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改訂”自分の生きる場所” 第四話 新しい学校生活
作者:武装ネコ   2011/01/27(木) 18:51公開   ID:/dkVrdlA.nE




しかしまぁ、よくもこう簡単に編入できたと思う。

本当なら編入試験というものに四苦八苦するはずなのに、なんと藤林の通う学校は、町の唯一の学校という理由で編入試験がないらしい。

そう、この町、上総町は過疎化が進んできて子供が少ない町だった。

住宅街が広がっていても、そのほとんどは老人が住んでいて、若者はあまり住んではいないのだ。


だけど、学校に編入する際にまだまだ気になった事がある。

俺たちの戸籍って、いつの間に登録されていたのだろうか。どういう風に登録されているのだろうか。

そもそも他人である俺たち二人の学費を、笑って払えるなんてどれだけお金に余裕があるのだろう。

そう思って美奈子さんに訊いてみたところ、笑って誤魔化すだけで、はっきりと答えてくれなかった。


謎である…

もしかしたら、市役所に勤めているのかもしれないし、イアルスではあまり学費がかからなかったりするのかもしれない…


そんな訳で俺たちはこの上総高等学校に試験なしで編入し、今は教室の前にいる。

マンガやドラマでよく見る、クラスメイトとの対面、を経験しようとしていた。


「それでは入ってきて下さい。」


俺たちは先生の合図で扉を開け、緊張しながら教卓まで歩き、皆の方を向いた。

すると教室にいる全員が俺たちを見ていて少し弱気になるが、まずは俺から自己紹介する。


「澤村 俊助です。金川から来ました。」


神奈川ならずの金川は実際にこの世界にある。
俺たちの世界で北海道に位置する場所に。


「俺は馬場 琢磨です。
澤村くんとは、同じ学校でした。」


馬場も、緊張した声で皆の顔を見ないように上を向いて自己紹介する。

らしくないな。
君付けで俺を呼ぶなんてやっぱり緊張してる。


そして、最後に二人でよろしくお願いします、とぺこりとお辞儀した。


実は自己紹介は、事前に練習していたりする。

緊張して動けなかったりするし、念のためと練習していたのだ。

そして結果は、角度は約45度、自己紹介も噛んでいない。

何とかこなせたみたいだ。



傾けた体を元に戻すと、クラスはひそひそと話を始めた。

良いように話をしているか悪いように話をしているか、聞き取る事はできないけど何となく心配…


「じゃあみんな、仲良くするように。
二人とも席について。」


席は転入生なので窓側で最後の方だった。
あいうえお順で俺は後から二番目、
馬場は一番後となった。



朝礼が終わって馬場の方を見てみる。

すると馬場は緊張が解けてきたのか、笑みを浮かべながらうんうんと頷いていた。

きっとクラスメイトの女の子の事を見ていたのだろう。


「お前の頭にはそれしかねぇのかよ。」


「何言ってんだよ。
転入生って言ったら可愛いかどうか気になるもんだろ?
女子の立場から考えたら、カッコいいかどうかとかさ。」

「それは俺たちが迎える側だったらだろ!」


何かもう、この前までの馬場と別人のようだ…

あの時の馬場は真面目にものを考えていて、俺も見直していたのに…


「澤村さん馬場さん。
どうですか?良い学校でしょ?」

「藤林、その質問はコイツにすべきだ。」


「サイコーです!」


「そうですか!良かったです。」


何故コイツがサイコーと言ってるか知らない藤林。

あぁ健気だね、健気だね。


『美郷、この二人が例の?』


俺たちが話していたところにショートカットで陽気に笑う女子がやってきた。

きっと藤林の友達だろう。

藤林はどうやら学校で俺たちの事を話していたらしい。

どこまで話したかは知らないけど。


「うん。この人達が遠い親戚で、今は家に泊まってる人達。」


「ふ〜ん、同棲してる人達ねぇ」


「同棲じゃなくて同居だよ。」
「同棲じゃなくて同居だ。」


藤林とハモった。


「あはは、面白いね二人とも。
私、五十嵐 栄子(いがらし えいこ)。よろしく〜」


「はい、よろしくお願いします」


あっ、藤林にしたみたいにまたウィンクしてる。

馬場のやつ、五十嵐さんも口説くつもりなんだろうか。

相変わらず計り知れない野郎だ。


でも俺たちは笑い合って話していた。

初対面の五十嵐とも関わらず楽しく喋っていた。


それは何だかとても懐かしく感じられた。

学校でこんな風に話すのって、久しぶりだもんな。

約一ヶ月って期間だけど、大変な事がありすぎて本当に懐かしく感じてしまう。


考えてみれば、藤林の言う通り、俺たちにはこんなちょっとした日常が必要だったのかもしれない。

こんな何気ない日常に戻り、気分転換する事が必要だったのかもしれない。


そう思うと、藤林に感謝しないといけないな。

その事に藤林は気付き、また俺たちを助けてくれたんだ。


藤林は良い子だ。

天使みたいな優しい女の子だ。

俺の事を気遣い、力になれるように支えてくれる。

そんな藤林に、俺はきっとこの時から惹かれていたんだろう。


この時の俺はまだ全然気付いていなかったのだが、段々と俺の中に藤林が住み始めていたのだった。





そして、この学校の午前の授業が終わって昼休みが始まると、俺たちは藤林と五十嵐に学校を案内してもらった。

藤林のお母さんが作ってくれた弁当を藤林と五十嵐と一緒に食べ、教室を出たのだった。


学校は過疎化が進んだ町と言っても町唯一の学校なので生徒は並々に多かった。

みんな廊下を走ったり、笑い合ったりして騒いでいる。


それにしても、学ランは初めて着てみたけど結構窮屈なんだな。

濃いグレーの学ランってマンガとかに出てきて少し憧れてたけど、一度着てみたら案外普通なんだな。

いや、別に学ランに何か期待してた訳じゃないけど。


女子の紺のブレザーはよく藤林に似合っていた。

首元のリボンと胸元の校章は地味さを逸脱して、何だか可愛らしかった。

最初に会った時はこの服だったけど、家での藤林はほとんど部屋着を着ていたのでいつもと違う藤林を見られた。


「ねぇ、澤村くん。」


「えっ、なに…?」


そんな事を考えながら歩いていると、五十嵐がにやにやしながら訊いてきた。


「美郷のこと、どう思ってるの?」


「な…なんでそんな事を訊くんだよ…」


前を歩いていた藤林は恥ずかしそうに俺を見る。


「だって、美郷をずっと見てるんだもん。」


「な…」
「え…」



五十嵐のやつ、なんて事言うんだ…

まぁ…確かに、俺は藤林を見ていたかもしれないけど…


「ち、違うぞ藤林!
別に…その…あの…」


「は、はい…」


な、何か誤魔化せるものは、誤魔化せるものは…!


「えと、そ、そうだ!
藤林の背中にゴミがついてたんだ!」


「ホ、ホントですか…?」


藤林は慌てて背中に手を伸ばしてゴミを払おうとする。


五十嵐と馬場はと言うと、俺たちのやり取りをずっとにやにや笑っていた。

こいつら…何のつもりか知らんがいつか絶対仕返しをしてやろう。


「あっ!もうこんな時間ですよ澤村さん!」


「えっ?」


何となく気まずくなったところに(俺と藤林だけだが)、藤林が思いついたように言った。


「次は体育ですよ?
急がないと授業に遅れちゃいます!」


「あっ、そ、そうか…急がないと!」


俺たち二人は教室に走り始める。

遅れて馬場と五十嵐も、まだにやにやしながら着いてきた。

くそぅ、覚えとけ二人とも…



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「おらー!ちんたら走るな転入生ー!
その調子だと20分越えるぞ!」



そして5限目。

俺たちは校庭を走らされていた。

持久走の授業で100mの校庭を40周を、つまり4キロ走らされていた。

俺たちの元々の学校では2キロ走っていて、しかも帰宅部だったので、俺たちには4キロはきつい。

帰宅部の人達でももう慣れたのか、ほとんどの生徒が前を走っていた。

運動部の生徒に至っては何周も抜かされていて、この授業は精神的にも痛い。


学校は山の坂に建てられていて、西には森が広がっていて反対側には住宅街が小さく見える。

景色がいいからゆっくりと眺めていたいんだけど、先生は当然許さないだろう。


ていうか体育の先生っていうと、どの世界でもマッチョで恐いもんなのだろうか。

あの先生は、モミアゲが長くて鼻の穴が大きくてまるでゴリラみたいだ。


「ラスト一周!飛ばせー!」


「ひいぃぃ!」






そして、20分27秒。

最後に頑張ってスパートをかけてもこのタイム。

帰宅部の連中でもどちらかと言うと悪い方で、運動部のタイムとは比べ物にならない。


「はぁ、はぁ、体力落ちたかな…」


「中学の時は、運動部だったのにね…」


何度も息をしながら歩き、水道の蛇口を捻ると、水を頭を下にしてがぶ飲みした。

ついでに顔も洗って汗を洗い流す。



『ほら澤村、タオル。』

顔を洗い終えると、いつの間に横に居たのか、知らない男子生徒がタオルを渡してきた。

短い髪が逆だっていて、クールな男子。

そういえば、教室で顔を見たような気がする。


「ありがとう…」


俺は少し戸惑いながら礼を言い、渡されたタオルで顔を拭く。

初めて話すので気まずいが、こうして話しかけてきてくれたという事は、俺と友達になりたいという事なのだろうか。


「校庭走り終わったら卓球だよ。
あんまりちんたらしてたら"キングコング"がうるさいぜ?」


そう言って歩いて行くクールな男子生徒。

ちょっと素直じゃないけど…良いやつみたいだ。

俺はふふんと笑って、まだゼーハー言ってる馬場を引っ張ってその青年に駆けて行った。


「ねぇ、"キングコング"って、もしかしてあの体育教師?」


「ん?あぁそうだよ。」


「やっぱゴリラだよなぁ!
モミアゲ長くて尻アゴで!」


俺が笑いながら話すと男も笑って言う。


「そうそう、ゴリラみたいで鬼のように恐いからキングコングなんだ。」


そうして二人してわっはっはと笑った。

引っ張ってきた馬場はまだゼーハー言っていたけど。


「朝に自己紹介した通り、俺は澤村 俊助だよ。そっちは?」


「葛城 卓人(かつらぎ たくと)。
席は廊下側の後から3番目だよ。」


何だか親切でいい人だなぁ。

ちょっと素直じゃないけどクールでカッコ良い。

とりあえず今日だけで、二人の人と仲良くなれたみたいだぞ!

この学校生活でかなり良いスタートなんじゃないか?


「タオル、ありがとう。
タオル持ってきてなかったから助かったよ。」


「あぁ…」


「なんか葛城って優しいんだなー。
タオル渡してくれたり転入生の俺たちの為に話しかけてくれたり…」


『いや、勘違いするな。
俺はただ、お前たちといると女子と仲良くなれるかもしれないと思って近付いただけだ。』






「………はっ…?」




「聞こえなかったか?
俺はお前達といると、女子と仲良くなれるかもしれないと思って近付いたんだ。」






…………前言撤回。

親切じゃないし仲良くなれてませんでした。

ていうかこの性欲丸出しの性格…
正にまだゼーハー言ってる馬場みたいじゃないか。


「いいか。これから俺はお前たちと仲良くしてやる。
卓球も一緒にやってやる。
だが忘れるな。これは俺の、未来の、理想の彼女の為なんだよ。」




「…………(あんぐり)」







次の時間から、俺たちは女子に話しかけられなくなった。







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「……葛城。」


「何だ、五十嵐。」


「何しにここに来てるの?」


「澤村たちと居る為だ。」


「…居てて楽しそうにしてるとは思えないんだけど。」


「…そうか。」



葛城は、あれからずっと俺たちの席に来るようになった。

授業が終わるとこちらにきて俺の机の上に座る。
無言で座る。

知り合ったばかりだからまだ話す話題もないし…
それに、葛城は何だか不機嫌にしていて、そんな葛城の相手をしている五十嵐も苛立ち見せ始めて…
とにかく、空気が酷く重くて苦しくて、正直言うと、迷惑だ…。


なんで俺の席で喧嘩が起こりそうになってるんだ?

原因はなんなんだ?全く検討もつかない。


ていうか、転入初日にこんな状況に陥ってる転入生ってかなり珍しいのでは?

いや、この世界では有り得るのか?
この世界では普通なのか?!



「葛城、席を外してくれない?
私達は澤村くんと話をしたいの。」


苛立ち始めた五十嵐は容赦なく葛城に言い放った。


「そうか、悪いな。でも動かん。」


五十嵐は眉間にしわを寄せて何故葛城が動かないかを考えている。

その奥で困った顔をしている藤林。

馬場も俺の隣であわあわと慌ててた。


なんだ?何で葛城はそんなに不機嫌そうに黙ってるんだ?

俺たちに何か関係する事か?
俺たちが何か葛城にしたのか?



「澤村くん。澤村くんは席を盗られて何も感じないの?」


「う〜ん…」


そんな事言われてもなぁ…

今、思う事は何でここに座っているのかっていう疑問だけだし…

とにかく…葛城が何か示唆したい事でもあるのか訊いてみるか。


「葛城。何か言いたい事があるなら、回りくどい事しないで言葉で示せよ。
五十嵐も怒ってるじゃないか。」


「……それができたら苦労しない。」


「…」


できないって…言えない事って
、一体どんなことなんだろう。

俺は気になったが結局最後まで葛城は訳を話さず、先生が教卓に立ったので、五十嵐も諦めて不満そうに席に戻って行った。


もしかして、明日も葛城は俺の机の上に座られるのだろうか。

藤林と五十嵐との話を妨げて五十嵐と喧嘩するのだろうか。


転校初日から困ったもんだ。

友達ができないとかじゃなくて、何だか変な事で困ってしまったものだ。






「なーんなんだろうな、あれ。」

「葛城さんですか?」


放課後。藤林と馬場の二人と一緒の帰り道。


朝に上って日ノ出台高校に登校した坂を、今度は下りて下校する。

太陽が水平線に近付き、オレンジに染まった空を眺めながら俺は尋ねた。


これじゃあ、日ノ出台高校ならずの日ノ入台高校だな。


「葛城っていつもああなのか?」


「いや、いつもは自分の席で友達と話していたと思いますけど…
なんだか今日は、不機嫌というか、拗ねたような感じでした。」


拗ねた感じ、というと、葛城はいつもとは違う感じなのか。

それよりも何故拗ねているのか、気になるな…



「あぁ、澤村さん。話は変わりますけど、これからまた図書館に行くつもりなんですか?」


「んっ?あぁ、そうだよ。」


「なら私も行かせてください。
私も調査をしたいんです。」


「えっ?」


藤林の顔を見ると、こちらを見て微笑んでいた。

何でかよくわからないけど、楽しそうに。



「で、でも藤林がそんな事する必要ないんじゃないの?」


馬場は驚きながら言った。


「いや、ありますよ。
私は俊太郎を探したいですから、澤村さんばかりに苦労かける訳にはいけませんよ。」


「う〜ん、そうだな…」


馬場は確かにそうだな、と頷く。


でも俺は、俊太郎という名前を聞いた瞬間、俺は心に、何か嫌なものが広がって行くのを感じた。

あれ…何だコレ…

今まで感じた事のないものだ。

胸焼けでもしたのかな…


「いいんじゃない?
人手は多い方がいいし、藤林も一緒に探そうよ。」


「う〜ん、そうだな…反対する理由はないけど…」


「じゃあ決まりです!」



別に俺たちにとって都合の悪い事はないし、逆に人手が増えて好都合なのだが俺の心は何故か嫌がっていた。

理由はわからない。

感じた事のない感情が心にあったんだ。

初めてだからわからない、胸焼けのような感情が。


俺はその感情について黙って考えていた。

落ちかけようとしている夕日を見て、考えながら図書館に向かって行った。




to be continued-

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