Release 0シルフェニアRiverside Hole

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■233 / inTopicNo.1)  LIGHT AND KNIGHT 一話
  
□投稿者/ マーク -(2005/11/19(Sat) 00:54:20)




    ―チュンチュンチュン

    「ふあー」

    まだ眠たそうにあくびをしつつ、外から聞こえてくる小鳥の鳴き声に誘われ、
    少女がベッドから起き上がる。
    髪は乱れ、瞳は眠たそうにふせられているが、それでも少女の美しさは
    損なわれていなかった。

    「ん」

    ―パンッ

    自らのほうを両手で軽く打ち、意識をはっきりさせる。
    そして、ベッドを出て、部屋の隅にあるタンスから実用的といえば聞こえはいいが、質素そうな衣服を取り出し、それに着替えて、扉を開ける。

    「さてと、今日も一日がんばりますか」





    ―ジュー

    「ほい、次」

    火にかけられたフライパンの中にあるきっちりと形の整えられた三人分の
    目玉焼きを切り分けて皿に移し、そのまま卵を割って、フライパンへと落とす。
    周りには既に6つの皿が置かれており、これで既に12個目。
    しばらくし、卵が半熟で焼きあがったところでフライパンを火から外し、皿に盛る。

    「おはようございます、ヒカル姉さん」

    声をかけたのは10才ほどの少女、そして、その後ろにはそれより幾ばか幼い、
    少女が3人立っていた。

    「あっ、アリス。全員、起きた?」
    「いえ、私たちは起きましたが・・・・・」
    「いつもどおりね、まったく、あなた達をもう少し見習って欲しいものだわ。
     まあ、いいわ。これ持っていって」
    「はい」

    4人の少女が目玉焼きを盛り付けた皿を持って居間の最も大きく古い、机へと並べていく。
    そして、その間に仕舞ってあったパンを二斤取り出し、それぞれ6つに切り分け、皿へと乗せる。

    (バターはないし、チーズも確かなくなったはずだ。
     そういえば、サキが蜂蜜をとってきたから、ビンに入れとくとか言ってたっけ)

    手を止めて、キッチンを見渡す。

    ―狭いキッチンだ。
     だが、私と、私がいないとき以外にはアリス以外、誰も使わない場所だ。
     狭いからといって不都合は無いし、大きくしようと思ったらお金がかかる。
     今はアストのお陰で、少しはましになったが、やはりこんなことにお金はかけら れない。しかし―

    「蜂蜜ってどこよ?」
    「何の話?」

    突如、真横から声をかけて来たものに対し、慌てた様子もなく首だけ横に向けて、
    その声の主と向き合う。

    「セイは早いわね」
    「ヒカル姉さんやアリスたちには負けてるよ?」

    声の主はセイと呼ばれたとがった耳が目を引く、17、8才ほどのエルフの青年。
    青と紫の中間といったぐらいの髪を肩辺りまで伸ばし、線が細く、見るからに優男の青年だ。
    セイは穏やかな笑みを少し崩し、苦笑といった顔を作っている。

    「それもそうね。
     で、話が変わるけど、昨日、サキが取ってきたって言う蜂蜜知らない?」
    「逆に聞くけど、知ってると思う?」
    「・・・・・ゴメン。
     そういえば、あんたは昨日、部屋にずっとこもってたものね」
    「まあね。
     蜂蜜だっけ?
     それについては本人に聞くのが一番早いよ」
    「じゃあ、起こしてきて」
    「僕が?」

    ヒカルがにっこりと、そう言うとセイはその穏やかな笑みのまま、冷や汗を流して、問い返す。
    それもこれも、サキという人物を起こすということがどれほど、大変、否、危険かということを如実に物語っている。

    「お願いね。
     私はちびどもを起こすから」







    ―コンコン

    とある一室の前に立ち、扉をノックする。
    まず、必要無いのだが、けじめの問題だろう。
    少し待つが返答が帰ってくることはなく、いつもどおり、軽く息を継ぎ、
    勢い良く扉を開けて中に入る。

    「起っきろーーーーーー」

    入ってきた少女の声に従い、部屋の中にある5つのベッドから十才足らずの
    少年たちが一人づつ起き上がり、顔を出して挨拶をする。

    「ヒカル姉ちゃん、おはよー」
    「はい、おはよう。
     全員、とっとと着替えて居間に来なさい。
     あなたたちが最後よ」
    「んーー」

    少年たちの中にはいまだ、寝ぼけたままのものもいた。
    そんな少年の耳元までヒカルは歩いていき、少年に言葉をかける。

    「早く来ないとなくなっちゃうわよ?」
    「直ぐ行く!!」

    その言葉を聞き、条件反射のごとく、飛び起き、居間へと向かい、走り出す。

    「こらー、先に着替えなさーい!!」









    「「「「「「ごちそうーさまでした」」」」」」
    「おつかれ、ヒカル姉さん」
    「あっ、ありがと。あなたもお疲れ、セイ」

    セイから、カップを受け取り、お礼を言って、そのまま、口をつける。
    中身は紅茶。
    葉はそこらで売っている様な市販の、それもかなり安いものだが、
    入れた者が上手なので、そうとは感じさせない。

    「さてと、洗濯物と洗物とそれから―」
    「姉さん、いいよ、そんなの。
     今日から出るんでしょ?
     私たちがやっとくよ」

    そういって、口を挟んできたのはセイと同じほどの年頃であろう、獣人の少女。
    栗色の髪を短く切り、やや、黒く焼けた肌や、引き締まった身体は見るからに
    活発そうな印象を他者へと与えている。

    「ねえ、サキ」
    「なに、セイ?」
    「私たちっていうけど、自分はやらないんでしょ?」
    「やらないんじゃないわよ、やれないだけ」
    「なお、悪いよ。
     まあ、いつものことだけど」
    「そう、いつものことね。
     ならいいじゃない」

    ガックリと、セイは深くため息をつき、うな垂れる。
    そんなセイには意に介さず、サキはヒカル同様、セイが入れた紅茶に口をつけている。

    「うん、セイが入れたお茶はいつもおいしいわね。
     でも、忙しいなら無理はしなくていいから。
     いま、作品を描いてる最中でしょ」

    セイはいちおう、絵描きである。
    といっても、素晴らしい作品を描き、高い評価を受けた、なんてことは無い。
    それでも、評価はよく、時には街の方でなかなかいい値で買って貰える時もある。

    「大丈夫だよ、ヒカル姉さん。
     少し行き詰ってるから、気を紛らすのに丁度いいよ。
     でも―」

    そういって、一度言葉を区切り、セイはサキに向き合う。

    「サキも少しは手伝うんだよ?」
    「ええ!?
     私が手伝ったほうが遅くなるわよ!?」
    「構わないよ。
     それで、君が少しでも手伝えるようになるなら安いものだ」
    「そうね。サキ、家事全般、壊滅的に酷いものね。
     このままじゃ、嫁の貰い手がなくなるわよ?」
    「うう、いいわよ、そんなの。
     いざとなったらセイを嫁にもらうから」
    「馬鹿なことを言わないでよ」

    心底、呆れたという様子で溜息をつき、先の言葉を否定する。

    「サキ、いい?
     僕は男だから、君が嫁になるんでしょ?」
    「いや、二人ともなんか、論点が違うする気するだけど。
     でも、セイなら確かに直ぐにでも嫁にいけるわね」
    「まあ、この家にいたら必然的にそうなったんだけどね。
     ヒカル姉さんもそうでしょ」
    「ふん、どうせ私は家事なんて何一つこなせない女よ。
     でも、姉さんもセイも家事得意よね。
     種族的なもの?
     まさか、エルフの血には潜在的に家事スキルが備わっているとか!?」
    「個人差、性格、努力の結果。
     獣人だから、だなんていい訳にはならないよ?」
    「うう、分かってるわよ。
     ちょっとしたお茶目じゃない」

    いじけるサキを微笑ましく眺めつつ、思い出した様にヒカルが勢い良く、
    椅子から立つ。

    「いけない」
    「どっどうしたの?」
    「依頼主のとこに顔出す前に、寄るところがあったわ。
     そろそろ出ないと、不味いわ」

    そういって慌てて、懐からアーカイバを取り出し、仕舞われた装備をチェックしていく。

    「食料よし、装備よし。
     あとは―」
    「はい、これ」

    手渡されたのはおそらく手彫りであろう、複雑な文様が描かれた木製の板。
    セイから渡された板を懐に入れて礼を言う。

    「ありがと、でも護符を彫ってる暇なんてあったの?」

    手渡された板は魔を払うという魔避けの護符の一種。
    普通は紙に書いたり、服に縫ったりするのが多いが、木の板、
    つまり札に彫ったものも有効である。

    「うん、実は昨日はそれを彫ってて出てこなかったんだ。
     絵はあと二週間はかかるし姉さんが帰ってきた時には完成させとくよ」
    「そう、期待してるわ」















    「ふっ!!せやっ!!」

    振り下ろされる棍棒を横に動いて、よけ、そのままの勢いでその棍棒の主である
    異形の化け物へと鋭い蹴りを放つ。
    勢いをつけたとはいえ、この体重差とその生命力では一発では仕留めきれない。
    しかし、その一撃で化け物はたたらを踏み、大きな隙ができる

    「―カルテット」

    衝撃によろめき、倒れそうな身体を踏みとどまらせるそれに追い討ちをかける。
    左右の足から繰り出される俊足の4連撃。
    その4撃目の飛び蹴りが化け物の顔を打ち抜き、化け物は仰向けに倒れ、
    その動きを止める。
    その化け物を一人で打ち倒した少女、ヒカルはそれが息絶えているのを確認し、
    ようやく一息つく。

    「あと、少しだっていうのに捉まるなんてついてないわ。
     二、三部屋先には厄介なのがいるから、体力は温存しておきたかったのに、はあ」

    ため息をつきつつも部屋を見渡す。
    依頼自体は帝国アヴァロンの主要都市の一つ、神木と呼ばれる世界最大規模の大樹の存在するエルトラーゼに住むという依頼主の親族に品物を届けてほしいというものだった。
    そして、今いる場所はエルトラーゼから少し離れたところにある、以前、訪れた遺跡の内部。
    部屋といっても通路の途中にある動き回れる程度の広さのスペースがあるだけで、
    おそらく侵入者を撃退するための部屋である。
    見回しても特に何も無いのを確認し、部屋を出て通路を進む。
    ある程度進み、通路の途中であるものを見てヒカルは立ち止まる。
    それは、前に来たときにヒカルが印した傷だ。
    そう、ここだ。
    この先に、目的の者はいる。
    伺うようにして直角に曲がった通路の角から、広い部屋を覗き込む。
    そこには、巨大な亀の様な、しかし、明らかに異なるものがいる。
    ―はずだった。

    「えっ!?」

    覗き込んだ先、そこにはアノ存在はいない。
    代わりにあったのはその存在が着ていた強固な甲羅と、壁にもたれ掛かり、
    眠っているように動かない、一人の少年。
    何故こんなところで倒れているか、ヒカルには直ぐに見当がついた。
    ここを守っていた存在は一見、亀のような生き物だった。
    亀ならば硬い甲羅は厄介だが、攻撃のためには必ず、手足を、そしてこちらを確認するために頭を出す必要があるため、そのときを討てばいい。
    そう思いヒカルはその存在へと突っ込んだ。
    動きは大して素早くなく、難なく懐まで飛び込み、その自慢の蹴りで甲羅から出した頭を、粉砕した。
    だが、そこからが問題だった。
    突如、ヒカルが粉砕した頭が、否、甲羅から出した四肢までもが、溶けるようにして形を失い、不定形の身体に変化した。
    もともと、その不定形の身体をあえて、決まった形を取ることで、そして甲羅をかぶることでその姿に擬態していたのであった。
    つまり、ここにいたのは亀に擬態し、鎧を纏ったスライムのようなものだった。
    厄介なのは、スライムは生命力が高いという点。
    もっとも、普通のスライムは弱点があるがはっきりとしていてさほど苦労しない。
    しかし、これはその弱点であるコアを鎧で隠し、その生命力のお陰で、その触手を潰してもダメージにもならない。
    その上、触手に毒があり、油断した敵を捕まえ、その毒で動けなくするのだ。
    現に、ヒカルは前回、その通りに敗れ、敗走した。
    ヒカルが持つ『力』がなければ、今、彼女はここにいない。
    おそらく、少年もそいつの毒で動けないのだろう。

    ―どうしようかな?

    さすがに、こんな少年といっても十分な年頃の子を見捨てるのは心苦しい。
    けれど、あまり、この力を使いたくは無かった。
    しかし、ヒカルの判断は早かった。
    壁にもたれ掛かった少年へと近寄り、容態を見る。
    予想通り、毒を受けて倒れたようである。
    意識を右手に集中させて、その力を望む。
    右手の手のひらが淡く輝き、光が灯る。
    太陽の光のような激しいものとは明らかに異なる穏やかな光だ。
    光の灯る右手の手のひらを少年の胸元へと、当てて目を閉じ、集中する。
    右手の光は吸い込まれる様にして輝きを失い、それとは対照的に少年の呼吸が
    穏やかになっていく。
    そして、光が完全に失われることには、少年は穏やかな寝顔になっていた。

    「ふう、成功ね」

    成功したことに、安堵しほっと、息を吐く。
    そして、そこになってようやく、ここを守っていた者の亡骸へと目を向けた。

    「え?」

    その亡骸であろう、強固な甲羅。
    その背中に当たるところにはそれほど大きくは無い穴が開いていた。
    亡骸である以上、この少年に倒せれたということは分かる。
    だが、その甲羅の強固さを身を持って知っているヒカルとしてはその穴が一瞬、
    信じられなかった。
    てっきり、内部にあったコアを魔法攻撃か何かで潰したのであろう思っていた。
    が、その穴は狭く、何らかの、おそらく剣のような得物で貫かれたものだ。
    当然というべきか、ヒカルの視線は少年の手に握られた剣へと注がれる。
    両手に握られた何の変哲も無い一対の双剣。
    これがあの甲羅を貫くほどの剣だろうか?
    とてもそうは見えない。
    他人の得物を勝手に見るのはあまり、いい事ではない。
    が、しかし、好奇心がそれを勝り、ヒカルはスッと少年へと手を伸ばし―

    「う・・」

    タイミング良く、少年が目を覚ました。
    結果、少年へと、正確には少年の剣へと中途半端に手を伸ばした形でヒカルは
    硬直し、その状態で少年と視線を合わすことになる。

    「っ!!」

    次の瞬間、ヒカルの視界から少年が消える。
    そして、首筋にひやりとした冷たい感触を感じつつ、平静を装って、
    首筋に剣を突きつけながら、こちらを睨みつける少年を睨み返す。

    「取ったものを返せ」
    「・・・・・」

    一瞬、言っている意味を理解できなかった。
    が、直ぐにその意味を察し、怒りがこみ上げてくる。
    首筋に突きつけられた冷たい感触のことも忘れ、早口で捲くし立てる。

    「あのね、いきなり人を盗人扱い?
     持ち物が盗まれてるの確認した?
     今まで毒に苦しんでたのを助けたのは誰だと思う?
     そして、倒れてるあんたを介抱してたのは一体誰?」

    刃を突きつけられてるというのに物怖じないヒカルの行動に驚き、少年は少しばかり唖然とする。
    そこでようやく、今まで自分を苦しめていた毒が綺麗さっぱり消えているのに気づいたらしく、軽く自分の装備などを確認すると少年は突きつけていた剣を収めた。

    「君が治療してくれたのか?」
    「ええ、そうよ。感謝しなさ―」
    「それはすまない」

    妙に殊勝な態度に、言葉をさえぎられ今度はヒカルのほうが呆気に取られる。
    そこでようやく、ヒカルは目の前の少年の顔を見た。
    薄い金の髪に、どこか中世的な容姿。
    おそらく同業者なのだろうが、何か違和感がある。
    そして、その違和感に気づく。
    気品だ。
    立ち振る舞いや、仕草、醸し出す雰囲気に気品が感じられる。

    「どうかしたのかい?」
    「べっ、別になんでもない」

    そういって、不覚にも見とれてしまった自分を恥じるようにして少年から視線を逸らし、そっぽを向く。
    少年はといえば、いきなりそっぽを向かれたというのに、平然とし、まるで、どうしてそんな反応をしたのか全て分かっているようにも思え、それが癪に障った。

    「あらためて礼を言おう。
     ありがとう」
    「んー、といっても大したことじゃないし」
    「いやいや、もし、君が解毒剤を持っていなかったら僕はここにはいない。
     ぜひ、何か礼をしたい。
     そういえば、君はここは二度目かい?」
    「・・・・なんで、そう思うの?」

    そんなことは一言も言ってない。
    だと、言うのに何故、そう判断したのか。
    ヒカルは警戒しつつ、そう尋ねた。
    が、少年こそむしろ、何を言っているんだ、とでも言いたそうな顔でヒカルを見る。

    「解毒剤があるんだから、この亀?とは、一度戦って、その際の毒から解毒剤を
     用意したんじゃないのかい?」
    「――そうね。
     その通りよ」

    ヒカルは自分の馬鹿さ加減を呪った。
    たしかに、少年がそう判断するのは当然だ。
    だというのに、これでは自分が普通ではないと教えるようなものではないか。
    幸い、少年はそれに気づいている様子は無く、これ以上の詮索を受けないよう、
    当たり障りの無い答えを返していく。

    「そこで、だ。
     君もこの先の物に用があるのだろう?
     ここで、会ったのも何かの縁。
     礼の意味も込めて―」

    そこで、一拍置き続きを紡ぐ。

    「一緒に進まないか?」
    「はあ?」
    「っと、まだ、名を名乗っていなかったね。
     僕はレイスと呼んでくれ」




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■245 / inTopicNo.2)  LIGHT AND KNIGHT 二話
□投稿者/ マーク -(2005/12/21(Wed) 22:07:41)




    「ふん、かなり古い物のようだ。
     けど、何かが通った痕跡があるな」
    「・・・・・」

    レイスと、そう名乗った少年の後ろを従うようにして無言で歩きつつ、
    ヒカルは自問自答を繰り返していた。
    (どうして、こんなことになった?
     まず、状況を把握して)
    途中で少年が倒れていた。
    そして、見捨てるのは心苦しかったので助けた。
    そして、助けたお礼に一緒に進まないかといわれた。
    (三番目が変だな)
    助けたお礼に同行しないかとなどと一体何のつもりだというのだろうか。
    何か、裏があると見るべきか。
    第一だ。
    (人の事、言えないけど、こんなところに一人で来てるのが妙ね)
    自分同様、同行を恐れる理由があるとも考えられる。
    が、ならば、ヒカルをこうも簡単に仲間に誘ったことが矛盾する。
    (一体何が目的?)



    「どうかした?」

    立ち止まったヒカルに気付いて、レイスも立ち止まり、振り返ってそう尋ねる。
    意を決し、ヒカルはレイスに問いかけた。

    「あなた、何が目的?」
    「目的?
     ここにあるアーティファクトだけど」
    「そうじゃなくて」
    「?」

    とぼけているのか、それとも、素なのか。
    レイスの返答はヒカルの警戒を払うものにはなりえなかった。
    もっとも、ヒカルもそう簡単に本心を言ってくるとは思っておらず、
    とりあえず、レイスの返答を元にさらに疑問を問いかける。

    「まあ、いいわ。
     同行しないかっていうのはどういう意図?」
    「単純に、一人だとさっきみたいな事になりそうだからだけど」
    「じゃあ、なんで一人では行ったの?」
    「簡単さ、赤の他人は信用できないからね」

    明らかに矛盾した答えに警戒心をさらに深め、問い返す。

    「私も赤の他人だけど?」
    「違うよ」

    ヒカルの問いにすかさず、否定の言葉が入る。
    そして、そのままレイスが言葉を続ける。

    「君は見ず知らずの僕を助けてくれたお人よしだ。
     だから、信用できると思う」
    「・・・・・・ちなみに、褒めてるのか貶してるのかどっち?」
    「褒めてるつもりだよ?」

    そういって、笑みを向けてくるレイスに対し、腕を組んで若干、苛立ちを孕んだ視線で返す。

    「そんなんで判断するなんてそういう自分がお人よしじゃない」
    「そうかな?
     まあ、とにかく、君は信用できると思った。
     だから、誘った。それじゃ駄目かな?」

    そういって、邪気のない笑みを向けてくるレイスに対し、疲れたと言わんばかりに
    溜息をつく。

    「・・・・・・・・はあ。いいわ。
     とりあえず、条件を聞く。
     分け前は?」
    「僕分け前はアーティファクトだけでいいよ」

    と、言ってのけたレイスに対し、僅かに間が空き、そして、ヒカルがレイスの胸倉を掴み上げ、揺さぶりだす。

    「いい?
     このさきはおそらくまだ誰にも荒らされてない当時のものよ?
     アーティファクトだけでいいですって?
     この先にあるのほとんどじゃない!!」

    一息でまくりたてるもそこで息が切れ、手を離して肩で息をしながら息を整える。
    そして、キョトンとした顔で今さっき首を絞められたというのに平然として、息を整えるヒカルに答える。

    「そうでもないよ」
    「は?」
    「さっき見た限りじゃ、このあたりここ最近誰かが通った痕跡があるんだ。
     もしかしたら、もう荒らされた後かも」
    「ちょっ、ちょっと待って。
     じゃあ、あのガーディアンは?」
    「誰か、ここを根城にする何者かが後から仕掛けたものだと思うよ。
     攻撃パターンとかが他のクリチャーと違ってたから製作者が違うと思う。
     まあ、何かを隠してる可能性は高いと思うけど・・・・」

    ぽかんと、口を開けてまま、ぶつぶつと自らの推測を口にするレイスを信じられない物でも見るような目で見つめる。
    何故、そんなことが分かるのか?
    いや、そもそも、そんな些細なところに疑問を持つこと自体がおかしい。
    いったい、これは何者なのか?

    「まあ、そんなわけでここは既に荒らされてる可能性もあるってことさ。
     でも、守らせてたってことはアーティファクトを隠してる可能性も充分ある。
     確かに、分け前が不公平だな。
     そうだね、こうしたらどうかな?
     見つけたものは全て君に譲ろう。
     ただし、アーティファクトだけは僕が全て買い取る。
     これなら、どうだい?」
    「ええ?いや、まあ」

    思考をさえぎられ、慌ててその言葉に生返事だけを返し、その条件を反芻する。

    「・・・・確かに、私が欲しいのはアーティファクトじゃなくてお金だから、構わない けど、あんた、そんな大金持ってるの?」
    「ああ、それは安心していいよ。
     こうみえても、僕はお金持ちだから」

    こう見えても、というがむしろ金持ちとか貴族とかと言われた方がしっくり来る。
    やはり、どこかの貴族かそんなとこなのだろう。
    そう自分を納得させて、レイスの横まで進む。

    「分かった。
     けど、魔法具については山分けね。
     さすがに、そこまでされると悪いわ」
    「そんなこと、気にしなくてもいいのに」
    「私がいいって言ってるんだからいいでしょ!」
    「分かったよ、そこまで言うなら、アーティファクトは僕が。
     その分の対価は君に。それ以外は山分けでいいね」
    「ええ」






    「はあっ!!」

    通路を塞ぐようにして立つ数体の異形の化け物。
    それに対し、全速を持って踏み込み、そのまま急制動を掛ける。
    完全には止まらない。
    軸足となる右足を一点に固定したまま、身をひねり、慣性の力を受け、
    力の流れ行くままに一転、その回転力を利用して後ろ蹴りの要領で
    化け物の身体へと一撃を打ち放つ。

    「ギャアァァ」

    衝撃のまま、異形は吹き飛ばされ、壁に叩きつけられ動きを止める。
    そして、それによって開いた空間。
    その先で戦うレイスへと叫ぶ。

    「しゃがめ!」

    少年はその声のままに、横から振りぬかれた腕を身を屈める事でかわす。
    だが、空振りした腕を今度は真上から振り下ろし、レイスへと迫らんとする。
    しかし―

    「ヒュッ!」

    ヒカルが横一文字に自らの足を全力でふりぬく。
    そのスピードにより、小さな風切り音が、周囲に聞こえ―

    ―ドバッ

    化け物の身体がちょうど、腹の上辺りを境に、鋭利な刃に切られたかのように、
    真っ二つに別れ、地面に仰向けに倒れこむ。
    そして、倒れた化け物の直ぐ目の前に屈んでいたレイスは自分を覆う外套に
    かかった化け物の血を見て、やれやれといった感じで肩をすくめ、外套を外す。
    そして、その返り血を浴びせかけることになった張本人が、慌てて駆けつける。

    「ゴメン、ついいつもの調子でやっちゃった」

    普段、あの技は離れたところから使う非近距離用の技であり、蹴り技を主体とし、
    剣などの武器を使わないヒカルにとっては唯一といっていい『斬る』攻撃だ。
    ゆえに、普段から、返り血を浴びるようなことになるのは少ない。
    そのため、今もそんなところまで気にしなかったが、その結果がこれである。

    「助けようとしたんだし、気にする必要はないよ。
     でも、もうこの外套は駄目だな」

    返り血を浴びて、紅く染まった外套を無造作に放り、通路へ向けて歩み出す。
    あそこまで、返り血に染まっては簡単には取れない。
    ましてや、見るからに醜悪な亜人種の返り血を浴びた外套など、
    私だって着る気にはなれない。

    「でも―」
    「なに?」
    「今のはなんだい?」

    後ろへ振り返りつつも、歩みを緩めず、そう聞いてくる。
    今の―とは、おそらく、あの亜人を斬った技のことだろう。
    この技などは、どうということの無い技のはずだが。

    「今のは、単純に魔術で集めた風を足の周りに収束させて蹴りの勢いで放つ―
     ってだけのことだけど?」
    「風の魔術?
     詠唱は?」
    「そんなの風を収束させる程度なら私は必要ないわ。
     私の『門』はほとんど風の属性だし、容量も大きいし―って」

    と、そこまで言って、言葉を切る。

    「えっと、容量なら分かる?」
    「その人の持つ魔力の大きさ、だね。
     『門』はその人の使える魔術属性を示している」

    容量という単語ぐらいは知ってても普通だ。
    ただ、『門』については話が変わって来る。
    なにせ、この『単語』は世間一般に魔術師と分類されるものですら、
    知っているかどうか危うい言葉だ。
    そもそも、魔術とは人が持つ魔力を式という形に乗せ、この世界に現すこと。
    それが、一般的な見識だ。
    では、魔術の属性とはどこから来るのか?
    知識を持たないものはこれは式に付属してくるものだと思いがちだが、
    それならば、人によって属性に得手、不得手が存在することに説明がつかない。
    そう、属性とは式ではなく、それを動かす魔力のほうにこそ関わっているのだ。
    私は、この仕組みをセイの影響か、絵に例えて捉えている。
    魔力とは水であり、属性は色、筆は式、キャンバスは世界、出来上がる絵が
    顕現した魔法である。
    そして、筆や、水に色をつける絵の具たるもの、すなわち属性を決めるもの、
    それが『門』である。
    人が持つ『門』の数は決まっておらず、また種類も複数ある。
    水ならば文字通り『水門』、火なら『火門』、風なら『風門』といった具合だ。
    結果、同じ種類の『門』が多くあればあるほど、その属性に適した体質といえる。
    私の場合、他の属性はあるがたいした数は無く『風門』のみ、かなり存在する。
    それは『門』の傾向は生まれ育った環境に起因すると考えられるからだ。
    ハーフエルフたる自分は森、木に対して縁があり、木と風は密接な関係にある。
    花の花粉は風に飛ばされ繁殖し、林は風を遮る壁となるからだ。
    故に私は木の属する風の属性が強い。
    逆に、雪とは無縁の環境で育ったため、私の『氷門』の数はゼロである。
    獣人が魔術の才能がさっぱりなのは、この『門』が体質的に皆無だからであろう。
    式を組めてもそれを動かす魔力が取り出せないのだから、E・Cにでも頼らねば
    どうしようもないということだ。

    「―あなた、魔術師?」
    「イエスであり、ノーかな。
     僕は魔術師を目指してた者だ」
    「過去形?
     挫折したの?」
    「うん、努力はしたけど、才能が無かったんだ」

    それはつまり、『門』がほとんど無かったということか。
    魔術師の才能は、魔力とそれ以上に『門』の数だ。
    なにせ、実際のところ、『門』の数さえあれば、詠唱を短縮できる。
    いや、それは少し違うか。
    本来の長さでやれるのだ。
    元々、魔術の式は基本となる主節のみで、十分に起動できる。
    それをああも長くしてるのは、精度の上昇もあるが、それ以上に、通常の『門』の量では主節の詠唱よりも、魔力の練り上げの方が時間が必要だからだ。
    そして余った詠唱時間に精度を高めるためとして詠唱を加えているだけといえる。
    故に『門』が少ない、というのは魔術師にとってこれ以上ないほど致命的なのだ。

    「まあ、今思えば、向いてなかったんだね」
    「ふうん」
    「君こそ、魔術師って感じには見えないけど?」
    「私はハーフのエルフで、親は魔術師だったから」
    「ハーフエルフ!?」

    信じられない、とばかりに驚愕の声を上げ、こちらを凝視する。
    そんなに驚くことだろうか?
    そんな、気持ちが顔に出たのだろう、レイスはすぐさま、あやまり、
    疑問をぶつけてくる。

    「すまない。
     でも、エルフって耳が長いんじゃ?」
    「はあ、エルフはそうだけど、ハーフの場合は肉体的特長は継承することもあれば
     しないことも多いの」
    「へえ、今まで見た限りじゃ、ハーフもみんな耳が長かったけど」
    「まあ、肉体的特徴が顕著なほうが分かりやすいに決まってるものね。
     ハーフだって気付かなかっただけでしょ」
    「なるほどな。っと」
    「ついた―わね」

    狭い通路を抜け、開けた空間に出る。
    今まで通ってきた通路の途中にあった部屋と大して大きさに代わりは無いが、
    敵の変わりに、周囲の壁には棚が並び、様々な物が置かれている。
    置かれているものはいかにも古臭そうな無骨な大剣から、新品同様の輝きを放つ
    精巧なアクセサリー、はたまた、魔法薬の原料であろう、良く分からない葉っぱや
    干物、緑の液体の入ったビンが取りとめもなく、存在している。
    だが、それらをみて感じられる印象はあえて、言うなら物置。
    少なくても、大切に保管してあるとはとても言いがたい。
    が、置かれている物は決して悪いものではないようだ。
    むしろ今では数が減り、手に入れるのが困難なトリネロと呼ばれる薬草があった。

    「トリネロの葉なんて、珍しい」
    「それだけじゃないよ。
     こっちはユラの枝とカーキの根。まだまだ、他にもある」

    と、今までとうって変って酷く真剣な顔つきで食い入るように眺めている。

    「やけに、詳しいわね」
    「ん?ああ、魔法薬は才能は無関係だからね」

    どこか自嘲ぎみに笑いながら、魔法具の鑑定に没頭するレイスを見て、
    少々居た堪れなくなる。
    これほどの知識を得るために尋常ならざる時間を費やしたのは、
    押してしるべしであろう。
    だというのに、才能という決して覆せぬ壁に道を阻まれたのだ。
    しかし―

    「なんで、剣士なんてやってるのかな?」

    魔術師から、なんでまた正極と言って良い剣士なんて道を選んだのだろう。
    折角の魔法薬の知識を生かして医者でもやってたほうが遥かに楽で安全だ。
    しかし、ただ、小さく呟いただけのその言葉は本人には届かない。
    直接聞けば答えてくれるかもしれないが、あまり聞こうとは思わない。
    興味が無いわけではない。
    が、余り深く関わるの相手にとって、自分にとっても厄介なことになりかねない。
    所詮は、偶然出会った赤の他人でしかないのだから。
    そこで、思考を止め、辺りをもう一度見る。

    「ん?」

    すると、一箇所だけ、気になる箇所があった。
    何が、と言われると少し困るがあえて言えば臭いだ。
    一箇所だけ、妙に生臭いというか淀んでいるというべき場所がある。
    それは入ってきた入り口とちょうど反対の位置の壁。
    さらに、その先には大きな力の流れが今更ながら、知覚できた。
    力の流れはおおよそ見当がつく。
    龍穴、マナスポットと呼ばれる魔力の集まる場所だ。
    だが、それが淀んでいるというのが気になる。
    反対の壁まで歩み寄り、そこに触れようとする。
    すると、手のひらに石の壁とは明らかに異なる感触が感じられた。
    同時に、壁に触れた手の平に圧力を感じ、ゆっくり壁から手を離す。

    「結界かな?」
    「うぇっ!?」

    突如、背後から声をかけられ素っ頓狂な叫びを上げる。

    「いきなり、声をかけないでよ!!」
    「ゴメン、ゴメン。
     それより、これ結界だよ。
     見た目は普通の壁に見せてるけど」

    物怖じず、結界に手の平を当てて、観察している。
    やがて、結界から手の平を離し―

    「試してみるか」

    そう言って、腰に下げた剣を一本だけ抜き放ち、

    「ふっ!」

    袈裟斬りに振りぬいた。
    普通の片手直剣より短めの双剣は結界に届かず、空振りする。
    しかし、振り抜いた瞬間、何かが割れるような音と共に結界が薄れ消滅した。

    「なに、今の?」
    「企業秘密、かな?
     まあ、僕の特技だよ」

    そういって、笑いながら誤魔化す。
    本人が言うのを嫌がっているのだから、無理に聞くべきではないだろう。
    それよりも、龍穴だ。
    消滅した結界の先には今までと同様の広さの通路と、その直ぐ先に小さな小部屋だけがあった。
    小部屋は真ん中には、ちょうど龍穴が位置し、龍穴を中心に巨大な魔方陣が描かれている。
    特徴的なのは一般的な古代語の紋様だけでなく、蓬莱的、つまり漢字が一部に用いられていること、それと中心の龍穴の位置する部位に突き刺さった一本の木の棒。
    古代語のほうは読めないので、使われている漢字を見て、その意味を読み取る。

    「呼ぶ・・・召還陣?」
    「そのようだね、ここのマナスポットの魔力を利用した魔物の召還魔方陣だ。
     もっとも、作ったものは大した腕ではないようだね。
     強引な回路に、強大な魔力を流し込み、起動。
     あまつさえ、その負荷をあの木に吸収させて動かしているんだ」
    「なるほど」

    レイスの言葉に、ふんふんと頷きつつ、魔方陣まで歩み寄り、

    「ほっ」

    中心に突き刺さった棒をあっさりと、躊躇いなく抜く。
    そのまま振り返ると、レイスは口をポカンとあけ、呆然と言った顔でこちらを
    見ているのに気付く。

    「なによ、教会で聖女と悪魔が杯を交わしてるのを見た見たいな顔して」
    「いや、その例えいまいち良く分からないし。
     って、いうか何でこんな表情してるか分かってるでしょ、君?」
    「むっ」

    それぐらいは分かる。
    つまり、信じられないものを見た、という顔だ。
    分からないのは―

    「何か、信じられないものでも見たの?」
    「本気で言ってる?」
    「当たり前でしょ」
    「はあ」

    と、答えとして重い溜息が帰ってきた。
    溜息をつくごとに幸せが逃げるというけど実際はどうなのだろう?

    「ねえ、いい?
     普通、危険かもしれない魔方陣に躊躇なく踏み込む?
     その上、歪みを押さえ込んでた媒体を無理やり引っこ抜いたらどうなると思う」

    そこまで言って、ようやく言わんとしている事が、そしてその危険性が分かった。

    「どっどうしよう!?
     今すぐ、戻して―」
    「いや、その必要はない。
     どうやら、歪みが限界を超えて、先に式が崩壊したらしい」
    「なんだ、脅かさないでよ。
     なら、万事オッケーじゃない」
    「・・・・・・」

    と、その言葉になぜかレイスは不機嫌そうに顔をしかめていた。
    何だろう、と向き合うとおもむろに口を開いた。

    「今の君の言葉は、運が良かったからこそ言える言葉だ。
     もっと、気をつけるべきだ」

    出てきたのは、こちらに対する弾劾の言葉だ。
    それは確かに、巻き込まれていたかも知れない相手からすれば当然の言葉だ。

    「運が良かったから―か」

    レイスに聞こえないほど、そう小さく一人呟く。
    呟きが届くはずもなく、レイスはこちらを振り向くことはしない。
    だからこそ、自分の心の中で言葉を続けた。







引用返信/返信 削除キー/
■247 / inTopicNo.3)  LIGHT AND KNIGHT 三話
□投稿者/ マーク -(2005/12/25(Sun) 02:05:19)






    ―カランカラン

    「ん、誰だ?」

    カウンターに座り、新聞を読んでいた店主は入ってきた相手へと視線を向ける。
    入ってきたのは金髪をした二人組みだ。

    「久しぶりね」

    そういって、笑う少女とは対象に店主の顔は怪訝そうな顔をしている。

    「あんたか。
     連れがいるとは珍しいな」
    「まあ、いろいろあってね。
     鑑定と買取―よろしくね」

    そういって戦利品を取り出し、店主の前にそっと並べていく。
    剣やアクセサリーなど、実に多種多様な代物がカウンターを飾った。

    「ふん、剣はただの古い剣か。
     こっちの首飾りは―」

    店主は置かれた物を一つづつ、手に取り調べていく。
    その様子を見る限り、あまり高く売れそうな代物はなさそうだ。
    しばらく経って鑑定が終わると、店主はカウンターの下から銀貨を取り出して袋にしまい、ヒカルの前にドスン、と置いた。

    「ふん―しめて銀貨20枚か」
    「22」

    店主の見立てた代金に対し、ヒカルが横から口を挟む。
    あと二枚おまけしろ。
    という要求に店主は大層、嫌そうな顔でヒカルの顔を睨む。
    しかし、それにも負けずヒカルは真っ向からその視線に答えた。

    「―――」
    「―――」

    無言のにらみ合い。
    先に根負けしたのは店主だった。
    店主は、カウンターの下から更に二枚の銀貨を取り出し、袋に入れる。
    それに対し、ヒカルはといえば、妙に物分りのいい店主にむしろ、怪訝な顔をしていた。

    「妙にあっさり引いたわね」
    「うるさい、とっとと帰れ。
     面倒ごとはゴメンだ」

    たった今買い取った商品を後ろの棚にしまい、再び新聞へと目を向ける。
    その態度に腹立たしく思い、店主に声をかける。

    「厄介事って何よ?」

    店主は新聞に目を向けたまま、たった一言でその問いに答える。

    「『ジャンヌ』の凱旋だ」
    「――!?」

    ある種、予想外の答えに息を詰めらせる。
    ―『ジャンヌ』
    それは教会が誇る三聖女の一柱。
    聖女とは如何なる病も治し、死に行く命すら救うという教会のシンボルの一つ。
    清らかなる乙女のみが持つというその奇跡を持って、教会は人こそが神に
    愛された存在だと謳う。
    現在の聖女は『マリア』、『ジャンヌ』、『ブリジット』の三人。
    その中でもジャンヌは黒髪の戦乙女とも呼ばれる神速の剣士でもある。
    それゆえ、『ジャンヌ』はその奇跡と剣技を持って、戦いを勝利に導く。
    この凱旋というのは戻る際に近くの街を寄り、人々に奇跡を行使することを指す。
    つまり、今この街に聖女が来ているという事だ。

    「分かったか?
     お陰で今ここには教会のやつがうじゃうじゃいる。
     こう言いたくは無いが、ハーフと関わりを持っていると思われたくないんだ。
     悪いな」
    「分かってるわよ」

    それを聞いて、銀貨の入った袋を掴み、店を出る。
    とっとと、帰ろう。
    そう思って店を出て大通りから裏道に出ようといたら後ろから腕を引っ張られた。
    慌てて振り返るとそこには―

    「やっと、止まった」
    「レイス?」

    自分の腕をつかんでいる金髪の少年を見る。
    いったい、何だろう?

    「別に構わないんだけさ、その銀貨は山分けじゃなかったっけ?」
    「あっ」

    と、そこで今の今までレイスのことを完全に忘れていたのに今更ながら気づいた。
    『ジャンヌ』の事を聞いて、気が動転してたらしい。

    「ごめん。あー、もう」
    「気にしなくていいよ。
     ハーフにとっては教会のことは死活問題だろうからね」

    それだけじゃないんだけどなー、と思うが口にはしない。
    ふと、今立ち止まっている先に人垣ができているのが見えた。
    人垣の間から見えるのは黒髪の少女が祈る様にして手を重ね、何かをしている姿。
    一目見て、それが何か悟った。

    「―『ジャンヌ』」
    「みたいだね」

    黒髪の少女は一心不乱に祈り、救いを求める人たちへと奇跡を行使している。
    だが、その顔は遠目から見ても分かるほど憔悴している。
    おそらく、あと、一、二度が限界であろう。
    その読みが正しいことを示すようにジャンヌは一度ふらつき、目の前に立つ
    子供を抱えた女性に頭を下げる。

    「―そんな、どうして!?」

    女性の悲痛な叫びにただただ、ごめんなさいという様に頭を下げて去っていく。
    ジャンヌを追おうと、女性は子供を抱えたまま走り出そうとするが、
    護衛の騎士たちに遮られ、ジャンヌの姿が見えなくなると同時に
    そのまま地面に座り込み涙をこぼす。
    自分がその一部始終を見て、冷めた思いでその両者を見ていることに気付く。
    両者とも、間違っているとは思わない。
    聖女とて全ての人を救えるわけでは決して無いのだ。
    けれど、女性にとってはそれで割り切れるはずが無い。
    けれども、それは―

    「仕方が無い・・・こと」

    騎士が女性から離れ、聖女の下へと歩き出すと同時、動き出したものがいた。
    ―レイスだ。
    レイスは、女性の下へと歩み寄り、抱きかかえた子供を見る。

    「呼吸が荒いし、熱が酷い?
     これはフラナの毒か。
     確か、解毒にはハイカの葉が効いた筈」

    そう呟き、先日、遺跡から入手した材料の一つである葉っぱを数枚取り出す。
    フラナとはこの近くに群生している花の名だ。
    一見、綺麗な花だがある一定の時期と条件下で毒性のある花粉を噴出する。
    毒性は消して低い訳ではなく、あのぐらいの子供には生死に関わる程だ。
    家の近くにも群生してたし、帰ったら気をつけたほうが良さそうだ。
    と少し場違いな感想を抱く。
    もっとも、生命力の高い獣人や元々森に住むエルフにとっては風邪を引く程度で済むのだが。

    「これを煎じて飲ませれば、明日の晩には良くなるでしょう」
    「えっ?あっ」
    「早く、帰って寝かせたほうがいいですよ」

    そういって、女性に葉っぱを持たせて離れる。

    「―ありがとうございます」

    女性は深く頭を下げて、お礼の言葉を口にする。
    レイスはそれに対し、穏やかな笑みで返した。

    「いいの?」
    「何が?」
    「折角手に入れたのにあげちゃっていいの?」
    「ああ、それか。
     うん、構わないよ。
     ちょっとした反発さ」
    「反発?」

    疑問符を上げ首をかしげると、今までの穏やかな笑みから少し変わり、どこか悪戯好きの子供のような顔で答える。

    「だってほら、かの聖女様が救えなかった人を救えるんだ。
     これって実は凄い事じゃないかな?」
    「ぷっ」

    レイスの言葉に思わず、慌てて口を押さえるが我慢できず、軽く吹き出す。
    でも、そうだ。
    聖女には多くの人を救う力がある。
    けれど、それは聖女の力でなくとも、人の力でも十分に救える者も多い。
    中には聖女の奇跡を持ってしか助からないものもいるかもしれない。
    今の子供だって、運良くレイスが薬を持っていたからだが、そうでなかったらどうなっていたかは、おそらく明白だろう。
    だが、とも思う。
    教会にとって聖女こそが彼らの掲げる正義でもある。
    人は選ばれた存在だ―故にそれ以外のものは迫害されて当然という認識を持つ。
    それは彼女たちの所為なのではないのか?
    暗い感情が自身の中に浮かんでくる。
    けれど、それが八つ当たりだとも分かっている。
    彼女たちだって―

    「ただほんのちょっとだけ、普通と違う力があるだけなのにね。
     なのに、どうして―」
    「ヒカル?」

    何処か上の空に呟くこちらの様子をいぶかしんでこちらの顔を覗き込んで来る。
    それに気付き、慌てて顔を上げ、一歩、後ろに下がる

    「・・・・そろそろ、お別れね。
     これ、さっきのお金の半分」
    「あっ、ちょっと」
    「じゃあね」

    かけられた言葉を振り切り、そのまま逃げるようにして去っていく。
    自分にとってもっとも禁忌となる存在。
    それはやはり、まだ乗り越えられそうになかった。








    「はあはあ」

    荒く息を吐き、今まで走ってきた道を振り返る。
    そこには今まで隣を歩いた少年の姿など見えるはずはない。
    だというのに、どこかで追ってきているのを期待している自分に気付く。
    なんて、身勝手なのだろう。
    逃げる様にして去っていったというのに、追いかけてくれるのを望んでいるなど。
    そんな、自分の感情に嫌気が差す。
    何故、こんな心が乱れているのか?―簡単だ。
    自身にとっての禁忌に触れたのに平然としていられるほど自分が強くないからだ。

    「はあ、ばっかみたい」

    それは誰にむけて言った言葉なのか自分ですら分からない。
    自分なのか、レイスに向けてなのか、それともあの聖女なのか。
    ふと、視線を感じ、周りを見渡すとちらほらとこちらを見ているものがいる。
    ただ不思議そうに首を傾げるがそれ以上は、何もしない。
    いつも、通りを歩いているとこうやって視線を感じる。
    セイ曰く、私はなかなか人目を引く容貌をしているらしい。
    といっても、自分ではそうも思わない。
    が、視線に敵意が入ってない以上、やたら敏感に反応することも無い。
    そう―敵意さえなければ。
    視線の一部に薄っすらとだが敵意と良く似た感情を感じる。
    間違ってもそれは穏やかな感情ではない。
    それは獲物を見つけたときの感情にも似ているようにも感じた。
    しかし、振り向いた見渡すが視線の主は判別がつかない。
    はっきりいって気味が悪い。
    そしてなにより、ここはいまだ街の通りの中だ。
    こんなとこで騒ぐのはあまりにも不味い。
    そこで、教会のものにでも見つかれそれこそお終いだ。
    だから、速度を上げ不自然にならない程度に早足で街の出口をと歩く。
    視線の主はぴったりこちらについてきている。
    ―ったく、一体何の用かしら?




引用返信/返信 削除キー/
■271 / inTopicNo.4)  LIGHT AND KNIGHT 四話
□投稿者/ マーク -(2006/05/14(Sun) 22:04:39)




    既に日が暮れ始めた状態で森に入るのはいくら慣れた道とはいえ、危険であり
    街の宿で一晩あかし、明朝、早くに街を出て、街から僅かに離れた森に進む。
    この森は自分たちが住む孤児院の裏の森と繋がっている。
    出入りにも使うことがあり、下手のものより土地勘はある。
    森に入って数分ほど歩き、急に立ち止まる。
    今だ、視線は消えていない。
    宿の中でも無遠慮にそそがれるその視線にはいい加減、苛立ってきたので、
    追ってきているであろう敵のいるであろう方角に向き直る。

    「さて、私に何の用かしら?」

    腕を組んでそう尋ねるも返事は返ってこない。
    ―だんまりか。

    「―キッ」

    そこで何かが鳴く様な音がする。
    瞬時にそこに目を向けるとそこには一匹の猿―

    「猿?」

    これが、視線の正体か?
    そういえば、時々山の猿が餌などを求めて街に下りてくることもあるそうな。
    ふむ。だが何か誘うようなものでもあっただろう?

    「あー」

    そういえば、子供たちへのお土産に果物を買ってた。
    その中には確かバナナもあったはず。
    そうこう考えている間にそろりそろりと猿が歩み寄ってくる。
    ―まあ、いっか。
    と、思いアーカイバを出そうと、目を外した瞬間―

    「―!?」

    突如、踏み込んできた猿が右の腕を振るう。
    瞬間的にバックステップで回避したため、怪我は無い。
    そして、次の瞬間には一目散に走り去っていく猿の後姿。
    猿は信じられぬ速さで木の陰へと逃走した。
    良く考えればアーカイバにしまった物の匂いなどわかるはずが無い。
    店で買ったときから狙っていたなら、店のものを盗んだほうが効率がいいだろう。

    「いったい何が―」

    と、そこで気付いた。
    空振りで終わったと見えたその腕がちゃっかり胸から下げていた
    お守りをもぎ取っていたのを。
    首から提げた紐は途中で千切れ、繋がっていた護符が消えている。
    だが、何故護符など?
    あんなものに大した、否、価値としては全く無い。
    かといって決して人目を引くような物などではなかったはずだ。
    いや、待て。
    自分はアレと似たものをもう一つ持っていたではないか。
    まさか、それと勘違いしたのか?
    だとすれば、アレは何者かの使い魔の可能性が高い。
    手にかけたアーカイバを開き、ある物を取り出す。
    それは、刀の柄の様な形、また小さなナイフのような形状に彫られた黒ずんだ木の護符。
    あの遺跡の魔方陣に刺さっていたこの護符を一体何故、奪おうとするのか?
    護符を掲げ、日に照らして観察するが、何もわからない。
    だが、これでこの護符には何かがあるのは分かった。
    護符をアーカイバではなく取り出だしやすい道具入れにしまい、猿の消えた方角を見やり、
    そのまま駆け出した。






    木々の間を駆け抜け、猿の行き先を追う。
    勝手知ったる森だが、視界ギリギリに見える猿の速度は衰えず、
    差は縮まるどころか再び開きかねない。
    だが、森を抜けるまで食いつければそれでいい。
    森を抜け、障害物の無い見晴らしの良いであろう道にでさえすれば、
    必ず追いつく自信はある。
    だが、今まで視界を覆い尽くす様に茂った木の密集地帯が、その密度を
    減らすにつれ、少しづつ猿の速度が落ちているのが分かった。

    「これなら―」

    しかし、木々の間から現れた影を視認し、ブレーキをかける。
    同時に、ソレが腕を振り抜き、目の前の空間を刈り取る。

    「なにこれ?」

    現れたのは一言で言うなら人形。
    起伏の無いまるでお面のような顔に、関節など無いように見える手足。
    瞳と思わしき器官以外見受けられない顔には意思を感じられない。
    人形がだらりと地面に伸ばした長い腕を後ろに引き、踏み込むと同時に振るう。
    鞭のようにして振るわれた腕を身を屈めて回避する。
    空振りした腕は真後ろにあった木をなぎ倒し、逆の手を振りかぶる。
    瞬時に、横に飛んで真上から振り落とされた腕を避ける。
    鞭のような腕から繰り出される一撃は危険だが、振りかぶった際にその軌道は
    大方、読み取れる。
    けれど、油断はできない。
    その威力は強大、食らえば後ろの木と同じ運命となる。
    しかし、次の瞬間人形は予想を裏切る行動に出た。
    左腕を真後ろに引き、拳を繰り出す。
    ただし、拳は握られていない。
    手刀の形で繰り出された腕が伸び、突きを繰り出してきた。
    まさしく、槍のごとき一刺し。
    判断は一瞬。
    右足を高く上げ、迫りくる一撃に対し、こちらも一撃を放つ。
    狙いを違えず、振り下ろされた踵落しは人形の腕を叩き落し、
    強引に軌道を変えられた腕は地面へと深く突き刺さる。
    地面に深々と刺さった腕は容易には抜けず片腕が固定された。
    逆の腕も左肩を引けないため、一撃を放てない。
    その隙に駆け出し、威力もスピードも無い一撃をかわして右足を振りぬく。
    右足の先に圧縮した空気の刃が人形の胴体を両断し、崩れ落ちる。
    これで動くことは出来まい。
    使い魔だとしてもこれほどの重症では再生にも時間がかかるであろう。
    動けないそれに止めを刺すよりも先にすべきことがある。
    装備品の一つである投擲用のダガーを右手に構え、気配を伺う。
    今までの人形とははっきり異なる人の気配―おそらくこの人形を仕掛けた
    相手だろう―が真っ直ぐこちらへと向かってきている。
    木の陰に隠れて気配を消し、タイミングを計る。
    そして、目標が一息で飛びかかれる範囲に入った瞬間、飛び出した。
    相手を押し倒し、馬乗りになって首筋にダガーを突きつける。
    その突きつけた首筋の上、相手の容姿を確認して、息を呑む。

    「・・・・レイス」
    「ヒカル・・・・」

    こちらの名を呼ぶと直ぐにレイスの顔には驚きの色に染まる。
    その反応に困惑し、首筋から短剣が僅かに離れ硬直する。
    だが―

    ―チャ
    「!?」

    かすかな物音と共にレイスの腕が上げられる。
    その手には今まで見てきた鋼の双剣ではなく、鉄色の砲。
    瞬間、首筋から離したばかりの短剣を、首筋へと伸ばし―

    ―ダーンッ

    銃声が響き、動きが止まる。
    しかし、痛みは無い。
    銃口はこちらではなく、その後ろ。
    失った下半身を自力で再生し背後から忍び寄ってきていたあの人形の眉間を撃ち貫いていた。
    ―なぜ?
    疑問が浮かぶ。
    この人形を仕掛けてきた相手なら、あんなことするはずが無い。
    ならば―

    「そろそろ、どいてくれない?」

    その言葉に従い、警戒しながらもレイスの腹から降りた。









    「とりあえず、聞くわ。
     アレ、あんたの仕業じゃないのね?」
    「あの人形かい?
     僕の仕業じゃないよ。
     むしろ君の仕業じゃないか、思ってたんだけど」
    「はあっ!?
     なんで、私が」

    そういうと、レイスは考え込むようなポーズをとり、
    つい先ほど倒した人形の消えた場所まで歩く。

    「これ、分かるかい?」

    そういって、拾い上げたのは人の形に切られた一枚の紙。
    紙の頭には針で刺されたかのような穴が開いている。
    けれど、その穴の位置と人形の紙で見当がついた。

    「式神・・・・」

    父から聞いた蓬莱に伝わる術の一種だ。
    紙や石、術者の一部を媒介に用いて兵を生み出し、使役する使兵術だ。
    形式的には使い魔に似ているが、使い魔には基本的に人格があるが、
    式神にはなく、あくまでも都合のいい道具でしかない。
    また、使い魔などと同様身体は魔力で構成されてあり、魔力があれば再生できる。

    「でも、それが?」
    「僕はこれに街の方で襲われた。
     狙われる謂れなんて無かったし、つい先日蓬莱の名を持つものと会った。
     偶然とは思えなくってね」
    「まあ、確かに・・・・」

    自分だって同じような状況ならば、そう判断するだろう。

    「でも、あいにく私の差し金じゃないわよ」
    「そのようだね、君も狙われてたということはあの遺跡か、もしくは
     街での一件か」
    「街での一件?」
    「ほら、街でフラナの毒にかかってた子供を」
    「ああ。でも、それが何でまた狙われる理由に?」

    お礼を言われることはあっても、狙われる謂れは無い。
    なんで、人助けして狙われねばならないのだろう?

    「助けたからこそさ。
     聖女が助けられずに見捨てた上に、聖女でもなんでもない人間が
     それを助けたからね。
     これじゃ、聖女に不信感を持ちかねない。
     そうすれば、おのずと教会に威信にも関わる。
     教会にとっては目障りにもなるよ」
    「私が襲われた理由は?」
    「一緒にいたから、仲間と思われたかな。
     と言いたいとこだけど、多分、教会は白かな」
    「でしょうね、それなら街で手を下すでしょうし。
     それに―」

    小物入れの口に手を入れ、そこから護符を取り出し目の前にかざす。

    「これを狙う理由に説明がつかない」
    「なるほど、それが狙いなのか。
     けど、今度はそんなものを何故狙うか―それが疑問だ」
    「そうなのよね」

    所詮、こんなのは木だ。
    しかも、魔力と瘴気で汚れきり、木炭のように燃やす以外に使い道はあろうか。
    それに燃やしても染み込んだ瘴気は煙となって周囲を穢すであろう。

    「ちょっと貸して」

    そういって、ひったくるように私の手から護符を奪う。
    そのまま、護符を握った手を額へと当て、目を瞑って瞑想を始めた。
    目を瞑っていた時間は短かった。
    ほんの十数秒で瞼を開け、溜息をついた。

    「駄目か」
    「何しようとしてたの」
    「ん?ああ、この木に残った気配から何か掴めないかと思ったんだけど
     瘴気の穢れが邪魔して駄目みたいだ」
    「ふーん・・・穢れが消えれば何とかなるの?」
    「えっ、まあ、多分」
    「よし、じゃあついてきて」

    やろうと思えば、この程度の瘴気なら私の力で祓える。
    ここまで走ってきた道のりを思い出し、おおよその現在地から目的の
    場所の方角を探し、走り出した。




    森の中を二つの影が駆けていく。
    前を走る少女―ヒカル―はこの深い森の中でも迷い無く進む。
    その背中を追って少年―レイス―もまた同じく道を駆けていく。
    やがて少女が立ち止まり、それに習って少年も足を止める。

    「たしか、この辺のはず・・・・」

    そういって周囲を見渡すが、木が生い茂る視界を塞いでしまっている。
    しかし、少女が何を探しているのか、それを知らぬ少年は少女に声をかける。

    「ねえ、結局どこに向かっているのさ?」
    「すぐ分かるわよ、それより静かにしてて」

    かけられた言葉を一蹴のものに切って捨て、ヒカルは瞼を閉じ意識を集中させる。
    それを見て同じようにレイスもまた瞼を閉じ、意識を集中させる。

    ―――――ッ

    音が聞こえる。
    微かだが水の流れる音だ。

    「あった!」

    閉じた瞼が勢い良く開かれ、水の聞こえる方角へと飛び出す。
    どうやら、この水音の先、おそらく湖か泉こそがヒカルの目的の場所だと、レイスは
    判断し、ヒカルを追いかける。
    木々を抜けると、そこには泉があった。
    底まで見渡せるほど、澄んだ泉だ。

    「すごいな」

    思わず、感嘆の声を漏らす。
    それほどまでに、この泉の水は澄み切っている。
    ヒカルは、そんなレイスの様子に目を向け満足げに微笑み、泉の淵まで歩き膝を突いて
    覗き込む。
    ―よし、と泉の状態を確認し、左手で護符を取り出し、空いた右手で自身の髪を
    一本掴んで抜き、護符に巻きつけ、左手で掴んだまま泉に護符を沈める。
    自分の髪を使ったことから見て何らかの簡易的な儀式であろうと、レイスは判断したが
    その内容まではつかめない。
    こんな簡易な儀式で本当に瘴気を払えるのか?
    堪えきれずにレイスは不安げにヒカルに尋ねた。

    「大丈夫なのかい?」
    「何が?」
    「悪いけど、こんな簡易な儀式でその瘴気は払えないと思うんだが」
    「ふーん、まあそうね、普通なら。よっと」
    「なら―」

    そこで、言葉は止まった。
    ヒカルが引き上げた護符が視界に入り、驚愕によって一切に動きが停止する。
    護符は水につける前の黒ずみ、禍々しいまでの瘴気を漂わせていたというのに
    今そこにある物には一切合切、そのような気配は無く、見た目にも生気に溢れた
    色合いをしている。

    「いったい、どうやって?」
    「見た通りよ、髪を巻きつけて泉に沈めただけ」
    「だが―」
    「特別なことは一つだけ、名前を使っただけ」
    「名前?」
    「そっ、名前ってその固有のものを表す記号でしょ。
     人の名前だって付けた人がそうであれという願いが込めらて付けるもの。
     だから、名前ってのは多かれ少なかれ、その恩恵を受けるものなのよ。
     蓬莱ではこういうのを名は体を現すと言ってたはずだけど」
    「名前が力になる。そういうことかい?」
    「そんな感じ。
     蓬莱では泉というのは白い、というか清い水って書くの。
     それと私の名前ね」
    「光」
    「そう、闇とか魔を払うにはうってつけというわけ。
     この泉が澄んでるのは多分、名前が力になるというルールの縛りが強いからね。
     さて、一体これは―」

    そこで、護符を握ったままヒカルの動きが止まった。
    その視線は一点を、護符を凝視したまま動かない。

    「ヒカル?」
    「あっ、何?」

    声をかけられ、ハッとした表情でようやく護符から視線を外し、レイスを見る。

    「何か分かったのかい?」
    「ううん、何も。
     私でも何か分からなかったから驚いちゃって」

    はははっと、笑うがその笑みには少し違和感を感じさせる。

    「・・・・それ貸してくれる」
    「あっ、はい」

    手渡された護符を握り、意識を集中させる。
    しかし、瞼を開けたレイスの顔は堅い。

    「だめだ、持ち主が何ならかの妨害をしているみたいで僕の力じゃ分からない」
    「そう・・・・それ、返して」

    そう言われて言われるがまま、護符をヒカルの手に返す。

    「とりあえず、これは私が持っておくから。
     また、襲われるかもしれないけど、向こうも私が持っていることに
     すぐ気付くだろうし、そうすればレイスが襲われる心配は無いと思うわ」
    「君はどうするんだい?」
    「これについて調べて危なかったら手を引くわ。
     それじゃあ、そろそろお別れにしましょ」
    「だが!」
    「悪いけど―」

    そういって、レイスの声を遮る。
    それでも言葉を続けようとしたレイスの言葉はヒカルの瞳によって押さえ込まれた。

    「私にはあなたに近づく勇気も無いし、あなたが私の領域に踏み込むのを許すこともできない」

    そこで、一度言葉をきり、厳しかった目つきを若干緩め、困ったような顔のまま、
    笑みを浮かべる。

    「もともと、たった一度組んだだけでパーティーでしょ。
     元の鞘に戻るだけよ」

    レイスはそれでも納得がいかないといった顔つきだが、レイスもヒカルもお互い、冒険者だ。
    余計な深入りは許されない。
    何より、彼女にこのような顔をさせてしまった以上、踏み入るべきではない。

    「分かった。気をつけて」
    「ありがと」




引用返信/返信 削除キー/
■288 / inTopicNo.5)  LIGHT AND KNIGHT 五話
□投稿者/ マーク -(2006/06/14(Wed) 01:55:14)


    ある場所を目指して森の中を一直線に駆ける。
    レイスと分かれてから半刻ほど、深い森の中を走り続けている。
    途中幾度か振り返り、尾行されて無いか用心深く探りながら、進む。
    その様を見れば何か、やましいことがあるか、もしくは隠すべきものがあるかと
    判断するやも知れない。
    それはある意味、ヒカルにとっては正しく、他の人にとってはこれ以上ないほどの
    勘違いとなるだろう。
    森を抜けて、その場所に着く。
    そこには森の中にぽつんと建つ木造の一軒の家。
    中からは子供たちの騒ぐ音が聞こえてくる。
    ―そう、これこそが彼女にとってのもっとも大切な『家族』という名の宝である。

    なんとなく、息を落ち着かせドアノブに手をかける。
    そしてノブをひねり、ドアを押す。

    「ただいまー」

    勢い良く扉を開くと、それには反応してダイニングの先にある廊下から、
    十歳足らずの少年少女が元気良く飛び出し、その内の元気のいい男の子などは
    文字通り飛んで来る。
    それを両手で受けても地面に下ろし、周りを囲むようにそばによってきた子供たちの頭を撫で、一人一人、見ていく。
    周りにいる数は5人。とするといないのは8人。
    しかも、いないのは男5人に女の子が三人。
    男女の比率は男のほうが多い。
    とすれば―

    「他の子は外?」
    「うん、あと、サキねえが何人か連れて買い物にいってるよ」
    「えっ、うそ。 
     あちゃー、どっかで入れ違いになったかな」

    多分、あいつに追われて普段の道とはぜんぜん異なる道を通ったからであろう。
    この広い森の中ではお互い決まった道を通るのでもなければ、逢う事もあるまい。

    「まあ、いっか。
     ただいま、みんな元気にしてた?」





    「ぬっ、このスープの味付けはアリスね。
     隠し味には・・・・駄目ね、何か植物をつかってるみたいだけど」
    「すごい、良く分かるね。
     山に咲いてた葉っぱを使ったの。
     香りがよかったから使ってみたんだけど、どうかな?」
    「おいしいわよ、私もうかうかしてると追い抜けれちゃうわね」

    そう笑って、首を回す。
    子供たちはほとんど、自分たちの部屋へと戻っていってしまった。
    いるのはセイやサキを除いた年少組みの中で一番年上でしっかりとしたアリスと、
    彼女とよくいるセトナだけ。
    サキは今だ帰ってくる気配はないっと。

    「そういえば、セイは?」
    「部屋にこもってます。忙しいらしくて昨日からご飯も睡眠をとってないみたいで す」
    「ああ。まだ、終わってなかったんだ。
     にしても、一日二日は良くても、あまり続くと危ないわね。
     以前は5日間も出てこなかったし。
     まったく、あの時は良く途中で倒れなかったわね」
    「その分、完成したら糸が切れたみたいにぷっつりと倒れこんじゃって大慌てしま したね」
    「そうだったわね。
     ふう、ご馳走様。
     ちょっと様子を見てくるわ」
    「あっ、それなら一緒にご飯も持っていってください」
    「了解」

    アリスが多分、私の分と一緒に用意したであろう食事を持ってやって来る。
    それを受け取り、ダイニングの奥の廊下を歩き、三つ目の部屋で立ち止まる。

    ―コンコンッ
    「セイ?」

    予想通りだったが返事が無い。
    ノックに気付かないほど集中しているのだ。
    まあ、勝手に入っても大丈夫だろう。
    何か言われてもノックはしたといえば、いい。
    気付かないセイが悪いのだから。
    そんな言い訳じみたことを考えながらドアノブをひねり扉を前へ。
    音を立てぬよう静かに開くと、キャンバスに向き合うセイの背中が見えた。
    その背中が邪魔をして残念ながら肝心の絵のほうは見えなかった。
    そして、突然キャンバスに走っていた筆が止み、セイが振り返る。

    「ヒカル姉さん、何時からそこに?」
    「丸一日」
    「えっ、本当?
     うわー気付かなかった」
    「いや、冗談よ」

    この反応がジョークかそれとも本気なのかは分からない。
    本人は気付いてないが、セイは絵を描いているとき異様に集中力が高く、外界からの刺激に酷く無反応となる。
    そのくせ自分の領域、つまり自室に入る異物に関しては異様に鋭敏に反応する。
    最初にセイに冗談で一時間後ろで立ってたといったら普通に信じられてしまった。
    セイも自身の外界への反応の低さは自覚していたから、そうであってもおかしくないと、思ってしまったのだろう。

    「絵、まだ、かかるの?」
    「うん、まだ、ちょっとかかるね。
     帰ってきたら、見せるって言ってたけど無理みたいだ。
     ごめん」
    「そうね・・・・少し残念かな」

    そういって少し残念そうに溜息をつくと、セイはなにやら真剣な面持ちでこちらを見ていた。
    何か言いたげだったが、とりあえず、自分の話しを先にしてしまおうと、話を切り出す。

    「それで、セイ。
     悪いんだけど、又明日から出ることになると思うの。
     みんなのことお願いね」
    「・・・・姉さん」

    そう言って辛そうにセイがこちらの顔を見上げてくる。
    セイは頭もいいし、勘もいい。
    おそらく、私の様子が違うことに気付いたのだろう。
    もっとも、セイにだけは多少伝えておくつもりではあったが。

    「帰ってくるのは何時?」
    「ごめんね、分からない。
     早ければ数日だけど、もしかしたら帰ってこれないかも」

    セイと視線を合わしているのに辛くなり、僅かに顔を背け、そう言う。
    帰ってこれないというのは、つまり―

    「死ぬ気なの?」
    「―ううん。
     死ぬ気は無い。けれど死なないとは言い切れないかな」
    「死ぬかもしれないのに行くの?」
    「うん、それでも私は行かなきゃならない。
     だから、ゴメン」
    「そっか」

    そういって、セイは視線を窓に向け、何処か遠くを眺める。
    やがて、意を決し、口を開く

    「分かった、みんなには適当に伝えておく」
    「・・・・・引き止めないのね」

    ちょっとだけ、残念だったので不満気味にそういうとセイがクスクスと
    笑い声をもらす。

    「言って、聞く人じゃないのはもうとっくに分かっているからね。
     だから、引き止めないけど、かわりに約束。
     ちゃんとここに帰ってくること」
    「話、聞いてた?
     帰ってこれるかどうか分からないのに―」
    「だから」

    途中、私の言葉を切って、笑いながら言葉をつむぐ。

    「帰ってこれないかもしれないなんて考えないべきさ。
     姉さんはちゃんとこの喧しい家に帰ってくること。
     約束だよ」
    「うう、努力するわ」
    「ははは、約束を破るのが嫌いな姉さんらしい答えだね。
     そうれでいいよ。
     努力することは約したからね。
     こうすれば、途中で諦めるなんてことはないからね。
     気をつけて」
    「うん、明日みんなが起きてるころにはもう出てると思うから」

    入ってきた扉へと歩き、ノブをひねりドアを開けたところで、言っておくべき
    言葉を思い出す。

    「それじゃ。
     絵、楽しみにしてるから」









    ―ザザザッ

    森の中に草のこすれる音だけが響く。
    空は今だ薄暗く、時刻は後、半刻ほどで日の出というところであろう。
    そんな薄暗い森の中、道なき道を駆ける。
    やがて目的地が近づき、周囲を探りながらそこに出る。
    目の前には山の傾斜の中に続く、洞窟の入り口。
    亡き両親から教ええられたとある場所へと入るための裏道だ。
    本来ならここには見張りが何人かいるはずなのだが―

    「やっぱ、既に事切れてるわね」

    あるのは既に物言わぬ亡骸になった二人の鎧を着込んだ門番。
    その鎧には深々と、切られた後がある。
    けれど―

    「出血が少ない?」

    死因はその傷だと思ったのに、出血が異様に少ない。
    鋭利な傷口と、あまりに少ない出血。
    これが意味するのはどちらだろう?

    「悩んでもしょうがないか。
     虎穴に入らずんば虎児を得ず。
     行くしかないわね」

    思考を止め、周囲を警戒しながら洞窟の中へと入る。
    かなり、長くて道も多く非常に迷いやすい、というより迷わせるために
    ここまで複雑に掘られたのだが、その道順は完全に覚えている。
    自分の記憶に従い、いくつもの分かれ道の中から迷いなく進むべき道を選ぶ。

    ―――――

    歩き出して半刻、唐突に音が聞こえた。
    かすかだが、金属音だ。
    おそらく、洞窟の前の門番を倒した者のものだろう。
    途中、障害となるものがいなかったがそれも前を行く者がことごとく
    打ち倒していたからだろう。さらに、そのお陰で追いつくことも出来た。
    用心しながら、音のする方へと足音を消しながら進む。
    そこは、正しい道順から外れた道だが、それでも音の聞こえるほうに進む。
    そして、すぐに金属音は止んだ。
    おそらく、戦闘が終わったのだろう。
    一応、前を行く者の正体には見当がついている。
    きっと、今までの出来事は偶然ではなく―

    「必然だったって訳ね」

    通路の先、人形のようなあの式神が巨体を横たえ、その輪郭を崩しながら無へと帰っていく。
    そして、その前に立ちふさがる双剣を構えた少年の後姿。
    少年はまるで初めからわかっていたかのように驚きもなく、こちらへと向く。

    「やはり、来たね」
    「ええ、あなたもね」

    お互いに口調は穏やかだが、気を緩めはしない。
    たとえ目的は同じかもしれない。
    でも、分かり合えるとは限らない。

    「でも悪いけど、その真意を聞かせてもらうわ。
     これはあなた達、教会の仕業なの?」
    「へえ」

    ここで、ようやく、レイスは驚きという表情を作る。
    いや、驚きというよりどちらかといえば感心という表情だ。

    「何故、僕がそうだと思うの?」
    「まず、最初に会ったときの戦闘の痕跡から。
     あの強固な甲羅にあった独特の傷。
     そして、その周囲の壁や床にあった妙な感覚で開いた真新しい足跡。
     とくに甲羅にあった傷はそこだけ抉り取られたように周囲にヒビをいれることな く貫通していた。
     あれは教会独自が編み出した対異族用の戦闘術、その一つの痕跡だわ」

    加えて言えば、その技の名は螺旋。
    独自の歩法からの急激な加速による突進。
    そして、ゼロ距離においての全身の捻りから繰り出す刺突。
    さらに、その突きに高速での回転を加え対象を撃つ技だ。
    この技を真に扱った場合、対象には罅一ついれず、綺麗な正円の傷だけが開く。

    「そして、もう一つ」

    そういって、道具入れに手をいれて、小さなものを取り出す。

    「これはいくらなんでも不注意だと思うわよ?」

    そういって、苦笑しながら取り出したのは金で出来た十字架だった。
    それも、シンプルながらも刻まれた小さな文様や言葉はそれがただの代物で
    無いことを物語っていた

    「教会の使者である証たる特殊紋様の施された十字架。
     名を語るだけにしても大げさすぎるわ。
     この紋様は普通じゃ真似できないし」

    そういって言葉を切って、顔は手の十字架にむけレイスの反応を横目でうかがう。
    レイスの反応は相も変わらず、薄い笑みを浮かべたままだ。

    「どうかしら?」
    「やれやえ、降参さ。
     でも、君はこれをどう思ってるんだい?」
    「・・・・・教会の人間、一部か全体かは分からないけど、それらの者による
     アレの制圧―」
    「ふうん、それなら」
    「もしくは」

    レイスの言葉を途中で切る。

    「逆に、国の―帝国側の暴走か全くの第三者によるものか」
    「なるほど、どれかは分かってじゃいないわけだ」
    「残念だけどね、どれも怪しすぎるもんで。
     さあ、教えてあなたは何しに来たの」
    「僕を疑っているわけ?」

    なおもレイスの笑みは消えない。
    おそらく、分かっててやっていることだろう。

    「いいえ、教会が犯人だとしても、あなたが敵対してるということはあなたは
     この暴走を止めにきたということ。
     だったら、手を取り合うべきじゃない?」
    「僕一人でも、どうにかなると思うよ?
     君と組みメリットは?」

    レイスの試すような物言いは続く。
    いや、ようなではなく本当に試しているのだろう。

    「ここはアレに通じる裏の道。
     正しい道は教会と国のごく僅かな人しか知らない。
     あなたも知らないはずよ。
     でなければ、こんな道にはこないわ」

    私は知っている。
    この先は行き止まりで、しかも罠まで仕掛けられた危険な道だ。
    今までの道にも罠の道を選び、そしてその罠をことごとく抜け出た跡があった。

    「私はアレに通じる道を知り尽くしてる。
     私の代価は道案内、悪くは無いと思うわ」

    その言葉にしばらく考え込み、やがて―

    「分かった、その代価でいいだろう。
     もはや分かりきったことだけど、確認しておく。
     この先、この道の通じる先にあるもの。
     それは」
    「ええ、帝国アヴァロンが誇る、神なる木。
     人の世より隔離され、人が立ち入ることを禁忌とされし場。
     神木エルトラーゼに通じる道よ!」


引用返信/返信 削除キー/
■292 / inTopicNo.6)  LIGHT AND KNIGHT 六話
□投稿者/ マーク -(2006/06/18(Sun) 04:06:05)
    2006/06/18(Sun) 17:24:33 編集(投稿者)


    ―神木エルトラーゼ。

    それは帝国北部に存在する帝国のシンボルの一つ
    神木のそもそもの始まりはおよそ二千年前、魔法王国崩壊期にまでさかのぼる。
    かつての魔法王国崩壊の原因は謎に包まれている。
    しかし、崩壊時、大陸の中央に存在した大陸全てを掌握した魔法王国を中心に
    大規模な破壊が起きた。その大破壊により魔法王国は完全に破壊され、その周辺地域すらも大規模な破壊の爪あとを残した。

    そして、事態はそれにとどまらなかった。
    大破壊による影響か、大陸のおよそ6割に渡って、瘴気という本来の魔族の
    住処たる地の空気というべき毒素が撒き散らされた。
    それらは人にとっても、他の異族たちにとっても非常に有害であり、もっとも瘴気の濃厚な魔法王国のあった地は大破壊を抜きにしても人の踏み入ることの出来ぬ異界と化していた。
    また、濃度は薄くとも、大破壊の影響を免れた地域でも瘴気の影響は大きかった。
    毒素による奇病、異常気象や不安の蔓延、魔族の活性化。
    これら全てが瘴気の影響といわれている。
    しかし、この瘴気の影響が無い地域があることが少しして判明した。
    現王国エインフィリアの北東部やヴァルフダリス共和国とビフロスト連邦の南部、それらは地域だけ瘴気の影響が軽かった。
    理由は無論存在する。
    王国はその北東部に存在するエルフの集落に存在する大樹が瘴気が浄化したため。
    連邦は始まりの三人の聖女の存在。
    共和国は伝承でだが、二振りの刀を持った女性が瘴気を払い、海の向こうへと
    消えていったという。
    この海の向こうが、女性の持っていた得物から蓬莱ではないかと考察されている。しかし、蓬莱では生憎そのような存在は確認されていない。

    まあ、このように瘴気の影響より逃れた地域を元に発展し、現四大国なったといわれている。
    そう、四大国だ。
    ここに含まれなかった私たちの住む帝国、アヴァロンにはそれらを払う手段は存在しなかった。
    故に、他の地域と同じを方法を取るべく、行動した。
    とはいっても、既に聖女は連邦内の正教会―と、正教会とは旧教会とも言われ、現在、異族狩りなどをする新教会とは異なる、古くから存在する由緒正しい教会だ―に保護され接触できず、共和国の救世者の存在は闇に消え、残った手段は一つしかなった。ゆえに、現在では帝都となっている地域に住まう者たちはエルフと接触し、助けを求めた。そして、彼らより、二つのものを授けられる。
    それこそが、大樹と同じく瘴気を浄化する力を持った木。
    神木エルトラーゼと、そしてかつて存在した神木イルヘイムの苗だった。
    神木イルヘイムは現在の帝都に、エルトラーゼはエルフと人の友好の証として帝国北部の瘴気の影響が薄く無事だったエルフのもう一つの集落との間に植えられた。

    そして、それは千年あまり続くが、ある日、終わりが来た。
    その最初の原因は神木の誇る力。
    あらゆる傷を癒し、あらゆる病を治し、あらゆる呪いを祓い、あらゆる魔を退けるその力。そして、神木を得しものには神たる不死の祝福を、王たる最強の力を。
    そんな話までもが、市民に知られるようになったことだ。
    実際に言えば、後半は嘘といっていい。
    確かに神木には高い癒しや退魔能力、肉体を活性化させ、さらなる身体能力を与えたり、精神や魔力を高める傾向はあるが、不死や最強の力など与えるはずが無い。
    そんな嘘でも市民は信じた。
    そして、それが悲劇に繋がる。
    ある日を境に何百何千もの人が帝都の神木に押しかけた。
    ―あるものは病気の娘のために。
    ―あるものは復讐の力を得る為に。
    ―あるものは死を恐れるが為に。
    ―あるものは魔族の恐怖から逃れるために。
    ―あるものは富を得るが為に。
    当然、皇帝の臣は神木を守るため市民を払った。

    そして、それは第二の避けられぬ悲劇に連なる。
    皇帝の臣たる騎士たちの手により、神木の周囲は完全に守られていた。
    しかし、それでも進入するものたちは存在する。
    そして、神木の周囲には神木の力を独占する皇帝への不満や怒りを露にした
    市民の姿が常に見られた。
    それでも、神木を守るために侵入者を討ち、市民の不満の高まる中、一ヶ月が過ぎそこで事件は起きた。
    もはや、帝都より出ようとその姿を確認できるほど大きく、高く育ったイルヘイムが痛ましい音を立てながら倒れたのだ。
    木の内部は腐り、穴だらけ。
    枝も自重を支えきれず折れたものが多く、葉には水分がなく乾ききっていた。
    なぜ、このような事態になったのか、すぐに調べられ原因は解明された。
    それはある意味、神木の小さな欠陥だった。
    神木は負の力を吸収し、瘴気を浄化する作用を持つ。
    ここで問題なのが、浄化できるのが瘴気だけという点だ。
    負の力とは瘴気だけを指すわけでなく、不安や怒り、憎しみや殺意という負の感情すら含まれていた。
    神木は浄化できないそれらの力までも溜め込み、そして内部から腐らせることになった。

    イルヘイム倒木の報せはエルフにもすぐさま伝わった。
    エルフにとって神木や大樹とは宝といっていいものだ。
    それがこのようなことになったという事実はこれ異常ないほど動揺させた。
    そして、当然だが、彼らの思いはもう一つの神木へと向かった。
    神木エルトラーゼまでもが彼らに倒されるのではないか、そんな思いが誰の胸にも渦巻いた。
    そして、同じく皇帝もまた、悩んでいた。
    神木が彼らにとって宝だということは彼も知っていた。
    そして、彼にもこのままではエルトラーゼが同じよう倒れるのではないかという思いも持ち、ならば、エルフに全てを任すべきかも知れぬとも考えていた。
    しかし、それ以上に神木を失い瘴気に晒される恐怖を持っていた。
    そんな危ういバランスを取っていた天秤を傾けるもの、いや倒すものがいた。
    それは新教会における最高権力者にして教会で最も反異族思想の高い人物だった。
    彼の言葉に惑わされ、皇帝とその臣は教会のものと共にエルトラーゼに向かい、神木を制圧した。
    それにはエルフも猛烈な抗議の声を上げた。
    しかし、それらは残さず教会が弾圧し、生き延びた者は王国北部のエルフの集落へと向かった。
    その際、教会のものは現在の王国と帝国の境界でその足を止めることになる。
    そこに住まう竜族の干渉によってだ。
    そして以降、この千年弱は教会と帝国の者によって神木は管理されている。
    その際に、負の力が不用意に流れ込まぬよう、そして誰にも侵入されぬよう、皇帝は神木の周囲に結界をはり、守護し続けている。
    これが神木をめぐる二千年の歴史である。

    「これが私が知る限り最も詳しい神木の歴史よ。
     何か問題はあるかしら」
    「いや、僕が知る以上に詳しい解説だ。
     だが、何故、それだけのことを君は知っている?
     この道とて、そうだ。
     この通路の存在は教会も帝国も知っているが詳しい道は、皇帝や教皇ぐらいしか
     知らない筈」
    「それこそ簡単でしょ。
     教会でも帝国でも知られて無いなら他から教えられたに決まってるでしょ。
     忘れた私が何者か?」

    そこで、突如、息を呑みレイスはこちらの顔を凝視してくる。

    「いや、忘れていた。なるほど。
     確かに、そうだ。
     帝国でも強化でも知られていないなら、他の―つまりエルフに伝わる記憶という こ とか」
    「そういうこと。
     私の母は神木の監視者だったの。
     そして、その役目は私に引き継がれている。
     だから、神木に起きている全てを見届け、神木に害なすものを排除する義務がある」

    人により奪われた神木が再び折れるようなことが無いよう、神木を見守ること。
    それこそが私の役割たる神木の監視者。
    亡き母より、継いだ大切な仕事だ。

    「・・・・・ひとつ聞きたい」
    「何?」
    「何故君は自分の正体をこうも簡単に晒した?
     僕が教会の者と知ってて」
    「そのこと?
     うーん、あえていうなら、なんとくというか・・・・・」

    少々、答えに詰まった。
    本音を言えば、とある疑惑を種族を明かすことで晴らすのが目的だったが、
    それを告げては意味が無い。

    「あなたが変り種だから―かな?」
    「変り種?」
    「そう、あなたが持つ十字架」

    そういって、現在レイスの首から下げられている十字架を指差す。

    「普通、教会の十字架は銀だったはずなのよね。
     けれども、あなたのものは金。
     それって、教会内で異端を意味する符号よね。
     魔術を扱うものとか薄いけど異族の血を引くものとか。
     監視しやすよう、派手な色した」
    「そして、僕が魔術師だったから、かい?」
    「ええ、まあそうゆうこと。
     それに、実はあなた気付いてたんじゃない、最初から」
    「む、何故そう思う?」
    「まあ、勘ね。
     あなた勘が良さそうだし、どうしても異族の者って纏ってる空気が違うのよね」
    「まあ、確かに疑ってはいたかな」
    「だったら、明かしちゃったほうが安全かなって。
     問答無用で襲い掛かってくるようにも見えなかったし。
     っと、そろそろ気をつけて。
     あとはこの一本道。
     仕掛けがあるとしたらこの先よ」
    「了解」

    そういって、レイスは双剣を両手で抜き、足音を立てず進む。
    こちらは、足に付けれる鋼鉄のアーマーの所為で無理なので空気の干渉して
    足音を消して進む。
    しかし、何も問題も無く一本道を抜け、薄暗い洞窟を抜け、そして―

    「侵入者ですか、珍しい」
    「そして残念ですがここまできた以上帰すわけにも行きませぬ」

    二人の男が目の前に突き抜けるような青空の下、突如、立ちふさがった。


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■295 / inTopicNo.7)  LIGHT AND KNIGHT 七話
□投稿者/ マーク -(2006/06/25(Sun) 01:32:49)





    目の前に現れた二つの人影。
    その二人の纏う特徴的な服を見て、何者かを悟る。
    いや、この一連の事件を起こしているのがどんな者なのか、私はある程度分かっていたし、レイスの話でその予想は十中八九正解だと分かっていた。
    ただ、それでもそれを認めたくなかった。
    神木が母との絆ならば、こちらは父だ。
    彼らの纏う衣服は白い生地を主に袖や裾が妙に長い独特の服。
    そして、犯人の用いた式神と言う独特の呪術。
    そう、これらは亡き父の故郷たる蓬莱に伝わる文化であり、それらがどのような
    目的であれ、神木の力を得るために悪用されているとは思いたくなかった。
    だが、もはや、これらは疑いようの無い真実である。
    だからこそ、私は神木の監視者として、そしておこがましいかもしれないが、
    正しき力の担い手として、彼らを止めねばならない。

    「何が目的か知らないけど、力ずくで止めるわ」

    思考が一瞬で切り替わり、それに連れて身体の節々が戦うために切り替わる。
    隣を見れば、既にレイスも双剣を構え、いつでも飛びかかれる姿勢だ。
    そんな私たちの動きに対し、一人の男は一枚の紙切れと何らかの金属板を懐より
    取り出し、もう一人はただ左手を掲げる。

    「「お行きなさい」」

    二人が言うと同時に紙片と金属板を当時、掲げた左手を前に払う。
    そして、それらの動きはそれぞれ一つの変化を生んだ。
    紙片と金属弁は妙な光沢を持つ式神に、払った手の先にはいくつかの生物の特徴を
    持ちながらもどれとも異なる奇怪な生き物が姿を現していく。
    ―式神とキメラの使い魔。
    これらも、レイスのいった情報と一緒だ。
    この事件の犯人として考えられたのは数人の元学園都市所属の研究員。
    数ヶ月前、学園都市から研究資料として保管されていた神木の枝が
    ある研究員たちによって盗み出されたという。
    その研究員は全て蓬莱から渡って来た呪術師で、彼らの研究内容は最強の使い魔を
    生み出すことだったらしい。
    前に訪れ、この神木の枝を見つけた遺跡も彼らの研究の一部の可能性が高い。
    そして、今目の前に立ちふさがる使い魔はその過程で生み出されたものだろう。

    「式神か、おそらく、これについては君のほうが詳しいだろう。
     キメラは僕が、君は式神を」
    「そのほうが良さそうね」

    敵は二体でこちらも二人。
    一対一同士に持ち込み、各個撃破ということだ。
    式神は蓬莱出身の私が、キメラの使い魔は元魔術師のレイスが適任だ。
    お互いに相手を打つべき敵を見据え、同時に駆ける。

    しかし、そうは言ったものの、目の前の二体の相手は共に一筋縄ではいくまい。
    それでも、式神という呪法の性質上、弱点は一つ知っている。
    本体の符をどうにかすれば自然と崩壊するのだ。
    それを知ってる分、キメラよりは幾分か楽だろう。
    普通なら。

    「ハッ」

    気合を込めた一声と共に、蹴りを振りぬき、真空の刃を打ち出す。
    が―

    「ッ、予想通りね。
     仕込んだ金属片はそのためか」

    目の前の式神の身体は全てが金属で構成されたものだった。
    おそらく、錬金術や東方独自の五行思想を組み込んだものだろう。
    そして、非常に問題なのは―

    「蹴りも風も効いたもんじゃ無いわね」

    相手をするなら五行に則り、火剋金、つまり鉄には炎を持って対抗すべきなのだ。
    風や木の力は圧倒的に不利である。

    「火なんて私使えないのよね、っと」

    真っ直ぐ伸びた鉄の手はさながら巨大な剣であり、振るわれた腕は大気を断つ。
    それを脚の動きでかわし、距離をあける。
    大体動きはつかめた。

    「終わりにしましょう」

    言うと同時に、腰に掛けた特殊な革で出来たポーチを開く。
    手を入れ、手の平いっぱいにつかんだのは氷の粒。
    ポーチ自体は一応、C級無いしB級のアーティファクトだ。
    効果は内部温度を氷点下以下に保ち、尚且つ周囲の水分から氷を
    自動生成するもの。
    とはいっても、使い道はほとんどない。
    もっと大きければ貴族が食材の保存用に使ったりするが、この大きさでは大した物を入れられない。
    しかし、私の場合は全く別の使い道として使われる。
    いや、正確には使うのはこれ自体ではなく、精製される氷だ。
    手に掴んだ氷の粒を式神の右手へとばら撒き、ついでもう一度氷を掴み、今度は
    反対側へ。
    そして、ばら撒くと同時にその周囲の風を動かす。
    動きは円、思いに答え、その周囲の風は螺旋を描いて渦巻き始める。
    そして小さな竜巻はばら撒かれた氷を拾い、その内で回しだす。
    渦の中、氷はお互いにぶつかり合い、擦れ、砕け、散っていく。
    そして、周囲の異変に式神がようやく気付くが遅い。
    既に、渦の周囲では氷がぶつかり合い、それによって生まれた一つの現象が生じている。
    それは雷だ。
    氷の摩擦による放電現象。
    それは渦巻くごとに肥大化し、今にも放たれんとす。
    式神が動く。
    渦から逃れる動きだ。
    だが無駄だ。
    雷が臨界を超え、渦から離れ、向かうべき場所へと向かう。
    そこは鉄で生み出された異形の元。
    皮肉にも鉄ゆえに雷は流れる場所をそこに選び、内部全てに流れ込む。
    電流が流れ込み、式神が動きを止め数秒、突如式神がその姿を失いだす。
    それは本体である符を失い、自己を構成できなくなったがゆえの崩壊だ。
    残ったのは符の燃えカスと焦げた金属片だけ。
    そして、式神を倒されうろたえた男まで走り、新たな式神を出すよりも
    速く一撃を放ち無力化する。

    「っ、そうだ。
     向こうは?」

    倒れた術者から視線を外し、レイスを探す。
    そして、彼とキメラの戦闘を見やり、息を呑む。
    振り下ろされるキメラの太い腕を抜け、双剣が踊る。
    さながらその動きは演舞のよう。
    キメラはまるで虫のように何本もの腕を付けられた異形のものだった。
    しかし、その腕も半分以上が断ち切られている。
    そして、その中でも一際大きく、攻撃的な腕を断ち、
    続く一閃で巨大な胴を一閃する。
    上半身と下半身が分かたれ、そのまま倒れこみ、徐々にその輪郭を失う。
    ―アレ?
    ふと違和感があった。
    遠目だが、断ち切った胴は太く、巨大でその直径は短いところでも
    彼の剣以上あったように見えた。
    しかし、現実にキメラの胴は両断されている。
    勘違い、かな?
    そうこう考えている間に、レイスが術者を昏倒させ、こちらに
    歩み寄っていた。

    「さあ、行こう。
     おそらく、この先に待ち受ける者こそが全ての発端だ」

    レイスの言葉にうなづき、前を見やる。
    先に見えるは緑に生い茂る巨大な木。
    決着の場だ。




引用返信/返信 削除キー/
■311 / inTopicNo.8)  LIGHT AND KNIGHT 八話
□投稿者/ マーク -(2006/07/17(Mon) 06:22:29)




    「招かれざる客、ですか。
     よもや、ここまで来るとは」

    そういって、神木に片手をつきこちらに背を向けていた男は身を翻し
    こちらに向かい合う。
    男は三、四十歳ほどの先ほどの二人と同じ、蓬莱の服を纏った呪術師だ。
    纏う空気は穏やかながらもスキが無い。
    そんな男を前に軽口を叩く。

    「神木にとってはあなたこそ招かれざる客じゃないかしら?」
    「確かに、そうかもしれませんね」

    こちらの軽口に対して感情を表さず、むしろ余裕を持って返答する。
    年の功というべきか、この辺りは向こうのほうが数枚上手のようだ。
    ゆえに、遠まわしに言うのではなく、あえて正面から言葉をぶつける。
    それはレイスも同じ考えだったらしい。
    私が頭の中でまとめていた思考を代弁するように、レイスが言葉をつむぐ。

    「あなたが神木を占拠したのあなた達の願いである最強の使い魔を生み出すため。
     そのために神木の一部を手に入れたかった。違いますか?」
    「ええ、正しいですよ」
    「ならば、それは既に果たされた筈。
     ここから出ていくことは出来ませんか?」
    「残念ながら。
     まだ、その力は最強にはあらず。
     そして、神木を手放すことはできません。
     約束のためにも」

    そういって閉じていた目を開き、こちらを見やる。
    その目には強い意志が見える。
    退く気はなさそうだ。

    「約束とは?」
    「それを口に出すわけにはいきません。
     わが師との約束にして、もはや遺言ですので」

    亡き師とやらを思い出したのだろう、一瞬だが男の目が弱くなる。
    が、それは一瞬すぐにまた、力強い視線となる。

    「どうすれば、諦めるのかしら?」

    故に、レイスの言葉を継いで口を開く。
    やや考えるようなそぶりを見せ、こちらに視線を合わせてくる。

    「我が願いが果たされるか、もしくは―」

    そういって、笑みを浮かべ― 

    「我が最強が砕かれるか」

    つまり、結局は力ずくで止めてみろと言うことか。
    正直、神木の付近でドンパチやるのは正直避けたい。
    神木に被害がいく可能性があるというのは当然だが、『戦い』というもの事態、
    それが神木には毒の可能性がある。
    とはいえ、放っておけば神木がどうなるか分かったもんじゃない。
    実を言えば、来る途中の遺跡の中、そこまでこの神木の根はのびている。
    そして、その根を見た限り、神木は徐々にだが弱っている。
    原因は明白だ。

    「最後に一つ、何故、『最強』を?」
    「わが祖国のため、そして約束のため」
    「祖国の?」
    「そう、我が祖国、蓬莱を守る力として」

    国を守る力をか。
    それ自体を批判することなど出来ない。
    けど―

    「いいわ。
     その最強、砕かせてもらうわ。
     半分であれど同じく蓬莱の民の血を引く者として」
    「ほう」

    こちらの顔をじっと見て、ふと、男の顔が微笑を作る。
    それは奇異なる縁を楽しむような笑みだ。

    「蓬莱のものか。
     ならば、名を名乗られよ。
     勝者であろうと、敗者であろうと相手の名ぐらい知っておきたかろう。
     我が名はカケイ・クウカイ。
     汝らの名は」

    『汝ら』とそう告げた男の言葉に答え、レイスが名を言う。

    「レイス・クロフォード」

    ここで、ようやく彼のフルネームを今更ながらに知ることとなった。
    そしてレイスが告げた言葉に一泊、間をおきしっかりと答える。

    「姓は橘、名は光、その意は輝き」

    そう告げた途端、男の顔が変わった。
    信じられないものを見るように。

    「そうですか、あなたが―
     よろしい、あなたに敗れるならば、それも正しき運命でしょう。
     では、始めましょう」

    懐に手を入れ、何かを取り出す。
    それは木を削り取って出来た人の形をしたもの、いわゆるヒトガタだ。
    そして、それの元となった木は考えるまでも無い。、
    男がそれを投じ、周囲の魔力が脈動する。
    人形から奔る大量な魔力は急速に巨大なある形を取り始める。
    時間にして一秒にも見たず、それは現れた。
    木で出来たような肌を持ち、屈んだ身で人の5倍はあろう体躯。
    背や腹、腕や首など体中のいたるところに棘のような物が生え、頭にはそれとは
    明らかに異なる大きな角をもつ。

    「我が最強、名は華鬼。
     鬼を模りし我が最強の式神です」

    男の声に答え、鬼は目を覚ましたかのように顔を上げ天に向かって咆哮をあげる。
    その咆哮だけで、気力が奪われかねないほどの力を感じる。
    それを正面から受け止め、鬼を見やる。
    やがて、鬼が再び顔を下ろし、こちらを見やる。
    ―来る。
    次の瞬間、鬼が腕を振りかぶり、拳を突き出す。
    受けることはおろか、掠るだけで身を砕きかねない圧倒的な暴力。
    それを大きく後退して避ける。
    しかし、後退した私とは異なり、レイスは前に駆けていた。
    体格差は大きいが逆に言えば、懐にもぐりこめば、思うようにこちらを
    攻撃できないとの判断だろう。
    大振りに振るわれる拳は彼にとっては当たるようなものではない。
    両手に剣を持ち、最速の速さで駆ける。
    速い、見る間もなく、レイスは拳の振るうに適さぬ近距離まで進む。
    だが、近づいてきたレイスをあざ笑うように鬼に変化が訪れる。
    鬼の体表に会った無数の棘、それらが、突如伸びレイスに向かう。
    慌てて、剣でそれらを打ち払うが、後退を余儀なくされ即座に拳が振るわれる。
    また、伸びた棘は意思を持つかのようにうねり、追撃する。
    慌てて、レイスを援護すべく風を放ち、棘を打つ。

    「げっ」

    本来、切る攻撃の風は棘からはえたツルを切るには及ばず、打つだけで終わる。
    予測していたが、この式神は神木の一部を核とした影響で木の特性を持つらしい。
    しかし、そうなると私の風の技はほとんど、効果が無いということだ。

    ――ヒュンヒュンヒュン

    鞭のようにしなるツルがこちらを狙い、伸びてくる。
    それらを避け、弾き、蹴り飛ばす。
    レイスも際限なく殺到するツルを切りとばすが防戦一方といった様子だ。
    幸い、こちらを脅威と見てないのかツルはほとんどが、レイスに殺到している。
    流れを変えるには今か。
    風の力は、エルフとしての力は使えない。
    ならば、もう一つの側面を引き出すだけ。
    私の中に半分だけ流れる蓬莱の民の血と名を意識する。
    自身の中で何かが組み変わるような錯覚を感じる。
    だが、それで準備は万全だ。

    「光は―」

    迫るツルを前に見据え、駆ける。
    はっきりとした意思を込めて、言葉をつむぐ。

    「光は目にも移らぬ速さなり―」

    瞬時、目標を失ったツルが立ち止まる。
    そして、その遥か後方、鬼の真後ろに突如として姿を現す。
    地面を削りながら、急激な加速による慣性力を片足でこらえ、鬼の背中へと向く。
    地を削る音で、気付いたのか、鬼が身体をひねり、首を回してこちらを見やる。
    だが、遅い。
    先ほどと出だしは同じ、しかし、後半部の異なる言葉を継げる。

    「光は前に突き進む―」

    言うと同時に片足で地面を蹴り跳躍。
    身体は先ほど継げた言葉どおり、真っ直ぐ、重力さえもないかのように
    鬼の胸辺りに向かって真の意味で直進する。
    これが私の持つ、もう一つの、そして私独自の戦闘スタイルだ。
    これはエルフの精霊魔術や、蓬莱の言霊に近しいものだ。
    そもそも魔術は現実の世界に詠唱を持ってあり得ざる架空を持ち込むことだ。
    ゆえに、架空の事象である以上、世界の理屈に合わず、修正力が働き、
    時間と共に行使された魔術は消える。
    では、精霊魔法とは何か?
    精霊魔法はその名の通り精霊を介する魔術だが、精霊を介すという事が
    ここでは重要だ。
    精霊は世界―ここでいう世界は隣り合う七の世界のいずれかでなく、全てを含め、
    あらゆる事象、概念をひっくるめた『世界』いう概念―に介入する力を有する。
    精霊の自然を左右する力はこれによるもので、精霊魔法は精霊に術者の魔力を
    代償にして、この奇跡を起こさせることだ。
    また、何らかの形で精霊の意思と干渉できるものは思うだけで、初級の簡易な
    魔術程度を無詠唱で発動できる。
    故に、精霊魔法は、他の魔術とは一線をきす。
    例えば、精霊魔法の魔術はキャンセルが出来ない。
    それは魔法の結果が現実の事象だからだ。
    精霊魔法の実態は精霊を解してこの世界に特定の事象を引き起こさせることに
    他ならない。これはそもそも、『魔法』とはいえ無いのかもしれない。
    私が用いたのはこれの考えにやや近い。
    私が用いたのは世界に介入できる力を持って特定の事象、概念に自身を同化させ、
    その恩恵を得ること。
    そして、その概念を僅かに改竄し、現実を書き換えることだ。
    世界に介入できる力というのは、例えば精霊の力や、時たま存在するこの世界の
    概念にとらわれない異能力者の力。
    私はハーフで生まれ育ったのも霊地とは程遠い森だったため、私と共にいる精霊は
    正直、意識をこちらに伝えることも出来ないくらい弱く、小さな精霊だ。
    というより、本人には悪いがこの程度の規模では精霊とは呼ばれない。
    共にある精霊はエルフの血が強ければ強いほど、そして住まう森の魔力が強いほど、力が強い。
    おそらく、ハイエルフとその精霊なら私と同じことも出来るだろう。
    私の干渉できる概念は私の名の意味である『光』。
    それによって、光の持つ概念を―光の持つ力を現実に起こす。

    「光とは熱を持ちて穿つもの―」
    「光は先に集うもの―」

    二つの言葉を続けざまに放つ。
    そして、地を蹴った足とは反対の足を身をひねって前に突き出す。
    突き出した爪先には光が集まり、光槍が生まれ、光槍は鬼の胸を穿つ。
    同時、穿つ槍が熱を持って傷口を焼く。
    しかし、致命傷ではない。
    当てずっぽうで核に当てられる訳ではない。
    槍と化して突き刺さる私を潰さんと両の拳が同時に迫る。

    「光は塵ゆく―」

    短い言葉を持って光槍を破棄。
    重力に従い、身体は落下を始め、拳を避ける。
    懐にもぐりこんだ私によって撹乱され、ツルの動きが稚拙になった隙を突き、
    私と入れ替わりにレイスが飛び込む。
    鬼の身体に二つの刀身が舞う。
    『金剋木』―木を切るの鉄の刃。
    その概念が生きてる以上、その刃を止められはしない。
    だが―

    ―ガギンッーー!
    「なっ」

    甲高い、金属と金属のぶつかる音が響く。
    鬼は鉄と化した自身の手でレイスの剣を受け止めていた。
    これも五行の思想を取り入れたものなのだろう。
    しかし、まさか戦闘中にしかも一部だけを変化させるとは。
    動きを止めた剣を同じく鉄と化したツルが絡め、封じる。

    「くっ」

    更に四肢を封じんとツルが更に迫る。
    判断は一瞬、剣の握りを操作し、拘束から逃れる。
    ―刀身を残して!
    刃の無い、握りだけの剣を握り構える姿は滑稽というほか無い。
    そんな武器ともいえない棒を握り締めるレイスに尚もツルが追う。
    迫り来るツルを前に、剣の柄を振るい、一閃。
    次の瞬間、見えない何かにとって鉄のツルは断ち切られる。

    「これが種ね」

    あの硬い甲羅を貫くには『螺旋』の力だけでは足りない。
    そして、結界を割った一撃に、さきほどの届かなかったはずの一撃。
    これが答えか。

    「見えない刀身、いえ、形なき刃というわけね」

    不可視にして不現の刃、それは架空も現実も問わず断ち切る力。
    それがあの剣の力かそれとも、彼本人の力かは知らないが、
    鉄さえ斬るその力には、あの鬼でさえも対抗はできない。
    なら、勝敗を分けるのは、懐にもぐりこめるか。
    そして、あの巨体に一太刀でどれだけ傷を与えられるかだ。
    鬼が動き、自身の全てのツルを私に向かって殺到させる。

    「光は捉えられるものではない」

    言葉どおり、光を捉えることはかなわず、ツルは空振りに終わる。

    「まず、邪魔なツルを!」

    光の灯った右足を真上に向かって振りぬく。
    爪先の光はそのまま鬼の遥か頭上へと飛び―

    「光は降り注ぐ―」

    言葉を持って拡散、光の散弾と化して鬼の頭上に降り注ぐ。
    光は鬼の身体に容赦なく降り注ぎ、ツルを穿ち、焼き、削ぎ、貫く。
    一瞬にして、身体にあったツルの元となる棘の8割が潰される。
    残った二割の棘からツルを生やし、駆けるレイスに奔る。
    それを阻止せんと最速を無理矢理超え、神速、光速をもってツルを砕き、
    鬼を撹乱、レイスを支援する。

    ―ギシッ
    レイスの前を塞ぐ、ツルを砕き、全ての棘を一時的に沈黙させたところで、
    自身に走る鈍い痛みを自覚する。
    このような無茶な速さや動きをした代償として、特に足にかかる負担が激しい。
    しかも、本来、緊急回避などの一瞬で使うこれを連続で使い続けたことが大きい。
    あと一、二度で走ることも出来なくなりかねない。
    気付かれないよう、レイスと鬼の死角となる位置を探す。
    鬼の後ろだ。

    「光は見ることもかなわぬこと」

    再び、目に映る速さを超え、先ほどとは異なり、音も立てぬように停止する。
    ―痛い。
    自分の身体が崩れゆく様な錯覚を感じ、座り込む。
    足に手をあて、呼吸を整え、『力』を使うために精神を集中させる。
    だが、そこで地面に走る異常に気付く。
    ―暖かい?
    それになにやら、何かが動くような振動も感じ取れる。
    視界を上げれば、レイスがツルが消え、手薄になった鬼へと文字通り
    飛び掛っているのが見えた。
    ―まさか。
    地面の暖かさに何かが流れるような感覚、飛んだレイスに後ろから
    見える鬼の足の地面の様子。
    それらが繋がり、危険を察知する

    「―――」

    だが、言葉が出ない。
    言葉を出せば、鬼は自分に気付く。
    そうすれば、振り返った鬼の一撃で無防備に座り込み、満足に走れない私は死ぬ。
    そんな可能性が鎌首を擡げ、言葉を躊躇わせる。
    そんな一瞬のためらいが、絶望的なまでに結果を分けた
    鬼が両の拳をレイスではなく、地面に勢い良く振り下ろす。
    一撃で地面が揺れ、大地の亀裂から水が噴出した。
    それもただの水ではなく、熱湯、まるで間欠泉のごとく勢い良く噴出した熱湯は
    レイスに直撃し、その身体を吹き飛ばす。

    「レイス!!」

    もはや、叫びは悲鳴のようだった。
    吹き飛び無防備なその身体を狙う鬼の腕に声を上げる。
    自分の死すらも一瞬、忘れ、愚かにも自分の存在を知らせてしまった。

    「あっ」

    鬼がレイスから視線を外し、ゆっくり振り向き、こちらを見下ろす。
    刈る者と刈られる者、もはや絶対的な死を予感した。
    弓を引き絞るようにして後ろに引かれ行く鬼の右の拳。
    引き絞られた拳が限界まで行き、次の瞬間、振りぬかれる。
    時間の流れがまるで遅くなったような感覚。
    思考を放棄し、目を瞑って心のなかで、家族にそしてレイスに謝る。
    そのとき空気が動いた。
    身体が凄まじい勢いで吹き飛ばされ、背中から地面に激突。
    衝撃と激痛、しかし生きている。
    身体に痛みと同時に何かが覆いかぶさっている。
    それは鬼の木でも鉄でもない感触と暖かさ。
    そして、その暖かさは徐々に失われつつある。
    それに気付き、信じたくない一心で痛みをこらえ、瞼を開く。

    「―――――あ」

    自身に覆いかぶさり、急速に熱を失いつつあるソレ。
    それは彼だった。

    「レイ・・・ス」

    ―何故、こんなこと?
    ―何故自分なんかの盾に?

    レイスの手には盾にしたのであろう砕けた剣の柄が握られていた。
    柄を握る手も指も砕け、折れ、指が一本も欠けてないのが不思議なぐらいだ。
    血で紅に染まった胸部は痛々しく、肋骨も砕け、内臓も確実に幾つか死んでいる。
    正しく、絶望的な状態だ。
    それでも生きている。
    生きて何かを伝えんとする。

    「・・・逃・・・げ・・ろ」

    血を吐きながら継げる言葉は尚もこちらを案じる言葉。
    死ぬかもしれないのに、何で私を?
    嫌だった、どうしても嫌だった。
    何より嫌だったのは自分を庇って死のうとしているこいつが気力を振り絞って
    笑みを浮かべ、逃がそうとすること。
    こぼれる涙を堪え、レイスの顔に触れる。

    「さあ・・・早く」

    尚も逃がそうとするレイスに向き合い、涙を堪えながら見やる。

    「・・・・答えて。
     あなたは生きたい?」

    だれもが、答えるであろう、あまりにも簡単な問い。
    それを投げかける。
    しかし、それは今のレイスには十分すぎる。
    その言葉にレイスの笑みが、虚勢が崩れ、弱弱しい顔に変わる。

    「生き・・・・・たい」
    「そう」

    泣く様に弱弱しくもはっきりとそう答えたレイスに向き合い、黙って頷き、
    仰向けに倒れふしているその身体に跨ってもっとも重症な胸部に両手を当てるに
    丁度いい位置を確保する。
    時間が無い。
    たぶん自分は愚かなのだろう。
    目の前の少年が何者か知ってるくせに私の最大の秘密を教え、
    全てを任せようというのだから。
    でも、それでも、いいと思ってしまった。
    彼を失うくらいなら。
    ナイフを取り出し刃を逆手に持って振り下ろす。

    「グッ」

    ナイフの突き刺さった左手の甲を見ながらナイフを引き抜く。
    ナイフで貫かれた左手から体力の血が流れレイスの胸へとこぼれていく。
    そして、自分の血で真っ赤にぬれた両手をレイスの両手にそれぞれ当て、
    自分の血を塗りつけるようにする。
    傷口は傷むがどうせすぐ塞がる。
    それよりも目の前の命を救ううのが先だ。

    「陽光は癒しを、月光は救いを」

    自分の力を限界まで引き出し、本来の形で行使するための詠唱。

    「天より振りし幾多の輝きは浄化を」
    「地に在りし煌きは力を」

    手に光が集い、辺りをまばゆく照らしていく。

    「ここに我、代償を手に、光を持って奇跡を願う」

    穏やかな光の中、両手に伝わる目の前の鼓動だけが全て。

    「穏やかなる光、願いを持ってここに降りん」
    「清らかなる光、思いを持ってここに来らん」
    「全てを許そう。傷も痛みも穢れも全てを」

    そして、光が急速広まり散ってゆく。
    消えたか輝きの中、そこには焦点の合わぬ目でこちらを見上げ、
    横たわるレイスの姿。腕も、胸の傷も全てが消え、治癒している。
    成功だ。
    それを確認し、一気に脱力感が来る。
    けれど、ここで倒れることは出来ない。
    まだ、一つだけすることがある。
    手握ったのは神木の護符。
    徐々に暗闇へと落ち行く意識の中、思いを持て言葉をつむぐ。

    「光は剣と化す」

    それに私に残った全ての『力』を注ぐ。
    そして、それが終わると同時、暗闇へと落ちていく。




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■319 / inTopicNo.9)  LIGHT AND KNIGHT 九話
□投稿者/ マーク -(2006/07/23(Sun) 06:31:40)




    ―トサッ
    崩れるようにして倒れ行く少女の身体を起き上がって支える。
    呼吸ははっきりしており、力尽きて気絶しただけだと分かる。
    初め会った時こそ疑っていたが、彼女の素性を聞いてあり得ないと、
    打ち消した、一つの疑惑。
    それが今、証明された。
    ―聖女の奇跡―
    もはや、間違いはあるまい。
    自分を死の淵から救った彼女の力はそれ以外なんだというのか。
    だが、しかし、ならばこそ彼女の存在は異質だろう。
    史上初の異族の『聖女』
    それが知れ渡れば、何が起きるか考えたくも無い。
    何より彼女が危険だ。
    教会が彼女を知れば間違いなく、排除するだろう。
    なのに、教会のものである自分を救った意図は分からない。
    けれど、救われたこの命ですべきことは分かる。
    彼女の手に握られた護符を受け取り、両手で構え、横に振るう。
    そして、刀身が現れる。
    自分の身長の二倍はあろうかという光で出来た刀身の大剣。
    光の刀身ゆえに重量は無いに等しい。
    更に自身の力を込め、刀身に纏わせる。
    神木の柄に光の刀身、切断力の刃。
    それを両手で振るい、腰を落とす。
    距離にしておよそ五十歩先、鬼は動かず、良く見れば自己を修復させている。
    そして修復が終わったのか顔を上げ、咆哮する。
    そして、それを合図に両者が動く。
    重さを持たぬ光剣を両手で握ったまま、一直線にかける。
    身体が軽い。傷は全快どころか、初めよりも調子が良い。
    おそらく、彼女の奇跡が肉体を活性化させているのだろう。
    鬼はその進路を阻むよう何十本もの鉄のツルを奔らせる。

    「でえええいっ!!」

    疾走をやめることなく、号砲とともに、一閃、二閃、三閃!
    一太刀ごとに、ツルを十本単位で砕き、三閃で全てのツルを破砕する。
    砕けたツルが実体を失い、光の浄化能力によって魔素に還っていく小さな
    煌きの中を突っ切り、更に速度を上げる。
    再び、鬼はツルを奔らせる。
    が今度のツルは鉄ではなく、水。
    水のツルは数十本を一つにまとめ、巨大な水の矛と化す。
    巨大な水槍は先ほどの間欠泉同様、その質量と勢いでこちらを吹き飛ばすだろう。
    それに対して剣を上段に両手で構え、目前に迫った水槍に真上から叩きつける。
    衝撃を持って槍は破砕、飛沫と化して散り行く。
    衝撃にやや、速度が奪われるがそれを取り戻すように尚も加速、前へと進軍する。
    既に、距離は二十歩をきっている。
    もはや、数歩先は決着の間合いだ。
    それを向こうも分かっているのだろう。
    今までよりもさらに熾烈な攻めを繰り出す。
    全てのツルをお互いを結ぶ最短距離に走らせる。
    それを高速で振り回す大剣を持って道を切り開く。
    しかし、その物量ゆえに加速は見るも明らかに殺される。
    そこに鬼はツルを走らせながら、その顎を開く。
    そこに生まれる色彩は赤。
    赤き焔が口内に生まれ、吐き出される。
    一度にて三連射。
    自身よりも一回り大きい灼熱の炎弾が続けて吐き出される。
    それを今まで同様、剣の間合いにて打ち砕く。
    ―だが、それは今までと違った。
    切った炎弾は砕き、散ることはなく火の粉と熱を持って刀身とレイスに纏わりつく。
    それは、剣が炎弾を浄化できなったということ。
    そに理由は剣の核となる神木の刀身。
    木と火の関係は生成の関係。
    木は火を生み出すものであり、たとえ、浄化のが念とはいえ、火を消すという事象とはあまりにも矛盾する。
    結果、剣に宿る魔力、魔術の浄化能力が働かなかったのだ。
    それを鬼もまた気付く。
    鬼はその顎から先ほどより小型な、されど無視できぬ規模の火を幾重も生み出し、
    吐き出し続ける。
    繰り出される炎弾を両断しながらも、その熱と火の粉に身体を焼かれ、
    ついに、レイスが徐々に後退していく。
    繰り出される炎弾はバラつきがあるもののレイスの立つ位置とその前方にのみ
    集中している。
    かわすのはおそらく簡単だ。
    それをしないのは単に彼の後ろに眠る存在。
    彼が炎弾を対処せず、そこから離れれば炎弾は全て後ろの彼女に向かうだろう。
    故に、彼女を守るためにもそれは出来ない。
    しかし、このままでは自分が倒れるということも分かっている。
    故に、強引にでも突破する必要がある。
    そして、彼はじりじりと後ずさりながらもそのときを待つ。
    そして、幾ばもなく、そのときは訪れる。
    鬼の火球が止む。
    それも一瞬、鬼は巨大な一撃のためのタメに一瞬、息を吸うために炎弾が途切れる。途切れると同時に、レイスもまた構える。
    剣は右手に、身を屈め、走り出す走者のように、引き絞られた弓のごとく、
    自身の体に力を込める。
    一瞬の硬直、それを破るようにして、鬼が顎に溜まった灼熱を吐き出す。
    繰り出されるは正確無比、一点の狂いもなく直後に続く、高速の焔の五連弾。
    対するレイスは放たれた矢のごとく、地を蹴り、飛ぶ。
    向かうは鬼の顔、炎弾の進む進路を逆より進む。
    衝突―接触した火球を右手より突き出した剣を持って突貫する。
    剣に纏わせた刃を自身のイメージにおいて加工する。
    描くは螺旋、渦巻く刃。

    「あああーーーーー!!!」

    咆哮、叫びを持って、続く焔を一つづつ貫通していく。
    貫かれた火球はその場で飛散し、消えていく。
    しかし、焔の中に飛び込んだレイスは灼熱によりて皮膚を焼いていく。
    それでも、剣も意思も手放さず、炎の中を抜けていく。
    時間にして数秒にもみたず、五つの炎を貫通する。
    そして、その勢いのまま身体を、全身のひねりを持って鬼の胸に剣を突き刺す。
    深々と刺さった剣の先は背を抜け、貫く。
    そこからさらに、剣を引き、その身を両断せんとす。
    しかし、突き刺さった剣はどれだけ力を込めようと微動だにしない。
    剣を縫いとめられその隙に、鬼の両手が動く。
    両の拳で潰そうという動きだ。
    しかし―

    「いや、終わりだ」

    微動だにしない、剣の柄を両手で握り、彼女の名を叫ぶ。
    言葉と共に、柄の先から刀身が消えていく。
    だが、刀身の光は消滅ではない。
    刀身から離れた光は行き場を求め、鬼の身体に進入する。
    されど、その光は浄化の光。
    流れ込む光は鬼の身体を駆け巡り、浄化する。
    しかし、自身が崩壊する中、鬼はその力を振り絞り、拳を振るう。
    浄化の速度よりも振るわれる拳のほうが遥かに速い。
    しかし、それに対する術は無い。
    故に、レイスは自身の手にある剣に全ての力を注ぐ。

    「ーーーーーー!!」

    もはや、これにならぬ、咆哮。
    拳が届く寸前、神木が砕け、光の本流が鬼の身体を吹き飛ばした。




    ッタ―

    「っ!」

    光の本流が止み、支えをうしない地面に叩きつけられる寸でのところで
    着地する。
    と、同時に身体に急激な脱力感が発生する。
    剣を失い、彼女の加護が消えたためであろう。
    今にも崩れそうな足に力をいれ立ち上がり、前を見る。
    視線の先には式神を失うも、顔色一つ変えずたつ男の姿。

    「どうやら、勝負あったようですね」

    そういって微笑し、こちらを見やる。
    確かにもはやこちらに戦う力は残っていない。
    だが、それ絵でもここで負けを認めることは出来なかった。
    闘志をあらわにし、身構え、戦闘続行の意思を見せる。
    しかし、その姿に男は顔を背け笑いを堪える。

    「何が可笑しい」

    分かっている。
    自分でも馬鹿なことをやっていることぐらい。
    しかし、彼の言葉をその思いを斜め上に行くものだった。

    「勘違いしているようですが、勝負あったというのは私の負けだということです」
    「・・・・・・・・えっ?」

    意味を理解するのを数秒かかり、理解したと同時に気の抜けた声が出る。

    「ご安心を、これ以上、光様に危害を加えるつもりはございません」

    とりあえず、敵意は感じられず、手足の力を抜く。
    そして、男の言った言葉の違和感に気付く。

    「光様?」
    「ええ、先ほど、わが師との約束と申しましたが、
     その師とは光様のお父上なのです」
    「なっ!?」
    「驚くのも無理は無いでしょう。
     ですが橘はわが師、ソウゲン様の姓。
     そしてその娘の名は光と名付けられたそうです」
    「では、彼女のことを知ってて戦ったのか。
     何故?」
    「約束です」

    まただ、この男と彼女を結ぶ鍵は、どうもその約束が重要らしい。

    「その約束とは?」
    「私たちとソウゲン様はあるものを求め、この地にやってきました。
     一つは祖国の守りの力を、そしてもう一つは浄化の力。
     蓬莱には元々、瘴気といった魔を払う力を持った者がいました。
     しかし、時代を経てその力は弱まり、今では形だけの存在です。
     故に、いづれ来るやも知れぬ危機のために祓いが必要となったのです」
    「祓い、それはつまり聖女やこの神木の力か」
    「ええ、我らは力を、ソウゲンは祓いを得ることを約束し、この地に
     訪れました。それが約束です。しかし―」

    そこで一度切り、沈痛な面向きで言葉を続ける。

    「およそ十数年前を境にソウゲン様から便りが途絶えました。
     最後にあった連絡は妻と娘が出来たこと。
     そして、あとは娘の名についてだけでした。
     その後の、足取りは掴めず、最近になってようやくソウゲン様の
     死を知りました。
     ゆえに、心半ばで死したソウゲン様の無念を晴らすべく、神木の元へと
     来ましたが、どうやら不要だったようですね」

    そういって、目を向けた先に釣られて目をやる。
    そこには穏やかに寝入り、舟をこぐヒカルの姿がある。

    「聖女の奇跡、ソウゲン様の死もそのためなのでしょう」
    「―どういいうことだ?」
    「ソウゲン様は、教会の手により亡くなられました」
    「―!」

    予想など出来たはずなのに、その言葉に打ちのめされる。
    自分が彼女の父の仇と同じだということに。
    そんな思いに気付かず、男は尚も言葉を続ける。

    「ソウゲン様は既に祓いを得ていた。
     そして、その祓い手により私の最強が砕かれた以上、もはや約束は終わりです」
    「そうか。
     ・・・なぜ、僕に話した?」
    「あなたが、光様に選ばれた故に。
     どうか、光様の下へ」

    そういって、深々と頭を下げてくる。
    言われるまでも無く、背を向け、ヒカルの元へ歩く。
    穏やかな寝顔を彼女を抱えて、歩く。
    歩く先は天に届くかという巨大な木の下。
    彼女を下ろして、その幹に持たれかけさせ、自分も神木にもたれ掛かる。
    ―疲れた。
    一息つくと、直ぐに眠気がやってくる。
    そして、いつしか穏やかに眠りについていた。















    「ううううう」
    「はいはい、唸らない唸らない」

    唸る私とそれをなだめるレイスの姿。
    二人がいるのは木で出来た小屋の中。

    「何で、神木を守った私が軟禁なんかされなきゃならないの!?」
    「まあ、神木周辺への不法侵入は罪に問われるからね。
     軟禁ですんでるだけマシだよ」

    そう、今私はこの小屋にて軟禁されている。
    というのも、神木の付近で派手にやった挙句、レイスが最後に私の光を
    暴走させた所為で大量の光が生じ、それが外から観測されて内部の異常に
    気付いたそうだ。
    丁度の時には私とレイスは戦いの疲れから逃走も出来ず、そのまま捕縛。
    一応、犯人の術者の自供と、捕縛者が教会には珍しい良心的だったのと、
    そして、連れが教会の人間だったということで私のひとまず軟禁という
    処置に落ち着いている。
    そう、一緒にいるレイスはつまり見張りなのだ。

    「ああ、もう。
     まだ、出ちゃ駄目なわけ!?」
    「というか、処置に困ってるんだよね。
     神木を守ったのはいいけど、あいにく君は混血だし。
     一部はそんなのとっとと始末しろといってるけど、他の人には
     無罪放免を唱えている人もいるみたいだし」
    「いつになったらでれるのよ〜〜〜」

    毎日、同じようなことを言ってるため新鮮味が失せたのかレイスの対応が
    おざなりになってきたのを感じる。
    そうこうしてると、何やら外が騒がしい。
    気になって耳をそばだたせると足音と途切れ途切れに声が聞こえてくる。

    『だか・・・・・・っと開・・・・・ら』
    『で・・・・が・・・・・・・・・の・・・定・・・は』
    『これが・・・・・・・の・・・・・・だ。
     とっとと・・・・・よ』

    話し声は三つ。
    会話から判断するに、外の見張りと客が二人といったところか。
    やがて足音が止み、扉の前に何者かが着く。
    そして、勢い良く扉が開き―

    「ヒカルーー!!」

    小さな人影が一直線に猛スピードで突っ込んでくる。
    避けることもかなわず、その猛烈な体当たりを身体で受けることになる。
    もっとも、元々小柄な身体では大した威力にはならなかった。

    「ったた、アスト?」
    「そうだよ〜〜〜」

    そういって胸に顔をうずめ頬ずりしてくるのは数年前まで共に暮らしてた
    妹分の獣人の少女、アスト・テアトリクスだ。
    ―だが、彼女が引き取られた先は・・・
    それを思い出した瞬間、全身の血が引き、慌てて今だ開いたままのドアを見やる。
    そこには想像通りの人影が見える。
    燃えるようなドレスを身に纏った美しき女性。
    まさしく、女傑という言葉が似合いそうなその女性を自分は知っていた。 

    「イッ、イーリス様!?」
    「ふむ、息災な様だなヒカルよ」

    そう、目の前に立つその女性こそが私たちの住まう帝国アヴァロンを治める
    女傑、皇女イーリス・ヴェルヌ・アヴァロン様なのだ!
    そんな大人物と知り合いなのも単に彼女に引き取られたアストのお陰。
    今、思い出しても、知らなかったとはいえ、あのような物言いをして良く首が
    飛ばなかったというものだ。
    正直、もはや、二度と顔を合わすことも無いと思っていたのだが!!

    「あっ、あの、こちらへは何様で?」

    自分でも笑ってしまうぐらい下手に出てるが、これは申し方が無い。
    正直、最も私の中では恐ろしく、苦手な人物として君臨しているのだ。

    「くく、そう怯えずとも良い。
     貴様が神木の事件を解決し、軟禁されてると聞いてな。
     アストたっての頼みで、教会に開放するよう要求したのだ。
     そして、アストがお主に会いたいというが、一人で行かせる訳にもいかずな。
     私もここまでついて来たと言うわけだ」

    なんちゅうことを。
    まあ、イーリス様はそこいらのものより数倍、それこそ私やレイスでもおそらく
    手も足も出ずに負けるような超凄腕の魔法剣士だ。
    誰かに遅れをとるなどということはあるまい。
    弱点といえばアストがそうといえばそうだが、この場合アストは弱点は弱点でも、
    竜の逆鱗だ。
    何かすれば、おそらく生きてきたことを後悔するような目にあうだろう。

    「とにかく、話はついた。
     このような狭い山小屋からとっとと出るがいい」
    「っは、はい」

    慌てて返事をし、早々に小屋を出る。
    数日振りの太陽の光に目が繰らぬがそれさえも心地よい。
    そのまま、歩こうとし、気付く。

    「レイス。どうしたの?」

    そこで立ち止まって進まないレイスに振りかえり、言葉を投げかける。

    「君が解放された以上、もうここに僕がいる意味は無い」
    「え、そうね、だから―」
    「ここってのは、この国にいる意味は無いってことさ」
    「―えっ?」

    一瞬、言ってる意味が分からない。
    この国にいる意味が無いって。

    「もともと、僕はいろんな国を回っていてね。
     そろそろ、別の国を回るとするよ」
    「えっ、あっ、そうなんだ・・・」

    行かないで・・・なんて言えるはずも無かった。
    彼を縛る理由も意味も私には無い。
    その上、彼は私の最大の秘密を黙っていてくれている。
    迷惑をかけるのは嫌だった。

    「このまま行っちゃうの?」
    「いや、準備に丸二日はかかるからね。
     出るのは明々後日の正午の列車になるかな。
     気が向いたらで良いから、見送りに来て欲しい。
     じゃあ」
    「あっ」

    そういって、声をかけるまもなく、レイスは行ってしまう。
    私に何かできることは無いかな?
    ・・・・・・そうだ。

    「あの、イーリス様、少しお願いが―」








    ―シュー

    目の前に蒸気を吐いて鉄の車が止まる。
    この列車が出るまであと五分。
    やっぱり彼女は来なかったか。
    少し、未練だ。
    やがてその未練を振り払うように、列車に乗り込む。
    が、そこに―

    「レイスーーーーー!!」

    名を呼ばれ、振り返る。
    そこには駅まで走ってくる、少女の姿。
    少女は動き出した列車に向けてその手に持った紙の袋を大きく
    振りかぶって投げる。
    投じられた袋を慌てて掴み確保する。
    その様子を見て、袋がしっかり自分の手に掴まれたのを見て
    大きく息を吸い―

    「またねーーーー!」

    大声でそう言った。
    彼女は最後に別れではない再会の言葉を言った。
    それは―

    「期待して良いってことかな」

    そう笑いながら、渡された袋を見る。
    その中にはやや硬い二つの物が入っていた。

    「ははは」

    笑いがこみ上げてきた。
    彼女はこれを作っていて遅れたらしい。
    手に掴まれたのは二つの木の棒。
    柄の形の綺麗に切り揃えられた神木の枝だ。
    その柄には唯一の装飾として彼女の名が加護として彫られている。
    その名を見ながら、彼女の覚えていない彼女との最初の出会いを思い出す。
    それは数年前、自分が学園都市で魔術師を目指したころ。
    瀕死の自分を救った金の髪の聖女の姿。
    それが自分の全てを変えた。
    彼女と共にありたく、彼女の役に立ちたく、彼女を守るために力を望み、
    魔術を捨てて剣の腕を磨いた。
    彼女に会いたく、教会へと入った。
    しかし、教会の聖女は彼女ではなかった。
    諦めていた、しかし、やっと彼女を見つけた。
    両手の剣に誓いを立てる。
    強くなろう、彼女と共にあるために。
    強くなろう、彼女の横に立つために。
    強くなろう、彼女を守れるように。
    強くなろう、彼女の件に誇れるように。






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