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■244 / ResNo.10)   『黒と金と水色と』第5話@
  
□投稿者/ 昭和 -(2005/12/18(Sun) 13:41:51)
    黒と金と水色と 第5話「学園都市へようこそ!」@





    王都へ出た一行は、今度は東に向かう列車へと乗り換える。
    目的地は学園都市だ。

    ここ、エインフェリア王国南東部の東側に隣接し、
    初等学校から大学院、果ては、魔法学校まで存在する一大教育府である。

    『都市』と呼ばれるだけあって、本当にひとつの街と化している。
    学園内では一種の自治が認められていて、王国も、帝国も、内部には手を出せない。

    よって、学園上層はそれなりの権力を有しており、
    それが元で国家間での軋轢が生じたことも、1度や2度ではないのだ。
    戦争の原因にすらなったことがある。

    「学園都市?」
    「ええ、そうです」

    学園都市行きの列車に揺られながら、どうやら事情を知らないらしい水色の姉妹に、
    おおまかな説明をしてやる。

    「一言で言ってしまえば、ひとつの巨大な学校、ってことかな」
    「それでは端折りすぎです兄さん。
     まあ、学校と街が一体化している巨大な都市、ということですよ」
    「ふうん」
    「それで、わたしたちはその学園都市に向かってるんだよね?」
    「ええ、そうです」

    頷いた環は、さらにこう続けた。

    「紹介しようと思っている方が、今は学園都市にいるはず……なんです」
    「今の間は、なに?」
    「いえ……どうにも、捕まえることが難しい方でしてね」

    苦笑する環。

    「居るかと思ったら、ふらっとどこかへ行ってしまうことが多くて。
     せめて伝言だけでも残しておいてくれるといいんですけどね」
    「はあ。つまり、訪ねて行っても、会えるかどうかわからないわけだ」
    「ええ。ですが、彼女は学園の卒業生でもありまして、工房が学園にありますので、
     まったく会えない、ということは無いと思いますが」

    これから会おうという人物は、よほどの鉄砲玉らしい。
    せっかく会いに行くのだ。是非とも居て欲しいものである。

    「ま、こればっかりは、運任せだな」
    「今回は兄さんの言うとおりです」
    「そう。会えるように祈っておくわ」
    「運かぁ。どんな人なんだろ。楽しみだなぁ♪」

    どんな人物かを想像しているセリスに、環から忠告。

    「ああ、セリスさん」
    「ほい?」
    「忘れないうちに言っておきますね」
    「うん、なに?」

    首を傾げるセリス。

    「学園都市の中に入りましたら、以降は、出来るだけ魔力を絞るようお願いします。
     それから、何があっても、絶対に魔力を使わないように。ヨーヨーもですよ」
    「いいけど……どうして?」
    「捕まりたくはないでしょう?」
    「……」

    さすがに、セリスの顔つきが変わった。
    隣のエルリスも険しい表情になっている。

    環は周囲を見渡し、他の客がいないことを確かめ。
    それでも、声のボリュームを下げながら、こう言った。

    「いいですか? 学園都市には魔法学校もあって、魔術協会の本部があるんです。
     当然、監視の目も厳しい」
    「そ、それじゃあ…」
    「ええ。下手な真似をすればその場で拘束。そのまま、有無を言わさず、
     実験に協力するよう強要されるでしょうね」
    「……」

    姉妹には声も無い。

    この場合の”実験”という言葉が、どういう状況を指すのか、
    察するのに余りあるからだ。

    別に、普通の魔力を解放するのなら、たいした問題にはならないだろう。
    ”セリスの”魔力だから困るのだ。
    向こうとしても、暴走の危険がある大容量魔力を、放ってはおかない。
    環が気付いたように、敏感な者ならば、すぐにわかってしまう。

    「まあ、これはただの脅しですが」
    「な、なんだ…」
    「やだなあ環さん。脅かさないでよ」

    なんだ、冗談だったのか。
    ホッと息をついた姉妹だったが、もちろん、笑わせるためのものではない。

    「コレくらいは言っておかないと。万が一の場合もありますからね。
     逆に言えば、そうなる可能性もあるわけでして、
     悪いことは言いませんから、セリスさん。くれぐれもご自重なさるように」
    「わ、わかったよ」

    セリスは少しビクビクしながら承諾する。
    この脅しは充分効果があったようだ。

    「気をつけるといえば、エルリスさん。あなたもです」
    「え?」

    自分も?
    振られるとは思っていなかったエルリスは、セリス以上に首を傾げた。

    自覚していない様子に、環はため息。

    「あなたたち。もう少し、自分たちの特異性を自覚してください」
    「えーと…?」
    「セリスさんは言うに及ばず。
     エルリスさんも、自分の中にいる存在をお忘れですか?」
    「あっ」

    声を上げるエルリス。

    「体内にそんなものを宿している人間など聞いたことがありません。
     つまり、”あちら”にしてみれば、セリスさんもエルリスさんも、同じなんですよ」
    「………」
    「気をつけてくださいね?」
    「…OK」

    ごくりと喉を鳴らし、エルリスは神妙に頷いた。

    「でも、そんな危ないところへ行くの?」

    だが、根本の疑問をエルリスが口にする。
    それほどの危険があるのなら、わざわざ危険を冒してまで行く必要は無いのではないか。

    「学園の中まで行かなくても……例えば、私たちは手前の町で待ってるから、
     その人に出向いてきてもらうことは出来ないのかな?」
    「無理」

    不安を覚え、代替案を提示してみたのだが、勇磨に速攻で否定された。

    「彼女、割りと気難しいところがあるから。機嫌を損ねると大変なんだ」
    「そ、そうなんだ」
    「よほどの対価を出さない限り、無理だと思うよ。
     魔術師の世界は、等価交換の原則が第一だからね」

    つまり、会いたいのなら、こちらから訪ねていくしかないわけだ。
    う〜んと唸るエルリス。

    自分の脅しが想像以上に効き過ぎた状況に、環がフォロー。

    「まあ、私の脅しが過ぎたのかもしれませんが、そんなに怖がることはありませんよ。
     目が厳しいとはいっても、おとなしくしていればまず大丈夫ですから。
     それに、学園都市内で魔力を行使するような事態になることは、まず考えられませんから」

    学園都市が強い権力を持っている理由。

    それは都市側が、自衛のための強力な部隊を擁しているからだ。
    主に、優秀な成績を収めた卒業生で構成されており、近衛兵団数師団分に匹敵するのでは、
    とまことしやかに囁かれている。

    近衛兵といえば、王族などを守る、その国で1番強力で信頼できる軍隊のはず。
    そんな部隊が数部隊もあるというのだ。
    これと事を構えるには、相当の覚悟と犠牲が必要なため、他国は強気に出られない。

    学園都市はそんな彼らに守られているので、外部から、不穏因子が侵入することは滅多に無い。

    「とにかく、普通に。変に意識せず、おとなしくしていてください」

    言われるまでも無く、そうしようと心に決めた水色の姉妹である。





    列車は学園都市の入口の駅へと到着。
    忘れ物をしないように列車から降りる。

    「うわ〜」

    降りて早々、目に入ってきた光景にセリスが声を上げる。
    まず、駅を出てすぐ、道の上にかかっているアーチに書かれている言葉。

    『歓迎!!』
    『学園都市へようこそ!!』

    来るもの拒まず、万人を広く受け入れるという、学園都市そのものの方針をよく表している。
    どこの領土にも属していないので、全世界から幅広く、学園都市で学を修めようというものが
    集まってくる。人種は様々だ。

    学生や教職員をはじめとし、学園都市内に居住する人の総人口は、10万とも20万とも云われている。
    もちろん、入学に際して、それなりの選抜過程は設けられているのだが。

    「うわ〜うわ〜」

    そのアーチをくぐると、学園都市のすばらしい街並みがすぐに飛び込んでくる。
    自然と建物などが見事にマッチしているというのか。

    セリスは目を奪われていた。

    「すごいな〜素敵〜♪ わたしも、こんなところでなら勉強してみたいな〜♪」
    「ちょっとセリス。あんまりキョロキョロしないで。恥ずかしい…」

    田舎者、世間知らずを丸出し。
    いつも通りとも言える妹に、姉は他人のフリをしたい気持ちである。

    「セリスさん」

    それでも止まらないセリス。
    ついに、環から窘められる。

    「あまり興奮しないでください。
     興奮しすぎると、無意識のうちに魔力が高まってしまいます」
    「ご、ごめんなさい…」

    事の重要性は認識している。
    セリスは慌てて謝った。

    「セリス、気をつけて。あなたの場合は洒落にならないんだから」
    「うん、気をつける…」
    「ま、初めて来たんだから、気持ちはわからないでもないよ」

    シュ〜ンとしてしまうセリスに、勇磨がフォローを入れる。

    「確かに、こういう環境でなら、勉強してみてもいいという気になるよな」
    「よく言いますね兄さん」

    なんというか、勉強するぞ、という意欲を自然と引き出してくれる、
    そんな環境なのだ、この学園都市というところは。

    「どの口が言いますか? 学童の頃は、正反対のことばかり仰っていたくせに」
    「あ、あの頃とは状況が全然違うさ」

    しかし、そのフォローがまずかった。
    これでは、そうでもなければ勉強しないという、
    自らの恥部をカミングアウトしているようなものである。

    誤魔化すのだが

    「あは、そうなんだ♪」
    「勇磨君は勉強苦手なのか。うん、納得ね」

    もう完全にバレバレ。
    ひょんなことから、勇磨は勉強が苦手、ということが知られてしまった。

    「ハンター試験のときも、学科試験をパスするのに、苦労したんですよ」
    「くら環ぃっ!」

    環はさらに暴露。

    「兄さんがきちんと勉強さえしてくれれば、私たちは今ごろ、もっと上…」
    「だからやめろって!」

    今さら遅い。

    「勇磨さん、仲間仲間〜♪」
    「こんなことで仲間が出来ても、うれしくない…」

    セリスもそうだったようである。
    手を差し出して強引に握手するのだが、勇磨は余計にヘコむ。

    「さて、行きますか」
    「あ、待って環さん。セリス、行くわよ」
    「は〜い」

    3人は連れ立って、さっさと行ってしまう。

    「誰か、フォローを入れてくれ…」

    1人残された勇磨はがっくりと肩を落として、仕方なく後を追うのだった。

引用返信/返信 削除キー/
■248 / ResNo.11)  『黒と金と水色と』第5話A
□投稿者/ 昭和 -(2005/12/25(Sun) 14:48:47)
    2005/12/25(Sun) 19:31:47 編集(投稿者)

    黒と金と水色と 第5話「学園都市へようこそ!」A





    学園都市の入口には、不審者を入場させないためのゲートがある。
    もちろん、学生は学生証を提示することで中に入れるし、
    部外者でも、しっかりとした身分証を見せ、入構目的を明らかにすることで入れる。

    一行もハンター証を提示し、『知人に会う』と目的を書き記し、入構を許可された。

    「こっちです」

    環に案内され、最終目的地の、”彼女”の工房へ。
    水色姉妹は何もわからないから、黙って環の後をついていくだけなのだが

    「あ、あれれ?」
    「そっちなの?」

    環が道から逸れ、一見、何も無い方向へ向かうものだから、
    首を傾げて不思議に思う。

    実際、学園の建物群とはなんら関係の無い場所なので、驚くのも当然である。

    「彼女の工房は地下にあるんですよ」
    「そうなんだ」

    だが、こういう説明を受けたので、一応、納得はする。

    歩くこと10分あまり。
    木々に覆われた、小高い丘のようになっている場所に出た。

    「ここ?」
    「はい。ええと…」
    「環さん?」

    「兄さん。どこでしたっけ?」
    「どこだったか…」

    どうやらここらしいのだが、到着するなり、環と勇磨は水色姉妹を無視して、
    何かを探すように周囲を歩き回っている。

    「なんなの?」
    「まさか、入口の場所を忘れた、とか言うんじゃ…」

    不安になる姉妹であるが、そういうことではなかったようだ。

    「お、あったぞ」
    「そこでしたか」

    発見したらしい。
    何を見つけたのかというと

    「では、ぽちっとな」

    入口を”つくる”ための、スイッチだった。

    ――ガァァァ――

    勇磨がスイッチを押すと、機械的な音を立てて、地面の一部がぱっくりと口を開けた。
    そこから地下への階段が顔を覗かせている。
    スイッチ自体は、巧妙に擬装された、とある木の幹の節目だ。

    「わ〜」
    「あー…」

    「工房なんてものは、だいたいが秘匿されてるものだからね。
     目のつく場所にあったんじゃ困るってわけ」

    目を輝かせているセリスと、まだ現実を飲み込めていない様子のエルリス。
    姉妹間での性格の違いをよく表しているようだが、一応、説明しておく。

    「俺たちも教えてもらうまでは、どこにあるのかわからなかったよ」
    「魔術師の工房は魔術師の生命そのもの。他人をそう簡単に中に入れるわけにはいきませんからね」
    「そ、そうなんだ」
    「すご〜い。さすがは学園都市。カラクリも一流なんだね!」

    どことなくセリスも的を外しているようだが、とりあえず中へと入る。
    自動的に入口が閉じたことにまた戸惑ったが、そういうものだと言われ、納得。

    「明かりをつけます」

    内部は、当たり前だが真っ暗。
    そう言って、環が火を灯した。

    右手の『指先』に。

    「え? そ、それ?」
    「環さん。火の魔法、使えたんだ〜」

    当然、姉妹はこんな反応をする。

    「いえ、似ていますが違います」
    「違うの?」
    「どう見ても、魔法よ」

    どこからどう見ても、火の魔法を使って炎を灯したようにしか見えない。
    しかし、当の環本人は否定。

    「まあ、私の故郷に伝わる、不思議な術だと思ってください」
    「ふうん」
    「魔法でないとすると、なんなんだろ? 不思議〜」

    少なくとも心当たりは無い。
    そう言うからには、そういうことなんだろう。

    「さて、エルリスにセリス」
    「はい?」
    「なぁに?」
    「工房内には入れたわけなんだが…」

    炎に照らされる勇磨の顔が、露骨に歪んでいる。

    「絶対に俺たちから離れるな。それで、迂闊に動いたり物に触れたりするな。いいね?」
    「えっ?」
    「環が言っただろ? 他人を簡単に入れるわけにはいかない、って」
    「どういうこと?」
    「……つまり?」
    「つまりは――」

    「伏せてください!」
    「!!」

    瞬間。
    勇磨を遮るようにして環が叫び、わけがわからないながらも、従う一同。

    ――ヒュンヒュンッ!!――

    不吉な風切り音を立て、一同の頭上を何かが通過していった。
    一瞬だけ見えた限りでは、それは、弓矢の矢だったような…?

    「…勇磨君?」
    「侵入者撃退用の、それはもう素敵なトラップでいっぱいってワケさ!」
    「……うそ」
    「な、な……なにそれ〜!」

    水色の姉妹は、もう驚きどころの話ではない。
    ただ会いに来ただけなのに、どうして……どうしてこんな目に遭わなければならないのか。

    「聞いてないよ〜!」
    「そりゃそうだ。いま初めて言ったんだから」
    「そういうことじゃなくて〜!」

    「今度は足元!」
    「うひゃっ!?」

    再び環から警告があり、反射的に跳び上がる。

    ――ボンッ!――

    何かが着弾し、瞬間的に弾けた。
    魔法弾の一種だろうか。

    直撃を受けたら、タダでは済まない。

    「走れっ! 離れるなよ!」
    「ああもう!」





    どれくらい時間が経ったのだろう?

    「はぁ…はぁ…」
    「ぜぇ……ぜぇ……」

    散々危険な目に遭い、走り回らされた水色姉妹は、膝に手を付いてバテていた。

    「どれだけ広いのよ、ここは…」
    「もう……30分くらいは……走ってるよ……」
    「魔術で作り出した、一種の仮想空間ですからねここは。
     無限の空間が広がっているかと」
    「じゃあ、どうやって…」
    「ご心配なく。道順は記憶しておりますから、正しく進んでいますよ」
    「それを聞いて安心したわ…」

    道を一歩でも間違えると、無限回廊に迷い込み、永遠とこの空間を彷徨うことになる。
    そう聞かされた姉妹は、さらに肩を落としていた。

    「でも、こんな空間を創っちゃうなんて、どんな人間なの…」
    「天才であることは確かです。弱冠15歳にて、炎系すべての魔法をマスターし、
     その他の術や扱いにも非常に長けています。もちろん、魔力も半端じゃありません」
    「人間じゃないわ…」
    「お姉ちゃんに同感…」

    話を聞けば聞くほど、失礼は承知だが、どんなバケモノなんだと思ってしまう。
    自分たちもそういう範疇に入るのだが、そんなことは綺麗さっぱり忘れさせてくれる。

    「とにかく、もう少しで着きますから」
    「出発するぞー」

    自分たちは息も絶え絶えなほど疲れているのに、この兄妹はピンピンしている。

    「相変わらず、こっちの兄妹もバケモノじみてるわ…」
    「お姉ちゃん、それは言っちゃダメだよ。っしょっと!」

    思わず愚痴るエルリス。
    セリスがそう言いながら、身体を起こしたときだった。

    ――カチリ――

    「…へっ?」

    弾みで壁に手をついた。
    そうしたら、何か歯車が噛み合うような音がした。

    「………」

    言葉も出ない一同。
    全員、これまでの経緯から、この後に何が起こるのか、正確に理解していた。

    ――ガッコンッ!!――

    唐突に壁が開いて、そこに現れたのは、セットされた状態の弓矢。

    「な、俺かあっ!?」

    なぜか、すべてが勇磨に照準されていた。
    直後――

    ――ヒュンヒュンッ!!――


    「ノォォおおおおお!!!」


    数秒後。

    「………まだ、生きてる…」

    勇磨は、自己の生存を確認した。

    その代わり、矢を避けたことで、とても表現できない素敵な格好になっているのだが。
    特に、喉元を通過していった矢を避けることで仰け反って、片足立ちの右足が震えている。

    「せぇりすぅぅぅうううう…!」
    「ご、ごめんなさい…」

    「やれやれ…」
    「本当に、洒落になってないわよ…」





    そんなこんだで、迷宮を進むこと、さらに15分あまり。

    「到着です」

    1枚の重厚そうな扉の前へ。
    ようやく環が到着を告げた。

    「やっとか…」
    「うい〜疲れたよ〜」
    「酷い目に遭った…」

    疲労でグダグダな姉妹と、いまだアノ出来事を引きずっている勇磨である。
    環はそれを見て、やれやれと肩をすくめて。

    「ごめんください。いらっしゃいますか?」

    2度3度と、扉をノックした。

    「もし? いたらお返事を……っ!」

    すると、環は急にあとずさった。
    次の瞬間、扉が開いて


    ――ボンッ!!――


    コンマ数秒前まで環の居た場所が、爆炎を吹き上げた。

    「な…」
    「え…」

    目を丸くしている水色の姉妹。
    一方で、当の環や勇磨は予想していたのか、平然としている。

    「わざわざ訪ねてきたというのに、随分な真似をしてくれますね」
    「手荒い歓迎なこった」

    それどころか、友好的な雰囲気で、扉の中へ声をかけている。

    「それは、こっちのセリフ」

    中から声がした。
    数秒後、その声の主はゆっくりと姿を見せる。

    「私の仕掛けたトラップを次々と突破してくるヤツがいれば、それは警戒もするわよ」

    燃えるような、赤く長い髪。
    髪と同色の真紅の瞳。

    「お戯れを。私たちの正体など、最初からお見抜きでしょうに」

    彼女の、名は――

    「でしょう? ユナ=アレイヤさん」
    「まあね」

    ――ユナ=アレイヤ。
    弱冠15歳にして炎魔法を極め、他にも数々の魔術を操る、人呼んで『炎髪赤眼の魔術師』。

    それが、無表情ながらも、妖しい笑みを見せる、目の前の少女である。




    第6話へ続く
引用返信/返信 削除キー/
■250 / ResNo.12)   『黒と金と水色と』第6話
□投稿者/ 昭和 -(2006/01/08(Sun) 00:26:35)
    黒と金と水色と 第6話「炎髪赤眼の魔術師」




    勇磨と環が紹介してくれるという彼女は、若き天才魔術師、
    『炎髪赤眼』の通り名を持つユナ=アレイヤその人だった。

    その筋では知る人ぞ知る、大魔術師。
    どういう知り合いなのか気になるが、今は勇磨たちに任せるほかは無い。

    「ま、立ち話もなんだから、入って」
    「お邪魔します」

    ユナ本人から促され、御門兄妹の後に続き、扉の中へと入る。
    室内は、なんというか、普通の部屋だった。

    (魔術師の工房、っていうから、身構えてたけど…
     なんか、想像してたのと違う…)

    セリスは例によって物珍しそうに周りを見回しており、
    今回はエルリスも、好奇心が勝って同じようにしてしまう。

    「気になる?」
    「え!? あ、その……すみません」
    「別に謝らなくてもいいけど」

    ユナから声をかけられて、思わず謝ってしまった。

    「他の人の工房に入るの、初めて?」
    「は、はい。というか、工房というもの自体、初めてで…」
    「ふうん。特殊な魔力を感じるから、工房くらい持っているのかと思ったけど」
    「……」

    やはり、一目で見破られてしまった。
    先に環から聞かされた、学園都市では云々…という話も、
    あながちウソではなかったということになる。

    エルリスは改めて、背筋が冷たくなる思いをしていた。

    「まあ座って。お茶くらい出すわ」
    「ど、どうも…」

    ユナはそう言うと、奥に3つある扉のうち、右側の扉の奥へと消えていった。
    厨房でもあるのだろうか。
    とすると、他の扉の先には何があるのだろう?

    「勇磨君、環。彼女が?」
    「うん」
    「そうです」

    好奇心を追い払い、お茶を淹れてもらっている間に、確認してみる。
    予想通り、2人は頷いた。

    「彼女こそ、私たちが紹介しようと思っていた方。ユナ=アレイヤさんです」
    「ま、あれだけの空間を作り出せる人物だ。腕のほうも実感したろ?」
    「そうね…」
    「ほんと、すごかったよ…」

    この部屋にたどり着くまでのことを思い出して、げんなりする姉妹。

    「お待たせ」

    程なく、ユナがトレイに人数分のコーヒーカップを載せ、戻ってきた。
    それぞれに配り、彼女は勇磨たちに対面に座る。

    「…で?」

    そして、優雅にカップを持ち上げて一口飲むと、目線を上げて尋ねる。

    「わざわざ訪ねてきたってことは、私に何か用かしら?」
    「ええ。実は…」
    「その前に」

    環が説明をしようとしたところ、それを遮るようにして、勇磨が言うのだ。

    「一言、言いたいことがある」
    「なに?」

    ユナも視線を向けて、応じる姿勢。
    勇磨は顔を引き攣らせながら、言った。

    「毎回毎回、ここに来るまであの空間を通らなきゃならないっていうの、なんとかならないのか?」

    よほど、応えたと見える。

    「ならない」

    だが、ユナのほうも一言で切って捨てた。

    「取りつく島も無いなオイ…」
    「だってそうでしょ? 侵入者撃退用に張ってある罠だもの。おいそれと解除するわけにはいかない」
    「そうだけど……知人には、ほら、抜け道とか。あるんだろ?」
    「何か代価は?」
    「う…」
    「なら諦めなさい。特別に入口を教えてあげてるんだから、
     それだけでも光栄に思ってもらわないと」

    魔術師の工房は絶対不可侵。
    特に、他の魔術師に見られるということは、自分の弱点を晒すようなものだ。
    これを考えると、場所を教えてもらっていること自体、奇跡なのかもしれない。

    「気はお済みですか、兄さん」
    「うい…」
    「コホン…。では、気を取り直しまして」

    話の腰を折られた環。
    わざとらしく咳払いをして、事情を話し始める。

    「今日は、ユナさんにお願いがあって、参上しました」
    「まあそうでしょうね。で? そのお願いというのは、そちらの彼女たちのこと?」
    「そういうことです」

    「あ……。エルリス=ハーネットといいます。こっちは、妹のセリスです」
    「は、はじめまして」

    視線を向けられて、水色姉妹が自己紹介する。
    ユナは、エルリス、セリスの順で目を移すと、セリスのところで若干、眉をひそめた。
    そして、こう発言する。

    「…なんとなくわかったわ」
    「ご理解が早くて助かります」

    やはり、見抜かれているのか。
    魔術師ではない環でもわかったくらいだから、彼女くらいのレベルになると、
    先ほどの自分のように、一発で見抜いてしまうものなのか。

    「そういえば、自己紹介してなかった。ユナ=アレイヤよ」
    「よ、よろしくお願いしますアレイヤさん」
    「ユナ、でいいわ。こっちも名前で呼ぶから。敬語も無しでお願い」

    表情を変えずに、呼び捨てることを許可する。

    「それで、環。彼女たちのこと、詳しく教えてもらえるんでしょうね?」
    「もちろん。あなたに相談するつもりでやって来たんですから」

    水色姉妹の事情を、かいつまんで説明する。
    ほとんど無表情で聞いていたユナだったが、真相を聞いて、さすがに少し驚きがあったようだ。

    「驚いた。人類初の精霊憑きに、常識外れの超巨大魔力保持者? しかも、暴走の恐れがある?」
    「正確に言えば、セリスさんは10年前に1度、暴走を起こしているそうです。
     その際、エルリスさんが精霊の力を借りて、暴走を鎮めたと」
    「そのときに精霊が宿ったというの? 驚きを通り越して、呆れすら覚えるわ」

    ユナをもってしても、にわかには信じられないことらしい。
    わずかながら驚いた表情を、エルリスとセリスに向ける。

    「お願いというのは他でもありません。
     エルリスさんとセリスさんに、魔力・魔法のいろはを叩き込んであげてはもらえませんか」
    「特に、こちらのオッドアイの彼女、セリスには急を要する、ってわけか」
    「そういうことです。現状では安定しているようですが、いつまた暴走するかわからない。
     いずれにせよ、私たちでは手に負えませんので」
    「それで私のところに来たと。はあ、事情はわかったわ」

    一通りの説明を受けて、ユナは困ったように天井を仰ぐ。

    「引き受けていただけませんか」
    「あのね環。こういう場合、私がなんて言うか、わかってるでしょ?」
    「『依頼に見合う、相応の対価をよこせ』と、そう仰るのでしょう?」
    「ご名答」

    ユナは生粋の魔術師である。
    魔術師・錬金術師こそが等価交換の原則を1番守り、尊ぶ人種なのだ。

    「何か、私にメリットがあるのかしら?」

    少なくとも、水色の姉妹には、そんなものは存在しない。
    つまりは、環に頼るほかは無い。

    (大丈夫なのかしら…)
    (環さん…)

    すがるような目を環に向けるが、当の本人は「想定済みです」とでも言いたげな、
    自信ありげな表情をしている。
    まあ、ユナがどういう反応をするかはわかっていたようなので、それに期待する。

    「ま、あなたのことだから、何かしら用意はしているんでしょうけど」
    「当然ですね。あなたに頼むんですから、手ぶらでは来られません」

    環はにやりと微笑んで。
    対ユナ専用の、絶対的な切り札を使う。

    「引き受けていただけるのなら、現状、あなたが1番欲しいと思われる情報を、提供しましょう」
    「っ…」

    ユナがあからさまに反応した。
    ほとんど崩れなかった表情を強張らせ、驚きに染まっている。

    「…本当に、お兄ちゃんの?」
    「確度は保証しましょう」
    「乗った!」

    確かめるなり、即決だった。

    「速っ!?」
    「そんなことでいいの?」

    水色姉妹も驚きの速さ。
    セリスなどは思わず突っ込んでいるほどだ。

    「エルリスにセリス、だったわね。引き受けたからには厳しくいくから、覚悟なさい」
    「お、お手柔らかに」
    「よ、よろしく、お願いします」

    妖しげな笑みに、姉妹は少し腰が引ける。

    「さて、依頼は引き受けたわよ。情報を提供してもらいましょうか」
    「わかりました」

    ユナが、喉から手が出るほどに欲しい、その情報とは?

    「1ヶ月ほど前のことですが、ノーフルの町において、”彼”を見かけたという話を
     小耳に挟みました。人相、背格好からして、ほぼ間違いないかと思われます」
    「ノーフル…。そんなところに……」

    ある日、「オレは旅に出る!」と言い残し、突然に家を出て行った義兄。
    どこで何をやっているのかと思ったら、そんなところに居たとは。

    (恩を売ろうと思ってキープしておいた情報。思わぬ形で役に立ちましたね)

    偶然に耳にした話なのだが、環にしてみれば、十二分に使える情報だった。
    バイトに精を出していたときのことである。

    「よし、すぐに……って、あれ?」
    「どうしました?」

    席を立とうとしたユナが、何かに引っ掛かりを覚え、環に聞き返す。

    「それ、いつの話だって言った?」
    「1ヶ月ほど前のことですが」
    「1ヶ月……って、そんな前のことを聞かされても、意味ないじゃない!」

    引っ掛かりとは、これのことだった。
    1ヶ月前の消息を聞かされても、現在のことなどまったくわからない。

    だが、ユナの激昂を受けても、環は余裕綽々だった。

    「あら。私がいつ、『最新の情報だ』だなんて言いました?」
    「!!」

    すました顔で言ってのける。
    つまり、確信犯。

    「……やられた」

    気付いたときには、もう既に遅し。
    ユナは心底、苦汁を飲まされた思いで言う。

    「見事に謀ってくれたわね、この女狐」
    「見事に引っかかるほうも引っかかるほうですけどね」
    「言ってくれるわね」
    「そちらこそ、情報を聞くだけ聞いて、すぐに飛び出していこうとされたのでしょう?」
    「ぐぐ…」

    あのとき席を立ちかけたのは、すぐさま飛んでいこうとしたからである。
    それだけ、ユナにとっての義兄は、優先すべき事項なのだ。

    彼女が鉄砲玉だと称される所以もそこにある。

    曖昧ながらも少しでも情報が入れば、義兄に会うべく、他の事はそっちのけで飛び出していく。
    そんなわけで、工房には不在なことが多いのだ。

    「その手には乗りませんよ」
    「…わかったわよ。等価交換は等価交換。
     1度引き受けた以上は、ユナ=アレイヤの名に賭けて、ちゃんとやる」
    「ありがとうございます」
    「次はこうはいかないからね」
    「その”次”が、あればいいですけどね」

    環とユナの間で、見えない何かが火花を散らしている。
    2人とも顔では笑っているのだが、心では、まったく笑っていないのか?

    「あの……勇磨君?」
    「なんだか怖いんですけど…」
    「ん、問題ない」

    そのことに気付き、得体の知れない恐怖に駆られた水色姉妹。
    勇磨に訴えてみるが、勇磨は、涼しい顔で言ってのけた。

    「あの2人、なんだかんだ言いつつも、仲が良いんだよね」
    「そ、そうなのかしら…」
    「心配は要らないさ」
    「そ、そう」

    姉妹も、無理やりに自分を納得させる。
    彼らには知る由も無いが、同じ感情を抱くもの同士、同類だということだろうか。

    かくして、ユナによる水色姉妹への修行が始まる。




    第7話へ続く
引用返信/返信 削除キー/
■252 / ResNo.13)  『黒と金と水色と』第7話@
□投稿者/ 昭和 -(2006/01/15(Sun) 00:32:34)
    2006/01/15(Sun) 00:33:12 編集(投稿者)

    黒と金と水色と 第7話「水色姉妹の修行その2」@





    「じゃあ早速、始めましょうか」
    「え?」
    「い、今から?」

    ユナは依頼を引き受けるなり、すぐさまそう言い出した。
    さすがに慌てる水色の姉妹。

    「当然」

    しかし、ユナは当たり前だと言う。

    「私は忙しいの。いつまた、お兄ちゃんの情報が入ってくるかわからないし、
     環から聞いた情報も、1ヶ月前とはいえ、確かめる価値はあるんだから」
    「は、はあ」
    「というわけで、やるんならさっさとやる。それとも、やめる?」
    「とんでもない! やる、やります!」
    「わ、わたしも!」

    ギロリと睨まれて、姉妹は再び慌てて承諾した。

    機嫌を損ねては大変、と事前に聞かされていたことが効いている。
    それに、これほどの大魔術師に師事できる機会など、もう2度と無い可能性が大である。
    勇磨と環がせっかく頼んでくれたことでもあるし、2人は何度も頷く。

    「そ。なら、こっちに来て」

    ユナは特に表情を出さずにそう言うと、先ほど入っていった扉とは逆のほう。
    つまり、左側の扉の前へ移動し、振り向いた。

    「早く」
    「あ、うん」

    促され、水色姉妹と御門兄妹も扉の前へ移動。
    それを確認して、ユナは扉を開け、中へと入っていく。

    姉妹も後に続いたのだが

    「…えっ?」
    「こ、これ…」

    飛び込んできた光景に、文字通り固まってしまった。

    「な、なんなの…?」
    「ほえ〜、真っ白…。何も無いよ…」

    一面、白い世界。

    いや、雪が降っているというわけではない。
    床も、天井も、空(?)も、何もかもが真っ白なのだ。
    どこが床で、どこまで続いているのか、わからなくなってしまうほど。
    天井だか空だか不明だが、その境界すらはっきりしない。

    ふと気を抜くと、自分が立っている場所さえ、見失ってしまうかもしれない。

    「勝手にここから見える範囲外には行かないで。
     出入り口はここにしかないから、見失うと、あなたたちじゃ二度と戻れなくなるわよ」
    「わ、わかった」
    「はい…」

    頷くしかない姉妹。
    それだけ、今のユナの言葉には説得力があった。

    「なんなの、ここは…」
    「私が普段、瞑想や修行するのに使っている場所。私が魔力で創り出した、
     完全に異空間だから、いくら魔力を放出しようと表にはバレないわ。安心して」
    「そ、そう」

    要は、工房に着くまでに通ってきた空間と同じだということか。
    ユナの魔力によって形成されている、異次元だと。

    「さて。まずは、あなたたちの実力から見ましょうか」
    「じ、実力?」
    「それがわからないと何もしようが無いし。じゃあ行くから」
    「い、行くって?」
    「実力は、実戦で測るのが1番効率がいいのよ!」
    「ええっ!?」
    「ちょ、ちょっと待っ――」

    待ってくれるわけもなく。

    「はあっ!」

    ドンッ!

    魔力を解放したユナは、いきなり魔法を放ってきた。
    人間の頭くらいの大きさの火の玉だ。

    「!! っく…」
    「わーっ!」

    姉妹は、それぞれ逆方向へと飛んで、火の玉を回避。
    勇磨たちとの修行のおかげで、これくらいの体捌きならば可能になっている。

    「無詠唱魔法!?」

    上体を起こしたエルリスが、信じられないものを見たという顔で叫んだ。
    何より驚いたことは、奇襲されたことではなく、詠唱無しで魔法を撃たれたことである。

    「何を言っているの? 見くびらないで欲しいわね」

    ドンッ!

    「くぅっ…」

    再び放たれた火球を、なんとか回避するエルリス。

    「私は仮にも、『炎髪赤眼』と称される者よ。これくらい朝飯前」
    「すごい…。きゃっ…」
    「呆けているヒマなんか無いわよ!」

    15歳にして、炎系の魔法を極めた天才魔術師。
    火の玉を飛ばす程度ならば、詠唱などせずとも、このように連発できる。

    思わず感心してしまうが、本当に、そんなことをしているヒマなど無かった。

    目前に迫ってくる火の玉。
    今から回避している余裕は無い。

    「…氷よ!

    エルリスは、瞬時に自らの魔力を活性させ、詠唱に入った。

    我を守る盾と成せ! アイス・シールド!!

    突き出した右手の先に、円形の氷で出来たシールドを形勢。
    氷を利用した初級の防御魔法。火の玉を迎え撃つ。

    ジュワッ!

    「きゃあっ!」

    だがそれでも、勢いを殺しきれずに、エルリスの身体は後方へと飛ばされる。
    氷も一瞬で蒸発して消え去ったが、火の玉も中和されて消えていた。

    「それがあなたご自慢の、氷の精霊の力ってワケね。なかなか」

    表情を変えずに、ユナは呟く。
    手加減して撃ったとはいえ、完全に打消レジストされるとは思っていなかった。

    自分は中級魔法を撃った。それを迎え撃ったのは初級の魔法。
    正反対の属性という有利不利はあるものの、これだけ実力差、魔力差がある中で、
    打ち消されてしまうとは想定外だったのだ。

    「私は炎が専門だから、氷系は真逆で苦手なのよね。羨ましいというか、欲しい」
    「む、無茶言わないで」

    立ち上がるエルリスだが、実力差はいかんともしがたい。
    いや、比べるのもおこがましい。

    それだけ、今の自分の実力は、未熟だということである。
    しかも、ユナにとっては苦手といえども、一般的に云えば超一流というレベルなのだ。

    「どんどん行くわよ」
    「くっ」

    ユナが手に炎を灯し、続けて攻撃に行こうとすると

    「お姉ちゃんばっかりいじめるなー!」

    脇からセリスが突っ込んでくる。
    それを知りつつ、ユナは不敵に構えた。

    「規格外の大容量魔力保持者。どんな魔法を使ってくれるの?」

    少し楽しみでもある。
    ところが…

    「それーっ!」
    「ヨーヨー!?」

    セリスが取り出したのはヨーヨー。
    しかも、何個も持って振り回し、攻撃してくる。

    「ちょっと、なによそれ」
    「これがわたしの攻撃法なの!」
    「なるほど、魔力で操ってるのか。でも…」

    納得はしたユナであるが、期待はずれはいがめない。

    「魔法は!?」

    向かってきたヨーヨーをかわしつつ、ユナが言う。

    「うぅ〜、魔法は苦手なんだよ!」
    「それだけの魔力を持っていながら…」

    なんというか、頭が痛い。
    これからのことを思うと、頭を抱えたくなった。

    「…わかった。わかったから、やめ。おしまい」
    「へっ?」

    魔力を絞り、ユナはやれやれと肩をすくめながら、終了を宣言する。
    勢いを削がれたセリスは、目を丸くして、ユナとエルリスを交互に見る。

    「そ、そうだ。お姉ちゃん大丈夫!?」
    「え、ええ、たいしたことはないわ」

    慌てて姉に駆け寄るセリスだが、エルリスには怪我も無かった。

    「それよりも、ユナ、どういうこと? 途中でやめるなんて」
    「そっちから仕掛けてきて、勝手にやめちゃうなんてひどいよー!」
    「途中じゃない」

    ユナは大きく息をつき、2人を見る。

    「あなたたちの実力がわかったから、やめたのよ」
    「え…」
    「言ったでしょ。あなたたちの実力を見るためだ、って」

    確かにそう言われた。
    が、勝手に始めて勝手に終えられてしまうと、しっくりこないものがある。

    「わかったことは、セリス」
    「ふえ?」
    「あなたは基礎中の基礎もなってない。
     ヨーヨーを操るのはいいとしても、本当にイチから始めないとダメだわ」
    「うぅ、仕方ないじゃないか…。教えてくれる人がいなかったんだから…」
    「やれやれ」

    人類としては最高かもしれない魔力を持ちながら、魔法ひとつ満足に扱えない。
    これは先が長くなりそうだと、ユナの嘆息も長かった。

    「エルリスは…」
    「……」

    自分はなんと言われるのだろう?
    息を飲むエルリス。

    「まあ、こんなものか」
    「え…」

    ボロクソに言われることも覚悟していたので、拍子抜け。

    「精霊の力があるとはいえ、私の魔法を防いだことは評価に値する」
    「あ、ありがとう…」
    「ただし、あらゆる点でまだまだ足りない。
     鍛えてあげるから、妹ともども、精進しなさい」
    「は、はい!」

    思わず丁寧な口調で頷いてしまう。
    ユナが自分よりも勝っていることは明らかで、そういう意味ではお師匠様なのだ。

    「それと、あなたはおもしろい剣を持っているみたいね」
    「え? これ?」
    「ちょっと見せてくれる?」
    「う、うん。どうぞ」

    エルリスはエレメンタルブレードをユナに渡す。
    ユナは、ジッと食い入るように見つめて。

    「これは、本当に面白い代物だわ」
    「あの…?」
    「あなたにはもったいないくらい。譲ってくれない?」
    「だ、ダメ! これは父様からもらった大切なものなんだから!」
    「冗談、冗談」

    すごい剣幕で拒否するエルリスに、ユナは少し気圧されて。
    そのまま持ち主へと返した。

    「でも、面白いものなのは確か。いずれ説明してあげる。
     上手く使えば、並みの剣なんか比べ物にならないくらい、役に立つ一品なんだから」
    「はあ」
    「剣術は私じゃなくて、勇磨たちに習うのね。剣もやるつもりなんでしょ?」
    「あ、うん。それはもちろん」
    「だってさ、勇磨に環」

    「わかってるよ」
    「ほんの少しではありますが、来る前にも見ましたし」

    見学していた勇磨と環。
    話を振られて、頷く。

    「じゃ、今日のところはコレでお終い。本格的なのは明日から」

    ユナはそう言って、手をヒラヒラさせながら出入り口へと向かった。
    途中、環に声をかける。

    「環〜。おなかすいた。何か作って」
    「あなたは私が来ると、いつもそれですね」
    「私より上手なんだから当然。これでも褒めてあげてるのよ」
    「そうは聞こえません」

    そんな会話を交わしつつ、連れ立って元の空間へ戻っていくユナと環。
    なんだかんだ言いつつも、勇磨の言う通り、仲が良いのだろうか?

引用返信/返信 削除キー/
■253 / ResNo.14)   『黒と金と水色と』第7話A
□投稿者/ 昭和 -(2006/01/22(Sun) 00:03:36)
    2006/01/22(Sun) 00:05:45 編集(投稿者)

    1黒と金と水色と 第7話「水色姉妹の修行その2」A





    というわけで、ユナの修行を受けることになった水色姉妹。
    例の修行場において、エルリスとユナが対峙している。

    「あなたのほうは、精霊を宿しているだけあって、魔力の基本は出来ているみたいだから、
     いきなり応用実践編に入るわよ」
    「よ、よろしくお願いします!」

    いきなり応用だと言われても、何をやらされるのか戦々恐々だが…
    エルリスは気合を入れて、ペコっと頭を下げた。

    「そう硬くならない。やることは至極単純だから」
    「単純? 何をやればいいの?」
    「これから私が、あなたに向かって炎の魔法を撃つわ」
    「え…」

    固まるエルリス。
    何か? 攻撃されるということか? 自分が? ユナに?

    「ちょ、ちょっと待ってよ!」

    エルリスは慌てた。

    相手は超一流の魔術師である。対する自分は未熟もいいところ。
    たまったものではない。

    「そんなの受けたら、私、怪我じゃ済まないかもっ…!」
    「安心して。何も、全力で撃とうってわけじゃないから」
    「で、でも…」
    「話は最後まで聞きなさい」

    食い下がるエルリスに、ユナはひとつ息を吐いて、言葉を続ける。

    「始めは初級中の初級魔法から始める。それを、あなたが自分の魔力を使って打ち消すの。
     あなたは氷の魔法を使うんだから、私の炎の魔法を打ち消すにはちょうどいい」
    「……」
    「慣れていくに従って、段々、階級と威力を上げていくから」
    「それって、もし、失敗したら…」
    「大丈夫。人間、必死になれば、たいていのことは何とかなるものよ」
    「……」

    そうかもしれないが…
    エルリスは嫌な汗でいっぱいになる。

    「それに、現在の現界を越える特訓をしてこそ、真の実力が引き出されて成長するものよ」
    「……」
    「いいわね?」
    「…わかったわ」

    迷うものの、結局はやることにする。
    確かに、ユナの言うことももっともだ。
    スパルタ過ぎる気もするが、これから歩もうとしている道は、長く険しいのだ。

    これくらいのこと、乗り越えられないでどうする。

    「いくわよ」
    「………」

    ググッと両の拳を握り締め、エルリスはそのときを待ち構える。

    (私の氷の精霊さま。どうかお願い、力を貸して…!)

    自分の中で”スイッチ”を入れる。
    一瞬の間を置いて、全身に魔力が通っていくことを実感する。

    準備、よし。

    ファイア!

    「…!」

    来た!
    人間の頭大の炎が自分に向かって飛んでくる。

    氷よ! 彼のものを貫く槍となれ! アイシクル・ランス!

    かざした手の先から、氷の槍が伸びていく。

    炎と、氷。
    両者は、直後に交錯した。

    バシュッ!!

    接触後、異なる魔力がスパークし、光を発生させる。
    その光が収まると、もうそこには、何も存在していなかった。

    「……成功、した?」
    「とりあえずはね」
    「よ、よかった…」

    上手くいってくれてよかった。
    エルリスはこれだけで、全身から力の抜ける思い。

    ところが、ユナはまったく表情を変えずに

    「次、行くわよ」
    「ええっ!?」

    間髪入れずに、次の行動へと入っていた。

    「はい、2発目」
    「わわわっ…! アイシクル・ランス!

    大慌てで魔法を撃つエルリス。
    ホッとしていたせいで、放つことは出来たものの、タイミングは完全に遅れてしまった。

    ボンッ!

    「きゃっ…」

    だから必然的に、接触点が自分に近づいてしまい、余波をもろに被ることになる。
    尻餅をつく格好だ。

    「うぅ……いったぁ…」
    「油断は大敵よ。誰が1発だけだなんて言った?
     実戦じゃなんでもありなんだから、一瞬たりとも気を抜かないこと」
    「OK…」

    確かに、これはあくまで修行だと、軽く見ていた面があった。
    これが実戦だったのなら、自分は今ごろ、あの世に逝っている。

    良い教訓になった。
    自分でもそう思いながら、エルリスは立ち上がる。

    「次! いつでもどうぞ!」

    そして、目つきが変わった。

    「大きく出たわね」

    そのことに少しだけ満足しつつ。
    ユナは3発目の発射態勢に入った。

    「次は少し威力を上げるわよ。覚悟することね」





    修行に入って、3日目。

    ファイアストーム!

    空と大地を駆け抜けし、凍てつく暴風よ。今ここに発現し、彼のものを打ち破らん!
     ブリザードッ!!

    炎の波を、凍てつく吹雪が飲み込む。
    性質の180度異なる魔力の奔流は、接触後、一瞬にして掻き消えた。

    「お見事」
    「はぁ……はぁ……やった……」

    思わず、ユナからお褒めの言葉が出た。
    エルリスは肩で大きく息をしながらも、うれしそうに笑みを見せる。

    「正直、驚いたわ。僅か3日でここまでものにするなんてね。
     加減しているとはいえ、私の中級魔法を防いだんだから、誇っていいわよ」
    「努力したもの…」

    エルリスは順調に修行を続け。
    ユナに中級魔法まで使わせるに至り、自身も中級魔法を操るまでになった。

    成果は着実に実を結びつつあると言えよう。
    それに比べて…

    「ぶーぶー! お姉ちゃんばっかりず〜る〜い〜!」

    不満そうな声が、彼女たちの脇から飛んでくる。
    ずっと座り込まされているセリスからだ。

    「ユナさん! わたしにも修行つけてよ! わたしも魔法使えるようになりたいっ!」
    「あなたにも修行つけてるじゃない」

    ユナはセリスのほうに視線を移すと、普段と変わらない口調で言い放った。

    「基礎中の基礎、瞑想をね」
    「ただ座ってジッとしているだけじゃんか〜!」

    セリスがこう思うのも無理なかった。

    彼女は3日前、修行に入ってからずっと、こんな格好を強要されていたのだ。
    しかも、姉はユナから直接指導をされて、メキメキ実力をつけて行っているのに…

    不満が溜まるのも当然である。

    「わたしにもそれらしい修行つけてよ!」
    「だから、きちんとさせてるじゃない」
    「これのどこが修行なんだよ〜! ちっとも強くなってる気がしない〜!」
    「あのね…」

    深く、憂いを含むため息をユナがつく。
    説明はしたはずなのだが、全然わかっていない。

    「最初に言ったでしょ? 魔法は集中力がすべてだって。
     集中力を鍛えるのに、瞑想はうってつけなのよ」
    「だからって……こんなのばっかり、退屈だよ〜」
    「ダメね、全然わかってない…。いいこと? エルリスは多少なりとも魔法が使えて、
     魔力の使い方を知っていた。対して、あなたはどうなの?」
    「う…」

    セリスが言葉に詰まる。

    「魔法を撃つことすらできなかった。そんなあなたに、すでに魔法を撃てるエルリスと
     同じ修行をさせられると思う? 同列に立てると思ってるの?」
    「……思い、ません」
    「でしょう。わかったら、集中して瞑想することね。
     そんなんじゃ、いつまで経っても応用編に入れないわよ」
    「うぅ〜…。わかってはいても、出来ないんだよ〜…」

    ブツブツ言いながら、セリスは仕方なく瞑想状態に入る。
    が、持続したのは僅かに数分だけ。
    5分も経つと、大声を上げてひっくり返ったり、ゴロゴロしたりする有様だ。

    「それじゃ、ひとつ例題を挙げるわ」
    「うん、どんなどんな?」

    よほど退屈だったのだろう。
    ユナがこう言うと、セリスは目をキラキラさせて食いついてきた。

    それに呆れつつも、ユナは例を挙げる。

    「周りに誰もいないところで巨木が倒れた。さて、音はした? しなかった?」
    「したに決まってるよ」
    「どうかしら? 音を聞くべき人物がいないのだから、確かめようが無いでしょ?
     もしかしたら、音はしなかったもしれない。でも、音はするはず………いったい?
     どうなってる? なんて考えているうちに、無我の境地に達するわ」
    「倒れたんだから、音はするに決まってる!」
    「いや、だからね…」
    「誰もいなくても、音はするってば!」

    「この子はダメかも」
    「あ、あはは…」

    心から疲れたため息をつくユナに、エルリスは苦笑するしかなく。
    姉に比べて、妹の修行の進み具合は、極めて鈍行らしい。

引用返信/返信 削除キー/
■254 / ResNo.15)   『黒と金と水色と』第7話B
□投稿者/ 昭和 -(2006/01/29(Sun) 00:47:53)
    黒と金と水色と 第7話「水色姉妹の修行その2」B





    「もっと集中しなさい! そんな集中力じゃ、目も当てられない!」
    「うぅ〜、難しいぃ…」

    怒声が轟く修行場。

    セリスはようやく、直接指導してもらえる段階に入ったのだが、
    そこから先がまた難しかった。

    どうも彼女、膨大な魔力を持ってこそいるものの、それを制御する才能に欠けているようだ。
    ヨーヨーを操ることと、魔法を放つことでは、根本的に違うらしい。

    「むぅぅ〜っ!」

    ――ボボボッ…

    どうにか力を込め、セリスの右手に炎が宿った。

    「そう、その調子。その調子で炎を制御して!」
    「むぅぅ………ふぁ…ふぁっくしょん!」

    ――シュゥゥ…

    「あーっ!」
    「はぁぁ…」

    魔法行使の途上で、セリスはこともあろうにクシャミ。
    一瞬、集中力が欠けた影響がモロに出て。
    セリスの叫びと共に、せっかく灯った炎は、徐々に消えていった。

    ユナのため息がとても長い。

    「なんでー? どうして〜!?」
    「やっぱり才能、無いのかしら…」
    「今のはわたしのせいじゃない〜! くしゃみが出ちゃったんだからしょうがないよ!」
    「まったく…」

    打つ手なし、とばかりに、ユナはお手上げのポーズ。
    くしゃみ以前の問題のような気がしてきた。

    「もしくは、炎と相性が悪いとか…? そういえば、エルリスは氷の精霊に愛されて…
     そうなのかもしれない。あなたたち姉妹は、炎系とは絶望的に相性が悪いんだわ」
    「そ、そうなの?」
    「もうそうだとしか考えられない。きっとそう、絶対そう!」

    無理やり自分を納得させるユナ。
    それだけ、セリスの出来の悪さには閉口していたのだろう。
    強引ではあるが、理由が見つかって晴れ晴れしている。

    「まあとにかく、炎系の修行はやめて、次からは氷系にしましょう。
     セリス、あなたはもう少し瞑想してなさい」
    「は〜い…」

    元気印のセリスも、返事にはさすがに力が無い。
    その様子に再び嘆息しつつ、ユナはエルリスに歩み寄った。

    「どうかしら?」
    「ええ、だいぶ」

    セリスと比べて、エルリスのほうは順調に実力を伸ばしている。
    魔力の行使・制御とも、もうかなりの腕前になっていた。

    「妹とは比べるべくも無いわね」
    「あはは…」

    苦笑するしかないエルリスである。

    「じゃあ今日は、あなたの持ってる剣について、説明するから」
    「これの?」

    エルリスは、腰に下げているエレメンタルブレードを手に持ってみる。

    「説明も何も、これって、普通の剣じゃないの?
     それは確かに、高価そうな剣で、切れ味もバツグンだけど」
    「…はぁ」

    それを聞いて、ユナはまたため息をつく。
    この短時間で、いったい何回ため息をつかせれば気が済むんだろうか、この姉妹は。

    「まあ想像は出来たけど、こうも予想通りの反応を返されると、逆にヘコむ」
    「ご、ごめんなさい…。でも、これってそんなに特別なものなの?」
    「当然よ。じゃなかったら、私が譲ってくれなんて申し出るわけないでしょ」

    ユナは、魔術品コレクターとしての側面も持っている。
    1度、それを見せてもらったが、一室を丸ごと覆い尽くしていた。

    よくわからないアイテムばかりだったが、どれも一級品なんだそうである。

    「まず、材質ね。それは間違いなくミスリル鋼で出来ている」
    「うん、それはわかる」
    「切れ味が良いのはそのためね。まあ、普通の青銅や鉄剣なんかとは比べるのも失礼。
     でも、その剣の特異性はそれだけじゃない」

    肝心なのは、これから説明されることなのだろう。

    「柄の部分を見てみなさい。くぼみがあるでしょ?」
    「ええ」
    「そのくぼみはね、ただ開いているのでも、鋳造時のミスでもない。
     ”これ”をはめ込むための穴なのよ」
    「それって…」

    言いながらユナが取り出したのは、親指の先くらいの大きさの、
    綺麗な輝きを放つ宝石のようなものだ。

    「綺麗ね。なんの宝石?」
    「宝石じゃないわ。これは、『エレメンタルクリスタル』と呼ばれるもので、
     空気中のマナが凝縮して、結晶化したものなの」
    「へぇ…」

    初耳だった。
    存在自体を知らない。

    「エレメンタルクリスタルは、1個1個それぞれ、持っている魔力の性質が違う。
     例えばコレは雷属性を持ってる。まあ人それぞれ、個性があるのと同じことね」
    「ふうん。で、それをはめ込むと、どうなるの?」
    「実際、やって見せたほうが早いわね。はめてみなさい」
    「わかった」

    エルリスはユナからクリスタルを受け取って、柄のくぼみにはめ込んでみる。
    …何も変化は無い。

    「…? 何も起こらないけど…」
    「少しは頭を使いなさい。マナの結晶だって言ったでしょ? 魔力を通してみなさい」
    「ええと……こう?」

    少し、剣に魔力を通してみると…

    ――ジジジ…!!

    「わっ!」

    剣が電気を帯び、青白いスパークを発生させたのだ。

    「これでわかったでしょ? その剣の凄さが」
    「え、ええ…。こんなことが出来たんだ…」

    自分の剣に、こんな機能があったとは。
    要するに、はめこんだクリスタルの属性を、剣に纏わせることが出来るということか。

    「すごい…」

    エルリスは純粋に驚いていた。
    その様子に、ユナは改めて呆れていたりする。

    「まだよ。それですべてじゃないわ」
    「ま、まだ何かあるの?」
    「今度は、その状態で、氷系の魔力を通してみなさい。そのままでよ」
    「ええと…」

    電撃を纏わせたまま、ということだろうか?
    少し難しいが、エルリスは自分で調節して、今度は魔力に氷系の念を込めて剣に送る。

    すると…

    「…氷属性がついた」
    「そうなのよ」

    電撃は纏ったままで、さらに、氷の属性が付加された。
    ライトニングアイスソードの完成である。

    「複数の属性を持たせることも出来る……ということ?」
    「そういうことね」
    「へぇ〜…」
    「あなたなんか、氷属性に特化した魔術師なんだから、氷はいつでも纏わせることが可能よ。
     それだけ、あなたの氷属性魔法は威力が高いってことね。まあ、精霊のおかげだと思うけど。
     だから、氷属性だけに関して言えば、クリスタルをはめ込む必要は無い、ってわけ。
     纏わせて戦えば、威力は何倍にもなるわ」
    「ほぉ〜…」

    エルリスは感心しきり。
    これに、ユナはまずます脱力する。

    「難点は…」

    声に力がなくなってきているのが、その証拠だ。

    「エレメンタルクリスタルは希少物で、すごく高価だということだけど。
     まあ、氷だけでも付加して戦えば、充分でしょ」
    「わかったわ。あ、そういえば、このクリスタルは…」
    「いいわ、あげる」
    「え、いいの? もの凄く高いんじゃ…。ちなみに、いくらくらいするものなのかな?」

    ユナから渡されて、はめ込んでいる雷のクリスタル。
    そんなに高価なものを、タダでもらうのは気が引ける。

    おそるおそる尋ねてみるエルリスだが

    「そうね。クリスタルの大きさとか純度とか属性にもよるけど、
     1個でだいたい、金貨50枚から100枚くらいが相場かしらね」
    「………」

    恐ろしい数字だった。
    思わず目が回ってしまいそうになるほどの衝撃。

    「で、もうひとつの欠点。その都度、使い捨てになっちゃうから」
    「え!?」

    そう言われ、確かめてみると。
    さっきはめ込んだはずのクリスタルは、最初から無かったかのように消えていた。
    もちろん、剣に纏っていたスパークも消えている。

    「わかった? 返せって言ってもしょうがないの」
    「…よくわかったわ。すごく貴重だということよね…」

    とりあえず、今の自分の資金力では、とても手を出せないと思いつつ。
    超強力な武器だということを、今さらながらに認識したエルリスだった。





    「まずは、頭に”風”のイメージを思い描いて」
    「えっと、風…」

    その後、冷静になったユナが考え直した結果。
    エルリスと同じ魔法を使えても意味が薄い、ということになり、
    『風』属性の魔法をセリスに教えることになった。

    「浮かんだ?」
    「風って、あの風でしょ? うん、大丈夫」

    笑顔で頷くセリス。
    本当にわかっているのか、疑わしいものであるが、確かめようが無い。

    「それじゃ、それを自分の中から奮い起こすようにして、魔力に乗せてみなさい」
    「えっとー、魔力に乗せる…」
    「慎重に、少しずつよ、少しずつ。あなたはただでさえ、魔力が多いんだから」

    おそるおそる、セリスは言われた通りにやってみる。
    すると…

    ――ビュォォ

    「あっ」
    「いいわ、その調子」

    セリスの周囲に、弱々しいものであるが、空気の渦が発生した。

    「あとは、その制御だけど…」
    「すごいすごーい! わたしにも出来た! うわ〜!」
    「ちょっと、人の話を…」

    だが、成功した喜びで、ユナの言葉も聞こえない状態になってしまい。
    興奮で高まった魔力により…


    ――グォォオオオッ!!


    「うわあああああ目が回るぅぅうう!」

    大竜巻にまで発展してしまった。
    その中心にいるセリスは、自分が生み出した竜巻に巻き込まれそうになっている。

    「だから言わないこっちゃない…」

    再三再四、繰り返しつかされているため息を、またひとつ大きく吐いて。
    ユナは魔力緩衝のため、自らの魔力を撃ち込んだ。

    「た、助かったぁ…」
    「………」

    竜巻が消え、その場にへたり込んでしまうセリス。
    ユナはつかつかと歩み寄ると

    ごんっ!

    「いったぁー!」

    セリスの頭をゲンコツでひと叩き。

    「人の話を聞きなさいこの馬鹿!」
    「うぅ〜、だって…」
    「だっても何も無い! こんなんだから、過去に暴走を起こしちゃうのよ」
    「うぅぅ…」

    暴走のことを言われ、すっかり小さくなってしまうセリス。
    なんだかんだで、幼い日の暴走のことは、彼女のトラウマになっているのだ。

    「ただでさえ、あなたは魔力制御の技術が稚拙なんだから、気をつけること。
     次にこんな事態になったら、本気でぶっ飛ばすわよ」
    「はーい…」
    「…ふぅ。まあ、なんにせよ」

    目に見えて落ち込んでしまったセリスに、暴走のことを言ったのは少し悪かったかと思いつつ。
    励ましの言葉をかける。

    「これで、『風』属性はそれなりに扱えるであろうことはわかった。
     魔力は半端じゃないんだから、修行次第で、一流になることも可能よ。
     がんばりなさい」
    「そう? そっか、へへへ」

    立ち直りが早いのもセリス。
    すっかりその気になって、やる気も出てきたようである。

    まあ、とどのつまり。

    (やっぱり、この姉妹にとっては、『炎』は相性最悪なのね…)

    ということであった。

引用返信/返信 削除キー/
■255 / ResNo.16)   『黒と金と水色と』第7話C
□投稿者/ 昭和 -(2006/02/05(Sun) 00:05:21)
    黒と金と水色と 第7話「水色姉妹の修行その2」C





    依然、水色の姉妹は修行中。

    「むぅ〜っ」

    正面を見据えて、何やら唸っているセリス。
    その正面であるが、ユナが用意した魔物を模した標的が数体、置かれている。

    「発動できるようにはなったんだから、次はその制御。
     敵に当てられなければ意味が無いわ」

    ということで、セリスは目標へ、正確に命中させるという特訓を行なっていた。

    「空を駆け抜けし風よ……この手に集い、仇討つ刃となりたまえ!」

    詠唱と共に、セリスの両手に魔力が宿る。

    「ソニック!!」

    そして放たれる、真空の刃。
    いつもここまでは良いのだが…

    スカッ!

    見事に外れる。
    ちなみに、これで10回連続。

    「なんで? なんでなんでなんでぇ〜!? なんで当たらないの!?」

    地団駄を踏んで悔しがるセリス。

    先の数字は今日だけの回数であり、通算すると、
    すでに百発近くは無駄撃ちしているのではなかろうか。

    つまり、今までただの1度として、命中した試しがない。

    「お姉ちゃんはあんなに綺麗に当てられるのに…」

    精霊の加護が無い分、セリスにとっては厳しいのだろうか。
    それとも…

    「うぅ〜…。もう1回、今度こそ! ソニック!

    発動までは上手くいく。
    だが、どうしても…

    「ふぇぇ…」

    ことごとく、外れてしまうのだ。
    さすがのセリスも、すっかり肩を落としているのかと思いきや。

    「ソニック! ソニック! ソニック〜ッ!」

    連発、連発、連発。

    意気込みは認めるが、結果が伴わない。
    むなしく的の周囲を通過するだけだった。

    「やれやれ…」
    「あはは…」

    そんな光景を嫌というほど見せ付けられているユナとエルリス。

    「初心者のクセに、あれだけ撃って、バテないことはすごいけどね…」
    「魔力だけはあるから、あの子……あはは」
    「まったく…」

    苦笑を通り越して、もはや呆れを覚えるしかない。

    「威力だけはたいしたものだけど…。まあ確かに、魔力が多いだけのことは」
    「あはは…」
    「まあセリスのことは放っておいて。エルリス、あなたのほうは最終段階に入るわよ」
    「え? は、はい」

    いきなりそんなことを言われ、硬くなるエルリス。
    始めからかなりきつい修行だったこともあり、内心は不安でいっぱいである。

    「それで、どんなことを?」
    「やることは同じよ」
    「え…」

    ユナは簡潔に答えつつ、エルリスと距離を取った。
    エルリスに嫌な予感が走る。

    「コレまで通り、私の魔法を打消レジストしてみせなさい」
    「わかったけど……まさか?」

    「そう」

    にやりと妖しい笑みを浮かべるユナ。

    「私の全力を跳ね返して見せなさい!」
    「そんなっ!」

    なんと無茶な。
    ユナほどの魔術師、全力での一撃を、自分のような未熟者が跳ね返せるわけが…

    「無理よ!」

    「天空に満ちし大いなる炎の精よ……大地に眠りし大いなる力よ……」

    悲鳴を上げるエルリスだが、ユナは聞く耳を持たず、詠唱を始めてしまった。
    彼女の周りにすさまじい魔力の奔流が現れ、凝縮していく。

    「ユナッ!」
    「もう後戻りは効かないわ。あなたも早く準備しないと、間に合わなくなるわよ」
    「っ…」

    止まらない。止められない。
    固まっていたエルリスだったが、追い込まれ、半ばヤケクソで詠唱に入る。

    「わかったわよ! やればいいんでしょ!」

    (私の氷の精霊さま! お願い!)

    自分1人の力ではどうしようもない。
    自分の中にいる”もう1人”へ呼びかけつつ、術式を刻んだ。

    「清らかなる氷の精よ……等しく訪れる森羅万象、悠久なる氷よ……」

    「我が意と言葉に従いて……」


    両者、詠唱を進める。
    ユナの全力に抗うためには、並大抵の魔法ではいけない。

    「今ここに、汝の力、解き放たりて…」

    「我が眼前に立ちはだかりし愚か者…」

    「彼の物ことごとく、深淵たる永久(とわ)の眠りへ誘いたまえ!」

    「骨の髄まで焼き払わん!」


    エルリスの周りには冷気が、ユナの周りには炎が具現化、吹き荒れる。
    相反する、正反対の力を持つ2つの魔力が、ここに解放された。

    「アブソリュート・ゼロッ!!」

    「メガフレア!!」









    「お疲れ」

    「………はぅ」

    一声かけられて、エルリスは腰を抜かしてへたり込んでしまった。
    いや、気力精力を使い果たして、自分の身体を支えきれなかった。

    「氷の精霊の助力があるとはいえ、見事なものよ。
     私の上級魔法が防がれたのは、いつ以来かしらね」
    「………」

    エルリスは放心状態。
    ほけ〜っと、虚空を見つめている。

    「合格。これでとりあえず、私が教えられることは教えたわ。あとは自分の努力次第」
    「………」
    「ま、今はゆっくり休みなさい」
    「ふぁぁい…」

    ようやく返事を返すことの出来たエルリスだったが、その身はすでに限界で。

    「zzz…」
    「おっと」

    糸が切れるように睡眠へ入り、倒れこみそうになった身体を、ユナが支える。
    本当に、自分の持てる力のすべてを、限界まで使い果たしたのだろう。

    「追い込まれると、実力以上の力を発揮するタイプね、この娘」
    「zzz…」

    ユナはエルリスのことを冷静に分析する。

    力を引き出してやる状況を作り出す、作り出されること。
    つまり、ピンチに追い込まれることは、この世界で生きていく以上は多々起こりうる。
    絶体絶命になれば、120%の力を発揮するのは道理だろう。
    エルリスの場合は、それが150%にも、200%にもなりえる底力を秘めている。

    だが、それまでをどうやって乗り切るか。
    普段の状況で、いかに限界付近まで力を引き出すか。
    どこまで安定して力を使えるか。

    ピークが高くても、常時、取り出せる値が低いのでは、実体は半分以下。
    今後の課題だ。

    「あとは…」

    困ったように、視線をセリスのほうへ。
    すると…

    ブオンッ!

    「…!」

    巨大な風の渦が発する音。
    続けて

    ズガァンッ!

    自分が設置した、標的が破壊される音。
    初級魔法のものとはとても思えない、強力な威力。

    「……やった」

    そして、セリスのうれしそうな声。

    「やった、やったぁ! 当たった、やっと当たったぁ〜!」

    思わず小躍りし始めるセリス。
    まあ、まぐれ当たりか、たまたま命中したに過ぎないのだが…

    「…ふぅ」

    ため息のユナ。
    自分の魔法の威力の凄さに、全然気づいていないことに加えて。

    「下手な鉄砲、数撃ちゃ当たる……」

    深い意味ではなく、見た目そのままの言葉を呟く。
    もう、セリスに限っては、そういう戦法で行くしかないのだろうか…





    翌日。

    「終了?」
    「ええ」

    聞き返した勇磨に、ユナは短く頷いた。

    「終わりということですか?」
    「そう。昨日をもって、私からの修行はお終い」

    環からの問いにも、こう答える。

    「こっちのこと、ご苦労様。もういいわよ」
    「そうか」
    「まあ、それはいいんですが」

    水色姉妹の修行中、彼女たちは”向こう側”に行っていることが多いので、
    こちら側の掃除や洗濯炊事などは、勇磨と環が担っていた。

    要するに、雑用係をやらされていたわけだ。
    特にやることも無く、自分たちの修行もあの空間でやらせてもらう見返りとして、
    自分たちから申し出たことである。

    「環の料理が食べられなくなるのは、少し惜しいんだけど」
    「ありがとうございます」
    「正式に、私専属のコックにならない? お給金は弾むわよ」
    「せっかくの申し出ですが、お断りします」
    「ま、そう言うだろうとは思ったけど」

    「…?」

    ちらりと視線を向けられた勇磨。
    意味がわからず、首を傾げるだけだ。

    「ユナ、今までありがとう。おかげでだいぶ強くなれた気がするわ」
    「わたしは微妙なんだけど…。魔法を使えるようにはなったし、お礼は言っとくね」

    水色姉妹も、これまでの礼を述べる。

    「成果、良いみたいだね?」
    「ええ、本当に。あなたたちも、良い師匠を紹介してくれて、ありがとう」
    「いやいや。君たち自身の努力の結果だよ」

    続けて、御門兄妹にも。

    「でも、根本の解決にはなりませんでしたね。申し訳ありません」
    「ああ、謝ることなんかないって」

    エルリスはこう言うが、確かに、暴走回避の対策は立てられていなかった。

    魔法を使えるようになることと、暴走を完全に抑えこむこととでは、
    その方向性が違ってくる。

    魔法を使うということは、魔力を取り出すということ。
    反対に、魔力の暴走を抑えるには、表への流れを止めてしまうことになる。

    相反する2つの事象。
    セリスはまだ、『魔法を使える』というレベルのみ、身に着けたに過ぎない。
    それもごく基本的なことばかりだ。

    魔力を統べるという意味では一歩(半歩くらい?)の前進だが、まだまだ全面解決には程遠い。

    いかにユナといえども、コレだけの問題を解決するには、時間も知識も足りなかった。
    そもそも、そのような方法があるのかさえ、不明であるのだ。

    「でも、これからは、どうしようかな…」
    「そのことなんだけどね」
    「え、なに?」

    ユナが口を挟んだ。
    なんだろうか?

    「方法、無いわけじゃないのよ」
    「え?」

    無いわけじゃない。
    暴走を封じる方法のことだろうか?

    「ただし、いま私が考えている方法は、魔法封じの応用で魔力自体を完全に封じるか、
     休眠状態にするっていうだけ。それだと一時的なものになっちゃうし、
     死ぬまで延々、定期的に同じ処置を受け続ける必要がある。
     本当に有効なのかどうかもわからないし、やっぱり根本的な解決法にはならないの」
    「………」

    やはりそうか。
    そう簡単にはいかないだろうとわかっているが、落胆も大きい。

    「その他の方法については、私のほうでも調べてみるから」
    「本当?」
    「知ってしまった以上、放置は出来ないじゃない。
     まあ、現状では極めて安定しているし、きちんと魔力の制御を教えたつもりだから、
     当面は大丈夫でしょうけどね」
    「うん…」

    現段階では、セリスが暴走する可能性は限りなく低い。
    だが、完全に0%にならない限り、姉妹の不安・苦しみは続くのだ。

    「私も出来る限りのことはする。でも、その代わり」
    「そ、その代わり?」
    「そうよ」

    交換条件?
    不意を衝かれ、エルリスは少し裏返った声になってしまった。

    「わざわざ私が労を払おうって言うんだから、見返りをもらうのは当然よ」
    「そ、そうね」
    「わかったよ。で、ユナさん。その見返りって?」

    尋ねたセリスに、ユナは…

    「あなたたち。ハンターライセンスのCランクを取ってきなさい」
    「はい?」

    突拍子も無い答えを返した。

    「聞いた話によれば、あなたたち姉妹は、まだDランクだってことよね」
    「そうだけど…」
    「一時的にせよ、私の取った弟子が、そんな最低ランクだなんてみっともない。
     一刻も早く昇級してもらわないと、私の世間体にも影響が出るじゃない」
    「……」
    「そんな、他に誰も知らないんだから、それくらい…」
    「私自身が許せないの」
    「そ、そうなんだ…」

    思わず言葉を失うエルリス。
    セリスも苦笑を見せるだけ。

    「というわけで、Cランクを取ってきなさい。今すぐ」
    「えーと…?」
    「今すぐって言われても、試験の日程は…」

    「ちょうど2週間後にありますね」

    答えたのは環だ。

    「じゃ、それ、受けてきて。もちろん落第は許さないから」
    「急に言われても……わかったわ」

    渋るエルリスだったが、ユナに睨まれて、やはり渋々に頷く。

    「うぅ〜、学科試験がぁ…」
    「セリス、最初に受かったときも苦労したしね…。かく言う私も、自信ない…」

    「私がお教えしましょうか?」
    「いいの!?」
    「ええ、私でよければ」

    願ったり叶ったりの環からの提案。
    姉妹はもちろん、喜び勇んで頼んだ。

    「そうだ、兄さん」
    「ん?」
    「せっかくですし、良い機会ですから、私たちも受けてみましょうか」
    「俺たちもって……Aランク試験をか?」
    「はい」

    ひょんなことから、御門兄妹にも話が及ぶ。

    「Bランクを取ってから、もうどれくらいになるとお思いですか?
     そろそろ上がっておかないと、稼ぎにも影響が出るんですよ」
    「し、しかし…」

    BランクとAランクでは、報酬金の額が絶対的に違う。
    一桁違うなんてこともザラであり、請けられる仕事の範囲も大幅に広がってくれる。
    もちろん、持っていたほうが良いに決まっているのだ。

    「俺は…」
    「…そうでしたね」

    乗り気でない勇磨の様子を見て、環は何かを悟り、ため息をつく。

    「わかりました。兄さんも、私がみっちり鍛えてあげます」
    「うえっ!? そ、それは遠慮したい…」
    「問答無用」
    「……はい」

    前回、試験を受けたときのことを思い出し、回避しようとした勇磨だがあえなく撃沈。
    よほどの嫌な思いをしたと見える。

    「みんなで勉強会だね〜。大勢のほうが楽しいから、わたしは歓迎〜♪」
    「環との勉強会…。なんだかとっても厳しそう…」

    笑って受け入れるセリスに対し、エルリスは戦々恐々。
    勇磨の様子から、とんでもないしごきになるのではないかと、そう思ったからだ。

    「それじゃ、そういうことでよろしく」

    そんなユナの言葉に送り出され、一行は、ハンター試験を受けるために、
    王国ハンター教会の本部がある王都へと向かうのだった。





    第8話へ続く







    <しょ〜もないあとがき>

    いかん、ストックが底を尽いてきた・・・
    時間もあんまり取れてないので、今後、更新が鈍るかもしれません・・・
引用返信/返信 削除キー/
■256 / ResNo.17)  『黒と金と水色と』第8話@
□投稿者/ 昭和 -(2006/02/12(Sun) 00:12:27)
    黒と金と水色と 第8話「ハンター試験」@





    ユナから宿題を課され、一路、王都へ向かうことになった一行。
    ハンター試験の開催地が王都であるためだ。

    「え〜と……『ハンター特権を3つ挙げなさい』? う〜ん、なんだっけ?」
    「ええと……わたしも忘れちゃった。お姉ちゃん、教えて」
    「まったく…。依頼者の協力を義務付けられる権利、『協力特権』。
     協会の同意が無ければ逮捕されない権利、『不逮捕特権』。
     依頼の都合上、公共機関またはその他の機関を利用する場合は、
     特別優先、割引を受けられる権利、『割引特権』」

    まったく考えもしないで尋ねてくる勇磨とセリスに呆れながら、
    エルリスは指折り数えつつ、問われた3つを挙げてみせる。

    「…まだあると思うけど、とりあえず3つ挙げろと言われたら、こんなところかしら?」
    「エルリスさん正解です」

    王都へと向かう列車内。
    環を教師役として、その他3人は移動時間を惜しみ、勉学に励んでいる。

    「その他には、緊急時、武器防具などを優先して回してもらえる『武具特権』や、
     Aランク以上限定になりますが、租税の減免を受けられる『減税特権』などがあります」

    とはいえ、この様子を見る限り、まだエルリスはいいものの、
    勇磨とセリスは、絶望的な状況に思える。

    「やれやれ…」

    大きなため息の環。

    「これは、王国ハンター特例法のほんの触りですよ。これぐらい覚えていないでどうするんですか」
    「そんなこと言われても…」
    「ねえ?」

    「…はぁ」
    「あはは…」

    顔を見合わせ、わかったように頷き合う勇磨とセリス。
    覚えようという気が感じられず、再びため息の環と、苦笑するエルリスだ。

    「とにかく、試験日まで2週間も無いんですから、死ぬ気で勉強してもらいますよ。
     特に、セリスさんと兄さんには」
    「うぅ〜…」
    「すでに、頭がパンクしそうだ…」
    「文句を言わない。口を動かす暇があるなら、手と頭を働かせるように」
    「「はいはい…」」
    「『はい』は1回」
    「「はい」」
    「よろしい」
    「あはは…。私もやろう」

    すっかりスパルタ教師と化している環と、ダメダメ生徒の勇磨とセリス。
    やはり苦笑するしかないエルリスも、学園都市で買ったハンター試験問題集と向き直った。

    ここで、『ハンター試験』について説明しておこう。

    実施は年に3回。
    ここエインフェリア王国では、王国ハンター協会本部のある王都で開催される。

    試験内容は、ハンターとしての知識を問われる学科試験と、
    本分である腕っ節の強さを試される実技試験とに分かれる。

    実技のほうは言わずもがなだが、学科試験には、対することになる魔物の幅広い知識や、
    万が一の場合の薬草学や簡単な応急医術、金銭面でのトラブルを避けるための経済学。
    さらには、ハンターとしての心構えや規則などを定めた、ハンター法の問題が出てくる。

    これが結構な難関で、毎回、半数近くが学科試験で落第すると云われている。
    学科試験にパスできなければ、実技試験を受けることが出来ないので、高いハードルだ。

    その代わり特例もあり、1度学科試験にパスすれば、実技試験で落ちたとしても、
    向こう1年間は同じランクの試験を再び受ける場合、学科は受けなくても良いことになっている。

    もちろん、受けるランクによって難易度は変わり、高くなるほど難しい。

    「ハンター法って57条もあるよ〜。こんなにいっぱいあったっけ?
     こんなの、全部覚えるなんて無理だよ〜」
    「まったくだ…。前回、よく受かったな俺…」

    この2人にとっても、学科試験が大きな関門である。
    最初にハンター資格を取ったときに1度、暗記しているはずの分野なのだが、
    今となっては影も形も無いようだ。

    「本当にね…」

    こればかりは、エルリスも同意できるところ。
    自分もセリスも、よく資格を取れたと思う。

    実際、学校に通っていたときの成績も、『良い』とも言い切れないものだったのだ。
    セリスのほうは、ご想像にお任せする。

    「学科もそうだけど、実技のほうも、ものすごく不安なのよね…」
    「そうだよねお姉ちゃん…」

    水色姉妹の場合、実戦経験が絶対的に足りない。
    普通は、相応の仕事数をこなしてから、次のレベルに行っても大丈夫だという自信をつける。
    ところが、水色姉妹は仕事など1件もこなしていないし、そもそも活動自体がまだだ。

    それなのに、早くも次のランクを取ってこいと言われたわけで、不安は募る。

    実技試験、実戦なのである。
    とはいっても、魔科学によって作り出される、擬似モンスターとの架空戦闘になるわけだが。

    それでも、ある程度はダメージも受けるし、対戦することになる魔物も、
    不公平が出ないように種類は限られているとはいえ、そのときになってみないと、
    どのモンスターと当たるかわからないのだ。

    水色姉妹は、半年ちょっと前にハンター資格を取ったときの試験で、
    学科実技ともにギリギリでの合格だったことも、余計に不安を煽る情勢になっている。

    「大丈夫かしら、私たち…」
    「何を言っているんですか」

    肩を落とすエルリスに、環は「馬鹿な事を」という雰囲気で言ってのける。

    「あなたたちは、ユナさんや私たちから師事を受けたんですよ。
     大丈夫、そこいらの同ランクハンターよりは格段に強い。保証してあげます」
    「環さん…」
    「ですから、自信をお持ちなさい。学科試験をパスできたのなら、
     Cランク程度の実技試験など、突破するのはたやすいはずです」

    そう言われると、心が軽くなってくる。

    「そう、よね…。そういう意味では、私たち、他の人より全然恵まれてるんだもの」
    「…強くはなれた気がするけど、すごく厳しかった。鬼だよ、悪魔だよ、極悪だよ」
    「セリスさん? もっとメニューを増やしましょうか?」
    「わーわー! ユナさんも環さんもすごく優しかったよ、うん!」
    「まったく、調子いいんですから」

    やれやれと息をつく環に、へらへら愛想笑いのセリス。
    やっぱり苦笑のエルリスだが、ついさっきまでとは打って変わり、不安は消えた。

    「…でも、学科試験が高い壁であることは、変わらないのよね」

    …もとい。
    実技試験に対する不安は無くなったが、学科試験の不安はそのままだ。
    むしろ、大きくなっているかもしれない。

    「それも大丈夫です」
    「え?」

    が、環からは、再び『問題なし』サインが出る。
    どういうことなのだろうか?

    「私が責任を持って、あなたたちをCランクの合格レベルまで鍛えてあげますから」
    「……」

    環の頭の良さは、これまで接してきただけでも、よくわかっているつもりである。
    実際、過去の試験では、首席合格だったという実績を持つ。

    しかし、あまりの自信に、思わず返す言葉を失ってしまった。

    「なに、移動中はもちろんのこと、王都に着いて宿を取ってからも、1日中、
     付きっ切りで見てあげますから、2週間ほどもあれば大丈夫ですよ」
    「い、いちにちぢゅう!?」
    「ええ、もちろん」
    「えー、そんなぁ〜…。せっかく王都に行くんだから、観光とかしてみたいのに〜」
    「セリス…」

    さすがに場違いな言葉だった。
    エルリスも呆れ返るほどだが、これには、環もピシッと青筋を立てる。

    「セリスさん? あなたはいったい、何をしに王都へ行くつもりなんですか?」
    「ひいっ!?」

    顔は笑顔なのだが、まったくもって笑っていない。
    それどころか、背後に怒りのオーラが立ち上っている。

    睨まれたセリスは、思わず悲鳴を上げていた。

    「何が目的なんでしょう? 言ってみてください?」
    「ご、ごめんなさいごめんなさいもう言いませんから〜!」
    「言・い・な・さい?(にっこり)」

    「ひう〜っ!? ハンター試験を受けるためですぅ〜っ!」

    もうすっかり怯えて、環の言いなりになるしかないセリス。
    自業自得である。

    「そうですね、その通りです。観光なら、合格した後に少しくらい時間を取ってあげますから。
     無事に合格できるよう、がんばってくださいね」
    「は、はい…」

    セリスは震える手でペンを掴み、問題集を開く。

    (この子には、いい薬ね)

    他人事ではないと思いつつも、そんなことを思ってしまうエルリス。

    (私もがんばらなくちゃ。姉として、妹に負けるわけにはいかないもの)

    決意を新たにしつつ、エルリスも問題集に目を落としかけるが

    「どこへ行かれるんですか、兄さん?」
    「ギクッ!」

    「…?」

    という会話に、顔を上げる。

    「まだ、このページが終わっていないようですが」
    「い、いやその〜…」

    そこでは、いつの間にやら席を離れ、通路でこちらに背中を向けて静止している勇磨と、
    顔は向けないが彼に向けて声をかけている、環がいた。

    勇磨の背中、大量の汗が噴き出しているように見えるのは、気のせいではないはずだ。

    「そんなにコソコソして、どこへ行かれるおつもりなんですか?」
    「だ、だから……そう、トイレ! ちょっとトイレに行こうかと!」

    明らかに、苦し紛れの言い訳だった。
    環の注意が水色姉妹に向いている間に、自分だけ逃げ出そうとしたに違いない。

    「ほぉ〜? そうですか」
    「そ、そうなんだよ…。生理現象はどうしようもないだろ?」

    その証拠に…
    明確な証拠を、頭脳明晰、冷静沈着、洞察力抜群の環が、見逃すわけも無く。

    「トイレはそちらではなく、あちらですよ」
    「へっ?」
    「ですから、トイレのある車両は、兄さんが向かおうとした方向ではなく、反対側です」
    「………」

    はっきり示して見せた。

    勇磨の身体が向いている方向とは逆方向を、くいくいと指差す環。
    サ〜ッと、勇磨の顔から血の気の引いていく様子が、手に取るようにわかった。

    (うわあ、ご愁傷様…)

    エルリスはそれだけ思うと視線を外し、問題集に集中する。
    これ以上、見ていられないと本能が思ったのかもしれない。

    「もう1度問います。兄さん、どこへ行くんですか?」
    「は……はは、は……」

    聞こえてきた両者の声…

    喜々としながらも、どこかトゲトゲいっぱいな環。
    そして、絶望感でいっぱいな、勇磨だった。

引用返信/返信 削除キー/
■257 / ResNo.18)  『黒と金と水色と』第8話A
□投稿者/ 昭和 -(2006/02/19(Sun) 00:10:37)
    黒と金と水色と 第8話「ハンター試験」A




    ハンター試験、当日。
    一行は王都デルトファーネルの中心部、ハンター協会本部へと出向いた。

    「あの、Cランクの試験を受けたいんですが」
    「わたしも」
    「はい、Cランク試験を受験ご希望ですね? 2階のB教室へどうぞ」

    受付嬢に所定の書類を提出し、受付を済ませる。
    水色姉妹の受けるCランク試験は、どうやら2階で行なわれるようだ。

    「エルリス=ハーネットさんは受験番号C0025、セリスさんはC0026です」
    「わかりました」

    「兄さん、私たちも」
    「うい…」

    姉妹に引き続き、こちらの兄妹も受付をする。

    勇磨の声に張りが無いのは、この2週間の猛特訓で、疲れ果てているからである。
    もちろん修行もしたのは確かであるが、むしろ、
    『勉強会』と称された猛烈なしごきによる、精神的なところが大きかった。

    「Aランクでお願いします」
    「はい、かしこまりました」

    環がそう申し出ると、周囲にいる受付を済ませた人や受付を待つ人々から、
    かすかな歓声が上がった。

    Aランクというのは、ハンターにとってひとつの壁である。
    Bランクまでは、比較的容易に上がれることが多いのだが、そこから先となると、
    ほんの一握りの人物しか取得できない、超難関なのだ。

    そのAランクに挑戦しようというのだ。
    しかも、まだ年若い、少年少女と形容できるような男女が受験する。

    驚きと共に、冷やかしの声が混じっていたことも、当然であろう。

    「Aランク試験は、4階で行なわれます。
     御門勇磨さんは受験番号A0007、環さんはA0008になります。
     受験票をどうぞ」
    「ありがとうございます。兄さん、行きますよ」
    「うい…」

    もはや生ける屍状態の勇磨。
    ふらふらと環の後をついていく。

    「あ、待ってよ」
    「一緒に行こうよ」

    水色姉妹もついていく。
    階段を上がり、2階へ。

    「じゃ、私たちはここだから」
    「ええ。がんばってください」
    「うん」
    「アレだけ勉強したんだから、受からなかったら、立ち直れないかも…」

    心底嫌そうに、セリスは顔を歪ませる。
    勇磨と同様、勉強が苦手な彼女は、それこそ神経をすり減らしていた。

    「うぅ…。もう、一生分の勉強をした感じ…」
    「同感だ…。いや、俺の場合は、人生2回分だな…」
    「あはは…」
    「情けない…。本っ当に情けない…」

    へろへろな状態で言うセリスと勇磨に、どうしても苦笑するしかないエルリスと、
    こちらも大きなため息をつくしかない環。

    この2週間、何度となく見られてきた光景である。

    「まあなんにせよ、無事に合格できるよう、最善を尽くしましょう」
    「わかってるわ、お互いがんばりましょ。それじゃ行くから。セリス」
    「は〜い。環さんも勇磨さんもがんばってね〜」

    手を振りながら、水色姉妹は所定の教室に入っていった。

    「なんだかんだ言いつつも、セリスは元気だな…」
    「ええ。どこかの誰かさんとは大違いです」
    「うぐ…」

    同じような状態に見える勇磨とセリスだったが、根本的に違う。
    勇磨は、もう本当にダメダメなのだが、セリスのほうは、まだ元気があった。

    元気印の面目躍如。

    「さて、行きましょうか」
    「へいへい…」

    4階へ上がり、勇磨と環も定められた席に着く。
    程なく、学科試験が始まった。





    試験時間は50分。
    受ける本人たちには長いような短いような、微妙な時間が過ぎて。

    何事も無く学科試験が終了。
    答えあわせと合否判定に、1時間ほどの時間を要した。

    そして、緊張の結果発表が行なわれる。





    ハンター協会、1階ロビー。
    受験者たちが集まり、試験結果が張り出されるのを待っている。

    「うぅ、受かってなかったらどうしよう…」
    「大丈夫よセリス。環と自己採点したら、一応は合格ラインだったんでしょ?」
    「それでもだよ〜」

    セリスは緊張でガチガチになっている。

    問題用紙に回答を写し、試験後に揃って自己採点したのだが、結果61点だった。
    合格点は、どのランクも共通で60点なので、ギリギリ突破していることになる。

    一応の安心は出来るものの、それが絶対というわけでもない。

    「でもでも、解答欄を間違えてるとか、ずらして書いてたりしたら〜!」
    「あーはいはい、今さら気にしてもしょうがないでしょ」

    不安になっている妹をなだめつつ、エルリス自身は割りと余裕がありそうだ。
    それもそのはずで、同様に自己採点をした結果は、87点とかなりの高得点だった。

    「………」
    「…はぁ」

    水色姉妹とは対照的に、先ほどから押し黙ったままの御門兄妹。
    いや、顔を真っ青にして黙っているのが勇磨で、環はため息ばかりついている。

    環のため息の理由は、何も、自分の成績が悪かったからではない。
    むしろ、満点に近い点を取れただろうと、絶対の自信がある。

    では、なぜこんなに憂鬱そうな顔をしているかというと…
    自己採点をしたときに、勇磨の得点が、合格ラインに達していないことがわかったからだ。

    ちなみに、残念あと一歩の58点だった。

    「………」

    勇磨が青くなっているのは、それが理由。

    あれほど勉強したというのに、落ちてしまった。
    あれだけ徹底的に教えたというのに、落ちてしまった。

    「…はぁ」

    落ちた本人以上に、教えた側としても、環はプライドを傷つけられていた。

    「ま、まあまあ」
    「落ち込んでてもしょうがないし…。勇磨さんたちは、わたしたちのついでで受けたんでしょ?
     課題とかじゃないんだから、いいじゃんいいじゃん」

    「………」
    「…はぁ」

    水色姉妹が励ますのだが、当人の耳には届かないらしい。
    そのままの状態を続けるのだった。

    「お、来たぞ」
    「待ってました!」

    と、職員が合格発表を行ないに現れ、周囲のざわめきが増す。
    合格した受験番号の書かれた紙が、正面の壁に張り出された。

    「お、お姉ちゃ〜ん。見えないよ〜」
    「落ち着きなさい。順番よ、順番」

    人だかりの後方になってしまったので、ここからではよく見えない。
    飛び跳ねたり、人ごみを掻き分けようとしているセリスを、エルリスがなだめる。

    5分ほどして、4人の前が開けた。

    「ドキドキ…」
    「え〜と」

    「………」
    「…はぁ」

    大丈夫だとはわかっていても、胸を高鳴らせながら、発表を見上げる水色姉妹。
    この期に及んでも、相変わらずの御門兄妹。

    では、Cランク学科試験の合格者一覧から見てみよう。

    上から順番に、若い番号から並んでいる。
    時折、数字が飛んでいるのは、その番号で受けた人は落第したという証。

    肝心の、エルリスとセリスの番号は…

    『C0025』
    『C0026』


    「…あっ」
    「ふー」

    綺麗に並んで、掲載されていた。
    思わず声を上げるセリスと、安堵の息を吐くエルリス。

    「やたっ、合格!」
    「とりあえずは、これで良し…」

    まだ実技試験が残っているが、学科が最大の難関だった。
    もちろん油断は出来ないものの、Cランク取得へ向けて、明るい道が開けたと言えよう。

    さて、問題のAランク。
    今回は受験者自体が少なかったようで、番号は2つしか載っていなかった。
    つまり、合格者は2人しかいない。

    その2つの番号とは…

    「………」
    「…はぁ」

    「勇磨さん? 環さん?」
    「何やってるのよ、もう…。しょうがない、代わりに見てあげるわ」

    ところが、この兄妹、一向に自分から見ようとしない。
    仕方なく受験票を借り受けて、水色姉妹が代わりに見ることにする。

    「ええと? 勇磨君が『A0007』で…」
    「環さんは『A0008』だね。
     2人しか受かってないみたいだし、それがこの2人だったらいいんだけど」

    いざ、見上げてみると

    『A0007』
    『A0008』


    「……ん?」
    「あれ?」

    なんと、自分たちのものと同様、綺麗に並んで載っているではないか!

    「受かってるわね、2人とも」
    「うん、受かってる」
    「まあ、環は当然としても…」
    「勇磨さん! 勇磨さん!」

    これは、取り急ぎ、教えてあげなければ。
    再び安堵の息をついているエルリス。大声で勇磨を呼ぶセリス。

    「勇磨さんってば!」
    「…なんだよ。今の俺は超ブルーなんだ。ほっといてくれ」
    「そんなこと言ってる場合じゃないよ! ほら、見てみて!」
    「…あ?」

    セリスから受験票を戻され、嫌々、勇磨は発表を見上げた。
    すると…

    「………」

    動きが止まった。

    「…? っ!? ………」

    そして、何度も何度も、受験票と発表とを見比べて。
    一言。

    「……奇跡が起こった」




    何はともあれ、一行4人はめでたく、全員が無事に学科試験を突破した。

    ちなみに、勇磨が突破できた理由であるが、彼は、試験の最後のほうは時間が無く、
    残っていた選択問題を適当に、急いで埋めていったそうだ。
    そのとき、問題用紙に書き写した答えと、実際に選んだ答えとが数箇所、間違っていた。

    運良く、それが合っていたということでしたとさ。
    チャンチャン♪

引用返信/返信 削除キー/
■258 / ResNo.19)   『黒と金と水色と』第8話B
□投稿者/ 昭和 -(2006/02/26(Sun) 00:21:25)
    黒と金と水色と 第8話「ハンター試験」B





    実技試験は午後からということで、一行は昼食を取りに外へ。
    適当な定食屋を見つけ、暖簾をくぐった。

    それなりに混んでいたが、ちょうど4人掛けの席が開いていたので、そこに座り。
    適当に注文を済ませて、出来上がってくるのを待つ。

    「しかし、本当に安心しました」
    「本当にね」
    「奇跡ってあるんだね〜」

    あからさまに安堵のため息をついているのは環。
    水色の姉妹も、自分のことのように喜んでいる。

    もちろん、勇磨が学科試験に合格できたことについてだ。

    「…セリス。
     いくら事実だといえども、そうはっきり言われると、さすがに傷つくんだが」
    「勇磨さん、自分で言ってたじゃん。良かった良かった〜♪」
    「…いや、そうなんだけどね」

    奇跡でも起きないと受からなかった、と言われているみたいで…
    セリスは笑顔で言い、悪気が無いのはわかるため、勇磨はぐったりするしかない。

    「兄さんが落ちていたら、私も辞退するつもりでしたから、本当に良かったです」
    「え? どうして?」
    「せっかく受かったのに、辞めちゃうつもりだったの?」
    「ええ」

    環の言葉に、水色姉妹は意外そうに聞き返す。
    自分は受かったのだから、付き合う必要は無いように思えるが。

    「向こう1年間、パスできるという特典もあることですし。
     私だけ受かっても意味がありませんので、次回を待つつもりでした」
    「はあ」
    「勇磨さんと一緒のランクじゃないとダメなの?」
    「ダメなんです。私の中で、それは譲れません」
    「はあ…」

    生返事を返すしかない。
    まあそのあたりの事情は、本人にしかわからないのだろう。

    『勇磨と同じ』というステータスは、環にとって、何より大切らしい。

    「でもさ。環だけでもAランクを持っていれば、仕事の幅はもっと広がるし、
     収入のほうも期待できるんじゃないかと思うんだけど?」
    「……なるほど」

    だが、エルリスからそう提案された環は、それは気付かなかったとばかりに、
    ハッとした顔をしてみせる。

    「そういう物の見方もありましたか。失念していました」
    「そ、そう」
    「旅をするに当たって、稼ぎは大切なことですし。大いに参考にさせていただきます。
     もっとも、今回は兄さんも奇跡の力で受かりましたし、先のことになりそうですが」

    「…環よ。そう、これ見よがしに強調してくれなくてもいいから」

    さらにヘコむ勇磨。
    1人でいじいじ、指を突付いていた。





    午後2時半。

    初めてハンターライセンスに挑戦する、Dランク受験者の実技試験が終わり。
    次はCランク試験の実技試験が始まる。

    エルリスとセリスの出番だ。
    受験番号が若い順に呼ばれていき、シミュレーションルームへと消えていく。

    「ま、また緊張してきた…」
    「まあ私もだけど…。大丈夫よ、セリス」

    出番が近づいてくるに連れ、セリスは元より、エルリスもさすがに緊張してくる。

    「リラックス、リラックス」
    「そうです。100%受かりますから、自信ですよ自信」
    「…そうね」
    「そう言われると、やる気が出てくるよ〜」

    なだめるのは、やはり御門兄妹の役割。
    勇磨などは、懸案の学科試験を突破したので、もうすっかり元気を取り戻していた。

    そうこうしているうちに、エルリスより1つ若い番号の人の試験が終わったようだ。

    「受験番号C0025番の方、中へどうぞ」

    「よ、よし…」
    「お姉ちゃん、ファイト〜!」
    「がんばれ」
    「がんばってください」

    皆に励まされて、エルリスは室内へと入る。

    (どんなモンスターが出てくるか…)

    歩みを進める中、そんなことを考える。

    Cランクの定義は、『中級モンスターと1対1で勝利できるレベル』と定められている。
    ということは、対戦相手として出てくるモンスターは、中級が1体、もしくは、
    下級モンスターが2〜4体ほどか、どちらかということになる。

    出てきたモンスターを殲滅できるだけのダメージを与えられたと判断されれば、
    その場で合格が決まる仕組みだ。
    自らが撃破されてしまうと、そこでゲームオーバーである。

    (中級は嫌だなあ。複数でも、下級モンスターのほうがいいかも。
     ゴブリンとかだったらいいなぁ)

    あくまで自分の希望。
    ゴブリンは下級の中でも最下層で、特殊能力も持っていないから、対するのは楽だ。

    (ユナから、エレメンタルブレードに属性を付加させるのは禁止されちゃってるし)

    Cランク程度、属性付加なしで取ってこいと言われている。
    そういう事情もあるので、出来れば、中級モンスターとの対戦は避けたかった。

    『部屋の中央で待つように』

    「はい」

    程なく場所に到着して、アナウンスされるまま、中央でそのときを待つ。

    『では、試験を始める!』


    ――ぎゅぅぅ……ん…


    宣言と共に、魔科学機械の駆動音が聞こえてきて。

    「グケケケ」

    具現化された魔物は、ゴブリンが4体。

    (やった!)

    エルリス、思わず心中でガッツポーズ。
    数こそ4体と多いが、それさえ気をつければ、まったく問題なく倒せる敵だ。

    「ケー!」

    「よしっ!」

    緩んだ気持ちを引き締めなおし、エレメンタルブレードを抜いた。
    真っ先に襲い掛かってきた1体の攻撃を、軽くいなして。

    斬!

    まずは1匹撃破。
    するりと姿が消える。

    残り3体。

    「…え?」

    いけると思ったのも束の間。
    敵も考え出したようで、連携した動きを見せるようになった。

    「ケー!」
    「くっ」

    「ギャー!」
    「っ…」

    「クォー!」
    「くぅっ…」

    それぞれがタイミングをずらし、ひっきりなしに襲い掛かってくるのだ。
    まさかこのような連携攻撃を見せられるとは思っていなかったエルリス。
    攻撃を何とか捌きながら、毒づいた。

    「たかがプログラムが、生意気なのよ!」

    斬!

    もう1匹撃破。
    が、剣を大きく振るってしまったのがまずかった。

    「ケケー!」
    「なっ…」

    ドンッ!

    「きゃっ」

    死角となった背後から、体当たり攻撃を喰らってしまい、2歩3歩とよろける。
    コレだけのダメージで済んだのは、幸いであろう。

    いや、勇磨と環、ユナとの修行に耐えてきたからこその、向上した物理的耐久力の賜物だろうか。

    「いたぁ…。このぉっ」

    よりにもよって、攻撃をしてきたやつが、こっちを向いてヘラヘラ笑っていた。
    ここまで忠実に再現しないでもいいのに。

    「氷よ!」

    たかがプログラムに、目にもの見せてくれる。
    素早く詠唱を済ませ、左手に練りこんだ魔力を解放させた。

    「アイシクル・ランスッ!」

    「ギェー!」

    生み出された氷の槍が、ゴブリンを貫く。
    こいつも姿を消し、残るは最後の1体。

    「ついでよ!」

    魔力を練ったついでに、もう1体も…

    空と大地を駆け抜けし、凍てつく暴風よ。今ここに発現し、彼のものを打ち破らん!
     ブリザードッ!!

    勢いに任せて、中級魔法を放つ。
    もちろん、残ったゴブリンは激しい吹雪に飲み込まれ、消滅した。


    ――ぎゅぅぅ……ん…


    始まったときとは逆に、収まっていくような機械音。
    ついで、終了を告げるアナウンスを聞く。

    『おめでとう、合格だ』

    「あ、ありがとうございました…」

    試験が終わったことを自覚して、エルリスは大きく息を吐き出した。

    ユナも環たちも、「Cランク程度」と言っていた。
    それは、彼らにしてみれば、Cランクなど取るに足らない程度なのかもしれないが、
    自分にとっては違う。

    いくら励まされても、そういう不安が、完全に無くなることはなかった。
    そう思っていた。

    だが、実際にこうして試験を受け、終えてみると、考えが変わった。
    彼らの言っていたことは正しかったのだ。

    (なんか、こんな短期間でここまで強くなっただなんて、やっぱり自覚は出来ないけど)

    戦闘結果だけを見れば、圧勝の部類に入るだろう。
    多少、手間取って頭に血が上ったこともあるが、そのへんは今後の改善点だ。

    (…うん。まだまだ。全然、まだまだ)

    それは、はっきりと自覚できている。
    もっと冷静に、効率よく倒すことを覚えなければ。

    自分の両手を見据えながら、自分を見つめなおして。

    『新しいライセンスの発給は1階ロビーで行なっている。忘れずに受け取っていってくれたまえ。
     本日はご苦労であった』

    「はい」

    どこにいるのかわからないが、試験官に向けてぺこっと頭を下げ。
    エルリスはシミュレーションルームを後にした。

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