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■229 / 親記事)  『黒と金と水色と』第1話@
  
□投稿者/ 昭和 -(2005/11/17(Thu) 00:31:58)
    2005/11/17(Thu) 00:34:36 編集(投稿者)

    第1話「御門兄妹と水色の姉妹」その@




    「ほら兄さん、見えてきましたよ」
    「ああ」

    艶やかな長い黒髪を持つ少女が、進行方向を指差す。
    並んで歩くのは、少女よりも10センチほど背の高い、同じく黒髪の少年が頷く。

    2人の行く先には、周囲を覆う木々の合間から、大規模な人造物が見える。
    町の城壁だ。

    魔物の襲撃から町を守るために、高い城壁で囲むのが普通である。

    「ふぅ。やっと着いたか」
    「良かった。日暮れ前に着くことが出来ましたね」

    さっぱりとしていそうな性格の少年と、非常に物腰の丁寧な少女。
    名前を、御門勇磨、環という。2人は双子の兄妹だ。

    遙か東方にある大陸の出身なのだが、とある事情があり、自由気ままな旅生活を送っている。
    今も次の街を求めて歩いていたところで、西に傾いていく太陽と戦っていたところだ。

    「今度の町はどんなところかな?」
    「何か、仕事にありつければいいのですが」
    「しなくちゃダメっぽい?」
    「ぽいも何も、そろそろ路銀が底を尽きそうです」
    「ダメか…」

    特に目的地を定めず、行き着いた町で仕事を探し、懐を暖めたらまた旅に出る。
    2人がそんな生活を送るようになってから、はや2年が経過しようとしていた。

    「しゃーない。今夜は宿を取って、明日の朝1番で、ギルドに行ってみよう」
    「はい」

    ハンターギルド。
    魔物関連の依頼が集まる場所で、ハンターは依頼を達成したときの褒賞金で生活している。

    もちろん、勇磨と環も、現役のハンターである。

    「割の良い仕事があるといいな」
    「そう上手くはいかないでしょうが、あったらいいですね」

    などと会話しつつ、2人は次なる町、ノーフルに到着した。





    「ようこそノーフルへ」
    「身分証をお願いします」
    「はい」

    城門で、衛兵に止められる。
    勇磨と環は、それぞれ懐からハンター認定証を取り出し、衛兵に渡す。

    これは2人が武器を携行しているための仕儀であり、義務なのだ。
    町側としては、武器を持った怪しい人物に入られては困るので、当たり前のこと。
    2人とも腰に刀を差しているので、衛兵に呼び止められたというわけだ。

    2人が取り出したハンター認定証は、各人の略歴とハンターランクが記載され、全国共通の身分証となってくれる。
    無論、ハンターであるという証明であり、コレがなければ、ハンター協会公認の依頼は受けられない。
    たまに認定証を持たない、モグリのハンターが存在するが、持っていたほうが良いのは当たり前だろう。

    「東方出身の御門勇磨さま、御門環さま。…確認いたしました。どうぞ」
    「ご苦労様です」

    無事、街の中へと入る。
    日の入り間近だというのに、町の活気はかなりのものがある。

    「随分にぎやかだな」
    「田舎の街だと思いましたけど、なかなか良い街じゃないですか」
    「そうだな。じゃあ早速、宿探しといこう」

    実に2週間ぶりの人里だ。
    やっとまともな寝床にありつけると、はりきって探したのだが…





    「なんで満室なのよ!?」
    「参りましたね…」

    数件の宿を回ったのだが、どこも満室だったのだ。
    かくして2人はとぼとぼと、街の中心である広場に戻り、力なくベンチに腰掛けていた。

    「マジかよ…。やっと、柔らかい布団で寝られると思ったのに」
    「運が悪かったと思って、諦めるしかありませんね。どうします?」
    「どうするかなぁ…」

    勇磨は未練たらたら。
    逆に、環のほうはすっぱりと諦めて、次にどうするかを尋ねる。

    考えていると

    「やめてくださいっ!」

    という、女性の悲鳴が聞こえてきた。

    「…ん?」
    「あちらのようですね」

    2人が目を向けると、そこでは

    「なー、いいじゃんかよー」
    「少しくらいならいいだろ」
    「よくない! 離してっ!」

    数人の柄の悪い男たちが、買いもの袋を提げた、自分たちと同年代くらいの女性を取り囲み、
    強引な態度で迫っていた。典型的な光景である。

    「やれやれ。どこにもいるもんだなぁ」
    「感心している場合ではありません」

    ため息をつく勇磨の横で、表情を険しくしてすっと立ち上がる環。
    その足はすぐさま彼らのもとに向かい、勇磨もあとを追う。

    「ちっ。下手に出ていれば付け上がりやがって」
    「身体でわからせる必要があるか?」
    「い、いや…」

    女性があくまで拒否するので、ついに痺れを切らせた男たち。
    悪い人相をさらに歪ませながら、さらに包囲網を狭めていく。

    「そこまでです」

    「…あん?」

    そこへ割って入る環。
    素早く女性の前に立ち、男たちを睨みつける。

    「なんだおまえは?」
    「彼女は明らかに嫌がっています。そこまでにしておくんですね」
    「なにぃ…?」

    生意気な物言いに、ムッとなる男たちだったが…
    よく見てみれば、このしゃしゃり出てきた正義の味方気取りの女、まだ子供だが良い女じゃないか。
    それも、見た目は細身でお嬢様風。充分、組み敷けると思ったようだ。

    足元から舐めるようにして環を見、下衆な笑みを浮かべる。
    それがわかった環はコメカミをひくつかせるが、まだ、理性があった。

    「早々に立ち去りなさい」

    厳しい口調で言う。
    だが、男たちは肩をすくめて

    「これだからかわいい子猫ちゃんは」
    「なんなら一緒に来るかい?」
    「天国を見せてやるぜぇお嬢ちゃん。ギャハハハハ!」

    「……」

    ピキッと、環の顔にさらに青筋が入る。
    いよいよ我慢の限界か。

    「いい加減にしておきな」
    「ぉ…」

    ちょうどそのとき、何者かによって、男の1人の喉下に刀が突きつけられた。
    言うまでも無く、勇磨である。

    「女性を誘うときは、もう少し上手くやるもんだ」
    「あ、ぅ…」

    刀を突きつけられているので、男は文字通り手が出ない。
    恐怖に身体が震えている。

    (大馬鹿はこれだから…)

    その光景に小さく嘆息する勇磨。
    自分より弱者には大いに強気であるくせに、立場が逆になると、途端に脆くなる。

    「そのへんを勉強しなおして、出直して来い」

    「お、覚えてろよ〜!」

    ヤツラは、お決まりのセリフを残して逃げていった。





    「まったく…」

    勇磨は刀を納めつつ、大げさにため息をついてみせる。

    「もっと気の利いたことを言えないもんかね? おもしろくもなんともない」
    「ああいう連中に期待するほうが酷というものでしょう」
    「まあ、そうだな」

    環も歩み寄って、一緒にため息。
    どこの町にも居るものだ。

    「ああところで、今夜の寝床はどうしよう?」
    「そうでしたね。宿が空いていない以上、野宿ですか?」
    「冗談じゃない。街中に居るというのに、何が悲しくて野宿せねばならんのだ」
    「宿が空いていないからですよ」

    いきなり話し合いを始める2人。
    そんな彼らに話しかける人物が居る。

    「あ、あの!」

    「…はい?」
    「ああ、さっきの」

    勇磨と環によって、助けられた女性だ。

    年の頃は2人と同じくらい。
    背は、環と同じか少し低いくらいで、背中まである水色の髪の毛が特徴的だ。
    充分、美形の範疇に入る。

    「どうしました?」
    「早く帰ったほうがいいよ。暗くなるし、またあんな連中に絡まれたらいけない」
    「その…」

    まったく気にかけていない2人に対し、彼女は少し怯んだが、
    それでも言わなきゃいけないと、口に出す。

    「ありがとうございました。助けてもらって」
    「ま、当然のことだよ」
    「貴女も災難でしたね。ああいうのは多いんですか?」
    「あ、うん…。最近、ゴロツキが増えて…」
    「それはいけませんね。当局は何をしているんです?」
    「それならなおさらだ。早く帰ったほうがいいよ」
    「あ、その…」

    勇磨などはしきりに早く帰るよう促すのだが、彼女はその場から動こうとしない。
    少しモジモジすると、こう切り出した。

    「私、エルリス=ハーネットといいます。何か、お礼でも…と、思うんだけど…」
    「お礼? いいよそんな」
    「恩賞目当てで助けたわけではありませんから」

    エルリスと名乗った彼女は、定番の提案をした。
    勇磨と環も心得たもので、こちらも定番の答えを返す。

    「でも……話を聞いてたら、あなたたち、宿の当てがないとか…」
    「そうなんだよ。どこも満室でさあ、やっと町に辿り着いたっていうのに」
    「だったらうちに来てください!」
    「へ?」

    これには、勇磨も環も目を丸くした。
    どういうことなのだろう?

    「あのね。うちは小さいけど、あなたたちを泊めるくらいのスペースはあるし。
     助けてくれたお礼に、ご馳走するから!」

    エルリスはそう言って、提げている袋を持ち上げた。
    買い物帰りだったのか、わかる範囲では野菜の類が見える。

    「ええと…」

    困った勇磨は、環に目を向ける。
    振られた環も困ったが、仕方ありませんね、と頷いた。

    「いいんですか?」
    「うん、是非!」
    「わかりました。ご厄介になります」
    「OK!」

    女性…いや、少女か。
    エルリスは満面の笑みを浮かべると、2人を引っ張っていった。

    「さあ、こっちよ!」

引用返信/返信 削除キー/
■230 / ResNo.1)   『黒と金と水色と』第1話A
□投稿者/ 昭和 -(2005/11/17(Thu) 21:16:00)
    黒と金と水色と 第1話「御門兄妹と水色の姉妹」A





    歩くこと数分。
    エルリスに案内されるまま、路地裏の小さな一軒家に入る。

    「ここが私のうち」
    「へえ」
    「ささ、遠慮しないで入って」
    「お邪魔します」

    中へと通され、居間だと思われる部屋で待つように言われる。
    かなり古い家のようだが、隅々まで丁寧に手入れされていて、どこか温かみを感じさせる。

    自分たちの実家もそのような感じなので、勇磨たちは好感を持った。

    「待ってて。今、お茶を淹れてくるから」
    「ああ、お構いなく」

    と、エルリスが奥へ消えようとすると

    「ゴホゴホ…」

    その奥から、なにやら咳き込む声。
    そして

    「お姉ちゃん……誰か来てるの?」

    エルリスによく似た顔立ちだか、彼女とは違う少女が、寝巻き姿で姿を見せた。
    よく見ると左右の目の色が違う。髪の毛の色合いも、微妙に違うようだ。

    咳き込んでいるように、顔色があまり良くない。

    「セリス! 寝てなきゃダメでしょ!」

    彼女の姿を見るなり、飛んで行って抱きかかえるエルリス。

    「大丈夫だってば。ごほっ…」
    「そうやってすぐに無理する! お客様の相手は私がするから、寝てなさい!」
    「は〜い…」

    そう言われ、奥へと引っ込む少女。
    それを、エルリスは苦笑しながら見送った。

    『お姉ちゃん』と呼ばれていたから、姉妹なのだろう。

    「妹さん?」
    「ええ」

    尋ねる勇磨に、エルリスは困った顔をしながら頷いた。

    「風邪でも引いてるの? 具合、だいぶ悪そうだったけど」
    「そうね…」

    エルリスはそう呟くだけで、それ以上は口に出さなかった。
    何か事情があるのだろうと、勇磨もこれ以上は踏み込まない。

    程なく、お茶の用意が成された。

    「粗茶だけど」
    「ああいや、いただくよ」
    「ありがとうございます」

    お茶を一口。
    2人が嚥下し終わるタイミングを見計らって、エルリスが頭を下げた。

    「じゃあ、改めて…。本当に助かったわ。ありがとう」
    「お礼ならもう聞いたよ」
    「感謝の気持ちはきちんと示しておかないとね」
    「そういえば、名乗ってなかったね。俺は御門勇磨」
    「私は御門環と申します」
    「ミカ……なに?」

    名乗った勇磨たちに、エルリスは眉間にしわを寄せる。
    とある理由のため、どうやら理解し切れなかったらしい。

    「…ああ、そうか。東の大陸系の名前なのね?」
    「あ、そっか。”こっち”とは違うんだっけ」
    「向こうじゃファミリーネームが先だって聞いたわ。本当にそうなのね」
    「ああ。御門が名字で、勇磨が名前」

    こっちの大陸では、名前が先。
    対して、勇磨たちの出身大陸では、名字が先。

    なので、瞬間的には理解しづらかったのだろう。

    「あれ? でも、そうすると、あなたたち同じ名字…?」
    「ああ、うん。俺たちは…」
    「仲良いみたいだし、もしかして、夫婦?」
    「ち、違うよ」
    「……」

    勇磨が説明する前に、エルリスが勘違いしてこう発言。
    慌てて否定する勇磨だが、環のほうは、無言でなぜかほのかに赤くなっていたりする。

    「双子の兄妹、俺たち」
    「なんだ、そうか。いえ、ずいぶん若いなとは思ったんだけどね」
    「ははは。いくらなんでも、夫婦はないでしょ」
    「おかしいなあ。普通なら、『兄妹』って単語がすぐに出てきそうなのに。
     なぜかそう思っちゃったのよね。あなたたちの仲が良いからかな」
    「はは、ありがとう」
    「……」

    依然、環は無言である。
    その心中はお察しあれ。

    「双子にしては、あんまり似てないわね。雰囲気は似てるんだけど」
    「よく言われる。二卵性だそうだから、外見に限れば、普通の兄妹より似てないかもね」
    「ふうん。ところで…」
    「ん?」

    もちろん、勇磨は見逃さなかった。
    エルリスの視線が、自分の腰に下がった、刀に向いたことを。

    「宿を探していたってことは、あなたたち、この街の人じゃないわよね? 見たこと無いし」
    「そう。ついさっき、この町に着いたトコ」
    「やっぱりそうなんだ。で……そんなのを持ってるってことは…」
    「うん。俺たちはハンターだよ」
    「……」

    やはりそうだった。
    わざわざ確かめたエルリスは複雑そうな表情をしている。

    (…なにかな?)

    何か、自分たちに話でもあるのだろうか。
    あるいは、ハンターそのものに何かがあるのか。

    「ランクは?」
    「ランク? 一応、俺も環もBだけど」
    「一応?」
    「あー、ずっと昇級試験受けてないから。でも、実質的にはもうちょっと上なのかな?
     Bより上のランクの仕事も請け負ったことがあるし、もちろん、やり遂げたからね」
    「そう、なんだ…」

    今度は何かを考え込むような表情のエルリス。

    ハンターランクは、見習いレベルのDから始まり、以降、C、B、Aと上がっていく。
    その上になると、世界でも数えるほどしか居ないSランク。さらにはSSランクも存在する。
    依頼の難易度を示す基準にも使われるので、個人の実力の目安にもなっている。

    「何か、ハンターに依頼するようなことでも?」
    「ぅ、ん…」

    環がストレートに尋ねてみる。
    引き続き、エルリスは言うか言うまいか、迷っているようだ。

    「あの、さ…」

    エルリスは、ついに覚悟を決めたようだ。

    「私を助けてくれた上に、出会ったばかりで、こんなことを頼むのは気が引けるんだけど…」
    「構いません。私たちでお力になれるのなら、出来る限り協力しますよ」
    「ありがとう…」

    申し訳なさそうに微笑む、エルリスであった。

引用返信/返信 削除キー/
■232 / ResNo.2)   『黒と金と水色と』第1話B
□投稿者/ 昭和 -(2005/11/18(Fri) 23:36:43)
    2005/11/21(Mon) 15:03:58 編集(投稿者)

    黒と金と水色と 第1話「御門兄妹と水色の姉妹」B





    話は食事を取った後、ということになり、ひとまずは食事の時間。
    エルリスが作った料理は絶品で、勇磨も環も大満足だ。

    「ごちそうさま。いやぁ、美味しかったよ」
    「そう? お世辞でもうれしいな」
    「いやいや、本当に」
    「これなら、一流料理店のコックになれますね」
    「も、もう。環さん、それは言いすぎ…」

    口々に褒められて、赤くなるエルリス。
    満更でもなさそうなのは、人情である。

    「それじゃ…」

    笑っていたエルリスから表情が消え、言いづらそうな雰囲気を醸し出す。
    来たか、と勇磨と環も体裁を整える。

    「頼みたいことっていうのは他でもない。セリスの、こと」
    「妹さんでしたか、セリスさんというのは」
    「うん…。さっき見たでしょ? わたしの双子の妹、あの子のことよ…」

    2人の脳裏に、先ほどの少女の姿が再生される。
    いかにも具合が悪そうだったが、それ以上に伝わってくる、良くないもの。

    「あなたたちも双子でしたか」
    「そう。すごい偶然よね」
    「そうだね」

    エルリスは笑みを零したが、すぐに辛そうな顔に戻ってしまう。

    痩せこけた身体、今にも折れてしまいそうな細い腕。
    かすかにではあるが、時折、壁越しに聞こえてくる苦しそうに咳き込む声。

    「あの子は…」
    「ただの風邪じゃ、ないんだね?」
    「…ええ」

    そう予想するには、充分すぎた。

    「セリスは………原因不明の、死病に冒されているの」
    「「………」」

    だから、次にエルリスが言ったことも、比較的冷静に受け入れられた。
    それでも、驚きが無かったとは言えない。

    「原因不明って…」
    「医者にも診せた。治療法もわからなくて、匙を投げられちゃったんだもの。仕方ないでしょ?」
    「……」

    事態は、想像以上に深刻だった。

    「で、私たちに頼みたいことというのは一体? 生憎、医者ではないので、治療は出来ませんよ」
    「うん、わかってる。医者に見離されちゃったんだから、もう医術には頼らないわ。
     と、なると、残された道は…」
    「魔術。あるいは錬金術。もしくは、それに類する術」
    「正解」

    環の言葉に、エルリスは頷いた。
    妹を救うために、相当の努力をしたようである。

    「必死に調べた結果、町の西にある谷に、ドラゴンが生息しているらしいことがわかったわ。
     ドラゴンの血には、生命を活性化させる作用があるってことも。だから…」
    「なるほど…」
    「確かに、竜族の血液には、そのような力があると古来から伝えられていますね。
     それをセリスさんに?」
    「…うん。あの子を助けるには、もう伝説に頼るしかない。ウソでも本当でもいい。
     いえ、本当であって欲しいから、あなたたちに、取ってきてもらいたいの」

    医術では治らない怪我や病気も、魔術や錬金術を使って作られた薬などで、
    一縷ではあるが治る可能性もある。
    だが問題は、術を行使できる人間が限りなく少ないこと、その術自体が極めて難しいこと。

    さらには…

    「失礼ながら、資金はいかほど?」

    そう、お金の問題である。

    前述した2つの件を運良くクリアできても、治療にかかる費用は莫大なものを請求される。
    何もぼったくりというわけではなく、世間の相場だ。それだけ貴重な術式なのである。
    原材料となるものをとってきてもらうだけでも、かなりの高額になってしまう。

    依頼される側も命を賭ける仕事である。
    環がそう申し出たのは普通のことであり、等価交換の原則に準ずるものだ。

    「…ちょっと待って」

    エルリスは立ち上がって、奥の部屋へと消える。
    程なくして、彼女は小箱を抱えて戻ってきた。

    「…私が用意できるのは、それだけよ」
    「拝見します」

    差し出された箱を開ける。
    中には…

    「金貨が5枚……ですか」
    「…うん」

    金色に輝くコインが5枚。
    それだけであった。

    「これでは、ランクD相当の報酬クラスですね」

    なんとも言えない表情になる環。

    「竜といえば最強の部類に入る種族です。まあ倒すわけではないとしても、
     戦闘になるのは目に見えていますから、おそらくAランク。
     最低でもBランク以上には格付けされるでしょうから、話になりませんよ?」
    「わかってる。だから今まで、ギルドにも届け出なかったのよ…」

    エルリスが話し出したときから、結果は見えていた。
    お金があるのなら、とっくのとうにギルドに依頼し、腕利きのハンターが向かっていたことだろう。

    ちなみに通貨単位であるが、銅貨、銀貨、金貨の順で価値が上がることは言うまでも無い。
    それぞれ上の貨幣に両替でき、銅貨が100枚で銀貨1枚。
    銀貨は10枚一組で金貨1枚に交換できる仕組みである。

    平均的な家庭の1ヶ月の生活費が、金貨2〜3枚というくらいだから、
    ハンターに依頼するということが、どれほど高くつくかがお分かりいただけるだろう。

    「お話はわかりました。ですが…」
    「うちはもう、両親が居ないから、用意できるお金は本当にそれだけなの…。
     今までも、両親が残してくれたなけなしのお金を少しずつ削って生活してきて…。
     セリスがああだから、わたしも働いたりしたけど、それが現界で…。
     な、なんだったら、この家を売ってそれを…」
    「それでも、ランクA相当の相場には届きません」

    現実は厳しい。
    一等地の大豪邸ならばともかく、このような古ぼけた一軒家では…

    「Aランクの仕事を依頼するには、最低でも、金貨1000枚くらいの資金は必要です。
     失礼ですが、この家を売り払っても、そこまで届くとは思えません」
    「そんな…」
    「残念ですが」
    「お願い! あの子、あと数ヶ月も持たないっていわれてるのよ!
     コレが最初で最後のチャンスかもしれない…。
     もうあなたたちに頼るしかないの! お願い、お願いっ、お願いしますっ!」
    「……」

    気持ちは痛いほどにわかるが…

    自分たちも商売。ましてや命の危険がある仕事。
    それに、ここで安請け合いをしたことがバレると、
    ハンター界全体の相場を崩してしまうことになりない。

    そんなことは御免である。

    「お願いッ!!」

    「…兄さん」
    「う、う〜ん…」

    泣いて頭を下げて頼み込むエルリス。
    困惑した環は勇磨を見るが、その勇磨も困り果てていた。

    「じゃ、じゃあ、身体で払うわ! 一生、タダ働きで扱き使ってくれても構わない!
     なんでもするから!」
    「いい!?」
    「そ、そんなこと、女性が軽々しく言うんじゃありません!」

    もちろん、正当な意味を含めて否定したのだが。
    環は赤くなって否定する。”別な”意味をも勘ぐってしまったようだ。

    「兄さんには私が居れば充分です!」
    「い、いやあの〜……環? 変なこと考えてるだろ?」

    必死になっていることでも明らか。
    突っ込む勇磨のほうが恥ずかしい。

    そんなとき、変な空気を振り払う事態が起こる。

    「お姉ちゃん!」
    「せ、セリス!?」

    声のしたほうへ振り向くと、柱にもたれかかっているセリスの姿があった。
    かなりの無理をしているようで、自力で立ってはいるが足が震え、大声を出したことで肩が揺れている。

    「あなた、どうして…。ね、寝てなきゃダメよ!」
    「お話……はぁ、はぁ……聞こえた、から…」
    「セリス…」

    綺麗にしているとはいえ、古い建物だ。
    最後はエルリスが大声で頼み込んでいたこともあり、筒抜けだった。

    「お姉ちゃん……わたしのことは、もう、いいから…」
    「何を言うのよ!」
    「もう、充分だから……ゴホッゴホッ!」
    「セリスッ!」
    「そのお金……お姉ちゃん自身のために、使って…」
    「セリス…」

    「………」
    「………」

    麗しき姉妹愛、な場面を思い切り見せ付けられた勇磨と環。
    状況が状況なだけに、笑みこそ見せられないが、心中は苦笑だ。

    「これじゃあ、俺たちのほうが、悪者だよな…」
    「そうですね…。はぁ、厄介なことになりました…」

    どうしろというのか。
    こうするしかないではないか。

    「わかった、わかったよ」
    「え…?」
    「その依頼、引き受けようじゃないか。俺たちがね」
    「ウソ…」
    「ウソ言ってどうするのさ」
    「……」

    妹を抱えたセリスは、口を開けてぽか〜んとして。

    「あ、ありがとうっ!」

    もう、顔面一杯に喜色を浮かべて。
    すごい勢いで頭を下げた。

    「その代わり、俺たち宿が無いから、そっちのことは頼むよ」
    「美味しい食事と、暖かい寝床。よろしくお願いします」
    「もちろんよっ!」



    …かくして、勇磨と環は、割りの良い仕事どころか、
    赤字覚悟の仕事をすることになったのだった。

引用返信/返信 削除キー/
■234 / ResNo.3)  『黒と金と水色と』第1話C
□投稿者/ 昭和 -(2005/11/20(Sun) 12:03:23)
    2005/11/20(Sun) 21:03:47 編集(投稿者)

    黒と金と水色と 第1話「御門兄妹と水色の姉妹」C





    翌日。

    「ま、引き受けた以上は、ちゃっちゃと済ませちゃいましょうかね」
    「ええ。『正確かつ迅速に』が私たちのモットーですからね」

    勇磨と環は、早速、西の谷に棲むというドラゴンのもとへと向かった。

    ノーフルの町から、その西の谷間での行程は、徒歩で片道3日ほど。
    朝早く出発し、初日の昼は、エルリスにこしらえてもらった弁当を食べ。
    その日の夕暮れまでに、すでに全行程の半分にまで到達していた。

    2人の歩くスピードは、”その気になれば”、常人に比べるとかなり早い。
    普通の人のジョギング程度の速度が、2人にとっては、その気になった歩くスピードなのだ。

    なぜ、そんなことが可能なのか?
    それは、行軍している最中の2人を見ていただければ、お分かりいただけると思う。

    「…今日はここまでかな?」
    「そうですね。夕食と寝床の準備をしなければなりませんし」
    「んじゃ……ふぅ」
    「さすがに、丸1日”この姿”でいるのは、疲れます」

    と、2人が揃って息を吐くと、同じような変化が2人に起こる。
    いや、”元の状態”に戻ったのだ。

    即ち、黄金色に輝いていた髪の毛が、元の黒髪に戻り。
    わずかながら、2人の身体から立ち上っていた黄金のオーラが消えた。

    そう。勇磨と環は『変身』する。
    2人が引いている特殊な血の影響で、さすがに容姿までは変わらないが、外見が大きく変化するのだ。

    それと共に、身体能力が飛躍的に上昇する。
    常識外なスピードで歩けるのは、こういった背景があるためである。
    『迅速に』というモットーを貫けるのも、この能力のためだ。

    「ああ、またこんな携帯食か…」

    今日の行動はコレまで。
    夕食にと、環が荷物から取り出したものを受け取って、露骨に顔を歪ませる勇磨。

    「味気ないなあ。早くもエルリスの料理が恋しいぞ…」
    「文句を言わないでください」

    夕べと、今朝、それにお昼に味わったエルリスの料理。それはもう絶品だった。
    環が褒めたように、今すぐにでも店を持てると思えるほどの。

    だから、このギャップは如何ともしがたく。
    おとといまでも、2週間続けてこのような食生活だったので、思いはひとしおだ。

    この携帯食、旅人にうってつけなだけあって、栄養は豊富なのだが…

    「…不味い」

    はっきり言って、美味しくない。

    ちなみに、環も料理は出来るのだが、材料と、何より設備がない。
    今の状況でその腕を発揮することは不可能である

    「うぅ…」
    「文句があるのなら、食べなくて結構です」
    「ああっ、食うから取り上げるな!」

    腹が膨れるだけマシ、と勇磨は仕方なく、携帯食を頬張った。

    「やっぱり美味くない…」





    翌日、午後。
    通常3日の距離を、勇磨と環は半分の時間で走破し、ドラゴンの谷に到着した。

    「さーて、ドラゴンさんは居るのかな?」
    「生息地とは言っても、そう都合よく見つかるわけは…」

    『アンギャ〜ッ!』

    「見つかったな」
    「…見つかりましたね」

    谷に入って早々、目の前に、体長20mはあろうかというドラゴンを見つけた。
    ドラゴンのほうは、見慣れぬ顔に威嚇の唸り声を上げる。

    「あー。別に戦いに来たってワケじゃないんで、ここはひとつ穏便に…」

    『グワッ!』

    勇磨の言葉など無視。
    そもそも通じるわけはなく、ドラゴンは紅蓮の炎を吐き出してくる。

    「おっと」

    もちろん、勇磨と環は軽く回避。

    「危ないな〜。だから、戦いに来たんじゃないんだってば」
    「言っても無駄ですよ」
    「ちょこ〜っと血をもらえればいいだけで」
    「彼にしてみれば、どちらにせよ身体を傷つけられることになるわけで、同じかもしれませんよ?」
    「…確かに」

    皮膚を裂かねば、血液は出てこないわけで。
    ドラゴンにしてみれば、痛い、嫌な行為であるわけで。

    『グギャ〜ッ!』

    そんな事情を熟知しているかのごとく、ドラゴンからは炎の連撃、連撃。
    直撃を喰らった周囲の岩々が、熱した飴玉のように溶けていく。

    「どうやら、話し合いに応じてくれる気配は無さそうだ」
    「最初からそうですって」
    「突っ込むな。雰囲気が台無しになる」
    「はぁ。何のことかは訊かないでおきます」
    「それでいいのだ」

    炎を避けながらそんな会話をする2人。
    ドラゴンといえば最強のモンスターであるはずなのに、勇磨と環は余裕綽々だ。

    「仲間が来ると厄介だな。手早く済ませましょ」
    「兄さんにお任せします」
    「りょーかい」

    ここで、環は後方に離脱。
    勇磨のみがドラゴンに正対する。

    強大な魔物のドラゴンに、たった1人で立ち向かおうというのか。

    「悪く思うなよ。本当に少し、ほんのちょびっともらうだけだから。
     ま、タンスの角に小指をぶつけたとでも思ってくんねぇ」
    「その例えはどうかと」
    「だから突っ込むな」

    『グルル…』

    勇磨と環はやはり余裕である。
    ドラゴンは、真正面から相対する勇磨に、理解できないとでも言うかのごとく戸惑ったが

    『ウゥゥ』

    低く唸り、再び炎を吐き出す態勢に行く。
    元来が巨体なので動きはさほど素早くないが、この立ち止まった瞬間を逃す手は無い。

    「んっ!!」

    勇磨が掛け声一閃。

    その瞬間、彼の身体からは不可視のオーラが噴き出し、周囲を薙いでいく。
    黒かった髪の毛が金色に変わり、自身のオーラによって揺らめいた。

    『………』

    突然のことに、さしものドラゴンも驚いたようだ。
    我を忘れて見入ってしまっている。

    「喝ぁぁあつッ!!」

    大音声と共に、ドラゴンに襲い掛かる猛烈な風圧、プレッシャー。

    『ガ……ァァ……』

    ドラゴンの巨体が横倒しに倒れる。
    まともに受けてしまい堪えきれずに、自分よりも強大なパワーによって、気絶させられてしまったのだ。
    それだけ、勇磨が発した気迫が凄まじかった。

    こうすれば、気絶している間に事を成すことが出来る。
    何も殺してしまう必要は無いわけで、最良の方法だ。

    「ふぅ。こんなもんでいかが?」
    「上々ですね」

    気を抑え、普通の状態に戻りながら勇磨が訊く。
    環は、歩み寄りながらそう答えた。

    「あとは、血を少々、いただくだけです」

    そう言った環は、さらにドラゴンへ歩み寄って、小刀を取り出す。
    そして

    「すいません、少しだけ頂戴しますね」

    すっと、倒れたドラゴンの皮膚に走らせる。
    ウロコを引き裂いて、つ〜っと一筋の傷が出来た。

    ドラゴンの皮膚は鋼鉄並み。
    それをたやすく、小刀程度で引き裂く環の技量、お分かりいただけると思う。

    滴り出てくる先に小瓶を差し出して、瓶が一杯になるまで血をいただいた。

    「こんなもので充分でしょう」

    瓶の蓋を閉め、大切そうに懐にしまいこむ。
    これで今回の任務は完了。

    …っと、そうだ。

    「痛かったでしょう。申し訳ありません」

    環がそう言って、傷をつけた箇所に手を添える。
    彼女の手から淡い光が漏れた。

    するとどうか。
    みるみるうちに傷が塞がっていくではないか。

    「血のご提供、感謝いたします。ありがとうございました」

    軽く一礼する環。
    彼女はヒーリング能力を有しているのだ。

    「さて兄さん。急いで帰りましょう」
    「あ、やっぱり?」
    「当然です」

    やっぱりそうなるか、と勇磨は苦笑する。

    「太古の昔より音に聞きし、ドラゴンの血の効力がそう簡単に失われるとは思えませんが、
     やはり、鮮度が良いに越したことはないでしょう」

    そういうことだ。

    なるべくなら、時間を置かずに使ったほうがいいに決まっている。
    古いからダメでした、なんてことになったら、目にも当てられない。

    「行きますよ、兄さん」
    「はいはい…」

    共に力を解放し、もと来た道を戻っていく。
    往路とは比べ物にならないスピード。

    この分なら、明日の朝には着くだろうが…

    「今夜は徹夜なのね…」

    勇磨の情けない声は、風にかき消されていった。

引用返信/返信 削除キー/
■236 / ResNo.4)   『黒と金と水色と』第1話D
□投稿者/ 昭和 -(2005/11/22(Tue) 16:43:26)
    黒と金と水色と 第1話「御門兄妹と水色の姉妹」D





    翌朝。

    「とって……きたよ……」

    倒れこむようにして、勇磨たちが帰ってきた。
    エルリスにドラゴンの血が入った瓶を渡す。

    「ウソ!? 本当に取ってきて……しかも、こんなに早く!?」
    「せいかくかつじんそくに…が……おれたちのもっとーでさぁ……」
    「あ、ありがとう! やっぱり貴方たちに頼んで正解だった!」

    大喜びするエルリスであるが、目の前では、ちょっと困った状況になっていた。
    つまり、勇磨と環の状況である。

    「って、あのね? 大変だったのはわかるけど、ここではちょっと……。
     休むんなら、部屋を用意するから」

    「つ、つかれた…」
    「すいません……さすがに……現界なもので…」

    エルリスの家の玄関に、扉を開けたまま、折り重なって倒れている勇磨と環。
    さすがに、能力を解放して一晩中駆けるのは、相当に応えたようである。

    「それよりも……早く、セリスさんに…」
    「そ、そうね!」

    促され、エルリスは受け取った瓶をギュッと握り締めて、最愛の妹のもとへ駆けていく。

    「セリスッ!」
    「こほこほ……どうしたのお姉ちゃん。そんなに慌てて……こほこほ……」

    部屋に入ると、ベッドの中で苦しそうに咳き込むセリスの姿。
    妹のこんな姿を見るのは、これっきりにしたい。

    だからこそ、全財産をはたいてまで、これを入手してもらったのだ。
    瓶を握り締める手に、少しだけ力を込めて。

    「セリス。何も言わずに、コレを飲んで」
    「…え?」

    手の中にあるものを、差し出した。

    「な、なにこれ?」

    驚くのも仕方が無い。
    姉が差し出した瓶の中には、どろっとした赤黒い液体が入っているのだ。
    あまり良い気はしないだろう。

    「いいから、騙されたと思って、飲んでみなさい」
    「……」

    しばし、セリスは姉の顔を見つめる。
    真剣そのものだった。

    セリスは、姉の言葉に従うことにした。

    「わかった」
    「…いいの?」
    「お姉ちゃんが言ったんだよ」
    「でも…」
    「いいの。コホッ……わたしは、お姉ちゃんを信じる」
    「セリス…」

    微笑みかけるセリス。

    「今までも、お姉ちゃんはわたしのために色々してくれた。こほこほ…
     それこそ、自分を犠牲にしても。10年前のことだって…。
     だから、今回も…ううん。一生…ゴホッ……わたしはお姉ちゃんを信じる」
    「…あり……がと……」

    エルリスは思わず涙ぐんでしまった。
    ぐしぐしと自分の目を拭って。

    「さあ、飲んでみて」
    「うん。…っ」

    意を決し、セリスは瓶の蓋を開け、中の液体を自分の口内へ流し込む。

    ごっくん…

    セリスの喉元は、確かに飲み込んだことを示した。

    「…うぇぇ、変な味。それに、ドロドロしてて…」
    「……」

    飲み干したセリスの様子を、エルリスは慎重に窺う。

    「お姉ちゃん? 飲んだよ」
    「え、ええ…」
    「?」

    首を傾げるセリス。
    それだけ、今の姉の様子はそわそわしていて、どこかおかしかった。

    「ええと……セリス?」
    「うん」
    「何か、変わったことは、ない?」
    「変わったこと? ええと……特には」
    「……そう」

    酷く落ち込んだ様子のエルリス。

    ダメだったのか…
    伝説の、ドラゴンの血をもってしても、妹の病気は治らなかったのか…

    絶望が訪れる。

    「その、お姉ちゃん? なんだったの、今の?」
    「いいのよ。もう、終わったことだから……って、ん…? んん?」
    「お姉ちゃん?」

    ここで、エルリスは気付いた。
    不思議そうに自分を見ているセリスの、先ほどまでとは違った様子に、気付いた。

    「セリス、あなた…」
    「はい?」
    「……咳は?」
    「え?」

    問われ、本人のほうが逆に驚いた。

    「咳……出てない、わよね?」
    「そ、そういえば…。あ、あれ? なんか、胸がすっきりしたような……呼吸が楽……」
    「……」

    これまでのセリスは、いつでも苦しそうに、ひゅーひゅーと肩で息をしていた。
    咳が出ないばかりか、現在、そんな様子は微塵も見られない。

    「あれれ…? 身体も軽くなったような気がする…」
    「心なしか、顔色も、良くなって見えるわよ…」
    「ほ、本当? わあっ」

    慌てて手鏡を引っ張り出すセリス。
    自分でも、病魔に侵されていた間の顔は相当ひどいものだと自覚していたのか、
    映る自身の顔に、表情を変えたりしながら一喜一憂している。

    「っ…」

    エルリスの肩は震えていた。
    もうすでに、目元にも涙が滲んでいる。

    確信した。
    ドラゴンの血は効いたのだ。効いてくれたのだ。

    「っセリス〜〜〜〜〜ッッ!!」
    「おっ、お姉ちゃん!?」

    セリスに抱きつくエルリス。

    「よかった……よかったぁぁあ……!!」
    「な、なんなの? 結局、なんだったのぉぉおお……!!」

    兎にも角にも、セリスは一命を取り留めたのだ。





    姉妹の声は、いまだ、玄関先で死んでいる勇磨と環にも聞こえた。

    「上手くいったみたいだな」
    「ええ。何よりです」

    2人も安堵する。
    がんばった甲斐があるというものだ。

    「しかし…」
    「ええ…」

    だが、ひとつ問題が。

    「俺たち、忘れられてるのかなぁ…?」
    「言わないでください兄さん。余計むなしくなります…」

    疲労困憊で、動けない。
    最悪なのは、ドアが開いたままで、外から丸見えになっていることだ。

    つまり、こんな情けない状態を、通行人に見られてしまう。

    「ぐぐ…」
    「むむむ…」

    唸ってみるが、それで状況が好転するわけでもなく。
    自分たちが回復するのが先か、エルリスが気付いて戻ってきてくれるのが先か。

    いずれにせよ…

    「不覚…」
    「穴があったら入りたい心境です…」

    醜態をさらしている、という事態に変わりはなかった。
    もはや泣きたくなってくる。


    結局、エルリスが我に返って、改めて勇磨と環のもとに感謝を述べに来たのが30分後。
    その間に回復はせず、数人の通行人に、首を傾げながら凝視される羽目に陥ったそうな。



    第2話へ続く
引用返信/返信 削除キー/
■237 / ResNo.5)   『黒と金と水色と』第2話@
□投稿者/ 昭和 -(2005/11/23(Wed) 21:23:47)
    2005/11/23(Wed) 21:24:25 編集(投稿者)

    第2話「水色姉妹の修行」@





    竜の血を取り、帰ってきてからちょうど1週間。
    ノーフルの町のハンターギルドに

    「今日は、良い仕事はないかな?」
    「何か入ってきていればいいんですが」

    御門兄妹の姿がある。
    1週間も経ったというのに、この町に留まっている理由は、2つ。

    「エルリスさんの依頼は達成しましたけど、赤字でしたからね」
    「ああ。その分、稼がないと」

    ひとつめ。
    ただでさえ寂しかった懐が、さらなる困窮へと陥ってしまったことだ。

    金貨5枚という達成報酬だったが、本来なら金貨1000枚以上という相場である、
    Aランクの仕事な上に、食料などの準備をするのに、それ以上の経費がかかってしまった。
    また、精神的なものも加味して欲しいところだ。

    この町に滞在中は、エルリスとセリス姉妹の家に厄介になっているからお金はかからないが、
    永続的にここに留まるわけではない。稼げるだけ稼いでおかなくてはならないのだ。
    かくして2人は、ギルドへ通い、こつこつと日銭を稼いでいる状況である。

    そして、ふたつめ。
    目下のところ、こちらのほうが、勇磨と環にとっては重大で、厄介なことになっている。

    「なるべくならば、手っ取り早く終わり、なおかつ、報酬の良いものを」
    「でも、そうそうあるわけがないよなあ」

    ギルドの壁に貼られている依頼書の内容を、1枚1枚チェックする。
    なるべく時間をかけたくない、という条件は、先のふたつめの理由のためである。

    「今日も、エルリスさんとセリスさんに、稽古をつけてあげなきゃいけませんから」
    「そうだな」

    ふたつめの理由。
    出来るだけ早く帰って、エルリスとセリスの修行を見てやらねばならないから。

    稽古? 修行?
    あの2人に、なぜ稽古をしてやらねばならないのか? 何のために修行を?

    そうなった背景については、4日前。
    西の谷から帰還して、3日目の朝にまで遡らなければならない。





    西の谷から戻って、3日目の朝の出来事。

    「あの、勇磨君、環さん」
    「うん?」
    「なんですか?」

    朝食後、エルリスが2人に話しかける。
    なにやらまた、真剣な表情なのが気になるが…

    「お願いが……あるんだけど…」
    「お願い?」
    「まあいいでしょう。なんです?」

    軽い気持ちで聞くことにしたのが、事の発端だった。

    ちなみに、格安で依頼を引き受けてもらい、セリスを救ってもらったことに対する
    謝礼として、エルリスはこの町にいる間は、と御門兄妹に寝食を提供している。

    「セリス! ちょっと来て!」
    「は〜い」

    セリスを呼ぶエルリス。
    先に席を外していた彼女はすぐにやってきて、姉の横に座った。

    「これは、私たち姉妹の総意なんだけど」
    「うん」
    「私たちに、稽古をつけてもらえないかな?」
    「………」

    時間が停止すること、およそ10秒。

    「ええと、修行、してもらえないかな?」
    「……なぜに?」

    もう1度言うエルリス。
    一方、氷結していた勇磨たち。ようやく再起動して、聞き返すことが出来た。

    「稽古って……なに? 俺たちが、君たちに?」
    「ええ」

    エルリスは、はっきりと肯定する。
    隣のセリスも、決意を秘めたオッドアイを輝かせていた。

    そのセリスだが、ドラゴンの血を飲んで以降、急速に回復。
    翌朝、つまりきのうの朝には普通に立って歩くことが出来るようになり、
    夕方には、もはや健常者と比べても遜色ないくらいにまで回復していた。

    痩せ細っていた身体も元通りになり、体力的にも問題はない。
    ドラゴンの血の効力は想像以上だったようで、信じられないが、
    僅か2日あまりで全快したと言っていいのだろう。

    突然の、しかも、なんの脈絡も無い申し出。
    衝撃に襲われている勇磨と環を尻目に、エルリスはさらにこう続けた。

    「あなたたち、腕の立つハンターなのよね。ドラゴンの血を速攻で取ってきちゃうくらいだもの。
     大いに信用できるし、無茶な依頼を引き受けてくれた、人柄も信頼できる」

    「ちょっと待ってください」

    環もようやく再起動。
    信じられないといった表情で、口を挟んだ。

    「私たちのことはいいとしましょう。ですが、あなたたちに稽古をつける理由にはなりません。
     そもそも、なぜ修行などと。あなたたちは普通の一般人ではないのですか?」
    「言ってなかったね」

    環の言葉を受け、エルリスはセリスと顔を見合わせ、頷き合い。
    姉妹揃って、懐から何かを取り出して見せた。

    「一応、私たちもハンターなの」
    「見習いの、駆け出しもいいところなんだけどね〜」

    2人が示したのは、”Dランク”と書かれた、ハンター認定証だった。

    「そ、そうだったのか…」
    「なんと…」

    勇磨と環は驚くしかない。

    「半年前に資格は取れたんだけど、直後にセリスがあんなになっちゃって、
     ロクに修行も活動も出来なかったの。
     だから、ちょうどいい機会だし、イチから鍛え直してみようと思ったのよ」
    「ちょうど、勇磨さんと環さんっていう、優秀な先生がいるしね♪」

    「はぁ…」

    セリスの無邪気な物言いに、思わずため息が出てしまう。
    彼女は元来、このような明るい性格なようで、治ってからというものの元気一杯だった。

    「エルリスはいいとしても、セリスは大丈夫なのか? 病み上がりで」
    「大丈夫! なんかね、病気になる前よりも調子いいくらいなんだな〜これが♪」
    「ああ、そう」

    ドラゴンの血は、少々効きすぎたらしい。
    笑顔満開で元気よく答えるセリスを見ていると、そう感じざるを得ない。
    病魔を吹っ飛ばしたばかりか、元の元気にも効果を及ぼしたようだ。

    「お願い! 私たちに修行をつけて!」
    「お願いしますっ!」

    姉妹で頭を下げる。
    勇磨と環は…

    「…環」
    「私に振らないでくださいよ」

    散々、悩んだ挙句…

    「まあ、頼られて悪い気はしませんが…」
    「2人がハンターだって見抜けなかったの迂闊だったし…」

    悩んで・・・

    「何か、強くなりたい理由でもあるの?」

    核心を尋ねた。

    「旅にね、出なきゃいけなくて」

    するとエルリスは、隣のセリスに視線を移しながら、そう答えた。
    セリスは真剣な表情のままだが、心なしか、姉に対してすまなそうにしている。

    「だったら、強くならなくちゃと思って、ハンター資格も取った。
     でも、この半年なにも出来なかったこともあって、まだまだ未熟もいいところだと思うのよ」
    「それは、どうしてもやらなくちゃいけないこと?」
    「うん、どうしても」
    「そうか」

    エルリスもセリスも、一点の曇りもない眼差しを返した。
    これには勇磨と環も心を打たれる。

    目的があって、旅をする。旅に出なくてはならない。
    水色の姉妹が何をしようとしているのかはわからないが、要は同じ境遇だということだ。

    「環」
    「仕方ありませんね…。こうなったら、1度でも2度でも同じです」

    1度は無茶な依頼を受けてしまったのだ。
    ここまで関わったことだし、受けてあげよう。

    「わかったよ。俺たちでいいのなら、見てあげるよ」
    「本当!?」
    「わ〜い、ありがと〜♪」
    「ただし、条件があるよ」

    「「……え」」

    交換条件を突きつけられ、固まる水色姉妹。
    いったいどんな条件を課されるのか。

    金銭的なものだと、成す術は無いのだが…

    「お二人には、私たちが今、宿無しな状況なのはご理解いただけていますよね?」
    「え、ええ」
    「そう警戒しないでください」
    「簡単なことだから」
    「……」

    戦々恐々、といった雰囲気で、条件提示を待つ姉妹。

    「修行はしてあげる。その代わり、俺たちは滞在する当てが他に無いから、
     引き続き、食事と寝床の面倒を見てもらえるかな?」
    「な、なんだ、そんなことか…」

    ホッと息をつくエルリス。
    横のセリスも、ぱ〜っと顔をほころばせていく。

    「そういうことなら、喜んで。セリスの命の恩人でもあるし、大歓迎よ」
    「わ〜い、一緒に居られるね〜♪」

    別段、現在の状況となんら変わることは無い。
    エルリスもセリスも条件を快諾。

    そんなわけで、引き続き姉妹の家に滞在しつつ、
    2人に修行をつけてあげることになったのだった。

引用返信/返信 削除キー/
■239 / ResNo.6)  『黒と金と水色と』第2話A
□投稿者/ 昭和 -(2005/11/26(Sat) 00:20:19)
    2005/11/26(Sat) 18:23:13 編集(投稿者)

    第2話「水色姉妹の修行」A





    早速、修行を始めることにした水色の姉妹。
    町の外に出て、適当な場所を見つけて修行開始。

    「じゃあまずは、2人のスタイルを聞いておこうかな」
    「すたいる? やだな勇磨さん。スタイルなんか聞いてどうするのさ〜。
     スリーサイズは秘密だからねっ♪」
    「いやいや違う違う違うっ! 素敵に勘違いするんじゃない!」

    「戦い方のことです」

    勇磨が言い、勘違いしたセリスが赤くなる。
    慌てて否定するが、環の視線が痛かった。

    「人間、得手不得手がありますから。自分の長所と短所を知っておくことも重要ですし。
     例えば、接近戦が得意とか、格闘戦に弱いとか、魔法を使うとか使えないとか。
     セリスさん。あなたはどういった武装を用い、どういった戦い方をするのですか?」
    「わたし? わたしはね…」

    そう言って、セリスが隠し持っていたものを取り出す。

    「じゃーん! これ!」

    「ヨーヨー?」
    「セリスさん。ふざけないでください」
    「ふざけてないよ〜」

    それは、紛れもなくヨーヨーだった。
    一見した限りでは普通のヨーヨーであり、環の視線が厳しさを増す。

    「これ、ミスリル製のヨーヨーなんだから! ちゃんと使えるんだよ!」
    「ミスリル…」
    「なるほど…」

    ふむふむと頷く環。

    ミスリルは魔法科学を使って作られた金属で、非常に軽くて丈夫。
    魔力を伝導しやすいという特徴もあって、武具にすればかなり重宝されるものだ。

    「セリスさん。少し、実際に使ってみていただけますか?」
    「いいよ〜。それ〜っ!」

    ――ヒュンヒュンヒュンッ!

    セリスが念を込め……いや、違う。魔力を通したのか。
    証拠に、彼女がヨーヨーを操りだした途端、ぼぉっとヨーヨー自体が淡く光を帯びた。
    ミスリル製だそうなので、ありえないことではない。

    まるで意志を持ったかのように、ヨーヨーは中空を舞う。

    「まだまだまだ〜♪」

    ――ヒュンヒュンヒュンッ!

    「おおっ!」
    「ほぉ・・・」

    セリスは、1個だったヨーヨーを2個に増やし、3個に増やし。
    最終的には、両手に3つずつ持って、合計6個のヨーヨーを動かして見せた。
    勇磨も環もこんな芸当を見るのは初めてで、純粋に驚く。

    「それそれそれ〜♪」

    ――ヒュンヒュンヒュンッ!

    まだ、すべてを自在に操っている、というには程遠いレベルだが、
    コレだけ出来れば、充分にすごいことだろう。

    「へぇ、すごいな」
    「自分の魔力を使ってコントロールしているんでしょう。
     魔力でコーティングされているので、目標に当てさえ出来れば、かなりの破壊力が出そうですね。
     それに、糸による切れ味も期待できますし、近接戦闘においては、威力は充分です」

    このような武器があり、こんな使い方をする人物がいようとは。
    が、環は、さらなる別な要因で驚いていたりする。

    (しかし、これは……)

    セリスが魔力を使って見せたため、彼女本人の魔力の質が垣間見える。
    感じられる魔力量はとんでもないものであり、また…

    (注意…いや、厳重警戒が必要なレベルですね)

    大きな爆弾が潜んでいる、ということもわかってしまった。

    (まあ、とりあえずは後回しにしましょう)

    現状では、立てられる対策もあまりない。
    もちろん、将来的には、必ず解決しなければならない問題である。

    だが今の時点では、それほどの危険は無いだろうし、それは後で考えるとして。

    「セリスさん、ご苦労様ですもういいですよ」
    「ふ〜う」

    環からOKをもらうと、セリスは息を吐きながらヨーヨーを手元に戻す。
    さすがに、6個を同時に扱うのはきつかったようだ。

    「これまでは4個が限界だったんだけど、病気が治って調子いいからかな?
     今日は6個まで動かせちゃった」

    こんなところにまで、ドラゴン効果か。

    「魔力を使っていましたが、ちなみに、魔法も使えたりします?」
    「う…。わたし、魔力はあるみたいだけど、苦手なんだよね…」
    「はあ。まあ、魔法は私たちでは専門外ですから、見てあげられませんけど」

    根本的な問題があったか。
    対策の必要性が増してしまった。

    「では次は、エルリスさんですね」
    「うん。私は、これね」

    そう言って、エルリスが取り出したのは、輝きの美しいひとふりの剣。

    「剣?」
    「『エレメンタルブレード』っていうらしいわ」
    「じゃ、俺の範疇かな」

    勇磨が得意なのは剣術である。
    剣を使うというのだから、剣術を教えてやるのが一番だろう。

    「あと、魔法を少し」
    「へえ便利だね。属性は?」
    「『氷』よ。それ以外は使えないんだけどね」

    てへっと、かわいく舌を出しながら言うエルリス。
    これまでの様子を見て、勇磨は特に何も感じなかったようであるが

    (妙ですね)

    環は、違和感を感じていた。

    (セリスさんの魔力といい、エルリスさんの氷のみ使えるという魔法といい…。
     それに、あのヨーヨーやエレメンタルブレードとかいう剣。
     とても、このような姉妹が手に入れられる代物では…)

    環は、特殊な血筋から、魔力やその方面の知識に明るく、感覚も敏感である。
    その代わり、兄の勇磨は、魔力や魔術関連のことはまったくダメなのだが。
    双子の妹に、そちらのことはすべて持っていかれてしまったのか。

    蛇足がついてしまったが、とにかく、環には不思議でならなかった。

    ミスリル製の武具などは非常に貴重品。あの剣も、市場に出ればかなりの値になるだろう。
    そんなものが、このようなある意味”普通の”姉妹の手にあるということは、おそろしく不自然である。

    (…まあいいです。
     この水色の姉妹お二人と付き合っていけば、いずれ、知ることが出来るでしょう)

    とりあえずは、疑念を振り払っておく。

    「それで、私たちはどうすればいいの?」
    「修行って、何をするのかな〜♪」

    「特別なことはしないよ」
    「そうですね。まずは……」

    修行の第一歩。
    それは…

    「体力づくりから始めましょうか」
    「え?」





    数分後。





    「つ、疲れた…」
    「もうだめ……走れない〜……」

    どっかりと、地面に座り込む姉妹の姿。

    「ほらほらどうした! まだ5分も走ってないぞ!」
    「い、いきなりこんなハードワークなんて……聞いてないわ……」
    「うぅ〜、わたしは病み上がりなんだぞ〜! ちょっとは労わってよ〜!」

    「それだけ大声を出せれば充分です」

    冷静な環のツッコミが入る。
    5分のランニングなんて、と思うかもしれないが、全力疾走に近いスピードなので、
    バテるのも早かった。

    「だいたい、この程度の走り込みでバテるだなんて、
     あなたたちは本当にハンター認定を受けているんですか?」
    「しょうがないじゃない……。セリスがああなってからは、看病にアルバイトに……
     言ったでしょ? ロクな活動が出来なかったって……」
    「だからぁ、わたしは病み上がりなんだってば〜!」

    こうなった以上、何を言っても言い訳に過ぎない。
    少なくとも、勇磨と環にとっては、そんなことは理由にならない。
    ハンターたるもの、いつ何時だろうと、鍛錬を怠ってはならないのだ。

    「はい! あとグラウンド10周!」
    「グラウンドって…」
    「どこだよー!?」
    「野暮なことには突っ込まない。ほら、口じゃなくて足を動かす! イッチニ、イッチニ!」
    「頼んできたのはそちらですからね」

    「うぅぅ……鬼ー! 悪魔〜!」
    「アレだけ走って息ひとつ切れてない。バケモノだわ、あの2人……」


    水色姉妹にとっては、地獄の日々の始まりだった。




    第3話へ続く
引用返信/返信 削除キー/
■240 / ResNo.7)  『黒と金と水色と』第3話@
□投稿者/ 昭和 -(2005/11/30(Wed) 00:12:49)
    黒と金と水色と 第3話「卒業試験、そして旅立ち」@





    「こらセリス! 手を抜くな!」
    「ひい〜!」

    今日も今日とて、水色の姉妹は修行三昧。
    勇磨に小突かれながら、セリスがランニングをしている。

    「はぁ…はぁ……お願い、ちょっと休憩を……」
    「まあいいでしょう」

    こちらはエルリスと環。
    どっかりと座り込んでしまったエルリスの頼みに応じ、致し方なしと環が許す。

    病気で寝たきりだったセリスに比べると、当然、体力ではエルリスのほうに分があるわけで。
    身体能力の向上も、姉のほうが一段上だった。
    だからこそこうして、やや甘めに休憩を許している状況である。

    「はぁ…はぁ…」

    大きく肩で息をしているエルリス。
    脇に立つ環を見上げ、苦しいながらも、呆れながらモノを言う。

    「コレだけ走って、息ひとつ切らせないなんて……あなた何者?」
    「鍛え方と年季が違います」
    「そう…」

    環は一言で切って捨てた。
    考えるのも馬鹿らしく、息が苦しいので、エルリスもこれ以上は追求しない。

    「ほらほら! そんな走り方じゃ、いつまでたってもスタミナなんかつかないぞ!」
    「うぅ〜! スパルタ反対ぃぃ〜っ!」

    「しごかれてるなあ」
    「そうですね」

    セリスの様子を見て、くすりと笑みを漏らすエルリス。
    なんだかんだ言いつつ、セリスはメニューをこなしているから、うれしいものである。

    特に、1度は諦めた身の上なのだ。
    それがこんなふうに、元気よく走り回れるようになるなんて。

    「セリス、がんばって」

    エルリスは目を細めつつ、小さな声で呟いた。

    「ところで、エルリスさん」
    「え? なに?」

    しばらく見つめていると、不意に環から声をかけられた。

    「ずっと聞きたいと思っていたのですが、あなたたちが旅に出たいという理由。
     セリスさんに関することではありませんか?」
    「!!」
    「やはりそうですか」

    まったく予期していなかったことだけに、動揺が顔に出てしまった。
    環にはそれだけでわかる。

    「な、なんで…」
    「なに。少しばかり、セリスさんに関して、気になることがあるものですから」
    「ち、ちなみに……どこまでわかってるの?」
    「さあ? あなたが思っていることと、私が思っていること。
     どこまで合致しているのかがわからない以上、なんとも申し上げかねますね」
    「………」

    環は立ったまま、セリスを見つめている。
    エルリスはひとつ息を吐いて、自らの敗北を認めた。

    「ウソばっかり。本当はみんなわかってるんでしょう?」
    「ふふ、少し意地悪が過ぎましたかね」

    ここで、環も笑顔を向ける。

    「やっぱり。わかってるんなら、話は早いわ」
    「その可能性を、少しでも減らしたい。あるいは、制御する方法を……という具合ですか」
    「そういうこと」

    エルリスは頷いた。

    他人には絶対に知られてはいけない、自分たち姉妹だけの秘密。
    知られたが最後。
    最悪の場合は、魔術協会に捕縛され、解剖されて、ホルマリン漬けになるのがオチだ。

    「そうね…。考えてみれば、ここまでお世話になってるんだし、話さないわけにもいかないわね」
    「解せないのは、どうして彼女に、『あれだけの魔力が宿ったのか』ということです」

    そういう雰囲気になったことを悟ったので、環はいきなり核心を突いた。

    「セリスさんには、人間としては異常なほど、強力な魔力が宿っています。
     少なくとも、これまで私が出会った人物の中では最高クラスですし、飛び抜けています。
     それに、あなたのことも…」

    「話せば長くなるんだけど…」

    エルリスはそう前置きして、静かに語りだした。
    <10年前の出来事>を。




    およそ10年前。
    その頃はまだ、水色の姉妹はここより北方の街、スノウトワイライトに住んでいた。

    平和に、平凡に暮らしていた姉妹だったが、終末は突然に訪れる。

    ある日、町の郊外へ遊びに出ていた姉妹。
    元気に駆け回っていたのだが、突然、セリスが胸を押さえ、苦しみながら倒れてしまう。
    妹の異変に、急いで駆け寄ろうとしたエルリスだったが…

    刹那、彼女が見たものは、視界一杯に広がる真っ白な世界。
    気付いたときには、元居た場所よりも、数十メートルは吹き飛ばされた場所にいた。
    痛む身体に鞭打ち、妹の姿を捜すと、先ほどと同じところに倒れこんでいる。
    自分のことなど考えず、再びセリスのもとへ駆け寄るエルリス。

    抱き上げ、声をかけるが、セリスは苦しそうにうめくだけ。
    そのうち、セリスの身体がどんどん熱くなってきて、
    再度、あの真っ白な世界が訪れてしまうような予感がした。

    いけない、と思ったエルリスが、次の瞬間に取っていた行動は、歌うことだった。

    誰かの声が聞こえ、自分の中に入っていく感触。
    自分の中に入った誰かが、この事態を打開するには、それが1番だと伝えてくる。
    だから、ただただ、妹の無事を願い、必死な思いで歌った。

    するとどうか。
    セリスの熱は見る間に引いていき、呼吸も落ち着いていったのだ。
    とりあえずはそれで事なきを得た2人。

    後になって聞かされ、気付いたことだが、『魔力の暴走』という重大事件であり、
    セリスの周りは、地面が抉れてクレーター状になっていたということだ。




    「…とまあ、こんな感じ」
    「………」

    環は無言で、ジッとエルリスの話を聞いていた。

    「私が魔法を使えるようになったのもそのときからで、使えるのは氷属性だけ」
    「なるほど…」

    ようやく環が声を発する。
    エルリスの長い独白だった。

    「信じられませんが、セリスさんの魔力は生まれ持ったもので、
     エルリスさんのそれは、そのときに偶発的な要因によって宿ったものだということですね」
    「まあ、そうなのかな。
     今でも時々、自分の中の誰かの存在を感じ、声が聞こえることがあるもの」
    「不思議なこともあるものですね」
    「ほんと。でも今でも、暴走が街中じゃなくて、郊外で起こってくれて良かったと思うわ。
     街中だったら、どんな被害が出ていたことやら…」

    考えたくもない。

    「それで、再び魔力の暴走が起こらないとも限らない。
     だから、根本的な解決法か、魔力の制御法を探そうと、旅に出ようというのですか」
    「うん。まあ、短絡的な発想だけどね」
    「いえ、当然の考え方でしょう」

    ひとたび魔力が暴走すれば、それこそ思いも寄らない被害が出ることになる。
    そんなことは絶対に避けたいし、妹の命をも危険に晒すということだ。

    防げる方法があるのなら、それを見つけ、安定・安住を確保したい。
    触れてはいないが、姉妹が故郷の町ではなく、ここノーフルにいるということとも、
    無関係ではなかった。

    稀有な力は、それすなわち”異能”。
    どんな反応をされ、どんな目に遭うのかは…

    「しかし…。あなたたちは本当に規格外ですね。
     あれほどの魔力を持っていたり、氷の精霊を体内に宿していたり」
    「いやあ……って、アレだけ走っても息を切らせないあなたもそうだと思うけど」
    「そうですか?」
    「そうよ。…ん? なんか、もうひとつ、気になることを言っていたような…」

    ついさっきの、環の言葉を思い返してみる。

    「そ、そうだ。『氷の精霊』って!?」
    「言葉通りですよ」

    環は、冷静に答えてくれた。

    「話を聞いた限りでは、ほぼ間違いなく、10年前のそのときに、
     氷の精霊があなたに宿ったのでしょう。
     そうだとするならば、セリスさんの暴走を止められたことも合点が行きます。
     当時5、6歳の幼子に、そのような真似が出来るはずありませんから」
    「そ、そうなんだ…」

    新たな事実に、エルリス本人が愕然としている。
    自分の中にいるのは氷の精霊。

    「そうなんだ…」

    何度も反芻しながら、自分の身体を見つめてみる。
    何の変哲もないが、実際に言われてみても、実感に乏しかった。

    「まあ、あまり意識せずとも大丈夫ですよ。
     どうやらその精霊は、あなたのことを気に入っているみたいですし」
    「そうなの?」
    「ええ。そうでもなければ、わざわざ宿ったりはしませんよ。ましてや、力を貸したりはね」
    「そっか…」

    魔法が使えているのは、その精霊のおかげ。
    なるほど。氷の精霊だから、氷の魔法か…

    エルリスは納得した。
    同時に

    (これからもよろしくね。氷の精霊さま)

    自分の中の存在へ、そう伝える。
    肯定する返事が聞こえたような気がした。

    「それにしても、セリスや私のこと、よくわかったわね」
    「まあ、知識はそれなりにありますし、体質上、魔力などには敏感なので」
    「ふうん。もしかして、私たちのことって、そんなにすぐわかっちゃう?」

    少し怯え気味に訊くエルリス。
    無理もない。バレるということが、即、身の危険に繋がるからだ。

    「いいえ。少なくとも、一般人や並みのハンターには無理でしょうね」
    「そう」

    環の返答に安堵した。

    「言ったでしょう? 私が少し特殊なんです」
    「少しどころじゃない気がするんだけど…」
    「何か仰いましたか? 変なことを仰ると、メニューを追加しますよ」
    「い、いえ、何も言ってません!」

    ぶんぶんと首を振り、否定するエルリス。
    そんなに嫌か。

    「さて、長話をしてしまいました。そろそろ再開しますよ」
    「はーい」

    エルリスは素直に立ち上がった。
    もう呼吸は整っていて、体力的なものも、向上してきたようである。

    「もう少し走って、今日は、剣技のほうを見ましょう」
    「本当に? よし、張り切ってやるわよ!」

    剣を見てくれるというのは、これが初めてのことである。
    エルリスは俄然やる気を出して、修行に励んだ。

引用返信/返信 削除キー/
■242 / ResNo.8)  『黒と金と水色と』第3話A
□投稿者/ 昭和 -(2005/12/05(Mon) 16:49:42)
    2005/12/05(Mon) 16:53:55 編集(投稿者)

    黒と金と水色と 第3話「卒業試験、そして旅立ち」A





    ――チチチ…

    「…朝か」

    小鳥のさえずりと、窓から差し込んでくる朝日によって、エルリスは目を覚ました。

    最近、激しい鍛錬を行なっているせいか、夢を全然見ないほど睡眠が深いが、
    朝だけはこうしてすっきりと目が覚める。
    以前もそうだった。寝起きはもともと良いほうだが・・・

    「う〜……っん!」

    それはきっと、自分の中にいる”誰か”のおかげなのだと思う。
    そのおかげで、さらにパッチリ、目が覚めるようになった。

    身体を起こし、感謝を込めつつ、毎朝恒例のちょっとした儀式を行なう。

    「おはよ、私の君。…ううん」

    いや、違った。
    もう”誰か”などではない。

    「おはよ、私の”氷の精霊さま”。今日もがんばろうね」

    正体を知ってから、そう呼ぶことにした。
    このように呼び方を変えてから、なんだか、身体の調子が良いような気がする。

    今日も1日の始まりだ。





    勇磨たちがノーフルの町にやってきて、はや1ヶ月あまり。
    その間、エルリスとセリスに、毎日、修行をつけてきたわけであるが

    「「卒業試験!?」」

    今日も鍛錬だ、と張り切っていた姉妹は、思わず聞き返していた。

    いつもは、勇磨たちが仕事を終えてきてからだから、早くても午後からなのに、
    この日は違っていた。
    いきなり朝から呼ばれたわけで、何か違うなとは思ったが、こうなるとは。

    「そう、卒業試験」

    頷く勇磨。

    「どういうこと?」
    「そのままの意味です」

    答える環も、いつも通りの表情。

    「あなたたちにもだいぶ力量が備わってきたと思いますので、
     ひとつ、試験を課すことにしました」
    「試験…」
    「無事に合格できれば、ハンターとして、最低限のレベルはクリアしたものとみなします。
     まあさすがに、まだまだ独り立ちするというにはいささかの不安はありますが、
     姉妹2人で協力すれば、旅に出ても何とかなるでしょう」

    つまり、この試験に合格できなければ、旅立つことは許されない。
    そんな状態で旅に出ても、野垂れ死ぬか、魔物に殺されるかということなのだろう。

    「わかったわ。何をすればいいの?」
    「その〜……あんまり、学問的なことは…」

    不安そうに尋ねるセリスに対し、環は一言。

    「大丈夫ですよ」

    邪笑、ともとれる怪しげな笑みを見せて、言ってのけた。

    「実戦ですから」
    「え?」
    「へっ?」

    「では兄さん。お願いします」
    「う〜い」

    驚く姉妹をよそに、勇磨と環は試験の準備を進める。

    「取り出だしたるは、この『匂い袋』!」

    勇磨は、あらかじめ用意しておいたものを、懐から取り出して使用した。

    匂い袋。
    魔物が好む匂いを発するアイテムで、主に、魔物を誘き寄せる際に使用されるもの。

    「じゃんじゃかじゃん。風に乗って広が〜れ♪」

    封が切られ、周囲に微妙な匂いが充満していく。
    これが使われたということは…

    「…つまり?」
    「ええと?」

    「そういうことです」

    首をギギギと回す姉妹から視線を向けられた環は、さも当然の如く頷いて見せた。

    『ぐおーん!』
    『ウケケケ』
    『ギャースッ!』

    どこからともなく、現れてくる魔物の群れ。

    「さ、あとはよろしく」
    「よ、よろしくって…」
    「まさか、わたしたちだけで戦うの!?」
    「そうでなければ、試験にならないでしょう」
    「そんなっ!?」

    驚いている姉妹を尻目に、勇磨と環は、ちゃっかりと後方に移動。
    水色の姉妹だけが、魔物の中に取り残された。

    「いきなり実戦なんて、無理よ!」
    「お、お姉ちゃん…」

    「だ〜いじょうぶ〜。本当に危なくなったら、ちゃんと助けに入るから」
    「でも、そうなったら、確実に不合格ですけどね。
     あ、もちろん、戦闘放棄も不合格ですよ。敵前逃亡などもってのほかです」

    どうやら、拒否権はないらしい。

    「これくらい切り抜けられないと、旅は出来ないよ」
    「いつ何時、魔物に襲われるか、わかりませんから」

    「わかったわよ! …セリス」
    「え?」
    「やるわよ!」
    「う、うん!」

    覚悟を決めた。
    剣を抜き、ヨーヨーを構え、戦闘態勢に入る。

    「鬼の教官に、目に物見せてやるのよ!」
    「うん、お姉ちゃん!」

    目的があるのだ。大事な、目的が。
    こんな、始めの一歩を踏み出す前に、もたつくわけにはいかない。

    『ギャギャー!』

    「っ…」

    まずは、エルリスめがけ、1体が突っ込んできた。
    思わず身を硬くするエルリスだったが

    (動きが……見える?)

    魔物の動きが、ひどくゆっくりに見える。
    こんな攻撃など、簡単にかわして…

    「やあっ!」

    ――斬!

    『ウギャー!』

    「……え?」

    真っ二つ。
    自分でもわからないうちに、魔物を両断していた。

    「………」

    呆然となるエルリスだが、次第に手応えを掴んでいく。

    『ウケー!』

    「…っ! はあっ!」

    ――斬!

    一閃。
    またしても、横薙ぎに魔物を真っ二つにした。

    「身体が勝手に動く! いけるわ!」

    一見、無茶な走り込みを繰り返したことで、体力は飛躍的に向上。
    その上、達人の勇磨や環と練習とはいえ打ち合ったことで、目も慣れた。
    自身のスピードも上がった。

    「勇磨君や環さんに比べたら、遅いッ!」

    ――斬! 斬っ! 斬ッ!!

    向かってくる魔物を、根こそぎ叩き斬る。

    (私、いつのまにこんな…)

    自分でも驚くほどの上達ぶり。
    ふと視線を感じて目を向けると、勇磨が自分に向けて親指を突き出し、環も頷いているのが見えた。

    「これなら…!」

    もう、心配は要らないようだ。





    一方で、セリスの様子は。

    「うぅ…」

    最初こそ、魔物の異形な姿と、初めての実戦ということで、怖気づいていたようだが…
    いざ始まってみると

    「デビルヨーヨー!」

    ――ヒュンヒュンヒュンヒュンッ!

    両手にヨーヨーを装備。
    必殺の精密攻撃で、周囲の魔物にダメージを与えていく。

    修行を始めた最初の頃は、合計6個のヨーヨーを動かすことで精一杯だった。
    それが今はどうだ。

    『ギャッ!』
    『ギュッ!』
    『ギョッ!』

    1体に1個ずつ、正確に命中させ。
    膨大な魔力でコーティングされた威力は、1発1発どれもが致命傷。

    ヨーヨーの軌道上で、生き残っている魔物は皆無だった。

    (こんなに上手くいくなんて…!)

    やや興奮気味に、セリスはヨーヨーを操る。

    専門外といえど、簡単な魔力の扱い方を環から習った。
    それまで鍛錬したくても出来なかった分野だから、初歩的とはいえ、劇的な効果をもたらす。
    さらには、全快してからすこぶる調子が良いことも、大いに加味しているだろう。

    「どんどんいくよ〜!」

    こちらも、心配は皆無のよう。


    ほどなくして、水色の姉妹の前から、魔物の姿は掻き消えた。






    「おめでとう」
    「合格です」

    戦闘を終えた2人にかけられたのは、1番聞きたかった言葉。

    「それだけやれれば充分」
    「どうですか? 自分の上達ぶりを実感できた心境は?」
    「自分が自分じゃないみたい…」
    「すごい……すごいよ〜!」

    エルリスとセリスは、まだ自分の力に半信半疑のようだ。
    だがしかし。環から注文が入る。

    「だからといって、あまり驕り昂ぶらないように。
     いま戦った魔物は、あくまで底辺レベルの強さの魔物であり、
     もっと強いものはたくさんいます。
     まだまだ、自分たちは未熟なのだということを、忘れないでください」
    「はい」
    「肝に銘じておくよ」

    神妙に頷く姉妹。
    この分なら大丈夫だろう。

    「さて、これで私たちからの修行は、一応ひと区切りになるわけですが。
     明日からどうなさるおつもりですか?」
    「そうね…。とりあえず、数日はゆっくりして。旅立ちの準備もあるし」
    「そんなに早く旅立たれるのですか」
    「なるべくなら、早いほうがいいしね」

    エルリスの気持ちもわかる。
    解決を見るのは、早ければ早いほどいい。

    「旅のことなんだけどね」
    「え?」

    と、勇磨がこんなことを言い出した。

    「環とも相談したんだけど、俺たち、君たちに付いていこうと思う」
    「えっ…」

    これは寝耳に水。
    そんなことを言われるとは思っていなかっただけに、衝撃は大きい。

    「旅に出るってことはさ、今のあの家も、どうにかしちゃうってことでしょ?」
    「え、ええ。旅の資金に、売っていこうと思ってたんだけど」
    「君たちも居なくなるわけだし、そうなると、俺たちもここに留まる理由が無くなるわけだ。
     お金もそれなりに貯まったし、俺たちもそろそろ、また旅に出るかと思ってたところだし。
     それに…」

    勇磨の視線が環に移り、環が後を引き継ぐ。

    「それに、セリスさんの件。心当たりが無いわけでもありませんから」
    「ほ、本当!?」
    「ええ。黙っていてすいません。
     知り合いに強力な魔術師が居ますので、紹介することくらいは出来ます。
     もっとも、彼女がその解決法について知っているかまでは、わかりませんが」

    セリスとエルリスが体験した10年前の出来事については、
    エルリス自身が改めて事情を説明し、勇磨も知るところになっている。
    それを受けての提案だ。

    「その人は、信用できる人?」
    「ええ、もちろん。腕もそうですが、きちんと話をすれば、約束は守ってくれる人です」

    セリスの秘密は重大なもの。
    確認はしておかなければならなかった。

    「………」
    「………」

    無言でお互いの顔を見つめる水色姉妹。

    「ね、願ってもない申し出なんだけど……いいの? そこまでしてもらっちゃって…」
    「わたしたち、何も、恩返しできるようなこと、ないから…」
    「まあ、乗りかかった船ですしね」

    恐縮する姉妹に、勇磨も環も、笑顔を向ける。

    「あなたたちと知り合ったのも、ここまで面倒を見たことも何かの縁。
     旅をすることは私たちにも利点はありますし、まだまだ未熟な弟子を放り出すほど、
     私たちは薄情ではありませんから。もう少し、付き合ってあげますよ」
    「酷い言い様…」
    「でも……本当にありがたいよ。勇磨さん環さん、ありがとうっ!」
    「いえいえ」
    「ま、気にしないで。俺たちが勝手に言い出したことなんだから」

    姉妹にとっては、これ以上ないという提案。
    無論、断るはずもなく。

    (”歩く爆弾”のようなものを、放置は出来ませんしね)

    御門兄妹側には、さらなる理由があったりするのだが。


    ともかく数日後には、御門兄妹と水色の姉妹は、共にノーフルの街を離れることとなった。


    第4話へ続く
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■243 / ResNo.9)  『黒と金と水色と』第4話
□投稿者/ 昭和 -(2005/12/11(Sun) 17:41:14)
    黒と金と水色と 第4話「ぶらり列車の旅」





    ひとまず修行を終え、卒業試験もクリアした水色姉妹。
    めでたく家の売却も決まり、いよいよ旅立ちの準備も整った。

    「………」
    「………」

    今日はいよいよ出発の朝だ。
    水色の姉妹は、長年住み慣れた、数々の思い出が詰まった元我が家を見上げる。

    「今まで、どうもありがとう」
    「あなたを売ったお金は、わたしたちが有効に使ってあげるからね。
     美味しいものを食べたりとか♪」
    「セリスッ!」
    「冗談ですごめんなさ〜い♪」
    「もう…」

    「感動の場面が台無しだ」
    「まあ、セリスさんですから」

    この1ヶ月で、もうすっかり、そういうキャラだという認識をされたセリス。
    はしゃいで逃げ惑う姿も、かなりの絵になっているとかいないとか。

    「…よし。それじゃあ」
    「大冒険に出発だー!」





    まずは、鉄道のノーフル駅へ。
    姉妹が環から説明を受けた限りでは、列車に乗り、王都経由で目的地を目指すそうだ。

    切符を買って、まもなく出発するという王都行きの便に乗り込む。
    席に着いて間もなく、ゆっくりと動き出し、やがては高速で駆け始めた。

    「うわ〜、速い速い速い〜!」

    窓際の席に陣取ったセリス。
    ガラスにベッタリと張り付いて、流れていく景色に声を上げている。

    「すごいな〜。うわ〜」
    「セリス…」

    妹のそんな様子に、エルリスはため息をつきつつ、恥ずかしそうに言うのだ。

    「少しは周りの目を気にして。それじゃまるっきり子供じゃないの…」
    「え〜? だって、列車に乗るなんて初めてなんだよ?
     もうすっごくて、感動しっぱなしだよ〜♪」
    「やれやれ…」

    エルリスは呆れているが、セリスの気持ちもわからないではない。

    王国内では、鉄道網が割りと発達しているとはいえ、決して安くはないお値段だ。
    ちょっと近所まで買い物に、といった雰囲気ではないことは確かである。
    もっとも、すべてが長距離列車であるので、長旅をするでもない限りは、縁が無いのだが。

    「あっ、川だ〜♪」
    「いい加減にしなさい!」
    「まあまあ」

    見ているだけで微笑ましい。



    で、1時間後。

    「zzz……」

    見事にこうなる。

    はしゃぎ疲れたのか、はたまた、列車の心地よい震動に誘われたのか。
    セリスは穏やかな寝息を立てていた。

    「まったく…。騒ぐだけ騒いで、あっという間に寝ちゃうんだから…。
     『歩く台風娘』なんて呼ばれてたの、思い出しちゃった」
    「言い得て妙ですね。幼い頃のあだ名ですか?」
    「ええ。もっとも、今でも相変わらずそうみたいだけどね。
     本当に、病気になる前よりも、さらに元気になったみたいだわ。困っちゃう」

    口ではそう言いながらも、エルリスの口元には笑みが浮かんでいる。
    なんだかんだ言いつつも、妹のことがかわいくて仕方が無いのだろう。

    「ごめんね、こんな子で」
    「まあ、お気になさらず」

    環はそう言いつつ、困った顔で自分の隣を見る。

    「うちの兄も、似たようなものですから」
    「くか〜…」

    「あらら」

    そこでは、勇磨も窓に寄りかかって寝ていた。
    セリスのことばかり気にしていたから、気付かなかったようだ。

    対面の座席である勇磨とセリスが、それぞれ同じように寝息を立てている。
    通路側で向かい合う環とエルリスは、2人を起こさないよう、静かに会話。

    「ところで、本当に良かったんですか? 家を売ってしまって」
    「うん、いいの。どのみち、旅が終わったときも、あそこには戻らないつもりだったから」
    「なぜです?」

    それは意外だった。
    他に行く当てでもあるのだろうか。

    「お二人が生まれ育った、大切な家ではないのですか?」
    「生まれ育った、ってわけじゃないんだ」

    そう言うエルリスは、少し辛そうである。
    何がそうさせているのか、この時点では、環には予想がつかなかった。

    「まあ確かに、育った家ではあるんだけど、途中からでね。生まれは違うの」
    「そうなんですか」
    「うん。生まれたのはスノウトワイライトってところでね」
    「ここより北方の雪国ですね」
    「そうそう。冬になると、一面が銀世界になったわ。今でもそうなんでしょうね」

    その光景を思い浮かべているのか、エルリスはしばし、目を瞑って物思いに耽った。

    スノウトワイライトは、地理的には、ノーフルともそんなに離れてはいないが、
    山を挟んでいるため、気候が劇的に違う。
    山脈の向こう側は涼しく、冬には、大量の雪が降るのだ。

    「では、引っ越されたと」
    「うん。…10年前にね、ノーフルに引っ越した。
     ううん。追い出された、って言ったほうが正しいかな」
    「それは…」
    「うん、そういう、ことかな」

    これには、環も瞬間的に悟った。

    苦笑を浮かべているエルリスだが…
    その心中は、察して余りあるものがある。

    「”あんなこと”があって、何も感じないほうがおかしいわよね。
     そんな危険人物を、町に置いておけるわけがない」
    「……」
    「まあ、当時の町の人たちの気持ちもわかるから、別に恨んではいないんだけど」

    エルリスの視線がセリスに向く。

    「そんなわけで、私たち一家は、半ば追い出されるようにしてスノウトワイライトを出た。
     なんとか隣町のノーフルで家を見つけて、暮らし始めたのよ」

    セリスを見守る目は、とても穏やかだった。

    「いつか、暴走を抑える方法を見つけて、危険をなくして。
     もう危なくないんだぞー、仲良く暮らしましょう〜って、
     大手を振って故郷に帰りたいな」
    「……」
    「なんてね」
    「そうでしたか…」

    そんな背景があったとは。
    今度、すまなそうになるのは環のほう。

    「申し訳ありません。立ち入りすぎてしまったようですね」
    「ああそんな、頭なんか下げないでよ」

    怒ってなどいないというのに。むしろ、打ち明けることが出来てうれしかったのに。
    素直に謝ってくれる姿勢に、エルリスは、ますます信頼を深める。

    「いいんでしょうか。私が知ってしまっても」
    「環さんだから、いいのよ。私が話したいと思ったんだから」
    「……」
    「知っておいて。私たちのこと」
    「わかりました」

    微笑み合う。

    「まあ……そんな事情があるから、どこか人付き合いが苦手…というか、
     深く関わらないようにしてた。
     同年代の知り合いもあんまりいないというか、一定以上の付き合いはしないから」
    「………」
    「あなたたちが滞在を続けてくれるって言ったとき、セリス、うれしそうだったでしょ?
     あの子にとっても、私にとっても、初めて出来た、秘密を共有できるお友達なの」
    「お友達、ですか」
    「うん」

    エルリスはうれしそうに頷き、捕捉を入れる。

    「あ、ハンターという間柄では師弟関係だけど、プライベートではそう思いたいの。
     ……ダメ、かな?」
    「私たちなどでよろしいのですか?」
    「もちろんよ」
    「ならば、そのようにしましょう。
     そういうことなら、お金の話し抜きで、喜んでお引き受けしますよ」
    「こういうときにお金のことを持ち出す?」
    「すみません。性分なものですから」

    2人ともに、くすくすと、おかしそうに笑い合う。

    「そういえば、セリスのことをお願いしたときも、真っ先にお金の話をしたよね?」
    「あれは、あくまでお仕事の話として……」

    説明しかけた環は、はたと気付いた。
    思わず眉間にしわが寄る。

    「エルリスさん。あなたもしかして、私のこと、お金にうるさい人だと思っていませんか?
     だとしたらとんでもない誤解です。私、そんなことは全然ありませんよ?」
    「さあて、どうなのかしら?」
    「エルリスさん……。もう、意地悪ですね」

    いつも冷静な環が、少し慌て気味に弁解する様子がおかしくて、エルリスはケラケラ笑った。
    当の環は憮然としながらも、冗談だということに気付いて、また笑った。

    「こういうのって、友達同士の会話だよね?
     気兼ねなく冗談を言い合えるのも、友達だからだよね?」

    笑っていたエルリスが、不意に表情を引き締めて、こんなことを確かめる。
    よほど、心中に溜まっているものがあったのだろう。

    「当たり前じゃないですか」

    だから環は、笑って見せる。

    「友達じゃなかったら、そんな失礼なことを言う人は、すぐに叩きのめしてます」
    「あはは、そっか」

    エルリスも、安心したように、再び笑顔になる。

    「ところで」

    その話はコレでお終い。
    エルリス自らが、そう言うかのごとく、話題を変える。

    「あなたたちがノーフルに来たときも、列車を使ったの?」
    「いえ、徒歩でした」
    「なんで? 列車を使ったほうが早いし、楽なのに」
    「エルリスさん」
    「な、なに?」

    突然、環の顔が凄みを増して、エルリスは戸惑った。

    「1円を笑う者は、1円に泣くんですよ」
    「はい?」
    「旅人たるもの、質素倹約が第一。あなたも覚えておいてくださいね」
    「う、うん。肝に銘じておく…」

    顔を引き攣らせながらも、一応は頷くエルリス。
    環の隠された裏の顔をを垣間見てしまった気分だ。

    話に出た言葉はよくわからなかったが、だいたいの意味は理解できた。

    (一理あるんだけど、ケチというか……やっぱりお金にはうるさいんじゃ、環さんて)

    だから、そんなことを思ったりする。

    (勇磨君も大変だ)

    寝入っている勇磨を見ながら、クスリと笑みを漏らす。

    「エルリスさん? 何か、失礼なことを考えていませんか?」
    「まま、まさか! いえ、しっかりしてるなー、って」

    思考を読まれた?
    エルリスは大慌てでフォローを入れる。

    「そうよね。旅をする以上は、やっぱり倹約しないとね!」
    「そうです。お金は有限。大事に使わないといけません。無駄遣いなどもってのほか」
    「あ、あはは…」

    エルリスは、やはり引き攣った笑みを浮かべるしかない。

    「おまえのそれは、『ケチ』というんだ」

    と、意外なところから声が。
    寝ていると思った勇磨からだ。

    「お、起きてたの?」
    「いーや。今、目が覚めた」

    そういえば、少し大きな声を出していた。
    起こしちゃったかな〜と、エルリスは申し訳なく思う。

    いや、それよりも。

    「兄さん。ケチとはなんですか、ケチとは」

    争いが勃発しそうな予感…

    「経済観念がしっかりしている、と言っていただけませんか。不本意です」
    「おまえのは締め付けすぎだ。ケチを通り越して、守銭奴だ」
    「失礼な。私のどこが守銭奴だというんですか」
    「いっぱいあるぞ。聞かせてやろうか?」
    「ええ、是非。あるというのなら聞いてみたいですね」

    「ま、まあまあまあ!」

    寸でのところでエルリスが止めに入る。
    とりあえずは、矛を収めさせることに成功したようだ。

    「旅の途中でお金が底を尽いた、なんてことになったら、目にも当てられませんよ」
    「まあそうなんだが」
    「兄さんも、お金をしっかり管理してくれる人と一緒にいるほうが、良いでしょう?」
    「確かに、おまえが金銭・経済面をしっかり考えてくれているからこそ、
     俺は何も考えずにのほほんとしていられるんだけど。
     でもたまには、ハメを外したいと思うじゃないか」
    「その『たまには』だと仰る頻度が、『時々』を通り越し、
     『よく』という範疇に入るから、困るんですよ」

    いや、まったく収められていなかった。

    「そうか?」
    「そうです」
    「そうか?」
    「そうです」
    「そうか?」
    「そうです!」

    「ああもう! いい加減にしなさい!」

    このままでは永遠に収集がつかないような気がして、エルリスが再び強制介入。
    今度こそ不毛な言い争いをやめさせる。

    「んに……むにゅむにゅ……」

    こんな騒ぎの中でも、我関せずと眠りこけるセリス。

    「おいしい……でももう食べられない……にゅふふふ……」

    幸せそうに表情を緩ませながら、満足そうに寝言を零す。
    どんな夢を見ているのかが一発でわかった。

    大物である。




    第5話へ続く
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