「彩貴様、範州候名代で範
紅珠様がお見えです」
「今、行く。瑠為が戻ってきたら、連れてきてくれ」
呼びに来た侍女は一礼し、客が待っている部屋まで案内した。
彩貴が普段使用している部屋の隣に謁見室が用意されている。部屋に入ると、出されたお茶を優雅に飲んでいる少女の姿が目に入った。年は彩貴を同じ、可憐な姫君らしい印象を受ける。その振る舞いも、見た目も貴族そのものである。
彩貴が入ってくると、
紅珠は立ち上がり、跪拝をとった。
「ご機嫌麗しゅう、梨雪公主様。範州候名代、範
紅珠まかり越しました」
「かけてくれ。・・・例の襲撃事件の報告だな。聞こう」
お茶を用意した侍女を下がらせ、
紅珠の報告を聞いた。
「先日の襲撃は、間違いなく朔王派の貴族であることがわかりました。逃亡した一味の一部を捉え、取り調べたところ、朔王が亡くなった今、朔王派をまとめているのは腹心であった
陳青松のようです。それを考えると
陳青松は自らが王になるべきだと考えているのでしょう」
「
陳青松。朔王に調子づかせた張本人か。最悪だな・・・残りの一味はどうした」
「春蘭国へ逃亡したようです。どうやら、
陳青松は春蘭国にて一派をまとめているようです。先日の一味については蝶州候に連絡を取り、何名か確保することはできましたが、数人は逃げられました。申し訳ございません」
「いや、いいんだ。この短期間でそこまで調べがついたのは、さすがだな。引き続きの調査を頼む。しかし、春蘭国ねぇ。春蘭国に特別な縁があるらしい」
さきほどの縁談話を思い出してしまい、思わず顔を暗くなる。
「さてと、仕事の話は終わった・・・かな?:」
「えぇ。久しぶりですわね、彩貴。相変わらず官服姿、というより漢服に近いのは、ちょっといただけませんわ」
公私をしっかりとわける、この友人は彩貴を呼び捨てできる数少ない人間の一人である。
「これが一番、働きやすいんだ」
「民が泣きましてよ。紫の百合姫が漢服で王宮をうろうろしているなど、誰も思っていませんわ」
「お姫様仕様は似合わないよ。もう何年も着ていないし」
「普通は誕生祭典やその他の祝典のときは公主の正装するのが普通ですわよ・・・。そもそも、ここ夏瓊国は別名、舞の国と呼ばれています。その舞の国の公主は当代一の舞姫を謳われるお方。わかっていますの?あなたですわよ、紫の百合姫!」
紫の百合姫。舞の国と有名な夏瓊国では、習慣的に生まれた女子は必ず舞を習うことになっている。どの国も翠蘭姫の存在で、どの国も貴族の姫なら舞を習うのがならわしになっているが、夏瓊国は身分に関係なく舞を習う。
舞はいろんな種類があるが、とりわけ難易度の高い舞が五つある。
「桜雪龍」「星華章」「月光紀」「水晶陵」、そして一番難しいと言われている「翠蘭姫」。
翠蘭姫を舞えるのは、舞の国、夏瓊国でも現在は三名しかいないといわれている。他の国では、舞えるものがいないとされるぐらいの高度な舞。三名には舞姫としての別名が与えられている。
紫の百合姫、雪の椿姫、水の霞姫。
三名の中でも格の違いを見せたのが、当代一の舞姫と呼ばれる彩貴、紫の百合姫である。
「頭もよくて、剣も一流、舞も文句なし。天は二物を与えないというけれど、嘘じゃないのか?
紅珠殿、お久しぶり」
「けれど、刺繍といった女の子らしいことが一切出来ない姫君なんて聞いたことないですわね。久しぶりですわね、瑠為。相変わらず麗しいこと」
(瑠為様、のほうが正しいかもしれませんわね)
戻ってきた瑠為は名簿を彩貴に手渡すと、少し忘れかけていたことをまたもや思い出してしまった。ますます嫌になる。
「顔色が悪いですわよ。何かありまして?」
「・・・
紅珠だからいうけど、他言無用に頼む。・・・・初夏までに嫁げと言われた」
「ついに来てしまった。という感じですわね。そして、それが候補者名簿。確かに嫌気が差しますわね。では、蝶州に行くというのは本当の話なのですね」
さすがというべきか、すでに情報が回っているらしい。
範
紅珠は、範家の一人娘であり、跡継ぎである。彩貴が才女と呼ばれているが、とんでもない話である。彩貴の場合は彼女の努力の賜物であるが、目の前にいる範
紅珠は、正真正銘の才女である。舞はからきしではあるが。
蝶州に行くのは、間違ってはいないが、その先の国に行くことまで言っていいものか少し迷ったが、彼女にばれたときのほうが怖いと判断した彩貴はやはり賢いのかもしれない。
「蝶州に行くけど、実際は春蘭国に用があるんだ。兄上に頼まれて、母上の遺品を珀家に返してくる」
王族の一人がなくなった場合、その人の遺品の一つを実家に返すことになっている。彩貴の母、珀后は春蘭国の出身であり、かなりの名家であると聞く。
「春蘭国へ?公主がそのようなところに行っていいかは、かなり疑問ではありますが、彩貴が誰かに襲われることもないでしょうね。・・・瑠為も同行するのでしょう?」
少しくらい心配してくれ、と彩貴は言おうと思ったが、自分でも襲われて怪我をする気がしないことに気づいて、あえて何もいわないことにした。
「行きますよ。護衛の必要性は全く感じないけれど」
何気にひどいことを言われている気はしたが、何もいえないのが悲しい。