次の日。
今日も葛城は俺の机の上に座っていた。
俺ももう葛城には慣れたし気にしてはいないけど、葛城はこの机の上という場所が定着したのだろうか。
とりあえず、今日は昨日の話をしよう。
無事に仲直りできたなとか、ナイスハプニングだったなとか、色々話すことはある。
でもまずはこの話だ。
「葛城、昨日告白しようとしてたろ。」
「み…見ていたのか…」
え…逆にバレていなかったのか…
物陰に隠れてても結構目立ってたし、バレてるんじゃないかと思ってたけど…
ま、まぁその方がいい。
俺は、変わらず小さな声で話す。
「どうしていきなり告白しようとしたの?」
「…今日告白しないと、もう五十嵐と話ができなくなるんじゃないかと思って。」
…なるほど。
それで帰り道はあんなに落ち込んでたのか…
もうずっと五十嵐と話せなくなると思って落ち込んでいたんだな。
「でもその心配は必要なかったみたいだよ、葛城。」
「なに…?」
俺の目線の先には、笑って歩いてくる五十嵐と藤林の姿があった。
藤林はいつもと変わりないようだけど、五十嵐は心なしか頬が少し赤くなっていた。
いや、別に化粧をしていてチークが入っているという意味ではないのだけれど…
「葛城。今日、何か用事ある?」
五十嵐は俺達のところに来るなり言った。
葛城は少し目を丸くし、同じく緊張して答える。
「と、特に何もないが…」
「そうなんだ、それは良かった。」
俺は口を抑えて、二人にバレないようにニヤニヤと笑った。
葛城の緊張している様子がおかしくて面白くて、ニヤニヤ笑わずにはいられなかったからだ。
葛城は、そのまま口をつっかえながら五十嵐に訊く。
「そ、それで、五十嵐は俺に、何か用があるのか?」
「うん、今日バスケ部の見学に来てもらいたくてさ。」
「バスケ部?」
そういえば五十嵐はバスケ部に所属している。
この学校のバスケ部は強いらしくて、全国大会にも出場する部活なんだけど、まさか五十嵐はそのバスケ部のレギュラーなのだろうか。
「えと…葛城は背も高いし、バスケやったら上手そうだから見学だけでも来ないかなぁ〜って。どうかな…?」
「あ、あぁ…わかった…
放課後に見に行こう。体育館だな…?」
「うん。待ってるからね!」
そう言うと、五十嵐は葛城が見学に来ることが嬉しかったのか、上機嫌で俺達から離れていった。
鼻歌を歌って、素直…というより気持ちを露骨に現しながら離れていった。
これは…すごい変化だ…
以前は喧嘩して雰囲気が悪かったのに、水族館を一日二人っきりで遊んだだけで、ここまで仲良くなれるなんて…
当の葛城はまだ話すら上手くできないのだけれど、葛城も頑張ればできるもんなんだなぁ…
いや、これは葛城だけの力だけじゃないのかも…
もしかして、五十嵐と一緒に歩いてきた藤林が何かをしたのかも…
「藤林…何かした…?」
俺がそう訊くと、藤林は笑いながら答えた。
「ちょっとね。
葛城くんって、背が高いしガッチリしてるからバスケ上手そうだよね、言ったら。」
あぁ、なるほど…
大人しそうに見えるけど、藤林も策士だなぁ…
でも五十嵐は、少なくとも葛城を気になり始めてるんじゃないかな。
藤林が五十嵐に、葛城をバスケ部に誘うように仕向けても、普通はあまり進んでしないのではないのだろうか。
仲が良くないと誘わないのではないだろうか。
そう考えると、事は喜ばしい方に進んでいる。
このまま行くと、葛城は上手く五十嵐とくっつくだろう。
後は…
「葛城が上手く話せるようになればいいんだけどなぁ…」
「う…」
葛城もその点を悩んでいるようで、気まずそうな顔をしている。
「緊張して…上手く話せないんだ…」
「うん…よくわかるけど、頑張れよ、葛城…」
俺はたぶん、一度も恋をしたことなんてないからよくわからないけどね…
マンガとかで覚えた知識で今までアドバイスしてきたんだけどね…
「昨日から気付いてたけど、葛城って五十嵐のこと好きなんだね。」
「ば、馬場?!」
あ…そういえば昨日、馬場を口止めるのを忘れてた…
これはもう絶対バレてるよなぁとか思ってたんだけど、後回しにして忘れてしまったんだ…
俺と馬場は朝から一緒にいたんだけど、幸い誰にも話してないし、今も回りを気にしながら小声で話しているんだけど。
「五十嵐を彼女にしたいなら、遊びに誘ったりしないでさっさとコクっちゃえばいいんだよ。」
「お前な…それだからコクる度に振られるんだよ。
"向こう"で『コクり魔ババ』なんて異名も付けられるし。」
「そんなにコクってねぇよ!それにそんな異名もなかったよ!」
俺にツッコミを入れている馬場の横で、馬場にバレてしまった事によるショックで固まってしまった葛城。
俺は葛城を安心させようと慌てて言った。
「大丈夫だよ葛城。
こいつとは嫌になるほど一緒だし、他人に噂を広めそうになったら止めてやるから。」
「そうか…それなら安心だ…」
「ちょっと待て…嫌になるほどとはどういう事だ澤村。
おい澤村、聞いてんのか?お〜い。」
こいつは本当に信用ならねぇけど、葛城には俺と藤林が連いてるから大丈夫だぞ、葛城。
馬場を軽く無視しながら、俺はそう思って笑っていた。
馬場の声が少し大きくなってきたから人の耳に入らないか心配だったけど、俺は笑って馬場をからかっていた。
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放課後。
俺達は俺の席に集まった。
五十嵐に呼ばれたのは葛城だけど、葛城が心配だし皆で行こうか、と話が進み、俺達はみんなでバスケ部の見学に行くことになった。
こういう際だから言うけど、実は馬場は中学の時はバスケ部だったので、俺はたまにバスケの試合に応援に行ったりしていた。
その中学校のバスケ部はあまり強くなかったので、馬場はレギュラーで試合に出ていたのだ。
とは言ってもやはりそのバスケ部は弱かったので、俺も真面目な試合としてではなく、遊びの試合としてぼんやり応援していた。
しかし今度見るバスケ部は全国レベルだ。
馬場たちのバスケとは何か違うバスケが見られるのだろう。
でもはっきり言って、五十嵐の姿からはあまり強そうなオーラは漂ってこないのだ。
五十嵐って…なんと言うか、スタイルが良くて、ボーイッシュだけど華やか、ってイメージあるもんな。
だから俺は、おそらく五十嵐はレギュラーじゃないだろう。
レギュラーだったら、もっとゴツくて恐ろしい体型だろう、と想像していた。
体育館に入ると、バスケ部員の短刀の利いた声とボールの弾む激しい音が聞こえてきた。
たくさんの人がボールを追い掛け、各ゴールの前では3対3のゲームが繰り広げられている。
やっぱり全国レベルは一味違う。
ここで行われているバスケは、遊びのバスケなんかではなく、真剣で重みのあるバスケだ。
馬場のいたバスケ部に勝っていく、強いチームがプレイするバスケだ。
「あっ…あれ、五十嵐じゃないか?」
「あっ、ホントだ。」
遠くに見える五十嵐は、ちょうどボールを持ってプレイヤーを抜いていっているところだった。
抜ける時に右から抜けるとフェイントかけて、振り返ったと思うと左から抜いている。
そんな鮮やかなドリブルをしながらゴールまで走っていき、そしてゴールまで誰もいなくなったと思うと、五十嵐はボールを持って思いっきり跳び上がった。
「すげージャンプ力…!」
そしてゴールにダンクシュートされるボール。
すごい…勢いがあって格好良くて、正にスラムダンクだ。
「…すげー。」
「ま、まぁ…俺ほどじゃないがな…」
「どこかだ。お前のは試合じゃなくて遊びだろうが。」
「うっせぇ!」
俺たちのコントは放っておいて、藤林は静かに試合を見る葛城を気にかけていた。
葛城は、ジッと目を凝らして五十嵐を見ている。
「あ、あの…葛城くん…?」
「…」
俺も葛城の様子に気がついて、心配になって葛城に尋ねてみた。
「葛城…どうかした…?」
「…綺麗だ。」
「…」
俺はわかった。
葛城は本気で五十嵐に惚れている。
目を見開き、口を開け、顔が微妙に赤くなっている。
葛城が普通こんな表情するはずがない。
本当に心から惚れてしまったんだ。
五十嵐のバスケする姿に見惚れてしまったんだ。
俺は葛城が見惚れる様子を見て、少し笑ってしまった。
クールな葛城がここまで惚れるなんて、やっぱり珍しい事で意外だったからだ。
でも、手助けするなら、こういった本気で惚れている人を助けてあげた方が助け甲斐もあるものなんだろう。
「あっ、栄子ちゃんがこっちに気付いたみたいだよ。」
「えっ…」
ユニフォーム姿の五十嵐がこっちに歩いてくる。
俺達も一緒に来ている事に驚いたようで、少し慌てた様子で走ってきていた。
俺達の事はいいけど、葛城は緊張しないで上手く話せるだろうか…
「あれ、葛城だけじゃなくて、みんなも来たんだ。」
五十嵐は少し目を丸くしながら言った。
「いやぁ…何だか面白そうだからさ、葛城に着いてきたんだよ。」
「面白いねぇ…
まぁ、この部活に来て面白いで済めばいいけど。」
んっ…今、五十嵐がさらっと意味深な事を言ったような…
「ところで葛城。私のバスケ見たよね。」
「えっ…?」
「私のバスケ、どう思った?」
「えっと…それは……」
葛城は、率直に訊く五十嵐の質問に恥ずかしくなって黙ってしまった。
クールな葛城には五十嵐の素直さには恥ずかし過ぎたんだ。
でも頑張れ…
ここで思った通りの感想を言わないと、その素直さを持った五十嵐は、下手なバスケをしていると思い込んでしまう。
仲良くなる為には会話は必要なものだし…だから葛城…
「その…見惚れるほどキレイふぁ…」
なっ…噛んだっ?!
「…見惚れるほど綺麗だった。」
噛んだ事による恥ずかしさで、すらすらと言う葛城。
でも恥ずかしさによって気を落としてしまい、暗い言い方になってしまっていた。
「そうなんだ、ありがとう…
ていうか今…葛城、噛んだよね…」
「か、噛んだな…かなり派手に…」
「……」
葛城が噛んだ事によって白けてしまい、完全に静まり返る俺達。
そのまま1、2秒程白けたまま沈黙を作り、葛城は俺達の頭の中で、もう一度同じように噛むのだった。
そして俺達はブプッと勢いよく噴き出し、声を高らかに上げてアハハと笑った。
クールな葛城が、派手に台詞を噛んだ事がおかしくて、堪らずに笑ってしまったのだ。
それ対して葛城は黙って照れていた。
確かに今の噛み方は俺も相当恥ずかしいと思うよ。
馬場も笑い、藤林まで笑い、そしてごめん、俺も笑いを堪え切れない…!
「わ、笑うなお前ら!」
「ぶぷ…ご、ごめん葛城…
でももう堪えきれなくふぇ…」
馬場が葛城に止めを刺すように真似をする。
それによってまた笑いを堪えきれなくなり、葛城の顔はもう、半分は怒りで半分は照れで真っ赤になってしまっていた。
「馬場、お前…!」
『貴様ら何やっとるかー!』
葛城の声を遮るその声は、体育館に大きく響き、反響して三回ほど耳に聞こえてきた。
え…ちょっと待て…
聞き間違えじゃないよな…
この短刀の利いた怒鳴り声は…天から聞こえてきそうな怒声は…そうだ間違いない…!
キングコングだ!!
「それじゃっ、葛城、五十嵐、また今度な!」
「じゃあなー!葛城!五十嵐!
藤林、行こう!」
「あっ、澤村くん!」
『逃がすか新入りども。』
なにぃ?!
いつの間に俺らの前方に!
「ちょっと部室で話を聞かせてもらおうか、ふはははは…」
相変わらず恐ろしい形相を浮かべながら笑うキングコング。
俺らは「いい獲物を見つけたぞ」と言わんばかりのキングコングを目の前にして、二ヶ月ほど前に崖から落ちた時のような恐怖を覚えた。
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五十嵐除く、四人が連れ込まれた部室は、男子バスケ部の方の部室だった。
暗くて汗臭くて、とても綺麗と言える部屋ではない。
俺達が座らせられている椅子もギシギシ軋むし、その前の木製の机も、落書きされているし欠けていたりと汚なかった。
そんな女の子を入れられるような部屋じゃないのに藤林も一緒に連れ込むので、俺はキングコングの気が知れなかった。
空気も決して綺麗とは言えないし、藤林が変な病気にかかったらどうしてくれるというのだ。
「さて…お前らはどうして、部員じゃないのに放課後に体育館に来ていたのかな?」
「え、えーっと…」
━とキングコングを恨めしく思っていたけど、部室の暗さがより一層キングコングの怖さを引き立てていて、さらに机越しの椅子に座って睨み付けて来るので、俺は恐ろしくて上手く話せない。
文句なんて言ったら絶対に絞められそうだ。
そうやって口をつぐませていると、キングコングは訝しげに目を細め、俺を見ながら訊いてきた。
「もしや、お前ら…
大会前のこのバスケ部を邪魔しようと思って来たのではないだろうな?」
「そんな!滅相もない!」
助けを求めて視線を隣の馬場達に送ると、藤林は鼻を抑えて黙っていたけど、馬場達は目線を反らして俺を見捨てようとしてきた。
くそ…こいつら…覚えとけよ…
ていうか、バスケ部の顧問だなんて聞いてたら連いていかなかったのに!
「澤村。違うと言うなら問うが、なんで大会前で忙しいバスケ部に来た?」
キングコングの強い目力に圧倒され、身体中から冷や汗が流れ出てくる。
な…何を焦っているんだ…
俺達はただバスケ部の見学に来ただけじゃないか…
何も悪いことはしていない…!
「僕たちはただ見学に来ただけです!
邪魔しに来た訳じゃありません!」
こんな事情聴衆みたいな真似なんてしたくない、早くここから出してくれ!
「なるほど、見学か…
そういえばお前達二人は編入生だったな。
前の学校でも所属していて、この学校でもバスケ部に入りたいという事もあるだろう。
それで、お前達はバスケ部だったのか?」
「は…はい!」
その瞬間、全員の目が一気に俺に注がれる。
しまった…嘘をつく気はなかったんだけれど、勢いで嘘をついてしまった…
でも、やっぱり違うと言い直せない…!
キングコングの威圧感で口が動かない…!
「それならば、見学より体験入部した方がいいぞ!
この部活は目だけでは感じ取れないものがあるんだ。」
『えっ?!』
俺だけではなく、全員の声が重なる。
体験入部なんて冗談じゃない!
この世界から出る為の調査をしないといけないのに!
「今日から練習に加わっていいぞ。
だが俺たちは全国大会を優勝するつもりで練習している。
地獄並みにキツい練習だが、そういう部活なんだと思って練習しろ。
それでお前ら…体験入部期間のこれからの一週間、体験部員と言っても逃がさないからな。」
キングコングはそのような言葉を吐き捨てると、のっしのっしと部室を出ていった。
まるで「この部に入った事を後悔させてやるぜぇ…ぐわっはっはっは!」と言うような表情で…
逃がさないってどういう意味なんだ…?
一週間経つまでは、体験とは言え辞めさせないという意味なのか…?
それとも、体験じゃなくて本当に入部させるまで逃がさないという意味なのか…?
どうしてこうなった…!
俺たちはただ葛城に着いて見学に来ただけなのに、なんで体験入部させられてるんだ!
俺たちは椅子に座りながら、呆然とキングコングの去った後を見ていた。
そしてどんな練習が待っているのだろうと、恐怖しながら部室のドアを見つめていた。
そして翌日。俺たちは学校を休んだ。
葛城は知らないけど、俺も、藤林も、馬場も、全員家で寝ていた。
理由は1つ。全身筋肉痛になったからだ。
練習が酷すぎる…
練習がキツ過ぎてバスケ部の奴らを尊敬するほどだ…
毎日あんな練習しているなんて…
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「ま、まだ体が痛い…
やっぱり今日も休めば良かったかも…」
「そうだな馬場…
休んで調査しとけばよかったかもしれない。
それにしてもキングコング…
俺達はまだしも藤林まであんな練習させるなんて…!」
キングコングに男子と女子の区別はつかないのか?!
男子と同じくらいキツそうだったぞ!
「いやいや…澤村くん達が頑張ってるのに私だけ見てる訳にはいけないよ…」
「でも女子には手加減するもんだろ。
それなのにキングコングときたら…」
そう文句を言いながら教室に入ると、葛城がいつもと同じように俺の机に座っていた。
でもその隣には、いつもはいない人が立って葛城と話していた。
それはもちろん五十嵐だ。
何やら申し訳なさそうに葛城と話している。
「葛城、どうしたの?」
そのまま藤林たちと席に来ると、葛城は少し困っている様子で答えた。
「いや、五十嵐が部活の事を謝っているだけだ。
俺は別に五十嵐の所為だとは思ってないんだが…」
「でも昨日休んだのだって、部室の所為だったんでしょ?
葛城だけじゃなくて美郷たちまで休んじゃうし…
だから私、悪い気がしてならなくてさ…」
あぁ、五十嵐は自分の所為だと思っているのか…
俺は完全にキングコングの所為にしてるけどな…
「大丈夫だ五十嵐。誰も五十嵐の所為だとは思っていない。
気にするな。」
「うん、でも…」
あれ…葛城が五十嵐と普通に話せてるような…
「大丈夫だよ。
ほら、友達が呼んでるぞ。」
葛城に言われて廊下の方を見ると、五十嵐の友達が手を振って五十嵐を呼んでいた。
それを見て、五十嵐は決まり悪そうにしながら廊下の方へ行く。
俺は、普通に五十嵐と話せていた葛城を気にしながら、去っていく五十嵐を見ていた。
「澤村たち、少し話があるんだ。」
「えっ?」
そして五十嵐が見えなくなると、葛城は少し強ばった顔をして言った。
何だろう…
そんなに改まって、何を言い出すんだ…?
「あと4日。体験入部の期間が終わった後に、俺、告白するよ。」
「えっ…本気で…?」
「本気に決まっている。嘘でするかよ。」
葛城は少し照れていたけど、でも真剣で、真っ直ぐな目をして前を見ていた。
もう葛城は、以前の回りくどい事をしていて素直じゃなかった葛城ではなかった。
先程も緊張なしで五十嵐と話せていたし、もうこそこそと影で想う葛城ではなかった。
同じ同級生として言うのはどうかと思うけど、成長したんだな…
今まで葛城にアドバイスしてきて良かったと思えるよ。
俺みたいな経験不足な者のアドバイスを信じて、よく頑張ってくれたと思う。
そして今、俺にできる事は終わろうとしているんだな。
五十嵐とくっつくまで、あと少しまで来てるんだな。
俺は少し、そう感傷に浸ると、今まで導いてきた者として言った。
「…わかった。俺から言うことは1つだけ。
それまでにもっと仲を深めとけ。」
「あぁ、そのつもりだ。その為に間を置くんだから。」
…なんとなく成功しそうな気がする。
葛城は前の葛城と変わって五十嵐の心を得ようと前向きであるし、五十嵐は葛城を、少なくとも気になってきている。
何より、何だか葛城に自信があるように見えて、葛城の瞳に希望の光があるような気がしたからだ。
でも回りくどくて素直じゃなかったのになぁと少し笑っていると、藤林が指で俺をつついてきた。
「澤村くん。
澤村くんって、こういう恋愛の事をよく相談されるの?」
「そうだな…
うん、よく考えてみれば相談されてたな。
自分の事については疎いのにさ。」
「へぇ…」
心なしか、何だか藤林の頬が赤いような気がした。
何でだろう?
葛城が告白すると聞いてドキドキしてきたんだろうか。
まぁ、いいか。
これから忙しくなるし、俺は宿題でも進めておこうかな。
残り3日はバスケ部に練習に嫌でも行かないといけないし、調査の為に少しでも時間を稼がないと…
それから残り3日。
俺たちはキングコングの言った通り、地獄のように酷い練習を続けた。
具体的どんな練習だったかは、恐ろしくて言えない…
とにかく思い出そうとしただけでも、恐ろしくて粟立ちそうな練習だった。
サボろうと逃げ出したら、練習より酷い"カムサツカ体操"をさせられるので、逃げ出す訳にはいかなかった。
思えば、キングコングに部室に連れ込まれた時に、体験入部したくないとはっきり言えばまだ天国だったかもしれない。
キングコングの威圧感に圧倒されたばかりに、俺達は地獄を味あわされる羽目になってしまったんだ…
でも…練習の合い間の休憩には、葛城と五十嵐の楽しそうに話をする姿が見られた。
五十嵐が楽しそうに笑い、緊張が解けた葛城も嬉しそうに笑うのだ。
話を聞いたら、五十嵐と話せるならバスケ部に入ってもいいかもしれないと言うほどである。
そんな葛城たちを見る度に、俺は何だか嬉しくて、バスケ部に入れて少しは良かったかもしれないと思うのだった。
そして体験入部期間が終わり、翌日の日曜日…
「大丈夫?葛城。」
「大丈夫。水族館の時みたいに、今度は邪魔も入らないと思うし。」
場所は公園。
今日は学校が休みだからここに呼び出して、五十嵐に告白する。
俺たちは公園から離れた場所で、物陰に隠れながら双眼鏡を持って待機だ。
少し野暮かもしれないけど、葛城も了承してくれてるし、見守るくらいいいよね。
「ねぇ、澤村くん。」
「なに?藤林。」
「この公園って…」
「うん。
俺たちがイアルスに落ちてきた時にいた公園だよ。」
そう。あの、展望台が特徴の大きな公園だ。
午前中だから、今は俺たちの他に誰もいない。
けど、藤林はそういう事を気にしている訳ではないのだろう。
「大丈夫だよ。葛城がアースに落ちる事はないと思う。
俺たちは何回かこの公園に来てるんだし、そんなに頻繁に"神隠し"が起こる訳じゃないだろう。」
「そう…だよね。」
藤林は少し安心したようで、葛城の方へ目線を直した。
待ち合わせの時間まで、あと30分か…
なんだか待ち合わせ時間まで待ちきれないけど、落ち着いて待とう。
俺も藤林と同じように、前を向いて待っていた。
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俺は、公園の展望台で、町の景色を眺めながら一人で待っていた。
遠くで澤村たちが見ていて見守ってくれていても、もう一緒にいる訳ではない。
今までアドバイスをくれたように、告白する事に力を貸してくれる訳でもない。
だから俺は今、一人だ。
一人で、自分から五十嵐に告白するんだ。
この、ずっと培ってきた俺の気持ちを五十嵐に伝えるんだ。
…でも、上手く伝えられるだろうか。
今でも俺の心臓は激しく鼓動を打っていて、緊張してしまっている。
ようやく五十嵐と上手く話せるようになったかと思ったのに、こんな状態では告白はおろか、話も上手くできないのではないだろうか。
水族館の時もそうだった。
告白しようとしたら、緊張して話もまともにできず、やっと告白の話を切り出せたと思ったら邪魔されてしまうし…
だから今回も、告白は失敗に終わってしまうのではないだろうか…緊張して上がってしまって、五十嵐に変に見られて終わるのでないだろうか…
そんな考えが俺の頭の中で激しく渦巻いていた。
渦巻きながら、五十嵐を待ちながら、ただ約束までの時間が刻々と経っていくだけである。
その時間は異常にも長く、マイナス的な考えも渦巻いているので、俺は時間に押し潰されるような感覚に襲われながら、この町を眺めていた。
しばらくして携帯電話で時間を見てみると、待ち合わせの時間から二分が経っていた。
どうやら、五十嵐は遅れるらしい。
しかし、五十嵐が遅れると考えると、俺はまた不安が募り、そしてまだ答えも聞いていないのに失恋したように心がずきずきと痛んだ。
これから告白というのに、もしも失恋してしまったら、俺は一体どうなってしまうのだろう。
部屋に引きこもるほど落ち込んでしまい、最悪は自殺にまで追い込まれてしまうのかもしれない…
…いや、できるだけ前向きに事を考えよう。
五十嵐はきっと、事情があって遅れているだけだ。
もしかしたら、俺と会う為に目一杯おしゃれしているから遅くなっているのかもしれない。
しかし、その時だった━。
「え……五十嵐…?」
俺は一瞬、頭に何かがよぎったのを感じた。
五十嵐の姿が、パッと頭に浮かんできて消えたのだ。
そして、俺は今までとは違う不安に襲われる…
空も、雲に半分包まれていて風が少し強く、何だか怪しい雲行きである。
その雲が更に胸を騒がすが、理由がわからない為に、俺はどうする事もできなかった。
俺は雲が空を包んでいくのを見上げる事しかできなかった。
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「葛城…」
「…」
時計はもう既に約束の時間から1時間が経っていた。
葛城は酷く落ち込んでいて、なんとかして励ましてやりたいのだけど、なんだか声を掛けづらいほど元気をなくしていた。
しかし俺は、苦し紛れに笑いながら励ます。
「き、きっと五十嵐は用事があって来れなくなったんだよ…!」
「そ、そうだよ!
だから今日は、気分転換にみんなでカラオケでも行こうよ!」
「…うん。」
俺は今…葛城の為になることをしているのだろうか…
葛城はたぶん、カラオケボックスに行っても歌わないだろうし、今は一人していて、放っておいてほしいのかもしれない…
俺の励ましを迷惑に思っているかもしれないんだ。
俺が今やっていることは、単なる自己満足かもしれないけど、でも俺は、葛城の為に何かをしてやりたくて、一緒にカラオケボックスに連れていくのだった。
葛城に元気を取り戻してほしかったのだった。
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俺はカラオケボックスに行っても、一曲も歌わなかった。
ソファに座って、ただ澤村たちの歌っている姿を眺めているだけで、ぼーっと五十嵐の事を考えながら落ち込んでいるだけだった。
澤村たちは口には出さないけど、さりげなく熱狂系の曲ばかり歌っていて、俺を励ましてくれたのだが、俺は不安な思いが募るばかりで、終始落ち込んでいた。
澤村たちには、色々と手伝ってくれたし、今もこうして励ましてもらっていて感謝はしているのだが、でも俺は…どちらかと言えば、今は一人になりたかった。
家に帰ってベッドに潜り込み、朝まで寝ていたかった。
それでもカラオケに着いて行ったのは、澤村たちを…友達を大切にしたかったからである。
俺は五十嵐の事で落ち込んでしまっていたのだが、その事は忘れなかったのだった。
「カ、カラオケ楽しかったな!
なぁ葛城!」
「あぁ…」
そして店を出ると、澤村は作り笑いで言ってきた。
それに合わせて、俺も無理矢理に笑顔を作る。
ちゃんと笑えているかはわからなかったが、どうにかして笑おうと顔を作っていた。
「じゃあ…日も落ちてきたし、そろそろ帰るか!」
「…そうしようか。」
澤村以外のみんなも笑顔を作り、ニッコニッコと笑っている。
藤林も馬場も、みんな俺を励まそうと笑ってくれている…
そう考えると、渦を巻いていたマイナス思考の勢いが収まってきて、何だか俺は元気を取り戻せてこれたような気がした。
みんなが俺の為にできる事をしようとしてくれている事が嬉しくて、なんだか感動してしまったのだ。
こんなに励ましてくれているのに、俺はうじうじと落ち込んでいてなんて情けないのだろう…
お礼を言おう…
澤村に、みんなに、励ましてくれてありがとうと言おう。
そう思っていた時…俺の携帯電話がポケットの中で、歌と共に震え始めた。
電話…?誰からだ?
「えっ…五十嵐…?」
画面に映し出される五十嵐の文字を見ると、俺は急いで回線を繋いで耳に当てた。
『もしもし?葛城さんですか?』
「はい、葛城です…」
しかし電話の相手は、五十嵐ではなく、知らない女の人だった。
でも…少し様子が変だ。
声が震えていて、何だか…
『私は五十嵐 栄子の母親です。栄子の伝言を伝えに電話しました。
今日は行けなくなった、ごめんね、と…』
「え…ちょっと待ってください…
どうして…来れなかったんですか…?」
やっぱりだ、泣いている…
電話の向こうの女の人は泣いていて、鼻をすすりながら電話をしている。
その様子からして、俺はもう嫌な予感がしていた。
五十嵐の母親の言うことを、察した気がした。
『うう……栄子が…栄子が交通事故に会って…今、上総中央病院に…』
その一瞬で俺の頭がイカれた。
頭に電撃が走って麻痺してしまったようで、電話を落としてしまいそうになった。
五十嵐の安否が心配になり、俺は我を忘れてしまった。
そして俺は全力で病院に走り出す。
真っ直ぐと、五十嵐のいる病院まで全力で…
俺の後ろで澤村が大声で俺を呼んでいる。
しかし俺の耳には全く入らない。
五十嵐の事を頭が麻痺するほど心配している俺には、周りの音が聞こえず、周りを見る事もできずにひたすら五十嵐のところへ走るのだった。
横断歩道も、信号を無視して全速力で渡るのだった。
10分ほど走ると、目的の病院が見えてきた。
玄関から入って、受付で五十嵐の部屋の番号を聞き、階段を二段飛ばしで上って部屋の前まで向かった。
そして五十嵐の部屋の前まで来て、目を丸くしている五十嵐の両親を見つけると、俺はやっとの事で我に帰った。
ぜぇぜぇと荒れた息を整えながら、俺は下を向いて休んでいた。
息が苦しくて、しばらく膝を抑えて激しく呼吸をしていた。
なんとか歩けるまで息を整えると、俺はまだ驚いている両親に一礼して、五十嵐の部屋へと入っていった。
両親は、俺を止める事をせずに、心配そうにしながらも部屋へと入れてくれたのだった。
そして俺が見た五十嵐の姿は、頭と右目に包帯が巻かれ、腕にもぐるぐると包帯が巻かれた痛々しい五十嵐だった。
幸いにも意識はあるようで、苦笑いを浮かべて、俺を迎え入れてくれたが、あまりにも酷い…
どうして五十嵐がこんな怪我を…
「やぁ…葛城…」
「五十嵐。目は大丈夫か?頭は?腕は?」
五十嵐の意識があるだけでも少しは安心だが、今はどんな状態か知りたい。
骨折はしてないか。
頭蓋骨に損傷はないか。
目はちゃんと見えるかどうか。
「だ、大丈夫だよ。包帯の場所はそんな酷くないよ…
軽い怪我なのに、医者が少し大袈裟に巻いたんだ。
…ただ。」
「ただ…?」
なんだ…?
まだどこか、怪我したところがあるような言い方だ。
どこだ…?その怪我は…?一体どこを怪我したんだ…?
「足、なんだ…」
「足か…じゃあ五十嵐、足を見せてくれないか?」
「い、嫌だ…
いや、それ以前に…もう私は…」
「え…?」
横を向いてうつ向いてしまう五十嵐。
まさか…見せられないほど酷い怪我なのか…?
そんな、そんな酷い怪我を…
…あれ?いや、嘘だろ?何かの見間違いだ。
だってそんな…五十嵐の足が見えないなんて…
布団の盛り上がりが2方向に分かれた後、途中で切れているなんて…
俺は自分の見間違いだということを確かめたくて、五十嵐を見つめていた。
信じられないと言うような表情をして見つめていた。
しかし五十嵐は震えた声で言った。
残酷な事を…はっきりと…
「ないんだ…もうないんだよ、私の足が…
膝から先、なくなったんだ…」
to be continued-