夢を、見ている。
破壊音。
夢を、見ている。
隻眼の男。
これは、夢。
にやりと笑うそれは。
奪われる、夢。
紅い左目。
壊される夢。
憎悪と絶望。
絶望の夢。
絶望すら生ぬるい。
これから始まる、復讐の物語。
今から、殺しに行くよ。
「ジャンプ」
第八番ターミナル『シラヒメ』
シラヒメの管制室は蜂の巣をつついたかのような喧騒に包まれていた。公式には認証されていないが、ここ二年の内に地球圏のコロニーを3つ破壊した幽霊ロボットに襲撃されているのだ。
「第一ライン、第二ライン、突破!」
「ぐっ」
周囲から緊急を知らせるセンサーが鳴り響き、敵の接近を知らせる。しかし、それをどうしろというのか。
既にして第一小隊壊滅。敵機動兵器はたったの一機にして、雲霞の如く覆い来るコロニー守備隊を、圧倒的なスピードをもって翻弄、撃破。管制室に防衛ラインのパイロットの悲鳴と怒号が、そして断末魔が響き渡る。
敵機体情報を集め、反撃しようにも既存の機体ベースには存在しなく、不明と表示されるのみ。それに、もし反撃しようとしても、敵機の圧倒的なスピードは、こちらの持ちうる機動兵器での反撃を不可能にしている。
「アマリリス、まだか!?」
「駄目です!アマリリス、間に合いません!敵機動兵器、最終防衛ライン突破、これは・・・・敵からのハッキングを受けています!」
「くそっ、悪魔め!」
敵機動兵器は防衛ライン上に点在する0G戦エステバリスを一蹴し、クラゲのような形状のシラヒメを旋回し始めた。血の如き赤と闇の漆黒のその機体の最後尾からは悪魔の尻尾のようなテイル・バインダーが伸び、さらにその先端から縦横無尽に可動するマニュピレータが慣性に従いゆれ動く。敵のクラッキングによりシラヒメ自体による砲撃は事実上不可能となり、最終防衛ラインを突破された時点で、シラヒメの陥落は確定した。
「総員、対ショック準備!」
敵機動兵器は最終防衛ラインを突破、圧倒的な速度を維持したままシラヒメ外郭に突入。シラヒメ突入時の振動は管制室を激しく振動させ、自分達が4番目の被害者になるという事実を、全てのスタッフに知らしめる。だが、その目はまだ、絶望に染まっては居なかった。
「総員、脱出する!ヤツの目的は恐らく当コロニー内の研究資源だ。そうでなければわざわざ突入してくるはずはない!やつが資料を探索する間に、全て人員を脱出させろ!」
『了解!』
司令の命に、管制室のブリッジが瞬時答える。司令の命の返答となる形で、瞬時に脱出用ゲートの展開が開始され、区内の一般人の誘導が始まった。連続コロニー爆破事件の影響により一般区域にいる人々は元から少数だ。避難訓練も施してある。シラヒメが墜ちる前に脱出が出来るはずであった。
―――が。
爆破音。今度の爆破は漆黒の機動兵器がシラヒメに突入したときの比ではない。コロニー全体が揺れ、断続的に衝撃が続く。司令の怒号が飛び、オペレータは被害状況を確認するためにコンソールを動かした。
「な、なにが、起こった・・・・!」
呆然とする司令の目前のモニターには、赤々と燃えるシラヒメの姿が映し出されていた。
「シラヒメ、シラヒメ、応答してください!」
「負傷者の救助が最優先、フィールドを警戒しつつ接近!」
アマリリスの艦橋もまた、喧騒の様を呈していた。通信士がシラヒメの現状を確認しようと、悲痛な声を張り上げる。だが、その言葉にいらえはない。眼前の大宇宙に展開するシラヒメは、断続的に爆発しながら、その最期を待っていた。
アマリリス艦長アオイ・ジュンは自身の無力に歯噛みしながらも、今出来ることを行おうと艦橋にて指揮を執っていた。ナデシコ時代の影の薄く、どこか頼りなかった彼からは想像も出来ないほどであった。ナデシコの経験は、彼を一人前に成長させたのである。
「一体、何があった・・・・・」
爆破され、命の火を放ち明滅するシラヒメの残骸。ジュンは負傷者の収容を指示しながら、その凄惨たる光景を見て愕然とした。
コロニーは研究施設が跡形もなく破壊し尽されており、周辺衛星もまた別の爆破の跡が見て取れた。
「一体、これは・・・・・・!」
「艦長、未確認機発見!」
「っ!スクリーン映せ!」
愕然とするジュンを現実に引き戻したのはオペレータの緊張を含んだ声音だった。
艦長が毅然としていなければ、クルーが不安になる。ジュンはすぐに気を持ち直し、スクリーンを凝視した。
しかし、そんなジュンの決意は脆くも崩れ去ることになる。
センサーを切り替え、強度比がモニターに表示される。そこにあったのは異形の機体。目で見るなら気付いただろう、その禍々しい体躯に。その煉獄の如き色彩に。
黒は絶望の黒。赤は流血の赤。赤と黒に彩られた異形の機体が、そこにはあったのだ。
モニター越しでも、その異形は明らかであった。通常のエステバリスと一線を画する無骨なデザイン。
大きすぎる装甲を背負った漆黒の機動兵器は筋肉のつきすぎで不恰好になったプロレスラーを想像させた。そして、その巨魁はアマリリスを睥睨すると凄まじい速度で空域を離脱する。その速度もまた、通常のエステバリスやステルンクーゲルが出せうる限界を遥かに超越するものだった。そう、人体の限界を超越するほどの。
「何だ、これは・・・・・?一体何がシラヒメに・・・・・?」
ジュンの呟きは、ブリッジ全員の心中を代弁していた。
ジュンは一連のコロニー爆破事件を調査担当する事故調査委員会の招集をうけていた。地球と木連側の代表で構成された事故調査委員会は、ジュンの話を真面目に聞こうとはしなかった。
「くそっ、あいつらやる気がないんだ」
ジュンは碌に意見も聞かない名ばかりの事故調査委員会に腹を立て、連合宇宙軍の官舎の中で悪態をついた。ついでに罪のない壁に八つ当たりし、彼にちょっとした怪我を負わせていたりする。
「こらこら。殴っちゃいかんよ。ま、かくして連合宇宙軍は蚊帳の外。事件は調査委員会と統合軍が合同調査と相成ります、と」
茶を啜りながら悠々と喋るムネタケ参謀に、ジュンは抗議の声を上げた。
ムネタケ参謀はそれを笑いながらかわし、血の気の多い若者を窘めた。
「まぁ、黙ってみている義理もないからね。彼らに行ってもらうとするよ。ナデシコに、ね」
きのこ頭の彼の顔には、悪ガキのような笑みが浮かんでいた。
ホシノ・ルリはその日のことを思い出す。
自分の幸福が終わりを告げ、代わりに深い絶望と悲しみがこの小さな胸をみたした日のことを、思い出す。
彼女の兄代わりの青年が、死んでしまった日のことを、思い出す。
思い出すたびに、絶望と悔恨が彼女を苦しめても、忘れることなどできなかった。あの日々があったから、彼女は彼女でいられるのだから。全部チャラ、なんてできるはずもなかった。
彼はトカゲ戦争の折、うっかり賠償保険にかからなかったせいで、多額の借金を負ってしまうことになったのだ。
それを見かねた、といっていいのか、利用したといっていいのか、彼は戦友にしてネルガル重工会長のアカツキ・ナガレにボソンジャンプに関する実験と新型エステバリス・サレナタイプのテストパイロットとして雇われたのである。
アカツキは彼と一緒に暮らすルリに対して、実験に危険はないと確約してくれたし、実際データを見るに特に危険なことはしていなかった。
それでも危険手当は支給され、借金を肩代わりしてくれたネルガルに対する借金もとんとんなくなってきていた。
彼は将来、自分の店を持つために昼はネルガル、夕方からはラーメン屋台で自分の味を研究しながら一生懸命働いていた。
ルリは彼の作るラーメンの味見をしたり、屋台の客寄せとしてチャルメラを吹いて歩いたりするのが好きだった。お客さんは、ナデシコ時代の色々な人がきてくれた。屋台を作ってくれたウリバタケや、エリナから逃げ出してきたアカツキ、わざわざ軍本部から通ってくるユリカ・・・・・・それに新しく常連になってくれた人々。
そんな人たちの笑顔を見るのが好きだった。
そんな人たちの笑顔をみて、嬉しそうに笑う彼が好きだった。
だが、そんな幸せな日々は唐突に終わりを告げた。
彼はいつものように、クリムゾンのステルンクーゲルに対抗するための新型エステバリス・サレナ型のテストパイロットとして、ネルガルに向かうはずだった。
その日はたまたま、月面基地での操作だった。イネス・フレサンジュが月面基地の研究室でコーヒーをおごってくれるらしいのだ。
そんなつまらないことで喜んでいる彼に微笑みかけて、いってらっしゃい、と送った。彼は行ってきます、と微笑み返した。
それが、最後の言葉だった。
その日、彼を乗せたシャトルは月面にたどり着くことはなかった。
離陸直後、爆発。空中で分解し、燃料部に着火、粉々に爆砕した。
乗員乗客合わせて623名は全員死亡。航空史上最悪の被害を記録。ほとんどの人は、骨も見つからなかった。
一年間、何も考えられなかった。生きているような、死んでいるような、どちらか分からないような状態が続いた。
「行ってきます」
その言葉を思い出して、泣いた。彼は出かけているだけだ、きっと戻ってくる。そんなありえない幻想に縋り付き、また泣いた。
その笑顔を思い出して、泣いた。思い出の中の笑顔は綺麗すぎて、自分の手が届かなくなってしまったことを認めたくなくて、また泣いた。
失って初めて、彼のことを愛していたと気付いて泣いた。大切な人がもうここにはいないんだと、思い出して、また泣いた。
それでも一年後、ルリはミナトやユキナの支えもあって再び立ち上がった。コウイチロウを頼り、連合宇宙軍に入隊し、史上最年少でナデシコBの艦長となった。
順風満帆の人生。輝かしい人生。きっと―――幸せになれる人生。
それでもまだ、彼を思い出して涙を流すことがあった。いい人生だなんて自分を納得させても、駄目だった。彼の笑顔を思い出すだけでも、涙を堪えるのが辛かった。
その男の名は、テンカワ・アキトといった。
「艦長?艦長〜?」
「え・・・どうしました、ハーリー君?」
「どうしましたって・・・艦長こそ、ぼーっとしてどうしたんですか?アマテラス、もう着きますよ?」
いけない。また思い出してしまったらしい。
ルリは緩んだ頭を、艦長モードに切り替えた。ナデシコBのメインモニターには、桃色の髪を持つ3Dで立体化されたアマテラスAIが映し出されている。出迎え用としてはCGが荒すぎる。むしろきもい。
「こちらは地球連合宇宙軍第四艦隊所属試験戦艦ナデシコB。アマテラス入港願います」
「了解」
AIは平坦な声でそう返し、ドックを開いた。微速前進するナデシコBを、アマテラスの守備隊機動兵器が併走する。
ルリはため息をついた。お仕事をしなければならない。今は感傷に浸っている場合ではないのだ。もっとも、今日の夜あたりはわからないが。ルリは未成年ながら不謹慎にも酒がほしいと思った。
「はい、ということで超対称性やら難しいお話をしました。皆、分かったかなぁ?」
『わからな〜い』
「ぶち殺すぞ、タコ共」
仮装お姉さんの少しばかり乱暴且つ教育上好ましくない発現を聞き流しながら、いつの間にやら、ルリは道化を演じていた。もっとも、それは結構どうでもよかったりする。目前には困ったような顔をした、カツラをつけたお姉さん。その周囲には子供達。
折角道化を演じるのだから、ハーリー君には苦労してもらおう。そんな意図でハーリー君にはアマテラスをハッキングし、統合軍が隠しているらしい何かを発見するよう命じてある。
もっともそれは、
(大体、予想はつきますね)
と、いうことである。以前に破壊された4つのターミナル・コロニーもこのアマテラスも、ヒサゴ・プランを推進しているコロニーだ。つまりそれは、クリムゾン・グループの傘下、ということだ。
統合軍はクリムゾンと仲がいい。統合軍はトカゲ戦争終結後地球側の軍人と木連側の軍人で作られた軍隊で、地球と木星のいわば和平の象徴としてプロパガンダされた。お互いの技術協力で作られたクリムゾンのステルンクーゲルを、統合軍が正式採用していることにも象徴されている。
ところで大戦中、クリムゾンと木連は繋がっていたとされる。そのクリムゾンはネルガルと仲が悪い。同じ宇宙産業にシェアを持つライバル企業だからである。
さらに、ネルガルと連合宇宙軍は仲がいい。これはナデシコ級戦艦を連合軍が採用していることからも分かる。つまりどういうことかというと、
味方の敵は敵、ということだ。
統合軍にはネルガルに対する秘密か、連合宇宙軍に対する秘密か、そんなものが転がっているのだろう。
ルリ達を、実力をもって追い返さなかったり、ハーリー達に護衛と称する監視をつけなかったりするあたり、致命的ではないのか、それとも相手を過小評価しているのか。
「つまり、チューリップを通ることによって――」
致命的な隠し事じゃないなら、政治的な取引でちょっとしたことができるくらいだろう。致命的なら最悪どちらかの軍が解体するかもしれないが。しかし、だとすれば、連合宇宙軍も知らないことだが―――4つのターミナル・コロニー連続爆破事件の真相は、もしかすると―――
「か、改造って程のことじゃなくてですね、えーと」
「わたしのことは気にしなくてもいいですよ」
考え事をしている間にお姉さんが微妙に困っていた。改造という、某違法改造屋を思い出しながらも、ルリは実に平坦な声で答えた。大丈夫、ロケットやら自爆装置やらはついてない。ロケット砲ならつけてほしいな、特に胸。むしろ胸。というか胸。
マスコットガールのお姉さんは苦笑いしながら、頭をさげた。
「少佐改造人間?」
無邪気に尋ねる少女の頭を、その姉らしき人物がぽかりと叩いた。ルリはそれをみて微笑ましげに笑う。それは自分のための笑顔ではない。あの日、ホシノ・ルリは笑顔を喪ってしまったのだから。
「ええ、でも普通の人でも高出力ディストーションフィールドを使えばジャンプできま
すよ。軍艦とか」
『forget me not』『where are u』『NSS』『don’t forge me』『I’m here』『THE――』
―――と、突然空間中にコミュニケが溢れ出した。これは恐らく、ハッキングを頼んでおいたハーリーが何かミスをしたのだろう。
(まだまだですね)
ルリは腕時計型の携帯コミュニケを出し、ハーリーを呼び出した。ハーリーは無駄に慌てていた。失敗すると暴走するのは彼の悪い癖だ。
「ハーリー君・・・・やっちゃいましたね」
「ち、違いますよ!僕じゃないです、アマテラスのコンピュータ同士の喧嘩です!」
「喧嘩・・・・・?」
そうなんですよーと必死で言い訳するハーリー。周囲でははしゃぎ回る子供達をお姉さんが必死でなだめすかしている。そろそろキレそうだ。やばい、ここは戦略的撤退が望ましい。そう、決して逃げるわけではない。
「・・・・・・・」
職員と思しき人々がこのコンピュータの喧嘩を諌めようと走り回り、指示を出しているらしいのが入りっぱなしの全域放送でだだ漏れだ。きっと司令部はひどく混乱しているのだろう。白い壁面をたくさんのコミュニケが人々を包み込むかのように移動し、混乱をさらに拡大させている。
なぜ?
何か、引っかかる。ルリは考える。周囲の喧騒を無視して、考える。
なぜ、コンピュータが喧嘩を?それにこの文字列は一体?一見意味のあるように見えて、実は意味のない言葉の羅列。嫌な予感が、する。
わすれないで。わたしをわすれないで。あなたはどこにいるの。
本当に?
ハーリー君が、ハッキングを行ったことの影響?でもいくらハーリー君とはいえ腐っても親和型マシンチャイルド。ルリのような変異型に比して電子制御能力は低いがコンピュータを相互に混乱させるような真似はしないはず。
それ、は、the――knight of darkness・・・・・?
わたしは、ここにいる。
ここで、まっている。
わたしを、わすれないで。
―――ルリちゃん、この花の名前はね――
「まさか、そんなはずは・・・・・!」
偶然?必然?
真実の愛、私を忘れないで。
彼の言葉。事故の意味。気付くべき事柄。ここで待っている。誰を?
コンピュータは何故暴走した?敵とは何?黒い機動兵器。失われたもの。
過去。ナデシコ。そして、the knight of darkness。黒騎士。
ヒサゴ・プラン、統合軍、クリムゾン・グループ。ネルガル。
ならば、このメッセージの意味は?偶然で済ませられるの?
「アマテラスには非公式のシステムが存在します、それで、そいつがまるで自分の存在を皆に教えているというか単にけらけら笑っているっていうか――」
「ハーリー君!」
「はいっ!」
ルリは思わず叫んでいた。ルリの大声など聞いたことのないハーリーはびくりと直立した。実に軍人らしい直立不動である。
「敵が来ます、ナデシコにもどります!」
「えええ!」
驚愕で喚くハーリーを無視して、ルリは通路を走り出した。施設内に敵襲の文字が躍る。その後ろからアマテラスのマスコットガールのお姉さんがアマテラス見学用車両で爆走、ルリは礼を言ってそれに乗り込む。
通路で慌てる職員達を蹴散らしながら、暴走特急はナデシコに急ぐ。
お姉さんのカツラが吹っ飛び、その奥から茶色い地毛がたなびいた。マスコットガールの仮面を捨てたお姉さんはとてもお転婆らしい。暴走特急を操りながら、礼を言うルリに向けて親指を突き出し、歯を見せて笑った。
ストレス、たまってたんですね。ルリは心中独語した。
相対的に発生した風に瑠璃色の髪を靡かせながら、ルリは考えていた。
予想は的中、敵が来た。敵の正体は分からない。でも、それでも。
彼の葬式の日、その遺影を持ったのは自分とユリカだ。ユリカは殆ど茫然自失、ルリも何が起きたのか分からないといった無表情で。
モノクロの思い出の中でも色を伴って思い出される綺麗な笑顔。あの笑顔は覚えている。忘れることなんて出来ない。彼はあるとき思い出したようにいったはずだ。何を?誰に?
黒騎士とは?もし、そうならば何故?どこで知った?
これはわたしの思い違い?自意識過剰?踊り狂うコミュニケ、the knight of darknessが黒騎士を意味しているのは明白、きっとこれはソレが来たから。なら・・・・
わたしを、わすれないで。
その、言葉の意味は――――!
「迎撃ぃ!」
アズマの絶叫と共に、アマテラスに備え付けられた自衛ミサイルポッドから、宇宙を覆うミサイルの雨が放出される。それを黒い機動兵器は紙一重で回避し、有人機動兵器とは思えぬ圧倒的な速度でもって接近、近接信管によりミサイルが爆破されるが、敵機動兵器は爆発の間にすでに有効範囲内から離脱している。
その姿は異形。
黒き衣を纏い、全身に返り血を浴びて煌めく漆黒の貴婦人、黒衣の死神。
「グラビティブラスト、照準、撃て!」
防衛ライン上の戦艦から、たった一機の敵機動兵器に向かってグラビティブラストの黒い光が放たれる。だが、それさえも敵機を落とすこと叶わず。
漆黒の機体はグラビティブラストを最小限の動きで避けつつ、回避しきれないものは自己のディストーションフィールドでカバーする。その姿はまるで特攻をしているかのよう。 逆に、敵機の軌道直線上に位置する戦艦は回避行動をとることもできず、敵の強固なディストーションフィールドによる体当たりに引き裂かれ、落とされていく。自己の命を顧みない特攻は、管制室のスタッフに対し恐怖を与えるのに十分であった。あまりに無謀な特攻、それにもかかわらず、敵は被弾しない。
なんという技量か。なんという覚悟か。人の執念、とシンジョウは思わず呟いていた。
彼の者を、自分は理解できる。
あれは、自分と同じ人種だ。同じ生物だ。同じ思想を信奉し、同じ感情を固持し、それらを持て余すものだ。同じ倫理を共有し、同じ哲学で行動し、同じ憤怒でもって全てを焼き尽くし、破壊し尽くす赤い魂だ。
「たった一機で我々に敵するか、再生者。全てはかつてあったはずの友のためか!よかろう、貴様という貴様全てを食らい尽くし我々が勝つ!」
黒い機動兵器の中、その男は確かに笑った。
1/5 end