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コードギアス 共犯のアキト 第十一話「我が名はゼロ」
作者:ハマシオン   2009/11/23(月) 00:36公開   ID:1S2lO859T/k
コードギアス 共犯のアキト
第十一話「我が名はゼロ」





『クロヴィス殿下、行方不明!?』

『犯人は元イレブンの名誉ブリタニア人』

『背後には凶悪なテロリストの影が!!』

 翌日、租界で発行された新聞では、どこも昨日のクロヴィス誘拐事件を大きく取り扱っていた。
 それはアッシュフォード学園も例外ではなく、ルルーシュが今朝方教室に入るとそこかしこで誘拐事件について皆が好き勝手話していた。

「犯人は元イレブンだってよ」

「なんでも一昨日の新宿でも派手に暴れてたらしいぜ」

「あ、俺その映像持ってるぜ。イレブンの死体とか凄くてさぁ」

「やだ、最低!!」

 犯人――まだ容疑者の段階なのだが、既に一般市民の間では誘拐犯はイレブンであるとの認識が定着しつつあるらしい。
 ここエリア11でイレブンの地位は限りなく低い。例え日本人であることを捨て、名誉ブリタニア人になったとしても、租界での差別がなくなるわけではない。そこに今回の誘拐事件は致命的と言っていい。ただでさえ肩身の狭いイレブンや多くの名誉ブリタニア人は、より一層厳しい立場に追いやられることになるだろう。
 そして容疑者として祭り上げられたスザクはいずれ処刑される身に……

『スザク……』

 だが勿論ルルーシュも、唯一無二の親友をわざわざ死なせるつもりはない。

 そのために今も自室の端末で細かな情報を収集している。政庁周辺の見取り図、裁判所までの考えられる限りのルートの洗い出し。その他の様々な情報を一端整理し終えると執事服を着たアキトと寝間着姿のラピスが部屋に入ってきた。

「ナナリーはもう寝たのか?」

「うん、ちょっと情緒不安定気味だったけどね」

 ラピスはそう言うと、トテテッとベッドに近寄ってダイブし、ボフッと音をたててベッドに沈み込み横になった状態のまま首だけをこちらに向ける。

「それで、ルルーシュはどうするの?」

「……その質問に答える前に一つだけ言っておくぞ。それは俺のベッドなんだが」

「男がケチ臭いこと言わないの」

 ラピスの答えにこれ以上は無駄かと諦めて、視線をアキトに移す。
 そのアキトはといえば端末に映っていたスザクの姿を認めるとポツリと呟いた。

「スザク君、生きていたんだな。しかしまさか彼がブリタニア軍に入っていたとは……それで、どうするんだ?」

「勿論助けに行くに決まっているだろう」

 はっきりと即答するルルーシュ。
 しかし言うだけならばだれでも出来る。問題はそれをどう行うかだ。

「策はあるのか?」

「あるにはあるが不確定要素が強い。レジスタンスに協力を頼む」

「新宿の彼等にか? 前回指揮に従ったとはいえ、素直に協力するものか?」

「させてみせるさ」

 そう言って不敵に笑うルルーシュに眼には絶対の自信があった。





 新宿ゲットーの目立たない廃墟の一角に、レジスタンス『紅月グループ』が集まっていた。
 先日のブリタニア軍が行ったゲットー殲滅作戦によって紅月グループの戦力はガタ落ちし、暫くは動けないはずのこの時に緊急の招集がかかり、各人は首を捻りながらもアジトへと集まった。

「今日集まってもらったのは他でもない、例の新宿の声の男とようやく連絡をとりつけた……待ち合わせ場所は租界のど真ん中だがな」

 リーダーである扇のその言葉に俄かに騒ぐメンバー達。しかし彼等の表情に明るいものはなく、寧ろ疑念と不信を隠しきれないようでそこかしこからポツポツと不満の声が挙がる。

「なぁ、信用できるのか?」

「あの時の声の主って枢木スザクだろ? 今回の呼び出しはブリタニアの罠なんじゃないのか」

「馬鹿、そうと決まったわけじゃないだろ」

「それにクロヴィスを誘拐したのだってアイツかもしれないし……」

 新宿での指揮の手際を間近で見た彼等にとって、直に対面するのはまたとない機会だが、クロヴィス誘拐によってきな臭くなってきた租界に出向くのは流石に気が引けた。ましてやイレブンの彼等が租界を歩く事自体、軍に目をつけられかねない行為だ。

「私が行くわ……ブリタニアのハーフの私とならもしもの時、誤魔化すこともできるから」

 確かにカレンの言うとおり、彼女の容姿ならば租界でも浮くことは無いだろう。それに、新宿の戦闘では黒騎士だけでなく声の男にも恩があるため、カレンとしては個人的な興味もあったのも理由の一つだ。
 だが、カレンの言う事も尤もだが、やはり一人は危ないという事で結局は扇を含めた三人が後ろから付いていくことになるのだった。

(あいつの指揮能力と黒騎士がいれば、ブリタニアを倒す事が出来るかも知れない……そのためにならなんだってやってやる!)





「例の検証番組を見させてもらった……中々興味深い内容だったよ」

「お褒めにあずかり光栄です」

 そう答えるのは租界のTV局でプロデューサーを務めるディートハルト・リート。彼は昨夜TVで放送されたクロヴィス皇子誘拐の検証番組について政庁に呼び出され、なんとジェレミア代理執政官の元へと案内されて今に至る。最初は番組に対する苦言や警告あたりかと思われたが、本人からは意外にも御褒めの言葉をもらい、少々拍子抜けしていた。

「租界だけでなくゲットー近辺までも含めて予想した多角的な犯人へのアプローチ……悲壮感を煽るばかりの他のTV局とは違うな」

「我々は一刻も早く、殿下の無事なお姿を見れればと思い、少しでもその助けになればと――」

「おためごかしはいい……貴殿の手腕を見込んでもう一つ仕事を頼みたい。二日後、枢木スザクを重要参考人として法廷に移送することが決定している」

 耳触りのいい言葉もそこそこに本題へと入るジェレミア。ディートハルトはこれまで人づてで聞いていた、権力志向の塊であるという人物評価を改める必要があると感じた。

「貴殿にはその様子を中継してもらいたい……ただし、あまりやり過ぎないようにな」

「――枢木スザクを撒餌として使うという事でしょうか」

「話が早くて助かるよ」

 ディートハルトはようやく目の前の男が何を目的にしているのか分かり、納得がいった。
 中継を派手にやりすぎると、当然襲撃者は警戒してその場に現れることは無いだろう。かといって秘密裏に護送するのであれば、或る程度の情報の秘匿は必須。しかしその場合だと必然的に少数での護衛となる。だが相手は厳重な警戒を易々と突破するほどの手練であるから少数の警備ではやはり不安が残る。
 ならばいっその事護送のTV中継は行うが、監視は軍で秘密裏に行い、襲撃した所を報道に回す事で襲撃者の悪逆ぶりを世間に知らしめれば官民に軍を評価させることができる、という事だ。勿論その報道と言う名の目も多すぎると逆効果になることは言うまでも無い。
 今は純血派が軍を抑えているため、それを問題視する声は大きい。ならば今回の事件を最大限に用い、最小限で最大限の成果を――ジェレミアの要求はディートハルトの心を燻らせるものではなかったが、少なくとも下手な出来レースの番組を作らされるよりはよっぽど面白いと思えたため、快くこれを引き受けた。

「護衛には私自らサザーランドで出る。我ら純血派の手によって必ずクロヴィス殿下をお助けするのだ!!」

 だが、ジェレミアの第一の目的はクロヴィス殿下の身柄を取り戻す事に相違ない。
 かつての二の舞を犯さない為にも、今回の護送に対して一層の気概を見せるジェレミアだった。 





 翌日、もうすぐ日が傾こうかという夕刻。トウキョウ租界の繁華街にアッシュフォード学園の制服を着たカレンの姿があった。
 昨夜アジトで例の男に交渉に応じる旨を伝えた所、彼は何故か繁華街のど真ん中に来るように要求してきたのだ。何故と疑問の声は挙がるものの、拒否などできようはずも無く、カレンは途中で『落し物』として手に入れた携帯端末の指示に従い、租界を歩きまわる。無論、何かあった時のために離れた所から扇達が見守っているが。

(それにしても忌々しいほどに明るい町だ……)

 カレンは租界を歩きまわる傍ら、その繁栄ぶりを苦々しく思わざるを得なかった。
 街を彩る煌びやかなイルミネーション。ショーウインドゥを飾る艶やかなコートを着たマネキン達。同年代の少年少女はジャンクフード片手に皆笑顔で、道をゆく人達の顔は生気にあふれている。「ブリタニア人」が「日本」――いやエリア11で生を謳歌している。それをまざまざと見せられながら、やがてカレンは租界からモノレールに乗ると、ゲットー付近の駅へと降り立った。これも声の男の指示である。
 そしてカレンが次に目にしたのは、無残にも砕け散り到底人が住めるとは思えない程ボロボロになった街。いつもは何気なく入るこのゲットーエリアも、こうして見ると租界とは別世界と言っていい。
 ブリタニア人が住む租界の繁栄。それとは反対にこうして見せつけられる戦場の傷跡。

 私達は本当に日本を取り戻せるのだろうか?

 声の男に導かれるまま廃墟を歩き回り、やがてその声はとある劇場の中へ入るように指示される。また、既にゲットーに入ったため後から続いて来ていた扇達も劇場の中へと入っていく。
 カレン達は暫し建物の中を進むとやがて広々としたホールへと躍り出た。かつては多くの人がこの劇場に足を運んだのだろう。しかしその劇場も舞台はひび割れ、客席は崩れた天井の瓦礫で埋まっており、辺りは歌劇の声も歓声の声も上がることは無く、静寂に包まれている。
 そしてカレンの目の前には黒いマントを着た一つの人影があった。
 一瞬怪訝な表情を見せるカレンだが、意を決して目の前の男に声をかける。

「……お前が新宿の時の男なのか?」

「そうだ、ようこそ紅月グループの諸君。君達を歓迎しよう」

 明らかに変声機を使った人工の声。そいつが振り向きその正体を顕わにすると、全員が息を呑んだ。
 そいつの顔は黒い仮面で覆われていた。黒い仮面に黒いマント、そして意匠の施された黒い衣装……見た目だけではない、目の前の細身の男の全身からはある種妖艶な雰囲気が漂っている。

「私は――『ゼロ』」

「ゼロ?」

「おい、俺達こんなふざけた奴に助けられたのか?」

「……ゼロ、一つ聞きたい。何故俺達を直接ここへ呼ばなかったんだ」

 話の場を持つだけならば直接この劇場に呼べば済んでいた。わざわざ危険を犯してまで租界を歩き回る必要など無かったはずだ。

「君達にエリア11の……日本の現状を正しく認識してもらいたかった。その身で実感したはずだ、租界とゲットーの圧倒的な違いを」

 カレンの脳裏には栄えたブリタニア人が住む租界と、日本人の住むゲットーのうらぶれた様子が描かれる。
 衰退と繁栄、光と影。租界の繁栄振りに比べたら自分達の住むゲットーなど廃墟同然。いや、そのものといっていい。否応が無しにも自分達の凋落振りを実感させられる。

「確かにブリタニアとの差は果てしなく広い。圧倒的とも言っていい。だからこそ俺達レジスタンスが――」

「違うな、間違っているぞ」

 扇の声を遮り、きっぱりとゼロは否定する。

「君達はそうやってブリタニアからの解放を声高に叫ぶが、既にブリタニアという根は深くこの地に根ざしている。最早かつての日本を取り戻すという事は不可能に近いだろう」

「なんだと!?」

「日本を取り戻すのをあきらめろって言うのか!」

 言外にお前達では無理だと言われ、激昂する紅月グループの面々。特に彼らは終戦以降、苦心を募らせながら抵抗活動を続けているため、それを否定されたように聞こえたため無理は無いかもしれない。

「勘違いするな。貴様等の敵はなんだ?」

「何って……ブリタニアに決まっているだろう」

「そう、ブリタニアという『国』だ。断じてブリタニア人ではない」

 その言葉の意味について、それぞれ頭を捻るがただ一人扇はその意味をなんとなく理解した。

「……民衆を味方につけろ、といいたいのか?」

「分かってるじゃないか扇要」

 いくら日本を取り戻すためにエリア11で抵抗活動を続けても、既にこの地には多くのブリタニア人が住んでいる。そして彼らブリタニア人によってエリア11は成り立っている。最早イレブンだけでこの国を支えていくことなど不可能なのだ。

「かつての日本を取り戻すのは不可能……ならば新しい日本を手に入れればいい」

「新しい日本……?」

 訝しそうに男を見遣る扇。
 しかし扇だけでなく、カレンらも目の前の男が語る理想に徐々に引き込まれていく。

「日本人、ブリタニア人だけでなく、全ての人種を受け入れる平等な国。そのためにはテロなどという行為は断じてやるべきではない。やるなら戦争だ、覚悟を決めろ、正義を行え!」

 正義――なんと甘美な響きだろうか。
 その言葉の前にはどんな苦難も悪行も色褪せて見え、全てを許す免罪符の言葉。
 しかしその甘美な言葉にたった一人、嫌悪感を感じる人間がいた。

「口だけなら何とでも言える。それができれば苦労はしない! 第一顔も見せない奴の言う事など信用できるか!!」

 日本人とブリタニア人のハーフだからこそわかるそれの困難さ。
 ただ血が混じっている。それだけのためにカレンは十年以上悩んできた。それなのにこの日本を人種のるつぼとする? それまでに一体どれほどの血が流れることか……。
 そして他のメンバーの面々も我にかえったように、声を上げる。

「そうだ! 仮面をとれ!」

「ああ、顔を見せてくれないか?」

 しかしそれに対するゼロの反応は冷ややかだった。

「ふん……信頼関係を結んでいない相手に何故素顔を晒さなければならない」

「なにぃっ!?」

「私がこうして仮面をしているのは、素性を表沙汰にしたくないからだ。現状、君達に素顔を晒すにはあまりにもリスクが大き過ぎる」

 ゼロの言うことにも一理ある。
 現段階では紅月グループとゼロの間には何の関係もなく、協力関係は今回の交渉ではじめて作られるものだ。また交渉はお互いの力量や思惑が一致してはじめて結ばれるものである。
 しかし今の紅月グループにはナイトメアもなく、整った戦力を用意することすら覚束ない上に目立った戦果を上げられていない。それとは違いゼロはたった一人とはいえ、新宿でクロヴィスを破り、大勢の避難民を救ったという結果を残している。
 今回の交渉でゼロがこのような強気に出るのも無理はない。
 だが、意外にも譲歩したのは相手側――ゼロの方だった。

「しかし、これではいつまでたっても君達との間に信頼を築くことができない。よって君達には力を見せよう」

「力?」

「そうだ、不可能を可能にしてみせれば、少しは信じられるだろう?」

 ゼロの変声期越しの声には絶対的な自身があった。





「ブリタニアの皇子が誘拐されたというのは本当なのか?」

「政庁では純血派が執務を取り仕切っているとのこと……総督を差し置いてそのようなことができるはずない」

「つまりは真実と言う事か」

「しかし一体何処のグループがそんな大それた真似を……」

 旧日本軍の軍服、それも上級仕官の制服を着た軍人達が、広い床張りの間――傍から見れば道場のようにも見える――で静かに言葉を交わしている。そして上座の壁には純白の旗に描かれた真紅の日の丸。
 彼らは日本解放戦線……旧日本軍出身者が構成員のほとんどを占めたエリア11最大の反ブリタニア勢力である。

「もし本当にブリタニアの皇子を取り押さえたというのなら、これは絶好の機会ですぞ!」

 そう叫ぶのは中佐の階級章を掲げた野性味のある男だ。
 彼の名は草壁といい、日本解放戦線の中でもとりわけ好戦的な性格を持っており、解放戦線でもその突出した性格から厄介者扱いされている。しかしそんな彼に同調するものは数多く、解放戦線のリーダーである片瀬少将も無碍に彼を扱うことができないのが更に頭を悩ませている。

「憶測だけで動くわけにはいくまい……新宿の件は紅月のグループだったな」

「はい、今は扇という男が継いでおります」

「紅月グループか。彼らは黒騎士と行動を共にしたと聞いたが、奴からの連絡は?」

「……新宿の件を境に連絡が途切れております」

 黒騎士の名を出した途端、草壁の顔に一瞬眉をしかめるが、直ぐに表情を戻して報告をする。
 そんな草壁を見て、相変わらず黒騎士とは反りが合わんのかと心の中で嘆息する片瀬。前々から草壁は、黒騎士の勝手な行動を認めるわけにはいかないと度々片瀬に主張していた。だがそれはこれまでの作戦で、素顔を晒さず素性も知れない黒騎士が度々戦果を挙げている事に対する敵愾心であることは片瀬も見抜いていた。
 それはともかくとして今はクロヴィスの件だ。

「どう思う、藤堂?」

 上座に正座で座る一人の男に問いかける片瀬。
 男は中佐にあたる階級章を掲げた制服に身を包み、傍には一振りの軍刀が置かれている。背筋を伸ばし覇気さえ感じさせるその佇まいからは軍人というよりも、武士といった言葉が当てはまるように見える。
 藤堂鏡志郎――過去のブリタニアとの戦争でただ一人、ブリタニア軍に土をつけた『奇跡の藤堂』
 兵士としてだけでなく、指揮官としても類まれな力量を持つ、日本解放戦線のカリスマそのものである。片瀬からの信頼も厚いだけでなく、草壁も藤堂の力量には一目置いているほどだ。
 藤堂は静かに目を開くと己の意見を淡々と述べた。 

「レジスタンスがクロヴィスを捕らえたというのなら何かしらの連絡があるはず。それが無いという事は今回の件、何か裏があると考えるべきかと……枢木スザクに関しては放置するべきでしょう」

「弱気だな、『奇跡』の藤堂ともあろうものが」

「奇跡と無謀を穿違える気は無い」

 草壁の挑発とも取れる発言を藤堂はあっさりと突き放し、草壁は口を噤んだ。
 その後暫く合議は続いたが、藤堂の言葉に賛同を示す士官が数多く上ったため、日本解放戦線は今回の騒ぎに対して静観することに決定したのだった。




「お〜め〜で〜と〜♪ 君の言ってた二人、遺体リストにはなかったよ」

「そうですか、よかった……」

 政庁の地下にある囚人を入れる牢屋を挟んでスザクとロイドが言葉を交わしていた。
 スザクは軍人に捕まり尋問に連れて行かれる直前、ロイドにルルーシュと一緒にいた緑髪の女性を探すよう依頼していたのだ。無論直接名前を出さず、服装や特徴を述べただけに留めたのは言うまでもない。

「でも君の方は芳しくないねぇ、今は容疑者の段階だからまだいいけど、下手すれば銃殺刑もありえるよ?」

「大丈夫です、法廷は真実を明らかにする場所ですから……」

 スザクのその言葉を聞きロイドはすっと眼を細めると、普段のおちゃらけた態度からは考えられないような冷たい声色でスザクに言い放った。

「知ってる? 真実ってものは明かされないことの方が多いし、いくらでも作り変えることができるんだよ」

 歴史は常に勝者が作り上げるもの。
 敗者の恨みは歴史の影に消え、その主張はいかに正当性があろうとしても全てが闇に葬られる。ブリタニアは今までそうやって栄華を極め、同時にいくつもの闇を抱えこんだ絶対者。この巨大帝国において、平等や真実といった言葉はなんの役にも立たないのだ。
 しかしスザクは選択した。自分の信念を貫き、正しき世界を作り上げると……それがかつての『過ち』を犯した償いなのだから。
 故に自分は――なにがあろうとも自分を曲げない。

「それが世界の真実だというのなら――自分は、未練はありません」






 2日後、枢木スザクの護送当日。
 政庁から法廷へと続くストリートには、幾台かのTV中継車。そして政庁の入口付近には、埋め尽くすというほどではなくとも数多くの民衆が集まっている。そしてそんな民衆を近づけないように周囲には警察官が張り付き、更には2体のナイトメアポリスが周囲を哨戒している。
 その厳重な警備は凶悪犯を護送するのと同等の警戒ぶりだ。但し今回の護送では表の警備とは別に、更に厳しい監視の目が光っていた。

『1番隊、配置につきました』

『3番隊、目標ポイントに到着』

『2番隊は指定ポイントにてこのまま待機』

 ストリートを見渡せるビルの屋上や目立たない建物の影、更には進路にあるブリッジの真下等に純血派のサザーランドが警戒の目を光らせている。
 猫の子どころか蟻すら逃がさぬほどの厳重な警戒ぶりである。

『ジェレミア卿……この警戒は些か過剰ではありませんか?』

『油断は禁物といったはずだぞヴィレッタ。犯人は殿下を秘密裏にさらった大罪人。厳しくするに越したことは無い……護送車両が間もなくメインストリートに進入する。各自、警戒を厳にせよ』

 移送が始まったのか政庁正面の柵が開かれ、護送車がゆっくりと移動を開始する。
 それをマスコミと幾人かの一般市民が護送車を追いかけるが、5分もしないうちに群集の姿は消え、ストリートには護送車のみが走っている状態となった。もしテロリストが襲撃を仕掛けるなら、今が絶好のチャンスといえよう。

(さぁ来るなら来いテロリストめ。例えどれだけの数が来ようとも、このジェレミアが返り討ちにしてくれる!)

 ジェレミアの思惑は間もなく叶うこととなる。ただし、それは意外な展開に進むこととなる。

『――ジェレミア卿、メインストリートに進入する車両があります』

「来たか。それで、数は?」

『たった一台です……しかしその車両が――』

 部下の報告を聞き、眼を見開くジェレミア。しかし次の瞬間、彼の顔は憤怒という表情で塗りつぶされる。

「おのれふざけた真似を……っ! その車両は通せ! 私自ら返り討ちにしてくれる!!」

 頭に血が上るジェレミアだが、指揮官としての役割は忘れてはおらず、周囲の兵士達に相手との合流ポイントで待ち伏せるよう指示を出す。そして数分後、ジェレミア達が待ち構えるその場所にその車両は姿を現した。

『あれは、殿下の御料車!?』

『テロリスト共め、なんと不敬な……!!』

 御料車とは皇族が専用に乗車する車両で、公式行事や慰問等に使われるものだ。
 それをあろうことかテロリストが使用している……!!
 ジェレミアは御料車が包囲網に入ったのを確認すると指示を出し、一斉に機体を立ち上がらせて御陵車を包囲する。先程までほぼ無人だったメインストリートに、たちまち数機のサザーランドが飛び出し、車両に向けて銃口を向ける。

「出て来い! 殿下の御料車を汚す不届き者め!!」

 犯人の顔を拝んでやろうと怒声を張り上げるジェレミア。しかし内心では疑念の心も沸きあがっていた。
 運転席を見ると人影がある事から、無人でないことは確認している。しかし馬鹿正直に真正面からきたことから、もしやこれは捨て駒かなにかではないかと一瞬考えるが、それは御料車の後部にある幌が燃え上がり、一人の人影が現れたことで払拭された。
 黒いマントに意匠が施されたフルフェイスの黒い仮面。その男はナイトメアの銃口を向けられているにも関わらず、さして気にした様子も無く威風堂々と立っている。

「私は――ゼロ」

 名乗りを上げた仮面の男を一瞥し、鼻を鳴らすジェレミア。
 彼にとってはテロリストの名前などどうでもよかった。ただ殿下を攫った賊の身柄を押さえればそれでいいのだ。

「ゼロといったか。来た早々悪いが、貴様にはこの場で拘束させてもらう……だが、その前にまず仮面を取ってもらおう。殿下を誘拐した不忠者の顔を見せてみろ!」

 しかしせめてその素顔だけは晒してやろうと、声を荒げる。
 それに応えるためか、ゼロは自らの仮面に手を添え――高らかに腕を掲げると指を鳴らす。その瞬間ゼロの後ろの白い壁が崩れ、その中にあった姿が顕わになった。
 それを見て目を見開く純潔派の純血派の面々達。

『あれはっ!』

『そんな……っ』

「で、殿下!?」

 そこに現れたのは目隠しをされ、白い拘束衣を着せられた彼等の主君、クロヴィス・ラ・ブリタニアの姿だった。そして更にその後ろには、ほんの数日前に資料で見せられた巨大で歪なオブ球型のオブジェがある。

(それに後ろのあのカプセルは例の奪われた毒ガス……!!)

 奇しくも、主君と捜索していた目標が同じ場所に揃う事になったが、同時にそれは己だけでなく主君の身すら破滅させかねない最悪の状況下だ。

「君なら分かるはずだジェレミア卿。そう、あの日新宿にいたあなたならこれが一体何なのかな――」

「き、貴様ぁっ!!」

 怒りに顔を歪ませるも、手を出す事は出来ない。
 この場で射殺しようにもクロヴィスの前にゼロが立っているため、下手をすればクロヴィスにも被害が及ぶ。
 仮にゼロだけを狙えたとしても、何が切欠で毒ガスがばら撒かれるのか分からない為、ジェレミアはゼロを相手に下出に出るしかなかった。

「――貴様の要求は何だっ!!」

「私の要求はクロヴィス皇子と枢木スザクの身柄の交換だ! ブリタニアの皇子とイレブンの一兵卒――悪い取引ではないと思うが?」

 悪くない取引どころか、破格すぎる条件だ。
 皇子の身柄とイレブン一人の価値を考えれば、比べることすらおごかましい。寧ろこの条件に加え、身代金の要求や政治犯の釈放等が付属するものだが、それすらも無い。
 しかしこの交渉で、そんな事は関係ない。

(テロリストとの交渉に応じる等言語道断! 一度交渉に応じればそれは消すことのできない汚点となり、皇族の方は今後絶えず狙われる身となってしまう……!!)

 そう、一度交渉が成功すると、人は同じような手段を用いて再び皇族の身柄を抑えようと躍起になるだろう。
 たった一回応じただけで、何十人という皇族の人間を危険に晒すことになる可能性があるのだ。いくら主君の命のためとはいえ、簡単に首を縦に振る事なぞできるはずもない。

(しかしここで応じねば殿下の御命はっ……!!)

「私は余り気が長くない。早急に返事を頂こうか」

 歯を食い縛り必死に頭を回転させて状況を打破しようと考えを巡らせるジェレミア。しかし突発的な状況により彼の頭は未だ混乱の極致にあり、直に妙案など浮かぶはずも無い。そして暫し思巡の後、ジェレミアは面を上げて絞り出すようにして答えた。

「――分かった、要求に応じよう」

「ジェレミア卿!? なにをっ!!」

「血迷ったかジェレミアッ!」

 固唾を飲んで見守っていたヴィレッタとキューエルがジェレミアに詰め寄る。

「殿下の命には代えられん! 全責任は私が負う!!」

 今にも血涙を流しそうな鬼気迫る表情でそう答えるジェレミア。歯を食い縛り、握りしめた拳からには血が滴っている。
 その迫力にヴィレッタとキューエルは何も言えなくなってしまった。

(なるほど……アキトの言うように皇族への忠誠は紛れもない本物と言う事か)

 これでうまくいかなかったら、最悪ギアスを使わなければならないと思っていたルルーシュだが、その必要もなさそうだと内心安堵するルルーシュ。
 作戦前に、アキトからジェレミアの忠誠心を聞いた時は半信半疑だったが、目の前の男の必死の表情を見ればそれは一目瞭然だ。
 それはそうと、ゼロは仮面の裏側の視線を護送車から連れ出され拘束衣を着せられたスザクへと向ける。やはり厳しい尋問を受けたのか、顔の至る所に殴られた痕や痣が浮かんでおり、おそらく拘束衣の下にもいくつもの痣が浮かんでいるのだろう。ゼロは車から降りると解放されたスザクの目の前へ歩みを進める。

「君は一体……うぐっ!」

「やはり口を開くことはできんか」

 スザクの首に嵌められているのは罪の重い囚人に着けられる拘束用首輪だ。囚人に余計な事を喋らせない為に、声帯の特定の動きに反応すると電流を流す特製の首輪。
 このままでは質問に答える事はおろか、会話をすることもできない。どこかでこの首輪を外し治療もする必要がある。

「ゼロ、そろそろ時間です」

「ウム、続きはこれが終わってからにしよう」

 運転手として同行したカレンの言葉に頷き、ゼロは隠しておいたスイッチを取り出しそれを押す。
 すると御料車の搭載されたカプセルから、勢いよく白いガスが噴出され、辺りを覆った。

「いかん! 早く殿下を!!」

 中身が毒ガスと思っているジェレミアは、動けないクロヴィスにガスが向かわないようカプセルを蹴飛ばし、覆いかぶさるようにカプセルに抱きついた。
 モニターの片隅をスザクを連れたゼロと運転手――変装したカレン――が駆け抜ける。今はとにかくクロヴィスの安全確保が最優先だがこのまま逃がすわけにもいかない。

「ヴィレッタ! 今のうちに早く殿下をっ!! 他の者はゼロを追え!」

 その言葉を受けてヴィレッタのサザーランドは素早く御料車にかけより、クロヴィスを縛りつけている柱ごと引っこ抜いて退避させようと手を伸ばす。
 しかし、そこでヴィレッタは妙な事に気がついた。

(煙で……透けて?)

 僅かにこちらに向かったガスがクロヴィスの背後をゆっくりと漂う様子を見て、違和感を覚えるヴィレッタ。モニター越しのため気づくことは出来なかったが、何故これほどまでに殿下の存在感が希薄なのだろうか。
 まさかと思い、サザーランドの手を伸ばすと――クロヴィスの姿を『すり抜けた』

『ジェレミア卿、ここには殿下は居りません! これは立体映像です!!』

「なにぃっ!?」

 そう、ここにいたクロヴィスは御料車に埋め込まれた立体映像の投影機から映し出された、精巧な立体映像だったのだ。
 勿論ただの立体映像ではない。投影機はアキト達の世界から持ち込まれたもので、しかも『瓜』というマークが書かれているように、とある人物の手による改造か施された特別製だ。赤外線や映像越し、もしくは余程間近で見ない限りは映像とは分からない出来である。

「おのれ……謀ったなぁっ、ゼロオオッッ!!」

 カプセルから離れ、恐らく他に協力者がいるのだろう、ストリートからそう離れていない橋から飛び降りたゼロ達を追跡するべく、サザーランドを橋の縁に立たせてアサルトライフルの銃口をゼロ達へと向ける。そして目標を確認し、引き金を引こうとしたその時である。

 ガンッ!!

「なにっ!?」

 突如足を撃ち抜かれ、無様に転倒するサザーランド。しかもただ撃ち抜かれたのではなく脚部自体がごっそりと抉られている。
 何が起こったのか知覚できず一瞬呆然とするジェレミア。しかしそれだけでは終わらなかった。

 ガンッ!  ガンッ!

 護衛についていたサザーランドだけでなく、キューエルやヴィレッタら親衛隊の機体も次々と行動不能にさせられる。
 しかもサザーランドの被害は決まって脚部のみで、不思議な事に死者は一人も出ていない。しかし頭や腕ならともかく、脚部をやられたとなってはゼロの追跡は不可能だ。

「狙撃? いったいどこから……」

 既に脚を撃ち抜かれ、転がったままのサザーランドの中からヴィレッタは敵の攻撃地点を探していた。
 レーダーでは相手の位置を特定できないことから遠距離からの狙撃は間違いない。しかも敵の攻撃は決して流れ弾が他の建造物に命中しないように、今いるストリートよりもより高い位置から行われている。その情報に加えて、攻撃を受けた位置や方向、射線軸を導き出して地図に照らしあわせ、敵の狙撃ポイントを特定した。
 そしてその位置はとんでもない所だった。

「まさかあのビルから……?」

 ヴィレッタが目を向けるのは、未だ建造途中のバベルタワーという超高層ビルだ。
 建造途中とはいえ、その高さは優に300Mを超える超巨大建造物。しかしヴィレッタが驚愕しているのはそんなことではなく、そのビルと攻撃を受けているこのブリッジまでの距離である。

(あそこからここまで10km以上はあるぞ!?)

 サザーランドのアサルトライフルの有効射程がおよそ800Mで、熟練者では1kmといった所である。ナイトメア用の狙撃銃もあることにはあるが、どんなに熟練したディバイサーが使用したとしても5kmがいい所だろう。敵はその2倍の距離から狙撃を行い、しかも一発のミスショットさえ許さず脚部に限定して攻撃しているのだ。
 見えない敵の実力に、ヴィレッタ小さく身震いした。





「よし、これで追跡は食い止めた」

 その狙撃を行っている主――テンカワ・アキトは照準内に動いている目標がいなくなったことを確認すると、小さく溜息をついた。
 後ろ暗い事はいくつもこなしてきたアキトだが、流石に狙撃はほとんど行った事が無いため、些か緊張したが無事目標は達成することを出来た。しかしそれもこのエステバリスの装備に依る事が大きい事は間違いない。
 闇に溶け込むような漆黒のカラーリングのエステバリス。それはカラーリングのせいだけではなく、エステが纏っている光学迷彩マントのせいでもある。これもアキトの世界から持ち込んだ装備の一つであり、開発者は親交の深いかのマッドエンジニアでアキトの世界の統合軍も採用していた品だ。
 そして狙撃に用いたのは、この世界ではオーバースペックともいえるレールガンだ。
 あらゆる空間での使用を前提に開発されたこのレールガンは、空気抵抗の無い宇宙空間だとそれこそ100km先の標的を狙い打つこともできる。宇宙空間での超高速戦闘を可能とするアキト達の世界ならではの兵器群ならばこそ可能な狙撃である。

「あとは追撃部隊を足止めするだけだな」

 護衛や親衛隊のナイトメアは叩いたが、十中八九ゼロ追撃のために部隊が差し向けられているはずだ。
 それを適当にあしらっていれば、あのやり手の主人のことだろうから、短時間で合流ポイントには悠々と到着しているだろう。アキトはエステバリスを立ち上がらせるとレーダーを走らせ、ゼロの居る方向へと向かういくつもの光点へエステを向かわせるのだった。





「随分と手酷くやられたようだが……治療は終わったようだな、少しはマシな顔になっている」

 数時間後、ブリタニア軍からの追跡から無事逃れたゼロはスザクを連れて最初に紅月グループと接触したホールに潜伏していた。
 待機していた他のメンバー達はスザクを連れたゼロを驚愕の表情で――玉城などはポカンとマヌケそうな顔を晒していた――迎えたのだった。それはそうだろう。大軍ではないとはいえ、ナイトメアはおろか重火器一つ持たずに敵陣の真ん中に真正面から挑み、堂々と捕虜のスザクを掻っ攫ってきたのだから。
 ゼロはそんな驚愕の表情を見せる紅月グループに、スザクの拘束首輪を取り外しと治療を指示すると、スザクをホールの奥に呼びつけてたった二人で話し合いを始めた。

「助けてくれたことには礼を言う……だけどあのカプセルは? 毒ガスなんじゃないのか」

「安心しろ。カプセルに入っていたのは人体には無害なガスだ。たとえあそこに民間人がいたとしても被害は無い」

「じゃあ、クロヴィス殿下は? 君は本当に殿下を解放したのか?」

「あれはただの立体映像だ。クロヴィスの身柄は確かに私が抑えてはいるが、こんな所で切り札を使うつもりはない」

「切り札?」

「私が目指すものはブリタニア帝国の崩壊、そのためには敵国の皇子の身柄はいつか強力な切り札となるだろう……安心しろ、捕虜とはいえ仮にも一国の皇子様だ。拷問の類は一切行っていない。尤も、こんな事を言ってもブリタニア軍が信じるかどうかは知らんがな」

 スザクは目の前の仮面の男が語る言葉の重みから、男がただのテロリストではないと身体の奥底で理解した。
 普通のテロリストなら己の理想を声高に叫び、敵への侮蔑を当たり前のように吐露する。そして目的のためには手段を問わず、民間人や一般施設にも躊躇なく攻撃を加えたりする。現に今までスザクが目にしたテロリストはイレブンを含め、皆そのようなものだった。
 だが目の前の男は仮面で素顔を隠しているとはいえ、己の姿を銃口の前に堂々と晒し、一般施設や民間人を気遣うだけでなく敵国の捕虜にまでそれを忘れていない。

「さて、枢木スザク……本題に入ろう。私に仕える気は無いか?」

「なんだって?」

「ブリタニアは君の仕える価値の無い国だ。己の国の利権だけを求めて国を滅ぼして、占領した土地の住人を躊躇なく虐殺する……あれはそんな国だ」

 恐らく先の新宿ゲットーでの事を言っているのだろう。
 あれに参加したスザクとしては、彼の言葉に妙に堪えてしまう。

「弱肉強食といえばそれまでだが……私達は獣ではない、人間だ! 人間なら知性と理性を以て国を運営するべきなのに奴らはそんなものは弱者の戯言だと切って捨てる! そんな世界であってはいけないのだっ!!」

 そうして熱弁を揮うゼロに対し、スザクは僅かな共感を感じていた。
 そう、人は武力や暴力ではなく対話を以て話し合うべきだ。軍に所属しているとはいえスザクは常々そう感じていた。彼なら……彼ならもしかすると自分の求めていた理想を体現してくれるかもしれない――

「私と共に来い、枢木スザク! 君と私が力を合わせればブリタニアを倒すだけではない、もっとよりよい方向へと世界を導くことができるはずだ!!」

 だが、その言葉を聞いてスザクの心の中にあったモノは霧散した。


 『日本をよりよい国にするためだっ!!』


 スザクの脳裏に厳しい父の顔が一瞬よぎる。そして次に思い出すのは雨の降ったあの夜のこと。
 どうしようもない過去の罪を思い出し、スザクはゼロの問いに答えた。

「ゼロ、残念だけど君の勧誘を受けるわけにはいかない」

「……何?」

「僕はこれから1時間後に開かれる軍事法廷に出廷しなければならない」

「っ……馬鹿か! 何を考えているんだ貴様は!!」

 これからスザクが向かう法廷は、彼を犯人に仕立て上げる為に用意されたものだ。
 当然味方は誰一人居らず、検察官も用意されたスザク側の弁護人すらもスザクの敵となるだろう。そんな法廷にわざわざ出廷する必要がどこにあるというのか?

「駄目なんだよゼロ。いくら君が殿下誘拐の犯人を名乗り出たとしても、僕の立場は殿下誘拐の実行犯、もしくは『手引き』した容疑者なんだ」

「っ!!」

 ゼロはスザクが言わんとしている事を悟った。

「もしここで僕が法廷に出なければ、恐らくその罪状は確定される。そうなればイレブン出身者やナンバーズには厳しい弾圧が始まるだろう。民間人だけでなく、軍にも大勢のイレブンやナンバーズの同僚がいるんだ。彼等をそんな目にあわせたくない」

「だが貴様はどうなる!」

「僕の命でみんなが救えるのならそれで構わない」

 戸惑いも無く言い切るスザクに、それ以上言えなくなるゼロ。
 だから代わりに口から出たのは悪態だった。

「馬鹿だよ……お前はっ」

 だが、ズザクはその悪態を聞いて寧ろ懐かしい言葉を聞いたようにクスリと微笑んだ。

「昔友人や恩師にもよく言われたよ、馬鹿って……」

 ハッとしてスザクの顔を見るゼロ。
 スザクの表情には穏やかな笑み――過去の少年時代を思い起こさせるようなやんちゃな笑みだ。しかしそれも僅かな事ですぐに表情は元の軍人然としたものへ戻っていた。

「本来なら君を逮捕するべきなのだろうけど……今では返り討ちだろうからね。法廷に出る為にもここで殺されるわけにもいかない。だけどこれだけは言わせてもらうよ――助けてくれて、ありがとう」

 それだけを言うと、スザクは背を向けてブリタニア法廷の方へと足を向ける。
 そしてゼロ――ルルーシュはスザクの背が背景に消えるまでずっとそれを見守っていた。そんな彼の後ろに一つの影が降り立った。

「相変わらずの頑固者だったな彼は」

「黒騎士か……」

 追跡部隊を振り切り、既に周辺の警戒も終わってはいたが、黒騎士――アキトはルルーシュとスザクの二人っきりの会話を邪魔したくはなった。
 アキトはただホールの影で息を潜め、二人を見守っていたのだ。

「口調は変わっているが、あの芯の太さは変わっていない……いや、余計に太くなっているようだな」

「馬鹿だよアイツは……あいつが犠牲になる必要なんて全く無いというのに」

 仮面を着けているにも関わらず、弱々しい声を出すルルーシュ。ゼロとして弱みを決して外に見せなかった彼としては珍しいことだった。それほどスザクの件は堪えたのだろう。それは心から信頼するアキトにだけしか見せないものだった。

「恐らく彼なら大丈夫だ。君との関連は追及されるだろうが、自分から法廷に出廷したとなればあまり深くは問われないだろう」

「……だといいんだがな」

 アキトの慰めの言葉を耳にしつつ、消えゆくスザクの背をずっと見つめていた。





 スザクと別れた10時間後、スザクに対する軍事法廷の判決が発表される。

 ――結果は『無罪』

 理由は証拠不十分で、動機こそあるものの時間的なアリバイもある上、軍務にも実直に就いており態度も模範的という評価が判決の決め手だったという。
 その結果をルルーシュやナナリーがWEB上やTVで知るのはもう少し後のことだった。


 そしてルルーシュとナナリーが住むクラブハウスを悠然と見上げる一つの影があった。
 その影がゆっくりと街灯に照らされ浮かび上がるとその影は女性のシルエットへと変化し、長くたなびく緑色の髪を映し出した。
 その女性――あの新宿ゲットーで額を撃ち抜かれたはずの女性は、灯りのついたクラブハウスを見て、久しぶりに会う人物を心待ちにするような笑みを浮かべるのだった。






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■作者からのメッセージ
ただ一言、遅れて申し訳ないっっっ!!


>>まさるさん
オレンジ君の1期と2期の扱いは全然違いましたからねぇ、その辺は上手く整合するるよう頑張ってみました。

>>podファンさん
クロヴィスの件は一応理由もあるんですが、そう言う見方もありますね。うーん、色々と参考になります。

>>見習い一号さん
ルルーシュが頑張った件でこれほど驚かれることに作者もびっくりしてる件について。いやー確かに原作とは違うほどに頑張ってますがここまで驚かれるとはw

>>sssさん
仲良しお風呂の場面は苦労しました。
あどけない少女の萌えとかっ…俺にはハードルッ…高いからっ…!!

>>トマスさん
口調が女性に見えるってのは思いませんでした。確かに丁寧過ぎる感は否めませんが……うーむ、もう少し丁寧語は煮詰めてみます。
苦手分野については……突っ込まないでくださいw

>>黒詩さん
ニーナに関して情勢が動くのはもう少し先…になるのかな?

>>Backみーんさん
ヘタレがなけじゃルルーシュじゃありませんよねぇw
それはともかくメカメカしいバトルが書きてぇ〜〜〜!!

>>きちゅねさん
アニメ本編のドキワクと言って頂いて感無量ですが、アニメ本編と同じように週刊でお送り出来ずに申し訳ないですorz

>>偵察オリゼーさん
ご感想ありがとうございます!みなさんの感想は励みになる上に作品の刺激にもなりますので、この作品を読んで言いたい事はどんどんおっしゃって下さいな。


さて、今回ではかの有名な「オレンジ」呼称が消えてしまいましたが、登場人物が違ったり増えたりすればこういう事はよくあることだと思います。
今後、このような原作の展開破壊がよくあるかもしれませんが、これについての意見もどしどしおっしゃって下さいまし。
それこそ小説掲示板の活性化にもつながると思いますので。

それではまた次回ー
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