第二話〜天恵〜
桃園で結盟した俺たちは、公孫賛の本拠地へと向け出発した。その途中で立ち寄った県境近くの街の中でしばらく情報収集を行った。
……というのも。
相手は今の俺たちよりも遥かに上の立場にいる。
そこへ、友達だからってズカズカ行ったとしても、足元を見られるだけだ、と思ったからだ。
まず、相手が何をしようとしているのか。そして、それに対して俺たちは何をどう提供できるのか。
それを見極めなければ、力を利用されるだけの、ただの便利屋で終わる可能性がある。
相手の欲するものを効果的に提供する。そして結果を残して、自らの評判を高めていく。
……それが俺たちの基本方針だ。
鈴々は面倒臭いって連発してたけど、まだまだマイナー勢力な俺たちにとっては、ここが切所。
桃香の友達ではあるけれど、しっかりと利用させてもらおう。
一刀「と、いうわけで」
酒家で昼食を終えた後、くつろいでいる三人に向かって今後の活動方針を伝える。
一刀「一通り情報を集めたところ、このあたりに巣食う盗賊の規模は、約五千人といったところだそうだ。対する公孫賛軍は約三千人。……いくら相手は雑軍だからって、この差は結構大きなものだろう。そこで、だ。最も重要になってくるのが、部隊を率いる隊長の質だと思うんだ」
愛紗「確かに。公孫賛殿の兵とはいっても、大半は農民の次男や三男などですからね。兵の質としては五分五分。となれば兵を率いるものの質こそが最重要でしょう」
一刀「そういうこと。……そこで。愛紗たちって兵を率いた経験ってある?」
鈴々「無いのだ!」
一刀「やっぱそうだよなぁ」
桃香「でもねでもね、愛紗ちゃんなら、兵隊さん達をうまく率いることができると思うよ?」
一刀「うん。それは俺も思うし、確信は持ってるよ」
何たって愛紗と鈴々は以前の外史でも北郷軍の将軍として大活躍していたんだから。
一刀「だけど、例え俺たちがそう信じていたとしても、現状では兵隊のいない、ただの腕自慢ってだけになっちまう」
桃香「うう……それはそうだよねぇ……。でも、じゃあどうすればいいんだろ?」
鈴々「簡単なのだ!公孫賛のおねーちゃんのところへ行くときに、兵隊を連れてけばいいのだ!」
一刀「鈴々正解。……少数でも良いんだ。とにかく兵を率いて合流するってことがこの際重要だから。って訳で、俺たちは俺たちで義勇兵を募ったほうが良いと思うんだけど皆の意見はどうかな?」
愛紗「それは勿論、異論はありませんが……。ですが一体どうやって?」
一刀「んー……いくつか案はあるんだけど」
桃香「さっすがご主人様!それでそれで?どんな案なのー?」
一刀「お金で雇う、腕相撲とかで街の腕自慢を負かして手下にする……とかかな?」
鈴々「腕相撲なら負けないのだ!」
一刀「うんうん。鈴々なら勝てるだろうね。……けど、これはちょっと無理かなぁ」
愛紗「どうしてでしょう?お金の無い私達にとって、それが一番手っ取り早い手段だと思うのですが」
一刀「まず第一に、既に公孫賛さんが義勇兵の募集をしているってこと。腕自慢の奴らはそっちに応募している可能性が高い。それで第二に、相手を負かすという事は相手の面子を潰すって事。それでなくとも相手は女の子なんだ。女の子に負けたとなったら、男としての面目丸つぶれだろ?そんな人間が仲間になってくれるかな?」
桃香「そう言われれば……そうだねぇ〜」
一刀「だろ?だからここはお金で雇うのが手っ取り早いと思う」
鈴々「でも鈴々たちにはお金は無いのだ」
一刀「うん。だからここはあまり気が進まないけど第三の手で行こうと思う」
愛紗「どういうことです?」
一刀「とりあえず自分達の分だけ馬と兵糧を用意して、賊に襲われるかもしれない小さな街や襲われてしまった街を回って義勇兵を募るんだ」
桃香「んーと……???」
一刀「つまり、自分達の家族が襲われるかもしれないって不安を抱えてる人や襲われてしまって賊に恨みを持っている人たちの背中を押してあげることで義勇軍を作って、襲われそうな街を賊から守って実績を作るんだ」
愛紗「あ……」
一刀「俺の意図、分かった?」
愛紗「はい。……不幸を踏み台にしているようであまり気は進みませんが」
一刀「仕方ないよ。兵隊さんを雇うほどのお金が無いのは変えようの無い事実だし。襲われた人たちが生活に困って第二第三の賊になることもある」
愛紗「ふふっ、そうですね。ご主人様の機略には素直に感服いたしました」
桃香「うっうー。二人して何話してるのー!私にもご主人様の意図って言うの、教えてよー!」
鈴々「そうだそうだー!鈴々にも教えるのだー!」
一刀「ちょ、分からないの二人とも?」
桃香「ぜーんぜん!」
鈴々「鈴々もー!」
一刀「……はぁ。つまりですね。賊に襲われるかもしれない街で義勇兵を募って賊を撃退すれば、うまく行けばそのまま部隊長に任命されるかもってお話です」
桃香「…………………あ!なるほどー!」
鈴々「お兄ちゃん、なかなかやるのだ」
一刀「分かってくれてありがと。……って訳で、皆の所持金を確認したいんだけど」
桃香「私達のお金は愛紗ちゃんが全部管理してるの。愛紗ちゃん、どれくらいあるの?」
愛紗「ここの食事代を払ってしまえば、あとは……………これだけです」
一刀「………ここまで貧乏だとは思わなかったなぁ」
愛紗「まぁ……約一名、大飯喰らいがいますからね」
鈴々「うぐぅ。鈴々のせいなのか……だけど、それは仕方の無いことなのだ!」
桃香「育ち盛りだもんね。仕方ないよ」
鈴々「お姉ちゃんの言う通りなのだ♪」
一刀「ま、ここまで悪びれも無く言われると、ついつい許しちゃおうって気にもなるもんなー」
愛紗「甘やかしてしまって、いやはや……面目ありません……」
一刀「仕方ないってば。でも……さて、どうやってお金を調達しようかなぁ……」
売ってお金になりそうな物と言えば、俺の持ち物ぐらいか?
ゴソゴソ……
一刀「あ……これなら結構いい値段で売れるかも」
桃香「何、そのほそっこいの」
一刀「ボールペンっていう筆記用具だよ。この世界って文字を書くとき墨を摺って、筆で書くんだよね?」
鈴々「当然なのだ!」
一刀「だけど俺のいた世界じゃ、こういうのを使って書くんだ。ほらこうやって…………な」
桃香「すっごーい!文字がかけてるー!」
愛紗「これは……さすが天の世界。摩訶不思議なものがあるのですね」
鈴々「スゴイのだー!お兄ちゃん、それ鈴々にちょ−だい!」
一刀「ダメダメ。これ一本しか持ってないんだから」
手を伸ばしてボールペンを取ろうとする鈴々から逃げながら、俺は残りの二人の意見を聞いてみた。
一刀「これを実演して売りに出せば、結構な値段で売れそうなんだけど、どうかな?」
愛紗「はい。これほどのものならば、いい値段をつける好事家もいることでしょう」
桃香「じゃあ私が売ってきてあげるー!」
愛紗「いえ。桃香様が行けば足下を見られるでしょう。私が行きます」
桃香「えー。……ぶーぶー」
一刀「うーん……ま、桃香って駆け引きが出来そうに無いもんなぁ」
真名だけ見ると女の子らしいけど、この子が本当に“あの”劉備だっていうのなら、駆け引きとかには不向きだろう。………案外強かだったって説もあるけど。
桃香「何?ご主人様、私の顔に何かついてるー?」
一刀「いや、強かっていうのも、それはそれで当たってるのかもなーと思って」
桃香「???」
一刀「何でもないよ。……それじゃ、愛紗。売るのは愛紗にお任せする。頼んだよ?」
愛紗「御意。お任せください」
にっこりと笑ってボールペンを受け取った愛紗が、小走りに外へと出て行った。
それから数時間後。
俺たちの前には見事な白馬が一頭と荷物を積んだ葦毛の馬が三十頭、さらに馬の売主と思しき二人の商人が並んでいた。
桃香「すっごーい!ねぇねぇ愛紗ちゃん、こちらのかたは?」
愛紗「こちらは中山の豪商で張世平さんと蘇双さんです。」
愛紗の話によるとボールペンを売ろうとしていたところ、この二人に貴重品を手放そうとしている理由を聞かれ、事情を説明したところ馬を譲ってくれることになったのだという。
張世平さんの話によると、二人は中山で賊の被害にあい財産を奪われた上に夫や息子を殺され、馬商人に身を落とし売り歩いていたが、このあたりも賊の被害が多くなってきたため、賊に渡すぐらいなら志ある者に譲ろうと考えたのだという。
一刀「でも本当にいいんですか?」
張世平「ええ、どうかお受け取ください。もちろん私達も商人ですから、先ほど申し上げたような理由で無料でこれらを差し上げましても、やはりそこはまだ正直利益のことを考えておりますから」
愛紗「いや、しかしそうは言ってもあなた方に支払えるものといえば先ほどのボールペンくらいしかないのだが……」
張世平「そんな目先のことではありません。遠い将来でよろしいのです。もしあなた方が大事を成し遂げて、一国を取り、十州二十州を平らげ、天下に再び安寧を取り戻そうという筋書き通りにいったなら、私へも十分に利をつけて今日の代金を払っていただきたいのでございます。私はあなた方の計画を聞いて、これがあなた方の夢ではなく、私ども民衆が待っていたものであるという点からきっと成功するものと信じております」
一刀「張さん本当にありがとう」
桃香「ありがとうございます!」
愛紗「感謝いたします」
鈴々「ありがとーなのだ!」
一刀「ところで馬に積んでいる荷物はどうやって運んでいくおつもりですか?もしも行き先がお決まりならお礼にそこまで護衛をかねて送って差し上げますが」
張世平「ああ、そちらは軍費の足しにしてください」
愛紗「そんな!軍馬だけでも十分すぎるというのにそこまでしていただくわけには……」
張世平「どうかお受け取ください。先ほども申し上げましたとおり、私はどこまでも、利を道とする商人です。武人に武道があり、聖賢に文道があるように、商人にも利道があります。これらを差し上げたからといって、私はそれをもって義心とは誇りません。その代わり、今日差し上げた品々が、十年後、三十年後には莫大な利を生むことを望みます。ただその利は、自分ひとりで得ようとはいたしません。貧窮している万民にお分ち下さい。それが私の希望であり、それが私の商魂と申すものでございます」
桃香「分かりました。天地神明に誓って必ず」
蘇双「ところであなた方のご計画の内輪には、よく経済を切り回して糧食兵費の内助の役目をする算術の達識が控えているのでございますか?算盤というものを十分お考えの上でこのお仕事にかかっておいででございますか?」
一刀・愛紗「うっ……」
桃香「はぅ……」
鈴々「にゃははー」
蘇双「やはりそうでしたか。それではどうか私を連れて行ってください。武器を振るうことは出来ませんが必ず皆さんのお役に立って見せますから。どうかお願いします!」
一刀「顔をあげてください。こちらこそお願いしたいところです。蘇双さんさえよければ是非お願いします」
桃香「そうです!私からもお願いします!」
蘇双「ありがとうございます!私一生懸命がんばります!よろしくお願いします!」
桃香「よろしくね。私は劉備、字は玄徳、真名は桃香だよ」
愛紗「私は関羽雲長、真名は愛紗だ。よろしく頼む」
鈴々「鈴々は張飛翼徳、真名は鈴々なのだ!よろしくたのむのだ!」
一刀「俺は北郷一刀ちょっと訳があって真名がないんだ。よろしく」
蘇双「は、はい。ありがとうございます。私の真名は槐です」
張世平「それでは皆さん姪をよろしくお願いします」
一刀「ちょ、ちょっと待ってください!張さんはこれからどうされるんですか?」
張世平「私はこの通り老いていますし、臆病者ですのでとても戦争なさるあなた方の中にいる勇気はございません。なにかまたお役に立つときには出てきますから」
そういい残すと張さんは何処へともなく去っていってしまった。
それから俺たちは新たに仲間になった槐とともに、啄郡の中でも特に賊が横行している啄県譲陽へと向かった。
だがそこで俺たちを待っていたのは手ひどく荒らされ、あちこちで炎が上がっている街だった。
一刀「ああ……間に合わなかったか……」
愛紗「一足遅かったようですね」
槐「どうやら例の賊のようですね。あちらに張り紙がしてあります」
鈴々「なんてかいてあるのだー?」
桃香「蒼天既に死す、黄天当に立つべし、歳甲子に在りて、天下大吉」
鈴々「どういう意味なのだー?」
一刀「漢朝の御世は既に終わりを迎えている。新たな世を作るために立ち上がれって意味だよ」
愛紗「黄巾賊め、ふざけた事を!」
一刀「とにかく酒家へ行こう。そこに焼け出された人たちが集まっているはずだ」
続く