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■228 / inTopicNo.1)  愛の手を【レイヴァン・アレイヤ編】
  
□投稿者/ ルーン -(2005/10/18(Tue) 22:48:56)
     『愛の手を』は登場していない、もしくは余り出てきていないキャラを主役にしようという企画です。
     ですので、一編ごとに主役が違います。(タブン
     今回は、ある程度性格を掴んでいる『レイヴァン・アレイヤ』が主役です。(オソラク
     まあ、ユナも出てきますが。
     ちなみに、続くかは全くの不明。
     企画の意味あるのか? とかいう疑問は置いとくださいね。
     では、どうぞ。


     


     「では、本年度の我がクラスの学園祭の出し物は―――に決まりました。皆さん、きちんと恥ずかしがらずに準備しましょう。では、本日はこれまでです。また明日、お会いしましょう」
     ニッコリと微笑み、教師は教壇を後にする。
     教師が退出した後の教室には、出し物に頭を悩ます者、喜ぶ者などさまざまである。
     中には、今にも泣き崩れそうな者までいる。
     そして、レイヴァン・アレイヤの場合は―――
     「母さんとユナの、どっちのを借りよう……」
     結構前向きだった。



     「う〜ん、どちらを選ぶべきか……」
     腕を組み、首を可愛げにちょこんと傾げて、レイヴァン・アレイヤは悩んでいた。
     レイヴァンの視線の先には、ベットに広げられた二着の服が広げられており、その間を行ったり来たりしている。
     「う〜ん、本命はこっちかな〜? でも、意外性を狙うならこっちだよな〜」
     真剣な目つきで二つの衣装を見比べるレイヴァンだったが、いかんせん、下着の姿ではどこか間抜けである。
     しかしレイヴァンはそんなことを気にした様子もなく、目の前の服選びに没頭している。
     「よし、こっちの服にしよう!」
     散々悩んで決心が着いたのか、片方の服を手にとると、慣れない手つきでもたつきながら、その場で着替える。
     鏡の前でポーズをとり、クルリと回って違和感がないかをチェックする。
     「ふむ、さすが俺。我ながらよく似合っている」
     予想以上のできに、レイヴァンは満足気に頷いた。
     とその時、扉の開く音と共に、義妹のユナが部屋に入ってきた。
     「……お義兄ちゃん? いったい何してるの……?」
     ユナの表情は困惑し、少し声も震えていたが、その事にレイヴァンは気付かなかった。
     「ユナ、部屋に入るときにはノックをしないとダメだろう?」
     レイヴァンに注意されたユナはむっとなり、可愛らしく頬を膨らませる。
     「何言ってるのよ、義兄ちゃん! この部屋は私の部屋でしょう! 何で自分の部屋に入るときにノックをしなくちゃいけないのよ! って、そうじゃなくって、私は何でお義兄ちゃんが私の部屋にいて、あまつさえ私の服を着てるのって聞いてるの?!」
     ユナは自分の服を着られている事に対する羞恥心からか、それとも自分の服を着ているレイヴァン対する怒りからか、顔を真っ赤にしながら怒鳴る。
     「ユナ、何をそんなに怒ってるんだ? ……もしかして、似合ってないか?」
     ユナが何故怒っているか分からずに、レイヴァンは不安そうに眉根を寄せて、鏡に映る自分の姿を見つめる。
     レイヴァンの来ている服は、深紅のドレスに、白いフワフワしたレースが幾つもついている、所謂ゴスロリの服だった。
     「似合ってるとか似合っていないとかじゃなくって、あ゛あ゛もうっ! 私は・何で・私の服を・お義兄ちゃんが着てるのかって聞いてるのッ!!」
     ユナは地団駄を踏み鳴らし、一言一句を区切り、レイヴァンを睨み付ける。
     「ふむ、何故かだと? ……それは着てみたかったからだーーー!!」
     「アホかぁぁぁっ!?」
     胸をそらして偉そうに言ったレイヴァンに、ユナは叫び声と共にボディブローを放つ。
     ユナの拳は見事にレイヴァンの脇腹を捕らえ、レイヴァンは堪らず膝をついて呻き声を漏らす。
     「う゛ぅ゛、ちょっとしたお茶目だったのに……ユナ、酷いや」
     「お義兄ちゃん、お願いだから真面目に答えてね?」
     ズキズキと痛む眉間を抑え、レイヴァンに詰め寄る。
     流石に身の危険を感じたのか、レイヴァンはコクコクと何度も頷く。
     「ユナも知っていると思うけど、今度うちの学校で学園祭があるだろう?」
     確かに、とユナはレイヴァンが通う高等科の学園祭に誘われていたのを思い出した。
     しかしユナは首を捻り、ごくまともな疑問を口にする。
     「でも、それと私の服を着るのとどういう関係があるの?」
     「ああ、それはな、俺のクラスの出し物に関係があるんだ。今日クラスで何を出すかを話し合ってな。そこで一人の男子がふざけて、男装喫茶が良いって言ったんだ。そうしたら、次々に他の男子が盛り上がってな。男装喫茶で決まりそうになったんだが……何と言うか、当然と言うか、女子からは猛反発があってな。女子は意趣返しのつもりで、『なら女装喫茶でも良いんじゃない?』とか言い出したんだ。それからはまあ、話は当然平行線を辿る訳だ。っで、何時までも話が平行線を辿るから、俺も好い加減飽きてきてな。『なら男装女装喫茶にすれば良いだろ』と、言ったんだ。そうしたら、男女共に大喝采をあげてさ。満場一致でクラスの出し物が、男装女装喫茶になったんだ。っで、着る服を借りようと、ユナの服を試着させてもらっていたんだ」
     「なるほどね。そういう事情なら仕方が無いけど、でも、私に一言断ってからでも良いんじゃない? けどお義兄ちゃん、よく私の服着れたね。まあ、流石にサイズが小さいのか、ロングがミニになってるけど」
     ついっと、視線を脚に向ける。
     自分が着ている時は足首まである裾が、レイヴァンの場合は膝までしかない。
     「うん、母さんのじゃ大きすぎてさ。それでユナのを借りたんだ。ほら、俺って同年代の男と比べて小柄だしね」
     ドレスのリボンを弄りながら、苦笑する。
     「それで、そのドレスで良いの?」
     「ん? ああ、このドレスで良いよ。そっちの花柄のワンピースとどっちにしようか迷ったんだけど、こっちの方が受けそうだしね」
     満面の笑みを浮かべ、ちょこんと裾を持ち上げ、令嬢のように挨拶をする。
     その姿にユナは一瞬ドキンとし、続いて自分よりもさまになっている様子に、女としてのプライドが傷ついた。
     だから、ほんの悪戯心のつもりで言った。
     「ふ〜ん、ドレスまで着るなら、どうせなら下着も女の着れば? 良かったら私の貸すよ?」
     口元に小悪魔のような笑みを浮かべる。
     しかし、レイヴァンの言葉によって、その笑みも凍りつく事となった。
     「本当か!? いや〜、良かった。実はさ、もう借りてるんだ。どう言い出したものかと悩んでたから助かったよ」
     「―――…………は?」
     時間が凍りついたような間の後、ユナはやっとそんな間の抜けた声を出した。
     「いや、だからもう借りてるって言ったんだ。ほら」
     言って裾をめくる。
     そこには確かに見慣れた下着があった。
     見間違うはずもなく、ユナの下着だった。
     それも、アレはユナのお気に入りの一枚だった。
     「………………」
     長い、長い沈黙。
     レイヴァンは部屋の中にいるというのに、何故だか極寒の中にいるように感じられた。
     「……ユナ?」
     体が細かに震えているユナを見やり、今すぐこの部屋から逃げ出したい衝動を必死で抑え、レイヴァンは声をかける。
     「……ゃ…………ぃ」
     「何だって、ユナ?」
     ポツリと漏らした声に、耳を傾けようと、ユナに一歩近づく。
     「お義兄ちゃんの、変態ぃぃぃっ!!」
     レイヴァンの目に映ったのは、真っ赤に燃えるユナの小さな拳だった。
     それが吸い込まれように胸を捉える。
     さきほどのボディブローを遥かに超えた衝撃がレイヴァンを襲った。
     レイヴァンの体は衝撃で吹き飛ばされ、窓を突き破り、二階から地面へと叩きつけられる。
     あまりの衝撃に息が出来ないレイヴァン。
     そんな彼が意識を失う前に思ったことは、
     「ユナ、どうして怒ったんだ? 下着貸してくれるって言ったじゃないか。これだから女心は良く分からん」
     などといった、全く女心を理解していない考えだった。



     一方我に返ったユナは、慌てて窓から庭へと落ちたレイヴァンを見つけると、
     「お義母さ〜ん、大変!! お義兄ちゃんが窓から落ちた〜〜〜!!」
     義兄を助ける為に、義母に助けを求めに走った。



     予断だが、これがユナ・アレイヤが無意識だが、初めて炎の魔法を使った瞬間でもある。
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■231 / inTopicNo.2)  愛の手を【ユーリィ・マカロフ編】
□投稿者/ ルーン -(2005/11/18(Fri) 20:30:33)
     『愛の手を』は登場していない、もしくは余り出てきていないキャラを主役にしようという企画です。
     ですので、一編ごとに主役が違います。(タブン



     モキュウって感じです。
     ええ、それはもう。
     設定考えて、ストーリーもある程度考えて、いざ書くか! って時に……悪夢は訪れました。
     念の為に、設定を再確認したところ―――アレレ? 以前と設定違ってる?
     ってなことがありましたw
     どうやら、設定を変更しなくてはならない事態があったようですね〜。←他人事のように
     こんな事なら、初めからチェックしとけば良かったと後悔。
     初めからチェックしろよ、私。
     というか、最後に確認したの何時だよ……
     てなことで、使うキャラそのままに、ストーリーなどは急遽全変更w
     ではでは、そんな裏話がありますが、今回の主演は死神少女こと、『ユーリィ・マカロフ』です。
     では、どうぞ。



     「ねぇ〜、デクスター、暇だね〜」
     燦々と輝く太陽の下、少女はだら〜んと体を大の字にして、心底暇そうに声に出した。
     長い白銀の髪は地面に無造作に広がり、赤い目は雲一つ無い蒼穹を見つめている。
     少女がいるのは小高い丘の上なのか、少し離れたところに生えている木々が、小さく見える。
     「ユーリィ様、我々が暇なのは良いことです。それだけ、あちらからも、そして此方からも客人が来ぬ証なのですから」
     重厚で厳かな声は、ユーリィと呼ばれた少女の直ぐ下、つまりは少女が背にしている丘と思われたものから発せられた。
     「とはいってもねぇ、暇なんだからしょうがないでしょう。客もこの所来ないし」
     ぷぅっと頬を可愛らしく膨らませ、そっぽを向いた。
     「やれやれ、ユーリィ様にも困ったものだ。『暇』と仰ったのは、今月だけで実に19716回目ですよ。ちなみに客人が最後に来たのは、1313286時間54分47秒前ですな。おぅ、実に約152年間二人っきりと言う分けですな」
     クツクツとデクスターが笑う声と共に、ユーリィが背にしていた丘も揺れている。
     小高い丘と思っていたのは、デクスターの背中だったのだ。
     「むぅ、そんな事を一々数えているデクスターも暇なんじゃないか!」
     笑われたことが不服なのか、ユーリィは右手の拳を握ると、デクスターの背に振り下ろす。
     「っ! 痛いですよ、ユーリィ様」
     大きな体を震わせ、背の主に向かって文句を言う。
     デクスターは人の顔に獅子の体を持つ、スフィンクスと呼ばれる種族だ。
     何故そんな彼が、ただ一人ユーリィの側にいるかは誰も知らない。
     デクスター本人と、ユーリィを除けば、だが。
     「ふ〜んだ! あたしは悪くないも〜ん。ぜ〜んぶ、一々細かいデクスターが悪いんだも〜ん」
     ゴロリと身を転がして、まるまるユーリィ。
     そんなユーリィに、デクスターは苦笑して、蒼穹を見つめる。
     否、彼が、いや彼らが見つめるのはただ一点。
     蒼穹にただ一点、墨汁を流したように黒くなっている場所。
     まるで空が裂けているような、ポッカリと黒いその場所だけが異常だった。
     その裂け目こそが、彼らの守るべきもの。
     この世界『リリース・ゼロ』と、異界『ギヌンガプヌ』を繋ぐ門なのだ。
     そして二人は、異界からの侵入者や、異界を目指す者を排除するためにいる―――
     「そう。私たちこそは、ゲ〜ト、ゲ〜ト、ゲ〜ト〜、ゲ〜ト〜キ〜―――」
     「お止め下さい」
     ノリノリで歌うユーリィに、デクスターは待ったをかけた。
     「ぶぅ〜、なんでよ〜。人が折角ノリノリで歌ってたっていうのにさ〜」
     「それは危険なネタです。ご了承ください」
     不満全開なユーリィに、デクスターを真面目くさった顔と声で言った。
     「ちぇ、分かったわよ」
     表情は不満ですと言っているままだが、ユーリィは大人しくデクスターの言葉に従った。
     「そう言えばさ、此処に門が出来てどのくらいだっけ?」
     「またいきなりですな。まあ、暇だ暇だと騒がれるよりはマシですが」
     急に話を変えるユーリィに、デクスターは呆れたように混ぜっ返す。
     「いいから答える!」
     そんなデクスターの態度が癇に障ったのか、ユーリィはバシバシとデクスターの背を叩き、答えをせかす。
     「はいはい……確かユーリィ様が裂け目が出来る波動を感知したのは、1752311時間23分39秒前。つまりは約二百年ほど前だったと記憶しております」
     それがなにか? と目で尋ねるデクスターに、ユーリィは一瞬考え込む素振りを見せたが、
     「いや、今までの経験から言えばさ、そろそろ此処の門も閉じて、別の場所に門が開く時期だと思ってね」
     「……確かにそうですな。門が開いてから閉じる時間……まあ、世界からの修正による寿命とも言えますが、それは平均150〜250年ですからな。平均的に見れば、此処の門が閉じても不思議ではない時期ではありま―――」
     答えるデクスターは、ふとありえない出来事に遭遇し、あまりの驚愕に言葉を失った。
     あまり考えたくもないが、異界を結ぶ門の番人という大事な使命を、主人は『暇』の一言で門をほったらかしにして、どっかに遊びに行くような人物なのだ。
     その主人が門の寿命を気にするとは―――
     デクスターは胸にジ〜ンと、何かが熱く込み上げてくる感じがせずにはいられなかった。
     苦節千年以上。やっと、やっと自分の思いが通じたのだと天に感謝したくなった。
     初めて出会ったあの頃の主人。自分が強く惹かれ、万人が完璧だと認めた主人。
     あの頃の主人に戻ってくれるのか!? との期待がどんどんと膨れていった。
     だが、冷静な部分がそれを否定する。
     あの主人だぞ? 昔の主人ではなく、今の主人だぞ? そんなに簡単に昔の真面目な主人に戻るなんて、そんなに都合の良い話がありえるのか? 
     いや、ありえない。だとすると……考えられる可能性は一つだった。
     それを確かめるために、デクスターは震える声でユーリィに真意を問うことにした。
     「時に主よ、何故そんなことを聞かれるのですかな?」
     「いやだって、此処の門が消えてから、次に門が現れるまで約数十年かかるでしょう? その間は好きなところに遊びにいけるじゃない」
     その言葉を聞いて、デクスターはガックリと肩を下ろした。
     予想のうちの一つとて、当って欲しくなかった予想なのだ。
     デクスターは胸中でさめざめと泣いた。
     「どうせ主のことです。次に門が出現する場所が、大都市の近くなら良いなどと思ってらっしゃるのでしょうな」
     言葉裏に嫌味をたっぷりと乗せて、デクスターはやけくそ気味に言う。
     だがその言葉に、ユーリィは意外な返答を返す。
     「もう、何でそう決め付けるかなぁ〜? そりゃあ、あたしの普段の行いが悪いのは認めるけどさぁ〜。でも、決め付けるのはあんまりじゃない? あたしだってなるべくなら、大都市や都市付近には出現して欲しくないと思っているのに」
     怒ったような口調で言うユーリィは、ジロリとデクスターを睨み付ける。
     デクスターは内心、「そう思ってらっしゃるのなら、直してください!」と怒鳴りたいのをグッと堪え、
     「ほほーう、珍しい。……で、真意はいずこに?」
     「ふ〜んだ! デクスターの意地悪! 良いも〜ん。此処の門が消えたら、遊び倒してやるも〜んっだ!」
     睨み付ける二人の視線が、バチバチと二人の間に火花を散らす。
     だが、あまりの無意味さに嫌気が差したのか、それとも大人気ないと思ったのか。
     ユーリィはついっと視線を逸らすと、
     「だってほら、ちょっと前と言っても数百年も前の話だけど、大都市付近に門が出現したときにさ、面倒くさい連中に絡まれたじゃない」
     ユーリィは顔を顰めて、思い出したくも無いといった口調だった。
     ユーリィのその言葉にデクスターの思考は過去を遡り、ある事件を思い起こさせた。
     「そう言えば、そんな事もありましたな。教会と協会の連中が門を調べに来て、我々を一方的に犯人と決め付けたのでしたな。此方の言葉は聞かないので、おかげで何度不必要な戦闘を繰り返したことか……。おまけに最後の戦闘中には異界の者まで出現して……あれは本当に大変でしたな。門が閉じた後も、教会と協会の連中にしつこく追いまわされもしましたな」
     やれやれと首を振り、続いて溜息が出た。
     「あんな面倒な連中とは、二度と付き合いたくないと当時は思ったものですが……」
     「そう上手くいかないのが人生よね〜」
     その後も何度か対峙する事もあり、その度に大なり小なりの戦闘が起きた。
     時には国家の軍隊と戦闘になったこともある。
     そんな戦いの繰り返しでも、二人に恩賞や得があるわけではない。
     特に自分たちの利になる事も無い、無償で門番の仕事を二人がするのは―――
     「まあ、でもこの仕事は続けなきゃねぇ〜」
     「そのとおりですな」
     ユーリィの言葉に相槌を打つデクスター。
     「だってほら、異界からの連中にこの世界を好きにさせたくないし」
     「この世界のためですからな」
     ユーリィとデクスターは空を見やり、声を揃えて言った。
     『でもまあ、何よりこの世界が好きだから』



     ピシ、ピシピシ……
     何かが罅割れる音が聞こえる。
     ギギャアアアアアア……
     何かの悲鳴のような音が聞こえる。
     それは、世界が罅割れる音。
     それは、世界があげる悲鳴。
     罅割れた空から、この世界と異界を繋ぐ門から、侵入者が来訪する音。
     その音を耳にして、ユーリィとデクスターは立ち上がり戦闘態勢に移る。
     ユーリィは何処からとも無く鎌をとりだし、背には魔力による漆黒の羽を出現させる。
     一方デクスターは、その巨大な四肢に力を込め、何時でも襲いかかれるよう身構える。
     ズルリ……
     門から来訪する何か。
     それを目にし、ユーリィとデクスターは互いに頷きあう。
     「いくよ、デクスター! 久しぶりの客だからって、遠慮はいらないよ!」
     「承知! 主こそ、ゆめゆめ油断なされるな!」
     二人は久方ぶりの戦闘に高揚し、知らず口元を緩め、侵入者へと襲い掛かった。



     こんな感じでどうでしょうか?
     本当なら、異界の生物の描写も書きたかったのですが……
     どんな姿かたちなのか書いてなかったので、そこは省略しました。
     って、決まって無かったですよね? ←自信なし
     ちなみに、私が勝手に決め付けて書こうとした格好は、映画「エイリアン」に出てくる奴みたいなのだったりしますw
引用返信/返信 削除キー/
■314 / inTopicNo.3)  愛の手を【ミルキィ・マロングラッセ編】
□投稿者/ ルーン -(2006/07/18(Tue) 23:27:11)
     『愛の手を』は登場していない、もしくは余り出てきていないキャラを主役にしようという企画です。
     ですので、一編ごとに主役が違います。(タブン
     今回の主役は、獣人娘こと、獣ッ娘『ミルキィ・マロングラッセ』です
     ああ、けどなんだね。獣人娘(ジュウジンムスメ)ではなく、獣ッ娘(ケモノッコ)というと心に来るものがあるな〜(笑い
     ではでは、作者のアホな性質は置いといて、本編をどうぞ〜。


     サラサラサラ……
     風化した建造物の一部が、時の流れによって崩れていく。
     長年誰の手も入っていないのか、その建物は何時崩れ去ってもおかしくないほどボロボロだった。
     辺りは鬱葱と生い茂る木々に阻まれ、人の気配もない。
     聞こえるのは建物が崩れ去る音と、鳥や獣達の声のみ。
     その建物、それは外見の風化具合や施された装飾から、現代の物ではないのが窺い知れた。
     考古学者やある程度の古代の知識がある者が見れば、一目でわかるだろう。
     その建物が建てられたのは遥か昔。古の時代。世にいう古代魔法文明期の頃の建造物だということが。
     当時の魔法と科学は現代よりも遥かに発展しており、現在の技術では再現はおろか、解析すらできない品物も数多く存在する。
     そんな時代に建てられたのが、この遺跡である。
     通常、古代魔法文明期の遺跡などは、国家や各機関が修復などをして、保存に努めている。
     例外は重要度が低いものや、調査などが終了しているものである。
     中には遺跡荒らし、所謂トレジャーハンターと呼ばれる者達が、徹底的に漁った跡の遺跡も放置される場合が多い。
     考古学者などには忌み嫌われるトレジャーハンターだが、国家や研究員にとっては彼らが持ち込むお宝によって、各種技術の向上にも繋がる場合があるので、黙認している国家もあるどころか、トレジャーハンターと契約して遺跡の発掘などをさせる国家なども存在するのが現状だ。
     どうやらこの遺跡も、そういった理由で忘れ去られて久しい遺跡のようである。
     都市から比較的遠い位置ともあり、この遺跡に足を運ぶ者は此処数十年誰もいないのが現状だったのだが、数十年の月日を経て、そんな遺跡に近づく変わり者がいた。



     「う〜ん、地図だと目的の場所はそろそろのはずだよねぇ」
     まだ幼さの残る声が静かな森に響いた。
     フサフサした茶色の毛に覆われた耳が、ピョコピョコと可愛らしく動いた。
     耳の毛と同じ茶色の髪の毛が首筋あたりで縛ってあり、その髪の毛が膝あたりまで伸びていて、まるで尻尾のように少女が動くたびに左右に揺れる。
     少女の格好は赤を基調とした上着に、中にシャツを着ており、ズボンは黒のハーフパンツだった。
     背には薄汚れた背嚢を背負っており、少女が旅なれた者だということが窺える。
     少女は少し赤味のかかった茶色のクリクリとした大きな瞳で、キョロキョロとあたりと地図を見比べる。
     少女、ミルキィ・マロングラッセは、獣人族である。
     獣人の住む村は比較的閉鎖的な村が多く、また獣人が村の外へと出るのも稀な事である。
     そんな獣人の一人である、ミルキィが村の外へといるのには勿論訳がある。
     ミルキィは獣人にしては珍しく好奇心旺盛で、たまに村へと来る行商人の話を聞いては、外の世界へと思いを飛ばしていた。
     そんなミルキィが、村の外へと飛び出すのにさほど時間はかからなかった。
     ミルキィの好奇心と知識欲への欲求は留まることを知らず、遂にミルキィは獣人ながらトレジャーハンターとなった。
     ミルキィのトレジャーハンターとしての腕が確かな事もあり、また獣人がトレジャーハンターだという珍しさも手伝ってか、ミルキィの名はトレジャーハンターの中でも、そこそこ知られるぐらいにはなっていた。
     「うんっと、こっちかなぁ〜。それともあっちかなぁ〜。どっちかなぁ〜」
     声は悩んでいる風には聞こえず、またミルキィの足も一定の速度で動いている。
     勘、というか、森の中の風や音、不自然な雰囲気を森の中で生まれ育ったミルキィは敏感に感じ取り、目的地へと向かっているのだ。
     そして探していたモノが突如ミルキィの目へと飛び込んできた。
     「あ、アレかなぁ〜。……うん! 地図の位置とも合ってるし、この辺には他に遺跡はないはずだから、アレだねぇ」
     少し間延びした声を上げ、ミルキィは今にも崩れそうな遺跡の入り口へと、足早に駆けて行った。
     ミルキィはトレジャーハンター。
     そんなミルキィが遺跡に来るのは、当然トレジャーハントの為なのだが、この遺跡が数十年前に既に他のトレジャーハンター達などによって、発掘されつくした状況だという事をミルキィは知らなかった。
     いや、正確には此処の遺跡の情報を教えた情報屋も、既にめぼしい宝は発掘されつくしていたのを知っていたので、ミルキィへ情報はただで教えたし、その事実も教えようとしたのだが、ミルキィが情報屋の話を最後まで聞かずに飛び出したのだ。
     ようするに、此処へ無駄足と言ってもいい足を運んだのは、人の話を最後まできちんと聞かなかったミルキィ自身の責任なのだ。



     遺跡の内部は、外から見たよりも更に崩壊が進んでいた。
     壁は所々崩れ穴が開き、天上や床も其処かしこで抜け落ちている酷い状態だった。
     いつ遺跡自体が崩れ落ち、崩壊してもおかしくない状況の中、ミルキィは足を進める。
     遺跡の最上階は、見た限り祭壇のようだった。
     中央に何か祭ってあったのであろうか、その部分だけ床が一段高くなっていた。
     ミルキィは祭壇の上に登ると、何かお宝がないかと辺りに鋭い視線を走らせる。
     だが、何も発見できないと深いため息を吐き、続いて眉間に皺を寄せてミルキィは叫ぶ。
     「むぅ〜。何にも無いじゃないかぁー! あの情報屋のおじさん、ボクに嘘吐いたのかぁ!? むむむ、確かに情報料はただだったけどさぁ〜、酷いよっ! あんまりだっ! 何が凄いお宝が眠っていただっ!! ……って、あれ? 眠っていた? 何で過去形なのぉ〜!? ってまさか!? 此処、もう既に発掘が終わってる遺跡なのかぁ〜!? うわっ、酷いよおじさん。そんな大事なことを教えてくれないなんてインチキだ!!」
     クルクルと表情を変え、頬を可愛らしくプクーっと膨らませながら、手足をばたつかせる。
     まだ幼さを残す容姿で手足をばたつかせるさまは、子供が駄々を捏ねているようでもあった。
     まあミルキィの場合、そのさまも微笑ましいのだが。
     暫くそうしていて気が治まったのか、ミルキィはペタリとその場に座り込んでグルグルと考え事を始めた。
     (む〜、此処での収穫は無しかぁ〜。うぅ、今回は完璧に赤字だぁ〜)
     食料や最低限の旅をする為の装備品等、収穫の無いトレジャーハントは、即赤字へと繋がる。
     稼げる時はとてつもない金額を稼げるが、空振りだと赤字だけが嵩む。
     それがトレジャーハントの難しいところだった。
     (ん〜、これからどうしようかなぁ〜。この地方に別の遺跡なんて在ったかなぁ〜? むぅ、遺跡の情報を買うにもお金かかるしなぁ〜。食料とかもだけど……。そう言えば、食料も少し心許なくなってきたし……一回街に帰った方がいいかなぁ)
     このまま低い可能性に賭けて遺跡を発掘するか、それとも街へ帰って別の遺跡の情報を買うか。
     ミルキィは少し悩んだ末に、
     「……うん。此処ではもう目ぼしいお宝なんて無さそうだし、街へ帰ろうっと!」
     ミルキィは両足に力を込めると、手を使わずに立ち上がろうとする。
     その時だ―――
     本来なら込めた力に比例するように、床から返ってくる反動も強くなるのだが、今回は違った。
     何時もの地を蹴る反動ではない、虚空を蹴るような感じ―――
     元々崩壊が近かった遺跡の耐久力に、ミルキィが暴れたのも一役買ったのか。
     止めは先ほどの立ち上がろうとした時なのだろうが―――
     まあ何はともあれ、ミルキィの足は遺跡の床を踏み抜いていた。
     「……へ? あ、あぁ、嫌な感じだなぁ〜。この後どうなるか、容易に想像が付くなぁ〜」
     暢気に言うミルキィの声に合わさるように、ピシピシっと踏み抜いた床の亀裂が広がっていき、やがて―――
     ズボッ……
     「ああ、やっぱりねぇ〜。全く、何で今床が抜けるかなぁ〜? どうせ抜けるなら、私が来る前か去った後に抜けといてよぉ〜」
     ぽっかりと闇が口をあける穴へと落ちながら、余裕があるのかそれともアレなのか、
     ミルキィは自分本位な考えを口にしながら落ちていく。



     「……ん? 明るい? 何で地下なのに明るいのかなぁ〜?」
     ミルキィは迫ってくる光に首を傾げたが、まぁいっかっと納得し、着地する為に身構える。
     クルクルと猫のように体を回転させ、足から着地する為に体制を整えるミルキィは、
     「……よいっしょっと」
     少しオジン臭いかなぁっと思いつつ、足から着地し、体全体を使って着地の衝撃を逃す。
     獣人ならではの身の軽さと、体のバネで着地の衝撃を最小限に留めた。
     「ん〜、此処から登るのは無理かなぁ」
     上を見上げてみれば、遥か上方に薄っすらと明かりが見て取れた。
     あそこから自分は落ちたのだろうと確認するも、戻るすべはなかった。
     「はぁ〜、別の道探すかぁ〜」
     どうせ此処も発掘されているだろうからっと、ミルキィはさっさと此処を出るために階段を探すことにした。
     体を一回転させて周囲を確認してみれば、どうやら落っこちてきた場所は行き止まりらしく、他に選択肢がないので道なりに進むことにした。
     念の為に魔物などの襲撃にそなえ、慎重に地下道を歩いて行く。
     神経を集中させていたためか、ミルキィの耳が何か物同士がぶつかり合う音を捉えた。
     ガチャガチャガチャ、カタカタカタ……
     音は一本道の奥の方から、どんどんミルキィの方へと近づいてくる。
     まるで金属の武具がぶつかり合うような音と、何か乾いた音。
     音の数や地下道に反響する音から推測される数は、精々が一人分。
     「この音、まさか人って事はないとするとぉ……」
     ある可能性に思い至り、途端にミルキィの表情が険しくなる。
     これでもミルキィは、トレジャーハンターとして名も売れていることもあり、戦闘力もかなりのものだ。
     そのミルキィがたった一人の何かに表情を険しくすることから、相手の正体に見当がついているのであろう。
     普段のミルキィなら身を隠すなりして隠れてやり過ごしたい相手だが、生憎と一本道のために隠れられる場所などない。
     ミルキィは大きく息を吸い込みゆっくりと吐き出すと、腰に提げていた『虎桜』を左手で抜き放つ。
     『虎桜』は『刀』と呼ばれる蓬莱が原産国の刀剣だ。
     刃はそれほど長くなく、『太刀』と『短刀』の丁度中間あたりの長さで、『小太刀』と呼ばれる『刀』に属している。
     その『虎桜』を油断なく構え、普段よりも幾分か眼光を鋭くし、近づいてくる何かに警戒する。
     そしてソレを見た瞬間に、ミルキィは自分の見当があたっていた事を確認した。
     ミルキィの視界に入ったソレは、動く人骨だった。
     世間一般的な名称はスケルトンという、結構ポヒュラーな魔物の一種である。
     ただし今ミルキィが対峙しているのは、スケルトンの中でも高位に位置するスケルトンウォーリアだった。
     普通スケルトンは人骨そのままなのだが、スケルトンウォーリアは武具を装備しており、なにより生前の戦闘技術を有している点が厄介な点である。
     スケルトンを倒すのは幾つか手段がある。
     まず一番簡単で効率が良いのが、祝福を受けた武器か神秘を宿した武器による攻撃か、聖なる魔法か浄化の魔法による攻撃。
     次が魔力を宿した武器か、魔法による攻撃。
     最後に、完膚なきまでに粉々に破壊すること。
     以上の三つが、スケルトンを倒せるもっとも知られている方法だ。
     そもそもミルキィがスケルトンを苦手とするのは、その三つの方法がミルキィはできないからだ。
     ミルキィが所持している武器には、祝福も神秘もないし、そもそも魔法は使えない。
     その上、スケルトンを粉々に出来るほどの腕力もない。
     これらの事情から、ミルキィにとってスケルトンは、天敵にも等しい敵だった。
     だが今回ばかりは戦闘を避けることはできないので、ミルキィも戦う覚悟を決めた。
     ミルキィは『虎桜』の刃を返し峰をスケルトンウォーリアへと向けると、ジリジリと間合いを詰める。
     峰を向けるのは、刃だと相手の武器を受けた時に、刃こぼれをする可能性があるためだ。
     一方スケルトンウォーリアもミルキィを敵と認識したのか、手にした剣を両手で正眼に構えた。
     滑るような足捌きでミルキィの間合いへと入り、鋭い突き技を放つ。
     いきなり突き技がくるのは予想外だったのか、「わっ?!」っと驚きの声を上げ、体を横へと反らす。
     だが、予想外の攻撃からの回避行動だった為に、少し、けれども相手にとっては恰好の隙を生んでしまう。
     スケルトンウォーリアは長剣を短く握り、態勢を戻そうとしているミルキィの胴を薙ぐように長剣を一閃する。
     態勢を戻すのは間に合わないと見て、ミルキィはそのまま背後に倒れこむ。
     今まで自分の胸が在った辺りを、銀光が走り抜けるを見たミルキィは冷や汗を流す。
     ドンっと背中が石畳と接触する衝撃を感じた瞬間には、スケルトンウォーリアから倒れた勢いを殺さないようにゴロゴロと転がり素早く離れる。
     そしてそのミルキィの後を追うように、ガッガッっと長剣が石畳と激しくぶつかり合う音が回廊に響き渡る。
     ミルキィは転がりながら拾っていた石を、礫として利用する。
     「ていっ!」
     ビュッ!
     礫が風を切る音がしたかと思うと、スケルトンウォーリアは避けずに長剣で礫を弾くき飛ばす。
     本来なら何の変哲もない礫などスケルトンウォーリアは効きもしないのだが、生前の技能が機械的に弾いてしまったのだ。
     あるいは礫を無視してミルキィへの攻撃の手を緩めなければ、この時点で勝負はついていたかもしてない。
     だがその稼いだ僅かな時間で、ミルキィは素早く立ち上がる。
     僅かに乱れた呼吸を整え、改めて敵を睨み据える。
     攻めあぐねているのか、対峙するスケルトンウォーリアも長剣を短く持ったままジッとしている。
     それを見てミルキィはふと、スケルトンウォーリアが長剣を短く持っている事に今更ながらに気が付く。
     そしてそれと同時に、スケルトンウォーリアが剣を短く持っている訳にも思い至る。
     このような限られたスペースしかない空間では、スケルトンウォーリアが持つ長剣の刃が壁等にぶつかる可能性があるために、柄を短く持ち、且つ、両手で持つことで対処しているのだろう。
     乾いた唇を舌で湿らせ、ミルキィは相手を倒す方法を考える。
     (……無理! あんなの倒せっこないよぉ! うぅ、せめて聖水でも有れば、一時的にせよ動きを止めてその隙に逃げられるのになぁ〜)」
     早々に諦めモードに突入するミルキィだったが、その後直ぐに自分がとんでもない思い違いをしている事に気がついた。
     (……ん? 倒す? ……って、バカかボクは!? 何でこんな事にも気が付かなかったんだぁ!?」
     何も無理にスケルトンウォーリアを倒す必要がない事に気がつき、思わず声に出して自分を罵った。
     (そう、何も無理して倒す必要はないんだ。要するに、行動不能にすれば良いんだからねぇ)
     にんまりと自然に笑みが浮かぶ。
     ミルキィは懐から一丁の銃を右手で取り出した。
     銃の名は『ストレイヤーヴォイト インフィニティ』
     オートマチック式の銃で特殊改造が施してあり、氣を操れる者なら刃等も作れる機能を持っている銃である。
     もっとも氣を自分の意思で操れないミルキィにとっては、ある意味宝の持ち腐れ的な銃だったりする。
     まあそれでも時々、何故か刃らしき物が出たりはするのは、ミルキィが無意識にでも氣を操っているのかもしれない。
     そんな少し他の銃とは違うけれども、他は至って普通の銃のセーフティを解除し、コックを上げる。
     「いっくよぉ〜!」
     息を吐き出す動作に合わせ、いきなりトップギアのスピードでスケルトンウォーリアへと間合いを詰める。
     加速をしないでのトップスピード、そして減速のないトップスピードからの急停止。
     これらの動作は、強靭な足腰と筋力とバネを持っている獣人ならではの動作である。
     一瞬にしてスケルトンウォーリアの間合いへと入ったミルキィは、刃を返した『虎桜』で袈裟懸けに切りつける。
     スケルトンウォーリアは長剣で斬撃を受け止めるが、これがミルキィの狙いだった。
     「貰い!」
     右足を半歩前へだし、その分スケルトンウォーリアへと近づいたミルキィは、『ストレイヤーヴォイト インフィニティ』の銃口をスケルトンウォーリアの腰骨の部分へと突きつける。
     ―――パンッ!
     一発の銃声が回廊に反響する。
     ゼロ距離から発射された弾丸の威力に、スケルトンウォーリアが数歩後ずさり、態勢が崩れる。
     しかしゼロ距離からの発砲にも関わらず、弾自体は半ばまで食い込んだ状態で止まっていた。
     通常の骨なら粉々に砕け散っているのだろうが、スケルトンの骨は魔術や怨念などによって、鉄のような硬さにまで飛躍的に硬度を増している。
     だがミルキィにとっては、それすらも計算のうちだった。
     ミルキィは態勢を崩しているスケルトンウォーリアの懐へと潜り込と、体を捻る。
     捻り、捻り、その極限まで捻った体は、スケルトンウォーリアに背中を見せるほどである。
     既に『ストレイヤーヴォイト インフィニティ』は懐のホルスターへとしまってあり、再び刃を返した『虎桜』を両手で握っている。
     ミシミシっと、極限まで捻った体が悲鳴をあげるが、ミルキィはジッと力を溜める。
     「―――……っ! やぁあああああっ!!」
     溜めに溜めた力を、裂帛の声と共に解放する。
     狙いはただ一点。
     次の瞬間、金属と金属がぶつかり合う音が回廊に響き渡った。
     ミルキィは『虎桜』を振り抜いた姿勢のままピクリとも動かず、一方のスケルトンウォーリアも不気味に沈黙を保っている。
     長い、長い静寂のあと、変化は起こった。
     静寂が支配する回廊に、何か微かな音がした。
     ピシリ、ピシリと徐々にだが、その音はハッキリと断続的に鳴り響く。
     そして―――グラリとスケルトンウォーリアの上体が揺れたかと思うと、上半身と下半身が二つに別れた。
     上半身は派手な音をたてて、石畳に散らばり、下半身の方はふらふらと二、三歩ふら付くと、支えを失ったかのように崩れ落ちる。
     「……ふぅ〜」
     息を吐き、体の力を抜くミルキィ。
     その顔には極度の集中力と体への負担の為か、薄っすらと汗が滲んでいた。
     「それにしても、作戦が成功して良かったぁ〜」
     チンッっと『虎桜』を鞘へ戻しながら、ミルキィは安堵の声を出す。
     では、ミルキィの作戦とは何か?
     答えは単純で、面の攻撃が駄目なら点の攻撃にすればいいだけの話だ。
     まずは『虎桜』での斬撃を囮に、スケルトンウォーリアの長剣を封じる。
     そして上半身と下半身を繋げる腰骨へと銃で攻撃する。
     この時点で腰骨が砕ければ御の字。もし砕けなくとも、弾さえめり込めば良かったのだ。
     もし弾がめり込まなければ、何度でもめり込むまでやり直す。
     そして弾がめり込んでいれば、その弾を『虎桜』の峰で力一杯ぶっ叩く。
     この場合、弾が楔となって線から面への攻撃となる。
     一点に集中された力は、破壊力が圧倒的に増す。
     そしてその結果、ミルキィの攻撃力がスケルトンウォーリアの防御力を上回り、腰骨を粉砕することに成功したのだった。
     「……けど、や〜っぱり倒すのは不可能なんだよねぇ〜」
     視線をスケルトンウォーリアへと向けてみれば、徐々にだが散らばった骨がまた元に戻ろうとしていた。
     この分では、砕いた腰骨が再生するのも時間の問題だろう。
     そして復活したスケルトンウォーリアが追って来るのを想像して、ミルキィはゲンナリとした。
     と、突然にんまりと笑ったミルキィは、倒れているスケルトンウォーリアへと近づく。
     ミルキィは無言でスケルトンウォーリアの頭蓋骨を両手で掴むと、
     「やぁあっ!」
     気合一閃、スケルトンウォーリアの頭蓋骨を捻り取った。
     「……ふと思ったんだけどさ、君、頭蓋骨と体の骨が別れたらどうなるんだろうねぇ〜?」
     にんまりと笑って言うミルキィに、心なしかスケルトンウォーリアの体が慌ててるようにも見える。
     頭蓋骨の方も表情が変わって見えるのは、きっと気のせいだろう。
     ミルキィは落ちていたスケルトンウォーリアの長剣を空いてる手で拾うと、ブンブンと素振りをしてみせる。
     そして今までで最高の笑顔を浮かべると一言、
     「試してみるぅ〜?」
     一瞬スケルトンウォーリアの動きがピシリと止まり、まるで止めてくれと言わんばかりに体をガチャカチャと鳴らし、顎をカタカタと鳴らす。
     体は手足をばたつかせ、まるで駄々っ子みたいだった。
     頭蓋骨は頭蓋骨で、骨100%の頭蓋骨に何故か哀願の表情が見て取れたから不思議だ。
     「……それじゃあいってみようかぁ〜」
     その仕草を繁々と興味深そうに観察していたミルキィは、無情にもスケルトンウォーリアの訴えを無視した。
     ますます激しく拒絶の意を表すスケルトンウォーリアを無視して、頭蓋骨を天上付近まで放り投げる。
     ミルキィは長剣を両手で握り、体を捻る。
     落下してくる頭蓋骨にタイミングを合わせて、長剣をフルスイング。
     長剣の横っ腹でぶっ叩かれた頭蓋骨は、地面と平行にすっ飛んで行き、やがてミルキィの視界から消えた。
     「……おぉ〜、飛んだ飛んだぁ〜」
     長剣を石畳の隙間に突き刺し、右肘を鍔に乗せならがらミルキィは満足気な声を出す。
     パンパンっと両手の埃を叩いて落とすと、ミルキィは奥へと足を向けた。
     ふと、静かになったスケルトンウォーリアが気になって視線を向けてみれば、スケルトンウォーリアはグッタリと力なく石畳にへたばりながら、イジイジと右手の人差し指で石畳にのの字を書いていた。
     ずいぶんとお茶目なスケルトンウォーリアもいるものだと困惑しつつ、ミルキィは今度こそ振り返らずに奥へと歩みを進めた。
     ちゃっかりと、「売れるかなぁ〜」とスケルトンウォーリアの長剣を手にとって。



     奥へ、奥へと続く一本道を進むこと数十分、遂に変化が訪れた。
     扉だ。一枚金属の扉がミルキィの行く手を阻むように閉まっている。
     しかもその扉にはとってもなく、それどころか僅かな窪すらない。
     目の前に立ち塞がる扉は、最早扉というよりも、巨大で分厚い鉄板が立ち塞がっているという表現の方が的を得ているかもしれない。
     とすれば、引くという開け方ではないのだろうと判断し、ミルキィは力一杯扉を蹴りつけた。
     ガンッという鈍い音とがするが、金属製の扉はびくともしなかった。
     それどころか、
     「―――っ!? いったぁ〜いぃ!!」
     悲鳴をあげ、逆に蹴りつけた足を抱える始末だった。
     暫く足を抱えて蹲っていたが、やがて痛みも治まったのかすくっと立ち上がる。
     「……押すでも引くでも無いってことは、何処かに扉を開ける仕掛けが在るはずだよねぇ〜」
     気分を一新して、扉を開ける仕掛けを探し始める。
     まずミルキィは目の前の扉を手でピタピタと触り、扉自体に仕掛けが無いかを探す。
     上の方は手が届かないので、この際は無視する。暫くて何も見つからなかったのか、首を傾げると次は壁をペタペタを触る。
     壁も扉付近を中心に手の届く範囲を調べたが、特に何も見つけられなかった。
     ならばと、ミルキィは地面に這い蹲り、眼を皿のようにして探す。
     すると一箇所だけ不自然にでっぱりが在る事に気がついた。
     そのでっぱりにそっと手を伸ばし掴むと、ミルキィはでっぱりを押そうと力を込める  が、ふと手を止め逆に上へと引っ張った。
     ―――カチリ
     すると何処かでスイッチが入ったような音がし、扉を見上げてみれば、何やら窪みらしきものが出来ているのが目についた。
     ミルキィは立ち上がると、パンパンと服についた汚れと埃を落とす。
     立ち上がったミルキィの視界のやや上、ミルキィが見上げて見える位置にやはり窪みが出来ていた。
     金属の扉の中央に出来た窪みは、何かを嵌め込む様な形をしていた。
     まるで―――
     「……剣、かなぁ〜? でも剣なんて―――!?」
     自分で口にした言葉に引っ掛かりを覚え、途中で戦利品として拾って来た長剣へと自然に視線が移った。
     「……丁度良い、かなぁ?」
     目を扉の窪みと長剣へと行ったり来たりさせ、ミルキィは窪みと長剣の形を見比べる。
     やがて確信が持てたのか、ミルキィは背伸びをしながら手をいっぱいに伸ばし、長剣を窪みへと嵌め込んだ。
     ―――カッ!!
     ゴゴ、ゴゴゴゴゴゴ―――
     長剣が窪みへと収まった瞬間仕掛けが動き出し、強烈な光を発する。
     それと共に金属の扉はゆっくりと天井へと収まっていく。
     「わっ!?」
     当然の強烈な光にミルキィはとっさに目を瞑るが、間に合わずに目を閃光に焼かれてしう。
     下手に動くと危ないので、視力が戻るまでその場でジッと佇む。
     ある程度視力が戻ったのか、目をゴシゴシと手で擦ると、閉じていた目蓋をゆっくりと開いた。
     徐々に視力が戻るにつれ、白くぼんやりとしか映らなかった視界に色と形が戻ってくる。
     そして、完全に視力が戻ったミルキィが目にしたのは、鈍く金色に輝き、珠玉を携えた一本の杖だった。
     ミルキィはまるで吸い寄せられるように杖へと近づくと、何の躊躇いも見せずに杖を手に取ってしまう。
     ジッと魅入られるように杖を見つめるミルキィの口から、「はふぅ〜」と溜息が漏る。
     「……綺麗だなぁ〜」
     ちなみにこの杖、『フェアリー・スタッフ』と呼ばれる物で、今までにたったの三本しか発見されていない超レアな杖である。
     現在の技術でも杖の複製は理論的には可能とされているが、ある理由により、この杖の複製は不可能とされている。
     理由はいたって簡単で、材料の一つである珠玉に封じられている、『幸運を呼ぶとされる蝶』が現代においては既に絶滅しているからである。
     と、そんな理由と価値は露とも知らないミルキィだが、一目見ただけで杖を気に入ってしまい、最早この杖を売るという考えすら思い浮かばなくなっていた。
     だが、当然の事ながら秘宝には罠がつきものであり、生憎と今回もその例に漏れることは無かった。
     微かな地鳴りの音と共に、パラパラと天井から粉塵が降ってくる。
     杖に意識の大半を奪われていたミルキィは気付くのが遅れるが、ふと、とんでもない事実に思い至り絶叫を上げた。
     「ちょ、ちょっと待って!? こ、此処、もしかしなくても崩れるの?! で、でも、確かボクが落ちた所から此処まで一本道だったし、道もこの部屋で見た所行き止まりだよね?! って事は、このまま遺跡が崩れ落ちたら、ぼ、ボク、生き埋めぇええええええっ!? あ、あわわわっ、な、何とかしないとぉ〜!!」
     慌てふためき、ミルキィは必死になって隠し扉やスイッチが無いか探す。
     そうこうしている間にも揺れは大きくなっていき、遂には天井の岩の一部が崩れ落ちてきた。
     ドスッ、ドスッっと岩が落ちるたびに、岩と岩がぶつかり合う音が鳴り響き、埃が舞い上がる。
     ミルキィの脳裏に、ふと岩に押し潰される自分の姿が浮かんだ。
     慌てて頭を振り、その嫌な映像を振り払う。
     その時、手にしていた杖が微かに光を放ったが、それどころではないミルキィは気付かなかった。
     慌てていた所為で足が縺れたのか、何も無いところで転倒してしまう。
     ふと嫌な予感がして上を見てみれば、崩れ落ちた岩が自分の真上から降ってくるのが見て取れた。
     避けるのも間に合わないと感じた瞬間、ミルキィの脳裏に、此れまでの数々の思い出が浮かんでは消えていった。
     「……ああ、此れが世に言う走馬灯かぁ〜」と、心の何処かで冷静な部分が分析するも、迫り来る岩に覚悟を決め、ギュッっと目蓋を閉じた。
     ミルキィが諦めて目蓋を閉じても、先ほど杖に宿った光が徐々に強さを増し、それとまるで呼応するかのように、床に何かの模様が浮かび上がり、光を放つ。
     一瞬、閃光が部屋を支配し、次の瞬間には完全に崩れ落ちた天井によって、部屋が埋め尽くされた。
     後に残ったのは、もうもうとたちこめる粉塵と、完全に倒壊した遺跡だけだった。



     そいつは空腹だった。
     そいつは自分の巨躯を維持するだけの餌を必要としていた。
     野山を巡るも、此処数日の得物は小物ばかりで、とても腹を満たしてはくれなかった。
     そいつは餌を求めて歩き回る。
     狙う獲物は腹を満たしてくれる大物。
     木々を掻き分け、一心に獲物を探す。
     獲物を求める口から、涎がツゥっと流れるが、そいつは気にも留めない。
     そいつには恥じも外聞もなく、ただ本能に従い、腹を満たす獲物を探すことだけが重要だからだ。
     ふと、そいつの鼻が何かの臭いを嗅ぎ取った。
     クンクンっと鼻を鳴らし、臭いを確かめる。
     鼻につく臭いは、獲物の臭い。
     そいつは嬉しそうに一声鳴くと、臭いの元へと走った。
     四肢で地面を蹴りつけ、立ち塞がる木々を、その巨躯からは信じられないほどの敏捷性で交わす。
     生い茂る藪は、避けもせずにそのままのスピードを維持して、強引に掻き分ける。
     その巨躯に見合うだけの筋肉と体を覆う毛皮で、藪程度ではかすり傷一つつけられないのを、そいつは理解していいるからだ。
     やがて徐々に獲物の臭いが強くなるに連れて、これから訪れる狩りへの興奮を増していった。
     やがて森の中、ぽっかりと開いた広場に出たそいつは、遂に獲物の姿を確認した。
     獲物を確認したそいつは、天へと向かって吼えた。



     覚悟を決め、目を瞑っていたが、訪れるはずの衝撃がいつまで経っても訪れないことを不信に思い、恐る恐る目を開ける。
     「―――はへ?」
     状況が飲み込めず、思わず間の抜けた声をだす。
     自分が置かれている状況が理解できず、一瞬夢かと思い頬を抓ってみる。
     「いつっ!!」
     痛みがあることから、どうやら夢ではないと判断する。
    では先ほどの遺跡のことが夢だったのかと思考が巡るが、それも手にしている杖が否定する。
     訳が分からなくなりパニックに陥りそうになるが、二度、三度と深呼吸をすることで幾分か落ち着く。
     冷静になったところで、改めて現状を確認するために辺りを見渡す。
     そして解った事といえば、どうやら森の中にある開けた場所という事と、朽ちかけた遺跡らしい場所に居るということだった。
     何故遺跡らしいという曖昧な表現かといえば、遺跡といってもミルキィを中心に、柱が数本立っているのと、石畳が敷かれているだけだからだ。
     屋根も壁もなく、その痕跡すらないこの場所を、果たして遺跡と呼んで良いのか迷ったのである。
     ミルキィは何故自分がこのような場所に居るのかと首を傾げたが、ふと思い至ることがあった。
     以前何処かで耳にしただけだが、古代魔法文明期の遺跡などには、時々転移機能を持つ部屋や罠が在るという話だった。
     もっともその機能も長い年月を経て、その大部分が機能停止をしているという話だったのだが、幸運にも岩に押し潰される前に、何故かその機能が働いたのだろうとミルキィは考えた。
     ……ぐぅ〜
     助かったことで安心したのか、お腹の虫が自己主張をした。
     ミルキィは僅かに頬を赤らめ、近くに誰もいないのに、思わずキョロキョロと辺りを窺ってしまった。
     ミルキィをよく知る人物からは、自由奔放、天衣無縫とか、はては唯我独尊、馬耳東風などなど、好き勝手に言われて入るが、ミルキィも年頃の娘な訳で、羞恥心なども持ち合わせているのだ、一応は。
     頬にまだ幾分か赤みを残したまま、ミルキィは背嚢の中に手を突っ込むと、いそいそと目当てのものを手探りで探る。
     「……ん」
     やがて手にしたのは、保存食だった。
     魔術師ならば、魔術をもって幾分か食料の保存はできる。
     またそうでない者は、魔科学の恩恵で新鮮な食料を確保できる。
     だが魔科学のソレは、家庭やキャラバンなどなら兎も角、個人が持って歩くには少々荷がかさ張るのが欠点だった。
     その為少人数で旅をする殆どの者が、未だに保存食の類を重宝しているのには、こういった背景があったのだ。
     水分が失われ、ぱさついた保存食を水で流し込む。
     「うぅ〜。こんなぱさついたお肉じゃなく、瑞々しいお肉が食べたいよぉ〜」
     此処最近保存食ばかりだったのが堪えたのか、ポロリと本音を漏らした。
    つい最近寄った街、つまりは此処の遺跡の情報を仕入れた街だが、そこでも食事を後回しにして、必要最低限な物資を補給をした後で例の情報を仕入れたので、保存食じゃない食事は食べていないのだ。
     こんなことなら食事を最初にとっておくんだったと後悔し、さめざめと涙を流す。
     とその時、
     「ガァアアアアアアアッ!!」
     天を突かんばかりの咆哮が辺りに鳴り響いた。
     ミルキィにとっては聞きなれた咆哮。
     その咆哮の発信源へと素早く視線を走らせる。
     するとそこには、ミルキィの思い描いたとおりの存在がいた。
     真っ黒な毛皮に身を包み、その巨躯はミルキィの倍近いだろう。
     重量にいたっては優に10倍近くはあろうかという熊が、ミルキィへと獲物を狙う血走った目を向けていた。
     その血走った目を向けられ、ミルキィは恐怖の表情を浮けべ―――ずに、それどころか逆に歓喜の表情を浮かべていた。
     理由は単純明快。
     ミルキィにとっては熊は恐ろしい捕食者ではなく、
     「―――新鮮なお肉が向こうからやってきたぁああああああっ!!」
     只の獲物に過ぎないのだから。
     ミルキィは腰のベルトに付けられている、一本の大型な包丁を手にする。
     包丁の銘は『ザ・包丁』
     熊などの大型な動物を捌く為の特注の包丁だ。
     特注だけあってその切れ味は鋭く、大型獣の骨をも切断できるほどだ。
     ミルキィは戦闘ではこの包丁を決して抜かない。
     何故ならこの包丁は、獲物である大型獣を捌くためだけに製造したものだからだ。
     つまり逆を言えば、この包丁を握るのは、ミルキィが獲物としたモノに対してのみ抜かれるということだ。
     そして今回の獲物といえば―――
     「熊かぁ〜、ちょっと臭みがあって生では食べられないけど……。何はともあれ、久々の新鮮なお肉。さあ、狩るぞぉ〜!!」
     獲物を前に野生の本能が目覚めたのか、獰猛な笑みを浮かべる。
     熊は熊で、その獰猛な笑みに本能的に己が身の危険を感じたのか、ビクリとその巨躯を震わせた。
     そして睨み合う事数秒、熊はクルリと身を翻すと、本能に従ってその場を逃げ出した。
     「あ、待てぇ〜!! 久々の熊肉、逃がさないよぉ〜」
     ミルキィも荷物をその場に放り投げ、包丁一本片手に、逃げた熊を追いかける。
     やがて「ボフゥウウウウウウッ!?」という、熊の断末魔の悲鳴が森に響き渡った。



     『ミルキィ・マロングラッセ』、元々の幸運に加え、『幸運を呼ぶ杖』を手にしたことにより、本人の与り知らぬところで更なる幸運に身を任せ、今日も今日とてトレジャーハントに勤しむのであった。
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■438 / inTopicNo.4)  愛の手を【ユーリィ・マカロフ編】2
□投稿者/ ルーン -(2006/10/14(Sat) 22:44:22)
     『愛の手を』は登場していない、もしくは余り出てきていないキャラを主役にしようという企画です。
     ですので、一編ごとに主役が違います。(タブン
     今回は、ユーリィ・マカロフの二編目です。
     今回はデクスターとの出会い編です。
     ユーリィは前回のと比べて、性格が180度違いますのでご注意を。



     雲一つない夜空に、月と星々の煌きが鮮明と目に付く。
     と、微かに星空の一部が歪む。
     微かに歪んだ星空から、夜よりも尚暗き漆黒の闇が滲み出る。
     徐々に、徐々に漆黒の闇は広がってゆく。
     ふと、その漆黒の闇に変化が訪れた。
     最初は陶磁器のような白い肌が現れた。
     続いて、血よりも鮮明な真紅の双眸が辺りを睨み据える。
     そして最後に、白銀の長い髪が夜風に靡き、柔らかな月明かりに輝いた。
     隠れる場所など在るはずもない夜空に、突如浮かび上がった少女。
     見た目まだ幼さを残す風貌からみて、年頃は十代半ばに見える。
     だがそれは、その身に纏う剣呑な雰囲気がなければの話だ。
     少女が纏う剣呑な雰囲気が、百戦錬磨の戦士を思わせ、見た目の年齢よりも遥かに上にも見せる。
     と、少女の鼻が、何かに反応するかのように微かに動いた。

     「…………血の臭い。それも大量の血の臭いと共に、死臭もしますね……」

     少女の剣呑な色を帯びた双眸が、臭いの源であろう風上へと向けられる。

     「…………………………」

     無表情のまま、何かを考え込むように暫くその場に佇んでいた少女だが、やがて漆黒の翼を羽ばたかせるとその場を飛び去った。
     少女が飛び去った方向は、血と死臭の源だろう風上だった。



     空を滑るように飛び、臭いの源に辿り着いた少女の目に映った光景は、少女が予想した通りのモノだった。
     眼下に広がる荒野に幾つもの骸が横たわり、その骸から流れ出る血が一面を血の海へと変えていた。
     眼下の惨状に気を動転させることも無く、少女はすーっと視線を巡らせ、息がある者が居るかを探す。
     淀みなく動いていた少女の眼が、ふいにその動きを止めた。
     そして少女は黒翼を音もなく羽ばたかせると、視線の先へと急降下する。
     ビューっと風を切る音と共に、地面が急速に近づいてくる。
     気が弱い者でなくとも絶叫を上げそうな光景だが、少女の表情は無表情のまま崩れない。
     漆黒の翼を一度羽ばたかせると、少女の体はフワリと空中でとまった。
     少女は目の前の小山の様な物体に視線を巡らせる。
     目に見える範囲でも、目の前への物体は至る所に傷を負っているのが見て取れた。
     切り傷に魔法によって焼かれたのか、焼け爛れた皮膚に凍傷等などなど。
     数え切れないほどの傷を負ってはいたが、どうやらまだ息が在るのは確かだった。
     もっとも、このまま数日間手当てもせずに放って置けば、死ぬだろうと少女は他人事のように考えていた。
     いや、事実少女にとっては他人事なのだろう。
     ふと目の前の物体が微かに身動ぎしたのを感じで、少女は改めて目の前の物体へと視線を向ける。

     「……おや、これは可愛らしい死神ですな。私の魂でも採りに来ましたか?」

     身に負う傷から重傷だろうに、やけにハッキリとした口調で話し掛けてきた。

     「私は死神ではありません。もっとも、他者の命を奪う存在が死神と言うのであれば、私は死神なのかもしれませんが」

     目の前の存在は、その言葉に小山の様な巨躯を微かに揺らして、クツクツと笑った。

     「―――なるほど、それは一理ありますな。……という事は、彼らの命を正当防衛とはいえ奪った私も、また死神と言う訳ですな」

     周囲に横たわる骸達に視線を巡らせると、少女は言葉を紡いだ。

     「貴方、スフィンクスですね? なら貴方を狙ったこの人間達の狙いは、貴方が守護する『何か』だったのでしょう。もっとも、貴方が何を守護するスフィンクスなのかまでは、私は存じませんが」

     少女の言葉に、スフィンクスは驚きに目を見開いた。

     「これは驚きですな。お嬢さんの様な方が、正確に我等スフィンクスの事を知っていようとは。人間はもとより、一部の魔族でさえも、我等スフィンクスを財宝の守護者かなにかと勘違いをしている者がいるというのに……」

     スフィンクス、魔獣の一種である彼らは総じて、『財宝の守護者』と勘違いしている場合が多い。
     だが、本来スフィンクスとは『財宝の守護者』などではなく、正確には『守護する者』という意味である。
     確かに中には財宝を守護する者もいるが、それはスフィンクス全体から見てもほんの一部の存在である。
     他にも王墓や遺跡などを守護する者や、形無きモノを守護する者もいる。
     このスフィンクスはどうやら、財宝を狙う人間達に襲われたのだろう。
     彼が何を守護する者かも知らずに。

     「……別に褒められる程のことではありません。第一、この知識は私ではなく、以前の私が得た知識なのですから」

     「……? っと、そう言えば自己紹介がまだでしたな。失礼を。私の名はデクスターと申します」

     少女の言葉に引っかかりを覚えたデクスターだったが、名前を名乗っていないのに気が付いて、自己紹介をする。
     此処で始めて、無表情だった少女の表情が崩れた。
     もっとも、崩れたといっても、微かに眉が動いた程度のものだったが。

     「…………残念ですが、私に名前などありません。それでも私という存在を表すのであれば、ユーリィ……それが私という存在を表す言葉になります。もっとも、ユーリィという言葉も、人間やスフィンクスなどと言った種族を表す言葉に過ぎないのですけれどもね」

     自ら名を無い存在と言ったユーリィの言葉に、デクスターは目を見開き、気が付いた時には驚きの声を上げていた。

     「なっ!? では貴方があの『ユーリィ』だと言うのですか!?」

     デクスターは頭を振り、信じられないと言った目つきでユーリィを見つめた。

     「ほぉぅ。私の……いえ、私達の存在を知っているのですか? 流石は『守護する者』といったところでしょうか……」

     僅かに驚きの声を響かせるユーリィ。

     「私達……? いえ、残念ながら私も詳しくは知りません。ただこの世界『リリース・ゼロ』と、異界『ギヌンガプヌ』を繋ぐ門を守護するゲートキーパーが存在し、それが『ユーリィ』と呼ばれる存在だと言う程度です」

     まさか実物に会えるとはと、デクスターは苦笑した。

     「……貴方が私を知っているということは、他のスフィンクスや他の知恵ある種族も、私のことを知っているのでしょうか? それとも…………」

     その身に真摯な雰囲気を纏わせながら、ユーリィは言葉を詰まらせる。
     その雰囲気に何かを感じとるが、ユーリィが何を尋ねたいのかを察し、

     「そうです。私が守護するモノは知識です。その一部に貴方の事も含まれおりました。
    ですが逆を申すならば、知識を守護する他のスフィンクス以外は、貴方のことを知らないでしょうな。また他の知恵ある者も、貴方の事を知っている者がいたとしても、私たちと大差はないでしょうな」

     その言葉にユーリィは、微かにせつなさを滲ませた。

     「…………さっき貴方は、自分を『知識を守護する者』と仰りましたが、それでしたら、私が私の事を貴方に話したならば、貴方はソレを知識とするのでしょうか? そして、その知識を後世の世に残すのでしょうか?」

     「そうですな……ゲートキーパーとしての貴方ならば、十分に守護する知識足る存在でしょうな。そうなれば無論、同じ『知識を守護する者』にも教え、その知識を後世に残す事になるでしょうな」

     その言葉に、微かにユーリィの顔に喜色の表情が浮かんだ。
     それは本当に微かで、注意して見なければ判らない程だったが。

     「では、語りましょう。私の事を。いえ、私達の事を…………」

     ユーリィはどこか遠くを見る眼で語りだした。



     「まず、ユーリィは名前ではなく種族と申しましたが、ユーリィはその時代時代において一人しかいないのです。ですので、個人を示す名と言っても過言ではないのかもしれません。そもそも私達ユーリィと呼ばれる者達は、産まれるのではなく創られるのです」

     「……創られる?」

     その言葉にデクスターは怪訝そうな表情をする。

     「はい、創られるのです。……そして、私達ユーリィを創った母なる存在は―――この世界、『リリース・ゼロ』です。……この世界『リリース・ゼロ』の意思が、異界『ギヌンガプヌ』からの侵入者を排除する為に創った存在が、私達ユーリィなのです。ですが創られたと申しましても、無から創られたのではありません。元々の素体は、知恵ある種族の中から選ばれ、その素体を『リリース・ゼロ』がユーリィへと創り変える、と申した方が正確ですね」

     「……では、貴方もユーリィに生まれ変わる前は、他の種族だったのですな? ちなみに、どの種族だったのでしょうか?」

     ユーリィの語る内容に驚きながらも、デクスターはふと気になった事を尋ねた。
     だが、尋ねられたユーリィは、その顔に何とも言えない表情を浮かべ、微笑した。

     「…………わかりません」

     「……わからない?」

     軽く首を振って言うユーリィに、デクスターは怪訝そうに問い返す。

    「はい、わからないのです。名前はもとより、私がどの種族だったのか。それどころか、ユーリィになる前の性別すらわからないのです。私は……いえ、以前の私達もでしょうが、ユーリィとなった際に以前の記憶は全て消されていますので……」

     その言葉にデクスターは絶句した。
     そんなデクスターに、ユーリィは「気にしないでください」と言って話を続ける。

     「そもそも、ユーリィとなる為の条件ってわかりますか?」

     その問い掛けにデクスターは首を振る。

     「ユーリィになる為の条件は、たった二つしかありません。一つは、知恵ある種族であること。もう一つが、この世界『リリース・ゼロ』を愛していることです。そんな私達にとって、ユーリィになれたという事は、私達が『リリース・ゼロ』を愛しているということを、他の誰でもない『リリース・ゼロ』自身が、私達の想いを認めてくれたということなのです。そのことは、私達にとっては何よりも得がたい幸福なのです」

     そう言うユーリィは、優しげな雰囲気に包まれ、その顔には笑みが浮かんでいた。

     「記憶は消されましたが、このたった一つの想いは残されている。いえ、ゲートキーパーとしての役割を考えるならば、残された想い。と申した方が正しいのでしょう。ですが、その残された想いこそが、私達がユーリィとして生きていく為に必要不可欠な糧となっているのです」

     その言葉を聞いたデクスターは、ある一つの言葉を飲み込んだ。
     「その想いも、作られたモノという可能性もあるのではないのですか?」という言葉を。
     たった一つ残された想いまでも否定されたのならば、目の前の少女にとって、どれほどの絶望が訪れるのであろうか?
     依るべき想いを失った少女は、はたしてどうなるのだろうか? とデクスターは考えを巡らす。
     だがもう一方で、目の前の少女もその可能性に気付いているとも確信していた。
     無意識にその可能性を、心の奥底に封じているのではないかと。
     そこまで考えたところで、陰湿な気持ちになったのを振り払う為に、先程から気になっていた部分を尋ねることにした。

     「……ところで、先程からたびたび『私達』と仰ってますが、それはいったい何故でしょうか?」

     「ああ、そのことですか。そもそも私達ユーリィに寿命といった概念は存在しません。私達ユーリィにとっての死とは、異界『ギヌンガプヌ』からの侵入者との戦闘か、あるいは、他種族との戦闘によって殺される事によってしか訪れることはありません。所謂、『不老』ではありますが、『不死』ではない存在といったところでしょうか……そして『私達』と私が言うのは、例えば私が死んだとすると、次のユーリィを『リリース・ゼロ』が創ります。その際に、次のユーリィに私の記憶などもそのまま受け継がれるのです。私の記憶がそのまま受け継がれるのであれば、次のユーリィも私と言えるのではないでしょうか? そして以前のユーリィも、今のユーリィも、そして私の後のユーリィ達も、皆が同じ記憶と容姿を持つユーリィでしたら、いつの時代のユーリィも私と申せるのではないでしょうか? そういった意味で、私は以前のユーリィ達を含める時に、『私達』と申しているのです。ですが記憶などを完全に受け継ぎ、同じ容姿をする私達は、ある意味では『不老不死』といえるかもしれませんね」

     つまり、肉体というベースになる器は違くとも、記憶などが完全に受け継がれ、また容姿も同じであるのならば、何時のユーリィも同一な存在ではないのか? と言うことだろうか。
     デクスターは多少混乱しそうな情報を纏めると、そう結論付けた。
     だが此処でまた一つの疑問が生まれた。

     「先程、『不老』ではあるけれども『不死』ではない。けれども、記憶などと容姿が完全に受け継がれるために、『不老不死』に近い存在だと仰られましたが、それならば何故、『リリース・ゼロ』は最初から貴方方を完全な不老不死にしなかったのですか?」

     「……それは、そう……ですね。門に関係するお話になりますね」

     ユーリィは過去を思い出すような、遠くを見る目になる。

     「この世界『リリース・ゼロ』と、異界『ギヌンガプヌ』を繋ぐ門は常に一定の大きさではないのです。門が小さければ侵入者の数は少なく、強さも弱いのですが、逆に門が大きければ、侵入者の数は多くなり、また強大な力を持つ者が進入するようになるのです」

     「ほぅ、門の大きさですか……。具体的に、どれほどの大きさなのですかな?」

     門の大きさがまちまちと言う事実は始めて聞いたのか、デクスターは興味深気に尋ねる。

     「そうですね……。小さい時は、一メートル程でしょうか。大きい時には、十メートルに及ぶ時がありますね。それと、直径とは申さないのは、門と申しましても円状などではなく、…………空に出来た罅……そう表現した方が正しいからですね。それと勿論、門が小さければ小さいほど、逆に大きければ大きいほど、門の大きさに比例して、世界の修正力が大きくなります。つまりは、門が小さければ小さいほど門の寿命は長く、逆に門が大きければ大きいほど、門の寿命は短いということになる訳です。補足を申すならば、十メートル級の門は、数千年に一度といった低い割合でしか出現しません」

     「なるほど、門の大きさに対する世界の修正力。それによって、門の寿命も変化すると言うことですな」

     ふむふむと満足そうに頷く。
     そんなデクスターにユーリィは優しげな視線を向ける。

     「お話を戻しますが、ある程度の数と力の者でしたら、私一人でも事足ります。ですが、時に私一人の力ではどうにもならない場合もあります。それが先程申しました、十メートル級の門が出現した場合ですね。その十メートル級の門が出現し、そして万が一私の力が及ばなかった場合に…………その時に私の『死』が必要なのです」

     「…………『死』が……必要? それはいったい……」

     言葉に詰まるデクスターに、ユーリィは淡々と言葉を続ける。

     「私が……ユーリィが『リリース・ゼロ』に創られた者であると先程申しましたよね? それはつまり、ユーリィの身に『リリース・ゼロ』の力が凝縮されているという事なのです」

     「……まさか!?」

     ハッとある事実に気が付いて、デクスターはユーリィを凝視した。
     凝視するデクスターにユーリィは静かに頷く。

     「……そうです。ユーリィが死ぬという事は、ユーリィの身に凝縮されている『リリース・ゼロ』の力が解き放たれる。ということです。解き放たれた力は、『リリース・ゼロ』にとっての異分子たる、異界『ギヌンガプヌ』の者を消滅させ、門も消し去ります」

     その事実にデクスターは絶句する。
     死を持って『リリース・ゼロ』を救う。
     一瞬『聖女』という言葉が脳裏に浮かぶが、直ぐにその言葉を否定した。
     『聖女』といえば聞こえは良いが、それは『生贄』と同じではないだろうか?
     絶句するデクスターに、ユーリィは頭を振ってみせる。

     「勘違いしないでもらいたいのですが、これは私が万が一死んだ時の為のセーフティのようなモノです。私も命は惜しいですから、自ら命を絶つといった事は…………」

     「しません」と言おうとして、ユーリィは目をさまよわせる。

     目をさまよわせるユーリィに、デクスターは過去においてユーリィが自ら命を絶った事がある事を確信した。

     「…………馬鹿な、何故そのような大事な事を私などに!? ……もしもそのような事が知れ渡れば、門が街などの近くに出現した場合、皆が皆、貴方の命を狙う事になりかねないのですぞ?!」

     ユーリィの身を案じての非難。
     それ故に、ユーリィは胸が熱くなるのを感じた。

     「ですがデクスター、私が死んで全てが丸く収まる。という訳にもいかないのです。私を創る為に『リリース・ゼロ』は力を使います。そして力を使う分、また新たな門が出現する時期が早まるのです。私が死ね周期が早ければ早いほど、『リリース・ゼロ』は私を創る為にその力を失っていきます。そして、今は一箇所しか出現できない門も、やがては世界各地に出現し、最終的に『リリース・ゼロ』は、異界『ギヌンガプヌ』に完全に侵食されるでしょう。ですから、私は余程の事が無い限り死ぬ訳にはいかないのです」

     「ですが!! いや、でしたら、何故『リリース・ゼロ』は貴方方を複数創らないのですか!? 複数いれば、巨大な門の対応も楽になると言うのに!!」

     ユーリィの言葉に納得の出来ないデクスターは、声を荒げる。
     そんな自分の身を案じれくれるデクスターに、ユーリィは感謝の言葉を胸中に漏らした。

     「忘れたのですか? ユーリィを創るのに、『リリース・ゼロ』は力を使を使うのですよ? それなのに、複数のユーリィを創る為に『リリース・ゼロ』が力を失っては、それこそ本末転倒ではないですか。複数のユーリィを創る為に力を余計に失うのならば、次のユーリィを創る為に力を廻す。そちらの方が、結局は『リリース・ゼロ』の為でもあり、またユーリィの為でもあるのです」

     「…………聞いておいてなんですが、何故そのような事を私などに?」

     ギシリと歯を鳴らし、渋面で問い掛ける。
     ユーリィはふと空を見上げると、

     「…………そう、ですね。……証、証が欲しかったからでしょうか…………」

     ポツリと漏らしたその言葉に、デクスターは言葉にならない感情を感じ取っていた。

     「証、ですか……?」

     「えぇ、証です。私達ユーリィが確かに存在し、何の為に戦っているのかを誰かに知っていて欲しかったのでしょうね。私達にとっては、『リリース・ゼロ』の為に戦っているという事実だけでも心は満ちます。……ですが、心の何処かでは寂しいと思っていたのでしょう。誰にも知られずに、ただ一人、永久に戦っていくこと…………っ!?」

     ふと言葉をとぎらすと、ユーリィは何も無いはずの空間から、一本の鎌を取り出した。
     ソレは月光りを浴び、青白く輝く刃を持つ鎌だった。
     『影護月夜』、それがその鎌の銘である。
     『影護月夜』は月の祝福を受けた鎌で、契約者の望むままに月の魔力を行使させる能力がある。
     ユーリィはデクスターにクルリと背を向けると、視線をやや険しくした。

     「どうかしましたか?」

     「……どうやら、かなりの数の魔物が此方へと向かって来ているようです。迂闊でした。これほど死臭と血臭がするのならば、魔物が引き寄せられるのも無理はないというのに……私としたことが、ユーリィの話を聞いてくださった事に対して、多少浮かれていたのかも知れませんね」

     苦笑をもらしたユーリィは、手にした鎌を水平に構え、精神を集中させる。
     月に黒点が出現し、その数と範囲が徐々に広まっていく。
     死臭と血臭を嗅ぎつけた魔物の群れが、刻一刻とユーリィ達へと向かって来ているのだ。
     魔物の群れは、大量の屍と弱っている獲物を見つけると、一声上げ、速度をあげる。
     月光に反射し鈍く光る両手の鉤爪を打つ鳴らし、口からは奇声を上げ獲物を威嚇する。
     デクスターは傷ついた身では逃げられないのを悟ると、ユーリィへ逃げるようにと口を開く。

     「―――っ! 今ならばまだ間に合います。私に構わずに逃げてください!!」

     だがユーリィはデクスターの言葉が聞こえているのかいないのか、じっと空中に佇んだまま動かない。
     魔物の群れが近づく中、ユーリィの持つ『影護月夜』に変化がおきた。
     最初は水色の様な色彩だったのが、徐々に青く、藍く、蒼く、なによりも蒼い至高の蒼へと輝き出す。
     ユーリィは『影護月夜』を構えると、力ある言葉を紡ぐ。

     「『影護月夜』よ、汝の主が命ず。月光に照らされし彼の者等の身を封じよ」

     魔物の群れへと『影護月夜』を横へ一薙ぎする。

     「影よ、縛れ。『月影』」

     『影護月夜』が一際強く輝きを増す。
     月と『影護月夜』の光に照らされた魔物達の影が、意思を持って動き出す。
     影はその影の主へと向かい、その身に巻きつき動きを封じる。
     己の影に縛られ身動きが取れなくなった魔物たちは、力ずくで戒めを解こうと暴れるが、元が実体のない影の所為かビクリともしない。
     ユーリィは今度は『影護月夜』を頭上へ掲げ、更に力在る言葉を紡ぐ。

     「『影護月夜』よ、汝の主が命ず。その身を影に縛られし者たちへ裁きを下さん」

     掲げた『影護月夜』を振り下ろし、締めの言葉を発する。

     「影よ、喰らえ。『月蝕』」

     そして魔物の群れは悲鳴をあげる暇も無く、文字通り己の影に喰われた。
     影が捕らえていた部分が喰われたかの様に、ごっそりと魔物達の体から消失していた。
     何時からかは不明だが、たった一人で異界『ギヌンガプヌ』からの侵入者から『リリース・ゼロ』を守ってきたゲートキーパー。
     その実力にを目のあたりにし、デクスターは息をするのも忘れて見入っていた。
     ふとユーリィがデクスターの方へと振り返り、『影護月夜』の側面をデクスターへと構えた。

     「動かないでください。今、その傷を治しますので。『影護月夜』よ、汝の主が命ず。月の光よ、傷つきし者へ慈悲を与えん」

     『影護月夜』が柔らかな光を放ち始める。

     「光よ、癒せ。『月光』」

     『影護月夜』から放たれる柔らかな光が、デクスターへと降り注ぐ。
     デクスターの負った傷が、まるで時間が巻き戻っているのかのように癒えていく。
     出血は止まり、傷口が塞がる。
     火傷や凍傷などで変質した皮膚を、健全な皮膚へと治していく。
     十秒と経たずに、全ての傷が綺麗さっぱり消えていた。
     その事実に驚き目を見開くデクスター。
     確かに治療魔術も在るが、デクスターの知る限り、これほど短時間で癒える傷ではないはずだったからだ。
     デクスターの戸惑いを察してか、ユーリィが『影護月夜』について語った。
     曰く、『影護月夜』は文字通り月の出ている夜にこそ、真価を発揮する武器であると。
     逆にいえば、月夜の晩ではなかったら、これほどの力は発揮できなかったと。

     「さて、これ以上此処にいましても、また魔物達が引き寄せられて来るかもしれませんね」

     漆黒の翼が空を打ち、ふわりとユーリィの体が上昇する。
     クルリと身を翻したユーリィへとデクスターは声をかける。

     「これからどうするおつもりですか?」

     「……そうですね。まだ門が出現するまで時間はありますので、世界を見て回ろうかと思います」

     「では、その旅に私も連れて行っては貰えないでしょうか?」

     え!? っと驚いた声を出し、ユーリィはデクスターへと振り返った。

     「あなた方ユーリィの望みは、ユーリィの事を知って貰う事なのでしょう? 
     ならば共に行動した方が、よりいっそうユーリィの事を知ることができます。
     それに、『知識を守護する者』としても、貴方への興味がありますので……」

     その言葉にユーリィは微笑を浮かべる。

     「……ありがとうございます。では、共に参りましょう。私のことはユーリィと呼んでください」

     「はい。私のことはどうかデクスターと呼び捨てでお呼びください。貴方のことは、私の主として、ユーリィ様と呼ぶことをお許しください」

     その言葉にやや困惑した表情をしたユーリィだったが、デクスターの真剣な顔を見て黙って頷いた。

     「では、まいりましょうか。デクスター」

     「はい、ユーリィ様」

     ユーリィが彼方へと飛び立つと、デクスターも背から巨大な鷲の翼を生やし、後を追うために飛び立った。

     「まずは何処へまいりましょうか……」

     「それでしたら、是非私の故郷へ。他の『知識を守護する者』も、ユーリィ様の話を聞きたがるでしょうからな」

     ユーリィはデクスターの言葉に嬉しそうに頷くと、デクスターの案内の下、月夜の空を飛んでいった。



    〜あとがき〜
    書いた本人から言わせて貰えば、前回と性格違過ぎw
    ちなみにこのユーリィは、『私』と書いて『わたくし』と読みます。
    裏話をするなら、前回と性格が180度違うのは、前回と今回の話の間に、ユーリィの性格が変わる転機が訪れるからです。
    まあ、その話はいずれ書く……かも?
    ではでは、この辺で失礼します。
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