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■355 / inTopicNo.1)  誓いの物語 ♯001
  
□投稿者/ 昭和 -(2006/09/30(Sat) 15:29:29)
    2006/10/06(Fri) 10:04:39 編集(投稿者)



    誓いの物語






    「好きじゃ」
    「…は?」

    少年――ロバート=ルクセン、15歳――は、
    目の前の少女から突然言われたことに、目を丸くして驚き、
    その意味を理解し切れなかった。

    「何が?」
    「じゃから、そなたのことを好いておると、そう申しておる」
    「……」

    聞き返してみたが、どうやら、最初に聞いた意味で正しかったようだ。
    それでも、確認せずにはいられない。

    「俺のことが……好き?」
    「そうじゃ」
    「……」

    頷く少女。
    いかにもお嬢様、いや、お姫様といった服装をしており、顔は充分な美形。
    腰まで伸びる艶やかな金髪が、いっそうの美しさを引き立てている。

    冗談を言っているような雰囲気ではないし、何より、真顔で冗談を言うような
    性格でないことは、よくわかっていた。

    ロバートは、ポリポリと頭を掻いて。

    「寝言は寝て言うものだぞ?」
    「寝ているように見えるのか?」
    「見えない」
    「ええい、まどろっこしいヤツじゃ」

    一向に受け入れてもらえないことに対し、少女は業を煮やしたようだった。
    さらにストレートな言葉を口にする。

    「妾はそなたに、愛の告白をしたのじゃ。好きなのじゃ、ロビー」
    「……」

    『ロビー』というのは、彼女が好んで使うロバートの愛称である。
    今のところ、他に特筆して親しい者などいないロバートにとっては、
    唯一の愛称で呼んでくれる相手でもあった。

    そんな彼女から受けた、突然の告白。
    …いや、突然ではない。

    「ここに来て、右も左もわからぬ妾に、1番良くしてくれたのがそなたじゃった。
     今にして思えば、一目惚れだったのやもしれぬ」
    「……」

    2人が出会ったのは3年前。場所は、ブルボン王国の王都バリスの王宮の庭園。
    はっきり言ってしまえば、現在いる場所と同じところである。

    「聞けば、そなたも妾と同じく、人質として参ったそうではないか。
     だからというわけではなかろうが、そなたは妾に良くしてくれた。
     妾のほうも、他に頼れる人物などおるわけも無く、自然と惹かれていったのじゃ」

    他に、親しい者がいない理由。
    それは、2人が共に、この国では余所者。しかも、人質という立場にあるからだ。

    2人とも小国の出身で、他国の脅威に晒されて窮した挙句、王国の庇護を受けることとなった。
    その代償として、半ば強制的に王都へと連れてこられたのだ。

    もちろん、小国とはいえ王族だから、お付きの者がいるにせよ。
    それはあくまで家臣。友人と呼べる者は、お互いにお互いしかいなかったのである。

    かくして2人は、ヒマさえあれば、というか、基本的に勉学など以外の時間はヒマなため、
    1日中一緒にいることが多かった。

    「妾は申したぞ。さあ、返事を聞かせてくれ」
    「…ふぅ」

    真剣な瞳で言う彼女に、ロバートは息をひとつ吐き。
    もう1度、真意を尋ねてみる。

    「本気だな?」
    「無論じゃ。酔狂でこんなことが出来るほど、妾は肝が据わっておらぬぞ」
    「そうか」

    返答は変わらなかった。
    心の中では、「よく言うよ」と思いつつ、ようやく自分も真剣に考え始める。

    彼女の態度と言動を見ていただければ、ロバートの心境も、おわかりいただけるだろう。

    「気持ちは……まあ、うれしい」
    「うむ」

    曲がりなりにも、女の子からの告白だ。
    まったく知らない者からというわけではなく、よく知る相手、
    悪いどころか、少なからずよく思っている相手からのものだ。

    うれしく思わないはずは無い。
    無いのだが…

    問題がひとつ。

    「あのな…」
    「なんじゃ? はっきりせん男は嫌われるぞ」
    「おまえはまだ、10歳だぞ?」

    多少唐突ではあったが、2人が積み重ねてきた年月を見れば、
    納得できる流れではある。
    だがしかし、彼女の年齢というのが問題で…

    目の前にいる少女は、なんとも可憐ではあるが、まだまだお子様なのであった。
    彼の言葉を受けて、少し首を傾げて見上げてくる様子などは、
    まさしく年相応のかわいらしさ。

    「何か不都合でもあるのか?」
    「不都合って…」

    だから、彼女の言葉に、軽くめまいを覚える。

    「愛に年の差など関係ない。そう、本で読んだぞ」
    「ああ、そうですか…」

    脱力して頷くロバート。

    それは、確かに、見てくれとは相反して、置かれた境遇からか、
    精神年齢が異常に高いのはわかるが。(言葉遣いや知識、堂々とした態度など)

    こればかりは、鵜呑みにしていいものやら。
    それに、自分に幼女趣味があるわけでも…

    「して、返答やいかに? レディが勇気を出して告白したのじゃ。
     しかと答えるのが男というものではないのか?」
    「わかったわかった…」

    肉体は10歳でも、心はすでに大人、とでも言いたげに、少女は迫る。
    何か言ってやらねば引いてくれそうにない。

    ロバートはやれやれと肩をすくめる。

    「まあ……いま言ったとおりだよ」
    「はっきりせい。妾は好きだと申したのだから、
     そなたもはっきり口にするのが筋であろう」
    「はいはい…」

    嫌いなわけじゃないし、むしろ好いているわけであるし。
    慕ってくれるのは素直にうれしいし、5年後が楽しみだと思わないでもない。

    「好きだよ、エリザ」
    「うむっ」

    少女――エリザベート=ファン=ベルシュタイン、10歳――は、
    弾けんばかりの笑みを浮かべ、頷いた。

    (問題があるとすれば、エリザの年齢と…)

    もちろん、何も波風が立たないというわけでもない。

    (俺たちが、違う国の王族だということだな)

    年齢も大きな問題だが、もっと大きな問題があった。

    おいそれと、本人同士がいいからと言って、
    勝手に結婚できるような間柄ではないのだ。
    さらには、王国が許してくれるかどうか。

    おそるおそる、ロバートがそのことを指摘すると。

    「構うまい」

    と、エリザベートは一蹴した。

    「戦でも何でも良い。
     要は、そなたが手柄を立て、王国で取り立てられればよいのじゃ。
     そうなれば、もはや人質などと蔑まれなくて済むし、
     社会的地位を確立でき、相応の親も充分納得する。
     どうじゃ、一石二鳥であろう?」
    「……」

    得意げにこう言うものだから。
    さすがに、何も言い返せなかった。

    (そう簡単に行くかっ!)

    そう声に出せたら、どれだけ良かったか。

    「…はあ」
    「期待しておるぞ、ロビー」
    「はいはい…」
    「うむっ」

    満面の笑みで飛びついてきたエリザベートを受け止める。

    まだ、幼さが前面に出てくる様子であるが。
    どこか、満更でもないと思っている自分が、そこにいた。







    <あとがきという名の言い訳>

    パースさんに触発されて書いた。
    反省はしていない。(爆)

    ってなわけで、やっちゃいました完全オリジナル。
    『黒と金と・・・』をほったらかして何やってんだか・・・
    いやね。詰まってるんでね、あっちはね・・・(汗)

    ちなみに、勢いで書いたものなので、どこまで続くのかわかりません。(え?
    ノリでなんとなく書いたものなので、深い展開を期待しないでください(爆!)
引用返信/返信 削除キー/
■358 / inTopicNo.2)  誓いの物語 ♯002
□投稿者/ 昭和 -(2006/10/01(Sun) 14:29:58)
    2006/10/03(Tue) 15:32:38 編集(投稿者)




    「では、誓いの口付けといこうかの」
    「な、なに!?」
    「口付けじゃ、口付け。キス、接吻とも言うがの」
    「それはわかる!」

    わざわざ別の言い方をしなくても、それくらいはわかる。
    違う意味での別の問題があるのだ。

    「また、本気で言ってるのか?」
    「同じことを言わせるな。妾は、冗談でこんなことは言わぬ」
    「……」
    「なんじゃ? また文句があるのか?」
    「文句というか…」

    まったく、このお姫様は…
    普通の思考で接しようとすると、とてもついていけない。

    「夫婦(めおと)になるには、誓いの口付けが必要だと聞いたぞ」
    「まあ、そうだけど…」
    「…不服なのか?」
    「ああもうわかった」

    しかも、どこで見聞きしてくるのか、非常に偏った知識ばかりで。
    困ったものである。

    シュンとしてしまい、悲しそうに見上げてくる瞳も、破壊力は抜群。

    「わかったから……ほら、目を閉じろ」
    「うむっ」

    ロバートがそう言うと、エリザはうれしそうに頷いて、勇んで目を閉じる。
    そして、顔を上げて唇を差し出した。

    「………」

    こんなところを見られたら、なんと言われるか。
    ロバートは慎重に周りを窺い、誰もいないことを確かめると。
    少し腰を落として、静かに顔を近づけて行く。

    ちゅっ

    「…な!?」
    「苦情は受け付けないぞ」

    確かに口付けは成されたのだが。
    エリザが声を張り上げたように、彼女が望んでいたものではなかった。

    「口付けといえば、唇にするものであろう。このうつけ!」
    「キスしたことには変わりない」
    「むむむ…」

    そう。ほっぺにチュッっとしただけだった。
    屁理屈で切り抜けるつもりなのか、エリザが怒っても、ロバートは知らん振り。

    すると…

    「…ふえ」
    「あ…」

    むくれていたエリザは、泣き出してしまった。

    「ひ、ひどいのじゃ……妾はただ、そなたのことが好きなだけなのに…」
    「ああ、ああ…」

    こうなると、ロバートに打つ手は無い。
    大慌てで慰めるのと同時に、どうやって切り抜けるべきか、必死に考えた。

    「エリザ、こうしよう」
    「…?」
    「誓いは今のキスでも充分だ。
     本当のキスは、将来、本当に婚礼を挙げるときまでとっておこう」
    「本当に婚礼を挙げるまで…?」
    「ああ。そのほうが、誓いを交わしたというふうに思わないか?
     いわば、そのときまでとっておくという誓いのキスだ」
    「……」

    こう言われると、エリザは少し考えて。

    「……うむ」

    やがて納得したのか、涙を拭いて頷いた。

    「考えてみればそうじゃな。乙女の純潔は、婚礼までとっておくべきじゃ」
    「うんうん」

    良くも悪くも、エリザはまだ10歳。
    取り留めの無い話でも、簡単に納得してしまう。

    切り抜けられてホッとするロバート。

    「じゃが、忘れてはならんぞ。誓いは確かに交わしたのじゃからな。
     そのときになって、シラを切ることなど許さぬ」
    「はいはい」
    「約束じゃからな」

    「エリザベート様〜!」

    そこへ、エリザを呼ぶ声がかかる。
    声のした方向へ目をやると、彼女のお付きである侍女が走ってくる。

    「おお、こっちじゃ」
    「ああ、こちらにおいででしたか」
    「何かあったのか?」
    「何か、ではございません」

    侍女は目の前まで走ってくると、呼吸を整え。
    ジロリとエリザを睨みつけた。

    「まもなく、礼儀作法のお稽古のお時間ですよ」
    「…あ」

    忘れていた、という顔をするエリザ。
    しっかりしているように見えて、そこはやはり、
    年相応のところもあるということだろう。

    「お支度もございます。早くお部屋へお戻りになりませんと」
    「う、うむ。ではロバート、また後でな!」

    エリザはそう言うと、パタパタと走り去って行く。
    侍女も、ロバートに対し一礼して、後を追っていった。

    「ふぅ…」

    嵐が来て、過ぎ去っていったかのごとく。
    ロバートがホッとして、息をついたのも束の間。

    「若もなかなかのやり手ですな」
    「うわっ!?」

    すぐ背後から聞こえた声に、心臓が止まりそうになった。

    「かような幼子まで、若の魅力にメロメロですか」
    「あ、あああああ、アレクシス!?」
    「はい、爺めにございますぞ」

    ビックリして振り返った先に立っていたのは、白髪交じりの男性。
    名をアレクシス=ラントンという。

    本人が言ったように、ロバートが人質となって王都に出向いてくる前から、
    彼に付き従ってきた傳役である。

    そのアレクシスは、ニヤニヤ笑みを浮かべてきた。
    これは、もしや…

    「ま、まさか…」
    「さすがですな、若♪」
    「あああああああああ…」

    バッチリ見られていたと。
    ガックリと脱力してしまうロバート。

    「終わりだ…」
    「何を今さら。
     若とエリザベート殿との仲は、すでに知れ渡っているではないですか」

    ロバートとエリザベート。
    2人の仲の良さは、2人がいつもベッタリであるから、鈍い者でもわかる。
    人質同士だということもあって、話題になることもしばしばだった。

    「だからといって、き、キ…」
    「言葉は悪いですが、お見事なあしらい方でしたな♪」
    「ああぁぁああああぁぁ…」

    その瞬間だけではなくて、そのあとの会話まで聞かれていたのか。
    不覚もいいところだ。穴があったら入りたい。

    「エリザベート殿は純粋な心で言っておられたんでしょうに、若は…」
    「うぐっ」
    「いやあ、はっはっは。将来はかなりのプレイボーイになられますぞ♪」

    あの場を切り抜けたい一心でいたことも、しっかりと見抜かれていた。
    伊達に年を食っていない。

    「純粋も何も、エリザはまだ子供じゃないか…。
     それに将来、俺なんかよりももっと良い、彼女に相応しい相手が現れるさ」
    「子供だ子供だとバカにされますと、あとで痛い目を見ますぞ。
     それがしには少なくとも、心からの本心だと思われますが」
    「……」
    「さすがですな。お父上の若い頃にそっくり…」
    「だあもうっ!」

    ガーッと叫んで、強引に話を変える。

    「そんなことより、いったいなんだ。何か用があったんじゃないのか?」
    「おっと、そうでした」

    ぽんっ、と手を打ったアレクシス。
    出向いた用件を伝える。

    「シャルダン卿がお呼びですぞ」
    「シャルダン卿が?」

    シャルダン卿、ラファエル=シャルダン公爵。
    聡明な人物で、ブルボン王国のナンバー2であり、宰相にして、
    国王ルーイ6世の信頼がもっとも厚い人物である。

    何の因果か、運命だったのか、はたまた気まぐれかはわからない。
    なぜだか彼の覚えはめでたく、何かと良くしてくれている。

    勉学や武道の師匠であるというだけではなく、
    ロバートにとっては、間違いなく、王都に来てからの大恩人。

    「なんだろう…。何か聞いているか?」
    「いや、それがしは何も」
    「そうか」

    自分にも、特に心当たりは無いが。
    呼ばれているのならば、行かなければならない。

    「じゃあ、行ってくる」
    「は。急がれたほうがようござる」
    「ああ」

    ロバートは、足早に、宰相の執務室へと向かった。
引用返信/返信 削除キー/
■363 / inTopicNo.3)  誓いの物語 ♯003
□投稿者/ 昭和 -(2006/10/02(Mon) 15:30:09)
    2006/10/03(Tue) 15:37:56 編集(投稿者)





    ロバートもエリザベートも、人質としては、破格な待遇を受けている。

    普通、人質といえば、軟禁も同然な生活でも文句は言えないところだ。
    しかし、この2人はそんなこともなく、王宮内であれば比較的自由に行動でき、
    教育も望む限りは受けさせてくれる。

    エリザベートが習い事をしているのもそのためであり、無論、
    ロバートもそれなりの教養は身に着けてきたつもりだ。
    また、その努力を、これからも怠るつもりは無い。

    小国である故国、ルクセン王国を存続させることは、自分次第なのだ。
    大きな功績を挙げれば、エリザベートが言っていたように、出世して
    お家の安泰を得ることも可能だろう。

    「シャルダン卿か。俺に何の用だろう?」

    独り言を呟きながら、ロバートは執務室へと急ぐ。

    今の自分があるのは、シャルダン卿のおかげ。
    もし卿がいなかったら、自分に興味を示してくれなかったら、
    とてもとても、まともな生活は望めなかっただろう。

    感謝は尽きない。

    「…急ごう」

    はたして何用なのか、気にはなるものの。
    話を聞いてみないことにはわからない。

    程なく到着した部屋の前で、急いで来たために、少し乱れていた呼吸を正して。
    ドアをノックする。

    「ロバート=ルクセン、お召しにより参上つかまつりました」

    『入れ』

    「はっ」

    ドア越しに返事があって、慎重にドアを開けて中へと入る。
    正面の執務机についている人物を認めて、ロバートは膝をついた。

    「遅れて申し訳ありません」
    「いや、急に呼びだてたのはこちらだ。気にするな」

    大量の書類と睨めっこをしていた人物。
    彼こそが、王国ナンバー2、宰相であるシャルダン卿である。

    見た感じ、かなり若々しい印象を受ける。
    それもそのはずで、当年とって32歳と、そのままの年齢なのだ。

    この年で宰相という重役に就いている手腕は、諸国に知れ渡る。
    国王も彼を全面的に信頼しており、内政、軍備、外交を始めとして、
    国政のほとんどすべてを彼に一任していると言っても過言ではなかった。

    「それで、何でありましょうか?」
    「うむ、こっちへ来い」
    「は」

    卿はそう言うと立ち上がり、脇に置いてあるソファーへと移動、腰を下ろした。
    ロバートは恐縮しながらも、すすすっと中腰で、2メートルほど近寄る。

    だが、卿にとっては、全然足らなかったようだ。

    「かけるがいい」
    「は?」

    なんと、彼の対面のソファーを示すではないか。

    「あの…」
    「構わぬ」
    「…わかりました」

    王都に来て依頼の付き合いになるが、いまだに、卿の考えを把握するまでには至っていない。

    このように、大々的に優しく接するときもあれば、
    部下の失敗がほんの些細な案件でも、怒鳴り散らしたりすることもある。

    幸い、ロバート自身はまだ、卿の大目玉を喰らったことは無いが、
    年若くして宰相の地位にまで上り詰めた天才は、やはり違うと感じるものだ。
    いわゆる『飴とムチ』を使い分けているというのか。

    「お仕事のほうは、よろしいので…?」

    卿の正面に、いわば対等の目線になっているという、非常に名誉ではあるが
    困ってしまう空気に耐えかねて。
    チラリと、横目で執務机を見ながら、そんなことを言ってみる。

    机上には、卿の決済を待つ書類が、山のように積まれてあった。

    なにせ、国王から一切を任されている男である。
    何事も彼の判断を仰がなくてはならず、仕事量が増えるのは、至極当然だった。

    「少しくらいなら構わん」
    「は、はあ」
    「ベルシュタッドの公女とは、その後、つつがなくやっているか?」
    「は? は、はい、それなりに」
    「重畳だ」

    逆に質問を受ける羽目になり、内容も内容で、直前にあんな出来事があったので、
    ドキドキしながら答えた。

    ちなみに『ベルシュタッド』とは、エリザベートの故国の名である。
    正式名はベルシュタッド公国。
    国王ではなく”大公”殿下が治める国なので、彼女のことは”公女”と呼ぶわけだ。

    「あれもなかなか聡明だと聞いている。
     彼女が大公の位に登れば、ベルシュタッドは安泰だろうな」
    「そうですね…」

    大いに同意できることだ。
    あの年で、王族としての気品も知識もすでに持っていると思えるから、
    彼女が父親の後を継げば、ベルシュタッドの将来は明るいだろう。

    そう思いつつ頷きながらも、疑問を覚えざるを得なかった。
    卿は、こんな話をするために、わざわざ仕事を中断させてまで、自分を呼んだのだろうか?

    「ロバート」
    「は、はい」

    本題には、唐突に入った。
    急に名前を呼ばれ、ビクッとして返事をし、居住まいを正す。

    「これを」
    「…? は、はい」

    卿がそう言って差し出したのは、書状であった。
    それも2通。

    一方は、それなりの様式を踏襲した立派な書簡。
    もう一方は、小さく丸められており、いかにも、触れてはいけないような内容ですと、
    言っているような感じを受ける。

    恐る恐る受け取るロバート。

    「読んでみろ」
    「よろしいので? …拝見します」

    許しが出たので、内容を確かめる。
    まずは、立派なほうからだ。

    「…!」

    ロバートの顔色が変わった。
    みるみるうちに青ざめていく。

    「これはっ……父からのっ!」
    「そうだ」

    ロバートの父、ルクセン王国国王であるところのロナルド。

    父からの書状というだけでは、こんなに驚きはしない。
    これまでも、月に1回程度は、継続して手紙のやり取りをしてきているのだ。

    では、いったい何に対して驚いたのかというと。

    「ロナルド国王より我が国へ、援軍を求める書簡だ」

    卿が言ったことに集約される。

    簡単に説明すると、目下のところ最大の敵である、大陸東部のビスマルク帝国が、
    近々、大軍をもって大陸北部に点在する小国群に攻め込むだろうとのこと。
    大陸北部の小国群には、ルクセン王国を始め、エリザベートのベルシュタッドも含まれる。

    自国の軍備だけではとても対抗しきれないから、早急に援軍を要請するという内容で、
    ロナルドを筆頭に、小国群の国主たちによる連署で締められていた。
    元よりこんなときのために、人質を出してまで、ブルボンに従属したのだ。

    「帝国の動きは、完全ではないが、こちらでも掴んでいる。
     大規模な軍事作戦を控え、準備を進めていることは確かなようだ」
    「閣下!」
    「慌てるな」

    これが事実だとしたら、故国最大の危機である。
    一刻も早く援軍を、と言うつもりで叫んだが、卿に止められた。

    「なぜですか!」

    ロバートには、援軍を送ることをもったいぶるように聞こえて、
    さらに声を荒げる結果になる。

    「我が故国、ルクセン王国は、ブルボン王国に従属しました。
     ルクセンが危機に陥ったときは、ブルボンが全力で支援するという約束であったはず。
     また、その証が私であるはずです。それなのに、なぜっ!?」

    国の安全と引き換えに。援軍の保証と引き換えに。
    人質として、自分がやって来ている筈だった。
    もちろん、裏切って、他の国へと付かないようにするための保険でもある。

    「落ち着け」
    「故国の危機に黙っていられるほど、私は人間が出来ておりません。
     また、そう教えてくれたのは他ならぬ、閣下ご自身であります!」
    「わかっている」

    激昂するロバートに対し、シャルダン卿は、眉ひとつ動かさず。
    冷徹とも取れる声で頷いた。

    「きちんと説明するから、もう1通の書状にも目を通せ」
    「…わかりました」

    憤懣やるせない気持ちは多々あれど、どうにか気を静めて。
    言われたとおりに、もう1通のほうも読んでみる。

    すると…

    「…!!」

    さらなる衝撃があった。

    「そ、そんな……まさか……」

    わなわなと震える身体。
    声すらも震えている。

    それほどの衝撃を受ける内容が、そこには記されていたのだ。

    ロナルド国王を始め、小国群の国主たちは、軒並みブルボンを裏切り、帝国に付いた。
    ついては、近いうちに、ブルボン領に侵攻する用意があるので、貴国も動かれたし…

    ビスマルク帝国の皇帝ビスマルク4世が、イング王国のジョージ王へと宛てた密書である。

    「これは……どこで?」
    「昨日、カルーの港にてひっ捕らえた怪しげな男が持っていたそうだ。
     先ほど早馬でもたらされた」
    「カルー…」

    カルーは、ブルボン王国最北部にある港町で、
    海を挟んだ対岸には、書状の宛て先イング王国がある。

    信憑性が上がった。
    だが、しかし…

    「で、ですが、こちらには、父たちからの書状が…」
    「ああ」

    方や、ブルボンを信じて援軍を乞う書状。
    方や、ブルボンを裏切って、帝国側に付くという書状。

    どう考えても並立しない、おかしな内容だった。

    「謀略という線が強い」
    「謀略…」
    「ああ。偽情報を流し、我らの結束を乱そうという手だろう。
     あの傲慢皇帝のやりそうなことだ」
    「このことを、国王陛下には…?」
    「いや、まだだ」
    「……。閣下!」

    国王にはまだ知らせていない。
    そのようなことを、なぜ第一に自分へ伝えたのか、という疑問を抱く前に。

    「私に兵をお与えくださいっ!」

    ロバートは動いていた。
    卿に向かって頭を下げる。

    「故国の危機となれば、ジッとしているわけには参りません。
     それに、こんな日のために、今日までの15年間、修練を重ねてきたつもりです。
     どうか私に兵を!」

    「……」

    シャルダン卿は、相変わらず表情を変えないまま、ロバートを見据えている。

    「お願いします! 謀略だろうと、謀略でなかろうと、
     帝国が攻めてくるというなら、みんなまとめて討ってみせます!」

    「よく言った」

    うむ、と大きく頷いたシャルダン卿。

    「その決意を、国王陛下の前で、もう1度述べる覚悟はあるか?」
    「もちろんです!」
    「うむ。では、陛下のもとへ参ろう」
    「あ、ありがとうございます!」




    彼らは、即刻、国王ルーイ6世に目通りを願い。
    国王の御前で、ロバートはもう1度、己の決意を述べて見せた。

    手に入れた密書は、信憑性に欠ける。
    また、小国群からの援軍要請も来ていることから、謀略である可能性が高い。

    そう判断され、国王は出兵を了承。
    ただちに兵が整えられることとなった。

    もちろん、名目上の大将は、ロバートである。


引用返信/返信 削除キー/
■364 / inTopicNo.4)  解説
□投稿者/ 昭和 -(2006/10/02(Mon) 15:38:58)
    *作中に出てくる単語を簡単に説明します。
     以降、必要に応じて追加の可能性アリ。





    ブルボン王国

     大陸の南西部から中央にかけて広がる一大王国。
     国王ルーイ6世、王都はバリス。
     大陸随一の国力を誇る。



    ルクセン王国 

     大陸北中部にある小王国。ロナルド国王、王都ルクセテニア。
     3年前、海の向こうの島国イング王国および
     大陸東部の強国ビスマルク帝国に圧迫され、
     窮した挙句、ブルボン王国の庇護を求めて了承された。
     そのため、ロバートは人質として差し出されることになる。



    ベルシュタッド公国 

     大陸北東部の小国。国王とは言わず、大公が統治する国。ベルシュタイン大公。
     国都ベルシュテイン。
     ルクセン王国とほぼ同時期に同様の経過を辿り、ブルボン王国に従属した。
     エリザベートを人質として差し出す。



    ビスマルク帝国 

     大陸東部に覇を唱える大帝国。皇帝ビスマルク4世、帝都ボンベル。
     領土欲がすさまじく、領土拡大第一主義を採る。
     また、苛烈な政策で民を締め上げていると噂される。
     帝国軍の行動は凄惨を極め、極悪非道の代名詞ともなっている。
     建国以来、ブルボン王国とは衝突を繰り返してきた。



    イング王国 

     ルクセン、ブルボン王国とは海を挟んだ向かい側にある島国。王都ランドン。
     貿易国らしく多数の船舶を有しており、海戦では帝国軍すら圧倒した。
     帝国とは長年、敵対関係にあったが…

引用返信/返信 削除キー/
■369 / inTopicNo.5)  誓いの物語 ♯004
□投稿者/ 昭和 -(2006/10/03(Tue) 15:36:34)



    「出陣するというのはまことか!?」

    情報はすでに伝播しているのだろう。
    その日の夕刻には、稽古事を終えたエリザベートが、
    そう言いながら飛び込んできた。

    「ああ、本当だ」
    「なぜじゃ? 何故そなたが行かなくてはならぬ…」

    平然と頷くロバートを見て、エリザベートは言葉を失った。

    何せ急なこと。
    それに、彼女の知る限りでは、彼が出陣せねばならないような理由も無かったのだ。

    「ひどいな。手柄を立てろと言ったのはおまえじゃないか」
    「確かに申したが……こうも急だとは……」

    まさしく予想外の出来事。
    言った側からこんなことになるとは、誰も思うまい。

    しかも、ロバートはまだ15歳。
    もちろん戦場に出た経験など無いから、これが初陣ということになる。
    心配するのも当然だ。

    「そなたが選ばれた理由はなんなのじゃ? どこでの戦なのじゃ?」
    「誰にも言わないと約束できるか?」
    「う…うむ」

    そう言うロバートの表情があまりに真剣なので、エリザベートは少し怯んだ。
    かろうじて頷く。

    「まあ、おまえにも関係があると言えばあることだからな。
     話しておいたほうがいいだろう」
    「ど、どういうことじゃ? 妾にも関係があるとは…」
    「帝国が動くらしい」
    「…!」

    エリザベートは、一瞬だけ言葉を失って。

    「そうか……帝国が」

    それだけで納得したようだった。
    賢い彼女のことだから、すでに状況を理解したのだろう。

    「そのうち、おまえのもとにもお父上から文があることだろうと思うが、
     我が父からはすでに…と言っても、国王陛下宛てだが、すでに来ている。
     小国群の連署で、もちろん、援軍を要請する書状だ」
    「うむ…」
    「まあ、そんなわけだ。故国の危機に、ジッとしているわけにもいかない。
     自ら志願して、宰相閣下のお口添えもあり、軍に加えていただけることになった」
    「……」

    頭では理解していても、すぐには表面へ出せない。
    エリザベートは、しばらくそんな状態が続いた。

    「そういうわけだ。おまえも自分の国のことだから、心配する気持ちはわかるが、
     安心しろ。俺が行くからには、なんとしてでも、
     ルクセンとベルシュタッドは守るから」
    「……」
    「エリザ?」
    「……ロビー」
    「うん?」

    やがてエリザベートは、伏せ目がちだった視線を上げ。
    こんなことを言った。

    「妾も行くぞ」
    「はあっ?」

    突拍子も無いことを、言った。

    「妾もそなたと同じじゃ。故国の危機だというのに、黙って見過ごせようか。
     見過ごせるわけが無い。妾も行く」
    「お、おい」
    「そなたからも陛下に頼んでくれ。妾も同行させて欲しいと」
    「ば、バカなことを言うんじゃない!」

    無論、ロバートはエリザベートを止める。

    「なぜじゃ!? どうして止める!」
    「自分の年を考えろ! おまえはまだ10歳で、しかも女だ。
     戦をしに行くんだぞ? 10歳の女子供がいていい場所じゃない!」
    「そなたもまだ15ではないか! 15では良くて、10ではいけないのか!?
     女ではいけないのか!?」
    「だから、俺たちに任せておけ! 心配するな、故国は必ず守る!」

    どうしたことか。
    普段はわがままなど一切言わないエリザベートが、今日だけですでに2回。

    それだけ彼女の想いが強いのだということだろうが、これだけは譲れない。
    第一、許可が下りるはずも無い。

    「わかってくれ」
    「ロビー…」

    だから、説得するにはかなりの骨を折ったが、
    彼女もそれがわからない馬鹿ではない。
    最終的には、説得を受け入れた。

    だが…

    「妾は今日このときほど、己の生まれを嘆いたことは無い」

    こう言うエリザベートの顔は、実に悔しく、悲しそうで。
    涙こそ見せなかったが、彼女のこんな顔を見たのは、初めてだった。

    「もう少し早く生まれておれば……女ではなく、男に生まれておれば……」
    「エリザ…」
    「ロビー、すまぬ。お国存亡の危機だというのに、
     妾は何も出来ないようじゃ。許してくれ」

    同じ人質である身。同じく、故国の危機に見舞われているもの同士。
    一方だけが出陣し、一方だけが出陣できない悔しさ。
    まるで、神の前で懺悔するかのようなエリザベートであったが

    「いや、それは違うよエリザ」
    「…?」

    ロバートは、彼女の頭の上にぽんっと手を置いて。
    微笑みを称えながらこう説いた。

    「もう少し早く生まれていたら、俺と出会わなかったかもしれない。
     人質となるのが別の人物だったかもしれない。
     それに、男に生まれていたら、俺と結婚できないぞ?」
    「……」

    予想だにしない切り返しだった。
    目をしばたたかせるエリザベート。

    「なにより、何も出来ないなんてことは無い。
     無論、死んでくるつもりなんて無いからな。
     生きて帰ってきて、おまえに会うんだ。
     そう思うだけで、力になる。力がみなぎってくる」
    「……」
    「ほら、少なくとも、俺の役には立ってるだろ?」
    「ロビー……。ふふ、そうじゃな」

    笑みが戻った。
    ひとしきりおかしそうに笑うと。

    「そなたという男は……いや、なんでもない」
    「なんだよ? 気になるぞ」
    「なんでもないと言うたであろ」

    吹っ切ったようだ。

    「しかし、なんじゃな。
     こうなったからには、そなたには、大手柄を挙げてもらわねば困る」
    「あ?」
    「男爵…いや、伯爵に叙せられるほどの手柄、期待しておるぞ!」
    「ちょ、待っ……いきなり伯爵かよ!?」

    新たに貴族に任じられるだけでも、大いなる名誉、茨の道だというのに。
    その上、伯爵の位まで望むか。

    「手柄を立てられるよう、ずっと祈っていてやろう。
     うむ。それで、そなたの手柄は確実じゃ。感謝するように」
    「たいそうなご自信ですこと…」
    「妾ではない。妾はあくまで手助けをするのみじゃ。
     実際に手柄を立てるのはそなたじゃぞ」

    ふふん、と。
    お得意な表情を浮かべて、エリザベートは言い放った。

    「妾の存在は、そなたの力になるのであろう?
     その妾が祈ってやるのじゃ。相乗効果で、2倍、いや2乗の成果が挙がる。
     間違いない」
    「はいはい…」
    「ふふふ」

    満足そうに笑っていたエリザベートは、不意に、表情を引き締めて。

    「…ロビー」
    「なんだ?」
    「死んではならん。絶対に、生きて帰ってくるのじゃぞ」

    本当は、手柄だの、出世などどうでもいい。
    本当に望むことを、心からの願いを、口に出した。

    「婚姻どころか、正式な婚約をもせぬまま未亡人になるなど、妾は嫌じゃ」
    「ああ、わかってる」
    「本当にわかっておるのか?」
    「わかってるよ」
    「本当のほんと――、っ!!!?」

    キリの無い問答が続くかに思われたが。
    ロバートが急にとった行動によって、終止符が打たれた。

    文字通り、”口を塞がれる”格好になったエリザベートは。

    「誓いの証だ」
    「……」

    そう言って笑うロバートに対し、言いたいことがあるものの、
    色々な思いが交錯して、すぐには言葉に出来ない。

    「不満?」
    「……婚姻のときまで、とっておくのではなかったのか?」
    「その婚姻が出来なくなっちゃ、元も子もないだろ?」
    「……」

    顔を真っ赤にして、ぷぅ〜っと頬を膨らませて不満そうなエリザベート。
    せっかくのファーストキスなのに、不意を衝かれたことがお気に召さなかったようだ。

    「嫌だったのか?」
    「そんなはずなかろうっ!」
    「なら、なんで怒ってるのさ?」
    「怒ってなどおらん!」
    「怒ってるじゃないか」
    「怒ってない!」
    「怒ってる」

    そして始まる、不毛な言い争い。

    「怒ってない!」
    「怒ってる!」
    「怒ってない!」
    「怒って――んむっ!?」

    今度も同じようにして終幕が訪れたが、演じる役者が、まるっきり正反対だった。

    「…エリザ」
    「これで納得してやる」
    「そいつはどーも」
    「うむ…」

    半ばジャンプするようにして飛びつき、口付けを交わしたエリザベート。
    そのままロバートの胸の中に収まる格好になった。

    身長差があるので、実際は胸よりもちょっと下になっているが、
    そんな指摘は野暮というものだろう。

    ロバートのほうも、エリザベートの小さな身体をやさしく抱きとめ、
    柔らかな金髪をそっと撫でる。

    「ロビー…」
    「ん?」
    「死んではならんぞ」
    「ああ」

    言われるまでも無い。

    「ロビー…?」
    「うん?」
    「…大好きじゃ」
    「ああ…」

    2人はそのまま、日が落ちて、エリザベートを捜しに来た侍女が
    部屋のドアをノックするまで、ずっと抱き合っていた。
引用返信/返信 削除キー/
■371 / inTopicNo.6)  誓いの物語 ♯005
□投稿者/ 昭和 -(2006/10/04(Wed) 16:19:28)




    王宮の2階テラスからは、壮観な眺めを見ることが出来た。
    眼下に広がる広場に、これから出撃する兵たちが、整然と並んでいるのだ。

    その数、およそ2万5千。
    大軍だ。

    「陛下。兵たちにお言葉を」
    「うむ」

    シャルダン卿に促され、ブルボン王国国王ルーイ6世は、二歩三歩と歩み出て。
    居並ぶ将兵たちに向け、言葉を述べた。

    「我がブルボンの精強なる兵士諸君。時は来た!
     こともあろうに、ビスマルク帝国は、北部の国々へ侵略を開始しようとしている。
     親愛なる彼らからの要請を受け、我が王国は、ここに討伐軍を発する」

    国王はここで1度言葉を切り、周囲を見回した。
    皆の視線が自分に集中し、聞き入っていることを確認すると、演説を再開させる。

    「帝国、何するものぞ。我が軍は、卑劣なる帝国ごとき一捻りであると確信しておる。
     蹴散らしてまいれ! 以上じゃ」

    オーッ! と一斉に歓声が上がる。
    国王は満足して手を振り返すと、内部へと引っ込んでいった。

    代わってシャルダン卿がこの場を取り仕切ることになり、
    いくつかの通例儀式をこなして、いよいよ出陣のときとなった。

    「ロバート」
    「はっ!」

    ほぼ真下にいる、精悍な若武者に声をかける。
    真新しい鎧に身を包んだロバートだ。

    有能な将軍が何人か揃っているとはいえ、今回の総大将はロバートだ。
    シャルダン卿の意外なほどの理解と、ゴリ押しがあったからに他ならない。

    「期待しておるぞ」
    「ははっ、承知つかまつりました!」

    恭しく膝を折り、頭を下げるロバート。

    「では若、参りましょうぞ」
    「ああ」

    隣にいる傳役アレクシスにそう言われ、ロバートは颯爽と立ち上がる。
    そして

    「出陣だっ!」
    「オーッ!」

    号令一番。
    彼の合図ひとつで、ブルボン軍2万5千は、王都を進発した。





    「ロビー…」

    その様子を、エリザベートは、自室から見ていた。
    部屋の位置が、広場をちょうど見ることの出来るアングルなので、
    窓際に立って、今まさに広場から出て行く様を、窓に手を当てつつ見送る。

    「無事に戻ってくるのじゃぞ…」

    本当は、間近まで行って、直接言ってあげたかった。
    だが、もちろん女子供が入っていける場所、空気ではなく、泣く泣く断念したのだ。

    とはいえ、言うべきことはすでに言ってあるし、気持ちの整理もつけている。
    なのに心がこうもざわめいて仕方が無いのは、単に、自分が幼いせいなのだろうか。
    それとも…?

    エリザベートにはわからなかった。

    「姫様」
    「…ん」

    侍女の1人が、彼女の背後から声をかける。
    国元から一緒にやってきた、もっとも信任の厚い侍女だ。

    一緒にやってきたものと、現地のものとの違いは、エリザベートに対する呼称でわかる。

    付き従ってきた侍女は、あくまでベルシュタイン公が主君であり、ベルシュタッド公国の家臣。
    だから彼女のことは主君の娘、『姫様』と呼ぶ。

    一方、現地採用の侍女は、ブルボン王国に仕える者だ。
    姫様といえばブルボンの王女ということになり、決してそのようには呼ばない。
    たいていは名前に様付けで呼んでいる。

    「そのようなお顔をなされていては、ロバート様の決意と武勇も鈍ろうというもの。
     元気を出されませ」
    「……今の妾は、そんなに酷い顔をしておるか?」
    「はい」
    「…そうか」

    振り返って尋ねるエリザベートだったが、侍女の言葉はもっともだった。
    無理やり表情を作ろうとしてみるが、上手くいかない。

    「むぅ…」
    「姫様、そう難しくお考えになられることもありますまい。
     姫様はロバート様に、ご武運があるよう、お祈りすると約束されたのでしょう?」
    「うむ」
    「ならば、他のことなどお気になさらず、ロバート様のことだけお考えになられませ。
     おそれながら、雑念が入りますと、お祈りの効果も薄れてしまうのではないかと」
    「…確かにそうじゃな」

    ひとつふたつと頷いたエリザベート。
    彼女の中でも、踏ん切りがついたようだ。

    「妾がこんなではいかんな。そなたの言う通りじゃ」
    「畏れ入ります」
    「うむ」

    再び、視線を窓の外、広場へと移す。
    すでに先頭を行ったロバートの姿は無いが、続く兵士が続々と行進して城から出て行く。

    「妾もがんばるから、ロビーはもっとがんばるのじゃぞ」

    こう言うエリザベートの顔には、笑みがあった。

引用返信/返信 削除キー/
■374 / inTopicNo.7)  誓いの物語 ♯006
□投稿者/ 昭和 -(2006/10/05(Thu) 17:28:52)




    王都を進発したブルボン軍は、順調に進軍を続け。
    ルクセン王国の王都ルクセテリアへと迫っていた。

    「アレクシス。あとどれくらいでルクセテリアへ入れる?」
    「そうですな…」

    馬上から、隣を行くアレクシスへ尋ねるロバート。
    少し思案したアレクシスは

    「このあたりまで来れば、明日にも」
    「そうか」

    行軍速度と残り距離を素早く計算して、無難な数字を答えた。

    「帝国軍の動きはどうだ?」
    「最新の報告では、我らの動きを機敏に察知し、急ぎ軍を発したそうにございます。
     若、先手を取れましたな」
    「ああ」

    とりあえず、帝国に先んじて、軍事行動に入ることには成功したようだ。
    ブルボン王国の優秀な諜報網のおかげである。

    逆に、帝国は焦っていることだろう。

    謀略を仕掛けてくるくらいだから、今回の作戦には本腰を入れているはずだ。
    先手を奪われたと知り、慌てている様が容易に想像できる。

    となると、どうしたものだろうか。

    「ふむ…」
    「若?」

    難しい顔で考え始めたロバートに、アレクシスは首を傾げた。

    「何かご懸念でも?」
    「あ、いや、そうじゃない。ただ…」
    「ただ、なんでございます?」
    「当初は、進撃してきた帝国軍を迎撃するという目算だった」

    今回、仕掛けてきたのは帝国のほうである。
    進撃度合いでは帝国を上回る結果となったが、こちらはどこまで進出するべきか。

    迎え撃つという算段なら、帝国領へは入らず、誘い込む動きをするべきだ。
    逆に先手を取れたことで、こちらから進撃して行くという選択肢も生まれた。

    「帝国との国境付近で待つべきか、それとも、勢いに乗って帝国領へ侵攻するべきか…」
    「うーむ、難しいところですな」

    これには、アレクシスも唸ってしまった。
    現段階で決めるのは難しい。

    「このまま勢いに乗じて、と申し上げたのは山々なところでござるが…
     帝国軍の規模が判然としない限り、敵領に分け入るのは、少々危険だという気もしますな」
    「ああ。だから迷っている」

    こちらも2万5千という大軍ではあるが、帝国軍の諜報力もバカには出来ない。
    それなりの軍勢を差し向けてきた場合、勢いに任せて進撃すると、
    正面から受け止められる格好になる。しかもそこは敵地。
    その上、敵兵力が自軍を上回っていたとなれば、致命的な失態となる。

    「まあ、我らだけでは決められますまい。
     もうしばらくすれば、もっと詳しい情報も入ってくるでしょうし」
    「そうだな」

    今、この場で決める必要も無いわけだし、とりあえずは優位に立っているのだ。
    急ぐことはあるまい。

    「しかし、帝国を出し抜けたのは良かった。
     ルクセンはともかく、何よりベルシュタッドが心配だからな」
    「そうですな」

    先手を奪えたことの1番のメリット。
    それは、エリザベートの故国、ベルシュタッド公国をいち早く救うことが出来る、
    ということだろう。

    ベルシュタッドは、大陸北部に存在する小国群の中では、もっとも東側に位置している。
    詳しく説明すれば、国の並びは西から、
    ブルボン王国、ルクセン王国、ネーデル共和国、ベルシュタッド公国。
    その向こうはビスマルク帝国だ。

    いわば、最も早く帝国の脅威に晒されるのがベルシュタッド公国である。
    先に動けたということで、ベルシュタッドへの帝国の侵攻は、防げたと言ってよい。
    敵が来ているというのに、わざわざ他の国へ攻め込むことも無いだろう。

    この北部小国群の中で、唯一、ネーデル共和国だけが、いまだ中立を保っているが、
    今回の戦いで帝国を打ち破れば、ついに日和見をやめて、こちら側へと転がり込むかもしれない。

    そうなれば一石二鳥。
    海の向こう側イング王国も、帝国とは敵対関係にあるので、帝国包囲網が完成する。
    帝国の滅亡も時間の問題となろう。

    「今回の戦で勝利できれば、大陸の趨勢はほぼ決まりですな。
     若、エリザベート殿の申されていたことも、夢物語ではなさそうですぞ。
     いや、それ以上のことになりますぞ」
    「は?」
    「勝利すれば、ネーデルはブルボンになびき、帝国はがけっぷちに追い詰められる。
     望み得る限りの結果ではありませんか。その功績は、若、あなたのものになるんですぞ」
    「う、うーん?」

    確かに、名目上とはいえ、総大将はロバートなのだ。
    最大の功績者となってもおかしくない。むしろ、自然の流れ。

    「将来的なルクセンの安定だけでなく、若のブルボンでの評価も劇的に変わりましょう。
     宰相閣下は若のことを買っておられるようですから、もしかしたら…」
    「もしか、したら…?」
    「次期宰相候補、なんてことにも」
    「い、いやいやいや、さすがにソレは無いだろ」

    驚いて否定するロバートだが、まったく可能性の無い話ではない。

    普通は世襲で継がれていきそうな役職であるが、ブルボンのシステムは違うのだ。
    実力のあるものが実力で這い上がることも可能であり、その典型が、シャルダン卿である。

    卿は、片田舎の貧乏貴族であったのだが、その才気で瞬く間にのし上がり、
    あの若さで頂点を極めたのだ。

    「それに、俺なんて、まだまだ若輩もいいところだ」
    「いやいや。宰相閣下も、あの若さで宰相なんですぞ」

    シャルダン卿が宰相に就いたときの年齢は、驚く無かれ、26歳である。
    前代未聞の若さだった。

    「もちろん、今すぐという話ではありませんがな。
     今回の戦に勝利して、帝国に引導を渡す役目を仰せつかることが出来れば!」
    「……」
    「10年後。若が25歳となられたときには、本当に宰相になっているかもしれませんぞ!」

    1人で盛り上がるアレクシス。
    すでにその姿を思い描いているのか、恍惚としていた。

    「いくらなんでも…」
    「ご謙遜めさるな。
     26歳という前例があるのだから、1歳くらい若くても文句は出ますまい。
     いま言ったことが実現すれば、本当にありえますぞ!」
    「はいはい…」
    「いやあ、楽しみですな。これは長生きする必要が出てきましたわい。
     若が宰相になられる姿を見るまで死ねませんな。カッカッカ!」
    「わかったわかった…」

    付き合っていられない。
    適当にあしらうことに決めたロバートだったが、希望が無いわけではない。
    それどころか、明るい限りのわけで。

    (まだ始まってもいないけど、エリザの期待に、少しは応えられるかな…)

    漠然とそんなことを思っていたりする。

    (がんばらなきゃな……うん!)

    決意も新たに。
    さらなる力が湧いてきたような気がした。

    そんなとき…

    「ご注進ーーーーっ!!」

    「…!」

    前方から、早馬が駆けてきた。

    「何事だ?」
    「早馬のようでございますな」

    先頭を行っているから、嫌でも目にする。
    早馬を駆ってきた男は直前で下馬すると、2人の前に跪いた。

    「申し上げます!」
    「ああ」

    この報告が、激震をもたらすことになろうとは。

    「ルクセテリア炎上っ!」
    「…は?」
    「なんじゃと!?」

    あまりのことに、ロバートは目をしばたたかせつつ、唖然とする。
    すぐに反応できたアレクシスが、むしろ老練の強者ということだろう。

    「詳しく申せっ!」
    「はっ!」

    アレクシスが尋ねると、伝令は説明する。

    「数刻前のことでございます。突然、街中の至る所から火の手が上がりました!
     すぐに消火作業に入りましたが、なにぶん出火個所が多くて風が強く、未曾有の大火と…」
    「むむむ、なんたることじゃ! して?」
    「は…。炎の一部が城にも飛び火し、街と同じく、城内もすべからく混乱状態に陥り…
     その最中、国王陛下は……うっ、うっ……」

    話している途中で、伝令の男は泣き出してしまった。
    いかにも不吉な言葉の切れ方。

    「父上? 父上がどうしたっ!?」
    「答えぬかっ!」
    「は……ははっ!」

    さすがに、国王の身に何かあったのではと推測することは出来る。
    ロバートもアレクシスも叫んだ。

    「混乱の最中、陛下は……ロナルド国王は、何者かの手により……」
    「こ……殺された、とでも言う気じゃあるまいな…?」
    「うぅぅっ…」
    「ま、まさか…」

    再び泣き崩れてしまう伝令。
    よく見ると、ブルボン軍の兵士ではなく、懐かしいルクセン王国の軍装姿だ。
    それだけに、居た堪れない気持ちになってしまったのだろう。

    「父上が…? 父上が殺された?」

    ロバートは茫然自失。
    急にそんなことを言われても、実感などまるで湧いてこないし、
    夢の中にいるような気分である。

    「は……ははは。何を言ってるんだ。そんなはず…」
    「若っ! しっかりなされいっ!」
    「っ…」

    思わず錯乱しそうになる彼を、アレクシスの怒声が押し留めた。

    「情報に踊らされてはなりませぬ!」
    「だ、だが……現にこの者は……格好もルクセンのものだ…」
    「例えそうだろうと、今、この情報だけで判断するのは早計でございます!
     情報自体が欺瞞工作だという可能性もありますぞ。
     帝国の謀略だったらなんとなさりますか。
     まずは、急ぎルクセテリアへ赴き、事の真偽を確かめるのが寛容かと存ずる!」
    「……。そうだな」

    言われてみれば、その通りだという気もする。
    この場で判断するのは危険だ。

    「なんと申されますっ!」

    ロバートが頷くと、泣いていた伝令の男が顔を上げ、
    心外だとばかりに反論してきた。

    「私がウソ偽りを言っていると!?」
    「いや、そうではない。決しておぬしを疑っているわけではないが、事が大事すぎる。
     すべては確かめてからじゃ」
    「は…」

    アレクシスの言葉に、しぶしぶ引き下がる。

    「そうとなれば若。一刻も早く、ルクセテリアへ参りましょうぞ!」
    「しかし、曲がりなりにも、俺は大将だ。
     一時的にせよ、無断で軍を離れるわけには…」
    「ならば、軍のほうはいったんナポレ将軍にお任せし、指揮を執っていただきましょう」

    ナポレ将軍は、シャルダン卿が付けてくれた、ブルボンでも指折りの将軍である。
    次席指揮官として、また、目付け役として、この遠征に同行していた。

    「事情を説明すれば、おわかりいただけるはず。さあお早く!」
    「わ、わかった」

    すぐに、ナポレ将軍のもとへ説明に訪れる。
    彼は怪訝そうな顔をしたが、国元を思う気持ちは彼にだって存在した。

    了承してもらうと、ロバートとアレクシスは軍列から離れ、
    将軍が付けてくれたわずかな護衛と共に、
    一目散にルクセン王国の王都ルクセテリアを目指した。


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■375 / inTopicNo.8)  誓いの物語 ♯007
□投稿者/ 昭和 -(2006/10/06(Fri) 09:43:08)



    2時間も駆けると、元々が小国なため、ルクセテリアの入口へと差し掛かる。
    近づくに連れ、明らかな異常が認められてきた。

    「北の空が、赤い…?」
    「これは…」

    前方に視界が開けたところで、地平線上の空が、赤く染まっているのを確認した。
    その周辺が、なにやら黒いぼうっとした影に覆われているのも見える。

    夕焼けではない。
    まだそんな時間ではないし、第一、西ではなく北の空だ。ありえない。

    続けて、風の異常。

    「…なんだか焦げ臭くないか?」
    「そう、ですな。風が吹き抜けていくたびに、少しずつ…」

    現在の風向きは、北。
    ルクセテリアがある方向…

    「……」
    「若…」

    これ以上ない物証だ。
    疑念が確信へ変わっていく。

    「っ…」

    「若! 追うぞ!」
    「はっ」

    1人で駆け出していったロバートの後を、急いで追う。
    あの伝令が報告したとおりだとすれば、単騎で行かせるのは危険すぎる。

    なにせ、国王が暗殺されたというのだから。
    街、および城内の混乱状況は、火を見るより明らかなのだ。

    賊が出ないとは限らない。
    むしろ出くわすかもしれない。

    そもそも、何者による仕業であろうか?

    時期が時期だけに、帝国の手によるものだと考えるのが、もっとも自然だろう。
    潜入した工作員によって、街中の複数箇所に放火され、生じた火事によって
    城内外が混乱しているところで、国王を暗殺したものと思われる。

    「父上ーっ!」

    叫びながら馬を走らせる。

    順調に行けば、早ければ明日の昼前には、3年ぶりに再会できるはずであった。
    それが、よもや、こんな形になろうとは。

    町に近づいて行くに連れ、はっきりとしていく輪郭。
    もう城門などが見えるほどだが、そのため、伝令の言っていたことは真実だと、
    そう考えるほかに手段が無いことも事実である。

    街にはいまだに火がくすぶっているのか、黒煙がそこら中から上がっていた。

    「父上、いま参りま――っ!!」

    城門が大きくなってきた。
    くぐるのは間近だという、そのとき。

    風切り音がすぐ脇を通り抜けていき、ロバートは驚いて馬を止めた。

    「矢…?」

    はっきりと見えたわけではない。
    だが、自分の顔のすぐ横を通り抜けていったものは、そのような形状をしていた。

    「ブルボン軍が来たぞ!」
    「それ、やっちまえ!」
    「おーっ!」

    「!!」

    同時に、城門の上に複数の人間が現れる。
    彼らはそう声を上げると、弓矢を引き絞って、自分に狙いを定めている。

    「っ…。ハイっ!」

    ロバートはすぐに馬首を返した。

    冗談ではない。
    援軍にやってきたのに、なぜ攻撃を受けねばならないのか。

    「なんだ……いったい何がどうなってるんだよっ!」

    半ば泣きわめきながら、命からがら来た道を戻る。

    「若!」
    「ご無事で!」

    程なく、追ってきたアレクシスたちと合流。
    様子がおかしいことを尋ねてきたので、たった今、見聞きしてきたことを説明した。

    「なんですとっ!?」

    無論、アレクシスは仰天する。

    「攻撃を受けたですと? 援軍に来た我々に攻撃…?」
    「なあ、アレクシス。ルクセテリアは……ルクセンは、どうしちゃったんだ……」
    「……」

    唐突なありえない事態に、アレクシスも、とんと考えあぐねたが。
    頭の片隅に残っていた情報を引き出すことに成功した。

    「そういえば…」
    「アレクシス?」
    「ロナルド国王が、ブルボン王国に与すると決定なされて以降、国内各地には、
     その決定を良しとしない連中がのさぼり始めたと、風の便りに聞いたことが…」
    「なんだそれは……俺は初耳だぞ……」
    「それがしも、噂を耳にしただけでございますれば…」

    人質に来て、国元の情報が手に入ることは少ない。
    手紙のやり取りをしていても、人質に行っている相手に対して、
    わざわざ不安にさせるようなことを書いてよこすだろうか。

    「まさか…」

    そしてたどり着く、ひとつの仮説。

    「その連中が徒党を組んで、テロを、いや、クーデターでも起こしたとでもいうのか…」
    「ありえない話ではありません。むしろ、タイミングが良すぎまする。
     きゃつらは帝国と手を結び、水面下で積極的に準備を整えていたという可能性も…」
    「〜〜〜っ…」

    なんということだ。
    この大事なときに……いや、今だからこそ、起こった出来事か。

    ヤツラも今だから、帝国と手を結び、大それた手に出たのではないか。

    「許せんっ! そんな連中は根絶やしにしてくれる!」
    「お待ちあれ若!」

    これが若さか。
    怒りに任せて暴走しそうになるロバートを、アレクシスらが必死に押し留める。

    「帝国軍が迫っていることをお忘れか! 冷静になりなされ!」
    「…そうだった」

    現実的な脅威が、刻一刻と迫っている。
    ショックなのはわかるが、対応を誤ってはいけない。

    「とりあえず軍列に戻り、ナポレ将軍とも再度、協議せねばなりますまい」
    「…わかった」

    そうして、軍列へと戻る一行。
    報告を聞いたナポレ将軍は、大いに驚き、そして苦慮した。

    「ううむ……。まさか、そんなことになっていようとは……参りましたな」
    「いかがいたしましょうや?」

    意見を交わしているのは、将軍とアレクシスだ。

    将軍の幕僚たちはさすがに分をわきまえているのか、話に割り込んだりはしないし、
    本来は意見を取りまとめるべき立場のロバートも、やはりショックが大きいのか、
    戻ってきた後は魂の抜け殻のようになっていた。

    「レジスタンス、とでも言うべきか…。アレクシス殿。その話は確かなんでしょうな?」
    「なんとも言えませぬが、噂があったことだけは確かなようでござる」
    「ううむ……由々しき事態じゃ…」

    協議は、日が落ち、野営に入っても続けられた。
    そうして、出た結論は。

    「とりあえず、王都には報告しておこう」

    根本的な解決には程遠い。

    「ルクセテリアで休養を取り補給を受ける予定であったが、まるでダメになった。
     無視して進むことも出来ようが、背後からの奇襲を受ける恐れが出てくる。
     かといって、潜伏しているであろうレジスタンスを、すべて見つけて殲滅すること
     など不可能だ」
    「は…」

    取り得る選択肢の幅が、非常に狭いのだ。

    「我らだけでは手に負えん。追加派兵の必要さえ出てくるやもしれぬ」
    「は。して、我が軍はいかがいたしましょうや?」
    「少なくとも、帝国軍に遅れを取るわけにはいかん。
     遅かれ早かれ兵には伝播する。どうしても浮き出しだってしまうだろう。
     そんなところを急襲されでもしたら、一気に敗北、全滅だ。
     先に国境まで進出して態勢を整え、陣を張るべきだと思うが」
    「同感です」

    といっても、ルクセテリアを放置しておくわけにもいかない。
    前後に敵を置くという、最大の愚策だけは避けなければ。

    「ルクセテリアには2千の兵を残していく。
     レジスタンスの規模は、多くても精々数百であろうから、多すぎるくらいであろう」

    ルクセテリアに対しては、ナポレ将軍はこう提案した。
    包囲しておけば、少なくとも、向かっては来られない。

    「外部との出入り口を徹底的に封鎖して閉じ込めておき、
     帝国軍とのけりをつけてしかるのち、突入するなり懐柔するなり、
     適切な策を採ればよかろう。
     我らはルクセテリアだけを見ているわけではない。まずは帝国への対処じゃ」

    現時点では、将軍の案が最善だと思われた。
    ルクセテリアだけではなく、ベルシュタッド公国のことも考えなくてはならないのだ。

    「いかがかな、ロバート殿?」
    「よろしいかと存じます」
    「うむ。では、これでいこう」

    ロバートは同意し、頷いて。
    翌日、ルクセテリアに2千を配置して包囲したブルボン軍は、
    残り全軍を率いて帝国との国境を目指し、進軍を再開した。

引用返信/返信 削除キー/
■377 / inTopicNo.9)  誓いの物語 ♯008
□投稿者/ 昭和 -(2006/10/07(Sat) 13:24:01)




    帝国との国境付近に到着。
    予定通りに、先に陣を張ったのも束の間。

    「急使にござる!」
    「早馬が到着しました!」

    続けて急報が飛び込んできた。
    いずれもが、多大な影響を及ぼすことになる情報。

    まずは、南東方面、帝国領に潜入している工作員からのものだ。

    「な、帝国軍は二手に分かれたと?」
    「しかも、それぞれが2万…」

    こちらに向かって進軍中だったことはわかっていたが、
    詳細な続報がもたらされた。

    帝国軍は、国境の手前にて軍を2つに分け、それぞれ2万の兵力を有する。
    進路は、一方がルクセン。もう一方がベルシュタッドに向かっているという。

    「やられた…」

    これを聞いたブルボン軍は、完全に浮き足立ってしまった。

    帝国軍の動員兵力を見誤り、しかも、二方面作戦だったとは。
    先手を取ったつもりが、裏を掻かれていたわけだ。

    それは動揺しもするが、もうひとつ、知らなくてならない情報がある。
    ルクセン王国北方、海岸を警備している王国軍からの緊急通報だった。

    「なにっ!」

    こちらのほうが、まったく予期していなかったことどころか、
    絶対にありえないと思っていたことだけに、衝撃は大きかったかもしれない。

    「イング王国が帝国に付いただって!?」
    「なんと…!」

    こんなに驚くことは他に無い。
    集まった幕僚たちは、総じてショックを受けていた。

    「バカな、あのイングが帝国に…?」
    「敵対関係であったはずだ…」

    誰かがポツリと呟いたこと。
    これがまさしく、今まで知られていたことなのだ。

    海を挟んだ向こう側の島国イング王国と、ビスマルク帝国は、
    100年の長きにわたって敵対関係であり続けてきた。
    最近こそ目立った動きは無いが、7年前に、両国は熾烈な海戦を戦っている。

    嫌悪な関係であることは誰もが知っていた。
    その両国が結ぶことなど、誰が想像できよう。

    「本当なのか…?」
    「沖合いにイング軍船が現れ、警備隊に向かって射撃してきたそうにございます…」
    「まことか…」

    証拠も挙がってしまった。
    疑う余地は無い。

    イングと帝国は、同盟を結んだ。

    「……」

    「将軍! これは一大事ですぞ!」
    「うむ…」

    若さゆえか、まだショックから立ち直りきれないロバートに代わって、
    アレクシスがナポレ将軍と話し合う。

    「イングが帝国になびいたとは、いまだに信じられんことではございますが…」
    「うむ。信じないわけにはいくまい。至急、対策を講じる必要がある」

    このままではまずい。
    下手をすると、挟撃される恐れがある。

    「どうやら威嚇射撃だけで済んだようだが、
     いつ、イングの本隊が押し寄せてくるかわからん」
    「はっ」
    「陣を引く。ルクセテリアまで戻って、イングの動向を見極めつつ、
     侵攻してくる帝国軍を懐まで引き入れて、全力で迎え撃つしかあるまい」
    「そうですな…。王都への援軍要請は…」
    「無論、必要だろう。帝国軍の規模が4万以上だとは予想していなかった。
     我らだけでの対処には限界があるやもしれん」

    幕僚たちも頷いて、決まりかけたとき。

    「では、そのように――」
    「待ってください!」

    決定に異を唱えるように、口を挟む人物。

    「…何か? ロバート殿」
    「ですからちょっと待ってください!」

    ロバートだった。
    つい今まで呆然としていた様子とは打って変わって、火の出る勢いで抗議する。

    「何かご不満でもおありかな?」
    「ベルシュタッドは……ベルシュタッド公国はどうするんですっ!」

    このまま陣を引くことは、すなわち、ベルシュタッドを見捨てることを意味する。
    ベルシュタッドへ軍を向けることが、事実上、不可能になるからだ。

    軍を向けなければ、帝国軍のベルシュタッド入りを阻止することは出来ない。
    もちろん、ベルシュタッド単独で帝国に抗う力は、当然ながら無い。

    「私たちが引いてしまったら、ベルシュタッドは、帝国軍に蹂躙されてしまうっ!」

    ロバートは必死だった。

    自分たちは、帝国軍の侵攻を阻止する目的でやってきたのだ。
    引くことなどもってのほかであり…
    そしてなにより、エリザと約束した。

    ルクセンもベルシュタッドも、共に守って見せると。

    「では、他の妙策がおありか?」
    「え…」

    対するナポレ将軍の返答は冷たかった。
    見下しすらしている視線で睨みつけ、こう続ける。

    「ベルシュタッドへ行くには、目の前に迫っている帝国軍2万を抜き、
     さらに、ベルシュタッドへ向かったもう2万の帝国軍を破らなければならん。
     対する我らは、ルクセテリアに残してきた兵を含めても、2万5千なのだ」

    2万5千をもって、戦力の拮抗した2万という敵勢を相手に、
    続けて2回、勝利しなくてはならない。
    とても現実的な作戦とは言えなかった。

    「運良く、2つの帝国軍を抜いて、ベルシュタッドへたどり着けたとしよう。
     その場合、立て続けの戦闘で、我々は著しく疲弊していることだろう。そこを、
     さらに帝国軍に襲われればひとたまりもない。ベルシュタッドに行けたとしても、
     そこで待っているのは、援軍がまったく期待できない絶望なのだぞ」

    ベルシュタッドは、ネーデル共和国を挟んだ向こう側のため、
    ブルボンから援軍を送るには、共和国に領内の通過を認めてもらう必要がある。
    中立を決め込んでいるから可能性はあるが、いつ、帝国に転ぶかわからない。

    また、距離的なことや準備を考えても、帝国のほうが有利なのは明白だ。
    こちらの裏をかいたことからしてみても、継戦の準備がより整っているのは、
    帝国だと言わざるを得ないだろう。

    「ここは1度退いて情勢を見極め、向かってくる敵を迎え撃つことに集中したほうが良い。
     確かにベルシュタッドには気の毒だが、まずは襲い掛かってくる眼前の敵を蹴散らし、
     援軍を待ってそれから対処するのが現実的だ。反論はおありか?」
    「……でもっ!」

    「若!」

    なおもしがみつこうとするロバートに、アレクシスも我慢の限界だった。
    怒声を発して押し留まらせる。

    「お気持ちはお察しいたしますが……若は総大将であるのですぞ。
     全軍2万5千将兵の命を預かっているのです。
     ベルシュタッドを守ることも大切ですが、預かった軍勢を守るほうが大切!」
    「だ、だが…」
    「それに、ここで我らが無理をして敗れてしまうことにでもなれば、
     ベルシュタッドどころか、我がルクセンの民すら、極悪非道の帝国軍に
     蹂躙されることになるんですぞ!」
    「………」
    「二兎を追うもの一途を得ず。
     大事の前に、小事を切り捨てねばならないこともあり申す!
     お辛いでしょうが……わかってくだされ」
    「アレクシス…」

    ベルシュタッドの防衛が、決して『小事』だということではないが…

    アレクシスも、ロバートがエリザに約束したことを知っている。
    その手前、非常に辛い立場だろうが、心を鬼にして言い放った。

    究極の選択である。

    無理をしてでも帝国軍を突破し、ベルシュタッドの救援に赴くか。
    いったん退いて態勢を立て直し、ルクセンの安全確保を優先するのか。

    前者を選んだ場合、成功の可能性は非常に低い上、明るい見通しが立つことも無い。
    後者の場合は、帝国軍との戦闘を有利とは言わないが、無難に進めることが出来る。
    その代わり、確実にベルシュタッドが被害を受ける。

    「若…」
    「……」
    「総大将として、ご決断を」
    「……」

    アレクシスは暗に、私情に囚われず、あくまで”公人”として判断するよう促した。
    すなわち、エリザベートとの約束は忘れろ、というのだ。

    (エリザ………)

    ロバートの心中に浮かぶのは、小さなレディの笑顔。
    泣く泣く、断腸の思いで、決断を下した。

    もし、彼女がこの場にいたら、どういう反応をするだろう…

    「……陣を引く」
    「はっ!」

    全員が、恭しく頭を垂れ、それぞれの仕事へと戻って行く。

    「ロバート殿」
    「将軍…」

    消沈しているロバートの肩に、そっと手を載せる人物。
    ナポレ将軍だった。彼は何度も頷いている。

    「ようご決断なされた。この戦の結果いかんに関わらず、
     国王陛下には勇敢で壮麗な大将であったと報告しよう。では」

    将軍はそれだけ言って一礼し、陣払いに加わっていった。

    「………」

    ロバートはその後も、いよいよ陣を引き払うとなったそのときまで、
    そこから動けなかった。

引用返信/返信 削除キー/
■380 / inTopicNo.10)  誓いの物語 ♯009
□投稿者/ 昭和 -(2006/10/08(Sun) 16:04:32)



    イング王国が帝国と和議を結び、同盟したというニュースは、
    王都でも駆け巡り、人々を震撼させた。

    驚いたブルボン首脳は、少し前に遠征軍から届いた、ルクセテリアで起こった異変と併せ、
    御前会議で対応を協議する。

    「各北方方面軍に、海岸線まで進出し、イングの襲来に備えよと下命いたせ。
     火事場泥棒のごとき卑劣なイングを、我が王国領に上陸させてはいかん」
    「はっ」

    「東部戦線は、引き続き、帝国軍への警戒を厳にせよ」
    「ははっ」

    とはいえ、指示を出しているのは宰相のシャルダン卿で、
    国王ルーイ6世は、玉座に腰を落とし、悠然と眺めているだけである。

    良く言えば、家臣の意見を尊重し、自由にやらせている。
    悪く言えば、家臣に任せ切りで、自分は何もしない。

    シャルダン卿が非常に優秀なので、それでも、ブルボンは安泰なのであった。
    …少なくとも、今までは。

    「して、陛下」
    「なんじゃ?」

    会議の途中、シャルダン卿から声をかけられた国王は、
    意外そうに聞き返した。

    「おぬしにすべて任せると、そう言うたであろう?」
    「はい。しかし、国王は陛下であらせられますゆえ、内政ならともかく、
     軍事面では、陛下のご裁断を仰ぎたく」
    「わかった。何に対してじゃ?」

    内政における最高責任者は、システム上、宰相になる。
    もちろん国王の鶴の一声が効かないわけではないが、必ずしも、
    いちいち了解を取る必要は無い。

    しかし、軍の統帥権はあくまで国王にあるため、国王に知らせる必要がある。
    だから、今回の遠征計画も、ロバートを伴って国王の判断を仰いだのだ。

    「遠征軍から、追加の派兵を求める書状が参っております。
     いかがいたしましょうや?」
    「それは、必要なことなのか?」
    「行動を起こした帝国軍の規模が、予想以上に強大だったこと。
     ルクセテリアで起こった反乱のことも含めますと、必要かと存じます」
    「ふむ…。ならば、よきにはからえ」

    国王は了解した。
    だが。

    「しかし、予備兵力がありません」
    「なんじゃと?」

    意外な落とし穴があった。

    「イングの動きが誤算でした。かの国が本腰で攻めてきた場合のことを考えますと、
     現状の兵力配置を崩すわけにはいかないのです。
     かといって、新たに編成している物理的、時間的余裕もありません」
    「むむむ…」
    「イングさえ動かなければ、すぐにでも、数千規模の援軍を派遣できるのですが…
     私の読みが浅はかでございました。どうかご処断を」
    「たわけ。緊急事態だからこそ、おぬしの力が必要なのじゃ」
    「はは…」

    国王の、シャルダン卿に対する信頼は揺ぎ無い。
    彼に代わって頭に立てる人物というのも、皆無なのだ。

    「じゃが、このままではベルシュタッドが危ない。
     頼ってきたものを見捨てるとあっては、我が国の名折れじゃ。
     なんとかならんのか?」
    「そうですね…」

    シャルダン卿は、手元に持っている資料を、パラパラとめくり。
    う〜んと考え込んで。

    「数百程度ならば、どうにか揃えられそうではありますが…
     すぐに集まるのはそれが限界です」
    「むう…。それだけでは、とても戦力にはならんのう…。
     あいわかった。新たな兵の編成を急げ」
    「は」
    「遠征軍には、兵の準備が整うまで、なんとか耐えてもらうしかあるまい。
     ベルシュタッドは気の毒じゃな。預かっている公女になんと申すか…」

    国力随一のブルボン王国も、人や物資が無尽蔵に出てくるわけではない。
    帝国のみが相手ならばともかく、イングまで敵に回ったとなると、
    これまでの戦略や補給計画なども、イチから見直さなければならないのだ。

    今回は、時間的にも物理的にも、充分な支援が出来そうに無い。

    「ロバートには、辛い戦となるのう…」
    「そうですな…」

    先日、決意に満ちた顔で出陣の許しを請いに来た、まだ15歳の少年。
    初陣でいきなりこれとは、同情する。

    結局、御前会議で決まったことは、なにひとつ、
    遠征軍にとって直接助けになるようなことは無かった。

    そして、1週間後…





    「姫様っ!」
    「何事じゃ、騒々しい」

    興奮気味の侍女が、息せき切って飛び込んできた。
    読書の最中だったエリザベートは、視線を本から上げて、
    怪訝そうな目を向ける。

    「遠征軍が……ロバート様が……はあはあっ」
    「…!」

    息が切れているため、言葉が途切れがちになる。
    エリザベートは、思わず立ち上がった。

    「ロビーがどうしたのじゃ!」
    「しょ、少々お待ちを……はあはあ……」

    侍女は、どうにか呼吸を正して。

    「勝利を得たそうにございます!」
    「そうかっ!」

    喜ばしいことを、笑顔で報告した。
    エリザベートにも、パ〜ッと笑みが浮かんでいく。

    「こちらの損耗も激しかったそうにございますが、見事、帝国軍を撃退したと!」
    「うむっ」

    満足そうに頷くエリザベート。

    「さすがはロビー、さすが妾の惚れた男じゃ!」

    これ以上の喜びは無い。
    上手くすれば、本当に、取り立ててもらえるかもしれないのだ。

    しかし、彼女たちは知らなかった。

    これは、あくまで、表向きの戦況報告であり。
    国王やシャルダン卿にしか報告されなかった、秘匿された情報があることを。

    その第一が、勝つには勝ったが、ブルボン軍も全軍にわたる手酷い被害を被ったこと。
    手っ取り早く言えば、勝利などとんでもない、良くて引き分け程度だったということ。

    そして第二に…

    遠征軍が帝国軍と戦い、ブルボン正規軍がイングを警戒して動けないその間に、
    彼女の故国ベルシュタッドは、無残に陥落したということ…





    その後…
    死傷者5千名以上という、手痛い損害を受けた遠征軍は、進退窮まった。

    前面および横合いからは、ベルシュタッドを落とした帝国軍の脅威があり。
    背後にはルクセテリアのレジスタンス勢力。ならびにイング王国の魔の手が、
    いつ伸びてきてもおかしくは無い。

    そこに、5千名もの損耗である。
    5分の1超もの被害を受けたわけで、普通ならば、
    後方の部隊と交代するところである。

    だが、それは出来なかった。

    帝国軍の脅威が引き続き存在し、レジスタンスを一掃するまでは、
    と国王の許可が下りなかったこと。
    交代に赴くための部隊が、イングの介入によって、なかなか揃えられなかったことなど。

    悪条件がいくつか重なって、どうにもならない情況が続く。

    さすがに3ヶ月も経つと、ぼちぼち遠征軍への兵力物資の補給が開始されるが、
    この頃、反ブルボンのレジスタンス蜂起は、ルクセン全土へと拡大していた。
    こんなに潜んでいたのかと思わせるほどの件数、規模で、対処は困難を極めた。

    その上、密かな帝国の援助を受けたレジスタンスは攻勢は強め、
    ブルボンの補給部隊を、ゲリラ戦法でたびたび襲った。

    実体が把握できず、神出鬼没なため、彼らを捕捉、撃滅するのは非常に難しい。
    それは都市部でも、田舎でも、同じであった。

    幸い、帝国の侵攻は、ベルシュタッドを落としたことでとりあえずは満足したのか、
    大きな動きに出てくることは無くなり。
    イング王国も、たまに船団を率いて出張ってくるが、上陸するようなことは一切無く。

    それでも、頻繁な牽制は欠かさないので、大いに悩まされることになった。
    対帝国の東部戦線、対イングの北部戦線ともに身動きできず、
    膠着状態に陥ってしまう。

    かくして、ロバートたち遠征軍は、思いのほか長期滞在を強いられる羽目になり。
    ルクセン全土を完全に平定するまで、5年もの歳月を要することになる。

    無論、その間、王都への帰還は叶わなかった。

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■381 / inTopicNo.11)  誓いの物語 ♯010
□投稿者/ 昭和 -(2006/10/09(Mon) 14:47:55)



    ブルボン王国が、帝国の動きを封じるため、北部の小国軍を助けるために
    軍を発して、およそ5年の時が過ぎた。

    ブルボン側の見通しの甘さも手伝い、ベルシュタッドを落とした帝国は、
    飛ぶ鳥をも落とす勢いさらにでルクセン、
    ブルボンにも攻勢を仕掛けてくるかと思われたが、ある時点を境にして、
    鳴りを潜めることになった。

    なぜかというと、帝国のさらに東側にある国々で政変が起き、
    西側だけではなく、東側にも注意を向ける必要が出てきたからだ。

    また、手を結んだはずのイング王国との折り合いもつかず、
    半ば喧嘩別れする形で、同盟は有名無実化したのである。
    100年、袂を分けていた相手とは、やはり上手くいかなかったようだ。

    かくして、強大な軍を有する帝国といえども、迂闊に動けない状況へと追いこまれ。
    ブルボン王国、ならびにロバートたちにとっては、不幸中の幸いだった。

    そのロバートであるが、ルクセン領内各地で武装蜂起したレジスタンスへの対応に苦慮。
    一時期には、当座の物資にも事欠くほどの窮地に立たされたが、
    イングと帝国が手切れしたことで補給線が確保され、帝国への警戒を、
    多少は緩めることが出来たおかげで、少しずつ戦線を拡大。

    このほど、ようやく全土を平定し、周囲も尽力した結果、国情も安定。
    ブルボン王都バリスへの報告の途上にあった。

    「………」

    20歳になったロバートは、馬上にて、表情に影を落としていた。

    小国の国土を平定するのに、5年もの時間がかかってしまったことは元より。
    固く誓ったのに果たせなかった約束が、心に重くのしかかっていたのだ。

    (エリザ…)

    脳裏に浮かぶ、花のような笑みを見せる少女。
    あの笑顔を見るのは、もはや叶わぬのではないか。

    帰るべき故国を失った彼女は、今も、バリスの王宮にいる。

    守ってもらうために服属したのだ。
    その約束を破ってしまう格好になったので、人質という枷は取れ、
    今は食客という立場で、つつがなく過ごしているというが…

    (大きくなったんだろうな…)

    彼女もいまや15歳。
    幼い頃でああだったから、さぞかし美しく成長したのだと思う。
    引く手数多ではないのか。

    (いやいや……俺がそんなことを考える資格は無い。
     むしろ、失礼に当たる…)

    今は昔。

    幼いときの約束ほど、当てにならないものは無い。
    例え覚えていたとしても、故国滅亡の責任の一端は、むしろ全責任が自分にはある。
    …とロバートは思っている。

    そんな憎き相手のことなど、今はなんとも思っていないのではないか。
    むしろ、心の底から恨み、顔すら見たくないと思っているのではないか。
    殺してやりたいとすら思っているのではないか。

    はたまた、故国が滅びたショックで、心を患っているかもしれない。
    表面的には明るく振舞っているとの情報は、王都からの手紙によって知りえているが、
    心の奥底まではわからない。

    「…はぁぁ」

    深いため息が漏れる。

    国王への報告と、あることの許しを得るために王都へ行くわけだから、
    エリザと顔を合わせなくてもいいかもしれない。

    だが、そういうわけにもいくまい。
    彼女にとっては迷惑以外の何者でもないかもしれないが、自分には、
    彼女に頭を下げる必要が、責めを負う義務があるのだから。

    「…若。いやいや」
    「アレクシス」

    そんなロバートに馬を寄せ、声をかける男。
    強力な右腕となったアレクシスだ。

    「『陛下』…と、お呼びしなくてはいけませんでしたな」
    「構わないさ」

    彼は苦笑すると、わざとらしく頭を下げた。
    ロバートも苦笑を浮かべる。

    「俺のほうが、まだ慣れてない」
    「左様で」

    ロバートが『陛下』。

    ルクセン王国は、5年前の混乱以降、国王が不在という状況が続いていた。
    このほど国内を平定したので、付き従う家臣たちは、亡き父王の後を継ぎ、
    ルクセンの王位に就くよう促した。

    自然な流れではあるが、ルクセンは今も、ブルボンの麾下にある。
    勝手に王位を継ぐわけにはいかず、その許可を得ることも、今回の王都行きの目的である。

    まだ正式に即位したわけではないが、気の早い家臣たちは、早くもそう呼んでいるのだ。

    「それで、なんだ?」
    「無礼はお許しあれ。…エリザベート殿のことを、お考えでしたか?」
    「……」

    顔色を見れば一目瞭然だった。
    それほど、露骨に顔に出た。

    「陛下…。今さら何を言っても、慰めにはならないやもしれませぬが…
     あのときは、ああするのが最善だったのです。ああするしかなかったのです」
    「……」
    「下手をすれば、我々すら全滅し、ルクセンは帝国の蹂躙を受けていた。
     陛下はそれを防ぎ、時間がかかったとはいえ、外敵の侵入を許さず、
     すべからく国内を平定されたのですぞ」
    「……」
    「これを立派な行いと言わずしてなんと言いいまするか。
     あの決断は『英断』であり、後の世に語り継がれることでありましょう」
    「……」
    「陛下…」

    ロバートは何も言わず、ただただ虚空を見つめていた。
    彼はしばらく、そのまま無言であってが

    「…アレクシス」
    「はっ」

    やがて、呟くように、口を開いた。

    「もう、覚悟を決めたよ。
     どう言い繕おうが、俺が、エリザとの約束を破ってしまったことに変わりは無い。
     結果、ベルシュタッドが滅んでしまったことも、また然りだ」
    「陛下…」
    「許してくれないかもしれない。もしかしたら、酷い罵りを受けるかもしれない。
     だが、俺はそれを受け入れなくてはならない」

    悲しい決意。

    「彼女が俺を殴りたいというなら、殴られよう。
     殺したいというなら、殺されよう」
    「陛下! 何を申されます!」
    「いいんだ。何をされても文句は言えない。
     それだけの権利が彼女にはある。俺は、甘んじて受けなくてはならない」
    「陛下…」
    「それが、俺に出来る、精一杯の償いだ…」

    こうまで言われてしまうと、アレクシスも、何も言い返せなかった。
    ロバートの深い悲しみをたたえた瞳に、何も言えなかった。

引用返信/返信 削除キー/
■382 / inTopicNo.12)  誓いの物語 ♯011
□投稿者/ 昭和 -(2006/10/10(Tue) 15:01:31)



    バリスに到着したロバートは、さっそく国王ルーイ6世に謁見した。
    ルクセンの平定報告と、即位の許可を求める。

    時間がかかりすぎだと言われたが、充分な援助を出来なかった国の責任もある。
    概ね、好意的に受け止められたようだった。

    ルーイ6世は報告を受け入れ、即位を許した。

    「ふぅ…」
    「とりあえずは、良かったですな」
    「ああ」

    謁見を終え、王の間から出てきたロバートは、ホッと息をついた。
    すぐさま室外で控えていたアレクシスが歩み寄り、会話を交わす。

    「これで正式に、陛下はルクセンの国王ですぞ。
     帰国した暁には、即位式を盛大にやらなければ」
    「いや」
    「陛下?」

    喜々として述べるアレクシスを、ロバートは留めさせる。

    「戦が終わったばかりだ。そんな余裕は、国にも民にもあるまい。
     簡素なもので……この際だから、やらなくてもいい」
    「しかし、それでは、内外に対する威厳が…」
    「そんなもの必要ない。
     俺個人だけへの侮辱で済んで、それで民が幸せになるなら、それでいい。
     わかったな?」
    「は…」

    しぶしぶ受け入れるアレクシスだが、内心では、
    ご立派ですぞと泣いていた。

    「それに…」
    「は?」
    「無事に帰国できるかどうか、わからないしな…」
    「陛下…」

    ロバートの言葉の意味は、すぐにわかった。
    これは本気で、死ねと言われれば死んでしまうだろう、と。

    「さて……審判を受けに行ってくるよ」

    自嘲する笑みを浮かべ、ロバートは、
    現在エリザが使用している部屋へと向かった。




    伝え聞いた彼女の部屋の前。
    当時とは変わっている部屋のドアの前で、ノックするのをためらった。

    「……いかんな」

    覚悟を決めているとはいえ、いざ前にすると、自分を抑えることが出来ない。
    そんな女々しい自分が恨めしい。

    「すー、はー……。よし…」

    深呼吸し、どうにか心を落ち着け。
    ノックしようと右手を上げた、そのとき――

    「ロバートーッ!!」

    「ッ…!?」

    突然、横合いから大声で呼ばれた。

    少し変わったような気もするが、忘れもしない。
    懐かしいあの声。

    ロバートは、おそるおそる、声をかけられた左方向へと顔を向ける。

    「エ……エリザ……?」
    「やはりロバートじゃ。久しぶりじゃな」
    「あ、うん……」

    10mほど先に立っているのは、とても美しい美少女だった。
    少女らしいかわいらしさに加え、女王とでも呼んでしまいそうな気品を併せ持つ、
    絶世可憐な美少女。

    ロバートは思わず固まってしまった。

    室内に居るものと思っていたから、よもや先に声をかけられるとは思わず。
    また、美しく成長した彼女の姿に、見惚れてしまったことも確かだった。

    「どうじゃ。妾も大きくなったであろう? もう子供ではないぞ」
    「あ、ああ…」

    エリザは、成長した自分を見せびらかすように、その場でくるっと1回転。
    長いスカートがふわっと、艶やかな金髪がふぁさっと勢いでたなびき、
    窓から差し込む光が反射して、美しさに拍車をかけた。

    自分のせいで、亡国の姫となってしまった少女。
    いや、今では、『姫』だという扱いでもない。
    ただ、ブルボン王国の保護を受けているという、1人の少女でしかない。

    すべては、自分の責任。

    「……」

    彼女の成長振りに驚き、見惚れてしまったことを加味しても、
    ロバートは何も言えなかった。

    「うん? どうしたのじゃ?」
    「う………その……」

    見る限り、エリザは容姿こそ成長したものの、中身は何も変わっていないように思えた。
    当時のままに、気さくに声をかけてきてはいるが…

    心の中では、なんと思っているのか。
    殺したいほど、憎いと思っているのではないのか。

    しかも、彼女が最初に、自分を呼んだ呼称。

    (今、エリザは『ロバート』って…)

    5年前には呼んでくれていた愛称ではなかった。
    当時は、そう呼ぶことの無いほど、しょっちゅう呼ばれたものだったが…

    それがどうだ。
    言葉、口調こそ優しいものの、やはり本当は、もうなんとも思っていないのではないか。

    そんな葛藤が、ロバートの思考を停止させ、全身を硬直させていた。

    「まあ、立ち話もなんじゃ。入るが良い」
    「あ、ああ…」

    エリザは飄々と歩み寄ってくると、ロバートの隣に立って、ドアを開け。
    さっさと室内へと入っていってしまった。
    彼女の行動に驚きつつ、ロバートも室内へと入り、ドアを閉めた。

    「何か飲むか?」
    「い、いや…」
    「そうか? 妾は紅茶でも淹れるか」
    「……」

    楽しそうな様子でお茶の用意をしているエリザ。
    ロバートは立ち尽くしたまま、その後ろ姿を見ていた。

    「何をしておる。突っ立っていないで、座ったらどうじゃ。
     5年前は遠慮などしなかったであろう」
    「……」

    お茶を入れたカップを手に、エリザはソファーへと腰を下ろした。
    迷ったロバートだが、彼女の対面に座る。

    が、目を合わせることなど出来やしない。
    この状況でそんなことが出来る人間がいたら、訊いてみたいものだ。

    あなたの神経はおかしいんじゃないか、と。

    「うむ、美味い」
    「……」
    「黙ったままで、どうした。何か言うてみい」
    「……」
    「はあ、5年たっても変わらんな。変なヤツじゃ」
    「……」

    エリザはカップを置いて、やれやれと肩をすくめてから。

    「馬鹿者っ!」
    「っ…」

    いきなり大声。
    ビクッと反応するロバート。

    女性特有の甲高い声ではあるが、幼い頃よりは、幾分か音程が下がり。
    高くもあり、それでいて不快感を感じさせない、凛々しくも美しい声。
    そんな声が轟く。

    「妾の国が滅んだのは、そなたのせいじゃ!」
    「………」

    ああ、やはり…

    覚悟していたとはいえ、まだまだ足りなかったらしい。
    全身の血の気が引いていくのを感じた。

    「ベルシュタッドも、共に守って見せると申したではないか!
     あの言葉はウソだったのか? 妾は失望し、絶望したのじゃぞ!」
    「……」
    「妾の帰るところは、もう無いのじゃ…。
     身寄りも無い。皆、帝国軍に捕らえられ、殺されたそうじゃ」
    「……」

    すでに知れ渡っている事実ではあるが、改めて言われると、とても重い。
    なによりエリザ自身の口から語られたことで、それは何倍にも増している。

    「どう責任を取るつもりなのじゃ!」
    「……」
    「何とか申せっ!」
    「……」

    どうしても、何も言えないロバート。

    5年前の、不服そうにぷく〜っと頬を膨らませていた様子と重なってしまうが、
    今はそうではない。本当の本気で、エリザは怒っている。

    無理もない。

    それだけのことをしたのだ。
    怒られて当然なのだ。

    これぐらいで済んでいることを、感謝するべきなのかもしれない。

    「エ…エリザ。俺は……」

    とにかく、謝罪だけでもしなければ。
    謝って済む問題ではないにせよ、誠意だけは、見せねばならない。

    「俺が……俺の判断が原因で、君の国が滅んだことに間違いは無い。
     大きなことを言っておきながら、約束を守れなくて、本当に、申し訳ないっ!」

    土下座をする勢いで頭を下げる。

    「詫びても詫びきれるものではないが……
     俺に出来ることならなんでもする! なんでもするから、言ってくれっ!」

    腹を切るつもりで言ったのに。

    「…ふふっ」
    「っ! え゛……」

    いざ謝りだしたら、エリザの反応はどうだ。
    笑い出したではないか。
    それも、心の底からおかしそうに、爆笑である。

    顔を上げたロバートが見たのも、やはり、笑みを浮かべたエリザだった。

    「エリザ……?」
    「ふふふ、本気にしたか?」
    「え…?」
    「冗談じゃ。妾は怒ってなどおらぬし、そなたの責任を問うつもりも無い。安心せい」
    「………」

    冗談…?
    何がだ…と、ロバートには、すぐに理解できなかった。

    「ふふふ。妾の演技力もたいしたものじゃな」
    「どうして…」
    「なに。罵って欲しそうな顔をしておったから、その通りにしてやったまでのこと」
    「……」

    まったくもってわからない。
    エリザの本心は、いったい…

    混乱するロバートを、ジロリと、眉間にしわを寄せたエリザが睨む。

    「そなたは妾のことを、どういう目で見ていたのじゃ?
     我が国が滅んだからといって、そなたの責任を追及するような、
     そのようなあさましい女じゃと思っておったのか?
     だとしたら訂正せい。妾はそんな女ではないぞ」

    「………」

    責任を問わない…?
    ベルシュタッドが滅んだのは、間接的にせよ、自分の決断が原因なのにか…?

    「事の経緯は、妾も伝え聞いた。
     そなたがあのとき、あれしか取り得る道が無かったことも理解した。
     結果、確かに妾の国は滅んだが、最終的には、帝国も撤退した。
     どこに責められる余地があるのじゃ」

    「だ、だけど……おまえの国は……」
    「わからんヤツじゃな」

    業を煮やして立ち上がるエリザ。
    スタスタと歩いて、ロバートの隣へとやってくる。

    「実はじゃな。後から分かったことではあるが。
     帝国軍の侵攻は電撃的で、あれから援軍を送っても、とても間に合わなかったそうじゃ。
     しかも、そなたの国と同様、裏切り者が多数出て、半ば内部から崩壊したらしい」
    「……」

    ロバートには初耳なことだった。

    内乱中であり、また、エリザとの関係を気にしたアレクシスあたりによって、
    余計なことは耳に入れないほうがいいと判断され、
    意図的にロバートには伝えられなかったのかもしれない。

    恐るべきは、帝国の侵攻速度と、水面下での内部工作のすさまじさである。

    「そなたが、ベルシュタッドのために出来ることは、最初から無かったのじゃ。
     強いて責任の所在を明らかにするのならば、帝国の戦力と作戦を見抜けなかった、
     ブルボンの上層部じゃ。そなたに非は無い。
     むしろ、そんな状況下でルクセンを防衛し、国内を平定したそなたは、
     褒められて然るべきであろう」
    「………」
    「それは妾とて、確かに、故国が滅びて、何も思わなかったわけではない。
     しかし、あそこで滅びるというのは、天命だったのじゃろう」
    「………」
    「じゃから、そなたが責任を感じることは、一切ないのじゃ」
    「エリザ…」

    エリザの顔を見上げるロバート。

    彼女は笑っていた。
    顔つきこそだいぶ大人びたが、子供の頃、そのままの笑顔で笑っていた。

    「妾は、そなたのことを誇りとすら思うぞ」
    「え…」
    「繰り返すが、厳しい状況の中、帝国軍を追い払い。
     内乱状態に陥った国を平定し、立派に統治しておるではないか。
     王都で安穏と暮らし、したくても何も出来ない妾とは大違いじゃ」

    エリザをそんな状況にしてしまったのは、他ならぬ自分なのに。
    それこそ、感情に任せるまま罵倒し、何をしても構わないというのに。

    エリザは、笑っている。

    「さすがは妾の惚れた男。うれしい限りじゃ」
    「………」

    ロバートは数秒間、エリザの笑顔を見つめて。

    「俺は……いいのか……?」

    ついに堪えきれなくなる。
    彼の目から、一筋の涙が零れ落ちた。

    「許されても、いいのか…?」
    「許すも許さぬもなかろう。罪になるようなことなど、はじめから無いのじゃ」
    「エリザっ…!」
    「ああ、大の男が人前で涙を見せるでない。うつけが」

    エリザは手を伸ばし、ロバートの涙を拭う。

    「苦労したんじゃな…。顔を見ればわかるぞ」
    「……」
    「確信して声をかけたが、少なからず疑念を持たざるを得なかったほどじゃ」

    5年という歳月の重み。
    そして、人間、環境が変われば、顔つきもそれなりに変化する。
    その環境が厳しければ厳しいほど、顔にも出るというものだろう。

    彼の置かれた環境がどのようなものであったかは、もはや説明するまでも無い。

    「ロバート…」

    エリザは、ロバートの頭に腕を回し、抱き込んで。
    やさしく、慈愛に満ちた言葉を贈る。

    「ご苦労じゃったな」
    「……う」

    今度こそロバートは堪えきれなくなった。
    懐かしいエリザのぬくもりに包まれながら、生まれて初めて、声を出して泣いた。

引用返信/返信 削除キー/
■426 / inTopicNo.13)  誓いの物語 ♯012(終)
□投稿者/ 昭和 -(2006/10/11(Wed) 15:18:02)




    「落ち着いたか?」
    「…ああ」

    しばらくして。
    ロバートの気持ちは落ち着いたらしく、嗚咽する声は聞こえなくなった。

    「みっともないところを見せちゃったな…」
    「なに、妾は気にしないぞ。
     むしろ妾の前では、裏表の無い、本当のそなたを見せてくれるとうれしい」
    「そうか…」

    そう言ってくれると、こちらとしてもうれしい。

    翼を休める場所というか、弱音を吐ける相手というか…
    5年間、重いものを背負ってきただけに。
    自分が先頭に立って、励まなければならない立場だっただけに。

    そのありがたみがよくわかった。
    じかに感じられるぬくもりが心地よい。

    今、はっきりとわかった。理解した。

    自分にはこのぬくもりが、温かさが、エリザが必要だ。
    人質として連れてこられたにもかかわらず、その後もがんばれたのは、
    常に、エリザが隣にいてくれたからだ。

    遠征している最中も、エリザが側にいてくれたら、
    どんなに心強かったことだろう。

    (…ん? じかに?)

    ふと我に返った。

    自分は今、どんな状況に置かれている?
    エリザに頭を抱き締められている。

    すなわち、座っているのと立っているのとの違いで、自分の顔は今、
    エリザの胸に埋まっている。

    (こ、この状況は…)

    非常にまずい。
    このぬくもり、やわらかさ、いい匂いは、つまり、エリザの…

    「おわっ!?」
    「なんじゃ、突然」

    どうにもまずい。
    ロバートは思わず飛びずさって、ソファーへとひっくり返った。

    エリザは、それほど力を入れて抱き留めていたというわけではなかったようだ。
    それが幸いしたのだが、急に振り解かれて、不機嫌そうな顔になる。

    「いや、その…」
    「なんじゃ。はっきり言うてみたらどうじゃ」
    「あ〜…」

    なんと言ったものだろう。
    説明するにも困るが、このお姫様は、5年前とまるで変わっていない。
    余計に困ってしまった。

    「ロバート?」
    「ああもうっ」
    「あ…」

    もう、こうするしかあるまい。
    立ち上がったロバートは、エリザの身体を抱き締めた。

    今度は逆に、エリザがロバートの胸に顔を埋める。

    「役割が逆だろっ」
    「…うむ」

    ロバートは、気恥ずかしさをごまかす意味も含めて、必要以上に声を出した。

    エリザは多少、納得しかねる部分もあったようだが。
    すぐに、自らからも腕を回して、うっとりと身体を預けた。

    「5年は……長かったぞ」
    「すまん…」

    グサリと突き刺さる言葉。
    謝るしか、行動のとりようが無い。

    この5年間、個人的なものでは、2人の間に交流は無かった。

    手紙のやり取りくらいは出来そうだが、
    ロバートは、約束を破ってしまったことで、連絡を取りづらくなってしまい。
    エリザは、戦陣にいるロバートに対して遠慮をしてしまい。

    なので、文字通り、5年ぶりとなる交わりだったのだ。

    「そなた、また背が伸びたな」
    「ああ、そうかもしれない。もう止まったけどな」
    「たわけが…。せっかく追いついたと思ったのに、これでは形無しではないか」
    「いや、自分じゃどうにもならないだろ…」

    当時、ロバートはやや遅い成長期の真っ只中にあった。
    エリザも成長中であったにせよ、5歳という年齢差は、如何ともしがたかったのだ。

    が、彼女も成長期を経て、大きく成長を遂げている。
    それでも、ロバートの背丈に追いついたというわけではなかったが、
    正しい男女差というところだろう。

    「でも、おまえも大きくなったじゃないか。見違えたぞ」
    「うむ」

    ロバートは20歳。エリザは15歳になった。
    もう子供だと言われる年齢ではない。

    「それに、おまえはまだ、伸びる余地があるかもしれないぞ?」
    「うむ、今に見て……いや、これでよい」
    「…?」

    年齢的なことを考えると、ロバートがこれ以上、背が伸びることは無いだろう。
    だが、エリザにとってみれば、まだまだ可能性を秘めている。

    乗ってくるかと思いきや、エリザは否定した。

    「ん? 大きくなりたくはないのか?」
    「今のままで良い。これ以上、伸びたら…」
    「伸びたら?」
    「……」

    エリザは言葉を途中で切り、ロバートの背中に回している腕に、
    ほんの少し力を込めて。
    ボリュームも少しだけ下げて、囁くように続きを言った。

    「そなたの胸に抱かれることが、出来なくなってしまう」
    「……」

    再び返事に窮する。

    確かにエリザの言うとおり、今のバランスがちょうど良いように思えるが。
    本当に、なんと返したものか。

    「…なあ、ロバート」
    「なんだ? いや、ちょっと待ってくれ」
    「…?」

    抱き合ったまま、会話が再開されるものの。
    ロバートが制止を要求。首を傾げ、顔を上げるエリザ。

    「なんじゃ?」
    「いや、まあ、なんだ……」

    照れくさそうにそっぽを向くロバート。
    だが、覚悟を決めて、見つめ返しながら尋ねる。

    「『ロビー』とは……もう、呼んでくれないのか?」
    「あ…」

    そう、そうなのだ。
    気になっていたのだが、もう、愛称を使ってはくれないのか?

    たった今、自分を呼ぶときもそのままだった。

    「どうして、ロビーと呼んでくれないんだ?」
    「それは、じゃな…」

    今度はエリザが照れる番だった。
    ほのかに赤くなって、視線を逸らす。

    「妾たちも、もう子供ではないのだから……その、なんじゃ。
     そう呼ぶのはやめたほうがいいかと思ってじゃな…。
     こ、子供っぽくはないか?」
    「……」

    どんな理由があるのかと思ったら。
    ロバートは一瞬だけ、驚いたかのように目を丸くして。

    「な、なんとか申せ」
    「…くははっ」
    「!! わ、笑ったな!」

    堪えきれずに吹き出した。

    当然、エリザは激昂する。
    赤くなっていた顔が、さらに赤くなった。

    「無礼者! 正直に申したのに、なんじゃその反応は!」
    「い、いやすまん、悪かった」

    笑ってしまったのは確かに失礼だ。
    真摯に謝って、どうにか機嫌を直してもらう。

    (そうだよな…。エリザも、そういうことを考える大人になったんだよな…)

    脳裏に蘇る、5年前の記憶と見比べながら。
    立派な成長振りを喜ぶのと同時に、一抹の寂しさを感じた。

    つくづく、常に一緒にいて、一緒に成長できたら、どんなに良かったかと思う。

    「エリザ。構わないから、昔のように呼んでくれよ」
    「…よいのか? 子供だと思ったりしないか?」
    「しないよ」
    「…わかった。……ロビー」
    「ああ、エリザ」
    「…うむ。実は妾も、そう呼びたかった」

    エリザをもってしても、恥ずかしさには勝てなかったようだ。
    気恥ずかしそうに、遠慮がちにそう呼ぶ姿も、それでもうれしそうに頷く姿も、
    とてつもない破壊力を秘めているものだ。

    「……エリザ」
    「なんじゃ、ロビー?」

    ロバートも、その魅力には勝てない。
    いや、今に始まったことではなく、昔からのことだ。

    「5年前の誓いは守れなかったが…」
    「じゃから言うたではないか。それはもう、気にせずともよいと」
    「いや、そうじゃなくて。
     その……新たな誓いを、立てさせてはもらえないだろうか」
    「新たな誓い?」

    後から思い返してみると、クサい上に、よくもこんなことを堂々と言えたものだと、
    そんなふうに考えてしまうことを、このときは自然と、スラスラと言えたのだ。

    「俺は……今度こそ、誓いを守る。
     痛恨の極みでベルシュタッドは守れなかったが、おまえは、エリザだけは、
     俺が生涯を賭けて守る。絶対だ」

    「ロビー…」

    相手の名を呟くことしか出来ない。
    それほど衝撃的で、思いも寄らぬ、うれしい言葉だった。

    「誓わせて……もらえるか?」
    「もちろんじゃ」

    だから、にっこりと微笑んで、頷いた。

    「良かった…。断られたら、これからの人生における目標を見失うところだったよ」
    「何を申すか。国主として、そなたには、ルクセンの民を導くという仕事があろう」
    「そうなんだけど…」
    「まったく、うつけめ」

    意地悪そうに言うエリザだったが、内心はうれしくてたまらない。
    一国と自分を天秤にかけるような物言いで、本来ならば、国王として失格な言動であるが、
    それだけ、自分のことを想ってくれているということなのだ。

    「それに、妾が否定するとでも思ったのか?」

    なんてことはない。
    最初から、決まりきっていたことだ。

    「妾は5年前すでに、そなたに妾のすべてを託したつもりじゃ。
     そなたの申し出を断ることなど、絶対にありえん」
    「そうか、ありがとう…」
    「これ。男が1日に2回も涙を見せるでない」
    「す、すまん」
    「さて」

    ゆっくり身体を離す2人。

    「茶を淹れなおすとするか。積もる話もあるし、ゆっくり話をしたいぞ。
     先ほど淹れたものはとっくに冷めているだろうし、そなたの分も用意せねばな。
     先ほどのそなたは、茶どころではなかったようじゃからの」
    「はは…」

    茶を淹れなおしに向かうエリザを、ロバートは苦笑しながら見送る。
    確かにその通り。ものの見事に、心情を読まれていたようだ。

    お茶を淹れてもらい、しばし、談笑する。
    思い思いに、それぞれの5年間を語り合った。

    「王都には、どれぐらいいられるのじゃ?」
    「んー。国元も心配だし、あまり長くはいられないな。
     まあ他にやることもあるから、2、3日というところか」
    「2、3日か…。
     3日たったら、また、そなたと離れなければならんのじゃな…」
    「……」

    ロバートはルクセンの国王。
    平定したとはいえ、まだまだ不安分子が渦巻いている。
    また、それが無くとも、王都バリスでのうのうと暮らせる立場ではないのだ。

    一方、祖国を失くしたエリザは、他に行くところが無い。
    バリスを離れるわけにはいかない。

    「寂しいの…」
    「エリザ…」

    せっかく再会できたというのに。
    また、離れ離れになってしまうのか。

    寂しそうな、悲しそうなエリザの声、表情に、たまらなくなったロバートは。

    「…なあ、エリザ」
    「ん?」

    一大決心を固めた。

    「おまえさえ良ければ……だが」
    「うむ」
    「一緒に、来ないか?」
    「なんじゃと?」

    反射的に聞き返すエリザ。
    聡明な彼女をもってしても、瞬時に、ロバートの意図を飲み込むことは出来なかった。

    「どういう意味じゃ?」
    「ああ、普段は鋭いくせに鈍いな…。
     いや、俺が卑怯なだけか…。わかった、はっきり言う」
    「わけがわからんぞ、ロビー」

    エリザの眉間にしわが寄る。
    直後、そのしわは解消され、逆に、驚きに染まることに。

    「エリザ」
    「う、うむ」

    真正面から見つめられ、少し怯んだ。

    「俺と一緒に、ルクセテリアへ来てくれないか。
     もちろん、俺の后として」
    「な……き、后!?」
    「王国が許してくれるかわからないが…
     俺は、おまえを后として迎えたい。どうだろうか?」
    「あ……う……」

    エリザは混乱状態。
    回転の早い頭脳が、このときばかりはあちこちで断線を起こし、ショートしていた。

    「エリザ?」
    「…す、すまぬ。少し我を失ってしまったようじゃ…」

    はー、はー、と自分を落ち着かせるようにして深呼吸し。
    早くなった心臓の鼓動も、なんとかセーブして。

    「なんだ。5年前には、おまえから言い出してきたことだぞ」
    「と、突然すぎるのじゃ! ムードというものを考慮せい!」
    「はいはい、次は善処するよ」

    もはや開き直ったロバート。
    平然と先を続けた。

    「それで、答えは?」
    「5年前から決まっておる!」

    エリザは、対抗するように、努めて冷静を装って。
    満面の笑みを浮かべ、わずかに涙を潤ませながら。

    「妾でよければ…いや、妾以外に、そのセリフを使うことは許さぬ!」
    「使わないよ」
    「うむっ。愛しておるのじゃロビー!」

    将来、自分の人生を回想することがあったとすれば。

    このときの笑みが、泣き笑いの表情ではあるが、人生で1番の笑顔であったと、
    確信を持って言えることだろう。





    2人の前には、乗り越えるべき山が、いくつも立ちはだかっていることだろう。
    …だがしかし。

    例えその山がどんなに高くても、どんなに険しくても。
    2人であれば乗り越えていける。どこまでも行ける。

    そう、信じて――

    誓いを立てようではないか。
    未来永劫保たれし、決して破れることの無い…

    2人の、誓いを。





    ――誓いの物語 完?









    <あとがきという名の言い訳>

    不完全燃焼で終了です。(え?

    本当は、5年間の出来事とか、2人のその後とか、大陸の趨勢とか、
    気になることが山積みなので、書いてみたいところなんですけど…

    いかんせん、ネタと時間がありません。
    練りこみも全然足らないところですし、書くのは厳しいかなーと…
    書くにしても、まずは、『黒と金と…』ほうを終わらせてからですかね…

    何はともあれ、こんな駄作に付き合っていただいた皆様。
    どうもありがとうございました。

引用返信/返信 削除キー/
■444 / inTopicNo.14)  外伝『エリザの5年間』
□投稿者/ 昭和 -(2006/10/18(Wed) 18:10:13)
    2006/10/19(Thu) 16:54:13 編集(投稿者)


    外伝 エリザの5年間





    帝国軍の、北部小国軍への侵攻を阻止するため、派遣された遠征軍。
    彼らが大勝利を収めたと報告されて、はや1ヶ月が経過していた。

    もちろん本当の情報を知る上層部は、それを受けての対応を迫られ、
    援軍などの準備を整えている最中。
    だが、他の多くの者たちは、そういった情報はまるで知らされていなかった。

    「のう、リース」
    「なんでございましょう姫様?」

    自室にて、窓際に立って外を眺めながら、侍女を呼ぶエリザ。
    彼女も侍女もまた、大多数の者のうちの1人である。

    「先の戦には、勝利したはずじゃな」
    「はい。そのようにお聞きいたしました」
    「だったらなぜ、もう1ヶ月も経つというのに、戻ってこぬのじゃ?」

    戦闘には勝利した。
    勝ったというからには、帝国軍を壊滅させ、追い払ったのではないのか。

    普通ならば、早々に凱旋帰国、という手筈になるところが、
    いまだ音沙汰が無いばかりか、帰ってくる気配すら感じられない。

    「それに、祝勝気分になっても良いものじゃが…あ、いや、
     世間はそのような風潮で溢れているらしい。
     じゃが、王国の上層は、上に行けば行くほど、例えば宰相殿や陛下などは、
     そんな空気は微塵も出しておらぬ」

    戦勝の報告は、真っ先に上がっているはずだ。
    なのに、祝う雰囲気どころか、なにやらピリピリしているような空気を感じるのだ。
    少なくともエリザはそう感じた。

    「そう…でございましょうか?」

    しかし、この侍女が首を傾げたように、一見は祝勝ムードになっている。
    あくまでエリザ個人が、かすかに違和感を覚えたに過ぎず、
    確たる証拠があるわけでもない。

    「難しいことに、なっておらねばよいのじゃが…」
    「姫様、失礼ながら、それは心配のし過ぎというものにございます」
    「そうかのう?」

    エリザは外を眺めたままで、直接に表情を窺うことは出来ない。
    が、反射して窓に映る顔は見える。

    侍女は、エリザの眉間にしわが寄ったのを見て、努めて冷静に、明るく声をかけた。

    「まだ1ヶ月ではございませぬか。
     きっとロバート様がたは、戦後の処置などでお忙しいのでしょう」
    「戦後処理に、1ヶ月もかかるものなのか?」
    「さあ、それは私にはなんとも…。
     今回は多数の国が絡んでいることですから、その分、複雑なのかもしれません」
    「むぅ、そういうものなのか…」

    知識は色々と仕入れているエリザだが、もちろん、実践した経験は無い。
    ましてや、専門外である戦争の事後処理のことなど、知る由も無かった。

    だからこのときは、そういうことなのかと、納得することも出来たのだが…

    さらに1ヶ月が過ぎ、2ヶ月が過ぎた。
    軍の派遣からは3ヶ月が経とうとしている。

    現在になっても、遠征軍が帰還するといった情報は無いし、気配も無い。

    「これは絶対、何かが起きておるのじゃ…」

    1ヶ月経過の時点で疑っていたエリザ。
    この時点になると、もう、疑惑は確信に変わった。

    だが、情報はまったく得られない。

    「直接、宰相殿や陛下にお聞きしてみるしかあるまい」

    このままでは埒が明かないと判断したエリザは、周囲が止めるのも振り切って、
    直接に尋ねてみることにした。
    まずは、王国ナンバー2、宰相シャルダン卿の部屋へと訪れる。

    「おや、エリザベート殿。どうかなさいましたか?」

    部屋の前で彼女を出迎えたのは、ちょうど中から出てきた、秘書官の1人だった。

    「宰相殿に尋ねたいことがある。取り次いでいただけぬか?」

    エリザは堂々と、とても10歳とは思えないような態度で、面会を申し込んだ。
    秘書官もそれはわかっているので、たいして驚きもせずに応じる。

    「宰相閣下に? 今日はお忙しいので、また後日――」

    そう言いかけると。

    「構わぬ」
    「さ、宰相閣下!」
    「宰相殿」

    急にドアが開いて、中から顔を覗かせた宰相本人が、許可を出したのだ。
    秘書官は驚いて慌てふためき、エリザには喜色が浮かぶ。

    「入るが良い、エリザベート殿」
    「うむ。感謝するぞ宰相殿」

    「お、お待ちを!」

    エリザを招き入れ、さっさとドアを閉めようとする宰相。
    ドアに手をかけて、秘書官は大慌てで阻止した。

    「なんだ?」
    「きょ、今日はお忙しいはず。書類も溜まっておりますし、スケジュールも…
     畏れながら、ご会談なされている時間などありません!」

    ここ最近、宰相の忙しさは、特に増している。

    現実問題として、頭の痛い遠征軍のことがあり、対帝国のことや、
    帝国と同盟したイングへの対処など、解決するべき課題が山積みなのだ。
    秘書官が言ったことも当然なのだが

    「30分程度ならば構わぬ。その分、私の睡眠時間が減るだけだ」
    「し、しかし、ただでさえ閣下はお忙しい身の上。
     少ない休息を、さらに削るようなことになっては…」
    「しつこいぞ。下がれっ!」
    「は、はい!」

    宰相は彼を一喝。
    問答無用で下がらせると、ドアを閉め、エリザに座るように薦める。

    「よろしいのか?」
    「なに。それほどヤワには出来ておらんよ」

    ソファーに腰を下ろしたエリザは、確認するように尋ねたが、
    宰相は笑い飛ばした。

    「これしきで倒れていては、宰相など務まらん」
    「左様か。だが、くれぐれも、ご自愛なされるよう」
    「うむ、そうしよう」

    宰相も対面に座って、場は整った。

    「それで、何用かな?」
    「宰相殿にお聞きしたことがあるのじゃ。率直に申し上げる」
    「遠征した軍勢のことかな?」
    「…! どうしておわかりに」
    「わかるさ」

    訊きたかったことをズバリ言い当てられたエリザは、目を丸くする。
    はっはと笑う宰相。

    「そなたの顔に出ておるぞ。まあ考えてみれば、そなたはロバートとは
     仲が良いようだから、心配するのも当然と言えば当然か」
    「もちろん、ロビー…ロバートのこともあるのじゃが……
     妾が訊きたいのは、それを含めて、今どうなっているのかということじゃ」

    子供らしく、ポッと顔を赤らめるエリザだったが、
    すぐに真顔に戻って、訊きたかったことを口に出した。

    「勝ったというのに戻ってこぬのは、いささかおかしいのではないか?
     帝国がまだ動きを見せているというなら話は別じゃが、そんなこともないのじゃろう?
     戦後処理があるのはわかるが、あまりに時間がかかりすぎておる。3ヶ月じゃぞ?
     何かがあったとしか考えられぬ。
     じゃが、そのようなことは、どこからも伝わってこぬので…」

    「私のところに、直接、訊きに来たということか」
    「ご慧眼じゃ」

    宰相の言葉に頷くエリザ。
    その瞳は、宰相をジッと見据えている。

    「宰相殿、教えて欲しい。
     遠征軍の現状はどうなっておるのじゃ? 我が祖国、ベルシュタッドはどうなったのじゃ?
     教えてたもれ。この通りじゃ」

    「………」

    エリザは精一杯に訴えて、頭を下げた。
    これを受けた宰相は、しばらく無言でいたが

    「わかった」

    やがて、小さく首肯した。

    「教えていただけるのか?」
    「ああ。聡明なそなたのことだから、ここで言い繕っても、いずれはわかることだ。
     ならば、この場で知らせたほうが良かろう」
    「……」

    エリザは喜んだが、内心では、とても複雑な思いに支配されている。

    確かに、教えてもらえるのはうれしい。
    うれしいが、この言いようでは、彼女が踏んでいたように「何かが起こっている」と、
    宰相自ら認めたようなものだからだ。

    「むしろ、もっと早くに訊きに来るかと思っていた。
     3ヶ月か。遅いくらいだったな」
    「宰相殿…」
    「ああすまぬ。これから申そう」

    ひとこと謝った宰相。
    衝撃の事実を、語って聞かせた。

    「え…?」

    みるみる、エリザの顔は蒼白となっていく。

    「ベルシュタッドは……滅んだ……?」
    「帝国軍の侵攻は、当方が予想した以上にすさまじいものだった。
     わずか数日で首都にまで達し、公国内部に多数の裏切り者が出たこともあって、
     呆気なく陥落したそうだ」
    「……」
    「ベルシュタイン大公以下、政府要人はすべて、帝国に捕らえられるか、
     殺害された模様だ。お悔やみ申し上げる」
    「……」

    エリザには言葉も無い。
    視線を伏せ、ただただ、衝撃に支配されている。

    重苦しい沈黙が続いた後。

    「ロビーは…?」

    ハッと顔を上げて、涙が滲む瞳を向ける。

    「ロビーは、何をしておったのじゃ…?
     あやつは、妾の国も、共に守ってくれると申しておった…」
    「そうか。そのような約束をしていたのか」

    震える声で尋ねる。
    宰相はひとつ大きく頷き、目を閉じた。

    「残念だが、彼ら遠征軍の力を持ってしても、帝国軍を防ぐことは出来なかったのだ」
    「どうしてじゃ…? 戦には勝利したと…」
    「直接ぶつかった戦闘には勝った。いや、敗北寸前の痛み分けといったところか。
     損耗が激しく、自国、ルクセン領を守ることで精一杯だった。
     それとは別に、帝国軍は別働隊を有していて、それがベルシュタッドへ雪崩れ込んだ」
    「……」
    「また、ルクセテリアでは、帝国軍に呼応して、大規模な反乱が起こったとの
     情報もあってな。イングが帝国に付いたりと、八方塞がりだったのだ。
     こんなことを申せた義理ではないが、彼を責めないでやってくれ。
     ロバートは初陣であり、非常に厳しい情勢の中で良くやった」
    「……」

    エリザは再び固まっている。
    そんな中、いったん席を立った宰相は、自分の机まで言って何かを取り、
    エリザの目の前へと置いた。

    「詳細は、これを読んでくれ。検討もすでに済んでいる」
    「……」

    おそるおそる、おぼつかない様子で、置かれた書類に手を伸ばすエリザ。
    宰相は、彼女に向かって頭を下げた。

    「すまぬ。当方の見込みが甘すぎたようだ。
     もう少し情勢を見極め、充分に検討してから、軍を興すべきだった。
     責任はすべて、この私にある。申し訳ない」

    「………」

    無言だったエリザは、不意に視線を合わせると。

    「宰相殿に謝ってもらっても、我が国は、死んだ人間は戻らんのじゃ…」
    「すまぬ…」

    蚊の鳴くような声で、呟くように一言。
    ずしりと響く、重い言葉だった。






    「姫様っ!?」

    自室に戻ったエリザは、そのまま有無を言わさず、驚く侍女を追い払って。
    自分のベッドへ飛び込んだ。

    「…っ」

    嗚咽する声が聞こえてくる。

    「父様……母様……」

    ほとんどの要人が捕縛、殺害された。
    ということは、大公の一族などは、その筆頭だということだろう。
    つまり、もう、この世には…

    「うぅぅ…っ…」

    嗚咽がさらに激しくなる。

    今は、故国を滅ぼした帝国に対する怒りも、約束を違えたロバートに対する怒りも無く。
    ただただ、愛する肉親を喪った悲しみだけが、彼女の中にあった。

    「うっ……うあぁあぁあっ……!」

    こんなに泣いたのは、生まれ出でたそのとき以来ではないか。
    のちにそう思うほど、エリザは声を上げて泣いた。






    数時間後。

    「……?」

    日が暮れるまで泣いたエリザは、不意に何かに気付いた。
    分厚い書籍状になった書類が、目と鼻の先に落ちている。

    宰相からもらった、今回のあらましの詳細報告書。

    「……読んでみるか」

    むっくりと身体を起こし、手を伸ばした。
    続けて、ベッドサイドに置いてある明かりにも火を灯し、準備を整える。

    こうなった以上、現実は現実として、受け入れねばならない。

    現実から逃げたり、責任を転嫁したりすることは卑怯者のすることだと思うし、
    彼女自身、そんな人間ではない、そんな人間にはなりたくないと思っている。

    楽になるのは簡単なのに、エリザはあえて、茨の道を選択した。
    吹っ切れたというより、絶望の境地にあったことがその要因だろう。

    「……」

    彼女は、食い入るように、一言一句見逃すまいと、報告書に没頭する。

    途中、侍女が食事だと呼びに来たが、無視した。
    いや、無視したわけではなく、集中していたために気付かなかったのだ。

    夜空に星がきらめくようになっても、その意欲は衰えない。
    むしろ精強になっていく。

    「せめて……真実を……」

    今さら、どうにもなりはしないが。
    ならばせめて、本当のことを、真実を知りたい。

    宰相が言ったように、ロバートは、本当に責められはしないのか?
    ベルシュタッドは、本当に、滅ぶべくして滅んだのか?
    何か、他に取りうる道があったのではないか?

    「………」

    悲しみや怒りを忘れるよう、狂ったかのように読み進める。

    びっしりと記載された、数十ページにも及ぶ報告書。
    すべてを読み終える頃には、日付が変わっていた。

    「……」

    パタンと、報告書を閉じるエリザ。
    読み終えた感想や、いかに。





    その後エリザは、三日三晩、誰とも会わず誰とも話さずに、
    食事も睡眠もロクに取らないで、報告書の解析に没頭した。

    1度読んだだけでは把握できないことも、繰り返し読むことで、見えなかったことも見えてくる。
    そんな作業を続けたのだ。

    そして、4日目の朝、ようやくひとつの結論に達する。

    「姫様っ!」

    4日ぶりに開いた部屋のドア。
    心配して泣きそうになった侍女が、開いた途端に飛び込んでくる。

    「ああ、リース…」
    「姫様! こんなにおやつれになられて……ああっ、目の下にはクマも……」

    頬はこけ、睡眠不足が祟り、目の下には明確なドス黒いクマ。
    侍女が騒ぎ立てる中、エリザ自身は、さっぱりとした爽快感、満足感で一杯だった。

    「妾は……悟ったのじゃ……」
    「な、何をでございますか? ああそんなことより、早くお休みに――」
    「………」
    「姫様ぁっ!?」

    謎の一言を残して、エリザは夢の世界へと落ちていった。
    そのあと、彼女は丸1日、こんこんと眠り続けたという。





    エリザが宰相と面会して、真実を知ってから、2週間が経過した。

    無理をしたことで体調を崩し、療養していたエリザ。
    このほど全快して、再び宰相との面会を申し込んだ。

    前回のような押し掛けではなく、きちんと正式な段取りを踏んだ上での面会だ。
    宰相も了承し、今日この後、面会は行なわれる。

    両者ともに、それなりの覚悟を持って臨んだ会談になる。

    エリザにしてみれば、怒りや非難を表明して当然。
    宰相側は、それに見合う保証や謝罪をしなくてはならないことになる。

    どれも、相応の覚悟が伴うことであろう。

    「宰相殿、失礼する」
    「ああ」

    部屋へと通され、堂々と入って行くエリザ。
    前と同じように、ソファーへと腰を下ろし、宰相も対面に座った。

    「もう身体のほうはいいのかな?」
    「充分に癒えたようじゃ。宰相殿には、薬を送っていただいたとか。
     おかげでこの通り元気になった。助かったのじゃ」
    「なに、礼には及ばぬ」

    高熱を出して寝込んだエリザ。
    それはいけないと、宰相が贈った薬が効いて、病状が改善したという。

    まずはそんな雑談から入って。
    お茶を淹れてきた秘書官が去ったあと、これからが本番だ。

    「改めて…。以下の言葉は、国王陛下のお言葉だと思われたい」
    「承る」

    宰相は、懐から預かっていた封筒を取り出し、封を切る。
    中身は、国王からの書簡であろう。

    「こたびの戦で、我がほうの力およばず、ベルシュタッドが滅んだことはまことに遺憾であり、
     痛恨の極みである。ブルボン王国国王ルーイ6世は、深く哀悼の意を表するとともに、
     ベルシュタイン公の遺児エリザベート殿には、謝罪すると同時に、今後についても
     保証するものとする。…以上だ」

    「謝罪を受け入れよう」
    「すまぬ」

    代読とはいえ、国王による正式な謝罪である。
    これを受け入れなければ、いかに庇護国であろうと、外交問題になるところだ。
    エリザは頷いた。

    前回の会談から間があったため、宰相から国王へ、
    エリザが真実を知ったと伝わったのだろう。
    ブルボン側から、何かしらの正式な回答があることは、予測の範囲内だった。

    「こう言うのもなんだが、それでいいのかね?」

    あまりに呆気なくエリザが頷いたものだから、
    宰相のほうが戸惑ってしまったようだ。

    「何がじゃ?」
    「…いや、失礼した。今の質問は忘れて欲しい」

    本人がいいと言っているのだから、無理に蒸し返すこともあるまい。
    そう思って、宰相は撤回した。

    「ただし、尋ねたいことがある」
    「なにかな?」
    「『今後についても保証する』とのことじゃが、これは、どこまで含まれるのであろうか?
     そちらの落ち度で我が国は滅んだわけじゃから、当然、
     晴れて再興するとなった暁には、充分な手は貸していただけるのであろうな?」
    「もちろんだ」

    ベルシュタッド公国は消滅したが、まだエリザが残っている。
    直系の血筋を持つエリザが健在なので、まだ再興の望みは残されているのだ。

    「当方としても、ベルシュタッドを奪われたままにしておくつもりは無い。
     いずれ必ず、奪還のための軍を向けることになるだろう。
     そのときには、そなたにもひと働きしてもらうことにはなるがな」
    「そのときが楽しみじゃ」

    王国にとっても、エリザの存在は重要である。
    ベルシュタッド奪還においては、旗頭的な役割を担える唯一の人物であるし、
    そのあとの統治にも、何かと重要であろう。

    賢いエリザには、これだけのやりとりでもそこまで読めてしまう。
    だが、政治的な意味を多分に含んだ文言ではあったが、強く抗議できる立場ではないし、
    抗議して見放されてしまっては、そこで一巻の終わり。
    王国の手を借りなければ、ベルシュタッドの再興も無い。

    エリザは、努めて冷静を装った。
    いや、このときの彼女の感情を、動かすほどのことではなかった。

    「そなたからは、何か無いのかな?」
    「…では」

    宰相から促されて、エリザは口を開く。

    「報告書は読ませていただいた。
     穴が開くほど読み、よく吟味した結果」
    「うむ」
    「妾は、誰の責任も追及しないことに決めた」
    「…ほう」

    これには、少なからず、衝撃を受けたようだ。
    滅多なことでは動じない宰相の顔に、ありありとそのあとが見て取れる。

    「報告書を読み、確かめれば確かめるほど、今回の一件、
     如何ともしがたいということがわかったのじゃ。
     ロビーがああするしかなかったということも、ベルシュタッドが滅んだということも、
     あの時点ではすべて必然。避けられぬ事態だったのじゃ」

    晴れ晴れとした顔で告げるエリザ。
    三日三晩、ほとんど徹夜で考え達した結論だけに、重みがある。

    「強いて言うなら、これは天命。天に逆らうことは出来ぬ」
    「そうか…。強いな、そなたは」

    この年で、こんなことを言えるとは。

    エリザの精神年齢がおそろしく高いことは認識しているが、ここまでとは思わなかった。
    祖国を失い、家族まで喪って、ここまで言える人物はそういない。

    宰相は素直に感心し、感動すら覚えたのだが。

    「妾は、強くなどない」

    エリザ自身は否定する。

    「ただ周りに流され、すべて後付けの結論に過ぎぬ。
     あとからならば、なんとでも言えるのじゃ。じゃが…」
    「…?」
    「例え誰かが悪いとなったときとて、一方的に誰かが悪いと決め付けるのは、
     良くないと思っただけのこと。あちらにはあちらなりの理由があって、
     こちらにも理由がある。運悪く片方が失敗したわけだが、
     ただ罵るだけでは何も解決せぬ。そんな人間には、妾はなりたくない」

    「…そうか」

    頷くことしか出来ない宰相。
    この年にして早くも、大気の片鱗を見たような気さえする。

    (もしかしたら王国は、とんでもない者に、手を貸しているのかもしれぬ。
     将来、王国と並ぶ、いや、それ以上となりうる人物に…)

    冗談ではなく、本当にそう感じた。

    「本当のところは、王都にいるだけで何も出来ない妾には、
     そんなことを言う資格は無いと思っているのも、一因なのじゃがな」

    どちらが本音で、どちらが建前なのかはわからないが。
    両方とも、エリザの本心であることは間違いなかろう。

    「じゃから、ロビーには、胸を張って帰ってきてもらいたいと思っている」
    「うむ…」

    ベルシュタッドの人間からは、相当のバッシングを受けるであろうロバート。
    下手をしたら、王国内部からすら、彼の決断を非難する声は上がるかもしれない。

    しかし、こうして擁護する、称える声があるのだ。
    それも、もっとも親しいものからというなら、効果は覿面だろう。

    (ロバートよ。早くケリをつけて戻って来い)

    宰相は心から、そう思った。





    やがて、真実が明るみとなり。
    王国は自らの不備を認めた上で、新たに、帝国との対決姿勢を打ち出して行くことになる。





    時は、誰にも平等に訪れ、過ぎて行く。

    「ロビー…」

    エリザは王宮の屋上に出て、ロバートがいるであろう、北の空を眺めていた。

    ルクセンの内乱は次第に拡大し、レジスタンス勢力も勢いを増しているという。
    王国も徐々にではあるが、援軍を送っているにせよ、完全に鎮圧するには、
    かなりの時間を要することになろう。

    再び会えるのは、いつになるのだろうか。

    「妾は、おぬしのことを責めたりはせぬ。じゃから、がんばるのじゃ」

    手すりにかけている両手に、ギュッと力がこもる。

    責任を問うつもりは無い。
    とにかく、早く会いたい。会って、そのことを伝えたい。

    「ロビー……辛かろう」

    彼のことだから、約束を守れなかったこと、気に病んでいるのだろう。
    そんな彼のことを思うと、逆に、自分のほうが居た堪れなくなる。

    「待っておるからな」

    自分から会いに行ける立場ではないし、会いに行ける場所でもない。
    ただ、帰還するのを待つのみだ。

    「出来れば、婆と呼ばれる年になる前までに帰ってきて欲しいぞ。
     それから一緒になったとて、楽しみが少ないからな」

    無理やり作った笑みと、笑い声は、不意に吹いた強い風に吹かれて。
    その想いは、再会が果たされるそのときまで、続いて行く。





    それから、5年が経過。

    ルクセンの平定がなり、その報告のために、ロバートが戻ってくると聞いたエリザ。
    当日を今か今かと待ち焦がれ。

    「何をしておるのじゃ、あの者は」

    廊下の角に隠れたエリザは、覗き見るようにして、廊下の先を窺う。
    そこにいるのは、1人の年若い男性。

    先ほどから、ドアをノックしそうになってはやめて、唸ったり、
    またノックしようと手を上げたり、非常に怪しい動きを見せている。

    会うのは5年ぶりになるが、一目でわかった。
    面影は残っている。

    「ふふ。ひとつ驚かせてみるか」

    ニヤリと、意地悪そうな笑みを浮かべたエリザは。
    彼に気付かれないように、コソコソと接近して。

    「ロバートーッ!」

    彼に向けて、大声を発した。





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