魔王継承、俺の知る知識(歴代魔王の)では根本的にはこうなる。
魔王の持つ武具を全て手に入れれた者が次の魔王。
ただし、魔王本人が立てた候補以外は、必ず最初に魔王が立てた次代の候補の持つ武具を奪わなければならない。
つまり、お互いで取りあう前に必ず俺から武具、即ちマントを奪わなければならないわけだ。
魔王候補は武具を持つ全員ではあるが、同時に魔王の立てた魔王候補一人の事でもある。
今までの継承戦においては前魔王のたてた候補が破れた事はない。
もっともその理由も俺は知っている、候補は全て前魔王からその知識と魔力を直接委譲されていたからだ。
この継承という儀式は、結局のところ新魔王のお披露目でしかない。
しかし、今回だけは違っていた。
前魔王が死亡、消滅し、知識だけは俺に委譲されたものの魔力は全く委譲されていない。
つまり、戦力的に見て本来100ないといけないその力が1くらいしかない計算だ。
100GBの魔力を今貯めているものの、正直言って焼け石に水、本来万単位で手に入れておく必要がある。
だから……。
「戦力が整うまで継承戦は控えたいな……」
「そうですね、幸い相手は殆ど寿命が長い生き物ですし、10年くらい待ってもらってもいいのではないでしょうか?」
「そう出来ればいいが……まあ、時間がほしいのは事実だな」
とはいえ、現状から一気に魔力を上げる術があるか、と言われると……。
なくもない、かなり無茶な方法になってしまうが。
継承戦を引きのばせるとしてももうマントを受け取ってしまった以上来年までは無理だろう。
「急ぐ必要があるな……」
「はい」
そうして、俺達は潜みながら魔王領内を人間の国の国境がギリギリ視界に収まらない辺りを北上する。
さっさと、魔王領から離れないと、いつ挑まれてもおかしくはない。
戦力的に俺はゴミみたいなもんだから、フィリナに任せっぱなしになるし、
流石に彼女が一人で貴族クラスや魔将に勝てるとも思えない。
しかし、世の中そうそう上手くは行かないものだと痛感させられる。
俺達の進行方向に、魔族達の軍勢を発見してしまった。
ざっと見て500……、軍としてはそう小さいと言えるが、先遣隊か偵察部隊だとすれば頷ける。
構成も飛行魔物が30以上飛んでいるし、足の速い魔族が多い。
「これは……」
「進行方向から見て、目的地は私達と同じとみていいかと」
「つまり、メセドナ共和国か……」
メセドナ共和国に向けて偵察部隊を送るという事は、もう戦争が起こるまでさほど時間がないという事だろう。
とはいえ、総意で動いているのか、この辺りの貴族が動いているだけなのかはわからない。
この辺りの貴族が動いているだけなら、まだ対処の方法もあるのだろうが。
それでも一旦戦端を開いてしまえば全面戦争に突入する可能性は十分ある。
なんというか、この世界は神も魔も皆血の気が多いな……。
「どうしますか?」
「俺達が対処できるような事じゃない、
穏便に帰ってもらうためにはどこに報告するのがいいかくらいは悩んでもいいけどな」
「穏便にですか、それならば見過ごすのが一番だと思います。
メセドナ共和国には特別自治区が存在します。
そこには、戦争を望まない貴族との繋がりがあるはず。
当然、向こう側もなんらかの反応を見せるはず。
あの偵察部隊も無視はできないでしょう、
もっともあの偵察部隊はその辺りを踏まえての示威行動かもしれないですが」
「なるほどな……」
つまり、穏健派と強硬派が今丁度さし合いの真っ最中という訳か。
魔族も一枚岩ではないとは聞いていたが、面と向かってその事実を知ると不思議と納得する。
あんまり人間と変わらないなその辺りは。
「じゃあ、出来るだけ離れると……!?」
「あれは……冒険者!」
そう、冒険者の一団が現れた、この辺りをうろついているという事はBランク以上の高位冒険者だろうが……。
500匹ものモンスターに突っ込んでいくだと!?
あ……あの先頭の女、見覚えがある……パーティ”銀狼”!!
「あれは……」
「出来るだけ急いで離れましょう! 私達は指名手配されているんですよ?」
「ああ!」
とはいっても、俺達も派手に動く事は出来ない。
じりじりと下がるしかない、見つかってしまっては元も子もないのなだら……。
しかし、銀髪の美女はその体を返り血で真っ赤に染めながら身の丈ほどもある大剣を振り回す。
鎧から日に焼けた肌が露出しているのが妙に艶めかしいが、表情を見れば身も凍るだろう。
その顔には確かに、魔物を殺す事が出来る狂喜に染まっているのだから。
その勢いはとどまる事を知らず、しかも、一直線に向かっているのは、この軍をまとめている魔族。
一瞬の交錯、魔族はその一瞬で胴が真っ二つになり、2つの物へとなり下がる。
その後はもう、俺も脱出に専念していた事もあるが、結果は簡単だった。
指揮官を失った魔物達はてんでバラバラに動きだし、”銀狼”達に向かうか逃げ出すか混乱してその場でうろうろしているか。
そんな状況下だからだろう、血風は飛び散り続けた。
俺は、その中にウエインがいる事を確認する事も出来ずただひたすら逃げに徹した。
「ふう……、まさか、あいつらが来るとはな……」
「はい、もう仕方ありません、普通の旅はもうしないほうがいいでしょう」
「そうだな、身体能力はそこそこ強くなったんだ、一日走り続けるぞ」
「はい!」
とてもじゃないが、あんなの相手できない。
セイン・ドレル・マクナリア……、噂が本当なら魔族に攻め滅ぼされた国の生き残り。
復讐に狂ったという事だろうか……、確か普段は無表情であまり感情を出さないタイプに見えたが。
なまじプロポーションのいい凄みのある美人だけに、狂喜しながら迫られたら動けなくなりそうだ。
いつもそばに控える男はヴィンスというらしい、名字は知らない。
ウエインも知らないようだった、ただ、このパーティなら確かにウエインは強くなりそうだ。
生きていられたら……だが。
「マスターはいつになったら強くなるんでしょうね?」
「それは言わないお約束だってーの、つーか俺、かなり強くなってるはずなんだけどね……。
魔王領に来てから魔獣を結構狩ってるから、魔力もたまってきたしな。
それでもアレに勝てる気はないないけどな」
「そうですね、魔王領に来る前より当社比1.2倍くらい強くなったと思います」
「その心は?」
「このペースだと、今の100倍の強さになるのはいつの日でしょうか?」
「うぐッ!?」
最近フィリナの言葉が励ましてくれているのか、単にこき下ろしをしているのか分からなくなった。
いや、実際キッツい事ばかり言われている気がする。
普段からひどいと、警戒心も働くんだが優しいのと酷いのと交互だったりすると心の弱い所にヒットしたりで怖い。
強制力とかそんなのは完璧に忘れてるな最近は……。
もしそのためにフィリナがやっているんだとすればかなり気を使わせている事になるが……。
すまん、今は半泣きで走るのみ(泣
魔王領、ベルンフォード辺境伯領。
メセドナ共和国と対面にある魔王領の貴族領である。
その領主の館にて、独走していた部隊が壊滅した報告を聞きながらベルンフォード伯爵は平然としていた。
その理由も既に分かっている。
「銀狼か……全く、派手にやってくれるな」
「そうでもないでしょう、狂犬の割には直接領主館を狙わないくらいの分別はある」
「フンッ、単に一度のしてやったから実力を蓄えているだけだろうよ。
もっとも、私も更に強くなっている、徒労だろうがな。
次は……消す」
「恐ろしい話だな、とても融和派のリーダーとは思えない」
「それも理由があっての事だ、それなりに私の利益になっている」
元々特別自治区が成立しているのもベルンフォード伯爵とメセドナ共和国の交流のお陰という事になる。
伯爵は種族としては、ダークエルフという事になる。
色がそれほど黒くないのが不思議ではあるが、その長い耳からそれは確実だろう。
今は応接間に一人の客を招待し対面に座らせている。
メイド達にかいがいしく世話を受けながら伯爵は対面を見る。
それに対し、対面の男は白い背広と眼鏡という、とてもこの場に似あうとは思えない格好をしている。
「石神、お前は本当にそれをするつもりか?」
「はい、私は元々そのつもりでアルウラネから依頼を受けましたので」
「全く、前代未聞だな……私もかなりの型破りだと自覚していたが、お前には敵わんよ」
「私には目的があります、そのためにはこの世界に戦争をしてもらっていては困るんですよ」
石神は二コリともせず返す。
伯爵はこの男の勤勉さと能力の高さ、そして抜け目なさに感心している。
当然ながら完全な味方という訳ではない、後々敵対する可能性は大いにある。
ゆえにその人となりはよくつかんでおく必要があるというのが伯爵の考えだった。
「まあいい、それで……どうやってメセドナを手に入れるつもりだ?」
「今、私の手の者が動いています。
まだ一か月くらいは様子見となりますが……。
どの道、四魔将が軍を用意するには3カ月は必要になります。
その間に何とかして見せましょう」
「ふん、具体的にはどうするつもりだ?」
「大統領を挿げ替え我々に有益な人材とします」
「暗殺か、古来、暗殺で政治が変わったためしはないというがな」
「いいえ、暗殺ではありません。あくまで挿げ替えなんですよ」
そう言うと、石神はニヤリという感じの笑いを作る。
確かに、挿げ替えとは言ったが殺すとは言っていない。
ならば言ったいどうするというのか、石神の底が見たい、そう伯爵は考える。
ならば後一月くらい泳がせてみるのもいいかもしれない、そう考えた。
「では、私はこれから仕込みがありますので……」
そう言うと、石神は部屋を退出していく。
一瞬伯爵の目が鋭くなった事を彼は背中越しに理解していた。
そして、館から少し離れた場所。
石神が自分のために集めた部隊がそこには存在している。
みた所、魔獣、妖魔、魔族、以外にも妖精、獣人、人族等も混ざっている。
混成部隊もいい所だった。
「リュウゲン様おかえりなさいませ」
「ああ……」
早速飛び出してきた迎えの兵士に軽く挨拶すると、そのまま中央にある天幕へと向かった。
石神はマント等していないが、その白い背広は目立つ。
そもそも、この背広、洗い方も、乾かし方も分かる者はいないので、石神は自分で洗濯している。
しかし、実は魔族に言ってこのスーツを何着も作らせているのだが。
どうにも、本来のスーツほどには強度がないらしく、直ぐヨレヨレになった。
まあ、この世界でスーツを着ている人間等他にはいないのだからさほどパリっとにこだわるのもおかしいかと石神は考える。
それでも、クリーニングと糊づけはいずれきちんと教えるべきだと考えていた。
「全く、遅いぞ! 私は待ちくたびれてしまった」
「カルネ……、もう少し落ち着け。アルウラネにもよく言われているのだろう?」
「ぐっ、アルウラネ様を呼び捨てにするな!」
石神が眼鏡のつるを人差し指でくいっと引き上げながら言うと、カルネと呼ばれた少女はえらく憤慨する。
もっともこの少女、明らかに人ではない。
背中には黒い蝙蝠の羽根が突き出し、髪は少し青みがかった銀髪。瞳は真っ赤に燃えている。
服装は、簡易鎧を着込んでいる、背中には槍と丸盾がくくりつけられていた。
あえて形容するなら、空を飛ぶ騎士のようなものだろうか。
飛ぶのは自前なので騎士もどうかと思うが。
「それで、今回の件どうだったんだ?」
「おおむね成功といっていいだろう、伯爵は不干渉を約束してくれた」
「へぇ、案外やるじゃない」
「私にも都合があるからな、こんな所で止まって等いられん」
「全員探して元の世界に帰るんだっけ?
でも、アンタこの世界に来てから生き生きしてるでしょ?」
「……」
「国盗りとか、本当は好きなんじゃないの?」
「私は理想の社会を実現したいだけだ」
天幕に入り、2人だけになった後、石神はぽつりとつぶやいた。
生き生きしていると言われた事は心外だったのだろう。
石神は権力は確かに欲しい、何をするにも必要なものだからだ。
しかし、それは目的のための手段に過ぎない。
「理想の社会?」
「完璧な社会というものがない事は知っている。
しかし、個人に還元されない社会等害悪でしかない。
戦争等もっての外だ、殺し合いは軍隊同士でやればいい」
「騎士の私にそれを言われてもな……」
「自国民に対し義務ばかりを課し権利を侵害する。
現状の人族や魔族の政治体系はそう言う部分が多い。
私が生き生きしているとすれば、そういった古い慣習を破壊する事が出来るからだ」
「流石石神、ひねくれてるね」
「何とでも言え」
ふと我に返って、石神は自分の語った事が目の前の女騎士に理解される事はないのだと知る。
彼女はあくまでアルウラネからのお目付け役。
付き合いが長くなっているため、多少気を許しているが根本的には別の存在なのだと。
石神にとって、味方と言える存在はあまり多くない。
なぜならば、裏で考えている事もおおよそ分かってしまう石神のその切れすぎる頭を疎ましく思う者は少なくないからだ。
だから、余計に相手も警戒する。
結果的に石神に近寄る者は腹に一物ある存在か、もしくは心から心服し崇拝する信者のような存在になる。
対等につきあえる友人、それがいない事を石神は心の中で嘆いた。
あれから数日、俺達は走りに走り、どうにかメセドナ共和国のある辺りまで北上する事に成功した。
これでようやく、人間のいる世界に戻る事が出来る、そう言う思いが多少あった事は責めないでほしい。
しかし、当然ながらメセドナ、魔王領国境にはそれなりの兵士が配置されており俺達が潜り込む隙は見出せない。
かといって、今からこちら側の領主の所に行く気もない。
何故なら、領主の所に行けば自動的に俺が魔王候補である事が分かってしまう。
そうなれば、今の強さのままで4魔将と闘わなければならなくなる。
幸いメセドナは魔法の国、いろいろなマジックアイテムや魔法そのもの、後魔力をため込んだ石等もある。
パワーUPするための物品には事欠かないだろう。
しかし、それも入国出来ればこそ。
さて、どうするべきか……。
「結局、入国するのが一番難しいってことになるな……」
「いえ、そうとも限らないと思いますよ」
「え?」
「ほら」
「あれは……」
壊滅させられた軍の一部、100匹ほどはいるだろうか。
それが、破れかぶれなのか国境線に向けて突っ込んでいこうとしていた。
まだ”銀狼”のメンバーが追いかけているのだろうか?
それとも錯乱でもしたか?
「何にせよ好機です。
国境警備の兵士達が減ればその分監視も甘くなります」
「しかし、そう上手くいくか?」
「そうですね……、実は私、荷物の中に幾つか着替えがありまして……」
「へっ?」
「この際贅沢は言わないでくださいね?」
「えっ、にっこり笑って……一体何をするつもりかな?(汗)」
「それはもちろん……」
俺は……無理やり着替えさせられてしまった。
それも、女ものの服装に……、不思議な事に俺が着れる服を用意してあった。
と言う事は……元々入国の際に使うつもりで買っていたという事か!?
「私は、少しこう……今度は赤毛もいいかもしれないですね。
マスターは緑でいきましょう。ウィッグって面白いんですよ?
頭は蒸れますけどw」
「ちょ、フィリナ!? 落ち着こう! 俺がそんなの着れる訳……あ”ッ−−−−!?!?!?」
なんというか……いくら指名手配されてるからって……。
良くいる女顔の主人公じゃないんだから女装が出来る訳ないってーの。
案の定、着替えた俺はフィリナに爆笑されることになった。
「ぷくくっ!! まさかっ……まさか……こんなに似あわないなんて!!ww」
「酷っ! 着替えさせたのお前だろ!!」
「ええっ、ですからそのフードでしっかり顔を隠しておいてくださいね。
普段から出しているにはインパクトがありすぎますwww」
くそっ、ぜってーぐれてやる!!
とは言え何にしても、先ずは入国しなければならない。
この際旅の恥はかき捨てだ!
とやけくそ気味に思っていると。
「言っておきますが、お笑い覆面化するほどでも無理にでも女装してもらったのには意味があります」
「いや、意味がなかったら流石に泣くよ俺!!」
「まあ聞いてください、出入国管理は魔王領側とメセドナ共和国側の2つあります」
「それはまあ、そうだろうな……」
「魔王領側は基本的に魔力を隠していればさほど問題なく通れるはずです。
貴族階級以上の魔族が見張っていない限りは。
しかし、メセドナ共和国側は、入国してしまえば色々な権利が保障されますが、
入国審査は厳しいものがあります」
「厳しいというと?」
「テロリストに出も入国されれば大変ですし、それに、犯罪者は入国する前に引き渡せば他国との軋轢が起きにくいんです」
「なるほど……だとすれば俺達は入国審査で引っかかってラリア公国に引き渡しになる可能性が高いと」
「そう言う事ですね」
それは確かに問題だ、俺達はラリアから逃げてきた訳で、戻されれば処刑、もしくは実験材料といったところか。
ロクな未来が見えてこない。
しかし実際、女装した程度でどうにかなるものか?
「女装にはそれなりに意味があります。
実は、魔王領からそういう方面の出稼ぎに来る魔族は多いんです」
「……そう言う方面って……」
「魔族にはサキュバスという種族があるのを知っていますか?」
「あ……」
「彼女らは人の姿を取っている事が多く、入国審査は自然と女性には甘くなります」
「そう言う事なのか……」
それでも、俺のような明らかにそう見えない女装に意味があるのかは……。
とたんにバレそうな気がするが……。
「それが割合大丈夫なんですよ。前に私達のパーティも同じ事をした事があるんですが」
「ちょ!?」
「巨漢の戦士がいたでしょう? 彼もここを女装で通過しています」
「……勇者のパーティって……」
「レイオスが勇者と呼ばれるようになったのは魔王を倒したからです。
それまでは、王子様のいるパーティという珍しくはあるけれど特別なパーティではなかったので」
「はあ、なるほど……」
レイオス達も妙な所で苦労してたんだな……。
とはいえ、それと今回の事がどうつながるのか……。
実際の所、よくわからないんだが(汗
「任せてください、私はこれでも冒険者歴は長いんですよ?」
「それは……わかった、全面的に信用する」
「はい、元々一蓮托生なんですから、私がマスターをわるいようにする訳がないんです!」
「はあ……」
そこは頷いていいのかどうか微妙だったりする。
逆セクハラはほとんど毎日くらっているだけに、心のほうにもトラウマが……。
「先ずは、サキュバスとして疑われないために、逆に魔力を出しましょう。
私達が前来た時はアイテムを使ったのですが、今回はその必要ないですしね」
「まあ、確かに自前で魔力はあるけど……」
「バレないかと言う事ですよね、大丈夫です。
普通に出せば確かに怪しまれますが、これを通して出す事で魔力タイプが変わります。
まあ、魔力を流してほんの半時間ほど、それも一定量以下の魔力だけですが」
「指輪?」
「はい、確か製作者は魔力波調を変えると言ってましたね確か」
「製作者って?」
「パーティの魔法使いですよ、錬金術が得意だったんです」
「へぇ、それなら安心かもしれないね」
「はい! まあやってみる事です。駄目なら全速で突っ込めば大丈夫!」
「ははは……随分と力技な……」
ともあれ、仕方なく魔力の波長を変える指輪を持って、国境にやってきた俺達。
フィリナは俺の顔を見るたびに笑いをこらえている。
こんなので上手くいくのか……?
「ほう、この……がね……」
「はい、まだ変身能力があまり上手でなくて、でも、町でみっちり数年頑張らせれば十分私のようになれますわ」
入国管理のおっさんと、ごつい国境警備隊の前で、
胸を少しはだけた様な服装を見せびらかせながらフィリナは媚態を演じている。
本当に娼婦でもあるかのような演技に女性の怖さを改めて思い知らされる。
というか、サキュバスの人間形態は変身能力だったのか……それは初耳だ。
「ほっ、ほう……君のようにね……」
「ごっ、ゴクリ」
うん、分かる分かるよ君達、フィリナは普段の清楚な姿でも我儘過ぎるボディのせいで妖艶さがあるくらいなのだから。
今の格好じゃ、確かに抵抗し辛い誘惑だねぇ……。
彼女本当に元聖女なのだろうか……(汗
「ええ、私達サキュバスは殿方の精力を分けて頂くことで力を得ているのですから。
最初は上手く変身できない子もよくいるのです」
「そっ、そう言えば聞いたことがあるような……」
「うっ、うむ……通ってもいいぞ」
「ありがとね♪ お店が決まったら報告させてもらいますわ♪」
「よっ、よろしく!」
「ばっ馬鹿が! この場でそんな事を言ってどうする!」
「あっ、そうでしたねすみません」
そうして、フィリナと俺は堂々と国境を抜けてメセドナ共和国の特別自治区入りを果たした。
俺は、こんな国境警備で大丈夫か?
と聞きたくなったがどこからか大丈夫だ問題ないとか聞こえてきそうだったので辞めておいた。
「にしても、フィリナ……凄いね」
「女は化けるものなんですよ。化粧一つだってね」
「なっ、なるほど……」
「でも、勘違いしないでくださいね。
これでも死ぬまではソール教団の司教だったのですから。
そう言う事に興味がなかったと言えば嘘になりますけど、手は出していませんので」
「それって……」
「マスターと同じという事です!」
あーうん、つまり処女であるという事ね。
着替えて普通の服装に戻った今も真っ赤になっている、フィリナを見て少し可愛く思える。
まあ、ギャップが凄いわけだけど、耳年増ってレベルじゃねーよな。
「それにしても……凄い街だね……」
「はい、確かに魔法と魔族の都と言うだけの事はあります。
特別自治区内最大の都市ムハーマディラは……」
「ムハーマディラね……」
そこでは、アラビア風の建物が林立する中、魔法のじゅうたんに乗った人々が行き来している。
町中を顔色の悪い人や、明らかに人型出ない物が歩いていたり、人口と言う意味でもかなり多そうであったし、
逆に色町などといった裏の方もかなり活発になっている様子。
表通りからそれが見分けられるほどだ。
ざっと見た印象として、まさにごった煮、るつぼと言ってもいい印象だ。
「数年前、私達が行き来していた頃の倍はいますね。発展が凄まじいです」
「へぇ、やっぱり沢山の種族が集まっているからかな、力があるように見えるね」
「この町がたった一人の人間によってここまで大きくなったと言ったら、信じますか?」
「一人の人間?」
「そう、名前を石神龍言(いしがみりゅうげん)と言うそうです」
「なっ!?」
石神だって……!?
この町を倍になるまで発展させたのが……?
それはつまり、石神はこの町の権力者と言う事なのか?
いや、ありうる……石神は何をやらせても凄い奴だった。
いつも、数歩先を行く。
あいつは今俺の味方なのだろうか……。
幼馴染を疑いたくはないが、前例がある、本人が意識していなくとも立場がそれを許さない事も。
先に探りを入れなければならないなと俺は決意するのだった。