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長き刻を生きる 第二話『戦場への誘いは憎しみ』
作者:大空   2008/11/11(火) 21:27公開   ID:TdANDBkdHik

 左慈・干吉と共に琢郡へと本来は、術で飛行していくつもりだったが、それではいけないと諌言された。
 太公望師叔はかなりの愚痴を零しながらも、荒れた道を歩んでいた矢先に、十数人の盗賊に囲まれてしまう。
 その盗賊は全員が黄色の布を頭巾として巻いており、その正体をあえて晒していた。

「良い身なりの兄ちゃん達だな……身包み置いていきなッ!」

「……これが腐敗と戦う賊徒か……腐った大義名分よのぉ……」

 数なら少なくとも五倍はあろう筈にも関わらず、三人は動じる事無く、師叔に至っては呆れている。
 動じるどころか、馬鹿にされ、腐ったとまで言われた黄巾族の連中は怒りで顔を高潮させ武器を抜く。
 刃こぼれし、錆び付いている威嚇にしか役に立ちそうも無い武具を見て、師叔は更に呆れて溜め息を漏らす。

「馬鹿にしやがっ!」

 最初に襲い掛かってきた男の首が、左慈の豪快な蹴りによって音をたてて90度近く折れ曲がる。
 彼の蹴りはそこ等の棍棒よりも強力にして俊足、賊徒程度で防げる理由は無く、仲間を容易く殺された事に黄巾族は一気に恐れを抱く。

「雑魚が」
「ダメですよ左慈、こんな相手に貴方が脚を使うなど……呪(おん)!」

 干吉の白く美しい手から見えざる手が放たれ、黄巾族の体格の良い男の首筋へと伸びる。
 だがそれは絞め殺すのではなく、その身体の自由を奪い、男の身体は干吉の手によって操られる。

「なっ!? おっ! おいおい?!」

 何が起こっているのか理解出来ない男の身体は、その右手に持っていた剣の矛先をゆっくりと自身の喉に向け。

 ―――――― 一突き。

 血が噴出し、命を散らした男の身体は程なくして地面にその頭をぶつけて倒れる。

「このままではワシの立場が! 仕方ない! ――――――疾(チ)!!」

 師叔が懐から取り出した白い棒切れ、それは宝貝『太極図』を搭載した姿であるが、原形は違う。
 似たような棒切れだが、宝貝『打神鞭(だしんべん)』であった物で、その力は自在に風を操る事。
 呪詛を含む一言が大気を見えざる戦斧を作り上げ、造られた風の凶器は横薙ぎに賊徒を引き裂く。

 一瞬にして残っていた賊徒は絶命する、寸分違わぬ5:5の割合で身体を切り払われ。

 恐らく彼らは何によって殺されたかも理解出来ずに死んで逝ったのだろう。

「ところで…そこのお主? 何故ワシ等を助けなかった?」

 彼らの背後の、僅かな物陰に隠れていた人物に、師叔は尋ねる。

「何時からお気づきに?」
「なに、少しばかり激戦を経験すれば会得できる物よ」

 振り向いた先に居たのは、一人の女性。
 濡れたカラスのような光沢を宿す黒く長い髪、強い意志を宿した黒曜石のような瞳。
 身体は華奢に思えるが、恐らくは相当な修練を積んでおり、才色兼備と言っても過言ではなく、纏う衣も独特。
 その手に携えている戟矛に近いその武器は、名工が打ち鍛えたに違わぬ美しい弧と光沢を宿す。
 女性は手にしていた武器を地に置き、片膝をつき頭を垂れる。

「私は……「貴方の名前は姓は関、名は羽、字は雲長と言う女傑の方ですね」」

 関羽の名乗りを、意地悪くも干吉が奪い取ってしまい「素直に名乗らせてやれ」と左慈に叱咤されてしまう。
 一度咳き込んだ後、関羽は改めて名乗り目的を告げる。

「この関羽、天の御遣い様をお迎えにあがった所存です」

「何故ワシ等を天の御遣いと呼ぶ」

「占いを受けこの地にやってきました、そして貴方様等の呪術を拝啓させて頂きました
  首の骨を容易に蹴り砕く体術に、身体を操る呪術、更には言の葉(ことのは)によって風を使役する
  これを天の御遣いと呼ばずして何と呼びましょう! どうかこの乱世を沈める為にお力を!!」

 関羽は強い言葉を持って三人を説得する。

(彼女こそ第三の勢力の者です)
(コイツとあともう一人と一緒に頑張っていくのがアンタの仕事だ)

 三人は無論率いて戦っていくつもりである。
 そしてこう言った事になると……

「関羽、お主の眼は天にも通ずるモノがあるのぉ
  いかにもワシ等は天の国よりこの乱世を鎮めんが為に使わされた者!」

 図に乗ってしまうのが師叔と言った人物で、もはや性分である。

「俺の名は左慈……体術なら引けなんてとらねぇ」
「私の名は干吉、呪術で二人を補佐しています」

「そしてワシこそ! 周国の大軍師にして功績者! 仙界においても天賦の才を持つ天才!
  名を太公望師叔! 関羽、共に乱世を鎮める為にワシに力を貸してくれると助かる!」

 太公望の名に関羽は今一度驚き、平伏する。
 彼は兵法にして王が学ぶべき書物『六韜(りくとう)』の著者と謳われ、殷を打ち破った大軍師。

「ならば急ぎましょうご主人様、左慈殿、干吉殿! 近くの街に義妹が待っています!」

 まさか天の御遣いが、かの太公望とは思ってもいなかった関羽の意識は、最高潮に高まっていた。
 そして三人を導くように武具を拾いなおしてから目的の村へと歩み始めた。


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 四人は程なくして目的の街に着いたが、その街の現状は悲惨なものとしか言えない。
 倒壊した家屋、荒らされた痕跡、深い傷を持ちいずれも絶命している老若男女の死体の数々。
 腐肉と流れ出している血が異様な臭いを放ち、正常な精神を蝕み喰らいつくしていく。
 生き残っている人々の眼は完全に覇気も精気も失い、まるで動かない人形のようにも見えた。
 顔が潰された物、犯された後の見える物、身体を焼かれている物、赤子を護る様に死んでいる物。
 これが肉親や親しい者ならば、精神を挫かれてもおかしくはない。
 そんな街の中から、一人の少女がかなりの速さでやってくる。

「姉者〜〜〜〜!」

 やってきた少女は、背丈は低いが赤い髪に、アメジストのような紫の瞳を宿し、その手には背丈の倍はあろう蛇棒を持つ。
 姉者と言っている事から、関羽の言う義妹である事は間違いないだろう。

「来た時にはもう街が……ところでこの人達は誰なのだ?」
「この方達こそ天の御遣い様だぞ鈴々」

「性は張、名は飛、字は翼徳、真名は鈴々、よろしくなのだ!」

「真名とはなんだ?」
「真名とは信頼置く相手にのみ呼ぶ事を許す名の事ですよ、師叔様」

 張飛(以後、鈴々)が真名を名乗った事で、関羽は自分が真名を名乗る事を忘れた事に気付く。

「姓は関、名は羽、字は雲長、真名は愛紗と申します」

「……俺の名前は左慈、真名はねぇから気にするな」
「私も真名はありませんが、干吉と申します」

「ワシの名は太公望師叔、かの周の大軍師よ
  それと、ワシの事はご主人様ではなく、師叔と呼んでくれると助かるのぉ」

 鈴々の頭を優しく太公望は撫でる、この惨劇から逃げなかった事を賞賛しての事。
 撫でられている鈴々は、まるで戦乱で失った父親を何故か思い浮かべ、不思議と嬉しかった。

 そして軍師としての太公望が動き出す。

「愛紗と鈴々はすぐに生き残っている村の者を集めよ、干吉は死兵(キョンシー)を造れるか?」

 愛紗と鈴々は、雰囲気が一転した太公望の命に従って村人を集め始める。
 干吉は死兵を作れる事を首を縦に振ることで示し、戦えそうな死体に呪術を施し始める。
 

 程なくして太公望達の前には生き残った街の人間が集う。


「我々はこの街を助けに来た!」

「じゃあ官軍が助けに来てくれたのか!?」

「残念ながら私達は官軍の手の者ではありません、しかし街を救う為に立ち上がりましょう!」


 強き声、多くの民衆全員の耳に届く通る声、それだけでは民衆は呼応はしない。
 無名の……それも女性の声に耳を貸す者はいない、悲しいがそれは染み付いてしまっているのだ。

「見ただけでも四千はいたんだぞ!」
「まともに戦える者は皆、抵抗して死んで逝ったよ!」
「女子供に何が出来るんだよ!?」
「もう一度来た暁には必ず殺される、でも勝てる訳がない!」
「何処の馬の骨とも知れない奴の言う事なんで信じれないのよ!」

 それは心に刻まれた恐怖と生き物として理解している力の差。
 疑心暗鬼は蔓延し、誰も耳を貸そうとせず、ただ叫ぶだけ。

 ふと誰かが気付き、そして全員が民衆は自分達を見下ろしている太公望の姿に驚く。

 人が宙に浮き、自分達を見下ろしている……冷たい眼で……

「お主等は騒ぐだけしか出来ぬのか―――目の前の危険を理解しておきながら、ただ叫ぶだけか?
  ”叫ぶ力”を持ちながらも、それを他人への不平にしか使えぬのか、立ち向かう事に使えぬのか?
  目の前の者の力量も測らずして、女子供と言うだけで”力無き者”と決め付けて逃げるだけか?」

 それは軍師としての一面。
 勝つためならば誇りすら泥に捨てでも勝利を欲する軍師の姿。
 自分達や惨劇を何も知らない太公望を罵倒する人間はいる。
 しかし汚名や罵倒すら恐れず言葉を紡ぎ、叫ぶ力を別の力へと変える。


「ワシは天の国より使わされし仙人にして、かつて文王・武王の両王に仕えし大軍師、太公望師叔なるぞ
  その二人はワシに仕えし天の将、そして天の道士が二人、更にワシが指揮すると言っても逃げる事を選ぶか」


 罵倒は混乱へと変わるが「宙に浮かべれるのは道士や仙人のみ」と声が出る。
 混乱は心の内から恐怖を勇気へと変えていく「きっと勝てる」と声が出る。

「師叔様、キョンシーの支度が整いました」
「数は?」
「およそ千人ばかりですが、賊徒相手ならば三千の兵に匹敵します」

 それは死した者達が蘇えり、死兵と化して戦う者の事をキョンシーと呼ぶ。
 死後硬直による硬い肉体、刺された程度では死なず、命令のままに戦う兵。
 恐怖を纏い、戦場に混乱を与え、生者を護る死者の盾と君臨する呪術の兵。


「奴等を倒さぬ限りこの街は、奴等が死すその時まで狙われ続け、苦しみ続けるであろう!
  ワシは……我は太公望! 周国の大軍師にして仙人! 天の国より乱世を鎮めんが為に降りて来た!
  力を持つ者達よ! 生きる為に今、武器を取れ! 汝等は天の加護を持つ者等よ!」


 死んでいた眼に覇気と精気が宿る。
 肉親・兄弟・妻・子供・親友を殺された憎しみが、彼らに強い力を与えていく。
 それは勇気よりも時として強く、その強さは民衆を兵へと変えるには充分過ぎる代物。

「ならば今から支度を始めるぞ!」

「街で武器として使えそうな奴! 腹を膨れさせる食料! 戦う勇気ある者を探せ!」

 戦場へと駆り立てる憎しみと言う名の勇気が、人々の心に宿る。
 一人一人が生き生きとし始め、目的の為に動き始めた。


(ワシは……いや……今は目先の平和こそ優先されるべきよ)


 民衆を駆り立てた師叔の心は泣いている。


(今は非道と呼ばれようと――――――あの殷の民のような者等を作らぬ為に!)


 かつて無血の勝利を目指した大軍師。

 しかし今は憎しみをほんの少し駆り立てた偽善者。

 その涙と苦しみに気付く者は、誰一人としていない。

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■作者からのメッセージ
黒い鳩様
初めまして、そして感想ありがとうございます。
原作においては敵の立場でしかない彼らもまた被害者。
それでつい味方として描いてしまいました。
確かに封神演技の原作は、果てなく繰り返された歴史の物語です。
歴史繋がりでクロスさせやすい作品です。
これらも応援よろしくお願いします。
テキストサイズ:8791

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