俺の名は四条芯也、苗字から察する事が出来ると思うが京都出身……というのは嘘で、奈良の生まれだ。
元々は京都だったのかもしれないがそんな昔の家系図なんて残っていない、
多分明治に苗字作った時に貴族風な苗字が欲しかった農民が勝手に名乗っただけじゃないかと考えている。
まあ貴族っぽい苗字のせいで得をしたことはない。
昔のあだ名は麿(まろ)言わずもがな、この苗字のせいだ。
見た目は中肉中背、能力的にも目立ったところの無いフリーターの20歳だ。
とはいえ、そんな事は今の現状には全く関係ない……。
今、俺は切羽詰まっている。
何故かというと……魔王に襲われているからだ!!
いや、わかる。
お前妄想入ってるんじゃね? とか。
現実を見ろよとか、皆は言うだろう、しかしここは俺の知る地球ではありえない。
いやもー20mの巨大なマント男がのっしのっし歩いてるだけで家がばりばり破壊されていくし。
目からビーム出すわ、手に持った剣を振り下ろしたら町飛び越えて山が崩れ落ちるわ。
手をかざして魔法っぽいのを放ったら町が業火に包まれてもう街の人たちは右往左往。
巨大ロボの間違いじゃね? と思わなくもないが、逃げ惑う人々が魔王だと言ってるからそうなんだろう。
魔王ならダンジョンの奥で大人しくしてろよと言いたいが。
兎も角、俺としてもこれが夢であってほしいと思う、しかし、俺は絶賛絶体絶命中だ。
いやもう、魔王そのものにやられたわけではなくて、その辺歩いてる魔物にやられたのだ。
多分ゴブリンだと思う、ゲーム知識だが。
1m前後の小柄で茶色っぽかったり緑色っぽかったりする肌とがりがり痩せた体、そしてナイフと小さい盾。
そんな姿の奴に切りかかられたのだ。
それもナイフは黒ずんで手入れしていないようなシロモノであるため刃物としては大したことはない。
それは事実だ。
思いっきり切りかかられたにもかかわらずかすり傷にすぎない。
でも痛い! これが夢じゃない事を嫌というほど主張している。
そんな事証明されたくもなかったのだが……。
兎も角、ゴブリンだけでも荒事の経験がほとんどない俺にとっては十分に恐怖だった。
遠くの魔王よりも近くのゴブリン、という事になるのだろうか?
どっちにしろ、俺に出来る事は一つ、この町から一刻も早く遠ざかることだ。
いくら遠ざかっても魔王が剣を振り下ろしたら終わりだが……。
それでも、ひたすらゴブリンから逃げながら町を出ようと走り回る。
だが残念な事に、ゴブリンばかりではなく、豚っ鼻のデブであるオークやら、トカゲ人間のリザードマン、
上半身裸だけど後は鳥というハーピィなどなど、ファンタジー世界にありがちなモンスターに次々遭遇。
最後には囲まれてしまった。
「何なんだクソ! 俺が何したって言うんだよ!? つーかそもそもここ何処だ!?」
そう喚き散らしたものの、周りの化け物達は全くひるんだ様子もない。
このままではこいつらの餌食になるのは確実、20年生きてどことも知れない場所で魔物の餌食。
一体どういう人生だよ!
突っ込んでやりたい事は多々あるものの、
今の俺はただ、魔物達が哄笑するのをすくんだ足を震わせながら見ている事しかできなかった。
そしてゆっくり魔物達が包囲を狭めてくる、やたらと統制がとれていた気もするが、その時は気がつかなかった。
そして、走馬灯が頭の中に浮かび始めたその時。
突然、血風が舞った……。
一瞬自分の血かと思い体を見たが傷は増えていない、その代りと言っては何だが周りの風景が一変していた。
俺を取り囲んでいた魔物達は全て切り倒されている、それも恐らくは一刀の元に。
そして、一人の男が俺の目の前に立っていた。
その姿は誰が見ても見まがう事はない、澄んだ海のように青いプレートメイルに、自ら光を放つ黄金の剣、
魔物の血を吸っているはずだが、変わらない色、そうまっ赤なマントにそれらの装備を纏うには優しすぎるような顔。
煌びやかな装備とそれに負けない実力を持つ存在なんてそう多くはない、恐らくは勇者。
そう直感させるに十分な存在だった。
「大丈夫かい?」
「あっ、はい、おかげ様で」
「それは良かった。でもかすり傷がかなりあるね……。急いで逃げてほしい所だが、少し待ってくれるかな?」
「……はい」
軽い感じで他人の傷を語る勇者、ゲーム等ではあまり見かけない光景だ。
とはいえ、命の恩人に突っ込みを入れるわけにもいかず、ぐっと飲み込む。
魔王がいて勇者がいる、町というのは変わったシチュエーションではあるが、最終決戦なのだろうか?
そんな疑問が少し頭をもたげた頃、勇者のパーティと思しきコスプレ集団(?)が走ってくる。
その中でも神官服の女性は特に足が速かった。
「結界の準備完了しました」
「ありがとう、フィリナ、ついでというと申し訳ないがこの人の治療も頼む」
「はい」
フィリナと呼ばれたのは、ドラクエに出てくるような青い神官服の女性。
ただ、前掛けの下に着ているのは全身タイツではなく普通の白いワンピースのようだが。
帽子はしっかり神官という感じだった。
アンクが縫い付けられているし、ひときわ高い帽子の天辺がその辺りを主張している。
とはいえ、現実にいなさそうなくらい綺麗な女性である、淡いブルーの髪も慈愛に満ちた微笑みを称えた顔も。
ボディラインもふんわりとした衣服の上からでも分かるくらいの我儘ボディというやつだ。
こんな女性が冒険やってるなんていうのは普通に考えればあり得ないな……。
俺の傷はかすり傷が10か所ほどあるだけだが、確かにずきずきして歩くのはつらい。
それを見越してだったのかもしれない、
しかし、回復魔法というものは初めてみたが優しい光をかざされるとみるみる傷がふさがっていく。
痛みもかなり引いた、俺は立ち上がり体を少し動かす。
うん、大丈夫なようだ。
「フィリナさんだっけ……ありがとう、おかげで楽になりました」
「いえ、人を救うのは神官の務めですから」
なんというか、はかなげな微笑みはむしろあんたが最初に救われるべきだろうと思わなくもなかったが、
このツーカーップリから察するに勇者と出来ているとみるべきだろう。
というか、定番である。
「お二人は恋人で?」
「いっ、いやそういうわけでは……」
「単なる幼馴染です」
「くっ……」
勇者は照れていたようだが、フィリナという神官は笑顔のまま切り捨てる、天然なのだろうか?
勇者がんばれ……と心の中でだけ応援した。
とか言ってるうちに残りのメンバーも追いついてくる。
こちらもだいたい定番の戦士、盗賊、魔法使い、そしてエルフだろうか?
「あ〜ん、逃げ遅れかぁ?」
「全く、レイオスにも困ったものですね、対魔王戦闘の準備中であるというのに……」
「それでもだ、一般人を見捨てるなんて言う事は出来ない」
「ふふっ、それがレイオスのいい所なんですよ」
「甘ちゃんだが、そうじゃなくちゃ勇者じゃねーよな」
「その勇者って言うのはやめてくれ。僕はただの冒険者だよ」
盗賊がからかい、魔法使いが注意をし、それに勇者が反論、神官はほほえましく言うが、勇者は戸惑う。
という順である、まあ残りのメンバーはエルフ以外全員男だ。
戦士はステレオタイプの巨漢ではあったが、バーバリアンというよりは騎士が近いかもしれない。
実直そうな顔をしているし、レイオスと呼ばれた勇者に対しても一言も発していない。
対して魔法使いは少し神経質そうな学者風の男だ。
恐らく、エルフを除けば最年長は彼だろう。
40一歩手前という感じで、がりがりの体躯ではあるが少し近寄りがたいものを感じる。
盗賊はお調子ものと一言で切って捨ててもいいのだが、何と言うか時々抜け目なさそうな視線を送っているところを見ると、
それだけの人間ではないようだ、勇者のパーティならそれも当然かもしれないが。
そして、最後にエルフ……なんというか、ディー○リットなんかをすぐ想像するかもしれないが、残念な事にそういうのではない。
いわゆる幼女である、いや見た目は本当に10歳前後にしか見えない。
服装は緑色を中心にしたチェニックと肩や胸を少し保護するようになっている青系の鎧。
森の妖精というか、森の子という感じである。
とはいえ、見た目に合わず理知的な目をしているところからすると外見通りの年齢ではないのかもしれない。
そして、エルフの口から出た言葉で年齢通りでない事を俺はほぼ確信した。
「兎に角、早く彼を結界の外に出して戦闘を始めるべきよ」
「そうだね、ええっと」
「芯也、四条芯也って言います」
「へぇシンヤか、変わった名前だね。僕はレイオス、話は大体聞いていたと思う。できるだけ急いでここを離れてくれ。
巻き添えになるかもしれないし、僕たちだってずっと見ている事は出来ないからね」
「はい、ありがとうございました」
そう言って一礼し、俺は一目散に町を離れる。
しかし、町の出口の直前に座り込んで泣いている少女を見つけてしまった……。
俺は勇者じゃない、だから助ける必要もない。
しかし、放っておくのも躊躇われる、そもそもこの娘は親とはぐれたのかもしれない。
何より、俺自身が助けてもらったばかり。
俺はその少女の方へと向かう事にした。
「どうしたんだ?」
「うぇ……おかぁさぁぁぁぁぁん!!」
「母親とはぐれたのか……」
とりあえず間違いないのは母親はここにはいないだろう事、それだけだ。
しかし、それを納得してもらうために俺はかなり時間を食ってしまった。
ようやく納得した少女の手を取って町の外に出ようとしたとき……。
黒い帳が町全体を覆った……。
「結界とかいうあれか……」
ファンタジーものの話ではよく見かける設定だ。
しかし、実際に見るのは初めてだ。
試しに拾った石を投げて出られるかどうか試してみたが、跳ね返ってくるだけで外には出られそうにない。
体当たり等も試してみたが駄目だったようだ。
まずいな……。
「おそとにいけないの?」
「ああ、そうだな……でも、とりあえずここでじっとしていれば何も起こらないさ」
「うん!」
何の根拠もないが、とりあえずは魔王と勇者達の戦いは中央の広場辺りで行われている。
俺たちがいるのは南の端、軽く2km近い距離がある。
流石にすぐさま危険ということはないだろう。
とは思ったものの、流石勇者対魔王の戦いだけはある。
これだけ離れていてもやたらと眩しい光や、黒い波動などがびしばし飛んで来る。
飛んできた黒い波動の一部が当たって隣の看板が落下した時はさすがに肝を冷やした。
「どれだけ広範囲に攻撃できるんだちくしょう……!」
恐らく勇者達も俺達の事をきちんと把握していないのだろう、だがむしろそれは当然だ。
魔王だけなら判別も付いたかもしれないが、モンスターもまだ町中をうろついている。
勇者の性格がさっきの通りなら俺達がいると分かっていれば一度俺達を結界から出すことを優先したかもしれない。
しかし、それをすると逆にまずい事が分かっていた、例えば俺が声をあげて結界を解いてもらったとしよう。
すると中の魔物も俺達の事に気づくし、さっきから勇者達の戦いを見るに、
どうにもこの結界が魔王の力を奪っているらしいのだ。
実際あの山をも一太刀にした剣は振り下ろされても家数件を巻き込む程度まで威力が落ちている。
お陰でここまでは驚異が来ていないわけだが、もし、結界を解いた状態の場合、どこに逃げてもおなじだろう。
どうしようもない状況であるため逆に落ち着いた俺は、自分が抱えている少女を見る。
日本ではあまり見かけないが、恐らくヨーロッパなどに行けばよくいる栗毛の少女。
少し赤みがかった感じがするので、もしかしたら普通とは違うのかもしれないが、
先ほどの神官の蒼い色やエルフの純粋な金髪と比べれば普通だ。
服装は繕った後の多さからあまり裕福ではないと知れる。
だが、欲目もあるのかもしれないが将来美人になりそうな印象を受ける均整のとれた顔つきだ。
こちらに来てからまだ数時間ほどなのに美人、美少女を見かけることが多いが、役得と思っておこう。
危険に見合っているとは思えないが……。
「それにしても……凄まじいな……」
魔王が凄いのはわかりきっている事だが、勇者のパーティも負けていない。
家を壊しながら戦っているため詳細はつかめないが、
勇者達も10mくらいジャンプしたり、風や光、炎や地震などを巻き起こし戦っている。
地震は流石にこっちまで来たので出来るだけ身をかがめてやりすごした。
「おにいちゃ……こわいよぅ……」
「大丈夫だ……」
根拠のない事を言っていると自覚はしているものの、守るべきものがある以上見栄くらいははる。
震える少女の頭をなでながら、ふと今頃気づいた。
名前も知らないんだったな。
「そういえば、名前を聞いてなかったな。俺は四条芯也、君は?」
「まーはね、マーナっていうの」
「マーナか、いい名だ、もうちょっと俺と一緒に頑張ろうな」
「うん!」
それを聞いた俺はマーナの頭をぐりぐりとなでる。
くすぐったそうにしているマーナは、みた目通り5歳程度の少女だろう。
そんな事をしている間にも、勇者達と魔王の戦いは続いている。
徘徊する魔物はほとんど勇者の方へ行ってしまったため幸い安全であるのだが、
何度かあったように魔法の余波が怖い。
もっとも、あまりにすばしこく動き回るのでこちらとしてはもっと遠くへ行ってくださいと言いたいところだ。
兎も角、パワーやスピードが尋常ではないのも魔法による増幅があるせいだろうが、
それにしたところで基礎能力も高いのは間違いない。
もう既に視認の難しいレベルでの戦いを繰り広げているのだから。
ゲーム等においては視点切り替えやスローモーションなどを使い分け、
更に技のモーションが派手になるように考えられているため、よほどの事がない限り見落とさない、
しかし、実際にやる戦闘においてはむしろモーションの大きさは=隙となるため、
大技はトドメ用、もしくは連携用として使われる。
実際勇者と戦士が前衛で魔王を引きつけ、盗賊が地味に相手の隙をついて攻撃し、
神官が防御や回復、能力上昇などのサポートをする。
魔法使いは相手の弱体化と魔法攻撃を行っている。
エルフはオールラウンダーのようで、攻撃も魔法もこなしている。
もっとも、あくまでおおよそそういう風に見えるというだけだ、なにせ中心天は2kmも離れた場所だ。
まともに見えていたわけではない。
正直、元の世界では戦闘機やミサイルを繰り出さないと対抗できないレベルである事は間違いない。
ゲームとして楽しんでいたのが実はこう言う事だと知ってゾっとする。
しかし、そんな戦いもようやく終わりの時が見えた。
勇者の光の剣が魔王を真っ二つにしたのだ。
とはいえ、魔王はそれだけでは死なないらしく、まだゆっくりとではあるが勇者達に向かっていこうとしている。
だが、勇者達は連携技により魔王を細切れにし、あるいは氷つかせ、あるいは焼きつくしていた。
流石にアレでは魔王も助かるまい、とはいえ裁断されたり、燃えた肉片がそこらじゅうに飛び散っている。
そのうち一つがマーナの方へ飛んできたので手で迎撃して撃ち落とす。
まあ、べちょっとしてちょっと気持ち悪かったが、特に毒などはないようだ。
「ふう、どうやら終わったみたいだな」
「おわったの?」
「ああ……多分」
結界が解かれたのでほぼ間違いないだろう。
俺はマーナを伴って町を出る事にした。
この子の母親がどこに避難したのかは知らないが、この町から一番近い町の可能性が高い。
みんなが逃げていた方向もおなじなのでそちらへ行って探した方がいいだろう。
しかし、俺は何故この世界に来たのか、どうやって……。
その辺の記憶が思い出せない。
気がついたら魔王が町中で暴れていたというのが本当の所だ。
まさか、異世界から勇者を呼び出そうとしていたとかいうわけでもないだろうが……。
というか、俺荒事なんてしたことないし。
隣町までは半日の行程だった。
幸い魔物にも出くわさず道のりもさほどあれていなかった事もあり、迷う事もなくたどり着けた。
それなりに疲れていたものの、疲労で動けなくなるというほどでもない。
とはいえ、やはり筋肉痛ではあるんだが。
今頃になってみて分かったのだが、会話は成立するもののこの世界の文字は通じないようだ。
楔形文字のようにしか見えない文字を解読するにはかなり時間がかかりそうだな……。
ファンタジーお約束の全自動翻訳魔法が俺にかけられている臭いな。
憶測でしかないが。
「本当にありがとうございます。ほらマーナ、お兄ちゃんにお礼を言いなさい」
「お兄ちゃんありがとう!」
「ああ、もうはぐれるんじゃないぞ」
「うん!」
母親には随分と感謝された。
どうやら母子家庭のようで、生活が苦しいのは母親が働いて稼いでいるからのようだ。
この世界ではまだ男女同権とはいかず、給金も安いのだろう。
マーナもだが、母親も少し心配になった。
しかし、俺は施しをすることなんてできない、そもそも食糧は持っていないし、今ある物品で売れそうなものは携帯電話くらいだ。
といってもこの世界ではゴミにしかすぎないだろうが。
兎も角、隣町というか基の町の名前すらまだ聞いてないのだが、ここの街を少しさまよい歩く。
いろいろ話を聞いているうちに、この町がカントール、魔王がいたあの町がラドナというらしいという事が分かる。
話の流れをなんとなく聞いているとラドナは冒険者が多くいる町で、魔王領との国境付近にあるとか。
魔王が来たのも、勇者が来たのもそのせいなのかもしれない。
ただ、魔王は倒されたが完全に死んだかどうかは不明らしい。
勇者のパーティは何とか魔王を封じ込めるための秘宝を探していたそうなのだが、
その途中で運悪く魔王が出現したという事らしい。
噂話ばかりなので、信用度は微妙なところだが、今のところそれしか情報源がない。
「まったく、どうしてこんな世界に来る事になったんだか……」
『それは、お前と我の波長が合ったのじゃろうな』
「ッ!?」
俺はとっさに背後を振り向く、しかし誰もいない、その後いろいろな方向を見たがどこにも何もない。
幻聴でも聞こえたのだろうかと思い、首を振って額に手を当てようとした瞬間、手の平に目があるのを発見した。
なんだこれ!?
『やっと気付いてくれたか』
「やっと、というかお前は何者だ?」
『我こそは魔王……魔王ラドヴェイド』
「魔王!?」
『声を荒げる必要はない、我はお前の中にいるのだからな』
「……どういうことだ?」
俺は一瞬息が止まってしまいそうになったものの、聞かれてはまずいと路地裏に入り込み手の目と向き合う。
そして、うろんな目で自称魔王に聞いた。
「俺の手で何やってる」
『何かと言われれば寄生みたいなものじゃな』
「寄生虫!? この! 出てけ! 俺は変な病気になるのはごめんだ!」
俺は手のひらに目が出ているという事態に動転していたが、そのわりに腰を抜かして泣きわめくより前に攻撃を加えていた。
多分恐怖がマヒしていたのだろう。
反対の手で手の平にチョップをしているだけだが、はた目から見ると変人一直線だ。
最も自称魔王に効かないわけでもないらしく、
『うお!? やめよ! 痛い! 痛いというておろうが!』
涙目になる魔王(自称)正直微妙だ。
ひらがなでまおーな幼女ならなんとなく許せそうだとか余裕のある事を考えていたせいだろう、
背後から来る足音に気付かなかった。
「よう! お前きちんと生き延びてたんだなぁ」
「あっ、貴方は」
勇者パーティにいた盗賊だ、小柄なお調子者というイメージではあったが、やはり目つきは鋭い。
俺の事も気を許して話しかけているという感じでもないな……。
俺は慌てて自分の手を見るがちゃっかり目を閉じているらしくというか線すら見えないところをみると消えているようだ。
「レイオスさんのパーティの方ですね」
「おう、覚えてたか。他の奴らが濃いから俺なんて見てねぇかと思ってたが」
「あははは……でも、職業柄それはいいことなんじゃ?」
「ほう、俺の職業がわかるか。まあ冒険かじってればすぐにわかる事だが、じゃあお前一般の町人ってわけでもねぇようだな」
「ええ、あの町にもついたばかりで襲われまして……」
「ふーん、しかしお前みたいな弱い奴が冒険者ってわけでもあるまい?」
「うっ痛いところを……」
「別に責めてやしねぇよ。ただちょっと興味があってな」
「旅行者ってだけじゃダメですか?」
「おう、それにしちゃお前、いろいろ知らなさすぎるだろ?」
「う”」
この盗賊どこまでも鋭いな……。
ここまで追い詰められちゃ言わないわけにもいかないかな。
「ええっと、何とお呼びすればいいんでしたっけ?」
「敬語あやしくなってるぞ、まぁいいが。俺の名はロロイ・カーバリオ、元は盗掘屋だ」
「ども、俺は……「知ってるよ」」
どうやら、レイオスとの会話を聞かれていたという事なんだろう。
結構距離があった気もするが、その辺流石盗賊というべきか。
しかし、自己紹介くらいきちんとさせてほしいと少し思ったのは置いておく。
「ククッ、そう不満そうな顔すんなって。俺はちっと警戒心は強いが、お前が危険だなんて思ってねぇよ」
「そう言ってもらえると安心します」
「そんで、お前どっから来たんだ?」
「……難しい事を聞きますね」
「おいおい、一番簡単な話だろうが」
漫画やゲームの主人公ならここで記憶喪失でもでっちあげるんだろうが、
残念な事に目の前の男はそれで信じてくれるような甘い男ではなさそうだ。
俺はとっさに言い淀むが、信じられないならそれでも構わないかと話す事にする。
「俺、別の世界から来たって言ったら信じます?」
「……マジか?」
「ええ……」
「んー、古代魔法か何かで異界の者を召喚するとか言うのがあった気もしないでもないが……。
魔法は専門外だからなぁ、でもま、他の言い回しよりは信用できるな」
「信用するんですか!?」
「信じてほしくないのか?」
「いえ、そんな事は……ただ、信じてもらえそうにないと思っていただけで」
「あぁ、そういやそうだな。とはいえ、俺は職業柄嘘を見抜くのは得意なんだ、だから分かる。
お前、自分では嘘をついているつもりはないようだ。
お前が何者かにそう信じ込まされている可能性はあるが、お前自身は疑っていない、そういう事だな」
「なるほど」
確かに、嘘を俺が信じ込まされている可能性はある、とはいえ、俺が信じ込まされている嘘がどこのあたりなのかは不明だが。
できればロロイの言う事を信用したい、とはいえ、俺はロロイの事も疑わねばならない。
さっきの魔王もだが、何もかも今の俺には不確定だ。
俺は元の世界に帰りたいと考えている、とはいえ、それを口に出すつもりはない、言えば返してくれるとは信じられないからだ。
それに、少しこの世界に興味も出てきていた。
最も荒事が不得意な俺だ、何もできはしないだろうが。
『荒事が得意になりたいか?』
「ッ!?」
「どうかしたか?」
「いえ、何も……」
『驚かせてしまったかな、しかし、我とお前は今や同じ体を共有しておるからな』
まさか、まさか、まさか、まさか!?
魔王は手に寄生しただけではなく、脳神経の近くにパイプでも結んだか!?
それで直接脳内にイメージでも送り込む事が出来るとでも……。
『いや、それほど直接的なものではないよ。我から魔力でイメージを送りつけているにすぎん、いわゆる念話だな』
人の心を勝手に読むんじゃねぇ!!
寄生虫のくせに、プライバシー侵害してんじゃねぇぞ!!
『おうおう、一度は我を見て逃げ出したくせに、姿がこうなってからはやたら強気じゃな。
じゃが、その意気はよし、生きて現世に戻りたければ気を張っておらねばならん』
「現世? 俺が帰る方法、分かるのか!?」
『うむ、じゃがな、今は目の前の男に対応した方がいいぞ』
俺はふと前を見た、するとかわいそうな人を見る顔でロロイが俺を見ている。
ああ、考えてみれば当然だ、最後の言葉口に出してるじゃねぇか……。
「あ、えっと。すみません……」
「いやいいけどな、よっぽどうっぷんがたまってるのか?」
「いや、まぁ……こっちに来たのは今日が初めてなんで……」
「そうか、そりゃ面倒なこったな。お?」
ロロイが視線を流す、すると遠くにではあるが特徴のある青く輝く鎧が見える。
あれはレイオスだろう、人に囲まれているようだ。
まあ当然か、魔王を倒した勇者なのだし。
「流石にレイオスは人気あるな」
「絵にかいたような人ですしね」
「絵にかいたつーのはまぁ、一緒に旅してるとそうでもないんだが、確かに血筋も見た目もあいつ以上の奴はそういないな」
「血筋ですか?」
「ああ、お前はそりゃ知らんわな。アイツはこの町からみて西にある大国アルテリアの王子だ」
「王子……そんな人がなぜ冒険に?」
「いろいろあんだよ世の中、細かい事は本人に聞きな」
「それもそうですね」
とはいえ、俺はもう会う事もないだろうけど。
そもそも冒険が出来るような人間ではないし、王家なんかとは縁があったためしもない。
まぁ別に無理をしてまで知りたい情報でもない。
一番欲しい情報は、今のところ妖怪手の目にでも聞いた方がましのようだしな。
『我は妖怪ではない、魔王だ!』
はいはい、ワロスワロス。
あのでっかい魔王とお前と比べてどこが同一人物なのか聞きたいよ本当に。
『いずれ知ることになろう、しかし、今はまずかろうな』
それもそうだね、とりあえずはロロイから聞ける事は聞いたし、向こうの方もおおよそ知りたい事は知ったようだ。
後はどう切り出したものかな。
「そうだ、お前に言っておくが」
「はい?」
「この町で金を稼ぎたいなら、桜待ち亭に行きな、ロロイの紹介だって言えばきっと雇ってくれるぜ」
「酒場ですか?」
「いいや、どっちかって言うと食堂がメインだなあそこは、酒場はお前だと荒くれに対応できなさそうだしな」
「ははは……」
「ついでに屋根裏部屋にでも住まわせてもらえ。俺に出来るのはそこまでだ。
後はお前が決めな、正直異世界から来たとか言われても俺には対応できねぇしな。
一応、オーラムには言っておいてやるが、そっちは期待すんなよ」
「オーラム? どなたです?」
「ネクラの魔法使いがいたろ、俺達のパーティによ」
「……ああ!」
「まあ、あいつは、あんまり研究熱心じゃねぇしな。期待しないで待ってな」
「期待していいんだか悪いんだか分らない話ですね」
「気にすんな、気安めだ」
「……いいですけど、とにかく仕事を教えてくれてありがとうございます。早速行きたいんですがどこにあるんですか?」
「ああ? そんな基本なことからか……表通りに行って、桜の枝が描かれてる看板を探せばいい」
「わかりました、ご恩は忘れません」
「別に気にしなくていいぞ、じゃあな」
そうしてロロイに言われた通り、表通りを見回してみると数分歩かないうちにその店を見つけた。
確かに食事がメインのようだ、大衆食堂のようだが、店はかなり広く、雇っている人の数も多そうだ。
とりあえず中に入って店員らしき女性に声をかける。
「すいません」
「いらっしゃいませー♪」
その女性は、一言でいえば元気印、それだけで説明がついてしまいそうな人だった。
見た目は、少しくすんだ金髪、美人というほどではないがそこそこに整った愛嬌のある顔。
そして、目につく大きな胸、いやマジで視線が吸い込まれます。
たぶんGカップくらいはあるんじゃないかと一瞬で見分けてしまう自分に乾杯。
「お客様、お席へ案内しますね♪」
「いえ、申し訳ないんだけど客じゃないんです」
「は? 客じゃないというと?」
「ロロイ・カーバリオさんの紹介で、ここに行けば雇ってくれるって聞いたもので……」
「……あんのクソ盗賊! まぁた厄介事押しつけてきやがって!!」
「ッ!?」
店員さんの表情や口調があからさまに変わる。
恐らくは良好な関係というわけじゃないのだろう……。
これはまずいかなと考える俺は、早速撤退を開始することにした。
「あーえっと、お邪魔しました!」
「ちょっと待て!」
「ぬお!?」
クルリと踵を返して走り出そうとした俺の首根っこをつかまれる。
俺は仕方なくもう一度相手に向き直るが、店員さんはいつの間にか怒りが引いていたようだった。
「ごめんごめん、アンタに怒こったわけじゃないからさ。バイトはいらないわけじゃない。きちんと働いてくれるならね」
「はっ、はぁ……」
「アタシの名はアコリス、アコリス・ニールセン。
店が今忙しいからね、詳しい話は後でするけど、名前はなんていうの?」
「四条芯也といいます」
「じゃあシンヤ、桜待ち亭にようこそ!」
こうして俺は異世界に来て初めての夜を過ごす宿を手に入れることに成功した。
とはいえ、魔王ラドヴェイドと名乗る妖怪手の目は一体……。
本当に俺を呼んだのはあいつなのだろうか……。
というか呼ばれていきなり死にかけた俺としてはとても信用できないんだが。
いろいろな謎や不満は残るものの疲れがたまっていた俺は与えられた部屋で横になっているとそのまま寝てしまった。