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■51 / 親記事)  "紅い魔鋼"――◇予告◆
  
□投稿者/ サム -(2004/11/17(Wed) 23:46:15)
    2004/11/19(Fri) 21:01:30 編集(投稿者)

     ◇ "紅い魔鋼" 『予告編』 ◆



    人々は日々を重ねて歴史を作る。

    人々は技術を重ねて文明を造る。

    人々は思いを重ねて未来を創る。


    何時の日も,何時の時でもそれは変わらず――
    ささやかなでも小さな幸せと,最大多数の幸せを守る人々は何処にでもいた。

    文明が起ったときでも。
    1000年前であっても。
    現代でも。

    全く変わらない人の行い。
    これからも変わることのないだろう,その行い。

    それこそが人間の歴史()なのだろう。



     ▽  △



    魔導暦3022年。

    例年より冷えた冬も過ぎ,新しい年が明けた。
    学院の存在する都市――リディルにも春が訪れ,"私"も第三過程生に上がることになる。

    あの娘(エルリス)と出会ったのも一年前の丁度この時期。
    今はもうこの学院にはいない彼女だが,どこかできっと,目的に向かってがんばっている事だろう。

    でも,一人で全て背負うと言う考えはいささか好かない。そんな彼女に対して私は一つ意趣返しを考えている。
    今はその下準備を進めるだけ。

    待ってなさい,エルリス・ハーネット。

    とびっきりのプレゼントを持って貴方に会いに行くその日を,ね。


     ▽


     変わることのない"私"の目標。
     
       様々な出会い。
     
         沢山の出来事。
     
           楽しい日常の中で生まれる感情――。


       エルリスとの別れから半年。
       
       "私"は,とうとう自分の足で歩き始めた。

     △


    世の中には現象の発端――原因が存在する。
    それは過去の出来事の積み重ねであり,人の意志が絡まないのであれば全くの偶然でありそして必然。
    呼び方は様々…――だがそれは確かに"在る"

    原因が存在し,それ故に結果も生ずる。

    過去の遺物。
    歴史の闇。
    人々の思惑と野望。
    巻き込まれる者達。

    そして,それに気づく者もまたいる。

    自ら渦中に飛び込み,しかし何も成せなかった少女。

    彼女は直感が導くままに行動を始める。

    全ての原因が収束するそのとき,彼女は,そして彼女の周りに集まる者達は何を見ることになるのか。


                   しろいせかい

                 紅い魔鋼

               蒼いツルギ

             力の意味
          
           想いの強さ



    これらが鍵となる物語。





    過去が原点となり,1000年の時を超え野望の中で現在に蘇る紅い魔鋼(クリムゾンレッド)





    「確実に生き残る術なんてない…確かな未来なんて,何処にもない! だから,全部掴み取るまでよ!」





    叫びの意味は。




    そしてその結末は。




    △ 紅い魔鋼(クリムゾンレッド) ▽





    近日公開予定(coming Soon)



引用返信/返信 削除キー/
■52 / ResNo.1)  "紅い魔鋼"――◇序章◆
□投稿者/ サム -(2004/11/18(Thu) 07:17:47)
     ◇ 序章『始まり』 ◆


    始まりはいつも唐突だ。
    誰の下においてもそうなんだろう。きっとそうだ。でなければ俺が不幸過ぎる。


     ▽  △


    俺――ケイン・アーノルドは学院の魔鋼技科に席を置いて魔導工学を学ぶ学生。二十歳。
    第三過程生だ。

    実家は都市リディル南西部のスラム近くにある下町。
    オヤジはそこで魔法駆動機関――ドライブ・エンジンの修理工をしている。
    ドライブエンジンはこの文明の根幹を担う一要因だけあって,現代で生活するには欠かせないものだ。

    魔法駆動機関とはいっても多種多様。
    多数の企業が開発・販売している汎用性が目玉で特殊機能は一切つかない通常タイプから,軍の戦闘用まで種類を上げたら限がない。
    当然,通常タイプには装甲外殻など格納されているはずもなく…腕部装着タイプならば肘までのガード,腰部タイプならポーチ,頭部タイプならばバイザー型と,ほんのお飾り程度の機能しか持たない。
    逆に軍用…もしくは装甲外殻(アーマード・シェル)を手がけるドライブ・エンジンメーカーならば,それこそさっきも言った装甲外殻や特殊武装,身体補助・電子装置や人工精霊など,高度最先端の技術が詰めこまれることになる。
    もっとも,王国の厳しい管理の元に,と言う条件はつくが。


    俺が学院に入った理由――それは単に親父の命令だった。
    物心ついたときから既にドライブエンジンで遊んでいた俺は,当然のように親父を手伝いながら自然とドライブエンジンと関わってきた。
    魔導文明が重ねたその年月,培われた理論,複雑化する構造,仕組み。
    幼年期からそれを身につけていったらしい俺は,中等過程を学ぶための学校に通うまでにそれまでの技術を余すところなく吸収した。学べる範囲で、だ。

    親父曰く――"この機械馬鹿め…"

    言っている言葉は乱暴だが,そう言うときの親父の顔は苦笑。
    母親は「きっとうれしいのよ」何時もそう言って笑っている。
    俺もそうなんじゃないかと最近思うようになって来てる。…まだ半信半疑だが。


    転機は高等過程を終了する時期になった時のことだ。
    当然のように進路の決定時期にさしかかってきていて,周囲の雰囲気もぴりぴりし始めた…そんな時期。俺は親父の後を継ぐ気だったから,担当の教官にもその旨伝えていた。

    が。
    親父はある日突然親父がこう言った。

    「学院に行け」

    晴天の霹靂とはこの事だろう。
    学院――王国立総合学院は国内でも最高峰の学術機関だ。
    おいそれと入学できる所じゃない。
    通っていた高校でも受ける奴はまず居ない。

    散々渋った俺は(当然だ)どうやら親父が勝手に出願したらしい事を知り,腹をくくった。
    元々失うものはないのだし…と勉強らしい勉強をする事もなく試験当日を迎えた。

    魔鋼技科を選択した(というかされていた)俺のテストは,ペーパーと実技。
    どんな試験をやらされるのかとビビっていた俺は,しかしその試験に拍子抜けした。

    …ガキの頃から散々繰り返していた作業。
    その確認みたいなものだったからだ。

    ペーパーを易々と書き上げた俺は,実習でもドライブエンジンの簡単な修理を終えて家に帰った。
    数日後届いた結果は合格。
    正直あんなもんで良かったのか,と言う思いが強かった事だけ印象に残っている。

    ――以来3年が経つ。
    寄宿舎に入ってからは,長期休暇の際の数日の帰省以外は家には帰らない日々を送っているが,充実した講座や実習,新鮮で新しい知識を学ぶ日々に不満はない。いや――

    第二過程の後半期が過ぎるその時までは,なかった。
    なかったのだ。


     ▽  △


    それは昨年の秋。
    寒さも深まり,そろそろ冬も到来するだろうと言うそんな時期だ。

    そいつはやってきた。

    『…やぁ。暇そうだね』

    魔鋼技科の実習室で,自分のドライブエンジンをいじっていた俺にそう声をかけてきたのは,戦技科の印章をつけた女子だった。

    偶然にも俺はその女子生徒を知っていた。
    学院内の寄宿舎に入っている学生は,隣りの部屋の住人と組みになる習しがある。
    当然俺もアホな奴とユニットになっている。…それはさて置き。

    その女は,先日相方が突然学院を辞めて一人になった奴のはずだ。
    男子寄宿舎で人気があったらしい蒼髪の女子が辞めたと言う話が流れ,一時は騒動になりかけたらしい。
    こっちだけだったが。


    『作業中すまないとは思うんだけど』

    暇そうだね、という前言を撤回せずにいけしゃあしゃあと言うそいつは,そう前置きして腕輪をこちらに差し出してきた。

    結構使い込まれたドライブエンジン。それも――

    『…軍用タイプ? どうしたんだ、コレ』

    見たことのないタイプだが,形式などからみて恐らく軍用だろう。
    この手のドライブエンジンはめったに目にかかれないモノだ。親父の工房でも年に2,3回しか目にしなかった。
    当然俺の興味はそっちに向かう。

    『良ければ、ちょーっとみてほしいんだ。専門じゃないからメンテとか良くわかんないし…大事なものだからしっかりしときたくて』

    そう言って,奴はニコリと笑った。

    …別に笑顔に負けたわけじゃない。
    その腕輪に興味があった…ただそれだけだ。そのはずだ。
    なんとなく腕輪を受け取ってしまった。

    が。
    それがまずかった。
    それが,今から約半年前の,そいつとの出会い。

    『あ、"私"は――』

    つい,とそいつの右手が笑顔と共に差し出される。

    『"私"はミコト。ミヤセ・ミコト。…これからヨロシク,ケイン・アーノルド君』

    思わず握手を返してしまった俺は,決して白紙に戻せない契約書にサインを交わしたに違いない。
    そう。
    後戻りなんて選択肢はもうなくなっていたんだ。



    >>続く
引用返信/返信 削除キー/
■53 / ResNo.2)  "紅い魔鋼"――◇一話◆
□投稿者/ サム -(2004/11/18(Thu) 22:04:37)
     ◇ 第一話『ハードラック・レディ』 ◆


    ミヤセ・ミコト十九歳。

    こいつは曲者だ。
    周りと自分の状況を完全に把握しながら,何事にも動じず笑顔で行動する"確信犯"だ。

    半年前――こいつから腕輪型のドライブエンジンを受け取った時には既に"始まっていた"に違いない。
    この女の途方もない策略が。
    どうやら俺は――その第一の"被害者"らしい。


     ▽  △


    一日の半分が過ぎ,午前中の講義が終わった俺はその足で食堂に向かった。
    講義は予定時間よりも早めに終わり,そのせいもあってそれほどまだ混んでいない。
    これ幸いとバイキング式の配膳システムから食料を確保し,場所を決めようとしたとき,そいつの声が聞こえてきた。

    「ケーイ。こっちこっち」

    ミコトは俺をケイと呼ぶ。
    ケインだ! と,何度言っても聞きゃしない。よって諦めた。放置だ。
    聞かなかった事にして別のところに座ってもいいんだが…それでアイツが諦めるとも思えない。
    それこそ完全に諦めて,ミコトの居る席へと向かった。

    「…なんだ?」
    「なんだ、じゃないでしょ。せっかく呼んであげたんだから感謝しなよ」

    あまつさえそう言い放った。
    やれやれと俺は向かいの席に座り,食事を始める。

    ミコトは戦技科の生徒だ。
    "半年前までは"極平均的な成績の生徒だったらしい。
    俺の相方が何故かそう言う情報について詳しく,聞いてもいないのに聞かされたから自然と覚えてしまった。


    ――半年前までは。
    つまり,半年前から今までは,それまでと様子が異なると言う事だ。
    実際,俺の知っているミコトは信じられないくらい成績の優秀な女子だ。

    戦闘のみならず,共通講座も魔法学もかなり出来る。
    最近は,学園の外で現役の軍人が開いているらしい実習講座までも受けていると聞く。
    受講制限のないその講座には,将来軍人を目指す学生だけでなく,学外からも多くの人が参加するもの。
    当然女子の数は少ない。
    それでも,その受講生のなかでも彼女の名前はかなり知れ渡っているらしい。
    学院内外問わず,TOPクラスの実力者――それが俺の知る,ミヤセ・ミコトだ。

    そんなミヤセ・ミコトがなぜ俺に話しかけるのか――今をもっていまいち判らん。

    俺はと言えば,魔鋼技科への入学こそ主席だったらしいが,それ以降はさっぱり。
    成績も平均よりマシな程度だし,実は造り手(クリエーター)としての才能も余りない。
    唯一突出している,と言うのが――修復…それと改良だ。

    元々修理工技師の親父の作業を見知り,自らも色々手伝いを兼ねて触ってきたからこそ――経験の賜物だろうと考えている。
    勿論,今もって魔導技術は奥深いもので興味は尽きない。
    週末になると実習室で色々と自分の魔法駆動機関(ドライブ・エンジン)や何やらを弄り回す日々を送っている。経験だけは他人に負けるつもりはない。
    ミコトがやってきたのも,そんなささやかで平凡な日だった。

    その日以降,なぜかコイツは毎日やってきた。
    今では顔を合せない日の方が少ないくらいだ。――コイツが野外実習に出る時くらいだろう。
    だが――

    「で、さ。あの話――考えてくれた?」

    一段落ついたのか,ミコトは御茶を飲みながら俺にそう声をかけてきた。
    思わず苦い面になったんだろう俺。なんでだろうな。

    「あー…」

    考えてなくはない,でも結論が出ない。
    そんな態度の俺に,ミコトは――怒らず苦笑する。

    「まぁ,魔鋼技科には関係ない講座ではあるけどね」
    「……。」

    誘いをかけられているのは,先にも言った野外実習訓練というやつだ。戦闘の。
    何を血迷ったのか,コイツは俺に一緒に来いと言いやがった。

    普段ならば迷わず突っぱねるところだが…いや、実際最初は断ろうと思った。
    が――

    『…野外での駆動機関系の応急修理訓練とか。そんなのどう?』

    ニヤリ,と形容するのが相応しいくらいの笑みに,思わず俺は唸る。
    コイツが言いたい事は汲み取れた。
    限られた状況,環境では純粋に"技術の勝負"。

    自分の腕を試したくはないか――?
    そう暗に仄めかしていたに違いなかった。

    試したいと言う思いがないわけではない…が…
    何にしろ面白くない。
    何がって,コイツに乗せられているのが面白くない。気に入らない。躊躇う理由は単にそんなコトだった。

    「まぁ,まだ時間はあるからゆっくり考えといてよ」

    そう言って,ミコトはお茶を再開する。
    そんな様子のミコトを見て,今までの経験――それを培ってきた自分の左手を見て,ついでに昼食のトレイをみた。
    俺はハァ…と溜息をついて口を開く。

    「…いい,出る。やるよ。どうせ先延ばしにしても結論は変わんねーんだ…」

    多分,断っても何かと理由をつけて引っ張られるに決まってる。
    ここ半年の付き合いでコイツの強引さは身にしみてわかっている。

    「おっけ。もう書類は送っといたから安心してね」
    「おいっ! マジか!?」
    「うん」

    のほほーんと何でもない事のように返事をするミコトを,俺は信じられないような目で見た。
    と言うか信じられん,承諾を得ないうちから既に申請書まで送っていたなんて誰に予想できるか?
    いや、できない。ここ反語表現で重要だ。

    そんな俺を放っておいて,ミコトは自分のバックの中から一枚の書面とゲストIDらしきものを取り出す。

    「はい、これ。」
    「…なんだこれ。」
    「うん、申請書の受領書と許可証。」

    出来てるよ,と気軽に渡してくれやがるこいつ。

    「早過ぎだ,このバカ! さてはやっぱりどうやってでも引っ張ってくつもりだったな!? ってかこの写真何時取ったんだ!」
    「…知りたい?」

    きちんと正面を見つめる俺の写真入りID。
    そんな写真を撮った覚えはないのに、何でこんなものが,という素朴で当然過ぎる疑問にミコトは意味ありげに微笑んだ。

    「う、」
    躊躇いが生じた瞬間、それが俺の負けを証明していた。
    「いや、いい…」そう応えると,ミコトはニコニコ笑った。「男は小さい事気にしない!」とまで言いやがった。…果たしてコレは小さい事なのか…?
    そう疑問に思うが相談できる相手もなく。(相方に相談したら間違いなくバカにされる)

    俺は孤独だ。


     ▽  △


    今日の午後の講座は,あまり興味のない基礎教養しかとっていない。
    その事を知ってかしらずか,ミコトは俺を従えて教務課の管理する演習用武器保管倉庫に来ていた。
    所狭しと 駆動式を刻み込まれたミスリル製の武具を格納した棚が並んでいる。

    「なにするんだ?」
    「うん、この中からも幾つか装備を借りようと思って」

    良さそうなの見繕うの手伝って,との事。
    許可証はさっき取っていたのを見ていた。そこまでするのか。
    それを問う。

    「だって,ここ創設時からの保管庫でしょ? 掘り出し物があればラッキーじゃない」
    「…まぁ,簡単に見つかるとは思えんけどな」

    そんな事ないよぅと頬を膨らませるミコトだが…まぁそれもそうだ。
    実はこの学院――建物自体は創設から既に1000年近く経とうと言う由緒正しい建造物でもある。
    保管庫にしても元は武器庫だったらしい。学院自体は今でこそクリーンなイメージのキャンパスだが,前身…1000年前は拠点防衛用の砦だったと聞いたことがある。

    1000年前の遺跡ゆえのミコトの掘り出し物発言。だが,同時に時間の経過ゆえの,俺の見つかるとは思えない発言だ。
    どちらも,まぁ理に適ってはいる。

     ▼

    ミコトと別れて数分。
    束の間の自由と共に,俺は防具と補助具関連を中心に漁っていた。
    アイツのことは嫌いではないが,正直四六時中そばに居たいとも思わん。
    息が詰まる…と言うよりは,俺が生きていられるかわからない,自信がない,というのが本音だ。
    奴は何時だってトラブルメーカーだから。

    「む。」

    なんとなく手に取ったのは篭手型のアミュレット。自分のドライブエンジン(魔法駆動機関)に格納されている補助具と同系列の装備だ。親近感がわいた。
    コレは年代物の遺物で…とは言ってもここ十数年のものだが,装備自体にミスリルを組みこんだもの。ドライブエンジンのような機械化(マシンナライズ)はされていない。ミスリルに刻まれている駆動式は――

    「増幅器の類か?」

    余り見ない駆動式だ。ミコトの貸し出し許可証があるからコレは借りとこう。

     ▽

    野外演習でで使うドライブエンジンは自前のものだ。
    俺のはミコトのとは違い,軍用…というか普通は軍のDE(ドライブ・エンジン )など持っているはずもないため,なるべく安価なメーカー品を購入するか、技術があるならば自分のDEをチューンナップするしかない。
    今集めてるのは自分のDEをチューンするための補助具を捜している,と言う所だ。
    実際どんな改良を施すかは野外演習の内容次第になるのだが,そこはミコトの意見を聞きながら調整するしかないだろう。遺憾ながら。
    他にも数点役に立ちそうなものを見繕う。
    1時間ほどして一段落し,ホッと一息ついたとき。

    「ケイーちょっときてー」

    お呼びがかかった。


     ▼

    「これなんだけど」

    と手渡してきた短剣。
    俺は鑑定士じゃない,と一応文句は言っておこう。
    時間的には自分の捜索分はほぼ大丈夫だろうと思っていた頃合だったから,丁度良かったかも知れない。 
    …しかし,きっかり一時間経っているところを見ると元々それくらいしたら呼びつけるつもりだったのかもしれないが。

    ともかく。
    俺は短剣を見た。

    「…む」

    全長30cm弱の古い短剣だ。
    鞘から引き抜いて刃を調べる。刃に駆動式が刻印されている珍しいタイプ。
    現代の主流は柄などに刻印されているものが大多数のはずだ。
    …どっかの年鑑で見たことがあるような。

    「これってさ、特殊効果型に良くある刻印法だよね」

    ミコトが俺の手元を覗きこみながらコメントする。
    1000年前は戦時だったらしい。そんな時代では,魔法はそれほど制御の聞くものでもなかった当時、求められたのは純然たる威力。
    魔法の威力のみを求める方法の一つに,ミスリルに駆動式を刻むときの技術――刻印法と言うものがある。
    制御が発達し,この手の刻印法を用いなくても,緻密な魔力誘導法と簡易式の確立で高い威力を生み出せるようになった現在。
    この過去の技術は武器年鑑や専門の教科でしか学べる機会もない。
    俺は趣味で知っていたが,こいつは何で知ってるんだ? なんて疑問にも思ったが…。

    「その刻印法ってここが出来たくらい――それこそ1000年前だろ? 当時の作品は回収されきったんじゃないのか?」
    「そこにあるじゃん。」

    俺の手の中にある短剣を指差すミコト。
    俺は半信半疑だ。
    何時でも最初は疑ってかかるのが俺の信条だ―――こいつに限っては誤ったが。

    「まぁ待てって,簡単な鑑定ならできる。イミテーションかもしれないだろ」

    教務課で管理していると言う事は,講座で使うイミテーションも一緒にしているはずだ。
    入ってきた入り口――ここから20mほど戻った辺りがその棚だった。


    ともかくこれを鑑定する必要がある。
    俺は右手の中指に着けている指輪型のドライブエンジン(ドライブ・エンジン)を発動させた。
    右手に収束する魔力は印を介し指輪へと流れこむ。発動に必要な魔力は極少なく、制御に失敗することはまずない。
    ミスリルの中に格納されている補助具は外殻装甲などという物々しいものではなく.篭手型の多目的万能デバイス。
    要は篭手の形をした万能工具だ。

    魔鋼技師は魔法駆動機関(ドライブエンジン)を扱う技術者。
    魔鋼――つまりはミスリルを加工する鍛冶士であり,そしてそれに駆動式を刻印する芸術家とも言える。
    俺が専攻するのは加工系と,その中に格納する補助具(ARMS)のメンテナンスを目的とする技術系。
    修理に必要だからと言う理由で刻印技術も多少は学んでいるが,成績はあまり良くない。
    元々芸術肌ではないからそれもしょうがないだろうと,ある程度は諦めてもいた。
    無論,落第しない程度に,だ。

    真剣にミスリルの製錬からドライブエンジンを創作しようとするのであれば,もう一組ある,両手の指輪型魔法駆動機関を全開駆動(フルドライブ)する必要があるのだが,今のような簡単な鑑定や補修くらいならば俺のドライブエンジンで十分事足りる。
    ツールの中から,鑑定用にエーテル(魔法反応流体金属)を選択・解放。
    ミスリルは物体を魔力で分解し格納する事ができる事も出来る――と言うか、基本的にどのドライブエンジンも補助具や装甲外殻(ARMS アーマード・シェル)を格納できるように複雑怪奇な駆動式が編まれている。

    さて。
    魔力に反応する金属流体――エーテル。
    これを数gほど剣の刻印に垂らした。流動性を持つエーテルは隅々まで行き渡り…

    「駆動」

    俺の一言でエーテルに魔力が行きわたる。
    キラキラと輝きだし剣の駆動式全体にまわったエーテルは.俺の意思に従ってそのまま俺のドライブエンジン(篭手型デバイス)の中に収納された。
    解析ツールを稼動。解析を開始する。
    多目的デバイスなだけあって,俺のドライブエンジンはある程度の解析も可能なように改造してある。

    解析・完了(コンプリート)

    人工精霊――ほど多機能・高性能ではない電子制御コンピュータのAIが音声でそう報告してきた。

    「解析済みの駆動式を展開表示・開始」
    了解(ラジャー)

    空間に投射され始めた駆動式の解析図。
    刃の表面に刻印された駆動式は二つ。
    込み入った所が見えないシンプルな型だが…解析した図面は,空中で複雑な立体球形に展開し始めた…?

    くるくると回転しながら組み合わさる五芒星,六芒星,各種刻印に必要な大量の魔導文字群…駆動式。
    その刻印された駆動式群が発動すれば――

    ……。

    …冷や汗が背を伝う。

    間違いない。
    コレは――

    「…本物かよ」
    「ラッキー,かな?」

    疑問形なのにミコトの表情はきらきら輝いている。まずい。だめだ。

    「…これは俺が預かっとく。てか教務課にわたさんと! こんな危険なものしまっとくかふつー!?」
    「だめだめーー! それ、私がみつけたんだよっ! 返せどろぼー!」
    「何言ってんだこのヤロ,あぶねーつってんだろーが,こら、ひっかくな!」
    「かえせーかえせーかえせー! でないと…」

    途端ミコトが沈黙する。
    う,目が光った。キラーンと光った…良からぬコトを思いついたか!
    コイツがそんな目をした時,俺は決まって勝てない。絶対に勝てない。…経験は大切だ。
    そんなギリギリの思いに捕われていた俺に,ミコトは――声を潜めて囁きかける。囁き?

    「…で,ないと。ケイが,私の大切なモノ奪ったって…いいふらしちゃうよ?」
    「…なッ!?」

    くすくすさーどうするのかなきみわっ!的な表情のこの女…コイツはやると言ったらやるに違いない。
    俺は別に自分の風評はかまわんが――不名誉だけはいやだ。それも女のトラブルだけは絶対に嫌だ。
    となるとやはり折れるしかないのか…?
    そこにミコトの後押しの一言。

    「大丈夫。どうせ誰も気づかなかったんだし,私が使わなきゃ良いだけの話じゃない?」

    ね、と続けるが…俺にはそれが信じられんのだ。
    抵抗できない俺の良心は,ミコトの"譲歩"の一言で,折れなければならない自分のプライドを守るほうに傾いた。

    意気揚揚と短剣を腰の後ろにしまうミコトを見ながら,俺は思った。

    ――いや,元々管理し切れてない教務課が悪い。
    "ミコト(アイツ)"が原因で剣が暴走してもしらないぞ。俺はしらん。一応止めたし。


    現実逃避しか出来ない己の無力さを噛み締めた一日だった。


     ▽  △



    >>続く
引用返信/返信 削除キー/
■60 / ResNo.3)  "紅い魔鋼"――◇ニ話◆
□投稿者/ サム -(2004/11/19(Fri) 20:59:45)
     ◇ 第二話『若き魔鋼技師』 ◆

    魔鋼技師主な特性は2種類に類別される。
    一方は技術者(エンジニア)
    ミスリルを製錬し,駆動式を組み合わせ,魔法駆動機関という1個の作品を造る。

    もう一方は芸術家(アーティスト)
    魔法使い達が考案した駆動式を,実際にミスリルに刻印する彫刻家だ。
    極限られたスペースに,自分の技量ので 式の意味・性能を,損ねることなく刻印する者。
    彼等のそれは,技術と言うよりは最早芸術の域に達している。

     ▽

    俺は魔鋼技科に所属する三期過程生だ。
    成績は余り良くない。
    刻印技術も魔法駆動機関造りもいまいちな感じだ。
    最先端で日々新しい技術の開発を行っているのだろう王国工房や各ドライブエンジンメーカーには縁はないだろう。


    しかし,そんな俺の唯一の特技が魔法駆動機関(ドライブエンジン)の整備や修理,そして改良だ。
    コレに関しては自信を持って宣言できる。俺はやれる,と。

    学院に入学し魔鋼技科に入り,様々な知識や知らなかった技術,そして"道具"自体を,設計から具体的に造るまでの過程とそのコンセプトの組み方を学んだ。
    それは過去の作品を例としての説明だったとしても,基本的な考え方は全てに共通する。
    だからこそ,それは俺にとって新境地だった。

    そこからは応用力がものを言う。
    同じ魔鋼技科のどいつよりも経験だけは勝っていた俺は,自ら実習室に篭って色々試してきた。
    一般には不可能だと言われている,DE(ドライブエンジン)の分解整備もやってのけた。
    仕組みさえ理解し,道具(ツール)が揃っているならできるレベルだと言うのが感想だ。
    教授方に言わせれば『今それをできるのは,君だけだ』と言う事らしいが。


     ▼


    特殊金属 魔鋼――ミスリル。
    その特性は,魔力に反応し様々な作用を生むことにある。
    魔力反応流体金属(エーテル)と駆動式を組み込むことで,それはほぼ万能な道具となりうる。


    ミスリルは魔力に反応し作用を生む。
    生まれる作用は,駆動式によって方向付けされる。
    駆動式は刻印技術で刻まれる。


    この関係――魔法発生の原理と技術を提唱し,世に広めたのは一人の賢者。
    "起源"と言う名を持つ者だったらしい。
    伝承を伝える書簡には,闇が世界を覆う時代…それを退けた者,とよく冒頭で書かれている。

    彼が,もしくは彼女かもしれないが,その人物がもたらしたものは,紛れもなくこの文明を創った。
    それは,俺には偉大な事だと思える。


     ▼


    野外演習を約一月後に控えたここ数日。
    俺はミコトにつれられて軍事教練――戦闘指導を受けていた。
    何でも,後方支援要員でも最低限の戦闘は行えるようにしておきたいとの発言。待てコラ。


    ズダン!

    ミコトの神速の踏込みから繰り出された突きをまともに食らい,俺は吹っ飛んだ。
    空中を飛ぶ経験は初めてではないが…飛ばされるのは初めてだ。馬鹿力め。

    「なにやってんのさ、受身取らなきゃ!」
    「アホかお前はっ!? 空中吹っ飛んでるのに受身なんかできるかっ」

    衝撃吸収の駆動式を組みこんだライトプロテクターはその衝撃を殺しきれず,腰部に接続されているミスリル(依り代)にヒビが入った。
    またか…

    「まて,一体これで何個目だ…?」

    簡易型とはいえ,自動拳銃の衝撃すら吸収するこの駆動式は,ミコトの攻撃を数回受けただけで駆動式を刻んだミスリル自体を物理的に崩壊させていた。
    これは何と言って良いのか…俺を殺すつもりだろうか。
    隅に転がっているミスリルの破片はおおよそ8つ分。そろそろ換えのストックが切れつつある。

    「あのな。」
    「ん,なに?」

    俺の苦労と心労と悲壮と悲観を知ってか知らずか…恐らく知ってるのだろうが,ミコトは極めて機嫌が良い。
    爽やかで晴れやかで清清しい笑みだ。…こちらは最悪な気分なのだが。

    「思いっきり殴れるっていいよねぇ」

    言いやがった。本音いいやがったよコイツ!

    「てめ、俺を何度殺せば気が済むんだ!?」
    「大丈夫。ケイ生きてるじゃん」
    「あの隅を見ろ!」

    ビシッと俺が指差す方向には,砕けたミスリルの板が数枚転がっている。さっきまでの俺の生命線だ。切れまくっている。
    ミコトははてな?と首をかしげた。

    「…あれがどうしたの?」
    「アレが俺の命のかわりだ!」

    ひーふーみーと指折り数えるミコトは,得心言った,とばかりに頷く。

    「うん。八回は死んでるね。」
    「ね、じゃねーだろが!」

    その間にも,俺は加工した換えのチェンバー(予備"命"槽)を入れ替える。
    残り後5枚。

    「うん。判ってるよ…後五回はだいじょうぶだね」
    「ぜんぜん判ってねぇ…くっ,やるしかないのか!」

    絶望的なまでにはぐらかすミコト。
    しっかりとこっちの行動を把握している発言と共に,奴は態勢を構える。攻撃の構えを。

    ならば。
    俺は命を繋げるための反撃行動を取るしかない。勿論さっきまでも取っていたが,今はあの時以上の力がほしい。
    生き残るために。
    俺は――今。

    奴に最大以上の力でもって相対した――



    無論,戦技科と魔鋼技科では話になるはずもなく,残った"6つ"の生命線を,0.5だけ残して訓練は終わった。


     ▽  △


    …目を開けると,薄汚れた広い天井が見える。
    ゆっくりと体を起こし,俺は周りを見まわした。

    どうやら合同訓練室。
    さっきまで殴り合っていた…いや,一方的に殴り飛ばされていた その場所のようだ。
    ミコトはどこに――いた。


    少し離れた区画,アイツは一人で武術か何かの型を繰り返していた。

    動きは次第に速くなり,まるで多数の敵を想定しているかのような――そんな激しい型だ。
    その反面,ほとんど場所を動いていない。
    半径2m位を,足で円を描く動きで移動している。
    例えるならば――流れるように。

    いつもは緩んでいる頬も,笑っている瞳も。
    俺の知ってるミヤセ・ミコトを構成する部分が,全て俺の知らないミヤセ・ミコトになっていた。

    その限りなく真剣な眼差し。
    切れ長の瞳が見据える先――それは一体何なのか。
    何を見据えて,その拳を振るっているのか――俺には想像がつかない。
    正直,そんな真剣なミコトを見たことがなかった俺は,何時の間にかじっと彼女を見詰めつづけてた。

    飽きる事なく,何時までも。

    何時までも。



     ▼

    半年前。
    エルリス・ハーネットが去ったこの学院でやるべき事を見つけた私。
    それは言うだけならば簡単な事だった。
    でも,それを実際に実行するとなると一人ではかなり難しい。そこでひとまず私は仲間を捜す事にした。

     ▲

    ケイン・アーノルド。

    偶然見かけたその名前は,一度だけ聞いたことのあった名前だった。
    "私"達の入学した年,魔鋼技科で主席だった男子生徒だ。

    ロンに命令し学生科にハッキング(不法アクセス)する事で手に入れた,膨大な個人情報。
    しかし,実際にその情報を調べるのは自分であってそれには限界がある。学院に存在する全生徒を調べきることは到底無理なので…
    私はとりあえず,当時自分と同じ第二過程生を調べる事にした。

    彼は然程成績の良い生徒ではなかった。
    入学時こそ主席合格を果たしていたけど,それから一年半を過ぎたその時の成績は中の上。
    まぁ当時の私と似たり寄ったりのところだった。

    目にとまったのは単なる興味本位だったんだろうと思う。
    でも,よくよく資料を読むうちに感じた。
    "自分と同じ匂い"を感じた。
    それは彼の過去にではなく――純粋に彼の持っているかもしれない,その才能に,だ。
    私の感が,そう告げている。

    私が持つ才能――それは直感だ,と聞いた。
    そう言ったのは,私が最も尊敬する人――"おばあちゃん"だ。
    『あなたが周りから孤立してしまうのは,あなたの感が的確で鋭すぎるから。でも,それは決して負の才能じゃないわ――』
    私が泣きながら学校から帰宅すると,おばあちゃんは何故か必ず私の家にきて私にそう言ってくれた。


    おばあちゃんの保証してくれた,この私の才能――直感力。
    それはこのケイン・アーノルドに会うべきだ,と。
    確かにそう告げている気がした。


    数日後,私は彼の下を訪れた。
    彼は実習室で作業中だったようだ。
    少々躊躇いがなかったわけでもなかったが.第一印象が肝心と,涼しい顔で中に入った。


    私は,驚愕した。
    彼は"魔法駆動機関(ドライブ・エンジン)と,そのミスリルの構造内部に円環封印で格納されているはずの補助具(ARMS)を,魔力を通わせることなく現実復帰(マテリアライズ)させて,整備していた"のだ。

    魔法駆動機関――ドライブエンジンは,ミスリルによって造られている。
    ミスリルに魔力を通わせ,駆動式群――魔導機構を稼動させる事で,ミスリル内に粒子分解・格納されている補助具を現実に具現させる。
    それは,その全てが"魔法を駆動させる流れ"として。
    簡略される事のない"手続き"として,決められている。

    ドライブエンジンを駆動しなければ,補助具は具現できない。
    補助具を具現しなければ,魔法は使えない。

    ぐるぐると,円環のようなこの関係こそが,魔法駆動機関(ドライブエンジン)を使った魔法駆動の根底にある。
    つまり,ドライブエンジンに魔力を通わせる――そうでなければ何も出来ない。これこそがこの国での魔法駆動と,補助具具現の第一定義。
    EXはこれらの定義を根底からふっ飛ばしているので――故に異端とされている。ここでは,まぁ関連しないけど。

    しかし実際は,これは人の手によって造られた物。
    決して出来ない事はないのだろうけど――恐らく状況が揃っていれば,と言う条件下で可能なのだろう。
    まず,メーカーや製作元にあるだろう,マスターキーの使用。
    それ以外なら,専用の研究室やドライブエンジンメーカー,もしくは王国工房など設備の整った最先端の研究施設で,など。

    それ以外の分解は,まず不可能。

    そう言われている完全分離・分解整備を"目の前で行っている"人間がいた。
    驚かずに居られるだろうか。いや,いられるとは思えない。
    間違いない,彼は紛れもない天才に違いない――。


    でも。
    私は極めて冷静に,それらを全てを無視しきって彼に声をかけた。

    「…やぁ,暇そうだね」

    って。


     ▼


    それからの半年は…恐らくエルが居た時と同じ位楽しい日々が続いている。
    彼をからかう私は,きっと素顔の私なんだろうと思う。


    …さっきはやりすぎたかな,と少々反省。
    流石に衝撃吸収機構(ショックアブソーバー)式のライトプロテクターを一式ダメにしてしまった。
    彼との掛け合いにかまけていたとはいえ,ちょっとやりすぎた。一瞬だけの魔法駆動機関の稼動(ドライブ)の練習相手には丁度良かったのがわるい。ケイが悪い。そう決めた。
    まぁしかし…

    機嫌を悪くしていないかな――いや,良いはずはないと思うけど。


    思いに捕われるままに,私は型を繰り返していたらしい。

    多数の敵を相手にする時の型。古代の武術の一つに似ている教官は言っていた。
    ――直感が導く最良で合理的なベクトル。私の足は床に円を描き…停滞させずに私は動く
    ――しかし,決して一定領域から出ることはしない。

    この型は,ドライブエンジンの円環封印――閉鎖式循環回廊と概念が似ている。
    ドライブエンジンの形がピアスや指輪,腕輪などの"輪"と言う形をしている理由には,こういった確かな理論と意味の下にある。
    永遠に途切れる事のない概念を付加した,実現可能な半永久機関として。

    現在の私も似たようなもの。
    私の半径2mに立ち入ったものは,全てその存在を排除する。それは私が止まる事を決めるまで,誰にも途切れさせる事は出来ない――



    「ミコト」

    "私の意思が止めよう思うまでは決して途切れさせる事が出来ない",そう思ったその時に。
    彼の一声で私の"円舞"は止まってしまった。

    ――そう。
    状況が許さない限り不可能だと言われている,ドライブエンジンの分解をいとも容易く実行することができる…ケイン・アーノルドによって。


    そんな,妙な符合を。
    私の心は,とてもおかしいと感じた。

    「ぷ」

    止まらない.止めることは出来ない――

    「あは、あはははははは!」
    「なんだ,頭でもおかしくなったか――いや、元からだったな」


    …私はそんな彼の背中に飛びついた。

    「うおっ! なんだコラ,どうした!?」

    自然と火照ってくる顔を隠すように,彼の背に顔を埋めて。

    「おい…どうしたんだ…?」
    「うん…ケイ」

    囁く声は熱い。
    その私の声にケインは暴れるのを止めた。何かを予感しているのだろうか――?

    かまわない。
    胸に回した手で思いきり彼を抱きしめ――

    「ミコト…?」
    「さっきのは少し,言い過ぎだとおもうよ?」


    ニッコリと笑ってクールに告げ,芸術的なまでのジャーマンスープレックスを決めてやった。



     ▽  △



    俺は部屋に帰りついた。
    ベッドに倒れこむ。
    時間は21時をまわってた。疲れた。死ぬ。

    結局,午後いっぱいは戦闘訓練――とは名ばかりの殴られ大会。その後夕食と雑談を経て今に至った。 
    今日も無力さを痛感した。俺では奴は止められない――
    と言うか,何でこう…アイツは俺にばっかり無茶しやがる。

    ミヤセ・ミコト。
    あいつは俺以外の前では余りその本性を現さない。
    淑やかに振舞っているつもりでも,俺の心眼はごまかされない。絶対だ。なぜなら心の眼で見ているからだ。

    何人か気づいている人間も居るだろう,多分。
    その人物――彼かもしくは彼女か。誰でも良い,俺を助けてくれ――もしくは俺と同じ状況になれ。
    俺一人だといささかミコトの御守はきつい。死ぬ。マジで。


    色々懊悩しつつ,ごろりと寝返りをうつ。頭が冴えて眠れない。

    何度目になるだろうか…また寝返った。
    すると偶然窓から刺しこむ月光が,彼の顔を照らす。
    その,場違いな眩しさに手をかざし――思う。


    …でも,まあ。

    アイツに会ってからのこの半年は――


    「…ま。悪くはねぇかな」


     △
     

    ポツリとこぼしたその一言。
    それは,もしかすると――

    紛れもない,本音の一言だったのかもしれない。



    月は,青年の手で隠れている。
    今はまだ。



    >>続く
引用返信/返信 削除キー/
■63 / ResNo.4)  "紅い魔鋼"――◇三話◆
□投稿者/ サム -(2004/11/20(Sat) 22:02:54)
     ◇ 第三話『ほんの微かな予感』 ◆


    あれから1週間が経つ。
    やはり毎日のようにミコトに引っ張りまわされ,俺とアイツは野外演習に向けての準備を着々と進めていた。
    先日届いたらしい演習の日程によると,今回の実地場所は学術都市(リディル)近郊にある北国境付近――1000年ほど前にあった戦乱の主戦場跡。
    山脈の麓にも近いと言うのに何故か円形に窪んでいると言う,特殊な地形をしている。

    都市リディルの1000年前の歴史を辿るとすぐわかる。
    突如発生した"邪竜(伝説の怪物)"による王国動乱と言う事態があった。その最終決戦場が北に広がるジスト山脈の麓,この都市リディルの西側全域に面する広い草原一帯にランディール平原と名付けられた土地だった。

    ジスト山脈は自然に出来た――数億年をかけてだが――地形だ。
    海岸線からその端を発し,王国北側全から西側にかけて連なる全長800kmに及ぼうかと言う大山脈である。
    山脈の中で一番標高が高い部分,それが王国最西部を北から南に抜ける山脈にある。
    海抜2000m。
    俺はまだ見たことはないけれど,きっと壮観なのだろうと思う。

    演習場所となるランディ―ル平原は軍の演習場所としても度々使われているところだそうだ。
    まぁ。
    素人の集団が実戦演習を行う時に,初めて行く場所で行うはずもない。それこそ何が起こるかわからないだろうからな。
    当然の配慮だろう。


    しかしミコトに言わせれば,今回は少々状況が違うらしい。
    なんでも,俺たちの住んでいる都市リディルよりも南部に位置する工業都市ファルナから,史跡調査団が派遣されてくるらしい。
    その調査時期と,俺達の野外演習の時期が図ったように重なるとの事。

     
     ▽  △


    「これっておかしい。変な符合だよ」
    「考えすぎだろ」

    午前中の講座も終わり現在昼食。あいも変わらずミコトにつかまった哀れな俺。
    そこで野外演習の話になったのだが。

    史跡調査団に限れば確かにそんなに珍しい事じゃないんだけど,とミコトは言葉を濁す。
    俺には何が心配なのかわからん。

    「何の心配をしてるんだ、一体。」
    「んー…」

    何時になく歯切れの悪いミコト。そんな珍しいコイツの生態を観察すべく俺は注意を払う。
    勿論,飯を食う事も忘れない。
    午後からは俺の選科の講座が幾つかあるのだから手抜きは出来ない。

    食いながらミコトに目をやる。
    ボケ―っとお茶を覗きこみながら思考に耽る様は中々見れるものではない。
    …が。

    「おい、大丈夫か?」
    「ん? あ,うん。大丈夫」

    心ここにあらず,と言った雰囲気で生返事を返すミコト。
    そんな様子のコイツは,なんだか見たくない気がした。


     ▼


    特にそれ以上話も弾まず,昼食は終わった。
    別れ際にアイツは,少し色々調べてみると言って足早に去っていった。
    俺はただその姿を眺めるだけで,何をするでもなく――

    「くそ」

    呟いて,講座の開かれる教室とは別の方向へと俺は足を向けた。


     ▽  △


    学院の図書館は,その1000年前に建てられた当時からの記録はもちろん、それ以前の物も多く揃えてある。
    歴史書,伝記,風土記。
    学術書にしても,その蔵書は一体どのくらいあるのだろうか。
    俺も良く魔鋼技科で使う資料をここで探す。コピーも出来てお得な所だ。


    俺は,普段はまずは行かない歴史書の棚を捜す。
    学院の前身――リディル砦の創設の話や,ランディ―ル平原での決戦に至った経緯を調べるためだ。

    目的の書棚から,その辺が載ってると思われる歴史書を数冊選ぶ。
    似たようなタイトルから複数選ぶには理由がある。
    本一冊の情報からでは,その情報が間違っていた時に検証のしようがないからだ。
    他にも,ランディ―ルに関する伝記やその系列の本を数冊選んだ。

    ランディ―ルとは人物名だ。
    ランディール・リディストレス。
    実際にその戦争を終結に導いた,当時の王国で最高位の宮廷魔法師――王国史で今もってただ一人の大魔導士の称号を得たものだ。また,強大な魔法の使い手だったからか,雷帝とも雷神とも言われる事もある。

    そんな御伽噺に伝わる伝説程度ならば俺でも知っている。

    彼の者,凶つ力を持つ異界の怪物を,天空より召還せし光の矢にて討ち滅ぼしたものなり――

    まぁ要はアレだ。
    正義の魔法使いが,悪いドラゴンとか魔王を強力な魔法でやっつけた,と。
    ガキだった頃は,俺も何時か空から光を降らせる魔法をつかうんだー,とかそんな事を言っていた気もするが…現実を知った今,それは不可能だと言う事もわかっている。

    魔法とは"限定現象"という別名がある。
    あくまで作用範囲は決まっている。それは異端と言われているEXにしても変わらない。
    自らの魔力が届く範囲,そして制御が及ぶ範囲だ。それ以外での作用はまずありえない。
    ――例え英雄ランディ―ルが人知を超える魔力を扱えたとしても…当時の制御法が今ほどでもない稚拙な魔法で,そこまで強力な光学系魔法を駆動できたかと言われると――甚だ疑問だ。

    先程選んだどの資料にも.そんな記述は一切載っていない。
    …ん?

    俺は違和感を感じた。
    載っていない。情報が載っていない。

    英雄ランディ―ルは,邪悪なモノを倒した。

    どの資料にも,"その程度"のことしか載っていない。
    ――なんだこりゃ。

    当時1000年ほど前とは言っても,文字もあれば記録媒体もある。
    劣化の度に編集されたとは言っても内容は余り変わらないはずだ。なのに,どの資料も戦争の終結に至る経緯だけがすっぽりと抜けている…?
    これはおかしい。

    この王国の始まり――王家の歴史は,その勃興当初からかなり正確に伝わっている。史跡調査と照らし合わせても何ら相違点は見つからないくらいだ。
    王国の成立以来約2400年。連綿と連なってきたその正確な記録技術が,ここ一点だけに限って記録されていない――もしくは,

    「正確に記録できない事情があったか,後になって改竄されたか,だな」

    調査には時間がかかるが,気になるものは気になる。
    ミコトにこの事を話せば何らかの答えは得られるだろうとは思うのだが――

    「…気にくわんしな」

    自ら借りを作るわけにも行かないし,何より検証するには情報は多いほうが良い。
    もしかすると,アイツには見つけられなかった事実があるかもしれないし,それに俺が気づくかもしれない。


     ▽  △


    数時間をかけて全資料を読破した。
    結果は。

    「どの資料も巧妙にぼかしてやがる…」

    ミコトが明言を避けた理由もわかった気がする。
    こんな曖昧な情報では,何かを確信できる理由が全く見つからない。
    だが,まぁ判った事も一つだけある。

    「こぞって事実を隠蔽する感じに本をまとめているところを見ると――こりゃ国家機密っぽいなぁ」

    そう言う事だ。コレはタブー(禁忌)
    触れてはならない,王国の闇に葬られた過去なのかもしれない。
    …まぁ,コレに限った事じゃない。多分そんな事は2400年近くも続く王国の歴史の中では度々起こっているのだろう…多分。
    そう思う事にしてきっぱりと忘れたい。
    しかしまぁランディ―ルの謎が例え国家機密に相当する事だとしても…

    俺にはミコトがコレを気にする理由に全く見当がつかない。
    恐らくアイツは,まだどこかに俺とは違った情報源(ソース)を持っているのだろう。
    きっと,今の俺よりも多くの情報を持っていると確信できる。

    俺が今出来る事。なんだろうな――。

    しばし考えて得たもの。
    その結果はごく簡単なものだった。

    「今,俺に出来る事…どんな状況にも対応できるように万全を期す事,くらいか。」

    その"どんな状況にも"が言ったいどの程度のものなのか――それが一番の問題だ。

    魔鋼技師たる俺の使命は,DEを完全に整備する事だ。ともなると――

    最凶最悪絶体絶命の大大大ピンチを,最低でも生き残る事が出来るように準備をしておけばいいか。多分死ぬより悪い状況はないだろう。
    まぁ,持っていける資材にも限りがあるけどな。
    そこは工夫次第と言う事か。

    苦笑し立ちあがる。
    図書館もそろそろ閉館時刻だ。
    だが――俺はこれから実習室へ向かわなければ。

    きっと明日もきつい一日が待っている


    ――主な原因はミコトだがな。


     ▽  △


    ――「うん。そう、調査団の構成メンバーを…そう。お願いね,なんだか気になって。――わかった、ありがと。じゃ,ね」

    私は受話器を置いた。
    今日の昼,ケイと別れてからは講座をサボってあちこちを奔走していた。
    この胸のもやもやを晴らすために。
    でも,情報が集まれば集まるだけ私の直感が囁く。

    "コレは,危険だ",と。

    既に各方面で確認済みの事実の一つに,英雄ランディ―ルに関する記録の一部が改竄されていると言う事がある。
    これは当時の宮廷魔術師団によって発せられた特命で,その裏にはかなり込み入った事情が隠されていると私は見当をつけている。
    内容までは探る事は出来なかったけど。

    …流石に,身が危ない。


    それとは別に私は先程,丁度南部の都市ファルナいる昔の友人に頼み,ランディ―ル平原に派遣される史跡調査団の構成員を調べてくれるように頼んだ。
    それだけならば私が直接打診してもかまわないのだが,情報は鮮度が高いほど良い。
    加えて,構成要員から推測可能な情報――何が目的で何をするつもりなのか――を知り得る事が出来るならば…

    ランディ―ル平原と言う戦乱の終結となった土地での演習訓練で,もし万が一。
    なにか想定外の事態が起こったとしても――対処できる。最低でも自衛は出来るようにしておかねばならない。


    …昼食時にケイが言ったとおり,私の考え過ぎかもしれない。けど――

    無視できない胸騒ぎ。
    私の直感が,こう警鐘を鳴らしている――

    "油断するな,気を抜けば危険がこの身に振りかかってくるかもしれない――"

    と。



    窓から空を覗きこむ。

    …今日は曇り――。



    月は,見えない。



    >>続く
引用返信/返信 削除キー/
■67 / ResNo.5)  "紅い魔鋼"――◇四話◆
□投稿者/ サム -(2004/11/21(Sun) 21:58:57)
     ◇ 第四話『天才の憂鬱』 ◆


    王国立総合学院。
    多種多様な人材を育てる総合学術機関として,国内でも名高い。

    ――学術都市リディル。
    学院が存在する大都市にして王都に最も近く,都市の前身が設立されてから1000年という年月を数える国内有数の歴史をもつ。
    その面積は広大で,北は山脈,東は海。西には広大な平原――貴族達が所有する大規模農園を持ち,王国の国内自給率をの大部分一手に引き受けてもいる。
    加えて都市部では第3次産業が盛んで,近年は情報産業関連の企業が多く起っている。
    王国工房やドライブエンジンメーカーの本社も軒並みこのリディルに集まり,その発展は拡大の一途を辿る。その勢いに陰りは見えない。

    王都に近い,と言うところもその原因の一つだ。
    王都には,国内でも最高の魔法使いや戦士,戦術士達で形成されている王宮直属の宮廷師団がある。
    近隣諸国でも知らぬものは居ない,強力無比な戦力だ。

    小さな犯罪などは都市警察機構や駐留している軍で大抵は対処可能だが,軍でも対応できないほどの人的災害――大規模なテロリズムや反乱,そして戦争になった場合は必ず彼等宮廷師団が出撃するだろう。
    そして即時に鎮圧してくれる。そう国民全体が信頼している。

    いわば抑止力だ。
    王都に近いと言う事――それはその抑止力の直接的な勢力圏内に位置する事で自らの身を守る――いわば自衛本能だろう。

    そんな,様々な思惑の絡んだ都市リディル。
    その中に学院は存在した。


     ▽  △

    学院に入る理由,志望動機。
    その中でも特に多い理由が"宮廷師団に入る"と言うものだ。
    そのため王国内の各地から,彼等のような秀才,天才達が集まってくる。

    そして入学してすぐ,自分達がそれほど突出した存在でない事を知る。

    本当の天才は格が違うと言う事を思い知るわけだ。
    勉学が優秀だったり身体能力に秀でていたりと言うのは,なんらアドバンテージにはならない。

    自らの才能を隠すものも居れば,潜在能力と経験の高さに気づかず平凡な影に隠れてしまう者も居る。
    だが,それとは真逆の性質を示すものもまた,居る。


     ▽  △

    彼女は生まれついての天才で,秀才で,努力家だ。
    真性の天才と言って良い。
    知識に貪欲で,しかし常に高みを目指す探求者でもある。

    彼女は魔法と言うものを常に愛している。
    愛しているからこそ,奥深くまで知りたい。

    魔力の微細精密制御にしても,どこまで可能なのか。
    駆動式を如何に無駄なく迅速に稼動させる事ができるか。

    その上で,美を求める。

    彼女は生まれついての天才で,研究者で,そして芸術家だった。


     ▽

    ウィリティア・スタインバーグ,19歳。
    魔法科に籍を置く女子学生で,現在第三過程生だ。

    見目麗しく可憐。
    高貴にして奔放。

    気品溢れる彼女は.王国の上流階級にある由緒正しい貴族で…要はお嬢様だ。

    彼女は常に高みにあった。
    下には興味も何も無く,ただただ純粋に高みを目指してきた結果だった。

    彼女の信念は

    ――己に負ける事勿れ。

    つまりは自分こそが最大のライバルにして超えねばならない壁である,という,その一言に尽きた。
    "最後まで諦めない","自分には絶対に負けない"と言うお嬢様らしからぬ根性は,そこで培われてきた。


     ▽


    ウィリティアは学院に通う生徒だ。
    しかし,かなりの学生が寮に入るのに対して,彼女はリディルに作られた別邸から通っている。
    心無い者が言うには

    ――高貴な血筋の御方は庶民とは暮らせないんだよ

    と言う事らしいのだが…実際は,単にウィリティアの父が過保護過ぎるだけらしい。


     ▽


    彼女の父スタインバーグ卿は,都市リディル西部の大規模農園を経営する貴族で,王国に多大なる貢献をしている。
    代々継いできたこの使命を彼はとても誇らしく思ってきた。
    そんな彼も恋をし結ばれ,そして待望の子供が生まれた。娘だった。
    現代において,貴族の世継ぎは男子でなければならないっ!などと言う堅苦しい決りはなく,そうでなくても初めて生まれた愛する我が子が娘である事に狂喜したスタインバーグ卿は,生来の心優しさがきわまって親ばかになった。

    物心ついた娘――ウィリティアが溜息をするほどの親バカっ振りだった。
    母はその父娘の様子を1歩引いたところから優しく微笑みながら見つめる奥ゆかしい人で,ウィリティアはどっちかと言うと母のほうが好きだった。
    …ともかく。

    高等過程を終了したウィリティアは,自分の知的欲求を満たしたいが為だけに最難関クラスの王国立総合学院への合格を決めた。
    無論,入学に当たり難関中の難関,魔法学を主席で,だ。
    父ライアル・スタインバーグは娘の行った偉業をにやはり狂喜し,そして次の娘の一言で絶望のどん底に落ちた。

    『お父様,わたくし学院の寮で生活する事にしました』

    寮で生活する=娘と離れ離れになる。なんだそれは? ありえない。誰だ僕の娘を奪おうとしているのはあああああ!!

    叫んだところで,母メディアのフライパンがライアルの頭に"ガン"と落ち,父ライアルは沈黙した。
    しっかりとフライパンを振りぬいている母も母だが…いつもと言えばいつもの光景に過ぎず、ウィリティアは大きな汗マークを付けつつもメディアの言葉を待つ。

    『ウィ―リーちゃん』
    『はい,お母様』
    『素敵な男の子,見つけてくるんですよ?』

    (やっぱり…)

    とガックリと肩を落としたウィリティアは判っていた。
    母であるメディアはおっとりとした性格のせいなのか,何処か感覚が少しずれているのだ。面と向かっていった事はないけど。
    状況を理解しているのかしていないのか判断がつけられず,ウィリティアは傍に控えている老執事に目を移す。

    『…お嬢様。心配せずに行ってらっしゃいませ。』

    力強く頷いてニッコリと笑った老執事のフォードは,ウィリティアにとって先生であり,師であり,そして優しく見守ってくれる祖父のような存在だ。
    もう一人の家族と呼んでも差し支えない。そのたびにフォードは苦笑し『私なんぞに勿体無い』という。
    本当に家族になれればと,ウィリティアはいつも思っていた。

    そんなフォードが確約してくれるのだ,心配する事はない,と。
    実の両親に励まされるよりも安心できるのは,まぁしょうがないだろう。

    『お母様,フォード,ありがとう。わたくし早速荷造りいたしますわ』
    『駄ああああああ目だああああああ!!』

    突如復活したライアルが叫んだ。辺り一帯に響き渡らんばかりに叫んだ。

    『きゃっ』
    『あら』
    『おや旦那様。御目覚めですか』

    御早い復活ですなぁと目を見張るフォードとおっとりメディアを無視してウィリティアの肩をガッシと掴む。

    『お、お父様?』
    『…どうしても,行くって言うんだね?』

    うって変わって真剣で静かな瞳。
    いきなり肩を掴まれたウィリティアは動転しかけたが,その瞳に我を取り戻した。

    『はい,私が自分で決めた事ですので。』
    『判った…。私もウィリティアの父親だ,娘の決めた道を無碍になんて出来ない…』
    『お父様…!』

    ようやく理解を示してくれた父に感動するウィリティア。が、ここまでだった。

    『だが寮はいかん! 寮なんてもってのほかだ! 女性に飢えた男どもが私のウィ―リーを奪おうとするに違いない…そんな事が許せるか! …そうか。やられる前にやれば良いのかそうかそうか』

    怪しげにくっくっく,などと笑い声を上げ始める父にウィリティアはやっぱり溜息をついた。
    …ほらお父様,後ろにフライパンを掲げた母様が…

    "ガン!"

    1回目と当社比4倍くらいの大音量とともに,父ライアルは再び沈黙した。今度はそう簡単には目覚めないだろう。

    気絶した父を引きずって退出するフォードを見送り,ウィリティアは母と向き直る。

    『…私もあの人も,ウィリティアちゃんと離れるのは寂しいの。お父様の事,わかってあげてね?』
    『お母様,勿論ですわ。お父様の奇行は私を思ってくださっているからこそ,と事いうは。判りたくありませんけど』

    そう呟く娘にメディアは苦笑する。
    すると何を思ったのか,彼女は右手の中指つけている指輪を外した。

    『ウィリティアちゃんに入学祝。私とお父様から』

    はい,と渡された指輪を見つめ,事の重大さを理解し驚愕する。

    『お、お母様,けれどこれ』
    『私のお古だけど,受け継いでくれる?』
    『…! はいっ!』

    母の所有する魔法駆動機関(ドライブエンジン)精霊(スピーティア)だ。
    "宮廷魔法師だった"母のドライブエンジン。
    軍の量産品ではなく,これは1個のオーダーメイド。
    メディアのためだけに調整されたこのドライブエンジンの格納する装甲外殻『精霊(スピーティア)』は,以前ウィリティアが一度だけ限定補助駆動させ装着した時に,相性がかなり良かった事を覚えていた。
    母の誇りの詰まった魔法駆動機関。それを託されると言うその事実こそが,ウィリティアにとって一番誇らしい事だった。

    『それと,ウィリティアちゃん。お父様の言う事ももっともです。』
    『え? はぁ。』
    『なので,リディルに別邸を作るから,そこから通ってね』

    ね? とニッコリと言われたウィリティアは,はい、と頷く選択枝しか残っていなかった。ように思えた。
    ウィリティアにとって寮に入るのも,別邸から通うのも…結局のところはどうでも良い事だったには違いないのだが。


     ▽  △


    魔法学科の大天才,ウィリティア・スタインバーグ。
    文にも武にも秀でている彼女は,その容姿の美しさ,溢れる気品も相俟って入学当初から有名だった。

    が,彼女は誰一人として相手にしなかった。
    ――レベルが違いすぎる
    余りの事に,彼女は軽く失望した。

    彼女にって彼等.彼女等は等しく…低レベルだった。


     ▽


    そんなウィリティアにも転機が訪れる。
    誰かが言っていたが,運命とは誰の元にも突然現れるものだ と言うのは結構言い当て妙だ。
    それはウィリティアが第三過程に入り,受講科目が専門と非専門に別れてきた時期だ。


     ▼


    ウィリティアの目指す頂き――そこは,母がかつてそうだった宮廷魔法師という最高の一端。
    その為には高度な戦闘技術も必要である事を情報として知っていた。

    生来ウィリティアは身体能力は高いものを有している。
    加えて幼少期は自然環境に恵まれ,野山を駆け巡る時代もあった。
    学業を習う年になってからは執事のフォードに格闘術の教えを請い,それを長年続けてきた。
    が,フォードを超えたと思ったときはいまだにない。おじいちゃん的位置に居ると言え,何時かは越えたいとも思っている。

    それはさて置き。
    ウィリティアは別邸に帰る前に行っている日課の戦闘訓練をこなすために,演習場に向かっていた。
    近く参加予定の演習訓練の為の意味合いも兼ねている。学院では半期に数度,課外講座として学内外を問わ頭に参加者を募り,軍からの教官を招いて実習訓練を開講する事があるのだ。

    演習場につく。しかし,どうやら先客が居るようだ。

     ▽

    男女一組。
    普通は男子が女子を教えるのが通例なのだろうけど…

    …なんで男子の方が吹き飛んでいるんですの?

    景気良く飛んでいるのは男子生徒だ。
    吹き飛んでは起きあがり,しかしその瞬間には踏み込んでいた女子生徒によってまた飛ばされる,と言う奇妙な行動を繰り返していた。
    吹き飛ばすほうもスゴイが,吹き飛ばされるほうもタフだな,と思った。が

    …あぁ,アブソーバー機構付きのライトアーマーですのね

    得心行ったと頷いた。
    衝撃を吸収する駆動式を刻印した使い捨てのミスリル製品。
    そんなに高価なものではないし,…魔鋼技科であれば作成も可能だろう。
    もしかすると学生の作品かもしれない。

    逃げる男,追う女。
    端から見ると実にコミカルな光景だが,それを演じる当人達はどちらも真剣だった――否。
    女子生徒は楽しんでいるようだ。

    身代わりの駆動式を刻印したミスリルのストックが切れたのだろう,男は最後には女子に立ち向かっていったが敢無く沈黙した。
    まぁ良くがんばった方だろう。
    恐らく戦闘訓練過程は取っていないはずだ,あの動きでは。しかし工夫をする事で彼は戦技科に通っていると思われる女子生徒と長時間渡り合って見せた。何ら落ち込む事はないだろう。
    そう考えて,そろそろ終わるのでしょうか? と首をかしげる。

    「…あ」

    思わず呟きが漏れた。
    女子生徒は気絶した男子生徒の傍らに屈んで,優しく髪を撫でているところを見てしまったからだ。

    ――立ち去るべきかしら…

    思わずそう思ってしまったが,それでは自分の訓練が出来ない。
    それにここは共有スペースで,辺りを憚らず馴れ合う二人が悪いに決まっている。そう決めた。
    頬を僅かに染めながらも,余り見る事の出来ない――と言うか,初めてみるそんな光景を視界に入れながら,ウィリティアは二人が帰るのを待つ事にした。

    訓練室の女子生徒は立ちあがると,男子の両足を引っ張り始めた。
    あらあらとウィリティアが内心でコメントしていると,彼女は男子を壁際のところに寝かせてから,またもとの場所に戻った。


    す、と空気が変わる。
    気配の変容は"武術"に置いて重要な意味を有する。
    彼女は――先程までと全く次元の違う型を始めた。


    ――円舞。

    そう聞いた事がある、アレはフォードからだったろうか…?
    遥かな昔から連綿と続けられる武術があり,それは人の限界にを極め,最小の力で最大の威力を発揮する――とか。
    まるで魔法の制御と威力の関係のようだ,とその時は思った。
    そしてウィリティア自身も何時かは目にしたいと思っていた,その武術。

    「…きれい」

    無意識の呟きは,そのまま彼女の本音だ。
    女子生徒の円舞は,半径2mほどを中心に何者をも寄せ付けない結界を形作っているのが判る。

    もし,自分が今あそこに入ろうとしたら――

    9割の確率で,負ける。
    戦闘にすらなるか判らない。自分は勿論,彼女も魔法なしの状況で,だ。

    その事を理解しながら気づくことなく。
    延々とその光景を見つづけていた――。




    「ミコト」

    我に返る。
    だれかの名前だろか? 声をしたほうを向くと,先程の男子生徒が起きあがっていた。
    ――もう気がついたの,タフですわね。

    などと考えていると,呼ばれた女子生徒――ミコトというらしい――は突然笑い出した。

    「ぷ…あは、あはははははは!」
    「なんだ,頭でもおかしくなったか――いや、元からだったな…うおっ! なんだコラ,どうした!?…おい…どうしたんだ…?」

    少女が,彼の背中に突然抱きついた.少なくともそう見えた。
    ウィリティアは,その光景に思わず頬が染まる。

    ――別にわたしのことではないですけど,えと…

    などと言い訳をしつつも目を離せない。


    「うん…ケイ」


    ミコト,と言う少女の酷く熱いコトバ。
    どんどん紅くなる私自身の頬。

    「ミコト…?」

    ケイと呼ばれた男子は,なんだかひどく動揺しているようだ――関係ない私がこんなに動揺しているのだから,当然ですわ
    だのと思いつつもいったいこの先はどうなるのか――と固唾を飲んで見守っていたが、次の瞬間,今日最後の,信じられない光景を目にした。

    「さっきのは少し,言い過ぎだとおもうよ?」

    言葉とともに,轟音。
    なんだか良くわからないけれど,彼女の放ったらしい大技が彼を床に沈めていた。
    実に見事な技だと思ってしまった。


     ▼


    数分後,やはりかなり早めに復活した彼を伴って.ミコトという少女――多分同い年くらい――は帰っていった。
    訓練室の出入り口ですれ違う時に,少女は私に向かってウィンクし,右手人差し指を唇に当てる仕草を見せた。

    「――あ.」

    ばれていた――羞恥に顔が赤らむ。
    最初からだろうか? それとも最後のほうだけだろうか…?

    彼女のあの仕草は,あそこであった事は内緒にして、というお願いの意味をこめていることは明白だ。
    一体どこから何処までを黙れば良いのか見当がつかなかったけれど,話す相手も居ない私には関係ない。
    彼女が秘密にしたいその事は,私の胸の中だけに仕舞われた――ハズだ。

    一体何を秘密にしたがっていたのだろうか。
    さっきの男子とのじゃれあいだろうか。
    それとも――

    …!

    気づく。
    その,彼女の行っていた円舞を。

    人が具現できる最高の型を。
    私が,9割の確率で負けると判断した,その技を。

    "意識するでもなく繰り返していた"その"行使"の如き力の体現を――!

    あの女――ミコトは私を超えるものを持っている。
    恐らく戦技科,それもトップクラスの実力者に違いない――即ち。

    魔法を使う戦闘においても高レベルであると推測できる…!!

    もしかすると…私以上に。


    背中を電流が駆け抜けるようだ。
    震えが止まらない――止められない。

    それは歓喜。
    自分と相対する事の出来る者が存在した,その事実への喜び。
    それは恐怖。
    自分を超える可能性を秘めるものへの純粋な恐怖。


    だが,なにより――

    興味がある。
    ミコト。そして補助具的な付加要素があったとはいえ彼女と渡り合うケイという男。加減はあったみたいだけど。

    「…見つけた。」

    今まで未知の領域だった,競い合う事が出来るかもしれない,そんな相手を。
    同時に二人も。



    ウィリティアは,静かな喜びと確信に溢れていた――。


     
     ▼



    彼女の人生最大の転機(運命)
    それは,やはり突然に訪れるものだったらしい。




    >>続く。
引用返信/返信 削除キー/
■68 / ResNo.6)  "紅い魔鋼"――◇五話◆
□投稿者/ サム -(2004/11/22(Mon) 21:53:16)
     ◇ 第五話 前編『戦闘訓練』 ◆


    学院に所属する学生の一部――とりわけ優秀な連中は,未来の宮廷師団を目指し戦闘訓練を受けるもの達がいる。
    軍への仕官を目指すもの,単に趣味や身体機能向上を目的としている連中も若干混じってはいるようだが。

    戦闘の基本は剣術,拳銃術,格闘術…そしてそれ+αの魔法格闘戦術。
    魔法格闘戦術の格闘は,前述の三つの戦闘方法を含む全ての"戦闘方法"だ。
    魔法格闘戦術――すなわちそれは,魔法を使った対人攻撃方法。
    現代の局所戦闘において,もっとも有効な戦術の一つでもある。

    魔法は魔法駆動機関(ドライブエンジン)がなければ使えない。
    これは当然の決まり後とにして秩序であり、破られることのない真理だ。
    EXにおいてのみ適用される事のないモノではあるが。

    魔力に反応して様々な効果を発生させる魔鋼(ミスリル),そしてその威力や方向性を具体的に指向・制御する駆動式群――魔導機構。
    それによって作られた様々な形態をした道具を持つ事により,人ははじめて魔法使いになる事が出来る。

    魔法を発生させる道具は,一般に2種類ある。

    一つは魔法駆動機関(ドライブエンジン)
    これは王国で開発されたもので,魔法発動媒体であるミスリルの中に閉鎖式循環回廊という特殊な結界を形成し,その中に使用者の身体機能および魔法発生を増幅させる補助具(デバイス)を格納しているものだ。
    補助具(デバイス)には"魔力変換炉"が組みこまれており,それが機械化(マシンナライズ)された魔導機関を含む補助具(デバイス)と連動する。
    これによって,従来では魔法発動媒体とは区別して持ち運ばなければならなかった"身体機能を増幅する"補助具をも格納し,さらに魔力発動・反応性を利用しその性能を飛躍的に向上させることに成功した。

    …しかし,ドライブエンジンを駆動するには多くの魔力と制御しきるだけの技術(スキル)がなければならない。
    実を言うとドライブエンジンの効果は絶大だが,一般に汎用性があるか――と言われると実は余りないというのが実情だったりもする。
    市販されているドライブエンジンは,必要最低限の機能しか保有されていないばかりか戦闘行動はできないようプロテクトがかかっている。
    つまりはそう言うことだ。

    しかし現在,ドライブエンジン技術とそれを粒子化・格納する為の閉鎖式循環回廊の技術を保有する国家は王国のみ。公開もしていない。
    王国工房と,そこに提携する関連企業は日々他国の諜報機関とその技術をめぐって争っていると言う。


    さて。
    もう一つは,今を持って全世界でまだまだ親しまれている"従来型"だ。ドライブエンジンは"次世代型"と区別されている。
    従来型とはミスリル加工された武器防具,または装飾具などを示している。
    剣であり,盾であり,モノによってはナックルガードや拳銃と言う種類もあるらしい。指輪や腕輪,ピアスや首飾りなども多くある。
    普段の生活ならばアクセサリー類でも十分だが,戦闘ともなるとやはり実用的なものを好むのはいつの時代も同じだ。

    武器・防具に駆動式を付加する。
    組みこめる式数こそ少ないものの,誰にでも使用可能な上に汎用性も高い。
    武器で言うならそれ自体の形状が"攻撃の意味"を現しているので精神集中も比較的容易だ。
    防具もまた然り。
    訓練を詰めば誰にでも使用する事が出来るようになるこの従来型(ベストセラー)。しかしこれにもデメリットがないわけではない。

    その汎用性の高さと扱いやすさから,犯罪に使われると洒落にならない被害を出す場合も多々ある。
    それは何も従来型――ARMSと呼ぶ事にする――に限った事ではなく,王国内でも魔法駆動機関(ドライブエンジン)を使った犯罪が増加傾向にある。
    もっとも,これに関しては王国軍に属する特殊部隊が対処してはいるらしい。

    さて従来型(ARMS)だ。
    汎用性が高く,戦闘に適する形をしている。戦闘魔法との相性も良い。
    ともなると――戦闘訓練でも当然のように用いられることになる。
    当然,魔法の威力に制限(プロテクト)はかけられるだろうが。

    それは,王国立総合学院でも変わらない。


     ▽  △


    カリキュラムにある戦闘訓練――それは主に戦技科が中心となって行われている。
    戦技科の第三過程生――全59人(一人は辞めてしまった)は総合ジムの中にある結界に囲われた戦闘訓練用のスペースに集まっていた。

    訓練は何も戦技科のみで行われるはではない。
    他学科からも希望者が参加するのが通例だ。例をあげるならば魔法科など。彼等は紛れもない天才集団で,研究過程生の中には王国工房や各企業に混じって研究・実験を行う者まで居る。


    そんな彼等が目指す高み――その一つに宮廷魔法師がある。
    宮廷魔法師は宮廷師団に属するもの。
    その知名度は全世界にも通用するもので,反体制に対する大きな抑止力とも言われている。

    宮廷師団は騎士,戦士,魔法師,魔法使い,賢者などと名称と役割が別れている。
    魔法師と魔法使いの違いは,前者が戦闘に特化した者であるのに対して,魔法使いは主に駆動式や魔導機構の研究・開発を行う研究者だ。
    ちなみに賢者は,国や各国との調整をつかさどる外交官みたいなもの。
    師団とは言え,戦争するだけが能ではない。


    話を戻そう。
    魔法科のみならず,戦技科も似たようなものだ。将来"宮廷師団"になりたいと思っているのはこの59名の中にも少なくはない。そして――
    実際に届くかもしれない,くらいの才能と努力は彼等にはある。

    さて戦闘訓練だ。
    戦技科と合同で行うのは大抵は魔法科。
    しかし,今日は何時もと違った。

    59名の戦技科に対して,魔法科からこの講義を希望する人数は21名。
    "いつもより1名"多かった。


     ▽  △

    ミヤセ・ミコトの意識は,実はそのとき既に遥か彼方(今日の昼食)へと飛んでいた。
    まぁいつもの事と言ったらいつもの事だったのだが,今日は何時もよりボーっとしていた。
    彼女には他にも色々と懸案事項があるらしい。

    …通常,この戦闘訓練は戦技科59名+魔法科20名の全79名で行われている。
    つまり一人あぶれるわけだ。
    それがミコトだった。

    ミコトは第二過程後半期から第三過程にかけて意識を切り替え,"目的"に向かって歩き出す決意をした。
    それは行動にも反映し,それまでは平均的な成績だった彼女は時が過ぎる毎に頭角を現し始める。
    学業・魔法・戦闘訓練。
    そして交友関係…つまり,生活のほぼ全てにおいて彼女は変わったとも言える。

    戦闘訓練などはそれが顕著に表れた。
    類稀な才能でもあったのか,何時しか誰にも彼女に勝つことが難しくなるほどだ。元々強かったが。
    そんなわけで,ミコトは毎回の戦闘訓練を出向中の軍の担当教官と行うのが常だ。

    ――前回までは。


     ▽  △


    ――ん?

    そこに渦巻く落ち着かない雰囲気にようやくミコトは気づいた。
    何時もと様子が違うようだ、辺りがざわついている。

    …今日は少し早めに切り上げて食堂に行きたいんだけどな――

    3週間後にある野外戦闘実習訓練。
    普段と同じならば良かったのだが,不確定要素と変な符合が絡み合って色々と胸騒ぎがしている。
    自分の感を信じるならば,何か事件が起る可能性がある――少なくとも0ではない。
    そう直感が告げているのだ。

    そんなわけで,ミコトは手早く教官を捕まえてボコそうと思っていた。
    今期担当になっているのは30半ばのオジサマ系の人で,かなり良い人だ。
    三本先取でストレート勝ちならば,多少早く切り上げたいと言っても許してくれるだろう,何時もそうだし。

    そう目論見ながらきょろきょろと辺りを見まわして――

    「いた。…あれ?」

    その教官は一人の女性徒と話している。

    「あんな可愛い子いたっけ…?」

    一目見て美人だとわかった。
    身長,体重は自分と同じ位だろうか。瞳は緑で,そして綺麗なショートカットの金髪だ。
    仕草に,こう。何とも言えない気品とでも言うのだろうか。が漂っている。
    教官と二言三言言葉を交わした彼女はミコト(こちら)に気づくと,その足で歩いてきた。
    そこで気づいた。
    先日ここですれ違った彼女だろう。

    ――うん,美人だ。

    正面きって向かい合うとわかる。
    それは単に,外見だけではない事が。

    溢れる自信――それを感じる。


    ―――っ。
    思わず顔がニヤリと歪む事をミコトは止める事が出来なかった。
    無意識のうちに体と意識が臨戦態勢を整え始める。

    「先日はどうも。」
    「お邪魔いたしますわ」

    軽い挨拶。
    だが――その実二人は高まる昂揚を感じてもいる。

    対峙する。
    その間約3m。測ったかのように二人はエモノを構えた。
    どちらも長さ1.5mほどの魔鋼(ミスリル)製の棍だ。

    二人にはもう,それ以外のやり取りは無用と言う事を直感というか本能で感じ取る事が出来ていた。
    つまりは,そう言う事だ。

    「いくよ」
    「いきますわよ」


    二人の持つ,訓練用に能力をプロテクトされた棍型魔法駆動媒体(ARMS)が同時に光を発した。





    >>>NEXT
引用返信/返信 削除キー/
■69 / ResNo.7)   "紅い魔鋼"――◆五話◇
□投稿者/ サム -(2004/11/23(Tue) 17:57:30)
     ◇ 第五話 後編『戦闘訓練』 ◆



    二人の一瞬の攻防(初撃)はすさまじかった。

     
     駆動:簡易式;衝撃波
     ≫・簡易衝撃波・ニ連撃

    様子見だったらしい初撃はどちらも相殺。
    が,金髪娘――ウィリティアの魔法は見たこともない駆動式で,それもニ連撃の高速投射。
    ミコトは前方に――つまりウィリティアに向かって身を投げ後発の衝撃波を寸前で回避。
    その一連の様子をつぶさに見届けたウィリティアは,更に回りこむようにミコトの左側へと走る。
    すぐさま起きあがり態勢を戻したミコトは,まるでそれを読んでいたかのような棍による横凪ぎ。
    しかしその豪速の攻撃をウィリティアは自身の棍で受けとめ,場が一時的に止まった。

    「きみ――」
    「あなた…」

    至近距離で見詰め合う瞳――そこに宿る感情は驚愕と衝撃。
    思いは驚きと喜びか。同じ光が目に灯っている。


    不意打ちの,誰も知らないわたくしのオリジナルの魔法駆動。
    それを回避してなお,ここまで重い撃ち込みをかけてきた彼女(ミコト)

    戦技科の一員の自分にここまで遅れを取らせる魔法科の学生…。
    さっきの魔法も信じられないモノだ。みたことない。全く掴めないこの美人さん(ウィリティア)


    ((彼女(この方 この娘),紛れもない――天才。))


    それぞれの思惑が二人の思考を掠め,一瞬でそれを忘れた。
    そんな無用な詮索はいらない。
    どうせすぐにわかることなのだ。

    打ち合った姿のまま,美しい女二人は同時に微笑む。

    「――さて。」
    「続けましょうか――」

    今度こそ,本当の戦いが始まった。



     ▽  △



    一進一退とはこの事だろう。
    二人の攻防は講義の指定範囲にとどまらず,教練所全域に渡って行われていた。


    最初は教官も止めに入ろうとしたのだが,これほどの見本も中々見れないものとすぐさま気づきそのまま放置する事にしたらしい。
    と言うか,二人とも全開戦闘している事からそう長く持たないと察していたのかもしれない。
    何にしても――

    「触らぬ神に,祟りはないらしいからな。」

    その呟きに,受講生全員が首肯した。


     ▼


    飛び交う魔法,打ち合う杖。
    自身に補助魔法をかけて身体機能を増幅し,重力の断層を利用して空中を飛び交い,衝撃波が,雷撃が,炎が弾ける。
    接近すれば杖による撃ち込みの応酬,蹴り技,フェイントを多用したしつこいまでの駆け引き。
    そのどれもが教本に載せたいくらい精練されているもので,その場に居るほとんど全員が食い入るように経過を見守っていた。
    …一部賭けも始まっていた。

    時間の経過とともに,二人の戦闘方式(スタイル)がはっきりとしてきた。
    ミコトは近接戦闘派,ウィリティアは中,遠距離攻撃派だ。

    しかし,二人ともそれ以外がダメだというわけではない。
    ミコトの 中,遠距離時の追撃魔法にしても学生レベルにすれば相当なものだし,ウィリティアの杖術は戦技科の生徒に勝るとも劣らない。
    それ以上に,二人の得意な戦闘方式がずば抜けている。それだけの話だ。


    距離を開けるとウィリティアの中距離魔法が絨毯爆撃のように襲い掛かる。
    ミコトは更に距離を開けるか自ら接近しなければならない。

    逆に距離を詰めればミコトの怒涛の攻撃がウィリティアを防戦一方に追い詰める。
    ミコトの攻撃への僅かな反撃の機会に合わせ,魔法を折りまぜて強引に距離を開けるまでは息もつけない。

    互いが互いの天敵である事は,今までの数分間の攻防で嫌というほど身にしみた。が――


    「本気,ださないの?」
    「貴方こそ。なぜ全力で挑みませんの?」

    その間約3m。
    中距離にも近距離にもなりうる微妙な線だ。ギリギリの膠着ライン。しかしそれはほんの僅かな弾みで崩れる危うい蜘蛛の糸でバランスを保っている。
    それ故に――膠着したからこそ言葉を発せた。

    「私は本気だよ」
    「なら,わたくしも本気ですわ」

    構える武器は同じでも,その型は全く違う二人。
    ミコトはそれを武器として,ウィリティアはそれを杖として。

    「言わせてもらうけど,さっきの連続駆動魔法。あれ以来みてないけど?」
    「ならわたくし言わせてもらいますわ。先日見た,あの――」
    「先日・・? っ! ちょっ! ちょっとまった!」
    「?」

    先日見た――でミコトが大いに慌て始めた。
    理由を思いつかずウィリティアは ? と首を傾げるが,互いに戦闘態勢を取っているために迂闊な動きは出来ない。
    しょうがないのでウィリティアは続ける。

    「…先日ここでお見かけしたときの,あれですわ。」
    「あ、あれはそのっ! ちがうの、うん。アレは貴方の見間違い!」

    動けないのはミコトも同じなのだろう,言葉だけが先行して何かを断言している。
    ミコトの言葉の意味が通じず,ますますわけがわからなくなるウィリティア。

    …あの見事な円舞――あれこそあなた(ミコト)の真骨頂でしょうに。

    「見間違いのはずがありませんわ。あれが本当の貴方でしょう?」

    の言葉で,ボンッ! とミコトの顔が真っ赤になった。

    ――あら。
    わたくし,何か変なことを言ったかしら――?


     ▼


    観客達はそのやり取りを聞いていた。しっかりと聞いていた。
    この戦いの行く末――それは食券やら夜の食糧事情を改変しうるものだからだ。
    あるものにとっては良く,またある者にとっては悪く。
    が――

    どこか様子がおかしい。


    最初こそ,二人がまだ本気を出していないと聞いて戦技科の連中――教官も含めて顔を青くしたが,それ以降の
    「先日見た――」や「――当の貴方で」と言うウィリティアの発言からミコトの様子がおかしくなった。
    動揺,そう言って良いかもしれない。

    ミヤセ・ミコトが激しく動揺している…?
    しかも、顔を真っ赤に染めて。


     ▼


    「だからっ! アレは違うの,気の迷いみたいなものだから!」
    「気の迷いであんな事できますか! あの光景,本当に目を疑ったものですわ!」
    「ななな、なんでそんな事が言えるのっ! ちがうんだってば! …わ、私は別にそんなつもりでしてたんじゃなくて!」
    「……? …あなた。さっきから何を言ってるんですの? なんだか話が食い違ってません?」
    「…へ?」

    途端ミコトの動きが止まる。
    記憶を反芻する事数秒、その間に他生徒どものざわめきも消えた。

    「んと。」
    「ええ。」

    ミコトの問いに,ウィリティアは頷きながら応える意思があると返す。

    「貴方が見たのって…私がアイツを…その。介抱してるとこ…とか?」
    「はぁ??」

    ウィリティアは思わず天を仰ぐ。そう言えばそんな事もあったかと今更ながら思い出した。

    何を動揺していたと思えば――この娘は。

    「…わたくしは,別に貴方が誰と愛しみあっていようとも構いませんわ。私が見たのは貴方の円舞です!」
    「あーー…」

    ウィリティアの言葉――主に前半部分に反応したギャラリー(観客)が,ざわっと騒ぎ始めた。


    …最近で最大の勘違いだ。
    そう言えば,あいつ(ケイン・アーノルド)が目を覚ますまで,型をしてたんだっけ…。


     ▼


    「…おい,なにか。やっぱあれか。」「だな。噂は本当だったのか…くっ」やら。
    「おぉー,みこっちゃんやるね,ほら。やっぱり彼氏だったんだ。」「あーあ,ミコトに先越されるとは…これはアレだね。」「だね」「うん」「会議だね」「裁判だよー」「誰の部屋にする?」「当人でしょう?」「会議室借りとくってのもアリだよね」だのと。

    男子連中と女子連中から何やら聞こえてくる。
    特に問題なのは女子のグループから聞こえてくる「あれ」だの「会議」だのという不穏で不吉な単語だ。

    やばい。
    ミコト絶体絶命のピンチ…!
    切り抜けねば明日がない。この果てしない誤解をどうするべきか…

    頭を抱えてこれから展開に悩む。

    「よろしくて?」
    「あー…人生に疲れてきちゃった…」

    数秒の間に赤くなったり青くなったり忙しい娘だこと,と思わないでもなかったが…まぁ勝負には関係がない。
    問題なしと判断する。

    「わたくし,あの時に見たあの円舞と――貴方と戦ってみたいと思ってましたのよ」
    「…実を言うと私も」

    ウィリティアの言葉を受けて,ミコトも応える。
    伏せていた顔をゆらぁりと上げた。

    「キミのさっきの魔法,どうしても打ち破りたくなったんだよね,たった今。」

    …相当私怨が篭っているようだが――その意思は本物だ。
    未知の技故に。

    ――そして、ミコトの瞳に力が漲り始める。
    ――ウィリティアの瞳にも闘志が篭る。


    「受けて立ちますわ――」
    「――こっちこそ。」


     ▽


    ウィリティアが魔力を収斂し始めた。

    ――貴方の態勢を崩した上で,最高最大最速の魔法と全経験を込めた一撃をいれて差し上げますわ…!


    対してミコトは杖のARMSを横に放る。必要なものは拳と心と魔力だけだ。

    ―― 我 円環なり。止めるものなく 遮るものなし。 我 流れる水の如く全てを受け その力を持って制するものなり…!


     ▽


    収斂した魔力を魔導杖に誘導し,静かに攻撃態勢を整えるウィリティア。
    逆に魔導杖を手放したミコトは,全てを見通す虚ろな目の自然体となる。


    静かなる興奮。

    その中で,ゆっくりと二人の口が開いた。
    紡がれる,静寂の中に響く宣言。

    それは――


    「ぶっ飛ばしてさしあげますわ!」
    「叩きのめしてやるっ!」


    二人が程よくヒートアップしている事を示していた。


     ▽  △

     ▼


    肩幅に開いた両足…右足を前に,左足を後方へ。
    半身の構えで両手は脇に。顔は正面を向き,両の瞳は軽く伏せ,必要以上の情報を取り入れないよう――かと言って,何も見逃さないよう半眼の状態。

    静かなるトランス。

    自分から半径2mは絶対領域。侵入したあらゆる攻撃を感知し,排除する。
    ただそれだけを最高効率で行う全自動反撃領域(システマティック・オートカウンター),それが円舞だ。

    待つ。
    あの自信溢れる彼女の攻撃を――待つ。

    それが私の最善――!


     ▼

    初撃で行った攻撃――駆動法は,あれは想定する本来の性能にはまだまだ及ばない。
    自分――ウィリティアが,この学院で第四過程生…つまり研究生に混じって上の講義を聞く中で考案した,独自の発想に基づく新しい駆動方式,その簡易版だ。

    代行定義魔法駆動(マクロ・ドライブ)――。

    それがウィリティアの考案する魔法駆動の新方式だ。まだ研究途中ではあるが。
    まったく未完成で荒削りも良いところだが,理論と式は頭の中にできている。後は実践出来るだけの実力を付ければ良い。
    ――もし,これを確実に自分のものに出来たのならば,自分はきっと宮廷魔法師に肩を並べることだって可能のはずだ。

    …今はまだそこまでの力はない。
    使える魔力量も少なく,この簡易版を数回発動するのが精一杯だろう。
    しかし。
    これを使わなければ,彼女(ミコト)には届かない――それはわかっている。
    だから使う。
    そして勝利する。

    それが,今の最優先――!



     ▽  △


    ――疾る。
    ウィリティアは身体機能増幅をかけ,今までで最速のスピードでミコトに迫る。
    彼女との距離約3m――急転換・そこから円を描くように右へ。
    魔力強化された脚は彼女を滑るように移動する事を許し,彼女の周囲を周回し始める。

    ミコトはそれを睥睨する。
    怯えも動揺も疑問も何も介在しないその眼差しを,ただまっすぐ前にのみ向ける。


    ウィリティアがミコトの周りを何週かした,そのとき。
    突如その輪が崩れ,ウィリティアの姿が消える。

    周回方向とは真逆の上空,そこへ跳躍

     >>>・簡易衝雷炎・三連駆動

    上空,それも後方(死角)からの魔法攻撃。各属性の魔法駆動のタイムラグは,おそらく学院始まって以来のレコード記録を出しただろう。
    ギャラリーもこぞって目を丸くし感嘆の声を上げた。
    上空の三連撃を放ったウィリティアはそのまま後方2.5mの場所に着地・疾駆再開。


     ▽


    意識の片隅で。
    それは起る。



    ―――――――・攻撃感知


    ゆらり、と体を軸に回転・両腕を振る。
    遠心力により,遅れて動き出した両の手――それが飛来する衝撃波を弾き。
    繰り出した蹴りが炎を砕き。
    1歩,たった1歩横にずれただけで雷を回避した。

    そして,何事もなかったかのようにもとの態勢に戻る。

    ふわり,と,束ねた長い黒髪も元の位置へ。

    静かに。流れるように。


     ▽

    ――!

    なんですの,アレは!?

    驚愕とは裏腹に,ウィリティアはその表情を喜びに染めた。

    とりあえず,彼女の防御手段はすぐさま予測が立った。両手と蹴りで魔法攻撃を打ち砕いたアレは――魔力付加だろう。
    信じられないのはこちらの攻撃も一緒かもしれないが,純粋魔力による対消滅ならば話はわかる。
    第五階級印でもその程度の魔力は集める事はできる。なにより,発動する攻撃魔法が媒体(ARMS)のせいでその程度の力しか持たないのだから。

    しかし,そうすると――
    やはり,あの絶対領域に入りこんで直接一撃を打ちこむ必要があると言う事。

    正直,楽しい。

    これほど戦闘が楽しいと思ったのは一体何時以来なんでしょう!

    自信はある。
    そして彼女(ミコト)は待っている。
    …ならば,すぐにでも応えねばなるまい―――!


     ▽

     駆動:簡易式:衝撃波
     駆動:簡易式:炎性弾
     駆動:簡易式:氷矢

    三つの駆動式を続けざまに通常駆動・解放。
    ウィリティアはそのまま周回を続行し,次々と魔法を放つ。
     
     駆動:雷撃
     駆動:炎爆
     駆動:地刺
     
    その全てをミコトは弾き,いなし,かわし,砕く。

    ミスはない。体に傷一つつかない。
    最小限の動き,最大の効果。
    彼女の動きには無駄がなく,それでいて美しい。

    自分の理想…

    "――理想の魔法駆動を見ているかのようだ――"


    静かな喜び。
    深い感激。
    ウィリティアの心は,歓喜に満ち溢れていた。


    やはり本物だ,彼女(ミコト)は。


    わたくしの


    宿敵(ライバル)


    相応しい――!


    苛烈な感情とともに繰り出す魔法は激しさを増し,雨霰のように降り注ぎ――それら全てを苦もなく捌くミコトに…!


    ―――勝負!



    突撃する―――!



     ▽





    ―――・感知


    魔法の弾幕の間から,突如突き出されてきた左の拳。それはウィリティアのものだ。
    ミコトは頭半分横にそらす事でかわし――カウンターのタイミングで右拳を当てに行く。
    ウィリティアは予測してたのだろう,その攻撃を体を捻ってかわし,回転する動きで右手の杖を横凪ぎする。
    死角からの横凪ぎ――ミコトは右拳のストレートを一次停止し,しゃがみ・回避。
    そのまま屈んだ状態で脚払い。
    ウィリティアの足を払った。




     ▽


    払われた。
    態勢が崩れ,勢いあまって床へ倒れこむ。状態はあお向け――なら!


     ▽
     
     
    倒れたウィリティアの体に圧し掛かり,マウント状態からのミコトの突きが――
    ウィリティアは,体の上に圧し掛かってきたミコトの顔面に右腕を突き出し――


    どっ!
    バン,バシン!




    鈍く響く音。
    激しい衝突音。



    沈黙が降りる――。





     ▽  △





    結果,最後は相打ちに終わった。
    ミコトの突きがウィリティアの鳩尾に突き刺さるのと,ウィリティアの魔法――簡易代行定義駆動(マクロドライブ)の衝撃波ニ連撃がミコトの顔面を打つのは,同時だったわけだ。





     △


    時間にしておおよそ10分の模擬戦闘――途中変なところもあったが,"二人以外の"戦技科と魔法科の受講者達,そして教官はこの一戦を伝説として語り継ぐ事に決めた。
    ちなみに,賭けはどうなったかと言うと。
    相打ちにかけた者が誰もいなかったので返金と相成った。元締め,ご苦労様。

    残りの時間は通常の訓練になった。
    二人以外の総勢78名が教官のアドバイスを受けながら各々"今日の戦い"を反芻しつつ,自分の戦い方を見なおすものが多数だったらしい。
    その一面だけを見ると二人の行動は為になったと言える。


    さて。

    その後二人は何をしていたかと言うと――




    ――仲良く,訓練室の隅で寝かされていた。





    >>続く
引用返信/返信 削除キー/
■75 / ResNo.8)  "紅い魔鋼"――◇六話◆前
□投稿者/ サム -(2004/11/24(Wed) 22:25:09)
     ◇ 第六話 前編『正しさの証明』 ◆
     

    俺は悩んでいた。
    結構深刻でマジメな悩みだ。
    今回はミコト絡みではなく,学業方面の悩みだったりする。
    まぁこっちの悩みの方が学生らしくて良い。あいつに振りまわされるよりは断じて良い。
    …多分な。

    その日,俺は担当教官に呼び出されていた。


     ▽


    「四期過程生との合同受講講座,ですか?」
    「そうだ。」

    いかにも職人風なこの教官,今年で50になるおっさんらしい。
    エディット・ディーン教官。学院でも古株でかなりデキる先公だ。
    俺も何度か世話になった事がある。
    …俺が原因じゃない,相方のとばっちりだ。寮はユニット単位の連帯責任制だからな。

    「つっても俺,まだ3期過程ですけど。」
    「成績の優秀なもの,見こみのあるものは特例として上級講座を受けれるようになっている。無論単位としても当然認定される。」

    ふむ。まぁ悪い話では無いらしい。が。

    「俺,成績良かった試しがないんですが。」
    「そんな事は先刻承知だ。が,君には才能がある。」

    エディットの目がギラーンと光った。
    …知っているんだぞ? と言わんばかりの眼光だ。鋭すぎる。
    内心ビビリながら,俺は答える。

    「そうですかね…?」

    及び腰なのは…まぁしょうがないだろう。
    コワイし。

    「才能の無い者が,魔法駆動機関を完全分解できるものかね」

    彼は淡々とその事実を述べる。そこには感情の揺らぎも何も無く,本当にただ事実を指摘しているだけだ。
    ふむ,と俺は考える。

    「講座について行けなくなる可能性のが高いですけど。」
    「心配は無い。それについても問題は無い。君が受講すべき講座は既に決まっている。」

    おいおい。俺はどこでも選択権はないのか。
    正直またかと思い溜息を吐いたが,一応どんな講座か聞いてみることにした。

    「ちなみに、なんて講座なんです?」
    「"魔法駆動機関の構造と原理・実践編"だ。」


    …。
    なんだそりゃ。



     ▽


    それから俺は,3時間かけてディット教授とディスカッション形式で話し合った。
    "簡単な内容を説明しておこう"という教授の言葉に頷いたのが運の尽きだった。

    …最近後の祭りが多いな。気をつけよう。


     ▼


    エディット教授の言う"簡単な説明"(自称)は,要はドライブエンジンの歴史みたいなものだ。


    魔力の発見と駆動式の開発。魔法発生原理の提唱から始まった魔導文明。
    次々と生み出されるミスリル製の道具,装飾品。今現在世界的に使用されている"ARMS"と言われる汎用魔法媒体の原型だ。
    無論争いにも使われることになったそれは,形を変え武器にも防具にもなった。
    魔法発生の原理に精神制御・集中があるように,媒体の形を任意のものにする事で効果の意味を強め,精神制御と集中を補強することにもなった。
    時は過ぎ,現代に至る。
    革新的な発想が無かった時代が続いたが,ある一人の魔法学者がこの国で考案した一つの駆動式群――魔導機構が,それまでの魔法発生媒体の形態を丸ごと変えてしまった。

    "閉鎖式循環回廊"

    ミスリルの,魔力に反応し刻印された駆動式の効果を増幅するという性質を応用したその式の効果は,ミスリル自体の魔力構造内部に閉鎖回廊という仮想閉鎖空間を形成するものだ。
    そこに目をつけた当時の王国工房と一部のARMSメーカーの技術者達は,提携して一機のドライブエンジンの原型を造る。
    その企業はミスリル製の機動甲冑を開発していたのだが,運搬とメンテナンスにかかるコストが高く,有用性ありと言われながらお蔵入りしそうになっていたからだった。
    進退きわまったその企業が目をつけたのが,当時一部の企業体にしか知らされていなかった,極秘に開発されていた"閉鎖式循環式回廊"プロジェクトだ。
    運良くその話に加わっていた彼等は,企業を挙げて自社の機動甲冑を売り込み試験的にそれの魔力内部構造に格納する実験の権利を勝ち取った。

    実験は成功。
    運搬コストが解消され,メンテナンスの目処も何とか立ちその企業はドライブエンジンメーカーの先駆けになった。

    ここからがドライブエンジンの開発の歴史になる。
    原型の機動甲冑は,ただミスリル製の鎧の各所に各身体機能向上系の駆動式を刻印したもので,実はそれほど大した性能を持っているわけではなかった。

    その発想が斬新だった,とそれだけだ。
    しかし,運搬のコストが0になると言う事は革新的な偉業だ。
    内部に格納できる総量に限界はあるものの,限界ギリギリまでならば何を詰めこんでも良いと言うのだ。兵器開発メーカーはこぞって武器の軽量化にいそしんだ。

    が。
    王国政府――引いては当時の国王により武器の格納は禁ずると言う勅命発せられた。
    類する抗議は一切受け付けないという達しに,関連企業は軒並み業界を去る事になる。…ここが王国に対するテロの温床になってるな。
    ならば機動甲冑はいいのか?と言う疑問があがったが,"あれ,武器じゃないじゃん"と言うような内容の回答が返って来た事で,魔法駆動機関ーードライブエンジンの本格的な開発が始まった。

    本来魔法駆動機関(ドライブエンジン)は,魔法を発生させるための媒体と言う意識が強い。
    それに内部に格納してある物はそんなに大した物でもなかった。
    機動甲冑にしても,土木作業が可能なくらいの性能しか持っていないと言う事実があった。戦闘機動なんてもってのほかだ。
    が,人間の育ててきた文明――技術は一柱ではなかったのもまた事実だった。


    機械化(マシンナライズ)
    ある企業が機動甲冑に補助装置として電子機器を組みこんだ。
    それは暗視装置と言う単純なものだったが,効果は期待以上のかなりのものだったらしい。

    それ以来,"武器"に抵触しない観測用の補助電子機器の軽量化と組み込みが盛んに行われる事になった。
    加えて,駆動式自体の改良も盛んになり始めたのが同時期だ。

    機動甲冑はその各部に衝撃・重力緩和の駆動式が標準装備となり,使用者の意識で任意に式の組み方を変えれる魔導機関が登場する。
    更に周辺域の状況認識の為に補助電子頭脳(AI)が開発され,同時に意識容量確保の駆動式が編み出された。
    甲冑の頭部に組み込まれた電子頭脳と意識容量確保の駆動式が想定外の反応を起し,人工精霊が"発生"する事になる。
    今では軍のドライブエンジンには標準装備になっている人工精霊は,実は極めて自然の産物だったという背景があった。
    そして,機動甲冑は名称を"魔法駆動機関(ドライブエンジン)"と変更された。
    機動甲冑の構想理念は現代になりようやく果たされそうだという。

    人間の魔法・機能の増幅。
    そしてこれが,全てのドライブエンジンの設計基礎理念だ。


     ▽


    最後の方は何故か俺が説明してた。
    エディット教授は深く頷く。

    「そう言う事だ。今君の言った事を半期かけて教える事になっている。」
    「…もう半期分終わったって事ですか?」

    間抜けな表情をしていたのだろう,俺の顔をみて教授は苦笑した。

    「言っただろう,"実戦編"と。」


    すっかり忘れてた。


     ▽


    「君達には協力して魔法駆動機関を一機作ってもらおうと思っている。」
    「待てコラ」

    おっと地が出た。
    というか無理だろう。大体俺は第三過程生だし。

    「いえ、待ってください。俺は…達?」
    「そうだ。君達――君の他のも生徒がいるから複数形なのだが。」

    そりゃそうだ。だが。

    「俺…達はまだ第三過程生――」
    「加えて,君の来年の研究内容は"これ"にしようと思っている。」
    「――。」

    一考し,考えうる可能性を一つ導き出す。

    「…それって、この単位を取れば卒研免除ってことですか?」
    「いやちがう。君はこれを基礎にして.卒業試験では自力で一機の魔法駆動機関を造らせようと思っている。」

    ならば迷う事は無い。

    「では,失礼しました。」

    そんな横暴やっていられるか。



     ▽  △


    結果。
    俺はやはり逃げられない運命にあるらしい――。
    しかも,結構誰からも。


     ▽  △


    「――受けない場合は基礎研究無しの段階で今言った事を実践してもらうつもりだが。無論研究費用は自己負担だ」

    退出する寸前,教授の毒の効いた一言が俺の足を止めた。止めざるを得なかった。
    が,甘い。口喧嘩に関してはミコトとの舌戦で(聞くだけならば)慣れている。

    まだ反撃の機会はある筈だ――。

    「――違う研究室をえらびま「既に君の獲得権利は私が勝ち取っている。例え私以外の研究室を選んでも強引にこちらに入れるつもりだ」
    「友人に頼んで研究をてつだ「君が相談できる友人とは同学科の主席と次席の事かね? 悪いが彼等の獲得権も私のものだ。ついでに彼等の研究内容もすでに決まっている。…とてもではないが他人の研究を手伝う余裕はないだろうな」

    隙なんかない。


    … こ の く そ お や じ め !!!


    マジで殺意を覚えたぞ…!?
    あんたは悪魔か!

    あー…なんだかミコト絡みの方がマシだと思えてきた…ここはどこだ?魔界か? …ミコト、お前でもいいから俺を助け出してくれ・・・この地獄から。

    涙目でうなだれる俺にエディット教授が語り掛けた。


    「…ケイン・アーノルド君。」
    「…はい…?」

    息消沈した俺の様子に目を僅かに見開いたエディット教授は少し笑った。苦笑したらしい。

    「私は君達に期待しているのだよ。」
    「…はあ。」
    「君達ほど才能のある若者は――近年では稀に見るほどでね。」

    立ちあがり,座っていたデスクの後ろ――昼の日差しが差し込む窓際に立つ。
    窓を開け放つと春の暖かい風が優しく吹き込んできた。
    揺れるカーテン。
    雰囲気が少しだけ和んだ。

    「――どこまで君達が行けるのか。どこまで"造り手"としての才能を発揮できるか。――その可能性を見届けたいのだ。」
    「…」
    「私もかつては天才と呼ばれていたことがあった。だが,私はそれほどの才能は持っていなかった。」

    過去を語る目は,遠いどこかを見つめている。

    「私は努力した。技術や知識,経験――。そのどれも誰にも負けるつもりは無かった。が,超えられない壁と言うものは意外とどこにでもあるものだ」

    瞳――その記憶には何を映しているのだろうか。
    過去の自分か? 栄光の時か? 折れた信念を抱き泣いている姿だろうか?
    それは,俺にはわからない。

    「――君達は,既に超えている壁があるはずだ。私には超えれなかった壁をだ。これは――」

    コホン,と咳払いをしてもう一度苦笑して見せる。
    内緒にしておいてくれよ,と親しげな瞳で笑いかけられた。思わず目を見開く。

    「私のわがままだと言う事は判っている――が,どうしても。先を見てみたいのだよ。私では見る事の出来なかった,その先を。」

    ――沈黙。

    彼は,エディット教授は窓を閉めてデスクにかけなおす。
    両肘をつき,両手を組んだ。
    口を隠すように組んだ手に当て――しばし瞑目。

    すまん、忘れてくれ と呟きが聞こえた。

    「――先程の事は冗談だ。無理を言うつもりも無い。君の自由な選択に任せる事にしよう。」

    退出しなさい の一言で,俺はエディット教授の研究室から退出した。


     ▽

    ―――さて。

    どうするべきだろうか。


     ▽  △


    「別に悩む事なんてないじゃない。」

    相談できたのはコイツしかいなかった。狭い交友関係を今更呪う。
    そんな俺にあっさり自分の考えを告げたのは,当然ながらミコトだ。
    他人事だからと考えているのだろうか。
    …いや,こいつは俺自信の事で楽しむ事はしても,悩みや愚痴を無碍にするヤツではないはずだ。…と思いたい。

    ミコトは俺のおごりのコーヒーを飲みつつそう答えた。
    ふむ。

    「…まぁ,良い話ではあるんだよな,実際。」

    先程は,余りの強引さと話の流れから反抗してしまったが,冷静に考えてみると好条件が揃っている。
    やり甲斐も,ある。付け加えるならばエディット教授は頑固だが,良い教授でもある。人気も上々だったりする。

    「なら,なんでそんなに悩んでるの?」
    「…ん? ああ,なんつーか,こう冷静じゃないうちに色々言っちまったしな…あの頑固オヤジの弱いっぽい部分見ちまった引け目と言うか…」

    なるほどね,とミコトはもうカップに口をつけた。
    飲み終わったのか,カップを受け皿に置いた。
    ミコトにしては珍しく,姿勢を正して俺に向き直った。

    「それは,そんな大した事じゃないよ。人には誰にだって弱い部分はあるし,ケイは教授のそんな部分を知っちゃったから気まずいだけなんでしょう?」
    「まぁ、そんなとこだ。しかし…そんなに大した事じゃないのか?」

    うん,とミコトは頷いた。
    優しい眼差しで俺を見る。今日のコイツは様子が少し変だな…。

    「ケイには知ってて欲しかっただけかもしれないしね。…私は.自分のことより他人を心配できる人って…素敵だと思うよ。」
    「よせよ。俺はそんなできた人間じゃない。」

    掛け値無しの本音で答えた。しかし,そうでもないよ、とミコトは笑った。
    やっぱり今日のミコトは何処か違う気がする。ほんの僅かだが。

    まぁ。

    「…決めた。受ける事にするか」
    「うん、そう言うと思った。」

    ミコトは一転してニパっと笑った。気持ちの良い笑みだ。
    俺の選択は間違っていないのかも知れない,などとちょっと思ってしまった。
    …俺らしくもない。

    「悪かったな,愚痴聞かせちまって。」
    「いいよ。でも…」
    「でも?」

    何時もより歯切れが悪いミコトに俺は首をかしげた。

    「悪かった,よりも聞きたい言葉があるんだけど。」

    ニコーっと笑いながらミコトが言う。
    はて。こちらとしては愚痴を聞いてもらったという意識しかなかったんだが――?

    「んもぅ。相談に乗ってあげた時の御礼の言葉は?」
    「あ、ああ――」

    ちょっと眉をひそめたミコト。しかし本気で怒ったりしているわけではないみたいだ。
    ほんのちょっとした意識の違いが生んだ小さな誤解。

    まぁ。
    少しくらい俺が譲歩するのもたまには悪くは無いだろう。

    「…ありがとな。恩に着る」
    「どういたしまして。何かあったら相談にのるからね。」

    気持ちの良い笑顔。
    元々性格のさっぱりしているヤツだからか。

    俺は久しぶりに心が軽くなった気がした――。



     ▽  △



    「受ける事にしたのか。」
    「はい。よろしくおねがいします。」

    取って返す足で教授の部屋に寄り,その旨報告した。
    俺の返した答えにエディット教授はしばし目を瞑り――一つだけ,質問をしてきた。


    「――それは,君の意思かね?」


    今の俺なら,きっぱりと答える事ができる。
    正しいと思える選択をしたのだから。

    それは――アイツの笑顔が証明している。


    「はい,俺の意思です。」




    >>>NEXT
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■76 / ResNo.9)  "紅い魔鋼"――◇六話◆後
□投稿者/ サム -(2004/11/24(Wed) 22:28:23)
     ◇ 第六話 後編『正しさの証明』 ◆
     

    野外での実戦演習まであと2週間弱になった。

    ここ数日は四期過程生との合同講座の調整で忙しい日が続いていた。
    そんなわけで,アイツに相談してからここ1週間弱ほどアイツと出くわさない日々が続いている。
    …平和は勿論良いものだ。だが――

    「――まぁ。物足りないって思っちまうのは…我侭だよな」


     ▽  △


    俺が受講する四期過程生の講座"魔法駆動機関の構造と原理・実践編"

    一年間通して行うらしい。
    最初の半期は理念の説明と概要の把握らしいのだが,俺はエディット教授の部屋で3時間で済ませてしまった。
    と言うより,何時の間にか説明する方とされる方が変わっていた。今思いだすと面妖な。

    …いや,過ぎた事はいい。
    それよりも気になる事がある。


     ▽


    他の生徒は誰なんだろう。
    …まぁ,才能があって知識が多い魔鋼技科の主席と次席のあいつ等がいる可能性は高い。
    先日のエディット教授の話にも出てきていたしな。

    …あいつ等もきっつい卒研テーマだ、ざまみろ。
    何をやらされるかなんては知った事じゃないけどな。

    だのと埒外のことを考え,教授に呼び出された空き教室で待っているとガラガラと音を立てて扉が開いた。
    何故か引き戸式の扉だからだ。

    「よー大将。お早いお着きだねェ」

    能天気な挨拶とともにこの部屋に侵入してきたのは魔鋼技科次席のハル・ルージスタだ。
    コイツは挨拶からもにじみ出る軽薄さとは裏腹に,絶妙で信じられんくらい精密なミスリル収斂を行う。
    一度"ミスリル真球作成の過程"という講座でコイツの作成したミスリル製の真球を見た事がある。
    誤差コンマ8桁のアホみたいな精度の球を磨いて作りやがった。何でも手触りでわかるとか。正直信じられん。

    「よう。」
    「かー! いつもの事ながらシケた挨拶だなぁ!」

    俺の挨拶に額に手を当ててオーバーアクション気味に背をのけぞらせやがった。
    足引っ掛けてやろうか。
    とりあえず聞きたい事だけ聞く事にしよう。

    「ハル,あんた他に誰がこの講座受けるか知ってるか?」
    「あん? お前しらないのか。」
    「話を聞いたのが昨日だったからな」
    「あ、そうなんだ。」

    俺は1週間くらい前だったかな,とか言いながらハル少し離れた所に陣取る。

    「三期過程生からの受講者数は四人。その内二人は――」
    「俺とお前か。内容は知ってるか?」
    「あぁ、ドライブエンジンの作成だってな。おもしろそーじゃないの?」

    ニヤリ,と笑みを浮かべる。コイツも造り手の一人だ,やり甲斐のある挑戦と思っているのだろう。
    俺も似たような心境ではある。

    「半期は座学だってのは?」
    「それは出来の悪い四期の連中の意識補強のためだろ?――何,まさかお前。」
    「あぁ俺は教授に一通り説明させられた(・・・・・)。」

    そう言うとハルも「俺もだ」と苦笑する。
    ひとしきり教授の悪口を並べていると。

    「あら。ずいぶんと楽しそうね」

    何時の間にか戸口の所に女性徒が立っていた。

    「おぉ〜麗しの君よ,良くぞいらっしゃいました」

    ハルが大仰な仕草で立ちあがり,深く礼をする。――俺の時と態度違うぞ。
    まぁ色目は使って欲しくないが。

    「よう。」

    ハルの時と同様に短い挨拶で済ませる。俺と彼女の挨拶は何時もこの程度だ。
    彼女――ロマ・ルクニーアは魔鋼技科の主席にして刻印技術の天才。ハルと似たようなものだ。
    図面の駆動式を寸分の狂いなく刻印する技術を持ってる。時には効率の悪い部分を最適化してから刻印したりすることもあるらしい。
    刻印技術と駆動式の製図に精通していて,そのレベルはもう芸術の域にあるといっても良い。

    ロマは俺の相変わらずの挨拶に苦笑した。

    「相変わらずね」
    「そうか?」
    「そうよ。」

    言いつつこちらへ向かって歩いてきて,しれっと俺の隣りに腰を下ろす。
    ロマは何故か何時も俺の隣りに座る。正直居心地は余り良くないが…座る席は本人の自由だそうだ。隣りの人間に関係無く。
    ――昔文句を言ったらそう返された。


    「さて。」

    来ていない学生は後一人だ。
    ロマは知っているんだろうか。

    「ロマ,あんたは後一人が誰か知ってるか?」
    「まだ聞いてないわ。」
    「俺も聞いてね―」

    ハルも合わせて返す。
    確かめるようにロマが呟く。

    「製作するものはドライブエンジン。となると――刻印技術は私。ハル君は恐らく部分部分のミスリル加工。ケイン君は――」

    ちらっと俺を見ると,静かに微笑む。

    「私とハル君の作った素材の組み合わせね。」

    ふむ、協力して云々の件は,この作業の分散化を考えていたからなのだろうか。
    恐らく,協力し合う過程で御互いの技術を盗みあえと言う事なんだろう。そう思いながら二人を見るとやはり苦笑。
    ――同じ結論に至ったらしい。

    ともなると,ますます後一人が判らない。
    他に足りない技術はあっただろうか。
    今行った事以外の細かい作業などは,基本的に"俺達"ならば皆同じ技量だからだ。

    「…技術的なところで補強しなきゃならん部分てあるか?」
    「んーそうだな…」
    「…もしかしたら」

    ロマが何かに思い当たったらしい。長い髪を掻き上げ,そのまま頭に手を当てて呟く。

    「私の刻印する駆動式を書く――考案する人物かもしれないわね」
    「なるほど。」

    俺は頷いた。それはありえない話ではない。
    何せあのエディット爺さんが担当なのだ。
    自分達で駆動式を考えて組みこめ,などというテーマはありえる話だ。

    「でもさ,ドライブエンジンに組みこむ駆動式っていったらなによ?」

    それも当然の疑問だ。が。

    もう一つ思い当たった。

    「あの教授だからな…もしかするとホントに0から組ませるつもりかもしれないぞ」
    「何をさ。」
    「だから――」

    俺が答えようとした,そのとき。

    「その通りだ。ケイン・アーノルド。」

    戸口に立つ大柄の人影。
    先日も会ったばかりの50オヤジは――

    「エディット教授…」
    「まだ一人揃っていないようだが――とりあえず始める事にしよう」

    エディット・ディーンその人だった。


     ▽  △


    「先にも通達した通り,君達四人には簡易的なドライブエンジンを一機組み上げてもらう。」

    手にしたファイルを開き,数枚の紙面で綴られた四組みの資料を俺達に配る。俺の手元には何故か二組み。

    「…これは?」
    「後から来る者に渡してくれ。」

    判りました,と俺は頷く。
    書かれている内容は同じ。基本的な注意点と製作過程での課題,評価点。
    説明すべき事の内容が細かくかかれている。

    「注意点などはそこに書き記しておいた,不明な点,質問がある者は後で私の研究室にきなさい。」

    俺を含める3人が頷く。

    「まずはテーマを君達で設定するところから始める。」

    具体的な内容に入る。
    テーマを決める言う事は…どんなコンセプトを持つドライブエンジンを造り上げるかを自分達で決める,ということだろう。
    本格的だ。

    「次に形状をどのようなものにするかを決めねばならないが…ドライブエンジンの特性,閉鎖式循環回廊の概念・理論を考えると円環状の装飾具が主な候補に上がる。」

    確かにそうだ。
    俺のドライブエンジンも対の指輪だし,ハルは手首のブレスレット,ロマはイヤリング。
    ミコトは左上腕のブレスレットだったな。

    「最終的に決めるのは君達だが,これらの意味を強く持つものの方が成功率が上がるとだけアドバイスをしておこう。」

    初めての本格的な"作製"だからな。
    訓練に失敗はつきものとはいえ,こんな機会はめったに無い。なるべくなら失敗はしたくないな。

    「…それと,私から一つ重要な課題を出そうと思っている。しかし,あくまで純然たる"挑戦"という領域の課題なのだが…」

    ふむ。
    教授から俺達への挑戦状か。
    ちらっと隣りと後ろを見ると,ロマは上品に微笑み,ハルはニヤリと笑って見せた。
    やる気はあるみたいだ。かく言う俺も同じ気持ちだ。

    ――受けて立とうじゃないか。

    「課題内容を言ってから 挑戦するか否かを決めさせようと思っていたのだが…やる気はあるみたいだな。」

    俺達の様子を見ながら,それも良いだろう と呟き,エディット教授は言った。

    「閉鎖式循環回廊の駆動式群――魔導機構の構成とその核を含めて,1から構築する(創る),と言う課題だ。」


     ▽  △


    少し急ぎ足で指定の教室へ向かう。
    魔鋼技科の研究棟はほとんど訪れた事が無いと言う理由もあって若干遅れている。

    …わたくしとした事が。

    もう少し早めに出発すれば良かったと後悔するも,過ぎた時は戻らない。
    いずれ"時"に関する駆動式をみつけてやりますわ,と心に誓いながらも付近の教室のプレートを見つつ目的地が近くである事を確かめる。

    それから更に研究棟の階段を二階上に上がり,奥へ進む事数分。突き当たりの講義室のプレートが目的の教室の名前と一致したのを確認し,安堵の溜息をついた。
    時間的にはおおよそ10分ほど過ぎている。やはり少し遅刻してしまった。

    いかんせん入室し難い感じではあるけれど,これ以上遅れては身も蓋もない。
    意を決して引き戸を引き,堂々と入室した。


    「申し訳ありません、遅れました」


     ▽

     
    ガラガラ,と音を立てて開いた教室の引き戸。
    次いで聞こえる涼やかな声。

    「申し訳ありません、遅れました」

    俺達は予想外の教授の言葉に思考が一時停止(フリーズ)していたが,これまた不意打ちの四人目の出現に,3人揃ってそちらに注目してしまった。
    その俺達の様子に入り口に立つ女生徒は一瞬呑まれたように立ちすくんだが,すぐに我に返ると う、やっぱりまずかったかな,と言うような表情をした。
    その中で一人,教授だけが場が止まってしまった事も全く意に介せず,入り口に立つ彼女に声をかける。

    「立っていては始まるものも始まるまい。とりあえず席に着きなさい。」
    「あ、はい。」

    素直に彼女は教授の言に従い,こちらとはちょっと距離を離して席に座った。無理も無い。
    同時に俺達も現実に復帰する。

    「ちょ、ちょっと待った,おっさん!」

    俺は立ち上がって教授(じじい)に食い下がった。

    (コア)魔導機関(閉鎖式循環回廊)の記述から始めろって…一体何年かかると思ってんだ!?」
    「そうはかかるまい。」

    その反論は予想していたかのような涼しい対応のじじい。根拠を示しやがれ。

    「私達に機密部分(ブラックボックス)を解析しろ,と仰るのですか?」

    ロマの反論ももっともだ。閉鎖式循環回廊の魔導機構――駆動式群の構造は,王国とドライブエンジンメーカーが独占している。
    その(コア)は複雑な暗号処理が施されていて,暗号の解除・解読はほぼ不可能だ。
    それこそ何年かかるか見当もつかない。

    「いや。君達には,別の方法――全く新しいアプローチをしてもらう。」
    「新しいアプローチ…ですか?」
    「そうだ。」

    離れた席に座った名も知らない女生徒――金髪の美人――が教授の言葉を反芻する。

    「この講義の冒頭に教える――ドライブエンジンの構想理念・概念・歴史。そこに至るまでの経緯は全員把握済みだ。つまりは"創造の理念"を大まかながら把握している。」

    おっさんは教卓の周りを歩き始めた。説明を始めるときのクセだ。
    長くなるのか。

    「君達はこの学院で様々な技術や手法を学んだ。知識もセンスもある。才能も豊かだ。しかし」

    立ち止まり,俺達を振りかえる。ギラーンと目を光らせた。
    出た,エディット・ディーン十八番の眼光。やっぱこええ。
    向こうの女生徒に目をやると,初めて見るのだろう。額に汗マークが見える。俺の心眼は確かだ。

    しかし,と彼は続ける。

    「それは過去の技術であって,未来の礎に過ぎない。私は――」

    そんな過去の技術を見たいわけではない,と続けた。

    「…君達は三期過程生だが,実の所"創造"に必要な殆ど全ての概念の習得は終わっている。加えてその類稀な才能が,これから三期過程と四期過程,そしてその先何十年もかけて培う技術をも補うだけの意味を持っていると確信している。」

    彼は力強く言った。
    確信している,と。
    それは信頼の証なのだろうか。それとも,俺たちに希望を重ねているだけなのだろうか。

    「無論,この研究は一人では到底不可能なテーマだ。が,君達は一人ではなく」

    俺達の顔を一人一人見まわし,何かに納得したように頷く。

    「それぞれ特出した才能を持ち合わせたチームとして見ると,それは不可能ではなくなる。そのために学院全生徒の中から選出した…それが君達だ。」

    全生徒中,俺達が選出された。
    それは何か、あんたはこの学院の全ての生徒を調べ、つぶさに観察し、才能の有無を見分け、それを判断してきた…そう言うのか?

    才能の見極め。それは簡単な事ではないはずだ。
    成績で選ぶだけなら上位者を選出すれば良い。
    だが,"才能の有無"を見るとなるとその判断基準は全く異なってくる。
    才能――それは平均的に見るものではないからだ。
    感性といって良い。
    知識や経験。過去の集大成――それらとはまた違う概念だ。
    見極めるには,膨大な人生経験や直感が欲しい。
    それでも全ての才能を見出す事は出来ない。世に埋もれる才能――その中から見出されるの数は何時もほんの僅かだ。

    彼――エディット・ディーンが見出せた数少ない才能の持ち主――それが俺達だというのだろうか。

    教授(おっさん),一つ質問がある」

    俺は,先日とは逆に問いただす。
    ロマを,ハルを,そして最後の四人目の美人さんをみて――教授を見る。

    「俺達に,本当にそれができると?」
    「できる。そう確信している。」

    力強い宣言。
    眼光も鋭い。迷いの無い瞳は信頼の証なのだろうか。
    もし、そうだとするなら。


    「…なら,俺はやってみようと思います。」


    これが正しい答えに違いない。
    だからそう宣言した。


    この答えなら――台風のようなアイツは,やっぱり先日のような綺麗な笑顔を見せてくれるんだろうな,と思いながら。
    きっとそれが,正しさの証明なんだろう。



    >>続く
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