Release 0シルフェニアRiverside Hole

HOME HELP 新着記事 ツリー表示 スレッド表示 トピック表示 検索 過去ログ

■11 / 親記事)  ★公開開始"蒼天編"
  
□投稿者/ サム -(2004/11/06(Sat) 10:49:57)

    ――闇を駆ける。
    複数の逃げる影を追って駆ける駆ける駆ける――

    追われる方と追う方。
    そのどちらもが生身の人間であることは暗い夜の街でも明確にわかる。
    道の両脇に点在する街灯によって,彼らの存在を明らかにしていた。


     ◇ 序章『暗闘』 ◆


    時折後ろを振り返る,集団――20台前後の若い連中だ――は,追跡者を振りきることが出来ないこの状況に心底おびえていた。

    たった一人の追跡者に。
    自分達は,"EX"であると言うのに。
    力を持つ者と証明するその単語は――また別の意味をも持っている。

    排除される者――そんな意味を。


     △   ▽


    自分達が優位である状況はたった一つ,集団であると言うその一点に尽きていた。
    それ以外の状況を好転させる要因は自分には見つけ出すことが出来ない。

    ――どうする?

    殿を駆ける少年は考え続ける。
    追跡者の視線を背中に受けながら。
    想像以上に辛い。

    プレッシャーに押されつつ,この集団のリーダーである彼は思考する。
    如何にこの場を逃れるかを。


    追跡者が通常の警察組織の人間だとするならば方法は容易だ。
    包囲される前に逃れることなど造作もないし,例え囲まれたとしても強行突破することも出来る。
    自分達はそこいらの魔法使いなど目じゃないほどの能力を持っているのだから。

    しかし。
    これが軍人相手だと立場が全く変わる。
    奴等はその一人一人が自分達と同等かそれ以上の能力を持っているのだから。
    それは基礎能力が同等かそれ以上,と言う意味だ。魔法まで使った戦闘など想像もしたくない。

    それに比べて,と愚にもつかない思いに捕らわれる。
    自分達は,生まれながらに周りから差別されてきた"排除される者"。
    生まれ持つその力故に。
    毎日が生きるか死ぬか,殺るか殺られるかの人生。
    そんな毎日が嫌で嫌で,そんな社会をどうにか覆したくて作ったこのグループ。
    得られたのはちっぽけな満足感と微かな安らぎ。
    そして底抜けの虚無。

    やってる事は変わらなかった。
    日々を他チームとの抗争に明け暮れ,生きるために強盗までやってきた。
    一人でやっていた頃と何も変わらない――むしろ増長したのか…。

    警察など相手にしないオレ達の能力。俺達を止めるものはないと目を逸らし続けていた現実世界。
    しかし,心の隅で何時かは必ず来ると思っていた終焉。

    俺達は終わりだ。
    奴等――王国軍が来たのだから。


    逃げ延びることは出来ない。
    ならば―――やるしかない…。

    そう,決断した。


     ▽  △


    少年は左手を握り締める。
    すると,その指に填められた三つの指輪が鈍く光りを発し始めた。
    疾走しながらのその動作と気配の変化は,すぐに周囲に伝わった。

    仲間達ももう逃げ切ることは出来ないと感じていたのだろう。
    リーダ―と共に,己の魔法駆動機関――「ドライブ・エンジン」を駆動させはじめる…!
    そして,凶悪に膨れ上がる後方からのプレッシャーに押しつぶされまいと少年は叫んだ。


    「いくぞてめぇら! 最後のパーティの始まりだァッ!!」


     ▽  △


    前方を疾走する彼等が立ち止まった。
    各々が,何処かで強奪したのだろう戦闘用の魔法駆動機関――ドライブ・エンジンを全開稼動させている。
    全身を覆う独特の装甲外殻が,追跡者――わたしへの敵対心をひしひしと伝えようとしているように感じる。


    事前の調査報告書から知ってはいたが,彼ら全員がEX――"排除される者"だ。
    生まれついての特殊能力持ちで,彼らは絶大な力を持つ。だから恐怖・排他の対象にも成り得る。

    しかし。
    彼らが"EXであるが故"に通常の魔法駆動機構(ドライブ・エンジン)は起動不可能のはず。
    戦闘において身体能力を増幅させる外殻装甲どころか,普段の生活で触れるちっぽけな駆動式すら稼動は困難なのだから。

    だが,彼等はそれを稼動させている。それどころか全開稼動まで持っていっている。
    即ち――

    (どこからか"あの"技術が漏れている,と言う事…?)

    もしくは,"彼らの後ろにいるだろう組織の中に" 駆動式を付け加える事の出来る優秀な技術者がいると言う事か。
    まぁ,どちらにしても。

    (彼等を拘束する事は――変わりはないか。)

    相対するために立ち止まった。
    彼らは既に戦闘態勢に入っている。数は8人。
    こちらも外殻無しでは少々のダメージを覚悟せねばならない人数だ。が――

    明日の事を考えると,無駄な怪我はしたくない。

    「装甲展開」
    『了解  駆動:装甲開放:ヴァルキリーヘルム』

    思考の片隅を占有する人工精霊が主の命令を受諾し,それに従って駆動式を稼動させる。
    呟きは魔力を誘導し,両耳につけられているピアスへと流れ込んだ。
    強制的に流し込む魔力は,ピアス型の特殊金属(ミスリル)に刻み込まれた起動式を作動させ,連鎖反応で魔法駆動式を起す。

    一瞬の出来事。
    その体を深蒼の鎧で包み,更に何時の間にかその右手には氷色の突撃槍(ランス)。
    戦闘準備,完了。


    苦い思いと共に,目の前の少年達を見つめる…


     ▽   △


    少年が呟く。

    「ヴァルキリー…マジかよ」

    小刻みに震える彼の様子は,すぐに周囲にも動揺を伝染させた。
    ヴァルキリーの名を聞いた彼らは,すぐそれの表す意味を思いあたる。
    戦乙女の名を冠するその装甲は,王国軍から実際戦地に派遣される魔導部隊が正式採用している物だ。
    あちらは防性の外殻とは言え,スペックが違う。

    勝ち目は薄い。

    …が

    「諦めるわけにはいかねェ…」

    ギリ,と奥歯をかみ締める。
    崇高な思想を持つ彼らのために。
    こんな自分達を受け入れてくれた彼らの為に――

    「負けるわけにはいかねぇんだよおおおおおお!!」

    戦いが,始まった――


     ▽   △


    漂う冷気の中,わたしは辺りを見まわす。

    倒れ伏す陰が四つ。
    戦いは数分と短時間で終わった。
    一方的に蹴散らすだけの,戦闘とも言えない戦闘――掃討戦か。

    わたしは,そのうちの一人…やむを得ず重症を負わせてしまった人達の応急処置を施すと,通信装置で軍・警察に連絡をとった。
    後10分もしないうちに応援が到着すはず。

    重傷者2名,軽傷者2名。
    残り半数は引き続き逃走している。
    彼等は,仲間を見捨てて逃げ出したのだ。

    (無理もない…か)

    でも,わたしはそんな彼等の判断を嘲笑う事は出来ない。
    もし同じ立場なら,そうしたと言う可能性も否定しないから。

    夜明けまで,そう時間はない。
    応援が到着次第,急いで戻らねば――
    不意に。
    フルフェイスのハードシェル(外殻)を外したい衝動に駆られた。

    「装甲解除」
    『了解  装甲解除(リバース)』

    魔力が渦巻き,体全体を覆っていた装甲――ヴァルキリーヘルムが元のピアスへと収束して行く。
    同時に,解放された青い長髪が背中を撫でた。

    蒼い瞳,蒼い髪。
    憂いを浮かべるその表情は月に照らされ

    いつまでも,月を見上げていた――


    >>続く
引用返信/返信 削除キー/
■12 / ResNo.1)  ★"蒼天編"1話
□投稿者/ サム -(2004/11/06(Sat) 18:55:54)
     ◇  一話『日常』  ◆


    エルリス・ハーネットと言う少女を端的に表してみよう。

    …眠そうに青い目をこすっている。
    ふらふらと左右に揺れながら歩いている。
    起き抜けだからだろう,普段はきれいなストレートの青い髪は所々ハネていて,向かう先は洗面所か。

    起き抜けのエルは相当鈍い。
    今だってとっくに予定時間を過ぎているのに,ゆったりと身支度を整えようとしている。
    それは生来のマイペースを意味していて,こればっかりは死んでも治りようがないと私は諦めていた。
    でも…ちょっとは相方を気にしてくほしいな。

    「毎度の事ながら思うんだ。どうして私はここにいるんだろう…って。」
    「…?」

    鏡越しに不思議そうに首を傾けているエル。ぽけーっとしている彼女は愛くるしいと言っても良いかもしれない。時と場合によりけりだけれど。ちなみに今はそう言っている場合ではないことは明記しておく。

    「だってさ。エルがここに来てから…私がエルと組んでからは朝礼に出れた試しってものがないんだ…ああ,エルと組むのが嫌って事じゃないのさ。ただ,どうしていつも同じように朝礼に間に合わないように起床するのかな? …できるのかな? と,こう疑問におもっちゃうのよ。」

    エルはぽけ〜っと鏡越しに私を見ながら,それでも髪を梳かす手を止めない。
    私は,つい2分ほど前ま彼女が寝ていたベッドの端に腰掛けながら続ける。

    「そう、朝礼はそんなたいした意味を持つもんじゃないけど。そんなことは判ってる。でもね…」
    「うん」

    今朝初めて聞いたエルの第一声。
    いつものことに過ぎないので気にせず続ける。

    「私が言うのも何なんだけど,ケジメってのはつけないといけないと思うんだ…何にしても。」

    次第に眠気が覚めてきたらしいエル。彼女の瞳に微かに宿る光は知性という名の輝きなのだろうか。
    その知性が気にしているのは,きっと昼食のことなんだろうけど。

    多分私の言っている意味は通じてないんだろうな〜と思いつつも本音を吐く。

    「…また朝礼連続遅刻記録更新。罰は部屋の組(ユニット)単位。つまり隣の部屋でエルと組んでる私も同罪ってこと。謝罪とか贖罪とかそんな感じの意思があるなら聞いとくよ。」

    精一杯の譲歩とか優しさとか思いやりをふんだんに盛り付けた私の言葉。エルの反応を見る。
    すっかり身支度の整ったらしいエルは視線を 私…→開いた窓,気持ちの良いくらい晴れている…→天井…→私の顔,とぐるりと見渡すように移動させ…にっこりと笑った。

    「ごめ〜ん」
    「許すかこの阿呆がーーー!!」

    怒りの叫びが響き渡る王立総合学院寄宿舎女子寮棟。
    窓の外…その朝礼に参加している学友達の間では『またやってる…』などと苦笑する光景が広がっていた。




    >>続く
引用返信/返信 削除キー/
■13 / ResNo.2)  ★"蒼天編"2話
□投稿者/ サム -(2004/11/06(Sat) 22:39:29)
     ◇ 二話『エルリス・ハーネット』 ◆


    私から見たエルリス・ハーネットという少女。
    少女とはいっても私と同年代の女の子で学友だ。
    普段からぽーっとしている彼女は,その雰囲気には似合わないほど頭の回転が速い。
    運動神経も抜群。戦闘訓練もマジメで何をやらせても器用だ。
    しかし、そんな彼女にも弱点がある。


    エルリス・ハーネットは魔法が使えない。

    王立総合学院――ここは将来の王国を背負って立つ人材を育成する,都市内でもトップクラスの進学校。王国内で見ても有数の名門だ。
    開講している科目は多岐にわたり,一般の初等数学講座から高度な政治学,最新の科学技術などなど例をあげると限がない。
    その数ある講座の中から,私達学生は自分の目指す将来――の手助けになる科目を選ぶ。
    王国議会に参加し国を運営したいならば政治系。
    中央の科学技術研究所で科学・人類の発展のための研究をしたいならば理数系。
    魔法研究者をめざすならば魔法学。
    王国の守護を担う王国軍――引いては宮廷衛士を目指すならば,派遣されてくる現役軍人の執る基礎軍事教練科目など。
    進むべき方向は様々。しかし,そのどれにも共通する講座が存在する。

    それは『魔導技術』

    一般に魔法と呼ばれる術の基礎を学ぶ講座,とでも言えば良いだろうか。
    私達は普通,印によって世界に偏在する魔力を精神に集約し,ミスリル(特殊金属)に刻まれた魔導機構を回して魔法を使う。
    ミスリル自体の形は何でも良い。要は魔力を魔導機構に伝えるためだけの媒体なのだから。
    なので,ミスリル無しでの魔法行使――世界干渉は,微々たる影響しか与えることができない。
    魔導機構は駆動式が集合したもの。要は魔法を駆動させるブースターとかアンプとか,増幅器みたいなものだ。魔力を具体的に方向付けする役割も大きい。


    現代においては,魔法は生活から密接に関わっている。
    コンロの火を起こすのだって炎系の簡易術式に魔力を通すことで成り立っているし,携帯式通信機の稼動電源も雷系の簡易術式に魔力を通せないと使えない。
    科技研で使う機器のほとんどは高度な魔導術式が組み込まれていると言う噂だし,いずれ免許をとったら車にも乗るだろう。そのときの駆動機関も魔導術式が関わってくる。


    エルリスは,このミスリルに魔法を通す――いや,ミスリルに刻まれている魔導機関…それを形成している"駆動式"を動かすと言う事が極端に苦手だった。むしろ出来ない。そのくせ全く気にしない。

    流石に生活に関わる部分は辛うじて大丈夫らしいが,軍事教練で使う特殊武装(ほとんどがミスリルで加工されていて,どの武器でも共通魔法は使用できるようになっている)のレベルともなると全く動かすことができない。
    …魔法効果の無い武器を使った,至って普通の戦闘訓練はマジメなくせに。

    本人曰く

    『できないことをがんばっても,しょうがないでしょう?』

    あまつさえ微笑みながら言いやがったあの阿呆め。
    武器を使った戦闘訓練は,私と同等かそれ以上の技術を持っているのに,魔法が使えないと言う――その致命的な一点において,彼女は戦力としては換算できない。


    『ほら、人には向き不向きってのがあるじゃない』

    ならなんで,軍事教練なんて科目を取ってるのさ。
    頭が良いお嬢さんなら理系でも政治系でもどっちでもやってけるじゃない。

    『んー…興味ないし』

    うわ"てへ"とか言いましたわよこの娘。
    …そんなこの娘を"かわいい"と思った私は負け組みか。


    そんなやり取りをしたのは彼女がここにきてから数日たったとき。
    今から半年ほど前の事だ。

    そんなこんなで…エルリス・ハーネットという少女は,転校してきたときからの連続遅刻記録の更新者(永久に塗り替えられることは無いと思う…)に加えて,極度の魔法音痴としても周囲に知れ渡っていた。




    >>続く
引用返信/返信 削除キー/
■15 / ResNo.3)  ★"蒼天編"3話
□投稿者/ サム -(2004/11/07(Sun) 02:54:47)
     ◇ 三話 『小さな変化』前編 ◆


    ここ最近,どうやらまた武装グループの活動が活発になりつつあるみたい。
    今朝のニュースでも軍との小競り合いが起こったらしい。規模は小さく構成員の半数検挙されたのが幸いだろうか。武装グループと軍の交戦区域がこの近辺だと言うことが少々不安の種だが,今なら軍,警察が多く出入りしているからまずは安心と思っても良いだろう。

    私は寮の食堂でニュースを見ながらご飯をぱくついていた。
    エルリスも同席しているが,ぽけーっとニュースを眺めるばかりで食が進んでいない。このままだと授業にまで遅れる可能性が出てくる。

    「ほらほらエル。とっととくっちめー飯なんてさ。早くしないと授業に間に合わないよ」
    「ぁ。ごめん、またぼーっとしてた」

    我に返ったらしいエルは,よくわからない言い訳をしつつ食事を再開・私もお茶をすする。
    ついでになんとなく,ニュースのことを口に出した。

    「いや、しかし物騒になったもね。」
    「そだねー」
    「またテロか〜。リヴァイアサンの連中かね?」
    「ん…、海竜王とは別の小規模のグループかな」
    「…へ〜。そなんだ。」

    私の言うリヴァイアサンとは,王国北国境付近を中心に活動しているEX集団の武装集団で,付近では最大の勢力。
    しかしエルはやけにはっきりと違うと断言した。
    そんな言葉に相槌を打ちながら,私は時計を見る。

    12:45分。
    授業開始20分前だ。
    午後は座学が2コマ続いてその後3時間の軍事教練が入る。
    今日は普通の武器を使った戦闘訓練になっているからエルも普通に混じることができるはずだ。
    む、どうやらエルの食事が終わったみたい。

    ガタガタと椅子をならして私は立ち上がる。

    「…よし、後半日がんばろっか!」
    「おー」

    かわいらしく右手でグーを掲げているエル。
    かわいい、確かにかわいいが…!

    「箸は置いときなさいな」
    「自分でもそう思った」

    頬を染めながらそう返すエルも、なかなかに可愛いと思ってしまった。


     ▽   △


    何とか午後の座学には間に合い,私は居眠りをしつつ恙無く授業を終える。
    戦闘訓練は他学科の連中と合同で行うもので,私はランダムに組まれた対戦相手を容赦無く叩きのめしながら日ごろのストレスを晴らす。ああ なんて素晴らしい哉 実習講座。

    エルも戦闘訓練だけならば相当強い。
    基本の剣の構えは様になっているし,他の武器でもなんでもいけるのだろうと思う。
    下手すると,私より強いのかもしれない。
    …しかし,実戦を想定した,魔法も使用する演習ともなるとエルはほとんど役に立たなくなってしまう。
    エルリス・ハーネットは魔法を駆動できないのだ。

    語弊があるかもしれない。
    駆動できないのは起動式が複雑な――魔導機構を組み込んだもの。

    エル曰く,

    「なんでこんなのに魔力を通せるの??」

    だそうだ。

    生活に必要な最低限の簡易起動式(スイッチ)は扱えるものの,それ駆動式の集合体,魔導機構ともなるとどうしても動かせない。
    機械音痴と似たようなもの,とは本人の言だが…私には別の原因があるように思えてならない。

    現代の戦闘において,魔法は必要不可欠な戦力であることは歴史から見ても現在の状況を見ても明白な事実だ。
    使える・使えないは戦いにおいて明確な生死を決定する直接的な要因になりうる。

    故に,エルは学院の教員連中からコースを変えないか,と再三の忠告を受ける状況になる。
    実は私もその教授方の意見には賛成している。
    無論,私はエルが好きだし親友とも思っている。
    彼女が何を思って戦技科に席を置くのかは判らないが…いずれ決定的な分かれ道に行き当たることになると確信もしている。
    私とエルの進むだろう道は,きっと違う方向なのだろうから。

    しかし、まぁそれは少し置いておく事にしても,エルはこの現代社会で生きていくには結構困難が伴うのではないか,とも思っている。
    いわゆる部分的身体障害…とでも言えば良いだろうか?
    その負担をなるべく少なくできるよう,できうる限り私はエルと行動する事にしていたりする。
    このことは無論内緒。


     ▽   △


    今日も一日無事終わった。
    シャワーも浴びたしご飯も食べた。
    後は寝るだけ。
    エルとは部屋が隣同士なのでお互いの部屋の前で別れる。

    「明日こそ,ちゃんと起きんのよ?」
    「ん、がんばる。」

    出会った次の日から何度も繰り返してきたこのやり取り。
    爽やかに笑うエルに,私は信用度0の笑顔で返す。
    明日も起こさにゃならんのか,と思わないでもないが…エルの寝顔を見れるのは正直役得と思っているのでまぁかまわないかって気にもなる。発想がオヤジ化してる気がする…花も恥らう18歳の乙女がこれか
    …エルにお休みを言って部屋に入ろう。

    「んじゃおやすみ」
    「おやすみねー」

    ぽやぽやしてて愛いやつめ、なんて…やはりオヤジ的発想をしてしまうほどエルは極悪に可愛い挨拶で部屋に入っていった。
    そんじゃ、私も寝ることにしましょうか――。





    >>続く
引用返信/返信 削除キー/
■16 / ResNo.4)   ★"蒼天編"3話後編
□投稿者/ サム -(2004/11/07(Sun) 09:02:05)
     ◇ 三話『小さな変化』後編  ◆


    エルと別れて自室に入ってすでに2時間。
    時刻は午前0時を少し回ったくらい。
    …だが

    「 ね む れ な い 」

    区切るように呟き,私は諦めて目を開いた。

    寮全体は静まり返っている。
    11時消灯という普通に考えると異常な厳しさだが,それくらいがこの学院にはふさわしい気もする。
    どうせ一日の講座で全力を使い果たして夜にはくたくたになるだけなのだ。夜更かしする気力なんてあるはずが無い。

    何時もは朝までぐっすりと眠ってしまう私は,今日は珍しく目が冴えて眠る事ができなかった。
    今寝ないと明日…もう今日か。の授業中に居眠りは必然と思わないでもなかったが,どうせ寝ちゃうんだし、と諦めることにした。

    ベッドを降りる。
    ひんやりとしたフローリングの床が冷たい。
    季節が秋だという事もあって気温も低い。
    寒い寒い、とぶつぶつ口の中で呟きながら私服に着替える。
    わざわざ教練用の実習着に着替えることもあるまい。女の子だし。

    机の明かりのみをつけて,ミスリル製の腕輪を眺めた。
    これは私の魔法駆動機関(ドライブ・エンジン)だ。刻印されている駆動式数は2。
    実戦でも通用する実用品…らしい。
    私の実家の隣の家に越してきた,退役した女性軍人から色々あって譲ってもらったのだが,私はただ貰うだけを良しとせず,当時やっていたバイトの給料から対価を払いつづけた。無理やり送りつづけた。

    彼女は現役当時優秀な仕官だったらしい(本当かどうかは定かではないけど)。私は彼女にあこがれて軍人になろうと思った。だからここに居る。

    くるくると人差し指で腕輪を回す。
    駆動式を稼動させるには魔力が必要になる。多くの魔力を誘導するには精神が強くなければならない。
    印が取りこむ魔力量は印それ自体で制御されている。国家試験に受かり,王国の公務員になれば,その職種に応じて相応の印を授かる事が出来る。…まぁ現状では望むべくもないことではあるけど。
    そんな状況にある現在,取りこむ魔力が制限された状態で最大限の効果を発揮したいのならば,それらを最高率で伝達する必要がある――すなわち精神の細やかで精緻な制御が必須となる。

    駆動式を二つともなると,今のは私にはまだまだ困難な作業だ。
    おばあちゃんはどうやってこれを扱っていたのだろうか――?。


    カタン


    不意の物音に,私は思考を切り替える。
    私は耳を澄ませ――それが隣部屋,すなわちエルの寝室からの物音だと断定した。

    (…なんだ,エルも眠れなくておきだしたのかな――?)

    静かに席を立ち,彼女の部屋へ向かおうとした…そのとき。

    ガタガタ,ガタ。
    カタン。

    疑問に思うまでも無く,それは窓を開け放った音だった。
    なんで? と今度は疑問に思った次の瞬間。

    ガタ、たっ


    "何かを蹴り出すような音"


    私は飛びつくように窓を開け,エルの部屋の方向を見た。
    開け放たれた窓,夜風に揺れるカーテン。

    凍りついた心で下を確認する。人が倒れていたら―――そう思うまもなく私は寮の庭に視線を向けた。
    満月の光が辺り一面を淡い蒼で彩っている。
    そのどこにも―――どこにも誰の影も落ちていない。誰も落ちていない。ならエルは――…? !
    不意の予感。
    それは,遥かな前方の学院の外壁の上へと視線を向けさせた。
    しかし――

    (遠すぎる,見えない!)


    「限定解放:頭部装甲:視覚補正」
    『了解  駆動:隠者(ハーミット)』

    思わず手にしていた魔法駆動機関(ドライブ・エンジン)を限定的に解放した。
    人工精霊の機械的なメッセージと共にハーフフェイス型のバイザーが顔を覆う。
    その半透明のディスプレイに拡大表示されるその向こうには――


    私は見た。
    拡大・補正された視覚ではっきりと認識できる薄青い髪が,学院寮の外壁の上に立っているのを。
    彼女の部屋の異音を察知してから…まだほんの30秒ほどしか経っていない。はずのだが,エルは――彼女と思われる人物は,青い髪を夜風に揺らしてあそこに立っている。直線距離にして約300m以上離れているはずの,外壁の上に。

    数秒の停止状態から,ふ、とその姿が掻き消えた。


    私はそれから数分動くことができなかったらしい。
    秋の夜風で体は冷えてしまっていたが、我に返るともう一度外壁を見てみた。
    もはやそこには誰も居ない。だが、エルはそこに立っていた。立っていた筈だ。

    なぜならば――
    私の脳裏には,エルリス・ハーネットの後姿ははっきりと焼き付いて離れなかったからだ。





    >>続く
引用返信/返信 削除キー/
■17 / ResNo.5)  ★"蒼天編"4話@
□投稿者/ サム -(2004/11/07(Sun) 15:03:38)
     ◇ 四話『追跡@』 ◆

    集団で生活する場。
    そこにおいて,規則と言うものは大きな意味を持つ。

    以前,消灯後に寮を抜け出して街に繰り出した馬鹿な生徒達が居た。
    彼らは夜の街を遊びまわった挙句に酔って喧嘩をして傷害事件を起した。
    …彼らは教訓と言う名の礎になってくれた――もっとも。
    その時には,彼ら自身とはもう関係の無い教訓だったのだけれど。

    それ以来。
    消灯以降の無断外出は,ばれた時点で退学…とまではならないけれど,退寮は覚悟しなければならないらしい。
    そして私は,昨夜…窓から部屋を抜け出すエルリス・ハーネットを目撃してしまった。



    正直。

    (私は…一体どうしたら良いの…?)

    などとシリアスに考えたのは,ほんの数秒。

    今朝は,何時もの通りにエルを蹴り起して朝礼に遅刻して,一緒に罰を受けてご飯を食べて,と,私は日常を重ねる事にした。
    エルを親友とは思っているし,馬鹿な連中が原因で作られた寮則に基づいた退寮なんかには絶対にさせたくない。
    だが,気になる所が無いわけでもない。
    それは些細な…と言うには大きすぎる違和感。

    昨夜,物音を聞きつけてから私がエルの姿を確認するまでに要した時間は約30秒ほど。
    その間に,"魔法が使えないはずの"エルが如何にして300m離れた外壁の,地上10mと言う場所に移動し得たのか,ということ。
    正直に言うと,その程度の距離は魔法駆動機関(ドライブ・エンジン)を使っても良いならば私にも可能ではある。
    しかし、エルは魔法が使えない,と言う大前提がある。
    正直聞くには人目がはばかるし,魔法云々の話題はなるべくはエルにはしたくない。
    故に。私が取る行動は…


    幸せそうにご飯を頬張るエルを横目に,きっと私の瞳はキラーンと光っていた――



     ◇   ◆


    消灯後一時間経過。
    時刻は午前0時を少々回ったばかり。
    今夜は,あらかじめ教練用の実習着を着こんでいる。
    退役女性軍人(おばあちゃんから)譲り受けた腕輪型の魔法駆動機関(ドライブ・エンジン)も装備済み。
    印を開くために精神も研ぎ澄まされている。

    今日の午後,密かに外壁周辺を調べて判ったのだが…0時を少々回った辺りが,南門周辺の見回りの警備員のおっさん達の交代の時間でもあるらしい。
    よって,昨夜のエルの後姿は,確認のためであったと言うかなり正確だろう予測が成り立ったし,それ故にあれは夢でもなんでも無かったという証拠にもなる。
    何であれ,私ができる事は昨夜と同じ時間にエルが起すかも知れない行動を待つことだった。

    夜の街に繰り出す。
    それ自体は,騒ぎが起こったりしなければ別にかまわない。まぁ…ガラの悪いところに出入りしてるようならば友人として忠告,もしくは苦言を呈することは辞さないつもりではある。エルのそんな姿は想像はできないけど。

    ただ,エルの場合は"それ以前"が問題なのだ。
    抜け出すことに異論が有る無し,ではなく。
    "術も無いのにどうやって抜け出しているのか?"と言うことが問題だ。

    もし。
    私の予測が当たっているならば…エルリス・ハーネットという少女は――


    かた


    ――起き出した,かな



    カタカタ
    ぺた。ペタペタペタ…カタン。
    ゴソゴソ


    なにやら隣から怪しげな物音が聞こえ出した。
    昨夜は余りにも小さすぎて聞き逃していたらしいその音は,感覚を研ぎ澄ませている私の耳にしっかりと入ってくる。

    …ゴソ カタン。

    クローゼットを閉じた音。
    あれ。音がきえた…?


    かた,カタン。


    数秒後,気配も感じさせずに窓を開け放っていた。

    かた たっ

    昨夜と同じく窓枠を蹴って飛び出すその音を聞いたのと同時に私は――

    「――ドライブ」

    呟きと共に,腕輪に魔力を誘導・魔法駆動機関を稼動させ始める――!


     ◇   ◆

    人間と魔力。
    それは全くの別物だ。
    それをうまく精神に誘導するために印が存在する。
    世界に偏在する魔力を取りこみ"精神と通わせる"為の門。それが印の役割だ。
    印は,それを使用するものが決めたキーワードによってのみ,その役割を発動させる。

    私は第五階級(ランクE)に限定されている印を精一杯開放し,流れ込む魔力を制御し,それを…実家の隣に引っ越してきたおばあさんから譲り受けた魔法駆動機関(ドライブ・エンジン)に向けて調節・開放する。

    「駆動開始・限定展開:装甲:疾風(はやて)」
    『了解  駆動:外殻装甲:限定解放:隠者(ハーミット)脚部ユニット:疾風』

    脳裏に浮かぶ人工精霊のメッセージと共に腕輪がその形を解放し,光となってつま先から膝までを覆う。
    薄赤の光が収束したその後,足に履いているのは先程までの戦闘演習用のブーツではなく,もっと機能的で鋭角的なフォルムの軍靴に似たブーツだ。

    『高速駆動脚部ユニット・疾風  正常に起動完了。』

    肩の上に半透明な姿を現した人工精霊『ロン』の報告に上唇を舌でなめる。

    「ん。ファイブ・カウントダウン。」
    『5 4 3 2 1 レディ』
    「GO。」

    力を解き放つように,私はエルを追って窓枠を蹴って飛び立った。





    >>続く
引用返信/返信 削除キー/
■18 / ResNo.6)  ★"蒼天編"5話『追跡A』前編
□投稿者/ サム -(2004/11/07(Sun) 19:06:14)
     ◇ 五話『追跡A』前編 ◆


    現在私は,印を介して取りこんだマナを自分の制御しうる最大効率で腕輪――魔法駆動機関(ドライブ・エンジン)へと伝達し,この"武装"を駆動させている。
    現在の状態は限定開放だけど,もともと軍用装備である(らしい)この腕輪が有する脚部ユニットは,高速機動を可能にする特性を持つ。


     ▽   △


    ――窓枠を蹴って外へ飛び出した。
    昨夜と同じく晴れ渡った秋の夜空。満天の星が輝き,冷え込んだ空気が私の心をも引き締めてくれる。

    本来ならば物理法則にしたがって,私は"地上と今いる5m上空と言うちょっとシャレにならない空間"を落下しなくてはならないのだが,そこで魔法駆動機関(ドライブ・エンジン)のもう一つの機能の登場になる。

    『身体の能力を補助する装置(デバイス)』
    魔法を駆動させる媒体としての役割のほかに,魔法駆動機構(ドライブ・エンジン)それ自体ははそんな機能も有する。
    軍用装備は,その特性は余計に顕著になってくる。


    いかに魔法が生活に密接しているものとは言え,使用者の精神と魔力にその力・方向性が依存すると言う点を見てみれば,コレは立派な武器にもなりうる。

    魔法は力だ。
    そして,とても強力な武器でもある。
    "起源"によって発見されてからの3000と余年,幾度も起こった戦争がそれを証明している。

    でも。
    魔法と言う力の特性と使用する人間の相性を良く考えてみると,実はある一点が原因でそれほど"便利ではなくなってしまう"。
    制限がつく,と言うこと。
    魔法の駆動に印と媒体が必須なのは,以前も説明した通り。
    でもコレは単に必要な外的な要因と言う意味を指している。(印はタトゥだから体の何処かにプリントしておけば良いだけだけど)
    先の二つの条件と,もう一つ。
    『精神制御』と言う条件も用意されている。
    簡単に言ってしまうと,魔法を駆動させるためには若干の精神集中が必要であり,そのタイムラグが戦いにおいては致命的な隙になりうると言う事で…その正しさを,歴史と史実と私の経験が証明してたりする。
    その"隙"を補うために,戦争当時色々試してきたらしいけれど,魔法駆動機構のもう一つの機能もその成果一つらしい。

    魔法駆動機関を稼動させると,機械的な仕組みでもう一つの回路も自動的に開放される。
    元々,王国で作られている魔法駆動機関は魔法を駆動させるためだけではなく、使用者の身体能力を,組みこまれた人工精霊と機械を使って増幅・補助させるためのデバイスでもある。

    魔力によって物理法則から解放されたミスリル(特殊金属)は,起動した人工精霊に従って使用者の意思を反映し,身体各所の能力を強化・制御する。
    魔法駆動機構(ドライブ・エンジン)の使用者は,意識の片隅に人工精霊を常駐させ,限定的に身体の制御権を貸し与えて半自立行動に移行する。
    その人工精霊が身体の制御を行っている間に魔法を駆動させる,と言う仕組みになっている。


     △  ▽


    『追跡モードに移行。今日はいったい何を行うつもりなのですか?』

    私の意識に常駐している人工精霊『ロン』が訝しげに聞いてくる。あたしゃそんなに意味不明な行動をしているのだろうか。しかもこいつの中では私が何か事件を起すことは決定事項みたいだ。
    …一度シメたほうがいいだろうか?

    『いいのですか? エルリス(ターゲット)が離れていきますよ』

    む。取り合えず後にしよう。
    思考を切り替える。


     △  ▽


    部屋の窓を飛び出した私は魔法を駆動した。
    それによって作られた重力の隙間を縫って向かいの寄宿棟の屋上に飛翔する。

    …飛び出したタイミングは私が数秒遅い。
    しかしそのタイムラグのおかげでエルには気づかれてはいないようだ。
    私は,寮の屋上から城壁の上に立つエルが辺りを見まわしている様子を観察する。

    多分警備員のおっさん達の姿を探しているのだろう。
    普段,見まわりのおっさん達は外壁の外側に建てられている詰め所に待機している。
    一時間毎に数人で学園の外壁を回り,異常が無いかを見て回っているらしい。
    この学園の敷地面積は結構広い。
    だから,警備員達はここ南門にいる彼らだけではなく,北,西,東門付近にも2,3箇所ずつ詰め所が設置されている。
    その中でもここは一番街に近く,以前の夜間の外出・傷害事件もあって,詰め所が建てかえられ,数人体制からユニット体制に変わっている。3チームがそれぞれ時間単位で交代しながら見まわりをしていると言う事らしい。
    その交代時間が,まさに今くらいと言う事になる。



     △  ▽



    「視覚補正:拡大」

    魔法駆動機構に刻まれている二つの魔導機構。その片方が,淡く光りを発し始める。
    私は確実にその流れと式を巡る魔力を制御する。

    魔力量を制限する印が第五階級(ランクE)の私は,微々たるマナしか扱えない。
    ドライブ・エンジンの全能力を解放するどころか,満足に全ての兵装を扱うこともできない。

    自分なりに考えてみた結果,兵装の能力を限定することでドライブ・エンジンを最低限扱えるようにしてみた。何よりも,人工精霊の『ロン』自身がそう望んだからだ。だから少しは使用者を敬う心をもってほしい。

    顔の半分を覆う大きさのアイグラス。色は黒い。
    その半透明なバイザーに拡大映像を出力する。

    「…あれは…!」

    私はその光景に思わず声を出していた。



    >>続く
引用返信/返信 削除キー/
■19 / ResNo.7)  ★"蒼天編"5話『追跡A』後編
□投稿者/ サム -(2004/11/07(Sun) 19:08:53)
     ◇ 五話『追跡A』後編 ◆


    拡大した視界に映る,エル――そして彼女の体を覆う深蒼の鎧。
    有機的且つ機能的なフォルムのそれは,かつて私が一度だけ見たことのあるものに似ている。

    …王国軍の第三階級(ランクC)の女性兵に貸与される魔法駆動機関・防性半自立機動歩兵ユニット――『戦乙女(ヴァルキリーヘルム)』
    王国軍の標準装備だ。しかも実際の戦地で,後方支援の直接警護を任される"実戦部隊"の,だ。


    「…なんでエルが」


    しかも稼動している。
    ヴァルキリーヘルムを稼動させるには,第3階級(クラスC)の印と魔力が必要最低限の条件のはず,でもエルは。

    「そもそも魔導機構や駆動式には魔力を通せないはずじゃ……?」


     △  ▽


    『感覚が合わないの。』

    エルは何時もそう言いながら苦笑していた。
    確かにドライブ・エンジンは同系列のメーカー(開発元)や同系シリーズでない限り,特徴も癖も違ってくる。
    でも,それでも"駆動させる基本的な作動条件は変わらない"事は間違い無い。

    そもそも。
    良く考えて見れば,現代人が駆動式に魔力を通わせれないと言うのは何なのだろうか。


    バイザーの向こう,青い鎧に身を包まれて外壁に佇むエルリス・ハーネットを見ながら私は呆然としていた。思考がとまらない――


    私たちは生まれた時から当然のように魔法や魔力に接してきた。
    魔法は生活を支える技術であり,魔力は世界のどこにでも偏在するもの。
    私たちを包む,もう一つの大気のようなものだ。
    印を与えられない幼少期でさえ,私たちは何時も魔力を感じながら日々を過ごす。

    生活の中では魔法はスイッチなのだ。
    コンロの火を起す火花も,充電器の電源も,車のエンジンも。
    その全てが,世界から取りこんだ魔力を通わせることで動く。

    この何気ない理(ことわり)こそが,魔法駆動機構を――魔法を違和感なく手足のように扱う為の下地となり,今現在の魔導文明の根底を成している。
    私たちの社会,その全ての基盤のはず――なのに。


    ――思考がとまらない。とめられない。


    エルリス・ハーネットにはそれができない。
    魔力の流れを感じ取る,これはできている。印を介して精神に取りこむ,これもできている。

    …前,どうしても魔法駆動機関に魔力を通わせれないものかと私は躍起になってエルをせっつき特別訓練したことがある。そのときに把握したのがその二つの確認事項。

    その最終段階。魔法駆動機関に刻まれている駆動式へ魔力を流す段階で,彼女は止まってしまう。
    例えば,スタンダードな攻撃用の魔法で衝撃波を打ち出す魔導機構,駆動式があるとする。

    エルは魔力を感じ,精神に取りこむ所まではスムーズにこなした。が,最後の一番重要な段階,"式を回す"ところになると,どうしても頭の上に???が乱舞する。
    曰く

    『なんでこの駆動式のごちゃごちゃしたのが衝撃波なの???』

    見て判らない,と言うのだ。
    何がわからないのか,逆に私が混乱した。
    判りやすく言うと,1+1 を,「どうしてコレが2になるの?」と聞かれるようなもの。

    そのときに私はエルに魔法を教えるのを諦めた。
    からかいの雰囲気は無く,本気でそれを聞いていることが判ったからだ。
    しかし――

    現実はどうだろうか。
    エルは完全解放された魔法駆動機関(ドライブ・エンジン)に身を包み,静かに周りを睥睨している――ように見える。


    ―――自己制御…!


    強制的に思考を断ち切った。
    頭をぶんぶん振って気を取りなおす。

    「…色々聞きたいことが増えちゃったけど,とりあえず――」

    外壁のエルが身を屈めて,その場所を蹴る。
    予想以上の初速で,砲弾のようにその場を跳んで行く。


    「今はあの娘を追っかけることにしよう」
    『了解。   限定解放:疾風:稼動再開』

    私は,脚部全体を覆う『疾風』の制御をロンに任せると,精神を集中させて魔法を駆動させる。

     駆動:簡易駆動式:重力制御

    基本的な魔導技術の初歩,簡易重力制御だ。
    魔導回路(駆動式群)が輝きを増して,発動。
    魔法によって重力の隙間が擬似展開する。



    私は秋の夜空へとその身を投じた――。




    >>続く
引用返信/返信 削除キー/
■22 / ResNo.8)  ★"蒼天編"6話『追跡B』
□投稿者/ サム -(2004/11/08(Mon) 00:55:30)
    2004/11/08(Mon) 01:09:31 編集(投稿者)

     ◇ 六話『追跡B』 ◆


    昨夜は失敗した。
    せっかく追い詰めた彼らをまんまと取り逃がしてしまった。

    「――状況確認」

    疾駆しながら思考する。
    つま先から頭までを覆う装甲外殻――ドライブエンジンは,使用者のスペックを補助・増幅する。

    都市郊外に位置する学院から抜け出して20分。
    現在地は中央市街を海岸方向へ向けて移動中。
    隠密行動が基本条項のため,人目につかないようにビルディングの屋上を踏み台に,速度を徐々に上げる。


    「――現状維持・思考続行。」


    多少の手傷は負わせている。
    今日一日は何処かに隠れる選択をとる――。
    そう仮定して行動の順序をたてる事にしよう。

    隠れる事の出来る場所はそう多くない。
    軍人が出動していることを昨夜知った彼等の取るべき行動は一つ…国外への逃亡しかないはず。
    王国の最北には隣国との国境があるが,険しい山脈になっている。
    移動車両の調達をしようにも,事件の起こった周辺区域は警察・軍の調査員が多数入り込んでいて目立つ行動はとれない。

    ならば。

    (…海路を使う,か。)


    「展開」
    『姿勢制御・擬似重力制御開始』


    最後のビルの屋上を蹴ったその人影は、一瞬の浮遊感の後虚空へと踏み出す。
    ドライブエンジンの制御システム『スピリット(人工精霊)』が自身の周囲に魔法を駆動させ,擬似重力場を展開し落下を上昇へと変換・飛翔する。

    現在時速120.6km。
    『ヴァルキリーヘルム』のフォルムが速度に合わせて変形し,空力抵抗値を最低まで落としている。
    易々と砲弾のように都市上空を突き進むその影――青い鎧の少女は,その間にもまだ思考を続ける。


    王国の港地区には他国からの貿易船が多く出入りしている。
    取り逃がしたのは昨日の明け方…あの場から逃げ果せた4人の少年達が同じ結論に辿りついたとして。

    (エーテル(魔力反応流体金属)コンビナート群?いや,隠れるとしたら港区の物資保管用倉庫地区に向かう)

    逃亡者は暗がりに隠れる。
    姿を見られては行けないと言う,一種の強迫観念めいたものを感じるからだ。
    人の目が怖い。
    EXならば,なおさらその傾向は強い。
    ならば


    「ニド」
    『Yes』

    魔法駆動機関『ヴァルキリーヘルム A962』の装甲制御人工精霊,固体名称「ニド」は,鎧を貸与された時から共に行動してきたパートナーだ。

    「港区の倉庫区管理システムにアクセス」
    『受諾  管理コンピュータにアクセス完了』
    「今から36時間以内に不審な物音・影を記録した映像・音声を識別・検索開始」
    『了解  完了。昨日PM15時26分,第4地区3−A−Q23ブロックにて人影を確認』
    「ん」

    バイザーに映像を呼び出す。
    映像の隅を微かな影が通りすぎる瞬間で停止。画像解析・補正。

    「…みつけた」

    左肩を右手で押さえた人影は,昨夜交戦したグループのリーダー格の男だった。



     ▽   △



    「速い!」
    私は苛つく思いをそのまま叫び,必死にエルの後を追っていた。
    距離の差は開くばかり。

    私のドライブエンジン・ハーミットの"疾風"はその性能を全開稼動出来ないまでも,現状で実現しうる最高の速度で都市上空を突っ走っているはず。
    魔法によって自身の体重・空力抵抗を0にし…しかしそれでも追いつけない。

    まだバイザーの望遠範囲内には収めているが,少しでも油断するとその姿を見失ってしまいそうになる。
    …しかし

    「なんて無茶な駆動を」

    呆れかえる余裕が自分にまだあった事も新鮮な驚きの一つ。
    それ以上に,エルが現在駆動しているヴァルキリーヘルムの魔法展開状態の方が驚くけど。

    なんというか、機械的・事務的過ぎて柔軟性がない。
    式が強引で,まるでパズルで違うピースを無理やりはめ込む作業を見せ付けられている感じがする。

    先程の重力場展開も,圧倒的な魔力を盾に無理やり駆動式を回したかのような、そんな印象。
    空力抵抗の緩和措置も,ドライブエンジンの最低限作動する付加機能に頼りっぱなしだし,その性能を全く活かしきれていない。
    この程度の制御はドライブエンジンを扱う人間なら誰でも出来るはずなのに。

    (と,なると…)

    いよいよ自分の推測が成立する条件が揃ってきている気がする。いや

    「揃っちゃってるんだよね…」

    だからと言って,私としてはどうと言う事も無いのだけど。


    困ったように頬を掻きながら,それでも追跡は止めない。
    例え彼女が何であれ,それは私にとってはどうでもいいこと。
    エルリス・ハーネットはエルリス・ハーネットでしかないし,彼女はぽけーっとしていてちょっと魔法が使えない,大事な友人なのだから。

    しかし…
    そうだとなると,軍用の魔法駆動機関なんて着こんで一体…

    「どこで,何をしようとしてるんだろう…」

    それが気にかかる。
    妙な胸騒ぎもする。


    それと。
    私の推測も…出来れば,当たってない事を願いたいとも思っている。
    エルリス・ハーネットが,EXである…なんて推測は。





    >>続く
引用返信/返信 削除キー/
■23 / ResNo.9)  ★"蒼天編"7話『異常戦闘』
□投稿者/ サム -(2004/11/08(Mon) 11:53:36)
     ◇ 七話『異常戦闘』 ◆


    EXは魔法駆動機関を扱えない。
    EXは魔法駆動機関の魔導回路を必要としない。
    EXは駆動式群を扱う事は出来ない。
    EXは自分だけの魔法(固定性"単一"駆動式)のみを扱う事が出来る。



     ▽   △


    わたし――エルリス・ハーネットは,彼等を少々侮っていたのかもしれない。
    彼等とは,昨夜わたしが取り逃した武装集団の残り半数のメンバーだ。
    丸々48時間と言う猶予が,反撃を行わせる機会を作っていた。逆に彼等はそれだけの修羅場はくぐっていると言う事になる。

    特大の雷撃と振動波の第一撃を際どい所で回避したわたしは,油断なく周囲の状況を把握しようと気配を――

    『警告  直上方向に高エネルギー収束の兆候有り』
    「…ッ!」

    魔導機構の回路の狭間に住む人工精霊ニドの警告に,わたしはその場を飛びのいた。
    そこに上空から雷撃と振動波が容赦無く襲い掛かり,地面のコンクリートを粉々に打ち砕く。
    追撃を予想し立ち位置を固定しない。しては行けない。

    ヴァルキリーヘルムの高速機動で後退する――予想通り,わたしが立っていた場所を次々と雷撃・振動波が粉砕した。コレが――魔法。
    ただ,この連続駆動は通常の魔法使いではまず不可能な駆動速度だ。

    EXの力。
    自身の持つ固定性駆動式が,そのただ一つの特性を発揮するためだけに他の全てを省略し,文字通り息をするのと同じ条件でその力を振るう。

    EXにとって,それが当たり前の"生態"。

    故に恐れられる。
    故に排他される。


    ――例え,害意が無いとしても。
    そんな事は普通の人間には関係ないことを,わたしは知っている。


     ▽  △


    状況は悪い。
    わたしは今.その事実を素直にそう認める。
    一旦物陰まで後退し,次の敵の攻撃が始まるまでの僅かな間思考する――。

    敵は4人,全員が物陰に隠れて姿を表さない。
    向こうの攻撃手段は昨夜の戦いから,前衛1,後衛3のスタンダードな構成のはず。
    現在の攻撃パターンは,二人の後衛が最大威力で不意をつくもの――残り二人はバックアップでわたしを監視しているのだろう。これもセオリー通り。
    戦力差が有る場合は初撃を如何に有効に使うか,そこが戦闘のポイントになる。

    ならば――
    今彼等はその機会を逃し,逆にわたしに分が有ると見て良いハズ…油断は無し。



    ――。

    回避。
    直感に導かれて,わたしは身を隠していたコンテナから離れた。

    『危険感知   駆動:展開:防御障壁(シールド)』
    メッセージと共に,この青いヴァルキリーヘルムの標準装備である自動防衛機構がわたしを守る。

    轟音と共に砕け散るコンテナ。
    突き破って向こうからシールドに直撃したのは巨大な金属の球体――?

    僅か1m向こうで,シールドとの接触面で魔力の過干渉による放電現象を起していた高速回転する鉛色のそれは,その速度を緩め――

    はじけた。
    同時に,信じられない速度で踏み込んで来た素早い影。

    ――まずい。

    判断する暇も無く,接近を許してしまった。
    防御障壁は駆動過多による停止状態(オーバーヒート)になっていて,その影はあっさりとわたしの喉元にその刃を――――


     ▽   △


    信じられない事に初撃がかわされた。
    必殺のタイミング,狙い澄ませた一撃を、だ。
    だから直後の追撃が当たらない事は俺にはわかっていた。
    故に次の行動を起す。

    「準備は良いな?」
    「ああ、うまくやってくれよ?」

    当然だ。
    そうでなければ俺達は奴に叩きのめされた挙句に殺されるに違いないのだから。

    追撃が失敗に終わり,コンテナの裏に奴が隠れたのを見計らって俺は隣の仲間に目をやる。

    ――やれ

    そう合図を送ると,仲間の持つ能力――特殊駆動式が駆動したのだろう,高速で回転する金属の球体が出現し,猛スピードで滑空し始めた。
    無論,標的は奴だ。
    俺もその後を追って走り出す―――!

    コンテナを弾き飛ばし,あわよくば奴まで被害を与えていれば――そう思ったが,やはり都合の良いようには行かないようだ。
    奴は障壁一つであの質量攻撃をいなしている。
    しかし,弾かれたのを境に奴の防御機構も沈黙した。過負荷で動作停止に陥っているに違いない――

    好期だ。

    そう考えた俺は,俺の駆動式――"射出"を俺自身に使い,生身では不可能なスピードを実現して疾駆する。
    仲間の質量攻撃が弾かれた瞬間から僅か数瞬の間に,奴の予測を上回る速度でそのまま接敵・手に持っていたコンバットナイフを奴の喉に――


     ▽  △


    「エルッ!?」

    ようやくエルに追いついた私は,その光景を全て見ていた。

    本当の実戦,その異質で高度な"殺し合い"を。
    その果てに振るわれた,月明かりに照らされて"ギラリ"と光るコンバットナイフの軌跡を―――

    「―――!」
    『駆動   限定解放:疾風:全開駆動』

    メッセージに返す言葉も無く,私は意識の隅で攻撃態勢を整えた。

    『攻撃反応  回避:高速離脱』

    "敵"の攻撃を感知したロンが,疾風を制御し全力で疾駆していた私を右方前方上空へと跳躍させる。
    直後・後方で雷撃音。着弾したアスファルトが粉々に砕け散り,しかし私は気にせず――

    「こぉのおお!!」

    駆動:簡易式:歪曲場展開
    駆動:簡易式:高衝撃波


    二つの魔法を同時に駆動する。
    斜め上からの魔法投射は狙いを定めるのが難しいことを訓練から経験的に知っていた私は,エルに斬りかかった"敵"を目標にし,そいつに確実に当てる為だけに空間をねじ曲げ,背中から当て――

    パシン

    高速で射出された"魔力を纏った何か"が衝撃波を弾いた軽い音と共に,そいつはエルから離れた。


    いなされた

    そう私が考える暇も無く,すばやくそいつは後退する。
    その表情には驚愕と恐れが刻まれていたのだけれど,私にはそれを確かめている余裕がある筈も無く。

    私は高く詰まれていたコンテナの山に着地・反転してエルのそばに飛び降りた。
    降りる直前に展開した簡易重力制御で着地の衝撃は全て打ち消している。
    エルに駆けより,私は話し掛けた。


    「エル! だいじょう…」

    だが,その…異質な光景に,大丈夫? と言葉を続ける事は出来なかった。
    いつものエルリス・ハーネットの気配ではない気がする。
    それに――

    エルが私を呆然とした瞳で見つめていた。

    何で…?

    と, 瞳で問いかけているのが判る感情のこもった眼差し。


    でも。
    私は,そんなエルの問いかけよりも――

    「それ、は…?」

    彼女の喉元に浮かぶ,先程の一撃を受け止めたのだろう,一振りの氷色の対人攻撃用ナイフ(コンバットナイフ)に目を奪われていた。





    >>続く
引用返信/返信 削除キー/

次のレス10件>

スレッド内ページ移動 / << 0 | 1 >>

このスレッドに書きこむ

Pass/

HOME HELP 新着記事 ツリー表示 スレッド表示 トピック表示 検索 過去ログ

- Child Tree -