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The gangar of darkness 2/5:黎黒
作者:trs   2009/04/17(金) 18:01公開   ID:eIdUu0NhGms
 始まりは、青い光だった。
 古代火星人が遺した技術、ボソン・ジャンプ。
 それのせいで、どれほどの人間が不幸になったろう。
 それのせいで、火星に移民した人々は、片手で余る人数を残して文字通り全滅し た。
 それのせいで。

 「・・・・・・・・・・」

 漆黒の機動兵器の中、分厚い対Gスーツを着たその男は、病的に白い頬を三日月型に歪めて、笑った。



 「敵を近づけるな、弾幕を張れ!」
 シンジョウの指揮にオペレータが復唱し、規模を増したミサイル群が敵機動兵器に吸い込まれ、そして消える。敵機動兵器が尻尾のようなテイル・バインダーで打ち落としたのだ。
 シンジョウは本能がさざめくのが分かった。鳥肌が立つ。高揚する。

 これが、敵だ!我々の前に立ちはだかる敵!これこそが!
 我らの正義の前には、打ち倒すべき敵が要る!正義の前に立ちはだかる敵がいるからこそ、我らの正義はより一層眩い光を得るのだ!

 「肉を切らせて、骨を絶つ!」
 
 突然現れたコミュニケから顔面ドアップのアズマ准将から、通信が入る。シンジョウはちっ、と小さく舌打ちをした。
 折角、強き敵と巡り合えたのに、このオヤジが上官では満足に戦うことも出来ない。だが、今後の作戦展開を鑑みれば、自分が欲求のままにあの死神と戦うことはできない。
 シンジョウはぎりり、と葉を食いしばった。これは罰だ、独断専行の。

 「コロニー内及びその周辺での戦闘を許可する」

 シンジョウは後ろからアズマの声が聞こえたので喫驚した。慌てて振り返れば高笑いするハゲ頭がみえる。どこから出てきてるんだこのおっさんは。

 「飛ぶ蝿も止まれば撃ちやすし。多少の犠牲は止むを得ん!」

 んなわけねーだろ。シンジョウはそういいたいのをぐっと堪えた。恐らくは回りにいる士官達も同様だったのだろう。物言いたげな視線をシンジョウに送っている。よってその言葉に反応したのは、シンジョウ達ではなかった。

 「よっしゃあぁ、野郎共いくぜ!」
 「おう!」

 答えたのはアマテラス防衛隊ライオンズ・シックル教官スバル・リョーコであった。血気盛んでバトルマニアの彼女は黒い機動兵器と戦いたくてうずうずしていたのだ。そして教官の威勢のいい掛け声に応えたのは彼女の優秀な教え子達。
 コロニー外郭に、ステルスマントを被り待機していたエステバリスが続々とその威容を現す。真っ先にマントを脱ぎ捨てたのは、赤いエステバリス・カスタム。スバル・リョーコ専用機である。

 その数、12。その射程距離内に侵入してしまったことに気付いた黒い機動兵器はライオンズ・シックルの集中砲火から逃れるために方向を転換する。その回避軌道上にスバル・リョーコは目を向けた。
 
 「浅い!」

 射角を調整、標的捕捉。赤いエステバリス・カスタムがレールガンを放射する。エースパイロット専用の高出力エステバリス・カスタムだから撃てる強化装備である。その弾を黒い機動兵器は加速を断続的に繰り返し、ことごとく避けきる!

 「へったくそっ!」

 テイル・バインダーをたなびかせ、黒い機動兵器は、一度は侵入した最終防衛ラインから、高機動を生かして反転、撤退する。

 「おおおおおおおぉぉぉ!」

 スバル・リョーコ率いるライオンズ・シックルは敵機動兵器に向け長距離砲を連打するが、いかんせん機動力に差がある。敵機は最終防衛ラインから第二防衛ラインまで後退、戦艦や敵機の機動力に抗し切れずにいた防衛ライン上の機動兵器と挟撃の形となった。このままではいくら機動力に優れた敵機であろうと、戦域を離脱することあたわず、いずれ追い詰められ星の藻屑と消え去るであろう。
 だが、しかし。


 「敵影確認!戦艦クラスです!」
 「なにぃ!」

 勝利を確信したアズマの元に、オペレータから信じられない報告がもたらされた。寝耳に水どころの話ではない。戦艦が一体どこに隠れていたというのか。

 「ボソン・ジャンプか!?」
 「いえ、ボース粒子は観測されていません。これは・・・・アマテラス、ハッキングを受けています!敵戦艦、アマテラスのメインコンピュータに侵入、探査機能が無効化されています!センサー切り替え不能!」
 「敵戦艦、グラビティブラスト発射!第二防衛ライン上の味方艦隊、損傷率30%!」
 「コロニー外郭に被弾。研究者、一般人の退避確認。パージします!」
 「敵機動兵器、再びアマテラス最終防衛ラインに侵入!」
 「なんだとっ」

 恐らくは事前に高度ステルス機能で接近、探知されないような何らかの方法でこちらのシステムを掌握したのだろう――シンジョウは隣でわめき散らす上官を睥睨しつつ、思考する。
 そういえばちょっと前に機密情報に関するハッキングがあったと聞いた。その相手は特定できないが、そのときには敵戦艦はこちらに接近はしていなかったはずだ。いくら高性能ステルスでもある程度近づけば分かる。それに機械に頼らずも常に人間の目で宙域を観測しているのだ、気付かぬはずがない。
 ならば、そのハッキング騒ぎの際、それに便乗してこちらのシステムを掌握したということか!発覚を許さぬように探査システムだけを。
 そして、黒い機動兵器が戦場をかく乱し、陣列を乱し、第二防衛ライン上に全戦力を終結させた。そこを突如現れた戦艦が一網打尽に壊滅させる!

 やってくれる!



 「全く、無茶するわ・・・・・ま、ジャンプを使いたくないっていう彼の気持ちも、分かるんだけどね」

 横合いからの奇襲攻撃を敢行した先鋭型の戦艦の中、豪奢な金髪を編んだ女性はため息をついた。本来ならば彼を陽動としてジャンプによる奇襲をかけた方が普遍的であり効率的であり安全なのだが、彼はボソン・ジャンプを憎んでいる節がある。困ったことだが。
 基本的に使いたくないのだろう、多くの人を不幸にしたこの技術を――
 彼女はそう考える。あの男のことだ、血反吐を吐くほど嫌っているに違いない、なぜなら効率重視の自分でさえあまり好んでいるとは言えないのだから。

 「ラピス、貴女はあまり無茶しないでね」

 彼を止めることは、自分にはできない。恐らくこの白い少女もまた止めることはできないだろう。だから彼女は言うのである。貴女は無茶しないで、と。
 白い少女はこくりと小さく首を動かした。
 



 ――はぁッ、はぁッ

 暗黒を、疾駆する。
 ステルス機能と司令部の混乱を利用し、元々の作戦を廃棄、即興的に対応した作戦は成功した。
 ラピス・ラズリがアマテラスへのナデシコBからのハッキングに気がついたのは僥倖だった。これによりこちらが敵の隙をつくことが出来たのだから。もっとも、それがなくともあの人の手を借りれば奇襲は可能だったが。
 すでに五つ目。やつらの計画を知り、それを崩すために犠牲になったコロニーの数だ。本来、必要最小限の被害だけ与えて、研究資料を強奪し、遺跡の行方を調べるだけのはずが、それを是としないやつらは対外暗殺部隊を差し向け、資料の流出を許すようならばと研究員を鏖殺、コロニーを爆破。機密保持のために幾百の人々が犠牲になった。
 これは正義ではない。断じて、ない。
 男はそう考える。もう、彼は子供ではない。想いで人は救われない、と知ってしまっている。
 だが、それでも信じるものはあった。それは絶対的な正義などではなく。
 かといって虚無主義的なニヒリズムでもなく。
 ただ、心の裡より泉の如く湧き出る、自己の倫理よりいで来る、それは。
 彼の奉ずる「正義」。

 ――はぁッ、はぁッ

 息が切れる。動悸が激しい。もとすれば心臓が千切れ、肺が焼ききれそうになるほどの熱量と興奮が彼を襲う。落ち着け、落ち着くんだ。熱するのは心だけにしろ。灼熱に煮えたぎる脳は絶対零度の真空よりも冷たくしろ。生き残り、目標を達するのに必要なのは、それだ。
 馬鹿みたいな憤怒の果てに、得た真理はそれではなかったのか。

 「ラピス」

 彼は、ただそれだけしか言葉を発しなかった。だが、その言葉を発する間に、彼の漆黒の機体は数百メートルも移動し、彼の軌跡を真紅のエステバリス・カスタムが追撃してくる。母艦から離れている分、漆黒の機体は分が悪い。
真紅のエステバリス・カスタムの大型のレールガンから放たれた実弾はその加速と質量でもっていくつかはコロニーに突き刺さり、爆炎を上げ、またいくつかは漆黒の機体の頑強なディストーションフィールドを貫き、ごく小さいが漆黒の機体にダメージを与えている。男はそれを小さな舌打ちと共に受け入れた。

 「ハッキング完了。ゲート開くよ」
 「了解」

 男はぎりり、と歯を食いしばる。そしてモニターに写る13番ゲートの外壁がかさぶたのように剥がれ落ちるのを確認した。
 あとは金魚の糞の如く付きまとう敵機をまいて13番ゲートに侵入、目的を達するだけだ。

 「アキト・・・・・・・・・!」




 スバル・リョーコは興奮していた。

 「待ちやがれっ」

 物干し竿と形容される長大なレールカノンを、小刻みに照準を合わせながら目標に向かって撃ちまくる。
 腹に響く射撃音がマズルフラッシュと共に脳髄を揺らし、爆発のカタルシスを伝えてくる。だが、当たらない。いや、当たらないわけではない。
 いくら相手が強固なディストーションフィールドを有していようと、実体弾であるレールカノンの衝撃を完全に消すことはできない。あの漆黒の機体はうまく避け、避けきれないときは壊してもあまり問題のない場所または機体剛性の高い部位に優先的に被弾させ、本体のダメージを最小限に抑えているのだ。

 (こいつ、強い!)

 久しくいなかった強敵だ。こいつは、倒し甲斐がある!
 舌なめずりするリョーコのエステバリスの後方から、量産型エステバリス部隊、ライオンズ・シックルが怒涛の如く追走する。

 「隊長、我らも!」
 「付いてこれたら、なっ」
 
 スラスターを吹かし、推進剤を放出、敵機動兵器を追う。やつの目的はどうやらコロニー内にあるらしい。何があるのかは知らないが、自分の仕事はやつを止めることだ!

 リョーコが思い出すのは先ほどの攻防だ。
 ライオンズ・シックルの出現により、敵機動兵器は第二防衛ラインまで後退した。その理由を推測できなければ今頃あの艦隊と同じ運命を辿っていたかもしれない。

 悲しむべきことだが、エステバリス・カスタムではあの機動兵器に追いつくことは出来ない。推進力の性能差は埋めようがない段階にまできている。ならばなぜライオンズ・シックルを振り切り、直接コロニー内に侵入しなかったのだろう。

 それは―――

 (囮だ!)

 他にも理由があるかもしれないが、まず可能性の高い戦略としてはこれだ。リョーコはそう判断した。
 リョーコは再強襲ポイントを割り出し、先回りして漆黒の機体に砲火を浴びせる。しかしそれさえも敵機動兵器はその操縦テクニックでもって被害を抑えたのだ。バトルマニアのリョーコが燃えないはずはない。

 追撃するリョーコやライオンズ・シックルは黒い機動兵器に引き連れられ、13番ゲートに進んでいた。そこに敵の目標があるらしい。リョーコが頬を吊り上げ、凶暴に笑ったとき、それは起こった。

 「んなっ!?」

 敵機動兵器が、爆発した。否、爆発ではない。あれは、自己の装甲を排除したのだ。合計13機で追撃するこちらの機動兵器郡にパージされた黒い装甲は黒い流星のように迫り、白炎を上げて爆発した。
装甲に爆弾仕込んでやがったのか。レーダーで被害状況を確認すれば8機が行動不能に陥っている。リョーコは舌打ちした。

 (だが!やつが装甲を排除したんなら、落としやすくなったはずだ)

 リョーコは索敵レーダーで前方にいるはずの黒い機動兵器を確認し―――驚愕した。

 敵は、装甲を排除したのではなかった。目前に聳え立つのは形状を変えた黒い機動兵器。戦闘機の如く見えた外見は、今は人型の機動兵器にチェンジし、その両腕に接合されたハンドカノンをリョーコ達に向けている。やばい、やばい!

 あれは、装甲ではなく、外付装備だ!

 瞬間、宇宙を貫く光線が、4条走った。レーザーはライオンズ・シックルの僚機を尽く破壊、戦線を離脱させる!

 「なんだこれは!お前はゲキガンガーかよっ!」

 間髪いれず迫り来る光線を、リョーコは悪態をつきながらも機体を旋回させることで辛うじて避けた。その間に、敵機動兵器は13番ゲートを破壊、コロニー内部に侵入。アズマがなにやら喚いていたが、邪魔だと一喝、以降無視。
リョーコは部下に撤退するよう指示をいれると、黒い機動兵器を追い自らも13番ゲートに侵入した。

 そこでまっているものを、知らずに。


 
 「13番ゲート、オープン!」

 ユーチャリスのハッキングにより、13番ゲートの隔壁が外れその最奥に続く通路が衆目に晒される。どこに続いているのか、光ないその先は、窺い知ることは出来ない。

「13番ゲート?わしゃ知らんぞ?」

 アズマが呆けたように呟くのを、シンジョウは厳格ともいえる表情で聞いていた。ついに、きたのだ。我々が蜂起する、その時が。アズマも知らない13番ゲート、それを知っているオペレータは彼の同胞。これは合図なのだ。
 
 「それがあるんですよ」
 「どういうことだっ」

 冷たく言い放つシンジョウに、アズマは怪訝な様子で、それでいて高圧的に聞き返す。己の後ろに控えているシンジョウは常の彼とは少々違っている。その目には、冷たい輝きが宿っていた。それはまるで―――悲しんでいるかのように。

 「茶番は終わり、ということです」

 彼が、来る。硝煙と死臭を撒き散らし、腐臭のする闇を纏い躊躇なく真っ直ぐに。やってくる。黒騎士が黒の鉄馬に跨り黒槍を振るい、血の雨を降らすためにやってくる!
 熱だ。灼熱だ。近づく蟲を巻き上げ取り込み、広がり猛り、燃やし尽くす煉獄だ。
そして、それは痛みだ。彼と、我々の。

 「人の執念・・・・・・!」

 その言葉には、畏れと怒りと、少しばかりの憧憬が入り混じっていた。




 宙空は弾丸やレーザーが嵐の如く飛び交っていた。紡錘形をした白亜の戦艦から繰り出される無人兵器がアマテラス防衛隊を襲撃しているのである。
 アマテラス防衛ライン上の戦艦は無人兵器の大本である白亜の戦艦にグラビティブラストを打ち込むが敵戦艦の長大なディストーションブレードにより発生する強固なディストーションフィールドにより、その尽くを打ち消されていた。

 外の戦いに関せず、リョーコは突進する。憎き黒いあんにゃろうは13番ゲートに侵入し、スラスターをふかして通路の奥へと消えていく。それを見失わないようにリョーコのエステバリス・カスタムもその最奥に向けて突貫を開始した。

 掛け声をあげ、気合をいれて敵機動兵器が消えた通路を行こうとして――無人兵器の襲撃を受けた。
 リョーコはエステバリスを縦横無尽に操作し、迫り来るそれらを全て打ち落とす。大した数でも質でもない。ナデシコのパイロットとして前線で戦ってきた彼女にとっては、無人機の掃討くらいは特に苦にはならない。

 「お久しぶりです、リョーコさん」
 「お、ルリか。二年ぶり、元気そうだな」
 「相変わらず、流石ですね」

 脈絡なく通信をいれてきたルリに、リョーコはこれくらい当たり前だと肩をすくめた。アキトが死んでから、ルリはひどく落ち込んでいたとリョーコは聞いていた。今のルリは聞いていた状態よりはずっとよさそうだ。
それでも腹の中までは分からないのは、ホシノ・ルリの特徴なのだろう。

 「どうやら、侵入するものを排除するトラップのようですね。もう、この先トラップはありません。案内します」
 「すまねぇな・・・・・あぁっ!お前ひとんちのシステム、ハッキングしてるな!?」

 大仰に驚くリョーコに、今度はルリが肩をすくめる番だった。

 「敵もやってますし、非常時です。それに張本人はこのハーリー君ですので」
 「艦長、ひどい!」

 その様子を見て、リョーコは豪快に笑った。どうやらルリはいい環境にいるらしい。アキトが死んでからどうなったのか、心配ではあったがちゃんと彼女を支えてくれる人たちがいてくれたようだ。ここは一つ、ルリに案内してもらおう。この仕事が終わったら、ルリが艦長をしているナデシコBによっていくのも悪くない。
リョーコは戦闘中だというのに、にやにや笑いながらルリとハーリーの漫才を見ているのだった。


 「シンジョウ中佐、何を企んでいる。君らは一体何者だ!」

 二人の軍人に両脇を取り押さえられ、それでも暴れるアズマ。喚いて暴れても、拘束は一向に緩まない。本来ならば自身の肉体をもって主に肉体言語でシンジョウを問い詰めたいところだが、仕方ないので口のみを使って脅すように喚いた。

 「地球の敵、木連の敵、宇宙のあらゆる腐敗の敵」
 「なにぃ?」
 「我々は、火星の後継者だ!」

 アズマの合いの手が巧く決まった。シンジョウは統合軍の制服を破りさり、どこからかスポットを一身に浴びながら、高々と宣言する。
統合軍の制服の下から現れたのは火星の後継者の公式ユニフォーム。白地に赤く♂のマークがでかでかとプリントされた実に趣味の悪い制服が衆目に晒される。
 いつの間にか戦況を表示していたはずのモニターにも大きく♂と表示されており、管制室にいた他のスタッフもまた統合軍の制服の下から♂のマークのついた火星の後継者の制服にチェンジしていた。

 危ない宗教団体のようだった。



 黒い機動兵器は、最終隔壁と思しき扉の前にあった。パイロットはにやりと口の端を歪めると、テイル・バインダーを突き出し、悪魔の尾のようなその先端から、マニュピレータをうごめかせた。

 「よーし、そのままそのまま」

 後方から追ってきたらしい赤いエステバリス・カスタムから直通回線が打ち込まれる。どうやら敵意はないらしい。黒い機動兵器の搭乗者はそう判断したようだった。

 「俺は頼まれただけでね。この子が話があるんだとさ」
 「・・・・・・・・」
 「こんにちは、わたしは連合宇宙軍少佐ホシノ・ルリです。無理やりですいません。
 あの、教えてください。貴方は――」





 「誰ですか?」

 そう、わたしは知りたい。この人が誰なのか。
 漆黒の機動兵器に乗っていたのは大げさな程に無骨な対Gスーツを着た男だった。体も同様だが、鼻より上を覆うヘルメットを被り、その表情は掴めない。
 コンピュータが暴走した理由。予測はしているが、確信はしていない。予感めいたものはあるが、それでも証拠はない。
 この男と話すことが出来れば、その予感は確信に近いものになると、ルリは本能的に悟っていた。

 「・・・・・・・・・・ラピス、パスワード解析」

 しかし、ルリの質問に対する答えは沈黙と、その後に続く他の誰かに向けた通信だけ。
 敵機動兵器から伸びたテイル・バインダーからさらにマニュピレータが伸張し、パスワードを入力していく。

 『BLACK PRINCE』

 そのパスワードは、ルリからも見ることができた。

 「・・・・・・」

・・・・・嫌な胸騒ぎが、する。
 パスワードが認証され、ゆっくりと開いていく扉を前にしてルリはそう感じた。

 「時間がない・・・・・・・・・見るのは勝手だ」

 ダークトーンの声音。それはどこかで・・・・・かつてどこかで聞いたことのある声のような気がした。ルリは眉根をひそめた。わからない。この人が誰だか、わからない。
 会ったことがあるようで、会ったことがないようで、とても悲しいような、おかしいような、相反する感情が彼女の中で渦巻いていた。

 敵機動兵器は、開いた扉を押しやり13番ゲート、その最奥を目指し飛び立つ。ルリにはそれが何か不吉なことのような気がして、ぐっと手を握り締めた。



 だから、それは予想通り、だったのかもしれない。ある意味では、彼女の求めてきた『あたり』であり、またある意味では絶望に値するほどの『はずれ』であった。
 トカゲ戦争時、地球と木星が共に狙っていた古代火星人の遺跡。アキトとユリカがどこか遠くへ飛ばしたはずの、遺跡。不幸の元凶、ボソン・ジャンプのブラック・ボックス。
 箱型に形を変えていても、確かにそれはあの遺跡であった。

 「なんで、これがここにあるんだよぉ!」
 「リョーコさん、落ち着いて!」

 ルリも叫びだしたかった。喚き散らしたかった。ふざけるな、これはユリカさんとあの人が誰にも利用されないようにと遥か彼方へ飛ばした遺跡だ、あの人がもう戦争が起こらないようにと飛ばした遺跡だ!あの人が!
 そう、叫びたかった。だが、ルリは艦長。この場で喚き散らすわけにはいかない。士気に関わる、信用に関わる、ひいてはミスマル・コウイチロウの顔に泥を塗ることになる。
 ルリは下唇をかみ締めて、耐えた。

 「これが、ヒサゴプランの正体だったのですね」
 「ああ、そうだ」

 黒い男は、ルリの独白にも似た問いに、淡々と答えた。

 「これじゃ、あいつが浮かばれねえよ・・・・・・」
 「だから、黒い皇子は血塗られた夢をみる・・・・・」

 リョーコの悔しげな科白に対し、黒い男はまた、言葉少なに答えを返した。しかしリョーコはその答えが聞こえていないかのように、独白した。

 「なんで、こいつらがこんなとこにあるんだよ・・・・・・」
 「それは、人類の未来のため!!!」

 答えたのは、黒い男では、ない。ルリはメインモニター全体に広がる男をみて、喫驚する。見覚えのある髪型、見覚えのある顔。
 白地に赤くでかでかと♂のマークをいれるという奇抜すぎるユニフォームを着て絶叫する男、これは

 「草壁中将!?」
 「避けろ、右だ!」
 「!?」

 草壁の言葉が、合図であった。リョーコの周りに突如現れたダルマ型の機動兵器が、赤いエステバリス・カスタムを襲撃、手に持った錫杖をもってその巨体を床に縫い付ける。間一髪コックピットへの被害は食い止めたが、黒いパイロットの警告なくばコックピットごと縫い付けられていたかもしれない。

 草壁の言葉はアマテラス内部にも劇的な変化をもたらしていた。
 内部にあった火星の後継者達は統合軍の制服を脱ぎ、趣味の悪い火星の後継者の制服へと着替え、銃を持ってアマテラスを制圧。
混乱するアマテラス防衛隊やナデシコクルー、民間人に対して現れたのはシンジョウであった。

 「占拠早々申し訳ない。我々はこれよりアマテラスを爆破、放棄する。敵味方民間人を問わず、この宙域から逃げたまえ。繰り返す・・・・」




 「リョーコさん、大丈夫ですか?」
 「今度は、かなりやばいかな」
 「・・・・・動けます?」

 錫杖の突き刺さった脚部をパージし、リョーコ機は昆虫標本状態から脱却した。流石のリョーコでも動くのは至難の業らしい。
すでにタカスギ機に応援を頼んであるので、このまま敵の注意を引かなければ脱出できるはず・・・・・
 リョーコの目の前、遺跡の上では黒い流星が先ほどリョーコを貼り付けにした敵と戦闘していた。黒い機動兵器がハンドカノンを射出する。先ほどライオンズ・シックルを正確無比な射撃で打ち落としたはずのそのハンドカノンも、ダルマのような形状の敵機の変則的な動きに翻弄され、かわされ続ける。

 「やつが、来る。早く逃げろ」
 「今やってるよ!」

 黒い機動兵器からの通信に悪態をつき、リョーコは再び錫杖を抜く作業に移った。だが、なかなかうまくいかない。
 爆音が響き、コロニーが揺れる。火星の後継者の仕掛けたらしい爆発がコロニーを揺らしているのだ。揺れる足場に気を取られて、作業が進まない。
 もう、アマテラスの最期は近い。コロニーの断末魔の声が空間中に鳴り響き、鉄骨の軋む音が崩落の前兆を伝えてくる。その中で――わずかに違う音が聞こえるのに、リョーコは気付いた。
 戦場には場違いな、涼やかな音が聞こえる。風鈴の音のような――




 黒い機動兵器の中、男はその音を歯を食いしばりながら聞いていた。
 中空が紫電する。青い光はボソンの光だ。人の想い、誰かの輝き。それをもって、誰かの想いを奪い続けた男が、やつが―――来る!

 「一夜にて天津国まで延び行くは瓢の如き宇宙の螺旋・・・・・友の前で死ぬか?」

 北辰・・・・・・・・・・・・!

 奥歯が軋みを上げる。怒りと憎しみが、身を焦がす。これは、挑発だ。正気を失った獲物を罠にかけ、嬲り殺す蛇の罠。

 息が熱い。顔面にナノマシン・パターンが浮かび上がる。
 今、やつは爬虫類のような笑みを浮かべ、光のない左目を吊り上げ、異様に長い舌を頬に向かって刷り上げているだろう。
 愉悦の笑みを浮かべ、俺をどのように拷問して楽しむか、外道を冠する己が身を暗い激情にて誇っているのだろう。
 憎むな。憎めば彼の負担になる。
 暗黒の悪夢に魘されるのは、俺だけで十分。

―――君の知っている――

 醒めない悪夢は現実だ。

―――彼の生きた証――

 夢に浸食された現実を、悲しむべき闇の皇子を、生み出さないために。
今、ここで断ち切る!



 「一夜にて天津国まで延び行くは瓢の如き宇宙の螺旋・・・・・友の前で死ぬか?」

 何のこと?友の前?
 突如出現した赤い起動兵器。遺跡。ルリには何がなんだか分からない。
 しかし、この科白には何か意味があるように感じられた。それは、とても悲しいこと。
 黒い機動兵器のパイロットの様子を伺い、ルリは息を呑んだ。

 仄白く光っていた。この光、見覚えがある。

 あの人は、ボソン・ジャンプをするときにナノマシン・パターンが活性化しなかったか。
 わたしはオモイカネとの親和性が一定以上を超えるとき、ナノマシンが発光しなかったか。
 今、この人を駆り立てるものは何?何がナノマシンを活性化させている?
 今赤い敵機動兵器の後ろには六体ものダルマのような灰色の機動兵器が傅いている。それは奈落の王に仕える悪魔のようで、ルリは何か根源的な恐怖に身震いした。
 そのときであった。まるで申し合わせたかのように、遺跡が開き始めた。それは花弁が時間の移ろいとともに開いていく様に似ていた。
一枚、二枚とはがれていくにつれ、中身が顕になってゆく。

「っ!?」

 下半身と、両腕は完全に遺跡と同化している。
 目は閉じ、その顔には苦悶の表情が浮かんでいる。
 その体全体で憤怒と絶望を表しているのは。

 「遅かりし再生者よ、未熟者め。滅。」

 狂気の代弁者、その声が聞こえる。その瞬間、彼の顔に憎悪が浮かんだ。こんな表情は知らない、わたしは、知らない。
 だけど、あぁ、この人は!

 遺跡に取り込まれている青年は、ルリのよく知る青年だ。
 会いたいと願いながら、永遠に叶うことがないと思っていた。

 その青年の名は、テンカワ・アキトといった。


 黒衣の機動兵器は飛び出した。爆発的な加速が殺人的なGを生み出し、黒い機動兵器の主は奥歯をかみ締めた。怒りが、収まらない。
 瞋恚の炎に焼かれながら、冥府の案内せよ、とばかり圧倒的なスピードで体当たりを敢行する。

 「笑止」

 赤い機動兵器は錫杖で以って敵を串刺しにせんと豪腕を振るう。6機の灰色の機動兵器、六連は傀儡舞と呼ばれる不規則的な加速と減速を繰り返し、黒い機動兵器を奈落に落とさんがため錫杖を振り上げる。

 「黒き騎士よ、麗しの暗黒に還るがよい・・・・・斬。」

 1対7の凄まじいばかりの攻防を、ルリはタカスギ機がリョーコを回収するまでの間、みていた。黒い機動兵器は装甲を貫かれながらも奮闘し、灰色の機動兵器の一角を打ち崩した。しかし、腕はもがれ、スラスターは破壊され、満身創痍と呼ぶに相応しく、破壊の及ばない場所を探すほうが難しくなりつつある。
 何が彼を駆り立てるのか。
 ルリにはわからない。だが、予感がする。
 彼とは必ず、また会う。

 そして、今は退く。
 艦長として、軍人として、今この相手と戦うわけには、いかない。

 「タカスギ機を回収後、この宙域を離脱します」

 だが、必ず取り戻す。あれはアキトさんだ。気付いたことがある、予感がある。

 「だから、もう少しだけ、待っていてください。アキトさん・・・・・」



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■作者からのメッセージ
既に書き終えていた2/5を投稿。
黒騎士が誰なのかシンジョウの科白などでばればれかもしれませんが、一応3/5で明らかになる・・・はずです。

>黒い鳩さん
劇場版再構成と嘯きつつアキトは遺跡と同化させられてたりします。アキトの葬式にユリカが居るなどちょくちょく設定が異なるところがありますが、一応理由があったりなかったりします。
感想貰えると嬉しいですねぇ、もっと頑張ろうと思えます。ありがとうございましたー

こんな拙いssですが、最後までよろしくお願いします、でわ。
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