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黒の異邦人は龍の保護者 # 07 “Person who runs away and person who chases it ―― 逃げる者と追う者 ―― ”『死神の涙』編 E
作者:ハナズオウ   2011/08/11(木) 00:44公開   ID:CfeceSS.6PE




 ポツポツっと小雨が降り注ぐ街は、雨に起こされた土の香りや緑の香りで溢れている。

 優しく降り注ぐ雨の雫を薄く赤いボロボロのワンピースを着たハヴォックは気にも止めず歩んでいる。
 その手には風呂敷を大事そうに抱えている。

 足元には、リンリンっと鈴の音を立てながら歩く黒猫のマオがいる。

 2人は“とある目的地”に向けて歩いている。
 言葉を交わすでもなく、2人は淡々と歩いている。

 ふとした瞬間猫は立ち止まり、どこか寂しそうな瞳で空を見上げる。

「……どうした、猫?」
「いんや、そろそろ『李 舜生』が殺される頃だろうなっと思ってな」

「ほう……止めないでいいのか? 仲間なんだろう?」
「仲間? ……すでにチームは解散してるさ。死んでもらわないといけないのさ、『李 舜生リ シェンシュン』にはな」

「案外薄情なんだな……まぁ契約者らしく合理的だな」
「まぁな。『李 舜生』に死んでもらわないと、俺とアンバーの契約が果たせないのでな。

 ――それになハヴォック、お前も安息の日は終わりなんだぜ」

 ニヤリと猫はハヴォックを見上げ、止めていた歩を再び進める。
 ハヴォックは歩む猫の後ろ姿に微笑みを返し、歩を進める。

 猫はハヴォックと共にヘイといた約一週間の期間にはほとんどアンバーから託されたという『未来の記憶』を話しはしなかった。
 話した事と言えば、契約者を契約者たらしめる『ゲート粒子』と契約者の魂との繋がりについてだ。


 憑依能力を持つ契約者などのゲート粒子が魂に代替していること。
 猫がゲートの中で魂が消滅して、この世界で生きている理由はそこにある。

 つまり、この世界にも『ゲート粒子』が存在している。

 憑依能力者は存在が不確かな『魂』という存在を他人の肉体に侵入させる。
 そのような超常な能力を可能にしているのは、ゲート粒子である。

 憑依能力者などは、他の契約者達よりもゲート粒子と魂との繋がりが深いと言える。

 であるので、黒猫の体で生きている猫の持つゲート粒子がなんらかの方法で活性化を止め消滅すれば、猫の精神は魂とともに消える。
 猫とはこの世界のゲート粒子によって再び目覚め、生きているのだから。

 気の遠くなる程長い年月を歩むことになった契約者もまた同様で、その体内のゲート粒子が消滅すればその契約者の魂も死ぬのだ。


 などと猫はさっさと一方的に説明したのみで、それ以降新たな説明は一切なかった。


 2人はほどなくして目的地の一軒家に辿り着く。
 そこは以前、黄 宝鈴ファン パオリンも訪れた一軒家で、鏑木楓が住まう家である。

「ここは……?」
「黄 宝鈴のお友達のおウチさ。そして、お前さんの……いや、今回の分水嶺が拝めるスポットさ」

「ほう……私に何が起こる?」
「さあな、それは聞かされてないんでな。ただな

 ――ハヴォック、お前さんは自ら飛び込むらしいぞ」

 面白そうなモノが見れるっと、猫は楽しげにニヤリと口元を釣り上げる。

 ハヴォックはそれ以上追求することはせず、鏑木楓の家の呼び鈴を鳴らす。

 出てきたのは、老齢な女性。
 鏑木楓のお祖母さんにして、ワイルドタイガーこと鏑木・T・虎徹の母、鏑木安寿である。

 ボロボロのワンピースを着た裸足の女が玄関に立っているのに、安寿は特に慌てた様子もなくにこやかにハヴォックを見る。

「あらあら、どちら様ですか?」

「今日まで黄 宝鈴の家で世話になっていたものだ。今日は先日お世話になったと聞いたのでそのお礼と……

 これから世話になるのでな、その挨拶だ」

 ハヴォックは薄らと口元を緩めながら手に持った風呂敷を差し出す。
 安寿はハヴォックから風呂敷を受け取り、ハヴォックの足元にいる黒猫に目をやる

 猫は上体をゆっくりと揺らして、首輪の鈴をチリンチリンと鳴らしている。
 そして、力強い意思が篭った瞳で安寿を見つめている。

 動物の瞳とは思えない猫の力強い瞳に、安寿は吸い込まれそうな感覚を覚える。

「恋のキューピットからの伝言だ。

 『御まじないのお礼を貰いに来たよ。協力してあげてね』

 だとさ。これからよろしくな」

「……しゃべる、猫。

 あらあら、アンバーさんが言ってた事は本当だったんだね。

 なら、ちゃんとお返ししないとね。いつでもおいでなさい」

 安寿は猫が喋った事に驚きつつも、遠い昔の約束の時が来たのだと理解して、笑顔で了承する。




 遠い昔、安寿の生涯の伴侶との馴れ初めに絡んできた緑髪の少女、アンバー。

 旦那への初めてのプレゼントをどうしようかと思い悩み、街で黄昏ていた時にアンバーは突然現れた。、
 愛くるしい笑顔で安寿と共に街を周り、プレゼントを選び、アンバー直伝の御まじない

 ――『あなたの笑顔をずっとまもってくれますように』

 を教えたのだ。

 プレゼントは見事に成功し、安寿は見事生涯を共に歩けることになったのだ。

「何かお礼をさせて、アンバーちゃん」

「うーん、そうね。じゃぁね、

 ――いつの日か、あなたのお家にボロボロのワンピースを来た赤い髪の女性と喋る黒猫ちゃんが来るから助けてあげて。

 それでいいよ」

 アンバーは愛くるしい笑顔でお礼を要求し、去っていく。
 安寿は緑髪の少女アンバーが、お返しを遠慮するためにデタラメを言っていると思いつつも、去っていくアンバーを見送った。
 それ以降、アンバーを見かけることはなかった。

 どれだけ月日が経っても、アンバーが言ったデタラメなお礼を片時も忘れたことはない。


 アンバーのデタラメなお礼の時はやってきたのだ。

 安寿は微笑み、2人を見る。

「さすがはアンバーと言ったところかな。

 さてと、俺はそろそろ行くとするかな。
 また来るからな、安寿」

 猫は、くるりと体を反転させて足早に去っていく。
 ハヴォックも小さく頭を下げて、猫に着いていく。

 安寿は2人を見送ると、風呂敷を持って家に入っていく。



「ああ……ハヴォック、お前とはここでお別れだ。

 俺はこれから黒の元へ行く」

「ほう……見捨てるんじゃないのか?」
「おいおい、俺が見捨てるのは『李 舜生』だけだぜ? 

 遂に俺の仕事も始まるのさ」

 猫はハヴォックの問いかけに答えると、振り返りもせずに走って去っていく。

 ハヴォックは、気ままな猫のような猫の行動に口元を緩めながら、ゆっくりと歩いていく。
 猫が見えなくなって程なく、ハヴォックは街の路地に入っていく。

 細く暗い路地裏を歩くハヴォックは、目的地も決めず歩き続ける。

 猫からの伝令により、路地裏を歩き回っている。


 いくつ目の角を曲がったか、突如ハヴォックの目の前に直径2m程の漆黒の球体が出現する。

 突然の球体の出現にも、ハヴォックは動じずに立ち止まる。
 球体からはゆっくりと人が出てくる。


 黒く長いストレートの髪を肩まで伸ばし、丸めがねを掛けた14歳ほどの少女が『ニヒヒ』っと不気味な笑い声を上げている。
 その頭には狸の耳を模したモノが取り付けられたフードを被っている。
 体の発育はさほど順調とは言えず、髪を短くしてしまえば、男と言っても通るほど顔立ちはキリっとしている。


「何か用か?」

 ハヴォックはパーセルの登場にも表情を動かさず、冷静に声を紡ぐ。

 パーセルも、喪失者とはいえ契約者らしいなっと言わんばかりに更に笑みを深める。

「まぁ、BK-201への襲撃の片手間ってのはあるけど、お前を連れ戻せってさ。

 ――可能ならな」

「……可能なら?」

「そ! まぁこっちの『お姫様』のお迎えが優先だからな。

 あいつバカの一つ覚えみたいに乱射するからさ」

「ほう……チームを、組んでいるのか」


「まぁな! この仕事もオレの能力にかかれば一瞬の作業なんだけどな。ヒヒヒ」

 そう言ってパーセルは笑うばかりで漆黒の球体を出すでもなく、動かない。


 契約者同士でチームを組ませる。
 それは合理的思考で最終的な判断基準を自身の命に置いている契約者の裏切りを防ぐ狙いがある。
 裏切れば、今まで仲間だった契約者が即座に敵になる。

 それは自身の生存確率を下げる大きな要因である。

 また、契約者は万能ではない。
 能力を行使すれば必ず対価を支払う必要がある。

 能力が強力だとしても、軍隊には敵わない。
 せいぜい少し強い兵士といったところである。


 ハヴォックはパーセルの台詞から、パーセルの背後にいる存在について確信を得る。。
 自身も一度捕まり、薬を打たれ、MEで偽造された記憶を植え付けられたが、一度も上の者には会ったことはない。
 ハヴォックが逢ったのは契約者ばかりであった。

 以前の世界から現れた人間は全てこの世界で立場というモノは持っていなかった。
 だから、偶然ゲート関連の技術を手に入れた者だろうと当たりをつけていた。

 しかし、契約者にチームを組ませる。
 ゲート関連の技術を使い、尚且つ新たに発展させようとしている。
 ハヴォックに打たれた薬がまさにそうであると、ハヴォックは考えている。


 ハヴォックは見えない敵に思慮を回してから、目の前で笑みを浮かべ動かないパーセルを見つめる。

 能力を使用している事と、感情が乗っていない表情と瞳から、契約者であるとわかる。
 先ほど表れた2m程の漆黒の球体が能力であろう。
 そして、その中から現れたということは、空間転送系の能力者。

 対価も指を折るなどの特定の行動を差し出すわけでもない事から、何かしらの条件であるのだろう。

 つまり、ハヴォックを捉えるのなど虫網で昆虫を捕まえるよりも容易であるのは確かである。
 それをしてこない……。

 ――つまり、上からの命令よりも何かパーセル自身の思惑が勝っているということ……。


「……何が不満なんだ? お前に掛かれば一瞬なんだろう?」

「ヒヒヒ! 雇い主がさ、オレらを駒としか見ない馬鹿でさ」

 パーセルとハヴォックは同じように口元の端を釣り上げる。





―――――――





TIGER&BUNNY × Darker Than Black


黒の異邦人は龍の保護者


# 07 “Person who runs away and person who chases it ―― 逃げる者と追う者 ―― ”


『死神の涙』編 E


作者;ハナズオウ






――――――――




 黒い封筒の雨によって疑惑の空間へとなってしまったシュテルンビルトのトレーニングセンター。

 鳴り響いた銃声と立ち昇る硝煙が、疑惑の場から戦場へと変わったことを報せる。

 グロッグ34を黒へとヘッドショットを撃った蘇芳は、命中しないのが分かっていたとばかりに動じない。

 ヘッドショットを上体を反らして避けた黒は次弾が撃たれる前に、照準を避けて距離を詰める。

 しかし、一切銃を持った手を動かさず、まるで黒が距離を詰めてくるのを待っているかのようである。

 黒は誘われるままに蘇芳との距離を詰めて、蘇芳の頭を握る。


「なぜ……、なぜお前がここにいる! 答えろ!!」

「知らないよ……パパの仇を討てるならなんだってね」

「……ッ!」

「どうしたんだよ、いつものあんたなら……黒の死神のあんたなら能力を使ってすぐに殺すだろ?」

 黒の問い掛けにも蘇芳は一切答える気はない。
 逆に蘇芳は黒を挑発してくる。

 能力を使われれば死ぬと分かっているが、この場に限りそれでも復讐となるのだ。

 エリック西島率いるパンドラよりの情報により、黒はヒーロー達とかなりの繋がりがある。
 それ以外は吹けば飛ぶような繋がりばかり。
 この場においては、黒が能力を使い蘇芳を殺したら、ヒーロー達に黒の正体を知らしめれる。
 なおかつ、犯罪者として捕まえなければならない対象にすることができる。


 これら全ては蘇芳が考えたことではもちろんない。

 エリック西島が、黒への復讐へと暴走する蘇芳を止める為に考えた事だ。

 実力で蘇芳は黒の足元には及ばない。
 狙撃だけに限れば蘇芳が上ではあるが、蘇芳がしようとしているのは面と向かっての復讐である。

 黒が蘇芳を殺す事は出来ないと蘇芳と黒を知る『とある契約者』よりの情報から作戦に組み込んでいる。

 黒い封筒に込めた偽造の……しかし過去に起こった黒の行動を写した写真による疑惑。
 その後に、以前の世界で別れた蘇芳をぶつける。
 蘇芳の復讐が成功しようが失敗しようが、ヒーロー達の元にはいれない

 ――大量殺人を犯した過去を持っていることを暴露したのだから。

 居場所を奪った後に、パンドラが黒を手に入れることは簡単である。
 そうして、発案者であるエリック西島が『時』を手に入れるための野望への最後の鍵となる『物質変換』能力は手に入るのだ。


 エリックの本当の目的である、黒の確保を知らない蘇芳は、少し瞼の落ちた感情のない瞳で黒を見つめている。

 蘇芳の挑発を受けても黒は能力を発動させれず、ただ蘇芳の頭を握っている事しかできない。

 銃を持つ蘇芳が照準を合わせればすぐに崩れる2人の距離。

 黒は蘇芳の胸元に見覚えのあるペンダントを見つける。

 琥珀色の大きな円形の首飾り。

 かつての世界にて共に逃亡していた頃に蘇芳が肌身離さず身に付けていたペンダントだ。

「お前……能力が、記憶が戻っているのか?」

「ああ……ちゃんと『契約者』してるよ、黒の死神」

 蘇芳の頭を掴んだ黒は困惑で体がプルプルと小刻みに震えている。
 引き出したい答えを引き出せず、ただただ蘇芳に挑発されている。

 目の前にいる蘇芳は、明らかに『契約者』である。
 感情を著しく喪失し、無表情に銃を撃ち、挑発してくる。

 蘇芳は以前の世界で死ぬ前に『流星核』を砕かれ記憶の全てを喪失したはずである。

 銀が言っていた……弓張り月に、新しく生まれた地球に送ったと。

 ならなぜ……なぜ蘇芳がいる。
 やはり、以前に見た蘇芳は本物だった。

 ――ならば、この世界は


「はーい、取り込み中ごめんねっと!」

 思考に暮れてしまっていた黒に届いたのは男の渋めの声と、巨大なハンマーで叩かれたような横殴りの衝撃。

 超感覚を持つ黒が不意打ちを受け、勢い良く転がり蘇芳からもヒーロー達からも離れた地点で止まる。

 すぐに起き上がり、蘇芳がいる地点を見ると、そこにはまた以前の世界で見覚えのある契約者が笑っている。
 紺のコートと黒のスーツを来た短い黒髪の30代の男、鎮目玄馬である。

 かつてゲートのあった世界で、黒と何度か戦闘を行なった日本の契約者専門の組織三号機関の『物体の装着』の能力を持つ契約者だ。

 今も右腕は、コンクリートで構成された巨大な腕を纏っている。

 近接戦闘においては中々に厄介な能力者に、黒は敵意を向けてきている蘇芳と鎮目に集中する。


 体を脱力させ、一見隙だらけに見える体勢が黒の戦闘スタイル。
 どのような攻撃が仕掛けられようと対応できるようになっている。

 ただの構え、それだけでも物語る事は多い。

 そう……既に黒は李 舜生の仮面を剥ぎ取られたのだ、スーパーヒーロー達の目の前で。

「いやぁ、案外簡単だねぇ。偽の写真と襲撃だけでこうもねぇ……」
「そんなことよりもなんでここに鎮目がいるのさ。襲撃はボクとジュライだけだって……」

「まぁボスがラブリーちゃんだけだと失敗するってさ。現にやられそうだったじゃないの。ってちょ!」

 鎮目の登場に文句を垂れる蘇芳とそのフォローをする鎮目のフォローを聞いていないように、蘇芳は黒に向けてグロック34を撃つ。

 蘇芳が何度撃とうとも避ける黒に、何度も撃ち続ける。

 しかし、黒は見事に動きに緩急をつけつつ、フェイントを織り交ぜながらトレーニングルームから脱出する。

 蘇芳1人ならば、捉えて尋問する事も一応は可能ではある。
 しかし、契約者の鎮目の登場により、トレーニングルームに留まることは賢い判断とは言い難い。
 相手方はまだ契約者を抱えているはずである、だから複数の契約者をヒーロー達の懐に侵入させた。

 ここに留まってはヒーロー達に……黄 宝鈴に害が及ぶ。


「逃がさない」

「ちょっ! きかん坊め」

 黒がトレーニングルームより去ると、蘇芳はグレッグ34を投げ捨て、ランセルノプト放射光を発する。

 首飾りの流星核から、対戦車ライフルを取り出す。
 これこそ蘇芳の能力『物質転送』である。

 ジュライは慣れたモノで、指先で蘇芳が狙うべきポイントを指さす。

 手に持った空瓶をギュッと握り締め、観測霊をトレーニングセンターの窓という窓を探し回り、黒の位置をリアルタイムで捉える。

「……今」

 抑揚のない声で支持するジュライ。
 迷いなくジュライの指示に従い、引き金を引く蘇芳。

 ライフルの弾はトレーニングセンターの壁を簡単に貫通し、壁越しに走っている黒へと向かって飛ぶ。

 地面から伝わって来た振動から、黒は異常を察知し体を大きく仰け反らせ、銃弾を避ける。

 そして、再び走って屋上へと向かっていく。


 ジュライは蘇芳に次々と狙撃ポイントを指示していく。

 そのことごとくを黒は避けて逃げていく。

 6発ある銃弾の5発を撃つも、全てハズレ。
 蘇芳はラスト一発に全てを賭け、次弾を装填する。

 ジュライが指示するポイントへと照準を合わせる。
 そして、蘇芳はジュライが指示するタイミングを待つ。

「……今!」

 ジュライの声に蘇芳は迷わずトリガーを引こうと指を絞る。
 発射した反動とは違う衝撃が蘇芳を襲う。
 照準もズレ、スットンキョンな方向へと最後の弾は発射された。

 衝撃の正体は、先程まで遠くでただ眺めていたはずの黄 宝鈴の飛び蹴りである。
 涙を流していた瞳は少し赤く、余裕のない顔で黄 宝鈴は蘇芳と向き合う。


 黄の行動に他のヒーロー達も黒を襲っている侵入者を捉えるべく動き始める。

 動き始めた7人のヒーローの前に立ちふさがるのは、右腕にコンクリートで巨大な腕を装着した鎮目である。

 さすがに片手だけじゃ無理だと判断した鎮目は、周囲ののコンクリートや物質を体の周りに装着していく。
 数秒もせずに、埃を大きくあげて鎮目は全身にコンクリートの鎧を纏う。

 防御と攻撃に秀でたスタイルの鎮目はヒーロー達と向き合う。

「まぁ勝てないまでも『運送屋』がやってくるまではやってやろうじゃないの」
「お前らなんなんだ!? 李君に何の恨みがあるんだよ!」

「恨み? ないない。ちょっとボスがBK-201に用があるってだけだよ」

 飄々とした口調で答える鎮目は、攻撃も仕掛けず対峙し続ける。




「黒から聞いたことがある! 前の世界で別れた女の子がいるって……アナタなんでしょう! 蘇芳・パブリチェンコ」

「こっちも知ってるよ……ボクと一緒で黒の死神に兵器として作り上げられたんだろ? ドラゴンキッド」
「違う! ボクは望んだんだ! 師匠と……黒と肩を並べていたかったから!」

「ふぅん」

 黄は蘇芳の主張を退けようと必死に叫ぶも、蘇芳は興味なさそうに答える。
 そして、背中に隠していたもう1つのグロッグ34を手に取り、黄の腹へと無慈悲に3発撃ち込む。

 蘇芳の行動よりも、蘇芳の主張を否定する為に必死になっていた黄は、避けようとも出来ず撃ち込まれてしまう。

 床に倒れる黄に視線をやることもなく、蘇芳はグロッグ34を背中にしまい、入口へと歩き始める。
 他のヒーロー達を鎮目が止めているとはいえ、いつ現状が崩れるかわからない。

 というよりも崩れるのが時間の問題なので、捕まって黒への復讐の続きが出来ないのを避けるために逃げるのだ。

 それを止めたのも、また黄 宝鈴だ。

 起き上がることなく、地面を寝転んだ姿勢のまま滑るように移動し蘇芳の足を払う。

 腹に銃弾を3発も撃ち込み重傷を与えたはずが、黄は何事もなかったかのように攻撃を仕掛けてきた。

 足を払われ地面へと落ちようとしている蘇芳の右肩へ向けて、黄は鋭い蹴りを放つ。

 蘇芳は上体を無理に仰け反らせ、蹴りを避けるも宙に漂ってくる首元の流星核へとヒットする。


 ――ピキッ


 黄の蹴りによって見えるか見えないかの小さな亀裂が流星核に入る。
 その異変はすぐに蘇芳に現れる。

 意識がホワイトアウトして行く感覚が蘇芳を襲う。

 そして、生気の全くない瞳をし、力なく地面に落ちる。
 起き上がろうともせず、蘇芳は死体のように床に転がる。

 捕らえようと黄が警戒しつつも近づこうとする。
 蘇芳と黄の間に割って入ったのは、ジュライ。

 手に持った空瓶を床に放り投げ両手を挙げて白旗をあげる。

「どいて!」
「いやだ……。蘇芳は僕が守る」

 全く抑揚のない声で話すジュライの目は、感情が乗っていないが力強く黄を見つめる。


 立ち上がった黄の腹には、少し焦げたような点が3つあるのみで、貫通していない。
 黄が着ているカンフースーツは特殊な繊維で出来ている。

 黒が着ていたコートの繊維を黄家が研究し、再現したものである。
 電撃系の能力者でないと、防弾効果を発しない繊維であるため、表の世界に出すメリットはさほどない。
 なので、黄家は秘伝のモノとしてこの繊維を囲っている。

 というわけで黄のカンフースーツは、黒のコートと同様で銃弾を弾くのだ。


 戦闘力が皆無と言っていいジュライは、動かずに黄を見つめるばかり。
 軽く捕らえられると踏んだ黄は、電撃を身に纏い突撃する。

「こっちもヤンチャなラブリーちゃんだ!」

 電撃を身に纏った黄に突如コンクリートを横殴りの衝撃が襲う。
 バットで打たれたボールのように勢い良く吹き飛び、壁に打ち付けられる。

 肺から抜けた空気を求め、口を大きく開ける黄は床に転がり、動けない。

 黄が動かない体に鞭打ち、視線を向けると、コンクリートで纏われた巨人が立っている。

 2mを軽く超えるコンクリートの巨人は、ドシンドシンと大きな音を立てながら、蘇芳とジュライを軽く抱えて走って退散していく。
 それをみすみす逃がすわけもなく、虎徹とバーナビーはNEXT能力のハンドレットパワーを発動させる。

 5分間全ての身体能力を100倍にする能力で、超高速で鎮目へと迫る。
 足に力を入れ、一飛びで一気に距離を詰めようと、2人は踏み切る。

 鎮目は背を向けていて一切虎徹とバーナビーの動きに気づいていない。

 奇襲成功を確信した2人の目の前が刹那、暗闇に覆われたかと思えば、2人はなぜか後ろにいたはずのカリーナ達他のヒーロー達に突っ込んでしまう。

 前に突っ込んだのに後ろにいたカリーナ達に突っ込む。
 意味不明な現象に虎徹とバーナビーはヒーロー達の上から退くのを忘れ、呆気にとられる。

「ニヒヒ! おーい鎮目。ちょっと遅れたけど迎えにきたぞ」

 狸の耳を形どったフードを被ったパーセルが倒れているヒーロー達には目もくれずに、蘇芳とジュライを抱えたコンクリート巨人へと近づく。

「鎮目……ボクもう立てるから下ろして。ジュライも」

「はいはい、ラブリーちゃん」

「キモっ」

 下ろされた蘇芳は、ジュライと共に鎮目から足早に遠ざかるとパーセルの横へと移動する。

「ほらよ鎮目、帰るぞ」
「おいおい、目上の人にはさんつけしろよ……ラブリーちゃん。

 いやぁ、パンドラはラブリーちゃん2人もいて幸せだなぁ。そ・れ・に、新しいラブリーちゃんも見つけたし」

 パーセルが出した黒い球体へと歩を進めながら、倒れている黄へと視線を移す。
 立ち止まって熱い視線でも注ごうとしている鎮目を、パーセルは球体をさらに巨大にさせて鎮目を飲み込む。

「ホントあのショタ野郎、キモイな。てか、オレ女……」
「ボクだってそうだよ。それにあのドラゴンキッドも

 ――パーセル、もう一個のポイントに送って」

 蘇芳は鎮目の性癖に呆れながら、パーセルが新たに出した黒い球体に入っていく。
 ジュライも当然とばかりに蘇芳の後に続く。

 パーセルも球体へと入っていくと、黒い球体は急速に収束していき消滅する。

 突如として襲撃してきた蘇芳達が消え、トレーニングルームは静寂に包まれる。

 壁に空いた銃痕、鎮目が纏った為にエグレた床、好き勝手に暴れられ、蹂躙された室内にヒーロー達は佇んでいた。

 襲撃にも蚊帳の外で混乱するばかりで何も出来なかった。
 襲撃の標的の李 舜生を守るどころか、疑いの眼差しを注いでしまっていた。


 しかしそれも仕方ないのだ。
 喧嘩すらしたことないのではないのかと思えるほどの優男の李 舜生が、殺人を犯している場面の写真を突きつけられたのだ。

 それを李 舜生は否定の言葉を出せずに凝視し、ダメ押しとばかりに李 舜生の殺人を知る人物の襲撃。
 李 舜生を信じれなくても仕方ない。


 全員が口を閉ざし、床に散らばった黒い封筒と中の写真を眺める。

 先の襲撃で見せた李 舜生の体術は明らかに戦闘に身を置き続けてきたレベルのモノだ。

 全員が信じられないと思いつつも、信じずにはいられない。


「……黒!!」

 静寂に包まれるトレーニングルームに突如響きわたる黄の雄叫びに近い悲痛な叫びだった。
 黄は叫びと共に、走り出しトレーニングルームを出ていく。

 それにいち早く反応したのは、折紙サイクロンことイワン・カレリンである。

 日頃から李 舜生に、『黄を頼みます』と頼まれている条件反射に近い反応である。




「李さん……なんで……」

 カリーナは、心臓にナイフを突き刺している李 舜生が写し出された写真に、心臓を鷲掴みにされたような痛みを覚え、大粒の涙を落としながら呟く。

 バイトやトレーニングルームで何かと毎日会い、話していた。
 自覚は無いものの、恋心に近いものがあったのかもしれない。

 バイトに行く時も、李 舜生と出会わないかと時間を合わせてみたりしていた。

 スーパーヒーローでもなく、バーの歌人でもなく、等身大のカリーナ・ライルを見てくれる。
 気さくに話しかけてくれ、しょうもない話も付き合ってくれる。

 我侭にも付き合ってくれた。

 李 舜生の中に黄 宝鈴が優先順位第一位として住んでいる事も知っていたが、一緒にいると楽しかった。

 ただ一緒にいれることが……楽しかった。

 学校の友達と話す男についての話でも想像していたのは李 舜生だった。
 仲のいい歳の離れた近所のお兄さんと思っていた……。

 それが――



「追おうぜ……まだ李君から答えを聞いてないしな!」

 全員が俯いているなか、声を出したのは鏑木・T・虎徹である。

 信じられない、信じたくないと思い、虎徹は力強い瞳でひとつの決断を自身の中でしたのだ。

 “事実はどうあれ、李 舜生が否定するなら、それを信じよう”っと。

「俺達はまだ李君の答えを聞いてねーじゃないか! それで否定してくれたらそれを信じたらいいじゃないか」


 虎徹の馬鹿とも取れる決意に、カリーナ達は顔をあげ、それに乗ろうと立ち上がり、トレーニングルームを出ていく。




―――――――





 大きな足音を立てて非常階段を全速力で降りる黄 宝鈴は、溢れてくる涙を止めようともせず頬に流していた。

 黒が懸念していた事が、正体がバレてしまった。

 いつかは来ると言われていたが、失念していた。

 だって、今日は黄 宝鈴が楽しみにしてきた黒との記念日なのだから。


 止めれるハズもないのに、止めれなかった事を心の中で責めた。

 鎮目に殴り飛ばされ床に倒れて、黄は冷静になった。


 起きたことに対する後悔を今すべきではない。
 今すべきは、これから起きるであろう黄の起きて欲しくない自体への対処。

 それは『黒の失踪』。

 黄の近くにいれば、余計な害が黄に及ぶからと黒は去っていってしまう。
 別れの挨拶もなしに……。

「いやだ……行っちゃやだ! 嫌だよ……黒!」

 黒が失踪する……そう思うだけで自然と涙がとめどなく溢れてくる。
 黄は、涙を流しながら叫び、全速力で非常階段を降りていく。

 蘇芳の射撃の跡からも、黒は屋上へと向かったのはわかる。
 黒ならば、高層ビルの屋上から飛び降りようとも、ワイヤーを巧みに使い無事に地面に降りれる。

 追っても屋上から飛び降りられたら黄に追う術はない。
 空を飛ぶサポートは一切受けていないから。
 他のヒーロー達にしても、空を飛ぶ準備も、何もしていない。

 だから、一刻も早く地上へと降りるのだ。
 そして、黒を地上から追う。

 それしか黒へと追いつく術はないのだ。
 黒が向かう場所にはアタリがついている。

「待って! 待ってよ、黒!! ……ボクを1人にしないで!! お願い――

 ボクが守るから……!」

 ポツポツと降っていた小雨は、いつしか豪雨へと変わっていったシュテルンビルトに黄 宝鈴の叫びが木霊する。





―――――――






......TO BE CONTINUED






■作家さんに感想を送る
■作者からのメッセージ
どうもハナズオウです。

まずは、定期投稿の日に出せず申し訳ないです。
言い訳は嫌いなのですが……少し書いておきます。
ここ2・3週間ほどリアルで多忙になり、PCには触っているのですが、SSをかける状況におらず結局遅れてしまいました。
ごめんなさい。

話自体は蘇芳達の襲撃の一部始終です。
今回の襲撃での出来事が後後にどうなってしまうのか、楽しみにしておいてください。
私なりにラストへの伏線は考えつく限り貼っています(伏線になっているかはわかりませんがw)
そして、『死神の涙』編も6話目に入ったのですが、ようやく事が動き出したばかりという事で、いつラストを迎えれるのか……実のところ私もわからない状況ですw
一応ラストまでのプロットは組んでるのですが、書いているとバイト数が多くなりすぎたり、追加しないといけないエピソードが出てきたりで話数は伸びる一方ですw
どうか暖かい目で見守ってくださいw

そして、やはり感想ですね。
貰えると小躍りかますくらい嬉しいですね!

黒を落とす話に今回もなっていてキツイのだろうと覚悟はしていますが、一言でも感想を頂けたら嬉しいです。

そして、少し読者の皆様に聞いてみたかった事があるのですが、
この『黒の異邦人は龍の保護者』の時系列ってどこら辺だと想像して読んでいるのでしょうか?
その時系列を示す描写はほぼないのですが、どうなんだろう? っと書いていて思いました。
パラレルと思っているのかな?
私は、バニーへの誕生日サプライズの話の後で、ルナティック出現前の時系列で書いているつもりですw
私がこのSSの構想を練っているときに放送されていたのが、そこらへんなのもあるのですが、黄 宝鈴メインのお話に繋がるように頑張ってます!

まぁ、後後の事について書きすぎて、書ききれるかは少し不安になっておりますが、一度始めた以上頑張っていきます。


  ここからは感想返しとさせていただきます

 >黒い鳩 さん

 いつも感想ありがとうございます。
 前半ほのぼの、後半一気に落とすっという狙いの元に6話は作り上げたので、それがちゃんと出来てホッとしています。
 蘇芳については、後後のエピソードなどで補完していこうと思っています。
 蘇芳自身、黒を探し出すときに写真と偽の広告を作り、町中に貼って誘い出すという無謀ですが、一応頭は廻る子と思ってます。
 あとがきで補完するよりも本編でしますので、あまり期待せず楽しみにしておいてください。


 >13 さん

 いつも感想ありがとうございます。
 ついに正体がバレて本格的に話が回り始めました。

 DTBや二期を見ていない人やTIGER&BUNNYを見ていない人にもわかってもらえるように頑張っていきます。

 お互い夏は忙しいですが頑張っていきましょう!


 >通りすがり さん

 初めまして、感想ありがとうございます。
 私もDTBとTBどちらも好きです!
 楽しんでいただけたようで、よかったです!

 今回見事に投稿が遅れてしまいましたが、これからも楽しんでいただけるように頑張っていきます!


  それでは短いですが、感想返しはこれにて。

 では皆様、また次回のあとがきでお会いしましょう!

2011 08 11 誤字の修正を入れました
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