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■51 / inTopicNo.1)  "紅い魔鋼"――◇予告◆
  
□投稿者/ サム -(2004/11/17(Wed) 23:46:15)
    2004/11/19(Fri) 21:01:30 編集(投稿者)

     ◇ "紅い魔鋼" 『予告編』 ◆



    人々は日々を重ねて歴史を作る。

    人々は技術を重ねて文明を造る。

    人々は思いを重ねて未来を創る。


    何時の日も,何時の時でもそれは変わらず――
    ささやかなでも小さな幸せと,最大多数の幸せを守る人々は何処にでもいた。

    文明が起ったときでも。
    1000年前であっても。
    現代でも。

    全く変わらない人の行い。
    これからも変わることのないだろう,その行い。

    それこそが人間の歴史()なのだろう。



     ▽  △



    魔導暦3022年。

    例年より冷えた冬も過ぎ,新しい年が明けた。
    学院の存在する都市――リディルにも春が訪れ,"私"も第三過程生に上がることになる。

    あの娘(エルリス)と出会ったのも一年前の丁度この時期。
    今はもうこの学院にはいない彼女だが,どこかできっと,目的に向かってがんばっている事だろう。

    でも,一人で全て背負うと言う考えはいささか好かない。そんな彼女に対して私は一つ意趣返しを考えている。
    今はその下準備を進めるだけ。

    待ってなさい,エルリス・ハーネット。

    とびっきりのプレゼントを持って貴方に会いに行くその日を,ね。


     ▽


     変わることのない"私"の目標。
     
       様々な出会い。
     
         沢山の出来事。
     
           楽しい日常の中で生まれる感情――。


       エルリスとの別れから半年。
       
       "私"は,とうとう自分の足で歩き始めた。

     △


    世の中には現象の発端――原因が存在する。
    それは過去の出来事の積み重ねであり,人の意志が絡まないのであれば全くの偶然でありそして必然。
    呼び方は様々…――だがそれは確かに"在る"

    原因が存在し,それ故に結果も生ずる。

    過去の遺物。
    歴史の闇。
    人々の思惑と野望。
    巻き込まれる者達。

    そして,それに気づく者もまたいる。

    自ら渦中に飛び込み,しかし何も成せなかった少女。

    彼女は直感が導くままに行動を始める。

    全ての原因が収束するそのとき,彼女は,そして彼女の周りに集まる者達は何を見ることになるのか。


                   しろいせかい

                 紅い魔鋼

               蒼いツルギ

             力の意味
          
           想いの強さ



    これらが鍵となる物語。





    過去が原点となり,1000年の時を超え野望の中で現在に蘇る紅い魔鋼(クリムゾンレッド)





    「確実に生き残る術なんてない…確かな未来なんて,何処にもない! だから,全部掴み取るまでよ!」





    叫びの意味は。




    そしてその結末は。




    △ 紅い魔鋼(クリムゾンレッド) ▽





    近日公開予定(coming Soon)



引用返信/返信 削除キー/
■52 / inTopicNo.2)  "紅い魔鋼"――◇序章◆
□投稿者/ サム -(2004/11/18(Thu) 07:17:47)
     ◇ 序章『始まり』 ◆


    始まりはいつも唐突だ。
    誰の下においてもそうなんだろう。きっとそうだ。でなければ俺が不幸過ぎる。


     ▽  △


    俺――ケイン・アーノルドは学院の魔鋼技科に席を置いて魔導工学を学ぶ学生。二十歳。
    第三過程生だ。

    実家は都市リディル南西部のスラム近くにある下町。
    オヤジはそこで魔法駆動機関――ドライブ・エンジンの修理工をしている。
    ドライブエンジンはこの文明の根幹を担う一要因だけあって,現代で生活するには欠かせないものだ。

    魔法駆動機関とはいっても多種多様。
    多数の企業が開発・販売している汎用性が目玉で特殊機能は一切つかない通常タイプから,軍の戦闘用まで種類を上げたら限がない。
    当然,通常タイプには装甲外殻など格納されているはずもなく…腕部装着タイプならば肘までのガード,腰部タイプならポーチ,頭部タイプならばバイザー型と,ほんのお飾り程度の機能しか持たない。
    逆に軍用…もしくは装甲外殻(アーマード・シェル)を手がけるドライブ・エンジンメーカーならば,それこそさっきも言った装甲外殻や特殊武装,身体補助・電子装置や人工精霊など,高度最先端の技術が詰めこまれることになる。
    もっとも,王国の厳しい管理の元に,と言う条件はつくが。


    俺が学院に入った理由――それは単に親父の命令だった。
    物心ついたときから既にドライブエンジンで遊んでいた俺は,当然のように親父を手伝いながら自然とドライブエンジンと関わってきた。
    魔導文明が重ねたその年月,培われた理論,複雑化する構造,仕組み。
    幼年期からそれを身につけていったらしい俺は,中等過程を学ぶための学校に通うまでにそれまでの技術を余すところなく吸収した。学べる範囲で、だ。

    親父曰く――"この機械馬鹿め…"

    言っている言葉は乱暴だが,そう言うときの親父の顔は苦笑。
    母親は「きっとうれしいのよ」何時もそう言って笑っている。
    俺もそうなんじゃないかと最近思うようになって来てる。…まだ半信半疑だが。


    転機は高等過程を終了する時期になった時のことだ。
    当然のように進路の決定時期にさしかかってきていて,周囲の雰囲気もぴりぴりし始めた…そんな時期。俺は親父の後を継ぐ気だったから,担当の教官にもその旨伝えていた。

    が。
    親父はある日突然親父がこう言った。

    「学院に行け」

    晴天の霹靂とはこの事だろう。
    学院――王国立総合学院は国内でも最高峰の学術機関だ。
    おいそれと入学できる所じゃない。
    通っていた高校でも受ける奴はまず居ない。

    散々渋った俺は(当然だ)どうやら親父が勝手に出願したらしい事を知り,腹をくくった。
    元々失うものはないのだし…と勉強らしい勉強をする事もなく試験当日を迎えた。

    魔鋼技科を選択した(というかされていた)俺のテストは,ペーパーと実技。
    どんな試験をやらされるのかとビビっていた俺は,しかしその試験に拍子抜けした。

    …ガキの頃から散々繰り返していた作業。
    その確認みたいなものだったからだ。

    ペーパーを易々と書き上げた俺は,実習でもドライブエンジンの簡単な修理を終えて家に帰った。
    数日後届いた結果は合格。
    正直あんなもんで良かったのか,と言う思いが強かった事だけ印象に残っている。

    ――以来3年が経つ。
    寄宿舎に入ってからは,長期休暇の際の数日の帰省以外は家には帰らない日々を送っているが,充実した講座や実習,新鮮で新しい知識を学ぶ日々に不満はない。いや――

    第二過程の後半期が過ぎるその時までは,なかった。
    なかったのだ。


     ▽  △


    それは昨年の秋。
    寒さも深まり,そろそろ冬も到来するだろうと言うそんな時期だ。

    そいつはやってきた。

    『…やぁ。暇そうだね』

    魔鋼技科の実習室で,自分のドライブエンジンをいじっていた俺にそう声をかけてきたのは,戦技科の印章をつけた女子だった。

    偶然にも俺はその女子生徒を知っていた。
    学院内の寄宿舎に入っている学生は,隣りの部屋の住人と組みになる習しがある。
    当然俺もアホな奴とユニットになっている。…それはさて置き。

    その女は,先日相方が突然学院を辞めて一人になった奴のはずだ。
    男子寄宿舎で人気があったらしい蒼髪の女子が辞めたと言う話が流れ,一時は騒動になりかけたらしい。
    こっちだけだったが。


    『作業中すまないとは思うんだけど』

    暇そうだね、という前言を撤回せずにいけしゃあしゃあと言うそいつは,そう前置きして腕輪をこちらに差し出してきた。

    結構使い込まれたドライブエンジン。それも――

    『…軍用タイプ? どうしたんだ、コレ』

    見たことのないタイプだが,形式などからみて恐らく軍用だろう。
    この手のドライブエンジンはめったに目にかかれないモノだ。親父の工房でも年に2,3回しか目にしなかった。
    当然俺の興味はそっちに向かう。

    『良ければ、ちょーっとみてほしいんだ。専門じゃないからメンテとか良くわかんないし…大事なものだからしっかりしときたくて』

    そう言って,奴はニコリと笑った。

    …別に笑顔に負けたわけじゃない。
    その腕輪に興味があった…ただそれだけだ。そのはずだ。
    なんとなく腕輪を受け取ってしまった。

    が。
    それがまずかった。
    それが,今から約半年前の,そいつとの出会い。

    『あ、"私"は――』

    つい,とそいつの右手が笑顔と共に差し出される。

    『"私"はミコト。ミヤセ・ミコト。…これからヨロシク,ケイン・アーノルド君』

    思わず握手を返してしまった俺は,決して白紙に戻せない契約書にサインを交わしたに違いない。
    そう。
    後戻りなんて選択肢はもうなくなっていたんだ。



    >>続く
引用返信/返信 削除キー/
■53 / inTopicNo.3)  "紅い魔鋼"――◇一話◆
□投稿者/ サム -(2004/11/18(Thu) 22:04:37)
     ◇ 第一話『ハードラック・レディ』 ◆


    ミヤセ・ミコト十九歳。

    こいつは曲者だ。
    周りと自分の状況を完全に把握しながら,何事にも動じず笑顔で行動する"確信犯"だ。

    半年前――こいつから腕輪型のドライブエンジンを受け取った時には既に"始まっていた"に違いない。
    この女の途方もない策略が。
    どうやら俺は――その第一の"被害者"らしい。


     ▽  △


    一日の半分が過ぎ,午前中の講義が終わった俺はその足で食堂に向かった。
    講義は予定時間よりも早めに終わり,そのせいもあってそれほどまだ混んでいない。
    これ幸いとバイキング式の配膳システムから食料を確保し,場所を決めようとしたとき,そいつの声が聞こえてきた。

    「ケーイ。こっちこっち」

    ミコトは俺をケイと呼ぶ。
    ケインだ! と,何度言っても聞きゃしない。よって諦めた。放置だ。
    聞かなかった事にして別のところに座ってもいいんだが…それでアイツが諦めるとも思えない。
    それこそ完全に諦めて,ミコトの居る席へと向かった。

    「…なんだ?」
    「なんだ、じゃないでしょ。せっかく呼んであげたんだから感謝しなよ」

    あまつさえそう言い放った。
    やれやれと俺は向かいの席に座り,食事を始める。

    ミコトは戦技科の生徒だ。
    "半年前までは"極平均的な成績の生徒だったらしい。
    俺の相方が何故かそう言う情報について詳しく,聞いてもいないのに聞かされたから自然と覚えてしまった。


    ――半年前までは。
    つまり,半年前から今までは,それまでと様子が異なると言う事だ。
    実際,俺の知っているミコトは信じられないくらい成績の優秀な女子だ。

    戦闘のみならず,共通講座も魔法学もかなり出来る。
    最近は,学園の外で現役の軍人が開いているらしい実習講座までも受けていると聞く。
    受講制限のないその講座には,将来軍人を目指す学生だけでなく,学外からも多くの人が参加するもの。
    当然女子の数は少ない。
    それでも,その受講生のなかでも彼女の名前はかなり知れ渡っているらしい。
    学院内外問わず,TOPクラスの実力者――それが俺の知る,ミヤセ・ミコトだ。

    そんなミヤセ・ミコトがなぜ俺に話しかけるのか――今をもっていまいち判らん。

    俺はと言えば,魔鋼技科への入学こそ主席だったらしいが,それ以降はさっぱり。
    成績も平均よりマシな程度だし,実は造り手(クリエーター)としての才能も余りない。
    唯一突出している,と言うのが――修復…それと改良だ。

    元々修理工技師の親父の作業を見知り,自らも色々手伝いを兼ねて触ってきたからこそ――経験の賜物だろうと考えている。
    勿論,今もって魔導技術は奥深いもので興味は尽きない。
    週末になると実習室で色々と自分の魔法駆動機関(ドライブ・エンジン)や何やらを弄り回す日々を送っている。経験だけは他人に負けるつもりはない。
    ミコトがやってきたのも,そんなささやかで平凡な日だった。

    その日以降,なぜかコイツは毎日やってきた。
    今では顔を合せない日の方が少ないくらいだ。――コイツが野外実習に出る時くらいだろう。
    だが――

    「で、さ。あの話――考えてくれた?」

    一段落ついたのか,ミコトは御茶を飲みながら俺にそう声をかけてきた。
    思わず苦い面になったんだろう俺。なんでだろうな。

    「あー…」

    考えてなくはない,でも結論が出ない。
    そんな態度の俺に,ミコトは――怒らず苦笑する。

    「まぁ,魔鋼技科には関係ない講座ではあるけどね」
    「……。」

    誘いをかけられているのは,先にも言った野外実習訓練というやつだ。戦闘の。
    何を血迷ったのか,コイツは俺に一緒に来いと言いやがった。

    普段ならば迷わず突っぱねるところだが…いや、実際最初は断ろうと思った。
    が――

    『…野外での駆動機関系の応急修理訓練とか。そんなのどう?』

    ニヤリ,と形容するのが相応しいくらいの笑みに,思わず俺は唸る。
    コイツが言いたい事は汲み取れた。
    限られた状況,環境では純粋に"技術の勝負"。

    自分の腕を試したくはないか――?
    そう暗に仄めかしていたに違いなかった。

    試したいと言う思いがないわけではない…が…
    何にしろ面白くない。
    何がって,コイツに乗せられているのが面白くない。気に入らない。躊躇う理由は単にそんなコトだった。

    「まぁ,まだ時間はあるからゆっくり考えといてよ」

    そう言って,ミコトはお茶を再開する。
    そんな様子のミコトを見て,今までの経験――それを培ってきた自分の左手を見て,ついでに昼食のトレイをみた。
    俺はハァ…と溜息をついて口を開く。

    「…いい,出る。やるよ。どうせ先延ばしにしても結論は変わんねーんだ…」

    多分,断っても何かと理由をつけて引っ張られるに決まってる。
    ここ半年の付き合いでコイツの強引さは身にしみてわかっている。

    「おっけ。もう書類は送っといたから安心してね」
    「おいっ! マジか!?」
    「うん」

    のほほーんと何でもない事のように返事をするミコトを,俺は信じられないような目で見た。
    と言うか信じられん,承諾を得ないうちから既に申請書まで送っていたなんて誰に予想できるか?
    いや、できない。ここ反語表現で重要だ。

    そんな俺を放っておいて,ミコトは自分のバックの中から一枚の書面とゲストIDらしきものを取り出す。

    「はい、これ。」
    「…なんだこれ。」
    「うん、申請書の受領書と許可証。」

    出来てるよ,と気軽に渡してくれやがるこいつ。

    「早過ぎだ,このバカ! さてはやっぱりどうやってでも引っ張ってくつもりだったな!? ってかこの写真何時取ったんだ!」
    「…知りたい?」

    きちんと正面を見つめる俺の写真入りID。
    そんな写真を撮った覚えはないのに、何でこんなものが,という素朴で当然過ぎる疑問にミコトは意味ありげに微笑んだ。

    「う、」
    躊躇いが生じた瞬間、それが俺の負けを証明していた。
    「いや、いい…」そう応えると,ミコトはニコニコ笑った。「男は小さい事気にしない!」とまで言いやがった。…果たしてコレは小さい事なのか…?
    そう疑問に思うが相談できる相手もなく。(相方に相談したら間違いなくバカにされる)

    俺は孤独だ。


     ▽  △


    今日の午後の講座は,あまり興味のない基礎教養しかとっていない。
    その事を知ってかしらずか,ミコトは俺を従えて教務課の管理する演習用武器保管倉庫に来ていた。
    所狭しと 駆動式を刻み込まれたミスリル製の武具を格納した棚が並んでいる。

    「なにするんだ?」
    「うん、この中からも幾つか装備を借りようと思って」

    良さそうなの見繕うの手伝って,との事。
    許可証はさっき取っていたのを見ていた。そこまでするのか。
    それを問う。

    「だって,ここ創設時からの保管庫でしょ? 掘り出し物があればラッキーじゃない」
    「…まぁ,簡単に見つかるとは思えんけどな」

    そんな事ないよぅと頬を膨らませるミコトだが…まぁそれもそうだ。
    実はこの学院――建物自体は創設から既に1000年近く経とうと言う由緒正しい建造物でもある。
    保管庫にしても元は武器庫だったらしい。学院自体は今でこそクリーンなイメージのキャンパスだが,前身…1000年前は拠点防衛用の砦だったと聞いたことがある。

    1000年前の遺跡ゆえのミコトの掘り出し物発言。だが,同時に時間の経過ゆえの,俺の見つかるとは思えない発言だ。
    どちらも,まぁ理に適ってはいる。

     ▼

    ミコトと別れて数分。
    束の間の自由と共に,俺は防具と補助具関連を中心に漁っていた。
    アイツのことは嫌いではないが,正直四六時中そばに居たいとも思わん。
    息が詰まる…と言うよりは,俺が生きていられるかわからない,自信がない,というのが本音だ。
    奴は何時だってトラブルメーカーだから。

    「む。」

    なんとなく手に取ったのは篭手型のアミュレット。自分のドライブエンジン(魔法駆動機関)に格納されている補助具と同系列の装備だ。親近感がわいた。
    コレは年代物の遺物で…とは言ってもここ十数年のものだが,装備自体にミスリルを組みこんだもの。ドライブエンジンのような機械化(マシンナライズ)はされていない。ミスリルに刻まれている駆動式は――

    「増幅器の類か?」

    余り見ない駆動式だ。ミコトの貸し出し許可証があるからコレは借りとこう。

     ▽

    野外演習でで使うドライブエンジンは自前のものだ。
    俺のはミコトのとは違い,軍用…というか普通は軍のDE(ドライブ・エンジン )など持っているはずもないため,なるべく安価なメーカー品を購入するか、技術があるならば自分のDEをチューンナップするしかない。
    今集めてるのは自分のDEをチューンするための補助具を捜している,と言う所だ。
    実際どんな改良を施すかは野外演習の内容次第になるのだが,そこはミコトの意見を聞きながら調整するしかないだろう。遺憾ながら。
    他にも数点役に立ちそうなものを見繕う。
    1時間ほどして一段落し,ホッと一息ついたとき。

    「ケイーちょっときてー」

    お呼びがかかった。


     ▼

    「これなんだけど」

    と手渡してきた短剣。
    俺は鑑定士じゃない,と一応文句は言っておこう。
    時間的には自分の捜索分はほぼ大丈夫だろうと思っていた頃合だったから,丁度良かったかも知れない。 
    …しかし,きっかり一時間経っているところを見ると元々それくらいしたら呼びつけるつもりだったのかもしれないが。

    ともかく。
    俺は短剣を見た。

    「…む」

    全長30cm弱の古い短剣だ。
    鞘から引き抜いて刃を調べる。刃に駆動式が刻印されている珍しいタイプ。
    現代の主流は柄などに刻印されているものが大多数のはずだ。
    …どっかの年鑑で見たことがあるような。

    「これってさ、特殊効果型に良くある刻印法だよね」

    ミコトが俺の手元を覗きこみながらコメントする。
    1000年前は戦時だったらしい。そんな時代では,魔法はそれほど制御の聞くものでもなかった当時、求められたのは純然たる威力。
    魔法の威力のみを求める方法の一つに,ミスリルに駆動式を刻むときの技術――刻印法と言うものがある。
    制御が発達し,この手の刻印法を用いなくても,緻密な魔力誘導法と簡易式の確立で高い威力を生み出せるようになった現在。
    この過去の技術は武器年鑑や専門の教科でしか学べる機会もない。
    俺は趣味で知っていたが,こいつは何で知ってるんだ? なんて疑問にも思ったが…。

    「その刻印法ってここが出来たくらい――それこそ1000年前だろ? 当時の作品は回収されきったんじゃないのか?」
    「そこにあるじゃん。」

    俺の手の中にある短剣を指差すミコト。
    俺は半信半疑だ。
    何時でも最初は疑ってかかるのが俺の信条だ―――こいつに限っては誤ったが。

    「まぁ待てって,簡単な鑑定ならできる。イミテーションかもしれないだろ」

    教務課で管理していると言う事は,講座で使うイミテーションも一緒にしているはずだ。
    入ってきた入り口――ここから20mほど戻った辺りがその棚だった。


    ともかくこれを鑑定する必要がある。
    俺は右手の中指に着けている指輪型のドライブエンジン(ドライブ・エンジン)を発動させた。
    右手に収束する魔力は印を介し指輪へと流れこむ。発動に必要な魔力は極少なく、制御に失敗することはまずない。
    ミスリルの中に格納されている補助具は外殻装甲などという物々しいものではなく.篭手型の多目的万能デバイス。
    要は篭手の形をした万能工具だ。

    魔鋼技師は魔法駆動機関(ドライブエンジン)を扱う技術者。
    魔鋼――つまりはミスリルを加工する鍛冶士であり,そしてそれに駆動式を刻印する芸術家とも言える。
    俺が専攻するのは加工系と,その中に格納する補助具(ARMS)のメンテナンスを目的とする技術系。
    修理に必要だからと言う理由で刻印技術も多少は学んでいるが,成績はあまり良くない。
    元々芸術肌ではないからそれもしょうがないだろうと,ある程度は諦めてもいた。
    無論,落第しない程度に,だ。

    真剣にミスリルの製錬からドライブエンジンを創作しようとするのであれば,もう一組ある,両手の指輪型魔法駆動機関を全開駆動(フルドライブ)する必要があるのだが,今のような簡単な鑑定や補修くらいならば俺のドライブエンジンで十分事足りる。
    ツールの中から,鑑定用にエーテル(魔法反応流体金属)を選択・解放。
    ミスリルは物体を魔力で分解し格納する事ができる事も出来る――と言うか、基本的にどのドライブエンジンも補助具や装甲外殻(ARMS アーマード・シェル)を格納できるように複雑怪奇な駆動式が編まれている。

    さて。
    魔力に反応する金属流体――エーテル。
    これを数gほど剣の刻印に垂らした。流動性を持つエーテルは隅々まで行き渡り…

    「駆動」

    俺の一言でエーテルに魔力が行きわたる。
    キラキラと輝きだし剣の駆動式全体にまわったエーテルは.俺の意思に従ってそのまま俺のドライブエンジン(篭手型デバイス)の中に収納された。
    解析ツールを稼動。解析を開始する。
    多目的デバイスなだけあって,俺のドライブエンジンはある程度の解析も可能なように改造してある。

    解析・完了(コンプリート)

    人工精霊――ほど多機能・高性能ではない電子制御コンピュータのAIが音声でそう報告してきた。

    「解析済みの駆動式を展開表示・開始」
    了解(ラジャー)

    空間に投射され始めた駆動式の解析図。
    刃の表面に刻印された駆動式は二つ。
    込み入った所が見えないシンプルな型だが…解析した図面は,空中で複雑な立体球形に展開し始めた…?

    くるくると回転しながら組み合わさる五芒星,六芒星,各種刻印に必要な大量の魔導文字群…駆動式。
    その刻印された駆動式群が発動すれば――

    ……。

    …冷や汗が背を伝う。

    間違いない。
    コレは――

    「…本物かよ」
    「ラッキー,かな?」

    疑問形なのにミコトの表情はきらきら輝いている。まずい。だめだ。

    「…これは俺が預かっとく。てか教務課にわたさんと! こんな危険なものしまっとくかふつー!?」
    「だめだめーー! それ、私がみつけたんだよっ! 返せどろぼー!」
    「何言ってんだこのヤロ,あぶねーつってんだろーが,こら、ひっかくな!」
    「かえせーかえせーかえせー! でないと…」

    途端ミコトが沈黙する。
    う,目が光った。キラーンと光った…良からぬコトを思いついたか!
    コイツがそんな目をした時,俺は決まって勝てない。絶対に勝てない。…経験は大切だ。
    そんなギリギリの思いに捕われていた俺に,ミコトは――声を潜めて囁きかける。囁き?

    「…で,ないと。ケイが,私の大切なモノ奪ったって…いいふらしちゃうよ?」
    「…なッ!?」

    くすくすさーどうするのかなきみわっ!的な表情のこの女…コイツはやると言ったらやるに違いない。
    俺は別に自分の風評はかまわんが――不名誉だけはいやだ。それも女のトラブルだけは絶対に嫌だ。
    となるとやはり折れるしかないのか…?
    そこにミコトの後押しの一言。

    「大丈夫。どうせ誰も気づかなかったんだし,私が使わなきゃ良いだけの話じゃない?」

    ね、と続けるが…俺にはそれが信じられんのだ。
    抵抗できない俺の良心は,ミコトの"譲歩"の一言で,折れなければならない自分のプライドを守るほうに傾いた。

    意気揚揚と短剣を腰の後ろにしまうミコトを見ながら,俺は思った。

    ――いや,元々管理し切れてない教務課が悪い。
    "ミコト(アイツ)"が原因で剣が暴走してもしらないぞ。俺はしらん。一応止めたし。


    現実逃避しか出来ない己の無力さを噛み締めた一日だった。


     ▽  △



    >>続く
引用返信/返信 削除キー/
■60 / inTopicNo.4)  "紅い魔鋼"――◇ニ話◆
□投稿者/ サム -(2004/11/19(Fri) 20:59:45)
     ◇ 第二話『若き魔鋼技師』 ◆

    魔鋼技師主な特性は2種類に類別される。
    一方は技術者(エンジニア)
    ミスリルを製錬し,駆動式を組み合わせ,魔法駆動機関という1個の作品を造る。

    もう一方は芸術家(アーティスト)
    魔法使い達が考案した駆動式を,実際にミスリルに刻印する彫刻家だ。
    極限られたスペースに,自分の技量ので 式の意味・性能を,損ねることなく刻印する者。
    彼等のそれは,技術と言うよりは最早芸術の域に達している。

     ▽

    俺は魔鋼技科に所属する三期過程生だ。
    成績は余り良くない。
    刻印技術も魔法駆動機関造りもいまいちな感じだ。
    最先端で日々新しい技術の開発を行っているのだろう王国工房や各ドライブエンジンメーカーには縁はないだろう。


    しかし,そんな俺の唯一の特技が魔法駆動機関(ドライブエンジン)の整備や修理,そして改良だ。
    コレに関しては自信を持って宣言できる。俺はやれる,と。

    学院に入学し魔鋼技科に入り,様々な知識や知らなかった技術,そして"道具"自体を,設計から具体的に造るまでの過程とそのコンセプトの組み方を学んだ。
    それは過去の作品を例としての説明だったとしても,基本的な考え方は全てに共通する。
    だからこそ,それは俺にとって新境地だった。

    そこからは応用力がものを言う。
    同じ魔鋼技科のどいつよりも経験だけは勝っていた俺は,自ら実習室に篭って色々試してきた。
    一般には不可能だと言われている,DE(ドライブエンジン)の分解整備もやってのけた。
    仕組みさえ理解し,道具(ツール)が揃っているならできるレベルだと言うのが感想だ。
    教授方に言わせれば『今それをできるのは,君だけだ』と言う事らしいが。


     ▼


    特殊金属 魔鋼――ミスリル。
    その特性は,魔力に反応し様々な作用を生むことにある。
    魔力反応流体金属(エーテル)と駆動式を組み込むことで,それはほぼ万能な道具となりうる。


    ミスリルは魔力に反応し作用を生む。
    生まれる作用は,駆動式によって方向付けされる。
    駆動式は刻印技術で刻まれる。


    この関係――魔法発生の原理と技術を提唱し,世に広めたのは一人の賢者。
    "起源"と言う名を持つ者だったらしい。
    伝承を伝える書簡には,闇が世界を覆う時代…それを退けた者,とよく冒頭で書かれている。

    彼が,もしくは彼女かもしれないが,その人物がもたらしたものは,紛れもなくこの文明を創った。
    それは,俺には偉大な事だと思える。


     ▼


    野外演習を約一月後に控えたここ数日。
    俺はミコトにつれられて軍事教練――戦闘指導を受けていた。
    何でも,後方支援要員でも最低限の戦闘は行えるようにしておきたいとの発言。待てコラ。


    ズダン!

    ミコトの神速の踏込みから繰り出された突きをまともに食らい,俺は吹っ飛んだ。
    空中を飛ぶ経験は初めてではないが…飛ばされるのは初めてだ。馬鹿力め。

    「なにやってんのさ、受身取らなきゃ!」
    「アホかお前はっ!? 空中吹っ飛んでるのに受身なんかできるかっ」

    衝撃吸収の駆動式を組みこんだライトプロテクターはその衝撃を殺しきれず,腰部に接続されているミスリル(依り代)にヒビが入った。
    またか…

    「まて,一体これで何個目だ…?」

    簡易型とはいえ,自動拳銃の衝撃すら吸収するこの駆動式は,ミコトの攻撃を数回受けただけで駆動式を刻んだミスリル自体を物理的に崩壊させていた。
    これは何と言って良いのか…俺を殺すつもりだろうか。
    隅に転がっているミスリルの破片はおおよそ8つ分。そろそろ換えのストックが切れつつある。

    「あのな。」
    「ん,なに?」

    俺の苦労と心労と悲壮と悲観を知ってか知らずか…恐らく知ってるのだろうが,ミコトは極めて機嫌が良い。
    爽やかで晴れやかで清清しい笑みだ。…こちらは最悪な気分なのだが。

    「思いっきり殴れるっていいよねぇ」

    言いやがった。本音いいやがったよコイツ!

    「てめ、俺を何度殺せば気が済むんだ!?」
    「大丈夫。ケイ生きてるじゃん」
    「あの隅を見ろ!」

    ビシッと俺が指差す方向には,砕けたミスリルの板が数枚転がっている。さっきまでの俺の生命線だ。切れまくっている。
    ミコトははてな?と首をかしげた。

    「…あれがどうしたの?」
    「アレが俺の命のかわりだ!」

    ひーふーみーと指折り数えるミコトは,得心言った,とばかりに頷く。

    「うん。八回は死んでるね。」
    「ね、じゃねーだろが!」

    その間にも,俺は加工した換えのチェンバー(予備"命"槽)を入れ替える。
    残り後5枚。

    「うん。判ってるよ…後五回はだいじょうぶだね」
    「ぜんぜん判ってねぇ…くっ,やるしかないのか!」

    絶望的なまでにはぐらかすミコト。
    しっかりとこっちの行動を把握している発言と共に,奴は態勢を構える。攻撃の構えを。

    ならば。
    俺は命を繋げるための反撃行動を取るしかない。勿論さっきまでも取っていたが,今はあの時以上の力がほしい。
    生き残るために。
    俺は――今。

    奴に最大以上の力でもって相対した――



    無論,戦技科と魔鋼技科では話になるはずもなく,残った"6つ"の生命線を,0.5だけ残して訓練は終わった。


     ▽  △


    …目を開けると,薄汚れた広い天井が見える。
    ゆっくりと体を起こし,俺は周りを見まわした。

    どうやら合同訓練室。
    さっきまで殴り合っていた…いや,一方的に殴り飛ばされていた その場所のようだ。
    ミコトはどこに――いた。


    少し離れた区画,アイツは一人で武術か何かの型を繰り返していた。

    動きは次第に速くなり,まるで多数の敵を想定しているかのような――そんな激しい型だ。
    その反面,ほとんど場所を動いていない。
    半径2m位を,足で円を描く動きで移動している。
    例えるならば――流れるように。

    いつもは緩んでいる頬も,笑っている瞳も。
    俺の知ってるミヤセ・ミコトを構成する部分が,全て俺の知らないミヤセ・ミコトになっていた。

    その限りなく真剣な眼差し。
    切れ長の瞳が見据える先――それは一体何なのか。
    何を見据えて,その拳を振るっているのか――俺には想像がつかない。
    正直,そんな真剣なミコトを見たことがなかった俺は,何時の間にかじっと彼女を見詰めつづけてた。

    飽きる事なく,何時までも。

    何時までも。



     ▼

    半年前。
    エルリス・ハーネットが去ったこの学院でやるべき事を見つけた私。
    それは言うだけならば簡単な事だった。
    でも,それを実際に実行するとなると一人ではかなり難しい。そこでひとまず私は仲間を捜す事にした。

     ▲

    ケイン・アーノルド。

    偶然見かけたその名前は,一度だけ聞いたことのあった名前だった。
    "私"達の入学した年,魔鋼技科で主席だった男子生徒だ。

    ロンに命令し学生科にハッキング(不法アクセス)する事で手に入れた,膨大な個人情報。
    しかし,実際にその情報を調べるのは自分であってそれには限界がある。学院に存在する全生徒を調べきることは到底無理なので…
    私はとりあえず,当時自分と同じ第二過程生を調べる事にした。

    彼は然程成績の良い生徒ではなかった。
    入学時こそ主席合格を果たしていたけど,それから一年半を過ぎたその時の成績は中の上。
    まぁ当時の私と似たり寄ったりのところだった。

    目にとまったのは単なる興味本位だったんだろうと思う。
    でも,よくよく資料を読むうちに感じた。
    "自分と同じ匂い"を感じた。
    それは彼の過去にではなく――純粋に彼の持っているかもしれない,その才能に,だ。
    私の感が,そう告げている。

    私が持つ才能――それは直感だ,と聞いた。
    そう言ったのは,私が最も尊敬する人――"おばあちゃん"だ。
    『あなたが周りから孤立してしまうのは,あなたの感が的確で鋭すぎるから。でも,それは決して負の才能じゃないわ――』
    私が泣きながら学校から帰宅すると,おばあちゃんは何故か必ず私の家にきて私にそう言ってくれた。


    おばあちゃんの保証してくれた,この私の才能――直感力。
    それはこのケイン・アーノルドに会うべきだ,と。
    確かにそう告げている気がした。


    数日後,私は彼の下を訪れた。
    彼は実習室で作業中だったようだ。
    少々躊躇いがなかったわけでもなかったが.第一印象が肝心と,涼しい顔で中に入った。


    私は,驚愕した。
    彼は"魔法駆動機関(ドライブ・エンジン)と,そのミスリルの構造内部に円環封印で格納されているはずの補助具(ARMS)を,魔力を通わせることなく現実復帰(マテリアライズ)させて,整備していた"のだ。

    魔法駆動機関――ドライブエンジンは,ミスリルによって造られている。
    ミスリルに魔力を通わせ,駆動式群――魔導機構を稼動させる事で,ミスリル内に粒子分解・格納されている補助具を現実に具現させる。
    それは,その全てが"魔法を駆動させる流れ"として。
    簡略される事のない"手続き"として,決められている。

    ドライブエンジンを駆動しなければ,補助具は具現できない。
    補助具を具現しなければ,魔法は使えない。

    ぐるぐると,円環のようなこの関係こそが,魔法駆動機関(ドライブエンジン)を使った魔法駆動の根底にある。
    つまり,ドライブエンジンに魔力を通わせる――そうでなければ何も出来ない。これこそがこの国での魔法駆動と,補助具具現の第一定義。
    EXはこれらの定義を根底からふっ飛ばしているので――故に異端とされている。ここでは,まぁ関連しないけど。

    しかし実際は,これは人の手によって造られた物。
    決して出来ない事はないのだろうけど――恐らく状況が揃っていれば,と言う条件下で可能なのだろう。
    まず,メーカーや製作元にあるだろう,マスターキーの使用。
    それ以外なら,専用の研究室やドライブエンジンメーカー,もしくは王国工房など設備の整った最先端の研究施設で,など。

    それ以外の分解は,まず不可能。

    そう言われている完全分離・分解整備を"目の前で行っている"人間がいた。
    驚かずに居られるだろうか。いや,いられるとは思えない。
    間違いない,彼は紛れもない天才に違いない――。


    でも。
    私は極めて冷静に,それらを全てを無視しきって彼に声をかけた。

    「…やぁ,暇そうだね」

    って。


     ▼


    それからの半年は…恐らくエルが居た時と同じ位楽しい日々が続いている。
    彼をからかう私は,きっと素顔の私なんだろうと思う。


    …さっきはやりすぎたかな,と少々反省。
    流石に衝撃吸収機構(ショックアブソーバー)式のライトプロテクターを一式ダメにしてしまった。
    彼との掛け合いにかまけていたとはいえ,ちょっとやりすぎた。一瞬だけの魔法駆動機関の稼動(ドライブ)の練習相手には丁度良かったのがわるい。ケイが悪い。そう決めた。
    まぁしかし…

    機嫌を悪くしていないかな――いや,良いはずはないと思うけど。


    思いに捕われるままに,私は型を繰り返していたらしい。

    多数の敵を相手にする時の型。古代の武術の一つに似ている教官は言っていた。
    ――直感が導く最良で合理的なベクトル。私の足は床に円を描き…停滞させずに私は動く
    ――しかし,決して一定領域から出ることはしない。

    この型は,ドライブエンジンの円環封印――閉鎖式循環回廊と概念が似ている。
    ドライブエンジンの形がピアスや指輪,腕輪などの"輪"と言う形をしている理由には,こういった確かな理論と意味の下にある。
    永遠に途切れる事のない概念を付加した,実現可能な半永久機関として。

    現在の私も似たようなもの。
    私の半径2mに立ち入ったものは,全てその存在を排除する。それは私が止まる事を決めるまで,誰にも途切れさせる事は出来ない――



    「ミコト」

    "私の意思が止めよう思うまでは決して途切れさせる事が出来ない",そう思ったその時に。
    彼の一声で私の"円舞"は止まってしまった。

    ――そう。
    状況が許さない限り不可能だと言われている,ドライブエンジンの分解をいとも容易く実行することができる…ケイン・アーノルドによって。


    そんな,妙な符合を。
    私の心は,とてもおかしいと感じた。

    「ぷ」

    止まらない.止めることは出来ない――

    「あは、あはははははは!」
    「なんだ,頭でもおかしくなったか――いや、元からだったな」


    …私はそんな彼の背中に飛びついた。

    「うおっ! なんだコラ,どうした!?」

    自然と火照ってくる顔を隠すように,彼の背に顔を埋めて。

    「おい…どうしたんだ…?」
    「うん…ケイ」

    囁く声は熱い。
    その私の声にケインは暴れるのを止めた。何かを予感しているのだろうか――?

    かまわない。
    胸に回した手で思いきり彼を抱きしめ――

    「ミコト…?」
    「さっきのは少し,言い過ぎだとおもうよ?」


    ニッコリと笑ってクールに告げ,芸術的なまでのジャーマンスープレックスを決めてやった。



     ▽  △



    俺は部屋に帰りついた。
    ベッドに倒れこむ。
    時間は21時をまわってた。疲れた。死ぬ。

    結局,午後いっぱいは戦闘訓練――とは名ばかりの殴られ大会。その後夕食と雑談を経て今に至った。 
    今日も無力さを痛感した。俺では奴は止められない――
    と言うか,何でこう…アイツは俺にばっかり無茶しやがる。

    ミヤセ・ミコト。
    あいつは俺以外の前では余りその本性を現さない。
    淑やかに振舞っているつもりでも,俺の心眼はごまかされない。絶対だ。なぜなら心の眼で見ているからだ。

    何人か気づいている人間も居るだろう,多分。
    その人物――彼かもしくは彼女か。誰でも良い,俺を助けてくれ――もしくは俺と同じ状況になれ。
    俺一人だといささかミコトの御守はきつい。死ぬ。マジで。


    色々懊悩しつつ,ごろりと寝返りをうつ。頭が冴えて眠れない。

    何度目になるだろうか…また寝返った。
    すると偶然窓から刺しこむ月光が,彼の顔を照らす。
    その,場違いな眩しさに手をかざし――思う。


    …でも,まあ。

    アイツに会ってからのこの半年は――


    「…ま。悪くはねぇかな」


     △
     

    ポツリとこぼしたその一言。
    それは,もしかすると――

    紛れもない,本音の一言だったのかもしれない。



    月は,青年の手で隠れている。
    今はまだ。



    >>続く
引用返信/返信 削除キー/
■63 / inTopicNo.5)  "紅い魔鋼"――◇三話◆
□投稿者/ サム -(2004/11/20(Sat) 22:02:54)
     ◇ 第三話『ほんの微かな予感』 ◆


    あれから1週間が経つ。
    やはり毎日のようにミコトに引っ張りまわされ,俺とアイツは野外演習に向けての準備を着々と進めていた。
    先日届いたらしい演習の日程によると,今回の実地場所は学術都市(リディル)近郊にある北国境付近――1000年ほど前にあった戦乱の主戦場跡。
    山脈の麓にも近いと言うのに何故か円形に窪んでいると言う,特殊な地形をしている。

    都市リディルの1000年前の歴史を辿るとすぐわかる。
    突如発生した"邪竜(伝説の怪物)"による王国動乱と言う事態があった。その最終決戦場が北に広がるジスト山脈の麓,この都市リディルの西側全域に面する広い草原一帯にランディール平原と名付けられた土地だった。

    ジスト山脈は自然に出来た――数億年をかけてだが――地形だ。
    海岸線からその端を発し,王国北側全から西側にかけて連なる全長800kmに及ぼうかと言う大山脈である。
    山脈の中で一番標高が高い部分,それが王国最西部を北から南に抜ける山脈にある。
    海抜2000m。
    俺はまだ見たことはないけれど,きっと壮観なのだろうと思う。

    演習場所となるランディ―ル平原は軍の演習場所としても度々使われているところだそうだ。
    まぁ。
    素人の集団が実戦演習を行う時に,初めて行く場所で行うはずもない。それこそ何が起こるかわからないだろうからな。
    当然の配慮だろう。


    しかしミコトに言わせれば,今回は少々状況が違うらしい。
    なんでも,俺たちの住んでいる都市リディルよりも南部に位置する工業都市ファルナから,史跡調査団が派遣されてくるらしい。
    その調査時期と,俺達の野外演習の時期が図ったように重なるとの事。

     
     ▽  △


    「これっておかしい。変な符合だよ」
    「考えすぎだろ」

    午前中の講座も終わり現在昼食。あいも変わらずミコトにつかまった哀れな俺。
    そこで野外演習の話になったのだが。

    史跡調査団に限れば確かにそんなに珍しい事じゃないんだけど,とミコトは言葉を濁す。
    俺には何が心配なのかわからん。

    「何の心配をしてるんだ、一体。」
    「んー…」

    何時になく歯切れの悪いミコト。そんな珍しいコイツの生態を観察すべく俺は注意を払う。
    勿論,飯を食う事も忘れない。
    午後からは俺の選科の講座が幾つかあるのだから手抜きは出来ない。

    食いながらミコトに目をやる。
    ボケ―っとお茶を覗きこみながら思考に耽る様は中々見れるものではない。
    …が。

    「おい、大丈夫か?」
    「ん? あ,うん。大丈夫」

    心ここにあらず,と言った雰囲気で生返事を返すミコト。
    そんな様子のコイツは,なんだか見たくない気がした。


     ▼


    特にそれ以上話も弾まず,昼食は終わった。
    別れ際にアイツは,少し色々調べてみると言って足早に去っていった。
    俺はただその姿を眺めるだけで,何をするでもなく――

    「くそ」

    呟いて,講座の開かれる教室とは別の方向へと俺は足を向けた。


     ▽  △


    学院の図書館は,その1000年前に建てられた当時からの記録はもちろん、それ以前の物も多く揃えてある。
    歴史書,伝記,風土記。
    学術書にしても,その蔵書は一体どのくらいあるのだろうか。
    俺も良く魔鋼技科で使う資料をここで探す。コピーも出来てお得な所だ。


    俺は,普段はまずは行かない歴史書の棚を捜す。
    学院の前身――リディル砦の創設の話や,ランディ―ル平原での決戦に至った経緯を調べるためだ。

    目的の書棚から,その辺が載ってると思われる歴史書を数冊選ぶ。
    似たようなタイトルから複数選ぶには理由がある。
    本一冊の情報からでは,その情報が間違っていた時に検証のしようがないからだ。
    他にも,ランディ―ルに関する伝記やその系列の本を数冊選んだ。

    ランディ―ルとは人物名だ。
    ランディール・リディストレス。
    実際にその戦争を終結に導いた,当時の王国で最高位の宮廷魔法師――王国史で今もってただ一人の大魔導士の称号を得たものだ。また,強大な魔法の使い手だったからか,雷帝とも雷神とも言われる事もある。

    そんな御伽噺に伝わる伝説程度ならば俺でも知っている。

    彼の者,凶つ力を持つ異界の怪物を,天空より召還せし光の矢にて討ち滅ぼしたものなり――

    まぁ要はアレだ。
    正義の魔法使いが,悪いドラゴンとか魔王を強力な魔法でやっつけた,と。
    ガキだった頃は,俺も何時か空から光を降らせる魔法をつかうんだー,とかそんな事を言っていた気もするが…現実を知った今,それは不可能だと言う事もわかっている。

    魔法とは"限定現象"という別名がある。
    あくまで作用範囲は決まっている。それは異端と言われているEXにしても変わらない。
    自らの魔力が届く範囲,そして制御が及ぶ範囲だ。それ以外での作用はまずありえない。
    ――例え英雄ランディ―ルが人知を超える魔力を扱えたとしても…当時の制御法が今ほどでもない稚拙な魔法で,そこまで強力な光学系魔法を駆動できたかと言われると――甚だ疑問だ。

    先程選んだどの資料にも.そんな記述は一切載っていない。
    …ん?

    俺は違和感を感じた。
    載っていない。情報が載っていない。

    英雄ランディ―ルは,邪悪なモノを倒した。

    どの資料にも,"その程度"のことしか載っていない。
    ――なんだこりゃ。

    当時1000年ほど前とは言っても,文字もあれば記録媒体もある。
    劣化の度に編集されたとは言っても内容は余り変わらないはずだ。なのに,どの資料も戦争の終結に至る経緯だけがすっぽりと抜けている…?
    これはおかしい。

    この王国の始まり――王家の歴史は,その勃興当初からかなり正確に伝わっている。史跡調査と照らし合わせても何ら相違点は見つからないくらいだ。
    王国の成立以来約2400年。連綿と連なってきたその正確な記録技術が,ここ一点だけに限って記録されていない――もしくは,

    「正確に記録できない事情があったか,後になって改竄されたか,だな」

    調査には時間がかかるが,気になるものは気になる。
    ミコトにこの事を話せば何らかの答えは得られるだろうとは思うのだが――

    「…気にくわんしな」

    自ら借りを作るわけにも行かないし,何より検証するには情報は多いほうが良い。
    もしかすると,アイツには見つけられなかった事実があるかもしれないし,それに俺が気づくかもしれない。


     ▽  △


    数時間をかけて全資料を読破した。
    結果は。

    「どの資料も巧妙にぼかしてやがる…」

    ミコトが明言を避けた理由もわかった気がする。
    こんな曖昧な情報では,何かを確信できる理由が全く見つからない。
    だが,まぁ判った事も一つだけある。

    「こぞって事実を隠蔽する感じに本をまとめているところを見ると――こりゃ国家機密っぽいなぁ」

    そう言う事だ。コレはタブー(禁忌)
    触れてはならない,王国の闇に葬られた過去なのかもしれない。
    …まぁ,コレに限った事じゃない。多分そんな事は2400年近くも続く王国の歴史の中では度々起こっているのだろう…多分。
    そう思う事にしてきっぱりと忘れたい。
    しかしまぁランディ―ルの謎が例え国家機密に相当する事だとしても…

    俺にはミコトがコレを気にする理由に全く見当がつかない。
    恐らくアイツは,まだどこかに俺とは違った情報源(ソース)を持っているのだろう。
    きっと,今の俺よりも多くの情報を持っていると確信できる。

    俺が今出来る事。なんだろうな――。

    しばし考えて得たもの。
    その結果はごく簡単なものだった。

    「今,俺に出来る事…どんな状況にも対応できるように万全を期す事,くらいか。」

    その"どんな状況にも"が言ったいどの程度のものなのか――それが一番の問題だ。

    魔鋼技師たる俺の使命は,DEを完全に整備する事だ。ともなると――

    最凶最悪絶体絶命の大大大ピンチを,最低でも生き残る事が出来るように準備をしておけばいいか。多分死ぬより悪い状況はないだろう。
    まぁ,持っていける資材にも限りがあるけどな。
    そこは工夫次第と言う事か。

    苦笑し立ちあがる。
    図書館もそろそろ閉館時刻だ。
    だが――俺はこれから実習室へ向かわなければ。

    きっと明日もきつい一日が待っている


    ――主な原因はミコトだがな。


     ▽  △


    ――「うん。そう、調査団の構成メンバーを…そう。お願いね,なんだか気になって。――わかった、ありがと。じゃ,ね」

    私は受話器を置いた。
    今日の昼,ケイと別れてからは講座をサボってあちこちを奔走していた。
    この胸のもやもやを晴らすために。
    でも,情報が集まれば集まるだけ私の直感が囁く。

    "コレは,危険だ",と。

    既に各方面で確認済みの事実の一つに,英雄ランディ―ルに関する記録の一部が改竄されていると言う事がある。
    これは当時の宮廷魔術師団によって発せられた特命で,その裏にはかなり込み入った事情が隠されていると私は見当をつけている。
    内容までは探る事は出来なかったけど。

    …流石に,身が危ない。


    それとは別に私は先程,丁度南部の都市ファルナいる昔の友人に頼み,ランディ―ル平原に派遣される史跡調査団の構成員を調べてくれるように頼んだ。
    それだけならば私が直接打診してもかまわないのだが,情報は鮮度が高いほど良い。
    加えて,構成要員から推測可能な情報――何が目的で何をするつもりなのか――を知り得る事が出来るならば…

    ランディ―ル平原と言う戦乱の終結となった土地での演習訓練で,もし万が一。
    なにか想定外の事態が起こったとしても――対処できる。最低でも自衛は出来るようにしておかねばならない。


    …昼食時にケイが言ったとおり,私の考え過ぎかもしれない。けど――

    無視できない胸騒ぎ。
    私の直感が,こう警鐘を鳴らしている――

    "油断するな,気を抜けば危険がこの身に振りかかってくるかもしれない――"

    と。



    窓から空を覗きこむ。

    …今日は曇り――。



    月は,見えない。



    >>続く
引用返信/返信 削除キー/
■67 / inTopicNo.6)  "紅い魔鋼"――◇四話◆
□投稿者/ サム -(2004/11/21(Sun) 21:58:57)
     ◇ 第四話『天才の憂鬱』 ◆


    王国立総合学院。
    多種多様な人材を育てる総合学術機関として,国内でも名高い。

    ――学術都市リディル。
    学院が存在する大都市にして王都に最も近く,都市の前身が設立されてから1000年という年月を数える国内有数の歴史をもつ。
    その面積は広大で,北は山脈,東は海。西には広大な平原――貴族達が所有する大規模農園を持ち,王国の国内自給率をの大部分一手に引き受けてもいる。
    加えて都市部では第3次産業が盛んで,近年は情報産業関連の企業が多く起っている。
    王国工房やドライブエンジンメーカーの本社も軒並みこのリディルに集まり,その発展は拡大の一途を辿る。その勢いに陰りは見えない。

    王都に近い,と言うところもその原因の一つだ。
    王都には,国内でも最高の魔法使いや戦士,戦術士達で形成されている王宮直属の宮廷師団がある。
    近隣諸国でも知らぬものは居ない,強力無比な戦力だ。

    小さな犯罪などは都市警察機構や駐留している軍で大抵は対処可能だが,軍でも対応できないほどの人的災害――大規模なテロリズムや反乱,そして戦争になった場合は必ず彼等宮廷師団が出撃するだろう。
    そして即時に鎮圧してくれる。そう国民全体が信頼している。

    いわば抑止力だ。
    王都に近いと言う事――それはその抑止力の直接的な勢力圏内に位置する事で自らの身を守る――いわば自衛本能だろう。

    そんな,様々な思惑の絡んだ都市リディル。
    その中に学院は存在した。


     ▽  △

    学院に入る理由,志望動機。
    その中でも特に多い理由が"宮廷師団に入る"と言うものだ。
    そのため王国内の各地から,彼等のような秀才,天才達が集まってくる。

    そして入学してすぐ,自分達がそれほど突出した存在でない事を知る。

    本当の天才は格が違うと言う事を思い知るわけだ。
    勉学が優秀だったり身体能力に秀でていたりと言うのは,なんらアドバンテージにはならない。

    自らの才能を隠すものも居れば,潜在能力と経験の高さに気づかず平凡な影に隠れてしまう者も居る。
    だが,それとは真逆の性質を示すものもまた,居る。


     ▽  △

    彼女は生まれついての天才で,秀才で,努力家だ。
    真性の天才と言って良い。
    知識に貪欲で,しかし常に高みを目指す探求者でもある。

    彼女は魔法と言うものを常に愛している。
    愛しているからこそ,奥深くまで知りたい。

    魔力の微細精密制御にしても,どこまで可能なのか。
    駆動式を如何に無駄なく迅速に稼動させる事ができるか。

    その上で,美を求める。

    彼女は生まれついての天才で,研究者で,そして芸術家だった。


     ▽

    ウィリティア・スタインバーグ,19歳。
    魔法科に籍を置く女子学生で,現在第三過程生だ。

    見目麗しく可憐。
    高貴にして奔放。

    気品溢れる彼女は.王国の上流階級にある由緒正しい貴族で…要はお嬢様だ。

    彼女は常に高みにあった。
    下には興味も何も無く,ただただ純粋に高みを目指してきた結果だった。

    彼女の信念は

    ――己に負ける事勿れ。

    つまりは自分こそが最大のライバルにして超えねばならない壁である,という,その一言に尽きた。
    "最後まで諦めない","自分には絶対に負けない"と言うお嬢様らしからぬ根性は,そこで培われてきた。


     ▽


    ウィリティアは学院に通う生徒だ。
    しかし,かなりの学生が寮に入るのに対して,彼女はリディルに作られた別邸から通っている。
    心無い者が言うには

    ――高貴な血筋の御方は庶民とは暮らせないんだよ

    と言う事らしいのだが…実際は,単にウィリティアの父が過保護過ぎるだけらしい。


     ▽


    彼女の父スタインバーグ卿は,都市リディル西部の大規模農園を経営する貴族で,王国に多大なる貢献をしている。
    代々継いできたこの使命を彼はとても誇らしく思ってきた。
    そんな彼も恋をし結ばれ,そして待望の子供が生まれた。娘だった。
    現代において,貴族の世継ぎは男子でなければならないっ!などと言う堅苦しい決りはなく,そうでなくても初めて生まれた愛する我が子が娘である事に狂喜したスタインバーグ卿は,生来の心優しさがきわまって親ばかになった。

    物心ついた娘――ウィリティアが溜息をするほどの親バカっ振りだった。
    母はその父娘の様子を1歩引いたところから優しく微笑みながら見つめる奥ゆかしい人で,ウィリティアはどっちかと言うと母のほうが好きだった。
    …ともかく。

    高等過程を終了したウィリティアは,自分の知的欲求を満たしたいが為だけに最難関クラスの王国立総合学院への合格を決めた。
    無論,入学に当たり難関中の難関,魔法学を主席で,だ。
    父ライアル・スタインバーグは娘の行った偉業をにやはり狂喜し,そして次の娘の一言で絶望のどん底に落ちた。

    『お父様,わたくし学院の寮で生活する事にしました』

    寮で生活する=娘と離れ離れになる。なんだそれは? ありえない。誰だ僕の娘を奪おうとしているのはあああああ!!

    叫んだところで,母メディアのフライパンがライアルの頭に"ガン"と落ち,父ライアルは沈黙した。
    しっかりとフライパンを振りぬいている母も母だが…いつもと言えばいつもの光景に過ぎず、ウィリティアは大きな汗マークを付けつつもメディアの言葉を待つ。

    『ウィ―リーちゃん』
    『はい,お母様』
    『素敵な男の子,見つけてくるんですよ?』

    (やっぱり…)

    とガックリと肩を落としたウィリティアは判っていた。
    母であるメディアはおっとりとした性格のせいなのか,何処か感覚が少しずれているのだ。面と向かっていった事はないけど。
    状況を理解しているのかしていないのか判断がつけられず,ウィリティアは傍に控えている老執事に目を移す。

    『…お嬢様。心配せずに行ってらっしゃいませ。』

    力強く頷いてニッコリと笑った老執事のフォードは,ウィリティアにとって先生であり,師であり,そして優しく見守ってくれる祖父のような存在だ。
    もう一人の家族と呼んでも差し支えない。そのたびにフォードは苦笑し『私なんぞに勿体無い』という。
    本当に家族になれればと,ウィリティアはいつも思っていた。

    そんなフォードが確約してくれるのだ,心配する事はない,と。
    実の両親に励まされるよりも安心できるのは,まぁしょうがないだろう。

    『お母様,フォード,ありがとう。わたくし早速荷造りいたしますわ』
    『駄ああああああ目だああああああ!!』

    突如復活したライアルが叫んだ。辺り一帯に響き渡らんばかりに叫んだ。

    『きゃっ』
    『あら』
    『おや旦那様。御目覚めですか』

    御早い復活ですなぁと目を見張るフォードとおっとりメディアを無視してウィリティアの肩をガッシと掴む。

    『お、お父様?』
    『…どうしても,行くって言うんだね?』

    うって変わって真剣で静かな瞳。
    いきなり肩を掴まれたウィリティアは動転しかけたが,その瞳に我を取り戻した。

    『はい,私が自分で決めた事ですので。』
    『判った…。私もウィリティアの父親だ,娘の決めた道を無碍になんて出来ない…』
    『お父様…!』

    ようやく理解を示してくれた父に感動するウィリティア。が、ここまでだった。

    『だが寮はいかん! 寮なんてもってのほかだ! 女性に飢えた男どもが私のウィ―リーを奪おうとするに違いない…そんな事が許せるか! …そうか。やられる前にやれば良いのかそうかそうか』

    怪しげにくっくっく,などと笑い声を上げ始める父にウィリティアはやっぱり溜息をついた。
    …ほらお父様,後ろにフライパンを掲げた母様が…

    "ガン!"

    1回目と当社比4倍くらいの大音量とともに,父ライアルは再び沈黙した。今度はそう簡単には目覚めないだろう。

    気絶した父を引きずって退出するフォードを見送り,ウィリティアは母と向き直る。

    『…私もあの人も,ウィリティアちゃんと離れるのは寂しいの。お父様の事,わかってあげてね?』
    『お母様,勿論ですわ。お父様の奇行は私を思ってくださっているからこそ,と事いうは。判りたくありませんけど』

    そう呟く娘にメディアは苦笑する。
    すると何を思ったのか,彼女は右手の中指つけている指輪を外した。

    『ウィリティアちゃんに入学祝。私とお父様から』

    はい,と渡された指輪を見つめ,事の重大さを理解し驚愕する。

    『お、お母様,けれどこれ』
    『私のお古だけど,受け継いでくれる?』
    『…! はいっ!』

    母の所有する魔法駆動機関(ドライブエンジン)精霊(スピーティア)だ。
    "宮廷魔法師だった"母のドライブエンジン。
    軍の量産品ではなく,これは1個のオーダーメイド。
    メディアのためだけに調整されたこのドライブエンジンの格納する装甲外殻『精霊(スピーティア)』は,以前ウィリティアが一度だけ限定補助駆動させ装着した時に,相性がかなり良かった事を覚えていた。
    母の誇りの詰まった魔法駆動機関。それを託されると言うその事実こそが,ウィリティアにとって一番誇らしい事だった。

    『それと,ウィリティアちゃん。お父様の言う事ももっともです。』
    『え? はぁ。』
    『なので,リディルに別邸を作るから,そこから通ってね』

    ね? とニッコリと言われたウィリティアは,はい、と頷く選択枝しか残っていなかった。ように思えた。
    ウィリティアにとって寮に入るのも,別邸から通うのも…結局のところはどうでも良い事だったには違いないのだが。


     ▽  △


    魔法学科の大天才,ウィリティア・スタインバーグ。
    文にも武にも秀でている彼女は,その容姿の美しさ,溢れる気品も相俟って入学当初から有名だった。

    が,彼女は誰一人として相手にしなかった。
    ――レベルが違いすぎる
    余りの事に,彼女は軽く失望した。

    彼女にって彼等.彼女等は等しく…低レベルだった。


     ▽


    そんなウィリティアにも転機が訪れる。
    誰かが言っていたが,運命とは誰の元にも突然現れるものだ と言うのは結構言い当て妙だ。
    それはウィリティアが第三過程に入り,受講科目が専門と非専門に別れてきた時期だ。


     ▼


    ウィリティアの目指す頂き――そこは,母がかつてそうだった宮廷魔法師という最高の一端。
    その為には高度な戦闘技術も必要である事を情報として知っていた。

    生来ウィリティアは身体能力は高いものを有している。
    加えて幼少期は自然環境に恵まれ,野山を駆け巡る時代もあった。
    学業を習う年になってからは執事のフォードに格闘術の教えを請い,それを長年続けてきた。
    が,フォードを超えたと思ったときはいまだにない。おじいちゃん的位置に居ると言え,何時かは越えたいとも思っている。

    それはさて置き。
    ウィリティアは別邸に帰る前に行っている日課の戦闘訓練をこなすために,演習場に向かっていた。
    近く参加予定の演習訓練の為の意味合いも兼ねている。学院では半期に数度,課外講座として学内外を問わ頭に参加者を募り,軍からの教官を招いて実習訓練を開講する事があるのだ。

    演習場につく。しかし,どうやら先客が居るようだ。

     ▽

    男女一組。
    普通は男子が女子を教えるのが通例なのだろうけど…

    …なんで男子の方が吹き飛んでいるんですの?

    景気良く飛んでいるのは男子生徒だ。
    吹き飛んでは起きあがり,しかしその瞬間には踏み込んでいた女子生徒によってまた飛ばされる,と言う奇妙な行動を繰り返していた。
    吹き飛ばすほうもスゴイが,吹き飛ばされるほうもタフだな,と思った。が

    …あぁ,アブソーバー機構付きのライトアーマーですのね

    得心行ったと頷いた。
    衝撃を吸収する駆動式を刻印した使い捨てのミスリル製品。
    そんなに高価なものではないし,…魔鋼技科であれば作成も可能だろう。
    もしかすると学生の作品かもしれない。

    逃げる男,追う女。
    端から見ると実にコミカルな光景だが,それを演じる当人達はどちらも真剣だった――否。
    女子生徒は楽しんでいるようだ。

    身代わりの駆動式を刻印したミスリルのストックが切れたのだろう,男は最後には女子に立ち向かっていったが敢無く沈黙した。
    まぁ良くがんばった方だろう。
    恐らく戦闘訓練過程は取っていないはずだ,あの動きでは。しかし工夫をする事で彼は戦技科に通っていると思われる女子生徒と長時間渡り合って見せた。何ら落ち込む事はないだろう。
    そう考えて,そろそろ終わるのでしょうか? と首をかしげる。

    「…あ」

    思わず呟きが漏れた。
    女子生徒は気絶した男子生徒の傍らに屈んで,優しく髪を撫でているところを見てしまったからだ。

    ――立ち去るべきかしら…

    思わずそう思ってしまったが,それでは自分の訓練が出来ない。
    それにここは共有スペースで,辺りを憚らず馴れ合う二人が悪いに決まっている。そう決めた。
    頬を僅かに染めながらも,余り見る事の出来ない――と言うか,初めてみるそんな光景を視界に入れながら,ウィリティアは二人が帰るのを待つ事にした。

    訓練室の女子生徒は立ちあがると,男子の両足を引っ張り始めた。
    あらあらとウィリティアが内心でコメントしていると,彼女は男子を壁際のところに寝かせてから,またもとの場所に戻った。


    す、と空気が変わる。
    気配の変容は"武術"に置いて重要な意味を有する。
    彼女は――先程までと全く次元の違う型を始めた。


    ――円舞。

    そう聞いた事がある、アレはフォードからだったろうか…?
    遥かな昔から連綿と続けられる武術があり,それは人の限界にを極め,最小の力で最大の威力を発揮する――とか。
    まるで魔法の制御と威力の関係のようだ,とその時は思った。
    そしてウィリティア自身も何時かは目にしたいと思っていた,その武術。

    「…きれい」

    無意識の呟きは,そのまま彼女の本音だ。
    女子生徒の円舞は,半径2mほどを中心に何者をも寄せ付けない結界を形作っているのが判る。

    もし,自分が今あそこに入ろうとしたら――

    9割の確率で,負ける。
    戦闘にすらなるか判らない。自分は勿論,彼女も魔法なしの状況で,だ。

    その事を理解しながら気づくことなく。
    延々とその光景を見つづけていた――。




    「ミコト」

    我に返る。
    だれかの名前だろか? 声をしたほうを向くと,先程の男子生徒が起きあがっていた。
    ――もう気がついたの,タフですわね。

    などと考えていると,呼ばれた女子生徒――ミコトというらしい――は突然笑い出した。

    「ぷ…あは、あはははははは!」
    「なんだ,頭でもおかしくなったか――いや、元からだったな…うおっ! なんだコラ,どうした!?…おい…どうしたんだ…?」

    少女が,彼の背中に突然抱きついた.少なくともそう見えた。
    ウィリティアは,その光景に思わず頬が染まる。

    ――別にわたしのことではないですけど,えと…

    などと言い訳をしつつも目を離せない。


    「うん…ケイ」


    ミコト,と言う少女の酷く熱いコトバ。
    どんどん紅くなる私自身の頬。

    「ミコト…?」

    ケイと呼ばれた男子は,なんだかひどく動揺しているようだ――関係ない私がこんなに動揺しているのだから,当然ですわ
    だのと思いつつもいったいこの先はどうなるのか――と固唾を飲んで見守っていたが、次の瞬間,今日最後の,信じられない光景を目にした。

    「さっきのは少し,言い過ぎだとおもうよ?」

    言葉とともに,轟音。
    なんだか良くわからないけれど,彼女の放ったらしい大技が彼を床に沈めていた。
    実に見事な技だと思ってしまった。


     ▼


    数分後,やはりかなり早めに復活した彼を伴って.ミコトという少女――多分同い年くらい――は帰っていった。
    訓練室の出入り口ですれ違う時に,少女は私に向かってウィンクし,右手人差し指を唇に当てる仕草を見せた。

    「――あ.」

    ばれていた――羞恥に顔が赤らむ。
    最初からだろうか? それとも最後のほうだけだろうか…?

    彼女のあの仕草は,あそこであった事は内緒にして、というお願いの意味をこめていることは明白だ。
    一体どこから何処までを黙れば良いのか見当がつかなかったけれど,話す相手も居ない私には関係ない。
    彼女が秘密にしたいその事は,私の胸の中だけに仕舞われた――ハズだ。

    一体何を秘密にしたがっていたのだろうか。
    さっきの男子とのじゃれあいだろうか。
    それとも――

    …!

    気づく。
    その,彼女の行っていた円舞を。

    人が具現できる最高の型を。
    私が,9割の確率で負けると判断した,その技を。

    "意識するでもなく繰り返していた"その"行使"の如き力の体現を――!

    あの女――ミコトは私を超えるものを持っている。
    恐らく戦技科,それもトップクラスの実力者に違いない――即ち。

    魔法を使う戦闘においても高レベルであると推測できる…!!

    もしかすると…私以上に。


    背中を電流が駆け抜けるようだ。
    震えが止まらない――止められない。

    それは歓喜。
    自分と相対する事の出来る者が存在した,その事実への喜び。
    それは恐怖。
    自分を超える可能性を秘めるものへの純粋な恐怖。


    だが,なにより――

    興味がある。
    ミコト。そして補助具的な付加要素があったとはいえ彼女と渡り合うケイという男。加減はあったみたいだけど。

    「…見つけた。」

    今まで未知の領域だった,競い合う事が出来るかもしれない,そんな相手を。
    同時に二人も。



    ウィリティアは,静かな喜びと確信に溢れていた――。


     
     ▼



    彼女の人生最大の転機(運命)
    それは,やはり突然に訪れるものだったらしい。




    >>続く。
引用返信/返信 削除キー/
■68 / inTopicNo.7)  "紅い魔鋼"――◇五話◆
□投稿者/ サム -(2004/11/22(Mon) 21:53:16)
     ◇ 第五話 前編『戦闘訓練』 ◆


    学院に所属する学生の一部――とりわけ優秀な連中は,未来の宮廷師団を目指し戦闘訓練を受けるもの達がいる。
    軍への仕官を目指すもの,単に趣味や身体機能向上を目的としている連中も若干混じってはいるようだが。

    戦闘の基本は剣術,拳銃術,格闘術…そしてそれ+αの魔法格闘戦術。
    魔法格闘戦術の格闘は,前述の三つの戦闘方法を含む全ての"戦闘方法"だ。
    魔法格闘戦術――すなわちそれは,魔法を使った対人攻撃方法。
    現代の局所戦闘において,もっとも有効な戦術の一つでもある。

    魔法は魔法駆動機関(ドライブエンジン)がなければ使えない。
    これは当然の決まり後とにして秩序であり、破られることのない真理だ。
    EXにおいてのみ適用される事のないモノではあるが。

    魔力に反応して様々な効果を発生させる魔鋼(ミスリル),そしてその威力や方向性を具体的に指向・制御する駆動式群――魔導機構。
    それによって作られた様々な形態をした道具を持つ事により,人ははじめて魔法使いになる事が出来る。

    魔法を発生させる道具は,一般に2種類ある。

    一つは魔法駆動機関(ドライブエンジン)
    これは王国で開発されたもので,魔法発動媒体であるミスリルの中に閉鎖式循環回廊という特殊な結界を形成し,その中に使用者の身体機能および魔法発生を増幅させる補助具(デバイス)を格納しているものだ。
    補助具(デバイス)には"魔力変換炉"が組みこまれており,それが機械化(マシンナライズ)された魔導機関を含む補助具(デバイス)と連動する。
    これによって,従来では魔法発動媒体とは区別して持ち運ばなければならなかった"身体機能を増幅する"補助具をも格納し,さらに魔力発動・反応性を利用しその性能を飛躍的に向上させることに成功した。

    …しかし,ドライブエンジンを駆動するには多くの魔力と制御しきるだけの技術(スキル)がなければならない。
    実を言うとドライブエンジンの効果は絶大だが,一般に汎用性があるか――と言われると実は余りないというのが実情だったりもする。
    市販されているドライブエンジンは,必要最低限の機能しか保有されていないばかりか戦闘行動はできないようプロテクトがかかっている。
    つまりはそう言うことだ。

    しかし現在,ドライブエンジン技術とそれを粒子化・格納する為の閉鎖式循環回廊の技術を保有する国家は王国のみ。公開もしていない。
    王国工房と,そこに提携する関連企業は日々他国の諜報機関とその技術をめぐって争っていると言う。


    さて。
    もう一つは,今を持って全世界でまだまだ親しまれている"従来型"だ。ドライブエンジンは"次世代型"と区別されている。
    従来型とはミスリル加工された武器防具,または装飾具などを示している。
    剣であり,盾であり,モノによってはナックルガードや拳銃と言う種類もあるらしい。指輪や腕輪,ピアスや首飾りなども多くある。
    普段の生活ならばアクセサリー類でも十分だが,戦闘ともなるとやはり実用的なものを好むのはいつの時代も同じだ。

    武器・防具に駆動式を付加する。
    組みこめる式数こそ少ないものの,誰にでも使用可能な上に汎用性も高い。
    武器で言うならそれ自体の形状が"攻撃の意味"を現しているので精神集中も比較的容易だ。
    防具もまた然り。
    訓練を詰めば誰にでも使用する事が出来るようになるこの従来型(ベストセラー)。しかしこれにもデメリットがないわけではない。

    その汎用性の高さと扱いやすさから,犯罪に使われると洒落にならない被害を出す場合も多々ある。
    それは何も従来型――ARMSと呼ぶ事にする――に限った事ではなく,王国内でも魔法駆動機関(ドライブエンジン)を使った犯罪が増加傾向にある。
    もっとも,これに関しては王国軍に属する特殊部隊が対処してはいるらしい。

    さて従来型(ARMS)だ。
    汎用性が高く,戦闘に適する形をしている。戦闘魔法との相性も良い。
    ともなると――戦闘訓練でも当然のように用いられることになる。
    当然,魔法の威力に制限(プロテクト)はかけられるだろうが。

    それは,王国立総合学院でも変わらない。


     ▽  △


    カリキュラムにある戦闘訓練――それは主に戦技科が中心となって行われている。
    戦技科の第三過程生――全59人(一人は辞めてしまった)は総合ジムの中にある結界に囲われた戦闘訓練用のスペースに集まっていた。

    訓練は何も戦技科のみで行われるはではない。
    他学科からも希望者が参加するのが通例だ。例をあげるならば魔法科など。彼等は紛れもない天才集団で,研究過程生の中には王国工房や各企業に混じって研究・実験を行う者まで居る。


    そんな彼等が目指す高み――その一つに宮廷魔法師がある。
    宮廷魔法師は宮廷師団に属するもの。
    その知名度は全世界にも通用するもので,反体制に対する大きな抑止力とも言われている。

    宮廷師団は騎士,戦士,魔法師,魔法使い,賢者などと名称と役割が別れている。
    魔法師と魔法使いの違いは,前者が戦闘に特化した者であるのに対して,魔法使いは主に駆動式や魔導機構の研究・開発を行う研究者だ。
    ちなみに賢者は,国や各国との調整をつかさどる外交官みたいなもの。
    師団とは言え,戦争するだけが能ではない。


    話を戻そう。
    魔法科のみならず,戦技科も似たようなものだ。将来"宮廷師団"になりたいと思っているのはこの59名の中にも少なくはない。そして――
    実際に届くかもしれない,くらいの才能と努力は彼等にはある。

    さて戦闘訓練だ。
    戦技科と合同で行うのは大抵は魔法科。
    しかし,今日は何時もと違った。

    59名の戦技科に対して,魔法科からこの講義を希望する人数は21名。
    "いつもより1名"多かった。


     ▽  △

    ミヤセ・ミコトの意識は,実はそのとき既に遥か彼方(今日の昼食)へと飛んでいた。
    まぁいつもの事と言ったらいつもの事だったのだが,今日は何時もよりボーっとしていた。
    彼女には他にも色々と懸案事項があるらしい。

    …通常,この戦闘訓練は戦技科59名+魔法科20名の全79名で行われている。
    つまり一人あぶれるわけだ。
    それがミコトだった。

    ミコトは第二過程後半期から第三過程にかけて意識を切り替え,"目的"に向かって歩き出す決意をした。
    それは行動にも反映し,それまでは平均的な成績だった彼女は時が過ぎる毎に頭角を現し始める。
    学業・魔法・戦闘訓練。
    そして交友関係…つまり,生活のほぼ全てにおいて彼女は変わったとも言える。

    戦闘訓練などはそれが顕著に表れた。
    類稀な才能でもあったのか,何時しか誰にも彼女に勝つことが難しくなるほどだ。元々強かったが。
    そんなわけで,ミコトは毎回の戦闘訓練を出向中の軍の担当教官と行うのが常だ。

    ――前回までは。


     ▽  △


    ――ん?

    そこに渦巻く落ち着かない雰囲気にようやくミコトは気づいた。
    何時もと様子が違うようだ、辺りがざわついている。

    …今日は少し早めに切り上げて食堂に行きたいんだけどな――

    3週間後にある野外戦闘実習訓練。
    普段と同じならば良かったのだが,不確定要素と変な符合が絡み合って色々と胸騒ぎがしている。
    自分の感を信じるならば,何か事件が起る可能性がある――少なくとも0ではない。
    そう直感が告げているのだ。

    そんなわけで,ミコトは手早く教官を捕まえてボコそうと思っていた。
    今期担当になっているのは30半ばのオジサマ系の人で,かなり良い人だ。
    三本先取でストレート勝ちならば,多少早く切り上げたいと言っても許してくれるだろう,何時もそうだし。

    そう目論見ながらきょろきょろと辺りを見まわして――

    「いた。…あれ?」

    その教官は一人の女性徒と話している。

    「あんな可愛い子いたっけ…?」

    一目見て美人だとわかった。
    身長,体重は自分と同じ位だろうか。瞳は緑で,そして綺麗なショートカットの金髪だ。
    仕草に,こう。何とも言えない気品とでも言うのだろうか。が漂っている。
    教官と二言三言言葉を交わした彼女はミコト(こちら)に気づくと,その足で歩いてきた。
    そこで気づいた。
    先日ここですれ違った彼女だろう。

    ――うん,美人だ。

    正面きって向かい合うとわかる。
    それは単に,外見だけではない事が。

    溢れる自信――それを感じる。


    ―――っ。
    思わず顔がニヤリと歪む事をミコトは止める事が出来なかった。
    無意識のうちに体と意識が臨戦態勢を整え始める。

    「先日はどうも。」
    「お邪魔いたしますわ」

    軽い挨拶。
    だが――その実二人は高まる昂揚を感じてもいる。

    対峙する。
    その間約3m。測ったかのように二人はエモノを構えた。
    どちらも長さ1.5mほどの魔鋼(ミスリル)製の棍だ。

    二人にはもう,それ以外のやり取りは無用と言う事を直感というか本能で感じ取る事が出来ていた。
    つまりは,そう言う事だ。

    「いくよ」
    「いきますわよ」


    二人の持つ,訓練用に能力をプロテクトされた棍型魔法駆動媒体(ARMS)が同時に光を発した。





    >>>NEXT
引用返信/返信 削除キー/
■69 / inTopicNo.8)   "紅い魔鋼"――◆五話◇
□投稿者/ サム -(2004/11/23(Tue) 17:57:30)
     ◇ 第五話 後編『戦闘訓練』 ◆



    二人の一瞬の攻防(初撃)はすさまじかった。

     
     駆動:簡易式;衝撃波
     ≫・簡易衝撃波・ニ連撃

    様子見だったらしい初撃はどちらも相殺。
    が,金髪娘――ウィリティアの魔法は見たこともない駆動式で,それもニ連撃の高速投射。
    ミコトは前方に――つまりウィリティアに向かって身を投げ後発の衝撃波を寸前で回避。
    その一連の様子をつぶさに見届けたウィリティアは,更に回りこむようにミコトの左側へと走る。
    すぐさま起きあがり態勢を戻したミコトは,まるでそれを読んでいたかのような棍による横凪ぎ。
    しかしその豪速の攻撃をウィリティアは自身の棍で受けとめ,場が一時的に止まった。

    「きみ――」
    「あなた…」

    至近距離で見詰め合う瞳――そこに宿る感情は驚愕と衝撃。
    思いは驚きと喜びか。同じ光が目に灯っている。


    不意打ちの,誰も知らないわたくしのオリジナルの魔法駆動。
    それを回避してなお,ここまで重い撃ち込みをかけてきた彼女(ミコト)

    戦技科の一員の自分にここまで遅れを取らせる魔法科の学生…。
    さっきの魔法も信じられないモノだ。みたことない。全く掴めないこの美人さん(ウィリティア)


    ((彼女(この方 この娘),紛れもない――天才。))


    それぞれの思惑が二人の思考を掠め,一瞬でそれを忘れた。
    そんな無用な詮索はいらない。
    どうせすぐにわかることなのだ。

    打ち合った姿のまま,美しい女二人は同時に微笑む。

    「――さて。」
    「続けましょうか――」

    今度こそ,本当の戦いが始まった。



     ▽  △



    一進一退とはこの事だろう。
    二人の攻防は講義の指定範囲にとどまらず,教練所全域に渡って行われていた。


    最初は教官も止めに入ろうとしたのだが,これほどの見本も中々見れないものとすぐさま気づきそのまま放置する事にしたらしい。
    と言うか,二人とも全開戦闘している事からそう長く持たないと察していたのかもしれない。
    何にしても――

    「触らぬ神に,祟りはないらしいからな。」

    その呟きに,受講生全員が首肯した。


     ▼


    飛び交う魔法,打ち合う杖。
    自身に補助魔法をかけて身体機能を増幅し,重力の断層を利用して空中を飛び交い,衝撃波が,雷撃が,炎が弾ける。
    接近すれば杖による撃ち込みの応酬,蹴り技,フェイントを多用したしつこいまでの駆け引き。
    そのどれもが教本に載せたいくらい精練されているもので,その場に居るほとんど全員が食い入るように経過を見守っていた。
    …一部賭けも始まっていた。

    時間の経過とともに,二人の戦闘方式(スタイル)がはっきりとしてきた。
    ミコトは近接戦闘派,ウィリティアは中,遠距離攻撃派だ。

    しかし,二人ともそれ以外がダメだというわけではない。
    ミコトの 中,遠距離時の追撃魔法にしても学生レベルにすれば相当なものだし,ウィリティアの杖術は戦技科の生徒に勝るとも劣らない。
    それ以上に,二人の得意な戦闘方式がずば抜けている。それだけの話だ。


    距離を開けるとウィリティアの中距離魔法が絨毯爆撃のように襲い掛かる。
    ミコトは更に距離を開けるか自ら接近しなければならない。

    逆に距離を詰めればミコトの怒涛の攻撃がウィリティアを防戦一方に追い詰める。
    ミコトの攻撃への僅かな反撃の機会に合わせ,魔法を折りまぜて強引に距離を開けるまでは息もつけない。

    互いが互いの天敵である事は,今までの数分間の攻防で嫌というほど身にしみた。が――


    「本気,ださないの?」
    「貴方こそ。なぜ全力で挑みませんの?」

    その間約3m。
    中距離にも近距離にもなりうる微妙な線だ。ギリギリの膠着ライン。しかしそれはほんの僅かな弾みで崩れる危うい蜘蛛の糸でバランスを保っている。
    それ故に――膠着したからこそ言葉を発せた。

    「私は本気だよ」
    「なら,わたくしも本気ですわ」

    構える武器は同じでも,その型は全く違う二人。
    ミコトはそれを武器として,ウィリティアはそれを杖として。

    「言わせてもらうけど,さっきの連続駆動魔法。あれ以来みてないけど?」
    「ならわたくし言わせてもらいますわ。先日見た,あの――」
    「先日・・? っ! ちょっ! ちょっとまった!」
    「?」

    先日見た――でミコトが大いに慌て始めた。
    理由を思いつかずウィリティアは ? と首を傾げるが,互いに戦闘態勢を取っているために迂闊な動きは出来ない。
    しょうがないのでウィリティアは続ける。

    「…先日ここでお見かけしたときの,あれですわ。」
    「あ、あれはそのっ! ちがうの、うん。アレは貴方の見間違い!」

    動けないのはミコトも同じなのだろう,言葉だけが先行して何かを断言している。
    ミコトの言葉の意味が通じず,ますますわけがわからなくなるウィリティア。

    …あの見事な円舞――あれこそあなた(ミコト)の真骨頂でしょうに。

    「見間違いのはずがありませんわ。あれが本当の貴方でしょう?」

    の言葉で,ボンッ! とミコトの顔が真っ赤になった。

    ――あら。
    わたくし,何か変なことを言ったかしら――?


     ▼


    観客達はそのやり取りを聞いていた。しっかりと聞いていた。
    この戦いの行く末――それは食券やら夜の食糧事情を改変しうるものだからだ。
    あるものにとっては良く,またある者にとっては悪く。
    が――

    どこか様子がおかしい。


    最初こそ,二人がまだ本気を出していないと聞いて戦技科の連中――教官も含めて顔を青くしたが,それ以降の
    「先日見た――」や「――当の貴方で」と言うウィリティアの発言からミコトの様子がおかしくなった。
    動揺,そう言って良いかもしれない。

    ミヤセ・ミコトが激しく動揺している…?
    しかも、顔を真っ赤に染めて。


     ▼


    「だからっ! アレは違うの,気の迷いみたいなものだから!」
    「気の迷いであんな事できますか! あの光景,本当に目を疑ったものですわ!」
    「ななな、なんでそんな事が言えるのっ! ちがうんだってば! …わ、私は別にそんなつもりでしてたんじゃなくて!」
    「……? …あなた。さっきから何を言ってるんですの? なんだか話が食い違ってません?」
    「…へ?」

    途端ミコトの動きが止まる。
    記憶を反芻する事数秒、その間に他生徒どものざわめきも消えた。

    「んと。」
    「ええ。」

    ミコトの問いに,ウィリティアは頷きながら応える意思があると返す。

    「貴方が見たのって…私がアイツを…その。介抱してるとこ…とか?」
    「はぁ??」

    ウィリティアは思わず天を仰ぐ。そう言えばそんな事もあったかと今更ながら思い出した。

    何を動揺していたと思えば――この娘は。

    「…わたくしは,別に貴方が誰と愛しみあっていようとも構いませんわ。私が見たのは貴方の円舞です!」
    「あーー…」

    ウィリティアの言葉――主に前半部分に反応したギャラリー(観客)が,ざわっと騒ぎ始めた。


    …最近で最大の勘違いだ。
    そう言えば,あいつ(ケイン・アーノルド)が目を覚ますまで,型をしてたんだっけ…。


     ▼


    「…おい,なにか。やっぱあれか。」「だな。噂は本当だったのか…くっ」やら。
    「おぉー,みこっちゃんやるね,ほら。やっぱり彼氏だったんだ。」「あーあ,ミコトに先越されるとは…これはアレだね。」「だね」「うん」「会議だね」「裁判だよー」「誰の部屋にする?」「当人でしょう?」「会議室借りとくってのもアリだよね」だのと。

    男子連中と女子連中から何やら聞こえてくる。
    特に問題なのは女子のグループから聞こえてくる「あれ」だの「会議」だのという不穏で不吉な単語だ。

    やばい。
    ミコト絶体絶命のピンチ…!
    切り抜けねば明日がない。この果てしない誤解をどうするべきか…

    頭を抱えてこれから展開に悩む。

    「よろしくて?」
    「あー…人生に疲れてきちゃった…」

    数秒の間に赤くなったり青くなったり忙しい娘だこと,と思わないでもなかったが…まぁ勝負には関係がない。
    問題なしと判断する。

    「わたくし,あの時に見たあの円舞と――貴方と戦ってみたいと思ってましたのよ」
    「…実を言うと私も」

    ウィリティアの言葉を受けて,ミコトも応える。
    伏せていた顔をゆらぁりと上げた。

    「キミのさっきの魔法,どうしても打ち破りたくなったんだよね,たった今。」

    …相当私怨が篭っているようだが――その意思は本物だ。
    未知の技故に。

    ――そして、ミコトの瞳に力が漲り始める。
    ――ウィリティアの瞳にも闘志が篭る。


    「受けて立ちますわ――」
    「――こっちこそ。」


     ▽


    ウィリティアが魔力を収斂し始めた。

    ――貴方の態勢を崩した上で,最高最大最速の魔法と全経験を込めた一撃をいれて差し上げますわ…!


    対してミコトは杖のARMSを横に放る。必要なものは拳と心と魔力だけだ。

    ―― 我 円環なり。止めるものなく 遮るものなし。 我 流れる水の如く全てを受け その力を持って制するものなり…!


     ▽


    収斂した魔力を魔導杖に誘導し,静かに攻撃態勢を整えるウィリティア。
    逆に魔導杖を手放したミコトは,全てを見通す虚ろな目の自然体となる。


    静かなる興奮。

    その中で,ゆっくりと二人の口が開いた。
    紡がれる,静寂の中に響く宣言。

    それは――


    「ぶっ飛ばしてさしあげますわ!」
    「叩きのめしてやるっ!」


    二人が程よくヒートアップしている事を示していた。


     ▽  △

     ▼


    肩幅に開いた両足…右足を前に,左足を後方へ。
    半身の構えで両手は脇に。顔は正面を向き,両の瞳は軽く伏せ,必要以上の情報を取り入れないよう――かと言って,何も見逃さないよう半眼の状態。

    静かなるトランス。

    自分から半径2mは絶対領域。侵入したあらゆる攻撃を感知し,排除する。
    ただそれだけを最高効率で行う全自動反撃領域(システマティック・オートカウンター),それが円舞だ。

    待つ。
    あの自信溢れる彼女の攻撃を――待つ。

    それが私の最善――!


     ▼

    初撃で行った攻撃――駆動法は,あれは想定する本来の性能にはまだまだ及ばない。
    自分――ウィリティアが,この学院で第四過程生…つまり研究生に混じって上の講義を聞く中で考案した,独自の発想に基づく新しい駆動方式,その簡易版だ。

    代行定義魔法駆動(マクロ・ドライブ)――。

    それがウィリティアの考案する魔法駆動の新方式だ。まだ研究途中ではあるが。
    まったく未完成で荒削りも良いところだが,理論と式は頭の中にできている。後は実践出来るだけの実力を付ければ良い。
    ――もし,これを確実に自分のものに出来たのならば,自分はきっと宮廷魔法師に肩を並べることだって可能のはずだ。

    …今はまだそこまでの力はない。
    使える魔力量も少なく,この簡易版を数回発動するのが精一杯だろう。
    しかし。
    これを使わなければ,彼女(ミコト)には届かない――それはわかっている。
    だから使う。
    そして勝利する。

    それが,今の最優先――!



     ▽  △


    ――疾る。
    ウィリティアは身体機能増幅をかけ,今までで最速のスピードでミコトに迫る。
    彼女との距離約3m――急転換・そこから円を描くように右へ。
    魔力強化された脚は彼女を滑るように移動する事を許し,彼女の周囲を周回し始める。

    ミコトはそれを睥睨する。
    怯えも動揺も疑問も何も介在しないその眼差しを,ただまっすぐ前にのみ向ける。


    ウィリティアがミコトの周りを何週かした,そのとき。
    突如その輪が崩れ,ウィリティアの姿が消える。

    周回方向とは真逆の上空,そこへ跳躍

     >>>・簡易衝雷炎・三連駆動

    上空,それも後方(死角)からの魔法攻撃。各属性の魔法駆動のタイムラグは,おそらく学院始まって以来のレコード記録を出しただろう。
    ギャラリーもこぞって目を丸くし感嘆の声を上げた。
    上空の三連撃を放ったウィリティアはそのまま後方2.5mの場所に着地・疾駆再開。


     ▽


    意識の片隅で。
    それは起る。



    ―――――――・攻撃感知


    ゆらり、と体を軸に回転・両腕を振る。
    遠心力により,遅れて動き出した両の手――それが飛来する衝撃波を弾き。
    繰り出した蹴りが炎を砕き。
    1歩,たった1歩横にずれただけで雷を回避した。

    そして,何事もなかったかのようにもとの態勢に戻る。

    ふわり,と,束ねた長い黒髪も元の位置へ。

    静かに。流れるように。


     ▽

    ――!

    なんですの,アレは!?

    驚愕とは裏腹に,ウィリティアはその表情を喜びに染めた。

    とりあえず,彼女の防御手段はすぐさま予測が立った。両手と蹴りで魔法攻撃を打ち砕いたアレは――魔力付加だろう。
    信じられないのはこちらの攻撃も一緒かもしれないが,純粋魔力による対消滅ならば話はわかる。
    第五階級印でもその程度の魔力は集める事はできる。なにより,発動する攻撃魔法が媒体(ARMS)のせいでその程度の力しか持たないのだから。

    しかし,そうすると――
    やはり,あの絶対領域に入りこんで直接一撃を打ちこむ必要があると言う事。

    正直,楽しい。

    これほど戦闘が楽しいと思ったのは一体何時以来なんでしょう!

    自信はある。
    そして彼女(ミコト)は待っている。
    …ならば,すぐにでも応えねばなるまい―――!


     ▽

     駆動:簡易式:衝撃波
     駆動:簡易式:炎性弾
     駆動:簡易式:氷矢

    三つの駆動式を続けざまに通常駆動・解放。
    ウィリティアはそのまま周回を続行し,次々と魔法を放つ。
     
     駆動:雷撃
     駆動:炎爆
     駆動:地刺
     
    その全てをミコトは弾き,いなし,かわし,砕く。

    ミスはない。体に傷一つつかない。
    最小限の動き,最大の効果。
    彼女の動きには無駄がなく,それでいて美しい。

    自分の理想…

    "――理想の魔法駆動を見ているかのようだ――"


    静かな喜び。
    深い感激。
    ウィリティアの心は,歓喜に満ち溢れていた。


    やはり本物だ,彼女(ミコト)は。


    わたくしの


    宿敵(ライバル)


    相応しい――!


    苛烈な感情とともに繰り出す魔法は激しさを増し,雨霰のように降り注ぎ――それら全てを苦もなく捌くミコトに…!


    ―――勝負!



    突撃する―――!



     ▽





    ―――・感知


    魔法の弾幕の間から,突如突き出されてきた左の拳。それはウィリティアのものだ。
    ミコトは頭半分横にそらす事でかわし――カウンターのタイミングで右拳を当てに行く。
    ウィリティアは予測してたのだろう,その攻撃を体を捻ってかわし,回転する動きで右手の杖を横凪ぎする。
    死角からの横凪ぎ――ミコトは右拳のストレートを一次停止し,しゃがみ・回避。
    そのまま屈んだ状態で脚払い。
    ウィリティアの足を払った。




     ▽


    払われた。
    態勢が崩れ,勢いあまって床へ倒れこむ。状態はあお向け――なら!


     ▽
     
     
    倒れたウィリティアの体に圧し掛かり,マウント状態からのミコトの突きが――
    ウィリティアは,体の上に圧し掛かってきたミコトの顔面に右腕を突き出し――


    どっ!
    バン,バシン!




    鈍く響く音。
    激しい衝突音。



    沈黙が降りる――。





     ▽  △





    結果,最後は相打ちに終わった。
    ミコトの突きがウィリティアの鳩尾に突き刺さるのと,ウィリティアの魔法――簡易代行定義駆動(マクロドライブ)の衝撃波ニ連撃がミコトの顔面を打つのは,同時だったわけだ。





     △


    時間にしておおよそ10分の模擬戦闘――途中変なところもあったが,"二人以外の"戦技科と魔法科の受講者達,そして教官はこの一戦を伝説として語り継ぐ事に決めた。
    ちなみに,賭けはどうなったかと言うと。
    相打ちにかけた者が誰もいなかったので返金と相成った。元締め,ご苦労様。

    残りの時間は通常の訓練になった。
    二人以外の総勢78名が教官のアドバイスを受けながら各々"今日の戦い"を反芻しつつ,自分の戦い方を見なおすものが多数だったらしい。
    その一面だけを見ると二人の行動は為になったと言える。


    さて。

    その後二人は何をしていたかと言うと――




    ――仲良く,訓練室の隅で寝かされていた。





    >>続く
引用返信/返信 削除キー/
■75 / inTopicNo.9)  "紅い魔鋼"――◇六話◆前
□投稿者/ サム -(2004/11/24(Wed) 22:25:09)
     ◇ 第六話 前編『正しさの証明』 ◆
     

    俺は悩んでいた。
    結構深刻でマジメな悩みだ。
    今回はミコト絡みではなく,学業方面の悩みだったりする。
    まぁこっちの悩みの方が学生らしくて良い。あいつに振りまわされるよりは断じて良い。
    …多分な。

    その日,俺は担当教官に呼び出されていた。


     ▽


    「四期過程生との合同受講講座,ですか?」
    「そうだ。」

    いかにも職人風なこの教官,今年で50になるおっさんらしい。
    エディット・ディーン教官。学院でも古株でかなりデキる先公だ。
    俺も何度か世話になった事がある。
    …俺が原因じゃない,相方のとばっちりだ。寮はユニット単位の連帯責任制だからな。

    「つっても俺,まだ3期過程ですけど。」
    「成績の優秀なもの,見こみのあるものは特例として上級講座を受けれるようになっている。無論単位としても当然認定される。」

    ふむ。まぁ悪い話では無いらしい。が。

    「俺,成績良かった試しがないんですが。」
    「そんな事は先刻承知だ。が,君には才能がある。」

    エディットの目がギラーンと光った。
    …知っているんだぞ? と言わんばかりの眼光だ。鋭すぎる。
    内心ビビリながら,俺は答える。

    「そうですかね…?」

    及び腰なのは…まぁしょうがないだろう。
    コワイし。

    「才能の無い者が,魔法駆動機関を完全分解できるものかね」

    彼は淡々とその事実を述べる。そこには感情の揺らぎも何も無く,本当にただ事実を指摘しているだけだ。
    ふむ,と俺は考える。

    「講座について行けなくなる可能性のが高いですけど。」
    「心配は無い。それについても問題は無い。君が受講すべき講座は既に決まっている。」

    おいおい。俺はどこでも選択権はないのか。
    正直またかと思い溜息を吐いたが,一応どんな講座か聞いてみることにした。

    「ちなみに、なんて講座なんです?」
    「"魔法駆動機関の構造と原理・実践編"だ。」


    …。
    なんだそりゃ。



     ▽


    それから俺は,3時間かけてディット教授とディスカッション形式で話し合った。
    "簡単な内容を説明しておこう"という教授の言葉に頷いたのが運の尽きだった。

    …最近後の祭りが多いな。気をつけよう。


     ▼


    エディット教授の言う"簡単な説明"(自称)は,要はドライブエンジンの歴史みたいなものだ。


    魔力の発見と駆動式の開発。魔法発生原理の提唱から始まった魔導文明。
    次々と生み出されるミスリル製の道具,装飾品。今現在世界的に使用されている"ARMS"と言われる汎用魔法媒体の原型だ。
    無論争いにも使われることになったそれは,形を変え武器にも防具にもなった。
    魔法発生の原理に精神制御・集中があるように,媒体の形を任意のものにする事で効果の意味を強め,精神制御と集中を補強することにもなった。
    時は過ぎ,現代に至る。
    革新的な発想が無かった時代が続いたが,ある一人の魔法学者がこの国で考案した一つの駆動式群――魔導機構が,それまでの魔法発生媒体の形態を丸ごと変えてしまった。

    "閉鎖式循環回廊"

    ミスリルの,魔力に反応し刻印された駆動式の効果を増幅するという性質を応用したその式の効果は,ミスリル自体の魔力構造内部に閉鎖回廊という仮想閉鎖空間を形成するものだ。
    そこに目をつけた当時の王国工房と一部のARMSメーカーの技術者達は,提携して一機のドライブエンジンの原型を造る。
    その企業はミスリル製の機動甲冑を開発していたのだが,運搬とメンテナンスにかかるコストが高く,有用性ありと言われながらお蔵入りしそうになっていたからだった。
    進退きわまったその企業が目をつけたのが,当時一部の企業体にしか知らされていなかった,極秘に開発されていた"閉鎖式循環式回廊"プロジェクトだ。
    運良くその話に加わっていた彼等は,企業を挙げて自社の機動甲冑を売り込み試験的にそれの魔力内部構造に格納する実験の権利を勝ち取った。

    実験は成功。
    運搬コストが解消され,メンテナンスの目処も何とか立ちその企業はドライブエンジンメーカーの先駆けになった。

    ここからがドライブエンジンの開発の歴史になる。
    原型の機動甲冑は,ただミスリル製の鎧の各所に各身体機能向上系の駆動式を刻印したもので,実はそれほど大した性能を持っているわけではなかった。

    その発想が斬新だった,とそれだけだ。
    しかし,運搬のコストが0になると言う事は革新的な偉業だ。
    内部に格納できる総量に限界はあるものの,限界ギリギリまでならば何を詰めこんでも良いと言うのだ。兵器開発メーカーはこぞって武器の軽量化にいそしんだ。

    が。
    王国政府――引いては当時の国王により武器の格納は禁ずると言う勅命発せられた。
    類する抗議は一切受け付けないという達しに,関連企業は軒並み業界を去る事になる。…ここが王国に対するテロの温床になってるな。
    ならば機動甲冑はいいのか?と言う疑問があがったが,"あれ,武器じゃないじゃん"と言うような内容の回答が返って来た事で,魔法駆動機関ーードライブエンジンの本格的な開発が始まった。

    本来魔法駆動機関(ドライブエンジン)は,魔法を発生させるための媒体と言う意識が強い。
    それに内部に格納してある物はそんなに大した物でもなかった。
    機動甲冑にしても,土木作業が可能なくらいの性能しか持っていないと言う事実があった。戦闘機動なんてもってのほかだ。
    が,人間の育ててきた文明――技術は一柱ではなかったのもまた事実だった。


    機械化(マシンナライズ)
    ある企業が機動甲冑に補助装置として電子機器を組みこんだ。
    それは暗視装置と言う単純なものだったが,効果は期待以上のかなりのものだったらしい。

    それ以来,"武器"に抵触しない観測用の補助電子機器の軽量化と組み込みが盛んに行われる事になった。
    加えて,駆動式自体の改良も盛んになり始めたのが同時期だ。

    機動甲冑はその各部に衝撃・重力緩和の駆動式が標準装備となり,使用者の意識で任意に式の組み方を変えれる魔導機関が登場する。
    更に周辺域の状況認識の為に補助電子頭脳(AI)が開発され,同時に意識容量確保の駆動式が編み出された。
    甲冑の頭部に組み込まれた電子頭脳と意識容量確保の駆動式が想定外の反応を起し,人工精霊が"発生"する事になる。
    今では軍のドライブエンジンには標準装備になっている人工精霊は,実は極めて自然の産物だったという背景があった。
    そして,機動甲冑は名称を"魔法駆動機関(ドライブエンジン)"と変更された。
    機動甲冑の構想理念は現代になりようやく果たされそうだという。

    人間の魔法・機能の増幅。
    そしてこれが,全てのドライブエンジンの設計基礎理念だ。


     ▽


    最後の方は何故か俺が説明してた。
    エディット教授は深く頷く。

    「そう言う事だ。今君の言った事を半期かけて教える事になっている。」
    「…もう半期分終わったって事ですか?」

    間抜けな表情をしていたのだろう,俺の顔をみて教授は苦笑した。

    「言っただろう,"実戦編"と。」


    すっかり忘れてた。


     ▽


    「君達には協力して魔法駆動機関を一機作ってもらおうと思っている。」
    「待てコラ」

    おっと地が出た。
    というか無理だろう。大体俺は第三過程生だし。

    「いえ、待ってください。俺は…達?」
    「そうだ。君達――君の他のも生徒がいるから複数形なのだが。」

    そりゃそうだ。だが。

    「俺…達はまだ第三過程生――」
    「加えて,君の来年の研究内容は"これ"にしようと思っている。」
    「――。」

    一考し,考えうる可能性を一つ導き出す。

    「…それって、この単位を取れば卒研免除ってことですか?」
    「いやちがう。君はこれを基礎にして.卒業試験では自力で一機の魔法駆動機関を造らせようと思っている。」

    ならば迷う事は無い。

    「では,失礼しました。」

    そんな横暴やっていられるか。



     ▽  △


    結果。
    俺はやはり逃げられない運命にあるらしい――。
    しかも,結構誰からも。


     ▽  △


    「――受けない場合は基礎研究無しの段階で今言った事を実践してもらうつもりだが。無論研究費用は自己負担だ」

    退出する寸前,教授の毒の効いた一言が俺の足を止めた。止めざるを得なかった。
    が,甘い。口喧嘩に関してはミコトとの舌戦で(聞くだけならば)慣れている。

    まだ反撃の機会はある筈だ――。

    「――違う研究室をえらびま「既に君の獲得権利は私が勝ち取っている。例え私以外の研究室を選んでも強引にこちらに入れるつもりだ」
    「友人に頼んで研究をてつだ「君が相談できる友人とは同学科の主席と次席の事かね? 悪いが彼等の獲得権も私のものだ。ついでに彼等の研究内容もすでに決まっている。…とてもではないが他人の研究を手伝う余裕はないだろうな」

    隙なんかない。


    … こ の く そ お や じ め !!!


    マジで殺意を覚えたぞ…!?
    あんたは悪魔か!

    あー…なんだかミコト絡みの方がマシだと思えてきた…ここはどこだ?魔界か? …ミコト、お前でもいいから俺を助け出してくれ・・・この地獄から。

    涙目でうなだれる俺にエディット教授が語り掛けた。


    「…ケイン・アーノルド君。」
    「…はい…?」

    息消沈した俺の様子に目を僅かに見開いたエディット教授は少し笑った。苦笑したらしい。

    「私は君達に期待しているのだよ。」
    「…はあ。」
    「君達ほど才能のある若者は――近年では稀に見るほどでね。」

    立ちあがり,座っていたデスクの後ろ――昼の日差しが差し込む窓際に立つ。
    窓を開け放つと春の暖かい風が優しく吹き込んできた。
    揺れるカーテン。
    雰囲気が少しだけ和んだ。

    「――どこまで君達が行けるのか。どこまで"造り手"としての才能を発揮できるか。――その可能性を見届けたいのだ。」
    「…」
    「私もかつては天才と呼ばれていたことがあった。だが,私はそれほどの才能は持っていなかった。」

    過去を語る目は,遠いどこかを見つめている。

    「私は努力した。技術や知識,経験――。そのどれも誰にも負けるつもりは無かった。が,超えられない壁と言うものは意外とどこにでもあるものだ」

    瞳――その記憶には何を映しているのだろうか。
    過去の自分か? 栄光の時か? 折れた信念を抱き泣いている姿だろうか?
    それは,俺にはわからない。

    「――君達は,既に超えている壁があるはずだ。私には超えれなかった壁をだ。これは――」

    コホン,と咳払いをしてもう一度苦笑して見せる。
    内緒にしておいてくれよ,と親しげな瞳で笑いかけられた。思わず目を見開く。

    「私のわがままだと言う事は判っている――が,どうしても。先を見てみたいのだよ。私では見る事の出来なかった,その先を。」

    ――沈黙。

    彼は,エディット教授は窓を閉めてデスクにかけなおす。
    両肘をつき,両手を組んだ。
    口を隠すように組んだ手に当て――しばし瞑目。

    すまん、忘れてくれ と呟きが聞こえた。

    「――先程の事は冗談だ。無理を言うつもりも無い。君の自由な選択に任せる事にしよう。」

    退出しなさい の一言で,俺はエディット教授の研究室から退出した。


     ▽

    ―――さて。

    どうするべきだろうか。


     ▽  △


    「別に悩む事なんてないじゃない。」

    相談できたのはコイツしかいなかった。狭い交友関係を今更呪う。
    そんな俺にあっさり自分の考えを告げたのは,当然ながらミコトだ。
    他人事だからと考えているのだろうか。
    …いや,こいつは俺自信の事で楽しむ事はしても,悩みや愚痴を無碍にするヤツではないはずだ。…と思いたい。

    ミコトは俺のおごりのコーヒーを飲みつつそう答えた。
    ふむ。

    「…まぁ,良い話ではあるんだよな,実際。」

    先程は,余りの強引さと話の流れから反抗してしまったが,冷静に考えてみると好条件が揃っている。
    やり甲斐も,ある。付け加えるならばエディット教授は頑固だが,良い教授でもある。人気も上々だったりする。

    「なら,なんでそんなに悩んでるの?」
    「…ん? ああ,なんつーか,こう冷静じゃないうちに色々言っちまったしな…あの頑固オヤジの弱いっぽい部分見ちまった引け目と言うか…」

    なるほどね,とミコトはもうカップに口をつけた。
    飲み終わったのか,カップを受け皿に置いた。
    ミコトにしては珍しく,姿勢を正して俺に向き直った。

    「それは,そんな大した事じゃないよ。人には誰にだって弱い部分はあるし,ケイは教授のそんな部分を知っちゃったから気まずいだけなんでしょう?」
    「まぁ、そんなとこだ。しかし…そんなに大した事じゃないのか?」

    うん,とミコトは頷いた。
    優しい眼差しで俺を見る。今日のコイツは様子が少し変だな…。

    「ケイには知ってて欲しかっただけかもしれないしね。…私は.自分のことより他人を心配できる人って…素敵だと思うよ。」
    「よせよ。俺はそんなできた人間じゃない。」

    掛け値無しの本音で答えた。しかし,そうでもないよ、とミコトは笑った。
    やっぱり今日のミコトは何処か違う気がする。ほんの僅かだが。

    まぁ。

    「…決めた。受ける事にするか」
    「うん、そう言うと思った。」

    ミコトは一転してニパっと笑った。気持ちの良い笑みだ。
    俺の選択は間違っていないのかも知れない,などとちょっと思ってしまった。
    …俺らしくもない。

    「悪かったな,愚痴聞かせちまって。」
    「いいよ。でも…」
    「でも?」

    何時もより歯切れが悪いミコトに俺は首をかしげた。

    「悪かった,よりも聞きたい言葉があるんだけど。」

    ニコーっと笑いながらミコトが言う。
    はて。こちらとしては愚痴を聞いてもらったという意識しかなかったんだが――?

    「んもぅ。相談に乗ってあげた時の御礼の言葉は?」
    「あ、ああ――」

    ちょっと眉をひそめたミコト。しかし本気で怒ったりしているわけではないみたいだ。
    ほんのちょっとした意識の違いが生んだ小さな誤解。

    まぁ。
    少しくらい俺が譲歩するのもたまには悪くは無いだろう。

    「…ありがとな。恩に着る」
    「どういたしまして。何かあったら相談にのるからね。」

    気持ちの良い笑顔。
    元々性格のさっぱりしているヤツだからか。

    俺は久しぶりに心が軽くなった気がした――。



     ▽  △



    「受ける事にしたのか。」
    「はい。よろしくおねがいします。」

    取って返す足で教授の部屋に寄り,その旨報告した。
    俺の返した答えにエディット教授はしばし目を瞑り――一つだけ,質問をしてきた。


    「――それは,君の意思かね?」


    今の俺なら,きっぱりと答える事ができる。
    正しいと思える選択をしたのだから。

    それは――アイツの笑顔が証明している。


    「はい,俺の意思です。」




    >>>NEXT
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■76 / inTopicNo.10)  "紅い魔鋼"――◇六話◆後
□投稿者/ サム -(2004/11/24(Wed) 22:28:23)
     ◇ 第六話 後編『正しさの証明』 ◆
     

    野外での実戦演習まであと2週間弱になった。

    ここ数日は四期過程生との合同講座の調整で忙しい日が続いていた。
    そんなわけで,アイツに相談してからここ1週間弱ほどアイツと出くわさない日々が続いている。
    …平和は勿論良いものだ。だが――

    「――まぁ。物足りないって思っちまうのは…我侭だよな」


     ▽  △


    俺が受講する四期過程生の講座"魔法駆動機関の構造と原理・実践編"

    一年間通して行うらしい。
    最初の半期は理念の説明と概要の把握らしいのだが,俺はエディット教授の部屋で3時間で済ませてしまった。
    と言うより,何時の間にか説明する方とされる方が変わっていた。今思いだすと面妖な。

    …いや,過ぎた事はいい。
    それよりも気になる事がある。


     ▽


    他の生徒は誰なんだろう。
    …まぁ,才能があって知識が多い魔鋼技科の主席と次席のあいつ等がいる可能性は高い。
    先日のエディット教授の話にも出てきていたしな。

    …あいつ等もきっつい卒研テーマだ、ざまみろ。
    何をやらされるかなんては知った事じゃないけどな。

    だのと埒外のことを考え,教授に呼び出された空き教室で待っているとガラガラと音を立てて扉が開いた。
    何故か引き戸式の扉だからだ。

    「よー大将。お早いお着きだねェ」

    能天気な挨拶とともにこの部屋に侵入してきたのは魔鋼技科次席のハル・ルージスタだ。
    コイツは挨拶からもにじみ出る軽薄さとは裏腹に,絶妙で信じられんくらい精密なミスリル収斂を行う。
    一度"ミスリル真球作成の過程"という講座でコイツの作成したミスリル製の真球を見た事がある。
    誤差コンマ8桁のアホみたいな精度の球を磨いて作りやがった。何でも手触りでわかるとか。正直信じられん。

    「よう。」
    「かー! いつもの事ながらシケた挨拶だなぁ!」

    俺の挨拶に額に手を当ててオーバーアクション気味に背をのけぞらせやがった。
    足引っ掛けてやろうか。
    とりあえず聞きたい事だけ聞く事にしよう。

    「ハル,あんた他に誰がこの講座受けるか知ってるか?」
    「あん? お前しらないのか。」
    「話を聞いたのが昨日だったからな」
    「あ、そうなんだ。」

    俺は1週間くらい前だったかな,とか言いながらハル少し離れた所に陣取る。

    「三期過程生からの受講者数は四人。その内二人は――」
    「俺とお前か。内容は知ってるか?」
    「あぁ、ドライブエンジンの作成だってな。おもしろそーじゃないの?」

    ニヤリ,と笑みを浮かべる。コイツも造り手の一人だ,やり甲斐のある挑戦と思っているのだろう。
    俺も似たような心境ではある。

    「半期は座学だってのは?」
    「それは出来の悪い四期の連中の意識補強のためだろ?――何,まさかお前。」
    「あぁ俺は教授に一通り説明させられた(・・・・・)。」

    そう言うとハルも「俺もだ」と苦笑する。
    ひとしきり教授の悪口を並べていると。

    「あら。ずいぶんと楽しそうね」

    何時の間にか戸口の所に女性徒が立っていた。

    「おぉ〜麗しの君よ,良くぞいらっしゃいました」

    ハルが大仰な仕草で立ちあがり,深く礼をする。――俺の時と態度違うぞ。
    まぁ色目は使って欲しくないが。

    「よう。」

    ハルの時と同様に短い挨拶で済ませる。俺と彼女の挨拶は何時もこの程度だ。
    彼女――ロマ・ルクニーアは魔鋼技科の主席にして刻印技術の天才。ハルと似たようなものだ。
    図面の駆動式を寸分の狂いなく刻印する技術を持ってる。時には効率の悪い部分を最適化してから刻印したりすることもあるらしい。
    刻印技術と駆動式の製図に精通していて,そのレベルはもう芸術の域にあるといっても良い。

    ロマは俺の相変わらずの挨拶に苦笑した。

    「相変わらずね」
    「そうか?」
    「そうよ。」

    言いつつこちらへ向かって歩いてきて,しれっと俺の隣りに腰を下ろす。
    ロマは何故か何時も俺の隣りに座る。正直居心地は余り良くないが…座る席は本人の自由だそうだ。隣りの人間に関係無く。
    ――昔文句を言ったらそう返された。


    「さて。」

    来ていない学生は後一人だ。
    ロマは知っているんだろうか。

    「ロマ,あんたは後一人が誰か知ってるか?」
    「まだ聞いてないわ。」
    「俺も聞いてね―」

    ハルも合わせて返す。
    確かめるようにロマが呟く。

    「製作するものはドライブエンジン。となると――刻印技術は私。ハル君は恐らく部分部分のミスリル加工。ケイン君は――」

    ちらっと俺を見ると,静かに微笑む。

    「私とハル君の作った素材の組み合わせね。」

    ふむ、協力して云々の件は,この作業の分散化を考えていたからなのだろうか。
    恐らく,協力し合う過程で御互いの技術を盗みあえと言う事なんだろう。そう思いながら二人を見るとやはり苦笑。
    ――同じ結論に至ったらしい。

    ともなると,ますます後一人が判らない。
    他に足りない技術はあっただろうか。
    今行った事以外の細かい作業などは,基本的に"俺達"ならば皆同じ技量だからだ。

    「…技術的なところで補強しなきゃならん部分てあるか?」
    「んーそうだな…」
    「…もしかしたら」

    ロマが何かに思い当たったらしい。長い髪を掻き上げ,そのまま頭に手を当てて呟く。

    「私の刻印する駆動式を書く――考案する人物かもしれないわね」
    「なるほど。」

    俺は頷いた。それはありえない話ではない。
    何せあのエディット爺さんが担当なのだ。
    自分達で駆動式を考えて組みこめ,などというテーマはありえる話だ。

    「でもさ,ドライブエンジンに組みこむ駆動式っていったらなによ?」

    それも当然の疑問だ。が。

    もう一つ思い当たった。

    「あの教授だからな…もしかするとホントに0から組ませるつもりかもしれないぞ」
    「何をさ。」
    「だから――」

    俺が答えようとした,そのとき。

    「その通りだ。ケイン・アーノルド。」

    戸口に立つ大柄の人影。
    先日も会ったばかりの50オヤジは――

    「エディット教授…」
    「まだ一人揃っていないようだが――とりあえず始める事にしよう」

    エディット・ディーンその人だった。


     ▽  △


    「先にも通達した通り,君達四人には簡易的なドライブエンジンを一機組み上げてもらう。」

    手にしたファイルを開き,数枚の紙面で綴られた四組みの資料を俺達に配る。俺の手元には何故か二組み。

    「…これは?」
    「後から来る者に渡してくれ。」

    判りました,と俺は頷く。
    書かれている内容は同じ。基本的な注意点と製作過程での課題,評価点。
    説明すべき事の内容が細かくかかれている。

    「注意点などはそこに書き記しておいた,不明な点,質問がある者は後で私の研究室にきなさい。」

    俺を含める3人が頷く。

    「まずはテーマを君達で設定するところから始める。」

    具体的な内容に入る。
    テーマを決める言う事は…どんなコンセプトを持つドライブエンジンを造り上げるかを自分達で決める,ということだろう。
    本格的だ。

    「次に形状をどのようなものにするかを決めねばならないが…ドライブエンジンの特性,閉鎖式循環回廊の概念・理論を考えると円環状の装飾具が主な候補に上がる。」

    確かにそうだ。
    俺のドライブエンジンも対の指輪だし,ハルは手首のブレスレット,ロマはイヤリング。
    ミコトは左上腕のブレスレットだったな。

    「最終的に決めるのは君達だが,これらの意味を強く持つものの方が成功率が上がるとだけアドバイスをしておこう。」

    初めての本格的な"作製"だからな。
    訓練に失敗はつきものとはいえ,こんな機会はめったに無い。なるべくなら失敗はしたくないな。

    「…それと,私から一つ重要な課題を出そうと思っている。しかし,あくまで純然たる"挑戦"という領域の課題なのだが…」

    ふむ。
    教授から俺達への挑戦状か。
    ちらっと隣りと後ろを見ると,ロマは上品に微笑み,ハルはニヤリと笑って見せた。
    やる気はあるみたいだ。かく言う俺も同じ気持ちだ。

    ――受けて立とうじゃないか。

    「課題内容を言ってから 挑戦するか否かを決めさせようと思っていたのだが…やる気はあるみたいだな。」

    俺達の様子を見ながら,それも良いだろう と呟き,エディット教授は言った。

    「閉鎖式循環回廊の駆動式群――魔導機構の構成とその核を含めて,1から構築する(創る),と言う課題だ。」


     ▽  △


    少し急ぎ足で指定の教室へ向かう。
    魔鋼技科の研究棟はほとんど訪れた事が無いと言う理由もあって若干遅れている。

    …わたくしとした事が。

    もう少し早めに出発すれば良かったと後悔するも,過ぎた時は戻らない。
    いずれ"時"に関する駆動式をみつけてやりますわ,と心に誓いながらも付近の教室のプレートを見つつ目的地が近くである事を確かめる。

    それから更に研究棟の階段を二階上に上がり,奥へ進む事数分。突き当たりの講義室のプレートが目的の教室の名前と一致したのを確認し,安堵の溜息をついた。
    時間的にはおおよそ10分ほど過ぎている。やはり少し遅刻してしまった。

    いかんせん入室し難い感じではあるけれど,これ以上遅れては身も蓋もない。
    意を決して引き戸を引き,堂々と入室した。


    「申し訳ありません、遅れました」


     ▽

     
    ガラガラ,と音を立てて開いた教室の引き戸。
    次いで聞こえる涼やかな声。

    「申し訳ありません、遅れました」

    俺達は予想外の教授の言葉に思考が一時停止(フリーズ)していたが,これまた不意打ちの四人目の出現に,3人揃ってそちらに注目してしまった。
    その俺達の様子に入り口に立つ女生徒は一瞬呑まれたように立ちすくんだが,すぐに我に返ると う、やっぱりまずかったかな,と言うような表情をした。
    その中で一人,教授だけが場が止まってしまった事も全く意に介せず,入り口に立つ彼女に声をかける。

    「立っていては始まるものも始まるまい。とりあえず席に着きなさい。」
    「あ、はい。」

    素直に彼女は教授の言に従い,こちらとはちょっと距離を離して席に座った。無理も無い。
    同時に俺達も現実に復帰する。

    「ちょ、ちょっと待った,おっさん!」

    俺は立ち上がって教授(じじい)に食い下がった。

    (コア)魔導機関(閉鎖式循環回廊)の記述から始めろって…一体何年かかると思ってんだ!?」
    「そうはかかるまい。」

    その反論は予想していたかのような涼しい対応のじじい。根拠を示しやがれ。

    「私達に機密部分(ブラックボックス)を解析しろ,と仰るのですか?」

    ロマの反論ももっともだ。閉鎖式循環回廊の魔導機構――駆動式群の構造は,王国とドライブエンジンメーカーが独占している。
    その(コア)は複雑な暗号処理が施されていて,暗号の解除・解読はほぼ不可能だ。
    それこそ何年かかるか見当もつかない。

    「いや。君達には,別の方法――全く新しいアプローチをしてもらう。」
    「新しいアプローチ…ですか?」
    「そうだ。」

    離れた席に座った名も知らない女生徒――金髪の美人――が教授の言葉を反芻する。

    「この講義の冒頭に教える――ドライブエンジンの構想理念・概念・歴史。そこに至るまでの経緯は全員把握済みだ。つまりは"創造の理念"を大まかながら把握している。」

    おっさんは教卓の周りを歩き始めた。説明を始めるときのクセだ。
    長くなるのか。

    「君達はこの学院で様々な技術や手法を学んだ。知識もセンスもある。才能も豊かだ。しかし」

    立ち止まり,俺達を振りかえる。ギラーンと目を光らせた。
    出た,エディット・ディーン十八番の眼光。やっぱこええ。
    向こうの女生徒に目をやると,初めて見るのだろう。額に汗マークが見える。俺の心眼は確かだ。

    しかし,と彼は続ける。

    「それは過去の技術であって,未来の礎に過ぎない。私は――」

    そんな過去の技術を見たいわけではない,と続けた。

    「…君達は三期過程生だが,実の所"創造"に必要な殆ど全ての概念の習得は終わっている。加えてその類稀な才能が,これから三期過程と四期過程,そしてその先何十年もかけて培う技術をも補うだけの意味を持っていると確信している。」

    彼は力強く言った。
    確信している,と。
    それは信頼の証なのだろうか。それとも,俺たちに希望を重ねているだけなのだろうか。

    「無論,この研究は一人では到底不可能なテーマだ。が,君達は一人ではなく」

    俺達の顔を一人一人見まわし,何かに納得したように頷く。

    「それぞれ特出した才能を持ち合わせたチームとして見ると,それは不可能ではなくなる。そのために学院全生徒の中から選出した…それが君達だ。」

    全生徒中,俺達が選出された。
    それは何か、あんたはこの学院の全ての生徒を調べ、つぶさに観察し、才能の有無を見分け、それを判断してきた…そう言うのか?

    才能の見極め。それは簡単な事ではないはずだ。
    成績で選ぶだけなら上位者を選出すれば良い。
    だが,"才能の有無"を見るとなるとその判断基準は全く異なってくる。
    才能――それは平均的に見るものではないからだ。
    感性といって良い。
    知識や経験。過去の集大成――それらとはまた違う概念だ。
    見極めるには,膨大な人生経験や直感が欲しい。
    それでも全ての才能を見出す事は出来ない。世に埋もれる才能――その中から見出されるの数は何時もほんの僅かだ。

    彼――エディット・ディーンが見出せた数少ない才能の持ち主――それが俺達だというのだろうか。

    教授(おっさん),一つ質問がある」

    俺は,先日とは逆に問いただす。
    ロマを,ハルを,そして最後の四人目の美人さんをみて――教授を見る。

    「俺達に,本当にそれができると?」
    「できる。そう確信している。」

    力強い宣言。
    眼光も鋭い。迷いの無い瞳は信頼の証なのだろうか。
    もし、そうだとするなら。


    「…なら,俺はやってみようと思います。」


    これが正しい答えに違いない。
    だからそう宣言した。


    この答えなら――台風のようなアイツは,やっぱり先日のような綺麗な笑顔を見せてくれるんだろうな,と思いながら。
    きっとそれが,正しさの証明なんだろう。



    >>続く
引用返信/返信 削除キー/
■77 / inTopicNo.11)  "紅い魔鋼"――◇七話◆前
□投稿者/ サム -(2004/11/25(Thu) 21:59:55)
     ◇ 第七話 前編『歴史の表裏』 ◆
     

    「…ありがとな。恩に着る」
    「どういたしまして。何かあったら相談にのるからね。」

    初めてケイの"ありがとう"を聞いた私は――これからやろうと思っている事への不安が,ちょっとだけ…軽くなった気がした。

    ケイ、こっちこそありがとね。
    ちょっとの間――行って来ます。



     ▽  △

    都市ファルナ。
    魔鋼産業で成立つ工業都市として名高い。
    王国の主生産品である魔鋼――ミスリルを量産する工場群を郊外に持ち,都市に住むおおよそ3割の人間がそれに関わっている。
    人口はおおよそ300万。
    学術都市リディル,王都と連なる衛星都市の一つだ。
    そして,その主産業の魔鋼(ミスリル)の名を取ってこうも呼ばれている。


    ――魔鋼都市ファルナ。
    錬金術師達の街,と。

     ▽

    現代人は皆魔法の恩恵に預かっている。
    王国に暮す人間は,そのほぼ全員が魔法駆動機関――ドライブエンジンを所有し,王国から与えられる魔力制御印によって魔力を扱う術を得る。
    魔力をドライブエンジンに通わせる事で,人は限定現象――魔法を駆動させる事が可能になる。
    魔法は人の編み出した技術である――この一文は,魔法が制御された力という証にして"人間が等しく所有する技術である"と言う事を明言している。
    魔導文明の局所的解釈は以上。

    またもう一つ,現代人には技術がある。
    それは科学技術。古代遺産から復元した旧文明の技術だ。
    魔導文明が無(厳密には無ではなく魔力)から現象を発生させるのに対して,旧文明の科学は現象自体を解析し知恵のみで現象を近似・復元するものだ。
    その大元を成す最大の科学が――電力。
    古代の文明は電力を作るために小型の太陽を炉の中に作ったり,大量の油を燃やして水を沸騰させ,生じた水蒸気でモーターを動かし発電する――と言った方法をとっていたことが判っている。
    世界各国にそれを調査する機関があり,"地中から発見されるシェルターのような都市群"のコンピュータを解析して情報を得た結果だそうだ。
    ――ちなみに。
    旧文明でもっとも古い年代のものは,今から億単位過去の年月のものらしいとの事。真偽は定かではないけど。
    ともかく,電力と科学技術は文明に役に立つ様々な道具をもたらした。

    王国の地下からも古代文明の遺産が数カ所見つかっているらしく,その年代はとてつもなく古いものらしい。
    古代文明は,発見される年代によってその技術レベルは様々と言うのが通説だが,王国地下に埋まる古代都市跡はその中でも特に高度な文明だったらしい事がわかっている。
    無論国家機密だが,他国に比べて王国の科学技術は1歩も2歩も先を行っている事から容易に推測は可能だ。

    魔鋼(ミスリル)を鍛えるにも一役買っている。
    都市ファルナは魔鋼生産を主な産業としていて,それを支えている技術の一端が科学。

    古代文明の遺産たる科学が王国の歴史に関わり始めたのも.これまた1000年前の戦乱の直前らしい。
    ――妙な符合が重なる。

    当時の戦乱の終結は,王国が邪竜を退けたと言う事で終わっている。
    が。

    民間伝承などでは

     突如現れし邪竜を雷帝が強大な光の柱を召還し,葬り去った

    と言う事になっていた。

    ――その伝承の発端。

    それがここ,魔鋼都市らしい。

     ▽

    ミコトはリディルからこのファルナまでを車で移動,一日近くを運転して訪れた。
    朝出たのに夜中につき,道中は一人でずっとつまらなかった。何度ケインを連れてこれば良かったと後悔しただろうか。
    しかし彼は学院で研究のための色々準備を行っている最中。相談された上に発破をかけた手前,強引に連れ出すわけにも行かず渋々一人でここまでやってきた。


    今回の遠出の発端は,学院の一講座野外実戦訓練だ。
    まぁこれ自体はぜんぜん問題無い。過去数回参加しているし演習場所も何時も通り。
    しかし。
    この都市から派遣されてくる史跡調査団の調査日と実戦訓練の日程がぴたりと重なっている事にミコトは気づいた。
    たったそれだけの事なのだが,どうにも彼女の第六感がそれに過敏に反応するのだ。

    何かがある,と。

     ▽

    ミコトは,半年ほど前に巻き込まれた…と言うか勝手に首を突っ込んだ事件で,一人の友人の秘密を知ってしまった。
    その結果と言うわけではないのだが,彼女は一人で歩いていく道を選びその翌日には行ってしまった。
    現在彼女の行方はようとして知れず,ただ元気でいてくれる事だけを祈る日々が続いている。

    しかしそれを良しとしないのがミヤセ・ミコトだった。
    被っていた仮面を外して目的の無かった学院生活を見なおし,将来の道の先でもう一度彼女に会い,その身勝手な考えを根底からぶち壊すためだけに行動を始めた。無論自分こそが身勝手などとは夢にも思っていない。
    ともかく。

    ミヤセ・ミコトは行動を始めた。
    友を作り,自分を磨き,交友を深め,情報を集める様々な方法を作る。半年間で可能な限りそれを行い,そしてこれからも続けるつもりだ。

    "夢は大きく果てしなく"

    それが今掲げている目標だったりしている。ちょっぴり具体性に欠けているのは気づかない振りだ。


     ▽


    そんな中,何度目かの合同実戦訓練の時に想定外の事件に出くわす事があった。
    詳細は割愛するが,そのとき以来ミコトは自分の関わる物事に関しては,出来うる限りの情報を集め,どんな事態にも対処できるよう心構えをする事にした。

    今回も例に漏れず事前の様々な情報を集めていた。
    その際に見つけた小さな小さなこの史跡調査団の調査日。
    そして,この街にいる友人に調べてもらった調査団の構成メンバー。

    出てきた名前が魔鋼錬金協会。

    はっきり言って,眩暈がした。


    よりによって。

    ――魔鋼錬金協会(フリーメーソン)が絡んでるなんて

    ミコトは,調べれば調べるだけ深まる事態の混迷さに一人で頭を抱えていた。

     ▽

    魔鋼錬金協会。
    これは1000年前の王国を半壊させた(・・・・・)原因を作った偏執狂的魔導学団体の事だ。王国史でも習う。

    ミコトは思考の中で資料を反芻する。

    1000年前。
    王国軍は"突然出現した"邪竜"により北側山脈の麓――現在ランディ―ル平原と呼ばれているまで草原地帯まで撤退を余儀なくされていた。
    そこで行われた決戦により,一人の英雄の命と引き換えに邪竜を滅ぼす事で王国軍は辛うじて勝利する事が出来た。
    しかし話はそこでは終わらない。

    そもそも,邪竜が出現したのは王国の中央平原の一都市。しかも都市中央部からだったと言う。
    当時の詳しい資料は結構各地に残っている。事の詳細を調べるのも比較的容易だった。
    なにしろ,リディルの総合学院(我が母校)の書庫にもその資料は残っていたのだから。

    歴史書,文献を読み進める上で,一つの組織が関わっている事を記した手記が見つかった。

    それが――魔鋼錬金協会。
    正式名称は知らないが,知識と魔鋼(ミスリル)の研究の為なら非人道的な研究も厭わないと言う,偏執狂的研究者共の集まりだ。
    いわば秘密結社(フリーメーソン)
    彼等の信者は何時の時代,何処にでも存在する。
    現代でさえそれは存在していると言う――。


     ▽


    その事を教えてくれた友人は,入れ違いにリディルに向かったらしい。知らなかったが今はリディルに住んでいるみたいだ。
    彼女は私と同郷で,都市リディルと都市ファルナの中間にある小都市で同じ学校に通っていた先輩・後輩(私 ・彼女)の間柄だ。
    "後で連絡をいれるので,後日改めてお会いしてくれますよね?"と言うメッセージを残していた。

    私もそれには賛成した。
    流石にこれ以上の捜査は任せる事は出来ない。
    私は慎重を期し,昔の友人(後輩)には"ただ気になっただけだから"というに留め,その調査を強引に終えさせた。最ごまで"探偵の元で色々仕事を手伝っているから役に立ちます"と言って食い下がっていたが,これ以上は続けさせたくなかった。
    言うまでも無く危険が伴うかもしれないらだ。

    さて,目下の問題は魔鋼錬金協会(秘密結社)
    彼等はこの1000年ほぼ何も活動していない。
    これは各方面から得たその筋の情報から確認済み。
    相当無謀で無茶で非人道的な研究が行われていたのは戦乱時までで,それ以降は王国の厳しい監視下に置かれたらしい。

    歴史書や当時からの様々な情報媒体によると,大多数の彼等は王国各地に分散・潜伏し,個人で研究を続ける傍ら再集結・再結成を果たす事を目的としていたようだ。
    それは果たされたわけだ。

    何しろ,魔鋼錬金協会と言う名の公的組織が今現在存在するのだから。


     ▽


    彼等が彼等(フリーメーソン)だと言う事実は一般に知られてはいない。

    王国自体がその事実を隠蔽している節がある。
    その最も大きい理由が,彼等の非常に高い功績と考えられた。
    それに魔鋼錬金協会が秘密結社(フリーメーソン)と知らずに入会している一般人も多い事も関係していると見当をつけている。
    巧みにその真実を隠蔽して構成された"魔鋼錬金協会(秘密結社)"
    現代にもたらした彼等の最大最高の功績――それは。
    王国主産業である魔鋼(ミスリル)の量産体制を完全の整えた事にある。

    科学技術と魔導技術の融合。
    その最たる成果がこの魔鋼産業と言うわけだった。


     ▼


    事の起こりは比較的近年だ。
    今から50年前に始まった第一次世界恐慌の際,その経済危機的状況を乗り切るための一つの策として,最も需要のある――しかし供給の極めて少ない"魔鋼(ミスリル)"の製造を提案した組織があった。
    王国に提出された発案書ともう一つの書類――それは秘密裏に受理され,ファルナ近郊に最初の魔鋼収斂工場群が建設された。
    古代文明の科学,現代文明の魔法を用いた革新的な技術の融合により確立された魔鋼産業は,世界に先駆けて行われた。
    結果は言うまでもなく成功に終わる。
    王国の負うリスクはかなり大きな物になったが,高い見返り(ハイリターン)に賭けた結果,世界恐慌を無傷で乗り越えた――どころか利益さえ上げた――数少ない国家の一つになった。
    それ以降も,全世界に対する魔鋼(ミスリル)供給のおおよそ30%を王国が占めている。
    そして。
    王国の負ったリスク,それが――魔鋼錬金協会(秘密結社)の黙認だった。


     ▽


    沈黙してきた今までの50年,彼等は一体何をしてきたのだろう。
    私の第一の疑問はまずそこにある。

    リディル(学術都市)と違い,ここはいわば工業都市。
    流石に中心市街は高度に発達しているけど,魔鋼錬金協会のある郊外は比較的自然の風が多い。
    丘にでも上れば彼方に灰色の魔鋼収斂工場群が望めると言う事だ。
    街を歩きながら当座の行動方針を考える。

    一番の目的は,彼等の本意だ。
    1000年近くを沈黙しているとは言っても秘密結社(変人達)秘密結社(変人達)
    何か良からぬ企みをしているのではないかと疑う気持ちは生まれるし,また私の直感が告げる。

    "こいつらだ"と。

     ▽

    直感はあくまで勘だ。
    確信の持てる裏を取るまでは私は納得はしないしするつもりも無い。
    そのための行動で,それゆえの私だから。納得行く行動をとった末に,満足の行く結果を掴む。掴み取る。
    結果も大事だけど過程も重要。

    私は全てを勝ち取るつもりなのだから。

     ▽

    市営の図書館にやってきた。
    とりあえず情報の収集が先決だから。調べる項目は三つ。

    一つは近年の彼等(魔鋼錬金協会)の動向。もしかしたら何か動きがあったのかもしれない。
    一つは1000年前の戦乱のきっかけ――過去のリディル砦を破壊して王国軍をランディ―ル平原まで撤退させたと言う"邪竜"とやらの真実。国家機密に該当する事項だろうけれど…ここも学院と同列の古代からの歴史が連なる場所。何かしら残っているかもしれない。
    そして,それらの関わりがどの様に在るのか。

    時間は少ないし,危険は少なくない。



    「こう,燃えるものがあるのよね」

    歴史書を高く積み上げ,机に座る。
    本に顔を埋めてニヤリ、と表情を歪めた。

    「やったろーじゃないのさ」

    戦闘開始。
    勝負はまだ始まってもいないが。





    >>>NEXT
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■80 / inTopicNo.12)  "紅い魔鋼"――◇七話◆後
□投稿者/ サム -(2004/11/26(Fri) 21:21:54)
     ◇ 第七話 後編『歴史の表裏』 ◆


    1週間。
    私は1週間市営図書館に通いつづけ,ファルナの1000年前の歴史を調べた。戦乱によって当時の資料の大部分が消失したとは言っても,それ以降に再編集したものも多数ある。
    複数の資料を比較しながら過去の記録に齟齬が無いかを推察すると言う私の作業は,恐らく思ったよりも捗っていた。
    その結果,推測と言う領域を出ることはなかったけどとりあえず成果らしい成果は得ることが出来た。

    魔鋼錬金協会につながる線。
    それは"魔鋼と人体の関わり"と言う"1000年と少し前の魔鋼錬金協会"が発行した,一冊の禁書だった。


     ▽


    都市ファルナの郊外に在る一番古い市営図書館。
    私が選んだ図書館は一番歴史の古いものだった。
    しかしそれでも,1000年前の戦争より500年後に造られた建物だ。

    加えてリディルで調べた限りでは,1000年前のファルナに存在した魔鋼錬金協会に関する資料は"邪竜"の出現と共に,その殆どが消失してしまったらしい。
    ここにあるのは僅かに残った当時の資料と,以後の歴史を綴ったものだ。

    王国の監査も幾度も入っているみたいだ。
    図書館の歴史に触れる記述を数度読んだが,理由が不透明な資料監査がここ数百年でも何度かあったらしい。
    そのたびに,王国史に不自然な事件や災害が起っている事に気づいた。
    これも成果の一つ。

    資料を纏める際に紙の切れ端に記述を重ねて整理しているが、"本当に気づいた事"は頭の中のみに留める。
    何時何処で,誰が私を監視しているとも限らない。
    調べ事の最中の警戒心は自意識過剰で良い位だ。

     ▽

    『魔鋼と人体の関わり』と題された禁書を見つけたのは本当にほんの偶然だった。他意はない…ハズだと思う。
    私は体育館ほどの広さを誇るこの図書館の隅の隅,1000年前の歴史に関する資料のある本棚郡の場所で本を選んでいた。
    それ以前のものになると,都市崩壊の危機に瀕していたからだろうか、まったくといっていいほど見つからない。
    しょうがないから,高さ2mはある本棚に梯子を掛けながら最上段まで調べていた。

    気づいたのは本当に偶然だった。
    最上段の更に上。つまり棚の天井部分に埃の積もった一冊の本を見つけた。
    私は梯子の一番上に腰を掛けた状態。
    私の身長は162cmと女子のなかでも結構スラリとしている方で,梯子の上に腰掛けると丁度本棚の一番上と目線が合う位置だった。

    「なんだろう?」

    乱雑に放り投げられたかのような置き方なのを気にしつつ,その本を取り上げた。
    この辺りの整理は,恐らく500年前の設立当初からされていない事はわかっていた。殆どの歴史書に埃が被っているし本棚も汚い。
    都市崩壊時の歴史を綴ったものだからだろうか,それとも工業都市だからと歴史自体注目されてこなかったのかはわからないが――ともかく人の手が触れた形跡は少ない。
    ここ数年でこの区画に立ち入ったのはもしかすると私だけかもしれない。

    ともかく埃を払う。
    文字体系は,駆動式の記述法が3000年前から変わらない事もあってほとんど変わっていない。
    違うのは文章の言いまわし位で,ニュアンスが当時か現代かの差異だ。読むのには全く苦労しない。

    「ん…と。"魔鋼と人体の関わり"…?」



    開いて読み進め…ページを捲る手を止めざるを得なかった。

    内容は…人が読んではならない物,とだけ言って置く事にする。
    とても人の所業とは思えなかった。

     ▽


    要は人体実験の研究過程を纏めたものだった。
    実に詳細に事実だけを記されていたのが印象的だった。まるで病院のカルテのようだ。

    魔鋼(ミスリル)が人体に与える影響,効果,弊害。
    その様々な"成果"は,恐らく今現代の魔鋼技術にも関わっている。
    現代医学の裏にその悲惨なまでの研究過程があるのと同じことだ――が,これが,それだというのだろうか。
    少なくとも,医学は私達の文明の発展に多大な貢献をしている、けど。
    私は魔鋼と人との直接の関わりから得るものなど,聞いた事が無い――。

    それに。
    "これ"に記述されている状況は,どれも"魔鋼(ミスリル)を人体に直接埋め込んだ場合"と言う異常な状況を主題(メインテーマ)にして行われている。
    それが意味するところを知るのは,もう少し先のページにあった。


     ▽

    『融合を始めた』

    そう,ページの一番上に書き出されていた。
    …彼等,魔鋼錬金協会が異常だと言わしめるその最たる部分。

    詳細を知らなかった私達でさえ,魔鋼錬金協会(フリーメーソン)が危険な連中だ,と言うことは知っていた。
    が,真の意味で知っていると言う事ではなかった。


    …真実を知ると言う意味。
    それは半年前に痛感したはずだったのに,まだ私は甘えていたのだろうか――。


    正直,恐ろしくなったと言うのが正直なところ。
    それでも進むべきだ,と理性と直感が声をそろえる。

    "あの娘"はきっと,もっと残酷な事を知っているような気がする。
    この世界の不条理さ,裏側に隠された様々な秘密。そんな氷山の一角を,エルリス・ハーネットも知っているのだとしたら――?

    私はここでは立ち止まらない。誰でもない,自分の為に立ち止まらない。自らの掲げた野望に賭けて,だ。
    あの娘(エルリス)へ,私からプレゼント(未来)を贈るために。
    一緒に在りたいと願った,あの夜の約束を果たすために,だ。

    私は意を決した。


    次ページを捲る――。


     ▽


    『融合を始めた。被験者(同志)の少年の心臓直上に埋め込まれた魔鋼(ミスリル)はその色を徐々に変化させ始める。最初は白銀だった魔鋼の色が徐々に赤黒く変容する様子をsfoh003ucccとして保存する』

    一見無意味な記号列は,恐らく意識暗号化。部外者に読まれた時の為に本当に重要な部分のみにプロテクトをかけていると推測する。
    解読方法は,恐らく無い。1000年前の書だ、書面にかかれた意識プロテクトは合言葉のみで解読可能になるタイプのものだろう。
    音声として残っていなければ意味の無いタイプだとしたら,それこそ1000年前のこの著者に直接聞か無ければ意味は無い。つまり、事実上不可能と言う事。
    それらは飛ばす。恐らく状況の推移を映像化したものだろうと予測をつけた。…とても見たいものではない。

    『…3週間が経過する。埋め込まれた魔鋼は完全に赤色化した。魔力反応率は今までに無い値を示している。』
    『被験者の意識は完全に無い。恐らく魔鋼内部に転移(シフト)したと推測される』
    『こちらの呼びかけにも,外部からの魔力誘導・(エーテル)干渉にも何ら反応せず』
    『実験は失敗』
    『摘出手術を決定する』
    『手術は今より2週間後の魔導暦2015年12月09日を予定』


    以降は何も書かれていない。
    白紙のページが終わりまで続くだけだった。

    私は最後の日付に注目する。


    『魔導暦2015年12月09日』


    現在,魔導暦3022年。その日付は――およそ,1000年前のものだった。


     ▽  △


    図書館を出る。
    もう,ここに長居するつもりは無かった。この街にも。
    理性はまだ調査するべきだと主張する…けど恐怖の方が勝っていた。
    こればっかりはしょうがない…怖いものは怖いのだから。
    それと,かなりの嫌悪感。
    このまま行動してもろくな結果を生まないとも理解している。

    帰ろう。
    ここに居ても今の所出きる事はないのだから。
    しかし。
    それでもコレだけは,手放すわけにはならない。

     ▼

    私はその禁書を持ち出した。
    元々誰も気づかなかったものだから,問題は無いと思う。

    念には念を入れて私の魔法駆動機関(ドライブエンジン)"隠者(ハルミート)"を起動し,バイザーのみの限定駆動状態(ハーフドライブ)で周囲を監視させておく事は忘れない。
    その足で私はリディル(母校)に戻る事にした。

    野外演習に関する直接的な情報とはならなかった。
    しかしそれでも,少なくとも1000年前の戦乱と旧ファルナから現れた敵性兵器。その発端とされる魔鋼錬金協会…そしてこの禁書。

    記録されていた"紅い魔鋼(クリムゾン・レッド)"

    途切れた記録と王国の隠蔽する事実。
    ランディ―ル平原での決戦で何があったのだろうか。
    そして,現代に置いて活動を始めた魔鋼錬金協会(フリーメーソン)


    嫌な予感がする――。

    私はそんな胸騒ぎを覚えながら,リディルを目指した。




    >>NEXT
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■82 / inTopicNo.13)  "紅い魔鋼"――◇八話◆前
□投稿者/ サム -(2004/11/27(Sat) 22:06:51)
    2004/11/27(Sat) 22:13:28 編集(投稿者)

     ◇ 第八話 前編『朝の光景』 ◆


    誰かに揺すり起された。
    がんがん響くような頭痛と最悪の気分。
    一瞬自分が誰だかわからなくなったような錯覚に陥った。

    ――意識制御(リセット)

    無理やり意識を覚醒させる。
    名前――わたくしはウィリティア・スタインバーグ。魔法科に所属する学院の生徒――今はそれで十分。

    十分に落ち着いてから自分を起した男に目をやった。


    「…おい,大丈夫か? これでも飲んどいた方が良い」

    渡されたペットボトル(ミネラルウォーター)を受取り,しかし自分は呆けたようにそれを見詰めている。

    朝日。
    寝心地の悪かったベットの上。断続的に頭を襲う鈍い頭痛。気分も悪い。

    「あぁ,開け方がわかんねーとか?」

    そう言う彼――記憶を辿ると,ケイン・アーノルドと聞いた覚えがある――の顔色も余り良くない。
    自分と大体似たような状況みたいだ。

    「…バカにしないでください,開け方くらい判っています…」

    一言話すにも多大な労力を必要とする。頭イタイ。
    パキッという音と共にペットボトルの蓋を開けた。
    冷えている水を飲むと,すっと頭に染み入る感じがする。ちょっとは頭痛も和らいだだろうか…でも,まだまだ本調子には程遠い。大体にして――

    「貴方。なんでこの部屋に居るんですの?」
    「あぁ…? 俺の部屋だからにきまってるじゃねーか」

    (ケイン)が億劫そうに応える。
    なるほど。ここは彼の部屋で,だからここに彼が居る事は全く問題無い。

    …うん、確かに道理ですわね。

    ぼーっと冴えない頭で彼を見る。
    白いシャツに履きこんだジーパン。シャツから覗くはだけた胸が,こう,なんとも男らしい感じが――

    いえ,まって。何かがおかしい気がします。なにが…?

    端と気づいてウィリティア(彼女)は辺りを見まわす。
    見覚えの無い部屋だ。

    「…ここはどこですの…?」

    彼がガックリと肩を落とした。
    はぁーーーーと長い溜息をついた後,のそのそと動き始める。
    おぼえてねーのか。まぁそれはそれで構わないんだが…などとぶつぶつ呟きながら答えた。

    「ここは学院寮の俺の部屋。あんたが寝てるベッドは俺のベッド。ついでに言うならその水も俺のだ」

    言葉が少しずつ頭に入る。
    寮。部屋。ベッド。水。

    あぁ――

    「昨晩,街で飲んでいたのでしたわね…」
    「おぉ,お定まりのベタなネタには落ちなかったか」

    何を言っているのか判らない。きっぱりと無視してあげるのが最良な気がした。

    「でも,なんで男性の貴方が私を介抱したんですか? ロマさんに任せるのが筋じゃなくて?」
    「あー。アイツ、あれからハルを引き摺って2次会コースだったからなぁ…」

    頭を抱えた。彼女はあれ以上飲むというのだろうか。正直信じられない。

    「まぁ,時間外に寮の外で遊べる機会なんて殆ど無いからな…それにロマは酒豪みたいだし。気晴らしだろうよ」

    付き合わされたハルは気の毒だな,とケインが苦笑する。
    いろんな意味で頭痛が収まらない。…さて,どうしましょう。

    と,彼が備え付けの机の中から薬を取り出した。2,3粒取り出して飲み,瓶ごとこちらに放ってくる。

    「頭痛薬。それも飲んどいた方が良い」
    「…助かります」

    同じように3錠ほど取り出して,先程受け取った水と一緒に飲みこんだ。

    「俺,コレから寮の朝礼あるんだが…あんたはどうする?」
    「頭痛が収まるまで休ませていただきますわ」
    「そうか。そんならそうしてくれ,なるべく誰にも見つからんように気をつけてくれれば構わない。」
    「…そうですわね。」

    男子寮の部屋に女子が入りこんでいる…なんて事が周囲に知れたら。
    まぁ余り気分の良くはない噂やら話があちこちで聞ける現象が起こるだろう。
    ――出来の悪い駆動式のように。

    魔法科ならではの思考に浸りながら答える。

    「寮から人の気配が無くなったら,その隙に出る事にします」
    「わかった。また後でな」

    がちゃり,とドアを開けて彼は出ていった。
    何ともあっさりした人だと不思議に思う。
    ちょっと周りを見渡すと,部屋の隅に毛布の塊が落ちている。まるで誰かがそこで寝ていたような,そんな感じの――

    ――あぁ。
    彼はぶっきらぼうで言葉遣いも悪いけれど…

    「…紳士ですのね。」

    酷く新鮮な気持ちが,心の中に芽生えた。


     ▽


    朝日がまぶしい。
    相変わらず頭痛はあるが,起きた当初ほどではない。

    窓の外では朝礼が始まったらしい。
    ちょっと覗いてみると頭を押さえる男子が二人,すぐ見て取れた。
    昨日同じ研究班となったケイン・アーノルドとハル・ルージスタ。
    女子寮の魔鋼技科の女生徒の一番先頭に立っているのはロマ・ルクニーア。
    彼女だけは昨日見たときと何ら変わっているようには見えない。不思議だ。

    少しの間その光景を見つづけ,ふと我に返る。

    「あ,そろそろ行かないと――」

    朝礼は然程長いものではないと思われる。
    ほぼ全員が外に出払っている今が,抜け出すチャンスだ。
    上着がハンガーに掛けられている事に気づき,それを手に取る。
    …ちょっと自分の着衣に異変が無いか見まわしたが,おかしいところは何処もない。
    この部屋の主は,酔い潰れた自分に何もおかしいことをしなかった,と確信する。

    頭はいたい。
    でも,気分はずいぶんと良い。

    だからだろうか。
    御礼とばかりに少し部屋を整頓し,一言書きつけた。それを先程渡された瓶を重石代わりにして机に置く。

    窓も開けておきましょう。外は風が気持ち良さそうですし――
    静かに窓を開け,さっと窓を離れた。これで良い。

    そうして彼女――ウィリティア・スタインバーグは部屋を抜け出す前に一言,普段は絶対に言わない言葉をもう一度贈った。


    「――ありがとう」


    その顔も,自然と微笑んでいた。



     ▲


    頭が痛い。
    然程離れていないところに立っているハルのやつも,俺と同様に頭を押さえている。
    顔色も幾分――というか完全に青い。
    何があったのかというと,まぁ察しの通り。
    昨夜は久しぶりの酒宴だったのだ。


     ▽  ▽


    昨日午後,俺達四人――魔鋼技科の俺,ハル,ロマ。そして魔法科のウィリティア・スタインバーグは魔鋼技科研究棟の教室に呼び出された。
    内容に関しては,事前に学院の古株であるエディット教授から受けていた。

    四人での共同研究。
    それぞれ長所の違った才能を持った四人で,一機の魔法駆動機関(ドライブエンジン)を1から創り上げろと言う無茶な課題だった。
    彼,エディット教授は俺達ならばそれは可能だ,と確信しているらしい。
    そんな言葉に乗せられたわけでもないが,来年以降も同様の研究をするらしいし,自分の実力を測るにも持って来いだと思ったのも事実だ。

    俺――ケイン・アーノルドはこの話を受ける事にした。
    他の3人も事前に説明を受けた時点でこの話を受ける事にはしていたらしい。
    かくして,四人一組の特別研究班が結成されたわけだ。

    が。

    話はここでは終わらなかった。

     ▼

    その後ウィリティア・スタインバーグの自己紹介と今後の大まかな予定を立てた。
    特別に決めなければならない事は,実は余り無かった。全て俺達に一任するとの事。
    ここまで煽って放任主義と言うのはかなりズルイ気もしたが,まぁ好きにやらせてもらう事にしよう。
    打ち合わせも終わり,解散となる直前。

    ハルが突然挙手した。


    「教授,一つ提案があります」


    なんだね? という教授の言葉に応える様にヤツは立ちあがった。
    目がキラキラしているときのコイツは――何かをたくらんでいると言う証拠だ。
    隣りのロマもそれに気づいたらしく,何を言い出すのだろう?と言う顔だ。

    「僕達はそれぞれ特殊な技能・才能を併せ持つ一つのグループとなったわけですが…この先起るであろう様々なトラブルに迅速に対応・対処するためにはチームワークが重要になると思います。」

    確かにそれはそうだ。
    御互いが御互いを信用していなければ作業ははかどらない。

    「僕とケイン・アーノルド,そしてロマ・ルクニーアは同じ魔鋼技科。御互いを良く知る学友でありますが――」

    ハルは少し離れた所に座るウィリティアに視線を移し,すぐに教授にもどした。
    …何を言いたいのか読めた。心眼だ。

    「彼女,魔法科の主席であるウィリティア・スタインバーグ嬢とは余り接点がありません。そこで――」

    有無を言わさず畳み掛ける調子でハルは提案する。
    お前,演説家になった方が良くないか?

    「研究班の結成式と彼女との親睦会を行うために,街への外出許可を頂きたいのですが――いかがでしょうか?」




    時間外行動許可はあっさり下りた。
    社交辞令で教授も宴に招いたのだが,彼はあっさりと辞退し帰っていった。

    かくして――俺達は久しぶりの外出と相成るわけだ。

    渋るウィリティアを連れまわしながら居酒屋を数件梯子し,夜も遅くになり始めるような時間帯。
    俺も結構酔っていたし,ウィリティアは安酒が合わなかったのだろうか――俺以上に足元がおぼつかいていない。
    一番飲んでいる筈なのに何故か素面(しらふ)なロマと程良く酔っているらしいハルを見ながら,俺は「そろそろ帰る」と告げた。

    「えー,もっと飲もうぜ?」
    「明日も講義はある,おれは寝る。」
    「そか。まぁ無理はいわんよ。」
    「悪いな。ロマは?」

    ハルはあっさりと了承し、俺はロマに聞いた。
    少し考えた彼女は んーと唸りながら,

    「キミがもう少しお酒に強ければ強引にでも連れてく所だけど…私はもう少し飲んでから帰る事にするわ。――ハル君?エスコートよろしくね」

    いささか不穏な発言を聞いた気がしたが,矛先自体はハルを向いていたようだ。ならば聞かなかった事にしよう。
    ひく,と口元を引きつらせて,ハルは強張った笑みを見せている。
    先程まわった数件の飲み屋で把握したロマの酒事情は結構やばい。彼女はうわばみだ。

    「…あー。俺も明日の講座の準備「まさか帰るとは言わないわよね,ハル君?」

    有無を言わせない笑顔。はっきりって怖い。
    ここは撤退としよう。

    「んじゃ,俺は先に帰る。じゃぁ明日な――」「まって。」

    去ろうとした俺を止めたのはロマ。
    先程のヤバイ笑顔ではない,今度は苦笑だろうか。

    「ん? なんだ」
    「ウィリティアさんの事。――どうします?」
    「…う〜…」

    ハタと足を止める。すっかり忘れていた。
    ウィリティアはロマに寄りかかるようにしてダウン中だった。

    「…ダメね。結構弱いんだ,ウィリティアさん。」

    …お前が異常なのもあるんだが。と心の中で溜息をつくと、似たような表情のハルと視線が合う。
    ――苦笑。

    「んじゃ,俺が連れてくか。女子寮に行けば誰か居るだろう」
    「あぁ、ウィリティアさんは寮生じゃないわ」

    なんと。

    「自宅からか?」
    「いえ,リディル(ここ)に作った別邸から通ってるって聞いた事があるわ。」

    …金持ちか。そう言えば,スタインバーグは貴族名だったような。

    「じゃぁどうする?」
    「女子寮に空き部屋が1箇所あったはず。そこなら大丈夫だったと思うけど」
    「…あぁ」

    ミコトの相方が居た部屋か。
    するとミコトを呼び出せば良いわけだな。なら話は簡単だ。

    「判った。何とかなると思う」
    「よかった。…じゃぁ,ハル君?」

    行きましょう,と極上の笑みで彼を見る。
    対するハルはやや蒼くなりつつある。…がんばれ。

    「…ぐ,やはり行くのでありますか?」
    「割り勘にしといてあげるから。」

    だのと話ながらすたすたと二人は去っていった。
    割り勘て…明らかにロマの飲む量が多い気がするが――
    まぁ良いか。俺には関係無い。


    ――さて。

    「おい,ウィリティア? だいじょうぶか?」
    「…あたま,イタイですわ…」

    意識が半分飛んでいる。
    ダメだなこれは。

    「おい,掴まれ。寮までつれってやるから」
    「…う〜…」


     ▼


    繁華街から郊外の学院までは思いの他時間がかかった。
    着いたのは結構夜中で既に寮の玄関も閉じている。

    IDは自分の寮の物しかない。
    一縷の望みをかけて女子寮のインターフォンでミコトにコールしたがでない。

    アイツはたまに学院に居ない事がある。
    何をしているのかは判らないが,結構危ない橋を渡ったりする事があると,風の噂で聞いた事もある。
    もっとも、事の真偽は定かじゃない。

    …だが。
    アイツの性格は俺は良く知っている。
    変な店に出入りするようなやつじゃないし,自分の事以外には余り関心を持たないやつでもある。
    動くとしたら自分の目的に沿っているか,そうでないかが判断基準なヤツだ。

    ――今夜アイツが部屋に居ないと言う事は,なにか厄介な事か何かで飛びまわっているのだろうか――?


    「…う〜」

    ウィリティアの呻きではっと我に帰った。
    そうだ、コイツをどうにかしなければ…


    「とは言っても…女子に知り合いはいねーしな…」

    交友関係は狭い俺だ,誰とでも関わりは薄いし,繋がりがあるといったらミコト,ハル,ロマの物好き達くらいだ。
    その3人は全員助けにならないときた。
    溜息を一つついて俺は決めた。

    「何で,こうなるかな…」

    夜も深くなってきた。
    このままウィリティアを放置するわけにも行かないと言う事は――

    「俺の部屋に連れてくしかないのか…」


    そう言う事だった。


     ▽▽


    朝礼も終わり,解散となる。
    これは寮の運営委員会が自主的におこなっているのだが…なんとも面倒だ。
    だが規則で制限されていてサボるわけにもいかない。
    サボればそれだけ寮で生活する際に制約が大きくなる。ペナルティがつくからだ。

    集団で生活する際には必ず規則が作られる。
    これは当たり前の事だ。
    まとまりに欠ける集団ほど厄介なものはない。
    だから運営委員会があるのは俺は当然の事として受けとめているし,そう言った仕事を自分で引きうけ実行する彼等を俺は結構スゴイと思っている。
    俺は自分からはまず関わらない方の人種だからだ。


     ▽


    一度部屋に戻った。
    一講座目の準備をしなくてはならない。

    ウィリティアはもう部屋を出ただろう。
    もしまだ残っているようなら,少なくとも俺が住んでいる3階から人の気配が無くなるまでは出るな,と言い含めなければ。
    そんな事を考えていると,ハルがふらふらとした足取りで向こうからやってきた。

    「…よう」

    不景気な声だ。顔も真っ青だ。
    とても大丈夫なようには見えない。

    「…だいじょうぶか?」
    「大丈夫にみえるのか?」

    不機嫌な感じだ。と言うかあからさまに目の下に隈が出来てる。
    …寝てないのか。

    「何時に帰ってきた?」
    「日が昇ってから。それまで延々と飲まされそうになった…」

    微かに視線を下げつつハルは呟く。
    よほど恐ろしい目にあったに違いない。自分で企画したとはいえ…憐れだ。

    「薬飲むか?」
    「くれ。」

    何時もは無駄に多い口数が少ない…よほど重症なようだ。
    別に部屋で休んでてもいいんじゃないか? と思わないでもなかったが,気分が悪すぎて眠れないと言う事もありうる。
    いっそ気絶した方が幸せなのかもしれないな。

    とりあえず,廊下で待つように言う。
    ハルは頷くとそのままズルズルとその場に座り込みやがった。

    「おいおい,休んだ方が良いんじゃないか?」
    「…ん、午前は寝る…。なんでロマはあんなに元気なんだろう…?」

    俺より全然飲んでたのに…とぶつぶつ呟き始めた。…トラウマ(精神的外傷)か。可哀想に。
    まぁハルを見てる場合じゃない。部屋に戻って薬を探そう。少しでも楽にしてやらねば。…これ以上は見るに耐えん。俺が。
    薬は先程ウィリティアに渡したから,確かベッドの辺りにあるはずだ。
    そう思って扉を開けるた。


    風に揺れるカーテンが目に入る。

    …あれ、確か窓は閉めてたはずだが。

    次いで気づく。
    ベッド周りがきちんと整頓され,俺が床で寝てた時に使った毛布も畳まれていた。
    机の上には一枚の手紙。飛ばされないように薬の瓶で押さえられている。
    開いてみると――

      ありがとう

    綺麗な筆跡で書かれたその一言は,気持ちを伝えるには十分な効果をもっていた。
    苦笑する。

    気を取りなおして薬を手に取り,廊下へ戻ろうと振りかえると――
    ヤツが立っていた。ハルが。

    ニヤけた顔。
    どうでもいいが青ざめながら笑うな気持ち悪い。

    「ふ。」

    なんだ、ふ、とは。

    「やるねぃケインくん。あぁ言うな! 言わずとも判ってる,わかっているぞぉケインくん!」

    どうでも良いけど薬はいらんのか。いらないんだな。

    「ちっとも興味がない面してたが仮面だったとはな。俺にも見破れなかったぞ…見なおした!」
    「…あのな。」

    俺は頭を押さえて唸る。
    どうしてコイツはこの手の方向へ持っていこうとするのか。
    真っ青なのにしたり顔で頷き「全てはこの部屋の小奇麗さが語っているのだ」だのと納得するハルはかなり――危険人物に見える。

    「まぁ二人とも酔っていたと言う状況だ,不可抗力的な勢いもあったのかもしれないが――」

    ハルの演説が再開するが…そろそろ位置講座目が始まる。
    薬を渡す時間くらいなら残っていたが,コイツの熱弁に付き合う暇は無い。
    とりあえず状況を説明しておこう。
    ――無駄かもしれないが。

    「女子寮は閉まってたし,昨夜ミコトが居なかったからここに寝せるしかなかったんだが。」
    「――そう言う出会いもまたありだ。まぁお前はわからんかもしれないが…コレからが正念場だ,死なないように――」

    聞きゃしねぇ。
    しょうがない。
    薬はいらないみたいだが,特別に一番即効性のヤツを進呈しよう。

    俺は1歩右足を後ろに引いて――

    「寝てろ」

    勢いを乗せて,右腕を一閃させた。


     ▽  △


    衛生部に連絡してハルを学院の医務室に運んでもらった。
    少し時間がかかってしまったがこの程度の遅れならばまぁ大目に見てもらえるだろう。

    俺はハルの事は頭から綺麗さっぱり忘れて、歩き去った。



    >>>NEXT
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■83 / inTopicNo.14)  "紅い魔鋼"――◇八話◆中
□投稿者/ サム -(2004/11/28(Sun) 21:55:48)
     ◇ 第八話 中編『昼の光景』 ◆


    正午をまわると昼の休憩時間に入る。
    一番の賑わいを見せるのは学院内のカフェテラスやベンチの多い中庭,そして多数の学生が利用する食堂だ。
    午前中のハードな講義を終えた生徒,朝食を抜いた学生などは真っ先にここに駆け込む。

    それは何時もの光景。
    何の変哲もない日常そのものなんだが――

    俺もまた,そのいつもの光景中に居た。


     ▽


    何時も通りに食堂に足を運び,そして何時も通りにミコトに捕まった。
    コイツに会うのが嫌なら食堂にこなければ良いじゃないか,と思うかもしれないが,ここの飯は美味いし量が多いし安い。
    朝食を食わない俺にとっては学院内でも最重要施設だ,こないわけにはいかない。
    それに,コイツに会うのも実は最近はそんなに嫌ではない――積極的に関わろうとも思えない事も事実だが。
    まぁ,今日は色々聞きたい事も会ったから丁度良かった。


    とりあえず食事を終えて一息つく。
    食事中は何時もミコトの一方的なトークに俺が適当に相槌を打つのが常だ。
    大抵はそれで席を立つのだが,今日はちょっと違う。

    セルフサービスのお茶を汲みなおして,席に座りなおした。
    そんな珍しい様子にミコトは目をしぱしぱさせている。

    「ミコト,お前昨夜――と言うか,ここ数日何処か行ってたか?」

    なんとなくの疑問だったが,途端ミコトは表情を強張らせた。
    …変な事を聞いただろうか。
    反芻してみるが,特におかしい問ではないはずだ。
    返答を待ってみよう。

    「…別に,何処にも行ってないよ」

    視線をそらしながら応えた。
    何かありましたよ,って言ってるようなもんだぞ,その答え方は。
    ミコト自身も其の事には気づいているらしく,唇を尖らせて不満げにこちらをにらむ。

    「…隠さなきゃならん事なら敢えて聞こうとは思わないが」

    腕を組みなおす。

    「まぁなんだ。先週相談に乗ってもらった事だし,俺で良ければ聞いてやっても良いぞ」

    アレだ。少し照れくさい。
    そんな感情が言葉を荒くさせる――が,ミコトもそれには気づいたようだ。
    目を丸くして俺を見て,次いで苦笑。

    「――ケイがそう言ってくれるなんてちょっと以外。でもまだ話せないかな。以前ケイが言った通りで気のせいかもしれないし」
    「…確か,野外演習訓練の事だったか。」
    「あ、覚えてたんだ。うん,先週ずっとかかりきりだったの。かなり気になる事も出てきたんだけど――それが直接関係あるとは思えないし」

    しかし,演習に関連する事で何かはあった,と言う事か。
    まだ話すつもりはないらしい。
    まぁ,話すつもりになったら俺に聞く気が無くても無理やり聞かせてくるだろう。

    「話せる段階なったら聞かせてくれるのか?」
    「…そうだね,何か想定外の事態が起こらないとも限らないし…演習前には一度調べた事を纏めて教えてあげる」

    ちょっと苦笑しながらミコトはそう言った。
    なら,それはそれで良い。訓練には無理やり誘われたとは言っても,俺もそれなりに準備もしているし仲間外れはいささか心外だしな。
    それに,"厄介事が起るかもしれない"とコイツ(ミコト)は油断をしていない。
    なら俺も油断をするわけには行かない。

    理由は簡単だ。
    俺がミコトの足を引張る,なんて事態だけは絶対に避けねばならないことだからだ。後になってどうなるか――全く予想がつかん。
    まぁ,俺だけオタオタした姿を見せたくないってのが本音かもしれないけどな。
    男として。


    とりあえず聞きたいことは聞いた。
    しかしまだ時間は残っているし,ミコトもお茶を飲んでいる。俺もまだ器の中に残っているから最後まで付き合うのも悪くはない。
    そんなことを思いながらそのまま惰性で何となく席に座っていたのだが――


    「ケイン? あなたも昼食だったのですか」

    不意に後ろから声をかけられた。
    知っている涼やかな声に俺は振りかえった。

    俺の後ろに立っていたのは昼食の乗ったトレイを持った美人さんだ。
    彼女は,先日同じ研究班に入ったウィリティア・スタインバーグ。

    「…よう,あんたも昼飯か」
    「ランチと仰ってください,…今朝は結局食べれませんでしたからね」

    苦笑と共に応える彼女――ウィリティアは,不意に あら と俺の対面に座るミコトを見て呟いた。
    はて?と俺もミコトを見ると,あいつも目を丸くしてウィリティアを見ている。
    この二人共通する反応は…

    「…お前等知りあいだったのか?」
    「ケイ,この子の事しってるの?」
    「ケイン,彼女と知りあいだったのですか?」


    3人の疑問が同時に重なった。


     △


    二人の女は,最初から険悪だった。
    席こそ隣り同士――俺の正面にミコト.ウィリティアが並んで座っている――だが,牽制しあう視線と言葉。
    それらは刺と毒を含んでいる。

    「ずいぶんな量の御食事ですね,ウィリティアさん?」
    「あら,昼食がお済みならさっさと退出なさったらいかがです,ミスミヤセ?」
    「私,まだお茶が残ってますし――いえ。ケイ,どうやらウィリティアさんは食事に専念したいそうだから行きましょうか」
    「あぁ,ケインは構いませんわ。――これからの予定(・・・・・・・)について色々話し合わなければならない事があるので。」
    「――あら。それは初耳ですね」
    「彼から聞いてません? 私とケインは(共同研究の)パートナー(相棒)ですのよ?」

    二人はニコニコと会話を続ける。
    だが,俺は正直ここから逃げたい。逃げ出したい――冷や汗が一向に停まらない…。
    ミコトがこちらを見た。
    相変わらず顔は笑っているが――目は笑ってない。

    「…あら。何時の間に,ケイはウィリティアさんとそんなに親しくなったのかしら。」

    知らなかったわぁとあくまでニコニコと笑いながら,ミコトは言う。
    完全に誤解してる。いや,特に間違った事はいってないのだが,ウィリティアの説明にはいささか言葉が足りていない…

    あんた(ウィリティア),なんでそんなにコイツに対して攻撃的なんだ――!?

    必死にウィリティアに抗議の視線を浴びせるが,彼女はしれっと無視して食事を続ける。
    ミコトのボルテージは静かに…だが激しく高まっている――それを感じる。つか見えた。心眼だ。…こんな確信はいらない…

    コトン,とミコトは茶碗をテーブルに置く。
    その仕草は穏やかだが――静かな迫力…いや,威圧を感じる。

    「あらあら…どうやら私,お邪魔みたいね」
    「お、おいミコト,言っとくがかんちが「あら、気を利かさせてしまって申し訳ありませんわね,後日改めて御礼をさせていただきますわ――ケイン()からも。」
    「――っ! …それには及びません――,いえ,また次の機会にでもゆっくりとお話しましょう,ウィリティアさん」
    「――そうですわね,ミスミヤセ」

    御互いニッコリ微笑み会い,ミコトは席を立った。

    ……ギロッ!!

    ミコトは俺をほんの一瞬だけ世界が凍りつくような凍てつく瞳でにらみつけ――それだけで俺は石化したように動けなくなった。
    すぐにその冷めた視線を消すと,勤めてにこやかにゆっくり言った。

    「――では御二人とも,午後の講座には遅れないように。…御先に失礼しますね」

    くるり,と出口を向くと,ミコトは一切振り返らずに歩み去っていった。
    後に残ったのは涼しい顔で食事を続けるウィリティアと――

    まだ固まっている俺だけだった。

    俺が何をしたって言うんだ…?



     ▽  △


    朝食を抜いたのは応えた。
    ついでに昨晩の酒精もまだ完全には抜けきっておらず,午前中は非常に辛かった。
    頭痛が収まったのが唯一の救い,薬をくれたケインにもう一度感謝する。

    久しぶりに訪れた食堂は,学生で溢れかえっていた。
    手早く自分の昼食を選び(バイキング形式なのだ)代金を払って,空いている席を捜す。と――

    (…あら。)

    見覚えのある後姿だ。
    あれは――

    うん,あれはケインですわね。

    席もどうやら空きがあるらしい,なら一緒させてもらうのも良いだろう。

    それに,昨夜と今朝の御礼もしておきたいですし。

    と何故か自分に言い聞かせるように断りを入れる。
    理由に不足なし,かと言って不自然さもない。我ながら完璧(パーフェクト)

    「ケイン? あなたも昼食だったのですか」

    …ただ,周囲の状況判断だけは甘かった,と直後に思った。


     △


    驚いた事に,彼はミヤセ・ミコト――私のライバルと食事をしていたようだ。
    どうやら二人は何時も共に行動する仲らしい。

    ――気に入らない。

    先日ミコトを見掛けた時,訓練所で一緒だった男子生徒はケインだったのだろうか。
    その時のミコトの表情と行動を思い出し,今朝のケインの自分に対する一連の行動を思い出して…

    やっぱり気に食わない。

    それは向こう(ミコト)も同じようだった。
    自分とケインが話をする事を良く思っていない事が,交わす言葉から感じ取れる。

    自然とヒートアップする会話。
    わたくしは自然な笑顔を絶やす事はないが,敵も然るもの。
    中々どうして笑顔での恫喝が堂に入っている――やはり相手にとって不足なし。

    …ケインには,いささか悪いですけれど――

    負けるわけにはいかないのだ,特にこの女(ミヤセ・ミコト)にだけは,絶対に。


     ▽


    結果は,巧みな言葉の言い回しとケインを巻き込む事で,わたくしがこの場の勝利を収める事ができた。
    しかし,これからもミコトとの戦いは続くと確信する自分。
    この判断も間違っていまい。

    その戦いに思いを馳せ――でも,まぁ。

    ――今だけは,今回の勝利の余韻に浸らせてもらう事にしましょう。

    正面斜めの席に座るケイン――ミコトの眼光によって体を強張らせている――に苦笑しつつ,ウィリティア・スタインバーグは心踊る気分で昼食を続けた。


     ▽  △


    「ああ,もう何なのよ,ケイのバカ――!」


    食堂を出て学院の中庭まで出たミコトは,たまっていた鬱憤を晴らすかのように大声で叫んだ。
    まわりで寛いでいた連中がビクリ! と身を震わせたが,その全員が我関せずのスタイルを取る。懸命だ。

    「なにさ、でれでれしちゃってさ。たしかにウィリティアは可愛いけど――」

    思い出して更に頭にきたようだ,うーーと唸り…溜息をついた。

    「…まぁ,私の八つ当たりだって事は判ってるんだけど」

    感情が納得しない。
    何より,自分のいない1週間のうちに二人が出会い,あそこまで気安い仲になっている事が気に入らない。

    ウィリティアの言っていた"相棒"とは,恐らく先週相談にのった研究の事だろう。
    ケインの特出した才能を考えると,魔法科と魔鋼技科の学生同士で提携して共同研究が行われても不思議ではない。
    その可能性は十分に考える事が出来た。

    ウィリティアがそれに選出されるのもわかる。
    プロフィールを調べた限りでは…それに戦った時の感触からも,彼女もまた紛れもない天才だと言う事は判っているからだ。

    しかし――
    やはり感情は納得できない。


    ケイを最初に見つけたのは私なんだ――。
    絶対,誰にも,やるもんか!


    ふーーー,と長く息を吐く。
    午後だと言うのに辺りはひどく静まり返っている。
    あれ、どうしたのかな?とミコトは心の片隅で思ったが,まぁいいやと気にしない事にした。

    準駆動(セミ・ドライブ)

    魔法駆動機関(ドライブエンジン)の限定駆動の合言葉(キーワード)
    左上腕部に着けた腕輪が薄く光り,頭部に粒子が収束・バイザー(視覚式情報端末)になる。

    準駆動完了(コンプリート)

    駆動:簡易式:重力反転(フォールダウン)

    駆動開始(スタート)


    人工精霊ロンの返答を受けて,ん、と頷く。

    たたたっと助走をつけて,ミコトは空へ飛び降りた。


     △


    中庭から空へ飛翔する人影。
    空中を蹴り,校舎の屋上へ飛び立っていった。
    何かを振り切るように力強く,それでいて軽やかに。

    苛立ち紛れの行動。
    それは嫉妬と言う名の感情が起したものである事に,ミコト自身はまだ気づいていなかった。


    それは,ある晴れた午後の出来事――。



    >>>NEXT
引用返信/返信 削除キー/
■86 / inTopicNo.15)  "紅い魔鋼"――◇八話◆後
□投稿者/ サム -(2004/11/29(Mon) 21:51:25)
     ◇ 第八話 後編『夜の光景』 ◆


    駆動開始(スタート)

    その呟きは,全てを始めるためのキーワード(制約)だ。
    言葉自体には何の意味も力もないが,"駆動"と言う言葉は魔法を"人の技術として使うとき"に誇りを持って紡がれる。

    ――それ(魔法)は万能にあらず


    正しく力を使うため,力を過信することなく。
    人の理解の範囲内にその現象を起し,制御し,支配する。
    世界を統べる力にはなり得ない。
    ただ,人の(生きる為の意志)を助けるためだけの,力。

    それが"起源"によって伝えられた"魔法の本意"だ。


     ▽  △


    "制御"の駆動式がシンボルの技術者(エンジニア)専用の工房――エディット教授のだ――の中に,俺達研究メンバ―四人全員はいた。

    俺の魔法駆動の呟きで右手の印に収束した魔力は,それを増幅・指向・制御の為の魔法駆動機関(ドライブエンジン)に向かわずに,予め用意しておいた魔力反応流体金属(エーテル)へと流れこむ。

    俺――ケイン・アーノルドがこの研究班に選ばれた理由はただ一つ,魔法駆動機関(ドライブエンジン)ブラックボックス(解析不能な主要部分)の全容を把握しているからだ。と思う。
    マスターキーを保有する製作元のドライブエンジンメーカーか,王国最高の研究機関"王国工房"でしか出来ないと言われているらしい"魔法駆動機関(ドライブエンジン)"と"格納されている魔法駆動媒体"の完全分離・整備が可能だからだろう。
    俺としては,幼少期から親父の仕事をつぶさに見て育ち,そして実際に関わってきた事による経験がものを言っているのだと思うのだが,教授方に言わせれば"それはそれで立派な才能だ"だそうだ。

    そして今,研究開始の第一日目の内容として,現状の把握の為に自分の持ちうるスキル――ドライブエンジンと格納補助具の分離を行っている。


     ▽


    整備用の台座に乗せられた一つの腕輪。
    これは教務課の武器管理庫から借りてきたイミテーションの一つだ。
    しかし,ちゃんとドライブエンジンとしての基本的な機能――補助具(魔法発動媒体)の格納をするための機構(システム)も組み込まれている。

    通称,閉鎖式循環回廊。

    そう名付けられた特殊亜空間。
    これは魔鋼(ミスリル)に特殊な魔導機構(駆動式群)を刻印した(コア)が発生させるもので,その(コア)自体が特殊加工で幾重にも封印(シールド)されている。
    今回実験では,実際にドライブエンジンを解除してみせる過程で,(コア)に刻印されている魔導機構(駆動式群)を解析し,今後の方針を立てるのが最終目標だ。


     ▽

    エーテル展開:駆動式形成開始(エーテライズ・スタート)

    手順と概念さえ把握していれば,あとは経験から全工程を消化できる。
    慣れ親しんだ作業だ,ミスはあるはずもない。
    無論事前に入念な確認もしてある。
    構造や駆動式群の作用など,影響しそうな部分も全て考慮した上での実験開始(ゴーサイン)だ。…壊したら自己負担と言う賭けもしている。失敗できるはずもない。

    エーテルは,魔鋼(ミスリル)と同様に魔力に反応する特性をもつ流体金属だ。
    だが,その性質は異なる。
    魔鋼は"現象を発生させる"と言う作用だが、エーテルは"魔力の流れにしたがって動く"と言う特性も持っている。
    つまり,イメージさえ正確ならばエーテルで駆動式を編み,そしてその効果を発生させる事も可能と言う事だ。
    実際にいま俺がしようとしているのがそれに近い。

    エーテルに魔力を導通させ,イメージの通りに誘導し,解除のための駆動式を編む。
    通常ならば魔鋼(ミスリル)に直接刻印するのだが,エーテルで駆動式を編むというのは,魔導機構のなかで微妙に反応しあう駆動式同士の影響をリアルタイムで補正するための措置だ。
    マスターキーのない状態で,形式・型・特性の違う魔法駆動機関(ドライブエンジン)ばらす(分解整備する)には,はっきり言ってこれしかない。

    形式・型・特性が違えば,無論最終的に編み上げる解除の駆動式の形態も個々違うものになるが,そこは学院の天才達に任せるしかない。
    解析と新しい駆動式の考案は,まだ俺にはレベルの高い作業だ。


    解除用の駆動式とは言っても,効果を発生させるには構成する式は一つでは不可能だ。
    3000数個の様々な基礎駆動式を組み合わせた魔導機構を作り,それを一つの纏まりと考えて更に組み合わせを作る――という作業の中から様々現象を発生させる事を"魔法"を生み出すと言う。
    解除もそんな中の一つで,基礎駆動式数は膨大な数に及ぶ。

    俺にはそれ一つ一つを記憶することの出来る脳みそは持ってない。が,一つの図形としてならば把握する事が出来る。
    対象の魔法駆動機関(ドライブエンジン)と図形を重ね,照らし合わせ,実際に作用させながらズレを補正し少しずつ"現象を発生させる手続き"を済ませる。

    準備OK。問題なし,
    次工程に移行。


    対象:結線(コンタクト・スタート)


    3段階の工程の中で,2段階目。
    解除の駆動式と,ドライブエンジンの最外装に刻印されている魔力流入式(マナライン)を結線させ,解除式を駆動させる。
    ちなみに,魔力流入式(マナライン)を多少改良する事で,一般には不可能とされているExclusive(通称EX)の魔法駆動機関(ドライブエンジン)使用も理論的には可能だ。


    駆動式展開:解除開始(ドライブ)


    最終工程開始。

     △

    ――台座の上に描かれた駆動式が光を放つ。
    エーテルに通った微量の魔力が現象を誘発し,式に沿って魔法駆動機関(ドライブエンジン)を包み込む。

    "解除式"の中の一構成要素,"解析"の式で,ドライブエンジンの全状態を式化・空中投影・全展開表示開始(マナライズ・スタート)
    腕輪を構成している魔鋼(ミスリル)が,その物質構造を光の式に変化させる。
    空中に展開された内部構造式に"解除"の式から伸びた魔力の線(マニュピレータ)が侵入,駆動式化した構造体を正確且つ丁寧に解除し始める。

    ――それは光の乱舞。式が外される(解除される)度に燐光が舞い、零れ落ちる。

    光の線で立体表示された式が丁寧に外されて行く。
    光で編まれた式は,二つに分けられてた上で別々に式として空中に再構成・展開表示されている。
    片方は外装…腕輪部分。もう片方は格納されている補助具(魔法駆動媒体)だ。

    魔力の線の動きが止まり,光が収まる。
    解除の式も徐々に光を弱め,空中に投射・表示した全状態式を再構成・物質化(リ・マテリアライズ)


    ――収束。


    台座の上には腕輪と,その中に格納設定されていた魔法発動媒体(篭手型ARMS)が置かれていた。

    全分離工程終了(オールコンプリート)…,終わった」


     ▽  △


    「すごい…」
    「…お見事。」
    「正に完璧ですわ…」

    三者三様のコメントだが,意味はどれも同じだ。
    ケインは照れ隠しのつもりか,明後日の方を見る。
    ロマ,ハル,ウィリティアの3人は唖然としながらケインと,台座の上のドライブエンジンを見比べた。

    「そんなに大した事じゃないと思うが…」
    「大した事ですわよ,今のは。」

    とりあえず始めましょうか,とウィリティアが言った。
    ロマとハルも我に帰る。余韻に浸っている場合ではない。

    ウィリティアは早速高速でレポート用紙にメモを始めた。
    あっという間に1ページ使い切り,2枚3枚と紙を繰る。

    四人は作業机に移り,ウィリティアの書き出したメモを元にそれぞれが解析を始める。
    ケインを除く3人で細部の状況を細かく検証しながら,全体の推移をケインに聞く。

    工程の式,手順,解除の手際。
    どれを取っても危なげなく,安全に最良の方法で行われている。
    解除速度の加速,式の簡略化は一切ない。
    職人ならではの丁寧な作業工程がしっかりと現されていた。

    …とても,本人からは想像できないくらい。


     △

    一通り解析が終わった。
    お茶を用意して一息つく。
    イミテーションは依然そのままだが,分離後の駆動式の変動を観測していないからまだ戻せない。
    どうせだから簡単に整備しとくか…とケインは考えていた。

    「ドライブエンジンの解除は始めてみたけど…これほど綺麗だとは思わなかったわ」
    「そうだよな,圧巻だった」

    ロマとハルは口々にそう言う。芸術家としての魂に火がついたようだ。

    ロマの行う刻印技術も,ハルの行う魔鋼(ミスリル)収斂も,同じ位壮観だ。
    どちらもその作業工程で駆動式を使う。
    緻密,精密な魔力制御がその技術を芸術まで高めている。ケインにしても,初めて刻印の場や魔鋼収斂を見たときはビビったものだ。

    と,ウィリティアがぼ―っと先程分離させたドライブエンジンと篭手を見詰めているのに気づいた。
    何処となく寂しそうな気配がする…?のか。

    「どうしたんだ?」
    「…いえ,なんでもないですわ。」

    小さな苦笑。
    ホントに何でもない,と思わせるような笑みだ。
    小さな呟きが,

    「ちょっとだけ,うらやましくて」
    「何が?」

    んー,と笑いながら唸って,恥ずかしげに言う。

    「わたくしには,あんなことできませんもの。初期の駆動式の構成は記憶できても,対象に応じて柔軟(フレキシブル)に式を変化させるなんて対応まではとても…」

    無理です,と言う。
    そんなに大変な事なのだろうか。俺には良くわからない。

    「ケインは,あれの芸術家なんです。」

    羨望を込めた眼差し。少々照れくさい。

    「ウィリティアにもそう言う分野があるんだろ?」

    そのケインの発言に,今度は本当に苦笑した。

    「あら。わたくし才能なんて有りませんのよ?」
    「…は?」

    穏やかな微笑み。
    声を潜めて呟いたウィリティアの今の言葉は,まだメモと先程の作業光景について語り合っているロマとハルには届かなかったようだ。

    「わたくしの知識は全部死ぬような思いで獲得してきたものなんですもの。魔法も,体術もそう。自分自身には最初からそんな大した才能はありませんわ」

    こんな事いうのは初めてです,と笑う。
    ケインはなにも言えない。なんと言う事が出来る?

    「ま、言ってしまえば…駆動式の考案くらいが関の山です,わたくしが出来る事と言ったら,ね。」

    ね,にウィンクを添えた。
    同時にケインも苦笑。

    「それこそ俺には無理だな,頭悪いし」
    「だからこそ,わたくしがその部分を補うために居るのでしょう。(コア)の収斂はハルさん,わたくしの考案する駆動式の刻印はロマさん。皆が力を合わせるための共同研究(チーム)ですもの」

    そうだな,とケインは立ちあがった。
    判っている。皆がそれぞれの役割を理解した上で協力しなければ,この研究は始まらない。

    ウィリティアの先程の言葉は本音だろうけれど,それは単に,本当に単純な憧れにだったのだろう。
    自分の才能の有る無しに関わらず,ただ純粋に感動し,自分では届かない高みというやつを羨ましく思ったのだろう。

    気恥ずかしくはあるが…。
    そこは苦笑してごまかす事にしようか。

    「ケイン,一つお願いがあるのですけど…」

    さっさと一人で結論付けたケインに,ウィリティアは小さな声で呼びかけた。

    「ん、なんだ?」
    「良ければ,わたくしのドライブエンジンの調整を、頼みたいのですけど…お願いできますか?」

    目を瞬かせる。
    まじまじとウィリティアを見て,本気か?と視線で問う。
    対する彼女は笑みで応えた。

    「ウィリティアで二人目だ,俺なんかにドライブエンジンの整備なんて頼むのは,さ。」
    「…ぇ,わたくしの他にも誰か居りましたの?」

    ケインは,今度こそ本当に苦笑した。
    先日大喧嘩した相手がそうだとは夢にも思うまい。
    それを次げようと口を開いた――




    「ミコト,ですわね?」




    が,一瞬口篭もり,次いで疑問と驚きがケインの顔の構成素材になった。

    「――,なんでわかった…?」

    ぽかーんと口をあけて問うケインの顔を見て,ウィリティアは あははは…!と笑い始めた。
    ロマとハルもこちらを見て驚き,どうしたんだ?と言う。

    わけも判らず降参のポーズを取るケイン。
    腹を抱えつつ…しかし上品に笑うウィリティア。
    目を丸くするロマとハル。


    夜の研究室は賑やかに。そして穏やかに過ぎて行く。


     ▽


    そして一段落ついたときに,ウィリティアは先程の頼みをもう一度小声で聞いた。
    …無論,ロマとハルの二人には聞こえないように。

    「先程の御願い、よろしくて?」
    「…あぁ,俺なんかで良ければ」

    そんな(ケイン)のぶっきらぼうな返事に。

    ウィリティアは満面の笑みを贈った。





     ▽  △



     ▲


    ――学術都市リディルのオフィス街。
    立ち並ぶ超高層ビル(摩天楼)群の中でも,一際高いビルの外――屋上。

    そこに,向かいあう二つの人影があった。


     ▼


    先日のファルナですれ違いの状態で交わした伝言。
    『近いうちにまた――』と約束をし,ファルナから帰ってきた今日。"あの子"から連絡があった。
    しかし呼び出された場所がおかしかった。

    「…高層ビル群の屋上ですって…?」
    『御待ちしております,先輩』

    切れた携帯端末。
    ツー,ツー,と発信音を鳴らせるそれを見詰めつつ,ミコトは予想し得る可能性を一つ思いついた。

    「まさか――…」


     ▼


    「やぁ,久しぶりジャン,先輩!」
    「貴方は変わったわね。」
    「ミコト先輩こそ,ぜーんぜん違うじゃない,最初別人かと思っちゃったよあたし!」

    きゃはははっ!と狂笑をあげる――同年代の少女。
    ミコトは眉をしかめて見る。

    「なに,その半端な装甲外殻(アーマード・シェル)! 先輩ってそんなに不器用でしたっけ?」
    「これはしょうがないの。軍用品で私の魔力が足りないんだから。」
    「常人は不便ですよね。あたしはなーんにも要らないかららくち〜ん!」

    常人は,不便。
    それは魔法を自在に使えないから――と暗に告げている事に他ならない。
    やはりこの少女は――。

    くるくると踊るように両手を広げて回っている。
    そんなこの少女の様子を見つつ,さっさと話を進める事にした。

    「で。話を進めても良い?」
    「どうぞー。と言うか,よくあたしがあたしって疑いませんでしたね? そゆとこやっぱ好きだなー」

    あははーと嬉しそうに笑う。
    この少女と自分の知っている少女。どちらが本当の姿なのだろうか――?

    やめた。
    この子と道を別れてから何年が経とうとしているのか。私も変わったし,この子も変わった。
    それで良いのかもしれない。
    気を取りなおす。

    「…先週ファルナの東区の最南端にある市営図書館でみつけたの。」

    ミコトはそう言って一冊の本を取りだした。
    図書館から持ち出した,あの禁書だ。

    「? 先輩って勝手に本を持ち出すような性格じゃなかったような?」
    「しょうがなかったの。ふかこーりょく。」
    「あはっ! そう言う変化はだいかんげい〜」

    ぱたぱた両腕を回しながら喜ぶ。まるで子犬だ。

    しかし。
    彼女の長く美しい漆黒の髪が風揺れるのを見ると――

    1対の黒レンズを填めたでかいゴーグルで顔半分が覆われていて見えないが,その顔の造詣と均整の取れた体つき,年相応のプロポーション。身長も自分と同等。美少女だ。
    革製のフライトジャケットにレザーパンツ。それにかなりゴツイ安全靴を履いている。

    つまり。
    ――ギャップが激しい。

    それに,以前はもっと普通の性格をしていて,それでいて誰とも馴れ合わなかった普通の美少女だった。


    「この本を、あなたの先生――探偵だって話よね。渡しといてくれないかな?」
    「料金はこちらになりまぁ〜す」


    目の前に突き出された一枚の紙。



    ――!!

    一瞬で間合いを詰められてる…!


    気づき間合いを取って戦闘体せ「だめだめ,先輩オソスギだよ?」

    飛びのいたはずの背後からの声。
    いや,耳元に感じる彼女の吐息(・・・・・・・・・・・)

    …早い。流石――

    「――流石,リディルを騒がせる狂速の淑女(MAD・SPEED・LADY)!」




    きゃはははははっ!!!



    消えては現れ,現れては消える。
    ジャッジャッジャ,っと辺りを鋭い擦過音が埋め尽くし,彼女の残像が無数に出現。
    彼女の高速移動(EX能力)によって生じたこの現象。本物はどれかなど見分けはつかない,しかし――

    ミコトは背後の給水塔を睨んだ。

    「それで,気は済んだの?」
    「さ〜すが、学院に通うだけの実力者ですね…」

    その背後から姿を見せる。
    最終的にこの少女が身を隠したのが給水塔だっただけで.先程の残像は全て本当の残像(・・・・・・・)

    加速力に特化したExclusive(異能力者),それが彼女――夜のリディルを統べるEXの片割れ,狂速の淑女(MAD・SPEED・LADY)だ。


    ―――。

    ミコトは油断せずに構える。

    ―――・ 円舞展開 (システマティック・オートカウンター)

    意識まで戦闘意識に切り替える。

    が。

    「あーあ。先輩本気になっちゃった。やーめたっと。」

    そう言うと,彼女(レディ)は給水塔の上に飛び乗り腰をかけた。

    「…?」
    「本気で戦うつもりの先輩に敵うわけないジャン,あたし。戦闘特化の能力じゃないしねー」
    「どう言うつもり?」
    「戦うつもりならあたしのダーリン連れてくるよ。今日は良い月夜だし,先輩に久しぶりに会えるから来たの。」
    「ミス「だーめ。今のあたしはレディだから。本名はナシでおねがいしまーす!」…わかった。」

    はぁ,とミコトは溜息をついた。
    本題に戻ろう。

    「さっき言ったとおり,その本を貴方の先生に届けて欲しいの。」
    「うわなにこれ、キモー。」

    何時の間に取られたのかすら気づかなかった。
    だが彼女(レディ)が持っている本は,確かに先程ミコトが取り出したあの本だ。
    中身をぱらぱらと月明かりで読みつつの感想。
    言い方はアレだが,確かにミコトも同じような感想を持ったのも事実だ。
    もっと正確な言い方をするなら――その内容には嫌悪した。

    「それ,王国の禁忌(タブー)に触れている可能性があるわよ。」

    途端,うぇっと情けない声をあげて,彼女(レディ)が顔をしかめたのを感じた。
    ミコトは苦笑しまぁまぁとなだめる。

    「どうせ関係無いって考えてるんでしょ?」
    「モチロンですよ,でもコレが原因で追い掛け回されたりしたらイヤだなぁ」
    「可能性は0じゃないよね。」
    「…先輩ひどーい」

    とか言いつつもケタケタと笑う。
    ミコトも肩で溜息をついた。

    「ともかく御願い。それを貴方の先生に渡して――真偽について調査して欲しいかも。出来れば,あと三日以内に。」
    「三日。ちょっと時間足りないかもですよ?」
    「四日目の朝には私合同演習訓練でランディール広原に行く事になっててさ。その前日までに情報仕入れて想定外の事態に対処(・・・・・・・・・)出来るようにしときたいから。」
    「…想定外の出来事,ですか?」

    今日彼女に会ってから,初めて真剣みを覚えた声。
    戸惑いながらもミコトは応える。

    「うん。妙に引っかかる連中が同じ日にはランディール広原に入ってるんだ,史跡調査団とか言ってね。」
    「妙に引っかかる連中…」

    重く繰り返すレディに,うん。とミコトは頷いて口を開いた。


    「ファルナに本部を置く,魔鋼錬金協会(フリーメーソン)が,ね」


     ▼


    判りました,なるべくがんばって調べてくれるように急かしまくります。


    そう言って,狂速の淑女(MAD・SPEED・LADY)は去った。
    来たときには既に居て,話が終わると既にいなかった。

    速さ。
    ――とりわけ加速力に特化している彼女は,その能力で夜のリディルを縦横無尽に走り回る。

    学術都市リディルの"走り屋"の片割れ。

    それが問題視され,都市でも有数の問題のひとつとして懸案事項に掛かっていることを、ミコトは知っていた。
    が,まさかそれが自分の過去の知合いだったとは。


    「世の中わからないねー…」

    何となく呆けた声で呟いた。

    思えば自分もここ一年でずいぶんと変わった。
    やはり,初めての友人であるエルリス・ハーネットと出会ったのがきっかけだったのだろうか。

    それから,半年前にこちらから声をかけた(ケイ)
    ずいぶんと賑やかになった。
    自分から動く事で,どんどんまわりの状況が変わって行く。

    楽しい。本当に楽しい。
    今夜は,もう会わないだろうと思っていた後輩とも再開できた。もっとも…性格は大分変わっていたけど。

    「まぁ,なるようになるかな」

    そう思う。
    今までも無茶したってなるようになった。これからも多分なるようになるだろう…きっと。

    ふと,かつての後輩…そして今"狂速の淑女(MAD・SPEED・LADY)"と名乗る彼女に一つの問いを聞いてみたくなった。

    …まぁそれは,次に会ったときにでも構わないだろうと思いなおす。

    今日は帰ろう。
    明日も早い。

    それに疲れた。



    じゃぁ,またね



    去ってから五分ほどだが,今更ながらに別れの挨拶。

    ま。いっか――



    月が,優しい光で私を包んでくれていた。



    >>>NEXT
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■87 / inTopicNo.16)  "紅い魔鋼"――◇九話◆前
□投稿者/ サム -(2004/11/30(Tue) 21:53:32)
     ◇ 第九話 前編『前夜』◆


     
    工房の中央に設置された作業用の台座。
    台座の傍に佇むのは,魔法駆動機関(ドライブエンジン)"偉大なる父の御手(ファーザーズ・ハンズ)"を全展開・全身装備したケイン・アーノルドだ。

    魔鋼収斂用ドライブエンジン(ブラックスミス・モード)
    耐熱 耐圧 耐魔力に特化した装備で,加工に膨大な負荷が掛かる魔鋼(ミスリル)収斂を,この装備一つで行う事が出来るものだ。
    父から譲り受けたもので,今日の実験まで使った事は無かった。整備も怠った事も無かったが。


     ▽  △


    二日前の最初の実験から,はや3回目を数える。
    一度目の実験で行ったドライブエンジンの分離作業の工程から逆算した駆動式のシミュレート,不具合の解消,修正に次ぐ修正を行ったウィリティアとロマは,一日と半分で第1回目の記述作業を終えた。
    無論,これでドライブエンジンの(コア)に刻印する魔導機構(駆動式群)が完成したわけではない。

    研究はまだ始まったばかりで先も長い。

    "最初のスタートダッシュみたいなものよ"

    とはロマの発言。少し納得した。


    二回目の実験は,ハルのミスリル収斂とロマの刻印だった。
    とりあえず核の形を決めなければならない――と言う事で,原点中の原点,そしてハルの最も得意とする作品"真球"を核に据える事にした。

    この発案はかなり良い線を行っている気がする。
    エディット教授にその旨伝えたところ,『流石に早いな。』と魔鋼(ミスリル)をすぐ手配してくれた。

    ハルの魔鋼(ミスリル)収斂技術は以前も言ったように芸術の域だ。
    作り出した生の魔鋼(ミスリル)から真球に磨き上げる腕も信じられないほど良い。
    手触りだけでコンマ以下10桁近くの精度を叩き出すくらいだ,コイツはある意味ヒトじゃない。もっとも,ハルに言わせるなら"あんなグニャグニャした駆動式を制御しきれる方が信じらんね―よ"だそうだ。失礼なヤツめ。

    そんなわけで,ハルは半日掛けて魔鋼(ミスリル)を収斂し,魔鋼(ミスリル)を精製した。
    それから丸々一日掛けて二つの真球を削り上げた。

    曰く

    "やりきる勢いが大事なんだ,最初はな"

    ロマと同じか。まぁこれも納得しよう。
    結局精度的には二つともほぼ変わらなかった。どちらも真球として十分な素材になる。


    さて,ここからが問題だ。
    ロマの本職は刻印技術。
    それにもかかわらず,最初からウィリティアと二人で実験のレポートから導いた結果の駆動式化を行っていた。
    二人で作業しながらの方が特性の把握と式の簡略化も同時に行えるからデメリットよりもメリットの方が多いと言ってはいたが,当然疲れも残っているはず。なのに,どうしてもやりたいと言い張る。

    「どうしてもやるってのか?」
    「モチロンよ。貴方達のあの技術を見てたら,おさまりなんかつくわけないじゃない」

    どうやら俺達の作業が,ロマの芸術家魂に火をつけてしまったみたいだった。
    同じ状況下に立たされたら、俺も停まったかどうかわからない。…ハルは休めるときには休むんだろうな。

    結果は,どうやら余り上手く行かなかったらしい。
    数%誤差が生じたと言う話だった。
    シミュレートした結果,この状態で通常駆動した場合は半々の確率で空間反転が起るか核が壊れることになるらしい。

    そして――今からそれを検証する事になるわけだ。


     ▽  △


    この実験の適任者は,解析が得意なウィリティアが適任なのだが実験自体は結構危険を伴う。
    魔鋼(ミスリル)収斂用のドライブエンジンを持っている俺が一番安全に行えることから進行は俺が勤める事になった。
    魔鋼収斂用魔法駆動機関(ブラックスミス・タイプ)はハルも持っているが,先日の実験で魔力侵食が進んでしまい全点検整備(オーバーホール)行きになっている。
    ハルには疲れも残っている事もあり,やはり俺が適任だった。


    「駆動開始」

    物々しい出で立ちの俺。
    中央の作業台座は幾重にも張られた結界に囲まれており,その最外層に俺はいる。

    部屋自体を封印状態にしてあるのは最悪の事態を防ぐためだ。
    シミュレートした結果の"空間反転"と言う現象――これは聞いたことが無い。何がどう反転するのかが良くわからないための措置だ。

    サポートにまわったウィリティアは,工房内に設置されたもう一室に防護陣を張りこちらの経過を見守ることになっている。
    無論,常時モニタリングしているはずだ。


    魔鋼収斂用魔法駆動機関(ブラックスミス・タイプ)は,第五階級印でも完全駆動(フルドライブ)が可能だ。
    ただ,魔鋼を高圧高温下で収斂する場合には,その熱量を発生させるだけの魔力が必要となる。
    その場合に限り,教授達の許可の下で第四階級印を刻印された篭手を借り受ける事が出来る。
    篭手の印と,自分の体に焼きこまれ(プリントされ)た第五階級印を接続する事で,限定的に外部からの魔力流入量を底上げする事が可能になっている。

    俺達第三過程生はまだ第四階級印を取得するための国家試験を受ける事は出来ない。
    それは博士研究過程生…つまりは正式な研究員から,という規定があるからだ。

    今日はその篭手をも借りてきた。
    俺の右手で効果を表しているそれは,過去何度か魔鋼(ミスリル)収斂実習の際に使用したこともあり,然程違和感はない。
    意識を集中する。


    「実験,開始。」

    光が乱舞し始める。


     ▽


    『録画始め,各モニター順調に稼動中。』

    ケインの声が,スピーカー越しに響く。
    実験開始と同時に各所に設置されたカメラがその様子を録画し始めた。

    試験的に造りあげた(コア)に魔力が導通し始めると,その表面に刻印された魔導機構(駆動式群)が反応・明滅し始める。
    台座から30cmほど浮上し,回転を始めた。
    びっしりと刻印された数百以上の基礎駆動式がめちゃめちゃに光を発し始める――が。

    『予想範囲内,対処可能。』

    落ち着いた声。
    台座上に展開しているエーテルが,(コア)の乱れた魔力相を補正・補完する。

    別室に待機していたウィリティアは,その過程をつぶさに観察・メモをとる。
    バックアップにまわったとは言っても,自分のすべき事はやっておかなければならない。

    しかし,やはりケインの作業風景(エーテルドライブ)は壮観だ,これに勝る光景はなかなかない。
    先日見たハルの魔鋼収斂も,ロマの刻印技術もこれに並ぶほどの光景ではあった。
    やはり,多少の羨望はしょうがないだろう。
    そうウィリティアは思う。

    …とりあえず今は,こちらに集中しましょう。

    見とれる自分を戒め,ケインの作業を見つづける。

     ▽

    しっかし,なかなかしんどいな。

    少しでも気を抜くと暴走しそうな(コア)を制御しつつ,ケインはそう思った。
    刻印された駆動式の構想――全体の図形は悪くない。
    が,まだまだ各所で記述と刻印が甘いところも多い。今はそれをエーテルで補いながら少しずつ経過を観察している段階だ。
    このエーテル補完で,ウィリティアとロマの補正作業も多少楽になるだろう。

    自分の中には,彼女達が作った構成図の完成形となる形がぼんやりと浮かび上がりつつある。
    今この段階から既にここまでの概念が組めるなら,完成までは余り遠くないかもしれない――


    ぴしり。


    音がした。


     ▽


    『…対処不可能な事態発生。』
    「え?」

    一心不乱にメモをとっていたウィリティアは思わず聞き返していた。
    全く不完全な(コア)を完璧に制御していたケインが突然そう言ったからだ。

    (コア)にヒビが入った。駆動式崩壊中,魔力相も崩れてる…ちょっとヤバイな,これ、どーなんだろ』
    「な,なに暢気な事をいってるんです!?」

    緊急事態だ,しかし予想範囲内のものでもある。

    ウィリティアは補助陣の中で作業介入用のドライブエンジンを起動・解放。
    右腕全体を外装が覆い,工房内の全状態にアクセス可能になる。

    「手伝う事は?」
    『…そうだな,とりあえず工房内の結界を補強してくれ』
    「わかりました」

    ケインの要請を受けて,最外殻の結界から可能な限り補強する。
    暴走し始める魔力を制御し,ケインは徐々に後退している。それでいい。

    『む…』
    「どうしました?」
    魔力線(マナライン)が切り離せない』
    「それはマズイですわね…」

    つまり,(コア)への魔力供給が停められない,と言う事。
    ならば――

    「こちらから介入します。」
    『すまん』

    一通り結界を補強する。これで数分は稼げたはずだ。
    次は――

    強制介入開始(ハッキング・スタート)

    アレを何とかしなければ。

     ▽

    ウィリティアの介入を感知した。
    不正規なアクセス――割り込み(ハッキング)か,結構やるな。
    こちらからは制御しきれないラインを次々と分断していくその手際は…

    「おいおい,手際よすぎだぞ」
    『それはどうも』

    努めてにこやかな声。
    …敵に回さない方が良いかもしれないな。

    だのと考えながら,工房の最外壁まで辿りつく。
    自分と(コア)をつなぐラインはまだ途切れていない。
    それは現象の影響下にあると言う事だが,同時にこちらからの介入もまだまだ可能だ,またモニターも生きている事になる。

    事態の記録と解析。
    失敗を想定している場合は,可能な限り情報を収拾しなければならない。
    が,限界も近い。

    『そろそろラインを切り離しますわよ』
    「そっちのタイミングでやってくれ。」
    『判りました』

    打てば響く応答。
    こちらの思惑を察するまでもなく当然のようにウィリティアは補助してくれる,ありがたい限りだ。


     ▽


    ケインが最外殻で結界を張った。
    それを見届けて,(コア)と彼のラインを切り離す。

    途端―――

    光が溢れ,工房内を表示していたモニターがホワイトアウトした!?


    「ケイン!!」


     ▽▽▽













    ―――真っ白な景色だ。

    俺は辺りを見まわす。なにもない。
    ついでに言えば,魔法駆動機関(ドライブエンジン)もつけてない。
    ほんの一瞬前までは工房内にいたはずだ,ここは一体――?



    見渡す限り白い光景。
    その世界の中心を横切る一本の線。
    天と地を分ける境界なのだろうか。

    地平線.それとも水平線か?

    海はない。
    かと言って,今立っているコレが地面とも思えない…。

    ぐるりと180度まわって見たが,地形らしきものもない。
    ただずーーっと,一本の線が遥か彼方を貫くのみ。
    なんだこりゃ。わけわからん。



    不意に上を見てみた。
    遥か頭上に何かが見える。

    …ん?

    円柱のようなあまりにも巨大過ぎるソレは,こんな何も無い世界でなければ認識不可能な程の巨大さだった。



    想像してみよう。
    自分をまず地面に立たせる。次いでまわりから地形と言う概念を全て排除する。
    すると残るのは,"惑星のラインを示す一本の境界線"が残る。
    そのいっぱいいいっぱいに(・・・・・・・・・・・)見える巨大な長方形。
    上限は見えない。

    恐らく――月軌道上から見たら,惑星に一本の巨大な柱が観測できる――そんなレベルの建造物(・・・)だ。



    なんだ,アレは―――――――――?















               ―強制遮断(アボート)















    意識が消えた。



















     △△△

     ▽


    モニターが復帰する。
    時間にしておおよそ1秒以下の出来事だったが,ウィリティアは事態の収束を確認して扉を蹴破った。

    「ケイン! だいじょうぶですか!?」

    見まわす。
    台座の上にあるのは,この事態を引き起こした一本の亀裂の入った真球。
    辺りはすすけ,魔力に所々侵食されているところもあるが――そこは工房,許容範囲内だろう。
    入り口に視線を移すと,これまたすすけた外殻装甲(アーマード・シェル)が身を起そうとしているところだった。

    「ケイン…よかった,ご無事でしたのね」
    「あぁ,びびったぞ。」

    解除・収束する鍛冶士の外殻装甲(アーマード・シェル)は,彼の両手の中指へと集まり一対の指輪となる。
    これがケインのドライブエンジンの外装だ。

    「一体何が起りましたの?」
    「…いやさっぱり。俺には理解できない。モニターは出来てたか?」
    「ホワイトアウトしてからは何も。それ以前ならば全て記録済みですけれど…」

    詳細不明の現象。
    ケインは自分の見た光景を説明しようと思ったのだが・・・全く言葉に出来ない。
    アレを表す言葉は、この世界には存在しない。してはならない気がした。

    なんにしても,とウィリティアはホッとしたようにケインを見て微笑んだ。


    「ご無事で何よりです,御疲れさま」



    今回は,これで実験終了だ。


     ▽  △

    午前は普通の講義,午後も同様。
    それ以降の特別課外が俺達4人の研究時間だった。

    何時もならば夜中まで延長される研究だが,明日からは野外演習。
    明日から数日いないとは既に皆に通知済みだったから,今日は早めに切り上げる。
    …妙な符合か,ウィリティアも明日から三日間留守にするそうだ。何をするのだろうか。
    実験の方が忙しくて何時も聞きそびれてしまっていたが…まぁ三日後に戻ってきたときにでも構わないだろう。

     
     △


    第1回目の模擬実験は失敗に終わった。
    最後にはおかしな現象も起ったが,まぁ記録も取れたしこれからすべき事の方針も立ち,役割分担も大まかに決まった。
    順調な出だし,これからの一年が楽しみだ。
    ロマもハルもウィリティアもいいヤツラで,人付き合いの少ない俺でも気安く接する事が出来る。

    ミコトみたいなやつらだよな。

    有りがたい,と思ってしまうのはどんな心境の変化だろうか。
    俺の事なのに俺には良く判らない。


    ミコトとは数日前に食堂で会ったっきりだが,まぁなんというか。大丈夫だろうか。

    実はここ数日ミコトとは会えていなかった。
    何かと飛びまわっているミコトと、実験で忙しい俺では予定がなかなか合わなかった事が主な要因だ。

    先日のアレは俺が悪いわけではない。多分。
    だが――

    「謝っとくか…一応。」

    明日から三日間,同じ班になるというのにすれ違っていてはしょうがない。
    こちらから譲歩しても,まぁ良い。大人になると言う事はそう言う事だ。多分。

    まぁとりあえず。


    「明日になってみてからじゃないと,わからんことかな。」


    ベッドに倒れこんだ。



    PIPIPIPIPI…



    「ん?」

    俺の携帯端末だ。誰だろう?

    『あ,ケイ? ごめん,寝てたかな?』
    「いや,もう少しで寝る所だった。…どうした?」

    ミコトだ。アイツは端末の向こうで あのね,と少し口篭もり。

    『…ちょっとだけ,学院の中庭に出てきてくれない?』

    その何処となく真剣な口調。何かあったのだろうか…?


    「わかった。少しまて」


    俺の夜は,もう少し終わらないらしい――。




     ▽  △





     ▼▼




    ―深夜,リディル市内・某所―


    「先生,どうでした?」

    落ち着いた雰囲気の長い黒髪の美少女が,事務所に帰ってきた白いコートの男に尋ねた。
    彼は年齢20代中盤辺りの優男だ。

    「いやーまいった。英雄ランディールの裏話が出るわ出るわ,掘り出し物だよ,これは」

    一冊の本を気軽に振る。先日ミコトが彼女(MAD・SPEED・LADY)に依頼した品だ。

    「…それで,貴方はどうするの?」

    言葉と共に奥から別の女性が出てくる。
    長い黒髪の少女(MAD・SPEED・LADY)とは対照的に,ショートカットの標準的な栗色の髪。
    年齢は男と同じ位の美女だ。
    服装はさっぱりと黒系のシャツとスラックスに纏めている。男装の麗人といった雰囲気だ。
    そんな彼女の一際目を引く装飾品が,手首につけた魔法駆動機関(ブレスレット)。一般の量産品ではない――貴族が持つ完全な一品物(オーダーメイド)だ。

    「やぁ,キミも来ていたのか。」
    「僕も来てますよ,先生。」

    最後に出てきたのは少年。黒髪の少女の隣りに何時の間にか立っていた。

    「おや,珍しく全員揃ったみたいだね」
    「ですね。」

    少年の相槌に,男はニコニコと機嫌良さそうに笑った。

    「先生,調査が終わったなら早速報告に向かいたいのですが」
    「だめ。」

    は? と黒髪の少女は問い直す。

    「なぜです?」
    「うん。内容がまずいからね。ちょっとどころか大分王国の国家機密(タブー)に抵触する。」

    シン,と言葉が消える。

    「僕自身は,まぁ役柄上構わないんだけど,学院の生徒に教えれる事実じゃないからね」
    「何かが,起るってことですか?」

    少年が問う。

    「恐らくね。もし魔鋼錬金協会(フリーメーソン)がコレ以上の情報を持っているとしたら――例えば,暗号化されたはずの映像資料とか。」

    記録の一部にあった意識暗号化された記述。
    それは映像資料の情報源(ソース)を示したものかもしれない,という推測には辿りついていた。

    もしくはそれ以上の何か…とかね,と彼は続ける。


    「そんなものがあるなら…確実に動くだろうね。」
    「なら…」

    一刻も早く知らせなくては。
    と席を立ちかける少女を留めるように,男は言う。

    「それでもダメ。」
    「だから,なんでですか!?」

    王国のタブーなど彼女には何ら関係ない。それよりも自分の知合いの方が大切に決まっている。
    いいかげん切れる。
    まぁまぁ.と押し留める少年が健気だ。もう一人の女性は,静かに男の言葉に耳を傾けている。

    「国王命令もでたからね。」
    「…な,」
    「しかも,1000年前の王の遺言の発動付きだ。信じられない事に。」

    1000年前の王国で起った戦乱の後。
    英雄ランディールが終結させた戦乱後,都市リディルを作り上げ国内の体制を僅か10年足らずで立ち直らせた賢王。
    その彼が.この時代に起るだろう"何か"を予測し得たというのだろうか。

    「1000年前の戦乱の終結――それは仮初のもの。」

    静かに男は語る。

    「その本当の決着をつけるには,二つの鍵が必要になる。ひとつは――英雄ランディールの神器(ARMS),雷法。もう一つは…」

    言葉を区切り,続ける。

    「邪竜の額に在ったとされる"紅い魔鋼(クリムゾンレッド)"」
    「でも,邪竜は消滅したのでは?」

    少年が再び問う。

    「そうだね。でも,どうやら過去の賢王が予測するにはそれが再び現れる条件というのがあるらしくてさ。」
    顕現儀式(禁呪)…過去の情報を抽出する魔導機構ね」
    「そう。」

    美女が言う。しかしそれは――

    「それって,ハンパじゃなく大量の魔導機構(駆動式群)と魔力,時間が掛かるのでは?」
    「そうさ。だから彼等(フリーメーソン)と,カレンの先輩は泳がす。」

    な,と黒髪の少女(MAD・SPEED・LADY)――ミスティカ・レンは驚いた。

    「見捨てるつもりですか,…先生?」
    「まさか。」

    苦笑。
    肩をすくめる。

    「カレンの先輩が何をするのかは判らないけど,そう大した事が出来るとは思えない。学院の学生だろう?」

    それは、そうですけど,と口篭もる。
    変わって少年が再度聞いた。

    「では,僕達がする事は?」
    「ランディールの神器,雷法を探し出す」

    もし,と美女が問う。

    「見つからなかった場合は?」
    「…そうだなぁ。過去の王様には悪いけど,僕が決着をつけるしかないだろう。」

    その裁量は譲渡されてるしね,と男は微笑む。
    それに,彼にはその義務があるのだから。

    「じゃぁカレンは,キミの心配する先輩についていてくれるかな?」
    「暗に,ですよね…」

    しょんぼりと問う少女に向かって男は苦笑する。
    判りました,とカレンは奥の部屋へ入っていった。

    「ジンは僕と一緒に雷法探し。ひとまず先に王宮に向かってくれないかな」
    「はい,先生。」

    そう答えると,ジンと呼ばれたカレンと同年代の少年は外へと出ていった。

    一人残った美女が 私は?と視線で問う。
    そうだね,と考える男。

    「とりあえず,紅茶を淹れて欲しいな」
    「判ったわ、少し待っていてね」

    微笑みながら歩み去る。
    それを見届けて彼――エステラルド・マーシェルはつぶやいた。


    「――さて。これから忙しくなりそうだね…」





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■88 / inTopicNo.17)   "紅い魔鋼"――◇九話◆中
□投稿者/ サム -(2004/12/01(Wed) 21:58:35)
     ◇ 第九話 中編『出発の朝』 ◆


    私は知らない場所にいた。
    ここは何処だろう。
    ぼんやりと辺りを見まわしてみても,やはり記憶とは一致しない。


     ――ようやく通じたみたいだ。
     

    頭に響く声。
    私は霞がかった思考状態で考える。


    あなた,だれ?



     ――呼び立てして済まない。君と同期するのに一月近く掛かってしまったからな。



    なにを言っているのか良くわからない。
    だから聞く事にする。


    …こーいうばあい,わたしっていっつもききやくだしね。


    苦笑する気配。やはり誰かいるようだ。
    私の知りあいだろうか。判らない。



     ――君との直接の面識はない。初対面さ。



    そうなんだ。でもあなただれ?ここどこ?



     ――ここは私の夢の中。そして君の夢の中だ。



    …ふーん。じゃぁわたし,ねてるのかな?



     ――そうなるだろう。でなければ私の波長を君の精神に同期させる事は不可能だ。君は普段から精神防壁が強固なようだしな。



    うん。そうかもしれない。


    私は何時だって自分を守るための術を用意している。
    本来ならば寝ている最中でも油断する事はないのだが,明日からの野外演習訓練のための準備で最近は色々と飛びまわり,今夜はぐっすり寝ようとベッドに倒れこんだはずだ。


    ―――なんですって。



      ――…む,覚醒するのか。しょうがない,手短に告げておこう。"私を手放すな"。いいか,絶対に"私を手放すな"。君の向かう場所には――が,―印されてい――。
      


    誰だか知らないけど,人の意識に勝手に
      


    「入ってくるな―――!」


     ▽


    うがーー!と両手を振り上げてベッドの上に立ちあがった。

    「…なー。」

    朝日が眩しい。
    カーテンが開きっぱなしの窓の外,すずめがチュンチュン鳴いている。
    左を見て,右を見て,正面を見る。

    「えーと。」

    とか言いつつ両腕を下ろし時計を確認。

    現在午前6時ジャスト。
    確か――昨夜ケイと確認したとき決めた集合時間が――

    『いい? 朝6時に寮脇の車庫に荷物持って集合だからね。その時に他学科であぶれた一人が合流予定だから。』


    やばい。



    ―――遅刻だ。



     ▽  △


    ランディール広原(英雄の丘)
    1000年前の戦乱の終結となったその歴史的な場所。
    学術都市リディルから西へ160kmほどの所がそう呼ばれていた。

    一帯は広い広い盆地になっている。
    北を隣国との国境――そして山脈で覆われており,南下するとランディール広原。
    東に向かえば経済の中心地,学術都市リディルと海岸線にぶつかる。
    東へ向かわずに南下を続け,なだらかな山を越えると王国の首都である王都にぶつかる。

    が,ランディール広原で最も目を引くのは広原の中央部に穿たれた大きなクレーターと,そこから伸びる亀裂だろう。
    それは,やはり1000年前の戦いの際につけられた傷跡だと言う伝承がいまでも各地に伝わっている。

    曰く――

      雷帝招来せし光の御柱,邪竜を打ち滅ぼし王国を救うものなり――

    とかなんとか。
    事の真偽はさて置き,大地を穿つ巨大な亀裂があるのもまた事実。
    その亀裂はクレーターの中心部から西南西にほぼ直線を描く軌道を取っている。

    …強大なエネルギーと指向性を持った"何か"で切り裂かれたような,そんな直線軌道が。


    1000年前の戦い。
    王国を救ったと言う英雄ランディールに関する資料は実は余りに少なく,偉業に対しての名声が余り高くないのもまた事実。
    主な伝承の起った地が,このこの場所(英雄の丘)から600kmほど南部にある工業都市ファルナと言うのも,また謎の一つだ。
    彼に関する様々な資料は当時の戦いの最中に失われ,現代に伝わるのはちょっとした昔話のみにとどまっている。

    誰がそう望んだのか。
    何がそうをさせたのか。

    確実に名を残している部分といえば,彼が王国で最初で最後の"大魔導士"という称号を得たという事であり,そして旧ファルナで突如"発生"した邪竜を,傷害物の無い広原まで誘き出して討ち滅ぼした,と言う事のみ。
    現代において最も謎深き英雄ランディール・リディストレス。
    彼の生涯を追う人間は,少なくない。


     ▽  △


    ミコトが勝手に申し込んだ野外演習訓練。
    ランディール広原で行われると言うそれに参加するため,一月も前から色々と準備を進めてきた。
    それ以来なんだか俺の周囲は色々と変化の色を見せてきたが,それは良いことなのだろうと俺の広い心が許容している。
    実際に今の生活は楽しいものだと感じているからだ。

    半年前にミコトから声を掛けられたときからは想像もできないくらい充実した日々。
    今日から三日間も,多分そうなったんだろうな,と過去形で思った。


     ▼


    昨日夜。
    失敗に終わった1回目の模擬発動試験の事後処理をして部屋に戻ると,ミコトからの連絡が来た。

    久しぶりだし"例の件"もある。直接会って話をすることにした俺達は,夜も遅くなり始めた中庭で待ち合わせた。



    久しぶり,と挨拶を交わす。
    コイツとは食堂でなにか誤解されたままだったなと思い,一応謝っておく事にした。

    「こないだのあれはな,ちょっとした行き違いと言うか…」
    「わかってるよ、ケイは何も悪くないわ。」

    以外と物分りが良い。
    ちょっと見なおした感じでミコトを見ると,アイツはバツが悪そうに目をそらした。

    「あれは…その。私ちょっと苛苛してたし…それにあの子だって色々というからつい当たっちゃったと言うか…その。」

    ミコトはちらっと俺を上目遣いに見詰めた。

    「ごめん,態度悪かったわよね」
    「…いや,いいんだ。気にしないでくれ」

    ホッと息をつく。どうやら余り怒ってなかったようだし自分の悪い部分も認める余裕もあるみたいだ。
    …まぁコイツらしいというか。

    俺が苦笑すると同時にミコトも同様に苦笑。
    思わず顔を見合わせて笑ってしまった。

    それで雰囲気が和んだ。


    それからベンチに座り,今まで"捜査報告"を俺は受けた。
    それは驚愕すべき事実だ,何しろ――

    秘密組織(フリーメーソン)の人体実験記録だって…?」
    「うん,ファルナの図書館で調べてきた。埃被ってたし,手書きで1000年前の日付あったし。見た感じ本物だったよ」
    「現物は? 俺が解析してやろうか」
    「現物は信用のできる知合いに預けて調べてもらってる。ホントなら今夜中に連絡来るわけだったんだけど,終わんなかったみたい」

    携帯端末をさわり駆動・着信履歴を確かめるが,特に新しいものは無いみたいだ。
    それにしても,コイツには一体どの程度の知合いがいるのだろうか。俺とは全然違う。

    それで,とミコトは続ける。

    「連中,史跡調査って名目で現地に入るけど,搬入してる機材資材がちょっとおかしいの」

    ミコトは俺の傍に来て, みて,と端末を操作。ディスプレイに表示されたのは――

    「これは…なんだコレは?」
    「ワケわかんないでしょ?」

    駆動式が刻印済みの魔鋼(ミスリル)をトラック一台分。
    尋常な量じゃない。だが,"何かをするつもり"なのは火を見るよりも明らかだ。

    「警察に通報したほうが良いじゃないのか?」
    「まだ何もしてない状態で通報しても意味無いじゃない。」

    それこそ何をするつもりなのかもわかんないし,と唇を尖らせる。
    確かにその通りだ。

    「にしても…」
    「うん、これはもう警戒じゃ済まないかもね」

    コイツの勘は良く当たる。そんな気がする。
    まぁそれは置いておこう,今は然程重要な事でもない。

    「どうするんだ? 演習訓練中には勝手な行動は取れないんだろう?」
    「それなんだけど,実はね」

    と前置きしてミコトはニヤっと笑う。

    「訓練日の午前〜午後は主にミーティングと装備の整理で,夜から二日目丸々一日かけてサバイバル訓練になるの。」
    「ほう」

    それは…何とも好都合だ。

    「でね,チーム分けは結構適当になってるから,私とケイで決まりね。」

    これ,決定次項だから。とニコーっと笑うミコト。
    思わず苦笑する。逆らえない事に無理に逆らおうとはもう思わないさ。
    それに――

    「初めての実戦演習(パーティ)なんだ,上手くエスコートしてくれよ?」
    「ぷ、わかってますわ,ミスター」

    あはは!と気持ち良く笑うアイツ。
    こんな掛け合いも悪くない。俺も穏やかに笑えているのだろうか。

    「うん。まぁその辺りは任せて。で,魔鋼錬金協会(ヤツラ)の動きなんだけど」

    と,演習区域を呼び出した端末のモニター。
    ヤツラの動きをどうやって把握しているのかは謎だが,ミコトは淀みなく地図をの上を指でなぞり…

    「例のクレーターの場所か?」
    「その中心部分と,まわりの5本の鉄柱の調査をしてるらしいの」

    5本の鉄柱とは,これも亀裂やクレーターと同様に1000年前から存在している。
    ほぼクレーターを囲むように等間隔で打ちこまれた5本の鉄柱は,元々は6本在ったと予測されている。
    亀裂が形成されている部分にも一本在るとすれば,綺麗な六角形を作るからだ。そのほぼ中心にクレーターが位置する形になっている。
    無論,その目的は不明。

    これらの図形と奴等の動向…そして運ばれている怪しげな魔鋼(ミスリル)
    それから導き出される一つの推論は――

    「儀式型の駆動式展開か?」
    「十中八九,多分そうだと思う。」

    しかし,やはり目的がわからない。
    いや。一つだけ――推測できるもの…いや,"夢"が,あるにはあるが…

    「…まさかとは思うが…邪竜復活の儀式だ〜とか言い出すんじゃないだろうな?」
    「…まさか。子供じゃあるまいし…。」

    それはバカげた発想だ。
    魔法で異世界から邪竜を呼び出す。これほどマヌケでオバカな発想をする人間はこの世界にはないだろう。
    せいぜい冒険小説かマンガの世界だけだ,そんな意味不明な事を出来るのは。

    魔法とは"限定的に発生させる現象"に過ぎない。
    その効果は永続的ではなく,瞬間的なものだ。この世界を取り巻く物理体系がそうなっているのだから仕方がない。
    駆動式にも永久駆動型と言うものはなく、基礎駆動式を見れば判る通りどれも瞬間的な効果・発動・影響力しか持っていない。
    様々に組み合わせる事で任意に継続時間を設定する事は出来ても、永久に持続するものはありえない。
    閉鎖性循環回廊にしても,それを構成する魔鋼が永遠に在り続ける物質ではない。これにも半減期が存在する。故にこの世には永遠はない事になる。

    例えどれだけ好意的に見たとしても,"異世界からの召喚"と言うものは"魔法"ではない。
    物理体系に準じた理論・概念で動かす二次的な作用…それに基づく発生技術――それが魔法だからだ。
    "異世界"だのというあるのかどうかも判らないものには影響しようが無い。作用をもたらす事は出来ない。
    だから,怪獣の召還なんて夢というか夢想というか…キチガイのする事だ。
    本気でそれを実行しようとするならば,警察や軍よりも救急車を呼んだ方が良いのかもしれない。

    「でも」

    気を取りなおしたのか,ミコトが口を開いた。

    「トラック1台分――仮に5tだとしても,再加工すればとんでもないことになるよね」
    「だな。他国にコレだけの魔鋼が渡るのはなるべくなら避けたいところだろ」

    王国としては,だがなと続ける。
    そうだね、と頷くミコト。

    「でも,本当に想定外の事態が起こる可能性も…ないわけじゃないことは忘れないでね」
    「…あぁ,覚えとくよ」

    うん、それで良いと思う,とミコトはにこっと笑った。
    大体話は終わりか。なら,明日も早い事だし。

    「んじゃ,話は終わり――だな。」
    「…あ。」
    「ん?」

    何か考えるそぶりのミコトに,俺は振りむいた。

    「どした?」
    「うん。一つ言い忘れ」

    忘れるとこだった,と付け加える。

    「集合時間。明日の朝6時に寮脇の車庫に荷物持って集合だからね。その時に他学科であぶれた一人が合流予定だから。」
    「あぶれた一人?」

    うん、と続ける。

    「他学科の人が学院から出るバスの乗員数の上限から外れちゃったみたいで,私の車で行く事になってるから。」
    「おぉ、車持ってたのか。」
    「いーでしょ」

    多少羨ましいとおもってしまう。しかしまぁ,移動は混み合ったバスよりは全然楽だろう。
    正直助かる。

    「判った,明日6時だな」
    「うん。遅れるなヨ?」

    ニコっと笑うミコト。判ってる,と返しておこう。

    「んじゃ,また明日な」
    「うん、おやすみなさい,ケイ。」

    そう言ってミコトは たたたっと向こう側――女子寮の方へ小走りにかけていく。
    一度振り向いて俺に手を振り――それに応えて手を振ってやった。
    笑ったのを感じる。
    少し恥ずかしい感じもするが,まぁ良いだろう。最近の俺は心が広いのだ。

    姿が見えなくなるまで何となく見送り――。

    さて,明日に備えて寝る事にするか。


     ▲


    「…ん」

    目覚めは爽快…とは言わないが,そこそこ気分の良いものだった。
    窓の外は朝靄が僅かに掛かっていて,差し込む太陽の光の軌跡が見える。

    良い天気だ。
    今日は暑くなるのかもしれない。

    春も半ばを過ぎ,比較的四季の色が強いこの地域は春と夏の境目である梅雨と言う特殊な気候もある。
    じめじめして嫌いだ,と言う人間が大多数だが、俺はさほど嫌いじゃない。
    そもそも"空から何かが降ってくる"と言う状況が好きなのだ。
    理由は単純,それが綺麗だから。
    雨も雪も好ましい。
    寒さとか湿気の不快さが気にならないほどに。


    さて置き,現在時刻は5時丁度くらいか。
    少し早めだが,起きておく事に損はないだろう。2度寝して集合時間に遅刻したら眼も当てられないことだしな。

    起きる事にした。

     ▽

    昨夜のうちに準備した細々としたものを纏めてバックパックに詰め込み、ここ一月着込んだ戦闘服を身につける。
    俺は戦闘訓練を正式に受けているわけではないし,安全を期する為に色々と準備した。
    一月前に教務課の管理する旧武器倉庫から持ち出した装備類を勝手に魔法駆動機関(ドライブエンジン)に組みこみ,そこそこの攻撃能力と防御機構などを構築した。

    あぁ,親父から譲ってもらった魔鋼収斂用魔法駆動機関(ドライブエンジン)"偉大なる父の御手(ファーザーズ・ハンズ)"ではなく,自前の篭手型魔法駆動媒体(ARMS)をベースにした複合魔法駆動機関(ドライブエンジン)だ。

    軽量で高速機動可能なように脚部ユニットの増設,衝撃吸収機構(ショックアブソーバー)を付けたライトプロテクターでの衝撃耐性の強化。
    そして旧武器保管庫で見つけたアミュレットを篭手と同化駆動させる事で,それの持つ機能――式効果増幅による魔法攻撃力の増強。
    1ヶ月程度の期間でこれだけ準備できたのは僥倖だろう。

    急造とは言え,1ヶ月にわたってコツコツ手を入れた複合魔法駆動機関(コンポジット・ドライブエンジン)だ,愛着も沸く。
    指輪(リング)型のそれは,俺好みのシンプルなデザイン。何処となくアイツのに似ているのは気のせいだ。

    一応譲り受けた"偉大なる父の御手(ファーザーズ・ハンズ)"を格納した指輪(ドライブエンジン)も填める。
    両方の手に2個ずつ指輪を填める事になるが,邪魔にはならない。
    一種の御守りみたいなものだ。

    ――御守りと言えば。
    昨夜の実験で亀裂の入った試作魔鋼真球(コア)
    ハルのヤツが『御守り代わりにもってけよ』と押しつけたのを思い出した。
    昨夜着ていた作業服のポケットから取り出したそれは,表面全体に見事な魔導機構(駆動式群)を刻印された直径3cmほどの魔鋼球。
    しかし,その表面にはもう一つ,円周の半分に渡って亀裂が入っていた。

    昨夜の実験失敗の原因は,刻印のズレもそうなのだが,材質の不均一な状態がそれを助長していた事がわかっている。
    俺のいない三日間で,ハルは"もう一桁精度の高い魔鋼(ミスリル)を収斂してやる!"と意気込んでいた。
    三日後が楽しみだ,ロマは監督役兼サポートにまわるそうだ。

    『ハル君が心配なのはもっともだけど。気にしないでがんばってね』

    そう言ってロマは送り出してくれた。
    正直そう言われると少しやる気が出る。さすがに主席は配慮が違うな。

    そのときにハルが押しつけたこれ。解析済みでもう用がないと言えばそうなんだが。
    魔鋼で出来た真球。だが亀裂が入っている。

    しばらくそれを見詰めて,俺は寛大な心でハルの意を汲む事にした。
    ブレスレットを駆動・両手に展開した篭手型魔法駆動媒体(ARMS)は,俺の長年の相棒である万能整備ツールだ。
    ここから更に補助具(デバイス)を多重駆動展開する事で追加した装備が具現化する。
    が,今は純粋にツールとしての機能,物質格納スペースを使う事が目的だ。

    領域・展開(オープン)

    駆動式が光で描かれ,仮想空間が展開する。
    俺はその中に魔鋼真球を放りこむと領域閉鎖(クローズ)。これで篭手(ARMS)の中に格納した事になる。

    「じゃ,まぁ」

    時間を見ると,5時45分を回るところだ。

    「行くか。」


    そろそろ外に出よう。


     ▽


    学院に通う生徒の数はかなり多い。
    寮に入っているとわからない場合も多いが,通学者も結構居るらしい。
    知合いではウィリティア・スタインバーグがそうだ。
    彼女は市街地に立てた別邸から車での送迎が常らしい。王国貴族(上流階級)のお嬢様だしな。

    さて置き,ミコトは車を持っているらしい。
    まぁ以外といえば以外だったが,冷静に考えるとそんなに不思議なことではない。
    アイツはかなり多岐にわたって様々なスキルを習得している節がある。
    車両関係の各種免許も(コレ)だけでは無い気がする。


    寮を出て10分。
    時刻は大体6時くらいになるだろう。ミコトは来ているだろうか。

    寮の裏手に車庫はある。
    学院の敷地内とはいえ,ここは一般の学生は入ってこない場所だ。

    と,誰かが居た。
    黒っぽい俺と似たような戦闘服に身を包む小柄な影。ミコト――じゃないな。
    ミコトは黒髪。あの影は金色の髪だ…って。

    「おいおい」
    「あら,ケイン。おはようございます」

    そう仰ったのは,ウィリティア嬢だった。


     ▽


    「ウィリティアが俺達と行く生徒だったのか。」
    「ええ。追加募集の時に応募したから移動手段をどうしようかと思っていたのです。でも,ケインはこの1週間,演習に行くなんて一言も仰りませんでしたね?」
    「ロマとハルは1ヶ月前から知ってたし,ここ1週間は忙しかったからだろ。それに俺もウィリティアが合同演習訓練にでるなんて夢にも思わなかったしな。」

    それは,そうですがと不満げに肯定するが,ウィリティアは反論もする。

    「わたくしも同じです。戦闘に不慣れな貴方が実戦の演習に参加するなんて,誰に想像できますか」
    「まぁ,それもそうなんだよな」

    実際に最初は乗り気ではなかったのは確かだ。

    「俺が出来るのは自分の身を守る事と,装備の点検整備くらいだしな。精々邪魔にならないように逃げ回るさ」

    苦笑し,そう言う。ウィリティアはまだ納得しない。

    「? 戦闘訓練に参加していると言う事は,何かしら戦闘における術を求めているからなのでしょう? なんでそんなに非積極的なんですの?」
    「あぁ。」

    そうか,ウィリティアは俺が誘われて参加していると言う事を知らないんだな。ちょっと前なら被害者だ,と言うところだろうが…

    「まぁ,あれだ。俺は誘われたクチでね」
    「…誘われた? 実戦演習訓練に?」
    「そう言う事だ。まぁ気にすんなって」

    そう言って時間を確かめる。
    現在6時17分。さては――

    「アイツ,寝坊してるのか…」
    「あいつって…まさか。」

    たたたたたっ,とこちらへ向かって走る音が聞こえてくる。

    小柄な影。
    俺達二人と似たような黒系の戦闘服。
    アイツ専用のドライブエンジンが左上腕に見えた。

    「ごめんなさい!」

    そう叫びながら荒い息を吐いて膝に手を当て呼吸を整えるのは――

    「よ。昨夜なんて言ったっけ?」
    「う…わるかったわ…貴方もごめんなさいね…って」

    ミコトが顔を上げながら,傍に佇む彼女(ウィリティア)にも謝った。

    二人はハタと動きを止めて顔を見合わせる。
    俺は…そうだな,苦笑するしかないか。


    「ミヤセ・ミコト!?」
    「ウィリティア・スタインバーグ!?」


    同時に名を呼び合う。いや,叫び合うか。
    仲が良いのか悪いのか…やはり苦笑するしかないのだろう。


    「「なんで貴方がここにいるの!?」」


    訂正。仲,良いみたいだ。



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■89 / inTopicNo.18)  "紅い魔鋼"――◇九話◆後
□投稿者/ サム -(2004/12/02(Thu) 22:02:36)
     ◇ 第九話 後編『或る真実の欠片・暗躍』◆


    錬金術。
    それは魔鋼(ミスリル)を作り出す技術の事を指している。
    遥か3000年近く昔にもたらされた魔法と言う異質な法則の元で行われる作業だ。

    魔鋼は魔法を増幅する。
    増幅しなければ魔法は魔法として認識される事のない程度の現象発生力しかなかった。
    そのための魔鋼。

    しかし,ここで一つの疑問が起こる。

    魔鋼は魔法を増幅する。
    魔法は魔鋼が無ければ意味を成さない。

    ならば――魔法によって収斂される筈の魔鋼は,一体誰が創り出したのだろうか?
    魔法とは,一体何がもたらしたものなのだろうか――?


     ▽  △


    私の人生は"問うこと"を端にしている。
    疑問を投げかけ,その答えを探す事こそが人生だ。この思考法は自然と私を魔導技術の習得――つまり魔法を学ばせる方向へといざなった。

    しかし,私には欲と言うものが少なかったらしい。
    必要なものは疑問と答えのみ。他には何も――まぁ生きていくのに必要な最低限の糧は欲しいが,それ以外は大して必要なものではなかった。
    最高学府たる学院を卒業するも,私は技術の高みへ至る道への興味は薄く…ただただ自分を満足させるためだけの"問い"を探しつづける道を選んだ。
    それは研究者としての道ではなく,探求者としての道だった。

    ある日。
    私の下へ届いた1通の書簡。
    それは王国史上悪名高い"魔鋼錬金協会"からの誘いの手紙だった。
    私はその書簡が届くまで何をするでもなく,ただ学院の研究室に身を置き,学生相手に講座を開きつつ日々を生きるための糧を稼いでいた。
    たしか――20半ばを少し過ぎたくらいだっただろうか。

    書面には,私を誘うに当たっての理由と報酬が書かれていた。
    報酬はどうでも良い。
    毎日三食取れるならばそれ以上のものは要らない。
    理由はありきたりな物だった。
    私の業績と功績を褒めるだけの詰まらないもの。まぁその程度だったら気にも留めずにごみ箱へ直行する運命だったのだろう。が――

    『…旧文明の遺跡…?』

    最後の行に書かれたその一言が,私を動かす。
    彼等"魔鋼錬金協会(フリーメーソン)"は当時の都市ファルナの地下5.7kmの地点から、広大な都市跡を発掘したらしい。
    それに当たって,各地に居る引退した学者や研究室に引きこもっている私のような有能な研究者に極秘に打診しているのだと言う。

    新たなる問い,それを見つけれるかも知れない…

    私はそう感じてその週のうちに学院を辞め,ファルナへと向かった。
    それが,今から約60年前の事だった。


     ▽


    彼等魔鋼錬金協会の連中は思ったよりも気安い人間達だった。
    王国に監視されている状況からだろうか,歴史に残っているような無謀な実験をしているわけでもなく,ただ趣味人達の集まりとしてその組織運営が行われていた。
    恐らく世には知られていない真実の一つだろう。

    彼等――私の友人達はそれを敢えて(・・・)世間に公表しようとはしていなかった。

    …1000年と言う歴史が培ってきたその風評は覆し難いし出来るとも思えない。逆に――そういった秘密結社っぽいのが実在しているかもしれない,と言うのも面白くないか?

    実態は全然違うんだけどな,と我が友ディルレートは頻りにそう言って笑っていた。
    私もその世間を暗に欺くと言う状況を純粋に楽しく思い,彼と共に笑った。
    世界中の誰とも変わらず,その場に集まった友人達と共に笑い,泣き,喧嘩をし,恋をした。
    懐かしい。本当に,懐かしく楽しかった日々だ。


    私達は誰とも変わらない人間だった。
    違ったのは,1000年前の王国騒乱以降は国に対して何も隠し事をしていなかったのだが,私達のその代に限ってのみ…唯一それを破った。
    60年前の都市ファルナの地下から見つかった古代都市の隠匿。
    それは今もって私が管理している。

    発見されたものは,今までにない設備だ。何かを量産するための大型の機構(システム)
    日夜時間を惜しまず解析した結果,そこは金属の生産工場跡だと言う事が判る。

    当時の我々は,10年という歳月をかけて古代都市の一端を秘密裏に解析し終えていた。
    工場のシステムは大まかに把握し,何時でも応用できる体制にもあった。

    だが,薄々ながら私達を取り巻く状況が傾いてきていた事も事実だった。
    元々資源採掘用にファルナ地下に掘られた探査坑。
    流石に放りっぱなしにしていたわけでもないが,監査の手が伸びてこないとも限らない。
    この事がばれたら――正直全ての遺跡跡が没収の上に私達は拘束される事は必至だ。
    どうするか,と対策を練っているその時,我々にとって都合の良い事態が発生した。


    第一時世界恐慌。
    経済恐慌が起こり、世界中が未曾有の緊急事態を発令した。
    各国政府は頻りに事態の収拾を図ろうとしたが,余り効果を表さなかった。

    我が王国も似たような状況だったらしい。
    それまでの主産業が僅かな魔鋼製品の加工,残りは自国で行われている第一次産業が経済の全て。
    恐慌を乗り切るのは極めて難しい状況にあった。

    これはチャンスだ,と我が友ディルレートが言った。
    "私達の思い出の残るこの古代都市跡を残すための術が,ここにあるじゃないか"と彼は言った。

    金属の量産システム。
    これで魔鋼(ミスリル)の量産体制を整えて,それを持って王国に俺達の公的機関化を求める,と言う案だった。

    結果は歴史が証明している。
    ディルレートの行ったこの賭けは我々が勝ち,王国の公的機関となる事で遺跡を完全に隠匿した。
    魔鋼の量産体制の管理も私達が行う事になり,多少のごたごたはあったものの予想より遥かにスムーズに全てが行われた。

    以来,50年。
    私の友は一人,また一人と死んでいった。
    親友も,悪友も,愛した人もみな死んでいった。

    当時から残っている協会設立メンバーは私で最後だ。

    私――探求者ルアニク・ドートンが。


     △


    現工業都市ファルナの地下に眠る古代都市。
    未だに王国からは秘匿とされ,日夜我々協会の研究員が解析作業を行っている。
    次々と明らかになる古代のシステム。
    惑星軌道上に配置された種々の観測システムや,天空に浮かぶ月にあると言われる別の古代都市。
    その彼方に広がる深淵――宇宙と言うらしい――の更に遠くへと旅立っていった,古代人達の船。

    太古の人々は,そのほぼ全てが例外なく星を飛び立つ事を選んだ。

    なぜ、とそれを問うには時が経ちすぎ,明確な答えは期待できない。
    しかし私は,システムを解析する傍らでその答えを探しつづけた。
    古代人類が星を飛び立つ理由を。
    そして――その過程で"それ"をみつけた。

    "それ"は,古代人が星を飛び立つと言った遠すぎる疑問ではなく,私が生きてきた中で唯一判らなかった疑問の答えを示すかもしれない――現象。

    どちらを優先するかは,その時に変わった。


     ▽  △


    私は現代に生きる人間だ。
    魔法を技術として使い,日々を生きる。

    魔法は魔鋼により増幅され,様々な現象を起す。
    魔鋼は魔法により収斂される。素材は様々な鉱石を元にしているが,自然に存在するもので希少な金属は少ない。
    収斂する上で必要なのは,その複数の金属に付加させる膨大な魔力だ。
    勿論ただの魔力ではありえない。

    現代人が収斂する魔鋼,その過程で必要な魔力は,魔鋼と同じ魔力相を持っていなければならない(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

    現代では魔鋼は然程珍しいものではない。
    鍛冶師たちは,魔鋼を収斂する際に整える最適の魔力相の値を把握しているし,また知らずとも手元にある魔鋼をサンプルにして魔力相を整えれば言いだけの話だ。
    が。
    魔鋼を作るには,元にするもう一つの魔鋼が必須になると言うこの条件。
    これは一つの簡単な疑問を内包している。

    "起源"に関する疑問だ。
    起源――レジーナ・オルド(O-riginal)と言う名の女性がもたらした魔法(駆動式)という技術と,その媒体――魔鋼(ミスリル)
    そもそもソレは,どこからきたのか?(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

    それが,私の最初の疑問だった。


     △


    以来数十年。
    片時も忘れた事の無かったこの疑問は,しかし誰にも相談した事も無かった。

    私だけの疑問。
    私だけが考えつづけた疑問だったからだ。

    その――答えを見つけれるかもしれない,切っ掛けがあった。
    都市群の管理する,人工衛生による地表観測システムに記録されていた王国の過去の地表エネルギーの変動データだ。


     ▲


    私が在籍するこの魔鋼錬金協会。
    1000年以上の歴史を持ち,それ以前は風評通りの組織だったらしい。
    倫理観の薄い研究者達,極めてシステム的な真理の追究。
    その成果は1000年前の王国動乱の際に失われた――かのように思われてきた。

    だが事実は違う。
    これらは過去から現代まで連綿と受け継がれてきた。資料は全て駆動式のとして魔鋼に刻まれ,それは一つの証として伝わってきた。
    魔鋼錬金協会の長が持つ,錫杖型の魔法駆動媒体(ARMS)
    これには,それまでの非道な研究成果が刻み込まれていた。

    親しい友が次々とこの世界を去り,私は次第にまた研究に没頭するようになった。
    新しい問を求め,終ぞ行われる事の無かった錫杖の駆動式を解放し,協会の行ってきた非道な歴史をも全て見た。

    ――その内の一つ。
    それは1000年前に行われた一つの実験で,映像資料としてのみ残されていた。文献は消失してしまったのだろう。
    魔鋼と人体との融合をテーマにしたもの。
    時間経過毎の記録を見る限り,魔鋼は人体を侵食し――恐らく意識を取りこんだ。
    魔力干渉線(マナライン)にも応答しないところを見ると,一つの封印のようだと感じる。

    そして――3週間後。
    "それ"は起った。

     ▲

    邪龍。
    突然襲ったその"災害"は,映像に残されていた 胸の"紅い魔鋼"から発生した膨大な魔力(思念)が肉体を変容させた,一人の少年(被献体)だった。

    "それ"は研究所を破壊し,街を壊滅させ,何かを求めるように北へと飛び去っていった。
    そこまでを記録したこの映像は,恐らく,辛うじて生き残った研究員がこの杖に"成果"として封印したのだろう。

     △

    話は戻る。
    古代都市群の管理している地表観測衛星の残した,惑星全域の中の,この王国周辺のエネルギー変動を記録したデータ。
    これは過去数千年と言う年月で記録され続けていた。
    当然1000年前の(・・・・・・・)ものも欠けることなく残っている。

    観測された事実は驚愕に値するものだった。

    その事実から私は全てを思考する。
    長年の疑問と魔法。なぜ、このような力がこの世界に存在するのか。

    それは――もしかすると。

    "それ"をもう一度起したとき。
    私の推論が正しければ――恐らく一つの答えとなる。

    故に,私は――。


     ▽


    ある小高い丘の上。

    不自然な窪み(クレーター)と.そこを端に発する巨大な亀裂を見渡せる場所で,年齢の行った老人は眼光を鋭く光らせる。
    眼下の光景は,史跡跡で動く多くの人影。彼等は魔鋼錬金協会。
    彼等は協会長の命令で、指定された機材と資材を各所に配置しているところだ。

    それは――ただ一つの疑問を解くためだけに。

    魔鋼錬金協会(フリーメーソン)の長にして孤高の探求者,ルアニク・ドートンは,強い意志の光をともしたその瞳で,着々と進められる実験準備の状況を見守っていた。


     ▽
     
    夜を徹して行われた作業は殆ど終わった。
    数年を掛けて密かに行ってきた事前調査も完了している。
    近辺の状況もこれから起す(・・・・・・)事態への(時間稼ぎ)も全て計算済みだ。

    後は,時が満ちるのを待つだけ。
    観測データから導き出したす最良のタイミングで"実験"を開始すれば,あとはもう何が起ろうとも止まらない。
    リスクの分散化も配慮している。不確定要素の介入に関しても対処する策は考えてある。

    全ては整った。
    私の一生では観つける事が出来ないと半ば諦めていた問いに関する答えが,すぐそこに。

    さて。
    残りの時間はゆっくりと待つ事にしよう…。

    結果は,もう時が運んでくれるのだから。



     ▽  △

     ▽



    ――学術都市リディル:学院・教務課――


    「ですから,教務課(私ども)の管理する演習用武器保管庫は,学院に所属するものならば使用許可を取れば誰にでも貸し出しているんです。勿論データとして管理してありますが,数は膨大ですよ」

    何せ戦技科の教官や生徒が出入りするたびに使用許可を出しているのですから,と窓口の女性は少年に言った。
    少年はそうですか,と少々肩をすくめる。

    「…では,持ち出された演習用ARMSの種類の特定は可能でしょうか」

    先程から物静かに食い下がる少年に負けたのか,事務員の女性は大げさに溜息をつくと,カタカタと端末を操作し始めた。
    恨みがましく少年を見,諦めたようにもう一度溜息をつく。

    「…しょうがないですね。学院生で無い貴方に教える義務はないのですけど」

    私どもは門戸が狭いわけではありませんし、と散々渋っておきながらそう言う。
    少年は苦笑し,「ありがとうございます、助かります」と誠実に答えた。
    女性事務員も苦笑する。

    「それで,何の魔法駆動媒体(ARMS)を探しているの?」

    多少フランクに問う彼女は20代半ばだろうか。
    少年はまだ20にも満たない本当の少年だ。年齢的にも彼女にとっては弟のような感じでもあるのだろう。
    無論この場合は聞き分けの無い我侭な弟,であるだろうが。

    「…剣です。刃に特殊発動型の駆動式が刻印されているものなのですが。」
    剣型(ソードタイプ),…と。」

    検索条項を打ちこみ,すぐに結果がでた。

    「剣型でその刻印タイプのARMSは教務課の武器保管庫にはありませんわね。」

    ニコリ,と微笑んでそう言う。少年は露骨にがっかりしたようだ。
    が。

    「でも,短剣型ならばあったみたいよ」
    「…本当ですかっ!?」
    「ええ、1ヶ月ほど前に貸し出されてるみたいよ。名前は――」

    その名前を聞いて,少年――ジャック・ジンは驚愕に目を見開いた。

    まさか。"彼女"が"それ"を持っているなんて。
    これは何かの符合とでも言うのか。
    先生と俺が探し出せなかったものを…偶然みつけているとでも…

    そんな様子の少年に気づいた女性事務員は,気遣わしげに声をかける。

    「まぁ,こればっかりはね。武器保管庫においてあるものは早い者勝ちだし…でも、君はその前にちゃんと学院に入りなさいよ?」

    最後はにやり,と笑う女性。
    まぁここに入らなければ貸しだし許可は出ないわけだが…

    ――早く先生と連絡を取らなければ。

    少年の思考は,事実の認識と共に既に次の行動へと移っていた。
    手間を取らせてしまった女性に向き直る。

    「手間をかけてしまい申し訳ありませんでした。」
    「いいのよ、実は私も暇だったから」

    声を潜めて苦笑する彼女に「では,失礼します」と頭を下げて教務課を退出した。


     ▽

     
    ジャック・ジン,17歳。
    ミコトの後輩にしてEXのミスティカ・レンと同じく,マーシェル探偵事務所でバイトをする少年だ。

    彼は先生(エステラルド)の指示に従い王国中の古い施設を回り,英雄ランディールの"神器"とよばれるARMSを捜索していた。
    王国の西半分はジン。残りはエステラルド・マーシェル自身が捜索している。

    雷帝の神器。
    伝承として伝えられていた,蒼白い片刃の剣と言う形状と刃に刻印された二つの駆動式と言う事のみが今に伝わる手がかりだ。
    それすらも王国――王宮に封印されていた事実。一般にはまるで知られていない。
    彼等の探偵事務所がそれを知る事ができるのにはとある理由があるのだが,それは今は割愛する。


    先生と連絡を取らなければ。
    彼はそう考え,内ポケットからタイムコードが記入された紙を取り出す。

    ――今この時間なら…王都から真西に700km行った所にある国境付近の都市,メティナの軍の旧施設に居る,か。

    国境付近の都市はその土地柄上軍施設が多くなり,メティナは軍事都市として名高い。
    王国陸軍の本部もこの都市にある。いわば軍の中枢地だ。

    「向かうのは構わないけど,時間が掛かりすぎるな…」

    故あって,彼には魔導技術式(・・・・・)携帯意端末は使えない(・・・・)
    ジンがエステラルド(先生)と連絡を取るとなると実際に会うか言伝を頼むか手紙しか方法がない。
    事態の流動性と秘匿性から後者2択は却下。加えて時間ももう無い。
    事務所に戻れば"あの女性(ヒト)"が居るには居るが,先生(エステラルド)から極力知らせないように言われている。

    ならば――
    ジンは溜息をついた。

    「直で行かなきゃならないか…」

    王都から700km。
    しかしここ(リディル)から王都までは約230km。
    直線距離のみの計算だが,そこは問題無い(・・・・・・・)

    全1000km弱の工程だが…

    「移動に掛かる時間と先生のこれからの移動先から逆算すると――」

    今夜中には何とかなる。
    そう見切りをつけた。どうしても時間が掛かりそうな場合は――"あの女性(ヒト)"に頼むしかない。
    最終手段だ。


     ▽

    ―― 一時間後。

    黒系のフライトジャケット,レザーパンツ。ゴツイ安全靴に厳ついゴーグル。
    先日のミスティカ・レン(MAD・SPEED・LADY)と大体同じ格好に身を包み,ジャック・ジンはリディルの一番西側に位置する高層ビルの屋上に立っていた。
    吹き荒れる風が冷たい――。


    思考を停止。


    見るは虚空の彼方の彼方。
    それはイメージを収斂する一つの作業で、儀式。

    少々体を屈め――足を踏み出す。


    たたっ


    2歩。それだけの助走の後――――



    ドンッ!



    空気を殴りつけるような乱暴な音と共に,ジャック・ジン――マッドスピードレディ(狂速の淑女)の片割れ,爆発に特化したEX・凶速の渡り鳥(エクスプロージョン)は上空へと飛び出し,遥か西へ向けて飛び去った。


    屋上は魔力騒乱で気流の乱れが生じ暴風が吹き荒れたが,一瞬後にはすぐに元に戻る。




    そして舞台は,全てが集うランディール広原(英雄の丘)へ――。



    >>>NEXT
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■98 / inTopicNo.19)  "紅い魔鋼"――◇十話◆前編
□投稿者/ サム -(2004/12/18(Sat) 08:57:36)
    2004/12/18(Sat) 08:58:37 編集(投稿者)

     ◇ 第十話 『嵐の前の静けさ』前編◆
     

     △


    「ありがとう,助かります。」
    「なに、どうってことねぇよお嬢ちゃん。しかしまぁなんだ。変な事には極力関わらん方がいいんじゃないのか?」

    ランディール広原の少し手前のサービスステーション。
    ミコトは既知の情報屋と会っていた。

    目的は勿論情報の収集。彼とは1週間ほど前に連絡をとり,ランディール広原での魔鋼錬金協会の動きを追跡してもらっていた。
    ひょんな事から知合った彼は現在40ちょいのおじさんで,王国軍の密偵をしていたと言う。自称だが。
    腕は確かなので問題はないけど。

    「好奇心はネコをも殺す…ですか?」

    にこっと笑いながらミコトは返す。
    彼も苦笑した。

    「お嬢ちゃんの本性はネコじゃなかったな。…ま、止めても無駄な性格は猪突猛進な猪って所か」

    ははっと笑う彼。
    ミコトも特に怒るわけでもなく苦笑。

    「――口は災いの元,ですよね」
    「冗談だ。」

    ぼそっと呟いた彼女(ミコト)の目は笑っていなかったが。
    そんな二十歳前の気の強い女の子(・・・)に彼はもう一度苦笑する。

    「気ィ付けてな。今回は(・・・)お前さん一人じゃないみたいだしなぁ。――前みたいに巻き込むつもりはないんだろ?」
    「……。」
    「友達か。何にしても――嬢ちゃんは鋭すぎるからな。余計なことに首を突っ込みすぎる事が多いだろ?」
    「…そうね。でも」

    ニヤっと笑う。

    「あいつ等は,私から巻き込んだ方だし。これからもずっと手放すつもりはないわよ?」
    「――ほう。」

    それは予想外だ,とばかりに彼は驚いた。
    自分の事には極力絡ませない性格だったこの少女――いや,女が巻き込む事を自認すると言う事は――

    「仲間を集め始めたのか。」
    「――ご名答。あれ以来貴方にはお世話になりっぱなしだけど,これから(・・・・)もよろしくお願いしますね」
    「おいおい,俺ぁいいかげん身を引っ込めたいんだがなぁ」
    「ご謙遜を。――あんたほど狡賢くて便利な情報屋も中々居ないわ。あんたも(・・・・)幾らもしないうちに呼び出すから,覚悟しといてね」

    そう言って笑った。
    やっぱり彼は苦笑。

    「考えとくよ。それより今は目の前の事にまずは集中しとけ。俺には判らんかったが,連中(魔鋼錬金協会)の敷設した魔導陣,かなり複雑だったぞ。――正直何が起こるかはさっぱりだ。」
    「わかった。あの二人――」

    そう言ってちらりと視線を飛ばす先には,こちらを伺っている男女一組。
    ケインとウィリティアだ。

    ――並んでいると絵になっているのが気に食わない。

    少し眉を顰めつつもミコトは言う。

    「あの二人,あれでも学院の逸材だから連中(魔鋼錬金協会)が何をしているのか,についての解析は大丈夫だと思う。」
    「お前さんと同じか。」

    笑いながら言う彼に,ミコトは苦笑。
    私はそんなんじゃないよ,と告げた。

    「自分が思ってるよりお前さんは優秀だ。…まぁ精々がんばってくれ。何も無いってのが最良なんだろうが――」
    「この様子じゃ,何もなさそうってのはちょっと希望的観測――かしら」

    男は深く頷いた。
    ミコトの携帯端末に映し出された映像を見る限り,決して楽観は出来ない。

    「まさか,魔鋼(ミスリル)を運んでたトラックが1台じゃなかったなんて」
    「それ以外にもスパコンが数台,移動式の衛星通信設備,発電機まで持ちこんでる。何も無いって楽観できる状況じゃないな。」

    うん、と頷く。
    彼はそんなミコトを見て肩をすくめた。

    「まぁ,俺からもこの情報は王国軍に回しとく。警告も含めてな。」
    「うん、そっちは任せた。…じゃぁそろそろ行くね」
    「がんばれよ,お嬢ちゃん」

    軽くてを振ってケイン達の待つ(ミニバン)へと向かう――ミコトの背中に彼の声が掛かった。

    「――まぁ,男取り合う仲ってのもありかもなぁ。彼氏も大変だろうに」
    「な――!?」

    ガバっと後ろを振り返ったが,既に大型二輪にまたがった(おっさん)は手を振りつつミコト達とは反対方向に走り出していた。

    「そ,そんなんじゃないわよ――!」
    「まーたなー」



     ▽  △

     ▽


    合同演習訓練。

    これは一年を通して開かれる講座だ。
    学院の戦技科を中心に主催されているもので,学内にとどまらず学外にも広く開講されている講座でもある。
    学院の戦技科を中心として第一,ニ,三,研究過程生から希望者を募る。
    学外からは軍への就職を希望する者,各地方都市の軍準拠の養成学校,退役軍人の暇つぶし,ミリタリーオタクなどなど底辺は果てしない。
    今回集まった人数は,ミコトによると全895名。
    かなり多いと感じるが,毎回この位の参加者は居るとの事だ。

    ランディール広原についた俺達は,軍から派遣されてくる一部隊が管理するゲートを事前に受け取っていたIDでパスしてくぐりようやくキャンプ入りを果たした。


    俺達3人の車中の雰囲気は―――,アレだ。
    思い出したくない。

    穏やかな言葉の暴力の応酬*2時間,とだけ言っておこう。

    ――どうしてお前等二人はそんなに仲が悪いんだ…!?


     ▽  △


    1000人弱の人数がこの広原の一角に集まっていた。
    直ぐ北にはちょっとした森林が広がり,その向こうには巨大な亀裂がその姿を現している。
    国境も近いこの周辺は,他国の密偵が出入りしたりしているらしい。
    数年前にも何度かこの辺りでそれらしき戦闘があったとかなかったとか。軍の公式発表には勿論載っていない。

    ともかく。
    北側に森,南側には広大な平原。
    東側は中央キャンプ。今回軍が敷設した合同演習本部で,西側は少し行くと亀裂の本筋が地平の彼方まで広がっている。
    北側森奥の亀裂は,本筋から枝分かれした部分だ。…それでも底が見えないが。


     ▽


    登録した班ごとに別れて学院出資の補給物資を受け取り,それぞれ1日半のサバイバルへの準備を整える。
    それがこれからの予定で,今すべき事だ。

    俺とミコトは学院で行っていたとおりチームとして登録するつもりだった。
    が,ここで"も"一つ問題が発生した。


     ▽


    「ウィリティアはどうするんだ?」
    「わたくしはまだ班は決めてませんの」

    ちょっと困ったように笑う彼女。
    これから班を決めると言うには――いささか心苦しいものがあるのだろう。
    話によれば,ウィリティアもミコトと同様に過去数回参加しているみたいだが,結構班編成には苦労していたみたいだ。
    学院でもそうなのだから,現地で班を組もうとなるとやはり大変だろう。
    なら――

    俺はフム,と唸り

    「ミコト」
    「…む、なによ」

    知らん顔しようとしても無駄だぞ。俺の目からは逃れられんのだ。
    …と言うか,知り合いなんだろおまえら。仲も良さそうだし。

    「ウィリティアも入れないか?」
    「ん〜〜…」

    途端眉をしかめる。
    こいつにしては珍しい反応だ。
    …ウィリティアも似たような表情だ,何でだろ?

    「…問題でもあるのか?」
    「問題は無いんだけど…」
    「問題はありませんのですが…」

    ちらちらと御互いを伺いながら俺の問いに二人は同時に答える。
    やっぱり仲良いんじゃないか?

    「なんかあるって感じだよな…」

    俺の呟きに,何故か二人は探るようにこちらを見つめ――同時に溜息。

    「そんなに大した事じゃないわ」
    「そんなに大した事じゃありませんのよ」

    同じタイミングが気に入らないのか,むぅーーと睨み合う。
    やめぃ。

    「んじゃ俺達は3人で登録,と。」

    本部に置いてあった登録用紙に書き込み,これで完了だ。
    不備が無いかを一通りざっと確かめ,OK。大丈夫だ。
    書類は受理され,俺達は正式なチームとして登録された。

    二人を振り向く。

    「まぁ,なんだ。これからよろしく頼む」

    改めて言うのはなんだか照れくさいが,恐らくこのなかで一番足を引張りそうだから一応精神防衛の為に一言言っておこう。
    俺の言葉に二人は笑顔で――

    「こっちこそ宜しくね,ウィリティアが足を引張らなければ良いけど――」
    「こちらこそそ宜しくお願いします。ミコトが自爆しなければ良いのですが――」


    ギッ!


    笑顔反転すさまじいにらみ合い。
    だからやめぃ。

    恐らく――これは限りない確信だが。
    倒れるとしたら心労が原因だと思うぞ,俺は。

    別のチームに入れば良かったかな…などと,言ったら殺されそうな考えが頭を掠めた。


     ▽  △


    今回の訓練の趣旨は"慣れる事"。これに限る。
    と言うのは,この講座は1年を通して続けられるもので、後半に移るほど訓練内容は厳しくなっていくらしい。
    前半――とりわけ初期は,これからの訓練について来れるかどうかを篩い分ける為の意味もあるという。

    今回のこの講座は,今年始まって3回目。
    一回目,二回目は基本的な道具の取り扱い方と多数対多数のゲーム形式の戦闘訓練,それと山岳地帯への登山とキャンプと言うものだったらしい。
    聞く分には楽そうにも思えるが――実態は全く違うとの事。軍から派遣されてきた教官が教官だからだろうか。
    説明するミコトは少々困った顔で笑っていた。その時参加していたらしいウィリティアもだ。


     ▽


    今回はサバイバル(生き残り)訓練。
    何がどう生き残ればいいのかと言うと,話は簡単だ。

    これから各自班毎の準備を整えた後,一度解散。そのまま自分達が思う方向へと散って身を潜める。
    ランディール広原全域に各チーム毎に"潜伏"し,遭遇した敵チームを潰す。
    ルールはこれだけだ。

    完全な遭遇戦。

    勿論積極的に戦わなくても良い。
    各地を転々としつつ明日正午まで逃げ回るのも一つの手段だ。しかし――
    その場合は教官の部隊,正規部隊から数人が"襲撃"に掛かるとの事。
    どちらにしても戦わなければならなくなる。

    遭遇戦,待ち伏せ,逃げ回って勝ちを取る。
    どれを選んでも構わない。どれも戦うというリスクを負うには変わりが無い。


    さて,俺達はと言えば――


     ▽
     
     
    「私達は,選択肢その3ね。」

    逃げまわる,とミコトは宣言した。
    それには理由がある。先日俺とミコトが話し合っていた"あの"件がらみだ。

    「何故です? 逃げ回らずに戦いを挑む,と言うのも一つの手ではありません?」

    第4の選択肢か。それは思いつかなかったなぁ…平和主義者の俺としては。
    決して避けてたわけじゃないぞ。

    「確かにこっちからの襲撃はありだとは思うんだけど…今回はパス。ちょっと気にかかる事があって,そっちを調べる方を優先したいから」

    だから気に入らなければ抜けてくださっても構わないんですよ,ウィリティアさん? とか言いやがった。
    ウィリティアは当然眉を顰める。

    「何をするかも言わずにチームを抜けるなんて出来ませんわ。―― 一体何を企んでいらっしゃるの?」

    それはそうだ。
    俺はミコトを見るとアイツも肩をすくめて見せた。

    「…ランディール広原(ここ)には今日…と言うか,ここ1週間くらい前から別のグループも入りこんでて,好き勝手に史跡周辺でなにかしてるのよ。それがどうしても気になるの。」
    「そんな連中放っておけば良いじゃないありませんか。」

    呆れたように言うウィリティア。俺もミコトもそう思ってはいるんだが,無視できない要素ってやつもある。

    「…その連中な,魔鋼錬金協会(フリーメーソン)らしいんだよ」

    俺の言葉にウィリティアは驚いた表情を作る。

    魔鋼錬金協会。
    一般には魔鋼(ミスリル)の製造を担う王国の公的機関だが,その前身は秘密結社(フリーメーソン)
    1000年前の旧ファルナ崩壊と王国動乱の原因を作ったとされる元凶で,凶科学者(マッド・サイエンティスト)達の集団だった。
    現代では何ら活動をしていない,ほとんど無害な連中なのだが――

    「彼等,今回の史跡調査に限って変な機材・資材を持ちこんでて,大規模魔導陣を作ってるみたいなのよ」
    「大規模魔導陣って…一体何をするつもりなんでしょう?」

    激しく困惑しているウィリティア。さもあらん。俺もミコトも混乱している。
    奴等なにを思ったのか,邪龍と英雄ランディールの決戦場となったクレーター跡地にスパコンと何かの通信設備,それに大量の駆動式を刻印したミスリルを持ちこんで装置を作っていやがった。
    ミコトが自分の代行で監視を頼んでいた情報屋から受け取った最終報告の映像――先程受け取ったものだ――にはその作業光景が映されていた。

    「意図がわからないし,本当だったら近づかないのが得策なんだろうけど。」

    ミコトは溜息一つ。

    「もう知っちゃったし,私の性格上――放っておく事って無理みたいなのよね」

    納得するまで私は動くよ,と苦笑。

    「俺もコイツに付き合うさ。一月前から色々と聞いてるし――まぁ誘われた手前こいつが居ないとここに来た意味が無いしな」

    実は気になる事実も多いのだが,直接関係するとは限らないし思えない。
    …それにもし,そっちの監視の法が楽ならばそれに越した事は無い。
    変な敵チームに狙われて喧嘩するよか遥かに安全だ。…教官の部隊から狙われることはあるかもしれないが。

    「…魔鋼錬金協会,と仰いましたよね?」
    「ええ。」

    何かを確かめるように言うウィリティア。
    ミコトが肯定すると,ウィリティアは うん、と一つ頷き,答える。

    「ならわたくしも同席させていただきますわ。」
    「良いのか? あんまり意味無いと思うけどな」

    俺の言葉に苦笑。それはそうでしょうけど,と前置きする。

    「魔鋼錬金協会は魔鋼(ミスリル)を誰よりもよく知る知能集団(シンクタンク)ですもの。わたくしも彼等が組み立てていると言う装置が気になりますわ」

    ふむ。さすが魔法科の天才だ。いつでも好奇心に富んでいる。
    俺はそれで納得したが,何故かミコトとウィリティアは――微笑みあっている?

    「あらあら。別に無理する事はないんですよ?ウィリティアさん。これは元々私とケイの(・・・・・)問題ですし,部外者(・・・)を付き合わせるわけにはいきませんよ」
    ケイとは半年以上の付き合いですから,と邪笑(わら)う。

    「いえいえ、お気になさらないで下さいな。わたくしが居た方が色々と助かるのではなくて? 装置の効果や特徴,何をしようとしているのか等は私とケイン(・・・・・)が一緒に考えた方が早いですわよ?」
    なんたって同じ研究班ですし,と邪微笑(ほほえ)む。

    ニコニコニコニコ。

    静かな――しかし確かな物理的な圧力を持った笑顔の恫喝。
    どちらも等しく――怖い。

    つか。


    「俺をダシにするのは止めてくれ…」


    限りない本音で俺はそうそう呟くのが精一杯だった。


     ▽  △


    「うわー,先輩コワ〜」

    学院の主催する演習訓練――そのベースキャンプを見下ろせる小高い丘の上に,ジャケットとレザーパンツ,安全靴で身を包んだ少女が双眼鏡を使ってキャンプの一角を楽しそうに見ていた。

    彼女はミスティカ・レン――夜の(リディル)の覇者の片割れ。
    EX(異端者)狂速の淑女(マッド・スピード・レディ)だ。
    カレンは,自分の住むマーシェル探偵事務所の所長――エステラルド・マーシェルからの任務で彼女(ミコト)をマークしている。
    最初はミコトの助けになることが出来ずにぶーぶー言っていたが,次第にこの状況を楽しんで――いや、受け入れていた。

    (リディル)からここ(英雄の丘)までの道中,それはそれは興味深い光景を目にする事が出来た。
    車中にはミコトと名も知らない男女一人ずつの計3人。
    まぁ大体予想はつくが,男を取り合ってミコト(先輩)と金髪の美人さんが争っていると言うのだから見物だ。
    音声までは聞こえなかったのが残念でならない。
    しかし,その戦闘は今もどうやら継続中らしい。激しく聞きたい。何を言い争っているのか聞きたくてたまらない――!

    「あーもう! こんな楽しそうな機会(イベント)なんて滅多にないのにっ! ジンのバカ,早く来て交代してよ―!」

    地団太踏んで悔しがるカレンの意志は本物だ。
    如何に夜の街を統べるEXの覇者(マッド・スピード・レディ)といえど――彼女はまだまだ17歳。年相応の少女に過ぎなかった。

    カレンの罵る同僚にして相棒のジン(凶速の渡り鳥)は,今現在王国最西部の軍事都市メティナに向かって移動中。
    ここからだと数百km遥か彼方の座標を彼の能力(EX)で吹っ飛んでいる。彼女の願いを聞き届けるものは――居ないと言う事だった。



     ▽  △


    さて。
    突然ではあるが,場面を少し変える事にする。

    都市リディル――1000年前に起こった王国動乱を乗り越えリディル砦を核として再建されたこの都市は王命により最優先で再建された。
    王の友,ランディールの願いでもあったという逸話も残っている。

    それはさて置き――都市の建設に当たって王命が発せられたとは言えど,王が直接再建の指揮を取ったわけではない。
    賢王は,動乱を機に王国全土にわたる抜本的な体制の見なおしを検討しており,そちらの方が重要な件だった。
    が,かと言ってリディルを放り出せるわけでもなく――その頃一番信の厚かった伯爵へと一任する事になる。

    アリュースト伯爵。
    賢王の友ランディールと同じく王国の英雄として名高い武人。
    剣を取れば一騎当千,それを振るえば必勝確実と言われるほどの豪傑だ。
    また王国への忠誠も確かで,普段は温厚な人柄。知に溢れると言う点でも彼は完璧だった。
    故に,彼は国王から授かったそのリディル再建を見事に成し遂げ,リディル伯と名乗ることを許される。

    以来1000年。
    体制は時代の必要とする形態へと臨機応変に変わりながら,今に至る。

    現在都市リディルは民主制を取っている。
    都市は市長が治め,都市議会が運営を担っている。

    だが,リディル伯と言う影響力はそれとは別に未だ色濃く残っていた。
    王国自体がまだ王制を採っていることもあるが,貴族の影響力は保有財源と言う面で発言権を大きく持つ。
    資本主義体系に移行している王国にしてもそれは変わらず,そしてリディルではそれが顕著に表れてもいる。

    現在の都市リディルは市長が治めている。それは確かだ。
    が,実際の形態はリディル伯が居て,その下に市長,都市議会があるというのが現状だったりもする。
    また,リディル伯は都市リディルの防衛機構――警察機構や軍の統括者でもある。
    それは,この街で絶対普遍の事実だった。

    もう一つある。
    現在のリディル伯は,ジェディオール・アリュースト伯爵と言う60過ぎの老紳士(爺さま)なのだが,彼は現在王国南東部の温泉地に高飛び――もとい調査及び実地検分している。
    その間の代行を務めるのは,彼の孫娘。

    彼女は8年ほど前の最年少学院次席にして,そして現在こそ引退をしているものの元宮廷師団戦師(ウォーマスター)
    "絶対殲滅"の異名を持つ,ディルレイラ・アリューストという女性だった。


     △

     
    リディルの北部には貴族の館が多く建つ高級住宅街がある。
    ウィリティアの住む館もこの辺りに建っている。
    そこから更に北へ数分ほど上ったところにある一軒の大邸宅。
    それがディルレイラの住む執務用仮設住宅だ。本宅は王都にある。1000年前から。

    彼女は現在24歳,栗色のショートカットに服装を黒系に纏めた美人。
    先日マーシェル探偵事務所にいた麗人こそ彼女だった。


     △


    ディルレイラは不機嫌だった。
    不機嫌の原因は一つ。
    いつもの事ながら,事務所の連中(主にエストのバカ)からよってたかって仲間はずれにされているのが気に食わないからだ。

    ――私だって,やれる事あるのに。

    ぶすーっとお茶を飲む図は,まぁそれはそれで可愛らしいものがなくはない。
    傍についている侍女が微笑ましく見ている。

    いつもいつもいつもいつも―――エストは私を仲間はずれにして自分達だけ楽しんでさ。学院の頃からいっつもだったわよね。まったく――

    思考は止めど無く。
    ぐちぐちぐちぐちと頭の中だけでエステラルド(想い人)を罵る。
    無論顔には若干しか出さない。滲み出るのは,まぁしょうがないだろう。

    「お嬢さま」
    「なに?」

    思考を中断,傍に控えていたメイドのサラが呼んでいる。

    「駐留軍より連絡員がいらっしゃいました。」
    「通しなさい」

    一礼して下がるサラ。
    その間にディルレイラは姿勢をただし,服装を整える。
    今ここに居ないジェディオール(爺さま)の代わりとして王都から呼び戻されてはや5年。
    宮廷師団を止めてまで戻ってきたと言うのに,ついた職は閑職。まぁ待遇は結構どうでも良い。
    当時は色々な事情が重なって,それでなくても戻るつもりではあったのだ。彼女にとって最重要な事は――エストと共に在る事なのだから。
    まさかリディル伯代行(厄介事)を請け負わされるとは思わなかったが。


    凛とした雰囲気――を無理やり纏う。

    上司たる者,部下に対しては一切の動揺を見せるべからず。

    彼女の持つ言葉の一つであり,今まで破った事のない決まり事の一つだ。
    責任ある者の努め。力ある者の義務。
    これはディルレイラにとって当たり前のことだ。

    「リディル駐留軍から派遣されたレイド・アーディルスであります!」
    「入室を許可する…入りなさい。」

     △

    「大規模魔導陣…」
    「は。今朝10時49分に王国所有の惑星監視衛星(古代遺産)で確認した所,ランディール広原にて確かにそのような布陣が成されておりました」

    先日のアレがらみだろう,とディルレイラは見当をつけた。
    それに関してはエストもカレンもジンも動いている。が――

    ニヤリ

    「し、司令官殿?」

    その雰囲気の変容を感じ取ったのか,レイドと名乗った兵士は若干冷や汗をかく。
    が,しかしそのおかしな雰囲気は瞬間で消えた。もとの冷静で落ち着いた気配が辺りを覆い尽くす。

    「…状況はわかりました。駐留軍にはコードG-HWPFIを発令。出撃体制で現状維持を。」
    「は。了解しました!」
    「私は直接現地に向かいます。…それ以降は追って指示する」
    「Yes,Mam!」

    有無を言わさぬ言で閉める。
    レイド青年は命令を伝えるべく急ぎ足で退出した。

    「やれやれ…」

    ディルレイラはふぅと溜息をつく。
    いつもながら軍の堅苦しい雰囲気は苦手だ。なんで通信でやり取りできないんだろう、と愚痴る。

    これはしょうがない。
    通信技術は便利なものには違いないのだが,送信する相手が貴族ともなると階級と身分制が枷となる。
    王国において階級制は別にあってもなくても構わなくなってきているのが現状なのだが,2400年も続いていると言う慣習からいまだに貴族に対する扱いは代わらない。

    身分差による対面は,実のところ上下関係が如実に現れている。
    通信で言うならば,貴族から平民にはモニター越しでも構わないが,平民から貴族へとなると,モニターや通話口越しではすまない。
    無論,これは公的な面会における場合だ,いつもいつもそうと言うわけではないのだが――

    「不便過ぎるシステムだわ」

    ディルレイラにしてみれば,これは改革に値すべき事なのかもしれない。
    情報が価値を主張するこの時代,何時までも旧式の儀礼に従うのもばかばかしい。後で国王に進言すべき事項にしておくと心に留める。

    それはともかく――

    「何かと,こう言う事には首を突っ込む口実に事欠かない職ではあるのよね…これも。」

    そう言ってにんまりと笑った。
    彼女(ディルレイラ)にとってリディル伯代行兼周辺防衛機構司令官代行は,その程度の価値しかなかった。


    そして彼女も一路ランディール広原へと足を向ける。



    >>>NEXT
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■100 / inTopicNo.20)  "紅い魔鋼"――◇十話◆中
□投稿者/ サム -(2004/12/20(Mon) 16:59:28)
     ◇ 第十話 『嵐の前の静けさ』中編◆



    完璧だと思われた襲撃は,相棒が仕掛けられた罠にかかってしまったときには既に崩されていた。


     ▽


    今回の演習訓練のために編成された(ファング)小隊,その2番チーム。
    構成メンバーは自分――クレイと相棒のロディの二人。
    任務は,サバイバル訓練の"追い込み"。
    逃げ回る訓練生たちを戦いに引きずり込むのが任務だ。巧みに逃げ回る彼らを捜索し,襲撃をかけるのが託された使命。

    数チーム撃破し終え,二人は次のターゲットを発見した。
    夜に差し掛かる時間。月は出ているが三日月と光源には乏しい。
    しかし襲撃をかけるには持って来いの状況だ。

    二人は実行することにした。

     ▽

    二手に分かれての襲撃。
    一方は囮,その隙にもう一方が敵チームを背後から襲うと言う常套手段。
    初撃で慌てた訓練生を制圧することは容易いだろうと楽観している。今までがそうだったのだからしょうがない。

    ロディとわかれ,クレイは既に目標(ターゲット)を視界に収めて高速且つ迅速,ほぼ無音で接近している所だった。


    途端,向こうで一瞬の光爆。
    次いで響き渡るロディの悲鳴。


    何が起こった…!?

    瞬間の混乱と同時にクレイは前方を移動する二つの影(・・・・)に向い攻撃を仕掛ける。
    本来ならば,襲撃が失敗した時点で行動を停止し状況をみることのほうが重要なのだろうが,クレイは聊か冷静さに欠けていた。

    二人くらいならば――!

    ソレがいけなかった。


    残り数mまで接近,影の二人はこちらには気づいていない。
    ここまで接近すれば,スピード差でこちらの攻撃のほうが魔法駆動よりも速く敵に届く。

    もらった――,!?


    衝撃・反転。
    視界が180度回転し,さらにもう反転――つまりは一回点した。

    攻撃に繰り出した抜き手――それを捕まれ,手首を支点に投げられたのだとわかった時には,地面に投げ出された。


    衝撃。
    詰まる息。
    地面に投げ出され,そのまま数m転がる事で衝撃を逃がす。


    おかしい、こちらに反応できる筈がないのに――!?

    体を起こし,早急に呼吸を整える。

    が。


    闇に佇む二つの影。

    三日月の晩。
    その光源が乏しいせいか,逆光になっているせいか――二つの影の顔は見えない。
    が,それが女性だと言うことはシルエットから伺えた。
    その二つの影は,軍人である自分達の襲撃を察知し迎撃して見せた…そして今。
    ゆっくり、ゆっくりとこちらへ向かって歩いてくる。
    二つの気配が,ニコリと嘲笑し(わらっ)た。
    確かに感じた。

    そして――
    自分がここで終わりだということを直感的に悟る。


    ロディは無事だろうか――それがクレイの最後の意識になった。



     ▽  △



    『索敵どうなってる!?』
    『わからん,何処から攻撃して来るんだ…うあっ!』
    『どうした,α2,α3応答しろ!』
    『敵,敵が後ろに!もうだめだ…!』
    『こちらα5,囲まれてる! 援軍は,援軍まだか!?』


    通信を傍受して聴く限りでは周囲は混乱しまくっているらしい。
    辺りは日が落ち、夜の闇が覆いつつある。
    北側森近辺に近いこの周辺,辺りは合同演習訓練のサバイバル(生き残り)戦が繰り広げられ,阿鼻叫喚の地獄と化していた。
    時折飛び交う火の玉や雷撃,緑光は魔法の残光だ。
    戦闘も起こっているらしい。
    戦闘の勝利条件は相手のIDを奪うこと。

    つまりは争奪戦だった。


     △


    「…東区仮座標AGFE2547ポイントで負傷者発生。救護班は急行せよ」
    『救護班T424了解(ラジャー)。これより急行する』

    運営本部は結構な賑わいを見せていた。
    通信装置から響く救援コールは結構多い。模擬訓練とは言っても戦闘には代わりないのだ。
    加えて夜が迫る現在の時間帯は景観の変化がかなり大きい。一番怪我人の増える時間帯域だ。
    今も救護班が現場へと向かった。ここ30分で4回目,結構な回数になる。

    全参加者900名弱。
    その全員が班を組んだと仮定するならば,最低でも前衛,後衛,支援の3人。数名で1チーム辺りの人数は平均で4〜5名。
    仮に5名で1チームを構成しているとするならば,900÷5=180。180近くのチームが戦闘をしている事になる。

    IDを奪われたチームは一度本部に帰投し若干の休憩と手当ての後,仮IDをつけて再出撃になる。
    つまるところ終わりはない(・・・・・・)


    また,教官の連れてきた部隊からも数チーム潜入している。
    彼等は新兵で,この時期に行われる訓練としては良い下地にもなる。
    無論本部で応答している後方支援要員たちも皆軍に入隊したばかりの新兵達だ。
    ここで実戦同様の応答をする事で経験を補い,次の訓練への足がかりにして行く。
    もしくは,負傷などで戦線を遠ざかっていた連中が勘を取り戻すのには良い機会になっていた。



    『本部,こちら(ファング)2…応答願う』
    「こちら本部,どうした?」

    通信士の青年は訝しく思いながらも答える。(ファング)は潜入中の軍側のチームだ。
    1チーム2名で構成されており,今回の訓練では"戦いを避けて逃げ回っているチーム"を検討して"追いこみ"を掛けているはずだ。

    (ファング)2、行動不能。至急救援を頼む』
    「…なに、事故か?」
    『いや。トラップに引っかかった。…こんな性悪なトラップなんて気づくかよ』

    何やら無線越しに吐き捨てる牙2のメンバー。
    彼らは新兵とは言ってもそれなりに訓練を積んでいるはずだ。その彼らがトラップに引っかかったということは――

    「熟練組みか?」
    『…いや。俺たちと大して変わらん位だった。恐らく――あれは学院の奴らだ』

    納得した。
    学院の生徒――恐らく戦技科の学生たちの部隊だろう。
    彼らは王国全土でもトップクラスのエリート集団、こちらの新兵の追跡を感知し迎撃するすべを考案していたとしても不思議ではない。

    「人数と構成、および装備などで報告すべき点は。」

    聞かねばならないのは、次につなげるための情報だ。これはいかなる場合でも適用される。
    軍事教練でならう初歩中の初歩。情報をより多く持っている者が戦闘を支配する。

    『人数は3,影から推測するに男女比は1:2。装備は不明。報告すべき点は――』

    口篭もる。
    何か言い辛いことがあるのだろうか――。そう言えばトラップに引っかかったと言っていたが,チーム二人が同時にかかるわけもない。
    なら,後一人は…?

    「おい,そう言えばもう一人はどうした?」
    『……。トラップで行動不能になったのは俺だけだ。クレイは――』

    クレイとは相方の名前なのだろう。
    …いやな予感がする。

    『――迎撃されて吊るされた(・・・・・・・・・)。奴らはヤバイ…救援を頼む。通信終了(オーヴァー)

    それを最後に牙2からの通信は切れた。
    いつのまにか静まり返っていた本部が――


    その雰囲気が。


    熱く,燃え始めた。



     ▽  △
     
     ▼ ▽


    日が落ちる前に食事をとった私達三人は,目的地――ランディ―ル広原の一角にある英雄と邪竜の決戦場――史跡を目指す事にした。

    史跡。
    クレーターを中心として,そのほぼ円周上に点在する5つの鉄柱。表面は短時間のうちに高温に曝されたのか,内側を向いている方向だけが溶解し滑らかになっている。
    鉄柱は5つ――しかし,本来は6本で完成系を見るはずだというのが通説だ。
    5本の鉄柱は,最後の一本が在れば正六角刑を形作るように配置されているからだ。
    失われた最後の一本の場所には,代わりに巨大な亀裂がその姿を見せている。鉄柱の用途は不明。大規模魔導陣の可能性もなくはないが,それを形成する主要物質である魔鋼(ミスリル)の存在したという痕跡は残っていない。
    つまり鉄柱の用途は不明。1000年前にこの場で散った英雄ランディ―ルのみが知る事実。
    クレーターを中心として配置された5本の鉄柱,そして巨大な亀裂。

    これらをすべて含めて"史跡"と呼ばれている。


     △


    現在史跡周辺に展開している組織がある。

    彼らは魔鋼錬金協会。

    その前身は古くから存在する秘密結社(フリーメーソン)であり、現在は王国経済の主要生産品魔鋼(ミスリル)管理する公的機関だ。
    魔鋼に精通しており,その生成法,物質特性,及ぼす効果,影響に関する洞察は深い。
    それと刻印技術においては右に出るものはいない。
    彼ら…魔鋼を扱うファルナの魔法使いたちは,皆等しく優秀な錬金術士(アルケミスト)達なのだ。

    その中でも学院と並ぶほどの知能集団(シンクタンク)が,彼ら魔鋼錬金協会の現在の実態だ。
    1000年前の組織と何が違うかというと――意識が違った。
    現在の彼ら(魔鋼錬金協会)は,倫理を無視するようなことは一切していない。
    以降1000年。
    彼らは王国に益することはしても,決して損をなすような結果を出したことはない。

    その最たる例が,50年前の第一次世界恐慌の際に提供した魔鋼生産技術。
    これによって王国の国際的な地位は一気に向上し,世界の主要国として世界政治に参加する王国として名を広める結果になった。
    それゆえの魔鋼錬金協会の公的機関化。

    少なくとも,疑うべきところはないように思える。
    この1000年,彼らはひたすらに研究し,国益になる研究を多数発表してきた。
    しかし――

    今回は,何かしら違う気がしてならなかった。
    歴史にのこる数々の魔鋼錬金協会の研究成果…それとは違った雰囲気を"ここ"では感じる。
    はっきりとした実感には至らずとも,不穏な空気を感じてならない。
    それを、"私の直感"が感じ取っている。


    何かが起こる。と。


     ▼ ▽
     

    「敵部隊接近中…,左右からフォーメーションC-3。装備はA-3DTR(最新ARMS)だ…しかしあれは欠陥品だったな。」
    『詳細は?』

    俺はA-3DTR…最近市場に出回り始めた銃型ARMS(魔法駆動媒体)のスペックと欠陥点を思い出す。
    あれは――

    「性能的には問題ないんだが,いささか攻撃が直線的になりすぎてる。後,防御概念が紙だから突破は易いはずだ」
    『了解』
    『承知しましたわ』

    俺――ケイン・アーノルドはここ一ヶ月で自作強化した複合魔法駆動機関(コンポジット・ドライブエンジン)の装備,多目的総合情報バイザーの暗視ゴーグルを通して周囲の状況を確認していた。
    前衛と後衛のミコトとウィリティアは前線だ。遭遇した敵の排除を行ってる。

    今遭遇した敵は,どうやらミリタリーオタク…リディルにある数多くの軍事戦闘同好会(コンバットマニア)のひとつだ。
    装備ばっかり最新のものが揃えられていて,まぁ見る分には俺は飽きないのだが。

    「身体強化を確認。タイミングを合わせて仕掛けてくるぞ」

    銃型ARMSの特性を考えると,自然とヤツラのとる行動が読めてくるのは修理工の俺としては当然の事だ。
    あれは攻撃特化の魔法駆動媒体(ARMS)
    確かに威力としては申し分ない一品では在るが,所詮1アクションしか保たない。防御魔法を展開するには概念が足りない。
    ゆえに―――

    「ご、ごほぅ!」
    「ぎゃああ!おたすけーー」
    「こ、ころさないでしにたくないしにたくない・・」


    こうなるわけだ。


     ▼


    周囲を包囲したつもりのオタク共が攻撃を開始した。
    ケイの言ったとおり,ヤツラの攻撃はマニュアル一辺倒の面白みのない物で,3対2という状況を有利に使えていない。
    一人は囮,残りの二人で一人を確実につぶす戦法でかかってきた。
    無難といえば無難だけど,これが通用するのは実力的に差がない場合のみ。

    「オタクと戦技科をいっしょにするな!」

    叫び,分断しようと接近してきた一人――私の方が強そうに見えたのかな…――を迎撃。
    やつは手前3mから発砲・同時に攻撃魔法駆動。炎性弾の投射。

    二回首を左右に捻って避けた。
    認識強化してるのだ,銃弾では当たらない。遅い魔法駆動でも当たるはずがない。

    「へ?」

    間抜けな声が聞こえる。
    しかし私はかまわず――腰の短剣を逆手に持ち,接敵・短剣の柄で鳩尾にきつい一撃を見舞う。

    それで敵は倒れた。


     ▼


    敵は二人。
    どちらも高速で迫ってきた。
    装備は充実しているらしく,恐らく暗視ゴーグルのみを格納した魔法駆動機関(ドライブエンジン)を装備していると予測する。

    ウィリティアはゆったりと体術の型を構え,とりあえず待つ。
    攻撃が直線的過ぎる。"銃"という攻撃属性がそうであるとは言っても,こちらも最低限の認識強化の補助魔法はかけている。
    銃弾など当たるわけがない。
    ちらっとみたミコトの戦闘のように首を捻れば交わせる程度でしかない。

    ――なんで銃なんて使い勝手の悪い武器を使うんでしょう?

    それだったら杖型の方がよっぽど趣と実用性が在りますのに――と場違いなことを考えつつ。

    敵が二人,夜の上空へと飛翔するのを確認。
    上空からの急襲は襲撃の基本。だが,この場合は襲撃とは言えない。
    むしろこちらの迎撃の機会だ。

    それをただただ見届けて――

    譲り受けた指輪型ドライブエンジンに魔力が伝わり,一瞬だけ手首部分の装甲外殻――篭手の外観を構成する魔力格子のみを仮想駆動(エミュレート)


    「駆動:簡易式:中範囲:風撃」


    魔法稼動。


    それで終わった。


    高速で魔法が駆動する。
    ウィリティアを中心とする半径10mで暴風が吹き荒れた。
    飛び上がった二人は攻撃に意識を集中していたせいか,吹き荒れる風に体を攫われ派手に地面に叩きつけられた。

    うめく二人組みに殊更ゆっくりと近づくウィリティア。
    その表情には微笑を浮かべつつ――

    「もう,おわりですの?」


     ▼


    「やれやれ…」

    俺は一息ついた。
    先ほど軍の追い込み部隊の二人を撃退してからやけに攻撃の度合いが増している気がする。
    奪い取った軍人のIDを見て,もう一度ため息。

    とりあえず今回の戦闘も無難に乗り切った。
    下ではミコトとウィリティアが掃討にかかっている。
    ミリタリーオタクの後方支援(バックアップ)も容易に方がついたようだ。
    意気揚揚とこちらへ向かってくる。

    「お疲れさん」

    ねぎらいの言葉を掛けるくらいは俺だってする。
    まぁ何もしてないしな。

    「どうって事ないわよ」
    「手応えがありませんわね」

    しれっと答える二人。
    しかしやはり,その手際はいい。
    意外だと思ったのはウィリティアの戦闘力の高さだ。これほどとは。

    「ウィリティアがここまで強いなんてなぁ」

    俺の言葉に,彼女は あら,と微笑む。

    「わたくし,まだ全然本気を出してはいませんわよ?」
    「…なんですと?」

    耳を疑う。
    あれで本気ではないと。

    先程の風系範囲魔法はかなりの高速駆動だ。俺の全力に匹敵する制御だとおもった。
    それを苦もなくこなしたウィリティアには,確かに余裕は見て取れたが――

    「本気のウィリティアは,私と同じ位強いわよ?」
    「…なぬ。」

    ミコトの何気ない一言に俺はフリーズ。
    ウィリティアは変わらぬ笑みを絶やさない。コメントもしないと言うことは,それが事実だということか。

    「果たして,ここに俺がいる意味ってあるのかね?」
    「あるわよ」
    「当然ですわ」

    思わず自分の不甲斐なさに呟いた一言に,ミコトとウィリティアは即座に返してきた。
    が,どうにも信じられん。

    「ケイがいなかったら,さっきの軍の二人の接近に気づかなかったし,結構危なかったわ。」
    「それに,ケインの設置したトラップが功を奏して楽に彼らを排除することができたのですし」

    そうなのだろうか。
    うーむ。

    「悩むことなんてないよ。…その,私が選んだんだし,ケイは必要なの」
    「悩むことなんてありませんわ,ケインはすばらしい成果を上げてます。…わたくしが見込んだだけの事はありますわ」

    もじもじと。
    だが,お互いの言葉に反応して即座に睨み合いを開始する。

    いや,いい加減それはいいから。
    それに,そんなに俺を買かぶらなくてもいいんだが。

    「とりあえず」

    俺の一言に,二人の意識がそれた。

    「これからどうする?」
    「そうね。なんか襲撃が頻繁になってきてる気がするし…」
    「そうですね。」

    実はミリオタの襲撃は,前回の遭遇戦からまだそれほど経っていない。
    気づかれないようにと極力光学系の魔法は使っていないのだが,先ほどの炎性弾の魔法でこちらで動きがあった事はばれているだろう。
    この後襲撃,もしくは遭遇戦になる確率は結構高い。
    となると,これに対処する最適の策は――


    「罠かな」
    「罠だね」
    「罠ですわね」


    そう言うことだった。



     ▽  △



    数分後。
    三人の学院生との交戦があった区域に"後続部隊"が到着する。
    すでに"敵三名"はその場を去った後であり,向かう先を特定するために付近の探索が始まった。

    周辺はちょっとした丘の下。
    上空には三日月が出ているが,光源としては乏しい。
    本来ならば暗視装置をつけ姿を晒すことなく痕跡を捜索をしたいのだが,今回は訓練だ。

    "お前等を捜しているぞ?"

    と言う威圧を篭める意味で,光源をつかった探索が行われることになっていた。
    が,それは失敗だった。

    しかも結構致命的な。


     △


    ――光爆。

    丘を二つほど戻った地点で"仕掛けた罠"が作動した。

    「おー」

    光学系の設置駆動式。
    地面に書いた駆動式に魔力反応流体金属(エーテル)を垂らし,駆動式として効果を持たせる。
    発動のための魔力は魔力誘導結線(マナライン)を少々細工し,"周囲の状況変化"にあわせて魔力を供給すると言う駆動式を編んでおいた。

    "周囲の状況"の初期設定値は"暗闇"と"熱量"。
    明るくなったり,人数が増えて設定した領域の熱量が一定を超えたりすると設置した"複数の"駆動式が連鎖反応。
    先程の光爆につながるわけだ。


    と言っても,さすがに殺傷能力を持つものではない。
    精々目くらまし程度の効果しかもたらすことはないのだが…

    「しかし,あの連鎖光爆だと」
    「うん、確実に前後不覚になるね」

    その程度ですめばいいが,と言うのが正直なところだ。
    多少汗をたらしながら半眼でその光の影を見る俺とミコト。
    コメントは的確だが,どこか棒読みなのはしょうがない。

    強いストロボ光を目の前で瞬時に複数回たかれてみればわかる。
    光と闇の点滅は,情報の7割を取り入れる機関――視覚にダイレクトに伝わる。
    連鎖する光と闇の切り替えは眩暈・吐き気・失神をもたらす要素となりうる。
    それを狙っていたとは言っても――


    「ちょっと…やりすぎたでしょうか?」


    何故か光爆を見つつ微笑むウィリティア。
    効果の発案者は然程気にしていないみたいだ。


     △


    「うわわ,やるねー」

    三人の進む丘からちょっと離れた地点。
    ミスティカ・レン(マッド・スピード・レディは)はその光景を見ていた。
    すさまじい光が瞬間で8回瞬いた。付近に居たとしたらダメージは大きそうだ。

    「先輩もとことん容赦なくなってきたっぽい…昔の反動かな」

    ちょっと冷や汗を垂らす。
    おもしろ半分でからかうと痛い目にあいそうな感じ。気をつけよう。

    カレンのEX特性は加速力。
    その性能は夜間という状況と相俟ってこの周辺一帯を彼女の領域に仕立て上げている。
    どこに居ても気づかれずに高速で移動可能な彼女の力は,隠密行動に特化していた。

    それ故に,朝から気づかれずにずーーっと3人をマークしつづけている。
    無論ご飯などの携帯食も完備していて抜かりはない。

    「これはこれで寂しいけど…」

    レーションを齧りながら呟く。
    暗視ゴーグルの先に居る三人の影は、遠回りながらも着実に"史跡"に近づいている。


    「さてさて。何が待っていますやら…」


    カレンも行動を再開した。



     △


     ▽  ▼



    「実験開始。」

    史跡に設置されている魔鋼錬金協会の仮設本部で命令がくだされた。
    指揮を取るのは長身痩躯の老人。その瞳は鋭い眼光を放っている。

    彼は探求者ルアニク・ドートン。
    現魔鋼錬金協会長であり,公的機関として立ち上がった初期のメンバーの最後の一人。
    そして――また,彼は最後の錬金術師(フリーメーソン)でもある。


    「実験開始します」
    「電力供給開始」
    「古代都市との情報接続(リンク)開始」
    「衛星通信網,開きます。」

    オペレータの確認と同時に作業開始。
    発電機の回る低い駆動音が周辺を覆う。
    同時に,仮設移動式本部に設置されているスーパーコンピュータに光が灯った。

    次々に灯るモニター。

    セットアップされるOSと,起動する各プログラム。
    これらはすべて過去の古代都市から復元された科学技術の一端だ。

    外部に設置されているアンテナから,虚空へ向けてコマンドが発信される。
    衛星で受信したコマンドはそのまま反転し地表へ向けて再送信。
    ファルナ郊外の魔鋼錬金協会管理の各種施設の中に極秘に設置されている衛星アンテナで受信し,実線を持って地下に埋もれる都市のメインコンピュータに送られる。
    コマンドを受け取った古代都市のメインコンピュータは,そのコマンドにしたがってデータを検索・再送信。
    逆の経路をたどってこのランディ―ル広原の仮設本部のスーパーコンピュータで処理するまでにかかった時間は,ほんのナノセカンド(10の9乗分の1秒)

    「データ受信完了。モニターに表示開始」

    応答と同時にモニターに映し出されたのは,遺産がもたらす科学技術――現在のこの周辺のエネルギー変位を示す数値を画像化したものだ。

    「第二段階,開始」
    「第二段階開始します。」

    クレーターの内円部にソーラーパネルのように設置された魔鋼(ミスリル)
    それら一つ一つに導通している魔力線(マナライン)を介し,中央制御装置に設置された"杖"から魔力が供給され始める(・・・・・・・・・・)
    膨大な魔力は一瞬ですべての魔鋼を活性化。刻印された駆動式を稼動させ始めた。

    「第二段階成功。」
    「よろしい」

    ルアニクはその光景を見ながら,しかし瞳の眼光を緩めない。
    衛星からの状況観測値を報告させる。

    「エネルギー場に変動は」
    「現在,初期値にて安定しています」

    魔力のみの反応では周辺のエネルギーへの直接への干渉はない。
    それはわかっている。
    駆動式を稼動させ,事象への干渉――現象として発生させなければ意味がないことは。

    「第三段階,開始」
    「…第三段階,開始します」


    オペレーターの手元が忙しくなり始めた。
    さまざまな各種コマンドを打ち込み始める。それは衛星へのコマンドではなく――

    「魔鋼活性化開始。」
    「駆動式展開開始。」
    「状況シミュレート開始。」
    「魔導陣と衛星との通信回線の接続(リンク)開始。」

    周辺の状況に変化を起こす(・・・)ための各種操作。
    それは――


    「情報統合開始,魔導陣中央制御装置と衛星へのリンクを試行。」


    惑星監視衛星の蓄えてきた過去1000年のエネルギー変動の状況を,展開した駆動式を通し現象としてシミュレートする魔導陣だった。




    ―――・試行開始 ・・・・・成功(ヒット)




    「試行成功。…限定領域情報再現機構(シミュレート・ドライバ),作動開始します。」




    その言葉に,ルアニク(錬金術師)は深く頷いた。



    >>>NEXT
引用返信/返信 削除キー/
■102 / inTopicNo.21)  "紅い魔鋼"――◇十話◆後
□投稿者/ サム -(2004/12/23(Thu) 14:08:28)
     ◇ 第十話 『嵐の前の静けさ』後編◆
     
     
    ――光。

    駆動式を構成する光が,そこに起こった。
    それは空中で絡み合い,複雑に接続し―――ひとつの光の文字で構成された球となる。


    儀式。

    大規模魔導陣――。


     ▽


    過去数度行われた魔導陣の研究と実践は,そのいずれも失敗に終わっている。

    理由は単純。
    それを制御しきるモノがなかったと言うだけの話だ。
    数千の魔導機関――数多の基礎駆動式の構成状態をすべてに管理しきる程の知能(処理能力)を持つモノは,そのときは居なかった。
    が。

    ――古代遺産。
    これの応用は盲点と言えただろう。
    そして,実際に応用に漕ぎ着けるとするならば――それだけの知能知識知恵をもつ団体は数少ない。

    ひとつは王国工房。
    れっきとした王国直属の研究機関で,ドライブエンジンのブラックボックス,閉鎖式循環回廊を完成させたところだ。

    ひとつは王国工房と提携する,各ドライブエンジンメーカー。
    最近では工房に匹敵するかと言われるほどの先端技術を独自に開発,応用・実用化しつつあるとも言われている。

    そしてもうひとつ。
    王国に属する公的機関,魔鋼錬金協会。
    魔鋼(ミスリル)の量産体制を整えた唯一の機関であり,その技術の一切は不明とされていた。
    彼らは知者であり,それゆえの錬金術師(アルケミスト)
    構成メンバーの一人一人が膨大な知識を有し,総称してこう呼ばれている。

    ――頭脳集団(シンクタンク),と。

    今の魔鋼錬金協会を治める人物は,それを公的機関として立ち上げたときから参加していたメンバー,"探求者"ルアニク・ドートン。


    その彼が,動き始めた瞬間だった。


     ▽

    光の文字で描かれた球形魔導陣が突如進行先の上空に出現した。

    それを見た瞬間,三人はそれぞれの魔法駆動機関(ドライブエンジン)を稼動させていた。
    もうなりふりなんか構っていられない。
    三人は頷き言葉を交わす事無く同じ動作に入る。

    「駆動:開放:増設脚部ユニット」
    「駆動:仮駆動:"隠者(ハルミート)":脚部ユニット"疾風"」
    「準駆動:"精霊(スピーティア)"」

    三者三様のドライブエンジン。
    それぞれの状態に合わせ,ドライブエンジンを開放した。

    ケインはデバイスに格納した追加ユニットを多重起動。
    ミコトは"おばあちゃん"から譲り受けた腕輪のドライブエンジンを部分駆動。
    ウィリティアも母から譲り受けた指輪のドライブエンジンを制限駆動。

    三人とも高速機動ユニットを展開した。
    転じて疾駆開始。
    今までとは打って変わって魔法駆動による重力変化・一定方向への連続加速制御による巡航機動(クルーズマニューバ)に移る。
    脚部ユニットの下部――足の裏面に展開した仮想力場で三人の体は銃弾のようにすっ飛んでいく。


    「ケイ、ウィリティア! あれ読み取れる!?」


    展開した大規模魔導陣を睨みながらミコトが叫んだ。
    みるみるうちに巨大化するアレは,各所に投射された式がそれぞれ独立に展開を開始し始める。
    いったい何で制御していると言うのか。

    「式が込み入りすぎてわかんねぇ!」
    「もう少し近づかなくては…!」

    距離が遠すぎて如何せん魔導陣の構成の大部分の魔導機構(駆動式群)が読めない。
    イコール,陣の効果がわからない。
    直感は,"アレは危険だ"と叫んでいるのだが,何がどう危険なのかがわからないと逃げようにもどこまで逃げれば良いのわからない。
    ならばやはり,直接近付いて確かめるしか道は残されていないと言うことか。

    く、と歯噛みする。
    状況は始まってしまったらしい。どうにもこうにもいやな予感がしてならない。
    それは勘ではなく,たしかな確信に変わりつつある。
    近づかない方がきっと得策なんだろう。でも――

    「ごめん、わがままだろうけど…あれを止めないとヤバイことになる気がする!」
    「具体性がありませんが,膨大な魔力の流れと式の展開の速度を見るからに…人が制御しているわけではないようですね」
    「持ち込んだスパコンを使ってるんだとしても,いったい何をしようってんだか」

    何も言わずに私のわがままに付き合ってくれるケインとウィリティアに感謝する。
    正直うれしい――が,素直に言うには照れくさい。

    「埋め合わせは後でするね」

    だからそう言ってごまかして見せる。

    「あら。楽しみにしていますわ」
    「精々期待しないで待ってることにするよ…」

    三人で同時に苦笑。
    ひとまずそれは置いて置く事にしよう。
    今は――

    「急ごう」

    私の言葉に二人が頷く。

    「ええ。」
    「おう。」


    一路,魔導陣へ。


     ▽


    「ちょっと,なにあれ…」

    カレンも現状は把握していた。
    しかし,状況はわかっていない。

    わかっている事は,史跡上空に現れた魔導陣が信じられないくらいの(・・・・・・・・・・)魔力を発生させ,それを元に形作っている"式"を駆動させようとしている事,くらいだ。
    状況はわからない。
    これからどうなるかも想像できない。
    駆動式ははっきりと見えるのに,彼女にはそれを理解するだけのキャパシティがないからだ。

    彼女――ミスティカ・レンはExclusive。
    EXは生体魔力変換炉と単一駆動式しか持たず,それのみを使うことができる。
    それゆえの無制限魔力量と,限定効果魔法駆動と言う両極端な能力を持つ。

    突出した一つの才能。
    しかし,逆に言えばそれ以外のすべての魔法が使用不可能。

    彼らEXは汎用駆動式の稼動すらできない。
    自分のもつ単一駆動式以外は理解不能だからだ。これは才能でも何でもない。生まれつきそうだ,と言うだけだった。

    それ故に,カレンには空中に浮かぶ巨大な魔導陣の示す効果が何なのかはわからない。
    しかし――

    「あーもう! 先輩達行っちゃった…私も行かなきゃだめ!?」

    叫びつつも行動態勢に入る。
    無自覚で力場展開・加速準備。

    それは無意識の"魔法行使"に他ならない。

    精密精工な駆動式が一瞬だけ彼女を包み,瞬間。
    彼女の姿はその場から消え去っていた。


     ▽


    「高速接近するドライブエンジンを感知,数は3」
    「モニター廻せ」
    「北東部より接近中…S95監視区域に入る。」
    「確認。映像解析開始・照合開始」

    一連の報告が数秒で上がる。
    発令以降モニタリングしていたルアニクは,その報告をその場で聞いていた。

    接近する三名のDエンジン使いは,恐らく北部で演習訓練をしている軍がこちらの状況の変化を感知し偵察に向かわせた兵だろう。
    偵察,情報の収集,撤退の三拍子ですぐさま帰投するはずだ。

    ルアニクはそう予測した。
    が。

    「照合完了,北部地域で行われている演習訓練に参加していると思われる学院関係者です。」

    ――なに。

    「映像,出ます。」

    巨大なメインモニターの一角に縮小表示される三人の男女。
    三人はそれぞれが別々のドライブエンジンを展開し,広野を高速で移動していた。

    「――ほう」

    内二人の女性が身に纏っているドライブエンジン――その装甲外殻(アーマード・シェル)に興味を惹かれる。

    一人はドライブエンジン内に格納してある装甲外殻(アーマードシェル)の脚部のみを顕現,装着稼動している。
    もう一人は,装甲外殻の格子部分のみを魔力線(マナライン)で構築し,全身に仮想展開している。

    どちらもまだまだドライブエンジンを使いこなせていない証拠だ。
    魔力不足と言う理由もあるのだろうが――

    「まだ,未熟だな」

    85歳とは思えない張りのある声で呟く。

    ――しかし,当初の想定よりも早く反応する者が現れるとは…

    まるでこの事態を予測していたような迅速な行動。
    "強力な"魔法駆動機関(ドライブエンジン)の準備。
    自分の予測を超える行動を見せた彼らこそが,予測しうる最大の不確定要素のだろうか,と思考する。

    もし,そうであるならば。


    「私が向かおう」
    「先生?」

    ルアニクの言葉に,オペレーターを含む全員が振り返る。
    魔鋼錬金協会の長である彼――ルアニクは,ここに居る全員にとっての教師でもあった。

    「なに,無理はせん…いち早く事に気づいた者にはそれなりの講義を開くのが私のポリシーでね」
    「そう言えば,そうでしたね」

    この場に居るルアニクに次ぐ責任者,ディヌティスが苦笑する。
    彼はルアニクの側近にして次期魔鋼錬金協会長とも噂される人物。
    錬金術士にありがちなアンバランスな性格ではなく,知識知恵,精神のバランスのとれた人格者だ。
    人脈も広く,また同僚達からの信頼も厚い。

    「ディヌティス,状況に予定外の変化が見られるようだったら君の判断で――」

    ルアニクは中央制御装置の核として膨大な魔力を放出している,魔鋼錬金協会に伝わるうす紅い杖を一瞥した。

    「アレを持って退避したまえ。どのみち,私が予定している状況が発動してしまえばそうなることではあるが。」
    「わかっています。先生は気兼ねなく,ご自分の研究を完成させてください…それが,私達の願いでもあります。」
    「すまんな…。こんな老人の我侭に付き合わせてしまって」

    いえ、と言うと,そろって彼らは苦笑する。

    「このような二大技術の粋の実地検分に立ち会えるのは,むしろ光栄の極みです。――後は,お任せを。」
    「頼む。」



    そして,ルアニクはその場を後にした。



     ▽  △


    疾駆する三機のドライブエンジン。
    わずか数分で魔導陣の広がる上空の真下――史跡へと接近しつつある。
    ミコトの限定駆動状態(ハーフ・ドライブ)された疾風(ハヤテ),ウィリティアの仮想全展開駆動(エミュレート・ドライブ)された精霊(スピーティア),そしてケインの複合魔法駆動機関(コンポジットドライブエンジン)に追加された高機動ユニットは,それぞれ同一の高速機動魔法を稼動させながら最後の丘へと差し掛かった。


     △


    「ウィリティア,人工精霊の電子解析は使えない!?」

    ミコトの叫びにウィリティアは首を横に振った。
    ケインが隣から叫びながら答える。

    「魔導陣の構成駆動式全部が電子解析不能に細工(暗号処理)されててデジタル(科学技術)じゃ見れない,しかもこの距離だと俺達の主観にも望遠暗示効果が掛かってて式の認識が阻害されてる,もっと接近して肉眼(アナログ)で確かめないとハッキリわからん…!」
    「ち,やっぱそうか…」

    ミコトは先ほどからの自己解析不能の原因を理解した。
    どうにも人口精霊ロンからの回答が"解析不能"と提示されるわけだ。
    つまり,あれは最低限の機密保持処理と言うこと。
    しかし――

    「この丘をジャンプ台にして一気に接近するよ!」

    ここで一気に距離を詰める。
    陣の解析と対処はウィリティアとケインに任せたほうが良いだろう,その方面に関しては素人の自分がでしゃばるよりも遥かにましだ。
    そして,それ以外の雑事は私が請け負わねばならない。

    「これだけ大規模な陣を展開するくらいだから,妨害はあるって考えてて!すでにもう気づかれてると見ても良いかもしれない,もし迎撃されたら私が引きうけるわ!」

    これが最善だ。
    意図を察したのか,二人は反論なく頷く。

    「わかりましたわ!」
    「…わかった,情報を収集した後できるなら陣の停止,無理なら撤退か?」
    「そ! 多分そんなに時間はないから,ベースキャンプに戻って早めに再出撃になるけどね…!」

    そう言いつつも丘の上りに差し掛かった。
    助走距離は十分。
    三機のスピードは一気に上昇し,丘を踏み切った…,…!?


    三日月の浮かぶ虚空に飛び出した三機のドライブエンジン。
    そして―――正反対側から同じく猛スピードで迫りくる一つの影。

    認識できたのは――



    「二人とも,先行よろしく!」



    ミコトだった。


     ▽  △


    ほぼ同等のスピード。
    正反対のベクトルで交差した二つの影は,その接触の瞬間に発生した膨大なエネルギーを余剰魔力に変換して虚空に散らせた。


    接触の瞬間,ミコトは意識下で発動させた己の型――円舞(システマティック・オートカウンター)での迎撃が,相手――徒手空拳だった老人の拳をいなした。
    しかし――
    直感に従って(・・・・・・)展開部位を肩から両腕にかけての胸部装甲外殻展開(ブレスト・アーマーモード)に切り替え,更に魔力を集中していなければそれも危うかった,と衝撃に痺れる腕が証明していた。

    「つぅっ!」

    口の端に上る苦痛を無理やり押し込め,一瞬前に踏み切った丘の頂上部分へと降り立つ。
    無論,衝撃はすべて無効化(キャンセル)済みだ。
    それは相手も変わらない。

    痩躯の老人が一人。
    三日月と,その下で展開されている魔導陣を背にこちらを見つめていた。

    「…あなたはどなた?」
    「君こそ何者だね?」


     ▽  △


    最後の丘をジャンプ台に,俺は虚空へと飛翔する。

    ――駆動:重力中和:飛翔

    駆動式の稼動(ドライブ)と同時に地面を踏み切る。
    タイミングは,今回の演習のために改造した俺の両手の複合魔法駆動機関 (コンポジット・ドライブエンジン)を制御する補助電子AIが実行している。問題なし。


    虚空――夜の闇が覆った三日月が綺麗な空間。その眼下に広がる光景――巨大な魔導陣。
    今まで見てきたどの実験のスケールをも圧倒するその巨大さ。まさに異様だ。

    上空から見てわかった事がある。
    球形の魔導陣の直径は,その真下にある史跡――クレーターとその外周にある5本の鉄柱を含むほどの大きさ,つまり直径300mほどはあると言うことだ。
    近付くことで望遠意識妨害が弱まり,陣の概要が大まかにつかめてきた。これは――

    と、ミコトが突然突出。次いで言葉が俺達に届く。

    「二人とも,先行よろしく!」

    ハッして前方を認識・確認。
    次の瞬間には激突による魔力の放出現象が起こり,一瞬だけ空中を緑光が満たした。


    ――迎撃。
    なら,先ほどの予定通り俺達は陣の稼動を阻止するために先行しなければならない。


    墜落した二つの影は,しかし何事もなかったかのように今踏み切ったばかりの丘の上に着地・相対していた。
    ミコトが請け負ったのは,敵の迎撃の足止め。


    俺達は俺達の出来ることをしなければならない。しかし――

    アイツ一人に戦いを押し付ける苦しさ(・・・・・・・・・・・・・・・・・)
    軋む心。

    「…くっ」

    意識を無理やりに切り替えた。

    まずはやれる事をやる。
    そしてやらねばならない事をやる。
    それが迎撃を請け負ったミコトへの援護にもなるはずだ…!

    視線を隣――ウィリティアへ。
    彼女も似たような表情をしている。考えることは同じか,でも今は――

    「先を急ぎましょう」
    「わかってる…!」


     ▽  △


    「情報統合完了。接続状況(リンク)安定。システム順調に作動中」
    「連動実験に移行する。各設定値(ステータス)の確認後,予定されたデータと魔導陣の接続状態を報告。」
    「了解,設定値確認」
    「格納データ確認」
    「接続状態良好」
    「衛星監視システム順調に作動中」

    ディヌティスの命令に,周りのオペレータの復唱が続く。
    いよいよ連動実験。これからが,いよいよ本番だ。
    本来ならば,先生がこの場で指揮を取るはずなのだが――と渋面を作るが,それは先生(あの方)自身の選んだ選択であって,それが間違っているはずがない。
    今までがそうなのだったのだから,託されたこの場の指揮に間違いはない。

    ディヌティス――だけではなく,魔鋼錬金協会の協会員は,皆,会長であるルアニク老を信頼し尊敬している。
    類稀なる知識,知性,穏やかな性格,そしていつでも何かを求める飽くなき探求心。
    90に近い年齢だと言うのに,それを感じさせないほどの健康体。
    教えを請えば厭う事無く知識を分け与え,些細な疑問にも何らかの提示を残す。
    しかし決して答えは教えない。
    曰く

    『答えとは…いつもここにある』

    そう言いつつ穏やかに自らの胸を片手で押さえるのが師・ルアニク・ドートンの癖だ。
    その仕草の真意はいまだにわからないが――いつかわかるときが来るのだろうか,とディヌティスは思っていた。
    決して答えを提示しない師は,いつも何らかの切っ掛け(ヒント)を残してきた。
    その仕草,その言葉の意味。
    それを考えるのが――今後の私達の最大の課題なのかもしれないな…そうも思い苦笑する。

    「全設定値(ステータス)確認作業終了。」
    「…よろしい。それでは連動実験に移る…データリンク,開始。」
    「データリンク開始します。設定値入力開始」



    実験工程最終段階,開始。



     ▽  △


    自分は近接攻撃メインの格闘タイプ。
    戦闘において戦闘方式(スタイル)を認識することは重要な要素だ。
    それは自らの長所と短所を把握することにつながるのだから。それは局地的な戦闘においては勝敗を左右する重要な要素に成り得る。

    私は半年前――自分の魔法の稚拙さを"実戦"によって痛感した。
    別に使えないと言うわけじゃない。
    しかし,彼女――EXの魔法行使はそれほどの高みにあった。

    それだけではない。
    戦闘における瞬時の判断、決断、実行力。
    伴う魔法の選択,威力。
    どれを取っても自分を遥かに凌駕する実力。
    戦闘訓練で見せていた武器の扱いを初期設定に魔法と言う変動値(パラメータ)を与えることによって数倍にも数十倍にも飛躍する戦闘能力。
    しかし,天性のものだと思っていた圧倒的な力の正体とは,実は全てがその"基礎力"に集約されていた事に気づいたのはここ数ヶ月だ。


    『魔法とは付加要素に過ぎない。しかし、局面を打破するには重要な要素でもある。』


    言葉の意味はわかっていても,実感を伴わねば意味がない。
    自分は実は何もわかっていない。それが現状での最大の理解。精一杯の認識。

     △

    そしてそれを再確認させる状況が――今このときに他ならない。

    目の前の老人。
    彼は先ほど私達三人を迎撃し,しかし私が留まることで二人を逃すことは出来た。


    ミコトは冷静に状況を把握する。


    ――実力の差は圧倒的。
    まともに戦っても負ける、奇策は通じない。手は今の所ない――これからもない。


    圧倒的な実力差の前には,魔法と言う変動値も意味をなさない。
    現実は数学や計算では成り立たないが――しかし、覆り得ない現実があるということもまた事実。


    場の停滞とは,圧倒的な実力差のある者の余裕により成り立つ。


    一つの真理だ。
    拮抗した力を持つ相手以外で膠着する状況を考えるならば,圧倒的な実力差における敵の驕りが擬似的な膠着状態を作ることはある。が――
    目の前の老人には,恐らくそのような驕りも油断もない。
    しかし勝負を決め,先行した二人を追わないということは――

    「…わたしに何か御用でも?」
    「状況の認識と判断力にも富んでいる…優秀な生徒だな」

    静かに微笑む老人。

    そして――
    その背後の魔導陣が淡く光り,輝き始めた。


     ▽   △
     

    「稼動し始めた…!」

    光を発しながら直径300mの巨大な球形魔導陣の駆動式群が構成する軌道を回転し始めた。
    それ以外の部分でも,周りの式に合わせて式の形態を変えつつ効果を発揮するための態勢を整えつつある。

    広がる眼下の光景――魔導陣が,突如意味を発した。
    それはすなわち――

    「遠隔主観妨害が切れましたね。"スティン",解析開始(アナライズ・スタート)
    『Yes』

    応答したのはウィリティアの魔法駆動機関(ドライブエンジン)の人工精霊スティン。
    すぐさま仮想駆動(エミュレート・ドライブ )中の仮想外殻装甲頭部に組み込まれている解析装置を起動・解析開始。
    結果はすぐにでもわかるはずだ。

    「ざっと見た感じ…あれはシミュレータか?」
    「ですわね…それでも規模が大きすぎる気はしますけど」

    高速で接近しているはずなのに,依然として距離感がつかめないほどの異様さを誇る巨大な魔導陣。
    認識妨害の効果範囲外に入り込んだ事で式の意味を読み取った二人は,同一の結論を出した。

    解析完了(コンプリート)
    「共有領域に公開表示」
    『Yes』

    視界を覆う半透明のバイザーに表示される解析結果は,チームをつなぐネットワークを介し全員で共有される。
    全員が同じ情報を共有すると言う事は,戦場において有利な状況を作り出すことが出来る。
    電子制御を導入されている魔法駆動機関(ドライブエンジン)だからこそ出来る特徴でもある。

    と,解析結果を見たケインが疑問の声を上げた。

    「これ,ちゃんと稼動するのか?」
    「,…これは」

    ウィリティアも"その部分"に気づいた。
    巨大だけれど緻密で精巧な,一つの芸術とも言えるこの魔導陣。
    しかし,解析した結果からとんでもない欠陥を見つけた。というか一目瞭然だ。

    「空白の式がある…?」
    「いや。…どうやら何かの設定式が代入される感じだ。」

    効果発生時刻の設定式のつもりだろうか? と頭をよぎったが,それはすぐ消した。
    世界そのものに干渉する"魔法"は刹那のものだ。
    式を維持する魔力によって多少の継続は可能になるが,それは"時間"とはまた別の要素に過ぎない。
    そもそも,"時間"がヒトの生み出した概念に過ぎない以上それを"世界"に適用する事は筋違いだ。
    しかし,これはどうみても――

    「…考えても埒があかない,とりあえず制御装置を捜そう」
    「…そうですね」

    釈然としない思いを抱きながら,二人は異様を誇る魔導陣へと最後の加速に入った。


     ▽   △


    「まずは何が疑問聞く事からからはじめよう。聞きたい事はあるかね?」

    老人は,まるで講義をするかのような口調でそう切り出した。
    見た目60代くらいのその男は,まるでこちらを試しているような雰囲気も感じられる。
    ミコトは数瞬考え,即座に疑問を提示した。

    「あなたは誰ですか。」
    「ルアニク・ドートン。アスターディン王国の公的機関,魔鋼錬金協会の会長職にある。」
    「あなたは何をしているのですか」
    「研究の実地検証,と言ったところか。」
    「内容は」
    「真実の究明。」
    「具体的な方法は」
    「アレを見てわからんかね?」

    ルアニクの背後――その夜空に輝く巨大な魔導陣。
    ここからでは光り輝く帯が何本も重なり複雑な模様を編み上げている事しかわからないが,その一筋一筋が自分の纏う魔法駆動機関(ドライブエンジン)と同等の駆動式を有している事くらいはなんとなくわかる。
    それだけの制御を必要とする,実験と称するその行為。一体何をしようとしているのかはわからない。
    が――

    「今すぐ止めてください,アレは危険です」
    「…ほう。なぜ危険だと感じるのかね?」
    「それは――」

    彼――ルアニクの瞳はひたむきに真摯である事を見て,息を呑む。
    正直に告げるべきか――?

    「…勘,かね?」
    「…!」

    唐突に告げられたミコトの真実。
    初めて会うルアニクという魔鋼錬金協会(フリーメーソン)の会長の言葉でミコトは何も言えなくなってしまう。
    それとは関係ないように,彼は話しつづけた。

    「そういった人間は,いつどの時代にも世代にも居るものだ。力のバランスを取るとでも言うのか。片方のバランスが崩れそうになったら,それと対を成すもう片方でバランスを取ろうとする均衡制御作用。ヒトの体系に必ずついてまわる関係だな」

    彼はミコトを見つめる。
    微笑みと共に。

    「君の言う危険…それは私も承知している。アレを行う事でこれから引き起こされる事態――それこそが私の求める目的の足がかりとなるものだ。」
    「…なら,なぜ――?」
    「私にとっての答えがそこにあるからだ。魔法の根源,世界との関わり。起源(レジーナ・オルド)のもたらした技術の真実が,ね。」

    わからない。
    ミコトには何を言っているのか理解する事は出来ない。

    「――まぁ,疑問に思わないのもしょうがないだろう。しかしこう考えてみた事は無いかね? なぜ私達の使う魔法は"魔法"と呼ばれているのか?とは」
    「なに,を…?」
    「これは技術だ,と言われている。人が使う事の出来る技術だと。しかし一般に呼ばれている名称は"魔法"だ。ここに小さな矛盾が生じているだろう?」

    技術とは人が作り上げてきた自分たちの力だ。
    しかし,ルアニクは"魔導技術はそうではないのではないか?"と言っている。
    そしてそれは――確かにその通りだ。

    「偏在する事実を見てみるといい。そこには常に根源的な違和感と矛盾点を数多く内包している。しかし誰もそれを疑問とも思わない…まぁどうでも良い事だからだろうが――私は性格上"どうでも良い事"とは思えなくてね」

    長年ずっと考えつづけてきた事なんだよ,と苦笑する。
    だからと言って,それをそのまま見過ごす事は出来ない。
    危険を危険と承知したまま放置するわけには行かない。

    「…つまり,貴方の長年求めてきた答えを今ここで出そうと,そう言う事でしょうか。」
    「そう在りたいと願ってはいる。生涯を掛けた私の研究の成果が出るか出無いか…正直五分五分ではあるがね。」
    「そうですか。――それが"貴方の夢"と,そう言うわけね」
    「…そうなるか。」

    対峙する二つの影。
    丘の頂上で向き合う二人は,戦闘の構えを解いてはいたが――
    再びミコトは構えた。

    「…何のつもりだね?」

    ルアニクは疑問を提示しながらも,瞳の穏やかさは変わらず。
    逆に"やはりそうなるか"と言った感想を抱いていた。

    「…貴方にとっては最終的な目的かもしれない。でも,私にとっちゃここは通過点なのよ(・・・・・・・・・・・・・・・ )! 私は私の目指すところを目指す。ここで立ち止まっている暇なんて無い!」
    「…やれやれ。随分と我侭なお嬢さんだ」

    おもいっきり苦笑し,ルアニクは笑った。
    ならば,と身を翻す。

    「ならば来るが良い,少女よ。すでに魔導陣は稼動している,君の言う危険が"具象"するまでそう間もない。システム的なリスクの分散は考慮済み,妨害の介入も想定して全工程のスケジュールを組んだ。一度発動してしまえば最終的な結果を出すまでシステムの停止はありえないが――それでも。」

    こちらを振り向いた。

    「それでも,私の行動を止めたいのならば止めはしない。だが,急ぐ事だ。君の友二人は既に危機に隣接した所にるのだから。」
    「…!」

    彼はミコトへ背を向けた。
    最後に一言,彼は穏やかな声で告げる。

    「我が探求の最終地点に現れた少女の進む道に,幸多からん事を。…ここで倒れるつもりはあるまい?」

    軽く跳躍すると同時に,彼の周囲に高密度な複合駆動式が展開。彼の各関節部分が光り,魔力が渦巻く。
    重力開放・加速・ベクトルを完全に制御した高速飛行。
    彼は魔導陣の元へと帰っていった。


    しばし呆然とその光景を見ていたミコトは我に返る。
    初めて見る,第一階級印(ランクA)保持者の魔法駆動。
    アレはまるで――

    「"行使"…?」

    人の身でたどり着ける一つの頂点。
    彼は魔法を極めながらも常にその力に疑問を抱いていたと言うのだろうか。
    その力を習得しつつも,根源的な疑問を常に抱いたまま生きると言う事。
    常に何かを求めつづけるその信念。

    彼は自分の認識の外の存在だ。
    しかし,彼は現実に存在する。

    新しい認識は古い壁を一つ取り払ったに等しい改変でもある。
    この出会いが,ミコトに何を齎すのか。

    「…散々言いたい事言ってとっとと帰っちゃうなんて,結構貴方も我侭じゃない。」

    苦笑,次いで瞳をギラリと光らせた。
    いつものミコトの挑戦的な笑顔で宣言する。

    「当然。やりたい事をやりたいようにやらせてもらう,貴方にとっての最終地点は私にとっての通過点に過ぎないわ。精々私の糧にさせてもらうわね…!」

    そして駆け出す。
    向かう先は当然――

    「絶対に魔導陣を,止めて見せる――!」


    ルアニクの後を追うように,彼女もまた飛び立った。


     ◆


    彼女(ミコト)の腰の後ろに装備された短剣の柄が,一度だけ青く明滅した。
    それに気づくものはこの場には誰も存在せず…また短剣それ以降は何も変化を示さない。
    何かを予期させるその一度だけの点滅(シグナル)は,しかしそれっきりだった。


    そして舞台は嵐の中へと移って行く。


    >>>NEXT
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■130 / inTopicNo.22)  "紅い魔鋼"――◇十一話◆
□投稿者/ サム -(2005/01/18(Tue) 18:42:09)
    2005/01/18(Tue) 18:44:45 編集(投稿者)

     ◇ 第11話 『空隙』◆

    ―ランディール広原・合同演習訓練仮本営―

    学院主催の合同演習訓練は中止された。
    既に参加者達は全員がここからさらに数km後方に後退し,そこで待機している。

    リディル伯代行兼周辺防衛機構司令官代行ディルレイラ・アリューストは,その本営の作戦室を徴発し,リディルの軍駐屯地に駐在していた三人の魔法駆動機関(ドライブエンジン)使いと共に居た。
    既に事態は進行しつつあり,史跡から2km程離れたこの場所でも巨大魔導陣の展開状況を認識する事ができる。
    3人はこの状況に対処するために派遣された――と言うか,ディルレイラに呼び出されたドライブエンジン使い達だった。

    三人の持つドライブエンジンはヴァルキリータイプで通称VAと呼称されている。
    ヴァルキリーヘルム(戦乙女)は女性軍人に貸与されるドライブエンジンで,防性半自立機動と言う歩兵用の個人装備だ。
    扱うには最低でも第3階級の魔力誘導印(シンボル)が必要とされている。実力の在る軍人か,年齢制限のある国家試験を通らなければ資格取得は困難な壁だ。

    彼女達3人――それにディルレイラはその難関を乗り越えた者たち。
    それぞれが右手の甲に刻印(・・)された第3階級印を持っている。ディルレイラは元宮廷師団員だったこともあり,もう一段階上の第2階級印(ランクB)を有する数少ない国家公務員でもある。
    無論,宮廷師団を辞めた今でも(シンボル)は有効だ。
    有事の際には先頭に立って事に当たる義務を持つ事になるが。
    そして,現在がその状況でもある。

     
     ▽
     
     
    「状況は説明した通り。それぞれが配置についたら最大出力で結界を形成,指示があるまで状態を維持する事。」
    「「「了解」」」

    既にヴァルキリーヘルム(ドライブエンジン)の外装を纏っている三人は,声を揃えてディルレイラ(総司令)に応えた。
    標準装備のVA5シリーズは,王国でも最新バージョンのものだ。ちなみにVA9タイプは試験(テスト)タイプになる。
    主に防御を担当とするヴァルキリータイプでも特に防御に特化した性能を持つVA5シリーズの最大の特徴は,その全開駆動形態(オーバードライブ)にある。
    それは魔法駆動機関(ドライブエンジン)の全状態を式化・魔力展開(マナライズ)し,全出力を持って結界を形成する形態を指す。
    自分自身の外装を全てはずすことになるが,絶対に突破不可能な防壁を形成することが出きると言う一種の最終手段だ。
    もともと護衛部隊として行動するヴァルキリー部隊(彼女達)にとってはそれは手段のみならず,意識としても重要な意味を持っている。自分たちは護り手なのだと言う意味を。
    自らの役割を認識する手段でもある,と言う事だ。

    そんな彼女等3人の今回の任務は,現在展開中の大規模魔導陣を結界で包み込む事。
    一人では限界がある局所防御結界も,3人で領域を分担することで可能なことは実践済みだ。
    もっとも相性の良い3人を選び,今回の任務に抜擢した。
    無論選んだのはこの場の総責任者であるディルレイラだ。

    「事態は依然として全容が知れない。情報は少ないけど,協会(シンクタンク)の創る魔導陣である事はわかっている。彼らは天才ではあるけど同時に研究者でもある。そこが今回のもっとも難しい点だわ。」
    「それはどう言う事でしょうか?」

    呼称ヴァルキリーA512の保持者(ドライバー)リアがディルレイラに質問する。
    研究者である事の難点の意味が良くわからない。

    「彼らは天才で研究者。疑問には答えを求める事は当然の事…でも答えを求める手段は最も直接的なものを選択する傾向が強い…それが何を意味するかと言うと――」

    彼女は夜空に輝く魔導陣に視線を移し,戻す。

    「ああなると言うわけ。遠目からでは意識妨害がかけられていて陣の解析は出来ないけど,アレだけ大規模なものともなると周囲になにも影響が無いはずが無い…と言うより必ず何らかの作用を及ぼすはず。魔法とはそういうものでしょ?」

    なるほど,とリアは頷く。
    魔法は局所的な世界干渉(限定現象)だ,アレが魔法である以上何らかの状態で世界に干渉する事は自明だった。

    「対処に関しての貴方達の作戦内容は以上。質問は?」
    「先輩――いえ,総司令のこれからの行動内容はどのようになっているのでしょうか?」

    3人の中で最も冷静なミーディが問う。
    リアが先頭たってチームを引っ張るリーダーならばミーディはその参謀的な役割をこなす。
    最後の一人,ディルレイラを含めた自分以外の3人をニコニコと見守るランはムードメーカーだ。無論実力は折り紙付き。

    この場の3人は,実はディルレイラの2年ほど後輩に当たる。
    学院時代を共にすごした仲間でもあり,無論ディルレイラと同期のエステラルドとも面識を持ってもいる。
    この場の四人とエステラルド,その他数名は戦技科に学ぶ同じ部隊(チーム)だった事から,彼女(ディルレイラ)の行動にはいつも無茶や無謀の二文字がついてまわっていた事を良く認識しているのも道理。
    そして久しく呼び出されて見ればこの事態。
    ミーディが『先輩はまた何か無茶をしでかすんじゃないのか?』と不審に思わないはずが無い。

    「私は避難し遅れた3人の保護(・・・・・・・・・・・ )に向かうわ。」
    「お一人で,ですか?」

    やっぱり,といった表情でミーディが聞き返す。が,それにニコリと笑ってディルレイラは答えた。

    「一人じゃないわ,私には"サラ"がいるから――」

    そういって魔法駆動機関(ドライブエンジン)を稼動・展開。
    腕輪(ブレスレット)が淡く光り,収束する。
    一瞬後,隣に一人のメイドが佇んでいた。
    深々と一礼し,瞼を閉じた笑みのまま顔を上げる。

    「…完全自立機動歩兵ユニット・装甲外装制御人工精霊No.02"サラ"全開駆動展開完了(オーバードライブ)。おはようございます,お嬢様(マスター)。」
    「今は夜よ」
    「起きたときの挨拶はおはよう,と仰ったのはお嬢様ですが」
    「…まぁ良いわ。作戦内容は追って教えるから今はとりあえずいっしょにきて。」
    はい,お嬢様(イエス・マスター)

    出現したメイドに3人は驚いていたが,最も驚いていたのはやはり知恵袋のミーディだった。
    ナンバーの呼称が許される人工精霊は初期に自然発生した三体にのみ許される始祖認識番号(オールドナンバー)と聞いた事がある。
    つまりは――

    「始祖の人工精霊,ですか?」
    「そう言う事。思考共有している分,頼りになる相棒(パートナー)ってわけ。…もう昔みたいな無茶はしないわよ,ミーディは心配しないで自分の仕事をこなしなさい」
    「了解しました」

    ディルレイラは頷き,3人に質問が無いかもう一度確かめた。沈黙を肯定として受け止める。
    ならば,言っておく事は後一つ。

    「3人とも,このような地点防御の任務に当たる上で必要な事は自己の判断。もし限界を感じたりした場合は3人同時に離脱しなさい。貴方達が最後の盾である以上,判断は貴方達で下さなければならない。もし前線の部隊に配属されたらそれが一層要求される事になることを念頭に置く事。よろしくて?」
    「「「YES,Mam!」」」
    「よろしい。では,作戦発動。行動開始!」

    同時に3人は外へ掛けだし,一瞬でその場から高機動魔法を駆動した。
    駆け去る3人を見ながら,彼女は一息つく。

    「さて…3人のうち一人はミヤセ・ミコト。残り二人はチームメイトか…手早く合流するとしましょうか――サラ」
    「はい。」
    稼動率降下・通常駆動モード(ヒートダウン)・外装展開」
    Yes(はい)外装展開(ドライブスタート)

    音声言語から思念へと伝達媒体が変わる。
    サラの外観が魔力線(マナライン)に分解され,光の筋となったそれらがディルレイラに絡み付いた。
    一瞬後,漆黒の鎧を纏うディルレイラがそこに居た。
    サラ自身は元々の形態である外殻装甲に戻り,人工精霊としての本来の姿に戻る。即ち――保持者(ドライバー)の意識領域のみの存在へと。
    ディルレイラは通常駆動状態では頭部外装(フェイスシェル)は付けない。

    栗色の髪が風に揺れた。

    「じゃぁ,私達も行きましょうか」
    Yes,Master(はい,お嬢様)

    そして彼女の姿も風の中に消えた。


     ▽   ▽

    先行したケインとウィリティアは制御装置の一つにたどり着いた。
    直上の魔導陣はその回転を徐々に早めつつ,そして構成する駆動式の展開状況はさらに激しくなってきている。
    もはや人間の思考では処理が追いつかないほどの速度だ。スーパーコンピュータ(古代遺産)を使うと言う発想は実に実用的であるとほとほと感心してしまう。

    「だめだ,ここを止めても残りの制御装置で処理が分担されるようになってる…停止は無理だ」
    「みたいですね,しかし――」

    ここに到達するまで一切の妨害は無かった。
    途中幾つもの監視装置を見かけたことからこちらの事は当にばれていると言うのに――

    「妨害する必要が無い,と言う事でしょうか」
    「手は無いのか…?」

    ミコトの言う危機がすぐそこで稼動している。
    この場に居るのは自分たちだけ,しかし制御装置を前にしても何も出来ない,したとしてもどうにもならない。
    く,と歯噛みする。
    しかしやるだけやらなければ――!

    「ウィリティア,その制御装置から中枢に侵入して情報を集めれるだけ集めてくれ」
    「現状ではそれが最善のようですね…ケインは?」
    「俺はアレを遅らせれるだけ遅らせてみる」

    ウィリティアは目を見開いた。
    人知を超える魔導陣と真っ向からぶつかろうと言うのだろうか。

    「無茶ですわ!あなた何を言って――」
    「そりゃわかってるよ。大丈夫,危ないと思ったらすぐ止める――だから,」
    「危険なんて言う生易しい言葉じゃ言えないくらいのモノですわよ,あれは!ヒトが直接介入するには処理能力が足りなさ過ぎです!」
    「だからってほっとけってのか!?」

    ケインにはそんな事はわかっていた。
    だが何も出来ずにここで突っ立っているわけにも行かない。
    これでは事前に予期していた意味が全く無いじゃないか――!


    「冷静におなりなさいな,ケイン。」


    さっきまで怒鳴り合っていたはずウィリティアの静かな声に,ケインはハっと我に返る。
    唐突に冷める思考。

    「無茶をして壊れてしまってもダメです。ヒトには出来る事と出来ない事がある。それを認識していなければ自滅するだけですわよ」
    「そう…だな,悪い。熱くなりすぎてたか」
    「現状で出来る事は情報の収集です。そしてポイントEでミコトと合流して一度帰還。これが最初に決めた手順でしたでしょう?」
    「ああ,そうだった。」

    よくよく考えてみれば介入不可能な場合の行動内容も決めてあった。
    それを忘れるほど熱くなったってのか――自分はこんな切羽詰った状況には向いてないみたいだ。

    苦笑。
    ちょっとは心に余裕が出来た。

    「冷静さを取り戻したみたいですわね。」

    心なしかウィリティアの声も緊張が解けた感じがする。

    「悪い,熱くなりすぎてたみたいだ」
    「構いませんわ――こういった状況ではしょうがない事ですもの」

    そう言いつつ制御装置のシステムに介入(ハック)
    人工精霊の処理能力でもってデータを収集を開始する。

    ケインはもう一度上空の魔導陣を見上げた――,!?

    「な,アレは――!?」


     △   ▽


    「第3制御装置への侵入を確認。」
    「監視モニタで確認せよ。」
    「状況確認,先の学院生二名。…驚いたな,まさか学生にハックされるとはね」
    「第3制御装置隔離。リンク切断。最高学府だからな,優秀な人材なんだろう」
    「切断確認,状況に遅滞なし。動作基準を保っています。」

    口々にそう言いながらも対処を実行している。
    ディヌティスはその状況を見ながら,ようやく全ての準備が整った事を確認した。

    「さて諸君,いよいよ全ての準備は整った。」

    静まる管制室。
    モニタの中央に映されているのは魔導陣,その左下に1/4サイズで映されている,膨大な魔力を単体で発生させている錫杖型魔法駆動媒体(杖型ARMS)
    反対側にはファルナの本部地下に隠匿されている古代遺跡からのデータリンク状況。

    全て準備完了(オールグリーン)

    「ではこれから,過去の再現をはじめる。…これはドートン先生の生涯を掛けた成果の粋だ,心に刻み込んでおこう。」

    頷く気配。
    皆わかっている。これを発動させればもう2度と(ルアニク・ドートン)と会うことはないと言うことを。
    今まで彼らがルアニク・ドートンと共に歩んできた道を思い出し――それも今だけは見ない振りをしよう。

    限定領域情報再現機構(シミュレート・ドライバ)完全展開駆動…開始。」
    「各変動値(パラメータ)の入力開始。」
    「空列駆動式への代入開始。」
    「仮想時系列設定の初期化完了・再起動…成功(ヒット)。状況安定,現実空間とのリンク開始」

    魔導陣が更に輝き出した。
    周回軌道を回る魔法文字(マナグラフ)の速度が上がり,魔導陣を球形に形作っている全個所の魔導機構が激しく展開し始める。
    緑色の魔力の光を撒き散らしながら――それは徐々に輝きを増してゆく。
    球の表面を,まるで波紋のように駆動式が伝播し,適応する形に収まり,次々に波のように押し寄せる情報に適合するように状態を変化させる。

    全てが事前のシミュレート通り。
    収束する状況も恐らく寸分違わず予測通りのものになるだろう。
    最後の命令を下す。

    「…データ開放。仮想時系列への入力開始。」
    「仮想時系列への展開・状況設定・全シミュレート開始します…!」

    オペレータの操作で,その全てが始まった。


     ▽   △


    「……」

    史跡を見下ろせる小高い丘の上に佇む老人が,現状を見て静かに頷いた。

    上空に展開している魔導陣は,その緑色の輝きを限界近くまで高めている。
    史跡の周辺を囲むように並べられた2×3m程の長方形の魔鋼(ミスリル)板に刻まれた増幅用基礎魔法言語(マナグラフ)からの援護(バックアップ)を受けて,揺るぐ事無く確実な駆動を続ける巨大な魔法駆動陣(シミュレータ)
    その所々に見られる空列に,変動する数列(現代文字)が入力されはじめた。
    ルアニクはそれを見て確信する。

    "時は近い"と。

    ようやく訪れた解を得る瞬間。
    長年求め続けてきた,自分の根源たる問いへの正しい答えがもう少しで手に入れる事が出きる。
    その位置に居る事を確実に感じる。

    「…だが,現実はなかなかうまく行かないものでもあるのだな。この歳になって実感したくないとは思っていたのだが…まだ危険値(リスク)を排除しきれていなかったか」
    「それはご愁傷様でしたわね。…さて,魔鋼錬金協会長。この事態,どうご説明なさるつもりですか?」

    背後に佇む漆黒の装甲外殻を纏う女性。
    口調は優しくとも瞳に浮かべる色は厳しい。

    「私のことは調査済みか。…君は王国軍の者かね?」

    問いつつもルアニクは近接格闘術の構えを取る。
    対する彼女も構えを取りつつ返答する。

    「私はディルレイラ・アリュースト。リディル伯代行兼周辺防衛機構司令官代行ですわ」


     ▽   △
     
    「二人とも,位置に付いた?」

    ヴァルキリーヘルムを装着し,ポイントについたリアは残る二人のミーディとランに問う。
    3人は人工精霊を介した意識共有(ネットワーク)で繋がっていた。

    『準備完了,いつでもどうぞ』
    『私もおーけーで〜す!』

    二人の返答に よし! とリアは気合を入れなおす。
    何せヴァルキリーヘルム(戦乙女)を貸与されてからはじめての任務だ,否応無く戦意が高まる。
    それも滅多に使われる事のない全展開駆動状態(オーバードライブ)まで使った,文字通り全力を費やすという要求。加えてミーディとランとの連携プレーだ。
    ディー先輩(ディルレイラ)から呼び出されたときはまた何か無茶をやらされるんだと思っていたが,やっぱりその予測は間違っていなかった。

    胸が踊る。
    ディー先輩とエスト先輩達が宮廷師団に行ってからは正直平凡な日々が続いていた。
    軍に入隊してもイマイチで,それまでの生活が刺激的過ぎたせいか張り合いがないと感じていたことも事実。
    任務に関しては真剣に取り組んでいたものの,感想はそんなものだった。
    だからリアは,いつかまたディルレイラ(先輩)達と共に心踊る冒険をしたいとか思っていたものだ。
    それがなんか知らないけど今日突然実現した。

    『リアはよろしい?』
    『ぼーっとしちゃダメだよ?』

    ここ数年ずっと組んできたユニットのメンバー,ミーディとランの意識(こえ)で我に返る。
    タイミングを計って結界(シールド)を発動する合図をだすのは自分だ,忘れちゃいない。

    「うん,だいじょぶ! じゃあ行くよ…3!」
    (トゥー)
    『…いち()!』

    『『「ヴァルキリーヘルム(戦乙女)全開駆動開始(オーバードライブ)!!」』』

    3人の纏う装甲外殻が式化・魔力展開(マナライズ)し,その魔法駆動機関(ドライブエンジン)構想概念である本来の意味の通り(・・・・・・・・・・・・・・・)強固な結界(シールド)を形成する。
    それぞれの立つ位置を頂点とした正三角形,そこから空へ投射された結界の壁は一箇所で交わり,球形巨大魔導陣を包み込む正四面体の封印を成す。

    『状態良好・出力安定。』

    人工精霊ティアの報告にひとまずホッと一息。とりあえず結界の形成には成功したようだ。
    そこでリアはいつも通りミーディとランに一言。

    「よし,いっちょ頑張りましょーか!」

    応える意識(こえ)が二つ。これまたいつも通りに変わらないいつも通りのこえだ。

    『いつも通りにね』
    『リラックスリラックス〜』

    漣のように伝わる意識は微笑みの感。
    思わず零れる笑みに力んでいた意識も緩和される。
    どのくらい長くなるかはわからないが――

    「ディー先輩,がんばです!」


     ▽   △


    最後の丘を下り,ミコトは点在する林の一つを高速で駆けぬける。
    とは言っても足裏に展開した仮想斥力場で地面から数センチのところに浮上し,重力・加速制御を施した高速平行移動――ホバリングしているのと変わらない状態。
    極度の前傾姿勢で自身の出しうる最高速度を維持・制御している。

    すぐ上空では魔導陣が完全展開稼動し始めていた。
    目まぐるしく変化する構成駆動式は,文字群と言うよりまるで万華鏡を見ているような激しい動きを見せ,その球の衛星軌道を幾重にも囲んでいる帯状の魔導機構は交差するように回転している。
    しかし先ほどと全く異なった要素が絡み始めた。

    ――数字だ。
    駆動式はそれ自体が魔法文字(マナグラフ)と言う魔導形成言語から成り立っている。
    これは原子における素粒子のような関系,つまりこれ以上分けられる事のない最小単位のようなものだ。
    魔法における魔法文字(マナグラフ)は,魔導技術の最小単位。これに記述されていない(・・・・・・・・)文体系は駆導式に組み込んだところで意味はない。

    全くの無意味なのだ(・・・・・・・・・)

    それは,この世界の人間ならば誰でも知っている事。
    魔法を学ぶもの達にとっては常識以前の当たり前の事実でしかない。
    にもかかわらず,それが組み込まれている――!?

    「何が起こるって言うの…!?」

    疾風を全開駆動させ,ケインとウィリティアを目指して地上数センチを飛翔するミコトは下唇を噛む。

    と。
    たった今通りすぎた地点を緑光の直線が空間を切断した。

    「なっ!」
    「あわっ!」

    いきなりの空間隔離と,自分以外の声に驚いて即座に声のした左方を確認。
    そこには並走するゴーグルにレザ―ジャケットの少女。
    彼女は――

    「ミスティ!」
    「先輩,どうもー」

    思わず昔の呼び名で彼女を叫んだ。
    やははーなどと気軽に手を振っているのはミスティカ・レン(マッドスピードレディ)だ。

    「なんでこんな所に!?」
    「あー,やっぱ気づいてなかったですね。私今朝からずーっと先輩達3人をマークしてたんですよ,これが。」
    「…な!」
    「色々言いたい事あるのはわかってます,報告に関しても事情があって教えれなくて済みません…。でもま,今は――」

    彼女(ミスティカ・レン)が前方上空に目を向ける。つられて視線を向ける先には,いよいよその魔力の輝きが臨界に達そうかと言う魔導陣。
    そうだ,今はひとまずミスティは置いて置く事にして…

    「そう,ね。とりあえず今は急がないと…」
    「…私,ぎりぎりで滑り込んでよかったのかなぁ」

    ぼやくミスティに苦笑する。
    しかし退路は遮断された。行き場が前方にしかないのは自分も彼女も同じ。
    ミコト自身はもとより引くつもりは無かったが。

    それよりも今気になる要素は二つ。
    一つは魔導陣の直下に居るケインとウィリティアの安否。予定通りならば情報収集を行っている最中のはずだ。
    もう一つは,退路を遮断した結界だ。
    半年前見たモノに似ている(・・・・・・・・・・・・)と言うことは――

    「ミスティ,あの結界に心当たりある? 多分――ううん,絶対に軍のVA部隊(ヴァルキリー)が出張ってきてると思うんだけど…数は――」

    その形成された結界の規模,展開状態を考慮すると――。

    「恐らく4人以下,その内一人はアサルトタイプ(攻性型)かもしれない…」
    「うわ,もうそこまで読んじゃいますか…ほとんど正解です,多分。」
    「てことは,王国軍はもう対処し始めてるって事?」

    そこでミスティカは諦めた笑顔を浮かべた。
    その顔に妙にイヤな予感を感じる。

    「多分いち早く対処したのは駐留軍と周辺防衛機構の決定権・指揮権を持つリディル伯代行――ディルレイラ・アリュースト元宮廷師団戦師(ウォーマスター)だと思います。」

    その言葉に固まる。
    いや,その名前にミコトは固まった。リディルに住む――いや,このアスターディン王国に住むものならば一度は聞いた事のある恐怖の象徴。

    「あ,やっぱり知ってます? レイラさん有名ですね。」

    にこにこと。
    ミスティカはミコトに微笑みディルレイラの名前を親しげに口にする。
    それが意味する所はミスティカ・レンと彼女(リディル伯代行)が知り合いである事を指しているのだが――
    今のミコトにはそこまで頭が回らない。
    なぜならば。

    「ぜ…"絶対殲滅"ですって…!?」
    「やっぱ,そこですよねネックは。まぁでも…」

    ミスティカは変動する二つの魔力の方向に一瞬だけ視線を移し。

    「先輩の心配するような事態にはならないと思いますよ。レイラさんも大人になりましたから…」

    と,どこか遠い目をしつつ呟いた。


     ▽   △


    数列(現代文字)の代行入力だって!?」

    駆動式の空列に入力され始めた数字を見てケインは叫んだ。
    その言葉に作業をしていたウィリティアも唖然と魔導陣を見上げる。
    二人とも我を忘れてしばしその光景に見入る。
    それほどにも常識からかけ離れた自体――ナンセンスな出来事だった。

    魔導機構は駆導式からなる。
    駆動式は魔法言語(マナグラフ)によって成り立つ。
    魔法の最小単位であるマナグラフには現代文字の数字は記載されていない(・・・・・・・・・・・・・・・・)
    詰まり,駆動式内には数字の介入する余地はない。
    故に,魔導機構には数列は適用されない。
    それが意味する事は詰まり。

    現代文字には魔力と関われる要素は無い事を証明しているのだが――

    「…なんで,なんで構成式が崩れないんだ…!?」

    唇を震わせながら呟くケインの表情は青ざめている。
    ウィリティアも似たようなものだ,まるで幽霊と視線をあわせたような顔色になっている。
    ぎりぎりの世界干渉である魔法は,些細な記述ミスや歪な駆動式,不要な魔法文字(マナグラフ)の付加で容易に崩れてしまう。
    そんな繊細な魔導機構――引いては魔導陣のはずなのに,完全な異分子である現代文字が混じった形態を取って尚且つ全く魔力色相に崩壊の兆しが見えない。
    詰まりこれは,異分子が異分子として認識されてない――?

    「こんな事が可能なのか――?」
    「現実に,起こっています…私達の目の前で」

    既に自分を取り戻したのか,情報収集を切り上げたウィリティアが厳しい視線を魔導陣に飛ばしている。
    ケインももう一度その光景を見る。
    目まぐるしく変動する数値が,魔導陣の数カ所で展開している。
    悪夢だ。

    「…2種類」
    「…ん?どした?」

    ポツリと呟くウィリティアの小さな言葉を聞き取れなかったケインが聞き返した。

    「代入された数列は全8箇所。でも2種類の数列でしかありません…一つは0からのプラスカウント,もう一つは11桁の数列のマイナスカウント…恐らく時系列ですわね」
    「となると…,! まてよ,上の構成だとシミュレートされる指定空間座標は魔導陣円周直下――つまりこの周辺域約7万u。そこから上空150mまでの半球のドーム形状…そうか,上の魔導陣は影か!」
    「やられましたわ…しかもただの影だけじゃありません,あれは(ミラー)ですわ。」

    ウィリティアは悔しそうに呟く。

    「鏡…って,あ!」
    「結界の投射位置にはここからまた離れたところにあると言う事です,恐らくここを一望できるどこかの丘。この場の制御装置は保険でしょう」
    「そこのそれは増幅も兼ねているってわけか,手の込んだ事を…!」
    「上空の魔導陣は,本来ならばこの場で起こっている陣の展開現象を意図的に上空へずらしてその注意を釘付けにする。合わせ鏡の下の部分は周辺に敷き詰められた魔鋼(ミスリル)が代行。上空の展開している魔導陣の核には――恐らく本命からの魔力を直接受け取りつつ最も防御概念の高い純正の魔鋼(ミスリル)球を使用していると思います」

    瞬時にそこまで読んでみせるウィリティアの洞察力にケインは言葉も出ない。
    しかし,目の前の現実を見る限りそれだけの常識外の仮定が無ければ成り立たない事は,いっぱしの技術者であるケインにもわかる。わかってしまう。

    「式の細部を確認するだけでなく,全容を晒す事で陽動も兼ねているとして…それだけ魔鋼錬金協会も本気でこの実験を成功させようとしているんでしょう,しかし,一体何をしようと…」

    ひとまず,とウィリティアは先ほどの制御装置に向き直る。
    一通りデータは収集した。途中で中断したのは妨害が入ったからだ。
    ケインには伏せたが,この制御装置もとんでもない技術が使われている。

    同調動作機構(シンクロニシティ)
    一体のオリジナルの中枢制御装置が魔鋼製なのだろう。
    全く同じ型ならば,物理的に何も接触が無くても,オリジナルが起動している限りそれに共鳴(・・)して全く同じ動作を行う,完全な保険だ。
    電源は別になり,それ自体はこの周辺のどこかに設営されている魔鋼錬金協会の本部で管理しているのだろうが――今はそれを直してまで得るほどの情報はないとウィリティアは読んだ。
    恐らく事後の解析で手一杯のはずだ,こんなオーバーテクノロジーは。

    自分の知りうる知識の十数年先を行く技術。
    ケインが知ったらそれこそパニックに成りかねない。
    解析した自分でさえ動転しそうになるのをやっとの事で押さえているのだから。
    単にケインの前で無様は晒せない,という意地に関わる部分ではあっても。

    ともかく。
    展開されている魔導陣は異常だと言う事はわかる。
    ミコトがこの全容を知っていたとは思えないが止めたがっていた理由も今となっては頷く事は出きる。
    事前にどうしてそれを知る事が出来たのか,ときにかかる事はそれだけだが,今はそれを問う時ではない事も理解している。
    最低限必要な情報を得られた今,私達が成すべき事は――


    「あれは結界…王国軍か!?」

    突然のケインの言葉に,内に向いていた意識を外に向ける。

    そこには緑光の壁。
    この場を,いや魔導陣を取り囲むように三方向からこの場の上空の一点へ向けて投射される強力な空間隔離は――!

    ヴァルキリーヘルム(防性半自立機動歩兵ユニット)完全展開駆動形態(オーバードライブ)ですわ!」



     ▽   △
     
     ▽ ▼







    ドクン





    反転したような色彩が支配する無色のセカイ。


    真白な広がり。


    その中で唯一色付く紅。


    ソレは,長き眠りから醒め…
      
      
    意識の瞳を開けた(・・・)





     
     ▼ ▽


    不意に全身を貫いた悪寒に,エステラルドは微かに身じろぎした。
    何かが胎動している,そんな感触だ。

    (間に合うか…?)

    数日前に予期した事態。
    とある学生が入手したらしいと言う手記から自分達が導かれた一つの結末が,すぐ始まろうとしている。

    このような事は初めてだ。
    最初から最後までほとんど何も関わらず,そのくせ全ての後始末だけが自分に回ってくるなんて。
    きっとこの物語の主人公は僕じゃなかったんだろうな,などと思いながらもエステラルド・マ―シェルは隣を飛ぶジャック・(ジン)と並びつつ思考をめぐらせる。

    この物語の主人公は,きっとまだ力が足りないのだろう。
    身の丈に合わない物語(事件)と関わりを持ってしまう理由は,"その誰か"がそれだけの力を欲するからだ。
    そして運良く生き抜いた暁には,"その誰か"はきっと望みの結末を手に入れる事が出きるのかもしれない。
    そして"その誰か"は,自分の教え子と知り合いだった。

    エストは,今回の自分の役回りをきちんと把握していた。
    自分はもう大人になった。
    今まで見守られながら自分の物語を紡いできたが,これからは見知らぬ誰かの物語を見守る立場にある。
    それは隣を飛ぶジンであり,教え子のカレン(ミスティカ・レン)かも知れない。
    無論自分の物語を終える事もない。
    死ぬまでが,もしかすると死んでからも自分の物語は終わらないかもしれない――。
    …今関わっている英雄がそうであるように。

    とにもかくにも,その"誰かの物語"を終わらせないためにはもう少し急いだほうが良いかもしれない。


    エストは更に飛翔魔法の速度を上げた。



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