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■277 / ResNo.30)   『黒と金と水色と』第12話C
  
□投稿者/ 昭和 -(2006/05/28(Sun) 00:18:32)
    2006/05/28(Sun) 00:20:01 編集(投稿者)

    黒と金と水色と 第12話「打倒、盗賊団!」C






    命たちと別れた環。
    周囲に気を配りながら、あるものを探していく。

    「地階への階段は、どこに…」

    落とし穴があるということは、地下構造があるということ。
    勇磨たちと合流するには、まず、下り階段を見つけねばならない。

    「無いはずは無いと思うのですが」

    小声でブツブツと呟きつつ、調べて回る。
    大陸にその名を轟かす盗賊団にしては、静けさが漂っている内部。

    勇磨たちの安否に関しては、まったく心配していない。
    命たちへ語ったとおり、兄への信頼は決して揺るがない。

    それは多少は、呆気なくトラップに引っかかってしまったことに対して、
    そういう意味では、何があっても揺ぎ無いはずの信頼感が、
    多少なりとも、ぐらっと来てしまったことは確かなのだが。

    まあ、過ぎたることを気にしてもしょうがない。
    気を取り直し、歩を進める。

    「…!」

    瞬間、環は何かに気付いて、反射的に角へと身を隠した。

    (……人の話し声)

    かすかにではあるが、どこからか、人が話している声が聞こえてくる。
    注意深く聞き耳を立ててみると

    (…こちらからですか)

    どうやら、向かって右の壁の向こう側が音源らしい。
    ふと見てみると、少し先に、部屋の入口らしき扉があった。

    (さて…)

    どうするか。
    無視してこのまま探索を続けるか、もしくは、割って入って賊を捕え、口を割らせるのがいいか。

    いずれにせよ、この建物内部の構造はまったくわからないわけで。
    組織ごと潰す、と宣言してしまった手前、放置するのも気が引けた。

    (突入して、ひっ捕える)

    決定。
    あわよくば、脅迫して、案内役に立てるといったことも出来るかもしれない。

    環は、気配を殺しながら、ゆっくりと扉の横まで移動する。

    (ひい、ふう、みい………5人いますね。なんてことはない)

    内部の様子を探って、正確に、中にいる人数を把握。
    タイミングを見計らい…

    ガチャ…

    ドアを開け、突入。

    「…ん?」
    「誰だ?」

    当然、中にいた連中はドアが開いたことに気付くが、視線が向けられたときには、
    すでに環の姿は、ドア近辺には無かった。

    「なんだ、誰もいないぞ」
    「ひとりでに開いた?」
    「風の仕業か?」
    「今日、そんなに風強かったっけ?」

    のんきに話している盗賊たち。
    もちろん、その間にも、環は行動中である。

    音も無く、ある男の後ろに姿を現すと

    「――っ」

    首筋に手刀を一閃。
    声すら出せず、瞬く間に崩れ落ちる男。まずは1人。

    「が」
    「ぐっ」
    「うっ」

    続けて3人を料理。
    残った1人にまったく気付かれない早業、そして見事な手際である。

    「…あ? なに倒れてるんだおまえら?」

    ようやく、最後に残った男が気付く。
    手遅れなのは明白だった。

    「何が――」
    「静かに」
    「………」

    男の声は、途中で不自然に止まった。
    背後から喉元へ、冷たい、光る何かが添えられているからだ。

    「こちらの要求に従っていただければ、殺しはしません」
    「…っ…っ」

    大げさなくらいに、コクコクと頷いて見せる男。

    「いくつか質問をします。正直に、訊かれたことだけに答えなさい。
     余計な発言をしたり、誠意が見られないと判断した場合は、死んでいただきます」
    「っ…っ…」

    再び、男は何度も首肯した。
    まずはひとつめの質問。

    「この建物には、地下のフロアがありますね?」
    「(ぶんぶん)」

    男は首を振る。

    「そんなはずはないでしょう。落とし穴がありました。
     地下には、何かしらの構造があるんでしょう?」
    「(ぶんぶん!)」

    引き続き、首を振る男。
    環は、眉間にしわを寄せた。

    「…いいでしょう。発言を許可します。説明しなさい」
    「ほっ、本当に知らねえんだよ!」
    「死にたいようですね? 『静かに』と、そう申し渡したはずですが」
    「………」

    真っ青になって震え上がる男。
    背後から漂ってきた殺気が、ウソではないと本能的に悟ったからだ。

    「知らない? どういうことですか?」
    「だから、知らないんだよ…」

    すっかり怯えてしまった男は、蚊の鳴くような声で答えた。

    「落とし穴があるのは知ってるが、どこに繋がってるとか、そういうのは一切…。
     だいたい、そういうのはアジトの最高機密だ。オレらのような下っ端が、知ってるわけが」
    「そうですか」

    表情にこそ出さないが、人選を誤った、と悔やむ環。

    「では、地下への階段などがある場所も、知らないというわけですか?」
    「上り階段ならあるが、下りは知らねえ…。少なくとも、オレは見たことも無いし、
     使ったことも無い。そんな地下構造自体、無いんじゃないか…」
    「あなたが許された発言は、イエスかノーか、ただそれだけです。余計な考察はいりません」
    「ひぃぃ…」

    男は、腰が砕ける寸前だ。
    プルプルと震え、立っているだけで精一杯。

    「地下への階段、あるんですか、無いんですか?」
    「な……無い……」

    この状況で、ウソをつききれるだけの度胸を、この男が持っているとは思えず。

    (困りましたね…)

    勇磨たちを追う手がかり、失われてしまった。
    ひとつ息を吐き、最後の質問をする。

    「では、これで最後です。首領のカンダタは、現在、ここにいますか?」
    「い、いえす…。最上階の自分の部屋に居るはずだ…」
    「そうですか。ご苦労様でした」
    「へぐっ…」

    聞くだけ聞いて、他の連中と同じように、手刀で意識を失わせる。
    他の4人ともども、ちょうど置いてあったロープで拘束し、助けを呼べないよう、
    あらかじめ用意してきたタオルで口を塞ぐ。

    「あまり収穫はありませんでしたね」

    彼らを残し、部屋を後にする環。

    「まあ、カンダタの存在を確認できただけでも良しとしますか。
     兄さんたちの件は、どうしましょうかね…」

    やれやれと息を吐き、今度は、先ほど別れた彼女たちとの合流を目指して、
    行動を再開するのだった。





    地下、某所。

    ブゥゥウン…

    「……金色の髪、金色の瞳」

    黄金の輝きに包まれながら。
    エルリスは呆然と呟いていた。

    「そして………金色の光」
    「うん」

    呆然となっている理由の相手。
    輝きの根源たる勇磨は、ただやさしげな表情で頷くのみ。

    「いったい……? あなた、勇磨君は、黒い髪で、黒い目で……」

    突然の変化に、まだ、思考が追いついていかない。

    「勇磨君……なのよね?」
    「うん」

    続けて、勇磨は頷く。
    別人だということではないようだ。

    確かに、髪と瞳の色が変化しただけで、勇磨本人に間違いは無い。

    「へえ、こんなふうになってたのか」

    その勇磨。
    不意にエルリスから視線を外すと、周りを見回しながらそう言った。

    「洞窟みたいだね」
    「え、ええ……そうね」

    人工的な空間ではない。
    自然に形成された洞窟。

    「参ったな。天然の地形を利用した落とし穴だったのか。
     となると、上へ戻るのはほぼ不可能か。うへえ」
    「……」

    勇磨に抱き上げられたままのエルリス。

    変わっていない。容姿が変化する前と、勇磨はまったく変わってない。
    どことなく能天気な感じのする声もそのままだ。

    しかし。
    この急な変化の訪れは何なのか、どうしても知りたかった。

    「勇磨君…」
    「ああ、ごめん。そうだね」

    促すような声と、視線を送ってみる。
    それを受けた勇磨は、エルリスの求めに応じた。

    「見られた以上は、きちんと説明するべきだね」
    「……」

    ここで、エルリスは”あること”を思い出す。

    「この前、メディアさんがこんなことを言ってたわ。
     私たちに声をかけてきた理由は、自分たちに”近かった”からだって」
    「言ってたね」
    「私とセリスだけじゃなくて、”4人とも”そうだったからだって。
     勇磨君と環にも、近いものを感じたって」
    「………」

    なんとなく、勇磨もエルリスの言いたいことを察した。

    「私とセリスは、異質な魔力を持ってるから、その通りだと思ったけど…。
     あなたと環さんもそうなの? この変化は、それに起因するものなの?
     あなたたちは、純粋な、普通の人間じゃ……ないの?」

    「早い話がそういうこと」
    「……え?」

    あまりにあっさりな返答だった。
    理解するのに時間がかかってしまうくらい、ストレートな答えだった。

    「妖狐、って知ってる?」
    「ヨウコ…?」

    逆に尋ねられ、戸惑う頭で考えてみるが、心当たりは無い。
    察した勇磨が続けてくれた。

    「俺たちの生まれたところでは、妖怪っていう、まあ、魔物と同じようなものかな?
     そういう存在がいてね。妖狐っていうのは、狐の妖怪、狐のバケモノのこと」
    「きつねの……バケモノ…」
    「俺たちの母親が、その妖狐なんだ」
    「え……」

    衝撃を受けるのは何度目だろう。
    もう何回目かの驚きで、エルリスは支配されていた。

    「だから、俺も環も、こんな力を使える。”あやかしの力”をね。
     だから、俺も環も、半分は人間じゃないんだ。半分は妖狐の血が流れてる」
    「……」
    「メディアはきっと、そのことを見抜いてたんだろうね。
     君たちと同じ理由で、ずっと隠してきたんだけど。ごめん、隠してて」
    「……そう」

    エルリスはかろうじて、絞り出すようにして声を出した。
    衝撃を受けすぎて、声を出すどころか、頭の中はぐちゃぐちゃだ。

    「まあ、そういうことで」
    「……」
    「恐くなったかな、俺たちのことが?」
    「え?」

    だが、改めて尋ねられたことには、すぐに対応できた。

    「こんな力があるし、魔物と同類だと知っちゃったら、コレまでと同じというわけにもいかないだろう?
     まあ、無理もないとは思うけど…」

    なにやら勇磨は勘違いしている。
    自分の反応を誤解している。

    全然そんなことは無いと、伝えてあげなければ。

    (…そうよ。そういう意味では私たちも同じだし、何より……)

    迷い、戸惑いは、ウソのように飛んでいった。

    「…ごめん。この仕事が終わったら、君たちの前からすぐに――うぷっ!?」
    「なに言ってるのよ」

    手を伸ばし、勇磨の口を塞ぐエルリス。
    表情は、笑顔だった。

    「エ、エルリス?」
    「そんなこと言ったら、私たちはどうなるのよ。セリスなんて、とても人前になんか出られないわ」
    「そ、そうだけど」
    「それに、”勇磨君”は”勇磨君”でしょ? 流れてる血なんか関係ない」
    「………」

    今度は、勇磨が呆然とする番。
    目を丸くしてエルリスの言葉を聞く。

    「もちろん、環も環。私たちのお師匠様で、最高のお友達。異論はある?」
    「ありません」
    「よろしい。ダメな姉妹だけど、引き続き、よろしくお願いするわね」
    「…ありがとう」

    心の底から驚いたような、ホッとするような顔で、礼を述べた勇磨。

    彼ら兄妹が、どのような生い立ちを持っているのか、過去に何があったのか。
    どういった経緯で故郷を離れ、この大陸にやってきたのか、エルリスにはわからないが…

    (そう。勇磨君は勇磨君、環は環。それでいいじゃない♪)

    それだけは、確かだ。


引用返信/返信 削除キー/
■283 / ResNo.31)   『黒と金と水色と』第12話D
□投稿者/ 昭和 -(2006/06/10(Sat) 19:24:41)
    黒と金と水色と 第12話「打倒、盗賊団!」D






    命とセリスは、どうしていたか。

    「う〜ん」
    「見つからないね」

    他の出入り口を探して、建物周りを巡っているのだが。
    2人の呟きからわかるように、成果は芳しくなかった。

    考えてみれば、このようなアジトで、侵入路をいくつも用意しておくのは愚の骨頂だ。
    抜け穴的な通路はあるかもしれないが、表立った場所に、2つも3つも入口は無いか。

    「参ったわね…」
    「あっ、命さん」

    命がため息をついたとき、セリスが声を上げる。

    「何か見つけた?」
    「うん。ほら、あそこ」
    「あれは…」

    セリスが指し示した先を見上げる命。

    4メートルほどの高さに、人が通れるくらいの窓があった。
    しかも、上手い具合に開いている。

    「…あそこからなら入れるか」
    「でも、ちょっと届かないね」
    「足場になるようなものも無し…か」

    だがもちろん、2人の身長では手は届かないし。
    足場に出来るような場所も無し。
    登るにしても、何も無い垂直な壁を登るのは、現状では困難である。

    「どうしよう命さん?」
    「う〜ん…。ここをこのまま捨てるのは惜しいわね。他に見つかりそうも無いし…」

    ざっと見てきた感じでは、他の正規の入口というのはありそうもなかった。
    侵入してから時間が経っていることもあるし、これを逃すと、内部へ侵入できるチャンスをも
    逸してしまうことになりかねない。

    「よし。じゃあこうしましょ」
    「ほえ?」





    同時刻。
    アジトの入口の門。

    「は〜、かったるかった」
    「まあそう言うな。これで交替だからよ」

    見回りに出ていたのだろうか。
    2人の盗賊が、アジトへと戻ってきた。

    が、異変に気付く。

    「…ん? 見張りがいねえぞ」
    「何やってんだよもう。1人は必ず立ってろって言われてるじゃねえか。
     あーあー、また親分に怒られる」
    「ったく、勘弁しろよ」

    門を守っていなければならない見張りが、どこを見ても見当たらない。
    2人は愚痴を零しながら中へと入り、すぐ脇にある下っ端用の宿舎へと入っていった。

    そして、驚くことになる。

    「「んーっんーっ!!」」

    「「…!」」

    そこには、縄で拘束され、口を布で塞がれた仲間がいたのだから。
    無論、最初に御門兄妹に倒され、気を失っている間に縛られ、運ばれた結果である。

    「な、なんだ、どうした!?」
    「くっ、侵入者か!」

    侵入、気付かれる。





    場面は戻って、開いた窓の下の命とセリス。

    「よし。いつでもいいわよ」

    壁を背に立っている命。
    離れた位置にいるセリスへ、準備完了だと告げる。

    「…本当に大丈夫? 潰れたりしない?」
    「疑り深いわね。大丈夫よ、来なさい」
    「う、うん」

    当のセリスは、なにやら不安がっている模様。
    それでも、頷いて。

    「じゃあ、いくよ!」

    命に向かって突進を始めた。
    2人は何をするつもりなのだろうか。

    「…!」

    命は、グッと腰を落とし、全身に力を入れて。
    腹の前で両手を組み、セリスが来るのを待ち受ける。

    セリスは、瞬く間に命に迫る。

    「それっ!」

    目前まで迫ったとき、セリスは力いっぱい踏み切ってジャンプ!
    本当に、命へ突進する気なのか?

    もちろん違う。

    「はああああっ!!」

    命は踏み切って飛び上がってきたセリスの足を、組んだ両手で受け止め。
    全身全霊の力を込めて、上へと跳ね上げる。

    「セリスッ!」
    「任せて! とりゃあっ!」

    セリスも、再度、命の手を踏み台にしてジャンプ。
    手を伸ばし、窓へと…

    「ふぎぎぎぎっ…!」

    しがみつき、踏ん張って、なんとか身体を持ち上げて。
    窓を突破することに成功した。

    「命さーん。上手くいったよ〜♪」
    「ふぅ」

    上半身だけを外に出して、セリスは満面の笑みで手を振って見せる。
    安堵の息を吐く命。

    「次は私の番ね。セリス。しっかり掴まえてよ」
    「おっけ♪」

    彼女たちの作戦はこうだ。

    まずは命が土台となって、セリスを窓へと跳ね上げる。
    残った命は、最大限のジャンプをして、壁に足を着くのと同時にもう1回、壁を蹴る。
    高さが限界にまで達したところで、伸ばした手をセリスが掴み、引き上げる。

    「よし…」

    命が助走に入ろうとした瞬間。

    「…! いたぞ!」
    「侵入者だ!」

    「!」

    向こうから叫び声。
    見れば、盗賊たちがわんさと湧いて出てくるところだった。

    「まずい、見つかった」
    「命さん、早くっ!」
    「わかってるわよ!」

    こっちへ来られる前に、窓へと滑り込まなくては。
    猛然と走り出す命。

    「せえっ!」

    壁に向かってジャンプ。
    ついた右足で、今度は、自身の身体を垂直に跳ね上げる。

    「命さん!」
    「セリス!」

    両者、可能な限り手を伸ばす。

    「「…あ」」

    しかし、命が伸ばした手を、セリスの右手が空振り。
    思わず固まりかける2人。

    「なんの!」
    「…!」

    ところが、間一髪。
    セリスの左手は、命の手をキャッチしていた。

    「よいしょーっ!!」

    そして全力で命を引き上げる。
    無事に、命も窓からの侵入に成功した。

    「くっ、逃げられた!」
    「回り込め! あっちだ!」
    「親分にも報告しろ!」

    一方で、取り逃がすことになった盗賊たち。
    わめき散らしながら、どこぞへと走っていく。

    「はあ、はあ…」
    「はふ〜」

    建物の中へと入った命とセリスは。
    とりあえずの危機脱出に、壁を背にしてへたり込んでいた。

    「は〜、スリルあったねー。どうなることかと思ったよ〜」
    「それ、私のセリフ…」

    あっけらかんと言ってのけるセリスに、命は脱力するしかない。
    空振られたときは、本当にどうなることかと思ったのだ。

    「…って、こんなことをしている場合じゃないわ」

    気を取り直し、命はすっくと立ち上がった。

    「見つかっちゃったし、手早く仕事しないと」
    「うん」

    セリスも立ち上がる。
    2人とも、表情は真剣そのものだ。

    「いちいち探している余裕なんて無くなったから、一気に頭を狙うわよ。
     カンダタを捜し出して倒して、『海燕』の在り処を吐き出させてやる!」
    「うん!」

    2人は、カンダタの居場所を求めて、駆け出していった。





    同時刻。
    地下洞窟内。

    「さて、エルリス」
    「ええ」

    落とし穴に引っかかった勇磨とエルリス。
    これから脱出開始だ。

    「右手と左手、出口はどっちだと思う?」
    「う〜ん…」

    洞窟なのだから、どちらかに行けば、表に出られると思う。
    まさか、土中の閉塞した空間だということはありえまい。

    「なんとも判断がつかないわね…」

    勇磨に抱き上げられたまま、エルリスはう〜むと唸っている。

    秘密を打ち明けてもらったことで、なにやら吹っ切れてしまった彼女。
    黄金化している勇磨にもすっかり慣れて、抱かれている状況も気にならないご様子。

    むしろ、心地よいと感じ始めていたりする。
    歩けない怪我をしているのは事実だし、それならば、と堪能することにしたのだろうか。

    「風の流れとか、何か理由付けしてくれるものがあればいいんだけどなあ」
    「まったくの無風……というか、あなたのそれで、よくわからなくなってるわ」
    「はは、ごめん。こういうものなもので」

    勇磨が黄金化したことで、周囲に不可視のオーラが噴き出ている。
    自然の風を感じ取るのは不可能だった。

    「仕方ない。こうなったら、勘に頼るしかないな」
    「じゃあ……こっち!」

    まさしく当てずっぽうで、エルリスが示したのは右手。

    「姫の御心のままに」
    「ふふっ、なによそれ」

    エルリスの意向を受けた勇磨は、わざと恭しくそう言って。
    おかしそうに笑うエルリス。

    今の状況にかこつけたのだろうか。
    まあ、自分のことを”お姫様”だと言われて、うれしくないわけはない。

    「じゃ、もっと雰囲気を出しましょうか」
    「え? お…」

    調子に乗ったエルリス。
    自らの手を、勇磨の首に回した。

    「どう?」
    「か、からかうなよ」
    「あー、赤くなった」

    けらけら笑うエルリス。
    なぜだか、面白おかしくてたまらなかった。

    「なんだか意外。勇磨君も、しっかり”男の子”なのね」
    「な、なに言ってるんだ」
    「だってさ。いつも環と一緒だから、女の子に興味ないのかと思って」

    エルリスは笑いながら言うのだ。
    冗談なのか、本気なのか。

    「環は妹じゃないか。一緒にいるのは当然だし…」

    勇磨にはそれがわからなくて。
    だから、少し焦り気味に言う。

    「その………まあ、俺も男であって……」
    「そうよね」
    「なんていうか……かわいい女の子とくっついてれば、そりゃ照れるわけであってね…」
    「え…」
    「と、とにかく! 至極正常な反応であるわけだ、うん!」
    「そ、そう」

    無理やりそう結論付ける勇磨。
    エルリスのほうも、ドキッとさせられていたりする。

    (”かわいい女の子”って……え? ええっ?)

    何気なく言われた、不意を衝かれる一言。
    そのものズバリの状況を、そのものズバリで切り返された。

    現在、勇磨とくっついているのは、自分であるわけで。
    他には女の子どころか、1人もいないわけで。

    (わ、私のこと?)

    面と向かって、”かわいい”だなどと言われたのは初めてだった。

    「………」
    「………」

    お互い、気まずくなってしまったのだろう。
    その後しばらくは、2人の間に会話は生まれなかった。


引用返信/返信 削除キー/
■291 / ResNo.32)  『黒と金と水色と』第12話E
□投稿者/ 昭和 -(2006/06/17(Sat) 15:31:54)
    黒と金と水色と 第12話「打倒、盗賊団!」E






    ドタドタドタッ…!

    「急げっ!」
    「こっちだ!」

    盗賊の集団が、廊下を駆け抜けていく。
    環はそれを、物陰に隠れてやり過ごした。

    (騒がしくなってきましたね)

    忍び込んで以来、ずっと静かだったのだが。
    ここにきて、急に盗賊たちが慌ただしく動き始めた。
    身を隠す必要に迫られたのは、これで3回目である。

    (さては、誰かさんがヘマでもやらかしましたかね?)

    見つかってしまった、と考えるのが自然だろう。
    あえて「誰が」とは言わないが、自分以外となると、自ずと見えてくる。

    (…仕方ありません)

    今の今まで、これからどうするか、迷っていたのだが

    (兄さんたちは後回しにして、盗賊団の壊滅を優先させるとしますか)

    決断した。

    相変わらず、兄たちの手がかりは何も無いので。
    とりあえず、目先の厄介事を片付けてしまうことにする。

    「行きますか」

    環は、命たちと合流すべく、物陰から出た。





    ドタドタドタッ…!

    「…ふー」
    「危なかったわね」

    セリスと命。
    彼女たち2人も、危うく難を逃れたところだった。

    「こんなんじゃ、身体はもちろん、気力が持たないよー」
    「我慢しなさい。こんな程度で音を上げてちゃ、ハンターなんて務まらないわよ」
    「う〜」

    早くもぐったりしているセリス。
    初めての経験だろうから無理もないが、先が思いやられる。

    「って、のんきに話してる余裕なんて無い」

    ため息をついた命だが、すぐに気を取り直す。

    「いちいち雑魚を相手にしてたんじゃ、セリスの言うとおり身が持たない。
     さっき言ったとおり、一気にカンダタを目指すわよ」
    「うん。でも命さん、カンダタがどこにいるのか、わかるの?」
    「そういうのはね、相場が決まってるものなのよ」
    「相場?」

    不思議そうに聞き返したセリスへ、命は自信満々に言ってのける。

    「そう。ボスっていうのはね、1番上か、1番下にいるものなのよ」
    「そうなの?」
    「ええ。見た感じ、カンダタは最上階にいると見て間違いないわ」
    「ふうん」

    根拠はまったく無いことなのであるが。
    命がそう言うのなら、と納得してしまうセリス。

    「というわけで、階段を探すわよ」
    「うん」

    周囲に人の気配が無いことを確かめ、陰から出る。
    あたりを警戒しながら、慎重に歩を進め、首尾よく上り階段を発見した。

    見える範囲には、敵の姿は無い。

    「行こう、命さん」
    「待った」
    「ほえ?」

    さっそく昇っていこうとするセリスを呼び止める。
    何もわかっていない様子なので、命は頭を抱えた。

    「あのね…。階段は危ない場所だって、わかってる?」
    「へ? どうして?」

    やっぱりわかっていない。
    軽く頭痛を覚えた。

    「逃げ場が無い上に、狭い一本道でしょ。敵に防備を固められたら通るのは至難の技だし、
     だからこそ封鎖されている可能性が高いわけ。わかる?」
    「言われてみれば…」
    「やれやれ」

    ようやく気付いたのか。
    ため息をつかされるのは何度目か、数えるのも馬鹿らしい。

    「でも、私たちが目指すのは最上階。何があろうと、辿り着かなきゃいけない」
    「うん」
    「敵がいようといまいと、一気に突っ切るわよ。まあ、ほぼ間違いなくいるでしょうけど。
     覚悟を、今のうちに決めておきなさい」
    「………」

    そう言われたセリスは、しばし、無言で佇んでから。

    「…うん、いいよ」

    やる気に溢れる顔で頷いた。
    気迫に満ちているようで、とりあえず安心する。

    「いいわね? 行くわよ。3、2、1、ゴー!」

    命の合図で、猛然と階段を昇っていく。
    2階の様子が見えてくる。

    道は左右に伸びていっているようだ。
    敵の姿は無い。

    「命さん! どっち!?」
    「右よ!」

    正しい道などわからない。
    まったくの山勘だが、2人は階段を昇りきると、そのままの勢いで右に折れた。

    少し先に、左側に折れている道がある。
    そこに階段があってくれることを願い、左折する2人。

    「階段!」
    「やったラッキー!」

    上り階段があった。
    歓喜する2人。

    「命さん冴えてるね!」
    「それほどでも!」

    ここまでは非常に順調。
    道も合っていたし、敵にも出会っていない。

    だが、これから先はどうか。
    気を引き締めなおし、階段を昇る。

    3階…

    「…! うおっ!?」
    「と、止まれっ!」

    登りきったところに、数人の盗賊。

    「チッ! 突破するわよ!」
    「うん!」

    構うものか。
    走るスピードはそのままに、命は愛刀の柄に手をかける。

    「ここは任せて!」
    「え?」

    が、抜くよりも前に、セリスがこう発言。
    次の瞬間には、彼女は行動に出ていた。

    「ウインドストーム!」

    「…う……うおおおおおおお!!」
    「飛ばされ……うわああああああ!!」

    魔法の発動と共に、荒れ狂う暴風が巻き起こる。
    盗賊たちはとても堪えきれず、吹き飛ばされて壁に激突し、気を失ったようだった。

    のびている彼らの横を通り過ぎる。

    「無詠唱魔法? やるじゃないセリス」
    「へへへ」

    にっこり笑顔のセリス。
    してやったり、という顔で言うのだ。

    「実は、さっきから魔力を練ってたの。使えるかな、って思って」
    「へえ、よくやったわ。少し見直した」
    「えへへ♪」

    本当に見直した。

    突っ込み一辺倒で、何も考えていないかと思いきや。
    先を見越して、事前に魔力を練り、詠唱を済ませていたとは。

    「でも、かなり激しく壁にぶつかってたわよ、あいつら」
    「あ、あはは。不可抗力ってことで」

    打撲程度では済んでいないかもしれない。

    南無…
    命は、心の中で手を合わせた。

    さて、道中である。

    廊下を駆け抜けると、再びT字路に遭遇。
    どちらに行くか、非常に迷うところだ。

    時間のロスは出来るだけ避けたい。
    一発で正しい道を選びたい。

    「命さん!」
    「……」

    さしもの命も、即座の解答は無理だった。
    が…

    左の道から姿を見せた人物に、選ぶ必要は無くなる。

    「…おや? 命さんにセリスさん。奇遇ですね」

    「たっ、環!?」
    「環さん!?」

    環だった。

    2人は思わず急ブレーキ。
    彼女の前に停止する。

    「あなた、もうこんなところまで踏み込んでいたの!?」
    「ええ、まあ」

    自分たちよりも前に、この階層にいたことは間違いない。
    敵の抵抗もあったろうに、涼しい顔で言ってのける環に、改めて震撼した。

    「敵は?」
    「あれを」
    「…? うわ」

    訊かれた環。
    ちょいちょいと、彼女が出てきた方向を示すので、覗いてみたら。

    環が叩きのめしたと思われる、盗賊の山が出来ていた。

    「弱っちいくせに、見境なく挑みかかってくるんですから、たまったものではありませんよ」
    「そ、そう」
    「こちとら、なるべくなら殺さないよう、手加減しなければならないというのに。
     危うく2、3人、本当に殺ってしまうところでした」
    「……」

    ふぁさっと髪をかき上げながら、無表情で言う環。
    物騒な発言に冷や汗の命。

    無表情なことが逆に恐ろしく、よほど腹に据えかねたのだろう。

    「手加減するのも疲れるんですよ」
    「そ、それより環さん! お姉ちゃんと勇磨さんは…」

    一方で、セリスは、姉と勇磨の安否が心配だ。
    捜しに行っていたはずだが、どうなったのだろうか。

    「すいませんセリスさん。その件に関しましては保留です」
    「え?」

    申し訳なさそうに、環は謝った。

    「どうやら、ここから直接、地下のフロアに行くための道は無いようなので。
     とりあえず賊どもを潰してから、改めて捜しに行きます」
    「そう…」

    大丈夫だとわかっていても。
    引き続き、不安を拭えないセリスである。

    「あ、そうそう。私が得ました情報では、カンダタは最上階にいるそうです」
    「ほらみなさいセリス。私が言ったとおりでしょ?」
    「そうだね。すごいなー命さん」
    「ま、まあね」

    あまりにそのまま、セリスが受け入れるから。
    あまりに純粋に、セリスは感心し、褒めてくれるから。

    (…軽いジョークのつもりだったんだけど)

    少し罪悪感の命だ。

    (絶対、なんでもない詐欺でも引っかかるタイプね、このコ…)

    セリスの将来が少し心配。
    と、そんなことを考えている場合ではなかった。

    「この先に4階への階段があります。4階が最上階だそうです」
    「そう。もう少しね」

    環から情報を得て、俄然、意気が上がる。

    「いたぞ!」
    「待てー!」

    「…む」
    「うわ、いっぱい来たよ!」

    命たちが来た方向から、追っ手の盗賊団が出現。
    集団でこちらに迫ってくる。

    「やれやれ…」
    「環?」
    「あれだけ倒したというのに、まだこんなにいますか…」

    真っ先に動いたのは環である。
    2歩3歩と前に出て、向こうを見つめたまま、命たちへ言う。

    「ここは私が引き受けました。あなたたちは、最上階へお行きなさい」
    「わかった。任せたわ」
    「お願い環さん!」

    命とセリスは、環の言葉に従い、駆け出していく。
    残った環は…

    「あーっ! もう、わんさかわんさか!」

    ブチ切れていた。
    命たちの姿が消えたのをいいことに、溜まりに溜まっていたものを解き放つ。

    「雑魚が! 雑魚は雑魚らしく、地にひれ伏しなさいッ!」


    ドンッ!!!


    キレた勢いで黄金化。
    廊下は、環から噴き出たオーラが吹き荒れた。

    「どわーっ!」
    「ぐえーっ!」
    「な、なんなんだ…」

    次々と巻き込まれていく盗賊たち。
    もはや息も絶え絶えだが

    「フフフ…」

    「…なっ!?」
    「ば、バケモノ…!」

    環は容赦しなかった。
    動けない盗賊たちに向かって…

    「もう少し、憂さ晴らしに付き合っていただきましょうか。
     私を怒らせた罪は、万死に値しますよ。フフフ…」

    直後、盗賊たちの絶叫が響き渡るのだった。

引用返信/返信 削除キー/
■293 / ResNo.33)  『黒と金と水色と』第12話F
□投稿者/ 昭和 -(2006/06/24(Sat) 17:56:50)
    黒と金と水色と 第12話「打倒、盗賊団!」F






    階段を駆け上がる命とセリス。
    この上が最上階。カンダタがいるはずだ。

    「気を引き締めなおしなさい!」
    「うんっ!」

    階段を昇りきる。
    4階、最上階のフロア。

    今、足を踏み入れる。

    「てめえらか、侵入者ってのは」

    「…っ!」

    その瞬間に声をかけられた。
    思わず身を硬くする。

    「オレ様のかわいい部下たちを、たくさん倒してくれたみたいだな。え?」
    「………」

    カンダタ…なのだろうか。
    命もセリスも、一目でそう感じたのはいいが…

    (この男………変態?)
    (うわ〜うわ〜。恥ずかしくないのかな?)

    言葉も出ず、セリスに至っては、顔を背けている始末だ。

    それもそのはず。彼の格好が、顔には覆面、背中にはマント。
    本来は服に覆われているはずの場所を惜しげもなく露出し、パンツ一丁なのだから。

    自分たちが男で、こんな格好をしているのが妙齢の美女であったのなら、喜びもするんだろうが。
    あいにくと自分たちは女。しかも、そんな趣味など無い。

    「何者だ?」
    「……」
    「何とか言え、コラ」
    「…あ」

    ようやく我に返る命。
    ヤツの格好が、あまりに衝撃的過ぎた。

    「王国の手のモンか?」
    「そんなんじゃないわ。個人的な用事で来たのよ」
    「ほお? わざわざカンダタ団のアジトに忍び込んでくるたぁ、見上げたねえちゃんだ」

    実は、目を合わせたくもないのだが。
    そうもいかないので、仕方なく話に応じている命である。
    訊かなければならないこともあるのだ。

    「で、目的は? オレの首か?」
    「あんたの首なんかどうでもいい。私の目的はただひとつ…」

    ここだけは、力が入った。

    「『海燕』を返しなさい!」
    「カイエン? なんだそりゃ?」
    「しらばっくれるな! 裏は取れてるのよ。私の刀を返しなさい。
     あんたみたいな露出狂が、人間のクズが持っていていいような代物じゃないの」
    「だっ、誰が露出狂だっ!」

    心外な言葉に、激昂するカンダタだったが

    「命さん。気付いてないのかな?」
    「そうね。余計にタチが悪いわ」

    「違ぁあああうっ!!」

    さらに言われてしまい、猛り狂う。

    「これがオレの正装なんだよ!」
    「まあ、あんたの格好なんかどうでもいいわ。早く返して。
     無事に返してくれさえすれば、逃がしてあげてもいいのよ」
    「フン、舐められたもんだな」

    鼻で笑うカンダタ。
    相手が小娘2人だから、恐れるに足らないと判断したのか。

    「思い出したぞ。あの、片方にしか刃がついてない、しかも曲がっている使えない剣のことだな?」
    「…そうよ」

    ”使えない”発言に、思わずカチンと来た命だったが。
    努めて冷静に頷いてみせる。

    (あの刀、形状の凄さを知りもしないで、よく言うわよ)

    同じ材質ならば、両刃の直剣なんかには負けない。
    例え質で劣っていようとも、多少のことでは折れたりしない。

    鍛冶であるわけではないが、出身地域の技術に、誇りを持っていた。

    「使えないと思うなら尚のこと。返して」
    「はん、嫌だね」

    カンダタは再び鼻で笑い、不敵に笑う。

    「例えガラクタでも、カンダタ団は、1度盗んだものは返さねえのさ!」
    「そう…。じゃあ、力ずくで返してもらう」
    「やれるもんならやってみやがれっ!」

    大鉞を取り出し、掲げるカンダタ。
    命も刀に手をかけ、戦闘態勢へと入る。

    「セリス。援護よろしく」
    「うん!」

    「うらああああっ!!」

    先に仕掛けたのはカンダタだった。
    鉞を振り上げながら、突進してくる。

    「部下たちの痛み、思い知れっ!」
    「あんたこそ、大切なものを盗まれた人たちの痛み、味わいなさいっ!」

    だが、そのスピードは、巨体のせいもあってか極端に遅い。
    振り下ろされた初撃を、余裕でかわす命。

    だが…

    ヒュンッ!

    「…! つッ…!」

    風きり音。
    いや、鉞が空を切った音ではない。

    それが聞こえた瞬間、左腕に鋭い痛みが走る。
    見れば、上腕部の服が裂け、何かで裂かれたような傷が出来ていた。

    (なぜ? 余裕に余裕を重ねて、完全に避けたはずなのに…)

    直撃は愚か、かすりすらもされていないのに。
    傷を受けるようなことは無かったはずなのに、どうして?

    「ガハハハッ! 驚いたようだな」
    「…何か、手品の種でも仕込んだわね」

    高笑いのカンダタ。
    腹が立つのと同時に、ある可能性を思いついた。

    「…! その斧、マジックアイテムね! さしずめ、風の魔力を秘めている、ってことかしら」
    「大正解だ! こいつは魔力を帯びていてな。
     振るうのと同時に、周囲に風の刃を発生させるのよ」
    「ちっ、厄介なものを」

    マジックアイテム。
    元から魔力を帯びている道具のことで、その効果は様々。
    攻撃魔法だったり、持ち主を補助するものだったり。

    この場合は、前者だということだろう。

    「さてどうする? 普通に避けてたんじゃ、切り身になっちまうぜ〜?」
    「……」

    懐に飛び込めさえすれば、勝機なのだが。
    現状では、飛び込もうとすると、風の刃をもろに受けることになってしまう。

    「手詰まりかな、お嬢ちゃん?」
    「く…」

    勝ち誇った笑みのカンダタ。

    「そこの変態!」
    「だから変態じゃないと――ぐおっ!?」

    一瞬の出来事である。
    かけられた声を否定しようとしたカンダタが、突然の突風に呑まれて横転した。

    「わたしもいることを忘れないでね♪」

    いたずらっぽい笑みを浮かべる、セリスの仕業だった。

    「セリスも言うようになったわね」
    「それほどでも。命さん、チャンスチャンス!」
    「そうね!」

    絶好のチャンスだ。
    命は瞬く間に、起き上がろうともがいているカンダタへ詰め寄って

    「王手よ!」
    「ぐっ…」

    起き上がられる前に、その鼻先に『天狼』を突きつけた。

    「妙な真似をすると、即刻、首を落とすからそのつもりで」
    「わ、わかった……降参だ」

    カンダタはたまらずに降伏。

    「さあ、『海燕』を返しなさい」
    「あー……非常に言いにくいんだがな、嬢ちゃんよ」
    「なに?」
    「その剣、売っちまった」
    「………」

    数秒間、沈黙が時を支配して。

    「な、なんですってー!!」

    命の絶叫が上がった。

    「売った!?」
    「ああ。とてもじゃないが、使えそうなモンじゃなかったんでね。
     だがその割には装飾が見事だったんで、とっくのとうに金に換えちまったよ。
     喜べ、すんごく高く売れたぞ」
    「そ、そんな…」

    ようやく、取り戻せると思ったのに。
    この手に再び、握ることが出来ると思ったのに。

    高く売れたと言われても、うれしくもなんともない。

    「だから、ワリぃな。今この場には無いんだわ」
    「………」
    「み、命さん? しっかり…」

    命には、ショックがありありと見て取れる。
    フォローに入るセリスだったが、聞こえているかどうか。

    「ふっ……ふふふふ……」
    「命さん? こ、怖い…」

    そして、突如として笑い始める命。
    俯いているので表情はわからないが、それがかえって恐ろしい。

    「カンダタ…」
    「なんだい?」

    カンダタに声をかける命。
    上がった顔は、実にさわやかな笑顔で。

    「死ね♪」

    実にあっさり、言ってのけた。


    ごめすっ!!


    直後、鈍い音。
    ぐったりノびているカンダタ。

    命が、刀の柄を使って、カンダタの脳天に叩きつけた結果だった。

    「わーっ、命さん!」
    「…え?」
    「気絶しちゃったよ! どこに売ったとか、訊かなくてよかったの?」
    「………あ」

    冷静な命であるが。
    彼女でも、怒りで我を忘れることがあるらしい。

    「ダメだねコレ…。完全に気を失ってる。しばらくは目を覚まさないんじゃない?」
    「…あはは」

    乾いた笑みを浮かべるしかない、命だった。








    アジト、地下。
    洞窟からの脱出を目指している、勇磨とエルリスだが…

    「……」
    「……」

    相変わらず、会話は無く。
    気まずい空気が継続していた。

    (うーん、まずいこと言っちゃったかな。本当のことなんだけど…)

    (そ、そういう目で見られてることは素直にうれしいけど…)

    両者、ほのかに顔が赤い。
    光が届かない洞窟の先が暗黒なように、見通しが立たなかった。

    「あ、足は、痛くない?」
    「え、ええ」

    このままではいけないと。
    名前の通りに勇気を出して、勇磨は話しかけてみた。

    不意だったので、ビックリして頷くエルリス。

    「やさしく……ゆっくり歩いてくれてるから、大丈夫よ」
    「そうか。痛くなったり、何かあったら、すぐに言ってくれ」
    「うん、ありがとう」

    目が合った。

    「……」
    「……」

    途端に真っ赤になって、目を逸らす2人。
    どうにもならないようだ。

    「と、とにかく、早くここから出よう!」
    「そ、そうね!」

    震動で怪我した箇所に痛みが及ばないよう、ゆっくり進む。
    と、暗闇一辺倒だった前方に、変化が訪れた。

    見えたのは、左右と同じ岩の壁。
    見回してみるが、どう見ても、ここで閉塞している。

    「えっと……行き止まり?」
    「行き止まり……みたいね」

    2人は、お互いに声を出して確認して。

    「「はぁぁ…」」

    ため息。

    脱出への道のりは、まだまだ長い。




    第13話へ続く

引用返信/返信 削除キー/
■310 / ResNo.34)  『黒と金と水色と』第13話
□投稿者/ 昭和 -(2006/07/15(Sat) 19:45:19)
    2006/07/15(Sat) 19:46:18 編集(投稿者)

    黒と金と水色と 第13話「秘密の共有」






    暗い洞窟内をさまようこと、どれくらいだろうか。

    「…あ」
    「明るい……出口よ!」

    ようやくにして、前方に明るい光を発見。

    「はー、やっと出られる」
    「長かったわ…」

    ホッと息をつく勇磨とエルリス。

    これで一安心。
    土中に閉じ込められたのではないかという懸念も、一気に吹き飛んだ。

    「早く出ましょ」
    「そうだな」

    エルリスの足に配慮しつつ、小走りに出口へ。

    「まぶし…」

    待ち望んだ外の世界へと復帰。
    降り注ぐ強烈な陽光に、思わず手をかざした。

    「ふー。じゃ、光っている必要は無いということで」
    「え? あ…」
    「ふぅ〜っ」

    勇磨がそう言うと、彼を覆っていた黄金の輝きは失われ。
    髪と瞳の色も、元の黒色へと戻った。

    「はぁ〜。凄く疲れるんだよね、これ」
    「そ、そうなんだ」

    少し憔悴して大きな息を漏らす勇磨。
    それほどの消耗を要するものなのだろうか。

    「さて。それじゃ、みんなと合流しますか」
    「ええ。だけど、方向はわかるの?」
    「………」
    「わからないのね?」
    「スイマセン」

    途端に言葉に詰まり、ついには頭を下げる勇磨。
    今度はエルリスがため息をついた。

    勇磨は旅をしている間、金銭だけではなく、方向や行き先なども環に頼りきっていた。
    地図など見ないし、自分が今どこへ向かっているのか、どの方角へ進んでいるかなど、
    気に留めすらしなかった。

    なので、方向感覚などまるでゼロ。

    「あのさ、私、思うんだけど」
    「ああ! 何かわかるんなら言ってくれ!」
    「そ、そんなすがられるように見られても…」

    だから、勇磨は必死であり。
    エルリスは少し引いた。

    「落とし穴に落ちてあの洞窟に出たわけだから、あの要塞は、上のほうにあるんじゃないの?」
    「そうか、なるほどっ。エルリス頭いいなっ」
    「そ、それほどでも」

    戸惑うエルリス。
    これくらい、すぐに思いつくものではなかろうか。

    「上…」

    さっそく振り返って、視線を上へとずらしていく。

    「……わお」
    「……」

    思わず漏れる勇磨の声。
    エルリスは無言。

    それもそのはずだった。

    「……山?」
    「岩山…よね」

    自分たちが出てきた、洞窟の穴がぽっかりと開く岩肌。
    それが延々と、おそらく数百メートルはありそうな、断崖絶壁。

    直接、上へと向かうのは、不可能である。

    「回り道をするしかないか」
    「そうね。落とされた分、登らないといけないし…」

    続けて周囲を確かめてみると、ここは窪地のようで。
    どうにか登っていけそうな地形ではあったが、非常に骨が折れそうだった。

    おまけに、エルリスは怪我をして歩けない。

    「その、がんばってね勇磨君」
    「あいよ。俺のせいで怪我させちゃったんだし、責任を持ってお運びしないとね」
    「ええ、よろしく」
    「はいはい」
    「ふふふ」





    首領・カンダタを倒した命たち。

    そのことを子分たちに大々的に伝えると、子分たちは観念したようで。
    潔く全員が降伏した。

    全員を拘束して、あとは、王都のハンター協会へ連絡しなければ。
    となると、問題はその連絡役。

    「誰が行く?」

    ということである。

    当然、あらかじめの連絡などしていない。
    そもそも最初は、カンダタ団そのものを潰す予定など無かったのだ。

    「わたしは、お姉ちゃんが心配だし…」
    「そうですね、兄さんのこともありますから、ここはやはり」
    「私ね? わかったわ」

    適任は命だろう。
    ここまでの道案内をしたのも彼女だ。もっとも早く往復できるだろう。

    「じゃあ行ってくるから、数日、我慢して」
    「はい」
    「なるべく早く帰ってきてね〜」

    捕獲したカンダタ団の面倒と、勇磨とエルリスの捜索を頼んで。
    命は王都へと引き返していった。

    往復には、早くても数日。
    1週間くらいは見たほうがいいだろうか。

    幸い、カンダタ団が築いた城塞の中で、水と食糧、寝床には事欠かない。

    「カンダタ団は壊滅しました。残る問題は…」
    「うん…。お姉ちゃんと勇磨さんだよね」

    カンダタ団を監視しつつ、残った2人はそう呟く。

    「大丈夫かな……怪我してないかな?」
    「まったく……いつも余計な心配をかけさせるんですから、兄さんは」
    「わたし、捜しに行ってくる!」
    「まあお待ちなさい」

    飛び出していこうとするセリスを、環は押し留めた。
    何か良案があるらしい。

    「闇雲に捜しても、単に労力を使うだけですよ」
    「そうかもしれないけど、行かなきゃ!」
    「話は最後までお聞きなさい。実を言いますとね。私には、探知能力があります」
    「へ? たんち、のうりょく?」
    「はい。本来は、魔物などの捜索探査に使うのですが、ちょっとした人捜しなどにも応用できます。
     もちろん、よく知っている人物の気配しかわかりませんが、その点、兄さんなら問題はありません」

    環が持つ”探知能力”。

    本来は彼女が言ったとおり、魔物の気配なら明らかなため、魔物の探索に使われる。
    それを応用することによって、よく知る人物の居場所もわかるのだ。

    「じゃ、じゃあ、早くそれを使って…!」
    「とっくにやってますよ。ですが…」
    「え?」
    「引っかからないんですよね、なぜか」
    「そ、それって?」

    そんな力があるのなら、早く使ってくれとセリスは頼むが。
    環は既に探索のレーダーを広げていたらしい。

    しかし、そのレーダー網でも、兄の気配が見つからないという。

    「確たることは言えませんが、落とし穴に落ちたので、地下にいることは確実です。
     おそらくは地下深くにいるので、分厚い地殻に阻まれて探知できない、ということかと」
    「そっか…」

    がっくりとセリスは落胆した。
    今すぐにでも、姉たちの居場所がわかるかと思ったのだが。

    「まあしかし、悲観することはありません。要は、兄さんたちが地下から出てくればいいわけです」
    「へ?」
    「兄さんのことですから、いくら奥深い地下であっても、すぐに脱出してきますよ。
     地下から出さえすれば、私の探知網に引っかかります」
    「えっと?」
    「ですから、少し様子を見ましょう」
    「う、うん」

    セリスは完全に理解できたわけではなさそうだったが、とりあえず頷いた。
    捕らえたカンダタ団の面々が逃げ出さないよう監視しつつ、そのときを待つことにする。

    (環さんは、やっぱりすごいなあ)

    今さらながら、セリスはそんなことを思った。

    セリスが見つめる環は、前方5メートル。
    城塞中庭の中央にある小岩に腰掛け、深く瞑想状態に入っている。

    地下から出てきたときにはすぐにでも感知できるよう、集中しているのだと思われる。

    (お兄さんと離れ離れになっちゃったのに、すごく落ち着いてる…。
     それだけ、勇磨さんのことを信じて、疑わないってことかぁ)

    環は最初から、兄たちのことは大丈夫、と断言していた。
    勇磨への揺ぎ無い信頼感の成せる技だろう。

    一方、自分はどうだろうか?

    (わたしはダメだな…。あたふたしちゃって、お姉ちゃんがどうなってるかわからないってだけで、
     胸が張り裂けそうで、苦しいよ……ダメだよ……)

    同じ双子なのに、どうしてこうも違うのか。

    やさしく、時には厳しい、自慢の姉。
    闘っているときは忘れていたが、改めて思い返してみると、不安に押し潰されそうになる。

    (や、やっぱり、直接捜しに行ったほうが早いんじゃ…)

    徐々に我慢が出来なくなってくるセリス。
    そんな風に考えるようになって。

    「環さんっ!」

    やはり捜しに行こうと、立ち上がったときだった。

    「…捉えた」
    「えっ?」

    セリスとほぼ同時に環も立ち上がり、そんなことを呟いた。
    そして、彼女の鋭い視線がセリスを貫く。

    「迎えに行ってきます。セリスさんはここから動かないように。いいですね!」
    「……あ、うん、わかった…」

    驚いたセリスが、そのように返答できたときには。
    すでに、環の姿は掻き消えていた。





    道なき道を行く勇磨。
    彼に抱き上げられているエルリスは、申し訳なさそうにしつつも、ラクチンだと思っていた。

    「こ、こっちでいのか?」
    「うん、たぶん…」

    進んでいる方向は、エルリスの推測による。
    勇磨はまったく当てにならないので、それならば、と自分がやるしかない。

    が、見当が付いていないわけではない。

    (することなかったし、進んでいる方向くらいは…)

    洞窟内をさまよっている間も、エルリスは脳内でマッピングをしていた。
    少しでも役に立ちたいと、そう願った結果だ。

    それに基づいて、洞窟を出た今も、正しいと思われる方向へと勇磨を導く。

    「ああっもう、草が邪魔だな」

    周囲に生い茂る、人の背丈ほどもある草。
    勇磨はうっとおしげに呟きながら、刀を使い、邪魔な草を刈っていく。

    これでいくぶんかは、見通しが良くなった。

    「はーひー。それにしても、暑いなこのへんは…」
    「そうね…」

    王都よりも南にある分、温暖な気候のようで。
    いや、温暖を通り越し、湿気もあるので非常に蒸し暑い。

    「ジッとしているだけでも汗が出るわ。それに、勇磨君とくっついてる…か……ら?」
    「あ?」

    唐突に思い出した事実。
    思わず視線の合う両者。

    「……」
    「……」

    お互い真っ赤になって、顔を背ける。
    歩みも停止。

    ドキドキ…!
    2人とも、自分の心臓の高鳴りが聞こえてくるような。

    いや、これは、相手のものなのか…?

    「………」
    「………」

    そのまま、立ち止まっていることしばし。

    「なーにをしていらっしゃるんですかねぇお二人とも」

    「「ッ!!?」」

    かけられた声に、2人は、それはもう驚いた。

    「説明を求めます」

    「た、環…」

    いつのまにやら、環がそこに立っていた。
    表情は穏やかなのだが、よく見ると、コメカミがピクピク動いている。

    いや、さらによくよく見てみると、環からはうっすらと、瘴気のようなものが…?

    「いや、な? これは、その、あのっ……エルリスが足に怪我しちゃって、動けないから…!」
    「そ、そう、そういうこと! え、や、ええと……た、他意は無いから!」

    「…ふーん?」

    あたふたしながら説明する2人を、環は冷たい笑みで見届けて。

    「とにかく、城に戻りましょう。お互い詳しいことは、のちほど」
    「…はいー」
    「あ、エルリスさんの怪我はいま治しますから、道中はご自分の足で歩かれてくださいねっ!(怒)」
    「う、うん…」





    2人は、城塞へと戻ってきた。

    「お姉ちゃーん!」

    真っ先にセリスが出迎える。
    姉へと飛びついた。

    「うわーん心配したよー!」
    「ごめんね。でも、大丈夫よ」
    「無事で良かったー!」
    「よしよし。大丈夫だから、泣かないの」

    号泣するセリスをやさしく抱きとめて、赤子をあやすかのようになだめる。
    姉妹の麗しい光景。

    「さて兄さん」
    「…ぅ」

    めでたしめでたし、ではない。
    再び、環の鋭い視線が、勇磨に突き刺さる。

    「こちらで起こったことも説明しますから、そちらのことも、詳しく教えていただきますよ」
    「…はい」

    そんなに強調せんでも、と思いながら、勇磨はこれまでの経緯を話して聞かせる。
    もちろん、”あのこと”も含めて。

    「…え」

    それを聞いた環は、表情を強張らせた。

    「エルリスさんに…?」
    「ああ。どうしようもない状況で、そうするしかなくて、さ」
    「そうですか…」

    チラリと様子を窺う。
    まだ、セリスがエルリスに抱きついたまま。

    「となると、このまま有耶無耶にも出来ませんね」
    「ああ。もう1度、セリスを含めて、説明するほかは無いな。あはは」
    「やれやれ…」

    ほぉ、とため息の環。
    一旦は伏せた視線を上げ、キッと勇磨を睨みつける。

    「笑い事ですか(怒)」
    「すいません」

    とにかく、秘密が秘密でなくなったことは確かなので。
    こうなった以上は、セリスにも話す必要があるだろう。





    「お話があります」

    セリスが落ち着いたところで、そう声をかけた環。

    他の、カンダタ団の者たちに聞こえないよう、移動する。
    城門を少し出たところで、御門兄妹の歩みは止まった。

    必然的に、あとについてきた水色姉妹も静止する。

    (”あの話”だ…)

    無論、セリスは首を傾げていたが、エルリスは直感した。
    おそらくは同じことを言われるのだろうが、まだ何か秘密があるのだろうかと、ドキドキしている。

    「さてエルリスさん」
    「は、はい」

    思わず敬語になってしまった。

    「兄さんから……聞きましたね?」
    「うん……聞いたわ」

    おそるおそると。
    だが、しっかりと頷いた。

    「あなたたちのこと……。あなたたちの、秘密」
    「そうですか」

    「え? え? なに? 秘密って何?」

    騒ぎ始めるセリス。

    「わたしだけ除け者? ずるいずるい〜っ!」
    「セ、セリス…」

    「今、あなたにもお話します」
    「君が言ったとおり、エルリスだけに話しておくのも、不公平だからね」

    それならいいやと、けろっと笑みを浮かべるセリス。
    現金な妹に苦笑しつつ、エルリスは表情を引き締めた。

    「話というのは…」
    「こういうこと、だよっ!」


    ドンッ!!


    「…!」
    「うわっ」

    前置きも何も無かった。
    勇磨と環は、いきなり”その姿”になって見せたのだ。

    そのことに驚きはしたが、わかっていたため、すぐに落ち着くエルリス。
    反対に、まったく事情のわからないセリスは、目を丸くしていた。

    「な、なに…? どうなっちゃったの…?」

    「驚かせてすみません」

    黄金のオーラを纏いつつ。
    長い髪も、瞳も、同様の金色へと変貌させた環が、軽く頭を下げる。

    「これが、私たちの正体、です」
    「結果的に隠していたことになる。それは謝るよ」

    「な、なんなの……どういうことなの…?」

    同じように黄金化した勇磨も、ぺこっと頭を下げ。
    セリスは現実を理解できていないのか、目をしばたたかせるだけだった。

    「セリス。目を背けないで、きちんと理解しなさい」
    「お姉ちゃん…?」

    そんな状態のセリスへ、エルリスが落ち着いた声をかける。

    「今、勇磨君と環が言ったでしょ? これが、2人の”真の姿”なのよ」
    「真の姿って…」

    「ご説明申し上げます」

    勇磨がエルリスに話したことと、ほぼ同じ内容が、環の口から再び語られた。
    妖狐のこと。そして、2人がその妖狐の血を引いていること。

    「そ、そうなんだ」
    「黙ってきたことについては謝りますが、理由に付いては、お察しいただけると助かります」
    「あ……そ、そうだよね」

    これに関しては、セリスもすぐに理解したようだ。
    自分たち姉妹と同じなのだから。

    「どうですか?」
    「どうって……あ」

    訊いたところで、環の髪と瞳が元に戻った。
    勇磨も同じ。

    「真実を聞いて、どうお思いになりましたか?」
    「いわば、魔物たちの同類だ。俺たちのこと、怖くなった?」

    「………」

    そう問われたセリス。
    放心状態なのか、しばらくボケ〜ッとしていたが

    「そ、そそ、そんなことない、そんなことないよっ!」

    やがて、首をブンブン振りながら、否定する。

    「そんなこと言ったら、わたしたちのほうこそ、恐ろしい存在だよ…。
     勇磨さんと環さんは理由があるけど、わたしたちは、理由も無いのに…
     純粋な人間なのに、こんな力があるんだもん…」

    「セリス…」
    「セリスさん」

    言いながら、セリスは俯いてしまった。
    彼女の心情も察して余りある。

    「うん、そうよね」
    「お姉ちゃん…」

    エルリスは、セリスの肩をそっと抱いて、笑顔を向けた。
    それでこそ我が妹、とでも言いたげに。

    「何があろうと、勇磨君は勇磨君。環は環。そうよね?」
    「そうだよ! 何も変わらないよ!」
    「それに、あなたたちが私たちの恩人であることにも変わりが無い。気にしないで」
    「うん!」

    「ありがとう」
    「……」

    再度、頭を下げる御門兄妹。
    先ほどと違うのは、下げられた角度が、より深くなったということだ。

    「勇磨君、環。私たちからもお礼を言うわ。
     勇気を出して、秘密を打ち明けてくれてありがとう」
    「なに。俺たちも君たちの秘密を聞いているからね」
    「言わば、お互い様。私たちのほうは、少し遅れてしまいましたけどね」
    「あ、そうよね」
    「秘密を共有する仲! なんだかすごくいい響きだよ〜!」

    お互いに、お互いの秘密を打ち明け、知り得る仲。
    セリスが言ったとおり、お互いにとって、心地の良い言葉の響きとなった。

    「至らない姉妹だけど、これからも、よろしく」
    「こちらこそ」

    改めて握手を交わして。
    お互いの顔は、すごく晴れ晴れとしていた。





    第14話へ続く

引用返信/返信 削除キー/
■323 / ResNo.35)   『黒と金と水色と』第14話
□投稿者/ 昭和 -(2006/07/29(Sat) 00:16:30)
    2006/07/29(Sat) 23:48:28 編集(投稿者)

    黒と金と水色と 第14話「一報」






    命が戻ってきたのは、あれから5日後。

    カンダタ団を壊滅させた、との報せを聞いたハンター協会が、どれほど大慌てしたか。
    命に同行してきた検分役、団員の連行役の人数が、数十人規模だったことでよくわかる。

    お縄になった首領のカンダタと、大勢の子分たちを文字通り”引き連れ”て、
    彼らは王都へと戻った。

    事の詳しい経緯など、協会での取調べに付き合わされること3日。

    もともとお尋ね者となっていたことで、悪名高きカンダタ団を壊滅させたことに対して、
    ハンター協会は相応の態度を取ってくれた。

    金貨2千枚。
    それが、今回のことに対する褒賞である。

    もちろん、王国ハンター協会史上、最高額だ。

    「なんかわたしたち、一気に大金持ちになっちゃったね」
    「すごすぎて、実感なんか湧いてこないけどね…」

    興奮気味のセリスと、夢なら覚めて欲しくないと願うエルリス。
    今まで、1度にそんな大金を得ることになるなど、考えすらしなかったことなのだ。

    しかも。
    協会の対応は、さらに上を行っていた。

    「いやぁ、勲章とは参ったね」
    「ええ。畏れ多きことです」

    この御門兄妹の言動である。

    カンダタ団の壊滅は王国上層にもすぐさま伝えられ、国王もいたく感心なされたとかで。
    その功績によって、勲章の授与が決まったそうなのだ。

    「その上、Sランクへの昇格ってか」
    「名誉なことですね」

    加えて、その強さが認められて、5人全員を無条件で1ランク上げてくれるという。
    御門兄妹はAからS、水色姉妹はCからBへ、命もBからAランクへとそれぞれ昇格。
    すでにライセンスは更新されていた。

    特に勇磨と環、Sランクへの昇格は非常に大きい。

    Sランク以上への昇格には試験が無い代わりに、協会が『Sランク以上に該当すると思われる』と
    認めた場合にのみ発給され、とても険しく狭い門となっているのだ。

    現在、Sランク以上のハンターライセンスを持つ者は、全世界でも、両手の指の数にも満たない。
    御門兄妹もその一員となった。

    「でも、元々は命の考えたことだから、このお金は、命のものだと思うわ」
    「いや、そんなことはないわよ」

    エルリスがそう言うと、命はとんでもないと首を振る。
    確かに、話を持ちかけたのは命だが、これは全員による成果だと。

    「むしろ、助けてもらった面は大いにあるわけで。
     半分…ううん。全額をあげてもいいくらいなのよ」
    「そ、それこそとんでもないわよ。私たちはおこぼれで、ランクが上がったし、
     勲章までもらえて、それだけで充分満足だわ」
    「そうだよ! 命さんがもらうべきだよ!」
    「だから…」

    「はいはい。こんなことでケンカしない」

    騒ぎ出す面々に、御門兄妹が仲裁に入って。
    報奨金の分配は、このようになった。

    「元は命の発案で、カンダタを仕留めたのも命なわけだから、一番手柄は命。
     だから、取り分は半分の千枚。これでいいね?」
    「あなたたたちがそれでいいならいいけど……なんだか申し訳ないわね」

    御門兄妹にも、水色姉妹にも、この決定に異存は無い。
    すんなりと決まった。

    「残りの半分を、俺たちとエルリスセリスで分けるわけだが」
    「こちらも、半々にするのが妥当ではないでしょうか?」
    「うん、そうね。と言っても、私と勇磨君は落とし穴に落ちただけだから、
     本来なら、こんなことに口を挟める立場じゃないけど」
    「う…。そ、それを言うなエルリス」
    「ふふふ」

    その代わり、環とセリスが活躍したわけだ。
    やはり、半分こにするのが自然だろう。

    「というわけで、500枚ずつです」
    「ええ、了解」
    「500枚でも、見たことも無い大金だよ〜」

    世間一般では、金貨を1枚でも持っていれば、それは”大金”と呼ばれる金額である。
    セリスが浮かれるのも当然だった。






    翌日。
    勲章の授与式が行われ、なんと国王自らが出席し、直々に付けてくれた。

    水色姉妹などは驚いた上に、緊張によりガチガチで。
    直後に催されたパーティーでは、それはもう豪勢なご馳走が振舞われたが、
    あのセリスでさえも、食べたものやその味を覚えていないほどだったとか。






    後日のこと。
    カンダタ団討滅の功による、式典だのパーティーなどが落ち着いた頃。

    「それじゃ、私はこれで失礼させてもらうわね」

    命がこう切り出した。

    「え?」
    「命さん、どこか行っちゃうの?」
    「ええ」

    意外そうに聞き返す水色姉妹だが。
    命にしてみれば、これは当然だった。

    「ひと仕事終わったわけだし。もともと、カンダタ団を倒す間だけって約束だったでしょ?」
    「そうだけど…」
    「それに、目的の『海燕』は見つからなかった。
     カンダタから売ったルートは聞いたけど、まだ見つかったわけじゃない。
     『海燕』を追わなきゃいけない」

    命が旅している理由は、あくまで『海燕』を取り戻すことである。
    その過程でカンダタ団を倒しただけであって、そのために、一時的に組んだに過ぎないのだ。

    「寂しくなるわね…」
    「うん……せっかく再会できたのに……」

    水色姉妹の落ち込みようは激しかった。
    彼女たちにとっては数少ない、気兼ねなく話せる友人だけに、別れは悲しい。

    「そんな顔しないでよ」

    命のほうも困惑顔だ。

    「何も、今生の別れってワケじゃないでしょ? またどこかで会えるわよ」
    「うん……元気でね命さん」
    「また何かあったら遠慮なく言って。出来る限りお手伝いするから」
    「ええ、ありがと」

    命は笑顔で頷いて。

    「あなたたちにも世話になったわね。それじゃ」
    「ああ」
    「お元気で」

    御門兄妹にも別れの言葉をかけ、大通りの雑踏に消えていった。

    彼女のほうも、長く険しい旅を続けるのだろう。
    幸運を願うばかりである。





    「…さて」
    「私たちは、どうしましょうか?」

    しばし、余韻に浸ったあと。
    勇磨と環はこう尋ねる。

    「え? あ、そうね……どうする?」
    「どうすればいいかなあ?」

    水色姉妹は、特に何も考えていなかったようだ。
    むしろ虚を衝かれたようであって。
    相変わらずの様子に、環はひとつ息を吐いた。

    「自分たちのことなんですから、いい加減、少しは自覚してくださいよ…」
    「あ、あはは…」
    「ごめんなさい…」

    明確な旅の理由は、この2人にもあるはずなのだが。
    さて、どうするか。

    「えっと……ユナからの連絡は、まだ無いわよね?」
    「だったら……今度の今度こそ、王都観光だよ!」
    「え?」

    セリス、みたび咆哮。
    エルリスは思わず固まった。

    「セリス……。あなた、まだそんなこと言ってるの?」
    「だぁって、決まったはずなのに、なぜかそのたびに邪魔が入るんだもん!
     観光したいよ!」
    「最初はそうだったけど、2回目は、あなた自身が潰したんじゃない…」

    1回目は、エルフのメディアが来訪したことによる中止だったが。
    2回目は、セリスが命を見つけ、自分から命を捜しに行ったことによる中止である。

    はぁ、とため息をつくエルリスであった。

    「2度あることは3度ある、か」
    「3度目の正直…とも言いますね。はあ…」

    勇磨は苦笑。
    環もため息をつくばかり。

    「王都観光っ!」
    「だまらっしゃい」

    引き続き吠えるセリスに対して、環はぴしゃっと言い放った。

    「仕事です。お仕事しますよ」
    「えー!」
    「あなたもBランクに上がったんですよ? 一昔前の、私と兄さんのランクに並んだんですよ?
     Bランクといえば、もう一人前のハンターです。少しは自覚をお持ちなさい」
    「あ…」
    「…そうだったわ」

    事実に気付いて、水色姉妹は愕然となる。

    御門兄妹に出会った頃は、2人はまだBランクだった。
    それに並んだわけで、知った途端に、ものすごい重圧に襲われる。

    「ランクこそBに上がったものの、お二人には、まだまだ技術と知識が不足しています。
     これからもハンターとして食べていこうというのなら、この経験不足は命取りになりますよ。
     だったら、今のうちに経験を積んで、早く一人前になろうとはお考えになりませんか?」

    「うん……ごめんなさい……」
    「私たち、まだ甘く見てたみたいね…」

    反省の水色姉妹。

    いわば性急過ぎるランクアップであって、実力と心構えが付いていっていないのだ。
    無理もないところであるが、自覚してもらわねば、これからが困ってしまう。

    「というわけで、ギルドに行きますよ」
    「ええ」

    環を先頭にして歩き出す4人。
    肩を落とし気味の姉妹に対し、勇磨がこっそりとフォローを入れる。

    「ごめんね。環のヤツ、あれほど強く言わなくてもいいだろうに」
    「ううん、いいの。間違ってたのは私たちのほうだし」
    「勇磨さんが謝ること無いよ。環さんの言うとおりだもん。
     わたしたちのことを思って言ってくれてるんだってわかるし、もっとがんばらなきゃ。
     ね、お姉ちゃん?」
    「ええ。がんばらないとね」
    「その意気だよ。がんばれ」

    軽く励ましを入れて。
    エルリスもセリスも、力強く頷いてくれた。

    「…!」
    「? どうしたの?」
    「い、いやなんでも」

    セリスもそうだったが、頷いたときのエルリスの笑顔が、すごく眩しく感じて。
    勇磨は思わず固まってしまった。

    「なんでもないよ。あはは」
    「そう? なんでもないならいいんだけど」
    「変な勇磨さん」
    「あはは」

    苦笑の勇磨。
    あの一瞬に感じた、あの感覚は、いったいなんだったのだろうか。

    「何をしているんですか」

    そんな折、彼らに向かって振り返った環。
    遅れ気味の3人へ、鋭い視線を向ける。

    「日が暮れてしまいます。早くしなさい」

    「「はいっ師匠っ!」」

    「………」

    あまりに威勢の良い返事だったものだから。
    面食らった環は、一瞬だけ目をパチクリさせて。

    「…行きますよ」

    「「はいっ!」」

    くるっと向きを戻し、ぶっきらぼうに言った。
    水色姉妹は再び元気よく頷いて、環のあとを付いていく。

    「やれやれ」

    こちらも、再び苦笑の勇磨。
    意気込んでいるのは良いことだが、極端すぎるのでは、と思わないでもない。

    彼も気を取り直して、あとを追おうとすると

    バサバサッ

    「…ん?」

    近くから羽音が。
    どこからかと思って探してみると、それは上空にいた。

    「赤い鳥? 真っ赤だ」

    勇磨が漏らしたとおり、音の主は、胴も背も尾も、頭も翼も全身が燃えるような赤い色の鳥。
    真紅の奇妙な鳥は、勇磨の周りを取り巻くようにして飛び。

    「おやま」

    勇磨がくいっと腕を差し出すと、その上に止まった。

    「なんだおまえ。何か用か?」
    「クルック〜」

    返事をするように鳴く赤い鳥。
    随分と人懐こい鳥だなと思っていると。

    「兄さん! 置いていきますよ」

    環からお呼びがかかる。

    「あ、ああ、いま行くけど、この鳥がな」
    「鳥?」

    環も、この真っ赤な鳥に気付いた。

    「これはまた珍しい色の……って兄さん。その鳥は」
    「え?」

    外見や、その行為に驚いただけではなく。
    その内面を見抜いてのもの。

    「その鳥は魔力を帯びていますよ。この波動は、ユナさんのものです」
    「ユナの?」
    「おそらくは彼女の使い魔でしょう。それがここに来たということは…
     兄さん、足に何か付いてます」
    「あ、ほんとだ。なになに…」

    よく見てみると、使い魔だという鳥の足に、何かが巻かれていた。
    紙のようで、広げてみる。

    手紙だろうか?
    案の定、一言だけではあったが、言伝が書かれていたのだ。

    「『スグカエレ』…」
    「……」

    「なに? どうしたの?」
    「うわー、なにその鳥。真っ赤っか!」

    この場では、水色姉妹の普通の反応が、少し微笑ましかった。





    第15話へ続く

引用返信/返信 削除キー/
■335 / ResNo.36)   『黒と金と水色と』第15話@
□投稿者/ 昭和 -(2006/08/19(Sat) 14:53:59)
    2006/09/10(Sun) 22:59:39 編集(投稿者)

    黒と金と水色と 第15話「調査結果」@






    ユナの使い魔が知らせた、戻ってこいとの報せ。
    無論、4人はすぐさま、学園都市行きの列車へと飛び乗った。

    「うぅ、またしても、お流れだよ…」

    その車内。

    2度ならず、3度までも王都観光を中止にされたセリス。
    指をつついていじけている。

    「うぅ、ユナさんのバカ。何も、このタイミングで言ってこなくてもいいのに〜」
    「あのねセリス。ユナはあなたのために調べてくれてるのよ?
     その言い草はあんまりだと思うわよ」

    やれやれとため息をついて、エルリスは言っても無駄だと思いつつ、
    妹をなだめていた。

    「それに、私たちに帰ってこいということは、何か発見があったってことよ。
     上手い解決策が見つかったのかもしれない。それなら、早いほうがいいでしょ?」
    「うぅ、それはわかってるけどぉ〜」
    「王都観光なんて、またいつでも出来るんだから」
    「うぅ、今したい〜」
    「まったく…」

    駄々っ子である。
    こうなってしまうと、手に負えない。

    「まさしく、2度あることは3度ある、の状況ですね」
    「まあ、運が悪いというか、良いというか」

    苦笑の御門兄妹。

    本当に解決策が見つかったのなら、運が良かったということになるんだろうが。
    いかんせん、ユナに会ってみないことにはわからない。

    「まあ、あれだ。エルリスにセリス」
    「え?」
    「なに?」
    「どういうことになるのかわからないけど、覚悟をしておいたほうがいい」
    「…うん」
    「…わかったよ」

    勇磨の言いたいことは大体わかった。
    こくりと頷く水色姉妹。

    問題を解決するためなら。
    暴走の可能性をゼロに出来るのなら、どんなことでもする。

    例え火の中、水の中。






    列車は学園都市へと到着。
    下車した一行は、すぐさまユナの工房へと向かう。

    「また、あの恐ろしい迷宮を抜けねばならんのか…」

    構内を歩いている途中。
    げんなりと勇磨が言った。

    「酷い目に遭ったからな、前回は…」

    蘇る、恐ろしい、忌々しい記憶。
    出来れば今すぐ、記憶から消去したい。

    「あ、あはは…」
    「げ、元気出して勇磨さん」
    「ありがとよ…」
    「あはは…」

    水色姉妹は勇磨を励ますものの、皮肉たっぷりに返されて、苦しげに笑うしかない。
    特にセリスは、勇磨が災難に遭った直接の原因を作ってしまったので、笑みも引き攣る。

    「はいはい。ほら、着きますよ」

    環もため息をひとつついて、ユナの工房前へと到着。
    すると

    「待ってたわ」

    なんと、ご本人様じきじきの出迎えである。
    彼女は、長い炎髪を風に揺らしながら、工房の入口前に立っていた。

    「あ、わたしたちが来たってこと、よくわかったね?」
    「まあね」

    どうやらユナは、もちろん、連絡をしてからずっと外で待っていたというわけではなく。
    彼らの到着に合わせて、外に出てきたという風情である。

    セリスがこう尋ねると、当然とばかりに頷き。

    「逆算して、そろそろかなと思ってね」
    「わー、さすが」
    「あなたに褒められてもね」

    そう言いつつも、少し得意げなユナ。

    勇磨らと接触した、ユナの使い魔であるあの真っ赤な鳥は、手紙を渡すと一声鳴いて、
    そのまま飛び去っていった。
    往復分の時間も計算に入れ、今日のこの時間にあたりに戻ってくると、そう予想したのだろう。

    「そ、それよりユナ! 何かわかったの!?」

    待ちきれない。早く聞きたい。
    そんな様子で、エルリスは声を張り上げる。

    「暴走の回避策――!」
    「待った」
    「………」

    あなたこそが暴走している。
    そう言いたげな目で、ユナはエルリスを制した。

    「こんな場所で、そんな話はまずいわ。
     奥まった場所だけど、誰も来ないとは限らないのよ」
    「あ…」

    慌てて口を塞ぐエルリス。
    周囲も見渡してみたが、幸い、自分たち以外の気配は無かった。

    「こっちにいらっしゃい。話は中でするから」
    「う、うん」

    ユナの後に付いて、工房へと入る。
    と…

    「あ、あれ?」
    「いきなりお部屋の前だよー」

    水色姉妹は驚きの声を上げた。

    そこは、前回に通ったような迷宮ではなく、迷宮を抜けたところにあった部屋の扉が、
    目の前に、ごく自然に存在していたのだ。

    「何を驚いてるのか想像はつくけど、この工房は私のテリトリー。
     あれはあくまで侵入者撃退用のトラップなんだから、私の意志で自由自在よ」
    「へえ…」
    「ふわ〜、やっぱりすごいなあユナさん」
    「…入って」

    セリスの純粋な物言いに、さしものユナも照れたのか。
    ぶっきらぼうにそう言って、扉を開けて中へと入っていってしまった。

    修行の最中も、何度もため息をつかされていたことからわかるように。
    ユナにとって、セリスは、天敵なのかもしれない。

    「環。お茶」
    「招き入れて早々、開口一番がそれですか…」

    先に部屋に入ったユナは、どっかとソファーに腰を下ろし。
    後から入ってきた環に向かってそう言った。

    「呼びつけたのはそちらのくせに」
    「誰の頼みで、エルリスとセリスに修行をつけて、面倒くさい調べものまでしたと思ってる?」
    「はいはい、わかりましたよ。紅茶でいいですね?」
    「よろしく」

    頼みごとをした手前、強く出られない環。
    やはりため息をついて頷くと、勝手知るったるキッチンへと入っていった。






    人数分のお茶を淹れて、面々に配り、自らも席について。

    「ではユナさん。お話を」

    環はそう切り出した。

    「わかった。でもその前に、課題をやってきたのかどうか、聞きたいわね」

    ユナは環が淹れたお茶を一口飲んでから、こう返答。
    視線を水色姉妹に向ける。

    「で、どう?」
    「もちろん」
    「やってきたよー!」

    答える側の水色姉妹は、自信たっぷりに、笑顔でライセンス証を机上に差し出した。
    それを手にとって、確認するユナ。

    ランクB、との記載に、ピクッと眉が動く。

    「Bランク?」
    「ええ。本当はね、約束通りCランクのはずだったんだけど」

    事のあらましを話して聞かせる。
    本当に、ひょんなことで思わぬ昇級をしてしまったものだ。

    「なるほど」

    ユナは頷いた。

    「下がるのはアレだけど、上になる分にはいいわよね?」
    「まあね。正直予想外だけど、あのカンダタ団を潰したくらいなんだから、腕前のほうは言うこと無しか。
     でも随分と太っ腹じゃないハンター協会。
     私のときは、SランクのときもSSランク認定のときも、散々大揉めしたくせに」

    悔しそうに言う彼女。
    どうやら過去に、ハンター協会との間で何かがあったらしい。

    「それは、貴女の武勇伝が知れ渡っていたからじゃないですかね」

    そっぽを向いて、口笛でも吹きそうな勢いで言う環。

    「ここに在籍していたときや、フリーで活動していたときの、逸話の数々が」
    「…何が言いたいの、環」
    「いいえー。思えば貴女も、随分とご出世されたものだなあ、と」
    「……まあいいわ」

    ここでこんな話をしても、百害あって一利なし。
    ユナはそう判断して、この話題を切り上げる。

    ちなみに、環が言ったユナの武勇伝の数々は、
    ルーンさん作『赤と白の前奏曲』をご参考にされたし。(核爆!)

    気を取り直して、本題へと入ろう。

    「さて、エルリスにセリス。魔力の暴走を防ぐ手立てだけど」
    「う、うん」
    「……」

    ごくりと息を飲む。
    が…

    「結論から先に言うと、無いわ」

    「「…へっ?」」

    あまりの言葉に、それはもう驚いた。

    「無い…?」
    「ええ。暴走を完全に防ぐ方法なんてあるわけない。
     一応、調べてはみたけど、調べた限りでは、サッパリ」
    「……」

    固まる水色姉妹。
    それだけの衝撃だった。

    「もっとも、私が前に言った方法でいいというんなら、面倒見てあげないこともないけど?」
    「………」

    まだ、直前に言われたことのショックが抜け切れていないが。
    納得できない、との意志をみなぎらせた目を、ユナに向けた。

    「…そうね」

    すると、ユナは何を思ったか、ひとつふたつと頷いて。

    「調べたとはいっても、あくまで、私が持ってる資料を漁ってみただけに過ぎない。
     時間も短かったし、資料の数も絶対的に少ないわ。
     学園の図書館に行ってもみたけど、どれもどんぐりの背比べ状態だったわね」
    「……」

    話には続きがあった、という解釈でいいのだろうか。
    水色姉妹は表情を引き締めたまま、ユナの話を聞いた。

    「でも………他に、方法を記している資料があったとしたら……どう?」
    「あるのっ!?」
    「さあ、なんとも言えないわ」
    「ユナ!」
    「ユナさん!」
    「別に、ふざけているわけじゃないわよ」

    ついに絞れを切らし、エルリスセリスは食って掛かるが。
    ユナも、そのままの態度を続けた。

    「そんなものがあるかどうかなんて、誰にもわからないだけ。
     少なくとも私は、見たことも聞いたことも無いわ」
    「……」

    「…だけど、そんなことを言うってことは、可能性、無いわけじゃないんだろ?」
    「何かお考えがあるようにお見受けしますが」

    水色姉妹には言葉も無いが。
    一方の御門兄妹からは、こんな発言が飛び出した。

    「まあね」

    にやりと微笑むユナ。
    彼女の話を、最後まで聞いてみようではないか。

    「調べられる範囲では調べた。でも、まだ、調べられる場所は存在しているわ。
     可能性も、決して高いわけじゃないけど、望みはある」
    「どこです?」
    「”封印図書館”よ」

    「封印図書館…?」

    首を傾げ聞き返す水色姉妹。
    封印された図書館とは、なにやら物騒ではないか。

    「この学園の図書館の、地下4階からさらに下。通常、強力な結界が施されていて、
     一般の学生や職員は愚か、私や学園長でさえ絶対に立ち入れない場所。
     それが通称、”封印図書館”と呼ばれている領域よ」

    結界とは、穏やかでない。
    そうまでして、人を立ち入らせられない理由があるというのか。

    「一説によると、封印図書館には、この世に出すことの出来ない強力な禁呪や魔法具、
     言葉にすることすら恐ろしい魔術の数々が記された禁書の類が、ごまんと眠っているそうよ。
     もっとも、”封印”されているから、今では誰も、その全容を知るものはいないというけど」

    つまり、”噂”でしかないわけだ。
    本当に禁書などがあるのかどうか、知る者は誰もいない。

    「その封じられた書物の中に、魔力暴走に関して、なんらかの情報があるかもしれない」
    「……」

    恐ろしく、可能性の小さな話ではあるが。
    このままでも何も解決しないのだ。

    ゼロとコンマの後に、さらにゼロが何個も続くような、ごく小さな可能性でも、
    今の水色姉妹にとってみれば、賭けてみる価値はある。

    「…あるいは」
    「!」

    ユナは、さらに続けて言った。

    「”賢者の石”を利用してみる、という手もアリかもね」
    「賢者の石…」

    魔術に疎いものでも、その名くらいは聞いたことがあるのではなかろうか。
    膨大な量のエネルギーを持ち、なんでも望みが叶う、などとも囁かれる伝説の秘宝。

    「賢者の石の力に願えば、セリスの膨大な魔力も、完全に制御が可能になるかもしれない」
    「……」
    「とはいえ、賢者の石自体、その存在が疑われているし、もちろん、在り処や作り方は誰も知らない。
     でも、封印図書館のどこかに、情報が眠っている可能性があることも確かね」
    「……」

    水色姉妹が震撼している、その傍らで。

    (……環)
    (はい…)

    御門兄妹が、とある単語に反応していたことに、気付いた者はいなかった。

引用返信/返信 削除キー/
■342 / ResNo.37)  『黒と金と水色と』第15話A
□投稿者/ 昭和 -(2006/09/09(Sat) 16:41:21)
    黒と金と水色と 第15話「調査結果」A






    「封印図書館……賢者の石……」

    呆然と、出てきた単語を反芻するエルリス。

    「そこへ行けば、暴走を止める方法が見つかるかもしれないのね?」
    「可能性はあるわ。限りなく低いけど、決してゼロじゃない」

    素っ気なく答えるユナ。
    カップを口に運んでひとくち飲んでから、再び口を開く。

    「少なくとも、このまま座して待っているよりは、よっぽどいいんじゃない?」
    「………」
    「どうする?」
    「行くわっ!」

    訊かれたエルリスは、即座に頷いていた。
    そして、セリスの手を取る。

    「お姉ちゃん…?」
    「もうすぐ、私たちの願いが叶うから。がんばりましょ!」
    「うん!」

    「…盛り上がっているところを悪いんだけどね」

    何回か見せられた、麗しい姉妹愛な光景。
    やってらんねーとでも言いたげに、ユナはふぅっとため息をつき。

    「お手軽に行き来できる場所じゃないのよ」
    「へ?」
    「言ったでしょ? 封印図書館の入口には強力な結界が施してあって、
     私だろうと学園長だろうと、突破することは不可能だって」
    「ユナでも…?」
    「無理。何度か試したけど、ビクともしなかったわ」

    「試したこと、あるんだ…」
    「よく、捕まったりしませんでしたね…」

    なんと、体験に基づく話だった。
    御門兄妹が呆れている。

    「昔の話よ」

    意に介さず、一言で片付けるユナ。
    これも、彼女の”武勇伝”のひとつなのだろうか。

    「じゃ、じゃあ、どうやって中に…」
    「何か方法は無いの? ユナさん教えて!」

    「無いことも無いわ」
    「本当っ!?」

    封印図書館とやらに潜入する方法。
    聞いている限りでは絶望的とも思えたが、ユナの返答は意外なものだった。

    飛びつく水色姉妹。

    「私が調べた限りでは、結界を破れるかどうかは、エルフが鍵を握っている」
    「エルフが?」
    「ど、どういうこと?」

    エルフといえば、あのエルフのことだと思う。
    結界を破ることと、どう関連するのだろう。

    「古い文献に、こんな記述があったの。信憑性には乏しいけれど、
     『エルフが持ちし幻の秘宝、光の壁をたやすく打ち破らん』ってね」
    「それって…」
    「おそらく。この光の壁っていうのは、結界の類じゃないかと私は思った。
     となると、エルフが持っているらしい、このなんらかの道具なり魔法なりを使えば、
     封印図書館を守る結界も、打ち破れるんじゃないかってことよ」

    なるほど。
    詳しいことはわからないが、エルフの協力を仰げれば、可能性はあるわけだ。

    「問題は、この記述が正しいのかということ。
     そして、正しかったとしても、そんな物騒な代物を貸してくれるか、ということよ。
     そもそも、エルフ自体と接触するのが、知っての通り難しいわ」

    本当に、文献の記述通りに、結界を簡単に破れるものだとしたら。
    …世界は大混乱だろう。

    どんなに強力な結界も意味を成さないはずだし、もし悪いものを封印している結界を
    無闇に破壊されでもしたら、それこそ大問題になる。

    それ以前に、エルフと接触したくても、当のエルフが人里に現れることは滅多に無いのだ。

    「その点なら、大丈夫!」

    しかし幸いなことに、重要なエルフとの接点が、彼女たちにはあった。
    自信たっぷりに言ってのけるエルリス。

    「心当たりがあるわ。最低でも、話くらいは出来ると思う」
    「どんな心当たりなのか、大いに気になるところだけど、まあいいわ。
     第一の問題は解決できたとして、第二の問題ね」
    「ま、まだあったの?」
    「ある意味、こっちのほうが重大かもしれないわね」

    ユナはそう言って、ニヤリと微笑を浮かべた。

    「封印図書館には立ち入りが禁止されている。
     結界があるから有名無実化しているようなものだけど、これが何を意味するか、わかるわね?」
    「あ…」
    「捕まるかも……しれない?」
    「イエス、よ。
     何があるかわかったものじゃないし、もちろん多大な危険も予想されるけれども。
     もっとも恐ろしいのは、潜入したことが学園側にバレて、捕縛令が出されることでしょうね」
    「……」

    そのことが恐ろしいのは、水色姉妹が1番よくわかっているに違いない。
    何をされるかわからないのだ。

    封印図書館に潜って、魔力の暴走を止める方法がわかったとしても、
    そのあとで捕まってしまっては、せっかくの努力が水泡と帰してしまう。

    水色姉妹の望みは、何の心配も無い、のどかで平穏な暮らしなのだから。

    「あわよくば逃げられたとしても、一生、逃亡生活を強いられる羽目になるかもよ」
    「……」
    「その覚悟が、あなたたちにはある? それでも、行く?」
    「……」

    ユナから問われた水色姉妹は、しばし沈黙して。
    顔を合わせて数十秒。

    「覚悟ならあるわ。もちろん行く」
    「うん」

    2人揃って、肯定の返事を返した。

    「どのみち、暴走の危険を無くさなければ、私たちに平穏は訪れないんだもの。
     今でもある意味では、逃亡生活を送っているようなものだしね」
    「みんなを巻き込んじゃうのがイヤだけど……
     わたしたちだけで行ってくれば、ユナさんや勇磨さんたちに危害が及ぶことは無いよね?
     …いたあっ!?」

    エルリスに続いて、セリスがそう言った直後。
    そのセリスから悲鳴が上がった。

    「なにするんだよ〜!?」

    叩かれた頭を抑えながら、叩いた本人へ、恨めしそうな目を向ける。

    「何を言っているんですか」
    「そうだそうだ」

    セリスを叩いた犯人は、御門兄妹である。

    「この期に及んで、俺たちに待ってろとでも言うつもりか?」
    「だ、だって、危ないし、捕まっちゃうかもしれないんだよ!?」
    「そこまで迷惑はかけられないわ」
    「そこのバカ弟子1号2号」
    「な、バカ…?」

    気を遣って言ったのに。彼らのためを思って言ったのに。
    返ってきたのはゲンコツと、ありがたーいお言葉。

    当然、憤る。

    「どういう意味よ!」
    「そのまんまだ、そのまんま。ここで頷いたら、俺たちが君たちを見捨てた、みたいに思われるじゃないか」
    「そんなつもりじゃ…」
    「あなたがどう思おうと、残される身にしてみれば、同じことですよ」

    勇磨に続いて、環も、ジト目を向けながら言う。

    「ここまで行動を共にしてきた私たちに、そんなことを言うおつりですか?」
    「公に出来ない秘密すら共有した仲だ。あんまりじゃないか?」
    「………」

    水色姉妹には言葉も無い。
    驚きももちろんだが、その上を行く感情。

    「それに、曲がりなりにも、あなたたちは兄さんと私が取った弟子。
     まだまだ未熟な弟子を放っておけますか」
    「環…」
    「環さん…」

    環は、途中でふっと表情を緩めた。
    真意に気がついて、水色姉妹も心を打たれる。

    「ま、そういうことで、一緒に行ってあげるよ。何より興味があるしな、何があるのか」
    「私たちも修行中の身ですから、何か発見があるかもしれませんし。
     なに、安心なさい。もし手配でもされたら、別の場所にでも行きますよ。
     捕まってやる気なんか無いですし、なんなら故郷に帰ってもいいですしね」

    「勇磨君……環……」
    「ありがと……ありがとーっ……!」

    感極まって、思わず涙ぐむエルリスとセリス。
    本気で言ってくれているであろうことがわかって、余計にうれしかった。

    …そう。
    間違いなく、御門兄妹にしてみても、本気の言葉・・・・・だった。

    「決まったみたいね」
    「あ、うん…」

    ユナがそう言うと、水色姉妹は目元を拭って。

    「ユナもありがとう。修行をつけてもらった上に、貴重な情報まで教えてくれて」
    「まあ、等価交換だから。それで? エルフとの話はどれぐらいで纏まりそう?」
    「え? 1度、王都に戻らないといけないから、それなりにかかるとは思うけど…?」

    調べて教えてくれたことに対し、礼を述べたのだが。
    なんだか雰囲気が怪しいことに気付く。

    「そう。じゃ、急いで行って、なるべく早く話をつけて戻ってきて。
     私も準備があるから、そういう意味では助かるけど」
    「え…。ちょ、ちょっと待って…」

    何が原因だったのか、今のユナの言動で察しがついた。
    わからないほうがおかしい。

    「も、もしかしてユナさん。ユナさんも一緒に来るの…?」
    「当たり前でしょ」
    「………」

    尋ねたセリスのほうが固まってしまうくらいの、呆気ない一言。

    「封印図書館よ。おもしろそうじゃない」
    「そ、そう…」
    「それに、私に失敗の文字は似合わないじゃない?
     今度こそ、封印図書館内部に入ってやるわ」

    そんな単純な理由で。
    水色姉妹は呆れるが、客観的に見て、ユナがいてくれるということは、とてつもないメリットがある。

    戦力的に見てもそうであるし、何より、魔術的な知識が自分たちには欠けている。
    ユナがいてくれれば、たいていのことはなんとかなるだろう。

    「そういう意味では、あなたたちに感謝しなくちゃね。
     封印図書館に入るチャンスを与えてくれた、って意味では」
    「あはは…」
    「それじゃ早速、準備に取り掛かるわよ。
     潜入のための準備をしないと。探索に何日かかるかわからないから、水や食糧も私が整えておくわ。
     その代わり、エルフとの交渉は任せたわよ」

    「う、うん…」

    俄然、やる気のユナ。
    彼女がこれほど活動的なところを見せるのは、彼女の義兄に関わること以外では、初めてかもしれない。

    昔、結界を破れずに中へと入れなかったことが、そんなに悔しいのだろうか?

    兎にも角にも、明確な道筋が見えた。
    その道の先に待っているのは、はたして、光か、闇か――





    第16話へ続く

引用返信/返信 削除キー/
■445 / ResNo.38)   『黒と金と水色と』第16話
□投稿者/ 昭和 -(2006/10/21(Sat) 00:19:05)
    2006/10/21(Sat) 10:58:42 編集(投稿者)

    黒と金と水色と 第16話「おねがいエルフさまっ」






    封印図書館への潜入準備をユナに任せ、水色姉妹と御門兄妹は列車に乗り、
    王都へとトンボ帰り。超特急で目的の場所へと向かった。

    その場所とは?

    『いらっしゃいませ、なの』

    と、少女がスケッチブックで出迎えてくれる、
    ちょっと、いやかなり客足の遠い喫茶店である。

    案の定、他の客はいなかった。

    「こんにちは、チェチリア」
    「チェチリアちゃん久しぶり〜! リスさんも元気?」

    『元気なの』

    相変わらず、チェチリアの頭の上にはリスがいる。
    言葉とスケッチブックでコミュニケーションをとり、特にセリスとはすっかり仲良しさんだ。

    「おう、あんたらか」

    奥からマスターも顔を出す。
    どうも、と軽く会釈を返す御門兄妹。

    この1ヶ月あまりに間に、これが3度目の訪問。
    常連客と化して来ているのかもしれない。

    『ご注文は?』

    「今日はなんにするんだい?」

    時刻がちょうど昼過ぎだったため、今日も食事を取りに来たと思ったのだろう。
    店の2人はそんな風に訊いてきた。

    「あ、えと、ごはんもそうなんだけど、今日は…」
    「うん?」
    「マスターに訊きたいことがあって、来たの」

    もちろん、時間が時間だから、ついでに食事でもと思っていたことは事実だが。
    メインはあくまで他のこと。

    「まあなんだ。とりあえず席につけ」

    エルリスの表情から、何かを感じ取ったのか。
    マスターはひとつ頷いて、誰も座っていないテーブルを示した。

    「いつものことだが、他に客はいねえ。聞いてやるから、まずは腹を満たしな」
    「そうね、そうするわ」

    マスターの提案に従って、4人はとりあえず食事を取る。
    前回と同じランチセット。味も、同様に美味しかった。

    『お下げします、なの』

    そう書かれたスケッチブックを差し出して、チェチリアが皿を片付けていったのがつい先ほど。

    「〜♪」

    彼女が楽しそうに洗いものをしている中。

    「で? オレに訊きたいことってのは?」

    一行も食後のコーヒーで一服していると。
    カウンター席から、マスターがそう尋ねてきた。

    「お、そうだ。聞いたぜ」
    「なにを?」

    が、本題に入る前に雑談タイム。

    「勲章を受けたんだってな? カンダタ団をぶっ潰してよ。お手柄じゃねえか」
    「まあね。でも、私は本当に、何もしてないし…」
    「謙遜することはあるめえ」

    少し恥ずかしそうに応じるエルリス。
    現実に、ほとんど何もしていないのだから、恐縮する限りである。

    「…で?」
    「ええ」

    ひとしきり笑ったあと、表情を引き締め、再びマスターが尋ねてきた。
    エルリスも真剣な顔で応じる。

    「メディアさんのことを訊きたいの」
    「嬢ちゃんのことか…」

    マスターの眉間にしわが寄った。
    彼が自分で用意したコーヒーを飲み終えて、取り出したタバコに火をつけながら、
    続けてこう述べる。

    「わかっているとは思うが、人間とエルフは微妙な間柄だ。
     詳しいことは教えられない…というか、あんたらのほうが詳しいんじゃないのか?」
    「違うわ、そういうことじゃなくて。
     彼女が、次にいつ、このお店に来るのか、教えてくれないかしら?」

    何も、彼女の素性や、エルフの実態を聞きたいわけではない。
    彼女が次に来店する日時がわかれば、それでいいのだ。

    「彼女に相談したいことがあるのよ」
    「なるほど、そうかい。だがなあ…」

    マスターは納得したが。
    1度タバコを咥えて息を吸い、ほおっと白い煙を吐き出してから、唸った。

    「何か問題が?」
    「いや。まあ、問題っちゃあ問題なんだろうがな。オレもわかんないんだよ」

    わからない。
    それが答えだろうか。

    「来るときは来るし、来ないときは来ない。事前に連絡があるわけでもないからな。
     だから、次にいつ来るかなんて、誰にもわからんよ」
    「そう…」

    「ちなみに、どれぐらいの頻度でやってきているんです?」

    口を挟んだのは環。

    「さあなぁ…」

    この質問にも、マスターは首を捻った。

    「正確に数えてたわけじゃねえし。記憶もおぼろげだが、それでもいいか?」
    「構いません」
    「そうだな……。多いときは、月に2、3回、顔を見せたこともあったか。
     逆に間隔が長くなると、数ヶ月は平気でやってこねえぜ」
    「そうですか」

    月に2、3回。
    これを多いと見るべきか、少ないと見るべきか。

    今月は既に1回、彼女と初めて会ったときに訪れている。
    それが切れ目で、訪れない周期の中に入ってしまったとすると、
    メディアと接触するのは極めて難しい事態ということになる。

    「その、月に2、3回っていうのの中に、今月が入っていればいいんだけどなあ…」

    セリスの呟き。
    居合わせた全員の総意であったろう。

    そのとき…

    カランカラン

    ドアに付いているベルが鳴った。
    もちろん、ドアの開閉する音も響いた。

    普段は客がまったく来ない店に、いったい誰が。
    考えられる可能性はひとつだけ。むしろ、それ以外というほうが不自然であろう。

    期待に満ちた視線が、今まさに店内へ入ってきたであろう人物に集中する。

    「マスター、お邪魔するわ」

    ”彼女”は、以前に会ったときと同じような、薄汚れたローブ姿だった。

    一同に喜色が浮かぶ。
    彼女のほうも、彼らの姿に気付く。

    「って、あら? あなたたちは…」

    今月は、”当たり”だったようである。





    「そう…」

    話を聞き終えたメディアは、短くそれだけの声を発した。
    そのまま瞑想状態に入ってしまう。

    彼女の返事を待つ一同。

    数十秒なのか、はたまた数分が経っていたのか。
    どちらとも言えないような、微妙な時間が過ぎ去っていく。

    「結論から言いましょう」

    メディアの目が開かれ、その端正な顔が上がった。
    1人1人の顔を順番に見据え、答えを述べる。

    「確かに、私たちエルフは、究極の結界破りとも言えるものを持っています」

    やはり、あった。
    望みが繋がる。

    「ですが…」
    「……」

    メディアの表情が険しくなった。

    「むやみやたらと使用していいようなものではありません。
     ですので、”それ”は現在、我がエルフの里奥地にて、厳重に封印されています。
     持ち出すことなどもってのほか」

    「そ、そこをなんとか!」
    「お願いメディアさん! 1回だけでいいから、貸してくださいっ!」

    「………」

    水色姉妹は土下座をする勢いで、深く頭を下げた。
    メディアは姿勢はそのままに、再び目を閉じる。

    その後しばらく、水色姉妹の懇願する声が響いた。
    するとどうだろう。

    「…わかりました」

    メディアが静かに頷いたではないか。

    「いいのっ!?」
    「ありがとうメディアさんっ!」

    「勘違いなさらないように」

    喜びを爆発させるエルリスとセリスだが。
    釘を刺すように、メディアの目が開いた。

    「何も、この私が、それを使用する権限を持っているわけではありません」
    「……」
    「我らが女王に諮り、”フィールドブレイカー”を使ってもいいかどうか、
     判断していただきましょう。私が出来るのはそこまでです。いかが?」
    「じゅ、充分よ!」
    「ありがとうメディアさんっ!」

    すでに、貸してもらえると決まったような、水色姉妹の喜び様。

    「まああなたたちには、里を救っていただいた恩もありますし」

    とはメディアの弁だ。
    一応、それなりの謝礼は受け取ったのだが、エルフというのは義理堅いらしい。





    再度、ラザローンの大森林を訪れた。
    メディアの先導で、奥深くへと入っていく。

    「目を瞑って、私がいいと言うまで、絶対に開けないでください」

    とある地点まで来たとき。
    振り返ったメディアがそう言うので、一同は素直に従った。

    おそらく、ここから先が、エルフの里との境界なのだろう。
    周りは霧だらけで真っ白なので、何も見えず、どうなっているのかはわからないが、
    見られると困ることがあると思われる。

    頼んでいるのはこちらだ。
    従わなければなるまい。

    「いいですよ」

    メディアから合図があった。
    時間にして、わずか数秒後のことである。

    「…うわあっ!」

    目を開いた一行は、思わず声を上げた。

    「すごいすごいすごい〜〜〜〜っ!!」
    「綺麗…」

    飛び上がって驚くセリス。
    それ以外、言葉も出ないエルリス。

    「ほぅ…」
    「ここが、エルフの里ですか…」

    御門兄妹も同じだった。
    なにせ、この世のものとは思えない、それほどの美しい光景なのだから。

    水は澄み、草花は咲き乱れ、楽しそうに蝶が舞い、上空には抜けるような青空。
    まさに異次元。楽園が広がっている。

    この前、依頼を受けたときは、里の内部までは入っていないので、初めて見る景色だった。

    「こちらへ」

    そんな中を、メディアに従って歩いていく。

    途中、彼女と同じような容姿をした者とすれ違った。
    彼らは総じて驚いた顔を見せ、すぐさま遠くへと去っていく。

    無理もあるまい。
    異種族、人間がうろついているのだ。

    それでも敵意を見せないのは、メディアが一緒だからだろうか。

    彼女の話によると、人間界に出入りしているエルフは、自分1人だけだということだった。
    いわば、エルフを代表して、人間側と交渉していることになる。

    それなりの地位なんだろう。
    だから、彼女が先導して歩いているさまを見て、とりあえずは様子を窺っているのではなかろうか。

    やがて大きな建物が見え、その中へと入った。
    案内された場所は、目の前に玉座がある部屋。

    「しばしお待ちを。女王を呼んでまいります」

    予想通り、こう言ってメディアが消える。
    緊張しながら待つこと数分。

    「おなりになります」

    戻ってきたメディアが言った。
    一同が膝を折れたあと。

    腰まで伸びた、メディアと同じ、薄紫色の髪。頭の上には立派なティアラ。
    豪華な衣装を着て、手には黄金の杖を持った、1人の人物が玉座へと腰を下ろした。

    彼女が、エルフの女王。

    「陛下。この者たちがそうです」
    「うむ」

    メディアがそう言うと、女王が頷いた。
    女性特有の高い声ではあるものの、なぜか、気品と威厳を感じる。

    「フィールドブレイカーを使いたいそうだな?」
    「はい」

    視線を投げかけられたエルリス。
    一瞬だけ怯むが、ここで負けては始まらない。

    名称が『フィールドブレイカー』だということまでは知らなかったが、
    文脈からそれ以外には無いと判断。はっきりと頷き返した。

    「なにゆえか?」
    「私の妹を救うためです。強いて言えば、私たち姉妹が、幸せになるために」
    「つまり、私欲のためだな?」
    「その通りです」
    「肯定するか。これは愉快」

    女王はおかしそうに笑った。
    ここまできっぱり肯定されるとは、夢にも思っていなかったのだろう。

    「妹のためなら、修羅にでもなって見せます」
    「世界を敵に回しても、か?」
    「何があろうとも、セリスは私が守る。守って見せます」

    「お姉ちゃん…」

    エルリスの言葉に、感動して言葉を漏らすセリス。

    「わかっているとは思うが…」

    女王が、声を低くした。

    「フィールドブレイカーは我らエルフの秘宝。おいそれと使わせてやるわけにはいかぬ」
    「無理は承知です。ですが、そこをなんとか…
     1度……1回だけで結構です。決して悪事には使いませんので、
     どうか、お願いいたしますっ!」

    土下座するエルリス。
    隣にいるセリスも、慌てて姉に習った。

    「どうしたものかの」
    「お願いしますっ!」

    ふむぅ、と考える仕草を見せる女王。

    本来ならば門前払いもいいところなのだろうが、
    話を聞いてくれているのは、例の一件があるためか。

    あの依頼を受けておいて、本当に良かったところである。

    「どうしたものかのう」
    「お願いしますっ!」

    こういう問答を繰り返すこと、数度。

    「……ぷっ」

    突如として、場に似つかわしくない笑い声が轟いた。
    もちろんエルリスではない。セリスでも、成り行きを見守っていた御門兄妹でも、
    ましてや女王のものでもない。

    「あははははっ」

    笑い声を上げているのはメディアだった。
    こらえきれないといった感じで、腹を押さえて笑い転げている。

    気でも触れてしまったのか。

    「お、おなかが痛い…」
    「ちょっと姉さんっ!」

    女王陛下の眼前で、なんたる無礼な振る舞いなのか。
    それみたことか、女王からお叱りの声が…

    …?
    何かがおかしい。

    「あははははっ!」
    「いい加減にしてよっ! 姉さん? こらぁっ! 姉さんから言い出したことでしょ!」

    「…?」
    「???」

    ”姉さん”…? 女王が、メディアに向かって姉と…
    それに、言葉遣いが怪しいが…

    「も〜、これじゃ台無しじゃない」
    「ご、ごめんなさい……あはははは」

    メディアはまだ笑っている。
    どうにか笑いを収め、漏れ出た涙を拭きながら、当のメディアはこんなことを。

    「ふふふ、ごめんなさい。妹の様子があまりに不釣合いなものだから」
    「どーせあたしは、王族らしくないですよーっだ!」

    「……」

    何がどうなっているのだろうか。
    まったく状況が掴めない。

    「いえね。妹はご覧の通り、いつもはこんな様子だから、
     無理して偉ぶっている様子がおかしくておかしくて……ふふふっ」
    「いい加減にしてよ! だからあたしはイヤだったのー!」
    「ふふふふ」

    「あ、あのー…?」

    つまり、こういうことだろうか?
    今までのことは、すべて……

    「お芝居?」
    「ええ」
    「………」

    衝撃的なメディアの頷き。
    がっくりと力が抜けていく感覚を味わうのは、水色姉妹。

    「な、なんでこんなことを…」
    「ちょっとした悪戯、かしら。タダで貸してあげるのもおもしろくないし、ね♪」
    「……。本当の女王様はどこに?」

    もうツッコミを入れるのも億劫で、肝心なことを尋ねてみるが。
    メディアはにっこりと微笑むだけ。

    「どこにいるのっ!?」

    ついにエルリスがキレる。

    「あなたの目の前に」
    「……へっ?」

    衝撃の第二幕。
    ここに開演。

    「え、えと……あなたが?」
    「ええ」
    「メディアが女王様?」
    「ええ」

    相変わらず、にっこり笑顔で頷くメディア。
    茫然自失のエルリス。

    「そういえば、さっきそちらの偽女王様が、王族だって…」
    「姉妹なようですから、つまり…?」

    核心を突く勇磨と環。

    「私が、エルフの女王、メディアでした♪」

    舌を出し、茶目っ気たっぷりちに言ってのける真の女王様。
    衝撃ここに極まれり。

    直後、絶叫が轟くのだった。





    場が落ち着いてから。
    メディアは、質問のひとつひとつに答えていった。

    なぜあんなことをしたんですか?

    「さっきも言ったとおり、タダで貸すのもなんだかあれだし、おもしろくなかったから」

    あなたの正体は?

    「全エルフを統べる者。女王メディア」

    あちらの偽女王様の正体は?

    「私の妹」

    事の経緯を詳しく

    「女王を呼んでくるからって引っ込んだ後、急遽、妹を呼んで。
     私の代わりに女王になってもらうことにしたの。理由? 言った通りよ。
     妹は”快く”引き受けてくれたし」

    「よく言うわ。半ば脅して無理やりだったくせに…」

    結局、フィールドブレイカーとやらを貸してくれるのか否や?

    「おもしろい反応を見られたから、いいわよ」

    エトセトラ、エトセトラ…

    「あなたは、女王という立場にありながら、危険を冒して人間界に出向いていたと?」
    「危険だからこそ、よ」

    女王メディアはかく答える。

    「エルフのみんなをそんな危険に晒すわけにはいかない。
     だったら、女王たる私が率先して出向いていくべきでしょう?」

    「そもそも、どうして人間界へ?」
    「このご時世、私たちも何かと物入りでしてね。交易は不可欠なのよ」

    「はぁぁぁ…」

    大きなため息が漏れる。
    無論、メディア以外の人物から。

    結局のところ、メディアは最初から、フィールドブレイカーを貸しても良いと思っていたらしい。
    理由を訊いたら

    「あなたたちの人となりは良くわかっていますしね。
     1度くらいならいいかと。それに、先ほどのエルリスの真剣な眼差し。
     充分、信用に値します」

    とのことである。

    なんにせよ、借りられることになったので喜ばしい限りであるが。
    その代わり、ものすごい精神的ダメージを負うことに。

    「ついでに申せば、封印図書館には、大昔にエルフから流出した宝物があるかもしれないの。
     せっかくの機会ですから、それを確かめるためと回収するため、という理由もあったりしますが。
     ま、私の気まぐれですから、運が良かったとでも思ってください」

    メディアは、笑顔で話してくれた。

    女王様の気まぐれによる、今回の被害者。

    女王の妹君1名。
    それと、エルリスにセリス。合計3名ナリ。






    第17話へ続く

引用返信/返信 削除キー/
■458 / ResNo.39)   『黒と金と水色と』第17話@
□投稿者/ 昭和 -(2006/10/28(Sat) 10:41:22)
    黒と金と水色と 第17話「潜入! 封印図書館@」






    「その人が?」

    帰ってきた一行を迎えたユナは、初めて目にする、
    くたびれたフード、コートを身に着けた人物に首を傾げた。

    「ええ。この人がそうよ」
    「ふーん?」

    「……」

    エルリスがそう答えると、ユナは意味深な横目を向ける。
    一方、メディアのほうは無言だった。
    フードを深く被っているため、表情を窺い知ることも出来ない。

    「あの、メディアさん?」
    「約束が違います」
    「へっ?」

    険悪な雰囲気になりかけ、察したセリスが声をかけるものの、
    返ってきたのは、厳しい口調だった。

    「私がフィールドブレイカーを貸すとお約束したのは、あくまであなたたちだけです。
     こちらのお方のことは、何も伺っていません」
    「え? や、その…」
    「この人は私たちの仲間で、ユナっていって…」
    「私はあなた方のお人柄を信じて、フィールドブレイカーを貸しても良いと、そう判断した。
     たとえフィールドブレイカーの神秘を目にしても、絶対に口外しないと、
     そう信じられたからです。が、私は、この方のことは何も知りません」

    突然のことに焦る水色姉妹。
    確かにユナのことを知らせていなかったが、こんなに拒絶反応を示すとは。

    エルフ自体の存在が隠されていて、その上、その秘宝を使うというのだから、
    もっと配慮していて然るべきだったかもしれない。
    こちらの都合しか考えていなかったことも、少なからず事実だ。

    御門兄妹を含めて、4人は後悔した。

    「…つまり、私のことは信じられないと?」
    「ありていに申せば、そういうことです」
    「……」
    「……」

    一触即発の雰囲気で睨み合うユナとメディア。
    お互いに一歩も引かない。

    「まあ私に言わせれば、貴女のほうがよほど信用できないけどね?」
    「どういう意味ですか?」

    ユナの反撃。
    はんっ、とばかりに一瞥して、挑発的な言葉を投げかける。

    「そんな、相手に顔も見せないような輩を、信じる気にはなれないということよ」
    「それは失礼。道すがら、正体がバレる危険がありましたもので。
     ここではもうその必要は無いようですね」

    ここはユナの工房の内部。
    他人が入ってくる心配は無いし、正体を隠す必要も無い。

    メディアは、サッとフードを上げた。
    端正な顔立ちと、美しい紫の髪が光に晒される。

    彼女はついでに髪をかき上げて、髪に隠れていた耳を示して見せた。
    人間ではありえない特徴、トンガリ耳。

    「どうです?」
    「…なるほど」

    ユナは目を凝らしてよく確かめてみるが、作り物のような感じは見受けられない。
    エルフだ、ということは納得した。

    「私の負けみたいね」
    「いいえ」
    「……」

    珍しくユナのほうから負けを認めたが、応じないメディア。
    ユナの目がスッと細くなって、周囲の気温が下がる。

    「私はまだ、あなたのことを信用していませんよ」
    「……」

    さらに不機嫌になって行くのが、手に取るようにわかるようだ。
    いつ爆発して、炎を発現させるかわからない。

    「ま、まあまあ」
    「メディアさん。この人はこれでも――」

    「ふふふっ」

    「――…?」

    見かねた勇磨と環がフォローに入ろうと、声をかけた途中で。
    2人の声を遮るような笑みが漏れた。

    「ごめんなさい」
    「メディア…?」

    笑ったのは、メディアである。

    「存じ上げてますよ。ね、『炎髪灼眼の魔術師』、ユナ=アレイヤさん?」
    「…! 私のこと、知ってたのね」
    「ええ。ご高名はかねがね」
    「………」

    なんと人が悪い。
    知っていたのなら、最初から――

    「しかし、知っているのは名前だけです。趣向・性格までは知りません」
    「…なるほど」

    確かに、ユナの名前は、その道では有名だ。
    二つ名が付いていることからも、それはわかるだろう。

    しかし、どれほど有名であっても、本人の人柄まではわからない。

    「そ、それは、私たちが保証するわ!」
    「そうだよ! ユナさんは少し、わがままなところがあるけど、基本は良い人だよ!」

    「…セリス。あなたいい度胸してるわね」
    「ひう!? こ、言葉のあやだよ〜!?」

    急いで水色姉妹がこんなことを言うが、セリスの言葉に反応するユナ。
    顔は笑っているが、口調は正反対で、今度はセリスが青ざめることになる。

    「俺たちも保証するからさ」
    「ええ。ユナさん、普段はこんな人ですけれど、こと仕事となれば信用できますし、
     誰よりも頼りになるお人ですよ」

    ここぞとばかり、御門兄妹も言う。
    メディアに承知してもらわなければ、封印図書館に入ることは叶わないのだ。

    それ即ち、水色姉妹の悲願も叶わない。
    また、自分たち兄妹・・・・・・の目的も…

    「そうですか」
    「…環。あなたの言いようも大概だわね」

    とりあえず頷いたメディア。
    ユナは、セリスばかりでなく、環からも同じようなことを言われたことが不満らしい。
    ふう、と息を吐いて脱力した。

    「わかりました」
    「メディア!?」
    「あなたたちがそこまで仰るのなら、私も信用しましょう。
     なにより、炎髪灼眼を信用せずして、誰を信用するというのです」
    「よかった、ありがとー!」
    「ふふふ。少しおイタが過ぎましたかね」

    笑っているメディア。

    どうやら、本気で言っていたというわけではなく、試していたらしい。
    慎重にならざるを得ない立場なのはわかるが、もう少し…と思わないでもない。

    「はあ、やれやれ。心臓に悪い」
    「メディアさんというお人は…」

    大喜びの水色姉妹。
    御門兄妹もホッと一息である。

    前回のこともあるし、メディアというお人、いやエルフは、こういう人なのかもしれない。

    「ところでユナ。準備のほうは?」
    「用意しておいたわよ」

    質問に頷いたユナは、部屋の一角に置いてあるものを指差した。
    なにやら、カバンのようなものがいくつか置いてある。

    「あれはなに?」
    「”アーカイバ”よ」
    「おお、あれが」

    アーカイバとは、魔法道具の一つ。
    見た目は普通のカバンのようだが、その容量は驚くほど多く、大量に、大きなものでも詰め込めるとか。
    噂には聞いていたが、実際に見るのは初めてだった。

    「有名な”四次元ポ○ット”、この目で見ることが出来るとは!」
    「勇磨あなた、なに言ってるわけ?」
    「いやあ。一種の憧れというかね?」
    「???」

    「気にしないでください。私たちの故郷に、そういったものがあるのですよ。
     あくまで架空のものですけれど、似たような感じでしてね…」

    大はしゃぎする勇磨に、周りの一同は首を傾げ。
    環は恥ずかしげに、視線を逸らすのだった。

    「一応、1ヶ月分の水と携帯食糧。あと、各種の回復アイテムを用意しておいたわ」
    「完璧だね」
    「でも、1ヶ月分って……そんなに?」
    「何があるかわからないのよ。これでも足りないくらい。
     容量の関係でこれが限界だけど、もっと用意したかったくらいなんだから」
    「そ、そうなんだ…」

    改めてビビるエルリスである。
    自分たちがこれから挑もうとしているのは、それほどの大迷宮であると。

    「私たちの分は人数分、用意したけど、あなたの分は無いわよ。大丈夫?」
    「ご心配なく」

    メディアがやってくるとは知らなかったので、彼女の分のアーカイバは無い。
    ユナが尋ねるが、メディアは意に介さない。

    「私はエルフですから、多少は人間よりも身体が持ちます。
     まあ、たまにお分けいただくくらいになると思いますから、
     そのときはお願いすることになりますけれど」
    「わかった」

    たまに、という頻度が、どの程度のものかは不明だが。
    自分でこう言うくらいなのだから、かなり少なくて済むのだろう。

    「私の分をあげるわ、メディアさん。私は小食だから、一緒に食べましょ」
    「ありがとうエルリスさん」
    「わたしのもあげるよっ!」
    「あらセリス。大食らいのあなたが、それで我慢できるのかしら?」
    「うっ…。お、お姉ちゃんの意地悪〜!」
    「ふふふ」

    ユナとメディアが対立していた、あの頃の嫌悪感はどこにやら。
    和やかな空気が満ちた。

    「それで、えーと、準備にかかったお金とかは…」

    しかし、ここで訊かねばならないことがある。

    準備をしたのはユナだから、当然、費用も彼女持ちだったはず。
    アーカイバや食糧、水やアイテムの代金。
    自分たちは負担せずともいいのだろうか。

    「ああ、それだったら、後払いにしてあげる」

    ユナはさして気にもしてない様子で、あっさり答えた。

    「後払い?」
    「あの封印図書館に入れるのよ? それほど面白いことは無いじゃない。
     つまり、私が満足すればするほど、あなたたちに払ってもらう金額は
     少なくなっていくってわけ」
    「そ、そう」

    準備にかかったお金の分だけユナが面白いと思えば、差し引きするということか。
    カンダタ団を潰して得た報奨金で、当初ほど貧乏だというわけではないにせよ、
    ユナが大満足してくれることを願わずにはいられない。

    「それで、決行日はいつにする?」
    「明日」
    「い、いきなり明日か」
    「善は急げ、っていうでしょ」

    決して『善い』ことではないと思うが…
    早いほうがいいのかもしれない。

    「そういうわけだから、今日は各自、調子を整えておくこと。
     具合が悪くなったからって延期はしないわよ。そのつもりでいて」

    ユナの言葉に頷く一同。

    さあ、いよいよ、謎に満ちた封印図書館へ潜入だ。
    気分は自然と昂揚し、決意に満ちてくるのだった。


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