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■473 / inTopicNo.41)   『黒と金と水色と』第17話A
  
□投稿者/ 昭和 -(2006/11/04(Sat) 00:10:54)
    黒と金と水色と 第17話「潜入! 封印図書館A」






    翌朝。
    開館時間を待って、一行は図書館を目指した。

    いや、本当の目的は、図書館の地下3階以降。
    通称”封印図書館”と呼ばれている領域だ。

    あまりに広く、あまりに深く、険しいために、
    今となっては、その全容を知るものはいないという大迷宮。
    そんなところへ、これから挑もうとしている。

    「…うぅ」
    「セリス?」

    図書館に向かう道中。
    セリスが上げた唸り声に、隣を歩くエルリスは、心配そうに妹の顔を覗き込んだ。

    「大丈夫?」
    「う、うん…。なんか緊張しちゃって……それだけだから……」
    「そう」

    非常に大きな危険が予想されることに加え、自分自身のために、
    それも自分だけならいいが、仲間を連れての挑戦になるのだ。
    気が引けてしまうのも仕方がなかろう。

    「今はまだいいけど」

    そんな折に、先頭を行くユナが、チラリと振り返りながら言う。

    「図書館に入ってからもそんなんじゃ、怪しまれるわよ。
     大志があるんだから構わない。もっと堂々としてなさい」
    「う、うん…」
    「はあ、先が思いやられるわね」

    「まあまあ」

    ため息をつくユナ。
    しかし、なおもセリスの緊張はほぐれず、フォローに入る勇磨である。

    「何も1人で行くわけじゃないんだからさ。
     エルリスもいれば俺たちもいる。
     心配なんかしてないで、上手く行くことだけを考えるんだ。いいね?」
    「勇磨さん…」
    「大丈夫。兄さんや私は愚か、ユナさんまでいるんですから」
    「環さんも…。うん、わかった、ありがとっ」

    環も励ましに入って、セリスはようやく吹っ切ったようだ。
    笑みを浮かべて礼を言う。

    「助かったわ。ありがと勇磨君、環」
    「いやいや」
    「仲間を励ますのは当然でしょう」
    「それでも、ありがとう」

    エルリスも2人に対して頭を下げた。
    つくづく、自分は仲間に恵まれたと思う。

    「ところで」

    不意に声をかけたのは、フードにコートの人物。
    外出するときは、いつもこのスタイルだという、メディアである。

    「まだ詳しいことをお伺いしてないのですが、その”封印図書館”…」

    公に出来る話題ではないので、後半はボリュームを落とした。

    「入口には結界があるということですが、その場所までは、
     簡単に近づけるのですか?」

    何度も言うが、封印図書館への立ち入りは禁止されている。
    学園長でさえも入ることは出来ない。

    そのような場所への入口だから、何か監視があるのではないか。
    強力な結界に守られているとはいっても、人を容易には近づけさせないだろう。

    そう思ったのだが

    「行けるわよ」

    ユナの答えは、とてもシンプルだった。

    「行けるのですか」
    「行ける。一応は封鎖されているけど、簡単なバリケードが置かれているだけよ。
     立入禁止になってるのは周知の事実だし、結界があることも知られている。
     過信しているわけじゃないんだろうけど、自信があるんじゃない?」
    「そうですか」

    なにせ、このユナでも破ることが出来なかった結界。
    もはや力技では破ることは出来ないと、開き直っているのかもしれない。

    「なら大丈夫ですね。私が、この…」

    そう言って、メディアが懐から取り出した、稲妻状の形状を持つ、不思議な短剣。
    色合いも鮮やかで、非常に美しい宝剣にも見える一品。

    「”フィールドブレイカー”で一刺しすれば、結界は消失します」
    「本当にそうなるんでしょうね?」
    「我らがエルフの秘宝ですよ。効果は折り紙付です」
    「それならいいんだけど」

    敵対するようなつもりは無いんだろうが、相変わらず、
    メディアとユナの間には、刺々しい空気が漂っている。

    初対面で、いきなり試されたような格好になったことが、よほどお気に召さないらしい。

    「はい、着いたわよ」

    一行がハラハラしているうちに、立派な建物の前へと到着。
    これが学園都市が誇る図書館ということのようだ。

    「もう1度、念を押しておくけど」

    立ち止まったユナが振り返り、彼女の後ろに控えていた一同に向けて、
    注意を発する。

    「くれぐれも、怪しまれるような行動は控えること。
     警備が薄いとはいえ、警備員はいる。いいわね?」

    頷く一同。

    先ほどまで緊張していたセリスも、今は気持ちを盛り返し、
    決意に秘めた精悍な顔つきをしている。

    これなら心配はあるまい。

    「じゃあ行くわよ」

    一行は、図書館内部へと入って行く。





    玄関ホールを何食わぬ顔で横断し、奥まった場所にびっそりと存在する、
    下り階段を下りて地下へ。
    申し訳程度のロープで作ったバリケードがあったが、ためらうことなく跨いだ。

    地下1階は倉庫的なフロアのようで、人の姿はほとんど無い。
    蔵書の整理をしている職員が、1人、2人いるだけ。
    これ幸いとばかりに、気付かれないように注意しながら、急ぎ足で通過。
    地下2階への階段を下りる。

    地下2階は、さらに倉庫、物置的なフロアである。
    だから、他の人影などあるわけがない。職員の姿も無くなった。
    少々埃っぽい中を素知らぬ顔で進み、その場所へと近づく。

    「あれが、封印図書館への扉よ」

    そう言って、ユナが指し示した先。
    前方に巨大な扉があった。

    鉄製なのか、重厚そうな、黒光りするその扉。
    加えて、魔力の奔流がひしひしと感じられる。
    結界によって封印されている余波だろうか。

    「なるほど…。これでは、いくらやっても無駄でしょう」

    メディアが感想を一言。
    彼女がこう言うくらいだから、本当に、突破することは不可能なのだろう。

    ”普通の手段”では。

    彼女はスタスタと扉へ歩み寄ると、右手を差し出して、扉へ手をつけた。
    そして目を瞑る。

    しばらくそうしていた彼女は

    「物理的な衝撃、魔力を吸収……ならびに、侵入者絶対排除の結界が張られています」

    静かに、解析結果を述べた。

    「どなたがお張りになったものかはわかりませんが、非常にすばらしい結界です。
     どんなに強大な魔法や、力を加えたとて、傷ひとつつきませんね。
     我らエルフや魔族でも、これを破るのはほとんど不可能でしょう」

    「そんなに?」
    「エルフや魔族でも無理なくらいですから、ユナさんが破れなかったことも、
     納得のいく結果です」
    「……」

    驚く勇磨に、ふむふむと納得している環。
    ユナは、不機嫌そうな表情でも、無言を貫いた。

    「でも、私の前では。このフィールドブレイカーの前では、いかなる結界も無意味」

    再びフィールドブレイカーを取り出すメディア。

    「ではみなさん。覚悟はよろしいですか?」

    「元より承知よ」
    「お願い、メディアさんっ!」

    「わかりました」

    一同は頷いて。
    水色姉妹よりさらなる賛同を得たメディアも、ひとつ大きく頷き。
    扉へと向き直って、色鮮やかな短剣を構えた。

    「やるなら早くして。いま見回りに来られたらおしまいよ」
    「はい」

    ユナから急かす声が飛ぶ。

    結界を破り、封印図書館に入ろうとしていることがバレたら、即刻、強制退去だろう。
    それどころか、手が後ろに回るかもしれない。
    もっとも、素直に捕まってやるつもりなど無いが、今は急ぐのみ。

    「………」

    扉と対峙するメディア。
    どれほどすごい、高等な魔術を行使するのかと思いきや。

    「えいっ♪」

    「…え?」

    ただ無造作に、構えた短剣を、ぷすっと扉に突き刺しただけ。
    思わず呆気に取られる一同であったが

    「あの短剣、それほどの強度が…?」
    「いえ違うわ。あれは、扉に刺さっていると言うより…」
    「結界、そのものを、刺している…?」

    扉は、おそらくは分厚い、鋼鉄製の重いもの。
    そんなところに、あんな細くてひ弱そうな短剣が、ああも簡単に突き刺さるだろうか。

    疑問に感じてよくよく見てみると、突き立った短剣の周りに、魔力の奔流が見える。
    短剣は扉に刺さっているのではなく、結界を構成している魔力を直接に捉え、
    四散させているのだ。

    バシュッ

    「…!」
    「きゃっ」

    「はい、おしまい♪」

    一瞬の閃光が走ったのち、陽気なメディアの声。

    「おしまい…?」
    「結界は消えました。今なら、扉を開けることが出来ますよ」
    「本当に…?」
    「疑うのですか?」
    「……」

    一瞬の出来事で、あまりに呆気なさ過ぎて、実感が伴わない。

    「よし。じゃあ、開けよう」
    「兄さん、私もお手伝いします」
    「あ、私も!」

    勇磨、環、エルリスの3人が扉の前に立ち、開けるべく手をつけた。
    重そうな扉だから、人手がいるとの判断である。
    両面開きだと思われる、片方だけに集中して…

    「押すぞ。せーのっ…」

    グググ…
    3人で力を合わせ、鉄の扉を押す。

    しかし…

    「ぐぎぎぎ……だ、ダメだ開かない」
    「ど、どうなっているんですか」
    「結界は無くなったんじゃないの!?」

    結界は消失したはずだ。
    それは重そうな扉だが、3人で力を合わせれば、ビクともしないこともないはずだ。
    いったい…?

    半ば混乱状況に陥るが

    「ふむ…」

    再びスタスタと歩み寄ったメディアが、発見する。
    扉の隅のほうに、小さくこしらえられた、その代物を。

    「この扉、押すのではなくて、”引く”のではありませんか?」

    『………』

    一同、沈黙。
    恐ろしいほどの静けさが降ってくる。

    メディアが示した場所には、確かに、小さいながらも取っ手があった。
    いくら押しても開かないはずだ。
    結界云々ではなく、構造状の問題とは、盲点だった。

    「さ、先に言ってくれよ」
    「もうっ兄さん! 兄さんのせいで大恥じゃないですか!」
    「俺のせいなのか…」
    「最初に『押すぞ』って言ったの、勇磨君じゃない…」

    扉を開けようとした当事者3人は、軽く言い争って。
    恐ろしいものだ、刷り込みとは。

    『はぁぁぁ…』

    とてつもなく大きなため息。

    押すものだと思い込んだ勇磨も勇磨だし、取っ手に気付かなかった2人も悪い。
    つまり、どっちもどっち。

    「ま、まあまあまあ。間違ってることはわかったんだから、正しく引いてみようよ。ねっ?」
    「そうね…」

    セリスがフォローに回って、気を取り直す。
    では、改めて…

    「ふんっ!」

    取っ手に手をかけて、思い切り引いた。

    ゴ、ゴ、ゴ…

    重苦しい音を立てて、徐々に開いて行く扉。
    数百年、あるいはそれ以上の時を隔ててきた障害は、今ここに取り除かれた。

    「おお…」

    どこからともなく声が漏れる。
    見つめる先には、暗闇に消えて行く、真っ直ぐ伸びた通路があった。

    「この先が封印図書館…」
    「戸惑っているヒマは無いわ。行くわよ」
    「うんっ!」

    先んじてユナが入って行く。
    そのあとを追う一行。

    かくして、封印図書館への潜入に成功。
    何が待ち受けているのか、知る術は無い。




    18話へ続く


引用返信/返信 削除キー/
■491 / inTopicNo.42)   『黒と金と水色と』第18話
□投稿者/ 昭和 -(2006/11/11(Sat) 15:17:03)
    黒と金と水色と 第18話「門番」






    開いた扉を超え、封印図書館と呼ばれる領域へと足を踏み入れる。

    先頭をユナ。以下、エルリス、セリス、勇磨、環の順。
    最後に、まだフードを被ったままのメディアが続く。

    すると

    ゴ、ゴ、ゴ…

    「!」

    なんと、扉が勝手に閉まっていくではないか。
    もしや、閉じ込められはしないかと、肝を冷やすが

    「大丈夫。結界が消えた以上、行き来は可能です」

    とメディアが発言したことによって、落ち着きを取り戻した。
    結界が鍵のようなものだったので、閉じたままになることは無いとのこと。

    「むしろ、開いたままなところを見られてはまずいので、よかったのでは?」
    「そう言われてみればそうね。助かったわ」

    誰もが、封印図書館へ立ち入ったということ、そして、
    先へと続く通路に心を奪われていた。
    扉を閉めるといった発想が浮かばなかったことは、痛恨のミスになるところだった。

    ゴゴゴ……ズンッ…

    低い音を立てて、扉が完全に閉まる。
    瞬間

    「きゃっ」
    「真っ暗!?」

    周囲は、完全な暗闇に閉ざされてしまった。
    思わず水色姉妹から悲鳴が上がる。

    「「落ち着きなさい」」

    忠告が同時に2人からなされる。
    ユナと環だった。

    「……」
    「……」

    声が重なったことに、当の本人たちは驚いたのか、はたまた遠慮したのか。
    数秒間の沈黙が訪れたが、やがて、ユナのほうが口を開く。

    「…明かりをつけるくらい造作も無いから。
     いざとなれば私が照明代わりの炎を灯すし、それに、
     各自のアーカイバに、松明くらい用意してあるわよ」

    「え? そうなの?」
    「じゃあ早速〜。…あ、でも」

    それを聞いた水色姉妹は、すぐに自身のアーカイバへ手を伸ばすものの。

    「これって中にいっぱい入ってるんだよね? どうやって探せばいいの?」

    首を捻るセリス。

    大量の容量を有するアーカイバ、もちろん、詰め込んである荷物の量も大変なものだ。
    そんなところからどうやって目的のものを探し出し、取り出せばいいのか。

    「はぁ…」

    ユナはため息。
    真っ暗だから表情は窺えないが、その通りの顔をしていることだろう。

    「あなたたち、本当に何も知らないのね…」
    「だ、だって、アーカイバなんか使うの、初めてなんだもん」
    「魔法道具だから、それなりに高価なんでしょう?
     私たちはとてもじゃないけど、そんなお金なんか持ってなかったから」
    「はいはい。いま教えてあげるわよ」

    貧乏旅だったことには違いない。
    つい最近、莫大な報奨金をもらってリッチになったにせよ、
    使うことになる状況にならなかったので、知らないのは当然。

    ユナは諦めて説明を始める。
    といっても、何も難しいことは無い。

    「欲しいものをイメージして、手を突っ込んでみなさい。
     それが中に入っているのなら、自然と手の中に現れるから」
    「そんなに簡単なの?」
    「試しにやってみるね。えーと、たいまつ、たいまつ…。出たっ!
     暗くてわかんないけど、なんか細長いものが出てきたよ!」

    使えなければ困るのだが、とりあえず、扱えることも使えることも確認できた。

    「おー」
    「兄さん?」

    と、このやり取りを聞いていた勇磨が、唐突に感嘆の声を上げる。
    環が首を傾げる中。

    「イメージしただけで取り出せるとは……これぞまさしく四○元ポケット!」
    「兄さん…。いろいろ危険なので、それ以上はやめてくださいね」

    「???」

    環が言ったように、いろいろと危険なので、これ以上は触れない。
    彼ら以外は、やはりわけがわからなかった。

    「とにかく、明かりをつけるわよ。
     もしものときに松明はとっておいて、私が火をつけるから」
    「はーい。じゃあ、たいまつはまた入れておくね」

    ユナがそう言って、セリスは取り出した松明を、再びアーカイバの中へ。
    照明になる魔法を唱えようと、ユナが魔力を込める。

    パッ!!

    「…!」

    だが、その必要は無かった。
    急に周りが明るくなかったからだ。

    「え…?」
    「明かりが……ついた?」

    まるで、それまでの設備の整った図書館内部のように、充分な光量がある。
    奥へと延びていっている通路も、先のほうまで見渡せる。

    よくよく注意してみてみると、通路左右の柱状になったところに、
    火が灯る形の照明が設置してある。
    そのすべてに、一斉に火が灯ったようだった。

    「どうやら、誰かが中に入ると、照明が灯る仕組みになっているようですね」
    「おそらく。魔科学の賜物でしょうか」

    環とメディアが、続けて私見を述べる。
    不可思議だが、内包しているものと比べれば、こんなことは序の口であろう。

    「ま、危険は無いようだし、明るくなって大助かりじゃないか」
    「そうね。行くわよ」

    勇磨の言葉に頷き、再びユナを先頭にして、奥へと進む。





    真っ直ぐに伸びる廊下を、ひたすら進む。

    「ずうっと続いてるねお姉ちゃん」
    「そうね。本棚もずうっと続いてる…」

    終点が見えないくらいの長さ。
    廊下だけではなく、両側に置かれている本棚も同様である。

    棚には本がぎっしり詰まっていて、封印されていながら、
    図書館と呼ばれる所以を見ているような気がする。

    「ユナ。このへんの本は調べなくていいの?」
    「いい」

    エルリスが尋ねてみるが、一蹴された。

    「入口近くの本なんて、ロクなものが無いわよ。
     だいたいこんな近くにあるんだったら、封印されて久しいとはいえども、
     何かしらの記録くらいは残ってるでしょ」
    「なるほど」

    ユナの返答に納得し、進むことに集中する。
    どれぐらい進んだだろうか。

    突き当りが見える。
    行き止まりか、と一瞬だけ焦るものの。

    「階段だわ」

    両脇に、さらに地下へと降りて行く階段があった。
    さあここで問題。どちらに進むかということだが…

    「なんだ」

    先を覗き込んだ勇磨が言う。

    「先で合流してるぞ」

    ここは小さなホール状の空間になっていて、下が見渡せる。
    一見、別々の進路をとっているように見えた階段は、下りた先で合流し、
    また別の空間へと繋がる通路を形成していた。

    迷う心配は無くなったので、さらに進む。
    階段を下りてみると、そこは、意外なほど広い空間だということが判明した。

    「お〜広い」
    「地下にこれほどの空間が…」
    「非常に興味深いですね」

    感心したというか、驚きの声の御門兄妹。
    そして、周りを見渡すメディア。

    小さな学校の運動場ほどのスペースがある。
    天井も、大型モンスターでもお釣りが来るほど高い。

    なんのための空間なのだろう?
    四方の壁には本棚があって、隙間が無いほどに本が詰まっているが、
    なぜ肝心の中央部分には何も無いのだろう。

    なんにせよ、造られたのがいつだかわからないが、それほどの昔に、
    地中深くのこの地に、これほどの空間を造れる技術があったとは。
    まったく、古代の進んだ魔法科学には驚愕するばかりである。

    「驚いてないで進むわよ。扉が見えるわ」

    ふぅ、と息をついたユナが指し示した先。
    離れた向こう側、正面前方の壁に、第2の扉があるのが見える。

    言うなれば、あの扉から先が、本当の”封印図書館”だということだろうか。
    扉へ向けて歩き出した一行は、期せずして、それを実感することになる。

    なぜなら…

    グルルっ…!

    「…!」

    急に、地獄の底から響いてくるような、重低音の唸りが聞こえ。

    「全員、下がれっ!」
    「気をつけて! 何かいますよっ!」
    「え……え…?」
    「セリス、こっち!」

    勇磨と環が警告を発し、ユナが早くも戦闘態勢を整える中。
    突然のことに戸惑うセリスを、エルリスが手を引いて退避させる。



    『グギャアアアアッ!!!』



    響き渡る大音声。
    耳を劈く叫びに、耳と同時に目まで塞いでしまう。

    そして、おそるおそる開いた目に映ったものは。

    「「ドッ、ドラゴンッ!?」」

    「ドラゴンですね」

    燃えるような赤い肌、二足歩行の、天井に届きそうな巨大な体躯。
    特徴的ないかつい頭部。背中には大きな翼。
    おそらくは、何者かがこの場所にやってきたとき、召喚されるようになっていたのだろう。

    水色姉妹の悲鳴に、驚くほど冷静な声で同意したのは、メディアである。

    「しかもあれは有翼種。ドラゴンの中でも最高峰といわれる、ワイバーンですね」
    「ワ、ワイバーン!?」
    「最高峰!?」

    不穏な単語を聞かされ、さらに驚愕。
    最高峰ということは、強さもそうだということか。

    「門番ってワケね」

    水色姉妹は怯えるが、少しもそんな素振りは見せない彼女。
    炎髪灼眼の通り名を持つ稀代の魔術師は、逆に目を輝かせながら言った。

    「なるほど…」
    「万が一、侵入者が入ってきたときのための、とっておきというわけですか」

    御門兄妹も納得する。
    ここまで入ってきた無法者を討つための、この先へは通さないための、門番。

    ということは、だ。

    「アレをやっつければ、大手を振って、あの先へ入れるわけだな。
     本当の意味での封印された領域、楽しみだ」
    「少々違うような気もしますが、後半は兄さんに同意します」

    あの扉の向こう側は、真の”封印図書館”に違いない。
    どんな世界が待っているのか、非常に楽しみである。

    「いっちょやるか!」
    「はい」

    御門兄妹も刀を抜いて、戦闘に備える。

    「私は、直接戦闘は苦手ですので、下がらせていただきますね」

    メディアはそう言って、ワイバーンの射程外へ退避。

    エクスプロージョン!

    「うわっ」

    いきなり戦闘開始だ。

    ユナの放った爆裂魔法が炸裂。
    その余波である衝撃波が吹き荒れる。

    「こらユナ! 何の前触れもなくぶっ放すなよ!」
    「知ったこっちゃないわね」

    もちろん苦情を突きつけるが、当の本人は涼しい顔だ。
    むしろ聞く耳すら持たず、早くも次弾の用意を始めている。

    「ったくもう」
    「まあ、あのような方ですからね。こちらでなんとかするしかないですよ」
    「だが、ドラゴンの皮膚は鋼鉄以上の硬さなんだろ?
     しかも最高峰の種類と来た。厄介だな」
    「ええ。事実、ユナさんの魔法もほとんど効いていな――兄さん!」
    「はいよっ」

    『グギャアッ!』

    唸り声一発。
    ワイバーンは大きく口を開けて、大火炎を吐き出してきた。

    ユナの魔法を受けてもほとんど無傷。
    伊達に竜族最高峰だというわけではない。

    御門兄妹は、もちろん炎を回避したが

    「…えっ」
    「あ」

    彼らの後ろにいた水色姉妹は、不意を衝かれる格好になってしまった。
    呆気にとられるばかりで、なんら準備が出来ていなかったのだ。

    「お、お姉ちゃん!」
    「……」

    「エルリスセリス!」
    「しまった……避けてくださいっ!」

    そうは言われても、このタイミングでは、もはや避けられない。
    恐怖で姉に抱きつくセリス。

    「………」

    眼前に迫った炎が、視界一杯に広がる。
    エルリスは立ち尽くしていた。

    (ああ……こんなところで終わりなの…?)

    あの火炎に飲み込まれたら、ただでは済むまい。
    まだ旅の目的を果たしていないというのに、これで死ぬのか。

    「お姉ちゃんっ……!」

    (セリス…)

    自分に抱きついて、ガタガタ震えている、最愛の妹。

    (……だめ)

    守らなければ。
    自分が守り、目的を達成し、幸せになるのだ。

    (こんなところじゃ終われないッ!!)

    そう決意した瞬間。
    自分の奥底から、何かとてつもないパワーが沸き起こってくるのを感じて。
    エルリスの意識は、そこでぷっつりと途絶えた。

    氷よ! 我を守る盾と成せ! アイスウォール!!

    ガチガチガチガチッ!

    魔法発動と同時に、彼女の前に巨大な氷の壁が出現。
    せまりくる炎に立ちはだかり、見事に防ぎきった。

    「お……姉ちゃん……?」
    「邪魔だ。離れておれ」
    「う、うん…」

    セリスは、姉から言われたことにショックを受けながら、言われた通りに離れる。

    (どうしちゃったの…? お姉ちゃんがお姉ちゃんじゃない…)

    はっきり感じた。
    あれはエルリスでは、大好きな姉ではない。

    声こそ同じ声色だったにせよ。
    自惚れるわけではないが、自分を邪険に扱うようなあんなことを
    言うはずが無いし、なにより、雰囲気がまるで違う。

    例えて言うなら、普段のエルリスが、丸く、包み込んでくれるような優しさ。
    今のエルリスは、触ったら切れてしまうような、鋭く尖った刃物のような感じを受ける。

    だが、酷いことを言われても、嫌いになるどころか。
    どことなく親しみを覚えてしまうのは、なぜだろうか。

    「な、なんだ? エルリス?」
    「あの魔力は…」

    一方、御門兄妹なども、エルリスの変貌振りに驚く中。

    氷よ…

    溢れる、外へと漏れ出す魔力を抑えようともせずに。
    一変したエルリスは、静かに詠唱を始める。

    清らかなる氷の精よ……等しく訪れる森羅万象、悠久なる氷よ……
     今ここに汝の力、解き放たりて、彼の物ことごとく、深淵たる永久の眠りへ誘いたまえ


    そして、呪文は完成する。
    凝縮した魔力はもはや、普段のエルリスの比ではない。

    「くっ」
    「すさまじい魔力……エルリスさん……」

    暴れる魔力の奔流に、御門兄妹ですら、耐えることに必死になるくらいだ。

    アブソリュート・ゼロッ!!

    魔法が発動。
    それと同時に、瞬く間すら与えずに、ワイバーンの身体は凍り付いていた。
    ピクリともしない。

    「……」
    「……」
    「……」

    竜族最高峰のワイバーンを、こうもたやすく。
    御門兄妹ばかりか、ユナすらも目を見張った。

    「今じゃ勇磨!」
    「…! あ、ああ!」

    エルリスからかけられる声。

    勇磨は驚いたが、確かに、これほどのチャンスは無い。
    動きが止まっている上に凍り付いている今なら、撃破することは簡単だ。

    「おおおおっ!!」

    ここぞとばかりに、勇磨はワイバーンへ突進。
    思い切り刀を振り下ろした。



    ガシャーンッ!!



    ワイバーンは、砕け散る氷と共に、その肉体すら木っ端微塵となった。





    第19話へ続く


引用返信/返信 削除キー/
■544 / inTopicNo.43)   『黒と金と水色と』第19話@
□投稿者/ 昭和 -(2006/12/02(Sat) 01:08:16)
    黒と金と水色と 第19話「最深部へ@」






    砕け散り、無数の塊となった氷が、空中を乱舞して。
    キラキラと光が反射して、見ようによっては、幻想的な光景だとも取れるだろう。
    大本が、凶悪なドラゴンだったことを除けば、だが。

    氷は次々と床へと落ちて音を立てるが、そこで生じた欠片は、
    召喚されたものが消え去るときのように、または、
    水蒸気へ戻っていったのか、痕跡を認めることは出来なくなった。

    「………」

    その様子を、微動だにせず見守っていたエルリス。

    「お、お姉ちゃん…?」
    「ふむ…」
    「え?」

    再び、おそるおそる声をかけるセリス。
    しかし、エルリスはひとつ、一人心地に頷いただけで、彼女には応えない。

    「そろそろ限界か…」
    「な、何を言ってるの?」
    「………」

    自らの手を見つめながら、独り言なのか、ぼそりと呟いて。
    セリスの再度の呼びかけにもまた応えず、直立不動の体勢のまま。

    「………」
    「わあっお姉ちゃん!?」

    次の瞬間には、まるで、糸を切られた操り人形の如く。
    突然に全身から力が抜けたような感じで、その場に崩れ落ちてしまった。

    大慌てでセリスが駆け寄り、助け起こすも。

    「お姉ちゃん? お姉ちゃんってば!」
    「……」

    完全に気を失っており、やはり応えない。

    「しっかりしてよ!」
    「気絶しているだけですね。心配には及びません」

    セリスの次に駆けつけたメディアが容態を診て、こうは言うが。
    続けて集まってきた面子は、それぞれ複雑な表情を浮かべている。

    「とりあえずドラゴンは倒せて、エルリスも大丈夫そうだが…」
    「先ほどの魔力と、変貌振りは…」
    「実に興味深いわね」

    勇磨、環、ユナの3人。
    顔を見合わせながら、意見を交わした。

    「あの魔力の波動は、エルリスさんのものではありませんでした。
     また、兄さんを一喝したときの、あの口調」
    「普段のエルリスなら、あんな言い方はしないしな。呼び捨てだったし」
    「あれは……おそらく……」
    「精霊”そのもの”」
    「……」

    ユナの言葉に、一瞬だけ言葉に詰まり。

    「そうでしょ?」
    「……ええ、たぶん」

    迷いながらも、環は頷いた。

    エルリスの中に眠る、氷の精霊。
    その精霊が力を貸しているおかげで、彼女は氷の魔法ならば、一般レベル以上のものを
    使えるわけだが、今回は…

    眠っていたはずの精霊が目を覚まし、意識と肉体まで、自分のものとして扱ったのだろうか。

    「そんなことがありえるのか?」
    「わかりません。ですが、そう考えると、説明はつきます」
    「む〜ん」

    波動の違う、強大な魔力を発揮したことも。
    口調や雰囲気が変わったことも、エルリスの人格から、
    精霊本人の人格に入れ替わったとすれば、一応、説明は出来る。

    「まあ、精霊が人間に憑いていること自体、前代未聞のことよ。
     完全に否定することは出来ないし、その逆もまた然りね」
    「うーん…」

    ユナの言うことがもっともだろうか。
    唸る勇磨である。

    「…ぅ……ん…?」
    「お姉ちゃん!」

    そのうち、エルリスが意識を取り戻したようだ。

    「あれ……私……?」
    「よかった気が付いて! わかる? セリスだよ!」
    「セリス……? っ!!」
    「わっ」

    エルリスは、寝ぼけているかのように、トロンとした目でセリスを見ていたが、
    あることを思い出して、急にガバッと飛び起きた。

    「あなた大丈夫なの? 怪我はっ? そうよ、ドラゴンは…!」
    「だ、大丈夫。わたしは怪我もしてないし、ドラゴンも、勇磨さんが倒したから」
    「そう…」

    オロオロとセリスの身体を確かめて、本人からも異常が無いことを聞かされ、
    ようやく安心したのか、ホッと息をついて弛緩する。

    そして、勇磨へと視線を向けると

    「勇磨君が助けてくれたのね。ありがとう」
    「あ、いや…うん。無事でよかった」

    感謝の言葉を述べたのだ。
    予想外のことで、勇磨は少し戸惑ったが、すぐに取り繕う。

    この様子だと、自分がやったことも、覚えていないのだろう。
    精霊に取って代わられているうちの記憶は、残らないのだろうか。

    「エルリスも怪我は無い? 何か異常は?」
    「え? …うん、無いみたいだわ。大丈夫よ」
    「そっか」

    どういう仕組みなのか、まるでわからないが。
    悪影響は無いようだ。

    「よっと」
    「お姉ちゃん、立っても平気なの?」
    「平気。って、何をそんなに心配してるのよ」
    「う、ううん。平気ならいいんだけど」

    すっくと立ち上がった姉に、セリスはハラハラしながら付き添おうとする。
    もちろん不審がられて、慌てて、身体を支えようと出していた手を引っ込めた。

    「本当に大丈夫そうですね」
    「まあ、それならそれでよし」

    セリスと談笑している様子を見て、周りもひと安心。

    「ここから先が重要なときだ。とりあえずは、秘密にしておくか」
    「それがいいでしょうね」
    「ふぅ、やれやれだわ」

    無駄に不安がらせることもない。

    とりあえず、エルリスに憑依している氷の精霊に害意敵意は無いようだし、
    味方として扱っても問題はあるまい。

    御門兄妹とユナの協議によって、先ほどの出来事は、
    エルリス自身には伝えないことに決めた。

    「さてそれじゃ、先へ進みましょ」
    「OK」

    ワイバーンを倒して、障害は無くなった。
    いざ進もう。





    ワイバーンと遭遇したホールを抜け、扉を開けて奥へと進む。

    そこにあったのは、中央が吹き抜けとなった螺旋階段。
    円筒状の空間が、ずっと下へと続いているようである。

    「ほえ〜高い…」
    「どれぐらいあるのかしら……光が届いてないわ」

    おそるおそる下を覗き込む水色姉妹。
    あまりの高さに怖気づいてしまい、立ったままでは見られなかった。
    四つん這いになっての行動である。

    ちなみに、覗き込んでも、底を見ることは出来ない。
    暗闇に消えているのみだ。

    「封印図書館の面目躍如か」
    「まだまだこんなものではないのかもしれませんよ」

    ふーむと唸る御門兄妹も、驚きを隠せない。
    まだまだ触りに過ぎないという予感も、その思いを助長させている。

    「ま、先に進みましょ」

    一方で、さしたる感慨も無さそうなユナ。
    そう言って、またもやさっさと下りて行ってしまう。

    「お姉ちゃん、行こう」
    「ええ」
    「……」

    続けて、水色姉妹がお互いに頷き合って下り始め。
    無言のままメディアが追随する。

    「私たちも行きましょう」
    「ああ」

    必然的に、御門兄妹が最後方となる。

    一般に、敵陣やダンジョンへ突入する場合、先頭を実力者にすることはもちろんだが、
    隊列の後方にも、それなりの力を持つ人物を配置することが鉄則とされる。

    突然のバックアタックや、退路を断たれることなどを避けるためだ。
    だから、自分から買って出ようとした役割だったが、自然に出来上がった。

    兄妹にとっては、一石二鳥だったと言える。

    「……環」
    「はい」

    前を行くメディアたちからは、付かず離れずの距離を置いて。
    勇磨は、彼女たちには聞こえないような小声で、環に話しかける。
    環も、意図を察して身体を寄せ、囁くように応じた。

    「警戒しておいたほうがいいかもしれん」
    「…はい」

    一石二鳥のもう一方、この会話をするためだった。
    すなわち、他人に聞かれてはまずい話。

    「氷の精霊の力…。とはいえ、エルリスさんは無意識であって、
     あの様子からして見ても、制御し切れているというわけではないようですが…」
    「急に出張られてくると、厄介なことになるかもな」
    「はい」

    頷く環の視線は厳しく、前を行くエルリスを捉えている。

    私たちの目的・・・・・・のためには…」
    「そうだな」

    聞かれたくないだけに、穏やかではない話のようだが…
    彼らの目的とは、いったいなんなのだろう?

    そもそも、2人はなぜ、旅をしているのか?

    「まあ、そう心配することも無いだろう。
     あれが全力だとも思えないが、もう少し割り増したとしても、
     何とかなるレベルだ」
    「はい。”そのとき”に”そうなった”としても、支障は無いと思います」

    引き続いて交わされる、兄妹の密談。
    注意を払っているおかげで、前を行く人間に聞かれている気配は無い。

    「頭の片隅に残しておく、ということでいいでしょうね」
    「おう」

    共に頷いて、共にエルリスを見る。

    螺旋階段だから、視界の片隅から受ける視線に気付いたのだろう。
    エルリスに「…?」とばかりに振り返られてしまうが、笑ってごまかした。

    人が2人並んで歩いても余裕があるくらい、幅2メートルほどの階段。
    10分ほど下り続けたとき、変化は起こった。



    ガコッ! ゴガンッ!!



    「っ!?」

    突然、頭上から襲ってきた大音。
    それも、なにやら嫌な予感のする音だった。

    「な、なに…?」
    「何か、大きなものが落っこちたような音だったけど…?」

    大きな不安、恐怖に駆られて、見上げたその先には。

    ――ガッガッガッガッガッ!!

    「!!」

    衝撃。
    直径2メートルはあろうかという大岩が、自分たちがつい先ほど通ってきたところを、
    こちらに向かって駆け下りてきているではないか!

    断続的なこの音は、その大岩が、階段の段差を通る際に生じているもの。
    吹き抜け側に手すりなどは無いから、そのまま落っこちてくれればいいのだが…
    大岩は小刻みに壁へと衝突を繰り返しながらも、器用に階段をトレースして、
    正確に階段を下りて来ているのだ。

    このままでは、たちまちのうちにあの大岩に追いつかれ、轢かれてしまう。

    「わ〜お。これはまたお約束な」
    「そ、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ勇磨君!」
    「に、逃げろ〜っ!」

    始まる追いかけっこ。
    追うのは大岩。逃げるは、封印図書館攻略を目指すご一行。

    だが、岩が転がってくるスピードのほうが、断然速い。

    「追いつかれる!」
    「もっと速く走って!」
    「無理よ!」
    「これが限界……わあっ危なぁっ!?」

    最後方の御門兄妹は、すぐ前を行く水色姉妹に促すが、
    彼女たちはいっぱいいっぱいのようだった。
    セリスなどは、今にも足を踏み外し、転んでしまいそうである。

    階段だから、かなりのスピードが出ているため、無理もない。

    さらに前のユナや、姉妹を追い抜いていったメディアは、まだ余裕があるのか、
    水色姉妹との距離は開いて行く一方。

    「あっ!?」
    「セリスッ!」

    ついに、セリスが転んでしまった。
    ズルッと滑って、したたかに腰を打ちつけてしまう。

    「いたた…」
    「大丈夫!?」
    「うん、なんとか。…痛ッ!」
    「セリス!?」

    すぐにエルリスが戻って助け起こそうとしたが、セリスの顔は苦痛に歪んだ。
    どうやら足に怪我をしてしまったらしい。
    おまけに、腰を打ったショックで、満足に立ち上がることすら厳しい情勢。

    「う、動けない…」
    「そんなっ! …はっ!?」

    当然、すぐ後ろにいた御門兄妹も足止めを受ける。
    エルリスがそんな2人の背後に見たのは、今まさに迫りくる、大岩の姿だった。

    (もう逃げられない!)

    咄嗟にそう感じて、エルリスは思わず、セリスを庇うようにして覆いかぶさる。

    「やれやれ。環」
    「仕方ありませんね」

    彼女たちの後ろで、真っ先に大岩の脅威を受けるはずの御門兄妹。
    ひとつ息をついて肩をすくめると、逃げるどころか、振り向いて大岩と向き合う。

    あのような岩の直撃を受けては、ましてや、このスピードでは、
    ひとたまりもないのだが…

    「「はあっ!!」」



    ドォンッ!!



    2人は気合一閃。
    彼らから風圧が生じるのと同時に、周囲には、黄金の輝きが溢れた。

    同時に…



    ドガァァアンッ!!



    砕け散る大岩。
    パラパラと破片が落ちてくる中。

    「…ふぅ」
    「除去完了です」

    ホッと息をつく御門兄妹。
    それから、溢れかえっていた黄金の輝きは、急速に収まっていった。


引用返信/返信 削除キー/
■551 / inTopicNo.44)  『黒と金と水色と』第19話A
□投稿者/ 昭和 -(2007/01/06(Sat) 11:42:16)
    黒と金と水色と 第19話「最深部へA」






    迫ってきていた大岩の姿は綺麗サッパリ消え去る。
    周囲には、サラサラの砂状と化した元大岩の破片が舞い、
    やがて周りに落ちて行く。

    それを見届けるかのようにして、黄金の輝きが消える。
    元の姿形に戻った御門兄妹は、微笑を浮かべて振り向いた。

    「もう大丈夫だよ」
    「えっ? あ……うん、ありがと……」
    「ほえー…」

    対する水色姉妹の反応は、共に呆然としたものだった。

    彼らが黄金化するのを見るのは、何もこれが初めてというわけではないが、
    改めて見てみると、ものすごいものだということを再認識する。

    あんな大岩を、一瞬で粉々にしてしまうとは。

    「い、今、何をしたの?」
    「霊力…魔力のようなものです。それを瞬間的に放出しまして、
     あの大岩にぶつけ、粉砕した次第です」
    「そ、そうなの」

    環から説明を聞いても、すぐには理解できない。
    それだけすごかった。

    「久しぶりに見たわね」
    「助かりました」

    と、健脚に物を言わせて、かなり先まで下りて行っていたユナとメディアが、
    そう口を開きつつ上がってきた。

    「相変わらずのすごいパワーだわね。正面から当たったら、私でもどうだか」
    「またまたご謙遜を」
    「謙遜じゃないわよ。正直な感想」

    ユナが「脱帽だ」とばかりに言ってくるが、苦笑する勇磨。
    とてもじゃないが、信じられるものではない。

    「何を仰いますやら」

    それは環も同感のようで、ジトッと睨みつける。

    「仮に、1番うしろにいたのが貴女だったとしても、
     同じように回避していたはずでしょう」
    「まあね」

    頷くユナ。
    しかし…、と補足を入れる。

    「でも、魔力だと、一瞬のうちに練られる量には限界がある。私でもね。
     だから、あなたたちみたいな爆発的なパワーは出ないのよ。
     破壊に成功したとしても、あそこまで木っ端微塵には出来ないわ。さすがよ」
    「それはどうも」

    無詠唱魔法というものもあり、もちろんユナも使いこなせるが、
    それなりに威力のあるものを使おうとすると、どうしても詠唱が必要になってくる。
    魔法、魔力の弱点と言ってもいいだろう。

    その点、御門兄妹の霊力というものは、一瞬でピークに近いパワーを取り出せる。
    あの黄金化が良い例だろう。

    ユナが御門兄妹を認めているのも、こういった面があるためだ。
    他人を滅多に褒めない彼女が、素直に感心しているということも、特筆物である。

    「しかし罠があったとは、いえ、むしろあって当然なんですが、
     ここで来るとは思いませんでしたね。油断でした」
    「本当に」

    メディアがこう言うと、全員がうんうんと頷いた。

    「まだ回避可能な罠だったから良かったけど、即死モノの罠なんかがあるかもしれない。
     というより、あるのが自然。もっと慎重に進まざるを得ないわね」
    「ええ…」
    「心臓に悪いよ〜…」

    特に、こういう非常事態に免疫の無い水色姉妹。
    ユナの言葉に、げんなりと息を吐き出すのだった。

    「っていうかユナさん!」
    「なによ?」

    ぐったりしていたセリスが、唐突に声を張り上げた。
    そしてユナを睨みつける。

    「自分たちだけさっさと逃げちゃって〜! 薄情者〜!」
    「あのね…」

    ふぅ、と今度はユナが息を吐き出す。

    「この程度の階段を下りるだけで、私に付いてこられないほうが悪い。
     体力面での強化、怠ってるわね?」
    「うっ」
    「エルリス。あなたもよ」
    「あ、あはは……ごめんなさい」

    確かに、ユナに付いていけなかったのは、根本的な体力の差だ。
    彼女と修行した際に、魔法だけではなく、体力も併せて鍛えなければダメだと
    言われていたのにもかかわらず、疎かにしていたこともまた事実。

    激昂していたセリスは言葉に詰まって勢いを失い、
    エルリスも、申し訳なさそうに苦笑するしかない。

    「メディアも、意外と足が速かったなあ」
    「まあ、エルフですから、私」
    「そんなものか」

    ユナに付いていっていたメディア。
    勇磨から指摘されて、照れくさそうに笑って見せる。

    人間とエルフでは、魔力だけでなく、体力にも違いがあるのだろうか。

    「う〜、事実なんだけど……なんか納得いかなーいっ!」
    「セリス。修行してなかったのは私たちなんだから…」
    「それでもだよ〜っ!」
    「あはは…」

    どうしたものか、と苦笑していたエルリスは、はたと気付く。

    「そういえば、セリスあなた」
    「え?」
    「ケガ、してたんじゃないの?」
    「へっ? ……あっ!」

    階段を踏み外し、盛大に転んでいたはず。
    直後は動けないほどの痛みがあったみたいだが、もういいのだろうか。

    「そ、そうだった! イタタっ、思い出したら痛くなってきたー!」
    「セ、セリス! 大丈夫!?」

    …忘れていただけだったようだ。
    言われて気付かされると、すぐに悶絶し始める。

    「ははは」
    「まったく…」

    苦笑するしかない勇磨。
    脱力してため息をつくしかない環。

    「環、治してやれよ」
    「仕方ありませんね…。セリスさん、見せてください」
    「あっ環さん。…んっきゃあ! 触らないで痛いー!」
    「触らないと見られないでしょう!」

    ヒーリングしようと、患部に触れようとするも。
    かすかに触れた瞬間、セリスは飛び上がって痛みを訴えた。

    治療するために見せて欲しい環と、痛いところに触れられたくないセリス。
    壮絶ないたちごっこの始まりだった。

    「セリス…」
    「本当に、あの子はどうにかならないものかしら…」
    「まあいいではないですか。楽しくて♪」

    恥ずかしすぎて、顔を覆ってしまうエルリス。
    ユナはそっぽを向いてしまう。
    メディアが1人楽しそうに笑っているが、それでいいのだろうか…





    延々と続く螺旋階段。
    いい加減、嫌になってきた。

    「どこまで続いてるの、この階段…」
    「う〜、帰りに登るの大変そうだなぁ」

    水色姉妹から愚痴が零れる。
    それもそのはずで、もう1時間近く、階段を下り続けているのだ。

    いったい、どれぐらいの深さまで降りて行くのだろう?
    いったい、この先はどうなっているのだろう?

    大いなる不安は渦巻く中、終わりは唐突にやってきた。

    「あっ」

    真っ先に声を上げたのは、やはりセリスだ。

    「階段が終わってる!」

    照明は魔科学によって、今いる付近のみを照らす仕組みになっているようだ。
    だから、先に行けば行くほど暗くなっており、判別するのは困難を極めたが。

    あとひと巻きくらい降りて行くと、そこで階段は終わり、
    平坦な床が広がっているように見える。
    その先は暗闇の中だが、それなりのスペースがあるのだろうか。

    「とりあえず、一息つけるか」
    「そうですね。行きましょう」

    止めていた足を再び動かし、螺旋階段の最後の部分を下りて行く。
    階段なので、さすがに少しは疲労が来ているが、
    終わりが見えているということで、その足取りは総じて軽い。

    程なく、階段を下り切った。
    螺旋階段最下層に照明が灯る。

    そこで見たものは…

    「扉がいっぱい!」

    悲鳴に近い、セリスの叫び。

    螺旋階段が納まっていた形状そのままの、円形のスペース。
    階段を下り切った先からの壁面には、2mくらいの間隔を置いて、
    扉が何ヶ所も設置してあるのだ。

    「ひい、ふう、みい………全部で15ヶ所」

    即座に数えた環がこう報告。
    扉の数は、実に15を数えた。

    「迂闊に近づかない開けない! 何が出てくるかわからないわ」
    「う、うん」

    ともすれば先走った行動に出かねない誰かさんに向けて、ユナが一喝。
    なぜか頷いたセリス。(自覚があるらしい)

    他のものは一切、何も存在しない…いや、ひとつだけあった。
    スペースの中央に、剣を斜めに持つ兵士の像が、寂しげにひとつだけ置かれている。

    「………」

    こんなところにオブジェ?
    周囲を観察しだしたユナは、そのように疑問に感じたが、それ以上のことはわからない。

    視線を、複数ある扉へと移した。

    「………」

    扉の数々を、それぞれジッと注視して行く。
    そして、こう呟いた。

    「どうやら、魔力的なトラップは無いようね」
    「そのようですね」

    メディアも同意する。

    「あと考えられる可能性としては、物理トラップですが」
    「そればっかりは、開けてみないとわからないわね。…ん?」

    ここで、ユナは何かに気付いた。
    ひとつ首を傾げ、慎重に、1番近くにある扉へ歩み寄って行く。

    「どうしました?」
    「何かが…」

    目の前に立ってみて、”何か”を見つめる。

    扉の中ほど、ちょうど目線くらいの高さ。
    長方形をした、周囲とは明らかに違った一角があった。

    「これは……プレートの跡だわ」
    「プレート?」
    「よく、部屋の前なんかに『〜室』とか書かれてるものが貼ってあるでしょ?
     それじゃないかと思うんだけど……あっちにもあるわね。あっちにも」

    よくよく確かめてみると、隣の扉にも、そのまた向こうの扉にも、
    同じようなものがあることがわかった。

    「…ダメですね。どれも煤けていて、読めません」

    しかし、いずれもが変色してしまい。
    あるいは、貼ってあったプレートは取り払われてしまったのか、
    表示されていた内容を窺い知ることは出来ない。

    「ということは、何か? この扉の先にはそれぞれなんらかの部屋があって、
     どんな部屋かを案内していたというわけか?」
    「たぶん、兄さんの仰るとおりでしょう」
    「ふーむ」
    「今となっては、悔やまれますね」
    「まあ、何十年、何百年と、管理する人間なんかいなかったんでしょうし、
     当然と言えば当然だわね」

    どんなに小さいものでもいいから、何か手がかりが欲しい一行にとっては、
    かなり残念なことであった。
    こんなところで、封印図書館の洗礼を浴びることになるとは。

    要するに、扉の向こう側に何があるかは、実際に扉を開けて、
    向こう側に入ってみるまではわからないということ。

    「さあて…」

    不敵に微笑んだユナが、皆を見回しながら、尋ねたこと。

    「どこから行く?」
    「……」

    即答する声は、上がらなかった。


引用返信/返信 削除キー/
■552 / inTopicNo.45)  『黒と金と水色と』第19話B
□投稿者/ 昭和 -(2007/01/13(Sat) 18:25:14)
    黒と金と水色と 第19話「最深部へB」






    「どこから行く?」

    とのユナからの問いに、答えられるものは皆無。
    しばらく、その場を沈黙が支配したのち。

    「順番……に、行くしかないんじゃないか?」

    と勇磨が発言。

    「そう、ね、それしか…」
    「うん。わたしは勇磨さんに賛成〜」
    「1番シンプルですが、無難でもあります」

    ポツポツと、賛成意見も出始める。
    エルリス、セリス、メディアは賛意を表した。

    最終的には、ユナも環も同意して、とりあえず、1番左、
    1番階段に近い扉から開けてみることにした。

    だが、トラップが無いとも、開けた瞬間に何か異常事態に見舞われないとも限らない。
    扉を開けるには、慎重に慎重を要する。

    「よし。扉を開ける役は、俺が引き受ける」

    唯一の男だしね、と名乗り出る勇磨。
    反対意見は出ない。

    「それではこうしましょう」

    それを受けて、メディアがこんなことを申し出る。

    「他の皆さんは、ここの中央部分にお集まりいただいて。
     万が一のときのために、私が魔力・衝撃緩衝の結界を張ります。
     これで、よほどのことが無い限り、私たちは安全です」

    「…俺は?」
    「がんばってください♪」
    「はいはい…」

    それだと、中央に集まっている女性陣は安全だが、
    ドアを開く係の勇磨は、モロに影響を被ることになる。

    しかし、自分が名乗り出たことであるし。
    他に方法が無いのだから、誰かがやらねばならない。
    罠があったときでも、それなりに回避できる自信もある。

    勇磨はメディアに笑顔で見送られ、最初に開ける扉へと歩み寄って行き。
    一方では、メディアが結界を展開させる。

    結界の展開を確認し、勇磨も、扉を開けるポジションへとついた。

    「…いいな? 開けるぞ」
    「兄さん、お気をつけて」
    「ああ。じゃあ……さーん、にーい、いーちっ、ゼロッ!」

    カウント0になった瞬間、勇磨はノブに手をかけて回し、思い切り押した。
    結界の中にいるとはいえ、女性陣も身体を強張らせる。

    …が。

    「あ、あれ?」
    「…は?」

    扉が開かない。開いていない。閉まったまま。
    目を丸くする一行。

    「お、おかしいな? あれー?」

    勇磨はガチャガチャとノブを弄ってみるが、開く気配は無い。

    偽物の扉なのか? はたまた、鍵でもかかっているのか?
    そんな懸念が、一行に広まりつつあるときだった。

    「もしかして、それも『引き扉』なのでは?」
    「………」

    メディアの冷静な一言。

    どこかで聞き覚えがあるような気がする。
    しかも、ごく最近のことだ。

    「……あ、あはは」

    指摘を受けた勇磨は、笑ってごまかす。

    「あ、さ〜って、押してもダメなら引いてみろ〜♪」

    「…兄さん。またですか」
    「い、一見しただけじゃわからないわよね? ねっ?」
    「勇磨さん…。わたしでもそんなボケ、2度もしないよ…」
    「やれやれ…」
    「ふふふ。いいんですよ勇磨。そんな、わざと場を和まそうとしてくれなくても♪」

    つまり、『押す』一辺倒だったと。
    封印図書館の入口扉のときの再来だと。

    あまりの単純思考に、環はビシッと青筋を立て。
    必死にフォローを試みるエルリスと、呆れを通り越し、げんなりしているセリス。
    肩をすくめるユナ。
    やはり1人だけ、メディアは面白そうに笑っていた。

    「で、では気を改めまして…」
    「緊張感が台無しですよ…」
    「う、うるさいな。開けるぞっ!」

    今度こそとノブを回す。
    ガチャッ、と音がして、扉は手前側へと開いた。

    手に汗握る一瞬。
    …だが、何も起こらなかった。

    「……セーフ?」
    「いいえ、まだわかりません。トラップは忘れた頃に――」

    「あ〜っ、なんだこりゃっ!」

    「――!?」

    安心しかけるエルリスに、環が油断大敵とたしなめようとするも。
    それを遮るように、勇磨の大声が轟いた。

    「兄さん?」
    「これ見てみろよ!」
    「え?」

    勇磨が憤慨しながら示した先は、扉が開いた、その先。
    一同の視線が集中して…

    「ええ〜っ!?」

    誰のものか、やはり大声が上がった。

    「壁じゃない!」

    それは当然。
    なにせ、扉が開いたその先は、壁。

    通路も、空間も、何も無い。
    周りと同じ、ただの壁だったのだから。





    「どうなってんだこりゃ!」

    うが〜、と勇磨が吠えている。

    その原因は、扉を開けた先が壁だったこと。
    それも、ヤケになった勇磨が次々と開けていった扉の先が、ことごとく壁だったことによる。

    「なにこれ?」
    「行き止まり…ってこと?」
    「そんなはず…」

    女性陣も、最初は勇磨の行動にポカ〜ンとしていたが、
    すべての扉が開け放たれた結果に、改めてポカ〜ンとしている。

    「これまで、分岐や他の扉などは無かったと思いましたが…。
     ここで行き止まりなはずがないのですが…」
    「確かにそうね」

    う〜むと考え込んだ環の言葉に、ユナが同意した。

    ここまでは一本道だった。
    もしかしたら、隠し扉や隠し通路などの仕掛けがあった可能性も否定できないが、
    あれほどの規模の螺旋階段の先が行き止まりなど、考えられない事態である。

    ここまで来て行き止まり。
    もしや、これが正規ルートではないのか?
    他に隠し通路があるのか?

    「………」

    目を細めて、周囲を観察するユナ。
    彼女の目に留まるものは、何かあるのだろうか。

    「…とにかく」

    コホンと咳払いをし、結論を述べる。

    「調べるわよ。何か仕掛けがあるのかもしれないわ」
    「わかったわ」

    総出で、周囲をくまなく調べてみる。
    壁、床、扉…

    しかし、新たな発見はもたらされない。
    なにせ何も無いのだ。

    壁は普通の、何の変哲も無い壁だし、床も、なんら変わったところは無い。
    開けた扉も、もう1度調べてみたが、ただの木製の扉なのだ。

    他に、何かあるとすれば…

    「その剣士像」

    中央に鎮座している、剣を持った像。
    この場には似つかわしくないと思われる像が、怪しいということになってくる。

    ユナの発言で、自然と、像の周りに全員が集まった。

    像は、高さが2mほど。材質は石だろうか。
    鎧兜姿の剣士像で、右手に持った、斜めに突き出る剣が特徴的。

    「一見は、ただの彫像のように見えますが…」
    「何か仕掛けがあるのかなぁ? うーん?」

    唸りながら、像をぺたぺたと触って行くセリス。
    下から上まで観察し、前後左右360度、あらゆる角度から見てみるが。

    「う〜ん、なんにもないよ〜?」

    やはり、目新しい発見は無かった。
    しかしそれでも、セリスは像を回りながら、観察を続ける。

    そんなとき。

    「…わっ!?」

    像だけを見ていたため、足元が疎かになっていた。
    敷き詰められているレンガのちょっとした段差に躓き、転びそうになってしまう。

    「わわっ」
    「セリス!」

    体勢を崩しかけたセリスは、思わず手を伸ばし、像を掴む。

    ――ゴゴ…

    「…え?」
    「!!」

    転ぶまいと、像に手をかけた瞬間。
    なんと、低い音を立てて、像が動いたのだ。

    正確に言うと、場所がずれたわけではなく、像そのものが回転したのである。

    「今……動いた、よね?」
    「動いたわね…。回転したの…?」

    事実を確かめる間も無く。

    バンッバンッバンッバンッ!!

    「…!!」

    開け放ったままにしておいた扉が、次々と音を立て、勝手に閉まって行く。
    頭上は吹き抜けになっているので音が反響し、不気味なほどの余韻を残した。

    「これは間違いないわ」

    ふむ、と頷いたユナ。
    行き止まりの扉と、なんらかの関係があることは、もはや疑いようが無かった。

    「像を回して、扉のほうへ向けてみて」

    現状、像は、扉とは目を合わしていない。
    持っている剣が階段を指している状況だ。

    像ごと回転させて、扉と正対させてみよう。

    「よしわかった。ふぬっ」

    ――ゴ、ゴ、ゴ…

    勇磨が像を持って、力任せに回転させる。
    かなり重いのか、発せられる音は、やはり重低音である。

    「とりあえず、最初の扉へ合わせてみて」
    「うい」

    剣が扉を指すよう、向かい合わせるまで回す。
    すると…

    ピカッ!

    「あっ」

    剣の切っ先が発光。
    その光は瞬く間に強くなっていって、ビィっと一直線に伸びていった。
    もちろん、扉に向けてである。

    ギュゥゥゥウンッ…!!

    「な、なに? 何の音?」
    「何かが動いているような…」

    光線が扉に達した直後から、何かの機械音が響き渡る。
    何かが高速回転しているような音が、数秒間は続いて。

    やがて、それは徐々に静かになっていった。

    「………」

    一行は、その後もしばらく、様子を窺い。
    何も起こっていないことを確認する。

    …いや、それは間違いだ。
    確かに、”何か”は起こったのだから。

    「勇磨。もう1回、扉を開けてみてくれる?」
    「おし…」

    像からの光が当たっている扉を、再び開けてみる。
    今度こそ、開けた先には、壁以外の何かが見えることを期待して。

    「開けるぞ…。それっ!」

    一気に開ける。
    固唾を飲む瞬間。

    「部屋だ!」

    薄暗くて確かなことは言えないが、扉の先に、何らかのスペースがある。
    期待は、その通りになった。





    第20話に続く


引用返信/返信 削除キー/
■553 / inTopicNo.46)  『黒と金と水色と』第20話@
□投稿者/ 昭和 -(2007/02/03(Sat) 14:51:37)
    黒と金と水色と 第20話「時の眠る園@」






    「部屋だ!」

    向こう側を覗き込んだ勇磨が、叫び声を上げた。
    暗がりでよくは見えないが、確かに空間が存在するという。

    「え、本当!?」
    「やったぁ!」

    その声に反応し、続けて飛び込もうとする水色姉妹だが。

    「待ちなさい」
    「え?」

    ユナに止められた。

    「何か罠があるかもしれないわ。あなたたちは、安全が確認できるまで、
     こっちで待ってなさい」

    「う〜」
    「でもまあ、ユナの言うとおりね…」

    言うこと至極ごもっとも。

    もしなんらかのトラップがあった場合、自分たちでは、対処に困るであろう。
    下手をすると、取り返しのつかない事態にだって陥るかもしれない。

    セリスは残念そうに唸っているが、従うしかなさそうだ。

    「では私も、こちら側で待たせていただきます」
    「そうね、そうしなさい」

    メディアもそう申し出た。

    魔力の高いエルフ、しかもその女王だけあって、結界術や防護魔法には長けているようだが、
    直接戦闘においては、その実力は未知数である。
    先ほどの戦いでは、自ら後方に下がったくらいだから、攻撃力には自信がないのか。

    そういった事情を考慮し、ユナは頷いた。

    「それじゃ、私と勇磨、環で、様子を見てくる。
     そんなに時間はかからないと思うけど、ここでおとなしく待ってるのよ。いいわね」
    「うん」
    「いってらっしゃい」

    編成された威力偵察部隊。
    偵察とは名ばかりの主力部隊であるが、適任であろう。

    3人は、水色姉妹とメディアに見送られ、依然暗闇の中の、奥へと足を踏み入れる。
    扉を超え、暗闇の中へと入った瞬間だった。

    ぐにゃり

    「…!」

    一瞬だったが、妙な違和感に支配される。
    それも束の間のことで、気づいてみると

    「これは…」
    「へぇ…」

    ごく普通の空間にいたのである。

    地下とは思えないほどの明るさに照らし出された室内は、まるで、
    地上の図書館だと見間違うほどの様相。
    所狭しと並べられた背の高い本棚に、ぎっしりと本が詰まっている。

    しかも、だ。

    「とても、数百年はくだらない歳月を経ているとは、思えません…」

    勇磨とユナが感嘆の声を漏らしたのに続いて、環が呟いた言葉。

    そう。目の前に広がっている光景は、今まさに、きちんと管理の行き届いている、
    清潔な図書館の一室そのものだった。
    ゴミなどは一切見当たらないし、埃が溜まっている様子もまったく見受けられない。

    まるで、この地下空間が封鎖されたその瞬間から、微塵も時間が経過していない。
    当時そのままの風景が、ここだけ時間が止まってしまったかのように、
    そのまま取り残されたような印象を受ける。

    「なるほど………封印図書館、こういう意味だったのね」

    ふむ、と頷きつつ、ユナが言う。

    とても不可思議な現象だが、これが現実である以上、信じざるを得ず。
    ”封印”された図書館という意味が、所蔵した危険物を外に出さないためという意味のほかに、
    もうひとつ、別な意図があったということを理解した。

    ますます、言い得て妙な表現である。

    「とにかく、まず安全性を確かめないとな。
     うーん、魔物もいないし、特にコレといって、危険な感じは――うっ!?」

    そう言って、周りを注意深く見回しながら、勇磨がさらに奥へと歩を進める。
    ところが、彼の声は、途中で不自然に掻き消えてしまった。

    そして、上がる叫び。

    「勇磨!」
    「兄さん!」

    慌てて駆けつけるユナと環。

    「どうしたの?」
    「何か出ましたか!?」
    「…これだ」

    幸い、数メートルほどの距離だったため、ほんの一瞬で辿り着く。
    勇磨が固まりつつ視線を向けているのは、1番手前側にあった本棚と、
    そのひとつ向こう側にある本棚との間の通路。

    そこを示されて、同じように視線を向けた、ユナと環が見たもの。

    「「…!!」」

    2人とも、勇磨と同じように固まってしまった。
    そして、戦慄した。

    「どうしたの!?」
    「大丈夫!?」
    「2人とも、危ないわ!」

    外にも、勇磨の声が聞こえたのだろう。
    水色姉妹が、メディアの制止を振り切って、こちら側へと入ってきた。

    「来るな!!」

    「…!」

    そんな彼女たちに向けて、勇磨から怒声が放たれた。

    エルリスとセリスは、ビクッと身体を震わせる。
    初めて聞いた、本気での、否定の声。

    「君たちは……来ちゃいけない」

    一転して、勇磨の声は弱々しい、細々したものへと変わった。

    「ど、どういうこと…?」
    「そこに、何があるの…?」

    混乱状況の水色姉妹は、必死に事態を理解しようと試みるものの、無駄な努力である。
    本棚の間を覗き込んでいるという情報以外、何もわからないのだから。

    しかし、ただひとつ理解できるのは、只事ではないであろうことだ。
    それがわかるからこそ、2人は、その場から一歩も動けない。

    「…あなた方には、刺激が強すぎます」

    「………」
    「………」

    遅れて届いてきた環の声によって、それは増長された。

    「……」

    姉妹の後ろで話を聞いていたメディアも、無言だったが

    「メ、メディアさん!」
    「ダメだよ!」

    今度は逆に、エルリスセリスの声を無視し、スタスタと勇磨たちのもとへ歩み寄って行く。
    ものの数秒で辿り着いた彼女は、勇磨たちと同様、本棚の間を覗き込む。

    「……確かに」

    そして、メディアはこう呟いた。

    「エルリスとセリスは、見ないほうがいいわ」

    「………」
    「………」

    エルフである彼女をもってして、こう言わしめる光景とは…

    本棚と本棚の間の、幅1メートル、奥行きは5メートルほどの空間。
    その中ほどの地点にして、”それ”は起こっていた。

    まず目に飛び込んでくるのは、禍々しいばかりの『赤』。
    床の絨毯や、本棚、本を始めとして、天井にまで、激しく飛び散ったかのように付着する”それ”。
    絵の具や食紅といった雰囲気ではない。それはまさしく、”血液”である。

    それも、時間が経って乾いたというものではない。
    つい先ほど、流出したような生々しさを持つ、『鮮血』だった。

    その証拠として、血の海の中に倒れこんでいる、数人の遺体。
    いずれもが、見るのもためらわれるような痛々しい傷跡を残し、中には、
    身体の線が変わるくらいに抉られ、臓器が露出してしまっている者もいる。

    これだけの、血の飛び散りようだ。
    その凄まじさは、おわかりいただけると思う。

    「おそらく…」

    無言が貫かれる最中、メディアの声だけが響く。

    「どうやって入ってきたのかはわからないけれど、先客がいたということかしら。
     そして、これもどういう原理だかわからないけど、ここは、この部屋だけは、
     本来の時間の流れからは切り離されているようね」

    この凄惨な遺体群は、自分たちよりも先に入った、おそらくは盗賊。
    所蔵されているという一品を求めて忍び込み、仕掛けを見抜いたまでは良かったが、
    時間が流れないというこの部屋で、何者かに襲われ、惨殺された、と。

    何者かに襲われ・・・・・・・

    「…!」

    メディアがそこまで言ったとき、ほぼ全員が、その事実に気づいた。

    「脱出だ!」

    何が出てくるかわからない。
    少なくとも、ここには、彼らを殺した何かがいる。

    急いで部屋から出ようとするが。

    「あっ!」
    「し、閉まってる!」

    出入り口に1番近い位置にいた水色姉妹から、悲鳴が上がった。
    なんと、そこにあったはずの通路が、どこからか現れた壁によって、塞がれてしまっていたのだ。

    「閉じ込め……られた?」


引用返信/返信 削除キー/
■555 / inTopicNo.47)   『黒と金と水色と』第20話A
□投稿者/ 昭和 -(2007/03/03(Sat) 15:09:22)
    黒と金と水色と 第20話「時の眠る園A」






    「閉じ込め……られた?」

    「チィッ」

    誰のものか、舌打ちが上がる。
    部屋全体がトラップだったとは、完全な見落としである。

    「グゲゲゲ…」

    「!!」

    追い討ちをかける、”何者か”の不気味な声だ。
    全員が即座に、戦闘態勢へと映る。

    その直後。
    ヤツは、ゆっくりと姿を現した。

    「グッフフフ…」

    「…!」

    本棚を通り越して。
    皆が驚いたのは、その巨体よりも、本棚を通過・・してきたことによる。

    「な……通り越してきた!?」
    「でも、幻影……というわけでもなさそうね」

    「グッフフフ……その通り」

    「喋った!?」

    そこには確かに本棚があるのに、ヤツは奥から真っ直ぐ、その巨体を進めてきた。
    だがしかし、幻というわけではない。ヤツの肉体は、確かにそこに在る。

    さらには、こちらの言葉を理解して、自ら言葉を話した。
    知能の高いモンスターには初めて出くわしたセリスなどは、これにも仰天している。

    「またしても侵入者か…。人間には身の程知らずが多いものだな。
     まあ、オレ様にとって見れば、エサが来てくれてありがたいが。グッフフフ…」

    背丈は、天井につきそうなほど高い。
    横幅もでかい。ずんぐりむっくりした体型。
    そのわりに手足は細く、その先端には、鋭い鍵爪が存在していた。

    間違いなく、この部屋の”主”である。

    「ふん、なんだかわからないけど、やろうってんなら相手になってあげるわ」

    一瞥したユナが、素早く詠唱を終える。

    インフェルノ!!

    鬼火!!

    続けて環も妖術を展開。先制攻撃を仕掛けた。
    2つの巨大な火焔がヤツへと迫る。

    「グッフフフ…」

    ところが、ヤツは身じろぎひとつしない。
    正面から喰らう気のようだ。

    「避けない気?」
    「といっても、あの図体では、避けるにも避けられないでしょうが」

    横幅がありすぎる。
    本棚を通過できる特技があるにせよ、実体がある以上、直撃は避けられない。
    命中を確信した。

    が、しかし…

    「グッフフフ、こいつはありがたい」

    ヤツは、平然と構えたまま、余裕の表情で

    「いきなりご馳走してくれるっていうのか? では遠慮なく…」

    大口を開けた!

    「グオアー!」

    「な、なに!?」
    「炎を……食べた!?」

    ぱっくりと開けた口で、迫ってきた炎を、文字通り飲み込んでしまった。
    しかも、美味しそうに咀嚼までしているではないか。

    「…ふぅ。こいつは美味い」

    食べきってしまったヤツは、満足そうな表情を浮かべる。

    「ものすごく上質な魔力だ…。そっちのは少し違うようだが、変わっていて美味い。
     ほれ、もっとご馳走してくれぬのか? グッフフフ…」

    「魔力を、エネルギーを、食べるというのですか…」
    「く、なんて規格外なヤツ!」

    さすがに驚いて、呆然と呟く環。
    苛立ちげに叫ぶユナ。

    種類を問わず、エネルギーの類を、口から吸収する。
    ユナが言ったとおり、前代未聞の、とんでもない能力だった。

    「魔法や霊波攻撃の類は通用しないようです」
    「悔しいけど、私の出る幕は無いわね…」

    ユナの攻撃は、魔法がメイン。
    しかも、なまじ魔力が多く威力も高いだけに、ヤツにとっては、格好の獲物というだけだ。

    「任せるわ」

    本当に悔しそうに、ユナは後方に下がった。

    「とはいえ、任されたとはいっても…」
    「どうしたもんかねえ」

    前衛に留まる御門兄妹は困惑顔。

    ヤツを倒すには、それなりにエネルギーのチャージをしなければ不十分だと思われるが、
    その溜めたエネルギーを喰われてしまってはたまらない。

    「なんだ、来ないのか。では、こちらから行くぞ!」
    「…!」
    「ガァッ!!」

    再び大口を開けるヤツ。
    刹那、口の中が光り輝いて…

    閃光が瞬いた。

    それは一瞬にして室内を照らし出し、勇磨たちをも飲み込む。
    …かと思われた。

    「お任せを」
    「メディア!?」

    瞬時に前へと躍り出たメディア。
    驚く皆を尻目に、素早く術式を完成させる。

    『護』

    「ぬっ?」

    お得意の結界術を展開。
    危ういところで難を逃れた。

    「助かった」
    「いえ」

    勇磨から礼を言われると、メディアは再び後方へ下がる。
    その早業に苦笑しつつ、勇磨は前を見据えた。

    「…フン、まあよいわ。先ほど食ったエネルギーは膨大。
     これなら何発でも撃てるばかりか、向こう何十年は暮らせるぞ。グッフフフ」

    「ああそうかい」
    「…兄さん?」

    前では、ヤツが得意そうにほざいているが、それは気にしないとばかり、
    勇磨は颯爽と抜刀した。

    「何か手でも?」
    「手、ってほどでもないけどな」

    良い作戦を思いついたのかと環が尋ねるが、勇磨は苦笑を返すだけ。

    「ご武運を」
    「おう」

    だが、兄の実力には、全幅の信頼を寄せている環である。
    時にはどうしようもないバカをやることもあるにはあるが、基本的にそれは変わらない。
    微笑を浮かべて送り出した。

    「ちょっ、環! いいの!?」
    「そうだよ! みんなでかかったほうが…!」

    1人で前に出て行く勇磨の姿に、水色姉妹が声を荒げるものの。

    「大丈夫ですよ」

    環は一笑に付す。

    「兄さんはバカでは……時にはバカもやりますけど、大丈夫です」
    「なら、いいんだけど…」

    バカではないと言いかけて、数々の奇行馬鹿行を思い出し、コホンと訂正。
    何はともあれ、今は勇磨を信じるしかない。

    「…ほう? 1人で来るのか」
    「おまえを倒すくらい、俺1人で充分だよってね」
    「随分な自信だな」

    1人で向かってくる勇磨に、ヤツは小馬鹿にしたような声をかける。
    しかも、返ってきた返事が返事だから、ぐふふと笑って。

    「その自信、オレ様が叩き潰してやるわ!」

    両手の鎌を振り下ろす。

    「遅いね」

    それを、ひらりとかわした勇磨は。

    「はああっ!!」

    空中で霊力を解放。
    青白いオーラが、手にしている刀へと伝わって行く。

    「御門流奥義、迅雷ッ!!

    電撃を纏った一撃。
    バリバリと音を立てながら、ヤツへと炸裂させる。

    しかし…

    「グッフフフ……おお、ご馳走してくれるのか」

    やはり、ヤツはダメージを受けない。
    そればかりか、受け止めた腕先の鎌から、技のエネルギーを吸収している。

    「美味い……美味いぞ。これほどの美味は初めてだ!」
    「そうかよ」

    勇磨も顔色ひとつ変えず、技を継続させる。

    「貴様の力、残らず喰らい尽くしてくれるわ!」
    「出来るものならな」
    「なに?」

    このままではヤツの言うとおり、力をすべて吸い尽くされておしまいだろう。
    が、勇磨はニヤリと笑みを見せて。

    「ハアアッ!!」

    ドンッ!!

    さらに力を解放。
    黄金のオーラが荒れ狂った。

    「ご馳走してやるから、食えるものなら食ってみな!」
    「んむ…?」
    「食い切れるんならなっ!!」


    ドォンッ!!


    「んぐっ…!?」

    黄金の輝きが光度を増す。
    もう直視していられないくらいだ。

    やがて、ヤツの表情に変化が出た。
    相変わらず、エネルギーの吸収を続けているようだが、次第に苦しそうな顔になっていき。

    「ゴァァァァ……ッ!」

    刹那、ヤツの肉体が限りなく膨らんだ。
    次の瞬間には――


    パァァアンッ!!


    風船が破れたかのごとく、弾け飛ぶ。
    そこにはもう、ヤツの姿は見る影もない。

    「なるほど…」
    「考えたわね」

    「え…」
    「な、何が起こったの?」

    頷いている環とユナの横で、水色姉妹は首を傾げている。

    「ヤツの、食べられる許容量を超えたんですよ。
     空気を入れすぎた風船が、破裂してしまうのと同じことです」
    「あ…」
    「兄さんの、類稀なるパワーが成せる技。さすがは兄さん。
     あそこまでの瞬間的な最大値は、私には出せません」
    「決めるときは決めるわね、さすがに。
     やろうと思えば可能だけど、通用しなかったときのリスクを考えるとねえ。
     あれほどの思い切りの良さは、私には無いわ」

    環から説明を受けて、ようやく納得できた。
    ユナからもお褒めの言葉が出るあたり、見事な策だったのだろう。

    徐々に輝きを失っていく勇磨の背中を見ながら、改めて、彼の強さを実感した。




    第21話へ続く


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