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次元を超えし魔人 第2話『魔人は居候』
作者:193   2008/11/20(木) 04:09公開   ID:jQ0ObGiQzSA



「ルーシェ、起きて――」

 ――ルーシェくん、起きなさーい!
 ――ほら、ちゃんと歯を磨かないと……あ〜、もう、歯磨き粉ついてる!

 D.S.は夢を見ていた。
 毎朝、そんな風に、もう一人の自分“ルーシェ・レンレン”を起こしていた少女“ティア・ノート・ヨーコ”。
 彼女と過ごした十数年に渡る記憶――時に仲の良い姉弟として、恋人として、家族として――
 その、家族の温かさに満ちた当たり前の――“ただの日常”。
 その“ただの日常”が、四百年と言う長い年月を生きてきたD.S.にとって、百年にも勝る掛け替えのない時間だった。

 およそ四百年前、大破壊と呼ばれる天使と悪魔との戦いにより旧文明は滅び去り、世界はその有様を変えた。
 そして、それからの四百年は、D.S.にとって、暗く、血に汚れた戦いの日々だった。
 敵を殺し、味方を利用し、その味方に裏切られ、そしてまた殺す――
 血の臭いが、身体から消えることはなかった。
 消えることなく臭い続ける、その死臭が、新たな戦いを呼び――死を日常化していた。

 だが、それはD.S.にとっては当たり前だった。
 世界に魔法があるからでも、亜人がいるからでもない。文明が滅び、後退したからと言うだけの話でもない。
 国家、宗教、支配、解放、救済、理由は様々あれど、人の手による争いは、今より遥かに高度な発展を遂げていた旧文明ですら、日常的に行なわれてきた。

 発展と進化の裏は必ず、多くの人の死と犠牲の上で成り立っている。
 平和に享受し、争いが見えなくても、死は必ずそこにあるのだ。

 それは彼が見続けてきたもの――そして、自身で招いてきた結果でもあった。

 そんな、D.S.が、はじめて心からの安らぎを得た時間――
 それが、ルーシェとして、ヨーコと過ごした日常だった。

「うみゅ……ヨーコさん」

 幸せそうな表情で、見知らぬ他の女の名前を呼ぶD.S.に、機嫌を悪くするアリサ。
 こうして、寝起きの悪いD.S.を毎朝起こしに来るのが、今のアリサの日課になっていた。
 アリサも、実はそれほど寝起きがいいわけじゃない。彼女自身も使用人に起こしてもらっているのが現実なのだが――
 しかし、アムラエルも、そしてD.S.も、二人とも放っておけば昼過ぎまで寝てることがある。
 それ故に、アリサが放っておけないのも、ある意味、必然だった。

 同じように使用人たちに任せてもよかったのだが、D.S.の女癖の悪さは、ここ数日の騒動でアリサもよく理解している。
 メイドの胸を揉む、尻を触る――それだけに飽き足らず、彼女たちが入浴している時間を見計らい風呂にまで入る始末――
 見た目は十に満たない子供でも、中身はそこらのオヤジよりも性質が悪いエロガキ――それがD.S.の評価だった。

「もうっ! いいかげんに起きなさいよ!!」

 アリサは怒鳴り声を上げ、そのまま布団をひっぺ返す。勢いよく持ち上げられたシーツを転がり、D.S.はベッドから地面へと落下する。
 鈍い音がした。床にキスするように転げ落ちたD.S.に、さすがにやり過ぎたと思ったのか、アリサも苦笑をもらす。

「いてえ……毎朝、毎朝、もうちょっとマシな起こし方できねーのか?」
「あんたが……素直に起きないからでしょ」

 ちょっとバツが悪いと思ったのか、視線を逸らし、そう言うアリサに、D.S.は「はあ……」と大きな溜息をもらした。

 ヨミの眠りから覚めて一ヶ月――魔力の回復を少しずつでは待ちながら、D.S.はこの世界のことを勉強していた。
 一つだけ分かったことは、この世界の文明は、D.S.の世界で旧文明と称されていた、その時代にかなり酷似していると言うこと――
 科学技術のレベルは、旧文明に及ばないまでも、生活様式などはD.S.の知るところと、かなり一致していた。
 そこでD.S.はある仮説を立てる。最初は過去であることも想定したが、この世界は“自分の知る”世界と細部がかなりことなる。
 ――と言うことは、この世界は自分たちの世界によく似ただけの、別の可能性を引き当てた平行世界ではないかと考えたのだ。

 だが、十賢人の老人たちを除き、この事実に至るものは、ほとんどいないだろうとD.S.は考える。
 それだけ、旧文明の存在は、メタリオンでは秘匿され、隠し続けられてきた。
 四百年前の大破壊の詳細も、王族ですら、天使の再臨を見るまでは、信じることが出来なかったほどだ。

 自分たちが神と崇めていたものに、自分たちの文明が壊されたなど、誰が信じたい。
 しかし、それは多くの人類の命を奪い、世界を蹂躙した、天使と悪魔の戦いと言う事実を見れば、明らかだった。
 だからこそ、人は神にすがることを止め、その力を結束し、戦うことを決意したのだ。
 滅びと言う宿命にあらがうことを――

 それが、世界崩壊の真相であり、受け入れなくてはいけない現実だった。

 ――結果だけを言えば、D.S.は結論を急ぐことをやめた。

 その理由は色々とあるが、今、メタリオンに戻ったとしても、やるべきことがないというのが理由だった。
 さすがのD.S.も平行世界を往き来することは出来ない。それに、天使や悪魔の脅威がない以上、D.S.にとっても、やるべき問題が先送りになってしまったことに他ならない。
 仲間を死に追いやった天使への復讐、ベルゼバブ、サタンたち悪魔の計略『反創生計画』の阻止――
 どれも、今となっては叶えることは難しい。だが、それは天使も悪魔も同じことだった。
 世界が分断され、困惑しているのは天使も、悪魔も同じと言うことだ。

 四百年もの歳月をかけ、破壊神の肉塊で現界した彼らも、天界、魔界との空間的繋がりが断たれた今、まだ世界に留まっている可能性は低い。
 それは、D.S.の魔力を食い続けることでしか現界し続けることが出来ない、アムラエルの現状を見ても明らかだった。
 人間と違い、元が強力な霊的存在であり、精神体しか持たない彼らが、現世に留まり続けるためには多くの条件が必要となる。
 それが皮肉にも、空間崩壊、大規模次元震の影響で、虚数空間に世界が分断されたことで失われてしまった。
 これは、天使や悪魔にとっても、神の予測ですら及ばない、イレギュラーなことだったはず。

「結局、振り出しってことだな……」
「振り出し? 何を言ってるのよ。ほら、朝ごはんに行くわよ」

 D.S.はそのままズルズルと、アリサに食堂へと引き摺られて行く。
 神の計画を捻じ曲げ、老人たちの数百年に渡る崇高な願いすら打ち破った、最強の魔人。
 その魔人も、今ではただの居候。
 たった一人の少女に頭が上がらない日々を送っていた。





次元を超えし魔人 第2話『魔人は居候』
作者 193





「ね、ねっ! どーかな? 似合う?」

 アリサの通う学校、私立聖祥大学付属小学校の制服を身にまとったアムラエルが、嬉しそうにD.S.の前をクルクルと回る。
 確かに可愛い。天使のように可愛いとはこのことを言うのだろうが、元が天使なだけにそれはどうだろうと思わなくもない。
 D.S.もそんなことを考えながら、アムラエルの様子を監察していた。

「まさか、学校に行くつもりなのか?」
「当然っ! そんなのアリサだけずるいじゃない!! わたしだって学校に行ってみたいよ」
「…………」
「まあ、確かにアムラエルだけ留守番ってのは可哀想だしね……
 パパに言ったら、二言返事でOKだったわ」

 アムラエルを一目見たアリサパパは、「是非、わたしの養女(幼女)に――」と嬉々として喜んでいた。
 きっぱりと「やだ」とアムラエルに断られながらも、しっかりとアムラエルに気に入られようと、アリサと同じ学校に通えるように手配をしてくるあたり、アリサパパは侮れない。
 学園の出資者の一人であり、理事もやっているアリサパパにとって、子供の一人や二人、学園に捻じ込むことは大した問題でもなかった。
 これも、私立ゆえのアバウトさと言うべきか、それからのアリサパパは、実の娘に向かって「HAHAHA! 権力とは使うためにあるのだよっ!!」とダメな大人ぷりを大盤振る舞いで披露していた。

「本当に、我が親ながら、恥ずかしかったわ……」

 可愛いものに目がないのはパパだけではない。そこにママもいたら、大惨事は確実だった。
 アムラエルを中心に、幼女争奪戦争に発達しかねない――
 そのことに、心底、帰ってきたのがパパだけでよかったと思うと同時に、これからどうしようと言う思いで、アリサは頭の中が一杯だった。

「あ、やばい! アム、学校に行くわよ」
「は――い!!」

 時計の針は、毎朝、家をでる時刻を差していた。
 カバンを背負って玄関に走り出すアムラエルを、D.S.は視線で見送る。
 そのまま、アムラエルに釣られて玄関へと歩いていくアリサ――だったが、そこから反転。
 猛ダッシュでD.S.のところに駆け寄ると、息を切らせた声で――

「なんで、アンタはまったりとお茶してるのよ!!
 学校行くのに、アムラエルだけのはずがないでしょう――!!」
「…………はあ?」

 D.S.――職業『まほうつかい』、約四百歳。小学校行きが決定した。






「はじめまして。メタ=リカーナ王女、シーラ・トェル・メタ=リカーナです」
「こちらこそ、はじめまして。日本国現首相、古泉潤一郎です」

 海鳴市の海岸沿いにそびえ立つ、一際大きなリバーサイドホテル。
 その一室を使って、日本とメタ=リカーナの秘密裏のトップ会談が行なわれていた。
 緊急の用向きがあると言うことで、会談の要請を受けたシーラが日本に赴き、この会談が実現した。

「しかし、どうして海鳴市に? 東京の方が都合がよかったのではないのですか?」

 シーラの疑問はもっともだ。
 事実、今までの日本との会談、交渉は、窓口となっている日本の首都で行なわれることが通例となっていた。
 しかし、先方が今回指定してきたのは、“海鳴市”と言う首都近郊の都市だった。
 周囲を海と山に囲まれ、自然に囲まれたその穏やかな気風は、たしかに雑多とした首都にない素晴らしい物がある。
 だが、それだけで海鳴市を指定した理由には、根拠として弱かった。

「よい所でしょう」
「――ええ」
「やはり、メタリオンの人々は――
 雑多とした都会よりも、こうした自然と調和した場所の方が安心できるのでしょうか?」
「……失礼ですが? そんな、話をするために?」
「いや、これは申し訳ない。
 実は――ここにシーラさまをお呼びしたのは、ある人物にあなたを引き合わせたかったからなのですよ」
「ある……人物?」

 シーラがそんな首相の言葉を訝しんでいると、後ろのドアがコンコンとノックされた。
 開かれたドアから、一言、「失礼します」と男の声がする。年の頃は三十半と言ったところか、ベージュ色のスーツに、赤いネクタイ、その歳からすれば少し若作りに見られるかもしれない出で立ちでありながら、決して下品ではない。
 硬すぎず柔らかすぎず、お洒落にまとめられたコーディネートは、その男性がそれなりに、身なりに気をつかう立場にある人間だと言うことを物語っている。
 一国の王女であるシーラに、頭を軽く下げる男性。
 だが、その男の口から出た言葉は、シーラの予想に反して気安いものだった。

「さすがは、異世界の王女さま。噂どおり、お美しい。いやはや、後でサイン、いいですかな?
 実は、うちの娘があなたさまのファンでして――」
「え……ええ」
「――ゴホッ! キミは相変わらずだな。バニングスくん……」
「いや〜、潤ちゃん、おひさしぶり。キミこそ、こんな美人と密室で二人きりだなんて――
 よいネタが出来た。今度、家に寄らせてもらった時にでも、奥さんに――」
「ちょ、まっ!! キミのためにセッティングしたと言うのに、それはないよっ!!」
「…………」

 先程までの緊張はなんだったのか? シーラの緊張は完全に解けていた。
 目の前で応酬されるオヤジ談義についていけず、目を丸くするシーラ。
 そんな状態が、数分、シーラの前で繰り広げられた。



「いやはや、すみません。潤ちゃんは昔から大人気ないんですよね。
 王女さまの前だって言うのに――」
「いえ、わたしは気にしてませんから……」
「ところで、早速で申し訳ないですが、これを見て頂きたい」

 男の名はデビット・バニングス――
 世界有数の大企業を経営する、バニングス家の現当主を男が名乗ったことにはシーラも驚いた。
 地球と繋がりをもって九年――シーラもそれなりにこの世界の事情を熟知している。
 その中でもバニングスと言えば、経済界に必ずといってよいほど名前が挙がる経済界の重鎮だった。
 日本ともアメリカとも関係が深いと言われ、貿易面において両国の橋渡しも行なっていると言われる大御所――
 メタ=リカーナからも、バニングスが関わる企業と、魔法、科学間の多くの技術交換が行なわれていることをシーラは知っている。
 そのお陰で、メタ=リカーナがより多くの支援を受け取り、九年という短い期間で復旧するまでに至った背景もあった。

「この銀髪の少年――もしかしたら、ご存知ではないかと思いまして」

 デビットが差し出した写真に載っていた人物を見て、シーラの表情が驚愕に変わる。
 そこに写されていた人物を、シーラが見間違うはずがない。
 髪の色は変わってはいるが、間違いなく、ルーシェ・レンレン――その人だった。

「ルーシェ……いえ、D.S.……」
「やはり、ご存知でしたか」
「か、彼は、あの方はどこに――」
「わたしの屋敷でお預かりしてます。うちの娘とも仲良くやってくれてるようで――
 少し捻くれたところがありますが、良い子ですな」
「はあ……」

 あのD.S.を良い子というデビットの懐の広さを、シーラは感心する。

「D.S.という名前にピンときましてね。
 以前にそちらと技術交換させて頂いたときに添えられてた資料に、その名前があったものですから――
 しかし、シーラさまの反応を見るに、やはり、彼は本人に間違いないようですね」
「あの……あの方のことは――」

 相手がD.S.のことを知っていると言うことは、彼が世界制服を企て、戦争を起こした張本人だと言う事実も知られていると言うことだ。
 だから、シーラは焦った。彼らの立場的からしてみれば、D.S.は危険分子に違いない。
 こちらに確認を取ってきたと言うことは、最悪、D.S.をメタ=リカーナで再封印――
 それに素直に応じるD.S.とは思えず、さらには魔操兵戦争の再来と言う、最悪のパターンがシーラの頭を過ぎる。

「何を考えられてるか、想像できますが……
 少なくとも、わたしにその気はないですから」
「――え?」

 それは、シーラにとって、それは予想外の返答だった。
 では、何故、D.S.のことを確認するようなことをしたのか――と、疑問が浮かんでくる。

「そちらの世界ではどうか知りませんが、彼がこちらで何かをしたわけじゃない。
 日本は法治国家ですからね。何もしてない、しかも、見た目には十にも届かない子供を捕まえるなんてことは出来ませんよ。
 あなたにお知らせしたかったのは、確認の意味もありますが、メタ=リカーナが彼と言い知れぬ因縁があると知ったからです。
 少なくとも、シーラさま、あなたには彼を特別視する何かがあるのでしょう?」

 シーラは分かってしまった。
 デビットが最初から、D.S.の無事を知らせるためだけに、自分をこの場に呼んだのだと言うことを――
 この九年――シーラは自分に出来る範囲で、D.S.の捜索を続けていた。
 それすらも、デビットには知られていたのではないかと彼女は思う。
 この会談が何故、秘密裏でなくてはならなかったのか? その疑問も、今になってみれば当然だった。

「感謝します」
「いえ、やはり、一人の父親として娘を悲しませたくないですからね。
 それにもう一人、可愛い娘が出来ましてね。
 彼がいなくなってしまうと、可愛い少女(幼女)二人に、嫌われてしまいそうですから」

 そう言うデビットは、苦笑をもらしていた。
 人の親として当然のことをしたまでだと言われれば、シーラもそれ以上、何も言えなくなる。

「今日は、大変、有意義な時間を過ごさせて頂きました」
「いえいえ、大したおもてなしも出来ず、申し訳ない。
 今度、海鳴市に来られたときは、是非、当家にご招待させて下さい」
「ええ、必ず」

 公式には載らなかった、秘密裏の会談――
 バニングスとの繋がりを持つことで、より強い結束を手にした日本とメタ=リカーナの関係。
 両国の一層の友好と繁栄を願い、そして子供たちのより良い未来のためにと――
 舞台の裏側で固く握手を交わす、二人の姿があった。






「D.S.くんとアムラエルちゃんでーす! みんな、仲良くしてあげてね」
「アムでーす! みなさん、よろしく御願いします」
「…………」

 無理矢理制服を着せられ、学校に連れて来られたD.S.は、アムラエルと一緒に編入の挨拶をさせられていた。
 デビットの口添えがあったのだろう。ご丁寧にアリサと同じクラスにする辺り、細かい配慮と言うものが感じられる。
 だが、D.S.は終始おもしろくなさそうな顔をしていた。
 学校がどう言うところかは、D.S.も熟知している。だが、今更、この世界の学生が学ぶようなレベルの勉強を彼はするつもりがなかった。
 いや、する必要がなかったと言うべきだろう。
 曲がりなりにも“大魔導王”とまで呼ばれた、古代魔術にまで精通する魔法使いだ。
 学問の基礎体形が違うとは言っても、多くの知識を習得しているD.S.にとって、学生レベルの勉強など問題にならなかった。

 D.S.も、アリサの家で、ただ一ヶ月、何もしないで食っちゃ寝をしていた訳じゃない。
 バニングス家の書斎にある本は粗方読みきっていたし、そこにある本も、デビットが集めていた本と言うだけあって、読み応えのある難しい本ばかりだった。
 アリサも小学生にしては、かなり優秀ではあったが、書斎にある本をすべて理解できるほどではない。
 それだけに、D.S.の非凡才さが浮き立つ。
 そのことに気付かないアリサでもなかったが、アムラエルが学校に通いたいと言ったことと、D.S.とアムラエルの二人にも、自分以外にも友達を作って欲しいと言う気持ちもあって、二人が学校に通うことに関しては賛成だった。
 それに、そんな建前を除いても、家族のように二人のことを思っているアリサにとって、二人と一緒に学校に通えるのは嬉しい。
 このことに関しては、少しばかり、父親に感謝してあげてもいいかと、そんなことを考えていた。

 しかし、それはあくまでアリサの考えであって、D.S.は否定的だった。
 周りはアリサと同じくらいの子供ばかり――いくら女好きのD.S.と言えど、まだ、女とも呼べない子供が相手では触手(食指との誤字ではありません――ちょw)が動かない。
 こんなことなら、アリサのいない間に、屋敷のメイドたちとスキンシップしていた方が、遥かにマシだとそんな不埒なことすら考えていた。

「わたしは“なのは”、高町なのはだよ」
「はじめまして、月村すずか……と言います」

 アリサの親友と言うことで、D.S.とアムラエルは二人を紹介されていた。
 少し気恥ずかしそうに挨拶するすずかに代わって、なのはは元気にその手を差し出す。
 差し出された手を握って「アムだよ」と、「よろしくね〜」と上下にその手を振って答えるアムラエルに、なのはも明るい笑顔を見せる。
 しかし、D.S.はと言うと――

「やはり、凹凸は期待できないか――しかし、将来性を鑑みれば」
「ふぇ……」
「――きゃっ!」

 なのはとすずかの胸を監察しながら言う、D.S.の不埒な一言に、免疫のない二人は顔を真っ赤にして胸を隠す。
 そこにすかさずツッコミを入れるアリサ。

「アンタ、ドサクサに紛れて何を言っちゃってるのよっ!!」

 ――スパーン!
 と良い音を立てて、倒れこむD.S.――
 どこから取り出したのか、アリサの手には見事なハリセンが握られていた。

「「アリサちゃん、凄い……」」






 夕刻ともなると、人通りの少ない並木道――
 公園の脇を行くその寂しい道を、好んで通るものはそれほど多くない。
 アリサとD.S.が偶然出会うことになったのも、この木々に囲まれた並木道での出来事だった。
 その森の中、異形の怪物を相手に一人立ち向かう少年の姿があった。
 金髪に緑色の瞳――全身をすっぽりと覆う古びたマントに、修道者のような紋様の入った衣服を身にまとっている。
 そのことからも、彼が“普通”とは違うと言うことは、誰の眼から見ても明らかだった。

「栄えなる響き、光となれ、許されざる者を封印の環に――」

 少年が呪文を唱える。
 すると、それに呼応するように、指先に持っていたビー玉ほどの小さな赤い玉が光を放つ。
 展開される魔方陣。それは対峙する怪物に向けられたものだった。
 襲い掛かってくる怪物に向かって、少年は「ジュエルシード――封印!!」と詠唱を完成させる。

「グルルルル……」

 捕らえた――そう、思ったのも束の間――。
 少年の力が足りなかったのか、怪物の力が強かったのか、怪物に放った拘束が解き放たれる。

「――――!!」

 体液を周囲に散らせ、傷を負いながら、怪物は少年とは逆の方向へと走り去る。

「そんな……逃がし……」

 腕から血を流し、肩で息をする少年。すでにかなりの傷を負っていたのだろう。
 どうにか保っていた意識が、朦朧としていき、いつしか膝をついていた。

「早く……追わない……」

 そのまま、最後まで言い切ることなく、意識を失う少年。
 だが、そこに残されたのは、少年の姿ではなく――少年と同じ髪の色をした、小さな動物の姿だった。






「なのはちゃんどうしたの? 急に走り出して」
「――動物?」
「……怪我してるみたい」

 D.S.とアムラエルはメタリオンからの留学生で、アリサの家で居候していると言う話は、すぐになのはとすずかも知るところとなった。
 それから、二人の歓迎会をしようと言う話になり、その打ち合わせのため少し寄り道をして、帰る途中のことだった。
 少し遅くなったために、近道をしようと林道を通っていたアリサたちだったが、そこで思いがけないもの見つけてしまう。

「この辺に、動物病院ってあったかな?」
「なのは、ちょっと、その子を貸してみて」
「え――あ、うん」

 アムラエルに言われ、なのはは抱えていた小動物をアムラエルに手渡す。
 アムラエルが、受け取った小動物に手をかざすと、手の平から暖かい光が小動物に向かって降り注いだ。

「うわ……」
「これが……魔法」

 なのはとすずかは驚きの声を上げた。
 小動物の身体が光を放ち、まるで時間を撒き戻すかのように、その傷が消えていくのが彼女たちにも分かる。
 はじめて見た魔法の神秘に見せられ、目を輝かせて魅入ってしまう二人。

「はい、これで大丈夫だよ。
 傷は完全に塞がったから、あとは体力が回復すれば動けるようになるわ」
「アムちゃん、すごーい!!」
「魔法って、凄いんですね」
「ううぅ……いいな。やっぱりわたしもアムラエルから魔力を……」

 はじめて見た魔法に興奮する三人に囲まれ、アムラエルは頬を染めて照れる。
 天使である彼女からして見れば、このくらいの傷を治す奇跡は、大した神秘でもなかったのだが、魔法を知らない少女たちからして見れば、それは驚くべき出来事だ。

「それで、この子どうしようか……」
「わたしの家で預かろうか?」

 小動物をどうするかと言う話になり、「どうしようか?」と困るすずかに、アリサはうちで預かってもいいけど?
 ――と言う。だが、そんな二人の間に割って入ったのは、なのはだった。

「わたしが……面倒見る」
「え? でも、なのは……アンタの家って」
「そうだよ。なのはちゃん、大丈夫なの?」

 二人がこの話をなのはに振らなかったのには理由があった。
 なのはの家は喫茶店を経営している。手作りのケーキや、美味しい紅茶を出すことで、近所でもかなり評判がよく、アリサやすずかも、その評判のケーキを目当てに通うお店の常連だった。
 だから、動物を飼うなど本来なら認めてもらえるはずがない。
 アリサとすずかも、そう考えて、自分たちのどちらかで引き取ろうと話をしていたのだが――

「わたしがこの子を最初に見つけたんだから――
 だから、最後までちゃんと面倒をみてあげたいの」

 こう言う時のなのはが頑固なのは、親友である二人が一番よく分かっていた。
 結局、その小動物はなのはが家に連れて帰ることになり、どうしてもダメなときはアリサの家で引き取ると言うことになった。

「また、明日〜」

 手を振って別れるアリサたち。しかし、少し怪訝な表情をアリサはD.S.に送っていた。
 先程から、ずっと何も話さないで黙っているD.S.が不気味で仕方ない。

「ルーシェ? なんか、悪いものでも食べた?」
「……アリサ、キミがオレをどう言う目で見てるのか、一度問いただす必要がありそうだな」

 いつもより丁寧に真面目な顔をして答えるD.S.に、余計に不審を募らせていくアリサ。
 だが、アムラエルには理由が分かっていたのか、笑顔でそんな二人の間に割って入る。

「D.S.はどこもおかしくないよ。ただ、少し心配だっただけだよね」
「……心配?」
「あの小動物、この世界の生き物じゃないよ。
 あれが本当の姿か分からないけど、魔力を持ってたから」
「……え?」

 アムラエルの言っていることが、アリサにはすぐに理解できなかった。
 たしかにあの時、アムラエルの魔法に感動していたアリサだったが、その治療していた小動物が、その非常識の塊だろうとは想像もしていなかった。
 てっきり、イタチか、フェレットだと思っていただけに、アリサはアムラエルの言葉に驚きを隠せない。

「そんな、なのはが連れて帰ったのよ!? ちょっと、大丈夫なの!?
 なのはに何かあったら、ただじゃ済まないわよ! ルーシェっ!!」
「ぐ……ぐるじい……」

 興奮したアリサに首を絞められ、青い顔をするD.S.をアムラエルは冷や汗混じりに見ていた。

「アリサ、大丈夫だよ。魔力を相当消耗してるのか、深い眠りについてるようだったし――
 それに、あれって、それほど危険な生き物に見えなかったしね。
 いざとなれば、わたしもD.S.もいるから心配いらないよ」
「アムラエルがそう言うなら……」

 アムラエルのフォローで安心したのか、締め付けていたその手を緩めるアリサ。

(でも……あの小動物より、なのはの方が遥かに大きな魔力を持ってたなんて言ったら、アリサ驚くだろうな……)

「でも、アムラエルの魔法、本当に凄かった!
 やっぱり、わたしも諦めずに、ちゃんと魔法を勉強してみようかな……」
「勘弁してくれ……」

 アリサが魔法を覚えれば、周りが(主にD.S.が)どれほど命の危険に晒されるか分からない。
 そう思い至り、D.S.は心底、アリサに魔法を覚えて欲しくないと思う――今日この頃だった。


 平穏な日常、こんな日々がずっと続けばどれだけ幸せだろう――
 そんなことをアムラエルは考えていた。
 消息が途絶えたままのウリエルのことは心配だったが、D.S.にはどれだけ感謝しても足りないほどの恩がある。
 それに、アリサにデビット、そして友達のなのはにすずか、この世界で出会った人たちのことが大好きだった。
 だから、アムラエルは考えないようにしていたのかも知れない。この世界は平和だと――
 もう、憎しみあわないでも、傷付けあわなくてもいいのだと――
 だが、アムラエルは後に、自分の危機感が、何故、こんなに弱かったのかと――
 小動物を、なのはに預けたことを心底後悔することになる。

 その日の夜――高町家のすぐ近くで、天を裂く一筋の魔力光が確認された。






 ……TO BE CONTINUED



■作家さんに感想を送る
■作者からのメッセージ
 193です。
 今回のMVPはアリサパパで間違いないでしょうw
 本作品のアリサの両親の設定は、完全にオリジナルの設定です。
 ぶっちゃけ、幼女好きのアリサパパは、私の半身のようなもんで(オイ

 では、お粗末ながら感想の返信をさせて頂きます。


 >rinさん
 当初、この作品は勢いではじまりました。私の部屋にある短編が最初ですね。
 その後、続きを執筆するつもりだったのですが、勢いではじめた手前――
 なんだか先の雲行きが怪しくなってきたので、新規で書き直し、投稿した次第であります。
 原作のバスタードは確かに凄いことになってますからね。もう、インフレどうのってレベルじゃないですがw

 今のところ、五話までストックがあるので、その都度、修正しながらアップして行きたいと思います。
 とりあえず、無印終了までは話を考えてあるので、そこまではもって行きたいかと。

 今後とも、当作品をよろしくお願いします。
テキストサイズ:21k

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