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自分の生きる場所 第六話 水族館、馬場は暴走
作者:武装ネコ   2011/01/27(木) 19:10公開   ID:/dkVrdlA.nE



当日。

俺たちは駅前で葛城と五十嵐を待っていた。

待ち合わせの時間より少し前からここに立って、二人を待っている。


よく考えれば…五十嵐は本当にここに来るのだろうか。

五十嵐は葛城とケンカしてしまった訳だから、葛城も参加すると言われてあまり来る気にはならないのではないだろうか。

藤林の話によると、五十嵐は約束を取り付けてくれたから良かったのだが、普通はどこかに呼び出して謝り、仲直りするものではないだろうか。


「栄子ちゃん、来るかな…」


「ど、どうかな…」


藤林も俺と同じ心配をしているようで、瞳に心配の念を滲ませている。

まぁ…約束してくれたんだ。

きっと来てくれるだろう。



今日の藤林は部屋着とも制服とも違う、外出用の服を着ていた。

白いワンピースの上にジャケットを羽織っていて、可愛らしい服だ。

俺は五十嵐の事を心配しながらも、目に藤林の姿が映り、少しドキドキして緊張していた。

お、おかしい…女の子と遊びに出掛ける事なんて、聡美とだけは、よく経験していた事じゃないか…
それなのに、どうしてこんなに緊張するんだ…?


人にアドバイスはできても、自分の気持ちに疎い俺には、まだその訳に気付く事はできなかった。



「いやぁ水族館!楽しみだねー!俺たちの町の近くに水族館はなかったからな!澤村!」


「えっ?あぁ、そうだな…
ていうか馬場、別のこと期待してない?」


「い、いや…別に藤林か五十嵐とロマンチックな事とかなんて…」

「期待してるだろ…」


藤林はともかく、五十嵐とは葛城が許さないだろう。

そんな展開があったら俺も葛城に怒られそうだし、何より馬場にそんな事があったら腹立たしいし、俺もきっと近付かせさせないだろう。


「あっ…二人、来たよ。」


「えっ、二人?」


藤林が少し驚きながら指差した方を見ると、葛城と五十嵐が一緒に歩いてくるの遠くに見えた。

二人で来るとは、どういう因果かわからないけど、葛城もやるじゃないか。


でもよく見てみると、二人の間の空気はあまり良いものではなかった。

五十嵐が少し不満気味で歩いているのを葛城が慌てた様子で追っているような雰囲気だった。

まるで、怒った彼女と彼女を謝りながら追う彼氏のカップルみたいだ。

…まぁ、まだ全然カップルじゃないんだけど。


「やぁみんな、さっきそこで葛城と会ってさ〜」


でも、五十嵐は俺たちを見ると笑って話しかけてきた。

その横から葛城も、絶望的な表情で声をかける。


そうか…偶然会ったから一緒だったのか…

でもこんな様子じゃあ、逆に関係を悪化させてないか…?

五十嵐は俺達に八つ当たりする気はないようで、ニコニコと笑っているからいいんだけれど…俺は葛城が気の毒に思えてならないよ。

そんな、いきなり居心地悪い空気になってしまった中、一人だけテンション高く、るんるん気分のやつがいた。


「じゃあ、全員揃ったところで、水族館に行こうぜ!みんな!」


「…おぉ。」


仕切ろうとしているのはもちろん馬場だ…

事情を知らないから仕様がないのかもしれないけど、さっきの二人の空気を読んで心配することはできないのだろうか…


張り切って歩いていく馬場に続き、五十嵐、少し落ち込んでいる葛城、そして馬場を唖然として見ていた藤林と俺が歩いて行った。






電車に乗り込むと、五十嵐は馬場と話を始めた。

本当は許し難い事だけど、今のままだと葛城と五十嵐は、ケンカしたままで今日を終えてしまう。

作戦会議の為に、俺と藤林は葛城を挟んで、小さい声で話を始めた。


「葛城。このままだと五十嵐に嫌われたままだ。
仲良くなろうと話し掛けても、たぶん逆効果だよ。」


「わ…わかっている…」


「でも大丈夫、この前の事を素直に謝ればきっと許してくれるよ。」


「あぁ…」


葛城は先の事で深い傷を負ってしまったようだ。

自業自得なのかもしれないけど、やっぱり気の毒に思えてくる。


だから俺は、葛城を励まそうと少し笑って言った。


「そこで水族館では、俺と藤林で馬場を連れて逃げるから、謝って仲直りしなよ。」


「あ、あぁ…」


『俺が何だって?』


「馬場って女子にモテて羨ましいなぁ、って話してたんだよ。」


馬場がいきなり話に入ってきても俺は冷静に答えた。

情報のプロテクトはバッチリだ。

「ははは、そうかそうか!葛城、俺様が羨ましいか?」

「いや。」


それは即答なんだな、葛城…


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「すっげぇ!でっけーぞ水族館!」


「あ、あぁ…馬場は大袈裟だけど、確かにでかいな…」


水族館は、最近建てられた建物のようで、汚れも少なく艶がピカピカと光っていた。

大きさも日本一の大きさらしくて、俺達の世界で例えると、東京ドームが二個ぐらい入りそうな大きさだ。


実を言うと俺達は水族館に来るのは初めで、俺は馬場の反応を大袈裟だと言ったけど、俺も馬場と同様に動揺していたのだった。


「入場料って結構するんだな…」

一人6輪という価値は、入場料にしては高い。

普通は2輪とか3輪くらいなのに。


「大丈夫だよ澤村くん。ちゃんと払ってあげるよ。」


「…ごめん、藤林。」


藤林家に居候して面倒を見てもらっている身の俺たちは、藤林にそれを払ってもらうしかない。

何度かこういう事があったのだけど、やっぱり情けないし、男として何かを傷付けられた気分になってしまう。

しかも今回は、払ってもらうのが娯楽施設の入場料という事が更に傷付けていた。

普通ならこんなところ、来られる訳ないのになぁ…


しかし藤林は、関係ねぇとばかりに三人分の入場料を払った。

申し訳ないばかりである。


「じゃあ栄子ちゃん。私、澤村くんと馬場くんと一緒に回ってくるから!」


「えっ?」


そして水族館に入場した後、藤林は五十嵐に、有無を言わせぬ猛烈な笑顔で言った。


「うん、俺たち三人で回ってくるから!」


「えぇっ?!」


藤林の後に続き、俺もまた猛烈な笑顔で五十嵐に言った。



「じゃあ、二人とも行こう!」


「うん、行こうか藤林!」


「ちょ、ちょっとま…二人とも話を…!」


そして戸惑っている馬場の腕を引っ張り、俺達はニコニコしながら馬場を水族館に連れて行った。

問答無用な逃亡である。

有無を言わせぬ完璧な逃亡である。


それにしても、藤林は頼もしいなぁ。

強引だったけど、俺一人では馬場を連れて逃げる事なんてできなかったかもしれない。

五十嵐に止められたり、馬場が暴れたりして作戦が失敗していたかもしれない。

そう考えると、俺は藤林が頼もしく思えて、一緒に居て良かったなぁと思っていた。



さて、作戦も成功した事だし、水族館を回りますか。

ゆっくり回る事はできなさそうだけど、初めての水族館なんだからやっぱり楽しみだ。


「澤村くん、後に回って二人を尾行しようよ。」


「えっ?」


「尾行?何で?」


俺が水族館を楽しみにして歩いていると、藤林は言った。

俺は藤林がそんな事を言うなんて意外に思ったけど、尾行するのも面白そうだったので、俺は快く答えた。


「いいよ藤林。尾行しようか。」

「えぇっ?!なんで尾行?!」


俺は、再び慌てる馬場の腕を引っ張りながら、藤林と元来た道を戻り始めた。

藤林を見ると、やっぱり意外だけど楽しそうなのである。

本気で尾行するつもりなのである。


この様子じゃ水族館はほとんど見て回れなさそうだな。

少し残念な気もするけど、藤林が本気だし、それに俺も二人を尾行したいなと思っていたし。


そして気付くと、藤林と同じくらい張り切りながら、隠れ場所を探して歩いていた。

わくわくしながら道を戻っていたのだった。


「何でだー!」




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五十嵐はまだ怒っている。

澤村と藤林が、五十嵐と二人っきりにしてくれたのだが、俺の隣の五十嵐は、明らかに楽しくなさそうに、不機嫌そうにしている。

水族館の魚や動物を見ても、全然面白くなさそうに見ている。

それなのに俺には全く目を向けず、黙ったままアクリル越しに動物を見ているのだ。

澤村たちとはあんなに楽しそうに話していたのに。


理由はわかっている。

この前のケンカである。

五十嵐の事が好き…である俺は、五十嵐と澤村たちが楽しそうに話している事に嫉妬し、澤村の机の上に座って会話を邪魔していた。
その時に俺は五十嵐の反感を買い、ケンカになってしまったのである。


今思えば、俺は愚かだったと思う。

五十嵐への気持ちは本物とは言え一時の感情で澤村たちに突っ掛かり、あまつさえ五十嵐とケンカをしてしまって本当に愚かだった。

だから悪かったのは完全に俺だ。
仲直りする為にも、俺は五十嵐に謝らなければならない。


「五十嵐…俺の話を聞いてくれないか?」


「…」


五十嵐は、まだ機嫌が悪そうだが俺の方を向いてくれた。

俺はその事に少し安心するが、向き合った事によって緊張が思考を止めて口をつぐませてしまった。


でも、素直に謝らなければ五十嵐は許してくれないだろう。

緊張は口をつぐませてしまっているが、俺はなんとか謝ろうと真剣な目をして五十嵐に向き合った。

「この前の…ケンカしてしまった件なんだが…」


五十嵐は真剣に聞いてくれている。

俺はなんとか口を開く。


「その…澤村たちとの会話を邪魔して悪かった。
俺の勝手な都合で邪魔して、ホントに悪かったと思う。」


自分の気持ちの素直に伝える。

五十嵐はそのまま真剣な表情で言った。


「じゃあ、どうしてあんな事したの?」


「えっ…?」


「どういうつもりであんな事したの?
ほら、それが言えたら苦労しないって言ってたやつだよ。」

「そ、それは……」


確かに、俺は澤村に訳を訊かれて、それが言えたら苦労しないと言った。

言いたい事があるなら回りくどい事をしないで言葉で示せと言われて、俺は訳を言えずにそう答えたんだ。


その答えを…今、言えと言うのか。

五十嵐と楽しそうに話す澤村たちに嫉妬して、会話を邪魔をしたと言えというのか。


無理だ、今の俺では無理だ…

こうやって、五十嵐と向き合っているだけでも緊張して話せなくなると言うのに…


「…今は、言えない。
いつか知る事になるかもしれないけど、これだけは知っておいてほしい。
俺は、五十嵐に迷惑を掛けようとしてした訳ではないんだ。」


五十嵐は目線を少し落とす。

また、訳を答える事はならなかったけど、なんとか納得してもらえたようだ。


「邪魔した事は、本当に悪いと思ってる。
だから、どうにか許してもらえないだろうか…?」


俺がそう言うと、五十嵐は息を吸ってため息を吐いた。

そして仕様がないなぁ、と言う風に笑って言う。


「もしかして、美郷たちが私を誘ったのって、これの為だったの?葛城の差し金だったの?」


五十嵐の言葉にドキリとさせられる。

図星を食らう、ってやつだ


「そ、そうだ…
その為に澤村たちは動いてくれて、アドバイスをくれた…」


本当は、さらに先の事の為なんだけれど…
五十嵐の心を得る事の為なんだけれど…


「まったく…美郷たちも手の込んだ事してくれちゃって…」


そう言うと、五十嵐は俺に笑いかけながら言った。


「いいよ、許したげる。」


「ほ、本当か…?」


「うん。理由は気になるけど、ここまでしてくれたんだし、許したげるよ。」


俺は、五十嵐の笑顔に胸を撫で下ろされた。

安堵して、力が抜ける。


よかった…
俺は五十嵐と仲直りできたんだな…


「それにしても…」


五十嵐は、安堵している俺の胸を指でつつきながら言った。


「こんな手の込んだ事をするなんて、葛城も意外と可愛いとこあるんだね。」


ドキン、と胸を掴まれる。

俺の心臓はドキドキと高鳴り、顔を赤くして固まってしまった。


完全に不意を突かれた…

俺は無事に仲直りできたんだと気を抜いていたんだ。

その不意を突いて、こんな…その、魅力的で可愛い仕草を見せられるなんて、思ってもいなかった。

だから俺はドキドキせずにいられなかった。

胸を射ぬかれずにいられなかった。


「ほら、行くよ葛城。」


「あ…」


五十嵐は、固まっている俺の手を引っ張って先を進み出した。

手を掴まれて、俺は更に赤くなるが、五十嵐は構わずに前を歩いて行った。

その五十嵐の表情は、先程とは打って変わって嬉しそうなのでだった。



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俺達は、葛城たちの様子を円柱の柱に隠れて見ていた。

三つの頭を、柱からひょこりと出しながら見ていた。


見るからに怪しい姿である。

見られているのが、通りすがりの人々だから済んでいるが、警備員や知り合いに見つかると、かなりマズい状態である。


しかし、そんな状態でも構わず尾行をしていると、ずっと仏頂面だった五十嵐が葛城に笑顔を見せ、仲直りできたという事が確認できた。

葛城は仲直りに成功し、それどころか五十嵐と手を繋いで歩くという事まで果たしたのだ。


最初、五十嵐が葛城の手を掴んで歩き出した光景を見たとき、俺達は少し感動した。

葛城を祝ってやりたくなる気持ちになった。


でも、仲直りできて手を繋げた事は十分な成果だと思うけど、水族館で二人っきりになったのなら、もう少し進展してもいいんじゃないだろうか。

手を繋げたのは友達としてだ(と思う)し、話が盛り上がったりロマンチックな雰囲気になったりしてもいいだろう。


でも現実はそうはいかないのである。

五十嵐は楽しそうに話をしていても、五十嵐に手を掴まれている葛城は、顔を赤くしていて相槌を打つことしかできていないのである。


「葛城のあの状態じゃあ、もう一歩目は無理かなぁ…」


「そうだね…
葛城くん、さっきから赤くなったままだもんね。」


物影から物影へ場所を変えて、二人を尾行しながら葛城の事を心配する。

葛城は一見クールに見えてもこういった事に弱いから、やっぱりここまでが限界だろう。

いや、五十嵐に告白しろって言っても無理か。

今はまだ告白する段階ではないだろうし…


「あの、二人とも…俺達はなんで尾行なんてしてんの…?」


俺達と一緒に尾行させられている馬場は、訳がわからないような顔して尋ねる。


「まぁまぁ、とにかく今は着いてきて。」


俺が放るように言うと、当然馬場は納得いかない顔をして葛城たちを見つめた。

二人の様子を、葛城の表情を読み取るように、怪訝な顔をして見ていた。


「…わかったよ、仕様がないな。それにしてもなるほど、葛城がなぁ…」


ニヤニヤと笑う馬場。

うっ…やっぱり、さすがにバレてるよなぁ…

あんなに真っ赤になった葛城の顔を見てれば、五十嵐に気持ちがあることくらいわかるはずだよなぁ…


でも今は尾行を続けよう。

馬場を口止めするのは後にしよう。




「おっ、ホタテだ。」


「ホタテ?」


ヒトデやナマコとの触れ合い広場の水槽に、屈んで隠れていた俺達だったのだが、馬場がホタテ貝を見つけてそう言った。

貝を少し開いていて、かなり大きなホタテ貝である。


あれ…ホタテ貝って、こういう水槽にいるものだっけ…?

俺達は初めての水族館だから俺達の世界の水族館の事はよくわからないけど、イアルスではこういう水槽にホタテがいるのが普通なのかなぁ…


「実はな、ホタテってやつは、ある部分に触れなければ殻を閉じなくてさ…」


「おい馬場、二人に気づかれるだろ。」


俺は、屈みながら水槽に手を沈ませる馬場を止めようとするが、馬場は構わず手を進めた。

目の前に見えるホタテに、手を近づけていく。

マズい…何かが起こる予感…


「ほら、見てろよ…
貝の中に手を入れても大丈…」

ガチン!←(ホタテが人差し指を挟んだ音)





「痛だだだだっ!痛ぇ〜!!」


人差し指を挟まれて飛び上がった馬場は、痛みの余りに辺りを走り出した。

人や壁にぶつかりながらも、狂ったように叫びながら暴走する。


「ヤバい、気づかれる!」


もう遅いかもしれないけど、早く止めないと気づかれてしまう!

それに馬場の指も心配だし…


「いや…大丈夫だよ、澤村くん。」


「えっ…?」


藤林に言われて馬場を追うのを止めると、暴走した馬場は葛城と五十嵐の間にぶつかって走り抜けていった。

その時に五十嵐がバランスを崩し、後向きに倒れていく。


「危ない五十嵐!」


そして次の瞬間、葛城は五十嵐を守ろうと、倒れる五十嵐の体を抱え込んでいた。

そのまま二人は倒れ込み、五十嵐を抱え込む葛城の背中が音を立てて床にぶつかる。


俺はその光景が、まるでスローモーションのようにゆっくりと見えた。

ドラマのワンシーンみたいにゆっくりと。


「…くっ…五十嵐、大丈夫か?」

「え……だ、大丈夫…」


俺は少し二人の無事を心配したけど、どうやら無事のようだ。

五十嵐を守って背中から倒れた葛城も、見たところ何ともない。


でも…五十嵐は何ともない様ではなさそうだ…

いや、もちろん怪我はしていないのだけど、違う意味で何ともある様なのである。

顔を赤くして、ドキドキしている様なのである。


「本当に大丈夫か…?
なんだか…顔が赤いようだが…」

「ち、ちがっ…!これは…!」


葛城に抱かれている五十嵐は、真っ赤に照れながら、急いで葛城と離れる。


「べ、別に何ともないよっ!
どこも打ってないし痛くないし!そ、それより、葛城は大丈夫なの?!」


「俺は何とか大丈夫だ…
背中を打ったが、大した怪我はしてないようだ。」


五十嵐の手に引っ張られて、背中をさすりながら起きる葛城。

でも、自分が五十嵐を抱き締めた事に気付き、葛城は再び真っ赤に照れてしまった。

二人して、顔が真っ赤なのである。

お互いに意識し合って赤くなってしまっているのである。


いやぁ…一時はどうなる事かと思ったけど、一言馬場に言っておくと、グッジョブ馬場!

馬場が指を犠牲にしてくれたお陰で、二人がイイ感じになったよ!

その馬場はどこかに走って行って居なくなってしまったのだが、俺は馬場に、親指を立ててそう言いたくなったのであった。

ニッコリと笑って感謝したかったのであった。


-----------------------------


ヒトデやナマコの水槽でのハプニングから、俺達はほとんど喋らなくなってしまっていた。

ハプニング前は五十嵐だけでも喋っていたのに、今は五十嵐さえも、何だか顔を赤くしたままで喋らなくなってしまった。


くそ…誰かがぶつかってきた所為だ…

誰かがぶつからなければ、少なくとも五十嵐は笑って喋っていたのに…


そう思い、落ち込んで照れながら、俺達は水族館のショーを待っていた。

まだ観客が集まっていないので、最前列で、気まずい雰囲気のままショーを待つ。


「の、飲み物あるんだけど、飲む…?」


「も、もらおうか…」


「うん…」


あまり気にしないようにしているのか、五十嵐は先程よりかは話せるようになってきた。

何気ない会話だが、さっきの俺達は一言も話せなかったんだ。


しかし、女の五十嵐が喋り出したというのに男の俺が何も話し掛けられないなんて、俺は自分が情けなく思えてきた。

自分が女々しくて、不甲斐なくて、落ち込んできてしまったのだ。

「あっ…そろそろショーが始まるみたいだよ。」


「あ、あぁ…」


ショーは始まり、イルカやアシカが技を披露し始めた。

トレーナーの元気な声が響き、ショーは観客の声で賑わっている。

五十嵐も、観客に続いて感想を言っているのだが、俺はやはり照れてしまっていて、ショーが目に映る事はなかった。

それどころか、五十嵐と水族館に居られる時間に終わりが近付いてきている事を気にし始めた。

明日から、五十嵐は俺と仲良く話をしてくれるのだろうかと焦り始めたのだ。


もしかしたら、俺達はこのまま気まずい関係のままで終わってしまうのかもしれない。

教室で、五十嵐は俺に話してくれないかもしれない。


そんなのは嫌だ…!

せっかく澤村と藤林が手伝ってくれたというのに、せっかく仲直りできたというのに、そんな結果にはしたくない…!


そうだ…だから、五十嵐に告白しよう…

まだ早いかもしれないが、俺の気持ちを素直に伝えよう…!


「い、五十嵐…!」


「な…なに…?」


「話を、聞いてくれないか…?」



-----------------------------



俺たちは、最前列の席に座っている葛城と五十嵐を見ながら、ステージの観客席に座っていた。

馬場はどこかに行ってしまったので、俺は今、藤林と二人だけである。


聡美以外の女の子と、水族館で二人っきりになれるなんて何だかドキドキしてきてしまうが、俺の目の前ではそれよりも心臓が高鳴るような光景が広がっていた。


「澤村くん、これって…」


「うん…間違いない…」


そう…葛城が五十嵐に告白しようとしているのである。

まだ上手く話せなくて、まともに話をする事すらできないのに、自分の気持ちを伝えようとしているのである。


葛城…今告白するのは早くはないか…?

この水族館に来てからかなり進展したとは思うけど、まだ会話もまともにできていないのに告白するのはやっぱり早いと思う。



しかし、葛城は告白しようと頑張っている。

葛城は告白するつもりなのである。


「やっぱり…あの時に、五十嵐を邪魔した理由を話そうと思うんだ…」


「…う、うん。」


今日だけで五十嵐が葛城の事を好きになるとは考えにくいし、五十嵐が葛城と付き合うとしたら、前から好きでしたみたいな偶然でないと無理だろう。

そんな偶然、葛城に起こせるのだろうか。

やっぱり、もっと仲良くなってからじゃないと受け入れてくれないのではないだろうか。


「俺が五十嵐と澤村たちの会話を邪魔したのは…
俺が五十嵐の事を…」


「う、うん…」


そんな偶然に賭けるっていうのか?

お前の気持ちを伝えるのか?!


「俺は、五十嵐の事を…!」



か…葛城ぃーっ!


バシャァ!!







「……えっ?」




『ゴンドウクジラのシブキくんです!
水しぶきに御注意下さーい!』





最前列に座っていた葛城たちは、シブキくんの全体重を使った水しぶき…いや、もはや水が掛かってびしょびしょに濡れてしまっていた。

水は体全体に掛かってしまい、水滴をポタポタと落としながら、二人は呆然と座っていた。

俺達もあまりの展開に呆然とし、しばらく何も言えずに座っていた。

ショーが終わるまで、黙ったまま座っていた。




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「あれ…なんで二人ともペアルックなの…?(演技っぽく)」

「い、いつの間にそんなに仲良くなったんだよ…(同じく、演技っぽく)」


「う、うるさい澤村…」


携帯で連絡を取って葛城たち(それと馬場)と水族館出口前に集合すると、葛城たちは揃ってシブキくんの写真がプリントされたTシャツを着ていた。

二人の話によると、ショーの後に水族館が更衣室を貸してくれてこのTシャツをもらったらしいのだ。


不幸中の幸いってやつだろうか。
いやでも、早すぎた告白は止められた訳だし、最初から結果オーライだな。

葛城は、五十嵐とのペアルックでさらに照れちゃってるけど…


「じゃあ時間も遅いし、帰ろうか。」


「そうだね。」


「……」


俺たちは水族館の出口を通り、駅に向かって歩き始める。

朝に待ち合わせていた場所まで葛城たちと一緒に帰った。


葛城はその間、五十嵐が隣に居てくれたというのに、ずっと浮かない顔をしていた。

顔の照れも引いていて、ずっと落ち込んた様子で歩いていたのだ。


俺はどうして葛城が落ち込んでいるのか、わからなかった。

五十嵐と上手く話ができない事が理由なのかもしれないけど、水族館で五十嵐と二人っきりで回れたのに、五十嵐と手も繋げたし、抱くこともできたのに、どうして落ち込んでいるのか、俺はほとんどわからなかった。




to be continued-

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