目が覚めたら何が起こったか理解できなかった。
というか記憶が無くなっていた。憶えているのは言葉と最低限の常識、そして自分の能力だけ。
町をさまよい歩き、ただ漫然と時だけが過ぎっていった。
記憶を無くしてから約一年になる。
『黒髪 蒼』 それが彼の名前と思われる名前らしい。身に着けていたドックタグにそう書かれていた。
目立つくらいの白い髪に紅い瞳、右手の甲には刀の刺青のようなものが彫られており、そして何より驚くところは左腕が肩の辺りからなくなっていた。
なぜ腕がないのか、遺伝か、それとも事故か、それすらわからない。
ただわかることがひとつだけある。
彼、黒髪 蒼は『イ・ウー』という組織に狙われている。
「はぁ、イ・ウーってなんだよ……」
蒼はポケットから写真を取り出す。
写真には長いピンクのツインテールに武偵校と呼ばれる学校のセーラー服を着て、一見すれば小学生にも見える美少女、えーとたしか名前は……
『神崎・H・アリア』 そんなんだった気がする。
まぁ、こんなに目立つ奴、すぐ見つかるか。
東京の高層ビルの屋上で学園島の方を見て彼は欠伸をして落下した。
――――――――――――――――――――――
武偵校生徒の遠山 キンジは神崎・H・アリアの峰打ちよって叩き起こされた。
「バカキンジ!! いつまで寝てんのよ!!」
カメリアの瞳にピンクの髪、一瞬かわいいとか思うだろ、コイツは見た目に反する凶暴な奴だ。
『強襲科』のSランクの武偵だ。こわいこわい。
ガン!とアリアの蹴りが顔面にヒットする。
「今、変なこと考えてたでしょ!!」
「そ、そんなことねー――」
「問答無用!! 風穴開けてやる!!」
慌てて着替えをしようとしたとき、ドサッ
「キ、キンちゃん?……」
鞄を落として刀を抜くのは、
『星伽 白雪』 つやつやとした黒髪ぱっつんで目つきはおっとりして優しげ、まつ毛はけぶるように長い。
俺のことをキンちゃんと呼ぶところからわかるように幼馴染みだ。
白雪はSSRこと超能力捜査研究科の超偵とよばれるところの生徒だ。
なにを思ったかアリアに斬りかかる。わけがわからん。ちなみに今はアリアの意向によりアドシアードが終わるまで護衛をすることになっている。
キンジは武偵校の防弾ブレザーを羽織、違法改造したベレッタM92Fと兄の形見のバタフライ・ナイフをポケットにしまう。
振り返ると家具はめちゃくちゃになり、天井も床もズタズタになっていた。ため息を吐き二人を置いて先に玄関を出た。
キンジの朝は硝煙の臭いと共に始まった。
バス停に行き腕時計を見るとバスが来るにはまだ十分ほど時間があった。
キンジは以前、時計の時間をずらされ酷い目にあってそれから五分前行動を心掛けていた。
今回は自宅で戦争が起きていたためいつもより早くバス停に着いた。
突然、隣にいた一人の男が話しかけてきた。武偵校の制服を着て居ないところから部外者かな、年齢は十七くらいで白い髪に紅い瞳と異彩な雰囲気だがかなりのイケメンだ不知火と互角くらいか、身長は武藤ぐらいで細身の体つきだった。そして一番驚いたのは、左腕が無いことだ。
「失礼、この女の子を見ませんでしたか?」
そう言って写真を取り出す。
写っていた人物を見てキンジは目を疑った。
「たしか名前は……神崎・H・アリアだったかな探しているんです」
ピンクの髪にカメリアの瞳、この幼稚体型はまさしくアリアだった。
「この子がどうかしたんですか?」
「ちょっと探していましてね。なにか御存知で?」
丁寧な言葉で聞いてこられても、見るからに怪しいぞあんた。
「いや、知らないな」
「ウソはよくないですよ?」
間髪入れずに言ってきたことに冷や汗を掻く。
「冗談です、ありがとうございます」
にっこりと笑顔になり頭を下げた。
男はバス停から立ち去ろうとしたが急に立ち止まり振り返ると、
「そういえば、名前を聞いていませんでした」
「俺は遠山 キンジだ」
「左様ですか、私は黒髪 蒼です」
そう言って蒼はどこかに行った。まったくなんだったんだ。
「キンジ、誰と喋ってたの?」
ひょこっとアリアが顔を出しながら聞いた。
「ほら、そこに居た男――」
キンジが指を向けると、そこにはだれも居なかった。
「だれも居ないじゃない」
「たしかにいたんだ、白い髪の男が、アリアを探していたんだ」
アリアが不思議そうにキンジを見た。
「キンジ、今日は学校休んだほうがいいんじゃない?」
マジで心配された。
こうみるとアリアって写真より生の方がカワイイな。イラっときたけど。
―――――――――――――――――――――
「腹減った〜」
蒼は武偵校の屋上で独り佇んでいた。
結局、アリアは見つからず武偵校を右往左往していた。
あとは、強襲科と
『探偵科』だけか……。
ため息をつきながら下を見る。
お昼時なのか食べ物の臭いが鼻を突き刺した。空腹のときにこれなかなかきつい。
「おい、おまえ」
振り返るとポニーテールのキレイな女性が立っていた。一見すれば武偵校の生徒にも思えるが服装が違うところから教員なのだろう。なにより背中に背負った長刀の数を見る限りかなりの力を有しているはず。
「なんでしょうか?」
「なんでしょうかってお前、明らかに侵入者だろ」
瓢箪のなかに入った酒を飲みながら言った。
「たしかに侵入者ですね、大丈夫ですよ用事が済んだら帰りますから安心してください美人さん」
お世辞二割、本音八割の言葉を聞いた女は長刀を取り出した。
「死ぬ前に名前ぐらい教えてやるよ
『蘭豹』だ」
かっこよく決めたぜという顔を見せた蘭豹は長刀を蒼に向けた。
蒼はにっこり笑いながら手を上げた。
「降参しておきます、女性を殺す趣味はありませんから」
呆気なく蒼は
『教務科』に連行された。
「というわけで連行されました」
尋問室のような部屋に蒼は放り込まれ、目の前にいるのはこれまた美人さん、たしか名前は
『綴 梅子』だっけか。
ぱっつんの髪にすらっとした身体つきに真っ黒なコートをだらしなく着ている。腰には黒の拳銃、グロックかな。
なにより、変なのが綴の吸っているタバコだ、明らかに市販ものじゃない臭いがする。なんかラリッたみたいに目が据わってるし。
「いやいや、そうじゃなくてなんでここに不法侵入したのかを聞いているんだよ」
やる気のなさそうな感じでタバコの火を消しながら綴は聞く。
「この人に用がありまして探していたんですよ」
蒼は写真を取り出して綴に渡す。
「たしかにここの生徒だ、さてと洗いざらい吐いてもらおうか」
ここから、日本でも有数の尋問のプロ、綴の尋問が始まった。
―――――――――――――――――――――
「あ〜、疲れた」
「甘い!!」
ゴスっと鈍い音が響いた。
どうやらアリアが真剣白刃どりの訓練をさせている。
「アンタそんなんじゃ
『魔剣』になんて絶対勝てないわよ、魔剣は鋼をも切り裂く剣なんだからね」
「そういえば白雪の護衛は大丈夫か?」
放課後の教室いるキンジは気だるそうに聞いた。
「大丈夫、今はレキに任せている」
アリア仁王立ちしながらキンジに言った。
レキ、
『狙撃科』のSランク武偵で、無口、無感情、無表情で周囲からはロボットレキなんて呼ばれている。狙撃に関しては世界でも指折りの実力を持っている。
「しっかしアンタね〜、一回くらい白刃どり成功させなさいよ」
「あのな〜、オレは探偵科なんだぞ、Sランクのお前と一緒にするな。そのうち綴に呼び出されて尋問されるぞ」
テキトーな冗談を言いながらキンジは背伸びをした。
「なんでこのあたしが綴に――」
アリアが言いかけた時、学校の放送が入る。
『え〜、生徒の呼び出しをする〜』
このやる気のない声は綴か。こんどはなんだ、どっかのバカが黙ってダムダム弾の製造でもしたのか。
『神崎・H・アリア、あと暇なら遠山 キンジ今すぐこっちに来い』
思わず俺とアリアは噴き出す、まさか本当に綴に呼び出されるとは思いもしなかった。
顔を見合わせると大きなため息が出た。
仕方なく、綴のところに行くことになった。
ため息をつきながらドアをあけるとそこにはなぜか下着姿の蘭豹と綴がいた。
あと、朝声をかけられた男、蒼がいた。
「お〜遠山よくき――」
ガチャン!!
やばいヒスると思って勢いよくドアを閉めた。
黒のスケスケと豹柄はアウトだ、一応、セーフだったがあれ以上見たら完璧にヒスるぞ。
ヒステリア・サヴァン・シドローム
遠山家に代々伝わる神経性の遺伝形質で分かりやすく言えば性的に興奮するとスーパーマンみたいになる。そして女を守るという本能からか女子にやたらキザな言動、優しく接したり、褒めるわ、慰めるわ、さりげなく触るわ、おっそろしいジゴロキャラなっちまう。
「どうしたのキンジいきなりドア閉めて?」
「いや、なんでもない」
改めてドアを開けると今度はちゃんと服を着た蘭豹と綴がいた。
「さっきのは色仕掛けだ。コイツ、何にも吐きやしない。かれこれもう三時間はやっているんだけどな。というわけで目的である神崎を呼び出したわけだ」
蒼を見るとにっこりとした表情で笑った。
どんな重犯罪者でも一時間でノックアウトすると言われている綴の尋問に三時間も耐えているだと。
しかも何があったか分からないが蘭豹が隅っこで「とても凶暴にはみえない美人」とか「可愛くて襲いそうか〜」と乙女になっていた。ケータイで写メでも撮ろうかな、と思うぐらいの花も霞んでみえるくらいの乙女になっていた。蒼よ、お前なにしたんだよ。
「蘭豹、ちょっと外してくれ」
驚くことに蘭豹はまたね〜、といって蒼にウィンクして出て行った。
蒼、本当に何したんだ……
「さて、お前の要求は揃えたぞ、今度はお前が――」
「では、次は綴さんがこの部屋から出て、この部屋の電源をオフにして下さい、こちらは命がけですから」
「わかった、じゃあ後はそいつを煮るなり焼くなり解放するなり、神崎の自由でいいぞ、めんどいから」
綴は降参したのか部屋から出て行った。
おいおい、そんな簡単に不審者を放していいのかよ。
一気に部屋が暗くなる。一応、外の光が差し込み真っ暗というわけじゃない。
「神崎さん、急にお呼び立てして申し訳ございません」
相変わらずの笑顔で頭を下げながら蒼は言う。
「なんのようなのアンタここまでして大した用事じゃなかったら――」
「イ・ウーについてのことなのですが」
アリアは拳銃を取り出し血相を変えた。
「どうしてアンタがイ・ウーのことを!!、風穴開けられたくないなら答えなさい!!」
蒼は困った表情になった。
イ・ウー、理子がいた組織でもあり、アリアの母親、神崎 かなえさんに冤罪をきせた組織。
アリアはかなえさんの冤罪を晴らすべく活動している。
「その様子だと何も知らないようだ、もう結構です私の要件は済みました」
蒼はさらりと拘束を抜け出し立ち上がり一瞬だけ目つきを変えたが、またにこにこと笑いながら部屋を出ようとする。
「待ちなさい!! アンタがよくてもあたしの話はまだ済んでない!!」
ドアノブに手を掛けた蒼は振り返ると、
「私もイ・ウーについて何も知らないのです。ただイ・ウーは私を殺そうとしているそれだけです。そこでイ・ウーについて何か知っていそうな神崎さんを訪ねてここまで来た」
悲しそうに蒼は言った。
「私は一年前以前の記憶が無いんです。自分が何者か、出身はどこか、調べても調べても戸籍すら何も出てこない」
蒼は目線で左を指した。腕は無く袖がだらんとしていた。
「この腕もいつ無くしたのか、遺伝なのか、それも分からないんです」
ふっと淋しそうな表情になった。
「ひとつ、聞いてもいい」
アリアは銃をしまって静かに聞いた。
なにか手がかりになるかもしれないと思っていたのだろう、だが無駄骨だったお互いにか。
「どうやってイ・ウーから逃げてきたの? 片腕でしかもその体型じゃあ――」
「大体は、気絶させて逃げてきました」
さらりと怖いこと言うなよ……
アリアは鼻で笑いながら言った。
「ウソね、もし本当ならアンタ、
『超能力者』でしょ?」
そうとも限らないぞアリア、俺は自分でいうのもなんだが超能力者じゃないが銃弾をナイフで切ったぜ。ヒステリア・モードは使ったけどな。
「いえ、私は超能力者などという大層な人間ではありません、少しだけ人間離れしていますが」
「じゃあ、試してみる?」
また面倒なことが起きそうだ。
キンジはため息をつきながらそう思った。
―――――――――――――――――――――
「あたしが勝ったらアンタが知っているイ・ウーについての情報を全部言ってもらうからね」
アリアが強襲科の部屋の一角を借り蒼と勝負することになった。
蒼は乗り気じゃなかったが仕方なくアリアの我がままに付き合ってあげようかな。
「じゃあ、私が勝ったら、キンジさんの家にしばらく滞在します」
「なんだよそれ!! オレは――」
「わかった、じゃあルールの確認から」
あのキンジさん本当に大丈夫でしょうか……。
「えっと、先に倒れたら勝ちですよね?」
「そうよ、倒れたら勝ち、シンプルでいいでしょ?」
「じゃあ、始めましょうか」
アリアは二丁拳銃を取り出し発砲。
ダンダン!! とアリアが打ち込む、だが蒼は恐れる事もなく身体を逸らし歩く程度の速さでアリアに近づいた。
アリアは武器を刀に変え地面を蹴る、それをくいっと引っ張り足を掛けアリアを倒すというより転ばすといった方がいいかな。そんなかんじにする。
一応、体から一振りの刀、天龍を取り出し喉元に当てる。刀は峰がオレンジ色で刃は銀色、長さは一般的ものだが、その異彩過ぎるくらいの色合いは遠目からでも目立つ。
この身体から武器を出すのは蒼の能力ではなく武器である天龍の能力、普段は手の甲にある刀の刺青のようなところにしまってあり蒼の意思でいつでも展開できる。
「私の勝ちです。あと言うの忘れていましたが私の服は防弾ではありません」
さらっと言ったが今の戦いかなり危なかったな。
アリアは納得いっていなかった。それもそうだろう、まさか足掛けという非実戦的な攻撃で負けるなんて思いもしなかったから。
「しばらくの間お世話になります」
蒼は手を着いて頭を下げると相変わらずにこにこしていた。
「言っておくけど、私は負けたなんて思って無いんだからね!! アンタがイ・ウーに狙われているからアンタといれば遭遇率が上がるだけだからね!!」
アリアはむすっとした顔でソファーに座っていた。
「それでも構いません、実のところ、日本に来て頼るところもホテルも予約していませんでしたから」
蒼は相変わらずのにこにこスマイルで言う。
「結構、無計画でここまで来たんだな」
呆れた顔でキンジは言った。
「ええ、まぁ、前いたところで荒稼ぎして金銭には余裕がありましたから……」
「どんなところに居たんだ?」
「アメリカにしばらく滞在して、その後、神崎さんを探してイギリスのロンドン、そして日本とまぁ、こんなかんじです」
「じゃあ、なんの仕事をしてたの?」
アリアがソファーに寝そべりながら横やりを入れる。
「掃除屋といえば伝わると思います。俗語ですから怪しいですが」
現行犯や指名手配を警察ではない人間が捕まえ警察に突出し賞金を貰う仕事だ。アメリカではそれを生業にする人もいる。
「意外ね、犯罪者をとっつかまえる人間には見えないけど?」
「そうですね、結構、取り逃がしてしまいます、他にも仕事はしていました」
「変な経歴なのね」
アリアはそう言って蒼を見た。
「意外に凄いんだな黒髪さんは」
尊敬した目でキンジは蒼を見た。
「いえいえ、大したことありませんよ。昔、失敗して思いもよらない事故が起きましたし、あと私の事は蒼で構いません。年齢も近いですし」
「そうなのか、じゃあ、蒼これからよろしくな」
ピンポーンとインターホンが鳴る。
「白雪かな、たしかアドシアードの打ち合わせで遅くなるとか言ってたな」
キンジが立ち上がり玄関の方に行った。
「ねぇアンタ、ウソついてるでしょ?」
「どうしてですか?」
「だって、ただの掃除屋がイ・ウーに狙われるわけがないじゃない」
まるで確信しているような強く真っ直ぐな眼だった。
「あははは、これは一本取られた、ですが私には記憶が無いので確かな原因は分からないんです」
「ほんと、アンタは何者なのよ」
キンジがリビングに戻ってくるとさっき言っていた白雪と思われる女性立っていた。
「は、初めまして星伽 白雪です」
丁寧に頭を下げて挨拶した。
これが大和撫子というものか、などと蒼は感心していた。
「黒髪 蒼ですよろしくおねがいします」
蒼も丁寧に頭を下げる。
「白雪、先に風呂に入れ、オレはちょっとコンビニに行ってくる」
「わかったよキンちゃん」
「キンジさん私もご一緒しても?」
「ああ、いいぜ」
そう言ってキンジと蒼は外に出た。
―――――――――――――――――――――
「蒼、そういえばお前オレたちが学校の間お前は何してるんだ?」
蒼は武偵校の生徒じゃないからな一日中家にいるわけじゃなさそうだし。
「そうですね、とりあえず明日は別件の仕事がありましてね午前中には終わるのですが、明日になってからのお楽しみです」
適当に言うと、蒼は思いついたように言った。
「キンジさんは異世界って信じますか?」
「急にどうしたんだ? 異世界か、あったら楽しそうだけどないと思う」
「そうですか……」
いまいち、蒼の性格が掴めない。
夜風で蒼の真っ白な髪が揺れる。本当にイケメンだなおい……。
「コンビニで何か買うつもりなんだ?」
「ファミキチというものが流行っているらしいのでそれを」
「あ〜、それは今から行くところと違うコンビニだ」
蒼は豆鉄砲を喰らったような顔をした。
「じゃあ、プレミア・ロールを」
「それとも違うところだ……」
蒼はうなだれながらため息を吐き落ち込んだ。
「そういうのは町中にあるから暇な時でも探すといい、なんなら案内しようか?」
ぱぁと蒼はあかるい表情になった。ひょっとすると単純な性格なのかもせいれない。
そうこうしてコンビニで買い物を済ませたキンジたちは部屋に帰ると。
「おかえり、キンちゃん」
風呂上がりの白雪がいた。幸いにも着替えたあとだったからヒスることはないだろう。
「じゃあ、あたし、ももまん買ってくるね」
アリアがそう言って玄関をすれ違いになるとき、
「私も行きますよアリアさん。ももまん実は食べたかったんです」
「そうなの? じゃあ行きましょう。キンジくれぐれも警戒を怠るじゃないわよ」
「はいはい、わかりましたよ」
アリアを見送ると、脱衣場に行き風呂に入る。白雪が上がったばかりなのか女の子独特の甘いにおいがする。
セーフだが、白雪のあのクロを思い出すとやばいな。
頭を横に振り邪念を払う。
風呂から上がりタオルで体を拭いてズボンを穿いていると。
ぱたぱたぱたっ。
と、廊下から走ってくるスリッパ音が聞こえた。
なにやら慌ただしい足取りだった。
「なんだ?」
脱衣所のカーテンの方を向くと――
「キンちゃん!? どうしたの!?」
しゃあっ!!
脱衣所のカーテンが全開になってしまった!
開けたのは、巫女装束の白雪。
どういうわけか血相を変え、つぶらなお目々を真ん丸に見開いている。
「は、はっ!?」
俺は面喰って後ずさる。
……っていうか、これっ。
このシチュエーション。
普通なら男と女、逆じゃないか!?
などというよく分からない分析するくらいテンパってしまった。
「ど、どうした急に!!」
「だ、だ、だってキンちゃんが、電話」
「――電話?」
「すぐに来てって言って切っちゃたからっ」
「電話なんかかけてねーよ」
ありえん。
というか、どうした白雪固まって?
「おあいこ!!」
突然、白雪が服を脱ぎだした。
「落ち着け白雪!!」
慌てて胸元をおさえる。
なんか柔らかい感触が……そんな場合じゃない!!
「離して!! キンちゃんが見せたんだから私も!!」
暴れる白雪を抑えるべく馬乗りになる。
「白雪、そんなことしなくていい!!」
必死にキンジは白雪を説得する。
「た、たしかに私はキンちゃんがお風呂入ってるので妄想してて鬼道術に集中できていませんでした!!」
駄目だ完全に暴走している。ちなみに鬼道術っていうのは星伽に伝わる術で詳しいことは分からん。
「基本的な設定や専門用語は緋弾のアリア本編を読めば分かると思うから――」
なんかまたわけのわからんことを言い出しやがった。
コロりんとももまんが転がり込む。
目線をずらすとアリアが呆然と赤面して、蒼はももまんに噛り付いていた。
「こ、この……バァァカァァキンジ!!」
「まって、アリアこれはキンちゃんと合意の元でやってるの、やきもち妬かないで!!」
堪忍袋の緒が切れたアリアは二丁拳銃を取り出し
ダンダンダン!!
こっちは裸なんだぞ!!
キンジは弾丸を回避すべくベランダから飛び降りた。
東京湾の海は凍えるように冷たかった。
翌朝、案の定キンジは風邪を引いた。
第一話終わり