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Loss of Memory 1. 失くした世界T
作者:雲居卯月   2009/07/17(金) 10:36公開   ID:hsGCdAlxRq6
 霧が薄っすらとかかる早朝の街を、人影が軽やかに走る。

 淡い金色の腰まで届く長髪と、首にかけたロザリオを揺らして走る少女は15〜16歳か。
 かなり細身な彼女は、普通の少女に比べれば肉付きも薄い。
 整った顔立ちで、大きく切れ長な目は青みがかった緑色。
 まだ人々が起きだすには早く、街道には誰も居ないが、
人がにぎわう時間であったなら恐らく誰もが振り向くだろう。

 目当ての教会に辿り着くと、まだ薄暗い時間にも拘らず、少女は遠慮無しに扉を叩いた。

「シンシア、起きてる?」

 やや控えめの声で、少女は教会にいるはずの女性に声をかける。

「起きていますよ。あなたのおかげで私はとても早起きになりましたからね」

 修道服に身を包んだ妙齢の女性が、扉を開けながらくすくすと笑ったが、
少女は少し微笑むだけでパタパタと中に入り、ロザリオを外した。

「しばらく誰も入れないでよ」

 そう言い放って祈り始める少女に、シンシアと呼ばれた女性は苦笑して肩をすくめた。
 いつものことだ。
 極端に人との接触を嫌うこの少女は、人の居ない朝方のこの時間と、
夕方の時間を見計らっては教会を訪れる。
 毎日訪れる彼女の願いなら、きっと神も願いを聞き入れてくれることだろう。

 神に祈るのは良いことだ。
 良いことだが、しかし。

 修道女であり一人の女性でもあるシンシアは小さく溜め息をついて、
一心に祈る少女に聞こえないように呟く。

「年頃の女の子が、これで良いのかしらね…」



   ◆



「…なあユウ」

 憂鬱そうに呼びかけるラビに、神田は無愛想に答える。

「なんだ」

「俺らってさあ、むっちゃ目立ってんじゃね?
 さっきから視線が痛いさ」

「……」

 自分を省みろ、と言わんばかりの神田の視線に、ラビは自らの服を見下ろした。

「…駄目かねぇ、団服」

 ぽつりと呟くラビに、神田は沈黙という肯定で返した。

 彼らが着ているのは、一人一人に合わせて作られ、黒地に銀の装飾を施されている【黒の教団】の団服だ。
 左胸には、ヴァチカン直属軍事機関である教団のシンボル、ローズクロス。
 ラビは少し長めの団服、神田はロングコートの団服だったが、目立つ理由は他にあった。

 神田は長い黒髪を高い位置で結い上げた独特の髪形で、英国ではまだ珍しい東洋人。
 ラビはと言えば、赤毛を逆立てるように着けている鱗のような模様が入ったバンダナ、
右目には眼帯、首元にはマフラーと、観光客や街の住民たちの中では目立つのも道理だ。

 しかし彼らに向けられる視線の大半が女性のものなのは、
やはり二人が眉目秀麗な若者であるからだろう。

「あーあ…にしてもさァ」

 ラビは空を仰ぐと、頭の後ろで手を組んだ。

「適合者って、街の何処に居んのさ」

 それは至って素朴な疑問だったが。

「……知るか」

 神田も答えようがなく、どんよりと雲が垂れ込める空を見上げた。



   ◆



 適合者は見つからなかった。

 民宿のベッドに倒れ込むと、ラビは盛大に溜息をついた。

「あぁ―――――――ッ見つかんねええええええ」

 ラビのボヤキにも、椅子に座った神田の対応は冷たい。

「うるせぇよ、どうせそのうちAKUMAが狙うだろ」

 ごろごろとベッドの上で転げ回っていたラビは、流石に眉をひそめた。
 【AKUMA】とは、人の魂を宿し、殺人を重ねるごとに進化する殺戮兵器だ。
 【イノセンス】と呼ばれる神の結晶でしか、破壊は出来ない。
 イノセンスの適合者のみが、【エクソシスト】としてイノセンスでAKUMAと戦える。

 ――しかし、神田の言いようでは。

「適合者にぶっつけで戦わせる気かよ、ユウちゃん」

 イノセンスは、必ずしもそれ単体で戦える代物ではない。
ノアの大洪水からの長い年月のうちに、イノセンスは様々な形に変化している。
結晶の形のままであったり、人に発見されて別の形状になっていたり。
 その原石を【対アクマ武器】へと加工し、武器にしなければ戦えない。

 そんなことは神田とて百も承知のはずだというのに。

「そこで死ぬ程度の奴なら、入団したところで結果は同じだ」

「あ、そう…」

 ラビは神田の言葉にがくりと肩を落とした。相も変わらず手厳しい。
 教団内でも有名な、任務遂行の為なら仲間の、更には自分の命ですら省みない冷血ぶりは健在のようだ。

「せめて、もう少し柔らかくなっていただけると嬉しーんだけどね」

「…ちっ」

 神田は舌打ちすると、ばさりと街の地図を広げた。資料と共に、コムイから渡されたものだ。

「明け方と夕方、毎日続く回復現象か。…おいラビ、何か思いつくもんあるか」

「んー?いや、特には。
 でもさあ、まずは」

 段々と暗くなってきた空を窓から見て、ラビは言う。

「なんか異変が出るかどうか、外で待ってみよーぜ」



   ◆



 全てが清潔な、白く無機質な部屋で、少女は窓の外を見た。
 空は雲が晴れて、この街特有の赤い夕暮れが訪れている。
 その赤い光が、白い部屋を朱色に染め上げていた。

「そろそろ…行こうかな」

 白いシーツのベッドから降りて、少女は部屋を出て行った。


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■作者からのメッセージ
どうも雲居卯月です。
この調子だと、ちまちま小分けして更新していくことになりそうです。
同じ記事に何回も修正入れてしまってすいません。
読みにくいかもしれませんが、よろしくお願いします。

次回、運命の出会いが。(笑)
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