Act.1
「ちょっ!ま」
『待った』と言う言葉すら紡げずに鋭利な刃物が
喉下を
掠め行く。
一線
その言葉ほど今の動作を表すのにしっくりこないものは無かった。
空間でさえ切り裂くような速さで
鞘から抜かれた抜刀術。
漫画やアニメで描かれるような剣圧による爆風はなく、にもかかわらずその刀の切っ先はいつの間にか自分の
喉下に突きつけられ
その速さがために空間に残る刀身の残像が夕焼けの光を反射させ虚空に線を描く。
故に一線
練磨され完成された芸術のような技にはもはや驚愕し得ないが、
それよりも驚くのがこの法治国家である現代の日本に『銃刀法?そんなの私には関係ありませんよ』と言わんばかりに日本刀を常備している目の前の少女であった。
「―――った・・・」
「・・・・。」
少女は無言で少年の内面を探るかのように見つめ、その少年も先ほど言えなかった言葉を最後まで言い終える。
「・・・・」
「・・・・」
未だ見つめる少女の眼から自分の眼を動かすことすらできない少年の頬を嫌な汗が伝う。
一帯はあたりの静寂だけで、この雰囲気を破れる存在などありえるのだろうかと疑問すら浮かんだ。
しかしそんな刹那か永劫かと思われたその場を破ったのは一際大きな風であった。
夕焼け空がまるで深い悲しみに暮れる落日のように赤く紅く、夜への
帳を下ろす準備で一際輝く瞬間のことだ。
風に吹かれて、長く透き通った黒髪は空へたなびき、その姿はとても美しくそして
妖艶でもあった。
無言の眼光は突き刺すように自分を射抜き、片時でさえ外れることは無い。
年端もいかぬ身でありながらこれ程の技を扱え、逆光にもかかわらず輪郭がはっきりとわかる整った容姿や吸い込まれそうな瞳。
その全てがまるである種の物語の中にいるかのような錯覚に陥らせ、的確な状況判断を鈍らせる。
この夕焼け空でさえ【運命】なのだと思わせる雰囲気が彼女にはあった。
そう。この一瞬。
有無を言わせず首筋に刃先を突きつけた少女は当事者である俺からしても、そんな状況さえ微々たる問題として処理しそうになるほどに、俺は彼女に見入ってしまったのだ。
そんな彼女が一言、カバンにつけた風に揺られて鳴る鈴の音とも聞き間違うほどの声で呟いた。
「今一度 問う。我が名は時雨龍美。九条刀磨とお見受けしたが相違ないか?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
またもや無言の静寂がその場を支配した。
「・・・へ?」
不覚にも思考が追いつかない。
いや普通の人ならばそれが当然だろうが、そんな事さえ頭には浮かばない。
強力な光を見て眼球が焼きついたかのように頭の中は真っ白であった。
しかし彼女はそんな間抜けな態度を見ても気を緩めず、それよりもなお強く
柄を握り締めて睨みながら言い放った。
「お前が九条 刀磨かっ!?」
震え声ながらも俺はこう言い放った―――――
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風華学園。
7年前に建てられたこの辺りでは真新しい私立の学校。
ただの学園であれば清潔感ある新しいだけの学校だったのであろうが、この学園は違った。
まず入学希望者が年を追うごとに増えている事。
昨今の飽和状態の教育現場からすれば珍しいことは確かであるが、しかしこの学園からみればそれほど珍しい事ではなかった。
なぜならば学園に対しての圧倒的といえる財力投資。
何でも学園の総面積は東京ドーム4.7個分らしい…東京ドームがどれくらい大きいかわからんが。
そのためにずいぶんと前から強引な土地買収や学園内に出展する店舗契約などでお茶の間を沸かせていたし、魅力的な奨学金制度の充実などの方がソレなのだろう。
奨学金、スポーツ特待生はもちろん、学校側に認められれば小さな才能でさえ特待生として低学費で通うことが可能。
自分もまぁそんな事で特待生だったりするわけだが、今は関係ない話だな。
あと半径5キロ圏内の主だった通学路に桜が植えられていることや、府下の税が安いのも企業法人税として莫大な税金が府に入っているおかげだ。
それができるのも学園の創設者があの
不知火源蔵だからだ。
政治・経済に関わらず数々の研究機関や公的機関まで持つ
不知火財閥の現役会長つまりトップが運営している学校。
新しさへの物珍しさに足して、その学園の運営元が有名な企業グループと聞いては注目されない訳がなく、今でもこうして入学希望者があとを立たない状況なのだ。
ただ、この辺りではもう2つ3つ学校が閉鎖されたり合併されたりしていて、生徒争奪戦が激化していることは間違いな事でもある。
国や文部科学省、はては教育委員会に保護者会や運営者らが論争に論争を重ねているらしいが、正直な話『面白そうであればどうでもいい』と言うのが生徒となる若者たちの圧倒的意見なのであろう。
かく言う俺もその中の一人なのだが・・・と九条刀磨は通いなれた通学路を見渡した。
既存の学生たちにはあまり変わらない学園への通学路。
しかしその中でやはり目立つ真新しい制服の初々しい面々。
幽玄絶美に舞う桜の下、
新古入り乱れる不思議な空気を味わい、九条は少し笑みを漏らし学園へと
歩みを進めた。