数多モノ歴史
先人達が駆け抜けた人生の軌跡
口承・書筆と言った様々な形を持って受け継がれる記録
人はそれを『歴史』と呼んだ。
「おぉ伏義(ふっき)……愛おしい人よ」
中国史における三皇が一人、天地の理の女神『女禍(じょか)』は死ぬ。
同じく中国史における三皇に数えられる、文化と人の神『伏義』と戦い死ぬ。
二人は記録すら消えてしまう過去、その星へと降り立ち、歴史を繰り返した。
些細な失敗から無くなってしまった故郷の未来を求め、狂気は砂の城よりも脆い世界を作り続けた。
繰り返される歴史、到達しえぬ故郷、苛立ちと焦り狂気が美しき女神を狂わせ、神の造反を招いた。
伏義は、人を作り、仙人を作り、妖怪が作られ、もっとも歴史の歯車が噛み合った歴史を信じた。
姿を、魂すら無くしながらも彼は彼女の暴走を止める、数多の計画と歴史の消滅の果てに。
「この爆風では再生も出来ぬか……ワシら始祖の導きもここまでと言う事か」
彼の声には、もうたった一人の人間による歴史の操作の終わりを喜んでいる。
自身がして来た事が無駄ではなかった、共に歩んだ仲間との時間がとても嬉しかった。
そうして彼が命の灯を完全に掻き消される時、星と歴史の気まぐれが起きる。
眩い光が彼を包み、時は史実通りならば、約1100年後の歴史へと導く。
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彼が目覚めた時、その視界は見慣れた景色に何処となしか似ていた。
「何が起きたと……」
ふと視線の先に横たわる二人の人間に気付き、ゆっくりと足並みを進める。
一人は少年、少し茶色がかっているようにも思える髪を持ち、彼に良く似た衣服を纏っていた。
もう一人は青年、眼鏡を掛け、黒い髪を砂に塗れにしながらも辛うじて生きている、衣服は少年の物とは違うが似ている。
そして彼らの額に刻まれている文様に気付く「こやつら……道士か」と。
「……このまま捨て置くのも勿体無いしのぉ」
ヒョロッとした何か微妙な棒人間へと変身した彼は、神と呼ぶにはお茶目すぎる。
そして懐から仙人達から愛される桃を取り出し、半分に分けて二人の口へ強引に入れる。
古来中国史において桃は仙人や神族のみが食す事が許された、不老長寿の象徴として崇められていた。
科学から言わせれば、その美味さと栄養分が多い果物でしかない。
二人が負っていた傷はたちまちに癒され、意識を取り戻させる。
「……左慈……無事ですか?」
「…………なんとかな」
意識を取り戻した彼らの視界に真っ先に映るのは、神の姿ではない伏儀。
二人は当然の如く警戒するが、力は戻っておらず、戦って勝てる見込みはゼロに等しい。
「安心せよ、ワシは敵ではない」
「なら何なんだ?」
神は荘厳な姿ではなく、かつて記憶を失った際に取っていた姿へと豹変している。
「太公望(たいこうぼう)師叔(スース)、人としての名ならば呂望(りょぼう)」
二人に驚愕の表情が生まれる。
その顔に驚く事なく、棒人間へと変わり、笑いを誘っている。
(左慈、もしや彼が?)
(……隠しているみたいだが、スゲェ力を感じる)
少年の左慈、青年の干吉はある種、太公望と似ている。
それは誰かが作った外史に振り回されている命と歴史を繰り返した命の出会い。
「さて、お主らが傷ついていた理由を教えてはくれまいか?」
「私共は、この作られた外史と呼ばれる歴史の枝分かれによって生まれた世界を監視、そして消す存在です師叔様」
師叔とは、仙人界において頂点に君臨する老人の愛弟子である彼の尊敬などを込めた呼び名である。
そして太公望は『歴史の監視と消滅を担う』存在に、驚く事はなく「そうか」と一言漏らしたのみ。
「ならば何故、その存在……外史とやらの神がこんな所へ?」
太公望(二人が道士である為、以後師叔)の質問は、今の二人にとって聞かれたくないモノだった。
「『歴史の道標』とか名乗った妙な奴の計画に賛同しなかった……反対派は俺とコイツを残して消し飛ばされた
本来なら歴史を任されてる俺達が、あんな気色悪い奴に負ける訳がないんだがよ……」
左慈や干吉などの道士や仙人の大半が、その無茶苦茶な計画に反対したが、内乱やその圧倒的な力の前に消されたとの事。
そしてそれは師叔にとって良く知る人物であり、今一度あの悪夢を繰り返そうとしている存在。
己たちの力の無さを悔やんでいる二人に、師叔は決断を迫る。
「主等の敵はワシの良く知る敵、その気になれば歴史の一つや二つ、簡単に消して繰り返す
奴を倒す為には力が必要だ、それも世界を味方に付けるほどの力がのぉ
『歴史の道標』を…アヤツを倒すにはこの外史と呼ばれる世界に一日の長を持つ、おぬし等の力が必要不可欠
アヤツを倒さぬ限り、否応なしに歴史は繰り返される、子供が遊びで積み上げる砂の城のようにの」
それは知る者だからこそ、説得力を持つ言葉。
繰り返される命を持つ二人にとって、もはや開放は絶望となる事の暗示。
だからこそ、本来ならば消す存在が取る行動は一つ。
「「倒せるのですか(か)?」」
その言葉に師叔は、真面目な姿を取り戻す。
その姿は、干吉と同じか少し上の青年の姿を取り、彼女と唯一無二対抗できる『宝貝(ぱおぺい)太極図』を取り出し掲げる。
ただの棒にしか見えないそれは、数多モノ歴史を葬り去るだけの力を占めた最強の武具。
「ワシを誰だと思っている、周国の軍師にして功績者、そして主等の敵を一度は討ち果たした存在だぞ
今は埋伏(身をひめる事)し、アヤツに対抗できる戦力と力を取り戻し、今度こそ討ち果たしてくれるッ!」
不思議な説得力を持ち、何故か失笑や苦笑いを誘って緊張をほぐしてくれる。
これこそ師叔の力であり、味方からも徹底した戦術にブーイングを喰らうが、勝つ軍師。
そして今は黙っているが、中国史の神の一人『伏儀』なのだ。
「不思議です、貴方を見ていると出来ると思えてしまいます」
「どのみち、俺達二人だけじゃ敵わない相手なんだ」
二人は地に片膝をつき、右手を開き、握られた左手を打ち合わせ、敬服する。
師叔も手を同じ行為を行い、二人を臣下であり、同じ目的の友とする。
「こちらこそ、この外史と呼ばれる世界では未熟なワシを支えてくれると助かる」
歴史に踊らされる命。
歴史を繰り返した命。
歴史に抗う二つの目的が交わる。
「して、これからどうする」
「幽州の琢郡にこれから歴史を動かす第三の勢力が無名ですが居ます
今はたった二人しか居ませぬが、『天の御遣い』が現れると占いを受けています
その者達の元へと行き、『天の御遣い』として率いるのです……それがこの外史の始まりなのです」
「おまけに今、この地は黄巾族って言う宗教集団が腐敗した王朝に反旗を翻してるからな
こいつ等の討伐に成功して名を上げて、少しずつ勢力を拡大していくのがこの勢力の定番だ
個々の能力がずば抜けてるからな、統率者さえ良ければやっているって奴さ」
幾度も同じ歴史を見てきた二人にとって、外史の存在こそ世界を変革させれる存在。
弱い奴ならそこまでで終わってしまう、強くともいずれは消えてしまい、また繰り返す。
太公望師叔は不敵に微笑み、その幽州の琢郡へと歩き始める。
「皮肉よのぉ」
その言葉に二人は首を傾げる。
「ワシは占いで『天が文王に軍師を授ける』と言われた存在よ」
本当に運命や天命は皮肉を紡ぐ。
そして外史の存在が、外史を狂わせていく。
誰かが紡ぐ歴史の果てを目指して。