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次元を超えし魔人 第1話『交わりし世界』
作者:193   2008/11/16(日) 05:07公開   ID:jQ0ObGiQzSA



「十三センチネル全解除!! ブラッドストーン接続しろっ!!」

 異形の怪物――最強の機神ドラゴンウォリアーの咆哮が大地に轟く。
 地が震え、空が燃え、世界が恐怖する。人々は人智の及ばぬ二体の怪物を前に、震え、その終りが来る時を待つことしか出来ない。
 まさにそこは生きながらにして地獄であった。

「ぶっ壊れてもかまわんっ、ブチ込んでやれバケモノ――!!」

 それは魔神人(マジン)の咆哮。
 かつて世界を恐怖の渦に巻き込み、最強最悪の魔人と言われた男は今――
 自身のために、仲間のために、愛した少女のために、その命を燃やして戦っていた。
 彼女の温もりも、声も、優しさも、その手に戻らないと知りながら、彼は涙も、嘆きの表情すら浮かべることはない。

「ルーシェー!!」

 想い抱く少女の声が彼の耳に届く。
 すでに彼女の差し出す手に、自分の手が届くことはない。見ることすら叶わない少女の幻想を抱きながら、彼は命の灯を激しく燃やした。
 その男の名はD.S.(ダーク・シュナイダー)。世界最強の魔神人――



 対するは神の代行にして審判者――その成れの果て――

 かつてウリエルとアムラエルという二人の兄妹の天使がいた。
 天国全土を襲った黒色ガンの浸透――それは天使の純真な心に少しずつ芽生え、孤独と絶望感を生み、やがてその白い羽を黒く塗りつぶし死に至る。
 黒色ガンを発症した者は不浄の者とされ、他の天使からも忌み嫌われ終われる立場になる。
 ウリエルもまた、そんな天使の一人だった。
 黒色ガンの感染により不浄の者とされたされたウリエルは、街を追われ、集落を追われ、天国からもどこにも居場所がなくなってしまう。
 そんな中、孤独感と焦燥感に苦しむウリエルの心を優しく労わり、包み込んだのは妹のアムラエルだった。
 アムラエルは、自分も同じように迫害を受けることを知りながら、ウリエルと一緒にいることを望む。
 それは、アムラエルにとって神に従うよりも大切なことで、なんとか兄を救いたいという想いで一杯だった。
 例えそれが叶わなくても、最後まで自分はウリエルの傍にいてあげたい。
 そう願いながら優しく微笑み、ウリエルの背に手を回すと、その胸に彼を優しく包み込む。

「ウリエルが苦しむのは、いや。アムは……ずっとウリエルのそばにいるからね」

 そんなアムラエルの想いに打たれ、ウリエルは神に願った。アムラエルを、妹だけは救って下さいと――
 黒色ガンの発症した自分と一緒にいれば彼女も迫害を受け、いずれ孤独にしてしまう。
 それは神の寵愛を受ける天使にとって、死にも等しい。ウリエルは涙した。自身の非力さを――
 何も出来ない――受け入れる事しか出来ないその運命を――
 
 アムラエルは望んだ。ウリエルと共にいることを、世界でただ一人になってもウリエルの味方でいることを――
 兄を救いたかった。だけど自分の力だけではそれは叶わないことを彼女は知っていた。
 だからこそ、せめて一緒にいることを望んだ。
 ウリエルが寂しくないように――ウリエルが虐められないように――
 ウリエルが笑えるように――
 
 少年の、少女の純粋な想いは、一つの出会いを生み、奇跡を起こした。

 そして病を乗り越えた少年は、長き時を経て、神の代行者にして最高位たる第一位熾天使(セラフ)の一人に――
 少女はその補佐官として、第五位力天使になる。

「ウリエル!!」

 しかし、信じていたはずの神は今、彼の目には映らない。
 その瞳の奥に映るのは最愛の妹の幻想だけ――
 すでに望み、手を伸ばしたとしても届かないと知りながら、それでもなお、彼は叫び続ける――

「アム……」
「ホントに世話がやけるんだから、ウリエルはっ」

 アムラエルを襲った不幸、そして悪魔の奸計にかかり、堕天してしまったウリエル。
 少女は悪魔により道具とされ、そしてウリエルの目の前で無残にも命を散らせた。
 二度――目の前にいながら彼は何もすることが出来なかった。
 助けを請う妹を、殺してくれと叫ぶ妹を、助けることが出来なかった。
 それは、彼の心を蝕み、彼女を理不尽にも奪った定めへの背徳と、目の前の魔人への復讐心で満たしていく。
 神に背く行為と知りながら、彼はそれに逆らうことができなかった。

 それこそが堕天――神の心に背きし天使が堕ちる末路――

「大丈夫だよ……アムがついてるから」

 ただ、本能のままに泣き叫びながら、妹を探し、求め続ける。

 最強の魔神人と愛に狂った堕天使――
 二体の激突で、世界が白く染め上げられていく。

 光の中、最後にウリエルが見たものは幼きあの頃に見せた妹の笑顔――
 傷ついたウリエルを優しく抱きしめ、アムラエルはウリエルの傍に居続けた。

 ――たとえ、ここが世界の果てでも寂しくない。
 ――ぼくは妹に守られている。

 消えていく意識の中、ウリエルはたしかに少女のその小さな手を握り返していた。



 壊れ行く世界――その光景を見ながら、二人に近しかった天使の少女は思う。
 何故、世界はこんなに悲しみに満ちているのかと――
 神の愛で、愛や喜びに満たされるべき世界には、それ以上の憎しみや悲しみが存在している。
 神は――人に、天使に、悪魔に、自分で選択出来る道を残された。
 だが、それこそがこの悲しみを生んだのではないか?
 彼等を孤独にするのではないか?
 ――と彼女は苦悩する。

 D.S.の友を、愛する人を想う気持ち――
 そしてウリエルの妹を大切に想う気持ち――

「もう……もうやめて、こんな」

 少女はいつしか泣いていた。二人のために、世界の理不尽さに嘆き、悲しみながら――

「こんな悲しいの、もうヤなのダ――!!!」

 気がつけば飛び出していた。二人の元に――
 その少女はガブリエル。四大天使の一人にして、水を司る最高位の熾天使。



 そして、世界はガラスのように砕け――散った。





次元を超えし魔人 第一話『交わりし世界』
作者 193





 その日、人々は世界の終わりと――はじまりを目撃する。
 空が、星の輝き一つない漆黒の闇に染まり、まさに、世界の終わりを告げるかのような混沌と、静寂に包まれる。
 世界中の人々が、その異常気象に、恐怖し、絶望した。
 ある者は「世界の終わりだ」と言い、ある者は「神の審判だ」と空に祈りを捧げた。
 七日に渡り続いた、暗闇に覆われた世界。だが、その終わりは突然やってくる。
 闇より覗かせた太陽の姿――だが、そこに人々が知る空はなく、灰色にくすんだ空と、その空を裂くかのような黒い軌跡が横たわっていた。

 この日、人々は空を失った。
 後に『ミッシング・ピース』と呼ばれることになる、“世界”のあり方を変えた出来事。
 パズルの一欠けらがそこに足らないように、世界もまた、その日――大切な何かを失ったのかも知れない。

 新たな世界の幕開けと引き換えに――






「――それでは、ここまでを次回までにちゃんと復習してくるように」

 社会科の先生のその一言で、ちょうど授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
 ――私立聖祥大附属小学校。
 小学校から大学までエスカレーター式の教育を行なう名門として、県内外問わず有名な附属学校である。
 その分、本人の学力だけではなく、親にも金銭面において、それなりの豊かさが要求される敷居の高い学校ではあったが、入学してしまえば、ある程度の学力を維持さえすれば、大学まで不便なく通うことが出来ると言う安心感もあった。
 この世間から、お坊ちゃま、お嬢さま学校と呼ばれる学校に、仲の良い三人の少女が通っていた。
 小学三年生になるその少女たちは、先程の社会科の授業で先生が言っていた『ミッシング・ピース』の話題で華を咲かせていた。

「空が失われたって言っても……私たちが生まれてすぐのことじゃね。
 そんな風に言われても、実感ないわよね」

 クラスの中でも一際目立つ金髪を指で弄りながら、少女はそんなことを口にする。
 彼女の名前はアリサ・バニングス。金髪、青眼と何かと目立つ容姿をした少女ではあるが、本人もそのことを特に気にしている様子はない。
 両親は日米に大きな会社を持つ、世界有数の企業を営む経営者ではあるが、アリサ自身はそんな両親とは違い、日本贔屓の両親の影響もあって、日本での生活の方がずっと長いため、その容姿とは裏腹に日本の生活の方がよく馴染んでいた。
 そのため、日本語もペラペラで、日本では馴染みの薄い母国語よりも慣れ親しんだものだった。
 そんな中、日本の学校ではじめて出来た、親友と呼べる二人。
 それが、一緒にいる二人の少女。“高町なのは”と、“月村すずか”の二人だ。

「……だよね。写真とかでなら見たことあるけど、物心ついた時には空は青くなかったんだし」

 そう、なのはの言うとおり、空の色は青ではなく――灰色だった。
 太陽の光は今までと変わることなく世界を照らし出す。それは夜の街を照らし出す、月の光も同じだ。
 だが、不気味に、空の色だけが薄い灰色へと変貌していた。



 今から、およそ九年前――彼女達が生まれた年の十二月に起こったとされる“ミッシング・ピース”。
 その現象により、世界は色を変え、そして未知の技術、存在との遭遇を果すことになった。
 それが――“魔術”または“魔法”と呼ばれる異世界よりもたらされた超常の力――
 そして、魔法使い、亜人と呼ばれる人々との遭遇だった。

 前者で“魔法使い”と称したが、それは魔法を行使する人々と言う意味ですべてを表し、魔法の知識が乏しい世間一般の人々が彼らをそう呼称しているに過ぎない。
 ミッシング・ピースと呼ばれる異常気象のあと、空に裂く黒い軌跡の向こうに、メタリオンと呼ばれる異世界の大陸が存在することが確認された。
 虚数空間に浮かぶ別世界――その存在に狂喜した学者達もいたが、ほとんどの人々は未知の文明との遭遇に不安を募らせた。
 だが、人々の不安をよそに、接触したその世界は、地球と繋がった時点ですでに滅びかけていた。
 長い戦いで枯れはて、荒廃した大地――
 人々の血と骸で出来た川に山々――
 希望を失くし、飢えに苦しむ老人、子供たちの姿――
 その地獄とも言える様子に、先の世界へ赴いた先遣隊は、正気を失いそうになったと言う。
 だが、それがメタリオンの現状だった。

 彼らが言う“天使”と“悪魔”の戦い。そして、神の粛清と言う名の人々に下された裁き――それは天使による大量虐殺だった。
 その世界のあり方を目にしなければ、彼らとて、その話を信じられなかっただろう。
 しかし、現実は目の前にある。世界から空は消え、そして今、一つの終焉を迎えた世界が目の前にあった。



 地球側はそれを機に、異世界との交流を行なうため、国連を主導とした組織を設立。
 その窓口として、彼らとの開口が近い、日本が指定された。

 それから九年――
 地球側からの支援を受けたメタリオンは復旧の兆しを見せ、今はメタ=リカーナ国王女“シーラ・トェル・メタ=リカーナ”の指導の下、世界は再び一つへとまとまりを見せ始めていた。



 色あせたのは世界の色――

 変貌したのは技術と文化――

 それでも、人々の生活が、急に様変わりするものでもない。
 魔法によってもたらされた技術による影響は確かにあるが、それでもメタリオンの魔法使いのように、地球の人々が魔法を自在に使えるわけでもない。
 メタリオンに元から住む人々でさえ、亜人を除き、強い魔力と才能を持つ、ごく一部の者以外は魔法を使えないと言うのが現実だった。
 魔法は科学では不可能な様々な現象を可能とする。だが、決して万能ではない。
 個人の生まれもっての才能や、努力に左右されるところが多い点でも――
 元々、習慣、知識として乏しい地球の人々では、それを習得することは困難とされた。
 それが、魔法が地球に浸透し難い一番の要因だった。

 普通に生活を送る程度のことであれば、魔法よりも科学の方が万能で便利だと言うことは、誰の目から見ても明らかだ。
 それ故に、特異な者を除き、好んで魔法を習得しようと言う物好きはいなかったと言える。
 だが、バニングスや、月村重工などの企業が出している魔法技術を使用した道具や、機械などは、誰でも使えると言う利便性もあって、一般にも普及していた。
 探査魔法のかかった“どこにいても所在地が分かるコンパス”や、“見た目の十倍物が入るトランク”、“魔力で動くペットロボット”など、魔法を科学的に解明できる部分に関しては、率先して商品開発に取り組む試みは、どこの企業でも行なわれていた。
 魔法を理論的に解明できているかと言えば、正直言って怪しいところもある商品も出回っていたが、少なくとも模造品として使用できるレベルには、なんとか成功していたと言える。

 異世界との交流――それはどちらの世界にも大きな影響と潤いをもたらしたと言えるが、そのために失った代償、そして抱えることになった新たな問題を忘れることは出来ない。

 地球は青い空を失い――メタリオンの人々は世界の大半が、虚数の海に分断されると言う最悪の結果を招いた。
 中央メタリオン大陸を除く、七つの大陸がすべて分断され、その行方を見失ってしまったのだ。
 言って見れば、メタリオンは大陸その物が、強力な結界に保護された状態で、虚数空間に浮かんでいる状態だった。
 不幸中の幸いは、その次元震の影響で世界が分断され、天界、地獄との空間的繋がりも失われたことが彼らにとっては幸運となった。
 この先、どうなるかは予測がつかないが、少なくとも今すぐに悪魔や天使の脅威に晒されることがなくなったと言う現状だけでも、メタリオンの人々にとっては安息が訪れたと言える。
 だが、正式にメタ=リカーナの王女として即位した後も、シーラはこの事態を楽観視していなかった。

「世界は、神すらも予測のつかない未来へと、推移し始めている……」

 世界の予想外のカタチでの崩壊――そして、異なる世界との邂逅。
 それが救いなのか、それとも破滅への序曲なのか、その真意をシーラは計りかねていた。






 その日、二人といつもの帰路で別れたアリサは、近道をしようと公園の森を駆け抜けていた。
 学校で放課後も遅くまで話し込んでしまったため、塾に遅れそうなアリサは急いでいた。

「ハアハア……遅くなっちゃった……」

 左右を木々で囲まれた寂しい林道を一人、走りぬけるアリサ。
 そこは、いつもよりも少し静かではあるが、特段変わった様子はない。
 今日も、いつもと何も変わらない――“ただ”の日常のはずだった。

 だが――そこで、アリサは“彼”と出会う。

 林道の途中、哀愁の漂う切なげな表情で立ちすくむ少年。綺麗な銀色の髪、そして透きとおるような青い瞳――
 日本人離れしたその容姿に、アリサは立ち止まり、目を奪われていた。

「綺麗……」

 そう思った瞬間だった。
 フラフラッと左右に身体が揺れたかと思うと、少年はそのまま地面に倒れこむ。

「え、ちょっと――!!」

 慌てて少年の元に駆け寄るアリサ。見た感じ、目立った外傷はない。
 だが、少年は、まるで死んでいるかのように静かに寝息をたて、眠っていた。
 さすがにそのままにしておけないと考えたアリサは、家に連絡するために持っていた携帯電話を手に取る。
 それが、アリサとD.S.の初めての出会いだった。






「知らない天井だ……」

 お決まりの台詞を言いながら、D.S.は起き上がった。
 辺りを見回してみるが、そこは本当に知らない場所だった。
 頭をブルブルと振るい、とりあえずここがどこかわからないD.S.は、ベッドから抜け出そうとする――
 だが、抜け出そうとして気がついてしまった。
 足が床につかない。良く見れば絢爛豪華な天蓋ベッド。
 それだけなら良いのだが、ベッドから床まで足が届かない。

「な……なに――っ!?」

 D.S.は、思わず大声を張り上げてしまう。それも無理はない。
 八頭身、二メートル近くに達していた身長が、小学生程度にまで縮んでいた。
 当然のことながら手足は短く、思うように上手く歩くことも出来ない。
 仕方なくベッドから飛び降りたD.S.は、自分の今の姿を確認すべく、近くの鏡台の前に立った。

「……ルーシェ」

 そこには髪の色はD.S.の銀髪そのものだが、幼き頃のもう一人の自分、ルーシェ・レンレンとほぼ同一の姿をした自分の姿が映っていた。
 これにはさすがのD.S.も落ち込む。超絶美形、世界最強のプレイボーイを自称するD.S.にとって、見た目が貧相な子供の姿になっていると言うことは全くの予想外であり、最大の恥辱だった。

「ここはどこだ? それにオレ様の身体は一体……」
「ああっ、目が覚めたの!?」

 ドアが開く音がし、後ろからかけられた声に、D.S.が振り向く。
 そこには、今のD.Sと同じ年頃の、金髪の美少女が立っていた。
 彼女こそ、この部屋の主にして、バニングス家の跡取り――アリサ・バニングス。

「おいっ、オンナ! ここはどこだ?」
「どうでもいいけど、アンタ、随分と偉そうね」



 D.S.がこちらの世界にきてから一週間。D.S.はバニングス家にそのまま滞在し、屋敷での生活を送っていた。

「だーく、しゅないだー? どこの悪の総帥?」
「……もういい」

 D.S.という名前はこの世界では奇妙に聞こえるらしい。そのため、D.S.はここにいる間はルーシェと名乗ることにした。
 パッと聞いた感じ、名前というよりも愛称と言った方が、この世界の人々にはしっくりと来るみたいだ。
 それに、D.S.も名前に関しては特に拘りを見せていなかった。よほど変な名前で呼ばれない限り、ルーシェと呼ばれること自体は嫌いではない。
 D.S.として生きた時間も、ルーシェ・レンレンとして生きた時間も、今となっては同じくらい彼の中では大切な思い出だからだ。

「ルーシェ」

 アリサの呼ぶ声がする。「ルーシェ」と言う懐かしい呼び声に、D.S.は昔を思い出し、思わず笑みをこぼしている自分に気付かされる。
 ティア・ノート・ヨーコ――D.S.が愛し、そして半身であるルーシェもまた愛した、掛け替えのない少女。
 彼女も、いつもこんな風に、困っている誰かを気に掛けていたことをD.S.は思い出していた。
 だけど、もう会えない――その想い人のことを思い出しながら、D.S.は声のした方を振り向く。

「また、こんなとこで油を売って……」

 そう言いながら、呆れた様子でD.S.の隣に座るアリサ。
 この屋敷で世話になるようになってから、アリサはD.S.のことを弟のように気に掛けていた。
 実際にはD.S.の方がずっと年上なのだが、そんなことをアリサに言ったところで通用するとはD.S.も思わない。
 それだけ、D.S.は彼女の人となりを、この一週間で嫌と言うほど思い知らされていた。

「なんの本を読んでるの? うわ……分厚い……英語? ううん、それってドイツ語?
 そんなの本当に読めるの?」
「まあ、素人の書庫にしては中々品揃えもいいから、退屈しのぎにな。
 それに、この世界のことも、大分、理解出来てきたぜ」
「この世界? あっ――やっぱりアンタ、メタリオンの人なんだ」

 D.S.の返事から、彼が空の先にある異世界、メタリオンの住人だと言うことがすぐに理解できた。
 その一般人離れした容姿からも、なんとなくそうじゃないかと思ってたアリサだったが、実際にメタリオン出身の人を近くで見るのは初めてだったので思わず興奮してしまう。

「しかし、休眠から目覚めてみれば、こんなことになってるとはな……」

 D.S.はウリエルとの戦いの後、傷ついた身体を癒すため、次元の狭間にその身を封印し眠りについていた。
 ジューダス・ペインの影響で、魂にまで致命的なダメージを受けていたD.S.は、魔力を回復し、肉体を再構成するまで眠りにつくしかなかったからだ。だが、それでも、D.S.の予測を大きく超え、九年と言う月日がかかった。
 そして、ようやく復活を果たして見れば、身体は縮でいるばかりか、魔力も完全とは言わず、全盛期に及ばない。
 ジューダス・ペインが体の中にあることは確認できるが、それを行使する魔力が完全に不足していた。
 不幸中の幸いは、アリサに拾われたと言うことと、そしてこの一週間で、天界、地獄とのチャンネルが切れていることが分かったことだった。

「ねっ、ねっ! メタリオンの出身ってことは魔法を使えるの?」

 目をキラキラさせながら聞いてくるアリサに、D.S.は「はあ?」と言いながら胸を張って答える。

「フッ……宇宙一強く、美しい。超絶美形魔法使いと言えば、オレ様以外にいねーよ」

 かなり自信満々に言うD.S.だったが、実際、魔力が落ちているとは言え、並の魔導師程度に負ける気がしないのも事実だった。
 自称――大魔法使いは伊達ではない。
 かつて、世界征服を実行したことからも分かる通り、D.S.の力は人間のレベルのそれを遥かに超越していた。
 例え悪魔の力――ジューダス・ペインを使わずとも、魔力が落ちていようとも、その絶対的な差を普通の人間が埋めることは難しい。
 そこまでの差があるのだから、D.S.の言っていることは当然なのだが、それでもこの男はとにかく偉そうだった。
 アリサも「ふ〜ん」と言った感じで話半分といった様子で、D.S.の話を聞いているのが見て取れる。
 しかし、魔法への興味の方が強いのか、アリサはD.S.の話を黙って聞き入っていた。

「じゃあ、わたしも魔法を使えるかな?」

 それが目的だったと言わんばかりに、身を乗り出してD.S.に迫るアリサ。
 さすがのD.S.も、そんなアリサの態度に困った。
 お世辞にも、アリサからは大きな魔力は感じられない。
 まったくないと言うこともないだろうが、魔法使いとしては大成することは難しいと言えるだろう。
 簡単な魔法ですら、行使することは難しいかも知れない。
 そんな魔力で、魔法を覚えようとすること自体が、D.S.からして見れば、危険な上に、無駄としか思えなかった。
 しかも、D.S.が得意とする魔法は何れも暗黒魔術や精霊魔術に属するものだ。
 ただでさえ、行使が難しい上位魔法を、アリサが使えるはずもない。

「無理だ」

 だから、キッパリとD.S.はアリサにそのことを告げた――のだが

「なんでよ? やってみないと分からないじゃない」
「魔力がねーんだよ。出来ないから諦めろ」
「そんなの分からないでしょ? ひょっとしたら特訓で増えるかも知れないじゃない」
「魔力の絶対量なんて、そう簡単に変わるもんじゃねえーの。だから、素直に諦めろ」

 諦めの悪いアリサを無視して、D.S.は先程まで見ていた本に意識を向ける。
 だが、アリサは面白くなかった。実際、魔法使いの総数はメタ=リカーナでも、それほど多くいるものではない。
 そこに加え、国交があるとは言っても、彼らは率先してこちらの世界に出てくるわけでもなかった。
 勿論、移住して暮らしている人もいるが、その大半が魔力を持たない一般人で、アリサも本物の魔法使いに会ったことはない。
 そんな中、不思議な光とともに現れたメタリオン出身の少年。自称――魔法使いを謳うD.S.に、アリサが興味を持たない方がおかしい。
 メタリオンのことを知ってから、魔法への興味はあったし、出来れば触れてみたいと言う関心がアリサにはあった。
 だからこそ、「無理」と言われても素直に納得できるものでもなかった。

「むぅ〜〜」
「唸っても無駄だ……そんなことで魔法が使えるなら」
「使えるよ」
「……はあ?」

 二人の話に割り込んできた第三者の声。
 聞きなれない少女の声に、D.S.だけでなく、アリサも驚いて声のした方を振り向く。

「あんた、どこから……というかダレ?」

 ここはアリサの家の庭。
 私有地に入り込んでいるのだから部外者なのは明白だが、あまりに堂々としているためにアリサも言うべきところを間違っていた。
 背中まで伸びた栗色の綺麗な髪に褐色の肌、大きくクリっと見開いた、愛らしい瞳が可愛らしい少女が、いつの間にか庭先に立っていた。
 だが、アリサはそんな少女に見覚えはない。
 しかし、D.S.は、その少女に見覚えがあるのか、口をパクパクと金魚のように動かしている。

「……ルーシェの知り合い?」
「えへへ、アムラエルって言うの。アムって呼んで欲しいな」

 恥ずかしそうに自己紹介をするアムラエルに、D.S.は大声で下品な声を上げていた。



「天界とのチャンネルも切れてるし、受肉してるとは言え、現界するのに時間かかっちゃった。
 あ、D.S.も魔力を別けてくれてありがとう。D.S.がいなかったら、私、あのまま死んじゃってだろうし……」

 純真無垢な笑顔をこれでもかと振りまくアムラエルを見て、D.S.はすべてを悟った。
 復活に九年もの年月を有した原因、そして、自分の魔力が減少している原因に気付き、両手両膝をついて脱力する。

「テメエか……テメエが原因でオレはこんな苦労をしょいこむことに……」
「うん……ていうか、ご愁傷様?」
「納得いくか――っ!!」

 ――と言うのも無理はないんだが、D.S.は今頃になってそのことを後悔していた。
 当初、悪魔に移植されたアムラエルを引き離し、再生する為に、自分の体内に取り込んだ。
 そこまではD.S.にとっても予定通りで、問題はないはずだったのだ。
 しかし、ウリエルとの戦いで空間崩壊が起こり、大規模な次元震が発生――
 そのため、D.S.は残された魔力を、次元震に巻き込まれ、崩壊していく大陸を守るために使い、結界を張って人間たちを守ることに使った。
 そのため、ジューダス・ペインの使いすぎにより傷ついた魂の修復と、枯渇した魔力を回復するため、ヨミの眠りにつかざるえなくなった。
 そんな状態では、体内に取り込んだアムラエルも蘇生するはずがない。
 しかし、アムラエルは、宿主であるD.S.の魔力を少しずつ吸い続け、D.S.が眠りについている間も自身の回復に力を使い続けた。
 その結果、D.S.は十分な魔力の回復を行なう事が出来ず、九年という長い間、眠り続けることとなったのだ。
 しかも、地獄、天界とのチャンネルが切れた今、受肉しているとは言え、もとが精神体のアムラエルを現界させておくには大量の魔力を消費する。
 それを、今、供給しているのが――

「長い年月で完全に固定化しちゃって、魂のレベルで完全に繋がっちゃってるからね。
 今のわたしはD.S.の使い魔って感じになっちゃってるみたい……」

 アムラエルは仮にも、天使の中でも第五位、力天使に属する強力な天使だ。
 そのアムラエルを現界させておける魔力と言うだけでも驚きなのだが、D.S.にして見ればそれは涙ものだった。
 体が縮んでいる原因は、間違いなく魔力不足が原因だ。
 そしてそれは、アムラエルが現界している以上、解消される見込みがないと言うことに他ならない。

「でも、これでもD.S.の負担を少しでも減らそうと思って――
 ほら、サイズも今のD.S.と同じくらいに縮んで、消費を抑えてるんだから」

 ――偉いでしょ? と言わんばかりに胸を張って自慢するアムラエルに、D.S.は心底むかついていた。
 D.S.にして見れば、手っ取り早く魔力を回復するなら、アムラエルに消えてもらった方が早いと考えたのだが――

「てか、テメエが消え――」
「……うぐぅ」

 言い切る前に涙目になるアムラエル。そして、背後から来るアリサの殺気。
 結局、D.S.に選択の余地はなかった。






「で、わたしでも魔法が使えるって、どうやるの?」

 自分でも魔法が使えると言ったアムラエルの言葉に希望を見出し、嬉々とした表情でアムラエルに詰め寄るアリサ。
 D.S.は嫌な予感がしつつも、黙ってアムラエルの返答を待っていた。

「それは、わたしがアリサと契約して魔力を供給。それを元にアリサが魔法を発動すればいいのよ。
 こう見えても、列記とした天使だからね。人間に力を分け与えることくらい簡単ですよっ」

 自身満々に胸を張って言うアムラエルに、D.S.は目を細めて冷静にアムラエルの言っていることの意味を考える。
 アムラエルに魔力を供給しているのはD.S.で、そのアムラエルがアリサに魔力を供給すると言うことは――

「ちょっと待て!! それは結局、オレの魔力じゃねーか!?」

 先述で、不幸中の幸いはアリサに拾われたことだと言ったが、訂正しよう。
 アリサとの出会い――
 これが、D.S.の不幸のはじまりだったのかも知れない――と





 ……TO BE CONTINUED



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■作者からのメッセージ
前とはもう、ほとんど変わりましたw
神ネタは危険なので回避。

無印分のプロット完成したので投稿します。

少し書き溜めてあるので、しばらくは週一くらいで持ってこようかと。
と言っても、紅蓮と黒い王子や、歌姫と黒の旋律の本投稿の方もあるので、こっちは片手間になりそうですが、気長にお付き合い下さい。
テキストサイズ:22k

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