| 2005/06/06(Mon) 01:25:00 編集(投稿者)
何時の事だろう。最後に母のぬくもりに触れたのは。 何時の事だろう。最後に父の優しさに触れたのは。 何時の事だろう。最後に母と共に笑いあったのは。 何時の事だろう。最後に父と共に笑いあったのは。 何時の事だろう。最後に家族として四人で過ごしたのは。
あの楽しかった時がまるで走馬灯のように記憶に蘇って行く。 色彩の無いモノクロの世界。それはまるで私の涙を映しているようで。 音の無い静寂な世界。それはまるで私の叫びを映しているようで。 ただ闇だけが広がる空っぽの世界。それはまるで私の心を映しているようで。 これは私の起源。私というモノを創り出し世界へと生み出した私の全て。
幾年分もの記憶が過ぎ去り目の前に映し出されていた映像が赤く染まる。 炎の様な淡くも強い赤と、鉄の錆びた匂いがするどす黒い朱がまるで絵の具を溶かしたかのようにグニャリと歪んだ螺旋を描いて交じり合って行く。互いに侵食しあうそれはまるで二体で一対のウロボロス。相手の身を食し己が体へと変え食される、終わりの無い苦痛と快楽の永遠地獄。 だが、それは私が手を翳すとあっけなく終わりを告げる。始めからそうであったと言うかのようにそれは黒く固まりひとつの宝玉となる。 手に取ったそれを口に含み、舌の上でコロコロと転がしながら先ほどの映像に思いを寄せる。
あれは何時の事だったろうか・・・・・・。 先ほどのようにたとえ色が無かろうとも鮮明であった映像とは違い、それは幾重ものの亀裂が入った荒い映像だった。そこには4人の男女がいてとても楽しそうに語り合い、笑っている。一片の影もなくただただ楽しそうに。 何も知らない私はただその時を流れていくことしか出来なかった。異常である筈なのに何も知らないことを盾に普通でありたいと願い、何にも抗うことなく、何にも変革することなく、その時を過ごしていたのだ。
だからだろうか。 あの日あの時あの場所で。 私の脳裏に刻まれた、決して消えないあの忌まわしい記憶の中で。
――――私が壊れたのは。
狂気。
私を示すのにそれ以上に適切な言葉は無いだろう。 復讐という名の見えない鎖に雁字搦めに縛られ、その為だけに生き、全てを費やす。 この目に映るのは赤く染まった狂気の世界。そしてその世界と平穏な日常とを区切る一本の境界線。 一度でもその境界線を越えて狂気の世界へと踏み出してしまえば、今までの平穏に戻ることは適わなくなるだろう。
私は今、その境界線上に立っている。 本当ならば私は既に向こう側・・・・・・狂気の世界へと足を踏み入れていただろう。 でも、私はここにいる。私が向こう側に行かぬように引き止める人が傍にいるから。これ以上私が壊れないようにと、これ以上私が離れていかないようにと、そう願って。
でも。 やはり、私は止まれない。 たとえあの人だろうと私を止める事は出来ない。 狂気であるが故に私なのだから。 狂った歯車の噛み合わせは決して戻ることは無いのだから・・・・・・。
ガリッと音を立てて舌の上の宝玉を噛み砕き飲み込む。 形容しがたいとてつもない味に吐きそうになるが、それすら今の私には―――
―――とても甘美な味に感じた。
▽エインフェリア王国南部ラナドリス領東部の街道
既に日が暮れ始め、人がいなくなった街道を真っ赤な夕日が赤く染め上げる。 通常ここまで人がいなくなるのは完全に日が落ちてからであろうが、ここが田舎であることや近くの村からやや距離があり、尚且つ元々の交通量が少ない事が起因しているのだろう。 人の通りが少ないという事は、つまり何かあった時に助けを求める事が出来ない可能性が高いという事だ。その為か夜が近づくと、偶々この辺りを通りがかった旅人や商人等を襲う夜盗が急増するのだ。 その事実を知っているため付近の町や村に住む人々がこの時間帯に外出したり街道を歩く姿はよほど急がねばならないことでもない限りはまず見ることは無い。好んで夜盗に襲われたいというのなら別だが。
つまるところ最終的に何が言いたいのかというと。
「〜♪」
鼻歌交じりでこの時間帯の街道を闊歩している少女が極めて異質であるということである。 赤く燃える様な長い髪が特徴な彼女はまさに美少女と言っても欠損ないくらいに整った容姿をしており、それこそ夜盗のいい獲物になりそうだった。
少女の名はリリス。リリス=スナタシス=アレイヤ。 最近になってこの辺りを訪れた旅人の一人である。 近くの村で宿を取っているためこの辺りで夜盗が出ることは聞いているはずだが、その忠告を軽く無視して夕方の散歩へと赴いたのである。 今は宿で待っているはずの彼女の相方の青年は「散歩に行きたい」と言った彼女に別段驚くわけでもなく、むしろ呆れた様にため息をついていた。彼女がそのような突拍子も無い事を言い出すのは日常茶飯事であり決して今に始まったことではないのだ。 その相方の様子を見て何故か肯定であると取ったらしく、彼女は村を出てこうして街道を歩いているわけである。
少しずつ村から離れるにつれて綺麗な赤であった空が徐々に赤黒く、闇へと変色していた。 立ち止まって空を見上げる。 瞬く間に空は闇に侵食されていき世界は夜に変わろうとしている。 その場で踵を返し今来た道を引き返す。さすがにこれ以上進むのには気が引けたのだ。 別に夜盗と遭遇する事が恐ろしいわけではないのだが、そろそろ戻らねば村にたどり着くころには深夜になってしまう。 さすがにそれは勘弁願いたいのかやや急ぎ足で街道を戻って―――いこうとしてその足を止めた。
まるで獣のような動作で首だけを自身の左側に広がる林へと向ける。 当然といえば当然だがそこには誰も居らず、ただ闇で奥を見通すことが出来そうにも無い林が広がっているだけだ。音もしなければ人の気配も無い。 だが、リリスは間違いなく何かを感じていた。
声と言うよりは・・・意思と言うべきか。 本来感じるはずの無いそれは必死に彼女に何かを訴えかけてきている。 それは風前に晒された灯火の様にひどく儚く、とても弱い。 そのために聞き取ることが出来ずこの場を動くことが出来ない。夜盗がこの様な手段を使うとは思えないが、だからと言って危険性が全く無いのかと問われれば間違ってもイエスとは言えない。そうである以上わざわざ危険を冒す訳にはいかないのだ。
そうして慎重に考え込んでいたリリスだが、何の前触れもなく突然林の方へと走り出した。 およそ常人ではありえない速度で入り組んだ木々の間を縫う様に、全く減速せずに疾駆する。 既に林の内部に入っているため足元を照らすのは葉の間から漏れる微かな星の光だけ。視界が悪く相当走りにくいはずだが彼女の足は的確に最も走りやすい大地を選別し林のある一点を目指す。
声が聞こえたのだ。 先程の認識する事すら困難な意思ではなく、声と証するに値するハッキリとした意思が。 当然その声は生物の喉を介して音として発せられたわけではない。俗に念話と呼ばれる離れた相手に自分の意思を伝える事が出来る一種の魔法だ。 しかし魔法が構築された形跡は全く伺えなかった。 このリリスという少女はそれなりに魔法の教養がある。そのため魔法を発動させずとも構築しようと試みるだけでもそれを察知することが――――無論それが知覚できる距離である必要があるが――――出来る。 故に魔法は構築されずに放たれたと考えられる。 ソレはその時点で魔法と呼ぶには語弊があるかもしれない。詠唱を短縮しようが何をしようが、式を用いて構築する限りそれは魔法なのだ。逆に構築という途中経過を無視し始めからソレとして起こりえたのならソレは既に魔法とは呼べないからだ。
暫く走り続けると急に開けた場所に出る。 そこには恐らくは親子であろう二人の女性が倒れていた。
錆びた鉄の様な嫌な匂いが辺りに充満している。 森の奥の方から点々と血の跡が残っており、親子が倒れている足元の地面には血溜まりが出来ている。
匂いに顔をしかめながらリリスは二人に近づいていき目の前でしゃがみこむ。
「・・・・・・・・・ご冥福をお祈りします」
リリスはそう言うと母親の開いたままの目を閉じさせた。 彼女は既に死んでいた。 まだ体が若干温かい為、つい先程・・・ほんのちょっと前に力尽きたのだとわかる。
血溜まりの殆どは彼女の血液だろう。それほどに彼女が負っていた傷は酷いものであった。 腹に大穴が開いており中から内臓が覗いている。これでは数分も生きてはいられまい。 対して少女の方は傷と言える傷は負っていなかった。右瞼の辺りから血が流れているがこの辺りの怪我は傷の程度の割りに出血が多いものだ。気を失っているだけで大したことは無い。
それが分かると、リリスは血に汚れるのにも関わらず少女を抱き起こしその背に背負った。 長くこの場にとどまれば、彼女達が怪我をした原因となるものが現れる可能性がある。 母親には悪いが弔っている余裕は無い。少女を背負っている今ならば夜盗に遭遇するだけでも十分に脅威となりえる。 そう考えると少女が気絶していて本当に良かった。 泣き叫ばれたりでもしたらいらない時間が掛かってしまうから。
「・・・・・・・・・」
広場の端まで移動したリリスは母親の方を振り向き静かに一礼した。 そして行きと比べるとやや遅い速度で村へと繋がる街道を目指して走り出した。
▽エインフェリア王国南部ラナドリス領東部の村エドニス
ソレは『娘を・・・ユナを助けて!』と言った。 ソレは魔法として構築されずに、魔法の念話として具現した。 死体を見る限り母親には魔法の素質は伺えなかった。ごく普通の一般人だろう。 それならばそもそもが念話などできないのである。 だがソレは事実として具現したのだ。それだけは覆らない。
つまりは。 あの母親は魔法の基盤となるべき要素を覆したのだ。自分の娘を守るために。自分の身を省みずに。 それはまさに奇跡と呼ぶもの。子を思う母がなした最後の力。
「私は・・・・・・助けられなかったんですね」
その強き母を助けることが出来なかった事にリリスは悲しんでいた。 ここは街道の近くの村、エドニス。急ぎ村へと帰ってきた彼女は自分が宿泊している施設に駆け込み、少女の手当てをした。 最初に見た通り少女の怪我は大したことは無かった。何箇所か痣が出来ているが死に至るようなものは見当たらない。 少しだけ安心した。この上にこの少女まで死なせてしまったのならどうしようかと思ったのだ。
実際のところ、あの母親を助けることはまずできない状況であったのは理解はしている。どれだけ急ごうと彼女が生きている間にあの場所に辿り着く事は出来なかっただろう。だが、それでも彼女は悔やんでいた。自分が彼女が息絶える前に辿り着く事が出来れば。もし出来たのならば自分は何かを変える事ができたのではないだろうかと。 終わりの無い『もしも』の世界。彼女はその呪縛に囚われていた。
「そのくらいにしておけ」
突然背後から響いてきた声に、リリスの意識は思考の海から強制的に呼び戻される。 振り向くとそこには青い髪の青年が立っていた。整った綺麗な顔のつくりをしているため一見女性に見えなくも無い。顔に眼帯代わりのように黒い包帯の様な布を巻いており右目を窺うことは出来ないが、それとは違いハッキリと見える赤い左目は冷たくリリスを睨んでいた。
「それ以上深みにはまれば、でてこれなくなるぞ」 「・・・・・・わかっています」 「いやわかってないな。お前が何を悔やんだところで現状は何も変わりはしない。過去における『もしも』など考えたところでどうしようもない。そもそもお前の話を聞いた限り魔法が使えないようでありながら念話を発現させたらしいな。それも、魔法として構築せずに。そのような奇跡といえる芸当を行って本人に何も無いと思っているのか?」 「ッそれは!」 「まぁ・・・お前ならばわかるだろうな・・・・・・。魔法だろうが何だろうがその基本は等価交換だ。たとえ奇跡であろうとそれは変わるまい。だとすればその親は何を代償に奇跡を起こしたのか。考えれば簡単にわかることだ」 「・・・自分の命。彼女が私に伝えた言葉は『娘を助けて』ですから。始めから自分が助かることは考えていなかった・・・・・・」 「そうだな。傷の具合から助からないと考えることも容易だが決してそれだけではないだろう。そしてだからこそ奇跡は起こったと考えるべきだ」 「でも、その前に私が気付けば・・・」 「それは無理だろう。ソレが起こりえたからこそお前が気付いたのだから。お前が気付かなければ、向こうの部屋で寝ているあの娘まで死んでいた可能性が高い。それでもいいと言うのか?」
青年は視線を寝室に繋がるドアへ移す。今その部屋には少女が寝かされている。
「違いますっ!そんなことがいいはずはないでしょう!?」 「ならばそれでいいだろう。それ以上を望んでもどうにもならん。自分で出来る限りの事をすればそれでいい。あまりに高望みをすると足元が崩れるぞ・・・・・・」
青年の睨む様な厳しい視線は台詞が最後にいく連れて懇願に近い物になる。 それに気付いたリリスは、青年は自分を責めているのではなく心配して突き放したような言葉を向けていたことを知った。 この青年は決して冷徹な性格ではない。全体的に冷めてはいるものの自分が大切に思っているものに対してはそれが和らぐ。
「ルゥ・・・・・・」
ルゥ。それは青年を示す愛称。自分と共に旅をしている大切な相方の名前。
「お前がそうそう割り切れるような性格でないことはわかっている。だが、それでも悩む暇があったら行動を起こすのがお前ではなかったのか?・・・・・・そう、たとえば―――」
中途半端なところで言葉を切ったルゥは手を顎に当てて何やら考え込んでいる。やや口元が笑っているように見える。 何故だろうか。ルゥのそのしぐさを見てリリスは妙に嫌な予感がした。
「そう・・・・・・以前、国境警備の依頼を受けた時だ。あの時はちょうど夜間の警備だったな。お前が怪しい光を見たと言って一隊を連れてソレが通るであろうルートを封鎖、包囲したやつだ。で、よく見てみたら相手は何故か王国兵。国境付近の偵察に行った奴らだ。奴ら相当驚いていたぞ。どうしてこんなところまで迎えに来たんだ、と。実はお前がみた光は偵察隊が帰ってきたのを知らせるための照明だったというオチだ。一応初めの説明で照明のことは知らされていたはずではあったのだがな」 「え、ええっと・・・・・・?」
突然暴露される自分の失敗談に困惑するリリス。人がいないのは分かっているがついつい周囲に人がいないか確認してしまう。
「あぁ、今のは違うか。今のは悩む暇があったらと言うよりはむしろ猪突猛進の例えだな」
そんな彼女の行動には気づいた様な素振りは一切出さずにしれっと言ってのける。 ルゥの猪突猛進発言に困惑から抜け出したリリスは顔を真っ赤にして抗議の声を上げる。
「だ、誰が猪突猛進ですかっ!優雅で優美で可憐で気品があっておしとやかと謳われている私をよりにもよって猪突猛進とは!?いくらルゥといえども失礼だと思いますっ!」
褒め言葉がだいたい同じ意味だったりするのはさておき、如何せん彼女の言葉には迫力が無いため怒っているようには感じない。元々の声質がやわらかすぎるのだ。 それに加え言い終えたと同時に少し頬を膨らましたりしているために全く怖くない。むしろ可愛さの方が前面に出てしまっている。 その天然でもないかぎりは芝居でしかない光景を見てルゥは腹部を押さえながら必死に笑いをかみ殺している。
「何がおかしいのですか!」 「クク・・・いや何と言われてもな・・・・・・」 「ッ・・・ルゥ!」
笑いが収まらないのかいまだ腹部を押さえたままのルゥ。若干前かがみになってるあたり相当にツボに入ったらしい。
暫くの間そうしていたルゥだが笑いが収まると、打って変わって真剣な表情になる。
「それで・・・・・・少しは気が紛れたか?」 「・・・・・・え」 「さっきも言ったが悩むくらいなら行動するのがお前だろう。なら何時までも落ち込んでないで助けてきた娘に挨拶のひとつでもしてきたら如何だ」
決してルゥはリリスの失態を笑うために警備の時の話を持ち出したわけではない。それは不器用ではあるもののリリスを励ますために振った話題であり、彼女のネガティブな思考を一時中断させるためだ。
またもルゥの親切心に気づくことが出来なかったリリスは己を恥じた。この青年は長い間自分の相方をしているというのに、と。
「・・・・・・うん」 「そうか」 「・・・・・・ありがとう。あと心配させてばかりでごめん」 「気にするな。どれだけ相方やってると思っている」 「そう、だね・・・。あ。でも、挨拶してこい・・・と言いますけどあの娘まだ寝てるんじゃないですか?」 「いや、起きてるぞ。元々は看病をしていたレイヴァンがあの娘が起きたと言うのでな。それを伝えにきたわけだ。だがあのままでは聞きそうに無かったからな」 「むぅ・・・確かにそうですが・・・・・・」
納得のいかないように唸るリリス。 しかし自分でも自覚しているだけに何ともいえない。 釈然としないものがあるが、それはそれ、これはこれだ。すぐに頭を切り替え、今まで座っていたイスから勢い良く立ち上がる。
「わかりました。それじゃあ行きましょう」
立ち上がったリリスは一度若干硬くなっている体を大きく伸ばしてから、寝室に向かって歩く。 その後ろからまるで影のようにルゥが続く。 そんなに広い建物ではない上にそもそも隣室なためすぐに寝室へ続くドアにたどり着く。
「はいりますよ、レイ」
ドアノブを回してドアを開き寝室へと入る。そしてそれとほぼ同時に中から少年の声が響いてきた。
「母さんっ!来るのが遅いよ。それに父さんも。すぐに母さんを呼んでくるって言ったじゃないか」 「すまない。こっちにも色々と事情があってな、少し遅れた」 「ごめんなさいね、レイ。それよりどうかしたの?そんなに慌てて・・・・・・」
少年の名はレイヴァン=アレイヤ。 リリスのことを母と呼び、ルゥのことを父と呼ぶが、勿論本当に二人の子供というわけではない。 この少年は現アレイヤ家の当主であるリリスの姉の子だ。リリスの姉の子供はこの少年しかいないため本来なら家で跡取りとしての教育を受けているはずだが、事情があってリリスとともに家を抜け出してきたのだ。 それ以降リリスとルゥが少年の世話をしているうちに、気づけば少年は二人を実の親以上に親として見るようになっていた。そして今に至るわけだ。
「あー・・・・・・。説明するより直接話した方が早いかな。こっちにきて」
そう言うと二人を先導して部屋の奥に向かう。ちょうど部屋を二分するように仕切りがあり、ドア側からでは奥のほうを見ることができない造りになっているのだ。 あまり意味は無いと思うのだが、この宿の主人が言うには防犯対策なのだそうだ。あの仕切りでいったい何を防げるのかは限り無く謎だが。
少しばかり歩いて仕切りを越えると、そこにはベッドの上で上体を起こしている少女がいた。 赤い髪に赤い瞳。リリスが林で助けて運んできた少女だ。
「あ・・・・・・」
リリスたちが仕切りを越えてきたのに気づいた彼女は怯えたようにビクリと体を震わせた。 リリスがレイヴァンに向かって『何をしたの』といった視線を送るが、少年は勢い良く首を横にふり自分は何もしていないとアピールする。 少し思案顔になるリリスだがすぐに納得した。 少女からすれば目が覚めたら自分が全く知らない場所だったのだ。恐らくはレイヴァンだけでも怯える対象にはなっていたのだろうが、それに更に知らない人間が増えたのだ。 同じ環境に追い込まれれば自分でも怯えるだろう。ならば、すぐにそのおびえを取らねばならない。 そう思ったリリスはなるべく怖がらせないようにゆっくりとやわらかい口調で少女に話しかける。
「ええっと・・・・・・大丈夫?あなたは怪我をして気を失っていたから私がここに運び込んできたのだけど・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・」
しかし少女はまるで何も聞こえていないようにリリスを眺めたまま動かない。
「あの・・・・・・?ユナ・・・・・・ちゃん・・・?」
念話で聞こえてきた声は娘の名をユナだと言っていた。あの状況なら普通この少女がそのユナのはずである。 なんとなく名前で呼んだら反応するかもしれないと思いリリスはそう呼んでみたのだ。
「・・・・・・ゆ・・・・・・な・・・?」 「そう。あなたの名前はユナちゃん・・・・・・よね?」 「・・・・・・・・・・・・」
何故か疑問系で返してくる少女に困惑するリリス。まさか本当に人違いだったとでも言うのだろうか。 彼女が確認するために口を開こうとするが、それよりも速く少女の声が放たれていた。
「あた・・・しは・・・・・・あたし・・・・・・は?」
しかし少女は何かを言いかけてそこでピタリと言葉を止める。 それから何かに気づいたようにハッと驚きそれから顔を真っ青にして体を細かく震わせた。 少女の様子に驚いたリリスが『どうしたの!?』の叫び彼女の肩をつかむが少女はそれすら気づかないようにうわ言を繰り返している。 後ろに控えていたルゥとレイヴァンも少女の異変に気づき不審に思っている。
「しっかりしなさいっ!!」
リリスが少女の肩を掴んでいた手を更に力を込めて掴み、自分を彼女の顔の正面において少女が自分の顔を見るようにする。 だがそれもさほど効果はなく、少女はうわ言を繰り返しながら自分の頭に手をやりイヤイヤをする様に頭を横にふる。
それから正面にいるリリスをまるで懇願するような目で見ながら、恐怖で歯をカタカタと鳴らせながら、彼女は呻く様に言った。
「あ、あたしは・・・・・・・・・だ・・・れ・・・・・・?」
――――――続く。
あとがきとかそんな様なもの。
何やら色々な設定をぶち壊してる気がしないでもないですが、まぁ・・・それは追々どうにかしていきます。
で、今回はいくらか補足を。 私の頭の中では、ラナドリス領とはリディスタから西に行った連邦との国境付近になります。エドニスの村は地図上にある山(あの茶色いの山ですよね・・・?)のふもとにあります。
次にルゥの名前。これはあくまで愛称なので本名ではありません。そのうちだします。
最後に、サブタイトルについて。 意図して『Epilogue』とつけています。間違いじゃないですよー。
追加。これは本編からして過去のお話になります。
さて言いたいことも言いましたし、今回はコレで。では。
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