| 2004/11/14(Sun) 02:34:50 編集(投稿者)
◇ 蒼天の紅い夜 ◆
心を閉ざそう。
自分の心を守るために。
心を閉ざそう。
何も感じずにいるために。
心を閉ざしたままでいよう。 冷たい氷の世界の中に,わたしが一人で居られるように。
わたしの望む,未来の為に。
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槍を振るう。
途端渦巻く暴力的な氷雪,荒れ狂う空間。魔力の渦。 わたしは鋭く周囲を睨み,逃れた敵を確認・追撃に移る。
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敵は一人。 他国の密偵と言う情報が,わたしの魔法駆動機関の頭部装甲外殻()のバイザーに片隅に表示されていた。
冷静に思考の隅でその事実を捉えつつも,わたしは動きを止めない。 足元に発生させたわたしの魔法――唯一使う事のできる"凍てつくココロ"を展開・行使。 局所的に展開された圧縮氷雪空間は,わたしを地上3cmの場所に浮上・位置安定化させ,そのバランスを恒常的に維持する事で物理的制約に捕われない高速機動を可能にする。 ―――闇を動く影を捉えた。
一瞬だけ交錯から敵諜報員の姿を解析。 体の部分部分をそれぞれパーツの違う魔鋼鎧で覆っている。
――シルエットから男性と断定。共有情報に追加,解析続行。 『了解()』
人工精霊ニドの返答を思考の片隅で聞きながら,わたしは更に敵を追い詰める。
"凍てつくココロ":左手収束・行使
若干のタイムラグと同時に闇の中に氷色の球が生まれる。 魔力を帯びたそのエネルギー体は,高速で回転する物理力の塊だ。 本能の成すこの力。 思い通りにならない事など何も無い。
国境も近い山脈の麓,とある森の中。 わたしは不法入国した他国の密偵の一人を追い詰めている。 この先は崖,それも1000年前の戦争時に出来た高エネルギー収束攻撃の余波で出来たものだ。どんなレベルの魔法が駆動されたのかは知らないが,崖の底は見えない。
チェックメイト。
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森の中を高速で移動する二つの影は,追うものと追われるもの。 片方は法を侵すもの,もう片方は法を守るもの。 どちらも自国の利益の為に行動しており,どちらも自分の未来の為に行動している。
立場こそ違えど両方の根底に共通するものは同じだった。
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森が途切れる。 わたしはバイザー部分だけを限定解除・肉眼で状況を確認。 敵は追い詰められている事に気づいたらしく,現在攻撃態勢を整えている。
わたしの魂の中にあるという生体魔力変換炉――それが敵の収斂する魔力を感じる。 魔鋼()で体を覆う彼は,その腰に携えていた小剣を構えた。 解放される魔力は剣型魔法駆動媒体()を覆い,それを一振りの炎の長剣に変化させる。
…感じる。 敵は本気だ。他国に侵入するレベルの敵は,きっと軍の戦士よりも力を持っているに違いない。 解放された魔力――その収束密度・制御レベル,どれを取っても一流の戦士だ。 ならばわたしも本気で戦わなければ負ける。
殺す。 躊躇いはない。
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――解放・行使 相対するわたしは――左手に収束させておいた氷色の球を解放し,右手の氷槍と合わせて再形成する。
"凍てつくココロ":行使:再形成:長剣
最も得意な武器の一つ,長剣。 これを持つ覚悟とは――相手を葬ると言う決意の表明。
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月光の下,二つの影は同時に動いた。
接近し打ち合う紅と蒼。 2合,3合と刃を交え,その度に迸る余剰魔力の緑光。
打ち負け紅が離れ中距離魔法を連続投射するも,蒼はその攻撃の全てを一定範囲内で出現させた同数の盾で完全に拡散・無効化する。 逆に蒼の反撃は,氷の槍の多数同時行使。 生み出された計12の氷槍。紅の炎を使う男はそれを防ぎきれず半分以上をまともに食らい,吹き飛ばされた。
その後を追う蒼。態勢を整えようと足掻く紅。
崖の淵。 蒼は高速で紅に接近・交差した。
振りぬかれる蒼い剣。
血飛沫が舞い,大地が濡れる。
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剣が消失する。 魔力周束帯は,行使者がそれを解けば形を失う。 小さな蒼い影は倒れ伏す敵の亡骸を一瞥し,そして帰途につく。
そのまま連なる森の中へと歩き去った。 そして,二度と戻ってくる事は無い。
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「…任務終了。SSKGH1506地点にて目標を撃破。回収班まわせ」 『了解。ヴァルキリーA962は帰還し待機につけ』 「了解。VA962,帰還する。交信終了()」
歩きながら少女は装甲外殻を外した。
目に浮かぶのは先程の光景。 月明かりの下で行った決闘の光景。
振りぬく自分の剣,舞う血飛沫,倒れた敵,血に塗れる大地。
そして――血に濡れた氷の長剣()。
鋭い視線はいささかも衰えず,見据える前は暗き森。 戻らなければならない。 次ぎの任務へ備えるために。未来を切り開くために。
例え―――
わたし自身が血にまみれていたとしても。
遠い遠い時の彼方に居るだろう,多くの同朋達の為に――。
>>>END
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