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改訂”自分の生きる場所” 第八話 病院脱出、澤村は闘争
作者:武装ネコ   2011/02/27(日) 21:54公開   ID:/dkVrdlA.nE




「よっ、五十嵐。」


「元気?栄子ちゃん。」


「澤村、美郷…」


葛城との事件から翌日。

私は訪れた澤村と美郷を、無理矢理に笑顔を作って迎えた。

でも昨日の今日だ。

笑っているかどうかわからないし、心から笑えるはずなんてない。
できるのは、手を軽く振る事くらいだ。


「杏仁豆腐、買ってきたよ。栄子ちゃんがこの前好きだって言ってたの、思い出
したから。」


「そ、そうなんだ…ありがとう…」


「ほら、スプーンと杏仁豆腐。」

澤村が袋からそれらを取り出して、笑って渡してくれた。


スプーンですくって食べると、濃厚でまったりとした甘い味が広がる。

口当たりも良くて、後味も良くて、おいしい杏仁豆腐だ。


でも私は…葛城が最初に買ってきてくれたプリンを食べたかった。
あんな酷いことを言ってしまう前の、葛城があのプリンを渡してくれた日に、私
は時間を巻き戻したかった。


「あの…葛城は…?」


もう既に、私と葛城の間に何があったか察していて、心配して黙っている二人に
私は訊いた。


「ねぇ…葛城は来てないの…?途中で会ったりしなかった…?」


私が泣きそうな顔して訊くので、二人は更に心配そうな顔をして互いを見た。


「葛城くん、病院に行こうって言っても、行かないって言って来なかったの…
何回か訳を聞いたんだけど、何でもないの一点張りで…」


その言葉を聞いて、私はまた悲しくなり、涙が込み上げてくるのがわかった。

やっぱり私は、葛城を深く傷付けてしまったんだ…

葛城を裏切るような事をしてしまったんだ…


「…何か、あったんだな。」


私の目から一粒、二粒の涙が流れる。

私は鼻をすすりながら頷いた。


「私の所為なんだ…
私が、バスケができない悲しさを堪えきれなかったから…
バスケ雑誌を持ってくる葛城に…その悲しさをぶつけちゃったから…」


葛城が落ち込んでしまって、学校を行かなくなってしまったらどうしよう…

いや、それならまだマシなのかもしれない。

下手をしたら、葛城は今、生きるか死ぬかを選んでいるかもしれない。

私は、葛城の命を奪ってしまうかもしれないんだ。


ダメだ…そんなのはダメだ…

こんな私の所為で、こんなダメな私の所為でそこまで傷付くなんて…


…そう思うのに、どうして私はここにいるのだろう。

こんなところで寝てたりしないで、早く葛城のところへ行って謝りたいのに…!

足さえあれば、病院を抜け出して葛城の家に行くのに…!


「五十嵐……今、見せるべきじゃないかもしれないけど、葛城から預かったもの
があるんだ。」


「葛城、から…?」


そうして涙を流していると、澤村は言った。

葛城から…一体何が…?


「…これ、なんだよ。」



澤村が持っていた鞄から取り出したものは…またバスケの雑誌だった。

葛城がいつも買ってきていたバスケの雑誌の一つだったのだ。


でも私はそれを見て、一瞬驚いて拒絶したものの、あまり悲しい感情にはならな
かった。

理由はわかる。

もう、バスケができない悲しみよりも、葛城を傷付けてしまい、失った悲しみの
方が比べ物にならないくらい大きいからだ。


やっぱりバスケができないのは悲しいけど、罪滅ぼしの為なら…葛城の為なら…

私はそう思い、ゆっくりと無言でその雑誌を受け取った。




「あれ…この付箋…」


受け取って、ジッと感慨深く雑誌の表紙を見ていると、私は気付いた。


「ねぇ…この付箋って、澤村逹が貼ったの…?」


「いや…俺達は貼ってないけど…」


澤村逹が貼ってない、という事は葛城が貼ったという事だ。

なら葛城が私に気付いて読んでほしいページという事だ。


私に責められたというのに…それでも私に知ってほしいバスケの事って、一体何
なのだろう…

もしかして、裏切ってしまった私を、今度はわざと悲しくさせるような事ではな
いだろうか…


そう思って、私は思わず喉を鳴らして恐る恐るそのページを開いた。





しかしページには、バスケットボールを持って、車いすを駆らせる人達が写って
いた。

バスケと同じようにボールをゴールに投げ、リバウンドを奪って自分のゴールに
また駆けていく、そんなバスケの試合をする人達が写っていた。


そのバスケは、ドリブルがないことと、車いすを使うこと以外はバスケそのもの
で…

私はその写真を見た瞬間に、足を失った私にも、参加できるバスケがあるんだと
感激した。


そして…私は葛城の事を思い出す。


私は、葛城にあんな酷いことを言ったのに…裏切るような真似をしてしまったの
に、葛城はまだ私の事を思ってくれているんだ…

私の為に、車いすバスケを見つけてくれたんだ…


私はしばらくそのページを見た後、再び大粒の涙が流れ出てきて、雑誌を読みな
がら嗚咽した。

澤村逹の目を気にする事なく、涙を流して涙を拭った。


「かつ…らぎ……かつらぎぃ……うっ……」



私に責められたと言うのに…責めてしまったと言うのに、葛城は私のことを、嫌
ったり憎んだりせず、むしろ私が幸せになるように願ってくれているんだ。

この車いすバスケットボールをして、少しでも悲しみを取り除いてくれようとし
てくれているんだ。


私の目から葛城への愛しさと罪悪感がぼろぼろと流れた。

昨日からずっと涙を流し過ぎて、もう既に目の下が赤くなっているのに涙は絶え
ず流れ出た。


そんな私を見て、無言で立っていた澤村が唐突に言う。



「…行こう五十嵐。今から葛城の家に。」



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俺達は、五十嵐を連れて病室を出た。

看護婦さんや医者に見つかると、間違いなく止められるけど、退院まで大人しく
待ってなんていられない。

なんて言われようと五十嵐を葛城に会わせてやろう、俺はそう思っていた。


病院を出るのに一番の難所は、受付の前だ。

見通しが良くて受付の人に見つかって、看護婦さん逹を呼ばれてしまう。

それに車いすを押しながらだと、目立ってしまって見つかりやすいんだ。


でも今日は、幸運にも日曜日だから患者が多いし、木を隠すなら森の中、雑踏に
紛れてしまえば見つからずに抜け出せるはずだ。


俺たちはタイミングを見計らい、できるだけ平静を装いながら玄関の自動ドアに
向かった。

うまく人だかりに紛れているし、これなら抜け出せる!

そう思った時だった。


「ちょっとそこのアンタ逹!どこに行く気だい?!」


ヤバい!見つかった…ってキングコング?!

なんでキングコングが、ナース服を着て病院にいるんだ?!

いやもしかして…キングコングの娘さんか?!

だって、そうとしか思えないほど似ててゴツいし…ていうかあんな人、病院にい
たっけ?!


「ど、どうする澤村くん…?!」

藤林の声で目を覚ます。

い、いけね…そんな事考えてる場合じゃなかった!


「は、走れぇ!」


俺が車いすを押して、一斉に走り出す俺達。

それを見たクイーンコング(今、命名)の足も早歩きから走りに変わり、ドスドス
と追ってくる。


「逃げる気かい?!絶対に逃がさないからね!」


「うわわ…こえぇ!」


自動ドアから病院を急いで出て、駐車場を全力で駆ける。

それでもクイーンコングは追ってきて、段々と距離が縮まって迫ってくる。


くそ…車いすを押しているこちらは不利だ…

奴は重そうな割には速いし、このままでは捕まってしまう…!


「藤林…五十嵐を連れて先に行ってくれ!」


「えっ?!」


「俺が奴を…クイーンコングを抑えるから…
だから藤林は、五十嵐を葛城のところへ連れて行くんだ…!」


「澤村くん…」

「澤村…」


…正直言うと、俺はクイーンコングを抑えられるかわからない…

俺は力には自信があるのだけど、あんなに大きくてゴツい体を見るとその自信も
なくなってくる。


でも抑えるんだ。

どんな姿をしていても、相手は女だ。

男の意地にかけても抑えてやる。

「だからほら、頼む藤林。車いすの取手を握ってくれ…!」


「……わかった。気を付けてね。」


「うん…」


藤林が、心配そうに五十嵐の車いすを押していくのを見ると、俺は足を止めてク
イーンコングの方に振り向いた。



----------------------------------------------------------



「澤村は大丈夫だろうか…」


「…大丈夫。大丈夫だから、栄子ちゃんは葛城くんの事を考えてて。」


「う、うん…」


車いすは速いスピードで走っていて、カラカラと音を立てている。

澤村の姿は、道の角を曲がったのでもう見えない。


葛城の事も心配だけど、私は澤村の事も心配になっていた。


「ねぇ美郷…澤村は…」

「大丈夫だよ。」


美郷は私の声を遮って言った。


「相手は看護婦さんだよ?
怪我になるような事はきっとしないよ。」


美郷の声は、私じゃなくて、まるで自分に言い聞かせるように聞こえた。

美郷も澤村を心配してるんだ。


「うん…大丈夫だよね。看護婦さんなんだから。」


「そう…看護婦さんなんだから…」



----------------------------------------------------------



俺は看護婦さんにふっ飛ばされていた。

ラグビー選手が繰り出すような、恐ろしいタックルを受けて。


なんで俺も、タックルを繰り出さなかったのだろう…

そうだ…俺は、姿がどうであれ女だと手加減していたんだ…

手で肩とかを抑えるだけで、痛め付けるような真似はしないようにしていたんだ


それに看護婦は、怪我になるような事はしないと思っていたし、あまり荒っぽい
事にはならないと思っていたんだ。

その結果がこれかい…

看護婦に…クイーンコングにふっ飛ばされるなんて…


「いっだぁぁ〜!」


俺は、駐車場のアスファルトに背中から落ちるとこう叫んだ。

タックルを食らった胸はもちろんだけど、背中も服が破けて擦り傷だらけになっ
たのだろう。

背中がヒリヒリと痛んでくる。


でもクイーンコングは、そんな事も気にせずに藤林逹を追おうとする。

倒れている俺の横を通ろうとした。

しかし━。


「逃がすか!」


俺がクイーンコングの足に、両手でしがみついてそれを止める。

胸がジンジン痛むけど、背中が痛むけど、五十嵐逹を捕まえさせるもんか。


「こいつ…離しな!」


当然、クイーンコングは俺を引きずってでも行こうとするけど、俺は必死に足に
しがみついていた。

蹴られても絶対に離すまいと掴んでいた。


「うぉぉ!行かせるかぁあ!」



----------------------------------------------------------



「…栄子ちゃん、着いたよ。」


「え…?」


車いすは、家が並ぶ住宅街の中で止まっている。

バスが通るような大きな道があって、その両側に、家が並んで建てられている道
がある。

昔のアンテナのような形をしている住宅街だ。


私達はその大きな道のところにいた。

家が並ぶ道の角にいた。


「でも私…葛城の家は初めてで…」


「左側の三番目の家だよ。
私はここから見てるから、後は頑張って。」


「…わかった。ありがとう美郷。」


本当にありがとう、美郷。そして澤村。

私がここまで来れたのも、葛城という良い人に会えたのも、二人のお陰だよ。

…今度は、葛城と一緒に、私たちが二人を後押ししてあげるからね。


私はそう思いながら、葛城の家の玄関まで車いすを押した。


…葛城は今、どうしているだろうか。

ベッドに横になって泣いているのだろうか。

それとも、ふてくされて寝ているのだろうか。


何を考えても葛城が笑っている姿を想像できない。

私が葛城を責め、私が葛城を傷付けてしまったのだから。


いやでも、それを謝る為に私は葛城の家に来たんだ。

早くチャイムを押そう…早く謝って葛城の悲しみを取り除こう…

そう思って、私は葛城の家のチャイムを鳴らした。


長い沈黙が訪れる。

短いはずだけど、長くて辛く感じる時間が。


その短い間に、私は色々な考えが浮かんできた。

ここまできて、私は葛城が会ってくれないかもしれないと思えてきた。

葛城が渡してくれたあの雑誌は、私を見限るつもりで渡したのかもしれないし、
葛城は私に愛想尽かして、もう話したくないと思ってるかもしれないと。


私はそんなことを考えていると、次第に目頭が熱くなって目に涙が滲んできてし
まった。

ダメだ…こんな顔では葛城に会えない…

葛城に会っても、涙を流さないで素直に謝ろうと思い、急いで涙を拭う。


そうしている内に、葛城はドアを開けて出てくる。


「五十嵐…?なんでここに…?」


「か…葛城ぃ…」


しかし私は、葛城の顔を見ると、顔を歪めてボロボロと泣き出してしまった。

驚いている葛城は、目を丸くして私に歩み寄る。


「ど、どうして泣いているんだ…?
俺は…また五十嵐に何かしてしまったのか…?」


「違う…」


私は、何度も何度も涙を拭いながら言う。


「葛城に会いたかったから…」


「え…?」


「葛城に会って、昨日の事を謝りたかったから…」


葛城の困惑している顔をよく見てみると、目元が赤く腫れていた。
今までたくさん泣いた事がわかり、私はさらに申し訳なくなってくる。


「私、あれから一杯泣いたんだ…
一杯泣いて、後悔したんだ。
どうしてもっと我慢できなかったんだって…どうしてもっと葛城の事を、思えな
かったんだって…」


「五十嵐…」


「それに、私、思ったんだ。
こんなの…バスケができなくなるよりずっと悲しいって。
葛城がいなくなるなんて、悲しすぎるって。」


「え…」


涙がボロボロ流れる。

それでも私は、葛城を見上げて話を続ける。



「…だから葛城。
これからずっと…これからもずっと私の側に…」

「五十嵐…!」


葛城は、私の言葉を遮って強く抱き締めた。

地面に膝を付けて、車いすに座っている私を抱き締める。


私はいきなりの事だったので少し驚いてしまったが、その事によって葛城が堪ら
なく愛しくなり、腕を葛城の背中に回して抱き締めた。

葛城の耳元で、呟くように話す。


「葛城…側に、いてくれるよね…?
迷惑じゃ、ないよね…?」


「迷惑なもんか…
喜んでお前の側にいてやる…だからずっと一緒だ…」


葛城はそう言って、私に唇を重ねてきた。

感に堪えているのか、目に涙を溜めて。


私も葛城が私を許してくれた事が嬉しくて、涙を流しながら唇を這わせた。

もう葛城が好きで好きで堪らなくて、とても胸が熱くて、私はそれを表すように
葛城を強く抱き締めて、ずっと愛し合っていた。


















クイーンコングとの戦闘も終わり、俺はクイーンコングから逃げて藤林の家にい
た。

二人を追って葛城の家に行く途中で藤林に会い、無事に藤林と帰ってこれたのだ



体はもちろん擦り傷だらけで、服もボロボロなんだけど…

でもそれほど酷くないし、我慢できるような傷だから、俺はあまり気にせずにい
た。


「澤村くん!消毒するから早くそこに座って!」


「だ、大丈夫だって…このくらい心配するほどじゃ…」


「だめ!ちゃんと消毒しないと化膿しちゃうんだから!」


「わ、わかったよ藤林…」


でも藤林が、血相を変えて俺を居間のこたつの前に座らせる。

俺は渋々と、藤林の言う通りに座った。


「まずは腕から消毒するから、腕出して…!」


「う、うん…」


藤林が、救急箱からマキロンを出して、腕の擦り傷に消毒液を掛ける。

するとすぐに痛みが傷に走ってきた。


「いたたた…」


「痛いけど、我慢してね…」


真剣な顔で、腕の傷を処置する藤林。

なんだか、クイーンコングよりも優しくて綺麗で、恐ろしいクイーンコングより
もずっと看護婦らしく思える。


…こんな看護婦さんの相手なら、喜んで引き受けるのになぁ。


「それで、五十嵐は葛城に謝れたのか?」


「うん。無事に仲直りして、葛城くんが栄子ちゃんを病院に送って行ったんだよ

その後は見てないんだけど…」


う…そういえば、葛城が五十嵐を病院に帰したら、葛城が質問責めに合うに決ま
ってる。

葛城が連れ出したと疑われるかもしれないし、下手したら、葛城が五十嵐の両親
に嫌われてしまうかもしれない。


なんだか葛城に悪いことした気分だけど…五十嵐がなんとか弁解してるよね…


「葛城は、五十嵐になんか言ってた?」


「言ってたっていうか…その……」


藤林が顔を赤くして口ごもらせている。

五十嵐逹に何かあったのだろうか。


「と、とりあえず、二人は上手くいって、今は恋人同士だよ。」


「ホントに?!へぇ〜良かったなぁ。」


藤林が、照れながら顔を綻ばす。
そうかぁ…ようやく叶ったのか…
良かったなぁ葛城。


「と、ところで…どうしてあの看護婦さんから逃げてこれたの?」

「うん。とりあえず藤林と別れてからの事を話すと、俺は看護婦さんを抑えよう
としたけど、タックルされて背中から地面に落ちたんだよ。」


「え…タックル?!」


「そう、女だからって手加減してた俺に構わずにね。
でも俺はクイーンコングの足にしがみついて行かせないようにしたんだ。」


「それでこんな傷を…」


藤林は痛そうな表情をしながら傷にバンソウコウを貼る。

クイーンコングが誰の事かは、察してくれているのだろう。


「最後は蹴られて俺は足を離しちゃったんだけど、その時はもう十分抑えつけら
れてて、
それでもクイーンコングは諦めずに追っていったから、俺は隙をついて逃げてこ
れたんだ。」


「へぇ……頑張ったんだね…」


腕の処置が終わり、藤林は、手を優しく俺の手に添える。

傷をジッと、労る目で見られて、俺は何だか胸がドキドキした。


「じゃあ、次は背中を消毒するから、服脱いで。」


「えっ?だ、大丈夫だって…」


「だめ。背中が一番酷いんだから、消毒しなきゃだめ。」


「わ、わかったよ…」


また渋々と服を脱ぐ。

Tシャツを脱いで、上半身裸になった。


「あ…」


「えっ?藤林、どうかした?」


「い、いや…何でもない…」


藤林が、照れた様子で俺の後に回る。

もしかして、裸という事に照れてしまっているのだろうか。

藤林は純粋で、裸に弱いという事なんだろうか。

…と考えていると消毒液を掛けられた。

背中の傷がジンジン痛む。


「いつつ…」


「が、我慢して…」


俺は藤林を純粋と言ったけど、なんだか俺も緊張してきてドキドキしてきてしま
っていた。

別に男友達に見せても俺はなんとも思わないし、それどころか聡美の前でも平気
で着替えていたのだけど、
藤林の前で脱いでいる今は、何故か緊張してドキドキするのだ。


だから、二人で緊張しているので、俺達は黙り込んでしまった。

藤林の両親の美奈子さん逹は、共働きで居るはずないし、馬場は今日は"ある用事"
で居ないから、この家には今、俺と藤林しかいない。

それが一層静けさを大きくして、緊張を引き立てている。


俺はなんとか沈黙を破ろうと話題を探すけど、藤林にドキドキして上手く見つけ
られなかった。


「澤村くんって…背中、広いんだね…」


「え…」


先に沈黙を破ったのは、藤林だった。

でも、緊張は全く解けていない。藤林の声も呟くような声だ。


「筋肉も結構あるみたいで…ない訳ではないみたいだし…」


藤林が、バンソウコウを貼った手で、ゆっくりと俺の背中を一撫でする。


その行為がやけに背中を刺激して、俺の胸は、先ほどよりも激しく鼓動を打ち始
めていた。



「藤林…?」


「ご、ごめん…部屋に行くね…
バンソウコウはもう貼ったから…」


そう言って藤林は、急いで居間を出ていって階段を上っていく。

顔はよく見えなかったけど、髪の間から見えた耳は、真っ赤だ。


「藤林…」


自分一人になった居間で、同じく顔を真っ赤にしている俺は、思わずそう呟いて
いた。

しかしすぐに我に帰り、高ぶる本能を落ち着かせて理性を取り戻す。


「も、もしかして…俺は藤林を……
いや…今は、自分の事より五十嵐逹の事を考えよう…
まだ一つ、やることが残ってるんだし…」


そう自分に言い聞かせ、鼓動する心臓をなだめる。

そうだ…今は考えるのを止めよう…

葛城逹の事もあるけど元々の調査もあるし、まだやり残した事もあるんだ…

そう…まだやり残した事が…





----------------------------------------------------------





病院を抜け出した日の事は、あまり大事にはならなかった。

あの日の事を、大事にならないように、両親が葛城達を悪く思わないようにと私が病院と両親に上手く説明したからだ。

クイーンコング(澤村 命名)に澤村はどこに逃げたのかと訊かれたけど、別れてから会ってないと一点張りに嘘を言っていたら、悔しそうに歯を軋ませながら怒っていた。

なんでだろう…

澤村を庇う為だけで自分に何のメリットもないのに、私はノリノリでおちょくるように嘘を言っていた。

きっとキングコングに似てるから、バスケ部で練習していた時の辛さをぶつけているのだろう。


その時のついでに、両親に葛城を恋人だと紹介しておいた。

毎日お見舞いに来てくれて元気付けてくれた大事な人だと言っておいたから、葛城を悪く思う事はないだろう。

まぁ…別の見方をすれば、葛城は悪く思われてるかもしれないけど、それはそれで両親と葛城は上手く接しられているし、心配はいらない。



そうして私は入院生活に戻り、それから長い時が経った。

葛城がお見舞いに来るのを楽しみに待ち、葛城と楽しく過ごす日々。


その時間はとても希望に満ちていて、事故があった事など感じさせないくらい楽しい時間だった。

そして葛城とどこか遊びに行く約束をしたり、葛城が教えてくれた車いすバスケを早くやりたくて、退院への想いが募る時間だった。


退院まではまだまだ時間も掛かるし、そうなると普通は出席日数が足りなくなって留年してしまうのだけど、担任の先生が特別に進級する条件を出してくれたんだ。

各教科の教科書の内容をレポートに書き、テストで合格点を取るという条件だ。

なんだ…キングコングの特訓に比べれば簡単な事だ。

テストだって、葛城と懸命に勉強すれば、何も問題ない。


でも…葛城が私を立ち上がらせてくれなかったら、できただろうか…

足を失った事に落ち込んだままで、レポートを一枚も書かずに留年していたのではないだろうか…


そう考えると、やっぱり葛城が尊くて愛しい。

本当に感謝しなければいけないと思っている。

一回崩れてしまった橋を、葛城が建て直してくれたんだから…





そして病院を抜け出した日から、一ヶ月ほどの月日が経ったある日。

葛城は私に外に行こうと誘ってきた。

最初は、医者の許可なしに外出していいのかと戸惑っていたのだけど、葛城の話によると、もう医者から許可をもらってきたと言うんだ。

外に出てもいいけど、というか出たいけど、本当に許可をもらってきたのだろうか?


「本当だって。夜までに帰ってこれるならいいと言われたんだ。」


「本当かなぁ…」


私が葛城を睨むと、葛城は何故か焦って汗を流していた。

それは睨まれたからか、嘘を付いているからなのかはわからないけど…


「まぁ、傷口に包帯を厚く巻いて、気を付けてれば大丈夫だと思うけど…」


「じゃあ、行ってくれるんだな?
すぐに準備するよ!」


葛城はそう言って包帯を取り出し、手際よく私の足の傷口に包帯を巻き付けていった。

まだ行くとは一言も言ってないんだけど…

許可だって取ってるかわからないし…


でも私は、葛城が言われるままに出掛ける支度をし、着替えを済ませて車いすに乗った。

許可をもらってなくて、看護婦さんに怒られてしまったら葛城の所為にすればいいし、私も病院の庭以外の外に出たかったんだ。


だから私は、葛城と一緒に外に出た。

病院の出口を堂々と出て、久しぶりの外の世界に出ていった。




「でもどこに行くの?
私はまだ運動できないし、車いすバスケはできないよ?」


「まぁまぁ、楽しみにしててくれ。」


そう言って、葛城は行き先を教えずに車いすを押して行った。

私は、葛城が押す車いすの行くままに進んでいく。


どこに行っているかわからなかったから、私は少し不安だった。

車いすに乗ったまま、目的地を色々予想してみる。


この前の水族館?それとも、この前私が行けなかったカラオケ?

でも葛城は、それらの方向とは全く違う道を行っている。

私の予想とは違う道を通っていて、葛城が車いすを走らせれば走らすほど、私は予想がつかなくなっていった。


「ねぇ葛城、そろそろ教えてよ。どこに行ってるか予想つかないよ。」


「本当か?でもこの道、よく通ってる道なんだがな。」


「わからないよ。
だってこの先って学校があるだけじゃない?」


「その学校に向かってるんだよ。」


「え…」


学校…?学校に行って一体何をするんだろうか?

あっ…まさか、そういうこと…?

学校の体育館に向かってるってこと…?


きっとそうだ。間違いない。

私はどこに向かっているかも葛城が何をしようとしているのかも、もうわかってしまった。

葛城がしようとしているものは、私が退院するまでと、ずっと待ち望んでいたものだ。


でも、私が運動できない事は葛城も知っているはずなのに…

葛城は私にも"それ"をさせようとしているのだろうか…


私はそう益々不安に思っていたけど、私は葛城のしようとしている事を、まだ完全には察してはなかった。

サプライズは、まだ残っていたんだ。


車いすは学校に入っていき、予想通りに体育館に入っていく。

ホールへの入り口を開けて、中へと入っていった。


そして私は、美郷と澤村と馬場が体育館ホールの真ん中にいる事に気付いた。

みんな何だかにこにこして私の方を見ている。

どうしてここにいるんだろうか。

葛城が私に秘密で呼んだのだろうか。


いやそれはいい。

それよりも、美郷たちの間にある車いすのような物が気になる。

車輪が傾いていて鉛直ではなく、さらにプロテクターまで付いている車いすは見覚えがある。

車いすバスケをする時などで使う、スポーツ用の車いすだ。

葛城が持ってきてくれた雑誌で見た車いすだ。

それも作られたばかりの新品の。


私は目を丸くしてその車いすに向かい、車いすを見つめた。


「こ…これ…」


「ここにいる皆から五十嵐へのプレゼントだ。」


澤村が私に笑いかけて言う。

美郷や馬場も皆にっこり笑っている。


「で、でもこの車いすって、結構高いんでしょ?」


「高かった。でもこの四人でバイトして買ったんだ。」


馬場が笑って言う。

そんな…みんなが…?

葛城や澤村、美郷、馬場までもが、こんな私の為にバイトして、この車いすを買ってくれたの…?


私は感動で、目が熱くなってきてしまった。

入院している時に何度も泣いたから、もう大抵の事では泣かないと思っていたのに、目に涙が溜まってきてしまった。


私は、溜まった涙を拭い、口を抑えながら言う。


「そんな…こんな大層なもの、受け取れないよ…」


「もらってよ。
栄子ちゃんの為のものなんだから、もらってくれなかったら私達の努力が無駄になっちゃう。」


私はまた涙を拭い、唇を噛み締めて皆に笑いかけた。


「あ…ありがとう…みんな…葛城も…本当にありがとう…」


みんなが私の為にこんな事をしてくれて本当に嬉しくて、私は嬉し涙の混じった満面の笑顔になっていた。

何日か前に無理矢理作っていた笑顔とは違う、心からの笑顔になっていた。


思えば、私はみんなにお世話になってばかりだ。

葛城と仲良くなれたのは澤村逹のお陰だし、入院生活で本当にお世話になったのは葛城だ。

そのお陰があって、私は幸せだ。

私の今の幸せ全部、みんなのお陰だ。

みんなのお陰で私は、事故に遭っても…いや、事故が起きる前より幸せになれた。

本当に…みんな、ありがとう…




「じゃあ五十嵐、早速この車いすに乗ってみろよ。
車いすバスケはまだできないけど、走ってみるだけ試しにやってみてよ。」


「うん…みんながくれたんだから、みんなの前で走っとかないとね…」


そう言って私は、みんなが買ってくれた、新品で最高の車いすで駆け出す。

バスケはまだできないから、手で車輪を回して走り、軽くターンや方向転換をして見せたりした。

あまりよくわからないけど、たぶん上手くできてる。

私が急な動きをしているから、葛城たちが冷々と私を見ていたけど、倒れたりする事なく綺麗にターンを決めている。


あぁ、何だか久しぶりに体が温まってきた…

事故が起きてから感じていなかった、懐かしい感覚…


葛城たちの助けがなかったら、この感覚が蘇る事があっただろうか?

もうこうして体を動かす事なく、ずっと何かをなくしてしまったような生活を送っていたのではないだろうか。


そう思うと、私は体を動かす喜びを噛み締め、自然と笑顔になっていた。

まだターンの練習をしているだけだけど、嬉しくてしばらく車いすを駆けさせていた。





to be continued-

■作家さんに感想を送る
■作者からのメッセージ



2011年4月24日 改訂しました。
        五十嵐の退院を取り消しました。 


これで第一章は終わりです。やっと「結」で、ハッピーエンドです。
本当は五十嵐が葛城に謝って抱き合ったところで、第八話は終わった方が切りが良いかと思ったのですが、すると次の話が短くなってしまうと思ったので、繋げました。
馬場は出番がほとんどなかったですが…まぁそういう事です…
その分、次回はオマケ的な話をしようと思うのですが、その話で思いっきりイジろうと思います(笑)
あと、今回少しエロくてすいません…(;`・ω・)

>黒い鳩さん
警察による俊太郎の捜索は全く考えてませんでした…(・∀・;)
う〜ん…やっぱりまた改訂します。
よく考えれば、第二話と第三話はまだ話を考えられますし、第二章を書きながら改訂していきます。
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