らなければならないのかしら?」
     「まぁ、予想通りと言えば、予想通りの展開だな」
     完全に小ばかにした態度のユナと、呆れたように肩を竦めるレン。
     キースはそんな二人の態度が気に入らないのか、
     「念書が無ければ、如何する事も出来まい?」
     そう言うと勝ち誇った笑みを浮かべた。
     「はぁ、予想通りと言ったでしょう。念書を焼かれるのも、予想の内の一つでした」
     「それなのに、念書が三枚だけだと思うか?」
     「実は念書は三枚ではなく、五枚あったんですがね」
     その言葉に凍りつく三人。
     「な、何だと!? 何処だ!? 残りの二枚は何処にある!?」
     声を荒げ、キースはユナに掴みかからんばかりの勢いで、詰め寄ってきた。
     「バカですか貴方は? そんな事を言うと思いますか?」
     「全く、由緒正しい魔法学園の学園長に学年主任教員の二人が、此処まで腐っているとはな。呆れてモノも言えん」
     ユナとレンの言葉に、デニスとリンスは怒りの表情を浮かべるが、
     「そう言えば学園長、先月の27日の午後9時30分頃、いったい何処で何をしていました?」
     「突然なんだ?」
     怪訝な表情を浮かべるキースに、レンはニヤニヤしながら、
     「いいから答えてみろよ」
     「先月の27日の午後9時30分頃だと? あの日のその時間は確か……!!」
     何かに思い至ったのか、キースは驚愕の表情を浮かべ、そしてその顔色は真っ青になった。
     「どうしたのですか学園長!?」
     そんなデニスの声も聞こえないのか、
     「な、何の事だかさっぱり思い至らんね……」
     そう言うキースだったが、その表情は優れなかった。
     「そうですか? では、ちょっとお耳を拝借―――」
     そう言ってユナは、キースの耳元に口を近づけると、何事かを小声でキースに囁いた。
     「なっ!!」
     ユナの言葉を聞いた瞬間、真っ青だったキースの顔色は、最早土気色にまでなっていた。
     「そう言えば、デニス学年主任教員。貴方は今月の3日の午後8時頃、何処で誰と一緒だった?」
     レンの嘲りを含んだ口調に、デニスは怒鳴ろうとしたが、レンの言った日時を思い浮かべ、キースと同じように顔色を悪くした。
     「ふん。思い当たる節があるようだな。では、耳を貸して貰おうか」
     そう言うレンの言葉に、デニスは逆らえずに耳を貸すと、やはりデニスの顔色も土気色になった。
     「ふ、二人とも如何したって言うのよ!」
     怯えるリンスにユナは、そっと口を耳元に近づけ―――
     やはりリンスも顔色を悪くし、カタカタと震え出した。
     暫くそんな三人の様子を見ていたユナとレンだったが、
     「それで? 私達はハーレン伯爵に謝りに行かなくてはならないの?」
     そう問うユナに、
     「い、いや。それは……」
     「ハッキリしたらどうだ!?」
     口ごもるキースに、レンが怒気を含んだ口調で言った。
     「う、いや、あの、それは……」
     「良いわ。ハーレン伯爵家には行きましょう。私達を手篭めにしようなんて考えている、エロ親父にはお仕置きが必要だしね」
     「それもそうだな。きっちりと後始末はしないとな」
     そう言って二人は学園長室をでて行こうとするが、
     「あ、そうそう。コレをばらされたくなかったら、私達の機嫌を損ねない事ね」
     「万が一にも、私達に危害を与えよう等と考えてみろ。その時は……分かっているよな?」
     そのレンの言葉が止めとなったのか、室内に取り残された三人は、うな垂れたまま顔を上げようとしなかった。
     そしてこの瞬間に、表はどうであれ、裏の学園内でのヒエラルキーは決まった。



     「やれやれ、三年掛けて集めた情報が、こんなところで役に立つとはな」
     「全くね。私は、違う場所で役に立つと思っていたんだけどね」
     自分達の部屋に戻ってきた二人は、そんな事を話し合っていた。
     この二人、入学当初から同じ部屋になってからと言うものの、こうして学園に関係している人物の人間関係などを中心に情報収集をしていたのだ。
     その主な理由は、悪事を働いた時に、万が一にもでばれた時の保険として情報を集めていたのである。
     それが今回、こんな形で役立ったのだ。
     「それにしても、キース学園長は年下の女性と不倫……。婿養子なのによくやるわ」
     呆れたように言うユナに、
     「それだったら、デニス教員は道徳的にも拙いだろう? 何せ、教え子に手を出しているんだからな。それも複数」
     怒りを滲ませながら言うレン。
     そんなレンにユナは肩を竦め、
     「でもまぁ、三人の中では、リンス教員が一番まともかしらね。ロマンチストで乙女チックなだけだし……」
     「ああ、だが、あの歳で白馬の王子様はないとは思うがな」
     二人は顔を見合わせ、肩を竦めあった。



     後日、ハーレン伯爵家に出向いた二人をニヤニヤしながら出迎えた伯爵だったが、二人が客間を後にした頃には、10歳は老け込んだ様子だったと言う。
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■212 / inTopicNo.2)  赤と白の前奏曲Act1
□投稿者/ ルーン -(2005/05/15(Sun) 15:44:03)
     〜注意〜
     この話は、『捜し、求めるもの』のユナの学生編です。
     又、この話の時空列は滅茶苦茶です。



     真っ暗な空間が支配する中、微かな明かりが一点灯っていた。
     明かりに照らされるのは、二人の横顔だった。
     一人は赤い髪に赤い瞳が印象的な少女。
     もう一人は、白い髪に赤い瞳の少女。
     「ユナ、そっちはどうだ?」
     白い髪の少女は、男っぽい喋り方で、隣で作業をしているユナへと尋ねた。
     「こっちは……ん、あと少し。レンそっちはどう?」
     ユナと呼ばれた少女は、両方の掌を淡く魔力で輝かせながら、白い髪の少女に向かって尋ね返した。
     「ああ、こっちもあと少しだ。……この術式を変更してっと。……おっと、この術式はトラップだな」
     レンの両方の掌も、淡く魔力で輝いて見えた。
     二人は暗闇が支配する中、石畳の地面に這いつくばって、石畳に刻み込まれている魔方陣の解読、書き換えをしていた。
     二人の魔方陣に対する解読に書き換えは、止まる事を知らないかのように、一定のスピードを保ちながら進んでいた。
     二人はあまりにも簡単に魔方陣に対する解読に書き換えをしているが、本来ならかなりの時間と労力に知識が必要な作業である。



     なぜならば、まずは魔方陣を構成するのに使われている文字を解読する必要がある。
     その次に、構成している文字の書き換えにも魔力を消費する。
     魔方陣を構成する文字は、連動するものもあるので、それの書き換えや構成するところの意味も把握しなければならない。
     魔方陣はその構成する文字によって、性能や発揮する効力などが千差万別する。
     その全てを把握しなければ、魔方陣の書き換えなど不可能なのだ。
     もし、半端な知識で書き換えなどしようものなら、その者を待っているのは死だ。
     それほどまでに、危険で知識と膨大な魔力を必要とする作業を、12歳の少女が成し遂げているのだ。
     それだけでも二人の少女の非凡さが伺えるが、二人の少女はその作業を楽々こなしているのだから、最早驚愕するしかない。
     二人は魔法学園に通ってはいるが、断じて生徒ではこのような真似は出来ない。
     それどころか、教職員でさえ、ここまでスムーズに出来るか怪しいものだ。
     何より信じがたいのは、二人はまだ魔法学園に入園してからまだ二年しか経っていないことだ。



     「えっと、この文字はこっちの構成にも影響しているのね。と言う事は……やっぱり、警報がなるようになってるわね。でも、こっちの構成を弄くれば……、よし! これでこの構成は死んだも同然ね」
     「ん、ユナの方も順調のようだな。それだったら、私も負けていられないな。ふむ、この構成は少し厄介だな。だが、こことあそこの構成を弄くり、あっちの構成と連動させれば……」
     二人はまるでこの構成の解き方を予め知っているように、迷いなく解いていく。
     そして―――



     「これで最後だな。……よっし、こっちは終わったぞ、ユナ! そっちはどうだ?」
     「私もコレでラストよ! ……ここの文字をこの文字に書き換えれば……これでどう!?」
     ユナがそう叫んだ瞬間―――
     カッ!!
     魔方陣が勢いよく輝きだし、真っ暗だった部屋を照らす。
     光りは徐々に光力を落とすと、ふっと消え去った。
     魔方陣の輝きが収まるのと同時に―――
     ズゴゴゴゴゴ……
     突然前方の壁が、重々しい音と共に、真っ二つに割れていった。
     ガゴン……
     壁が左右に完全に割れると、そこには地下へと下りる階段が姿を現した。
     「どうやら成功したみたいね」
     「ああ。まあ、当然の結果だがな」
     レンの言葉にユナは苦笑をもらした。
     一見ただの自信家とも見える彼女だが、ユナは彼女がどれほど自分の技術と知識に磨きをかけているのかを知っている。
     もっともそれはユナにも言える事ではあるが。
     「なんだ? 笑っている暇があったら、さっさと行くぞ」
     ぶっきらぼうにそう言って階段を降りて行くレンに肩を竦めると、ユナもレンの後を追った。



     石畳の階段を降ること数十分経つが、未だに階段の終わりは見えてこない。
     その事に多少飽きてきた二人は、ここに来る事になった原因を思い返す事にした。



     「なあユナ、こんな本が手に入ったんだが、どう思う?」
     そのレンの言葉に、レンが手にしている本に眼を向けたユナは、眉を顰めた。
     レンが手にしている本は、いかにも古本といった古びた本なのだが、古代書というにはなんの魔力も感じなかったからだ。
     古代魔法文明期の魔道書や重要な事が記された書物には、劣化を防ぐための魔法が施されており、その為、現代でも多くの書物がほぼ当時の状態のまま発見されている。
     中には魔法の効果が切れてボロボロになった書物も発見されるが、その殆どが重要価値の低いものだった。
     それでも魔力の残滓を感じる事はできるのだが、目の前の本からはなんの魔力の残滓も感じられない事から、古代魔法文明期後の本だと思われた。
     そんな本を手に入れたからと言って、あのレンがユナに意見を求める事は無い為に、レンの意図が読めずにユナは眉を顰めたのだ。
     そんなユナを知ってか知らずか、いや、わかってはいるのだろうが、レンはそんな事にはお構いなく続ける。
     「実はな、これは私の親父殿が送ってきた物なんだ」
     「レンのお父さんが?」
     レンの言葉にますます眉を顰めるユナ。
     レンの”本名”を知っているユナは、当然レンの父親の仕事も知っている。
     だからこそ、その父親が送ってきた物が、ただの古本だとは思えなかった。
     そのユナの疑問に答えるかのように、レンは話を続ける。
     「ああ。本と一緒に送られてきた親父殿の手紙を読んだら、この本の重要性が分かるぞ」
     レンは上着のポケットから手紙を取り出すと、ユナに向けて放り投げた。
     それをユナは空中でキャッチすると、手紙を素早く読み始めた。
     手紙を読み進めるうちに、だんだんとユナの表情に険しさが増していく。
     「これ……本当なの?」
     手紙を読み終えたユナは、険しい表情のままレンに問い掛けた。
     「ああ、本当だとも。そうでなければ、あの親父殿が手紙まで添えて私に送ってくるはずがあるまい?」
     「ええ、それもそうだったわね。ごめんなさい。それで、この手紙は燃やした方が良いのかしら?」
     「いや、気にするな。そうだな……手紙は万が一の事を考えて、燃やしてしまった方が良いだろう」
     レンの言葉を聞いたユナは、手に持っていた手紙を炎の魔法で灰にした。
     「それにしても……まさか禁書の在りかを記した本ととわね。流石に驚いたわ」
     「だな。おまけに、禁書の在り処はこの学園の敷地ときてる。親父殿が私に送ってくる訳だ」
     そう言って肩を竦める。
     レンが手にしている本は、この学園の何代前かは分からないが、学園長が封印した禁書の在り処を記した本だった。
     ユナたちには、この本がオリジナルかコピーかは判断できなかったが、レンの父親が送ってきた事から、この本に書かれている事は真実だと判断した。
     「それで、どうする?」
     そのレンの言葉に、
     「当然、決まってるでしょう?」
     にやりと邪悪な笑みを浮かべた。



     そんな事を思い返しているうちに、階段の終わりが見えてきた。
     二人は互いの顔を見合わせ頷くと、勢いよく階段を降り始めた。
     階段を降りた先にあったのは、一本道の石畳の通路だった。
     高さは3mほど。横幅は2mほどと、やや狭い。
     このような場所で戦闘になっては、ユナの実力は十分には発揮されない。
     何故なら、ユナの得意な魔法が炎術系な為に、狭い場所だと使いかってが悪いからだ。
     だが逆に、レンにとってはこの程度は苦にもならない。
     レンの魔法は、場所を選ばない強みがある。



     くねくねと曲がる通路を、二人は罠に気を付けながら進む。
     カチ……
     その音を聞いて、左足を出したまま固まるユナ。
     隣を恐る恐る見てみれば、レンが睨んでいた。
     「……ユナ」
     「……ごめん」
     ユナはレンの声に頬を引き攣らせた。
     ユナは、このルームメートが本気で怒った時の事を知っている。
     周りから恐れられているユナが言うのもなんだが、本気で怒ったレンは洒落にならないものがある。
     ハッキリ言って、レンの激怒モードに対峙するぐらいなら、魔物の群れの中に飛び込んだ方が気楽だ。
     今回は自分に非があるし、レンも激怒モードではないようなので、ユナは素直に謝った。
     もしも激怒モードに突入していたら、一目散に逃げるに限る。
     ガチャン。
     そんな音がした壁を見れば、なにやら弓や石弓が壁一面からせり出し、ユナ達の方へ向けられていた。
     「魔法ではなく、こんな原始的な罠に引っ掛かるなんて……」
     「まあ魔法じゃなく、こんな罠だからこそ引っ掛かったのかもしれんがな……」
     落ち込むユナに、レンは淡々と言った。
     だが、レンの言う事にも一理あった。
     ユナやレンが注意していたのは、魔法による罠のみで、こんな物理的な罠は想定外だった。
     第一、魔法学園の学園長が隠した禁書なら、魔法的な罠が在る事は予想できても、このような物理的な罠は、どうしてもイメージが結びつかない。
     今の二人は、その事に関しての盲点を突かれた格好だ。
     しかし、無数の矢が放たれようとしている割には、二人は落ち着いていた。
     仕掛けられた矢がひとたび放たれれば、二人は針鼠どころか、肉片すら残るか危うい状態だと言うのに。
     ……ビュッ!!
     風を切り、一斉に矢が放たれた。
     前方を埋め尽くす程の無数の矢。
     矢は獲物を求め、一直線に二人へと襲い掛かる。
     無数の矢が二人に突き刺さる―――
     そう思われた直前、突然暴風が吹き荒れた。
     暴風は飛んで来た無数の矢を弾き飛ばし、あるいはへし折る。
     遂に無数の矢は、二人に一本も突き刺さる事も無く、暴風に全て阻まれた。
     飛んで来る矢が無くなるのと共に、吹き荒れていた暴風も幻のように掻き消えた。
     暴風が消え去った地に残ったのは、地面を覆い尽くすへし折れた矢と、無傷の二人だけだった。
     「ご苦労様、レン」
     「気にするな。この程度なら、大した手間でもない」
     これがレンの力。
     先ほどの暴風は、レンが魔法によって生み出したもの。
     ユナが炎術系の魔法が得意なように、レンは風術系の魔法を得意としていた。
     その力はご覧の通り。
     「やれやれだ。次からは、魔法以外の罠にも気を付けながら進むとするか」
     「ええ、そうね」
     二人は頷きあい、通路の奥へと足を踏み出した。



     あのトラップの後にも、幾多ものトラップが仕掛けられていたが、注意深く通路を進んでいた二人は、その全てを回避、あるいは解除しながら進んでいった。
     そして遂に二人は、目的の禁書がある部屋へと辿り着いた。



     「ねえ、アレって、いかにもって感じなんだけど……。レンはどう思う?」
     「ああ、確かにいかにもって感じだな。禁書の守護者か……。材質はなんだと思う?」
     二人の視線の先には、禁書が祭られている祭壇―――
     その横に鎮座する、二体の像に注がれていた。
     今のところ、その二体の像からは、魔力は感じられなかったが、おそらく後数歩祭壇に近づけば、禁書を守る守護者として目覚めるだろう。
     そして今二人が気にしているのは、その二体の守護者……つまりは、ゴーレムの材質だった。
     ゴーレム、あるいはガーゴイルなどは、遺跡などの宝を守る守護者や番人として有名だが、その力と能力は込められている魔力と材質に左右される。
     今まで発見されたゴーレムで最も強かったのは、オリハルコン製のゴーレムである。
     オリハルコンはその特性から、耐魔力が強く、また強度も最高峰の金属とされている。
     もっともオリハルコンは希少金属の為に、古代魔法文明期以後のゴーレムの作成には使われていない。
     「オリハルコンって事は無いと思うから……、ミスリルってところかな?」
     「ミスリルか……。妥当なところか。だが、オリハルコンよりは多少はマシと言えるが、ミスリルも十分耐魔力や、強度が高い。厄介と言えば厄介に変わりは無いな」
     レンの言葉に頷く。
     「ええ。それに、通路とよりは広いと言っても、私は全開で戦えないわね」
     「だな。私の魔法でも決定打に欠けるか。となれば……」
     ユナへと視線を視線を向ければ、
     「分かってる。後はタイミングが問題ね」
     「その辺は臨機応変に。戦いながら作り出すしかないな」
     二人は頷き合う。
     そして、一斉に互いが互いの相手へと向かって、先制攻撃を仕掛けた。



     爆炎。
     起動したばかりのゴーレムに、問答無用に火炎系の魔法を叩き込んだ。
     もっとも、ユナはこの程度でゴーレムを倒せるとは思ってもいない。
     あるていど傷でも付いていれば儲けもん。その程度に考えてはいた。
     だが……
     「いくら力をセーブしているからって、まさか傷一つ付かないなんて……。まいったわね」
     ポリポリと頬を掻き、衝撃で体勢を崩したゴーレムを呆れた表情で見た。
     ゆっくりと重々しく体勢を立て直したゴーレムは、ユナを敵と認識し、突進する。



     「……やれやれだ。スパっと斬り飛ばせるとは思ってもいなかったが、せめて装甲ぐらいは凹んでくれても良さそうなものを……」
     風の刃を放ったレンは、装甲に凹んだ跡すらも見えない事に、今後の戦闘の展開を思考した。
     レンの風の刃は、鋼程度なら豆腐のように切断できる威力を持っている。
     となりの様子を窺えば、ユナはゴーレムに追い掛け回されていた。
     まあ、ユナは此処では本気を出せないし、ゴーレム相手に効きそうな武器も生憎持ち合わせていないので、逃げ回るのも仕方が無い。
     そうは思うのだが、あのユナ・アレイヤが逃げ回っている姿を学園の者達が見たら、一体どういった反応を見せるかと思うと、レンは知らず笑いが込みあがってきた。
     「くっ、いかんいかん。私の方の敵も健在だったな」
     そう言って吹き飛ばしたゴーレムの方を見てみれば―――
     「うォ?!」
     目の前に迫るのはゴーレムの拳。
     レンは反射的に仰け反り、拳を交わす。
     「ちっ! どうりゃー!!」
     目の前を通り過ぎる腕を両手で抱き付く様に掴み取り、レンはゴーレムを投げ飛ばそうとする。
     レンとゴーレムの体重差は、十数倍以上。
     例え筋力を魔力で増幅したところで、とても投げ飛ばせる相手ではない。



     ―――だが、目を疑う光景が繰り広げられた。
     ふわりとゴーレムの巨体が浮かび上がり、次の瞬間―――
     轟音と共にゴーレムが石畳へと叩きつけられた。
     絶対に不可能な出来事。
     それを可能にしたのは、レンの格闘センスと風の魔法。
     風の魔法でゴーレムの足をかり、増幅した筋力と技でゴーレム自身の力を利用し、投げる下準備は完了。
     その上で、風の魔法でバランスを崩したゴーレムを押し上げて投げ飛ばす。
     どれか一つでも欠けていたら出来ない技。
     ゴーレム自身の力に体重、投げ飛ばされるスピードに加えて、石畳の硬度。
     それらが相乗し、その威力は計り知れない。
     だが、それでもゴーレムに致命的な損傷は与えていない。
     外側からの攻撃には、桁違いの耐久性を誇る。
     ならばと、レンは倒れているゴーレムから離れ、ユナを見る。
     逃げ回りながらもゴーレムに攻撃を加えていたユナも、レンと同じ結論に至ったのか、レンと視線が混じった。
     一瞬のアイコンタクトによるやり取り……それだけで互いの考えを見抜き、行動に移す。
     レンは起き上がったゴーレムに、風の魔法で挑発しつつ、静かに計画を進めていく……。



     無数の爆音。
     連続して、ゴーレムに火球を叩き込む。
     流石にこれは効いたのか、壁へと勢い良く叩きつけられる。
     少し余裕ができたユナは、レンの方へと目を向けた。
     そして其処で見たものは―――
     (相変わらず、無茶苦茶な奴……)
     それが、ゴーレムを投げ飛ばしたレンに対してユナが思った事だった。
     レンの格闘センスは天性のモノがあるし、風の魔法の使い手としても天才的だ。
     しかし―――
     「レンとだけは喧嘩したくないわ。接近戦に持ち込まれたら、洒落にもならない……」
     あのゴーレムを豪快に、しかし奇麗に投げ飛ばした親友に、ちょっぴり頬が引き攣った。
     だが、石畳が凹む程の衝撃を受けたにも関わらず、ゴーレムに然したる損傷は見当たらない。
     今のところ互角だが、こっちは生身の人間で、相手はゴーレム。
     何時かは、スタミナと集中力が切れて負ける―――となれば、あの方法しかない。
     そう思い至ったところで、レンと視線が絡み合った。
     どうやらレンもユナと同じ考えに至ったようだ。
     二人はアイコンタクトで意思を疎通しあい、行動に移した。
     ユナは自分が相手をしていたゴーレムに、火球で挑発しながら、ある地点へとゴーレムを誘いこんだ。



     「レン!」
     「ユナ!」
     互いにゴーレムに対して攻撃を加えながら、二人は合流した。
     二人は互いに背を合わせ、ゴーレムを待ち受ける。
     「ユナ、残りの魔法力は足りるか?」
     「ええ、なんとかね。あの二体を倒す分には問題ないわ」
     合流した二人は、まず互いの状態を確認しあった。
     これから二人がやる手段には、失敗は許されない。
     「レンの方は?」
     「私も似たようなモノだな……。さて、お喋りは此処までのようだ。ヘマはするなよ?」
     「ハッ! 誰に向かって言っているのよ? そっちこそ失敗しないでよね」
     「それこそ、だ。来たぞ!」
     二人を追ってきたゴーレムは、重々しい地響きを鳴らしながら、二人へと向かってきた。
     10m、9m、8m、7mと徐々に近づき、そして……残り1m。
     二体のゴーレムは、合わせ鏡のように向かい合い、振り上げた拳を勢い良く振り落とす。
     二つの拳が二人の少女を肉片に変える―――
     その瞬間、二人は横へと身を投げ出した。
     突然目標を見失った二体のゴーレムの拳は、石畳へと突き刺さり、その巨体が仇となり、互いの体がぶつかり合った。
     損傷こそ無いものの、二体のゴーレムは大きく体勢を崩した。
     その瞬間―――
     「今よ!」
     ユナの声が部屋に響き、片膝を地面に付いた状態のままレンが詠唱を始める。
     「風よ、我が望むは戒めの鎖! 我が敵をその身を鎖となして、その動きを封じよ!!」
     レンの呼び声に応じて、風が戒めの鎖となって、二体のゴーレムの動きを封じる。
     「頼んだぞユナ! そんなに長くは持たない!」
     レンの言葉に頷いたユナは、詠唱を始める。
     「炎よ、その身を幾多の業火の剣と化し、我敵を射殺し、焼き滅ぼせ! 汝には、如何なる距離も障害も無し!!」
     ユナが最も多用する空間設定型魔法。
     それが動きを封じられた二体のゴーレムの周囲に、数十本にも及ぶ炎の剣を呼び出した。
     だが、出現場所には偏りがあった。
     多くの剣が現れたのは、関節部分。
     なまじ人型なゴーレムなだけに、関節部分が一番脆い。
     それを狙い易くする為にレンの魔法でゴーレムの動きを封じ、数十本の炎の剣にものを言わせて間接部を破壊する。
     これが二人があの一瞬のアイコンタクトでたてた作戦。
     炎の剣は、数にものを言わせて次々と関節部分に突き刺さる。
     一本一本では僅かなダメージしか与えられないが、それが数回、数十回と重なるうちに、徐々に致命的なダメージへと変わる。
     高まる一方の高温で、ゴーレムの関節部分が悲鳴を上げ、遂には間接に突き刺さる。
     突き刺さった炎の剣は、内部へと炎を迸らせ、内部からゴーレムを破壊する。
     いくらミスリル製のゴーレムとは言え、内部も全てミスリルで出来ている訳ではない。
     全ての炎の剣が突き刺さり終わる頃には、ゴーレムは致命的なダメージを受けていた。
     瀕死のゴーレムに対して、二人は止めを刺すべく呪文を詠唱する。
     「炎と同調せよ! 炎と合わされ! 炎と交じり合え!! 風よ、大いなる渦となれ! 全てのモノを薙ぎ払い、捻じり切れ!!」
     「風と同調せよ! 風と合わされ! 風と交じり合え!! 我が放つは火竜の息! 炎よ、全てを焼き尽くす火炎の息吹となれ!!」



     二人が唱えたのは、合体魔法。
     二人以上の術者が、互いの魔法を合成する高難易度の魔法。
     必要なのは、術者同士のタイミングと信頼。
     そして、対等の実力と同レベルの魔法。
     どれか一つでも欠ければ、単発の威力と変わらなくなってしまう。
     だが、合体魔法を完璧に放てれば、単発で撃つ時よりも、威力は最高で5倍近くにまで跳ね上がる。
     合成する魔法同士のレベルが高ければ高いほど難易度も高くなるが、威力も高まる。
     基本は中級以上のレベルの魔法の合成。
     低級の魔法では、合成する意味がさほどない。
     単発で連続で放った方が、よほど効率的だ。
     そして今回二人が放った魔法は、高位に位置する魔法。
     その威力は、単発で放ったときの比ではない。



     ユナの炎の魔法ととレンの風の魔法が混ざり合い、紅蓮の炎の渦となる。
     紅蓮の炎の渦は二体のゴーレムを飲み込み、その猛威を振るう。
     炎の刃が装甲を削り、砕く。
     猛威は止まる事を知らずに、あまりの高熱に、ミスリル製の装甲が遂に溶け出した。
     紅蓮の炎の渦の内部はまさに灼熱地獄。
     石畳さえ溶け出し、ありとあらゆるモノが溶け出し、混ざりあう。
     だがそれは、紅蓮の炎の渦の内部のみ。
     不思議な事に、紅蓮の炎の渦の外部には、その熱は伝わらなかった。
     それは二人が、熱を遮断するために魔法を使用していたから。
     でなければ、とっくに二人とも蒸し焼きになっていただろう。
     そして遂に、終焉を迎えた。
     紅蓮の炎の渦が消え去った跡に残ったものは、ゴポゴポと沸き立つ灼熱のマグマ。
     二人はそんな様子には目もくれずに、禁書へと向かう。



     「……これか」
     レンが祭壇上に在った禁書を手にとり、パラパラと捲った。
     ユナはレンの後ろから、覗き込む。
     「へ〜、結構いろいろな禁呪が載ってるじゃない」
     「ああ、そうだな。だが、こんな所ではじっくり解読もできんな。……部屋に持ち帰るか?」
     「う〜ん……そうね。見たところ、ここ数年は立ち入った形跡も無かったし、それも良いかな?」
     少し考える素振りを見せたが、結局持ち帰ることに決めたユナ。
     「では行くか。しかし、守護者であるゴーレムは破壊してしまったしな……。ばれた時どうする?」
     その問いかけにユナは肩を竦め、
     「その時の為に、教職員の弱みを調べたんでしょう?」
     「それもそうだな。後は、ばれない様に凶悪なトラップを仕掛けながら帰還するか……」
     「あ、それいいわね。私も何個か試したいトラップ在ったし。実験がてら仕掛けましょう」
     そう言って二人は、本当に凶悪なトラップを随所に仕掛けながら帰還した。
     そして禁書の様子を見に来た学園長が、以前来た時には存在しなかったその数々の罠に、絶叫を上げたのは言うまでも無い。



     その後、読み終わった禁書がどうなったか言えば―――



     「あれ? これなんだったっけ?」
     一冊の本を手にしたユナが、不思議そうに言った。
     「あん? 確か……禁書じゃなかったか?」
     「……ああ! 確かに在ったわね、そんな物が……」
     思い出すように言うレンに、すっかりその存在を忘れていたユナは、納得したと言うように何度も頷く。
     すっかり二人に忘れ去られた禁書は、本棚の片隅で埃を被っていた。
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■215 / inTopicNo.3)  赤と白の前奏曲Act2
□投稿者/ ルーン -(2005/06/05(Sun) 12:37:44)
     〜注意〜
     この話は、『捜し、求めるもの』のユナの学生編です。
     又、この話の時空列は滅茶苦茶です。



     今日の学園都市は活気に溢れていた。
     その主な理由は、今日から数日間に渡って『武道祭』が開催されるからであろう。
     魔法使いの学園都市なのに、何故『武道祭』と呼ばれるのか謎だが、初めて『武道祭』を開いた学園長が、『魔法祭』よりも何となく『武道祭』と言う呼び名の方がかっこ良いから決めた。などと言ったふざけた理由と言う説が、最有力候補として実しやかに囁かれている。
     だが『武道祭』などと銘打っているが、その実態はかなり混沌としたモノになっている。
     確かに魔法使いとしての技量を競う試合もあるにはあるが、学園の規模と生徒の人数が半端ではなく多いので、必然的に各クラスの代表選手のみが参加する形式になってしまう。
     しかしそうなると、手の空いた生徒が大勢発生してしまうので、その他の生徒たちもクラスや仲間内で好き勝手に出し物を出して、お祭り騒ぎに拍車をかけている。
     まあ早い話が、学園都市と言う閉鎖空間に閉じ込められて溜まったストレスを、お祭り騒ぎをして発散しようと言うのが主な目的なのだ。



     そして現在ユナとレンは、学年無差別級タッグ戦の会場を後にした。
     数ヶ月前に学園長を始め、複数の教師に焼き入れをし、学園内の風通しをスッキリさせた為に、ユナとレンは特にストレスを感じていなかったので、大会に出場する気はさらさら無かった。
     無かったのだが、担任の教師が泣いて縋って頼むものだから、渋々ながらも出場する事を引き受る事にした。
     担任の教師としても、自分の受け持つクラスの代表が優勝すれば、高評価を貰えるので、恥じも醜聞をかなぐり捨てて二人に頼み込んだのだ。
     その結果二人は渋々ながらも大会の出場を引き受けたのだが、その二人が大会に出るのを渋った理由は、ストレスが溜まっていなかった事と、大会が白ける事請け合いだったからだ。
     そして予想道理と言うか何と言うか、学年無差別級タッグ戦はユナとレンが優勝で幕を閉じた。
     これで学年無差別級タッグ戦は、三年連続で優勝と言う栄冠を手にした事になるのだが、ユナとレンは特に嬉しそうでもなかった。
     そして不思議な事に、ユナとレンの格好は大会出場時から着替えてもいないのに、汚れ一つ無い奇麗なままだった。
     それもその筈で、ユナとレンは一回戦から優勝するまで、一回も戦っていない。その全てが不戦勝で優勝を果したのだ。
     その所為で、ユナたちの試合は酷く盛り上がりに欠けた。
     密かにトトカルチョもされているのだが、当然ユナたちが出場すると判明した時点で、一位予想ではなく、二位三位の予想で賭けはされると言う異常な事態だった。
     そして何よりも、二人が全試合不戦勝で優勝した原因も二人には分かっている。
     直接的な原因は、去年の武道大開が原因だろう。
     入学してから始めての武道大会出場は、二人を快く思わない当時の担任の教師が、無理矢理出場させた。
     結果、かなりの苦戦を強いられながらも、ぎりぎりで優勝を手にした。
     二年目の武道大会は、前回二人に敗北を喫した先輩達からの要請で、またしても半ば強制的に出場させられた。
     先輩達からしてみれば、前回の敗北は屈辱以外の何者でもなく、この一年間特訓に特訓を重ねて強くなったつもりだった。
     だが、忘れてはいけない。その敗北を与えた二人は、その当時は入学してから半年にも満たない子供だったのだ。
     その殆どが、才能だけで勝ち進んで優勝を手にしたと言ってもいい。
     その才能だけで優勝をてにした二人が、一年間みっちりと魔法の勉強に励んだのだ。
     その結果―――
     「本気で向かって来る相手に手加減をするのは失礼だ。こちらも本気で行くぞ、ユナ!」
     「OK、レン。派手に暴れるわよ♪」
     などと言った、非常に心温まる会話が二人の間でされ、対戦相手の全てが血祭りに挙げられた。
     そしてその容赦の無い悲惨さに恐れをなした対戦相手が、今回不戦敗を選んだのだろう。
     そして現在二人は一途の空しさを覚えながら、自由気ままにお祭りを楽しむ為に、出店などが在る場所へと歩いていた。



     この武道際には、外部からの行商人も大勢訪れる。
     必然的にいろいろな珍しい物も見かけるし、手に入る。
     そんな屋台の一角をユナとレンは歩いていた。
     「むぅ……」
     レンは突然立ち止まって唸った。
     「どうしたの? レン」
     「ん? ああ、これなんだが、独特な雰囲気が気に入ってな。買うか買うまいか迷っているのだが……決めた。買う事にする」
     レンは手を伸ばし、屋台で売られていた一枚の絵を購入した。
     気になってその絵を覗き込んだユナは、その何とも言えない不思議な画風に眉を潜めた。
     「この絵……東方の物?」
     「ああ、確か浮世絵とか言ったと思うが……。おい、他に浮世絵は無いのか? あるんだったら、買いたいのだが」
     「すまんな、それだけしか無いんだ。そもそもその一枚も、俺の知り合いの行商人から買った物なんでな」
     「そうか、それは残念だが仕方があるまい」
     残念そうな顔をしながら、レンは他の絵にも視線を向けるが、他に気を引くような絵は無かったのか、その屋台を後にした。



     「レンって、東方の絵に興味があったの?」
     暫く歩いて屋台から離れた頃を見計らって、ユナはレンに尋ねてみた。
     「……いや、興味が有ると言うよりは、たまたまこの絵が気に入ったんだ。気に入った物が在れば大抵は買うしな」
     肩を竦めるレンに、
     「ふ〜ん。そう言う所が、レンはお父さん似なのかもね」
     その言葉を聞いたレンは頬を引き攣らせ、
     「ユナ、頼むからそれだけは言わないでくれ。私も多少自覚はしているだ。だが、親父殿のような好事家ではないぞ?! 断じて違う!!」
     父親に似ていると言われたのがショックなのか、それとも別の何かか、レンは強い口調で否定した。
     「まあ、レンが好事家だろうとなかろうと、私は別にどうでもいいんだけどね。けど、確かにその……浮世絵だっけ? それを見ていると、心が落ち着くというか何と言うか……不思議な気分になるのは確かよね……」
     「むぅ……いまいち納得がいかない答えだが、確かにこの浮世絵には不思議な何かを感じるな。もっとも、それをはっきりとこれだと言えないのがもどかしいがな」
     ジロリとユナを睨みつけながらも、ユナの言いたい事は分かるのか、レンも頷いて見せた。
     「そうなのよね〜。心が洗われると言うか、こっちの絵とはまた別の何かを感じさせてくれるのよね〜」
     「そうだな……こちらの絵とは画風も絵具も違うのにな。いや、違うからこそか? 兎に角不思議なモノだな……」
     そう言って二人は暫くの間、浮世絵について語り合った。



     「ぶぎゃっ!!」
     「熱いぃぃぃ!!」
     顔面を回し蹴りで、しかも踵で鼻を潰された男は、鼻血で顔中を真っ赤に染めながら仰向けに倒れた。
     もう一人の男は、こんがりと程よく炎で焼かれて、地面を転げ回っている。
     それを冷たい目で見下すのは、ユナとレン。
     愚かというか、命知らずにもこの二人の男、よりにもよってこの二人をナンパしたのだ。
     最初の内は外来からの客ともあり、二人とも控えめに断っていたのだが、あまりにもしつこかった為に、遂に実力行使に打って出たのだ。
     周りの学園関係者は、よりにもよってあの二人にと頭を抱え、二人の怒りが頂点に向う頃には既に避難を終えて、外来から来ていた他の一般客を避難させていた。
     迅速な行動である。この二人に対して、いったいどのような認識が広まっているかが窺い知れた。
     「全く、人が下手に出てれば、いい気になるんじゃないわよ。あんたなんて片手でちょいなんだからね」
     「全くだな。このような下種な輩は、直接素手では触れたくも無い」
     ユナに同意するように、何度も頷く。
     「そうよね。他人の迷惑も考えなさいよ。第一、貴方達なんかお呼びじゃないのよ」
     「全くその通りだ。他人の迷惑を考えろ。そして、もう少し頭を使え」
     その言葉を遠巻きに見ていた学園関係者の一部は、「その台詞をどの口が言うか?!」と思いっきり心の中で二人に対して突っ込んだ。
     勿論声には出さない。出したら最後、どの様な目に合わされるかは、日を見るよりも明らかだからだ。
     「全く、反省してるの?」
     「おい、ちゃんと聞いてるのか?」
     ゲシゲシゲシ、二人は既にピクピクと痙攣している男二人に、容赦の無い蹴りを見舞う。
     暫く蹴り続けて、漸く気が治まったのか、二人は何事も無かったようにその場を後にした。
     二つの災害が過ぎ去り、大分時間が過ぎた後に、瀕死の男二人は我に帰った一般客の手によって医務室に運び込まれた。
     対して学園関係者にとっては、ある意味あの二人が巻き起こす災害は、日常と言っても良いので、何事も無かったかのように二人の男を無視して祭りに戻っている辺り、神経の図太さが窺い知れる。



     「あ、レン、このフライドポテト結構いけるわよ。レンも食べる?」
     「ふむ、では貰おうか。代わりと言っては何だが、このフライドチキンを食べるか?」
     「うん。貰う貰う」
     フライドポテトを手渡したユナは、代わりにレンから受け取ったフライドチキンをぱくついた。
     現在二人は小腹が空いた為に、飲食関係が多く出張っている一角に食べ歩きに来ていた。
     「結構脂っこい物を食べたわね……」
     「……そうだな。次は何かサッパリした物を食べたいな」
     「う〜ん、サッパリした物も良いけど、何か甘い物と紅茶なんてどう?」
     「ああ、それも良いな。そうすると……あっちに紅茶とケーキを出している処が在るな。其処に行くか?」
     パンフレットで店舗を確認するレン。
     それにユナが頷いたのを確認して、レンは店の在る方へと歩き出した。



     「むむ、このパイかなり手が込んでるな……。文句無しに美味い」
     「こっちのチーズケーキも美味しいわよ。それに紅茶も美味しいし、このまま本当にお店が開ける味だわ」
     「ああ。それなのに何故これほどまでのモノが作れて、この学園に入学したのだろな……。いや、それは本人の自由か……」
     文句無しに美味しいケーキと紅茶のセットに、満足な二人。
     まさか学園祭の手作りケーキが、ここまでの味を出せるとは思ってもいなかったので、良い意味で裏切られた二人は、満足気な顔で店を後にした。
     もっとも、もし不興だったらいったいどうしようかと、舞台裏でケーキ担当と紅茶担当の生徒は、ガタガタブルブルと震えながら、神に祈っていたりした。
     結果満足して店を出て行った二人の後姿を見て、ほっと胸を撫で下ろしていた。



     その後も『武道祭』を楽しんだ二人は、大小様々な問題を起こしつつも、満足して寮の自室へと帰った。



     〜後日談〜

     初日に瀕死の重症を負わせた二人の男が、『武道祭』最終日に仲間を大勢連れて学園に再び乗り込んで来て、ユナとレンに復讐を果そうとしたが―――
     ―――結果は言わぬが花であろう。
     唯一つ言える事は、乗り込んで来た男たち全員が、女性恐怖症になった事でけは記して置く。
     特に赤い髪と白い髪の少女を見たとたんに、泣き叫びながら逃げ出すのだが、原因は不明とされている。
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■224 / inTopicNo.4)  赤と白の前奏曲Act3
□投稿者/ ルーン -(2005/08/21(Sun) 19:37:24)
    〜注意〜
     この話は、『捜し、求めるもの』のユナの学生編です。
     又、この話の時空列は滅茶苦茶です。



     「弓兵部隊前へ! 構え! 敵を充分引き付けるまで放つなよ?!」
     部隊の前方に出た弓兵部隊は、一糸乱れぬ統率された動きで命令に従う。
     キリキリ……数十の弓を引く音が闇夜に響く。
     視界は、星と月明かりのお陰で闇夜にしては明るい。
     弓兵の一人一人が、狙いを定めて息を殺し、次の命令を待つ。
     「魔法部隊詠唱始め!! 属性は風に炎に限定!!」
     二十人ほどの魔法使いが、命令に従い詠唱を始める。
     その声は朗々と戦場と言う闇夜に響き渡る。
     歌うような、けれども力強い声。
     その声に後押しされるように、部隊の指揮官は声を張り上げた。
     「来たぞ!! 敵は前方約100m地点!! ゴブリンやオーク共だからと言って侮るなよ?! 弓兵部隊……てっーーー!!」
     その言葉と共に、限界まで引き絞られていた矢が一斉に放たれた。
     放たれた矢は、迫り来る魔物の部隊へと降り注ぎ、次々と突き刺さる。
     矢に刺され倒れる者もいるが、それ以上に多くの敵が倒れこむ仲間を踏みつけらながらも突撃して来る。
     「ち、奴らに仲間意識など無いか……魔法部隊、奴らに魔法を叩き込んでやれ!!」
     指揮官の言葉に、呪文の詠唱を終えた魔法部隊は、展開した魔法を放つ。
     爆炎が大地を焦がし、風が死の刃となって荒れ狂う。
     「弓兵部隊に魔法部隊は後退! 騎士団前へ!!」
     指揮官の命に従い、後退する二つの部隊。
     代わりに、盾と剣と鎧で武装した騎士団が前へと出た。
     「騎士団抜剣! 構え! ……陣形を乱すなよ?! 騎士団切り込めーーー!!」
     『うおおお!!』
     声を張り上げ、陣形を乱す事無く魔物の群れへと突撃する。
     その様は正に勇猛果敢。
     敵の数は、自軍の戦力よりも遥かに上。
     騎士団だけでは圧倒的不利にも拘らず、騎士たちは一寸の躊躇いも見せずに敵に相対する。
     剣で敵を切り、あるいは盾で敵の攻撃を弾き打ち据える。
     盾は強力な鈍器となり、敵の足を止める。その隙に切り捨て、次の敵へと相対する。
     傷つき倒れし仲間は、直ぐに後ろへと下がらせ、魔法使いによる治療を施す。
     仲間が抜けた穴は、別の騎士がすぐさま埋める。
     そして傷が癒えた騎士は、直ぐに戦場へと舞い戻り、仲間を助ける。
     これの繰り返しで徐々に敵部隊を駆逐していく。
     単純だが、有能な指揮官も優れた知性を持たず、ただ単純に力押しで向ってくる魔物が相手では、この単純さが逆に効果的なのだ。
     最も、指揮官に相応しい知性を持った魔物や魔族もいるにはいるのだが、その絶対数が少ない為に、大群で襲って来る魔物相手でも、数で下回っている場合でも優位に交戦できるのだ。
     第一、この混戦の最中では、下手に魔法や弓で援護しても同士討ちの恐れが出て来るために、弓や魔法は敵部隊後方や、騎士団を迂回して本陣を襲おうとしている者達にしか効果が発揮され難いのだ。
     その本陣を狙おうとする敵も、部隊として統一された行動ではなく、個人個人でバラバラでの全く統一感の無い攻撃の為、殲滅する事など容易かった。
     そんな事情も相まって、騎士団は徐々に魔物の群れに楔を打ち込んでいき、敵部隊を押し始めていた。
     圧倒的な物量差にもかかわらず善戦している部下たちを見ながらも、指揮官の表情は厳しかった。
     「くそ! 銃撃部隊がいたらもっと戦闘も楽になるんだがな……」
     忌々しそうに言葉を吐き捨てる。
     銃や魔装銃が充分な数さえあれば、計り知れないほどの戦力になる。
     尚且つ遠距離武器な為、騎士団の被害も最小限ですむ。
     そうすれば、仲間や部下を失わずにすむのだが―――と指揮官は胸中で呟く。
     だが銃や魔装銃は、未だに高価な代物なのだ。
     それを戦闘に使えるほど大量に所持するのには、購入する資金を揃えるのは地方では難しい。
     唯一部隊が組めるほど銃や魔装銃を所持しているのは、王都の銃撃騎士団ぐらいなものなのだ。
     あとは裕福な家庭や、冒険者や傭兵などといった特殊な者達が持つのみ。
     地方の騎士団では、高官ぐらいしか銃や魔装銃は持てないのが現状だった。
     「魔法部隊! 負傷した騎士の治療!! 並びに、身体能力向上系の魔法をかけろ!! 急げよ!? 敵は待ってはくれんぞ!!」
     無いものを強請っても仕方がないと、指揮官は今ある戦力での最善の策を模索する。



     「見事に統制された部隊ね。あの大群を相手に、徐々にだけど押し始めてるわ」
     赤い髪の少女が、隣にいる白い髪の少女へと向って言った。
     「まぁ……な。だが、ただ単純に敵が莫迦というだけでもあるがな」
     感心した赤い髪の少女の評価に対して、白い髪の少女は、敵を莫迦の一言で切って捨てた。
     その評価に、赤い髪の少女は苦笑を漏らした。
     苦笑した赤い髪の少女を見ても、白い髪の少女はジッと戦場を眺めていたが、ポツリと言葉を漏らした。
     「だがまぁ、確かに統制は取れているな。王国の近衛騎士団クラスとまでは流石にいかないが、それでも地方の領主の軍勢にしては充分過ぎる」
     何だかんだ言っても、きちんと目下の騎士団の統制を評価している辺り、この白い髪の少女も唯の少女ではないだろう。
     そんな白い少女の態度にも慣れているのか、赤い髪の少女はただ苦笑を深めただけだった。
     「ユナ殿〜、レン殿〜」
     戦場を見下ろしていた二人の少女の背後から、そんな呼ぶ声が聞こえた。
     「呼ばれているな、ユナ」
     「そうね、レン。でも何かしら? 今の状況なら、私たち二人の力は必要ないはずだけど……」
     ユナと呼ばれた赤い髪の少女は、指を顎に当て、考える素振りをした。
     「さあな。だが、行ってみれば分かるだろう」
     白い髪の少女―――レンはその白い髪を輪ゴムで無造作に纏めると、身を翻し、声のした方へと歩いていった。
     「それもそうね。……って、少しぐらい待ってくれても良いんじゃない?!」
     ユナの返事も待たずに歩いていくレンに、頬を軽く膨らませ、レンの後を追った。



     「失礼します」
     「失礼する」
     二人が入った天幕は、戦場から少し離れた場所に立てられていた。
     周囲は武装した騎士が油断無く見張っている。
     天幕に入った二人が感じた雰囲気は、ピンっと張り詰めた空気だった。
     その空気で、二人は何か不測の事態が起こった事を察した。
     天幕内を見渡せば、中には机と数脚の椅子があり、机に置かれたこの周辺の地図を、険しい目付きで数人の男たちが取り囲んでいた。
     「総隊長殿、お呼びと聞きましたが、どのようなご用件でしょうか?」
     「ユナ殿、レン殿、ご足労ありがとうございます。まずは、あなた方が連れて来てくださった魔法学園の生徒達のおかげで、我が騎士団の被害が最小限で抑えられている事にお礼を申し上げます」
     「いえ、お気になさらずに。これも授業の一環ですし、正式に学園に依頼なされた事ですから、当然の事です」
     ユナとレンがこの様な戦場にいる訳は、ユナが総隊長に言ったように、これが魔法学園の授業の一環だからである。
     魔法学園と戦場。
     一件無関係と思われるが、実際はそうではない。
     治療に攻撃にと、魔法使いは戦場では立派な戦力になるのである。
     そこで魔法学園は実戦の実習を兼ねて、魔物退治の依頼を各所から受け持っているのだ。
     勿論地方にも魔法協会があるし、騎士団にも魔法使いはいるが、魔法使いの全てが戦闘に向いている訳でもない。
     だが魔法使いは戦場では何かと便利な存在なのも確かなのだ。
     そう言った理由から、十分な魔法使いがいない地方の騎士団などでは、魔法学園に魔法使いの派遣を依頼するケースが多い。
     勿論危険を伴うし、依頼という形を取っているため、依頼料はとる。
     学園から派遣される対象となる生徒は、主に五期生と四期生達である。
     これは実戦に耐えうる実力を持っているのが、四期生からだからだ。
     学園の生徒たちは、魔物退治の依頼を最低一回受ける事が課題となっている。
     例外は実力や性格上に問題がある生徒たちだが、それらの生徒には別な課題が設けられる仕組みとなっている。
     もちろん、魔物退治を受ける生徒たちにもメリットはある。
     まず、学園に支払われる依頼料から、生徒個人にもお金が手渡されること。
     そして、実戦で魔法が使えることだ。
     実戦からでしか得られない経験を得ることができる。
     その他にも、実戦を経験していた方が、仕官する時に有利などといった点がある。
     その為に危険を伴う実習にも関わらず、志願する生徒たちも多いのだ。
     ユナやレンはそんな事には興味はないのだが、その戦闘力の高さから、学園側から指名される事が多い。
     既に実戦の経験回数は、四期生にも関わらずに、学園内でもトップクラスになっている。
     そう言った理由から今回も指名されたのだが、役職的には他の生徒たちの引率の先生といった感じだった。
     「それで? 総隊長殿が険しい顔つきをしているということは、何か問題が起こったんだろう? 私たちにできる事なら、協力は惜しまないつもりだ」
     単刀直入に、しかも無愛想に言うレンに、ユナは頭を抱えたくなった。
     せめてこう云う時ぐらいは、もう少し丁寧な言葉使いをするとか、態度を少しは柔らかくして欲しいとか思うのは、自分の我侭なのだろうか? と考え込む。
     第一、私自身も猫を被って慣れない言葉を使っていると言うのに、不公平ではないか? と思うのだが、そんな事を隣の親友に言っても、「だったらユナも猫を被らずに、素のままでいけば良いだろう」とか言うに決まってるのだ。
     意識しないと自然と漏れそうな溜息を堪えつつ、ユナは総隊長に謝る事にした。
     「すみません、総隊長殿。こういう娘なので、大目に見てくれると助かります」
     頭を下げて謝るユナに、
     「いや、気にすることは無い。こちらとしても、単刀直入の方が時間を省略できるのでな」
     総隊長は苦笑をしながらも快く許した。
     その言葉にユナはホッと胸を撫で下ろし、隣に立つ親友を軽く睨む。
     もっともレンはそんなユナの視線に気が付きながらも、特に悪びれた様子も無く口を開いた。
     「それで、いったい何があったというのだ?」
     「ああ、実は厄介なことが起こってな。今襲撃してきている魔物どもの他にも、もう一つ魔物の群れが近づいてきているようなのだ」
     「嘘でしょう?! それって上位魔族か、それに近い力を持った魔物がいたってこと?!」
     苦りきった口調で言う総隊長に、思わずユナは声を荒げた。
     今現在の状態は、小康状態をやっと保っているような戦況なのだ。
     それなのに他の魔族の群れに加えて、上級魔族でも来られた日には、一応の予備戦力は在るものの、戦況がひっくり返りかねない。
     「いや、どうやらそうではないらしい。幸か不幸か、ただもう一つの魔物の群れが近づいて来ているだけであって、偵察部隊からの報告からでは、上級魔族などの姿は見当たらなかったそうだ」
     「なるほどな。だが、厄介な事には変わりないな。で、いったいどうするつもりだ?」
     総隊長は顎鬚を擦りながら、思案するように目を瞑った。
     総隊長が思案している間にも、引っ切り無しに戦場の様子や近づいて来る魔物の情報が届けられているが、それらは総隊長の部下たちが受け持ち、総隊長の思考を邪魔しないようにしている。
     「……ところで、ユナ殿とレン殿が使える一番威力が強い魔法で、どのくらいの魔物が葬れる? ああ、今近づいて来ている魔物の群れの数は、今騎士団が戦っている数よりも少ないそうだ」
     それなら全部です。と言いたいのをユナはグッと堪え、視線を周囲へと走らせた。
     確かに自分とレンが禁呪を使うのなら、あの魔物の群れよりも少ないのならば、全部を葬れると思う。
     もっとも、それは協会関係者がいなければ―――の話しだ。
     下手に禁呪が使えると協会に知れ渡ると、後々厄介な事になるのは分かりきっている事だ。
     それはもう、協会から熱烈な勧誘が来るだろう。それこそ、断れば命の危険があるような熱烈な勧誘が。
     そして、今現在この場に協会の関係者がいるために禁呪は使えない。
     となれば、禁呪よりもワンランク下の呪文になるのだが―――
     「そう、ですね……相手の魔法防御力や陣形にもよりますが、三分の一か半分くらいはいけるかと思いますが……」
     「では三分の一と考えよう。とすると、残しておいた予備戦力で残りの三分の二を叩くになるが……さて、どうしたものか……」
     総隊長は決断を下せない不安が二つほどあった。
     一つ目が、戦力の問題。今残してある予備戦力は、あくまで予備なのだ。敵に対して圧倒的に人数が少ないのだ。
     二つ目の方がより重要なのだが、戦闘能力はともかくとして、指揮官が不足していることが一番の問題だった。
     予備戦力の大部分が、緊急時に際して外部から雇い入れた傭兵によって構成されている。
     小規模な傭兵団と幾つも契約したために、指揮系統がはっきりととれないのだ。
     基本的に傭兵達は雇い主に対しては従順なため、傭兵たちを雇った者が指揮を取ればいいのだが、雇い主がこの場にいないのが問題だった。
     雇ったのはこの地を治める領主なのだが、その領主は戦闘にはとても向いているタイプではなかったので、町に残っていた。
     となると、傭兵たちを指揮できそうなのは立場上総隊長ぐらいなのだが、その総隊長は全体を指揮するためにこの場から離れられない。
     そんな訳で、傭兵たちを指揮できる指揮官がいないのが現状だった。
     そんな現状に頭を掻き毟って喚きたくなる総隊長だったが、上に立つ者がそんな無様な姿を見せられるはずもなく、表面上は冷静なように繕ってみせていた。
     「指揮官がいないのであれば、私が指揮をとりましょうか?」
     テント内で唯一一人離れた位置で、静かに事の経緯を見ていた男が、すっと前に出て言った。
     その言葉に、この場にいた殆どの者が驚きに目を見開く。
     ユナとレンは面白そうな目で男の動向を見ている。
     ユナとレンにしても、この男が介入してくるのは予想外のことだったので、内心面白そうな事になりそうだと喜んでいた。
     「ほ、本当ですか!? レオン殿!!」
     総隊長は驚きと喜色の混じった顔で男―――レオンへと詰め寄った。
     「ええ、本当です。非常事態ですし、この場合は陛下も許してくださるでしょう」
     レオンは朗らかな笑みを浮かべ、頷いた。
     この言葉に、テント内は喝采で包まれた。
     『レオン・ディスカ』は王国近衛騎士団に所属しており、そんな彼がこの場にいるのは、軍監として事の経緯を見守り、国王へと報告するためにいるのだ。
     はっきり言ってしまえば、領主や騎士団の民や魔物に対する行動が、適切かどうかを見張りにきているのだ。
     そんな彼が指揮をとることは異例の事態と言ってよいのだが、予想外の出来事が起こっている今、民の安否を守るためには、自分が指揮をとったほうが最善だと判断したのだろう。
     総隊長としても優先すべきことは、民や土地を守ることであり、自分のプライドなどではない事は判りきっている。
     総隊長は頭を下げて、予備戦力の指揮をレオンへと託した。
     レンはそっとユナの耳元へと顔を近づけると、
     「面白い展開になったな。予想外の出来事だが、王国近衛騎士団の実力見るいい機会だな」
     小声で囁いて来たレンに、
     「そうね。王国近衛騎士団の実力って気になってたし、丁度いいわ」
     瞳を細めて楽しそうに口にした。
     レンとユナはこの非常事態にこれ幸いにと、王国近衛騎士団の実力を測ることにしていた。



     「ではユナ殿にレン殿、あの集団に思う存分に魔法を叩き込んでください」
     ニコリと笑って、レオンは眼下に迫りくる魔物の群れを指差して言った。
     二人は黙って頷くと、呪文の詠唱を始める。
     「風と同調せよ! 風と合わされ! 風と交じり合え!! 炎の精霊よ、爆ぜよ! 大地より爆ぜよ! 天空へと爆ぜよ! その紅蓮の業火を爆ぜよ! その業火にて、我が眼前に立ち塞がる愚かな脆弱なモノどもを焼き滅ぼせ!!」
     「炎と同調せよ! 炎と合わされ! 炎と交じり合え!! 風の精霊よ、駆けよ! 大地を疾駆せよ! 大いなる天空を走破せよ! 天空よりの裁きを下せ! その大いなる息吹を持って、全てのモノを薙ぎ払い駆逐する暴風となれ!!」
     ユナとレンの目が合い、頷き合う。
     ユナは手を振り下ろし、レンは手を振り上げ、最後の説を唱えた。
     「「汝には、如何なる距離も障害も無し!!」」
     魔物の群れの丁度中央で、突如爆炎が大地から吹き上げ、幾多の魔物をその業火で焼き、爆風で吹き飛ばした。
     天空からは大気の断裂から生まれた刃が降り注ぎ、魔物の群れを襲う。
     爆音と轟音が響き渡る中、呪文の効果はまだ続く。
     大地から立ち上った爆炎と、天空から降り注ぐ大気の刃が混ざり合い、膨れ上がる。
     目の眩む閃光と轟音が大地を揺るがし、交じり合った炎と風が炎の刃となり、大地を縦横無尽に疾駆する。
     魔物へと荒れ狂う死神の刃と化した炎の刃は、魔物と一緒に平原にも当然のように被害をもたらし、草木を燃やしている。
     さすがにこれほどの威力とは思っていなかったレオンは、呆然としていたが、何とか自分を取り戻すとユナたちへと顔を向けた。
     「……確かに思う存分と言いましたが、これはさすがに……」
     頬を引き攣らせながら言うレオンに、
     「……いや、まさかこれほどの威力とは、私たちも思ってなかった。……しかし、これは凄いな」
     「……ええ、あのレベルの呪文での『合体魔法』と、『空間設定型魔法』の『融合魔法』なんて初めてだったものね。実験には丁度いいから使ってみたけど……」
     これは禁呪レベルの威力だわ、と言葉を飲み込む。
     予想外の威力に驚くユナだったが、一方で、禁呪同士を『融合魔法』させたら面白そうなどと、危険極まりないことを考えていた。
     まあレンも同じ事を考えていたから、似た者同士の二人だろう。
     「? ってまさか!? 使った事もない魔法を使ったんですか!?」
     二人の言葉の意味することを知り、思わず驚きの声を上げるレオン。
     「ん。まあ、な。実験には丁度よかったしな」
     「そうよね。隠れてこっそり試し撃ち……なんて、できないしね。大っぴらに実験できるいい機会なのよね、この魔物の討伐って」
     答えた二人は、なにやら手帳をとりだして、威力やら改良点やらを書き込んでいる。
     そんな二人の様子に、レオンが思わず頭を抱え込んだとしても、誰も攻められないだろう。
     しばらく頭を抱え込んでいたレオンだったが、魔法の効果がなくなると気持ちを取り直して、自ら先頭に立ちながら魔物の残存部隊へと突撃していった。
     指揮官が自ら先頭に立ち、戦闘を行う行為は賛否両論だが、部隊の士気を上げるのにはこれほど効果的なものも少ない。
     実際その効果は覿面で、数では未だに劣っている自軍だが、その士気は天にも届かんばかりの勢いだった。
     もっとも、先ほど魔法が引き起こした光景も一役たっているんであろうが……



     結局二箇所で行われた戦闘は、犠牲は出しながらも魔物を追い払うことに成功した。
     そしてユナたち学園からの救援者は、戦闘終了後もけが人の手当てなどに数日間町で過ごし、本日学園への帰路へとついた。
     「それにしても、王国近衛騎士団の実力を直に見れたのは業績だったな」
     「そうね。もっとも私としては、何故ごく普通の剣の一振りで、魔物が一度に十匹以上も吹き飛ぶのかが知りたいけど」
     ユナの言葉に、レンは何か思い出すそぶりをしながら、
     「ああ、アレか。確かに、魔法もE・Cも使わずにあの威力は驚いたが、たぶん、剣の振りで衝撃破でも放ってるんだろうな」
     「……私が言うのもなんだけど、王国近衛騎士団も滅茶苦茶ね。しかも、本気には程遠かったっぽいし」
     呆れたと言わんばかりの口調に、レンは苦笑した。
     「まあ、な。だが、これだから世界は面白い。そうは思わないか、ユナ?」
     「そう、ね。確かにレンの言うとおりだわ。これだから世界は面白い!」



     「やれやれ。アレが噂の『ユナ・アレイヤ』に、ヴァーデン侯爵家の跡取娘、『レン・オニキス・ヴァーデン』ですか……それにしても、噂以上の滅茶苦茶ぶりですね。……まあもっとも、陛下はお喜びになるかもしれませんがね」
     遠ざかっていくユナとレンの後姿を見ながら、レオンは溜息を吐いた。
     噂には聞いていたが、噂以上の滅茶苦茶ぶりに、さしもの王国近衛騎士団のレオンも疲れていた。
     そもそも今回の任務は、王宮でも噂になっている、ユナとレンが魔物の討伐隊に参加をすることを知った国王の命により、ユナとレンの性格や考え方や、魔法使いとしての実力を見極めることがレオンに与えられた主な任務だったのだ。
     言ってみれば、軍監としての任務は、二人を観察するためのついでなような任務だったのだ。
     噂以上の滅茶苦茶ぶりに呆れかえりながらも、自分が仕える主の性格を思い返し、絶対に二人を気に入るだろうと確信したレオンは、もう一度溜息を吐き、報告を心待ちにして いるであろう、己の主の下へと帰還を急ぐべく、馬に鞭を入れた。
     心中で、今後あの二人には関わらないでいたいと願いながら。



     もっとも、その願いは適わぬ願いだったのだが。
     これが縁どうかはともかくとして、こののちあの二人と王国近衛騎士団の中で、一番付き合いが濃く、長くなるとは、幸か不幸か神ならざるレオンには知る由もなかった。
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